あーしさん√はまちがえられない。   作:あおだるま

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珍しく彼は勝ちに拘る。

 

 俺の運動神経は、悪くはない。

 

 スポーツ測定の結果はようやく平均に届くかどうかというところだが、球技に関しては何であれ人並みかそれ以上にこなすことはできる。多分、自分に大したことができないことを知っているからかもしれない。言われたこと以上のことはせず、できるだけ労力の少ないフォームで動くことを意識する。その昔戸塚にテニス部に引き抜かれそうになったことなどいい思い出である。あの時の分岐をまちがえてなければ戸塚√一択だったんだよなぁ…

 

「八幡…八幡?…八幡!」

 

「……結婚してくれ」

 

 俺は戸塚の声で現実に戻される。今は体育の時間。というか、葉山隼人との決戦の日だ。戸塚にもその話は通っている。その心配もあるのか、戸塚は憂うような目をこちらに向ける。

 

「八幡ってば、またすぐそういう冗談を……ていうか、本当に大丈夫?顔色悪いよ?」

 

「顔色が悪いくらいなら至って平常運転だ。そもそも俺の人生で調子が上向いていたことがない。ばっちぐーだ」

 

 憂う戸塚にわざとらしくサムズアップする。彼は俺の心境を知ってか知らずか、乾いた苦笑い浮かべる。

 

「ははは……それでも、やるんだよね、八幡は」

 

「……すまん」

 

「なんで謝るの、八幡」

 

 つい謝ってしまう俺に、戸塚は口をとがらせる。

 

「いや、今回はお前に無理も聞いてもらったから……」

 

「いいの、僕が好きでやってることなんだから」

 

「そうだな。……その、なんだ」

 

 恥ずかしいが、口にするべきだと思う。こんな自分勝手な俺に付き合ってくれる、自分でさえわからない自分の気持ちに寄り添ってくれる、この友人に。

 少しでも気持ちを、伝えるべきだと思う。

 

「ありがとう」

 

「はは。どういたしまして、だよ」

 

 一言、出すのが精いっぱいだった。しかし戸塚は何でもないように気安く俺に応じる。

 その笑みは、いつもより少しだけ楽しそうで、嬉しそうだった。俺らの周辺に幸せな空間が降りる。心地いい。柄にもなくそんなことを思った。

 

 しかし。

 

「はっちっまーーーーーーーーん!!」

 

 迫りくる巨体に、ぶち壊される。

 

「うるさい鬱陶しい暑苦しいくっつくな……ていうかなんでこのクソ寒いのに若干汗かいてんだよ……」

 

 いうまでもなく、迫りくる巨体の正体は材木座だった。相手にされなかった材木座は若干涙目を浮かべ、しかしいつものようにうざい笑みを浮かべる。

 

「ぬわーーーーっはっはっ!我の心はすでに燃え上がっておるのよ。……ククク……ついにあのいけ好かないくそ金髪リア充に鉄槌を下せるかと思うと、今から笑いがとまらんわ!なあ、八幡」

 

「そ、そうだな。今日もお前はそのままいつも通り、最高の気持ち悪さを出し続けることが仕事だ。……よろしく、頼む」

 

「……え?我と八幡、仲間だよね?同じサイドだよね?なんか距離感ない?なんか八幡、我に引いてない?え、気のせい……かな?」

 

 体ごと引く俺に、材木座はテンションを下げる。俺は慌てて取り繕う。なんだかんだ言って、こいつの指揮だよりなのは間違いないのだ。

 

「い、いや、そんなことはねえぞ。材木座、お前だけが頼りだ。今日は皆の士気を最大限にできるよう、前線での扇動期待してるぞ」

 

「……ハッ。お主は我にただ任せていればいいのよ。無能な貴様は我の言うとおりにしていればいいのよ」

 

「へいへい。……まあ、本当に、頼むわ、今日は」

 

 役を演じる材木座に、俺は頭を下げる。材木座は恐らくなんとなく察している。わかっている。俺が無謀な勝負を挑む理由を。なぜこんなことに彼らを巻き込むかを。

 そして彼はそれをわかっていてなお、道化を演じようとしてくれている。

 

 だから、自然に頭は下がった。材木座は重々しくうなずく。

 

「……うむ。正直言えば、だ。我には貴様がやろうとしていることがさっぱり理解できん。そもそもあの葉山相手に、相手の土俵で戦おうとする時点で貴様らしくない。彼奴と勝負する理由も我には納得できん」

 

「……だろうな。正直俺にもわからん」

 

 今回に限って……いや、今回のことだけじゃない。修学旅行から始まり生徒会選挙、ディスティニーランド、誕生日プレゼントと、あの女が、三浦優美子が絡んでから、俺は不合理な行動をとっている。それは自覚している。理由も、なんとなくは分かっている。

 本当はそれを口に出すべきなのだと思う。数少ない、その、友人、に。不合理な頼みごとをするからには、理由を包み隠さずいうべきなのだと思う。

 しかし、まだ俺はその言葉を持ち合わせていない。だからまだそれを俺は彼らに言うことができない。

でも、この賭けでいい加減それをはっきりさせたい。そう思っていた。

 

「まあ、しかし」

 

 黙る俺に、材木座はポキッと首を鳴らす。

 

「八幡。貴様が矮小なことでうじうじと悩むのは今に始まったことではない。……友が困っているのであれば黙って手を貸す程度、我には造作もないことだ!理由など大した問題ではない」

 

 あ、好敵手と書いて友と読むからな。材木座は笑いながらそっぽを向き、そんなことを付け足す。

 

 大雑把な思いが、嬉しかった。

 

「すまん。……助かる」

 

「おうよ」

 

 後ろ姿で材木座はサムズアップする。かっけえ。ついそう思ってしまった瞬間、石にけつまづいて派手に転ぶ。あ、いつもの材木座だ。痛そう。

 

 

 

 

 試合開始の時間となった。俺は葉山と向き合う。彼はこの期に及んでなお、彼はその微笑を崩さない。

 

「今日、でいいんだったよな」

 

「ああ。吠え面の練習はちゃんとしたか?」

 

 葉山が口火を切り、俺は精々ふてぶてしく見えるように返す。そんな俺がおかしかったのか、葉山は笑いをかみ殺すように肩を震わせる。

 

「あれから一週間、毎朝鏡の前でね」

 

「負けたことがない人生も大変だな」

 

「そんなことはないよ、比企谷。サッカーでも勉強でも、俺はいつも負けてるよ」

 

 それは。

 

 それは違う。俺は瞬時にそう思った。彼は負けているわけじゃない。彼は負けない。彼は常に勝ってきた。だからこそ今の彼の人間関係があり、彼の地位がある。

 だから、彼がしてきたのは負けることじゃない。

 

「違うな」

 

 気づけば、それを口に出していた。

 

「お前は負けてきたわけじゃない。戦ってきたわけでもない、お前は」

 

 彼を、まっすぐに見る。

 

「お前は向き合ったことがねえんだよ。なににも」

 

「……なんのことかな」

 

 この期に及んで葉山隼人は答えない。俺の返答もついきつくなる。

 

「それのことだっつってんだろ、だから」

 

「だとしても君に言われたくはないな」

 

 また彼の口からは正論が出てきた。彼の言葉ではない。俺に向けた言葉ではない。正しい。正しいであろう言葉が出てくる。確かに俺も、彼も向き合っていない。問題から逃げている。

 

 しかし俺は、それを彼と共有する気はなかった。なめ合う気はなかった。

 

「そうだな。同じだ、俺もお前も。向き合う気がない。決める気がない。だからこそ、今日は」

 

 本心から、俺は宣言する。

 

「今日は、俺が勝ってもおかしくはねえよ」

 

 負ける気だけは、さらさらなかった。

 

 

 

 某ドーナッツ屋で葉山に遭遇してから一週間。題目がサッカーとなると、流石に俺一人の力でどうにかなるわけがない。体育が一緒である戸塚と、ついでに材木座を頼るしかなかった。

 体育のサッカーは二チームに別れておこなわれ、チーム分けは二人一組のグーパーじゃんけんとなる。葉山のグループや葉山と仲のいい運動部の連中は、どうやら陰キャに話を持ち掛けて葉山と同じチームになるように入れ替わっているようだ。なぜ知っているかといえば、俺も実際にそう言われたことがあったからだ。

「あー、ヒキタニ君?ちょっとチーム変わってくんね?ほら、そっち隼人君いるから……な?」

な、じゃねえよどんだけ葉山のこと好きなんだよこいつらまたどこかから腐った笑い声が聞こえたよ二回連続でぐ腐腐海老名さんはカロリー高いのでおかえりください。

 今回はそれを利用し、事前にグーを出すと決め、戸塚とテニス部の面々、ついでに材木座と同じチームとなるように根回しした。……戸塚には嫌なことをさせてしまったと思う。嘘を吐いたことがない天使戸塚を、俺は汚してしまった。この罪は結婚して償うほかない。不束者ですが、末永くよろしくお願いします。

 しかし運動部の多い葉山側に対して、意思統一のなされていない俺のような帰宅部の寄せ集めでは話にならない。だからテニス部をこちら側に引き入れた。戸塚は笑って引き受けてくれたが、この借りはいつか返さねばならないだろう。ついでに材木座にも。

 

 というわけで、テニス部には話が通っている。無理を聞いてもらう以上、土下座の一つや二つは覚悟していたが、戸塚の人望故か特に俺が問い詰められることはなかった。単純に「比企谷八幡」がどこのだれかわからなかったからかもしれない。泣いちゃうよ、俺。

しかし、そうなると我がチームの半数以上は俺とは何の関係もなく、葉山側に入ることもなかった連中だ。言ってしまえば、モブである。基本性能もモチベーションもはるかに劣っている。

 スペックであちらに劣るなら、士気で勝るしかない。作戦を聞いてもらうためにも、ある程度この集団をまとめなくてはならない。やる気なくコートに集まる連中をテニス部にそれとなく集めてもらい、俺と材木座、戸塚が中心に立つ。

 生憎、俺は扇動役としては不向きだ。ここは流れに身を任せ、ノリに運命を託せる人間に頼むしかない。いつかの体育祭のように材木座に耳打ちすると、材木座はありもしないコートを翻し、なぜか集団に向かって不敵に笑った。

 

「貴様ら、いつまでも負けっぱなしでいいのか?」

 

 ピクリ。大きくはないつぶやきに、ざわつく集団が少し静かになる。

 

「いつまでも部活のサッカーしか能のない連中に頭ごなしに命令されたままでいいのか?サル山の頂点で笑っている下郎どもにバカにされっぱなしでいいのか?「チーム変わってくんね?」と手を合わせられ、愛想笑いとともにやられ役に甘んじていてよいのか?」

 

 プルプルと材木座は拳を揺らし、瞳には揺れる雫が一つ、二つ。

 

「否ッ!我は嫌だ。絶対に嫌だ!へらへらとチームを変わってやるのも、試合中に凄まれてボールを変な方に蹴って笑われるのも、断じて嫌だ!負けた後に愛想笑いを彼奴らに浮かべるのも絶対に嫌だ!

立ち上がるときは今なのだ!下剋上の時は今なのだ!衆人環視の元、彼奴を、リア充の元凶葉山隼人を地に伏せてやろうではないか!……そのための策もある……らしい。皆はどうだ!いい加減勝ちたくはないか!」

 

「お、お~!」

 

 戸塚が控えめに手を挙げる。長袖ジャージの袖を握りながら、寒さからか上気した頬で精いっぱい腕をあげている。材木座によって20%ほど引き上げられた士気は、ここにきて70%ほどの高まりを見せているように感じる。尊い。戸塚尊い。老若男女関係なく尊い。戸塚彩花、そろそろ比企谷彩花になると思う。

 

「うえーーーーーーい!やるからには勝つっしょ!隼人君に勝つとかマジ熱いでしょーーう、これ」

 

 と思ったら、意味不明なウザ男のせいで20%は士気が低下した。

 

「……なんでお前がこっちチームにいんだよ」

 

 俺の前には、なぜかノリノリの戸部がいた。相変わらずノリがうぜえ……。

 

「何言ってんの、ヒキタニ君。チーム分けはグッパーじゃんけんなんだから、ヒキタニ君と同じチームになる確率は常に二分の一じゃん。……もしかして、ヒキタニ君算数苦手な感じ?」

 

 決して偏差値が高くない戸部に、俺は憐れむような視線を向けられる。

その横っ面、今すぐに殴りたい。

 

 まあつまり、こいつは葉山と同じチームになるための小賢しい交渉はしていないということだろう。腹芸ができる人間ではないのは知っていたが。戸部は黙る俺を無視して続ける。

 

「それに、ヒキタニ君すげえ頑張ってたじゃん。……隼人君には悪いけど、今回はあんなに頑張ってたヒキタニ君に勝ってほしいっつーか、さ」

 

 珍しく顔を赤くし、戸部は頬をポリポリとかく。反射的に俺は戸部に世話になった練習を思い出す。

 ……まあ戸部にはあれだけ世話になった。この勝負はもはや俺と葉山だけの問題ではない。材木座も、戸塚も、テニス部も、戸部も、いろんな人間が関わっている。ぶざまに負けるわけにはいくまい。

 

 しかし、俺のモチベーションとは反対に、わがチームの士気は戸部のせいで著しく低下していた。士気というのは理屈ではない。ノリだ。だからこそ材木座に頼んだわけだが、ノリノリの戸部に下げられた士気はだからこそたやすくは戻らない。リア充に呼びかけられるだけで委縮してしまう連中もいるのだ。

 どうしたものか。勝つためには彼らの協力が必要だ。俺は用意していた策からいくつかを吟味する。

 

 しかし、天使の攻撃に、それは無力だった。

 

「これで勝てたら……皆で打ち上げ行きたい……な?」

 

 微妙な空気になった俺たちに、戸塚はうつむいて一言、つぶやいた。

 

 何かが、爆発した。

 

「いくぞやろうどもおおおおおおおおおおおお」

 

「おおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

 

 やはり、うちのクラスの男子は馬鹿しかいない。

 





 ここからラストまで6、7話といったところです。頑張って最後まであげます。だから誤字脱字破綻は私にそっと教える感じでお願いします。……お願いします。

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