あーしさん√はまちがえられない。   作:あおだるま

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全然気づかなかったけど昨日の投稿でちょうど二年でした。早い。


彼ら彼女らは何をおもう。

「比企谷、ナイスゲームだった」

 

「ああ、意外といいゲームになったな」

 

 皮肉を言う葉山に、俺は何とか笑顔で返す。敵チームはどうやら納得いっていない様子だが、これも勝負だ。納得してもらうしかあるまい。

 

「で、結局0対0の引き分けだけど、勝負はどうするんだ?俺としては――」「そのことなんだが」

 

 つい、はやってしまった。ここまでは思惑通り。俺が賭けたのはここからだ。いくつか咳ばらいをし、俺は葉山に向き直る。

 

「俺は今回、お前の得意分野で勝負を挑んだ。だよな、葉山」

 

「ああ、そうだな」

 

「お前はこのスポーツを何年も、高密度で鍛錬している。だよな」

 

「その通りだ」

 

 俺は今、彼が本気で取り組んできた活動に、部活動に干渉している。それを人質に取っている。

 

「なら、決着はルールにのっとろうぜ」

 

 だからこそ、最後までそれでやりたい。それで、彼に勝ちたい。とった手段はここまで実に俺らしかった。しかし今俺はらしくなく、そんなことを思っていた。

 

「PKでケリをつけよう。一発勝負だ」

 

 その場にいる全員が、目を剥いて俺を見た。

 

 バカか。身の程知らず。スペックの違い判んないの。彼らの内なる声が聞こえてくる。敵味方問わず、聞こえてしまう。

 俺もその通りだと思う。葉山隼人と俺の間には、どうしようもないほどの実力差がある。ほぼ全員がそう思ったことだろう。しかし。

 

「ヒキタニ君!」

 

 そうは思っていない人間もいる。はじける声に、俺は思わずそちらを向く。

 戸部は思わず声を出してしまったのか、今回の俺の態度の悪さ、付き合った練習を思い出しているのか、その瞳は俺と葉山の間で揺れた。

 結局その気持ちは定まることはなく、彼は俺たち二人の手を取った。

 

「えーっと、その……ど、どっちも頑張れ、っしょ」

 

 結局出てきた言葉は実に彼らしい、ヘタレそのものだった。材木座はわざとらしくずっこけているし、葉山と戸塚は苦笑いを浮かべている。しかしそれは戸部の本心なのだとも思う。戸部に付き合ってもらったPK練習を思い出し、俺は思う。

 

 これは、すでに俺一人の勝負ではない。

 

 最初から俺がチームプレイで葉山隼人に勝てるとは思っていなかった。チーム競技、しかもあっちの土俵となった以上、俺にできることは「負けないこと」くらいだった。無策の彼と全力で引き分けるのが、俺にできる最善の手だった。

 だから、俺はそれを全力で目指した。テニス部を、クラスの連中を、大岡たちの劣等感すら利用して、俺は全力で引き分けた。次はないし、次の次もない。最後の賭けに出る舞台を整えられるのは、ここだけだった。

 

「じゃんけんで攻守を決めよう。PKを決めた方が勝ち、決められた方が負け、その一本勝負だ攻守の交代はない。……お前の得意分野で勝負したんだからこのくらい、いいよな?」

 

 葉山がうなずくのを待たず、俺は宣言する。

負けるわけにはいかないのだ。

 

「俺はグーを出す」

 

 時が止まった。

 

 見ればこちらチームも、あちらチームも表情が固まっている。葉山でさえいつもの苦笑が崩れる中、材木座だけが「うん、とことんクズだなこいつ」と素で引いていた。

 

「ひ、比企谷?これは一応勝負なんだぞ?そんなこと言ってもし俺が……」

 

「いやーーーーーーーーーー、俺は信じてるからさ、お前を、葉山隼人という男を」

 

 さすがの俺も葉山たちの方を見れない。臆面を隠し、早口で続ける。

 

「まさか、サッカー部のキャプテンがたかが素人にサッカーで負けそうになったくらいで、勝ちにこだわったりしないよな?キーパー側でも普通に守ってくれるよな?そのくらいわけないよな?……葉山隼人なら、大丈夫だよな?」

 

「……いいよ、比企谷。それでいい」

 

 後半は彼にすがるような目を向けていなかったか心配だった。彼の得意分野のサッカーで勝負を挑み、自チームの人間が俺に怪我を負わせた手前、要求は通りやすいと思ってはいたが、難所でもあった。彼の勝負ごとに対する潔癖さが問題だった。早い話、雪ノ下なら通じない交渉だということ。葉山隼人はそこまで頭は固くなかったようだ。

 

「じゃ、尋常に」

 

「じゃーーーーーん、けーーーーーーーん」

 

「「ぽん」」

 

 俺はグーを出し、当然葉山はチョキを出した。

 

 道化過ぎて自分で笑ってしまいそうになるが、努めて真面目な顔を作り、葉山に背を向ける。

 

「じゃ、俺の攻撃で一本勝負な」

 

「ああ、それでいい。というか」

 

 後ろから肩を掴まれた。振り返れば葉山からは先ほどまでの苦笑が消え、その目には憐憫が見て取れる。

 

「これでいいんだな、君は。……これできめてしまっていいんだな」

 

「ああ、それでいい」

 

 即答する俺に、葉山はその目を逸らし、吐き捨てる。

 

「正気か。こんな……俺の土俵で。勝てないよ、君は」

 

 その程度のものか、君の思いは。そう、彼は小さく続けた気がした。しかし、それは違う。

 

「そうかな。案外わからんぞ。現にお前は試合で俺に勝てなかった」

 

「これは話が違う。PKに引き分けはないし、今度は一対一の勝負だ。小細工はきかない」

 

「……だから、これを選んだ」

 

 本音を漏らす葉山に、つい俺も小さく答えてしまった。

 

 勝つためだけだったらほかにいくらでもやりようはある。ここまでやれるだけの手を尽くしたが、そもそも彼にサッカーで勝負を挑まなければいい。そんなことは誰でもわかる。今までの俺のやり方を知る葉山であれば尚更だろう。わかっている。

 

 しかし、それでは意味がないのだ。

 

「……そうか」

 

 今度こそ振り返らない俺の背中に、そんなつぶやきが聞こえる。

 納得してもらいたいとは、欠片も思わなかった。

 

 

 

 そもそも、PKというのは圧倒的にキッカー有利な勝負だ。ペナルティキックというくらいだからそうでなければ困るが、その成功率は一般に七割程度とされている。

 しかしこれは『PKはゴールから12ヤード地点より行う』という決められたルールの中での話だ。その成功率はゴールからの距離が短くなるほど当然高くなり、10ヤード、つまり約9メートルを切るとともに飛躍的に上昇する。

 

「この辺でいいか」

 

 俺は無造作にボールを置く。その距離約9メートル弱。こんなお遊びでその距離を咎める者もいない。葉山の方を見ると何度かうなずいていることから、ここでいいようだ。一応これも少し練習はしたが、その必要はなかった。高校にあがりたての頃、無意味に1メートルの歩幅を練習しておいて本当に良かった。中二病を引きずっていた俺、ナイス。

 

「じゃ、いくぞ」

 

 俺はそのまま即シュートの態勢に入る。気負っても成功率が下がるだけだ。外して元々、練習したそのコースだけに狙いをつける。どうせそこにしか蹴れない。キーパーを見るのは集中力を切らすだけだ。

 

 しかし、見たくないものほど目に入る。わかっていたら見ないですむほど、人間は強くない。

ふと彼の常にない、楽しそうな笑みが飛び込んでくる。そんな顔もするのだ。つい感心してしまった。

 そして、呑まれそうになった。その笑みに、勝つことを確信した笑みに。今俺は負け知らずの葉山隼人に、彼の土俵で勝負を挑んでいる。自覚するとともに運動によるものとは違う汗が腋を伝い、体温が下がる気がした。

 

 しかし、その瞬間。

 

「ヒキオ!」

 

 グラウンドに声が響いた。同時に静寂が降りる。

 

 声の方向を見ると、女子たちは離れた場所で陸上をしていた。声の主である三浦は、いつものように由比ヶ浜、海老名さんを連れている。水道にでも休憩に行こうとしていたのだろうか、タオルを持ったままこちらを見て固まっていた。運動で上気したであろう頬は必要以上に赤い。

 呆ける三浦の肩を海老名さんがポンポンと叩く。

 

「どしたの、優美子。……なんか言いたいから声かけたんじゃないの。ヒキタニ君に」

 

「ばっ、海老名、別にあーしはそんなんじゃ……」

 

 三浦は自分が声をあげたことにも今気づいたのか、髪の毛を振り乱し顔を隠し、手を振って否定する。

 

「ヒッキー、頑張れ!」

 

 しかしそんな二人を置いて、由比ヶ浜は気づけば俺のすぐ近くまで来ていた。両拳を胸の前で握り、頑張れと繰り返す。ち、近い。男子の視線が冷ややかに刺さっている気がしたが、俺にはそれより気になることがあった。

 あまりにもわかりやすすぎる。由比ヶ浜はここまでわかりやすく、一人に肩入れしない。まして相手は同じグループの葉山だ。色んな意味で、空気を重視する彼女らしくない。

 しかし、なによりも。応援を繰り返す由比ヶ浜を、俺は見ることができなかった。

 

 その大きな瞳は濡れ、揺れていた。

 

「優美子のため、なんでしょ」

 

 そのつぶやきに答えることも、応えることも、俺にはできなかった。

 

「は、隼人!頑張って。ヒキオ程度に負けるわけないって、わかってるけど」

 

「ああ、優美子。勝つよ」

 

 由比ヶ浜は三浦たちの元へ戻り、三浦は元居た場所、俺と葉山の中間あたりで葉山に声をかけ、彼はそれにいつものように応じる。

 三浦は言葉を詰まらせながら満足げに何度かうなずくと、その場を離れようと歩みを再開する。

 

 そうだ。俺は今更由比ヶ浜の言葉を否定する。俺がしていることは誰かのためなんてものじゃない。いつも通り、これはただのエゴであり、自己満足でしかない。

 

 だから、これでいいのだ。俺と彼女は。

 

「ヒキオ」

 

 しかし彼女は。

 

「勝ったら、殺す」

 

 三浦優美子は背を向けたまま、いつものように毒づいた。

 

 応援はいらない。一人でいい。そう思ったのは確かだ。それでいいし、そうでなくては意味がない。

 

 しかしまさか、罵倒されるとは。

 

 なぜか、肩の力が抜けた。

 

 次こそ俺は葉山と向き合う。ボールを置きなおし、今度は彼を正面から見る。彼の笑みは先ほどより少しばかり固い。

 その笑みに今度は気圧されはしなかった。

 

「行くぞ、葉山」

 

 口の中だけで小さくつぶやき、俺はボールを蹴った。

 

 葉山隼人はそれを見て、横に跳んだ。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 終業の鐘とともに、ゴールネットは静かに揺れた。

 




 疲れた。次こそあーしさん。と、ちょっと葉山。最近のお話海老名さん得なだけじゃん。

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