あーしさん√はまちがえられない。   作:あおだるま

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いまだ彼女は横に座る。

「はぁぁぁぁぁ」

 

「…」

 

「あーあ…」

 

「…」

 

「はぁ」

 

「…」

 

「なんでだし…」

 

「…」

 

 …あの、すごくうっとうしい。

 

 昼休み、ベストプレイスにて。ひたすらため息を繰り返す三浦優美子に、俺は辟易とする。…いや、ここはもはやベストプレイスでも何でもない。安住の地は奪われてしまった。この女に。

 

「おい、せめて昼休みくらいは、ぼっちに落ち着いて飯を食わせてやるくらいの慈悲はないのか?」

 先ほどからため息を連発する三浦優美子に、俺はいい加減一言物申す。

 

 彼女は俺がいることに今気が付いたような顔で、俺を見る。その手には、今日も飲物が二つ。

「…」 

 そのまま彼女は何秒か俺を見る。

 

 俺は先に目をそらす。

 

 いや、それは無理。

 

 今のこの女と目を合わせるのは、今までと違った意味で危険極まりない。あれだけこいつに対して偉そうなことを言ったのに、告白して振られて自爆するのはさすがに情けない。はい、当然振られますけどなにか?

 

「ため息つくと幸せが逃げるぞ」

 バツの悪さをごまかすため、俺は早口につぶやく。

 

「なんで不幸の塊みたいなあんたにそんなこと言われなきゃなんないわけ」

 彼女は俺に見下した視線を送る。…こいつ、俺になら何でも言っていいと思ってないか?言っていることはまちがってはいないんだが。

 

 一転声を震わせ、彼女は俺に問う。

「ねえ、隼人の様子あんたから見てなんかいつもと違ったところあった?」

 不毛な質問だ。葉山に関して、三浦にわからないことが俺にわかる道理はないし、俺にわかるようなことは彼女だってわかっているだろう。

 

「…まあ、少しは驚いてたとは思うぞ」

 俺は柄にもなく、少しオブラートに包む。たぶん三浦を知っている人間で、今日の彼女を見て驚かない者はいないと思う。こいつに興味がない俺でさえ驚いた。

 

「何言ってんのあんた。別にあーしは隼人を驚かせたかったわけじゃないんだけど」

 

「…まあ、そうだろうな」

 飯を食いながら適当に返すと、彼女の拳が振りあがる。俺は頭をガードしながら、早口で付け加える。

 「だけど前に進むためには、今までの印象からある程度離れることは必要だろう。驚くということは今までとは違うから驚いていたわけだ」

 

「でも、マイナスの方に驚いてたらなんも意味ないし」

 彼女はオレンジジュース片手に、投げやりに言う。その通りではあるが。

 

「お前は今日のお前に対するマイナスの評価を、どこかで聞いたり、感じたりしたのか?」

 

 彼女は口ごもる。

「いや、それはないんだけど。…ヒキオ、あーしなんかかわいくなったらしいよ」

 今度はスマホの鏡を呼び出し、自らの髪型をチェックする。いや、俺にアピールしてもどうしようもねえだろうが。

 

「なのに、葉山からはいい反応が返ってこない。だから、よくわからない。そんなところか」

 

「そうだし。何がいけないのかね…」

 三浦はそのままスマホとにらめっこを始める。

 

 …そういう問題じゃねえのかもな。

 彼女が悩んでいる間に、俺はゆっくりと昼飯を平らげる。ああ、上手かった。ごはん食べてる時が一番幸せ、育ち盛りの高校生、どうも比企谷八幡です。

 

「ヒキオ。なんか他にいい案とかないの?」

 俺が、マッ缶を買いに立ち上がりかけたその時、彼女は俺に声をかけた。この女、いいところで…

 

「お前は焦りすぎだ。そんな一日二日で人の心をどうこうできるわけがねえだろ。…大体そんなふうにすぐに変わる気持ちなんて、所詮すぐ離れるんじゃねえの」

 

 彼女は少し面食らったように俺を見るが、すぐにいつもの目でにらみつける。

「ヒキオのくせに、言うじゃん。

 でも、あんたにあーしの気持ちがわかるわけ?あーしは今までさんざん待ったの。もう待ちたくない。今すぐにでもほしい。その気持ち、あんたにほんの少しでも理解できる?」

 

 俺は言葉に詰まる。わかる、などといえるはずもない。俺はそこまで強烈に、切実に何かを欲したことがない。

 

「だから、あんたはあーしと一緒に黙って次の案を考えればいいし。そんな期待もしてないから、何でもいってみな」

 彼女は鼻で笑う。なんで俺が頼んで手伝わせてもらってるみたいになってるんですかねぇ…

 

 まああるにはあるが、これも言いたくないんだよなぁ。というか、これの方が最初の提案よりも言いたくない。彼女の内面にすらかかわることだ。

 

 俺が言い淀んでいると、三浦は俺の目をのぞき込む。

「あんた、なんか思いついてんでしょ?さっさと話せって言ってんの」

 

 彼女ともここ数週間でずいぶんと同じ時間を過ごした。わかってしまうか。そんなに顔に出る方ではないのだが。

 

「…外見で葉山のお前に対する印象は、多少は変わったと思う」

 

 俺の言葉を待っていた三浦は、頬を掻き顔を下へ向ける。

 

「なら次に変えるべきは…内面じゃねえか」

 

 下を向いていた彼女は、顔をあげて俺に厳しい視線を向ける。

「はぁ?なんであーしが自分を変えなきゃいけないわけ?別にあーしは今の自分が嫌いなわけでも、どうにかしたいわけでもないんだけど。大体、偽物のあーしを隼人が万が一好きになったとして、それに何の意味があんの?

 …つーか、さっきも言ったけどあんたにあーしの何がわかるっての」

 

 最後に突き放すように三浦は言う。

 

 厳しい目を向ける彼女とは反対に、俺は笑う。

「ああ、そうだな。俺にはお前のことなんてちっともわからん。…わかるはずもない。そもそも俺とお前は全く違う」

 

 彼女もそれは承知の上だろう。俺と三浦の間に一本の線が入ったのを感じた。それは本来交わるべきではない、あるべき距離感。それがなければ少なくとも俺は息もできない。そう思っていた。

 俺は見慣れない顔の三浦を見て、思う。

 

 カースト最底辺と最上位がかかわりを持つなど、誰が想像しただろうか。少なくとも俺はそんなことがあっていいとは思っていなかった。彼らは俺に関係のない世界で生きていて、俺も彼らに対して特に思うところはなかった。

 しかし。俺は修学旅行とそれにかかわる騒動を思い出す。海老名姫菜のらしからぬ真顔を見た。葉山隼人に哀しい微笑みを向けられた。戸部翔の告白を止められなかった。そして…三浦優美子の見たことのない強さと弱さに振り回された。

 

 少しなら、いいのかもしれない。

 

「だけどな」

 俺は何とか、続く言葉を絞り出す。

 

「…今は別に、お前をまったく知らないわけじゃない」

 とても彼女の顔を見ることができない。

 

 女王からの怒声に備える。調子に乗った庶民には制裁があってしかるべきだ。

 

 しかし、彼女の声は聞こえない。

 

 いったい何を考えているのか。横目で三浦を見る。うつむいた彼女の顔を金髪が隠し、表情から推しはかることはできない。

 

「あー、あれだな、また俺の言い方が悪かった」

 黙ってしまった彼女を前に、俺は取り繕う。無言はやめろ。正直怖い。

「別にお前の性格を変えろと言いたいわけじゃない。

 ただ、お前の葉山に見せる部分を変えたほうがいいと、そう思うだけだ」

 

「はぁ?つまり、どういうことだし。わかりやすく言いな、わかりやすく」

 うつむいていた彼女は顔をあげて俺をにらむ。俺は頭をガシガシと掻いて彼女に告げる。

 

「だからだな、お前の長所をお前がわかってねえってことだ」

 

「…ヒキオ、あーしわかりやすく言えって、そう言わなかったっけ?」

 いよいよ声が低くなった彼女を前に、俺は急いで続ける。確かに俺も回りくどかった。

 

「すまん、煙に巻きたかったわけじゃない。ただ…」

 チラリと彼女の方を見る。ここまで来たら言わなければならない。

「お前は自分の長所をはき違えている。葉山の前で『かわいいあーし』を見せてもしょうがない」

 

 彼女は目を丸くする。いまだに俺の言葉の意味がよくわからないらしい。

「は?あんたなんかにそんなこと言われたくないんだけどそれに、んなこと言うなら…」

 

 彼女はにやりと笑う。向けられたことのない甘ったるい声が俺に届く。

「ヒキオー、ねえ、あーしの長所ってどこだしー?ほら、教えてって」

 

「…だから言ってんだろ。その手のアピールは普通の男には効果があるかもしれん。だが相手は葉山隼人だ。そんなもん慣れ切っている。だから勝負するなら違う土俵のほうがいい」

 彼女の俺に向けたことのない声と目を意図的に意識から外す。平常時ならばなんとかなったかもしれない。重ねて言うが、今の三浦優美子は危険なのだ。そ、そんな甘い声にはこれっぽっちもドキリともしてないし。平常心だし。べ、別に全然かわいいとか思ってないし。

 

 俺から特に反応がなかったことに三浦は不満げな表情を浮かべるが、無視して続ける。

「前にも言ったが、お前の長所は面倒見のいいところだと俺は思う。悪く言えば女王気質だが、よく言えば姉御肌だ。

 そして葉山はそういうお前に慣れていない。お前が見せようとしていたのはお前が自分で作った「かわいいあーし」だからだ。

 だからまあ、なんだ。一回自分を作らず、素のそういうお前で行ってみたらいいんじゃねえの」

 一息に言い切る。女王に意見する底辺。まったく、笑えない。

 

 三浦は瞠目して俺を見る。視線が痛いが、数秒後には彼女からそれを外す。

「だ、だからあんたにあーしのなにがわかんだっての!」

 そうこぼして彼女は俺の背中をたたく。だから、痛いんだって。

 

 たたかれた背中をさすり彼女に恨めしい視線を送る。しかし、下を向いてしまった彼女にそれは伝わらない。

「それに、そんなこと言われても隼人の前だと頭真っ白になっちゃうし…隼人かっこいいし…」

 彼女は指をもじもじといじり、その声はどんどんとしぼむ。だから、そういう仕草はやめろ。

 

「意識しすぎんのもよくねえんじゃねえか?一回フラれてんだから、駄目で元々だろ。葉山を一人の、その辺の男だと思って一回接してみればいい。そうすりゃ多少は作ってないお前が伝わるかもな」

 

「あんたごときにあーしを語られるのむかつくんだけど」

 三浦は下を向いたまま、声を荒げる。しおらしくなったり狂暴になったり、忙しい女である。

「…でもまあ、ここまで来たら、か。確かにあーしじゃないあーし見せてフラれたとしたら、それはそれで納得いかないし

 でも、具体的にはどうすればいいし」

 

 自信なさげに俺に尋ねる彼女から俺は目を背ける。

「そんなことは自分で考えろよ。お前の内面まで具体的にどうしろとは俺には言えん」

 

 「…ヒキオ、ねえ、最後まで責任もてってあーし言わなかったっけ?」

 彼女はこぶしを固める。…理不尽である。

 

 「はぁ。葉山に話しかける時には頭が真っ白になるって言ってたか。…なら」

 俺は何とかわかりやすい案を提示しようと頭を回す。今問題になっているのは彼女が葉山の前に立つと自らの良さが出せない、ということだ。ならば…戦略的撤退しかない。

 

「意識しないようにしても葉山を意識しちまうってことなら」

 三浦の拳が振りかぶったのを見て、俺は急いで言葉を発する。結局こんなものしか浮かばない。

「葉山から一回距離をとってみる、とかな」

 

 俺の言葉を聞いた彼女は眉間にしわを寄せる。

「そんなの本末転倒じゃん。その間にだれかに隼人とられたらどうしてくれんの」

 

「…葉山を目標とするなら、ライバルは学校中の女子だ。そしてお前はその学校中の女子たちの中でもいい位置につけている。葉山隼人の近くに座れている。そして女子たちは一応今でもお前を畏れている。ならそう簡単に手を出しに来ることはないし、万が一手を出してくる女子がいても同じクラスなら気づけるだろ。

 前進したければ変化が必要だと言ったな。今までわかりやすくアピールしてきたお前が急にそれを止める。それは葉山に変化を感じさせるに十分だと思うが。そして葉山から離れればお前も少しは素の自分が出せるんじゃねえの。…知らんけど」

 押してダメなら引いてみる。押しっぱなしの彼女にはこういう手も必要かもしれない。俺はいっつも女子にひかれてるけどね!

 

 俺の提案を聞いた三浦は金髪をかき上げ、目を瞑る。

 

「…わかった」

 三浦によって作られた沈黙は、彼女自身で破られる。

「泥船でも、一回乗ったら降りるなんてみっともないし。あんたの言うこと聞いてあげる。…失敗したら、殺す」

 

 …俺の命は、大丈夫か?正直結構適当に言ったんですけど。

 

 

 

 

 

 

「雪ノ下さんって一人暮らししてるん?」

 放課後。奉仕部室にて三浦優美子はそう切り出した。

 

「え、ええ。そうだけれど。突然どうしたのかしら」

 

「いや、高校生で一人暮らしっていろいろ大変なんじゃない?って思ったんだけど。あーし洗濯とか掃除とか絶対無理だし。なんか雪ノ下さん意外と私生活がさつそうだし」

 彼女はおそらく今度は俺の言った「面倒見の良い三浦優美子」を早速出そうとしているのだろう。だが…俺はため息をつく。なぜいちいち雪ノ下にケンカを売っちゃうのこの子は。

 

 煽り耐性0の雪ノ下雪乃は、案の定三浦の言葉に眉をひそめる。

「あなた、どの口がそんなことをいっているのかしら。言っておくけど私の食生活は甘いものばかり食べているあなたより、はるかに健康的だと思うけれど」

 

「はぁ?別にあーしデブってもないし肌も荒れてないんだけど」

 彼女は自分の顔に手を当て、これでもかと脚を組む。だから、そういうことを女の子がしてはいけません。

 

 そんな三浦を、雪ノ下は鼻で笑う。

「今は良くても、将来痛い目を見ると言っているのよ。以前も言ったでしょう。正しい生活が健康な体を作るの。10年後醜くなりたくなかったら、今から少しでも気を付けなさい」

 

「…雪ノ下さんババアみたい」

 

「今何か言ったかしら」

 ごめんなさい。正直俺も今のはおばさん臭いなと思いました。

 

「優美子は少しでも料理とかしないの?」

 いつも通り由比ヶ浜が二人の間を取り持とうと話題の矛先を変える。

 

「あーし洗濯とか掃除とか、まじ無理だから。なんつーか、所帯じみてるって言うか…あーしには似合わないっしょ」

 彼女はそう言って胸を張る。なんでそこで誇らしげなんだよこいつ。

 

 そんな三浦に雪ノ下は見下した視線を送る。

「あら、あなたに似つかわしい実に中学二年生じみた発想ね。自分の身の回りのことすら自分でできない人間に、いったい何ができるというのかしら」

 かくいう三浦も、煽り耐性は0である。雪ノ下の言葉に声を荒げる。

「はぁ?そんなのやってくれるやつ見つけてやらせればいいじゃん」

 

「だからその考えが幼いと言っているのよ。自分のことは自分で。当たり前のことだわ」

 彼女はそう言って視線を文庫本へ落とす。

 彼女の言っていることはまちがっていない。自分のことは自分にしかできない。俺もそう思う。

 しかし、その理屈は女王に通じるのだろうか。

 

 三浦は怒りよりも疑問符の浮かんだ顔で雪ノ下に問う。

「自分で何でもできる気になってる方がガキじゃないの?自分でできないことがあったら誰かにやらせる。その分あーしもそいつのことやってあげる。それの何が悪いし。

 つーか、自分のことって絶対自分でやらなきゃいけないわけ?雪ノ下さん、あんた一生一人で生きてくの?」

 

 雪ノ下は三浦の弁に言葉を詰まらせる。清々しいまでに対照的な二人を眺め、俺は思わず笑みがこぼれる。

 雪ノ下は一人暮らしで、自分のことは何でも自分でやっている。それは彼女自身が望んだことだ。だが、彼女のその自立性は「親からの援助」という大前提の上に成り立っているという矛盾がある。更に、その生活は家庭環境から逃げた結果でもある。逃げることは決して悪いことではない。しかし彼女自身はそう思えているのだろうか。そして学校生活でも彼女は女王として何にも頼ろうとはしない。その姿は孤高と言っていいだろう。

 三浦の家庭状況は知らないが、反対に彼女は女王として誰かに何かをやらせることになれている。そして彼女自身面倒見がよく、誰かに何かを与えることも彼女にとっては当たり前のことなのだ。

 だからこそ彼女らは反発する。自らの信条に矛盾を抱える雪ノ下雪乃と、それを欠片も疑わない三浦優美子。

 

 さて、泣きをみるのは果たしてどちらか。

 

 絡み合う二人の視線。先に外したのは雪ノ下雪乃だった。まったく、愉快である。あの雪ノ下雪乃が三浦優美子に臆するところなど。

 

 険悪な二人を前に、由比ヶ浜は視線を俺に送り、そ、そうそうと手を打って切り出す。

「ヒッキーは専業主夫志望だよね。料理とか洗濯とかはやっぱりやるの?」

 

「まあな。俺の家事スキルはそこら辺の男とは比較にならんぞ。家事選手権小学生の部であれば、ぶっちぎりで優勝間違いなしだ」

 

「な、謎の自信だ!しかも小学生って…」

「そのレベルで専業主夫志望とは、何を高望みしているのかしらこの男は。今すぐ全国の主夫に土下座で謝りなさい」

 由比ヶ浜と雪ノ下が冷たい視線を送る。だって仕方ないだろ。俺の家事スキルは小町が家事を始めるまでで完成されちまってるんだよ。早熟タイプなんだよ。小学生で家事を極める男。需要ありますか?

 

「へ、へー、あんた家事とかできるんだ」

 いつも通り引いている奉仕部二人とは反対に、三浦は俺に妙な視線を送る。なんというか、いつもより純粋な目で俺を見ている気がする。な、なんだこいつ。

 

「じゃあさ…例えばどんな料理作れんの?」

 彼女は金髪をいじりながら上目遣いで俺に問う。らしくない彼女の瞳を見て、ようやく俺は得心がいく。この女、雪ノ下にあんなことを言っておきながら、料理や家事ができないことがコンプレックスとまではいかないが、それができる人間に憧れがあるのではないか。先ほどの三浦の俺に対する視線には若干の尊敬の念が入っていたのかもしれない。三浦の乙女性を考えれば当然と言えば当然だ。

 

「つっても簡単なもんだけだぞ。カレーとか親子丼とかチャーハンとか、そんくらいだ」

 カレーは適当に具材を切ってルー入れればいいし、親子丼とは卵の火加減さえ間違えなければそう失敗しない。チャーハンもあまりにべちゃべちゃにならなければ、まあ食える。

 

 俺の言葉に雪ノ下はピクリとも反応しないが、三浦と由比ヶ浜が反応する。

「ちょ、ヒキオ親子丼ってどうやって――」「ヒ、ヒッキーってそんなに料理できたんだ…」

 

 しかし二人の声はノックの音にさえぎられる。全員の視線がドアに集中する。

 俺は反射的に時計を見る。完全下校時刻30分前。思わず舌打ちをする。

 

 …残業だけは勘弁だぞ。

 


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