立場が人を作る、と言う。
どの状況、どの環境でも同じ振る舞いや信念を突き通せる人間など存在しない。誰しもその時々における環境下で無意識に演技をし、場に合った最適解を導き出している。それこそが社交性とでも呼ぶべきものであり、俺が大体持ち合わせていないものだ。うるせえほっとけ。
それならば常に変わらない人間など存在しないことになる。程度の差こそあれ、人はその環境に合ったそれぞれの人格となると言える。立場が人を作るという言葉の本質はここにある。人は重要なポストに就いた時、その性質や人格の変化が大きくなるからこそ、このような言葉が生まれたのだろう。「人が立場に合わせる」と言った方が正確かもしれない。
そしてそれは彼女にも当てはまるのだろうか。窓の外を見る三浦優美子を眺め、俺はそんなことを思った。
しかしそんな思考も横から飛ぶ軽い声にさえぎられる。
「せんぱいー、ここなんて書けばいいか全然わかんないですー」
一色いろはは甘い声を出し、わざとらしくこちらに体を寄せる。
「そこさっき教えただろうが。つーかわかんないことあんなら俺じゃなくて会長の三浦に…」
「えー、だって三浦先輩ちょっと怖いじゃないですかー」
一色はこれ見よがしに俺の袖をつかみ、上目遣いで三浦を見る。そんな挑発的な態度取ると…。俺は恐る恐る三浦を見るが、彼女は頬杖をついて窓の外を眺めていた。会長となり落ち着いたのか上の空なのか。まあなんにせよ助かった。触らぬ神に祟りなし。
「一色さん?少し距離が近すぎるのではないかしら?生徒の模範となるべき生徒会が―」
「―そ、そうだよいろはちゃん!ほら、ヒッキーもデレデレしてないで離れて!」
好き勝手にふるまう一色を雪ノ下と由比ヶ浜がたしなめる。しかし当の一色本人の笑みは一層深まる。
「別に私たち二人がどんな距離感でも先輩方には関係なくないですかー?せんぱい、別に誰かと付き合ってるわけじゃないみたいですし」
「…」
不敵に笑う一色の言葉に、なぜか三人の視線が俺に刺さる。いや待て、俺は全く悪くない。どう考えても一色が悪い。俺は隣の一色の耳に口を寄せる。近すぎると通報されるので、匂いが届かない程度の距離で。皆も気を付けようね。
「…一色、お前絶対楽しんでるだろ」
「おっと、せんぱいにはばれてましたか…だってあの2人があんな反応するの、面白いじゃないですか」
女4人に男1人空間。普段から呼吸をするように男を手玉に取る一色。彼女がとるであろう行動を予想するのは難しくなかった。そしてそれは当然周りの女子達にとっては、見ていて気持ちがいいものではない。だからこそ彼女は同級生の女子達の中に敵を作っているのだろう。
「またなんか二人でこそこそ話してるし…」
由比ヶ浜は少しぎこちない笑顔を一色に向ける。しかし一色の表情は涼しい。
「えー、なんですか?先輩と後輩が親睦を深めることがそんなに悪いことですかぁ?」
「そういうことじゃなくて、少しは羞恥心と節度を持ちなさいと言っているの。それにそんな男と近い距離に居たらあなたにもよくない噂が立つわよ、一色さん」
雪ノ下がため息をつきながら一色をたしなめる。いや待て、そう見せかけて息を吐くように俺を傷つけるのを止めなさい。あんまりいじめると泣いちゃうよ?だって女の子だもん。
「…噂になるのもいいですね!先輩」
「なっ…」
絶句するふたりを前に一色は俺の方を見て、いつもと寸分違わぬ笑みを浮かべる。俺も思わずため息が出る。
「おいお前ら、いちいち過剰に反応するからこいつが面白がるんだよ」
まったく。こんなので勘違いしてしまう男どもの気が知れない。べ、別にさっき上目遣いを送られた時に思わずそのささやかな胸元が見えそうになったとか、なんか髪の毛からいい匂いがするとかそんなことは全然、これっぽっちも思ってませんよ。ええ。
「ちぇー、ノリ悪いですよ先輩。自己紹介みたいなもんじゃないですかー」
「俺が言うのもあれだが、お前色々人として間違ってんだろ…」
口を尖らせて机に突っ伏す一色に、俺は呆れるしかなくなる。雪ノ下と由比ヶ浜もさっきまでのきゃるるん☆状態からの落差に驚いたのか、口をあんぐりと開いたままだ。いろはすったら突然低い声出すんだから怖い。中の人怖い。でもかわいい。
「とまあ、奉仕部の皆さん。いい加減ネコ被るのも疲れちゃいました。私はこんな感じの女の子です。これから生徒会で1年近く同じ仕事するならいちいち隠しとくの面倒なので、ご了承お願いしますね☆」
一色はきゃるるん☆と二人に向かって見事なまでの横ピースをかます。かわいいけど全然愛らしいと感じられないのはなぜでしょうか。
「は、はは…いろはちゃんすごい子だなぁとは思ってたけど…」
「すごいというより、凄まじいというべきでしょうね…」
由比ヶ浜と雪ノ下はもはやあきれたように一色を見る。その目はどこか別種の生き物を眺めるようなものだった。気のせいかもしれないが、たまに俺に向けられる彼女たちの視線に近い。いや待て、こんな得体のしれない「女子力」(恐怖)を使いこなす生き物と俺を同列に並べるんじゃない。
二人をからかうことにも飽きたのか、一色は由比ヶ浜と雪ノ下に向けていた視線を今度は三浦に向ける。
「奉仕部のお二人の反応は予想通りだったんですが、三浦先輩は随分落ち着いてますね」
「…あ?何の話だし一色」
突然自分に話を振られた三浦は、窓の外に向けていた視線を思い出したように一色に向ける。心なしかその目は険しい。まあいつものことと言えばいつものことだ。しかし一色は最初奉仕部に来た時にはそんな不遜な態度の三浦にびくびくしていたと思うのだが、今はあっけらかんと続ける。
「いやー、まあぶっちゃけ三浦先輩もさっきのお二人のような反応をするものだと思っていたんですが…」
私の見込み違いですかねー。顎に手を当て一色はうーん、とうなる。一色の言っていることが未だに理解できないのか、三浦は怪訝とした視線を俺に向ける。いや、俺に頼られても困るんだけど…。
しかし三浦は俺を見た瞬間にスッと視線を外す。次にいまだに納得のいかない顔の由比ヶ浜と雪ノ下の顔を見て、ああ、とうなずく。
「別にあーしはそこの男に興味もないしあんたのおもちゃになる気もない。遊びたいならそこの二人とやってな」
「三浦さん、今の発言は聞き捨てならないわね。私は一色さんに遊ばれてるわけでは…」
「まあまあ雪ノ下先輩」
一色はにべもない三浦の言葉を気にするわけでもなく、いつも通りの調子で雪ノ下を制する。しかし三浦の反応から何かを感じ取ったのか、一瞬口角が上がった気がした。
「へー、三浦先輩はせんぱいには興味がないんですか。ふーん。へー」
「…何あんた、言いたいことあるならはっきり言えし」
目を細め意味深にうなずく一色に、今度こそ三浦の顔が険しくなる。…俺たちまで面倒ごとに巻き込むのはやめてください。ほら、あーしさんこめかみとかヒクヒクしてるから。眉間にしわ寄ってるから。超怖いから。
しかし一色は余裕の笑みを浮かべ、俺の願いとは反対の言葉が続く。
「いやー、せんぱい選挙の時あんな応援演説してたのに、三浦先輩はほんとに何も思ってないのかなーって思って」
部室の空気が凍り付いた。
あの選挙から一週間。俺のあの演説は奉仕部室の中では一種の「タブー」になっていた。あれはどう考えても俺らしくはない。俺が勝手に黒歴史にするぶんには構わないが、事は三浦も関係している。雪ノ下も由比ヶ浜もそのあたりは察してくれていたのだろう。俺にそれとなくあの演説を非難することはあれど、三浦のいる所では話に出すことはなかった。
しかし一色いろはは平然とそれを口にした。こいつは軽そうな見た目とは違いバカではない。自ら計算してキャラを演じている。だからこそ最初に奉仕部に来た時、三浦を見て恐縮した。正しく力関係を理解していたからだ。他人の状況や立場、心情を全く想像できない人間ではないだろう。だから恐らく。俺は推察する。何か理由はある。
沈黙を破ったのは由比ヶ浜だった。
「い、いろはちゃん?ほら、その話はいろいろあれだからさ。今ここでするのはちょっとなー、って思うんだけど…」
「えー、今ここじゃなかったらいつどこですればいいんですかぁ?というか、私が聞いているのは三浦先輩になんですが…」
一色はもう一度三浦を見る。三浦は今度は一色から目をそらす。
「…そいつが勝手に言ったことでしょ」
そいつ、というところで俺に目をやるが、またすぐに視線を外す。それを見てまた一色の笑みが深まる。…はぁ。どいつもこいつも後輩に遊ばれて情けなくないのか。ここは俺が一つガツンと、と柄にもなく先輩風を吹かせようとする。断じて照れ隠しではない。
「一色、お前さっきから先輩に向かって…」
「せんぱいは黙っててください。三浦先輩に聞いてるんです」
「はいごめんなさい」
俺は速攻で口にチャックをかける。だっていろはす怖いんだもん。なんか三浦も雪ノ下も由比ヶ浜も全然加勢してくれないし。
「三浦先輩、私は三浦先輩がせんぱいの応援演説をどう思ってるのかなーって聞いてるんですよ。別にせんぱいがどう考えてるかは興味ないんです。それこそせんぱいは関係ないんですよ」
「…じゃ言い方変える。あんたには、関係ない。これはあーしと…」
「三浦先輩と?」
「…」
続く言葉は何だったのだろうか。何かためらう三浦を前に、一色が手を叩く。
「なるほど、わかりました!確かに私には関係ない話です。三浦先輩、失礼しましたっ」
素早くペコリと頭を下げる一色は、すでに視線を三浦から先ほどの書類に向けているが、顔は意味ありげに笑っている。そんな一色を雪ノ下と由比ヶ浜が不思議そうに眺め、三浦のこめかみには青筋立っている。
「ちょ、一色、あんたさっきから…」
「失礼する」
三浦が一色に再度食いかかる瞬間、生徒会室のドアが勢いよく開く。訪問者は三浦と一色を見るなりおや、と首をかしげる。
「取り込み中だったかな?」
「…平塚先生、言っても無駄かもしれませんが、ノックを」
「ああ、悪い悪い」
例によって雪ノ下に咎められる平塚先生は、特に気にする風もなく手をひらひらと振る。いい加減雪ノ下もあきらめが悪い。
平塚先生は俺たちを見渡し、何度か満足そうにうなずく。
「なるほど、面子が面子なだけに心配がなかったと言えばうそになるが、なかなか仲良くやっているようだな」
どこがだ。さっきまでぎくしゃくしていた生徒会室内の空気が初めてまとまった気がした。
「さて、引き継ぎも終わり君たちはこれから本格的に生徒会の仕事に取り掛かるわけだが…早速一件、仕事がある」
そう切り出した平塚先生は会長である三浦に何やら資料を渡す。その資料を俺の左隣にいる一色が身を乗り出すようにしてのぞき込む。ちょ、いろはす近い近い。
生徒会室の席順は、俺と一色が長方形の机の長編に座り、由比ヶ浜と雪ノ下はその向かい、そして三浦は以前の雪ノ下の位置、つまり窓側の席に座っている。いわゆるお誕生日席である。ならば以前の俺も毎日奉仕部室の誕生日席に座っていたわけだ。夏休みのど真ん中、両親はもちろん小町にすら大して祝われない誕生日。わーい。
ちなみにこの席順はすぐに決まった。三浦と雪ノ下、三浦と一色を隣にすれば問題が起こるとわかりきっていたため、彼女たちを少しでも離すように俺と由比ヶ浜が間に座っているわけである。
「ほえー…合同クリスマスイベント、ですか?」
「そうだ。海浜総合高校と総武高校が合同で、地域の老人と子供に向けたクリスマスパーティーを企画することになった。君たちには総武高校を代表してこの企画に参加してもらいたい」
間の抜けた声を出す一色に平塚先生が説明を加える。俺は内容を聞いた瞬間に帰りたくなった。…なんでそんな面倒なことを。俺は小さく手をあげる。
「そのイベントへの参加は決定事項ですか?」
「参加するかどうかは君たちの裁量に任せよう。しかし新生徒会になってちょうどいい機会だ。私としてはやってみたほうがいいんじゃないかと思っている」
「いや、でもまだ慣れない新体制ですし、失敗した時にその責任が自分たち以外のところに飛び火するような行事に参加するのは…」
「そんなことを言うならむこうだって新体制さ。何事にも最初というものはあるものだよ」
「でもですね…」
「比企谷?」
まだ食い下がる俺に、平塚先生は優しく笑いかける。わぁ、いい笑顔。
俺はいい加減口を閉じる。こうなったときの彼女相手に、俺に拒否権が存在し得るだろうか、いやない。
くわえて一介の下っ端に拒否権があろうはずもない。俺の生徒会での肩書は庶務。つまり雑用係だ。会長が三浦、副会長が雪ノ下、会計が由比ヶ浜、書記が一色だ。
まあどうせクリスマスの日も家にいるだけで何か予定があるわけでもない。老人と子供たちを対象にしたイベントならば当日の帰りが遅くなることもないだろうから、小町とのクリスマスケーキも問題なく食べられるだろう。なんなら生まれてこの方クリスマスを小町以外と過ごしたこともないわけだが。なにそれ実質恋人じゃん。
「平塚先生、この資料は一見すると海浜総合高校側が作ったようですが、このイベントはあちらから誘われたものでしょうか?」
「ああ、そうだ」
「ではこのイベントは海浜総合高校が主体で、私たちは彼らの補佐的な役割をすればよいのでしょうか?この資料からは私たちがどのようなスタンスでイベント企画に参加すればいいのか、今一つ不明瞭なのですが」
雪ノ下の質問に、一瞬平塚先生の表情が苦々し気なものになる。
「いや…恐らく君たちは彼らと対等な立場でイベント企画に参加すればいい…だろう。企画打ち合わせ段階から好きなように口出ししてかまわない…と思う」
「なんすかそのあいまいな説明は…」
恐らく、だろう、と思う。なんと便利な言葉だろうか。そう言っておけばとりあえずの責任を回避することができる。普段自分でつかっているだけに嫌な予感を感じずにはいられない。
「ま、まああっちも慣れない生徒会業務で戸惑っているのだろう。そのようなもろもろを聞き出すことも仕事のうちだよ。円滑なコミュニケーションから物事は始まるのだから。あははは」
「…」
部室にまた不穏な空気が流れる。常に面倒ごとしか持ち込まない人間である。いい加減由比ヶ浜も学習したのか、訝し気に平塚先生を見ている。
「つーか」
不穏な空気を破ったのは三浦だった。
「話にならないっしょ。あーしクリスマスは…は、はや…だ、大事な予定あるし。そんなことしてる場合じゃないっての」
三浦は頬杖をついて興味なさげに言う。その顔が一瞬赤くなったが、わざわざ言い直さなくても全員その人のこと知ってると思いますよ、三浦さん。
「待ちなさい、三浦さん」
「…あ?」
また窓の外を見る三浦に、今度は雪ノ下が突っかかる。
「確かにイベント企画に不可解な点はあるけど、あなたの個人的な理由で生徒会の行動を決めるわけにはいかないわ。初めにそれを認めたら今後も生徒会はあなたの私的な理由で動くことになる。それは正しい生徒会の形じゃない」
早口で言い切る雪ノ下を三浦がにらみつける。しかし雪ノ下も引かない。教室の空気が凍り付く。気のせいか胃がキリキリしてきた。が、俺にはあの戦場に身を投げるような覚悟はない。くわばらくわばらと心の内でつぶやきながら、腕組みをして考えるポーズをとる。横を見ると一色も我関せずの態度で資料を眺めている。やはりなかなか賢いようだ。こいつも俺と同じで「やってますアピール」をしつつ手を抜ける人間だろう。見込みがある。俺の中の一色への評価を一段階上げる。人間としてはろくな評価じゃないけどね!
しかしこの世には無駄な努力が好きな人間もいる。由比ヶ浜は慌てて両手を広げ、まあまあと二人を制す。
「ほ、ほら優美子!平塚先生もやったほうがいいって言ってるし、生徒会の初仕事がイベントごとって、思い出に残りそうでよくない?やってみようよっ」
「でも結衣、あーしは隼人と…」
「えっ、でも」
思いつめた顔でつぶやく三浦に、由比ヶ浜は何か言いかけすぐに押し黙る。再び訪れる沈黙を平塚先生が破る。
「一色、比企谷。君たちはどうかね。このイベントに参加したいか?」
「んー、私は別にどっちでもいいですよ。予定はあると言えばありますけど、どうでもいいおと…家族と夜ケーキ食べるくらいですし。それに一番年下ですから、先輩方の決定に従います☆」
あざとく言う一色に由比ヶ浜が苦笑するが、俺には平塚先生のこめかみに青筋が立ったのが見えた。…先生、よければ僕が一緒にクリスマス過ごしましょうか?
「ひ、比企谷君、君はどうだ?」
「クリスマスに家から出たら負けだと思っています」
「君は参加、と」
「耳ついてますか先生」
俺の異論を気にすることもなく平塚先生は続ける。
「で、どうだ三浦。生徒会では参加が多数派だが、?君の様子だとよほど重要な用事がクリスマスに入っているようだ。よければ内容を聞かせてくれないか?」
「うっ…」
三浦がぎくりとした表情を浮かべ、由比ヶ浜があちゃーと額に手を当てる。…まさか。雪ノ下も思い当たったのか、三浦に恐る恐る尋ねる。
「三浦さん、あなたもしかして…まだ誘ってないの?」
雪ノ下の質問に三浦の返答はない。しかしその赤く染まった顔、震える肩から全員が察する。いやまあ、知ってましたよ。この人が乙女だということは。大方葉山から誘われるのを待っているのだろうが、万に一つもあの男は自分からは誘わないだろうし、二人きりの誘いに応じることはないだろう。
微妙にいたたまれない空気になるが、一人だけ喜色満面で間延びした声をあげる人間がいた。
「なぁんだ、三浦先輩、葉山先輩のこと誘ってないんですねー。そっかそっかー」
言うまでもない、一色いろはである。この後輩も葉山と同じサッカー部にマネージャーとして籍を置いているようで、葉山絡みのことで度々三浦と衝突していた。しかし彼女の場合、三浦と違って 葉山に特別な感情を抱いているというよりは、むしろ…。
俺は自分の妄想を頭を振って追いやる。自分の知っている情報だけで他人をわかった気になるのは、悪い癖だ。ごまかすように俺は思わず口を開いてしまった。
「…なら葉山もそのクリスマスイベントに誘えばいいんじゃねえの。初めての生徒会の仕事だし、もしかしたら手も貸してくれるかもしれんな。あいつだってお前の言うことだったら少しは耳貸すだろ。知らんけど」
「…ヒキオ」
ついらしくないことが口をついて出てしまった。どうもこいつがいると調子が狂う。この先生徒会としてやっていくとすると、ずっとこうなのかと思うと気が重くなる。
「そ、そうだよ優美子!どうせ隼人君のこと誘えてないんだから、この際だし何気なーく呼んじゃえばいいんだよっ」
「…そ、それもありかも、だし」
「…まあ三浦さんが仕事をする気になったならそれはそれで…でも結局生徒会を私物化していることに変わりは…」
由比ヶ浜と三浦の顔は少し明るくなり、雪ノ下はまだ何やらブツブツとつぶやいている。隣の一色はなにやら2,3回うなずいたと思えば、俺に耳を寄せる。
「三浦先輩、せんぱいの言うことは素直にきくんですね」
「…何が言いたい」
「やだなぁ、そんな怖い顔しないでくださいよ。仲いいなー、って思っただけじゃないですか」
「目付き顔付きが悪いのは生まれつきだ」
「ぷ…。目付きはともかく顔付きって何ですか、顔付きって」
「あいにく自分の顔自体は悪いと思ったことはなくてな。…で、なんだ」
俺の言葉に一色はまたくつくつと笑い、からかうように上目遣いを送る。
「せんぱい、小学校の時に気になる子にいじわるしたこととかないですか?」
「…なくはない」
「じゃあ気になる子になぜかそっけなくしてみたりとか」
「男ならないほうが珍しいんじゃねえの、それ」
小、中学校を思い出すと自分も周りも、男はそんな連中ばかりだった気がする。わざとやっているというよりは気になる異性との適切な距離の取り方がわからないのだ。その結果女子にちょっかいをかけてしまうか、必要以上に何でもないふりをする。
一色は俺の言葉にまた満足そうにうなずき、耳打ちする。
「三浦先輩もせんぱいも、まだまだ子供ですよね」
俺は顔をあげ一色を見る。そこにあるのは大抵の人間が騙されるだろう、穢れのない笑顔。俺には真っ黒にしか見えなかった。
呑まれそうになりながらも、俺は何とか口をゆがめる。
「…バカかお前。男はいつになっても少年の心を忘れねえんだよ」
「訂正します。まだまだガキですね、せんぱい」
「うるせえ。日曜に早起きしちゃって何が悪いんだよ」
「何を言っているかわからないんですが…」
一色は目を瞑り額に手を当てる。日曜の朝と言えば、あれを見ないと始まらないだろうが。国民的美少女アニメ。あっ、少年だったらライダーものか戦隊ものだったね!
一色は小さく咳ばらいをし、続ける。
「はっきり言わないとわかりませんかね。三浦先輩、全然せんぱいの方見ないでしょ?それこそ必要以上に」
「もともと仲良しこよしじゃねえよ。カーストトップとワースト、いがみ合うことすらねえ」
「まーた話をすり替える…私、先輩には期待してますから、その調子でどんどん三浦先輩と仲良しこよしになっちゃってくださいね。私と葉山先輩のためにも!」
何か野望に燃えているような一色は、ふっふっふと笑い俺と三浦を交互に見る。自分の中でどんどんと勝手に話を進める一色を見て、俺はため息をつく。
だめだこいつ、早く何とかしないと。