竜騎を駆る者   作:副隊長

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13話 ただ一人の友

「王よ、ようやく見つけました」

「おう、どうしたユイン」

 

 王都ロンテグリフ、城内軍議室。少しばかり要件があり、漸く王を見つけたところだった。軍装に身を包み、指揮官用の外套を羽織った姿で訪ねていた。軍礼を短くとる。自身は静養中であり、登城する必要は無い為、王は少し不思議そうに首を傾げた。今日は頼みたいことがあって、訪れた次第であった。

 

「どうかしたのですか、ユイン」

「あ、ユインだ。この前はありがとね。……ホント、いろんな意味でお世話になったよ」

「あらあら、ユインさんとパティちゃん、何かあったのかしら?」

「うーん。あんまり思い出したくない事だよ。なんだかんだで楽しかったけど、酷い目に合ったし」

 

 丁度、三銃士も揃っていた。丁度良い、そう思った。王に許しを得たら、個別に訪ねようと思っていたのだが、全員揃っていたので手間が省けた。

 

「少しお話がありまして。よろしいか?」

「おう、言ってみな」

 

 三銃士が居るのを一瞥したあと、一言断りを入れる。要件自体は大した事では無かった。少しばかり許可が欲しかったのだ。

 

「なに、大した事では無いのですが、暇が欲しいと思いましてね。その許可を貰いに来た次第です」

「なん、だと……!?」

 

 端的に告げる。王が、目を見開いた。口を半開きにしたまま、固まっている。予想外の反応だった。王ならば二つ返事で許可してくれるだろうと踏んでいた。

 

「ちょ、いきなり何を言い出すのですか、貴方は!?」

「そうだよ、ユイン。なんで急にそんなこと言うのさ!?」

 

 エルミナ様とパティルナ様も、口を出してくる。何やら慌てているらしく、即座に詰め寄ってきた。何か変な事を言っただろうか。妙に切羽詰まっている二人の剣幕に、そんな事を思う。

 

「何か、ユン・ガソルの軍に不備でもあったのでしょうか? それならば、可能な限り考慮しますので、思い直してくれませんか?」

「いやいや、エル姉。ユインなら例え不満があったとしても、口に出す事はしないんじゃないかな。寧ろ、行動で示す気がする」

「なら、軍とは別のところで不満が? 今、ユインに居なくなられると、困ります」

「いえ、不満などありませんよ。寧ろ気ままにやらせていただいて、申し訳なく思うぐらいです」

 

 二人の言葉を否定する。不満など、無かった。麾下の調練は全てカイアスに一任してあり、自身は傷を癒すために休ませてもらっていた。お陰様で幾分体調も良くなり、動く事も苦にならなくなっていた。未だ少し咳き込む事はあるが、順調に回復に向かっていると言えた。それも偏に皆々様が、自分の事を労わってくれているからなのだ。感謝こそすれ、不満などある訳が無かった。

 自分としてはそう思うのだが、どうして不満に思っている様に見えたのだろうか。思考の片隅で、そんな事を思う。

 

「あらあら。皆慌てちゃって、可愛らしいですね。けど、もう少し落ち着きましょうね」

 

 ルイーネ様だけが、最初と変わらず頬に手を当て、あらあらと嫋やかな笑みを浮かべている。相変わらず、朗らかな方だ。ある意味、王よりも肝が据わっているのではないだろうか。そう思った。

 

「お、おう、そうだなルイーネ」

 

 呆けていた王が、ルイーネ様の言葉に頷く。幾分か落ち着きを取り戻し、此方を見た。

 

「して、ユインよ。いきなりどうしたんだ。訳を聞きたい」

「ふむ。義手の再調整と、ただ一人の友に会いに行く。そのために、ラナハイムまで赴く許可が欲しかったのですが、いけませんでしたか?」

 

 用件を告げる。義手が壊れていた。ソレを再調整してもらったのだが、元々はラナハイムで作られたモノであったため、どうもユン・ガソルの職人では直しきれていなかったのだ。日常生活を送る分には、多少反応が遅れて不便なだけだが、戦場ではその誤差は致命的であると言えた。その為、はやく直しておきたかったのだ。軍人である。戦が始まった時に、手が上手く使えませんでは笑い話にもならない。

 そして、ラナハイムに向かうならば、友に会っておきたいと思った。旧き友。とある理由で刃を交わらせた事もある、強き男だった。ただ一人の、人の友。彼の者は、強く在る事を良しとし、常に上だけを見据えている。そんな、気高き男なのだ。自分と生き方が似ていた。だからこそ友足り得る。そう思った。

 

「ああ、そう言う事か。一瞬、ユン・ガソルを抜けたいと言ったのかと思ったぞ。驚かせるんじゃねぇ、まったく。とは言え、それぐらいなら許す」

「ありがとうございます」

 

 王の言葉に、短く軍礼を取る。ああ、そう言う事か。内心でそう納得した。言い方が悪かったのだ。確かにアレでは、軍を抜けたいと言っていると取られかねない。久方ぶりに友に会える。そう思うと、気が急いていたのかもしれない。そう、思った。

 

「しかし、ユインよ。ただ一人の友と言うのは、心外だな。俺は友と呼べないか?」

「言えませんね。王は、私にとってはどこまでも王なのですよ」

 

 即答する。王は、友では無かった。並び立つ事など、あり得ない。そう思った。

 

「むぅ。俺はお前の事を友と思っていたのだが、違ったのか」

「私には勿体ない言葉です。ですが、私では貴方の友足り得ないのですよ」

 

 淡々と答える。

 

「しかし、俺はお前を友として見たい。三銃士の様に、気の置けない仲になりたい。そう思っている」

 

 主がそう言った。自分などには勿体ない程の言葉であった。その言葉に頷く事は、どんな美酒よりも甘美なモノだろう。そう思った。それゆえに、頷く訳にはいかないのだ。

 

「王よ。私は貴方の隣に立つ訳には行かないのですよ。貴方の前に立ち、立ちはだかる敵を穿つ、矛でありたいと。降り注ぐ火の粉を払う、盾でありたいと。そう、思っているのです。故に対等では無く、臣下。それだけで、良いのです。貴方の道を切り開く者でありたいと、それだけを願うのですよ」

 

 王に、主であるギュランドロス・ヴァスガンと言う男の器に、ただ魅せられた。その男の下で、その夢を追う姿を支えたいのだ。王の夢には数多の苦難がある。それは確実だった。王は、メルキア帝国を中心とした中原東部だけでは無く、我らのいる大陸であるラウルバーシュ大陸。そのすべてを舞台とした戦を望んでいるのだ。大陸全土を舞台にした戦い。考えただけで心が躍り、血潮が滾るのだ。しかし、その夢を実現するには、どれほどの苦難があるかは解らない。故に、そのすべてを打払う為、主の矛であり、盾でありたいのだ。共に歩むのではなく、前に出て王の道を切り開く。ソレだけを望んでいた。それこそが、自分の成すべき事なのだ。王と共にある事は、三銃士が成してくれるだろう。何の心配もいらなかった。

 

「……」

 

 王が俺の言葉を聞き、黙り込んだ。出過ぎた事を言ったか。そう思った。しかし、言葉を取り消す事は無い。全て、本心からの言葉なのだ。ならば、恥ずべきことは何もない。そう思った。

 

「ユインよ」

「何か」

 

 答える。ただその言葉を待つ。言うべき事は言っていた。

 

「お前は、()い男だな」

「そうでしょうか?」

 

 予想外な言葉に、ただ問い返す。

 

「ああ、まったく残念だな。俺が女だったならば、一発で惚れるんじゃないか? それぐらい良い男だったぜ! まったく、どうしてお前はそう格好良いのかね。くく、ルイーネが居るのに惚れちまうじゃねーか」

 

 王が楽しそうに笑った。それに、どう答えるべきかと考える。

 

「あらあら。ユインさんに浮気なんかしちゃいやですよ?」

「くくく、解ってるよ。お前が居らず、俺が女だったらって話だ」

 

 ルイーネ様もまた、楽しそうに言う。息が合っているのだ。自分など、およびもしない時を共に過ごした二人なのだ。この王にしてこの王妃あり。そう思える程の、仲睦まじさと言えた。

 

「ねぇねぇ、ユイン」

「何でしょうか、パティルナ様?」

 

 ふと、パティルナ様に袖を引かれた。気付けば、既に傍らにまで来て此方を見上げている。

 

「ギュランドロス様をどう思ってるか言ったんだから、ついでにあたしたち三銃士をどう思ってるかも聞きたいな」

「ふむ」

 

 パティルナ様の言葉に、少しばかり考える。三銃士。見上げるべき、人たちであった。

 

「あらあら。パティちゃん。そう言う効き辛い事はあんまり聞いちゃダメですよ」

「と言いつつ、すごく楽しそうですよね、ルイーネ様。どちらかと言うと、パティルナの言葉に同意したいんじゃないですか?」

「ばれちゃったかしら? だって気になるんだもの。そう言うエルちゃんは、気にならないの?」

「私は別に如何だっていいです……」

「にしし。とか言ってるけど、これはきっと興味があるね!」

 

 三銃士の皆様方が、言葉を交わす。黙って聞いているが、どうやら言わなければいけない雰囲気になっている。少しだけ、苦笑した。聞いたところで面白い事など無かろうに。

 

「おうおう、ユイン。モテモテじゃないか。ふーふっふ、なんなら、エルミナかパティを貰っていっても良いんだぞ?」

「ちょ、い、いきなり何を言ってるんですか、ギュランドロシュさまっ!?」

「うわ、すっごい動揺してる!? でも、今のエル姉、ちょっと可愛いかも……」

「ふふ、エルちゃん深呼吸、深呼吸」

 

 王がにやにや笑いながらそんな事を言う。三銃士も三種三様の反応をしていた。ソレを横目に、少し考えてみる。パティルナ様かエルミナ様、仮に王が言うようどちらかを娶ったとする。別に嫌では無い。だが、それだけだった。そんな事になったとしたら、面倒事が一気に増えるだろう。そう思った。三銃士と言えば、ユン・ガソルの支柱であり、象徴である。それこそ、引く手数多だろう。婚姻話など、山の様にありそうだ。軍の象徴であり、美しく、強い。有力者は彼女たちとの婚姻を喉から手が出るほど欲しているのではないだろうか。そう考えると、三銃士の二人は結婚するのも色々と気を使わなくてはいけないため、少しばかり不憫に思えた。苦笑が漏れる。

 とはいえこの話に限って言えば、政略的価値は殆ど無いように思えるので、両者の気持ち次第だろうか。そう考えると、文字通り、考えるだけ無駄だと思った。俺が好かれる道理は無い。自身はメルキア出身で、元メルキア軍人なのだ。そんな男を好きになる事など、無いのではないだろうか。絶対とは言わないが、限りなくないと思える。

 そしてそれ以上に、自分は平穏など求めていないのだ。家庭を持つ事など、必要とは思えなかった。軍人は何時死ぬか解らないのだ。お二人の事は嫌いではないが、だからと言って欲しいかと言うと、そう言う欲求は無かった。能力があり、地位もある。器量も人並み外れている。だが、自身にとっては、そう思うだけなのだ。恋い焦がれる事は無かった。自分には愛馬と麾下が居て、心が躍る戦いがあればよいのである。それだけが自分の、ユイン・シルヴェストの求めるモノなのだから。

 

「ご冗談を。私は三銃士のお二人をそのような目で見た事はありません。恐らく、これから先も無いのではないでしょうか。王と同じく、三銃士は守るべきユン・ガソルの象徴であり、支柱なのです。命を賭して護ると言い切りますが、それだけです。戦場以外では、無理に肩を並べる必要は無いのですよ」

 

 静かに告げる。今までは、考えた事も無かった。そもそも、女として見てなかったような気すらする。軍人であり、戦友。同時に見上げるべきユン・ガソルの象徴。命を賭して守るべき支柱なのだ。

 

「なんだ、お堅い奴だな。まあ、らしいと言えばらしいが」

「むー、女として魅力がないって言われたようで、なんか悔しいなぁ」

「……。やっぱり聞くような事じゃなかったじゃないですか」

 

 少しばかり言い方を誤ったか。パティルナ様の言葉にそんな事を思った。

 

「そのような事はありません。三銃士の皆さまは、女性としてとても魅力的だと思いますよ。それこそ引く手数多なのでは無いでしょうか? 素敵な縁を見つけて幸せになってほしいと思っていますよ」

「あらあら、ユインさんったら」

 

 ルイーネ様は王の妻である。それ故婚姻を祝う事は無いだろうが、エルミナア様とパティルナ様が結婚するとなったら、祝ってあげたいと思う。自分は軍人だからか、気の利いた事は言えないが、本心から祝福することぐらいはできるのだ。是非、素敵な相手を見つけてほしいものであった。

 

「そこまで素直に祝福するって言いきられると、なんだかくすぐったいね」

「結婚ですか……」

 

 パティルナ様が困ったように言う。反応を見るに結婚など考えたことも無かったのかもしれない。エルミナ様は、何やら思わせぶりな表情で溜息を吐いた。三銃士ゆえに色々と面倒があるのだろう。そんな事を思う。

 

「ふむ。まぁ、この話はこれくらいでやめとくか。話が脱線したが、ユインの友と言うのはどういう奴なんだ? お前が唯一人の友と言い切るぐらいだ、正直興味がある」

「苛烈な男ですよ。祖国の宿願を果たすため、強く在る事を望む。そんな気高き人物です。ラナハイムの傑物と言えるでしょう」

 

 王の言葉にただ答える。どこか自分に似たところがある。そう言う男だった。弱い事を良く思わず、強く在る事を求める。卑怯な事を嫌い、困難を正面から叩き伏せる気高き男。だからこそ、友と呼ぶに足るのである。佩いている魔剣に触れた。一度はこれを奪い合い、刃を重ねた事もあった。強い、男だったのだ。彼の者との戦いは、心が躍るものだったと言える。

 

「お前がそこまで評する男か。できれば部下に欲しいところだな」

「不可能でしょう」

 

 即座に応える。王と友は相容れる事は無い。ソレは確実だった。二人には譲る事の出来ない、立場があるのだ。それ故、今のままではあの男が王の部下になることは絶対にない。

 

「迷い無く言い切ったか。くく、ますます良いじゃねぇか。その男、どれほどの器なんだ?」

「気高き男。敗北を良しとせず、一族の宿願の達成を求める者。誰よりも強きことを求め、苛烈な漢。魔法国家ラナハイムを総べる王にして、我が唯一の友」

 

 王の言葉に頷き、告げる。苛烈なまでの生き方を見せた宿敵(とも)を思うと、血潮が滾るのを感じた。もう一度刃を重ねたい。そう思った。

 

 

「その名は?」

 

 三銃士が息を呑む音が聞こえた。王がゆっくりと、促す。

 

「クライス・リル・ラナハイム」

 

 告げる。ソレが、俺のただ一人の、人の友の名であった。

 

 

 

 

 

 

「クライス、知っているかしら?」

「何をでしょう、姉上」

 

 魔法国家ラナハイム。険しき山々に囲まれた首都である楼閣アルトリザスの政務室。王であるクライス・リル・ラナハイムとその姉、フェルアノ・リル・ラナハイムの姿があった。報告書を呼んでいたフェルアノがクライスに声をかけた。

 

「先のメルキア帝国とユン・ガソルの争い。勝利したメルキアの東方元帥が、戦に負けたように振る舞っているらしいわ」

「ああ、レイムレス城塞の戦いの事ですか」

「ええ、何でも完勝したところをユン・ガソルの黒騎士に覆されたとか」

 

 姉の言葉に、クライスは視線を向けた。フェルアノがその特徴的な桃色の髪を軽く掻き揚げ、妖艶な笑みを浮かべている。血の繋がった姉弟ではあるが、美しい人だ。クライスはそう思った。

 

「ああ、ユン・ガソルの黒騎士ですか。それならば、メルキアは負けて当然でしょう」

「あら、何か知っているのかしら?」

「はい。ユン・ガソルの黒騎士。彼の者とは昔、縁がありましてね。強き男でしたよ。俺はあのように強い男を他に知りません。苛烈であり、凄絶。強さのみを求め、その在り方に相応しき実力を持っている男でしたよ」

「初耳ね。クライスがそこまで他人を褒めるなんて珍しい」

 

 クライスの言葉に、フェルアノは意外そうに聞き返す。彼女の弟が他人をここまで褒める姿を見た事が無かったのだ。

 

「何度か、刃を交えましたからね。……姉上は、騎帝の剣という魔法具をご存知ですか?」

「聞いた事があるわね。とても古い魔法具で、騎馬を駆る者だけの為に作られた魔剣だったかしら。魔法具の文献にも載っているわね。その持ち主に相応の力と代償を与えるらしいわね」

「そうです。そしてユン・ガソルの黒騎士。名をユイン・シルヴェストと言うのですが、ソレの現在の持ち主です」

「……は?」

 

 フェルアノは少しだけ呆けた声を出した。ソレを見たクライスは、珍しいものを拝めたと少しだけ笑みを零す。古い文献に載っているようなモノの所有者である。フェルアノが驚くのも仕方が無いだろうと思った。

 

「騎帝の剣。ソレがあると言う場所で、ユインと出会いました。そして奪い合った。互いに武技を出し尽くした。言わば宿敵ですね」

「ちょっとクライス。私はそんな話を聞いてないわよ!?」

 

 クライスの言葉にフェルアノは詰め寄る。クライスが言っている事は、解りやすく言うと、伝説の武器を見つけ、それを奪い合ったと言っているようなモノなのだ。そして彼女は、弟がそんな事をしたと言う話を一度足りとも聞いていなかった。そのため憤るのも無理は無いといえた。

 

「話すようなことでもありませんでしたからね。騎帝の剣を見つけたが、その所有権を奪われましたなどと報告するのは恥でしたので。尤も、手に入ったとしても俺には使えないのですがね」

 

 実際クライスの言葉通りなのだが、それ以上にクライスは話したくない理由があった。誇りを賭して戦った漢の事だ。刃を重ね、その人馬一体の動きに魅せられた。死力を尽くし戦い、最後には互いの誇りについて語り合った。クライスが知る人間の中で、誰よりも強く気高い。敗北を許さず常勝のみを良しとする姉。その姉以上に気高いのだ。そんな男だったと思った。宿敵(とも)であり親友(とも)である。そう思えた。その男を、姉に引き合わせたくは無かった。

 

「それでも教えてくれても良かったのではなくて?」

「誇りを賭け、負けたのです。俺はそんな無様を語りたくなかったのですよ」

「そう、まあ、過ぎた事はいいわ」

 

 フェルアノ・リル・ラナハイム。敗北を許さず、常勝を良しとする。それを信条とする、聡明で強い美女であった。クライスは、そんな姉に兄弟以上の感情を抱いていた。愛おしいと、心の底から思っているのだ。だからこそ、姉とユイン・シルヴェストを引き合わせたくは無かったのだ。ユインとクライスの在り方は酷使している。強さを求めるその在り方に、友情に近い何かを感じる程であった。そしてフェルアノの在り方ともまた、似ているのだ。誰よりも強く、苛烈。ただ強く在る事を望み、そのほかのモノは顧みない。強い男。強すぎる男。ソレがユイン・シルヴェストなのだとクライスは理解している。

 そして、その在り方は、姉の信念をそのまま体現してなお有り余る強さへの拘りであった。その在り方に姉が惹かれるのではないかと言う危惧があったのだ。無論、確証は無い。だが、そうなるような気がしていたのだ。それ程までの男だとクライスは認めていた。認めざる得なかった。

 

「強き男ですよ。アイツは。この俺の宿敵であり、親友なのです」

「……さっきも言ったけど、あなたが他人をそこまで褒めるなんて本当に珍しいわね。少しばかり、興味が出てくるわね」

「それ程の、漢なのです。超えるべき目標であり、同時に競うべき好敵手でもある。そう、思っております」

 

 クライスは姉に正直な思いを告げていた。知られたのならば、今隠したところで何れは知られる。ならば語ってしまうほうが潔いと思った。何よりも、友なのだ。友を語るのに、嘘を吐きたくなかった。なんだかんだ言って、ユイン・シルヴェストの事を嫌いに離れない事に気付き、クライスは内心で苦笑した。

 

「ふぅん。貴方にそこまで言わせる男か……。っと、こんな話を何時までもしている訳にはいかないわね。本題に入りましょう。予てから相談していたように、動く。それで良いかしら?」

「無論です。これまで雌伏し力を貯めてきたのです」

「解ったわ、クライス。ならば予定通り、ユン・ガソルに私は向かう。その準備を整えるわ。暫くは任せるわよ。死力を尽くしなさい。それで私は貴方の虜となる」

「はい、姉上。ラナハイムの力、見せてやりましょう」

 

 姉の言葉にクライスは力強く頷く。魔法国家ラナハイム。元は魔法使い達の組合であり、王国を名乗ってからも周辺諸国からは、国と認められておらず、見下されていた。その領土は険しい山々に囲まれ、生産力は低かった。だが、魔法技術を研究する素材には事足りない地でもあった。そのため先代も先々代も他国に蔑まれる屈辱に耐え、力を蓄えてきていた。何代にも渡り恥を偲び、力だけを求めた。ソレを開放する時が直ぐそこまで迫っている。クライスは、そう思った。

 

 


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