答えの表と裏   作:Y I

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第7話

 ――意外と真面目でおとなしそうな子。

 それが玉狛支部の玄関で差し入れを渡された時、宇佐美が雄助を見て抱いた印象だ。

 

 意外と、が付くのは学校で見るあの傍若無人ぷりとのギャップ。まあ、それは妖介という二重人格が原因だったわけだが。

 

 そして、雄助のここへ来た目的。

 宇佐美栞は玉狛支部で唯一、雄助がここへやってきた目的を知っている。

 

 

 天峰雄助の目的は〝迅悠一及び近界民(ネイバー)への復讐〟

 

 そう思っていたのだが……。

 

 

 

 

「美味しいですね!」

「おかわりはあるからどんどん食べろよ」

「今度は妖介が私と模擬戦やるわよ!」

《ダルいので丁重にお断りする、と伝えてくれ》

 

 

 今、雄助は満面の笑みで玉狛支部の皆と食卓を囲み、レイジ特製肉肉肉野菜炒めを食している。

 

 

 

 

 〝迅悠一及び近界民(ネイバー)への復讐〟

 

 それを目的としている者が迅悠一がいるのは知らないとしても、近界民と友好的なこの玉狛支部であのような顔ができるだろうか。

 

 

 A級7位三輪隊隊長三輪秀次(みわしゅうじ)

 彼は第1次大規模侵攻で姉を近界民に殺され、その復讐のためにボーダーへ入隊した。

 好きなことに近界民を駆除することを上げるほど近界民を憎み、迅悠一を始めとする近界民に友好的な玉狛支部を裏切り者と罵る。

 迅悠一に復讐、とまでいかなくても毛嫌いし、近界民に憎悪を抱く三輪は玉狛支部へ来て雄助のような顔ができるだろうか。

 

 いや、決して雄助のように笑顔で食卓を囲むことはないだろう。

 

 なら少々違くてもほぼ同じ目的でボーダーへ入った雄助が、こうも笑顔で玉狛支部にいれるのか分からず、宇佐美の頭の中は困惑と疑問が竜巻のようになってグルグルと回っていた。

 

 

 しかし、その困惑と疑問を解決するのは簡単だ。

 本人に聞けばいい。

 なぜ復讐を望むのか、なぜ二重人格になったのか、なぜそんな笑顔でいれるのか、そう聞けばいい。

 ただそれは聞いてしまえば〝玉狛支部へ来た理由〟を()()()()()()しまう。

 

 

 

 雄助は玉狛支部へ来てから戦闘、自己紹介、飯と完全に周りに流されている状態だ。

 これは宇佐美が立案した「あやふやにして帰ってもらおう作戦」だ。来た理由を忘れてしまうくらいこちらから話を振っていく、という簡単な作戦である。戦闘だけは作戦を話す前に小南が勝手に始めた。結果オーライではあるが。

 この作戦は意地が悪いかもしれないが同じ支部の仲間のためだ。しょうがない、と割りきって、雄助に気づかれないように3人に作戦とその理由を書いたメールを送ったのだ。

 

 

 そう()()に。

 

 

 

「ところでゆうすけ」

「ん? どうしたの?」

 

 

 

 この玉狛支部にはもう1人隊員がいる。

 

 

 

「きょうはなんのために玉狛支部にきたのだ?」

 

 

 ――純粋無垢なお子さま隊員、林藤陽太郎が。

 

 

「? …………ああ!! そうだ、忘れるところだった!」

 

 

 途中までは完璧に進んでいた作戦は小さなカピバライダーによって崩された。

 

「すいません、みなさんに……って、どうしたんですか?」

 

 雄助が思い出した要件を述べようと玉狛支部の皆に振り返ると、烏丸とレイジの仏頂面師弟コンビは額に手を当て天を仰いでいて、宇佐美は机に頭だけを突っ張している。小南に関しては、要件を思い出させてくれた陽太郎の足を掴んで逆さまにして持ち上げている。

 

 

「いや……なんでもない」

「うん、大丈夫だよー……」

「はなせ! なにをするんだこなみー!」

「あんたはちょっと黙ってなさい!」

 

「それで何を思い出したんだ?」

 

 思い出した内容を雄助に聞いているが、レイジ自身その内容はもうわかっている。

 

「あ、えーと、この支部に迅悠一って人いませんか?」

 

 雄助の口から放たれた言葉に4人はバツの悪そうな顔になり、すぐさま視線で会話を開始する。

 

(どうすんのよ、栞!)

(どうしよーレイジさん……)

(素直に言えばいいんじゃないか? どうせあいつも〝視えてる〟だろうし)

(そうですね。迅さんのことですし大丈夫でしょう)

(えーでも! 視えてなかったら……!)

 

 この間およそ1秒。早すぎる。

 

 そして、宇佐美が出した答えは――

 

「……えっとね、雄助君。その迅悠一って人はこの支部にはいないんだ……ごめんね」

「そう……ですか」

 

 嘘で仲間を守ることを選んだ。

 

 

 

 

 だが、

 

《……雄助ちょっと変われ、こいつら怪しすぎる》

(え、でも……)

《いいから》

(わかったよ……――)

 

 

 その嘘はついてはいけなかった。

 

 

「――おい、宇佐美。嘘は言ってないよな」

「うん……」

「そうか」

 

 嘘でないことを確認すると、妖介は『サイドエフェクト』を使い、答えを求める。

 

 求める答えは〝迅悠一は玉狛支部所属か〟

 

 

 ではない。

 

 見たことない人物の答えは曖昧になってしまうのが『瞬間最適解導出能力』である。

 見たことない人物の答えが曖昧になるのなら、目の前の人物から答えを求めればいい。

 

 

 求める答えは〝宇佐美栞は嘘をついているか〟

 

 

 答えは――

 

 

「黒、か」

「え……」

「もういいぞ、雄助」

《それ、あんまり好きじゃないんだけどな……――》

 

 雄助は『サイドエフェクト』を日常生活で使うのを極力避けている。まあ、玉狛支部を探す時は妖介に急かされて使ったが、妖介の使った〝嘘の答え〟の出し方はあまり好きではなかった。

 

「――えっと、みなさんが嘘をついたことは別に気にしてないです」

 

 嘘はつかれ慣れているし、その嘘をつく気持ちはわからないから、と心の中で付け足す。

 

「じゃあ、気まずいんで……なんですか?」

 

 帰ります、そう告げようとしたが皆の視線が自分に――いや、自分の()に集中していることに気づいた。

 

「ッ!」

 

 急いで目を手で覆い隠すが、既にこの場に居る全員が見てしまっている。

 

 

 しかし、先程まで楽しく食卓を囲んでいたのだ。

 みんな少し驚くぐらいだ。大丈夫だ。

 そう思い、皆を見ると

 

 

 

 

 

 宇佐美は見慣れたのか困った顔をしているだけだが、陽太郎や小南は怯え、いつも仏頂面の2人でさえ困惑した顔で雄助を見ていた。

 

 

 

 

 

 ああ、やっぱりか

 

 怯えた顔、化け物でも見るかのような顔、どれもこの目を初めて見た人が浮かべる見慣れた顔じゃないか。

 なぜ大丈夫だと思った? 楽しく食卓を囲んで浮かれたか。この人達なら大丈夫だと思ったか。

 

 

「……期待、しちゃったのかな」

 

 哀愁を帯びた笑みを浮かべてそう言い、雄助は玉狛支部を後にしようとする。

 

 

「あ、待って! 誤解なの!」

 

 小南はそう言って呼び止めようとするが、既に妖介に変わっていた。

 

「誤解、か。待ったらそれが解けるのか?」

「う、うん」

「――いいや、誤解は解けない。もう〝誤った解〟という解が出ているんだから問題はそこで終わってる。それ以上解きようがないだろ」

 

 

 

 誤解は〝誤った解〟という1つの答え。

 

 問題の解は出たのだ。ならそれ以上解きようがない。

 

 故に誤解は解けない。

 

 それは『サイドエフェクト』に苦しんだ雄助を1番知っている妖介の考えだった。

 

 

「んじゃ帰るわ」

「……」

「あー、あとレイジさん。あんたの飯旨かったよ、ありがとな」

「……そうか」

 

 そう言って妖介は玉狛支部を後にした。

 

 

 

 そして、雄助の『サイドエフェクト』が〝この目は人に嫌悪感を抱かせる〟と答えを固定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

(やっぱりハッキリとは視えなかったな……)

 

 本部での仕事が終わり、玉狛支部へ向かう道中で迅は違和感を覚えていた。

 

 最初に違和感を覚えたのは、本部で忍田に会った時だ。

 いつもなら何パターンもの未来が鮮明に視えるのだが、知らない人物が関与しているのかその人物が朧気なものが多数見受けられた。

 その程度ならたまにある。だが今回はその人物が関与している未来が、まるで壊れたテレビの様にノイズが入っていて視えにくいものが多かったのだ。

 ノイズはその人物が深く関わっているものほど強くなっていて、酷いと未来が見えないパターンもある。

 

 それが忍田だけではなく、上層部の面々や殆んどの隊員達を視るとその人物が関わるとノイズは発生していた。

 

 原因は未だに解けていなかった。

 

 

「まあ、会ってみなきゃわかんないか」

 

 そう言って思案を打ち切ると、既に玉狛支部に続く橋の近くまで来ていた。

 

 今日の夜飯の当番はレイジだったことを思いだし、献立を『未来視』で確認する。実に無駄な『サイドエフェクト』の使い方である。

 

 しかし、未来はノイズが入っていて視えにくかった。

 

 

「またか……ん?」

 

 ノイズに気を取られていると1人の少年が橋を渡り、反対方向へ歩いていくのが見えた。

 

 

 

 

 しかし、()()()()()()

 

 

 今までの様なノイズは無く、ただただ何も視えなかった。

 

 

 全身を冷や汗が伝い落ちた様な気がした。

 

(おいおい、まさかあの少年が原因か?)

 

 迅は焦燥感に駆られ、()()()()に向かって走り出す。

 それはそうだろう。少年――雄助が出てきたのは、迅が所属する玉狛支部。

 そして、未来が視えなかったことに対する不安が迅を玉狛支部へ走らせた。

 

 玉狛支部のドアを開けると中は不気味なほど静まり返っていた。

 

 

 ――嫌な予感がする。

 

 未来が視えないことがこんなにも不安だったなんて。

 

 幾度となく〝未来を視たくない〟と思った。

 

 

 だが、

 

 

 〝未来を視たい〟

 

 そう思ったのは初めてだった。

 

 

 

 

 そんな考えを頭の隅でしつつ、リビングへ向かう。

 

 

「みんな居るか!」

 

 ドアを壊しそうな勢いで開けてリビングに入ると、

 

 

 

「あ、迅さん! よかったぁ!」

「やっと帰ってきたわね……」

「お疲れ様です」

「居るが……どうした?」

 

 全員椅子に座って普通に居た。

 陽太郎は雷神丸の背中で寝てるけど。

 

 宇佐美が若干泣き顔ではあるが、皆に特に問題が無いことを確認できた迅は安堵の息を漏らした。

 

「ハァ、良かった……」

「良かった、じゃないわよ! こっちは大変だったんだから!」

「な、なにが?」

「迅さん雄助君と会わなかった?」

 

 小南が怒っている理由が分からず困惑していると、宇佐美が恐る恐る確認をしてきた。

 

「雄助? ここから出てきた少年なら遠目で見ただけだけど」

「よかった~……」

 

 そう言って宇佐美はへたりこんでしまった。

 小南、烏丸、レイジもへたりこみはしないものの、全員安堵している様に見える。

 

「えっと……全く状況がわからないんだけど」

「……なによ。視えてたんじゃないの?」

 

 緊張がとけて冷静になった小南は、『サイドエフェクト』の力で常に先を見据えている迅が珍しく慌てたり、状況を把握できてないことに疑問を持った。

 

 

「いやー、それが今日は殆んど視えなかったんだよ」

「!」

「じゃあ宇佐美が迅のことを言わなかったのは……」

「間違いでもなかったってことですね」

「よかったわね、栞」

 

 雄助に嘘を言ってまで守ろうとしたがそれは余計なことだったのではないか、と思っていた。

 だが、自分の判断は間違いではなかったという事実で少し気持ちが楽になった。

 

「……そっか」

「あのーそろそろ説明をお願いしても?」

「あ! ごめんね、迅さん。どっから話そうか……」

 

 当事者である迅を蚊帳の外に置いて話がどんどん進んでいくので、迅は2度目の説明を要求した。

 

 迅にはまず雄助の目的を教えた。

 

 〝迅悠一及び近界民(ネイバー)への復讐〟

 

 それを聞いた迅は少し思案顔になったが、すぐに続きを促す。

 雄助がここへ来た経緯、妖介のこと、「あやふやにして帰ってもらおう作戦」のこと、そして『サイドエフェクト』のこと。

 

 

「じゃあその雄助って奴の『サイドエフェクト』は嘘を見抜く力ってことか?」

「そうじゃないと思うんだ。雄助君は学校でも『サイドエフェクト』を使って食い逃げしてるし」

「まあ食い逃げのことは置いといて、何で宇佐美はあいつが『サイドエフェクト』を使ってることがわかるんだ?」

「雄助君は『サイドエフェクト』使ってる時、目が渦巻き状になるの」

 

 ちょっと怖いんだよね、と苦笑いしながら宇佐美が言うと全員、特に小南がバツの悪そうな顔になる。

 

「それでみんなが怖がっているの見て、落ち込んで帰っちゃったのか」

「本当に怖いのよ、あの目!」

「本人だって分かってるから隠したんだろうな。それに相当落ち込んでたから昔からよくあったんだろう。悪いことをしたな……」

 

 レイジがそう言うと、全員の雰囲気が重くなってしまったので迅は話を戻すことにした。

 

「じゃあ雄助の『サイドエフェクト』は、〝嘘を見抜く〟〝食い逃げの時に使える〟〝『未来視』を妨害する〟の3要素があるってことだな」

「2つ目はあれだけど3つ目はなんで?」

「雄助の関わる未来は殆んどがノイズが入っていて視えにくいんだ。本人に関して視えないし」

 

 

 ()も視えなかったしね、と心の中で付け足す。

 迅は今までの話から雄助が()()()()()()だと分かっていた。

 あの時の少年ならば自分への復讐を目的としてもおかしくない。

 

 詳しくは分からないが恐らく知ったのだろう。自分が未来を操作できることを。そのせいで両親が死んでしまったことを。

 

 迅悠一が両親を殺したと言っても過言ではないことを。

 

 

 

 ――やっぱり未来なんて視たくない……。

 

 

 そう思った。

 

 

 

 

 

 一方、迅が気落ちしていることに気づいていない迅以外のメンバーは、雄助の『サイドエフェクト』について議論していた。

 

「なんなのよ、あいつの『サイドエフェクト』は!?」

「嘘がわかる上に『未来視』の妨害。頭が痛くなりそうですね」

「迅と同じ視る系かもな」

「明日遥にも聞いてみる」

「むにゃむにゃ……たしかなまんぞく……」

 

 議論していた。誰も寝てなんかいない。

 

 気落ちしていた迅もいつまでもクヨクヨしていてもしょうがない、と笑顔で会話に参加する。

 

「そういえばレイジさん、今日の夜ご飯は何?」

「ああ、それならあそこに……あ」

「どうしたの?」

「雄助が全部食べていったんだった。すまん、迅」

 

 

 

 やっぱり未来は視えたほうがいいかも……。そう考えを改めるのだった。

 

 

 

 

 




評価、感想が私のやる気になります(*・x・)
みなさんがどう思ってこの作品を見ているのか気になります。なんでもいいので待ってます!


まあストレートにいうと


評価と感想がほしい……!

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