竜騎を駆る者   作:副隊長

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6話 強き者

「将軍、我が軍が遂に成し遂げました」

「ほう?」

「センタクス攻略が完了したようです」

「そう、か」

 

 レイムレス要塞近郊、新たに麾下に加わった者達の調練を施し、山野を駆けまわり続けていた。合同訓練も終わり、課題は見えていたのだ。経験。それが圧倒的に足りなかった。山野を駆ける経験。奇襲を仕掛ける経験。麾下同士ではなく、他の兵たちと刃を交える経験。それ以外の様々な経験が足りなかった。

 それを補うために、レイレムス城塞の一角を借り、日々調練に明け暮れていた。今では、レイムレス城塞を守備する将たちともそこそこに面識があり、皆で酒を酌み交わす事もあった。

 どこか、親しみを持ち始めている。そう思い始めたところで、カイアスから報告が来た。東の都、センタクスを攻略したと言う内容であった。遂に成ったか。何を思うでもなく、ただそれだけを感じた。

 センタクスと言えば、旧主である、ノイアス・エンシュミオスが本拠としていた場所であった。自身はどちらかと言えば首都にいた事はあまりなかったが、それでも本拠としていたところである。ソレを落としたと言うのは、何か妙な感覚であった。

 

「三銃士の一人、エルミナ様の指揮により、陥落したようです」

「あの方ならば、容易いだろう」

「でしょうな」

 

 総指揮を執ったのは、エルミナ様であった。実際に刃を交えた。その腕ならば、センタクスが陥落するのも当然あった。軍を統括し、作戦を一手に引き受けている人である。対するメルキア軍はノイアス元帥の消息も知れない状態になっていた。そんな状態のセンタクスが、ユン・ガソルの誇る三銃士を止められる道理は無かった。

 

「センタクスはエルミナ様が守る事になるようです」

「順当だな。あの規模の都ならば、三銃士の誰かが構えるのが相応しい」

 

 センタクスはメルキアにとって、言うならば東の都であった。あの一帯のなかでも最も大きな都市であり、収入の起点となるべき場所であった。メルキア最強と名高いキサラ領に隣接しているが、その脅威を差し引いても余りある利がセンタクスにはあった。人が、多いのである。労働力と言う点では、ユン・ガソルの王都に次ぐのではないだろうか。それぐらいの規模であった。故に大地の多くが環境の汚染により使い物にならないユン・ガソルにとっては、ある意味で命綱となるほどの場所であった。

 

「ですが、懸念もあります」

「キサラの戦鬼、か?」

「しかり。キサラの戦鬼と誉高いガルムス・グリズラー。彼の者がいる限り、センタクスは常に脅威に晒され続けます」

「尤もだな。キサラの戦鬼を討てれば良いのだが、そう容易くいく相手でないのは確かだ」

「はい。ですから、王がどう動くのかが気になりますね」

 

 カイアスの言葉は尤もであった。戦鬼ガルムス・グリズラー。中原東部の軍人ならば、誰もが耳にしたことがある。それ程の猛者の名であった。その戦ぶりは、万夫不当と言うのが相応しく、数多の魔族を討ち払い続けていた。メルキア帝国が魔族の侵攻を受けてなお大した被害も無く健在なのは、ガルムス元帥の武名が根底にあったと言えるだろう。それ程、偉大な武人であった。

 

「一度は、刃を交えたいものだな」

「将軍。流石にそれは無謀ではないでしょうか?」

「かも、しれんな。だが、私とて馬鹿では無い。勝算が皆無ならば、このような事は言わんよ」

 

 軍人ならば、誰もが知る武名であった。それ程までに語り継がれていたのだ。そんな生きた伝説とも言うべき人物である。自身の武が、どの程度まで通用するのかと言うのを試したいと思うのは、軍人として、そして男として仕方が無いのではないだろうか。戦鬼と刃を交えると考えただけで、心が躍った。

 

「将軍は、強さと言うと見境が無くなりますね」

 

 カイアスが苦笑しながら言った。考えていることが、顔に出たのだろう。戦鬼と戦う事を考えて楽しそうにする者など、それほど多くも無いだろうから、副官であるカイアスには容易く理解できたのだろう。

 

「ああ、私は自分がどこまで行けるのか、知りたい。強く、ただ強く。それだけを考えて生きてきた。これからもその生き方は変わらないだろう。だからこそ、目の前に見える壁の高さに心が躍るのだよ」

「将軍の言葉を聞いていると、私たちとはどこか違う。常々、そう思っていました」

「そうかな?」

「はい」

「お前が言うのならば、そうなのかもしれんな。だが、それが私だ。それがユイン・シルヴェストと言う男なのだ」

 

 言葉を紡ぐほど、内から活力が溢れてくる。自身には、誇りがあった。敗れざる事。つまりそれは、どのような敵であろうと、戦い抜くと言う事であった。冷静になれば愚かな志であろう。どのような事を考えたところで、負ける事はあるだろう。生きると言うのは、そう言う事なのだと思う。だが、それでも心の底から敗北しない限り、本当の負けでは無いのだ。そう、思っていた。そして、その意志を貫く事こそが、俺の『誇り』であった。

 

「私もそう思います。何れは、戦鬼すらも超えて行かれると、そう心得ています」

「ふ、随分と過大評価してくれたものだな。だが、悪い気分では無い。やってやろう、そう思える。……語り過ぎたな、行こうか」

「御意」

 

 麾下達と話しているときが、尤も自分らしい。そう思った。馬腹をけり、駆けだす。やがて風を切り、ただ疾駆する。背後には麾下が続き、辺りには馬蹄が響き渡る。自身はどこまで行けるのだろうか? そんな事を思った。魔剣、抜き放った。

 

「原野を駆ける我らの意思に、竜をも破る峻烈なる加護を」

 

 魔法、解き放つ。魔剣で増幅された魔力が、自身の身に纏っている真紅の布を介し、麾下に行き渡る。速度がさらに上がった。麾下達の一部から驚きの声が漏れた。新たに増えた麾下であった。ソレを最初からいた麾下が鎮静化させた。俺の用いる魔法にも、皆慣れてきたものだ。そう、思った。

 

「皆、行くぞ」

 

 麾下達と共に原野を駆ける。それこそが、自分に最も相応しい。そう思い、駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

「やってほしい事がある」

「お話をお聞きしましょう」

 

 何時もの如く王が天幕に入ってくるなり言った。ソレを促す。

 

「以前センタクス攻略を果たしたのは知っているな?」

「ええ、エルミナ様が攻略したと聞きました」

「ああ。でだ、当然の如く奪還作戦にメルキアが動き出した。敵は、メルキア皇帝ジルタニア及び戦鬼ガルムス・グリズラー」

「ほう……」

 

 王の言葉を聞き、思わずそう零した。メルキア最強と名高い戦鬼に加え、皇帝自らの出陣である。センタクスを攻略した事は、メルキア帝国にとって余程気に入らなかったと見える。当然と言えば当然であった。四元帥の一人が討たれ、東で最も繁栄していた都市が落されたのである。言わばメルキアを支える柱の一つが崩れたのである。それだけメルキアには衝撃的だったと言う事だろう。

 

「センタクス攻略の際、城塞都市ヘンダルムとクルッソ山岳都市をザフハが落した」

「成程。センタクスとキサラ領をザフハが分断した訳ですね」

「ああ、だが、メルキア軍の南進はそのまま止まることなく続いている。このまま行けば、近いうちに折角落としたセンタクスにも脅威が訪れる訳だ。しかし残念なことにセンタクスの防備はまだまだ整っていない。指揮するのはエルミナだから時間さえあれば上手くやるだろう」

「つまり私に命じる事は時間稼ぎ。可能な限りの敵戦力の削減、と言ったところですか?」

「ああ、ザフハの方から救援要請が来ている。そしてうちの部隊で争いが始まるまでにその地に辿り着けるのは、お前だけだろう」

「成程。承知しました」

 

 ザフハとメルキアの争いであった。ソレに援軍として向かう。自身に課せられた任務だった。この戦いにザフハが敗北すれば、次にセンタクスが狙われると言うのは明白である。それ故、援軍を出すと言ったところである。麾下の速さ故に、選ばれた。ソレはとても名誉な事であった。

 

「良いのか? お前の速度に追従できる部隊は居ない。ユン・ガソル軍としては単独での行動になるうえ、相手はあの戦鬼だぞ?」

 

 王が念を押すように言った。相手はメルキア軍の主力である。ザフハの部隊は敗走すると既に予測できているのだろう。つまり、最初から負け戦と見通しが立っているのである。だからこそ、王は念を押すように言ったのだ。ソレに笑みをもって答える。

 

「心が躍る、と言う物でしょう。それ程の舞台で戦えると言うのならば、名誉な事ではありませんか」

 

 自分は、降伏した将であった。それ故、分の悪い戦に出されるのは当然なのだろう。何よりもザフハの軍の増援として単体でメルキア戦に出されるのである。つまりは、体の良い厄介払いと言ったところだった。ザフハとメルキアの戦いである。再び裏切りメルキアに戻るもよし、ザフハと共に討たれるも良し。そんな思惑があるのだろう。ユン・ガソルと言うのは、メルキア嫌いの集まりであると言える。それ故元メルキア軍人の俺が余程目障りなのだろう。そんな考えに思い至った。

 だからこそ、王に言った。心が躍る、と。俺の誇りは、敗れざる事である。ソレは敵に負けないと言う意味ではあるが、同時に味方にも屈しないと言う意味でもあった。自身を厄介者と思っているのならば、その評価を覆す。それだけであった。そして、その方法は戦う事である。ならば、考えるまでも無かった。

 

「はっ、言うねぇ。流石はユインと言ったところか。ならば、戦うのは可能な限りで構わん。必ず、生きて帰ってこい」

「謹んで承りましょう」

 

 此方の言葉の意を汲んでくれたのか、王はいつもの調子でそう言った。ソレに軍令をもって答える。それだけだった。それだけで良かったとも思う。そして、王に背を向け、天幕を後にする。出陣の為、麾下達を集めた。

 

 

 

 

「お前がユン・ガソルの援軍か?」

 

 ザフハ領、城塞都市ヘンダルム。駆けに駆け、両軍の戦闘が始まる前に辿り着いた。そこで出迎えてくれたのは、獣人の少女であった。金色の毛並を持つどことなく人懐っこい感じの少女であった。このような娘も戦に駆り出されるのか。そう、思った。身のこなしからして、只者ではないと理解はできるのだが、どうもやり辛い。そう感じた。そんな少女が此方をじろじろと遠慮なく見つめながら訪ねてくる。

 

「ええ。私はユン・ガソルが騎馬隊を率いるユイン・シルヴェストです。この地の軍の責任者の方に取次ぎをお願いします」

「此処の守備を任されてるのは、ネネカだぞ。それなら、もう会っているし、問題ないな」

「ほう、貴女が責任者でしたか。失礼、お若いから気付きませんでした」

「ふふん。べつに気にしないぞ。あ、でもアルフィミアが来てるから、アルフィミアには会っておいた方が良いかもしれないな」

「是非、お会いしたいですね」

「わかった、呼んでくるから少し待ってろ」

 

 ネネカと名乗った少女が駆けていく。少し話をして得た印象だが、難しい話は得意じゃないと言う事が容易に想像できた。どうしたものかと思ったところで、意外な人物の名前が出てくる。アルフィミアだった。

 自分の知る限り、ザフハでアルフィミア、それも拠点の責任者が出すような人と言う条件で言えば、アルフィミア・ザラしか思い浮かばなかった。

 アルフィミア・ザラ。強さを最も重視するザフハ部族国に現れた、新たなる指導者であった。彼女が現れてから、ザフハの戦い方が大きく変わったと聞いていた。元々ザフハと言うのは個人武勇に優れる、獣人などの種族が集まった者達でもあり、戦い方も各々の部族によってまちまちな為、指揮に従って戦うと言う事をする事は無かった。それが、アルフィミアが台頭してきてからは、変わっていた。獣人を筆頭とする他種族たちが、統制のとれた動きをするようになったのだ。元々部族ごとに秀でたところがある。ソレを有効に使いこなす事によって、驚異的な強さを誇る軍になっていたのだ。

 そのアルフィミアに会えると聞いて、どこか、子供のように期待してしまった。自分の見当違いで、全然違う人物の可能性もあるが、状況からしてそれはかなり低い確率だろう。そんな事を思いながら、アルフィミアが来るまで瞳を閉じ、待つ事にした。

 

 

 

 

 

 

「ユン・ガソルの将よ、待たせてすまなかった」

「いえ、寧ろ私のような者と会ってくださり、恐縮です」

 

 瞳を閉じ、どっしりと構え、気を充実させていたところで、声をかけられた。瞳を開け、即座に応じる。褐色の肌をしており、銀髪が特徴的な闇エルフの女性が立っていた。その場にいるだけで、ある種の力のようなものを感じる。強さの話では無い。無論、肌を刺すような魔力を感じるが、それとは異なるものの事であった。カリスマとでもいうのだろうか、人を惹きつけるようなものを持っている。そう感じた。

 

 これがザフハを率いる、アルフィミア・ザラか。

 

 美しい、女性であった。感じる力も稀有なもので、女性で言うならば三銃士にも勝るとも劣らぬものを感じた。先に出会ったネネカと言う少女も中々の人物であると予想はできたが、アルフィミアはそれ以上であった。ザフハと事を構えるとすれば、なかなか難しいかもしれない。そんな事を思う。

 

「そのように畏まらないでもらいたい。正直言えば、私はユン・ガソルから増援が来るとは思っていなかった。その構えだけでも見せて貰えればと思い、要請したのだが、本当に来てくれるとは思わなかった。感謝している」

「センタクスを落としたばかりですからね。防備を固めるだけで精一杯と思うのが普通でしょうからな」

 

 アルフィミアの言葉に、やはりか、っと内心で納得する。防衛において、援軍が来ると言う情報は、強力なものである。援軍が来るかもしれないと言うだけで、攻め手は側面を突かれぬためにある程度兵力を分散させざる負えない。実際に動くかどうかなど、確実な情報は得られないからだ。それ故、アルフィミアは同盟関係のユン・ガソルが今も動けないと知りながら、増援の要請をしたと言う訳だ。

 

「やはり、センタクスから?」

「まぁ、そんなところです」

 

 アルフィミアに聞かれた問いに、曖昧に返す。馬鹿正直に、レイムレス城塞から来たと話す必要もない。普通に行軍すれば、戦いに間に合わない道程である。ソレを辿り着く事が出来る部隊がある。そんな事を教える義理は無いのだ。とは言え、実際に戦闘が始まればこちらの錬度を見られる為、焼け石に水であるが、与える情報は少ないに越した事は無い。

 

「ふふ、そうか、センタクスからか。成程、将は優秀なようだな」

「ええ、三銃士の一人が守っています。それ故、私も後顧を憂うことなく戦えます」

「頼もしい言葉だ、相手はあのメルキアの戦鬼だろう。貴軍の奮戦を期待している」

「お任せください」

 

 更にいくつか話をしたところで、そう締めくくった。どうやらアルフィミアは、メルキアの主力が出てきたために、その力を確認する為にわざわざ出向いたようであった。無論それだけではないだろうが、自分は軍人である。態々詮索するつもりも無かった。何よりも、アルフィミア・ザラが、そこまで迂闊とも思えない。故に、自分は戦鬼との戦いに思いを馳せる。自分と麾下の力はどれぐらい通じるのだろうか。考えれば考える程、心が躍った。悪い癖であるが、だからこそユイン・シルヴェスト足り得る。そう、思った。

 

「では、私はこれで自軍に戻らせていただきます」

「ああ、解った。戦が始まる時にはまた連絡を入れる。それまでは、ネネカや諸将と交流を深めるなり、楽にしておいてくれて構わない」

「ご配慮、感謝いたします」

「此方こそ、感謝している。その力、頼りにしているよ」

 

 アルフィミアとのあいさつを終え、麾下達の待つ与えられた宿舎に向かう。予想以上の人物であった。流石は短期間でザフハをまとめ上げた人物である。そう、思った。戦ならば、どう転んでも俺が勝つ。それぐらいの自信はある。だが、戦以外の場所ならばどうなるだろうか? そんな事を考えながら、麾下に合流した。

 

 

 

 

 

「アルフィミア。アイツは使えそうか?」

「ああ、アレは強いよネネカ。本来ユン・ガソルの軍では来れる筈のない行程を苦も無く辿り着いた男だ。将の素質、兵の錬度。二つとも極めて高いと思う。既に出ている成果と実際に話してみて、優秀な男だと感じたよ。あのような男が私の部下にいればと、すこし思ってしまったな」

 

 ユインとの面会を終えたアルフィミアにネネカが駆けより、待ってましたと言わんばかりに、アルフィミアに声をかけた。ソレにアルフィミアは快く、答える。内容はユインに対する評価であった。アルフィミアは、最初からユインがセンタクスから来ていないと、解っていた。

 

「むー。アルフィミアがそこまで褒めるのは珍しいな。もしかして、ネネカよりも凄い?」

「はは、ネネカと比べてか? それは難しいところだな……」

 

 眉をㇵの字に曲げ、不満そうにしているネネカにアルフィミアは苦笑しながら答える。その表情は穏やかであり、どこか妹を見守る姉のようであった。

 

「ううう。ネネカの方がすごいんだぞ! あんな奴よりアルフィミアの役に立てるんだから!」

「ふふ、そうだな。ネネカは、私の大事な妹分だ」

「ふふん、そうだろ。って、頭を撫でるな、子ども扱いするな! ネネカはもう大人なんだからな!」

「ああ、ネネカは大人だな」

 

 アルフィミアは、ネネカを宥めつつ、頭を撫でた。ネネカはそんなアルフィミアに自分は子供では無いと文句を言うが、その表情は満更でもなさそうであった。その様子は、仲の良い姉妹。そう勘違いできそうなほどに、穏やかな光景であった。

 

 

 

 

 

「準備は?」

「皆、できております」

「そうか」

 

 隊列を組み、整列した麾下達を眺めていた。メルキア帝国との戦。それが今、始まろうとしていた。戦陣を先に出会った獣人の少女、ネネカ・ハーネスがとり、その後詰めにアルフィミア率いる本体が続くと言った感じであった。自身の率いる騎馬隊は、アルフィミア率いる本体の最右端に位置し、役割としては、状況に応じて戦場を駆け抜け、メルキアの指揮を撹乱してほしいと言う事だった。要するに、遊撃であった。騎馬隊の速さを存分に発揮できる、理に適った配置であると言えた。

 

「皆、聞け。敵はメルキアの戦鬼率いる、精鋭部隊である」  

 

 麾下達は、黙って耳を傾けていた。誰もが口を閉じ、ただ此方を見ている。その静寂が、心地よい。そう思いながら、言葉を紡ぐ。

 

「はっきり、言おう。相手は我等よりも遥かに格上だ」

 

 告げた。動揺が広がる事は、無かった。信頼されているのだ。それが解った。

 

「それ故、難しい事を求めるつもりはない。死ぬな。それだけで、良い。お前たちは強い。この()が麾下として育て上げた。今はまだ、及ばぬかもしれぬが、何れは戦鬼すらも超える。そう決まっている。それ故、つまらぬ欲を出して死に急ぐ事だけはするな」

「応!」

 

 気炎が上がる。戦場を、麾下達の気迫が呑み込んだ。戦場のいたる場所から、雄叫びが上がる。ザフハの勇士達であった。咆哮、心地良かった。自身は戦場に立っているのだ。そう、実感した。

 

「では、行こうか」

 

 槍を水平に構えた。それだけで、麾下達は縦列になった。最初に見た新兵と同じとは思えないほどの、早さであった。何百、何千と訓練を施していた。その成果が良く見て取れた。お前たちも、俺の『誇り』だ。声に出す事はせず、そう呟いた。

 先陣、既に駆け始めている。ソレを眺めた後、駆けだす。火蓋は、切って落とされた。

 

 

 

 

 

「部族長、ネネカ・ハーネス。メルキアの兵よ、此処で死ね! 行くぞ、ザフハの精鋭たちよ! 逝け、メルキアの弱兵たちよ! 我らに挑んだ事を、後悔すると良い!」

 

 ネネカ・ハーネスは叫び声をあげ、戦場を駆けていた。率いているのは、獣人の部隊。歩兵であった。だが、その速度が尋常では無い。メルキアの先陣に即座に辿り着き、虚を突く事で前線を撹乱することに成功していた。

 

「うがぁぁぁ!!」

 

 想定外の速度により、虚を突かれたメルキア兵が崩れ落ちる。ネネカ率いる獣人部隊は、メルキア兵を蹂躙し始めていた。

 

「ほう。マスターが相手だと言うのに、勇ましい事だ」

 

 それを眺めていた者が呟いた。真紅の双眸に映るのは、喜色であった。キサラ領の戦鬼と聞けば、殆どの兵は恐れ戦き、戦う気力を失くす。そのような弱兵ばかりであったのだ。

 

「とはいえ、やられ続けるのは沽券に関わる。キサラの、マスターの部下があの程度の者と一緒にされるなど、耐えきれん」

 

 小さな、身体であった。人間よりも遥かに小さい。言うならばそれは、人形であった。無論人形などとは比べ者にならないほどの意思を持ち、力を持っていた。真紅の瞳に、真紅の髪を持つ者。赤き月女神の力を模された魔導巧殻、ベルであった。

 ベルは、戦況を眺めながら、気炎を吐く。それだけで、彼女の背後にいる部下たちは熱く、燃えていた。

 

「行くぞ、お前たち! マスターの兵がどれほどのものか、奴らに見せつけてくれよう!」

「おおおおおお!! ザフハの化け物なんか、敵じゃないぜ!!」

 

 叫び声が上がった。それはメルキア最強と名高い、キサラ領の精鋭だった。ネネカ・ハーネスが打ち砕いた軍は、キサラの兵士では無かった。センタクスの敗残兵だったのである。

 

「行くぞ、ベル。指揮は任せる」

「はい、マスター」

 

 ベルの傍らに立っていた偉丈夫が、言った。老齢であるが、全身から覇気が漲り、其処にいるだけで戦場を震えさせる。それ程の男であった。

 戦鬼、ガルムス・グリズラーである。

 落ち着いた声音で、自らの魔導巧殻であるベルに告げた。ソレにベルは恭しく答える。ベルが部隊の指揮を執る事で、ガルムスは戦う事だけに集中できるのである。ベルの苛烈な指揮と、戦鬼による圧倒的なまでの蹂躙。それは、キサラの、メルキアの常勝の布陣であった。

 戦鬼が動き出す。本当の戦が、始まるのである。

 

 

 

 

 

「があああ!」

 

 ネネカが、咆哮をあげる。メルキアの精鋭たちを受け止めていた。辺りには、屍が積み上げられている。キサラの精鋭とは言え、ザフハで最も強き者は崩せずにいた。とは言え、それは崩せないだけであり、ネネカの部隊は既に総崩れになっており、ネネカ自身も満身創痍であった。

 

「まだだ、まだネネカは戦えるぞ!」

 

 近くにいる兵士を殴り飛ばし、ネネカは吼える。全身から血を流し、それでも下がる事をせず、蹂躙する姿は異様であった。

 

「ほう、凄まじいモノだな、ベル」

「申し訳ありません、マスター。すぐに終わらせます」

 

 異常ともいえるネネカの戦いを見たガルムスが、感心したように呟いた。傍らに控えるベルは、すぐさま謝罪する。そのさまは、予想外に苦戦していることを謝っているのではなく、時間が取られていることに対しての謝罪であった。

 

「いや、構わん。儂が終わらせよう」

「マスターが? 解りました皆、下がれ」

 

 ガルムスの言葉に、ベルは即座に兵を下げた。心配など必要が無かった。彼女の主は戦鬼であり、勝利は約束されている。凄まじい強さを誇っていた獣人とは言え、戦鬼に勝てる道理は無かった。

 

「凄まじい武よ。だが、それだけだ」

「ぐうううう、うがあああ!!」

 

 ガルムスと、ネネカが相対した。無傷のガルムスと、満身創痍のネネカ。勝負など、火を見るより明らかである。ガルムスが両の手に持つ斧槍を構える。それだけで、ネネカは対峙する敵の強大さに気付いた。目の前の化け物には勝てはしない。獣の本能が、瞬時に悟った。吼える。ザフハの勇者として、部族長としての誇りが引く事を許さなかった。

 数舜の膠着。ネネカから、仕掛けた。一足飛びからの打撃。ガルムスは、ただその身で受け止めた。

 

「見事な武よ」

 

 そう静かに呟く。微動だにしなかった。戦場が、数舜固まったかのようであった。

 

「強き娘よ、さらばだ」

 

 そのまま斧槍を振り下ろ――

 

「マスター」

「ぬぅ!?」

 

 ――せなかった。

 

 ベルの叫び声が上がる。馬蹄が響いていた。弓、静寂に包まれた間隙を突き、飛来する。その数、数百。ガルムス率いる部隊に向け、放たれた。

 

「喝っ!」

 

 ガルムスの気合いを込めた一閃。轟音、大地をも砕くソレが、迫りくる矢を撃ち落した。漆黒、駆け抜けていた。真紅、疾風の如く駆ける騎馬隊の中で、淡く輝いている。縦列に並んだ漆黒の騎馬隊が、騎射による接射を仕掛けていた。驚くべきは、その速さであった。まるで、一頭の獣であるかの如く、駆け抜ける。ザフハの軍を獣と称するならば、その騎馬隊は黒き獣であった。

 そのまま騎馬隊が二つに別れ、小さく纏まった軍と、大きく纏まった軍に別れる。そのまま小さな騎馬隊が向かって疾駆し、大きく別れた騎馬隊が側面に向かい騎射を放つ。

 

「皆、隊列を組みなおせ! 騎射、来るぞ!」

 

 ベルが叫び声をあげる。突如現れた騎馬隊に応戦するため、部隊の指揮を執っていた。ガルムスは、ただ一点を見据えている。小さく纏まった騎馬隊の指揮官であった。

 

「来る」

「マスター? ッ、皆、構えろ、来るぞ!」

 

 ガルムスが呟く。小さく纏まった騎馬隊が、さらに速度を上げた。ベルが、叫んだ。至近距離からの接射。ガルムスまでの道が開けた。騎馬隊。駆け抜ける。突っ込んだ。

 

「戦鬼、ガルムス。この娘は返して貰う」

「好きにするが良い」

 

 交錯。斧槍と魔剣がぶつかり合っていた。漆黒の騎馬隊。満身創痍の姿で立っていたネネカを、二騎で抱え上げていた。そのまま勢いを殺さず駆け抜け、混乱する陣の中を迅速に後退し始める。そんな中で、二人の男が静かに睨み合っていた。漆黒から見える真紅、淡く輝き靡いていた。

 

「だが、貴様は逃さん!」

「元より、そのつもりだ」

 

 刃、再びぶつかり合う。凄まじい衝撃、辺りに鳴り響いた。

 

「将軍!」

「マスター!」

 

 戦鬼と漆黒。互いの副官が、声を荒げた。

 

「全軍、行け。振り向く事無く、駆け抜けろ!」

「ベル、手を出す事、罷り成らぬぞ!」

 

 将が、叫んだ。その気迫の下に、互いの部下は何も言えず、言われた通りにするしかなかった。そのまま、息を突く暇も無く、武器を交わらせる。漆黒は魔剣と槍。戦鬼は両手に持つ斧槍。火花を散らせる甲高い音が鳴り響き続ける。数舜のうちに、十数合を打ち合っていた。指揮官同士の一騎打ち。途切れていたソレが、再び始まった。

 




原作主人公より先に出ちゃいました、ガルムス元帥。あの武勇を表現できるように頑張ります。

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