第一管理世界『ミッドチルダ』。
ある日の昼下がり。その都市――クラナガンの公道を一台の車が走っていた。
見た目はよくあるデザインのスポーツカーだが、問題なのはその速度だ。如何にスポーツカーといえど最大速度は180〜200がせいぜいだろう……しかし、件の車の現在の速度は260。レーシングカー並の速度で、文字通り“爆走”する。
「おいこら、クソ親父。いくら何でも速過ぎないか、これ」
助手席に座る十一歳の少年が冷めた目で父を睨む。
白衣を纏った、見た目はどう見ても学者姿の男は、そんな息子の視線など何処吹く風。「ふふふ」と不気味な笑みを漏らす。それはまるで、見失まいと飛行魔法で必死に追いかけてくる管理局員を嘲笑うかのようだった。
現在の速度280km……誰がどう見ても、間違いなく交通違反である。
ちなみに、この速度で何故事故が起きていないのかというと、一重に管理局員の働きだ。
「いや……まだ遅いくらいだよ、息子よ」
「――は?」
内心、この騒動に巻き込まれた
最初は何を言っているのか理解出来なかった。だが次の瞬間、嫌と言う程その言葉の意味を理解した。
ハンドルの中央部――本来ならクラクションを鳴らすだけの箇所がスライドする。恐らく、上部だけ動いたのだろう。その下には、なにやら怪しいボタンがあった。
一つだけある赤いボタン。この状況でそれが何を意味しているのか、直感で察した少年は止めようと手を伸ばす。
「――加速なう」
しかし現実は非情だった。父のふざけた言葉と共に押されるボタン。
「ふざけんな! クソ親父ーーー!!!」
少年の叫びも虚しく次の瞬間、座席に縫い付けられるような感覚に見舞われる。車が一気に100km近く加速したのだ。局員達との差はますます離れていく。此処が一本道で且つ直線なければ確実に事故が起きていたであろう。
「はーはっは!! 待っていろ、我が娘よ! 今父が会いに行くぞぉぉぉ!!!」
しかし、現在酷く興奮状態に陥っている彼にそんな事を考える余裕はない。
一刻も、一時間でも、一分でも、一秒でも早く会いたいが為に彼はアクセルを全力で踏み続けるのだった。
クラナガン郊外のとある病院。そこの一室に一人の女性がいた。海を思わせる綺麗な青い長髪に、凛々しい顔立ち……美人の類いだ。
そんな彼女の腕の中には小さな赤子が眠っている。それはつい先日彼女が生み落とした命。本来であれば、その日の内に彼女の愛する夫と息子にも祝福されるはずだった。
……しかしどういう訳か、手違いが起きたらしく、二人に連絡は届いていなかった。
後日――というより今朝――その事を聞いた夫曰く、「例え世界が滅びようと息子と共に絶対に行く」というメッセージを貰った。
仕事を早めに切り上げ、学校帰りの息子を回収したのちすぐに向かう。ともいっていた為そろそろ来るのではないか?
そう思い、壁に備えられていた時計に目を向けた時、廊下から騒々しい声が聞こえた。
「はーはっは! 俺、参じょ――」
「特撮の見すぎだ、馬鹿親父!」
扉が開き、白衣の男が謎のポーズと共に何か言おうとしたが、その瞬間息子の飛び蹴りが発動。助走をつけ、斜め45°という見事な角度から放たれたそれは父の頭にジャストミート、結果彼は吹き飛ばされ壁にめり込んでしまった。
「あら、意外と早いのね」
廊下にいた看護婦や患者達が呆然と困惑する中ただ一人――母だけは落ち着いた様子で息子に話し掛ける。
「……あの馬鹿が魔改造した車で来たからな、時間は大幅に短縮されたよ……吐きかけたけど」
まさかもう一つ隠しボタンがあり、更に加速するなど誰が予想出来ようか。危うく昼食べた物を戻してしまう所だった。
「そう」
「〜♪」
如何にも彼らしいとクスクス笑う母。そんな彼女につられたのか、起きた赤子も笑う。
「おお! この子が……我が娘、アインハルト!」
その声を聴いた父はいつの間にか復活し、母の近くに寄ると娘――アインハルトを受け取る。
この瞬間をどれだけ待った事か、そう思い……抱き上げた父の動きが止まる。
「この子は……」
先程までにやけきっていた頬は引き締まり、目から余裕がなくなる。
父の雰囲気が変わった事を察した二人は、娘に何かあったのではと不安になる。
「……この子は……将来美少女になるだろ――」
「知・る・か!」
全てを言い終える前に、息子の回し蹴りが父の腰を捉えた。そして、そのまま父“だけ”を蹴り飛ばし、アインハルトはキャッチする。
「はぁ……」
普段からハイテンションで馬鹿騒ぎしか起こさない父が急に真面目な顔をした為緊張したが……結局ただの杞憂に終わり、ため息を一つ。
「〜♪」
そんな息子に対し、彼の妹――アインハルトは嬉しそうに、その小さな両手を伸ばす。
「あら、流石お兄ちゃん。もう懐かれたみたいね」
「う……」
茶化され少し戸惑う。随分前から自分が兄になると言われていたが、いざ本当にそう呼ばれるともどかしいというか……くすぐったい気持ちになる。
妹が自分の何処を気に入ったのかも分からない……もしや男を見る目がないのだろうか? そう思うと妹の将来が少し不安になった。
「流石だ、息子よ。出会ってすぐ仲良くなるとは……これも一種の才能だな」
「相変わらず復活早いな、クソ親父」
手加減したとはいえ、それでも身体強化の魔法を使って蹴ったというのに何事もなかったかの様にピンピンとしている。
魔力資質が無いと言っていたが、最近この復活の早さはレアスキルなのではないかと思い始めてきた。……いや、あの耐久性を考慮すると、
「さて、それでは我が娘の生誕を祝しパーティーでも――」
息子が頭を悩ませている中、対照的に父はいつも通りのテンションで早速何かやろうとしていた。
――しかし、何処からともなくガチャリと嫌な音が聞こえた。
音の発生源を探すとそれは思いの外近く、出所は父だった。……正確にはその手首に掛かった手錠から……。
「ふ……ふふ……ようやく見つけましたよ、主任」
そして、それを行なったと思わしき女性はとてもいい表情で父を睨む。
「えーと……何故キミが此処にいるのかね?」
その女性は父の部下の一人だった。少し口うるさい所はあるが、真面目でよく気がきく、良き仕事仲間だ。
だが、確か今日は彼女は非番のはず……それが何故こんな所に居て、且つ自分に手錠を掛けたのか? 父は理解出来ず頭を捻った。
「アハハ……何故と言いやがりましたか、この野郎は?」
目が笑っていない。
額に青筋が浮かんでいる。
背後に鬼が見える。
どうやら父は更なる地雷を踏み抜いたらしく、彼女の機嫌は最悪なものになったようだ。
「自分の胸に手に当て、よーく思い出して下さい」
「むぅ……」
まるで子どもの様に素直に言われた通りにする。胸に手を当て、記憶を今朝まで遡る。
朝食を取った、仕事に出かけた、やるべき事を済ませ息子を迎えに行った、そして愛しの娘と妻に会いに来た。
「うむ、おかしな所は全くな――」
「一時間前まで公道爆走してたでしょうが!」
完全に忘れて、且つ悪気のない父の顔を助手の右ストレートが捉える。
恐らく休日にも関わらず、厄介事を押し付けられたのだろう。父の屈託のない笑顔を見た瞬間、彼女の怒りは頂点に達した。
反逆罪? 大丈夫、今の光景は『誰も見ていなかった』のだから、彼女に咎はありません。それに彼らにとってはこれも一種のコミュニケーションだと息子は理解している。
だから例えそのまま父が連行されようとも、誰も止める者はいない。恐らく向こう何週間かは仕事漬けで出てくる事は出来ないだろうが仕方ない、自業自得だ。大人しく責任を取ってくるといい。
そんな悟った様な馴れた目付きで父を送り出す。
「あぅ?」
そんな中、理解出来ていないであろう妹が小首を傾げる。その瞬間、ふとある事が気になった。
――そういえば、この娘にはあの変人の血が半分流れていたな……。
「……頼むから、お前はああならないでくれよ……」
あの親の姿を見た後だからか、妹の将来が激しく不安になった。
昔にじファンに投稿していたものをリメイク。
バックアップとか取っていなかったから消えたので一から書いてます。