しばらくして男性は周囲に何も居ない事を確認してから私の元に駆け寄ってくる。
「君、大丈夫か?」
さっきまで戦場に立つ兵士の様な表情だった男性だが、今は兵士とは思えないような穏やかな表情で私の容態を気にしてくれた。
「え、えぇ。脚以外に怪我はないし、痺れも、大分治まった」
さっきと比べれば脚の痺れは治まってきたので、多少は楽だった。
「そうか。良かった」
私の状態が深刻なものでなかったのに安心してか、男性は安堵の息を吐く。
「……」
近くに来たので男性が持っている得物が細かい所まで見ることが出来た。
金属の塊と思ったけど、意外とパーツが多く細かく組み合わさっており、材質も金属以外の物が使われていると、異質な雰囲気を醸し出している。
その得物の側面には見たことの無い文字が書かれており、辛うじて3だけは読める。
(やっぱり、夢の中で見た物と似ている)
夢の中で見たあの人も似た様な物を持っていた。破裂音といい、目に見えない速さで何かが飛んで魔物を撃ち貫いているといい、もしかしたら同じ物なのかもしれない。
それに男性の格好もあの人の格好とよく似ている。
(本当に、偶然なのかしら)
ここまで夢に出てきた人と共通する人が現れるだろうか?
まるでこれは――――
「―――い、おーい」
すると耳に男性の声が届き、目の前で手を振っているのに気付きハッとする。
「な、なに?」
「あっいや、さっきから呼んでるんだが、返事が無いからさ」
「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事を」
呼びかけに気付かないほどに考え込んでいたみたい……
「それで、なに?」
「あぁ。ここから移動するから、立てるのかどうか聞きたいんだ」
「……」
私は立ち上がろうとするも、脚の痺れは完全に収まっておらず、立ち上がろうにも力が入らなかった。
立ち上がるのが困難な状態だなので私は正直に立てないと告げた。
「痺れで、脚に力が入らないから、難しいかも」
「そうか」
と、男性は私に手を差し出してくる。
「……」
「肩を貸すから、ここから移動しよう。もしかしたらまだ他にも居るかもしれないからな」
怪訝な表情で見ていたのを察してか、男性がそう告げる。
確かにこの状態で更にゴブリンに襲われたりしたら、例え男性の武器を用いても私を庇いながらじゃ凌ぎ切る事は難しい
「……」
すると私の脳裏に、あの夢の光景が目の前の光景と重なる。
「……」
一瞬戸惑いはしたけど、私はその人の手を取った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺は周囲を警戒しつつまだ足を動かせない少女に肩を貸して元来た道を辿る。
(うーん。気まずい)
魔物の襲撃に備えて周囲を警戒しつつ俺はこの現状をどうするか悩む。
結果的に彼女を助ける事となったので警戒される事無く現在の状況になっているのだが、先ほどの事があってか気まずさがあった。
(そもそも、女の子と会話する事自体前世では殆ど無かったし。どう話せばいいんだよ)
ミリオタって言うのは女の子に避けられる傾向にあるし、そもそも女の子と話す機会が無かったんだよな。まぁそれ以前に小さい頃からなぜか俺に話しかけてくる子が少なかったんだよな。なんでだろう?
と言っても全く女の子の話し相手が居なかったわけじゃなく、小さい頃日本人の母とドイツ人の父を持つハーフの幼馴染の女の子が居て、よく話してたっけな。まぁ高校の時父親の事情でドイツに戻ったけど。
まぁ今となってはどうでもいいことか。
(さて、どうしたものか)
「……ねぇ」
「っ?な、なんだ?」
どうにか話に持ち込むためのきっかけを探っていると、不意に少女が声を掛けてきて俺は少し驚いて顔を向ける。
「その、さっきはありがとう。お陰で、助かったわ」
「そ、そうか。まぁ、無傷とはいかなかったけど、無事ならよかったよ」
「……」
「……」
そこからまた会話が途切れて沈黙が続く。
(会話が続かねぇ……)
かといって色々と聞こうとすると怪しまれて警戒されるだろうし、ホントどうしろってんだよ。
「……一つ、いいかしら」
「な、何だ?」
「あなたは、どうしてあんな所に居たの?」
「あんな所って」
俺はどう答えようか悩む。
まさかあなたが水浴びをしている所を覗いてました、なんて事……閻魔様のご命令でも口が裂けても言えるわけがない。
だからと言ってこの世界に来た転生者です、なんて言って信じてもらえないのが関の山か。と言うか意味が分かるわけがないか。
まぁ旅の者と言えば無難、かな?
「俺は旅をしているんだ。東の地から旅に出たはいいが、ちょっとこのだだっ広い森に迷ってな。あそこで休憩中だったんだ。で、間もない時に君がぶつかってきたんだがな」
「そうなの」
一瞬睨みつけるように見るも、違うと思ってか前の方に視線を向ける。
「でも、あなたのその武器、凄いわね」
「(バレなかった……)まぁ、ね」
内心ばれなかった事に安堵しながら、背負っている89式小銃の事を思い出す。
「どこでそんな武器を手に入れたの?ゴブリンの群れを瞬く間に殺せる威力と連射力。それだけ凄い武器があるなら知らないはずがないのに」
「色々とワケありでね。どこにでも出回っている代物じゃないのさ」
「そうなの?」
「あぁ」
「……」
まぁ嘘は言っていない。
「それにしても、ある意味じゃあなたに助けられるのもこれで二度目になるのね」
「二度目?」
あれ? 前にも会った事あったっけ?
「直接ってわけじゃないけど、少し前にビッグゴブリン率いるゴブリンの群れの討伐の依頼が騎士団に来たのよ。私は仲間と共に討伐に向かったのだけど、到着した時には群れはトップを含めて全滅してたわ」
「ふーん。腕利きのハンターでもやったのかな?」
どう見ても俺がやったやつらです、はい。
「……あなたの仕業でしょ?」
「さて、何の事やら?」
「惚けても無駄よ」
と、少女は握り拳を作っている右手を開けると、89式小銃の5.56mmNATO弾の空薬莢があった。
「これと同じ物がその現場に沢山落ちていたわ。さっきもあなたの足元にも沢山あったわ」
「……」
さすがに隠し通すのは無理だったか。まぁ証拠品が大量に転がっているなら分かって当然か。
「あぁ。確かに。俺がやったよ」
「そう」
「手柄を取られて不満か?」
「いいえ。むしろ凄いとしか言えないわね」
「あの大きなゴブリンを倒したのがか?」
「えぇ。あのビッグゴブリンは並大抵の腕前があっても、倒すのは困難な魔物よ。配下のゴブリンがいると尚更よ」
「連携が厄介だからか?」
「えぇ。それに手を焼かされるってよく聞くわ」
「ふーん」
それを聞き俺は危機感を覚えた。
あの時子分を先に倒したお陰でビッグゴブリンを倒すのに苦労を掛ける事は無かったが、もし子分が残っていたら84mm無反動砲を使う暇など無かっただろう。
(これは、一層気を使わないといけないな)
俺は思わず息を呑む。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったわね」
「あぁ確かに」
そういや言ってないし聞いてなかったな。
「俺は土方恭祐って言うんだ」
「ヒジカタキョウスケ?変わった名前ね」
少女は首を傾げる。
「あー、土方が名字で、恭祐が名前な」
「名字が前に来るなんて、珍しいわね」
「そうか?東じゃ当たり前なんだが」
「そう……」
「それで、君は?」
「……フィリア。フィリア・ヘッケラー」
「フィリアか。いい名前だな」
「……」
「それで、えぇと、ヘッケラーさん?」
「フィリアでいいわ。あまり畏まれて話されるのは好きじゃないし。特に年上の人からそうされるのがいやだから」
「年上。ちなみに、フィリアはいくつなんだ?」
「18よ。あなたは?」
「今年で20だ」
結構大人びているから同じぐらいかと思ったけど、2つも年下だったのか。
「意外と年が近かったのね」
「近いって、いくつと思っていたんだ?」
「五つぐらい」
「……そんなに老けて見えてた?」
「……」
まぁ、転生してから色々とあったから、老けたのかねぇ?
「まぁ、確かに堅苦しいのは苦手だからな。なら、お言葉に甘えて」
俺は改めて彼女に問い掛ける。
「それで、フィリア。そういう君は何でゴブリンに追われていたんだ?」
「それは……」
「依頼で騎士団から派遣されたって言ってから、仲間はいるんだろう?」
「……」
「――――!」
どう答えようか彼女が悩んでいると、向こうから微かに声が聞こえてくる。
「っ!ユフィ!」
少女は顔を上げて声のする方を見る。
「君の言ってた仲間か?」
「えぇ」
「そうか」
俺達は声のする方向へと歩き、先ほどの滝つぼのある場所へと出ると、向こうから鎧を纏った3人の女性が現れる。
「フィリア!!っ!」
黒髪で後ろに一本結びにしている女性がフィリアの次に俺の姿を見つけると、手にして入るクロスボウを俺に向け、後ろに居る二人の少女達も剣の柄に手を掛ける。
「何者だ!」
「え、えぇっ!?」
ちょ、ちょ、ちょっ!? いきなりなんだよ!?
「待って、ユフィ!!」
と、少女はまだ痺れが脚に残っているのかふら付きながらも俺の前に出る。
「この人は私をゴブリンから助けたのよ!武器を下ろして!」
「えっ?」
ユフィと呼ばれる女性は戸惑いを見せる。
「……」
「……」
女性は俺と少女を交互に見て、俺の方を見て問い掛ける。
「本当か?」
「あ、あぁ。ゴブリンの攻撃で動けなくなった彼女を守ってたんだ」
「……」
「彼の言っている事は本当よ。信じて」
「……」
しばらく思い悩み、クロスボウを下ろし、後ろに居る少女二人も手にしていた剣の柄を手放す。
「フィリアがそう言うなら」
(ホッ……)
どうやら誤解は解けたようだ。
「だが、状況が状況だ。色々と事情を聞かせてもらうから、一緒に来てもらうぞ」
(デスヨネー)
まぁある程度予想出来たけど、森を出て街に行けるのだから、結果オーライだな
俺はフィリアを女性に預けて、彼女達に同行する。