エミヤ一家のカルデア生活   作:カヤヒコ

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また2ヶ月かかってしまいました。この遅筆何とかしたい……

活動報告のリクエストより、何名かから要望があった彼女のお話です。


いつかのジゼルに

       ●   ○   ●

 

 

ーーーー微睡みの中で、その赤い背中を見た。

 

 

今はもう夢に消えた、虚数の海の出来事。自らが生まれ、自分なりの愛を求め、その果てに恋に殉じた少女の記録。

 

 

合わせ鏡のように無限に広がる光景に映るのは、歪な自分を認めてくれた彼/彼女とその従者の姿。その内のひとつに、『彼』はいた。

 

 

一を切り捨て九を救う、名前の無い正義の味方の代表者。報われないと知りながら、愚直なまでに己を貫き通したその鉄の精神(こころ)に、無垢な少女は憧れた。

 

 

今はもう、その時に感じた熱は思い出せないけれど。

 

 

かつての自分が抱いたその心を、どうしても無下には出来なかったのだ。

 

 

 

 

 

       ●   ○   ●

 

 

「ふぁぁ……眠い」

 

 

時刻は夜明け前。最低限の照明だけで薄暗い廊下を、クロエ・フォン・アインツベルンは欠伸を噛み殺して歩いていた。

 

こんな時間に出歩いているのに特に理由はなく、ただなんとなく夜中に目が覚めてしまったのだ。寝直そうとも考えたが、少し思うところがあって部屋を出ている。アレな儀式をしているキャスター達と遭遇してしまったり、更に運が悪いと通りかかったナイチンゲールからお説教(物理)を受けて強制ベッドインと相成る可能性もあるのだが、それらを押しのけても見てみたいものがクロエにはあった。

 

 

若干ふらつく足が向かう先は、食堂である。

 

「さーて、師匠はいるかしらね」

 

カルデアのオカンと名高いーー本人は嫌がっているがーー青年を思い浮かべるクロエの唇が、無意識に弧を描いた。

 

 

父兄と同じ真名()を有し、自分の力の根源でもある英霊エミヤ。出会った当初はそれなりに混乱したものの、付き合っていく内にもう一人の兄として信頼を寄せるようになっていった。彼を師匠と呼ぶのは戦闘訓練と料理の腕を見てくれているからで、最初は面白がって呼んでいたが、今ではすっかり馴染んでしまっている。

 

折角なので朝食の用意をしているであろう彼の姿を拝んでやろう。そしていつものように弄りつつ手伝ってあげようかなと考えていたクロエだったが、

 

 

「……見て…………ではない…………がね」

 

「……を決め…………貴方……………いわ………」

 

 

食堂の扉越しに聞こえる声に、思わず足を止めた。

 

自動ドアが開かないギリギリの範囲から耳を澄ませてみると、中にいるのは二人だと推測できた。片方はエミヤだが、もう片方は聞き覚えがない女性のもの。

 

エミヤがそこらのサーヴァントに、朝の戦場である厨房への立ち入りを許可するとは考えにくい。彼が認めるほどの腕前を持つ新顔が来た(最近はサーヴァントが増えすぎて把握しきれていない)のだろうか。

 

 

或いはーー

 

 

扉がスライドし、暗闇が白く切り取られる。クロエは咄嗟に身を翻し、曲がり角に身を隠した。

 

「どうしたのよ」

 

「……いや、気のせいだろう。というかいい加減に離れてくれ」

 

「嫌よ。それよりちゃんと歩かないと、脚の棘が刺さって溶けてしまうわよ?」

 

伸びる影が二つ、クロエの逆方向に消えていく。角から顔だけ出して様子を伺うと、そこには驚きの光景があった。

 

 

あどけなさを残しながらも流麗な顔立ち。ストレートに伸ばされたすみれ色の髪。(クロエの目測で)起伏に乏しい体躯を包むのは、前がバックリと空いた黒のロングコート。

 

何より目を引くのが、刃のヒールと棘に覆われた鋼の具足。そして、局部にプロテクターをつけているだけでの危なすぎる下半身だ。

 

 

そんな少女が、エミヤに腕を絡めて嬉しそうに歩いていたのである。

 

 

 

 

絶壁&露出狂(ああいうの)が好みなの……っ!?」

 

 

二人を追うことも出来ず、致命的な誤解を抱いたクロエがショックから回復するのは、それから十分後のことであった。

 

       ●   ○   ●

 

 

カルデアの誇る料理人エミヤの朝は早い。

 

 

日が昇る前から食堂に入り、今日の厨房のシフトや食材の残りを確認したあと、考えていたメニューに若干の修正を加えながら調理に入る。隅から隅まで知り尽くしている厨房を駆け回り、一切の淀みのない動きで朝食の支度を整えていく姿は正に鉄人。例え目を瞑っていても、何の問題もなく調理を遂行出来るだろう。

 

 

だが、この日の彼の動きはどこか精細を欠いていた。意識せずとも身体に染み付いた調理手順が滞ることはなく、そこらの料理人を遥かに超える腕前もいつも通りに振るえている。しかし野菜を不均等に切ってしまったり、調理器具を床に落としそうになったりとどこか危なっかしい。

 

 

理由は単純。

 

 

誰だって、他人から一挙手一投足逃さないとばかりに凝視されては、集中力も鈍るというものだ。

 

 

「それで? そろそろ要件を話してくれないかね?」

 

 

下拵えが一段落したところで、エミヤは厨房の外ーー食堂の椅子に座ってこちらを眺めるメルトリリスに声をかけた。

 

 

「気にしないで。見てるだけだから」

 

「見ていて気持ちの良いものではないと思うがね。それにこちらとしては居心地が悪い。時間を改めて来てほしいのだが」

 

「それを決めるのは貴方ではないわ。私は貴方の嫌がる顔が見られればいいし」

 

 

渋面が濃くなるエミヤとは対照的に、メルトリリスの顔には嗜虐的な笑みが広がっていく。

 

 

彼女は通常の聖杯戦争では召喚が困難なサーヴァントが多く集うカルデアの中でも、極めつけの異端児だ。元はAIというのもさることながら、その霊基は女神(ハイ・サーヴァント)の複合体で構成されているのだから驚くほか無い。そんな危険極まりないーーもとい、強大な力を持つサーヴァントに目を付けられる理由が思い当たらないのだ。ひょっとしたらいつかの召喚で面識があるのかもしれないが、だとしても勘弁願いたいのが本音であった。

 

 

「でも、そうね。今回は眺めるだけじゃ解決しないか」

 

 

立ち上がったメルトリリスは、余る袖で見えない手をエミヤに向けて差し出して、言った。

 

 

 

「デートしましょう、エミヤ。この私をエスコートする権利をあげるわ」

 

「………………は?」

 

 

柄にもなく、口を半開きにして立ち尽くす。

 

 

幾重もの修羅場(女難)を潜り抜けた男の本能が告げる。この誘いに乗ったら確実に碌なことにならないと。ついでに『爆ぜて、アーチャー!』という意味不明な電波を受信した気がした。

 

 

「ま、待ちたまえ! 君はいきなりなにを言い出すんだ!?」

 

「だからデートよ。初心な男子学生じゃ無いのだし、貴方にとっては慣れたものでしょう?」

 

「会話に脈絡がないと言っているんだ! それに、私はこれから朝食の用意が」

 

「それなら心配ないわ。昨日の内にブーディカとキャットに代わりを頼んでおいたから」

 

 

どうやら手回しも完璧らしい。断るための大義名分を失い苦しくなるエミヤだったが、そこで根本的な疑問を抱く。

 

 

「何故私を? 君とは面識が無いに等しいだろう」

 

「は?それ本気で言ってーーってそうよね。虚数空間での出来事は無かったことになる。あそこから生まれた私でも実感が湧かないんだから、覚えてなくても不思議ではないか」

 

「む……?」

 

「こちらの話よ。さ、私を案内しなさい。カルデア(ここ)では古参なのでしょう?」

 

 

グランドオーダー開始初期の、まだサーヴァントも少ないときに召喚されたエミヤは、科学技術への抵抗感の無さもあってスタッフと同じ仕事を請け負っていた時期がある。その際にカルデアの設備は大体把握していた。所用で動けなかったマスターやマシュに代わって、新参サーヴァントを案内した経験もあり、特に難しいことではない。

 

 

問題は。

 

 

「おい、何故腕を組む」

 

「デートだもの。それくらい当然ではなくて?」

 

華奢な肢体をエミヤに押し付けながら、妖しく微笑むメルトリリス。なまじ顔立ちが整っている分、嬉しさよりも恐怖が先立つ。思わず顔を遠ざけて振り払おうとするのだが、悲しいかなワンランク上程度の筋力差では難しい。メルトリリスは益々ご機嫌で、嫌がるエミヤの反応を楽しんでいる。

 

 

そのまま引きずられる様にして廊下に出る。誰かの気配を感じた気がしたが、離れてくれないメルトリリスのせいで上手く読み取れなかった。

 

 

「さ、どこに連れていってくれるのかしら」

 

 

エミヤが拒否することを欠片も考えていないーーというより、拒否されようが関係ないというような言動。興味を持った相手に執拗に構いながらも、相手の意思を認めない。そんな酷く自己中心的な在り方を垣間見る。この手の輩は嘘つき焼き殺すガールを筆頭にそこそこいるが、この少女はその傾向が顕著だ。

 

 

「何を期待しているのかは知らんが、まずは基本的なところを押さえておこう。マスターのマイルーム、管制室、シミュレータールーム。あとは……」

 

「そんなところはどうでも良いわ。どうせ覚えるのだし、もっと楽しめそうなところは無いの?」

 

 

「…………なら、君は好きなものはないのか?」

 

「好きなもの? フッ、決まってるわ、フィギュアーー人形鑑賞よ。私人間は嫌いだけど、フィギュア文化を作り上げたことだけは感謝しているの。まあこんな辺鄙なところに私を満足させるような代物があるとは思えないけど」

 

「いや、あるぞ」

 

「………え、本当に?」

 

「現代の文化に触れてのめり込む英霊というのは、一定数いるのだよ」

 

 

 

 

 

       ●   ○   ●

 

 

 

「ーーーーーー天国は、ここにあったのね」

 

 

恍惚とした表情で、感嘆の息を漏らすメルトリリス。

 

 

マスターキーを使って入ったのは、キャスター・メディアの部屋。何らかの目玉や奇妙な生き物のホルマリン漬けなど魔術師然としたものが飾られている一方で、フリフリのドレスやボトルシップが並べられたりと割とカオスな空間である。

 

 

サーヴァントの私室の中でも広めなその部屋の一角には、美少女モノを中心とした数々のフィギュアとジオラマが棚に納められていた。

 

 

エミヤからすれば頻繁に掃除をしても次に来たときにはゴミの山ができている魔境なのだが、メルトリリスの食い付きっぷりは予想以上だった。頬は恋する乙女のように朱が差して、サファイアを思わせる蒼い瞳はキラキラを超えてギラギラと輝き、食い入るようにフィギュアを見つめている。

 

 

「何の用かしら。掃除を頼んだ覚えは無いのだけれど」

 

 

朝早くからのエミヤの訪問に、不機嫌なのを隠そうともしない神代の魔女。その表情は無断で部屋に入ってきた母親を毛嫌いする娘のそれだ。今の彼女はツナギ姿にブラシとスプレー缶装備で、カルデア屈指の魔術師という事実を吹き飛ばして余りある。

 

「なに、寂しく内職に励んでいる君に新しい交友関係を提供しようと思ってね」

 

「余計なお世話よ……ってあら、また新顔?」

 

 

メディアは鼻息荒くしてコレクションを眺めているメルトリリスに気づく。同じく彼女もメディアに気付き、フィギュアを持って詰め寄った。

 

 

「ねえ! アナタがコレを作ったの!?」

 

「え、ええ」

 

「素晴らしい出来だわ! 特にこの関節部位の滑らかさと髪の質感! このクオリティを1/6スケールで再現できるなんて!!」

 

「……あら、貴女中々分かるじゃない。だったらこちらなんてどうかしら」

 

「っ! なんて精巧なジオラマ……! ねえあなた、私の専属職人になる気はない? 製作協力も報酬も惜しまないわ!」

 

「その話は聞けないけど、そうね……。貴女中々可愛らしいし、ちょっとこの服をーー」

 

 

共通の趣味を通して盛り上がる二人。メディアにしても、今までフィギュアに深く興味を示してくれるのが黒ひげくらいのものだったのでテンションが高い。悪女ぶっても根は箱入りのお嬢様。同じ目線で盛り上がれる同性の存在には密かに憧れていたのだ。

 

 

そうして楽しく話す二人をエミヤは微笑ましく眺めて、

 

 

「逃がさないわよ」

 

 

踵を返した瞬間に感じた殺気に反応し、干将・莫耶を投影。ギロチンの如く落ちてきた(ヒール)を受け止める。

 

 

「貴方、私をここに置いてどこかに行くつもりだったでしょう」

 

「ハッハッハ何のことかな。盛り上がっているところを邪魔しては悪いから、邪魔者は退散しようとしていたのだよ」

 

「私は貴方にエスコートを頼んだのよ。それを放り出すなんて男としてどうなのかしら」

 

「了承した覚えは無いのだがね!」

 

ギチギチと刃を軋ませながら鍔迫り合うエミヤとメルトリリス。本人達はいたって真剣だが、端から見れば迫る女とそれを鬱陶しがる男のそれである。

 

 

「なんだか知らないけど、話は纏まったからさっさと出ていきなさい」

 

 

目の前で痴話喧嘩を繰り広げられては堪らないと、メディアは魔術を行使して二人を追い出した。そのまま扉が閉まる直前、メディアはエミヤを軽く睨む。

 

 

「その子の事情はよく知らないけど、少しは気にかけてあげなさい」

 

「…………」

 

意外な台詞に呆気に取られている間に、扉は完全に閉まった。

 

 

「良く分からんが、随分と気に入られたみたいだな」

 

「…………」

 

「メルトリリス?」

 

「なんでもない。ちょっと寄りづらくなっただけよ」

 

さっきとは一転して不機嫌になったメルトリリスに疑問を抱くも、無言で腕を引っ張られたために追及の機会を逃す。少し気になったものの、エミヤはその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

「……はあ」

 

 

ため息をついて、メディアは作りかけのフィギュアを机に置く。作業に身が入らないのは、先程部屋を訪れた二人の片割れのせいだ。

 

彼女のエミヤを見つめる視線には覚えがある。恐らくだが、自身の運命を決定付けたあの男を見るとき、自分も似たような目をしているのだろう。

 

 

どうしようもなく終わった悲劇で。女神から押し付けられた感情(モノ)で。あの時に戻れるのなら、二度と繰り返さないよう全力を尽くすだろう。

 

 

それでもーー決して、その想いを無かったことには出来ないのだ。

 

 

 

       ●   ○   ●

 

 

お昼時になって、メルトリリスは食堂に戻っていた。

 

というのも、デート相手が厨房に引っ込んでしまったからだ。遠くで交わされる会話を拾ってみると、ある金星の女神が料理をしようとしてやらかしてしまったらしい。これで五度目か、とぼやくエミヤの背中はとても疲れているように見えた。

 

 

「そこのお嬢さん。見ない顔だけど、新しく喚ばれたのかい?」

 

聞き慣れない声に視線を落とすと、そこには茶色い熊のぬいぐるみが立っていた。話しかけてきたのはこの珍妙な生き物らしい。

 

「何なのあなた?」

 

「俺は愛の狩人オリオン。暇なら俺と楽しい時間を過ごさないかい? 訳あってこんな身体だが、お嬢さんを退屈させない自信はあるぜ」

 

 

言い慣れているのが分かる、澱みのない口説き文句。これを爽やかスマイルを浮かべた美男子が言えば絵になるのだろうが、ファンシー系(可愛いかは微妙)のぬいぐるみがキメ顔をしても格好がつかない。

 

 

「……ふうん。中々悪くないわね」

 

「お、おおお!! マジでマジで!?」

 

 

美女揃いのカルデアに召喚されて幾星霜。ようやくの手応えに歓喜の涙を流すオリオン。

 

 

……なお、メルトリリスのオリオンへの評価は、あくまで鑑賞物としてのものである。この認識のズレにオリオンが気づいた頃には、自由を奪われドールハウスに監禁されているだろう。万一逃げ出せたとしても待っているのは女神からの折檻であり、この時点で彼は詰んでいるのだった。どちらにせよ月女神からは逃げられない。

 

 

「よっしゃ、まずはお茶でもーー」

 

「見つけたぞオリオン」

 

「ぐぎゅるぶっ!!」

 

メルトリリスに近付こうとしたオリオンの脳天に矢が突き刺さる。矢が飛んできた方向を見やると、そこには獣耳を生やした緑衣のアーチャーが立っていた。

 

 

「全く、目を離したと思ったらすぐこれか。……知り合いが済まんな。この男は女のサーヴァントが召喚される度にこうして声をかける節操なしなのだ。既に伴侶がいる身で度し難い」

 

「っ、舐めんじゃねえ!! そこに麗しき華があるのに愛でようとしねえなんざ、愛多き狩人の名折れってモン」

 

 

 

 

「ダ ァ リ ン?」

 

「ーーーーあ」

 

 

いつの間にそこにいたのか。熱弁を振るうオリオンの背後にぬるりと現れたスタイル抜群の美女が、ハイライトの消えた目をしてボソリと呟いた。この世の終わりを迎えたようにガタガタと震え出すファンシーベアーの頭部が、引きちぎれる寸前まで伸ばされて歪む。

 

そんな折檻の末、オリオンが謝り倒してお詫びにデートの約束を取りつけると、一転して満面の笑みを浮かべる銀髪の美女。顔を蕩けさせてぬいぐるみを抱きしめる態度の変わりようは、端から見ていると寒気がする。自身の姉妹機がかつてはこんな感じだったなと思っていると、

 

 

「ありがとねーアタランテ。ダーリン探してくれて」

 

「い、いえ。アルテミス様のお役に立てるのであればこのくらい……」

 

「ーーアルテミス?」

 

 

聞こえた名前に、思わず耳を疑った。それは自らに組み込まれた神霊の一柱であり、メルトが尊敬する純潔の女神。確かにオリオンの恋人としては有名だ。

 

 

その女神が、アレ? 脂肪がたっぷり付いただらしの無い身体で恋人を抱き締めている(力が強すぎてオリオンは窒息しかけている)、恋愛脳(スイーツ)全開の女が?

 

 

「う、嘘よ……あのアルテミスが、あんな……」

 

ショックで膝を屈し、項垂れるメルトリリス。側にいたアタランテはそんな彼女にかつての自分を見て、死んだ目と共に慰める。『信仰を張本人に木っ端微塵にされた女子同盟』という悲しすぎる繋がりが二人の間に生まれた瞬間だった。

 

 

しかし……と、メルトは考える。アルテミスが自身を構成する要素のひとつである以上、間違いなく類似する部分がある訳で。つまり将来的にバカップルになって、人前で臆面もなく恋人をダーリン呼びする可能性もなきにしもあらずで。

 

 

「い、いやいやまさか。第一、私には呼ぶ相手も」

 

「大丈夫かね? 何やら目が澱んでいるが」

 

 

目先数センチのところに、こちらを案じるように覗きこんでいるエミヤの顔があった。

 

 

思考が、フリーズする。

 

 

「ーーーー。だー、りん?」

 

「は?」

 

 

動揺して、ついそんなことを口にしてしまう。正気に戻るまでに数秒を要し、自分の発言を理解した瞬間、精神的な沸点を突き抜けた。

 

 

「……ぃ、いやぁああああああ!!!」

 

「お、おい! いきなりどうしたんだ! というかそんなスピードで廊下を走……いや滑る……? ああもうとにかく落ち着きたまえ!!」

 

「なんでもない! あり得ない、絶対にあり得ないんだから!」

 

 

羞恥に耐えきれず食堂を飛び出したメルトリリスをエミヤが追いかける。追走劇はメルトが落ち着くまで続きーー結果として、顔を真っ赤にした少女を必死で追いかける男という通報待ったなしの構図を、少なくないスタッフやサーヴァントに目撃されることになった。

 

 

 

       ●  ○  ●

 

 

その後も色々な場所を回り、随分と時間も経った。デートはこれで最後の場所となる。

 

 

扉を潜ると、爽やかな香りが二人を迎え入れた。

 

 

「……こんなところまであるのね」

 

「無機質な部屋ばかりでは精神衛生上よろしくないからな。外に出られなかった人理修復時代ならなおのことだ」

 

 

そこは豪華絢爛に花々が咲き誇る、カルデアで唯一自然を残した庭園(ガーデン)。元々は職員の慰安のために用意されたエリアだが、今でもロビンフッド等の手によって定期的に手入れされている。暇を持て余したサーヴァント達がよく訪れており、つまりは世界に名だたる王や王妃をも満足させる出来映えなのだ。

 

 

花の香りに誘われて、メルトリリスは近くの花壇に近づいて腰を下ろした。瑞々しい深紅の薔薇は、とあるローマ皇帝がわざわざ自国からレイシフトして持ってきたものである。

 

 

「わぁ……!! きれーーハッ!?」

 

 

思わずが溢れそうになった感想を押し込めて振り返ると、そこには笑いを噛み殺しているエミヤの姿。白磁のような頬に朱が差す。

 

 

「ま、まあまあね! 貴方にしては気が利くじゃない」

 

「お褒めに預かり光栄だよ。私は用事を済ませてくるから、それまで好きにしていたまえ」

 

「言っておくけど、逃げようなんて思わないことね」

 

「承知しているよ。君は私が目を離していると、さっきのように何をしでかすか分からないからな」

 

 

シニカルに笑いながら、エミヤは奥へと消えていった。庭園の隣には、人工照明で野菜を栽培している場所があると聞いたのでそこだろうか。

 

 

「全く、口が減らないんだから」

 

 

嘆息するが、気分を害している訳ではない。敵対していた『あの時』は、こんな風に軽口を叩ける状況ではなかったのだ。根本的に相手が自分に抱く好悪を気にしないメルトリリスだが、やはり好意的な方がいい。女性を一人置き去りにするのはどうかと思うが、この美しい庭園に免じて不問にすることにした。

 

 

誰もいない庭園をしばらく歩くと、ポツンと置かれたベンチが目に入る。頭上には樹木で編まれたアーチがあって、地面も大量の花で溢れている。休憩にはもってこいの場所だ。

 

 

ベンチに座り、投げ出すように具足を広げる。

 

瞳に映るは百花繚乱。

 

空想の楽園といっても過言ではない景色。

 

その中心に一人佇む少女(プリマ)の表情はしかし、憂いを帯びていた。

 

 

「……結局、私は何がしたいのかしらね」

 

 

ここより遠い世界で、メルトリリスは恋を知った。それはただ愛情を注ぐ器を求めるだけの、どうしようもなく未熟で歪な、自己のみで完結した恋心(せかい)。そんな在り方が受け入れられる筈もなく、とあるマスターとサーヴァントの手によって、初恋は終わりを告げたのだ。

 

そうして自分を見つめ直し、少し広がった世界を得て。かつて恋した青年を見つけたとき、心に突き動かされるように彼を誘った。今日は割と頑張ってアピールしてきたし、彼に嫌そうな顔をされて躱されても、それなりに楽しかった。だけど改めて考えてみれば、デートしようと思ったのは何故だろうか。

 

 

もう一度彼に恋がしたい? 今度こそ振り向いて欲しい? 拒絶されたから報復したい? 

 

 

もっともらしい理由を挙げていくが、心が頭を振る。どうあれ、アレは納得の上で終わった恋だ。それを未練がましく掘り返して、あまつさえ覚えのない相手に押しつけるような真似はメルトリリスのプライドが許容しない。

 

 

ならーーーー

 

 

「やはりここにいたのか」

 

背後からの声が、メルトリリスを思考の海から引き上げる。

 

「やはりって何よ」

 

「なに、君は美しいものを見たいという欲求が特に強いようだからな。いるならここかと予想したまでだ」

 

「……ふん。それより、用事とやらは終わったの?」

 

「ああ。どこに咲いているか分からなくて手間取ってしまったが」

 

「?」

 

咲いている、という言葉が気になり振り返る。

 

 

 

「今日のお礼だ。不要なら捨ててもらって構わない」

 

 

純白の花飾りが、目の前に差し出されていた。

 

「ーーーーこれ、は?」

 

「今日は色々と振り回されたが、まあ悪くはなかったのでね。最後にプレゼントの一つでも贈らねば男として格好がつくまい」

 

アマリリスという花だそうだ。と、エミヤは苦笑しながら説明する。聞けば、デートの間良いプレゼントがないかそれとなくサーヴァント達に訊ねて廻っていたらしい。そこで勧められたこの花に、投影魔術で作った留め具を付けたそうだ。

 

 

手渡されたソレを両手で受けとる。捧げるだけだった自分への、初めての贈り物。

 

 

「……付けてみてもいいかしら?」

 

「勿論」

 

許可も貰えたので、いそいそと花飾りを頭に宛がおうとするメルト。だが両手の感覚が鈍いせいで、上手く安定しない。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! もう少しで……」

 

「ふむ。少し失礼」

 

「な……!?」

 

無骨な手が、すみれ色の髪をさらっていく。すぐ近くに彼の顔があるという事実に鼓動が速まっていくのが分かる。

 

「……こんなところか」

 

手早く付け終え満足そうに頷いたエミヤは、手鏡を投影してメルトリリスに見せる。左側頭部に咲く白色はまるで召喚された時から備わっていたかのように馴染んでいて、少女の魅力をより引き立たせている。当の本人すら、認めてしまうほどに。

 

 

「……あり、がと」

 

 

「私がしたくてやったことだ。礼を言う必要はない。白はどうかとも考えたが、まあなんだ。君には思った以上に良く似合うな」

 

笑顔と共に告げられた言葉が、メルトの胸にストンと落ちた。

 

(ーーーーああ、そっか)

 

どうしてこの男を誘ったのか。抱いていた疑問が氷解していく。

 

 

外見でも良い。在り方でも良い。何ならサーヴァントとしての性能でも構わない。他ならぬ彼に、『メルトリリス』の存在を肯定して欲しかったのだ。

 

 

それは自分の為ではなく。

 

 

最期まで、自らの恋に一途に殉じた誰か(ジゼル)の為に。

 

 

その後もぽつぽつと話をして、気付けば夕刻。キャスター達の手で時間の概念さえも取り入れた庭園は、茜色に染まっていた。

 

 

「……さて、悪いが今日はここまでだ。大飯食らい共がうるさいのでな」

 

「その割には嬉しそうよね貴方。まあいいわ、隣の温室から野菜を持っていくなら手伝うわよ」

 

「…………ああ。ならお願いしよう」

 

「なによ、今の間は」

 

「いやなに、生前(むかし)こんなことがあった気がしただけだ」

 

 

そう言うエミヤは、微笑を浮かべてメルト見た。注がれる眼差しは間違いなく彼女にあるのに、どこか遠いところを見ているような、メルトリリスの顔立ちに誰かの面影見てを懐かしむような、そんな視線。

 

 

何だか無性に腹が立ったので、食堂に着くまで(ヒール)の面でエミヤの脛を蹴り続けた。

 

 

       ●   ○   ●

 

 

 

 

 

「あ、メルト」

 

数日後。廊下を歩いていると、見知った顔が歩いてきた。

 

巨大な爪と胸が特徴的な、まだあどけなさの残る少女。メルトリリスの姉妹に当たるアルターエゴ、パッションリップである。

 

彼女はメルトの姿を認めると、驚いたように目を見開いた。

 

「どうしたのよリップ。そんな顔して」

 

「メルト、再臨したんだね」

 

パッションリップが驚いたのは、メルトの外見だ。

 

鋼の(ヒール)は淡く光る水色に。黒いロングコートは純白のドレスのように。頭部の左側で結ばれていた青いリボンも衣装と同じく白に染まっている。

 

 

「前は完璧な自分にそんなの不要だって言ってたのに。何かあったの?」

 

これまで頑なに霊基再臨を拒んできたのだ。パッションリップが不思議に思うのも無理はない。

 

「別になんでもないわよ。……ちょっと思うところがあっただけ」

 

そっぽを向いて、自分の頭ーー白いアマリリスに無意識に触れるメルト。

 

 

そう、別に大したことではないのだ。ただ、この髪飾りに似合うのがこちらの服装であっただけで。

 

「わあ、その髪飾り綺麗だね。どこで手に入れたの?」

 

「い、言っとくけどあげないわよ!!」

 

「へ? う、うん」

 

 

とまあ、そんな話をしながら二人であてもなく歩いていると、

 

 

「待ちなさい師匠! 今日という今日はあの女についてキッチリ説明してもらうからね!」

 

「待つのは君の方だクロエ! 君はこう、何か誤解していないか!?」

 

「うっさい!! 下を脱がした女の子を敢えて捕らえずに追い回して楽しむド変態野郎なんて滅びればいいのよっ!!」

 

「端から端まで誤解しかないんだが!?」

 

 

二人の眼前を、赤い外套が二つ、猛スピードで通りすぎていった。

 

 

「な、なんだろう今の……メルト?」

 

「……いや、大丈夫。ちょっと頭痛がしただけだから」

 

 

どうやらここでも彼の女難の相は健在らしい。流石に申し訳なくなってきたが、良く考えればあの男にも原因はあるではないか、と責任転嫁。とりあえず次見たら蹴り飛ばそうと心に誓う。

 

 

 

 

ーー未来も過去も、他人も世界も不純だと少女(誰か)は語った。自分だけがあればいいと。他の花は必要ないと。

 

けれど、かつての思い出は孤高の心を破壊した。輝かしいものは限りなく。自分以外の美を尊ぶ弱さを知ったのだ。

 

 

リップから見えないように、さりげなく花飾りを外して眺める。以前の自分には価値を感じなかった、変化と成長の象徴。だけど案外悪くない。

 

 

多くの美を溶かすことなく、そのままのカタチで受け入れて。いつの日か、誰をも魅了する湖上の星(プリマドンナ)として輝こう。

 

 

「光栄に思いなさい。私が美しくなる様を、誰より近くで見せてあげる」

 

 

彼が去っていった方向を見つめて、アマリリスを口元に寄せて小さく呟く。

 

 

どこにでもいる乙女のように。ブーケを抱える花嫁のように。

 

 

輝くばかりに美しい、満面の笑みを溢すのだった。




夏真っ盛りですが、皆様体調はいかがでしょうか。先日念願の鉄拳聖女が引けて喜んでるカヤヒコです。


というわけで今回の主役はメルトリリスですが、書くのは結構難しかったですね。イベントで主人公相手にあそこまでヒロインされると、エミヤとの距離感にちょっと悩んだのですが……まあ、このカルデアではエミヤに若干傾きつつあるということでお願いします。

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