竜騎を駆る者   作:副隊長

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17話 竜をかる者達

「ただいま戻りました」

「ラクリールか。それで、どうだった?」

 

 楼閣アルトリザスの政務室。入室の許可が出たため、ラクリールは部屋に足を踏み入れ、主に帰還を告げた。それにクライスは報告に目を通したままの姿で応じる。クライス・リル・ラナハイムは王である。日々上がってくる報告に目を通し、成すべき事を明確な形にする事が、仕事の一つであった。

 

「何がでしょうか?」

「とぼけるなよ。ユイン・シルヴェストの下に行ったのだろう」

「え!? な、なぜそれを……?」

 

 クライスの言葉に目を見開く。ラクリールにとって主の言葉はそれだけ予想外だったからだ。言ってみるならラクリールはクライスの為にユインに会いに行ったのである。その気持ちを気取られているのかもしれないと、ラクリールは内心で焦る。目を白黒させる様は、近衛兵の長では無く、一人の女性としてのラクリールであった。

 

「アイツの話をしたときに、不思議そうな顔をしてい。馬上にないアイツにしか会ってないからな。俺の話に疑問を持ったとしても、当然だろう」

「すみません。主であるクライス様の言葉を疑ってしまいました」

 

 クライスの言葉に、ラクリールは幾分か気落ちした声で謝罪をする。納得できなかったとはいえ、主であるクライスの言葉を疑ってしまった事に、自己嫌悪していた。

 

「ふ、構わん。寧ろ、地上のアイツに俺が負けたと思えなかった分、ラクリールには見所があると言えるな。これからもその力を、磨けよ」

 

 そんなラクリールの様子を一瞥したクライスは、何でもないように言った。クライスにとって、地上のユインに負けたと思われるのは、ラクリールが主の言葉を疑った事などどうでも良いくらいに、屈辱である。寧ろ、疑ったラクリールの事を、評価していると言えた。ユイン・シルヴェスト。彼の音事は馬上で対峙してこそ、その真価を知れる。それは、クライスがその身で味わった事であった。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 思わぬところでクライスに褒められた事で、ラクリールの表情が綻ぶ。想い人に褒められた事は、近衛兵のラクリールから、乙女としてのラクリールを引き出すには充分であった。それだけ、クライスに褒められると言う事は、ラクリールにとっては意味のある事だと言えた。

 

「む? 嬉しそうだな。ユインの奴と何かあったのか?」

「え? あ、いや。そうです、少しばかり、騎馬の技を見せていただきました。それと、先のメルキアとの戦いについても、詳しく教えて頂けました」

 

クライスの言葉に、浮かれていたラクリールは虚を突かれた。主に褒められたのが嬉しくて、舞い上がって居る等とは言えず、ラクリールは咄嗟にユインを話のだしにつかう。如何にラナハイム近衛兵長、ラクリール・セイクラスとは言え、好きな男の言葉には弱いと言えた。

 

「ほう、アイツの技を見たと言うか。確かにそれはお前にとって良い材料となるだろうが……、それだけか?」

「……、どう言う事でしょうか?」

 

 ラクリールの言葉を聞き、クライスはある程度納得したが、完全に納得したわけでは無かったため、ラクリールの目を見て尋ねた。面白いものを見つけたと言わんばかりの目をしていた。クライス様でもこんな顔をするのだなっと、ラクリールはそんな事を思う。

 

「さては……惚れたな?」

「……はい?」

 

 クライスの言葉に、ラクリールは、一瞬思考が停止する。何を言っているのだこの人は。そう思った。自分の想い人は貴方です、と言ってしまいたい衝動に駆られるのを、理性で押さえつける。決して叶わぬ恋。クライスの想い人が、クライスの姉であるフェルアノだと、遠い昔にラクリールは知っていた。だからこそ、言うべきでは無いと、自分の心にしまい込んだ恋慕だった。それを吐露しそうになるのを必死に抑えた。

 

「ふ、気にする事は無い。あの男ならば、惚れたとしても不思議では無い。幸い姉上からルモルーネの件、ユン・ガソルとの話は、良い返事が聞けたと早馬が来ている。何なら、同盟を結べた記念に、婚姻を持ちかけても良いぞ?」

 

 内なる葛藤に黙り込んだラクリールに、クライスは笑みを浮かべ、話を持ち掛ける。ルモルーネ公国攻撃。それは、険しい土地に国を構えるラナハイムにとって、食糧事情を解決する一手だった。ルモルーネ公国は、食糧生産能力の高い、豊穣の地であったのだ。ルモルーネ公国はラナハイムとユン・ガソル、そしてメルキア帝国に隣接している地であった。その地を得る下準備に、フェルアノが奔走していたのだが、ユン・ガソルからは予想以上の返事が来ていた。ユン・ガソルとラナハイムの同盟が成っていたのだ。その為、クライスはいつも以上に機嫌がよかったと言う事だった。ラクリールの葛藤など、まったく気付いてもいなかった。

 

「え、あ、ちょ、クライス様、何を仰っているのでしょうか?」

「ふん、俺とお前の仲だ、何を恥ずかしがっている。正直な思いを聞かせろ。良きに計らうぞ」

「く、クライス様ぁ、私の話を聞いてください……」

 

 笑顔で詰め寄るクライスに、ラクリールは情けない声を上げる。どうして自分の想い人は、内に秘めている想いに全く気付いてくれないのか。何処までも鈍感なクライスに、ラクリールは半分泣きそうになっていた。ラクリールは勘違いしているクライスを説得するのに、丸一日かかるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま帰還しました」

「おう、良く帰ってきた。まぁ、楽にすると良い」

 

 ユン・ガソル王都、ロンテグリフ。その居城で、主であるギュランドロス様に帰還の報告をしていた。短く軍礼を取る。王の傍には三銃士も控えている。何か重要な話でもする予定だったのかもしれない。三銃士と王が揃い踏みにいなっている為、そう思った。

 

「それで、首尾はどうだ?」

「上々、と言ったところでしょうか。左手の義手は、以前よりも遥かに良い状態に仕上がっており、新たなる武器も手に入れて参りました。ラナハイムの近衛兵長とも少しばかり立会い、その実力をみる事も出来ました」

 

 王の言葉に、淡々と告げていく。左手の義手は、ラナハイムの魔法具店に赴き、再調整をしてもらっていた。そのため、今では王にもらった時と比べても、好調であると言えた。ほんの僅かにあった違和感。それすらも消えていて、生身の腕と同じように動かす事が出来るのだった。

 更には、魔法具店で一振りの魔剣を手に入れる事が出来た。白に近い灰色。そんな白亜の色をした、魔剣だった。名は無いが、便宜上、白亜と呼んでいる魔剣だった。魔剣をもう一振り得た事で、自分の持つ武器の戦力差が減り、キサラの戦鬼の様な強き漢達とも、安定して戦えるようになったと言えた。

 そして、ラナハイムの近衛兵長。直接武器を交えた訳では無かったが、その実力の一端をみる事が出来た。王であるクライスが凄まじい事は以前から知っていたが、その配下のラクリールも只者では無い。それを実感できたことは、ユン・ガソルとラナハイムで何らかの争いが起きた時、有意義な情報になると言えた。

 

「ほうほう。なかなかの成果じゃねぇか。だが、そう言う事を聞いてるんじゃない」

「む、と言うと?」

 

 そう言う意図があり、報告したのだが、王は解っていないなコイツ。そんな表情をしながら、肩を竦める。一考する。何か別に報告すべき事があっただろうか。そんな事を思う。

 

「はっは、旅に行ったらお前、渡すもんがあるだろう。ささ、早く吐いちまいな。何を買って来たんだ? 酒か、食いもんか?」

「ああ、そう言う事でしたか。確かに貴方らしい」

 

 王が何を求めているのかに、見当がついた。何故だろうか。普通ならば文句を言うべきところなのだが、この主に関していえば、此方の不手際に思えるところが凄い。苦笑する。勿論、土産は買ってきていた。王に渡すものは、ラナハイムの銘酒であった。とは言え、流石に酒を持って登城したわけでは無い。

 

「あっはっは。流石ギュランドロス様。報告よりもお土産優先するとか、誰にもできないよ! 流石はギュランドロス様だね」

「ギュランドロス様ぁ。其処は報告を聞くところです! 大体貴方と言う人は……」

「でも、エルちゃんも欲しいわよね?」

 

 王の言葉にパティルナ様が闊達な笑いを上げ、エルミナ様が、怒っているような呆れているような、そんな何とも言えない声を上げる。ルイーネ様は何時ものように朗らかな笑みを浮かべている。帰ってきたのだな。皆の様子を眺め、そんな事を思った。そこで少し驚く。自分にも帰ってくる場所があったのだ。そんなものは必要ないと思っていた為、少しばかり意外だった。

 

「それは……まぁ……」

「それだったら、エル姉だって人の事を言えないじゃん。なんだかんだ言って、お土産楽しみなんでしょ?」

「おう、良いぞパティ、もっと言ってやれ!」

「ギュランドロス様は黙ってください!」

 

 なんとなく歯切れの悪いエルミナ様の言葉に、パティルナ様はにやにや笑いながら追い討ちをかける。それを王が煽ったところで、エルミナ様が限界を迎える。相変わらず苦労しているのだなと、その様子を見て思った。仲が良い方たちだ。そう思う。

 

「で、俺には何があるんだ?」

「酒ですね。流石に報告に来ただけですので、今は持ってきておりませんが、ラナハイムの銘酒です。お気に召すのではないでしょうか?」

「土産としては妥当だが、それが良い! 俺様に工芸品なんか持ってきてたら、殴ってるところだぜ」

「貰って喜ぶところが想像できませんからね」

 

 王への土産は、酒以外に思い浮かばなかった。為政者としては、工芸品でも良いだろうが、この人の場合は、土産物など個人で受け取るにきまっている。ならば、酒が良いと思ったのである。ラナハイムの銘酒を選ぶ為に、ラクリールからお勧めのものを聞いて、実際に飲み確かめていた。それなりに強く在りながら、後には引かない。そんな、潔い酒であった。ちなみにラクリールの好では無く、クライスの好だとか。主の事を良く解っているものだと、変なところで感心していた。

 

「ねね、あたしには何くれるの?」

「こちらをどうぞ」

 

 王の次に待ってましたと言わんばかりに、パティルナ様が傍らにまで来て、袖を引く。らしいと言えば、らしいそのしぐさに、苦笑しながら懐に手を入れる。王の謁見が終われば一人ずつ訪う予定であったため、三人分用意していた。尤も、魔剣を買うついでに魔法具店で見繕ったものでしかないが。そんな訳で、三人で全て物が違っていたりする。

 

「わぁ、これ、魔法具?」

「ご明察。強いものでは無りませんが、多少の加護が施されてます。お守り代わりにでもどうぞ」

「ありがとー!」

「お気に召したのならば、何よりです」

 

 渡したのは、ラナハイムで取れる緑の鉱石があしらわれ、加護の施されたブレスレットだった。無邪気に礼を言うパティルナ様に、軍礼で持って答える。早速腕に付けているところが、どこか微笑ましく思った。其処まで喜んでもらえたのならば、贈った甲斐があると言うものだ。

 

「あらあら。パティちゃん、よかったですね。とっても似合ってますよ」

「にひひ、そうかな? お姉さまに褒められたら、ちょっと照れるかも。ふふん、これであたしからユインへの好感度が上がったね!」

「ソレは良かった。買って来た甲斐がありますよ」

 

 ルイーネ様に腕輪を見せつけ、褒められたところで、パティルナ様がそんな事を言った。苦笑する。無論本気にする訳ではないが、微妙に反応に困る。とりあえず当たり障りのない返事をした

 

「さて、ルイーネ様はこれをどうぞ」

「ふふ、有りがたく受け取りますね」

 

 次いでルイーネ様に渡す。ペンダントだった。先ほどの腕輪と同じように、鉱石があしらわれ、加護が施されているものであった。尤も、此方の鉱石は青色だが。それを手渡す。ルイーネ様は何時もの様に朗らかな笑みを浮かべながら、受け取ってくれた。

 

「どうですか、ギュランドロス様。似合ってますか?」

「おう、似合ってるぜ、ルイーネ。はっは、ユイン。これを機に、ルイーネに手を出そうなんて考えるんじゃないぞ」

 

 ルイーネ様はペンダントを首にかけ、王に感想を聞いた。それに笑みを持って王が答える。仲が良いものだ。そんな事を思っていたら、王が冗談交じりでそんな事を言った。

 

「くく、ご冗談を。私が王の大事なものに手を出す訳がありません。そのような仲睦まじい様子を見せていただけたのなら、それだけで充分ですよ」

「むぅ、その余裕、相変わらずからかい甲斐の無い奴だな。これがエルミナなら、もう少し面白い反応をしてくれるんだがな。まぁ、そんなところもお前らしいか」

「ソレが、私ですので」

 

 焦る必要はない。冗談だと解っているので、笑みを持って答える。若干王がつまらなさそうに言ったが、其処は気にしないでおく。

 

「……」

「あらあら、エルちゃん。欲しいなら欲しいって言えばいいのに」

「そうだよ、エル姉。折角ユインが選んできてくれたんだから、素直に受け取ればいいじゃん。別に我慢しなくても良いって」

「……、そ、そんな事ありませし、我慢もしてません」

 

 ルイーネ様の言葉と、パティルナ様の言葉に、エルミナ様に視線を移す。先ほどから黙っていたエルミナ様が、何かもの言いたげな瞳で此方を見ていた。その目に映るのは、不満と僅かな期待だった。さて、どうしたものかと思いつつ、懐に手を入れた。

 

「ユイン」

「む?」

 

 土産を取り出そうとしたところで、王が短く声をかけて来た。そちらを見る。視線が混じり合う。目と目で会話をしていた。普通に渡すのではつまらんから、何か趣向を凝らせ。そんな事を凄まじい眼力で告げて来ていた。軽く目を閉じ、笑みを持って返事をした。相変わらず、エルミナ様を弄るのが好きな人だ。

 

「エルミナ様。此処に髪飾りがあります。受け取ってもらえますか?」

 

 土産として買ってきていた髪飾りを取り出す。先の二つと同じで、これにも鉱石が使われている。真紅の鉱石だった。なんとなくエルミナ様ならば似合うのではないかと思い買ったモノであった。年頃の女性である。軍属とは言え、多少は身だしなみに気を使っても良いだろう。尤も、軍装ばかり着ている男が言う事では無いが。

 

「……ユインがどうしてもと言うなら、受け取ってあげなくもないです」

「いや、無理にとは言いませんよ。私とて、エルミナ様が嫌がるモノを渡したくはありません。ならば他の者にでも渡しますので」

 

 仕方が無いと言う姿勢を見せるエルミナ様に、そんな言葉で応じる。此方としては受け取ってもらえないと、渡す相手を探す事から始めなければいけないのだが、そんな様子はおくびにも出さない。王は趣向を凝らせと目力で告げてきていた。この場合では、エルミナ様を弄れと言う事であった。なかなか難しい事を所望される。そんな事を思いつつ、エルミナ様の出方を窺う。

 

「別に、嫌がっているわけではありません」

「そうでしょうか? 私には無理をしている様に見えます。やはりこれは他の者に譲る事にしましょう」

 

 押した後に引く。そんな事を少しだけ行う。揺さぶり過ぎても駄目なのだ。新手の戦と定め、気を窺う。

 

 

「ああ、もう、待ってください。欲しいです、欲しいですから、他の人にあげるなんて言わないでください!」

「では、どうぞ」

「え、あ、ありがとうございます。……大事にします」

 

 何を言っても引いていく此方に、業を煮やしたのか、エルミナ様は若干叫ぶように欲しい言った。その様は思春期の娘が素直に言う事を聞いてくれたかのようであり、何処となく嬉しく思えた。尤も、自分とエルミナ様では其処までの年の差は無いが。僅かな笑みを零しつつ、髪飾りを手渡す。エルミナ様は一瞬呆けたような顔をしたが、直ぐに若干不服そうな顔になるも、素直に髪飾りを受け取ってくれた。そのまま両手で包み込むように持ち、紅の輝きを眺めている。何はともあれ、受け取ってもらえたので、肩の荷が一つなくなって良かったと思う。

 

「おおう、良いモノが見れたな」

「ですねぇ……。エルちゃんが、軍議とギュランドロス様の事以外で叫ぶところとか、あまり見れませんしね」

「まったくだ。くくく……」

 

 王とルイーネ様が顔を見合わせ、うんうんと頷いている。機嫌は良さそうであり、王の意思に沿う結果が出せた事に満足する。尤も、今回に関していえば、失敗しても問題は無いだろうが。

 

「あはは、エル姉、顔真っ赤だよ。もう、結局貰って恥ずかしがるなら、最初から素直に受け取っておけばいいのに」

「う……。うるさいです、パティルナ。それに、さりげなく抱き付かないでください!」

「えー。今のエル姉、可愛いからヤダ!」

「な、何を訳の分からない事を言うんですか!」

 

 パティルナ様がエルミナ様に軽く抱き着きながら、にやにやと攻撃する。エルミナ様も、口では嫌そうにしているが、決して邪険にはしない。三銃士である二人は、姉妹のように仲が良かった。微笑ましい光景である。

 

 

 

 

 

 そんな様子を眺めながら、周囲の音に意識を移す。先ほどから、距離は遠いが馬蹄が聞こえている。僅かに伝わってくる振動から、騎馬隊が訓練をしているのが解った。我が麾下達だろうか? それにしては少し多い気がする。ならば違う部隊なのだろうか。城内でも感じる事が出来た。自分の麾下にしては、数が多すぎるのだ。

 

「おう、ユイン。黙り込んでどうした?」

 

 そんな俺の様子に気が付いた王が、傍らまで来て言った。瞳を見る。楽しそうな瞳は、こちらの考えなど見透かしている気がした。

 

「いえ。外で騎馬隊が訓練しているようなので、麾下の調子はどうかと思いましてね」

「はっは。帰ってきて早々、それか。何処までも戦いに関する事が気になるらしいな。まったくお前らしいぜ」

「褒め言葉と受け取っておきましょう」

 

 王の言葉に軍令を以て答える。ラナハイムからユン・ガソルに戻ってくる道程で、身体はほぼ回復している事を実感していた。剣を全力で振り、白夜を疾駆させ続けたとしても、不調になる事はな無かった。漸く万全になったと言えた。それ故、煩わしい事が一つなくなっていたので、自分の手足となる麾下の事に視線が向いたと言う事だった。

 

「先のザフハ増援。そしてレイムレス城塞防衛での戦果。その二つを踏まえ、お前の部隊をさらに増員する事が決まった」

「真ですか?」

 

 少々、予想外の言葉であった。問い返す。

 

「ああ。だが、正確に言えば増員では無い。麾下はそのまま500で、指揮官を二人付けようと思う。それぞれに250の兵を預けてある。合計1000。ソレがおまえの率いる部隊になる」

「成程。つまり、次代のユン・ガソルの将となる者を育て上げろと?」

「そう言う事だ。増員と言うよりは、体の良い新人教育になるな。指揮官二人は、一人前に育った時点で、お前の指揮系統からは外すつもりだ」

「妥当でしょう。戦果と言いますが、私はまだユン・ガソルに勝利を捧げておりません。それなのに増員と言うのは納得できませんが、育成と言うのであれば歓迎です」 

 

 王の言葉に、短く頷く。将として、役目は果たしていたと思う。が、ソレはユン・ガソルが勝利したと言う事では無かった。両の戦共に、ユン・ガソルとしては敗北している。それなのに増員と言うのは、おかしな話なのだ。だが、新人の指揮官に経験を積ませるために、一時的に加入すると言うのならば納得はできた。敗北はしているが、キサラの戦鬼と戦った経験もある。メルキア帝国に所属していた時も、それなりに戦の経験はあった。その経験が買われた。そう言う事なのだろう。自分の指揮がある程度評価されたことは、純粋に嬉しく思えた。

 

「確かにお前の言うとおりだが、その手腕は信頼に足るものだ。だからこそ、指揮官の育成を任せたいんだ。流石に、三銃士に何でもかんでも任せられる状態じゃなくなってきたしな。お前の力も借りたい」

「ほう。となると、状況が変わったと?」

「ああ。ラナハイムと結んだ」

 

 少しばかり、驚く。ラナハイムと言えば、つい先日まで訪っていたからだ。王が友と手を結んだ。その意味を考える。

 

「成程。となれば……、東進、でしょうか?」

 

 現在のユン・ガソルの情勢を鑑みるに、思い当たるのはそれだった。ラナハイムに居た頃に、ユン・ガソルがメルキア東領元帥と一時的に停戦をしたと言う情報は得ていた。となれば、メルキアと直ぐに事を構える事は無い。だが、ユン・ガソルとしては、生産能力の高い領土が欲しかった。ユン・ガソルでは工業発展により、汚染された土地が多いからだ。つまりは、どこかに攻め込む必要がある。センタクスと戦わず、ラナハイムと手を組んだ状態で攻める場所。そうなると、選択肢はあまり多くなかった。

 

「はっは、当たりだ。以前からザフハからの要請が来ていた。アンナローツェを挟撃してほしいとな。そこで、ルモルーネ、ひいてはメルキアに対する圧力として、ラナハイムを利用する」

「承知。ならば、早速、麾下と新人の調練に参加しましょう」

 

 俺の言葉に王は満足したのか、楽しそうに言った。ラナハイムがルモルーネ公国に攻め入る。ソレは確定しているようであった。ルモルーネ公国は基本的に武力を持たず、周囲の三国、ユン・ガソル、メルキア、ラナハイムに収穫された農作物を均等に輸出している国家であった。それ故、ラナハイムが攻め入るとなれば、他の二国に救援要請を送る。事前にラナハイムと手を結んでいるユン・ガソルは、その要請に応えず静観。そしてメルキア帝国とラナハイムの戦に発展する。言葉の端々から感じ取れる、王の見立てはそんなところだった。

 

「おうおう、気が早いな。だが、ソレは明日からでいい。お前にはまだ教えなきゃいけない事がある」

「と言うと?」

 

 軍礼を取り、退出しようかと思ったところで、王に引き止められる。即座に問い返していた。

 

「以前、お前に欲しいモノが無いか聞いた事があっただろう?」

「ああ、ありましたね。合同訓練が終わったぐらいでしたか」

「ああ。それでだな。正式に増員できない詫びと言ってはアレだが、全部揃えておいたぜ」

「……。真、ですか?」

 

 思考が固まる。それぐらいの衝撃を受けた。

 以前王が欲しいモノを聞いて来た事があった。それに、一切の遠慮をせずに答えていたのだ。自分が率いる騎馬隊にとって欲しいと思えるモノ、全てであった。それを王は揃えたと言ったのだ。完全に、予想の上を行かれていた。鼓動が高鳴る。

 

「くはっはっはっは。お前でも、そんな顔をするんだな! いや、これは揃えて正解だった」

「それだけ、予想外だったと言う事ですよ」

「そいつは良かったぜ! まったく、そんな嬉しそうな顔をされたら、他に言葉が出ないぜ!」

 

 笑みが零れているのをはっきりと自覚する。戦場を駆ける騎馬隊。それに、漸く自分の思い描く戦を完全に行わせることができるのだ。考えただけで、血潮が滾り、心が躍った。

 

「王よ。私は、これで漸く思い描く全ての戦ができます」

「ああ。楽しみだぜ。どれぐらい、強くなると思う?」

 

 静かに告げる。高揚を体が包み込んでいるが、意識的に抑え込む。喜びは、麾下達と駆ける時に外に出そう。そう思っていた。

 

「竜をも狩ります。その騎馬隊を駆る限り、我が部隊は何十何百の竜をも討てましょう」

「くく、だっはっはっは! まったく、大した奴だよ。言う事欠いて、竜すらも狩れるとのたまった。此れが他の者ならば一笑に付すところだが、お前ならばやれると思えるから不思議だ」

「できます。王が必要なものを全て揃えてくれたと言うのならば、我が麾下に出来ぬ道理はございません」

 

 竜をも滅ぼす騎馬隊。それを目指していた。人では竜に勝てない。個人単位であれば倒す者もいないとは言えないが、種族として考えればそれは当然の事だった。そんな常識を覆す力。それを我が麾下には望んでいた。自分が育て上げる騎馬隊である。できない道理は無かった。人が竜を倒す。その程度で終わるつもりはないが、明確な目標の一つであった。

 

「その言葉、二言は無いか?」

 

 王が俺の目を見て尋ねた。凄まじい圧力を感じた。

 

「我が誇りに賭けて」

 

 軍礼を取り、応える。強く在る事を望んでいる。その誇りを賭して誓うのに、躊躇などある筈が無かった。視線が交錯する。静寂が辺りを包んでいた。

 

「くくく、はっはっは。迷いなく言い切るか」

「ソレが、私です」

 

 おかしくて仕方が無いと言った様子の王に、それだけ応える。

 

「ああ、それでこそ、ユイン・シルヴェストだ。一部隊分もの特注魔導銃を用意した甲斐がある。一つ決まったな、ユイン」

「何がでしょうか?」

 

 問い返した。麾下全てにいきわたる、威力と射程に特化した魔導銃。それを所望していた。それを使う事で、初めて俺の部下に俺の本当の戦をさせる事が出来るのだと思っていた。

 

「決まっているじゃねぇか。お前が直々に率いる騎馬隊の名だよ。何時までもユン・ガソルの黒騎士率いる部隊じゃ、可哀想だろ?」

「かも、しれませんね」

 

 王の言葉に、頷く。名など、考えた事も無かった。自分の麾下は、麾下でしかないのだ。

 

「ユイン・シルヴェストが駆る騎馬隊。竜をも狩る騎馬隊。お前の率いる漆黒は、竜を駆る騎士、竜騎士すらも討てる。だろう?」

「お望みと言うのならば、打ち破って見せましょう」

 

 王が、最期の確認をするように言った。ソレに王の目を見据え、静かに答える。考える意味などない。戦えと言うならば、どのようなモノでも討ち果たす。それだけであった。

 

「はっは、決まりだ。竜を狩り、竜騎士すら狩る。竜族すらも討ち果たす、最強の騎馬隊。竜騎兵。ソレが、おまえの駆る部隊の名だ!」

「竜騎兵」

「部隊が完成した暁には、竜騎将を名乗ると良い。ユン・ガソルの竜騎将、ユイン・シルヴェスト。くく、格好良いじゃねぇか! なぁ!」

 

 王が、言った。短く復唱する。竜を狩る、騎馬隊。自身が望んでいた力、ソレが遂に手に入る。そう思っただけで、高揚していた。ユン・ガソルの竜騎将。自分などがそのような大層な名を頂戴する事には抵抗があるが、それに見合う成果を出そう。そう、心に誓った。

 

 




ようやくタイトルの竜騎の詳細を出せました。ここから、オリジナル展開が入り始めます。

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