エミヤ一家のカルデア生活   作:カヤヒコ

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魔法少女と幸福を知らない正義の味方

オーブンを開けると、甘い香りが鼻腔を満たした。

 

 

「よしっ、完成!!」

 

 

プレートを取り出して出来映えを確認し、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは満足げな笑みを溢した。

 

白い湯気を立ち上らせるのは、いつだかの調理実習で作ったパウンドケーキ。今回はしっかり練習もしたし、ナツメグやらフリスクやらを投入するような友人(変人)もいない。

 

 

「おや、君も終わったのか」

 

「あ、エミヤ先生」

 

 

厨房に入ってきたのは、自前のエプロンが似合いすぎる赤い弓兵(バトラー)。料理長の名前を欲しいままにし、今回のお料理教室の講師を勤めるカルデアのおかんであった。

 

エミヤはイリヤの作ったパウンドケーキを一瞥すると、満足そうに頷いた。

 

「ああ、いい出来だな。練習の成果が発揮できている」

 

「えへへー。先生が色々と手伝ってくれたからだよ」

 

「なに、君の場合は大した手間ではないさ。いや本当に……」

 

 

 

エミヤの視線は厨房を離れ、食堂へ。そこには────

 

 

 

『見て見てダーリン! 愛情たっぷり詰め込んだスペシャルケーキだよー!』

 

『あれ? おっかしーなー。なんで表面泡立ってるのかなー。目玉とか尻尾とかがはみ出てるように見えるなー』

 

 

 

『あらどうしたのドラ娘。まさかその毒々しい赤色のそれがケーキなのかしら』

 

『アンタこそ、その石畳みたいにデカイのは何なの? え ……まさかそれがケーキなんて言うつもりなのかしら』

 

 

 

『ふふっ、パウンドケーキを作るのは初めてですけど上手くいきましたね。…………あの、大人の私はどうしてそんなギザギザのナイフでケーキを切ろうとしているのでしょうか?』

 

『これ以上私への風評被害を防ぐためよ! ヘンテコ材料を使ったせいでケーキの中に魔術式が構築されていました、なんてことになったらもう……もう……っ!!』

 

 

 

「──あの連中に比べたら、君はなんて模範的な生徒だったのだろうなあ……!」

 

「泣かないで先生! 多分先生は悪くないから!」

 

『いやーホントどうやったらあんなのを錬成出来るんでしょうかねー?』

 

遠い目をした講師を全力で慰めるイリヤと、惨状に軽く引いている愉快型魔術礼装。流石はサーヴァント。独自性も思い込みも暴走具合も、無駄に一級品である。

 

 

「……まあ、アレは置いておこう。何か手伝うことはあるかね」

 

 

頭を振って、エミヤはイリヤに向き直った。料理教室の講師という立場からすればこんな結果はとても許容出来ないのだろうが、下手に首を突っ込んだら騒ぎは拡大する一方なのも分かっているのだろう。あの未確認物質を口にする人達に黙祷を捧げつつ、イリヤは用意していた包装紙を手に取った。

 

 

「あの、ラッピング手伝ってくれませんか?」

 

「ああ、構わない。お世話になった人への贈り物だな?」

 

「うん! マスターさんに、マシュさんに、クロに、ママに……あ、勿論エミヤさんの分もあるからね!」

 

「ほう、それは楽しみだ」

 

イリヤがケーキに包丁を入れていくのを、エミヤは包装紙に合ったリボンやアイテムを見繕いながら観察する。切り分けたケーキの数からすると、今回プレゼントするのは恐らく六人。今列挙した人物は五人なので、残るは一人なのだが────

 

 

 

 

「……“彼"にも渡すのか?」

 

「……うん。クロには止めとけって言われたんだけど」

 

「…………」

 

 

止めるべきか、エミヤは少し迷った。

 

クロエの懸念は正しい。最悪の場合彼女にトラウマが刻まれる恐れもある。彼と彼女の間には何の関係もないが、それを割り切るにはイリヤは余りにも幼い。

 

 

だが、

 

「うーん、どうやるのがいいかなあ……」

 

『ルビーちゃん的には、キスマークでも付けたらいいと思いますけどねー。皆さんへの愛情がたっぷり伝わりますよー』

 

「その愛情は意味合いが違うから! クロや美々とは違うんだからね!?」

 

包装紙片手にあれこれと悩む少女の姿は、とても尊いものに見えた。

 

感謝を素直に述べるのは、大人になるほど難しい。立場やプライドが、ただ一言を口にするのを躊躇わせてしまう。言いたいことを言いたい時に告げられるのは、子供の特権の一つだろう。

 

何より、恐らく“彼"はソレを言われた経験がない。お節介は百も承知だが────それくらいの報酬は、あっていいと思うのだ。今のカルデアはある意味、英霊達が生前以上に人としての生活を謳歌できる場所なのだから。

 

 

「ひとつ、君にアドバイスをしておこう。彼に渡すのなら、無理矢理にでも押しつけるくらいの方がいい」

 

「う、うんっ! 頑張ります!」

 

元気よく頷いたイリヤはケーキを持って、食堂を飛び出した。あの男の部屋に行くのだろう。

 

その後ろ姿を見送ったエミヤは、柄でもなく心の中で祈る。出会うはずの無かった二人に、どうか──自身が知る二人ですら叶わなかった──奇跡が起こりますようにと。

 

 

「さて、とりあえずは……ドクターに胃薬でも貰いに行くとするか」

 

この後繰り広げられるであろう食中毒騒ぎ(惨劇)に対処するため、エミヤは医務室に足を運ぶのだった。

 

 

 

 

        ●   ○   ●

 

 

イリヤとクロエがそのサーヴァントを知ったのは、彼女達がカルデアにやって来てから一週間後のことであった。

 

 

「この剣は太陽の写し身。あらゆる不浄を清める焔の陽炎。『輪転する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』!!」

 

「これこそは我が父を滅ぼし邪剣。『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!!」

 

 

「最果てに至れ。限界を超えよ。彼の王よ、この光をご覧あれ!『連鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』!!」

 

 

大気を焦がす、暴力的なまでの光の奔流。宝具たる剣の先より放たれた光に遮蔽物など意味を成さず、その軌跡には塵ひとつ残らない。

 

 

「ひいいぃぃぃぃぃい!! 今背中焦げてる!焦げてるよー!」

 

「口動かす暇があるなら逃げなさい! 直撃したら死ぬわよアレ!」

 

 

聖剣(ガラティーン)の熱波から全力で退避するも、休む間もなく次なる聖剣がブッパされる。

 

制止の呼び掛けは通じない。イリヤ達に刃を向けるのは誇り高き円卓の騎士ではなく、その姿と力を模しただけのプログラムなのだから。

 

 

事の発端は、イリヤとクロエがカルデア内を探索していたところから始まる。何気なくシミュレータールームの前を通ったクロエが興味を示し、マスターの役に立ちたいと思っていたイリヤもこれに同意。プログラムを起動しようとしたクロエが色々と弄くった結果、何故か暴走。戦闘プログラムが起動し、襲いかかってきた。

 

 

彼女らは知るよしもないが、プログラム名は『ドキッ! 円卓だらけの聖剣☆パーティー! ギフトもあるよ!』。第六特異点でマスターが経験した地獄(獅子王の祝福)をベースに、カルデアの職員と発明家系英霊が深夜テンションで作り上げた結果、クリア難易度はA+という下手な特異点での戦闘よりも危険な代物と化していた。

 

 

「クロ、まだ分からないの!? 早くしないとホントにまずいよ!」

 

「出来るならとっくにやってるわよ!! ああもうどうなってんのよこれ!」

 

 

終了させようと端末を弄るクロエだが、彼女の知識はマスターが操作するのを見た分だけに過ぎず、こうした不足の事態に対応できる程ではない。そもそも敵の攻撃が激しいせいで端末に意識を向けられる時間が極端に少ないのだ。

 

 

そうしている間にも真名解放の連鎖は止まらない。一切を焼き払う閃光の波は、敵対者の身体より先に精神を折る。

 

 

「わっ……!!」

 

「イリヤ!?」

 

 

集中力を欠いたイリヤが、足を滑らせて転倒した。獲物の隙を逃さず、肉薄した敵が湖の聖剣を振り下ろす。

 

 

ルビーが物理障壁を展開しようとし、クロエはイリヤへと手を伸ばす。だが青い剣閃はそれより速くイリヤに迫り、

 

 

 

Time alter(固有時制御)──triple accele(三倍速)

 

 

 

小さく、しかし重い雨垂れのような声の直後、イリヤの視界は溶けるように歪んだ。

 

 

「……え?」

 

 

風景が高速で流れいく。敵を置き去りにして一気に離れていき、数秒後に止まった。そこでイリヤは抱えられていることに気付く。

 

 

顔を上げるとそこには、赤いフードを被った男が見えた。漂う魔力からして、間違いなくサーヴァント。

 

 

「あ、あの……きゃ!?」

 

「シミュレータールームより異常を確認。プログラムが終了出来ない。管制室から介入して、強制終了させてくれ」

 

 

やや乱暴に地面に下ろし、赤衣の男は二人に背を向けた。腕輪型の通信端末を起動させると、感情のない声で通達する。

 

それが終わるや否や、男は懐から銃を抜き放ち、発砲。吐き出された銃弾は敵の鎧に命中する。敵対行動を受けて、排除対象を変更した騎士達の殺気が男に集約した。

 

 

「僕が引き付ける。助けが来るまで離れていろ」

 

 

男は駆け出す。残像を残すほどの速さを以て、全ての攻撃を避けながら、敵をイリヤ達から遠ざけていく。

 

「イリヤ! 無事!?」

 

「あ、うん……」

 

クロエが駆けつけてくる。

 

理解が追いつかず呆然としているイリヤだったが、クロエはサーヴァントが去っていてった方向を見て唇を震わせていた。思わずといった調子で声が溢れる。

 

「あの声……まさか」

 

「クロ?」

 

「……ううん、なんでもないわ。それより、ここから離れるわよ。あのサーヴァントが引き付けてくれてても、万全とは言えないんだから」

 

クロエはイリヤの手を引いて、戦場とは反対の方向へ走り出す。引っ張る力は少し強くて痛くて、イリヤにはそれがクロエの動揺を示しているように思えた。

 

 

数分後、駆けつけたマスターとサーヴァントの手によって敵プログラムは打倒され、事態は一応の解決を迎えたのだった。

 

 

────あの赤いフードのサーヴァントの行方を、誰も知らぬまま。

 

 

 

        ●   ○   ●

 

 

『ああ、あやつか。シミュレーターでの戦闘訓練で一度だけ一緒になったな。とはいえ、あやつは誰とも会話をしておらんかったから、人となりは分からん。目にしたのもそれっきりだしな。済まぬが汝らの力にはなれん。あとは……汝らにこんなことをいうのはあれだが、恐らく私とは相容れぬだろうな』

 

 

『あのサーヴァント殿でしたら成立しかけの特異点を修復した際にご一緒したことがあります。敵勢力は拠点に籠っていたのですが……いやあ、あれは鮮やかな手腕でした。まさか爆弾で建物ごと爆破させるとは。首は取れないのは残念ですが、火で炙り出すよりも手早く済みますね。勉強になりました。……え? その話はいいからどこにいるか、ですか? うーん、少なくともカルデアで見たことはありませんね。かといって、どこかの特異点を拠点にしているわけでもなさそうです』

 

 

「見つからないねー」

 

「目撃情報が少なすぎるわね。そもそも誰も真名を知らないってどういうことなのよ」

 

 

騒動の翌日、イリヤとクロエは昨日のサーヴァントを探してカルデアを歩き回っていた。話をしたことのあるサーヴァントから色々と訊いたものの、得られた証言は二つだけ。しかしその二つも、正体の特定には至らない。せいぜいアサシンのクラスであることが判明したくらいである。

 

手がかりが掴めないまま食堂にやってきた二人は、机に上半身を預けてぐったりしている。一部のサーヴァントが作る絶品料理のおかげでお昼時はとても賑わうのだが、今はピークを過ぎている。

 

 

「……む? どうしたそんなにして。行儀が良いとは言えないな」

 

そこに通りかかったのは、布巾片手に忙しなく歩くエミヤであった。

 

エミヤとは出会った当初こそパニックに陥ったが、今ではすっかり打ち解けている。彼の詳しい事情は知らないが、自分の知る兄とはまた別の、信頼できるお兄さんであることに変わりはない。あと料理の味つけがどこか懐かしく、兄を思い出させることもあってとても気に入っていた。

 

「んーちょっとねー」

 

「何やら悩みがあるようだな。私で良ければ相談に乗るが」

 

「……そうね。ちょっと聞きたいことがあるのよ」

 

「分かった。少し待っていたまえ」

 

そう言うとエミヤは一度厨房へ引っ込み、ティーカップ二つを手に戻ってきた。中には紅茶が注がれており、温かな湯気が立ち昇っている。

 

 

「このカルデアで茶葉の栽培から始めたものだ。味は保証しよう」

 

「す、凄……サーヴァントってそんなことも出来るんだ」

 

「いや、間違いなくこの人くらいでしょ。というか人類救う為の施設で何してるのよ……」

 

 

片方は驚き、片方は呆れながら、同じタイミングで紅茶を口に含む。家のメイドが淹れてくれるものに勝るとも劣らない上質な味わいだった。

 

 

昨日の出来事を話すと、エミヤの眉間の皺が段々と深くなっていく。話し終える時には苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。思い当たる節があるのは明白である。

 

 

「あの、ひょっとして心当たりがあるんですか?」

 

「…………ああ。彼の真名は知っている。エミヤだ」

 

「え、ええええええええええ!!? エミヤさんの別のクラスなんですか!?……いやでも」

 

当然、その真名を知ったイリヤは驚愕する。

 

あのアサシンからは目の前の青年のような暖かさがまるで感じられなかった。むしろこれまで会ったどんな人間より、あの男の纏う雰囲気は機械じみていて。サーヴァントは英霊の特定の側面を切り取ったものだと言うことを考慮しても、とても同一人物とは思えない。

 

「別にそう不思議ではないさ。私という英霊は、本来あちらの側面の方が適当なんだ」

 

どこか自嘲を含んだニヒルな笑みを見せるエミヤ。

 

「……あのアサシン、本当に師匠と同一人物なの?」

 

「完全に同一の英霊かと言われたら違うが、まあ大本は変わらないさ。聖剣と聖槍の騎士王が良い例だよ」

 

イリヤと同じ疑問を抱いたのだろう。エミヤに戦闘の指南を受けているクロエが訊ねた。足を組んだまま送る追及の眼差しを、エミヤは平然と受け止める。

 

そこでエミヤは会話の流れを切るかのように、中身の減っているティーカップ新しく紅茶を注いだ。

 

「とにかく、君は彼にお礼がしたいのだろう?」

 

「うん。でも、どうしたらいいか……」

 

「ならば私が力になろう。彼の好みはある程度把握しているからな。明日以降になるが、構わないか?」

 

「あ、そっかあ。同じエミヤさんなら分かるもんね。よろしくお願いしますっ!!」

 

 

イリヤはぱっと顔を輝かせる。飲み終えた紅茶を片付けて、厨房の流しへと運ぶ。エミヤがその背中を見送っていると、

 

「あのアサシン……“あの人"なの?」

 

イリヤに聞こえない程度の声量で、クロエは疑惑を口にした。赤い瞳は複雑な感情を帯びていて、エミヤはクロエが気づいていることを察する。

 

 

それが誰のことを指すのか知っているのは、この二人と聖杯の端末、後はひょっとしたらマスターくらいのものだろう。

 

青年と少女にとっては、それぞれ別の意味で始まりとなった人。理想を追い続けたその先で、愛を知って折れた男。

 

 

だから、赤い弓兵はこう答えた。

 

 

「別人だよ。私も君も知らない、な」

 

 

 

 

        ●   ○   ●

 

 

代わり映えしないカルデアの廊下を歩き、イリヤはアサシン・エミヤの部屋へと辿り着いた。事情を話して協力してもらったマスターが手を回してくれたので、今の時間に部屋にいるはずだ。

 

 

ドアの前で乱れた呼吸を整えると、控えめにノックする。だが反応はない。

 

もう一度ノックする。しかし反応はない。

 

「あれ? いないのかな……」

 

「何の用だ」

 

「わひゃい!!?」

 

首を傾げた直後にドアが開き、赤いフードが目に入る。驚いて尻餅をついたイリヤを、男は見下ろしている。

 

 

フードと口元を覆う布で顔は見えない。サーヴァント達の話から、カルデア召喚されてから殆ど素顔を見せていないのだろう。単にシャイなのか、それとも顔を見られたくないのか。自分の知るエミヤからしたら、どちらの理由もしっくり来ないのだが。

 

ぞっとするほど何の色もない冷徹な視線に怯えながらも、イリヤはどうにか口を開いた。

 

 

「あの……エミヤさん、ですか?」

 

「……ああ。何の用だ」

 

「わたし、イリヤスフィールって言います。その、この前はシミュレータールームで助けてくれてありがとうございました!! それでこれっ、作ったので良かったら食べてください!!」

 

 

慌てて立ち上がり、頭を下げると共に包みを渡す。赤い紙袋でラッピングされたパウンドケーキは、助言に従ってやや甘めにしてみたものだ。

 

 

緊張で、耳の奥で鼓動が鳴る。それに必死に抗っていると、戸惑いが滲んだ声が降ってきた。

 

「……なんの真似だ」

 

「えと……感謝の証、なんですけど……」

 

どうしてか受け取らないアサシンと、どうしたら良いか分からないイリヤ。互いに固まったまま無言の空間は張り詰めていく。

 

「し、失礼しましたー!!」

 

やがて耐えきれなくなったイリヤは、紙袋をアサシンに無理矢理持たせてその場から走り去った。そのままダッシュで自室に戻ると、驚くクロエの胸に半泣きで飛び込んだ。

 

「クロー!わたしやっちゃったよー! あの人絶対怒ってたよー!」

 

「あーなるほど。大方、反応してくれないから押しつけて逃げ帰ってきたんでしょ」

 

「うぐ……!」

 

ドンピシャで当てられて、イリヤの喉からくぐもった声が出た。折角エミヤやマスターに協力してもらったのに、これでは申し訳ない。

 

「まあ大丈夫でしょ。多分だけど、悪いようにはならないわ」

 

あやすように、クロエはイリヤの背中をポンポンと撫でる。それがとても心地よくて、しかし姉としての矜持が許さなかったので離れた。やれやれとでも言いたげな表情が気に入らなくて、膨れっ面になる。

 

「むー、なんでクロはそんなこと分かるの?」

 

「そりゃあね。彼だって『エミヤ』なんだから」

 

 

そう笑ったクロエの顔は、どこか寂しそうだった。

 

 

        ●   ○   ●

 

 

個室というのは、多かれ少なかれ主の個性が出てくる。それはサーヴァントだろうと例外ではなく、限られた資源の中で、与えられたマイルームを彩っていた。

 

 

その部屋は、ただ無色。或いは鋼色。

 

生活臭を感じさせない、清潔に整いすぎた家具。彼を表すのは、床に置かれた鋼の塊のみ。それらは神秘に対抗できるよう魔術的処理を施された近代兵装の数々だ。

 

 

アサシン・エミヤはベッドに腰を下ろし、手にした紙袋を眺めている。ざっと見たところ異常なし。警戒しつつ封を開くと、出てきたのはケーキだ。毒物の可能性も考えたが、メリットが思いつかないので却下する。

 

 

彼女達を助けたのは、単なる偶然だ。勘を鈍らせないようにとシミュレータールームに足を運び、そこで異常を察知。状況確認の為に踏み込んで、あとは自分に出来ることをやったに過ぎない。あの少女を見てるとなんとなく胸がざわつくが、それも初対面なのだから気のせいだ。

 

 

「─────」

 

 

先の光景を思い出す。面と向かってありがとうと言われた時、彼は柄になく固まってしまった。

 

ああして誰かに感謝されるのはいつ以来だろうか。きっと生前でも、数える程しかなかったように思う。

 

顔のない正義の代表者。抑止力の守護者。世界に召喚され、ただ人類滅亡の要因となるものを排除する鏖殺者。切り捨てた側は勿論、彼が救った側の人間にさえその行為を理解されることはなかった。いつだって一人で、それこそが強さだった。

 

 

きっとこれからも変わらない。────何故この道を歩もうと思ったのか、思い出すことが出来なくても。

 

 

 

ふと、パウンドケーキの甘い香りに意識が引き戻された。この贈り物をどう処理しようかと考える。

 

サーヴァントとなった今、食事の必要はない。生前理想とした兵器としての在り方から考えれば無駄以外の何物でもなく、ゴミ箱に放り込んでしまえばいい。

 

 

でも何故だろう。あの少女の一生懸命な顔を、どうしてか悲しませたくないと思ったのだ。

 

 

ケーキを手掴みで口に運ぶ。久しくしなかった食事に、味覚は驚いたようだ。長い時間をかけて咀嚼し、舌を慣らしていく。

 

 

「……………………甘いな」

 

口にしたのは、そんな短い感想。

 

 

だけど、唇の端は僅かに緩んでいて。

 

 

鉄の心に、仄かな熱が灯った瞬間だった。




1.5章までに間に合わなかった……

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