学校での
「妖介はなんで人の食べ物盗るかな……」
《腹が減ったから》
「まあ、わかるけどさー」
まだ昼過ぎなので他の隊員がいないボーダー本部の廊下を歩きながら先程の
「購買とかで買えばいいじゃん」
《人が食ってるもんってやたらうまそうに見えるから、ついな》
「食いしん坊だなー……まあいいけどね」
《それよか学校をサボるのはいいのか?》
「うん」
妖介の質問に即答する。
入学してから今日までの間に盗った他人の昼飯は数知れず。そのため完全にヒール役である雄助は、学校に居続けると何をされるか分からないのでそのまま逃げてきたのだ。
「それより綾辻さんだよ……」
《あーあれは相当怒ってるな》
妖介はケラケラ笑いながら言うが雄助にとっては笑い事ではない。雄助が綾辻を苦手とする理由は〝心的外傷後ストレス障害〟のこともあるが、それは普通に話す程度なら問題はない。ただどうしても
どうやって綾辻の怒りを静めるかを考えていたら目的地の扉の前に着いていた。
目的地である開発室の扉を小気味良く2回ノックをしてから扉を開ける。
「失礼します。鬼怒田さんはいらっしゃいますか?」
「おお、雄助。鬼怒田さんなら奥にいるぞ」
「ありがとうございます。雷蔵さん」
雄助の言葉に反応したのは、チーフエンジニアの
21歳の若さでチーフエンジニアの座に就いている高い技術力の持ち主であり、
雷蔵の言ったとおりに開発室の奥へ行くと目的の人物がいた。
「こんにちは、鬼怒田さん」
「ん? 雄助か。随分と早いな」
雄助が開発室へ来た目的の人物、開発室長の
ゲート誘導システムの開発や本部基礎システムの構築など重要なことを全て行った凄い人である。
「えーと、それはですね……」
「またサボったのか」
「……すいません」
来るのが早かったことを指摘され口ごもってしまう。
鬼怒田はなぜ雄助が学校をサボったのかは想像できるし理解できるのでため息をつくだけにとどめる。
「まあいい、じゃあ始めるぞ」
「お願いします」
雄助が開発室へ来た理由は定期検査のようなものがあるからだ。大体は『サイドエフェクト』の検査なのだが、精神病の方も少しだが診たりする。そのため開発室の職員達は妖介のことも知っている。
検査と言ってもトリオン量を測ったり、最近の調子を報告する程度のものだ。その程度ならやらなくてもいいと思われるかもしれないがこの検査が意外と重要なのだ。それに定期検査を初めてから新たにわかったことが2つあった。
1つは、雄助の『サイドエフェクト』の名称。
『瞬間最適解導出能力』
簡単に言えばどんな状況や疑問、謎でも
ただし、本人の性能と知識、能力によるものから答えを出すため、あらゆる手段を用いても状況が打破できない場合は答えが出ない。
それに強力な『サイドエフェクト』ではあるが弊害は多く、例えばこの能力を使うと目が波紋状になってしまったり、かなり体力を消費したりする。
そのため、目はサングラスで隠してきたし、体力は学校の屋上で寝たり他生徒の昼飯を食べたりして回復している。断じて授業をサボりたいからとか美味しそうだからとかの理由ではない。必要なことなのだ。他生徒には申し訳ないと思っている、雄助は。
ちなみに学校の生徒には目のことがバレている。入学初日にサングラスが校則違反で没収されてしまい、授業中にうっかり目が波紋状になってしまってバレた。開き直った今では『サイドエフェクト』をフル活用して盗み食いをしている。
そしてもう1つは、解離性同一性障害の症状――妖介について。
解離性同一性障害にはちゃんと治療法があり、人格同士が話し合い解離する理由がなくなれば人格が統合する。だが妖介の場合は他の治療法、というよりは消え方がある。
検査でわかったのだが妖介は『トリオン』でできた人格らしい。
雄助の『トリオン』が減ると妖介は表に出しにくくなり、空になってしまえば妖介は消滅してしまうということだ。
もちろん休息を取れば表には普通に出てこれるが空になってしまえば消えてしまう。そこで鬼怒田は雄助の『トリガー』を少し改造して、『
その機能を『トリガー』に付けてもらってから雄助は、鬼怒田をリスペクトしている。妖介もまあ、感謝はしている。ぽんきちって呼ぶけど。
(今日の夜ご飯どうしよっか?)
《金ないぞ》
(……だよね)
当の2人はそんなことを話しながら検査を受けるのだった。
* * *
検査が終わり雄助が出ていった開発室で鬼怒田は好物のカップラーメンを食べていた。
「お疲れ様です。鬼怒田さん」
「おお、すまないな」
労いの言葉と共に鬼怒田のデスクにお茶を置いた雷蔵は、雄助の検査結果を聞いてみた。
「今回はどうでした?」
「今回も特に問題はなかったわい。少しぼーっとしてることが多かったがな」
ぼーっとしていたのは綾辻の怒りをどう静めるかを考えていたからだ。辿り着いた彼女の怒りを静める方法は彼女の好物グミを献上する、に決定した。
雷蔵はデスクの上にあった、雄助の『サイドエフェクト』の書類に目を付けた。
「それにしても雄助の『瞬間最適解導出能力』でしたっけ? 強力な『サイドエフェクト』ですよね。迅の『未来視』並じゃないですか」
「……そうだな、確かに強力な『サイドエフェクト』だ。ランクはAだろう」
ボーダーではサイドエフェクトをS~Aランクの【超感覚】、A~Bランクの【超技能】、B~Cランクの【特殊体質】、Cランクの【強化五感】の4段階のランクを設けて分類している。
迅悠一の『未来視』は【超感覚】のSランクであり、雄助の『瞬間最適解導出能力』は【超技能】のAランクである。
たしかに雷蔵が言うように強力な『サイドエフェクト』ではある。しかし――
「強力故に弊害が多いのだ」
「……弊害とは体力が減ったり、目の変化のことですか?」
「ああ、もちろんそれもある。だが、それだけではない」
残ったカップラーメンのスープを飲み干し、空になった容器をゴミ箱に捨ててから続ける。
「……雷蔵、お前は人の気持ちが理解できるか?」
「人の気持ち、ですか? まあ、人並みには」
鬼怒田からの唐突な質問は「人の気持ちが理解できるか?」というものだったが、意味が分からない雷蔵は頭の上にハテナマークを浮かべる。
この質問は鬼怒田が雄助と知り合ってから1ヶ月が過ぎた頃に聞かれたのだ。鬼怒田は「ある程度はわかるぞ」と返したのだが、
『鬼怒田さん……僕の『サイドエフェクト』は何でも答えが分かる力なんですよね……? でも
そう泣きながら言われたのだ。
自分がどんな行動をすれば虐められるかはわかる。しかし、なぜその様なことをするのかがわからない。何度も何度も答えを求めても答えは出てこなかったのだ。
「雄助の『サイドエフェクト』はあらゆるものの答えがわかる。だが〝人の気持ち〟それだけはわからないのだ」
「しかし『サイドエフェクト』を使わなければ……」
「分かるかもしれないな。でもあいつ、雄助は分からないことは『サイドエフェクト』で答えを求めるのが癖になっておる」
もし面倒な計算をする時、手元に電卓があったら電卓を使うだろうか。もちろんほとんどの人間が使うだろう。人間は楽をする生物なのだから。
雄助にとっては、計算は〝人の気持ち〟、電卓は『サイドエフェクト』なだけだ。そしてその
「さらに『瞬間最適解導出能力』の厄介なところは一度導いた答えを変えることが難しいことだ。あいつの中では〝人の気持ちはわからない〟という答えになってしまっているからのう……」
「じゃあ雄助が
「ああ。大規模侵攻の際に〝勝てない〟という答えを出してしまったのかもしれぬな」
戦えば勝てるかもしれない、少し考えればわかるかもしれない。でも、一度出した答えが誤ったものでも直せないだろう。〝わからない〟〝勝てない〟と、もう答えは1度出ているのだから。
「まあ……固定された答えを変えられるのは妖介だけだろうな」
「妖介には固定された答えの影響がないんですか?」
「恐らくだがな。少なからず
……あのとき雄助が治療を拒んだのも頷けるわい」
「なるほど……近界民への復讐のため、か」
「だろうな。自分ではできないから妖介に頼っているのだろう」
雄助に一度治療を勧めたことがあったのだが凄まじい勢いで首を横に降ったのだ。
〝解離性同一性障害〟は明らかに異常であり、病である。したがってぜひ治療が必要である、と医師に説明されたのだが雄助は治療を必要としなかった。
しかし、彼は近界民への復讐のために治療を拒んだのではない。
〝解離性同一性障害〟の患者にも様々な例があり、生活に障害が生じる場合もあれば、人生に充実感が伴っている場合もある。ある患者が「はっきり言ってみんなどうして私のようにしないのかがわかりません」とまで言った例もある。
雄助の場合は後者。雄助にとって妖介は病ではなく、天涯孤独の身である彼にとって唯一の心の許せる
その勘違いに鬼怒田が気づくのはまだ先のこと。
* * *
「この辺にあるはずなんだけどなー」
《こんな土手沿いにあんのかよー》
開発室での検査が終わった雄助は、のんびりと散歩の様に次の目的地へ向かっていた。
今向かっている場所は行ったこともなければ、場所もわからないので『サイドエフェクト』を使い向かっているのだが、全く知らないない場所なので完璧な答えは出ず、この辺かな? 程度の答えしか出ないので若干迷いつつ目的地へ向かっている。
暫く散歩気分で土手沿いを歩いていると目的の建造物が見えてきた。
「あ! あれ…………だよね?」
《川のど真ん中に立ってるな、しかもボロい》
「でもボーダーのマークも付いてるからあれか……」
『サイドエフェクト』が正解だと言っていても信じられないような場所、外見だった。
川のど真ん中にあるし、ボロボロだし、完全に川の水質を調べたりする建物だと言わんばかりの外見である。
いつまでも建物を見上げていてもしょうがないので橋を渡り建物の入り口に立つ。
雄助は扉の前で深呼吸を3回ほどしてからドアノブを握った。
「ふー……よしっ!」
そして、意を決して建物――玉狛支部の扉を開けた。
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