異世界ミリオタ転生記   作:日本武尊

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第四十三話 見覚えのある感覚

 

 

 

 

 

 あの後山賊達を討伐し終えて街へと帰還後、俺達は冒険者組合に報告した。

 

 依頼を受けて行動していたわけじゃなかったので、報酬自体は無かった。まぁ当然だ。

 

 その代わり盗賊の頭が賞金首の罪人とあって、自警団に引き渡したリードの死体が本人であるか確認された後、賞金が渡される予定だ。ちなみにその額は金貨160枚である。

 

 そして冒険者としてのランクも現在組合で話し合いが行われて、後日結果が分かるそうだ。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「はぁ……」

 

 組合に報告書を提出し終えた俺はため息を付いて椅子に座る。

 

「お疲れ様、キョウスケ」

 

 テーブルの向かい側に座っているフィリアが労いの言葉を掛けて、様々な果実を混ぜたミックスジュースが入ったコップを俺の前に置く。

 

「ありがとう」と一言お礼を言ってからコップを手にして一口ジュースを飲む。様々な果実の甘みが口の中に広がって、疲労の溜まった身体に染み渡る。

 

「それで、どうだったの?」

 

「あぁ。個人的に動いたとあって、ランクアップの件は検討するんだとさ」

 

「まぁ、そうなるわよね」

 

 フィリアはため息を付く。

 

 今回は完全に依頼ではなく、個人で動いたのだ。普通はランクに響く事は無い。

 

 とは言っても、今回討ち取った山賊の頭は名の知れた犯罪者とあって、一概に無碍に出来るものではないそうで、今回は特別にこの形になったのだ。

 まぁそれでもこのランクアップは無いかもしれないが。

 

 だが、もしランクアップが行われたら、俺達のランクはほぼ確実に上がるはずだ。

 

「それで、今回つかったHK416A5だが、どうだった?」

 

 俺は彼女に今回使用したHK416A5を使った感想を聞く。今回の戦闘は89式小銃に代わる主力小銃の試験として、HK416A5の評価も兼ねている。既にSCAR-Lの試験は終えているので、後はHK416A5だけだ。

 

「そうね。89式よりセレクターの操作性が良くて、ストックも長さが調整できるから、とても良いわね。射撃精度は89式の方が上かしら」

 

「そうか……」

 

 彼女の率直な感想に、俺は苦笑いを浮かべる。

 

 89式小銃が好きなだけに、こう言われてしまうとショックだ。いやまぁ確かに89式のセレクター関連や固定式ストックは不便だけどさぁ……

 

「どうしたの?」

 

「いや、何でも無い」

 

 落ち込んでいる雰囲気を察してか、フィリアは首を傾げている。俺は彼女に何でもないのを伝える。

 

「でも、構え易さや操作性はSCAR-Lの方が良かったわね。射撃の精度もSCAR-Lの方が良かった気がする」

 

「ふむ」

 

 フィリアの意見を聞いて俺は一考する。

 

 まぁ、とりあえず他の意見を聞いて判断するか。その後に動作試験でも行って最終決定を下すとしよう。

 

 

「そういえば、あの子はどうなったの?」

 

「あの子って言えば、山賊に襲われた?」

 

「えぇ。商隊はあの子しか生き残っていないのでしょ?」

 

「あぁ……」

 

 フィリアの言葉で、俺の脳裏にあの時の光景が過ぎる。

 

「自警団に話を聞いたところ、あの子は目を覚ましたそうだ。その後の診察で、命に別状は無いとのことだ」

 

「そう……」

 

「ただ、かなり不安定な状態らしい。目を覚ました直後に発狂して、今は睡眠魔法で眠らされているそうだ」

 

「……」

 

 容易に想像できたのか、フィリアは黙り込む。

 

 そりゃ家族や親族、親しい者を目の前で皆殺しにされた挙句、自分も山賊達に強姦されそうになったのだ。そんな光景がフラッシュバックで一気にくるのだから、混乱してもおかしくない。

 

「あの三人は、どうなの?」

 

「士郎にエレナ、それとシキか」

 

「えぇ」

 

「……士郎とエレナは大丈夫そうだったが、シキはなぁ」

 

 俺は頭の後ろを掻き、後ろを振り向く。

 

 いくつもあるテーブルの一つに、士郎とエレナが暗い雰囲気ではあったが、そこまで酷くはなく、どちらかと言えば亡くなった者達への弔いの雰囲気だ。

 

 そして店の一角にあるテーブルに、一人で座っているシキの姿があった。こちらは明らかに落ち込んでいる雰囲気を醸し出している。

 

「やはり、初めての対人戦はきつかったか」

 

「……」

 

「まぁ、それが当然の反応だ。人を殺しておいて、何も感じないわけがない。感じなかったら、ただのイカレだ」

 

「……」

 

「そういうフィリアは大丈夫なのか?」

 

 俺はフィリアに問い掛ける。

 

「私は大丈夫よ。騎士団に居た頃に、ユフィ達と一緒に賊を相手する事は何度かあったから、その時に……」

 

「そうか」

 

「でも、そういうキョウスケは……」

 

「もう何十人も殺している。今更……」

 

 俺は自傷するように呟く。正直あの時はやり過ぎたと思っている。

 

「キョウスケ……」

 

 フィリアが不安そうに声を漏らす。

 

「まぁ、兎に角―――」

 

 俺は湿った雰囲気を変えようと、話題を遮る。

 

「パーティーメンバーのメンタルケアもリーダーの仕事だ。ちょっと行ってくる」

 

「なるべく、直接的な事は言わない方が良いわ」

 

「分かっている」

 

 彼女に見送られて、俺はコップを手にして席を立つ。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……」

 

 水の入ったコップを手にしたまま、僕は深くため息を付く。

 

 何か頼もうと思うけど、正直食欲が全く無い。

 

「はぁ……」

 

 僕は再度深くため息を付く。

 

(あれが、人を撃つ感覚……)

 

 廃鉱内での戦闘が脳裏を過ぎり、僕の身体が震える。そして銃弾に身体を貫かれて倒れる山賊の姿が映る。

 

(僕は……)

 

 震える右手を左手で握り締める。

 

 

 

「大丈夫か?」

 

 と、声を掛けられて僕は顔を上げると、コップを手にした恭祐さんが立っていた。

 

「恭祐さん……」

 

 心配そうな表情を浮かべていて、僕は首を振るう。

 

「正直、大丈夫じゃ無いです」

 

「だろうな」

 

 そう言いながら向かい側の席に座る。

 

「それで、どうだった? 今回の戦闘は」

 

「……正直、どう言って良いのか」

 

 僕はテーブルに置いている水の入ったコップに視線を落とす。

 

「とても、複雑です。罪人だったとは言っても、人を殺した、罪悪感が……」

 

「……」

 

 恭祐さんは何も言わず、コップを口につけて一口飲む。

 

「シキ。人を殺した事で罪悪感を感じるのなら、それが正しい感情だ」

 

「……」

 

「人を殺して、何も感じないやつは居ない。居たらそいつはただのイカレだ」

 

 恭祐さんは静かに語る。

 

「その感情、決して忘れるな」

 

「恭祐さん……」

 

「この先、命を奪う機会は増えていくだろう。必ず繰り返せばその感情が薄れていく」

 

「……」

 

「人を殺すのに慣れろとは言わん。だが、ある程度慣れなければならない」

 

「ある程度、慣れる……」

 

「あぁ。それがちょうどいいぐらいだと俺は思う」

 

 そう言うと、コップに入っている飲み物を一気に飲み干す。

 

「恭祐さんは」

 

「ん?」

 

「恭祐さんは、人を殺すのに、躊躇いは無いんですか?」

 

「無い」

 

 恭祐さんは何の迷い無く、即答する。

 

「まぁ俺だって、最初はそうだったさ。ゴブリンを殺しただけで吐き気を覚えるぐらいだったからな」

 

「……」

 

「人を初めて殺した時も、シキみたいに悩んださ」

 

「なら、どうやって割り切ったんですか?」

 

「割り切る、か」

 

 恭祐さんは静かに息を漏らしながら一考する仕草を見せる。

 

「まぁ、強いて言うなら……後悔したくないからだ」

 

「後悔?」

 

「あぁ」

 

 恭祐さんは給仕の女性に果実ジュースのおかわりを言ってから、僕に向き直る。

 

「力があるのに、何もしない方が一番後悔する事だと、俺は思っている」

 

「力があるのに、何もしない……」

 

「あぁ。俺も、少し前にそれで後悔した」

 

「……」

 

「力があったのに、その後の事を考えて、自分の事が大事だったから、何も出来なかった。いや、何もしなかったんだ」

 

 恭祐さんは悲愴感のある表情を浮かべながら話す。

 

「だが、その後に酷く後悔した。やるだけの力があったのに、何もせず、余計に彼女に辛い思いをさせてしまった」

 

「彼女?」

 

「あぁ」

 

 恭祐さんはちらりとフィリアさんを見る。

 

「フィリアは、貴族の娘だったんだ。だが、彼女は人身売買じみた取引の材料にされそうになったんだ」

 

「……」

 

「貴族同士の結婚って言うのが表向きだったが、実際は父親の事業に関する取引だったんだ。娘を引き渡して自分の事業を安定させる為にな」

 

「……そんな」

 

 僕はあまりの悲惨な内容に声を漏らした。

 

 自分の娘を、平気で取引の材料にするなんて……

 

「その事をユフィ達に聞いて、俺は後悔した。その前に彼女はこっそりと俺に会いに来て、胸の内を明かしていたと言うのに……何もしてあげられなかった」

 

「……」

 

「だから、俺は覚悟を決めて、彼女を救い出した。まぁ、一般世間で言えば、誘拐でしかないがな」

 

「……」

 

 恭祐さんの言った言葉に、僕は息を呑む。

 

「その時に、俺は立ちはだかる敵を倒して、多くの命を奪った」

 

「……」

 

「シキ。例え自分の手を汚すことになろうとも、時には正しい事をしなければならない時がある。もちろん、相応の覚悟を持ってな」

 

「相応の、覚悟……」

 

 恭祐さんの言葉が、深く突き刺さる。

 

「もしかしたら、シキもそれを判断する時があるだろうな」

 

「……」

 

「って、大分話がずれたな」

 

 と、恭祐さんは咳払いすると、ちょうど給仕の女性が果実ジュースを入れたコップを持ってきて、それを受け取る。

 

「まぁ、なんだ。今回の事は貴重な体験として、忘れないようにな」

 

「……はい」

 

 僕は頷き、コップを手にして水を飲む。

 

「それと、困った時は仲間を頼ってくれ。可能な限りは協力する」

 

「……」

 

「だから、無理はするなよ」

 

「……」

 

 僕はゆっくりと縦に頷く。

 

 

 すると、「ぐぅ……」と僕の腹の虫が鳴って、僕は恥ずかしくなる。

 

「何だ。食欲はあるじゃないか」

 

「は、はい……」

 

 僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 さっきまで食欲なんて無かったのに、安心した途端急にお腹が空いてきた。

 

「まぁ食欲があるのなら、大丈夫そうだな」

 

 そう言うと、恭祐さんはメニュー表を手にして料理を選び出した。

 

 

(恭祐さん……)

 

 内心呟きながら、恭祐さんを見る。

 

(何だろう。何だが恭祐さんと話していると、妙に安心すると言うか、何と言うか……)

 

 僕はコップの水を飲みながら、これまでの事を思い出す。

 

 確かに恭祐さんは日本人であって、それで親近感が湧いているのだろうけど。でも士郎さんには恭祐さんほど安心感が無い。

 

(それに、やっぱり気のせいなのかな)

 

 注文する料理が決まったのか、給仕の女性に料理を注文している恭祐さんを見ながら、最初に会った時から気にしている事を思い出す。

 

(恭祐さんと、前にも会った事があったかな?)

 

 最初に恭祐さんを見た時、不思議と初めて会った気がしなかった。前にもどこかで会った事があるような、そんな感じだ。

 

 僕は遠い前世の頃を思い出すけど、恭祐さんみたいな人と会った記憶は無い。もしかしたらただチラッと見かけただけかもしれない。

 まぁもう昔の事だから、記憶が薄れてしまっている可能性はあるけど。

 

(気のせい、だよね)

 

 僕は頭を振るって考えを振り払う。

 

 いくら考えたって、答えは出ないのだから、考えるだけ無駄だ。

 

 そう結論付けて、僕は恭祐さんと料理が来るまでの間、今回使ったHK416A5について話して暇を潰した。

 

 

 

 でも、この感覚がただの勘違いでは無かったとは、この時僕は知る良しも無かった……。

 

 

 

 


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