「癒しの光よ。この者の傷を癒したまえ」
セフィラが呪文を唱えると両手から青い光が発せられ、飛竜の爪で切り裂かれた俺の左肩の傷に注がれる。
少しして光が収まると、俺の左肩にあった傷口がほとんど塞がっていた。
「これで傷はある程度塞がりましたが、あくまでもある程度ですので、無茶はなさらないように」
「それでも、十分だ」
俺は新しく出したシャツを着ながら答える。
しかし、フィリアの時も見たとは言えど、改めてファンタジーな世界だなって思う。こうして自分で受けると治療魔法の凄さを実感する。
現在俺達は要塞付近の森の中に潜み、休憩と共に俺の怪我の治療を行っていた。
「それにしても、不思議ですよね」
「何がだ?」
5.56mm機関銃MINIMIに取り付けたドットサイトを覗きながらリーンベルが呟く。
「飛竜の爪には毒があるのよ。別に強い毒ってわけじゃ無いけど、身体の自由を奪うぐらいはあるわ。それで野生の飛竜は獲物の自由を奪って狩りをするのよ」
USPを弄りながらフィリアはリーンベルが疑問に思っていることを代弁し、スライドを引いて手放して安全装置を掛けて右太股に装着しているレッグホルスターに挿し込む。
「そうなのか。だが、飼っていても残しておくと危険じゃないか?」
「普段休ませている時は爪を覆う袋を被せているからな。もちろんさっきの様に出る時は外しているが」
俺の疑問にMSG90を構えたり下ろしたりを繰り返しているユフィが答える。
「なるほど」
納得しながら迷彩服3型の袖に腕を通してボタンを閉じる。
「でも、引っ掛かれただけなので命に関わるほどは無いのですが、それでも身体の痺れぐらいはあるはずなのですが」
俺から離れて7.62mm機関銃M240Bを抱えると、愛おしそうに撫で始めるセフィラが疑問の声を漏らす。
「ふむ」
俺はマガジンポーチを付けているサスペンダーとガンベルトを組み合わせたチェストリグを装着すると、自分の手を開けたり閉じたりする。別に痺れは無いし、普通に動かせる。
(身体に異常は無い。やはり、身体精神異常無効のスキルによるものか)
恐らく毒が対して効かなかったのは、この世界に転生した時に神から貰ったスキルのお陰だろう。
「たまたま毒が少なかったんだろう」
「そうでしょうか?」
「こうして俺は身体に異常が無いんだ。それ以上追求する必要はないだろう?」
「……」
(異常が無い、か)
ふと俺は内心呟く。
そういえば、俺、また人を殺したんだよな。
91式携帯地対空誘導弾を竜騎兵に向けて放ち、飛竜諸共粉々の肉片にして撃ち落した。
(なのに、何も感じない)
今の俺には、何の実感も湧かなかった。人を殺したと言う、実感が。
(いや、今はそんな事を気にしている場合じゃない)
俺はそう自分に言い聞かせるように内心呟き、気持ちを切り替える。
「それにしても、どうして竜騎兵があんな所に現れたんでしょうか」
5.56mm機関銃MINIMIを置いてから水筒に入った水を飲んで蓋を閉めたリーンベルがその事を口にする。
「大よそ現場から近い村や町に連絡しようとしたどこかの班が竜騎兵を見つけて合流し、その後情報が行き渡って警戒していた、と言った所だろう」
俺は予想を呟きながら水筒に入っている水を飲む。
(しかし、こんな時に戦闘糧食があればなぁ)
空腹を感じながら水筒の蓋を閉めて俺は内心で呟く。
現状どういうわけか戦闘糧食の召喚が出来ないで居た。こういう時の場面で必要なのに。まぁ無い物を強請っても無い物は無いんだが。
「フィリア。竜騎兵って言うのは、常に飛んでいるのか?」
「えぇ。確か一定時間周囲を哨戒していたはずよ」
「その哨戒中の竜騎兵に事態を知らせたのか。余計な事を」
忌々しそうにユフィは舌打ちをする。
「この様子だと、要塞にも既に知られて警戒体制が敷かれていることだろう。まぁだからさっきの竜騎兵が飛んでいたんだろうがな」
「……」
「どうするんですか、キョウスケ様?」
不安な表情を浮かべながらリーンベルが俺に問い掛ける。
「どうするも何も、穏便で済ませるプランAは出来なくなった。出来ればプランBはやりたくなかったが、現状ではやらざるを得ない」
「……」
「一応お聞きしますが、プランBとは?」
「単純に要塞を強行突破する」
「ですよねー」
リーンベルは苦笑いを浮かべる。
「恐らくは、いや、確実に激しい戦闘が予想される。気を引き締めてやるしかない」
『……』
俺の言葉に誰もが決意の表情を浮かべる。
「それで、強行突破と言っても、作戦自体はあるの?」
「いや、無い」キッパリッ
「……」
俺の返答にフィリアは唖然となる。
「要塞の内部がどんな配置、構造をしているのかが分からない以上、作戦の立てようが無いからな」
いくらこちらには強力な現代兵器があると言っても、警備が厳重で強固な要塞を突破するのは容易ではない。ましても戦力が少な過ぎる。
まぁ、今ならそれほど難しいという事は無い、かもしれない。
「……それらが分かれば、作戦は立てられるのか?」
「ん? あぁ。作戦と言えるものかどうかは分からんが、少なくとも要塞を突破する算段は思い浮かぶはずだ」
「そうか。それならば、私が要塞の事を知っている」
「本当か?」
「本当よ。ユフィは一時期あの要塞に居たから」
俺の疑問にフィリアが答える。
「なるほど。じゃぁ早速だが、要塞の内部はどういった構造になっている?」
「あぁ。要塞は山脈に開いた場所に壁を周囲に設けて、リーデント側とエストランテ側にそれぞれ門がある。それは他の国境線にある砦や要塞と同じだが、トリスタ要塞だけは異なる部分がある」
「と言うと?」
「あそこには大きく開けた裂け目があってな。だから橋が掛かっているのだが、橋は渡る時以外は常に上げられた状態だ」
「ふむ」
「だが、逆に言えばそれだけだ。それ以外は特別複雑な構造をしているわけではない」
「……」
つまり、注意すべき点はその裂け目と橋と言う事か。
「何か気になる所はあるか?」
「あぁ。その橋はどっち側にあってどっち側に掛けられる?」
「リーデント側に橋はある。そこからエストランテ側に橋を掛けられる」
「そうか。もしこれが逆だったら難しい事になっていたが、これで突破は夢じゃないな」
俺の言葉にリーンベルとセフィラの表情に希望が満ちる。
「ちなみに聞くが、その橋は何で繋がれている?」
「鎖だ。それも相応の橋を支えるためにかなり大きいやつだ。だから並大抵の方法では破壊は困難だぞ?」
「それについては問題ない。破壊する方法はある」
「そうなのか? まぁそれはいいとしても、要塞とあって戦力は多いぞ?」
「分かっている。だが、その程度問題にならない」
「……」
「出来ればこんな形で使いたくは無かったが、今は出し惜しみをしている場合じゃないからな」
俺はメニュー画面を出すと、召喚項目を広げる。その光景をフィリア達は興味深く見つめる。
そして召喚項目にある『装輪装甲車』を選択して広げ、その中にあるやつの名前に触れる。
レベルが30に上がったことによって、召喚できる項目に装輪装甲車が追加された。そしてその中には、『ソレ』があった。
正直ソレは代物が代物とあって無いかと思っていたから、正に棚から牡丹餅を得たようなものだった。
(別にこいつを使わなくても96式装輪装甲車で事足りるかもしれないが、万が一の事があるからな)
最も高機動車改でも十分と思うが、こっちはこっちで不安要素が多い。だからあれを使う。
俺はそれを選択し、召喚すると目の前に『ソレ』が現れる。
「こ、これって!?」
「お、大きい!?」
「これは」
フィリア達は現れた『ソレ』に驚きを隠せずそれぞれ声を漏らす。
何せそれは高機動車改より大きく、タイヤの数も多い。何より形がまるで違うのだ。
「驚くのも無理は無いが、作戦を伝える」
俺は驚いている彼女達に先ほど思いついた作戦を伝える。
「何て大胆な」
「……」
「……」
「時間との勝負な作戦ですね」
「あぁ。作戦に掛かる時間によって、成否が左右される」
俺の伝えた作戦に彼女達は唖然となる。
「みんなには今からトレーニングモードでこれの扱い方を学んでもらう。特にフィリアとセフィラ、リーンベルにはな」
これから行う作戦上俺とユフィは基本あれを扱う事は無いので、3人を中心に扱い方を学んでもらう。
「じゃぁ、いくぞ」
俺はトレーニングモードを起動させ、周囲の事もあるので短時間で尚且つ緻密に彼女達に『ソレ』の扱い方を教えた。
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時間は下り、場所は変わってトリスタ要塞。
リーデント王国とエストランテ王国の国境線に沿うように聳え立つ山脈に唯一開けた場所に立てられた要塞は四方を分厚い石壁に囲われ、その中心には深く巨大な裂け目があってリーデント王国側に橋が設置されているが、その橋は鎖につながれて上に上げられていた。
「……」
要塞にある建物の一室では、アレンが不機嫌そうに腕を組んで椅子に座っていた。
「おい。警戒に向かった竜騎兵はまだ戻ってこないのか」
「え、えぇ。まだ戻ってきません」
「チッ。飛竜を使っておいて、使えないやつらだ」
舌打ちをして一層機嫌を悪くする。
「ガーバイン様。ヘッケラー様を攫った者達は、ここに来るのでしょうか」
「やつは必ず来る。逃げた方角もそうだが、あそこから国境線に近いのはここだけだからな」
「そう見せかけて、反対側へ遠回りしている、とは考えられませんか?」
「確かにやつらの乗っている馬車の様な箱の足は速い。が、故に目立つ。そんな物を使って遠回りすれば場所を教えるものだ。平民と言っても、間抜けではないだろう」
アレンはそう言うが、実際恭祐は高機動車改が目立つのもあるが、距離もあったので最短距離を選択したので、あながち間違いと言うわけではなかった。
「……」
そう言うアレンに騎士は不安を覚える。
(さぁ、来るなら来い。ここには多くの騎士と飛竜、それを操る竜騎兵が居る。お前がどれだけ腕の立つ冒険者でも、突破するのは不可能だ)
アレンは内心で呟き、邪悪な笑みを浮かべる。
確かに、普通ならこんな厳重な砦を突破するのは困難を極める。それこそ多くの戦力が必要とされるだろう。
そう、
――――ッ!!
『っ!?』
突然耳を劈くような大きな音がしたかと思うと辺りが小さく揺れる。
「な、なんだ!?」
アレンは立ち上がって外に出る。
すると門の方で黒煙が上がっており、周囲では騎士達が動き回っていた。
「な、何が起きて――――」
アレンが言い終える前に、裂け目の向こうにある建物のトンネルから、何かが出てきた。
「な、何だアレは!?」
見た事の無い物体にアレンは驚きを隠せなかったが、ソレの頭がこっちを向いたその直後轟音がした、と言うことを認識した途端アレンの意識は途切れた。