あーしさん√はまちがえられない。   作:あおだるま

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彼と彼女は彼を見ている。

 

 両手に花、という言葉がある。

 

「青春」を謳うライトノベルの多くでは、主人公はまさにこのような状態になる。つまり自分を好ましく思う女子が周りに複数人いて、主人公はその人間模様に四苦八苦する、というパターンである。

 しかし果たしてこのような状況は本当に主人公にとって好ましい状態なのだろうか。否。俺は自らの問いを否定する。たとえ彼が傍から見れば「リア充爆発しろ」と思われても仕方ない状態だとしても、読者が辟易するほどの難聴系だとしても、本人からすれば自分以外の全員が異性と言うのは多大な疎外感を感じるに足る状況だろう。

 

「先輩おっそーい」

 

 つまり、このような状況である。

 

 真昼間の駅前。正月も二日目にして人々も暇を持て余しているのか、昨日よりも人通りは多い。俺はわざとらしく口をとがらせる一色を一瞥し、ついため息が漏れる。

 

「いや時間ぴったりだろうが」

 

「こういうのは5分前行動が基本なんですー。結衣先輩なんて10分前に来た私より先に来てたのに―」

 

「あはは、あたし電車の時間とか間違えたりするからつい早めに来ちゃうんだよね。でもそんなこと言うならあたしより優美子の方が…」

 

「結衣―?なんか言ったー?」

 

「ななな、何にもいってないよ!?優美子が30分前に来てたあたしより先に来てたなんて!」

 

「…」

 

 由比ヶ浜の言い訳で場が凍る。あいにくうつむいた三浦の顔はその長い髪に隠れてみることはできない。が。…あ、ちょっと震えてますね。肩とか拳とか。

 

 

「…さっさと行くし」

 

 震える彼女はようやくそれだけ言い、さっさと先へ行ってしまう。由比ヶ浜は彼女の後を慌てて追いかけ、俺と一色は思わず顔を見合わせ、どちらからともなくため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「しっかし…」

 

 ショッピングモールの一角。ひらひらのトップスを手に、一色がしかめっ面でつぶやく。

 

「こう改めて贈り物をしようとすると、雪ノ下先輩の趣味って全く分かりませんねー」

 

「確かにゆきのん普段何が好きとかわかりにくいもんねー」

 

 そんな一色に由比ヶ浜は苦笑とともに答える。確かに雪ノ下とともに由比ヶ浜のプレゼントを買いに来た時も苦労した覚えがあるが、贈る対象が雪ノ下となるとさらに難易度が高い。なぜならぼっちは他人に自らの趣味嗜好を簡単には教えないからである。…いや、話す相手がいないとか言われたら身もふたもないし、そういうことではない。断じて。

 

 しかしまあ、雪ノ下の場合は自分で思っているよりもはるかに好き嫌いが顔に出やすいわけで。

 

「パンさんが好きと言うのは傍目から見てもわかりますが、かといってあの入れ込みようだとパンさんのグッズなんてもういくつも持ってるでしょうし…」

 

 まあ、こうなる。一色は天井を仰いでため息をつく。当然プレゼントというのは当人に喜んでもらえればもっともよいわけだが、その人間が好きなジャンルのものをプレゼントにする行為は得てして地雷を踏みやすい。

 

 しかしそんなことは知ったことではないのか、三浦は先ほどから次々と服や雑貨を見繕っては由比ヶ浜に見せていた。今度は黒地にピンクの刺繍が入ったスカジャンのようなテイストの上着。…いやいや。

 

「あー、結衣、これとかかわいくない?」

 

「うーん、かわいいし優美子には似合うと思うけど、ゆきのんはどうかな…」

 

「そっか」

 

 スカジャンを自分の体に当てていた三浦は鏡とにらめっこするのをやめない。あの、あなたの買い物してるわけじゃないですよね?それを着ている雪ノ下雪乃を見たくないとは言わないが。

 

「一色も言ってたけど、雪ノ下さんの趣味ってよくわっかんないんだよね。自分のこと全然話さないし。ほんとパンさんが好きってことしか知らない」

 

 …うん、だからまあそうだよね。というかあいつのパンさん好きはどこまで認知されてるんだよ。

 

 堂々巡りにしかならないプレゼント選び。このままではいつ終わるか分かったものではない。俺はさっさと家に帰ってためてあるアニメを消化しなければならないのである。仕方なく口を開く。

 

「まあ、各々好きなもん選べばいいんじゃねえの?あいつなら何もらっても文句は言わんだろ。…下手にあいつの趣味に合わせても既に持ってたりしそうだし」

 

 いや、ゆきのん本当に怖い。ゲーセン行っても屋台を見ても常にパンさんグッズを見逃さないコレクター魂。まじぱねえっす。

 

「まあ、それはあるかもですけど…むしろ雪ノ下先輩、その場では絶対文句とか言わないから、ちゃんとしたもの送っておかないと後々恨まれそうで…」

 

 一色は不安そうに俺に上目遣いを送ってくる。こいつは雪ノ下のことを口うるさい小姑とでも思っているのだろうか。否定はしないが。

 

 あれでもないこれでもないと姦しい三人を尻目に、俺は一人改めて考える。 

 

 雪ノ下の好きなもの、か。

 

 一人が好きである。猫が好きである。パンさんが好きである。猫動画を毎日見ている。

 

 二分の一猫じゃねえか。四分の三動物関連だし。

 

 改めて半年一緒の部活でも大して知らないんだということを再確認する。だとすると。つい視線が横の三浦に向く。たかが三カ月の付き合いだと何もわからなくて当然だと思います。例えば誕生日とか誕生日とか誕生日とか。

 

「ま、先輩が言ってるようにそんな考え過ぎても仕方ない気もします。…私と三浦先輩は結局雪ノ下先輩のことなんてほとんど知りませんし」

 

「それはそうかも。ほら、あーしとか結局部外者だから、結衣以外の誕生日も好きなものも知らないし。…つーか、あーしの誕生日も誰も知らないし?」

 

 その怖い目がこちらに向いていたのは頼むから気のせいだと思いたいです。はい。いやだって僕とあなた、そもそもそんなことするような関係じゃないじゃないですか。なんかたまに顔合わせて気まずくなるくらいの関係じゃないですか。気まずくなっちゃうのかよ。

 

「そうです!全部先輩が悪いんです!まったくまったく、女の子の誕生日忘れるとかほんとポイントだだ下がりどころかもうマイナス方向に天元突破ですよ!…まじで信じられない」

 

 ほんと使えねえなこの男。自然に漏れた一言だったのだろうか。しかし不運なことに、その一言はしっかりと俺の耳に届いてしまった。ねえ、俺一応先輩なんだけど。今更取り繕っても遅いんだけど。俺がお前に求めたものは助けであって決して罵倒ではないんだけど。なんか余計に三浦の怒りにガソリン注ぎ込んでるんだけど。ねぇ。

 

 しかし三浦は一色の戯言に激しく首を縦にふる。ここまでこの二人が団結することも珍しいのではなかろうか。

 

「そーだし一色、信じられる?こいつ結衣にはあげてるくせにあーしの誕生日忘れるとか、ちょっとは楽しみにして…」

 

「へ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。三浦先輩、楽しみにしてたんですか〜」

 

 次々と俺への呪詛の念を送る三浦に、一色は意味深な笑顔を浮かべる。いや、単純に女王の気質としては由比ヶ浜に送っておいて三浦に送っていないことが許せないだけだとは思うが…。三浦さん、顔を赤くしないでください。その感情が憤りだとしても、一色が勘違いして調子にのるだけだ。

 

「…改めてこの男があてにならないってことがわかっただけだし」

 

「やっぱり『あて』にはしてたんだー」

 

「…」

 

 やめて!私のために喧嘩しないで!

 

 黙り込む二人。しかしそれは険悪と表現するには、いささか一色に優位が傾き過ぎていた。あーしさんいざとなったときのポンコツ具合まぢやばい。…いや、そんな睨まないで。まぢこわい。

 

 

 

 

「でも三浦先輩、髪の毛伸びましたねー」

 

「そ?」

 

 雪ノ下の誕生日プレゼントをあらかた選び終えた。現在は雑貨屋のアクセサリーを取り扱う一角で一色に指摘され、三浦は長く垂れた黒髪をかき上げる。恐らく金髪から黒髪になりボリュームが多く見えることも要因ではあるが、実際にその髪は長い。

 

「いや、もうお尻くらいまで届いちゃうんじゃないですか?こんだけ長いと手入れも大変そうですけど」

 

「そりゃそうだけど、染めてた時はもっと手間かかってたから」

 

 三浦は今度は毛先をくるくるといじりながらつぶやく。俺自身髪を染めたことはないが、三浦のような明るい金髪はすぐに地毛が目立ってくるだろうから、労力は想像以上だろう。そこまでして髪の毛の色を染めることに意味があるんですかね…。そう鼻で笑いかけるが、彼女には確かにその意味があったことを思い出す。

 

 彼と彼女の金髪。それを変えてまで彼女が選んだもの。

 

「いやー、やっぱ地毛だと楽ですよねー。それに黒髪っていうだけで真面目そうに見られるから得って言うか。…それにギャップとかで男からの受けもいいですし」

 

「あ?あんたと違ってあーしそんな男に媚びたようなこと考えてないっての。…ま、実際うっとうしいのがちょろちょろと周りに増えたけど」

 

 三浦はちらりと俺を見る。こいつ男に絡まれても逆にケンカ打ってトラブるんじゃないかとお父さん心配ですよ…。前例もあるし。俺はディスティニーランドに行く前の舞浜駅での出来事を思い出す。

 

「でもその長さ、もしかして願掛けでもしてるんですか?」

 

「仮にそうだとしても、あんただけには言わないから安心しな」

 

「そうですかー♪」

 

 にらむ三浦に一色はいたずらっぽく笑う。言えるわけはないが、いつものように一色に受け流される三浦に三蔵法師と孫悟空を連想したのは俺だけではないと信じたい。

 

 そんな通常営業の彼女らを尻目に、俺は少しばかりの焦りを感じていた。言うまでもなく、三浦への誕生日プレゼントが全く決まらないのである。

…いや、俺だって今まで二人(由比ヶ浜と雪ノ下、なお雪ノ下は10分前)の女子にプレゼントを選んだ身ですから?少しは余裕とか慣れとか出てきてはいるんですけど?しかし。俺は見たことのない卑屈な笑顔を浮かべた三浦優美子を思い出す。…適当なモン選んだら殺される。主に一色に。

 

 しかし今俺たちがいるのは雑貨屋のアクセサリーコーナー。こんなところで三浦優美子に合ったプレゼントを絶対的ぼっち比企谷八幡が選べるわけが…。

 

 その瞬間、三浦がなびかせた黒髪で視界が塞がる。雪ノ下の流れるようなものとは違う。金髪の時より緩いウェーブがかかったその髪。

 

 ふと、それは目に留まった。

 

三浦たちの方を見ると、由比ヶ浜がけだるげにケータイをいじる三浦にいろいろなものをつけさせて遊んでいる。…今なら。

俺は一人それをレジまで持っていきかけ、逡巡する。

 本当にこれでいいか?これが正解か?そもそもこれは俺らしくもないし、彼女らしくもない。これで彼女は…

 

「いいんじゃないですか?」

 

 極々軽く、いつのまにか隣にいた一色はつぶやく。

 

「たまにはそんなのも、いいんじゃないですか?…私ならありえませんけど」

 

 ぶっちゃけ先輩センス無いですー。苦々し気に一色は毒づく。

 

「でも」

 

 一色はニシシ、と笑う。

 

「先輩と三浦先輩なら。そんなのもいいと思いますよ」

 

「外してたら一発殴るからな」

 

 俺は男女平等主義者なのだ。

 

 

 

 

 

 

「じゃ、ここでちょっとやすもっか」

 

 由比ヶ浜が某大手コーヒーチェーン店を指さす。のども乾いたし疲れたからそれはいいのだが…小腹もすいたのでサイゼじゃだめですか?

 

 しかし店頭にある新商品のなんたらかんたらフラッペをみて、一色と三浦も由比ヶ浜に続いて店に入っていく。

 

 女という生き物は須らく新製品と期間限定に弱い。出かけるたびに小町が行く先々でそれらを買い求めていることからもそれは分かる。この手の店が毎日期間限定商品を売っている気がするのは気のせいに違いない。

 

 正月から長蛇の列ができていることに辟易としていると、前にいた由比ヶ浜が奥の席を見て目を見開く。

 

「陽乃さん…?」

 

 反射的に、見てしまった。一色もそうなのだろう。しかし彼女からは感想は聞こえてこない。

 

雪ノ下陽乃の向かいには、彼が、葉山隼人が座っていた。笑って相槌を打ち、心底困ったように陽乃さんの話を聞く。彼のそんな顔は、少なくとも俺は見たことがなかった。

 

 ならば、三浦優美子は。

 

「…ごめん、あーしちょっと用事思い出した」

 

 彼女は早足でコーヒー屋を後にした。

 

「…優美子っ!」

 

 由比ヶ浜は三浦の名を呼ぶが、追いかけはしなかった。由比ヶ浜は三浦に向けた視線を俺に向ける。俺はすぐに彼女から目をそらす。

 

 俺でいいのだろうか。

 

「あれー、比企谷君じゃない」

 

 様子がおかしい俺たちに気が付いたのか、気づけば目の前には雪ノ下陽乃と

 

「やあ、結衣、いろは、それに比企谷。今日は生徒会のメンバーで福袋でも買いに来たのかな?」

 

 葉山隼人が、いつもの笑顔を浮かべていた。さっきとは、三浦が去る前とは違う。いつもの笑顔を。完璧な「葉山隼人」が、そこにいた。

 陽乃さんは黙る俺たちを見て怪訝そうにしながらも、すぐにいつもの調子を取り戻す。

 

「比企谷く~ん?女の子を二人も侍らせて買い物とか、いい身分だなぁ。このこの」

 

「いや、そんなんじゃありませんよ。今日は…」

 

 相変わらず近い。肘で俺をつつく陽乃さんから体を引くと、一色がすぐに猫なで声で割り込んでくる。

 

「あ、葉山せんぱーい!明けましておめでとうございます!こんなところで会うなんて奇遇ですね!」

 

「あはは…明けましておめでとう、いろは。今年も元気そうだね」

 

「ほんとですぅ~。葉山先輩と新年から会えるとか、元気になっちゃいますよ…。運命、なのかも、ですっ」

 

 一色はあざとく葉山に上目遣いを送るが、当の葉山は困ったように笑うばかり。陽乃さんは冷ややかな目を一色に向けるが、一色は気にする風でもなく俺に耳を寄せる。

 

「先輩バカですか。こんなとこで油売っててどうするんですか」

 

 一瞬、言葉を失った。

 

 しかし何か返さなくてはならない。それがいつもの俺だったはずだ。

 

「バカっていう方がバカなんだよ。つーか俺が油売ってないことなんかねえぞ。暇な時間なんて専業主夫には売るほど――」

 

「――だから」

 

 一色はその視線を葉山隼人と雪ノ下陽乃に向けたまま、言った。

 

「私、今本気です。...たまには先輩も本気になったらどうですか」

 

 そう言って顎だけを店の外に向ける。三浦が出て行った場所。向かった先は俺にはわからない。俺もつられてみると、今度は由比ヶ浜から声がかかった。

 

「…行ってあげて、ヒッキー。優美子は多分そう思ってると思う。でも、あたしは…」

 

 あたしは。小さくつぶやき、彼女は迷いながらも俺をまっすぐに見た。

 

「あたしは、行ってほしくないから」

 

「すまん」

 

 謝罪だけがなぜかすぐに出た。考えることはあるはずだったのに、それ以外の行動が今は考えられない。

 

 由比ヶ浜に背を向け、俺は店を後にした。

 

 

 


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