あーしさん√はまちがえられない。   作:あおだるま

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やはり彼のやり方は変わらない。

「本当に逃げなくていいのか?一応サッカー部なんだけどな、俺」

 

「そういうのを死亡フラグという」

 

 グラウンドに整列し、俺と葉山は正面から向き合う。じゃんけんの結果こちらボールからのスタートとなった。珍しく好戦的な葉山に、俺は口の端だけ持ち上げて答えた。

 

 しかし、俺たちを無視して外野から声が飛んでくる。

 

「?なになにー?ヒキタニ君隼人君に勝つつもりなの?」

 

「いや、大岡。流石にそれはないだろ。始まる前から結果わかってる勝負に意味はない」

 

 葉山の横の大岡がニヤニヤと、大和が不機嫌そうに横やりを入れる。俺は意図的に彼らを見ず、葉山に笑いかける。

 

「なんかお前の周りぶんぶんぶんぶんうるさくねえか?人気者は色々とたかってきて大変だな」

 

「……は?」

 

 当然、彼らは俺のつぶやきに乗ってきた。彼らは三浦が俺に近しくなっていることから、元々俺に対して良い感情を抱いていない。挑発してやればこうなるのは分かっていた。

 

「あ……きこえたか?みじめだなって思っただけなんだけどな、俺は。俺たち陰キャに交渉してまで葉山サマのおこぼれにあずかろうとする、その根性が」

 

「比企谷、取り消せ」

 

 俺の方ににじり寄る大岡と大和を制し、文字通り葉山が間に入る。俺は精々ふてぶてしく見えるよう、答える。

 

「比企谷って誰だ?」

 

 ヒキタニ君じゃなかったか、俺は。くつくつと笑う俺に、葉山は押し黙る。そんな葉山の代わりに、今度こそ大岡と葉山を筆頭とした取り巻き数人が俺を取り囲む。

 

「隼人君が優しいからって何勘違いしてんの。わざわざ俺たちに嫌われたいわけ、お前」

 

「っていうかヒキタニ君、もしかして自分が隼人君と対等だとでも思ってる?ならきっしょいから今すぐ改めてくんね?」

 

 ていうかさぁ。大岡が嘲るように俺を上から見る。

 

「ヒキタニ君、優美子が隼人に惚れてるからって嫉妬とかしてんの?……きもいんだよなぁ、ぶっちゃけ。釣り合わないからやめときなって」

 

 助かる。俺は単純な彼らに、内心感謝の気持ちでいっぱいだった。1の挑発が10で返ってくる。それは葉山隼人の普段の人心掌握っぷりを考えれば、特に不思議なことではない。彼らが葉山に恩を売るメリットは十分すぎるほどある。彼ら取り巻きに視線を固定し、俺は退かずに答える。

 

「真正面から罵倒されても、論点をくだらん色恋の妄想にしか持っていけない。目の前の人間とまともに話すこともできない。こんな薄っぺらい連中の相手するのも大変だなぁ、葉山。まあ、俺には関係ないが」

 

「……生徒会入って調子乗ってんの?自分が上になったように勘違いしてんの?ウケるんだけど」

 

 俺を囲む円が段々と小さくなる。葉山の取り巻きたちはつい先ほどまで笑い合っていたのが嘘と思えるほど、厳しい目を俺に向けている。

 

「やめるんだ」

 

 しかし、当の葉山隼人は静かに彼らを制する。

 

「で、でも隼人君、こいつ……」

 

「いい、大岡も大和も、安い挑発に乗るな。……お前らのことは、俺が一番わかってるから。それでいいだろ」

 

「……隼人君」

 

 一触即発のムードを、葉山はすぐに有耶無耶に、いつも通り友情物語に仕立ててしまった。……チッ、ここで殴らせて不戦勝なら話は早かったのに。

 まあでも。俺は内心胸をなでおろす。なんだかんだ殴られるのは嫌だ。痛いし、そんな勝利で収まる程度の気持ちでも、覚悟でもない。

 そう。今回は真正面から勝たなければならない。不合理だが、俺はそう直感していた。そうでなければわざわざこんな勝負を挑んだ意味がない。

 

「いい勝負にしよう。ヒキタニ君」

 

「ああ、よろしくな。引き立て役ご苦労さん」

 

 いつも通りのさわやかな笑みを浮かべる葉山に、俺は低い声で答える。また取り巻きたちが何か言っていたが、俺は後ろの彼らの様子を伺うことなく自陣に下がる。

 葉山に多少有耶無耶にされたが、種は蒔いた。納得してはいても葉山の取り巻きの彼ら、特に大岡と大和は俺に強く当たってくるだろう。それで十分だ。

 

「じゃ、始めるぞ。ほら、整列し直して」

 

 俺たちのやり取りに戸惑いながらも、見学の男子は俺たちを整列させ、ホイッスルを構える。

 

「いくぞ。前半戦15分、後半戦15分だ。……じゃ、始め」

 

 ピィ~~~~。

 

 乾いた音が冬のグラウンドに響いた。

 

 

 

 

 

 

「は、八幡?だいじょぶ?」

 

「……うぬぅ。卑劣な奴らよ。弱いものから狙うとは。兵法の常套手段ではあるが」

 

 前半戦が終わった。俺は息を整えることに精一杯で、気遣ってくれる戸塚と材木座に返事ができない。額から落ちた汗がポタポタと地面にシミを作る。

 ここまでのスコアは0対0。お互いに点が入らない展開が続いた。……簡単に言ったが、この状況を作り出すのにどれだけ苦労したことか。多分俺のぐちゃぐちゃの顔を見れば誰でも推しはかれることだろう。無理、死ぬ。まじで。

 

 そもそもの大前提として、体育の時間は常に葉山のチームが勝つ。むしろ葉山しか勝たない。部活動強豪でもないうちの学校から、スポーツでの推薦をもらいかねないような奴だ。文字通り彼一人で勝ててしまうというのも真実だが、先述の通り彼の周りに運動部が集まるというのも要因の一端である。そして葉山の取り巻きは葉山隼人という存在がいる以上は、それを核とした団結力がとても高い。

 しかし逆を言えば、その団結は一人、二人のエゴによって簡単に崩れるものでしかない。彼らは本質的にチームとしてまとまっているわけではなく、あくまで葉山とのつながりでそれぞれが間接的にまとまっているにすぎないからだ。今年度にあった職業見学など良い例だろう。少し突いてやればその結束はすぐに崩れる。

 

 俺は彼らを挑発したが、それは彼らを高く評価していたからこそだ。大岡は野球部、大和はラグビー部に所属し、他の取り巻きもほとんどが運動部に所属している。彼らの機能を多少なりとも停止させなければゲームにすらならない。

 幸い彼らはチームプレイを多少無視してでも、俺をつぶしに来た。それは葉山隼人を悪く言う俺をつぶし、彼にアピールするための手段だったのかもしれない。単に俺ごときに下に見られているのが気に食わないのかもしれない。そんな過程はどうでもいいが、とにかく彼らの何人かは常に前線にいる俺の近くにいた。

 しかし、それでよかった。「前線にいてボールに絡んでいるように見える俺」に人員を割かせ、逆に俺たちは葉山隼人に人員を割いた。具体的に言えば動けるテニス部の連中全員をさりげなく、徹底的に葉山のマークに回した。ボールを見ず、葉山隼人だけに一定距離でついて行けと指示した。ボール回しに付き合っていたらその道の人間に勝てるわけがない。あくまで運動部の体力と物量で潰すのが狙いだ。

 

 残りの俺筆頭の陰キャ集団は、ゴール前の壁として配置した。ボールを持ったらとにかく外に蹴れと言ってある。葉山隼人は素人の多少のラフプレイは大目に見る。皆の葉山隼人であれば、そうせざるを得ない。

 そして敵チームはゴール前にくるとにべもなく安心安全の葉山サマにボールを渡そうとするが、そこには大量のマークがある。多少服を引っ張ってでも、押してでも、何対何であろうがこちらチームは葉山を止めた。彼らも幾度も物量で葉山を止め、自信がついてきたらしい。今ではなかなかの面構えである。……いや、僕とテニス部が前線のヘイト稼いでるんですけどね……ぼろぼろなんですけどね、すでに。本当にテニス部には何か礼をしなければなるまい。

 

 聞いていればわかると思うが、これは積極的消極戦術だ。日本語不自由かよとツッコみたくなると思うが、まさにそうなのだ。

 つまり、これではいくらやっても点は入らない。前線の俺たちは前線にいるように見せて、ボールに触る気が一切ない。攻めているように見せ、前線をあげ、しかし点を取る気はない。

 

 今はそれでいい。

 

「材木座」

 

「……うん?なんだ?」

 

 今までキーパーの役を与えていた材木座を、他のディフェンスの人間と交代させる。どうせフリーでシュートを打たれたら誰がキーパーでも同じだ。その段階で詰みだ。一点も与えてはならない。

 

「ウォーミングアップは済んでるか?」

 

「おうよ。貴様が「いつものように気持ち悪く汗かいてろ」というから、動き回ってあったまってはいるが……ね、ねえ、八幡。我、いつもそんなに気持ち悪い?そんなに気持ち悪い汗かいてる?ねえ」

 

「よし、それならいい。後半お前はディフェンス陣の少し前で暴れててくれ。ここからはお前がキーパーソンだ」

 

「あいや了解した!キーパーソンたる我にすべてを任せるがよい!もはやキーパーではないがな!」

 

 キーパー……キーパーソン……。うわごとのようにつぶやく材木座を無視すると、材木座は仲間になりたそうな目でこちらを見てくる。いいえ、仲間にしません。スカウトしません。

とはいえ今は材木座の単純さがありがたい。実際こちらがばててくる後半、彼に頑張ってもらわなくてはならない。材木座は重火力を持ってはいるが、スタミナは当然ない。後半戦のここぞの場面での瞬発力を残しておく必要があった。

 

 戸塚にも指示を飛ばそうと探すが、すでに戸塚の目には葉山しか見えていないようだった。肩で息を整え、テニス部と連携の確認をしている。前半ではテニス部のみんなと葉山によく食いついていたと思うが、逆に葉山一人を押さえ切れていなかったのも事実。こういう負けず嫌いな部分を見ると、戸塚も一人の男子なのだと思い知らされる。……いや、葉山とか言う糞野郎に戸塚を渡す気はないけどね!断じて!

 

「後半戦始めるぞ。葉山チームのボールから」

 

 後半戦。ホイッスルが鳴り、あちらボールから始まる。俺は形だけのディフェンスを葉山の前で行い、対話で時間を稼ぐ。

 

「粘るね、意外と」

 

「ああ。粘着質以外の取り柄がないもんでな」

 

 一秒が長い。すでに肩で息をする俺とは対照的に、葉山の息はジョギング程度にしか乱れていない。今もテニス部のマークは外れていないのに、だ。

 

「あれれ、ヒキタニ君、もう電池切れ?」

 

「あんなタンカきってたのに、情けねえ」

 

 大岡と大和が俺と葉山の間に入る。俺はボールを持っているわけではないんだが……。まあ葉山へのポイント稼ぎだろう。野球部、ラグビー部だけあって二人とも体力はある。そっちからきてくれるとはありがたい。俺は口の端だけ持ち上げる。

 

「ま、いいんじゃねえの。非リア充同士、仲良くしようぜ」

 

「……は?お前と一緒にしないでくんね?」

 

「いや、一緒だろ、大体」

 

 鋭い目をこちらに向ける大岡に、俺は笑みだけは保って言い返す。

 

「葉山の後ついてっても、あいつ案外潔癖だろ?」

 

「何のことだよ。隼人君が綺麗好きなのは知ってるし、俺たちの物まですぐ片付けようとするのは……」

 

「そうじゃねえよ、大岡」

 

 こちらをにらむ大岡を、俺は逆に一瞥し、鼻を鳴らす。大和の方は多分俺の話さえ聞いていない。恐らく俺をどう潰すかに集中している。ラグビー部ゆえだろうか。彼の思考は無礼な俺を潰すというより、どうやれば目の前の人間をルールの中で、禍根を残さず潰せるかにシフトしている。その単純さは交渉にも、挑発にも向かない。

 

「葉山のおこぼれにあずかろうとしても難しいだろって話だ。あいつ、そういう浮いた話に意外と縁遠いからな」

 

「……は?隼人君めっちゃモテるから。つーか別に隼人君がいくらモテようが俺には関係ねえし」

 

 大岡は俺から視線を外さず、嘲るような笑みを浮かべる。大和も今はこの会話を続けさせるつもりなのか、横槍は入らない。こうしてる間にも時計は進んでいる。

 

「関係は、あるだろ」

 

 俺は顎だけで葉山を指す。

 

「葉山のおこぼれで童貞卒業しなきゃ、だもんな」

 

 その瞬間、土の味がした。

 

 見れば大和が俺に足を掛けたらしい。バランスを失った俺の体は無様に倒れ、地に伏した。どうやらこいつらの間にも友情はあったようだ。さっきまでよくわからなかった大和の顔は、俺を射すくめんとばかりに見開かれている。大岡は俺を静かに見据えている。睨んでいる。当然だ。俺は現状に静かに満足する。そうでなくてはならない。そうでなくては、俺が報われない。

 エゴのために、自分の目的のために、彼らの劣等感をわざと刺激した。嫌われて、傷つけられてしかるべきだ、俺は。いじめの標的になるくらいは甘んじて受け入れるべきだろう。 

 

 でも、この勝負には勝つ。

 

「ヒキタニ君!……大丈夫か?」

 

 彼が、葉山隼人が俺の元に駆け寄ってくることを、俺は知っていた。彼は駆け寄ってこなればいけない。駆け寄ってくるしかない。皆の葉山隼人は、そうするのが正しい。

 

「っく……ああ。なんとかな」

 

 わざとらしく、俺は長ズボンをまくった。

 近くにいた葉山、大岡、大和は静かに息をのんだ。

 

「ひ、比企谷、これ……」

 

 俺の膝からは、決して少なくはない血が出ていた。

 

「いや、葉山、気にするな。試合中の事故だ。なんてことはない」

 

「で、でもヒキタニ君、その血の量……」

 

「……すまん」

 

 大岡が俺の膝の血に瞠目し、当事者の大和が目を伏せる。それを見て少しばかり心が痛まないことはないが、俺は鈍く痛むであろう膝を押さえて続ける。

 

「いや、大丈夫だ。気にしないでくれ。スポーツをやる以上はこういうこともある」

 

「でも、流石にその出血は……」

 

「このくらいなんでもない。ほら」

 

 俺は強がり、ぴょこぴょこと片足を引きずる。

 

 大岡は青ざめた顔でそんな俺を見て、大和はいつもの無表情を作り目を逸らす。流石にここまでやれば彼ら二人は後半は使い物にならないだろう。

 しかし、ここで俺を下げられても困る。俺は止めとなる一言を発する。

 

「頼む……葉山、大岡、大和。俺は今回、勝ちたいんだ。最後まで勝負したいんだ。このくらいなんともないし、授業が終わったら必ず保健室に行く。……だから、ここは黙っていてくれ。最後までやらせてくれ」

 

 俺の言葉に、三人は押し黙ったままだった。

 

 俺は俺で、血のりを仕込んだビニールがズボンから落ちてこないか、気が気ではなかった。

 

 しかし、そんなわざとらしい小細工も効果はあったのだろう。時間をかなり稼げた上、後半戦は今までマークがあった葉山は変わらないが、大岡と大和を筆頭とした前線は、明らかにあたりが弱くなった。

 それにより、こちらのチームも多少はディフェンスを前線に当てられるようになった。序盤とテニス部が前線を一手に引き受けたのは、葉山の監視下の敵チームのモチベーションに呑まれないためだ。スポーツ慣れしていない我ら陰キャ軍団が葉山チームにフィジカルで当たられたら、その時点で委縮してしまうのは目に見えていた。その士気を材木座と戸塚で何とか上げ、俺がケガをしたようにみせ、何とか「激しく当たる」ことのハードルを下げた。

 

 そこからは勝負らしく見えただろう。

 

 俺とテニス部が前線を食い止め、士気の上がった後衛が気合いでシュートを打たせない。そしてその筆頭は材木座だ。

 

「ぬわーーーーーーーーーーーーーーーーっはっは!我のこの聖なる水!ホーリーウォーターに触れたいんものは、今すぐ我の近くに寄るがよい!」

 

「いや、絶対嫌だけど……」

 

 材木座には最初から、「いつものように気持ち悪く動き回っていてくれ」という指示を出しておいた。その指示にたがわず、材木座は律義にゴールキーパーのをやっていた時から動き回っていたらしい。

 そのおかげで材木座は今や汗をまき散らし、周りに何人たりとも寄せ付けないディフェンダーと化していた。

 

「ピィ~~~!」

 

 あいつがいなければ、ここまでこれなかっただろう。

 

 そうこうしているうちに、試合終了のホイッスルが鳴った。

 

 0対0。俺の思惑通りのスコアで試合は幕を閉じた。

 




まだサッカー編は一話あります

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