異世界ミリオタ転生記   作:日本武尊

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第十八話 真実

 

 

 

 

『フィリアを助けて欲しい』……。

 

 

 

 予想外の頼みに俺は疑問を浮かべて首を傾げるしかなかった。

 

「どういう事だ? フィリアを助けて欲しいって……」

 

「……」

 

 ユフィは少し間を空けて口を開く。

 

「キョウスケ殿は、フィリアの結婚話は聞いているな」

 

「あぁ。本人とアレンから聞いたからな」

 

「……そうか」

 

「まぁ、アレンのようなやつが相手なのは少し気に入らないが、貴族同士の結婚は親が決めるようなもんだから、俺がどうこう言える――――」

 

 

「あんなのは、結婚なんかじゃない」

 

「ん?」

 

 俺が最後まで言い終える前にユフィが震える声で遮る。

 

「どういうことだ?」

 

「……あれは、結婚で偽装した、取引だ」

 

「取引だって?」

 

 何か話の流れが不穏になってきたぞ。

 

 

 

「数日前に、私はフィリアと共にご両親が暮らしている屋敷へ向かった。そこで結婚を祝うパーティーが行われてたんだ」

 

 しばらく間を置いて、ユフィは静かに語り出す。

 

「フィリアは受け答えこそちゃんとしていたんだが、終始生気の抜けたような様子で過ごしていた」

 

「……」

 

「そんなフィリアの状態も知らずにアレンは誇らしげに彼女の傍で語っていた。それに同調するかのようにヘッケラー伯爵とその奥方もガーバイン公爵に語っていた」

 

 安易にその様子が想像出来るな。彼女の両親の顔は適当に想像しているが。

 

「パーティーは二日続けて行われたが、その一日目の夜、フィリアは私の所へやって来て、嘆いていた。『どうしてこんなことになってしまったの』と」

 

「フィリア……」

 

「私は、情けなかった。こんなにも、何も出来ない無力な自分が」

 

 ユフィは両手が白くなるほどまでに握り締める。

 

「……」

 

 話を聞いてから、俺の胸中に後悔が過ぎる。あの時、少しでも彼女の助けになる事が出来なかったのかと。

 

「二日目もパーティーが行われ、その日私は苛立ちを忘れたくて、いつも以上に酒を飲んでいた。覚えているぐらいでも、かなりの量を飲んだような気がする」

 

「……」

 

「そのせいか酔いもいつもより早く来て少し気分も悪くなって、酔いを醒ます為に一旦パーティー会場を後にして外に出た」

 

「……」

 

「庭に生えている木にもたれかかってしばらく外の空気に当たって酔いも少しはマシになった。少しして屋敷へ戻ろうとしたが、その時上から話し声がしたんだ」

 

「上から?」

 

「木の傍に屋敷のバルコニーがあるんだ。声はそこから発せられていた」

 

「なるほど」

 

「私は気にせず戻ろうとしたが、声の主がヘッケラー伯爵とガーバイン侯爵のものだったから私は気になってそのまま留まって耳を傾けた」

 

「……」

 

「そこで、二人はとんでもない事を話していた」

 

 その時の会話を脳裏に思い浮かべながら、彼女は一間置いて会話の内容を語った。

 

 

 

『それで、娘は如何でしたかな?』

 

『上出来だ。今まであんなに美しい娘は見た事が無い。さすがはあの女の娘だ。あれなら15年間待った甲斐があったものだ』

 

『恐れ入ります』

 

『しかし、条件どおりに育って居るのだろうな』

 

『もちろんです。邪魔な虫が寄り付かないように大事に育てていますから。そして教育もきっちりとしております』

 

『ふむ。それなら、問題は無い。約束通り、君の事業への援助と情報の統制は任せてもらおう』

 

『ありがとうございます。これで今後不安なく暮らしていけます』

 

『私も、良きパートナーを得られてホッとしておるよ。しかし、自分で取引を持ちかけて、よもや娘をこうも簡単に渡すとはな』

 

『取引材料に娘一人で身分の安泰が築けるのなら、お安いものです』

 

『君も中々言うねぇ』

 

『いえいえ』

 

 

 

「……」

 

 ユフィの口から語られた会話の内容を聞いて、俺は唖然となった。

 

「本当、なのか?」

 

「間違いありません」

 

「……」

 

 俺は伯爵の考えが理解できなかった。自分の娘を、平然と取引の材料として、渡そうとしているのか?

 

「この結婚の真の目的は、恐らくフィリアを取引の材料にして、伯爵が行っている事業の安定化の為だと思われる」

 

「事業の安定化?」

 

「ヘッケラー伯爵もそうですが、貴族は自ら事業を立ち上げて商売をしています。確かヘッケラー伯爵は物流関連の事業を展開していたはずです」

 

 俺が疑問の声を漏らすとユフィの後ろに居るセフィラが説明を入れる。

 

 まぁ貴族が何もせずに豊かなわけ無いか。まさか税で金を搾取しているわけでもあるまいし。いや、時代的にありえそうな話だよな……。

 しかし物流関連とは、また大きな事業を立てたものだな。

 

「ですが、噂では最近その事業がうまくいっていないようで、かなり危うい状況にあるとか」

 

 すると薄目だった彼女の目が開かれて血の様な暗く紅い瞳が覗く。

 

「経営がうまくいっていないのか?」

 

「詳しくは知らないが、最近景気は良いとは聞かないな」

 

 俺が聞くとユフィが思い出しながら答える。

 

「それと、その事業には良からぬ噂があるそうです」

 

「噂?」

 

「えぇ。表向きは真っ当な品を扱っているそうですが、裏では法に触れるような代物を扱っているとか」

 

「……」

 

 まぁ物流関連だと、様々な物を扱うだろう。そうすると自然と扱う事もあるだろうが、彼女の言葉からすると分かった上でやっていそうだな。もしくはそれをカバーにして本命を隠しているのか?

 

「恐らくガーバイン侯爵もそれを掴んでいたのでしょう」

 

「それで脅迫されて取引を持ち込まれた……いや、会話の内容的にむしろ逆に持ち掛けたって感じだな」

 

 よくある爆弾ネタで脅して自分の言いように動かせる駒にするようなものかと思ったが、ふと会話の内容を思い出して推測が過ぎる。

 どうも侯爵からと言うより、伯爵から取引を持ちかけているよな。

 

「内容からすると、可能性は高いだろうな。いや、ほぼ確実にそうだ」

 

「……」

 

「ガーバイン侯爵は貴族の中でも権力は大きい。情報統制など容易いだろう。もちろん財産も他とは一線を覆すほどのものだ」

 

「……」

 

 事業の安定化と情報統制、更に自分の身の保全と引き換えに、フィリアを差し出した、という事なのか。

 

「だが、なぜ彼女なんだ?」

 

「噂では、ガーバイン侯爵は若い女が好みで、特に十代辺りが多いらしいです」

 

「……」

 

「まぁ、それは周知の知る事実ですが。ちなみに、ご子息のアレンも親に似てかなりの女好きだそうです」

 

「現にやつはよく女を連れて酒場に入り浸るからな」

 

「マジか」

 

 それなのにあんな事を言ったのかよ。あいつ色々とヒデェな。

 

「そしてフィリアをずっと家に閉じ込めていたのは、他の貴族から余計な事をされない為、と言う所だろうな」

 

「余計な事か」

 

 恐らくまだ幼く判断力の無い彼女に接近しては将来の事を形ある約束で交わそうとするって事だろうな、たぶん。

 貴族社会がどういう構造なのかは知らんが、商売と同じで信頼はかなり大事なんだろうな。

 

「全ては、その取引の為の準備だった、と言うことか」

 

 たったこれだけの為に15年も費やしたのか。それだけ自分の娘より自分の事の将来の方が大事なのか。

 

『……』

 

 ユフィと後ろの二人は顔を俯かせ、両手を握り締めている。

 

 

「それで、彼女をアレンのやつの元から連れ出そうとしているのか」

 

「あぁ」

 

 ここまで来れば、彼女達の目的に察しが付く。

 

「彼女自身は?」

 

「濁して聞いているが、確認は取っている。彼女自身も自由になれるのならなりたい、と」

 

「……そうか」

 

「……」

 

「やろうとしている事の重大さは、承知しているよな」

 

「分かっている」

 

「後ろの二人も、分かっているよな?」

 

「はい」

 

「えぇ」

 

 俺が問うと三人は迷う事無く頷く。彼女達の覚悟の強さが窺える。

 

「……こんな事をすれば、家は黙っていないだろうな。当然、今後家の者として認めなくなるだろう」

 

 当然家族の者は彼女達を二度と家の者として認めることは無いだろうな。そして彼女達は一生犯罪者として追われる身となる。

 

「元よりそのつもりだ。もう、家に戻るつもりはない。このまま自分を騙してまで生きたくは無い」

 

「そうか」

 

 俺は後ろの二人に視線を向ける。

 

「二人はいいのか?」

 

「はい。元より私には身寄りがありません。そんな私をフィリア様は拾ってくださって優しくしてくれたから、こうして今の私があるんです。フィリア様の為なら、命を投げ出す覚悟です」

 

「そうか」

 

「わたくしもです。フィリア様の幸せを望めるのなら、この身を捧げる覚悟があります。ですが、わたくしは子供を利用する事しか知らないような両親の元を離れられるのなら、問題ありません」

 

「そ、そうなのか」

 

 リーンベルは色々と事情があるようだが、セフィラはそれより深い事情があるみたいだな。

 

「その上で、俺に力を貸して欲しいと?」

 

「はい」

 

「……」

 

「もちろん、無理なお願いをしているのも、キョウスケ殿を巻き込もうとしているのは分かっている。だが、私達だけじゃ、フィリアを助ける事はできないんだ」

 

「……」

 

 まぁ、貴族の娘を攫おうとしているのだ。しかも名の渡った貴族への嫁入り前の娘を。当然警備も厳重だろう。

 だが、当然手を貸せば、俺も彼女たちと同じく追われる身となる。

 

「もし、対価が必要なら、いくらでも払おう。それでも満足いかないのなら、私自身を差し出す!」

 

「私もです! お願いします!」

 

「わたくしからも、お願いします」

 

 自分の胸元に手を置き、ユフィたちは頭を下げて懇願する。

 

「……」

 

 俺は彼女達の覚悟に戸惑う。

 

 例え自分がどうなろうとも、それだけフィリアの事を……。

 

 

(俺は、どうしたいんだ……?)

 

 これだけ彼女達が頼んでいると言うのに、俺は、俺は……。

 

 顔を俯かせて視線が下がると、首に提げている石が視界に入る。

 

「……」

 

 石を見ていると不意にフィリアと初めて出会った時―――あぁちゃんと目と目を合わせて出会った時だぞ―――や酒場で食事をしながら会話を交わした日々、そして最後に彼女と出会った時が過ぎる。

 

「……」

 

 そして、彼女の笑顔が脳裏を過ぎった。

 

 

(……俺、何をやっていたんだろうな)

 

 俺はやっと理解して、内心で自分に対して呟く。

 

(いつまで自分に嘘を付く気だよ)

 

 分かっていた。分かっていたはずなのに、分かろうとしなかった。理解しようとしなかった。

 

(あの時、彼女の願いを聞いていれば、早く彼女を苦痛から解放出来たかもしれない。なのに……)

 

 なのに、自分の事が心配だから、自分には手に負えない一件だったから、目を背けて答えなかったんだ。

 だが、言い訳にしか聞こえないだろうが、リスクを考えるとそうするしかなかった。

 

(本当に、情けない……)

 

 でも、その時はそう考えていたとしても、今はただ後悔しかなかった。

 

(……俺は、何度後悔すればいいんだ)

 

 俺は無意識の内に右手を握り締める。

 

 

「……」

 

 俺はしばらく身動き一つせず、ただじっと静かに俯いたまま、ただ時間が過ぎていく。

 しばらくして深呼吸をし、気持ちを落ち着かせて、ある決意を固める。

 

 

「……」

 

 俺は3人を見る。

 

「3人の気持ちは、よく分かった」

 

 そう口にすると3人は顔を上げる。

 

「フィリアを連れ出せて、それで彼女が幸せになるのなら、俺も全力を尽くそう」

 

「では!」

 

「あぁ。3人に協力するよ」

 

「っ! 感謝する!」

 

 ユフィは目に涙を浮かべながら深々と頭を下げる。

 

「だが、条件がある」

 

「条件?」

 

「あぁ。協力は一時的ではなく、最後までやるつもりだ」

 

「それって?」

 

「あぁ。フィリアを連れ出した後も、俺は君達と行動を共にする。それが条件だ」

 

「だ、だが、それではキョウスケ殿が!」

 

「追われるのは私達だけで十分です! キョウスケ様まで巻き込むわけには!」

 

「いいんだ。もう、決めたんだ」

 

「キョウスケ殿」

 

『……』

 

 俺の短くも強い決意の言葉にユフィ達は何も言えなかった。

 

「それで、どうやってフィリアを連れ出す気なんだ?」

 

「それなんだが、さすがに今から話すと長くなる。このまま宿舎に私達の姿が無いと怪しまれるからな」

 

「そうか」

 

「だから、明日の朝中央の広場に来てくれ。そこから秘密の場所へと移動して話し合いをしよう」

 

「分かった」

 

 俺が縦に頷くと、3人は立ち上がってフードを深々と被って扉の方へと歩いていく。

 

「では、キョウスケ殿。また明日」

 

「あぁ。明日な」

 

 俺が手を振って部屋を出て行く3人を見送った。

 

 

 

「……」

 

 三人が部屋を出た後、俺はイスの背もたれにもたれかかる。

 

「……」

 

 俺は首に提げている石を手にしてランプの光に翳す。

 

(これで、いいんだ。これで……)

 

 自分に言い聞かせるように内心で呟き、俺は石を提げている紐を首から取ってテーブルに置くと、ベッドに横になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬石が輝きを放ったのに気付かずに……

 

 

 

 

 


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