覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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(アイン)ハルトオオオオオオオオオオオオ

最近書く時間がないから某兄さんのようになりかけている私だった……。


十話

 ()とは即ち、生き物の頂点に君臨するもののことである。

 強靭な肉体に巨大な翼、鋭く尖った爪と牙。恐竜のような恐ろしい姿のものもいれば、神秘的な姿をしたものもいる。しかし彼らには容姿とは別に共通することがある。それは、見るものを圧倒し、畏怖させる程の『力』を持っているということだ。

 羽ばたくだけで家を吹き飛ばし、吐いた炎で森を焦土と化す。鳥ですら飛べないような高度から地を見下す姿はある種の神々しさすら感じられる。

 その、あまりに生命としての格の違いに人は畏怖とは別に崇拝の念すら抱くこともあるのだ。

 正に『力』という概念そのものが意思を持ったようなもの、事象を超えた存在--そのはずなのだが。

 

 ジーっと先程から視線を感じる。敵意というよりも警戒心か、人というよりは生き物として見極めようとする心意が汲み取れる。

 その視線の主はフリードリヒ--通称フリードと呼ばれている白い竜だ。使役竜とはいえ、それでも立派な竜の仲間であるはずのフリードの恐れるような、しかし興味のある眼差しが痛いほど刺さっているヒロ。気になり振り返ると、傍にいるガリューの影に隠れてしまう。「怖い物見たさ」とは正にこのことを言うのだろうか。

 こうなった原因に心当たりがなくもないが、自分自身が何かしたわけでもないのに避けられるのは少し寂しく思う。

 

「そういえば、貴方となのはちゃんって付き合っているの?」

 

「なんですか? 藪から棒に」

 一人でいらない要素を持ってしまったことに憂いていると唐突にメガーヌがそんなことを訊いてきた、「面白いネタを見つけた」と言わんばかりに目を輝かせているその姿は正にルーテシアと瓜二つだった。流石親子だな、と呆れるよりも先に関心の方が先に出てしまった。

 

「まあ、有り体に一言で表すなら友人ですよ」

 

 個人的にあまり根掘り葉掘りされるとマズイ話題なので無難且つ当たり障りのない答えを返す。実際問題あることを知られるのは非常にマズイ、人によっては避けてくれたりもするが、面白いことが好きな(こういった)人種の場合はそれをネタに今後弄ろうとする者もいる為なるべく知られたくないのだ。実際問題、他人で遊ぶことが趣味の知り合いに知られた際は一週間ほどはそのネタで弄られた……もう二度とあんな居心地の悪い状況には陥りたくないものだ。

 

「本当に? それだけの関係の子が貴方の上司、それも中将クラスの人に独断で休暇申請をした上受理されるなんてことあるのかしら?」

 

 痛いところを突かれ、僅かに顔を(しか)める。

 大方なのは本人がぺらぺらと話したのだろう。肝心なところは言っていないようだが、それでも関係を怪しまれるには十分過ぎる。

 確かにメガーヌの言う通り、如何に親しい間柄とはいえ人の休暇を勝手に申請するのは難しい。家族からの訴えとかならまだしも、今回は完全に他人だ。たかが一友人の言葉を真に受けるほど管理局員は甘くない。しかも仮にもそれが“中将の保有する戦力の一部”なのだから本来なら門前払いもいいところだ。

 ……まあ、リード・オルグラスという人間は基本、面白いことが好きな自己中心的な性格なので特に深い理由もなく受理した可能性がないこともないだろうが……もし他に理由があるとしたらまず間違いなく『あれ』関係とみていいだろう。『候補』が二人--その内最も適正が高い者が一人、この合宿参加者の中にいる。しかしその者達に手を出すということは即ちヒロともう一人の保護者を敵に回すことに他ならない。もう一人の方はともかく、片方に関しては確実にヒロの逆鱗に触れることになる。本当の意味で本気のヒロを相手にするということがどういうことかあの上司が知らないはずがない。……となれば考えられるものは……。

 

(保険か……)

 

 いざという時の、万が一の為の保険。

 あくまでヒロの予想であり推測でしかない為後で直接聞きに行くしかないが、恐らく概ねは当たってるはずだ。故にこの問題は後回しでもいいだろう……。

 

「聞いてるの? ヒロ君」

 

 リードを理由に、ある意味現実逃避を謀っていたヒロだったが不意討ちの様に耳元で囁かれると驚き一瞬で意識が現実に戻ってきた。

 そしてメガーヌは逃がさないようにしっかりと袖を掴み、嘘をつけないないように真っ直ぐに見つめた。……やはり、応えなければいけないようだ。

 

「はぁ……昔、十年以上前にアイツにちょっとした『貸し』を作ったことがあったんですよ、それ以降何かと縁を持つようになって……そういった経緯でオレの上司とも知り合い、仲良くなったんです」

 

「それで、付き合っては?」

 

「……いませんよ、生憎と」

 

 観念したというアピールか、ため息を漏らし不貞腐れるように顔を逸らして大雑把になのはとの関係を白状する。

 つい『貸し』と口を滑らせてしまったが、どうやらなのはと付き合っているか否かだけが気がかりらしくメガーヌはそのことについては完全に聞き流していた。

 

「そうなの? つまらないわね……セインは何か知らないかしら?」

 

 特にこれといった面白い話を聞出せなかったメガーヌはセインにも話題を振ることにした。

 

「あ、アタシ知ってるよ。たしかなのはさんに告って振られたんだよね」

 

「あらそう、なのはちゃんに…………え?」

 

 あまり期待せずに訊いた為か反射的に素っ気ない反応をしてしまった。だがそのすぐ後に予想以上の返答だったことに気付くと好奇心が抑えられず向き直った--

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!? 割れる割れる! 頭裂ける! なんか出ちゃう!!」

 

 そこには背後から頭を掴まれ、持ち上げられているセインの姿があった。

 血管が浮き出るほどの握力で頭を握られ、ミシミシと嫌な音を発てている。

 

「--言え。誰に聞いた、その話」

 

 刃のように鋭い視線がセインを射抜き、有無を言わさぬ威圧感が空気を重くした。

 バタバタと手足をひたすら動かして抵抗していたセインだったが、本能的に命の危険を察した為か、その重圧を前に大人しく白状した。

 

「こ、こっち来る前に偶々会った白い服を着た人が『ヒロって人を弄る場合なのはちゃんに振られたことをネタにすると面白いよ』って言ってました!」

 

「あの野郎……!」

 

 心当たりはあった。しかしまさか本当にそんなくだらないことに手間を割くとは……いや、あの性格を鑑みればある意味妥当とも言えるか……。

 自分が楽しむためなら人の秘密や黒歴史をバラすことなど朝飯前。その性格故に同期や近い世代から最も嫌われている男--それが自らの上司であることを一瞬でも忘れていた自分を嫌悪してしまう。

 そうだ、あいつが……リードがただ友人だからといって休暇申請を受理するはずがないのだ。何か裏があると何故思わなかったのか?

 セインを解放した手の中には小さな何かの機械がある。シスター服の襟の部分に忍ばされていた物だ。恐らくは録音機かはたまた盗聴機の類か、どちらにせよこちらの状況をある程度は解る物のようだ。

 怒りに任せてそれを握り潰し、その後通信端末を起動させる。

 

『どうしましたか? ヒロ』

 

 通信モニターに写ったのはまだ十歳にも満たないような少女だった。茶色のショートヘアーの何処か知り合いに似ているような彼女は、しかし歳不相応に落ち着いた表情と雰囲気を持っていた。

 

「あの馬鹿を出せ」

 

『生憎とオルグラス中将は今席を外しております』

 

「いつ戻る?」

 

『さて? 詳しい時間は聞いていなかったのでなんとも』

 

「ちッ……」

 

 淡々と返す少女の応えに少し苛立ち舌打ちをしてしまった。

 無論少女が悪いわけではない。悪いのは他人にヒロの秘密をバラし、現在進行形でエスケープ中のリードだ。だからか悪態をついてしまったことに対して「悪い」と謝った。

 しかし「あの馬鹿」=「リード」で通じるほどそこそこ長い付き合いの彼女は特に気にした様子もなく、ただ「いいえ」と首を横に振った。

 

『何か伝言があれば伝えますが?』

 

「……わかった、じゃあとりあえず--」

 

 少女の言う言葉にヒロは指の骨を鳴らしながら握り拳を作り--

 

「『戻ったら一発殴らせろ』」

 

 人を殺せそうな笑顔でそう伝えた。

 

 

 

「……………………」

 

 今までの様子を見て、「振られた」という話が本当であることを察したメガーヌは、それをネタにしようとしたことに少し申し訳ない気持ちになった。

 そしてもう一つ、実は謝らなければいけないことがあった。

 通信を終え、疲れたと言わんばかりにため息を吐いたヒロに二人は近付いた。

 

「あ、あのね、ヒロくん……」

 

「はい、なんですか?」

 

 言い難そうにしているメガーヌと、全力で明後日の方に視線を逸らしているセイン。

 一目見ただけで後ろめたいことがあるのがわかった。

 一体何を隠しているのか? 目線を細め、続きを言えと暗に促す。

 

「セインがね、暴れたじゃない? あの時にね、どうやらうっかりコンソールに当たったらしくてね………………スピーカーがONになってたみたいなの」

 

「はあ、そうなんですか……え?」

 

 ちょっと待て、今なんと言った? スピーカーがONになっていた?

 それは構わないONになること事態は問題ではない。問題はそれが“何時”起動したかにある。

 確かメガーヌは「セインが暴れた」と言った。昨日の夜を除いてセインが暴れるほど動いたのは一度しかない……。

 

『--言え。誰に聞いた、その話』

 

 額から嫌な汗が流れた。

 そうだ、あの時セインはヒロの拘束から逃れるために手足を思いっきりバタつかせて……そして。

 

『こ、こっち来る前に偶々会った白い服を着た人が『ヒロって人を弄る場合なのはちゃんに振られたことをネタにすると面白いよ』って言ってました!』

 

 その後にセインはそんなことを叫んでいた。

 もし、暴れたのがあの時ならスピーカーはその瞬間起動したことになる。そして……勿論、その後発せられた言葉を拾うことも……。

 まさかと思い、ギギギと壊れたブリキの玩具のようにぎこちない動きでメガーヌとセインに顔を向ける。

 

「……全域放送されちゃった」

 

 死刑宣告に等しい無慈悲な言葉がメガーヌの口から紡がれた。

 その直後、スピーカーを使わずとも、ヒロの断末魔がステージ全域に響き渡ったのは言うまでもないことだった。

 

 

「--殴る」

 

 そして、それに呼応するかのように小さな覇王の中に眠る炎が燃え上がった。

 そう、「怒り」という炎が……。




次回は修羅場(物理)ですね

ところで私の書く主人公っていつも初恋が実らないんだけど、どういうことなの……?

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