短編連作「むかし、神子ありけり」   作:cotha

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その三、ふつうはだいたいこんなふうに過ごす

 むかしむかしあるところに、神子さまという大変偉くて高貴な方がいらっしゃった。

 

 さて、これまで神子さまの特別なエピソードを書き連ねてきたが、逆に、当時の神子さまの毎日がどのようなものであったか、説明しよう。

 まず朝。だいたい四時くらいに目を覚ます。神子さまは夜も遅いので、それにしては早起きである。でも、仕方のないことであった。というのも、神子さまの朝の起き方といったら、たいていどこかの誰かのくだらない心の叫び声で起こされるのが定番だったからである。人間の読者の皆様からすれば、そんな毎日毎日叫ぶ人間なんていないだろうと思われるかもしれない。だが、いるのである。しかも、けっこうたくさん。

 ましてや神子さまのお住まいには、従者的なポジションの人間も結構いたわけで、毎朝数人は叫んでいたのである。寝ている間に突然、「火事だー!…って叫んでみたいな、てへっ」みたいな声が聞こえてきたら、即起きて殴るか蹴るかしてから再度床に就きたいものを、神子さまは毎日我慢しているのである。さすが神子さま、偉い人。

 

 まあ、午前中には御前会議などを行う。…いや、本気よ?冗談とかじゃないのよ?で、まあだいたい午前十時くらいになると、周りの人間の食欲が聞こえてくる。早い人間だと、もっと早くから「腹減ったー」とか言い出すのだけれど、たいていは十時ね。そういえばヨーロッパの方々がお茶をするのも、だいたい十時くらいだけれど、やはり十時にお腹が空くのは万国共通みたいね。

 

 でも、いくら神子さまでも臣下全員におやつ…とは正確には違うのかもしれないけれど、まあおやつね、要は小腹を満たすようなものをあげるわけにもいかないものだから、昼食(っていってもそれこそ本当に軽食レベルだったらしいわね)の時刻まで「腹減ったー」を聞き続けなければならない。昼食を終わらせて間もなく、また「腹減ったー」が聞こえ始める。まったく、人間って食欲にまみれてるのね。嫌だわ。それから、昼食の後には、「チョー眠い」も聞こえてくる。腹が膨れれば次には眠くなる。当然だけれど昼寝も許されないことだから、その声もしばらく聞こえ続ける。ただ、「腹減った」に比べると、幾分かマシね。これは動いているうちになくなってくる人間も多いようだから。

 

 軽食を終えると、再びお仕事。仕事している最中にも、本来ならあってはならないような欲が、たまに聞こえてくる。「一個くらい盗っても」なんて、よく聞こえるもの。ただ、たいていは心の中で思う程度の欲で終わってしまうのだけれどね。それから、特に春あたりに聞こえてくるのが、「あの姫君はお美しいな」とか、「あの殿方は凛々しくていらっしゃる」なんていう、呑気そうな人々の声。時々昼間から「いちゃつきたいなぁ」なんて欲が聞こえてきた日には、耳を塞ぎたくなるものだった。…まあ、事情に明るくない者の前でそんなことをしてみれば、頭痛か、眩暈か、はたまた見えぬ声が聞こえる俺に近づくな敵な意味の例の病か、などと言われるから、それもできない。苦痛な昼下がりである。

 

夕飯が終わる頃にもなると、すっかり陽も落ちる。この頃は夜は妖怪の時間であったし、人間は陽が落ちたらすぐに床に就く…のだったが、床に就いたからといってすぐに眠れるかというわけでもない。

だって、神子さまの耳には、あっちの部屋で臣下が酔っぱらって愚痴を言い合っているのとか馬鹿騒ぎしているのとか、はたまたそっちの部屋で男女がよろしくやっているのとか、色々しっかりはっきりと聞こえているのだから。

神子さまも、強くなってしまった能力に慣れることができなかった最初の頃こそ、寝酒でもしてみたのだが、残念なことに寝付きは良くなるものの眠りが浅くなってしまった。寝言のちょっとした声でさえ、起こされてしまう。そんなものだから、神子さまは実は、常に寝不足だったのである。ここで誰か神子さまに膝を貸してやる人物がいればよかったものを。一晩中静かな眠りに就かせるために、耳を塞ぎ続ける者を置いておけばよかったかもしれない。あるいは…隣に誰かを寝かせ、その心音を聞き続ける、とか。ああ、でもそれじゃあやはり、「その者」の欲が神子さまの眠りを妨げてしまうか…。

 

と、そんなわけで、神子さまの寝苦しい夜は続き、やっと眠れたかと思ったら、すぐに朝一番早い者の心の声が聞こえ始める。

 

まあ、つまり、今回のお話を一言で記すなら。

神子さまは常に寝不足だったのである。

めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

「ふむ、寝不足っ子の太子さまもなかなか良いものだな!こういうのを萌えというのだろう!青娥どのが言ってた!…って、そう言えば、今日は青娥どのはおらんのか?」

「ああいうのを二連続でやるとさすがにヤべぇだろ!…コホン、今日は、件の本を読みなさったとある方が筆を取ってくださった。」

「…こんにちは。」

「あ」

「『ああ、さとりどのだったか、こんにちは。しかしどうしてよりにもよってさとりどのが?』ええ、解説しますわ。神子さんと私の能力は似たようなもの。たぶん、神子さんのお気持ちを幻想郷で一番理解しておりますのは私ですわ。喜びも、苦悩も、それから好みも。…屠自古さんツッコまないで下さい。もちろん神子さんは表面上はすごく利発で落ち着いていらっしゃるように見えますわ。でも、その心の奥深くには、バ…一般的な者には見えない、暗くて誰も照らすことのできない闇があるんですよ。ええ、分かります、私には、分かるんです、だって私と神子さんは、似た者同士、同じく陽の光を浴びながら…そのツッコミも野暮ですわ…絶えず人の心の闇を見つめ、それに引きずられし者。もちろん、私だってお日様じゃないわ。だから神子さんの心の闇を明るく照らすことなんてできない。でも、心の奥底、陽の光ですら届かない、深い深い場所まで一緒に堕ちていって、その寒くて寂しい場所に一人でいる神子さんにそっと寄り添うくらいは私にもできるの。生半可に一人でいると、上がるべきか留まるべきかで迷うものを、二人でいれば、なおさら闇に堕ちていくことさえできる。ええ、翼なんて、例え持っていたとしても捨ててかまわない。もともと持っていないのなら、元から捨てるものもないのよ。堕ちていきましょう?二人で、闇の奥底まで。そして一番深いところまで辿りついて、さらに闇を極めて、二人っきりの世界を作り上げてもいいんじゃない…ってあなたたちなんですそのリアクションは。…いいわ、台詞は奪いません。あえて口に出して下さい。じゃないと私の一人芝居じゃないですか。」

「…なんというか、その、さとりどのは表現力がすごいな。」

「我は普通にロープを垂れ下げて神子さまを引っぱり上げる派だな。」

「なんですって!?屠自古さん、あなた今『まあ、こんなん敵にもなるまい』とか心の中で鼻で嗤いましたね!?いいわ、それじゃあ今すぐ神子さんの心の中を覗いて、誰が好きなのかをはっきりさせてくるわ!最近神子さん、私にもすっごく優しいのよ!能力的にも近いからって仲良くしてくれてるの!絶対に!絶対に私の方が好きなんだからっ!」

「おう!覗いてくるがよい!どうせ屠自古どのに僅差で我が勝っているのだろうからな!」

「やっ…やめ…大体そういうのは告白されて嬉しいものだろう!自分から知って何が楽しい!…そっ…それと、神子さまは、その、さとりどのとか布都よりも…わ、私のほうが…」

「あなたの方がなんですってぇ?ああ、聞こえますよ聞こえますよぉ、あなたの心の声が。言ってあげましょうか?ええ、言ってあげましょうか?今、大声で、布都さんのものよりも少しばかり悩ましくも愚かしい色の濃いあなたのその心を!?」

「…屠自古どの、おぬしの心の中ってやましいのか?」

「ちっ…違う!私の…私の純粋な…想いを、邪心扱いするな阿呆っ!」

「あほ言うなっ!」

「見える、見えますわっ!」

 

 

 …。

 …どうして、こうなってしまったんだろう。確かにさとりさんの住む地霊殿には、時々遊びにいくようにはしていた。だが、さとりさんに抱く感情はあくまで同情だし、彼女に「そういう想い」を抱かせるように行動やら発言やらした覚えはない。…こういうの、なんて言うんだったっけ。そうだ、天然たらし?私ってばもしかして天然たらし…?

 それにしても、あのさとりさんの様子。幸いなことに今は布都と屠自古が抑えていてくれているが、もしかしたら、そのうちするりと抜けだして私を探しに来るかもしれん。そうなると、少々厄介だ。あの手のタイプが、もし片想いであることに気づいてしまったら…まあ、運が良ければストーカー化されるだけかもしれんが、運が悪ければ丑の刻参りだ。そういうのは、決して対処できないわけではないが…だが、あの人が呪われてしまうのは、対処できるとはいえ、やはり嫌だ。

 それに何より…あの様子だと、この胸の内を何から何まで暴かれてしまいそうだ。誰にどのような感情を抱いているか、特に…この好意を、誰に寄せているか、をな。さすがに私もそれは少しばかり恥ずかしいし、それに、明かしてしまったら布都や屠自古との関係も、恐らく今までのものとは変わるだろう。二人にわざわざ気を利かせるような真似をさせるのも悪いし…いわゆる、「今の関係が変わっちゃうのが恐い!」ってやつだ。そういうところは私も普通の少女らしさを持っているのかな、なんて思ってしまう。

 …まあ、その、なんだ。仕方ない。少しばかり、姿を隠すことにするか。

 




コンセプトは「常に眠そうな神子さま」。

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