それから2,3時間ほどが経過した。
『……』
馬車の車内で揺れを感じながら私は外と中に視線を交互させながら様子を見る。
現在車列は休憩のために立ち寄った村から出発し、現在通っているルートの中で一番長い草原に出来た道を通っている。そしてこの草原が作戦の場となる。
「……」
隣に視線を向けると、顔色が悪く俯いているフィリアが座っている。町を出発してからも、村で休憩中も、こうして馬車に乗ってからも、彼女は何も喋っていない。
で、その向かい側には彼女の気持ちなど全く分からずに彼女をにやけた表情で見ているアレンが座っている。
(この憎たらしい顔を殴ったらどれだけスッとするだろうか)
彼女の気持ちが分からず、嘗め回すように見ているこの男に苛立ちが募って来て今にも殴りたい上に、キョウスケ殿から預けられた物で攻撃したい衝動に駆られる。内心ではそう呟くが、私は何とか自制して気持ちを整える。
ここでもし感情的な行動を取ってしまえばこの後の作戦に支障をきたすのは目に見えている。作戦が失敗すれば彼女に明るい未来は無いのだから。
私は苛立つ感情を抑えつつ、窓から外の景色を見る。
(もうそろそろ、目標地点に到着するな)
恐らくセフィラがキョウスケ殿に連絡を入れている頃だろう。
私は不審がられないように今は通信機は着けていないので作戦の進行具合が分からない。だが、後に起こる事でタイミングは分かる。
その時がいつでも来ていいように、身構える。
すると突然馬車が停車する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……」
草に紛れてジッとして待っている俺はM24
だが、時間が経つにつれて、心臓の鼓動が高まっているのを感じていた。
(落ち着け。落ち着くんだ……)
自分にそう言い聞かせながらゆっくりと深呼吸をして気持ちを整えて心臓の鼓動を抑えようとする。とは言えど、自分ではそう言い聞かせても身体はすぐに言う事を聞くとは限らないがな。
狙撃と言うのは距離が離れていれば離れているほど僅かなズレが大きなズレへと変化する。今の様に心臓の鼓動が高いとその振動で照準がぶれてしまう。
そして今回行う狙撃は早さと正確さ、そしてタイミングが要求される。それに加えて失敗出来ないと言う重圧が加わっているのだ。
これで緊張するなと言う方が無理な話である。
「……」
俺はボルトハンドルを持って上に上げて溝から外し、後ろに引っ張ってから戻してボルトハンドルを下ろして溝に嵌め、マガジンの一番上にある初弾を薬室へと送り込む。
『こちらセフィラ。キョウスケ様。聞こえますか』
すると耳にしている通信機からセフィラの声が発せられる。
「こちら土方。そっちの方はどうだ?」
『間も無く予定地点に到着いたします。準備をお願いします』
「分かった。そっちも準備に掛かってくれ。合図と共に作戦開始だ』
『分かりました』
「じゃ、手発通りに」
俺は身体を少し持ち上げて傍に置いていた双眼鏡を手にして前方を見渡す。
「……」
前方を見渡して左上方向に、馬車4輌の車列を確認する。
馬車は全部で4輌で、先頭と3輌目と4輌目は白い布を張っている一般的なやつで、恐らく護衛の騎士達を乗せているやつだろう。そして2輌目は他とは明らかに異なり、豪華な装飾が施された馬車で、扉には紋章が描かれている。
「あれか」
間違いなく、目標の車列だ。そして2輌目の馬車に、フィリアが乗っているはずだ。
俺は先頭の馬車を見ると馬車の操者はセフィラであり、彼女は事前の打ち合わせの時に教えていたハンドサインを俺が居る丘へ向けて行う。
ハンドサインの内容は『準備完了。指示を請う』だ。
「今だ」
俺は通信機に指を当てて静かに指示を送ると、セフィラと3輌目の馬車の操者を務めるリーンベルが懐より取り出した筒状の物に付いているピンを引き抜き、レバーを取ると前へと落とし、同じ物をさっきと同じようにして前に落とした。
同じようにリーンベルも同じ筒状の物のピンを抜いてレバーを取り、前へと落とすと、2個目も同様にして前へ落とした。
それを確認した俺はすぐさま双眼鏡を収納してM24
(馬車には馬が2頭ずつの計8頭。短時間で全てを仕留めるなら、確実に2頭同時に仕留めなければならない、か)
ここから車列への距離は大体500mから580mの間ぐらいだろう。まぁ、トレーニングモードじゃそれの倍ある距離の狙撃を静止目標に動体目標を何度も行っては標的に命中させている。決して難しくないとは言えないが、出来ないわけじゃない。
幸い2頭は並んで歩いているので、二頭抜きは難しく無い。
俺がなぜ馬を確実に仕留めなければならないのは、追跡手段と伝令手段を無くす為だ。
当然であるが、フィリアを攫う形で連れ出そうとしているのだ。アレンは確実に俺達を追い掛けて来るだろう。こちらは高機動車改で逃走するが、速度は違えど足が速い馬ならこちらが止まっていれば短い時間で追いつけるし、何より近い村や町に馬を走らせて状況を味方に伝えるはずだ。
今情報を他の場所に伝えられてはかなり厄介になる。だからこそ、馬は全て短時間で尚且つ確実に仕留めなければならない。
「……」
俺は身体を動かして向きを変え、スコープのレティクルを先頭の馬車を引く手前の馬の頭の前辺りに合わせて呼吸を止めて身体の動きを抑え、引金に指を近づける。
そして2頭の馬の頭が重なった瞬間、俺は引金を小さい力で引き、本来発せられるはずの銃声はサプレッサーによって抑制されてまるでガスが抜けたかのような音を立てて弾が放たれる。
素早くコッキングをして空薬莢を排出して次弾を装填したら、放った弾は先頭の馬車を引いている2頭いる馬の手前の方の頭を撃ち抜き、有り余る運動エネルギーは馬の脳ミソを滅茶苦茶に破壊して貫通し、勢いをそのまま後ろの馬の頭を撃ち抜いた。
それと同時に2頭の馬はその場に倒れ込み、痙攣した後ピタッと動かなくなった。
俺はすぐ後ろで止まった馬車を牽いている馬へと狙いを定めて引金を引き、放たれた弾は馬2頭の頭を撃ち抜いた。素早くコッキングをして3輌目の馬車を引いている馬の頭へと狙いを定めて引金を引き、2頭の頭を撃ち抜く。
さすがに牽いていた馬が突然死んだ事によって馬車に乗っていた騎士達が降りてきて周囲を警戒し始めるが、俺は気にせず4輌目の馬車に繋がれている馬に狙いを付けて、引金を引く。
放たれた弾は手前の馬の頭を撃ち抜いたが、奥の馬が頭を動かしてしまい弾が外れる。
「っ!」
俺はとっさにコッキングして再度狙いを付けて引金を引き、最後の一頭の頭を撃ち抜いた。それと同時に馬車の下から突然煙が上がり出す。
(ギリギリ間に合った)
俺はホッと安堵の息を吐きながらスコープを覗く。
すると馬車から降りた騎士たちが一斉にむせ出し、中には嘔吐する者やその場に倒れる者が続出する。
先ほど彼女達が落としたのは催涙性のガスを出す『催涙球2型』と呼ばれるガスグレネードだ。通常安全ピンを抜いてレバーを外してからガスが出るのは1.2秒から2秒程だが、彼女達に渡した物には18秒後にガスが噴出するように信管設定を変えた代物だ。
俺が素早く馬を仕留めなければならないのは、この催涙ガスが出てしまうからだ。当然馬もガスの影響を受けるので馬はもがき苦しんで暴れるだろう。そんな暴れている馬を狙うのは困難だ。
まぁ胴体を狙えばいいかもしれないが、確実性が無いし、後で治療魔法で傷を癒される可能性がある。
しかしこの中をユフィ達は大丈夫なのかと言うと、その辺はちゃんと対策を取っている。既に彼女たちは行動を起こしているはずだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「なんだ、何が起きている!?」
突然馬車が止まった上に馬車を牽いていた馬が頭から血を流して死んだ事に誰もが混乱していた。
外では他の馬車に乗っていた騎士たちが降りてきて周囲を警戒するも、突然煙が上がり出してそれを吸った騎士たちは咳き込み、目を押さえたりしてもだえ苦しむ。
私はすぐに服の下に忍ばせていた……確かガスマスクと言う仮面を取り出して顔に装着して外していた通信機を耳に付ける。
その直後馬車の車内に煙が入り込み、フィリアとアレンが咳き込み出す。だが私はこのガスマスクのお陰で影響は無かった。
私は馬車の扉を開けるとフィリアの手を取る。
「ゆ、ユフィ!?」
フィリアはいきなりの事に私を見るが、ガスマスクを装着した私を見て驚く。だが私はすぐに彼女の手を引いて勢いよく外に放り出す。彼女が放り出された先には同じくガスマスクを装着したセフィラとリーンベルが待ち構えており、彼女を受け止める。
「貴様! 何をしている!」
アレンは涙目になりながらも私の肩を掴む。
「っ! 離せ!」
私はアレンの手を振り払って馬車から出ようと一歩踏み出して出口に近付く。
「がっ!?」
しかし直後に後頭部から引っ張られるような激痛が走って馬車から出る事が出来ず、思わず後頭部を押さえる。
「そうか! ゴホっ! これは貴様の仕業か!」
咳き込みながらアレンは彼女の束ねている髪を引っ張っている。
「くっ……!」
髪を引っ張られて私は車内に引き戻されそうになる。
『ユフィ様!』
リーンベルが叫び、その間に私は車内に引き戻され、床に倒されてアレンに首を掴まれて押さえ付けられる。
「ぐっ……」
次第に掴まれている手に力が入り、首が締められる。
「こんな事をして、ただで済むと思うなよ!!」
アレンは怒りの形相を浮かべ、首を絞めている手の力を更に強める。
(まずい、このままじゃ!)
このままじゃ、逃げられない!
(こうなったら!)
私は首を絞めているアレンの手から右手を離して服の下に忍ばせている保険を手にして取り出し、それをアレンの左肩に押さえつける。
ッ!!
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」
乾いた音が発せられたと同時にアレンが叫び声を上げ、左肩を押さえて椅子にもたれかかるように倒れる。
「き、貴様!? 何だそれは!?」
「手の内を教えるわけないだろ」
私は首を擦り呼吸を整えながら右手にしている物を――――確か『南部小型拳銃』と言う拳銃とキョウスケ殿は言っていたな――――アレンに向ける。
「貴様、こんな事をして、ただで済むと思っているのか!」
「私がやっている事は理解している。世間から許されるつもりは無い。だが、自分が正しいと思った事をしているだけだ」
「僕のフィリアを攫っておいて正しいだと!」
「フィリアはお前のものではない!!」
私は南部小型拳銃の引金を引き、乾いた音共にアレンの頭のすぐ横に穴が開く。
「っ!」
アレンが驚いている間に私は一気に馬車から跳び出る。
「ま、待て―――」
私が地面に着地すると同時に後ろでアレンが悲痛な叫びを上げる。
「っ!」
私が後ろを振り返ると、アレンは車内の床に倒れて悶え苦しんでいた。
「あれは」
『ユフィ! 今の内にフィリアを連れて逃げろ!! 今から迎えに行く!』
耳に付けた通信機からキョウスケ殿の声が発せられる。どうやらキョウスケ殿の援護だったようだ。
「感謝する!」
私はすぐに立ち上がってフィリアを両側から支えているセフィラとリーンベルの元へと向かい、合流後フィリアの手を取って連れて行く。
「ゆ、ユフィ! 一体何を!」
煙の影響で咳き込みながらフィリアは問い掛ける。
「話は後だ!」
私は煙が晴れた場所まで来るとガスマスクを外してフィリアを引っ張ってそう言いながら走る。
すると丘の向こうから緑色の物体が跳び出し、こちらに向かって走ってきた。
「っ!?」
初めて見る物体にフィリアは驚くが、私達は既に見ているので驚きはしなかった。
その緑色の物体……確かキョウスケ殿は
あれだけのスピードを出して急に停止できるのは地味に凄いな。
「待たせたな!」
と、高機動車から特徴的な斑点模様の服を身に纏う男性ことキョウスケ殿が武器を手にして降りてきた。
「きょ、キョウスケ!?」
俺が89式小銃を手にして高機動車改から降りて姿を現すとフィリアは目を見開いて驚きの声を上げる。
「ど、どうしてあなたがここに!?」
「ユフィ達と一緒に君を助けに来た!」
「私を?」
「そうだ」
「ど、どういうことなの?」
フィリアは突然の事に思考が追い付いていなかった。
「説明は後だ! 兎に角、こいつに乗ってくれ!」
「で、でも」
俺が高機動車改に指差して乗るように言うものも、フィリアは躊躇いを見せる。
まぁ見たこと無い物に乗れといっても躊躇うだろうが、最も彼女が案じているのは俺のことだろうな。貴族の乗っている馬車を襲撃してその婚約者を攫おうとしているのだ。ユフィ達もそうだが、俺も捕まればただでは済まない。
まぁ、捕まる気は毛頭無いんだがな。
「今は何も考えず、俺を信じてくれ!!」
「っ!」
俺が強く言って89式小銃をスリングで右肩に提げて右手を差し出すと、彼女はハッとする。
少し俺の手を見つめていると、意を決したかのように表情を引き締め、フィリアは俺の手を握る。
「こっちだ!」
俺が彼女を引っ張って、高機動車改の車体後部の扉を開けて彼女を中に入れる。
「急げ! ユフィ!」
「あぁ!」
リーンベルとセフィラを車内に入れてから俺は南部小型拳銃を手にして周囲を警戒していたユフィに声を掛けて彼女を来させる。
「っ! 伏せろ!!」
俺は後ろで催涙ガスによる状態異常から回復した騎士がクロスボウを構えてユフィの背中に向けて構えていたのを見つけて叫び、ユフィはすぐさま前のめりに倒れるとその上を矢が通り過ぎる。
「くっ!」
俺はすぐに89式小銃を構え、セレクターを
「恨むなよ」
そう一言言ってから引金を引き、銃声と共にストックを通して衝撃が肩に伝わり、弾が放たれる。放たれた弾は一直線にクロスボウを持つ騎士の左肩を撃ち貫き、騎士は激痛のあまり後ろに倒れて左肩を押さえながら悶え苦しむ。
「今の内に!」
「わ、分かった!」
俺は次々と状態異常から回復して立ち上がる騎士たちの肩や膝に狙いを付けて引金を引き、弾は騎士の肩や膝を撃ち抜いて行動不能にしていく。
その間にユフィは高機動車改に乗り込んで扉を閉める。
「キョウスケ様! 全員乗りました!」
「おうよ!」
銃座から頭を出したリーンベルが全員乗車を確認して伝え、騎士たちを牽制してから弾が切れたマガジンを交換すると、一人の騎士がクロスボウを構え、俺に向けて矢を放ってくる。
「っ!」
俺はとっさに身体を反らして矢をかわしてボルトストップを解いて89式小銃を構えて引金を引く。
そして銃声と共に放たれた弾は一直線にクロスボウを持つ騎士の額に穴を開けて後頭部から突き抜けて騎士の命を刈り取った。
「っ!?」
俺はホロサイトから目を離して絶句する。
騎士はそのまま後ろに倒れてそのまま動かなくなる。
「……」
俺はまさかの事態に一瞬呆然となる。
「っ!」
俺はハッとして弾帯に提げている閃光発音筒を左手に持ってピンを歯で咥えて引き抜き、レバーを指で弾いて勢いよく投げる――――ちなみにこれを実際にやると歯が欠けるか折れるかするので、良い子は真似したら駄目だぞ――――。
投げてすぐに俺は高機動車改の運転席に乗り込み、扉を閉めてアクセルを踏み込み、ハンドルを目いっぱいに右に切ると車体が右に曲がりながら前進する。
「くそっ! 待て!」
涙目になりながらアレンが高機動車改を追いかけるが、足元に何かが転がってくる。
「ん? 何だこれ――――」
その直後眩い光と爆音が発せられてアレンが叫びながら目を押さえて後ろに倒れる。
本来閃光発音筒ことスタングレネードは狭い場所にてその真価を発揮する。当然こんな開けた場所では音や光が反射せず広がるのでその真価を十分に発揮できない。
まぁ、足元で破裂したのなら、話は別だがな。
「ざまぁみろ」
一瞬目を瞑って閃光発音筒の光を回避し、目蓋を開けてサイドミラーを覗いた時にはアレンは地面に倒れ、目を押さえて悶え苦しんでいた。その姿を見て俺は思わず声を漏らす。
俺はすぐに前に視線を向けると床を踏み抜かんばかりにアクセルを限界まで踏み込んで高機動車改を走らせる。