血盟騎士団調査室   作:神木三回

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保護と覚悟

 リズベットが水車小屋を出ることになった日。小屋の庭先で、彼女に挨拶に来たアーラン達とタスタスが少し話をしているのをじっと見つめていた。話が終わったのかタスタスが彼女に振り向き、表情を見てやや困った顔をして、彼女に歩みよって抱きしめた。彼女はおもわずしがみついていた。

 少し離れてその今生の別れか何かを見ることになったアーランは、彼女達から目を逸すように庭の柵に腰かけていたアルゴに顔を向けた。

 「第一層クリアか、それよりもう少し先になるか、くらいかな?」

 二人が堂々と会えるようになるまでの時期のことである。リズベットが安全になる、つまり彼女以外の高レベル鍛冶師が知られてくるようになるまでの時間だ。アルゴも少し考えて、

 「それくらいカナ。今年一杯で二人くらいは出てくるんじゃナイカ?」

 少し落ち着いたリズベットがタスタスに抱きついたままアーランにおずおずと尋ねた。

 「アーランさん。ここまでの収支どうだった?」

 アーランは言い淀んだ。最終的に手にしたのは NPC 鍛冶では容易に届かない水準の強化剣四本。壮絶に高価についたが早期に手に入ったという点で彼に大きな不満はなかった。遅れを取り戻すのにも十分な武具だろう。商売自体も最前線のキャンプ一つ一つ回って前線連中と顔を繋ぐネタになった。ただし、もちろん収支で考えてはいけないレベルでの話である。

 「聞かないほうがいいぞ」

 彼女の顔がまたタスタスの胸に沈みこんだ。声がくぐもる。

 「……やっぱ、そうなる?」

 「そうだろうナ」と、やりとりを見ていたアルゴも暗い顔で同意した。

 鍛冶屋育成を始めたころは前線に居ても遜色ないパーティだったが、最前線である迷宮区に今突入するのは無理がある。相対的なレベルはそこまで落ちた。レアドロップ四つ相当で割に合うとは彼女も思わない。赤字分をリズベットの借金とすれば済むような問題ではなかった。

 「最初から覚悟のうちだよ。このほうが儲かるようじゃ、誰も攻略に出なくなる」

 「それは、分かるけど」

 自分をパーティ内に取り込んで収支が合うかどうかだろう、と彼女も訊いてみたことがある。

 「たった三人で鍛冶師のエースを抱えこんでどうする。リズというリソースの無駄遣いだろう」

 そういって断られた。そこでモノで返すべく、努力はした。そして冷たい確率の前に跳ね返され、結果として彼女の一人儲けになってしまったのだ。金も時間も足りなかった。彼らの報酬は剣がたったの四本である。これから自分で量産できるというなら一人で鍛えて彼らに安値で渡せば良いが、偶然と気合いの四本では次は何時になるかも分からなかった。

 ちなみに四本目は仕事の終わりを告げられたリズベットがアーラン達を小屋から追い出して鍛えた一本である。出来た、というメッセージを受けて、追い出された庭先でぼけっとするはめになったアーランが中に入ろうとしたところを「リズちゃんが鶴だったらどうするんですか」とかなんとかでタスタスが止めたらしい。なんだそれは、と目を泣き腫らしたまま笑ったものだった。

 

 事の最初にアーランは一週間と言った。結果的にも、それはほとんど間違っていない。しかし彼女としては彼らが黒字になるまでは協力するつもりだった。順調に軌道に乗っており、あと二週間、というところではなかっただろうか。トールバーナまで、第一層クリアまで、つき合うつもりだった。ここまで縁が切れる形になるとは思ってもみなかったのだ。

 アーランはタスタスと抱きあったまま別れを惜しんでいるリズベットから再びアルゴに目を戻した。

 「アルゴ、育成本はどうなった? 前線連中に売った反応が知りたい」

 育成本 ── 鍛冶プレイヤー育成指南本(ハンドブック)。アルゴの攻略本(ガイドブック)別冊として前線の主なパーティとめぼしい鍛冶屋に売ったもの。これでリズベットを鍛えるのに溶かした金の三割ほどが返ってきた。

 NPC 鍛冶を越えるラインまで鍛冶屋志望プレイヤーを鍛えて囲い込むまでのレベリング手順、費用と育成時間の説明書。解説と費用の試算は具体的で、明らかに実際に試した、つまり少なくとも一人、NPC 鍛冶屋を越えたプレイヤーが既に居ることが見て取れるようにして煽った書。前線の人間ならば誰がそれに関わったか心当たりがあるはずであった。

 その推測が前線の野心家グループに浸透したころに彼は護送船団のボランティア募集を告知した。つまりリズベットを餌としてスカウト兼任の護衛志願者を釣った、もとい募ったのである。

 もちろんアーランはリズベットの存在は示唆しても名前まですぐに明かすつもりはなかった。しかし、はじまりの街からリズベットがしばらく居なくなっていたことはどうにもならないし、人の少ないホルンカでの女性も目立つ。一連の計画にアルゴが関わっているのと、もう一つの有力な情報屋グループがホルンカで機能していないことから、情報統制が効いているだけである。拠点がホルンカにあることは容易に推測がつくから、彼女には速やかにホルンカから立ち去ってもらわねばならなかった。

 

 この時、アーランとリズベットは揉めた。少なくともアーランのほうはそういう認識である。データを公開する時に取り付けた約束、つまり存在が洩れることによって彼女が危険になるならちゃんと守る、という約束を彼女が持ち出してきてアーラン達が離れることを非難したのだ。彼女が心の内をほとんど全て吐き出した頃、アーランは頭を下げた。

 洩れるとすればそれは諸々隠す努力ができる育成本からでもアーランからでもない。隠しようもない、ホルンカに住み着いた鍛冶屋が居る、という事実からだろうから、彼女の安全のためにも二人目以降の育成を彼は焦らざるをえなかった。そのために彼女の安全性を削ったとしてもである。理論的には、育成本のデータを解析して彼女にたどり着くまでの手間と時間が、事実を調べてバレるまでの手間と時間に等しくなる程度まで情報を公開できる。身長・体重・目線の高さ・腕の長さ・背筋力などの基礎体力・筋肉を使う時の習慣などに関わるデータを彼が全て抜くと、彼女の育成プロセスの生データをそのまま公開したいというアルゴはものすごく嫌な顔をした。しかし、アルゴといえども鍛冶ロールでプレイしたことはない、鍛冶熟練プレイヤーがデータから女性を嗅ぎとった日にはほとんどバレたも同然だろうと主張して彼は押し切った。

 しかしこういったことにはかなりの部分に主観が混じる。これをもって彼女に納得してもらうことはできなかったから、彼が言えたのは謝罪の一言だけであった。

 

 今日、彼女は一度はじまりの街に戻ることになる。ストレージ共有も切った。フレンド登録のほうはタスタスだけ残しておけば良いだろう。

 ただ、誰が彼女と一緒に帰るかは少し悩んだ。自分達の誰かと一緒に帰るにせよ、一人で帰るにせよ、あるいはそれをティクルやタスタスに離れて見守らせるにせよ、問題が多い。アルゴに頼むことすら考えてみたが、似たようなものである。リズベットが一人で帰ることを主張し、結局、そういうことになった。一人でホルンカまで往復できるというアリバイが出来ることは大きいのだが、非戦闘職のレベル 3 をソロで圏外に放り出すのはあまり気分が良くない、そう言うと彼女は笑い飛ばした。まあ確かに非戦闘職のレベル 2 の目の前にイノシシをけしかけた男の言うことではない。ただ、少しでもポップするモンスターの数を減らすため、アーランとティクルは今朝方ホルンカとはじまりの街を一往復している。

 

 「そこそこ良かったゾ。実際に行動に移しそうなのは三つ四つってとこダケド。どうしても投資回収期間が長いってサ」

 「意外に少ない……手持ち現金残してないとか必死すぎだろう。ディアベルのところを見習えと言いたい」

 最前線グループの手持ち現金について、彼はディアベルのグループがポンと出した金額を基準にしていた。あれが攻略集団として飛び抜けたところに位置していたとしても、当時のトロンダ手前から今は迷宮区である。他の人達も今ならそれぐらいは出せるだろうと思っていた。

 死亡率がネ、高いんだヨ、というアルゴの呟きはかろうじて聞き取れた。装備に手が抜けないということだろう。現金は溜め込んでも対モンスターの防御効果はない。舌打ちしつつ彼も黙った。その部分について語っても聞き入れるプレイヤーは居ないと思うから。

 アルゴが顔を上げた。

 「まあデモ。にーさんの本来の目的は果たせそうダヨ」

 「そっか。良かった。まあこれだけ走り回って結果がでないと悲しい」

 

 耐久度を消耗した武具は鍛冶プレイヤーにとって貴重なリソースであり、それを NPC 鍛冶屋に持ち込む行為は鍛冶プレイヤーのスキルアップの機会を奪う行為だと彼は考える。それはドロップアイテムを捨てる行為に近い。リソースの無駄遣いは間違いなく攻略速度を落す。

 アルゴにガイドで呼びかけてももらったが、NPC 鍛冶屋よりもレベルの低いプレイヤー鍛冶屋に存在意義がないことは彼も認める。鍛冶プレイヤーに早急に NPC 鍛冶屋のレベルを越えてもらえれば説得力としては一番である。護送船団に至る一連の計画は基本的にこのラインに沿った。

 その本質部分以外にすこしだけ期待できることがあった。鍛冶プレイヤーが友人であった場合はどうだろう。多少のミスは許してもらえるのではなかろうか。それならば NPC 鍛冶以下でもスキルアップする機会がある。またはアルゴや彼の一連の行動によって前線の人達が彼の主張に一定の理解を示してくれた場合。気分が良い時、目先を変えてみたい時、そういった時に「プレイヤー鍛冶屋でも訪れてみようか」ということが選択肢に上ることだ。

 

 トールバーナに無理を押してまで鍛冶志望プレイヤーを連れて行くのは、この理由による。ホルンカやトロンダと違い、トールバーナは大きな街だ。前線プレイヤーは迷宮区とトールバーナだけでプレイを完結するだろう。前線の人間に鍛冶プレイヤーと接触する機会がないことには何も始まらないのに、だ。

 そしてアルゴの発言は、トールバーナに鍛冶プレイヤーが来るのを待ち望む人々が出て来ているということを示していた。

 

 ふとアルゴがアーランの奥に目を向けた。そこにはティクルが来ていた。

 「三人目を紹介してくれるとは思わなかったヨ」

 「世話になった君への礼だよ。情報の形で餞別だ」

 「……えらく安いナ」

 情報屋・スパイ・護衛としても行動しているらしい三人目についてきちんと調べるのは骨だが、商人として表に出ているのだから、その気になれば調べられる人物であった。

 「そう言うな。そうそう君に隠しておける情報の持ちネタなんかないよ」

 肩をすくめたアーランにアルゴが食いついた。

 「いやいやいやイヤ、何かあるダロ」

 「心当たりが多すぎて分からんからなー」

 「にーさんの行動計画書とかイイナ」

 アルゴがしなを作ってみせると彼はやや呆れた口調で、

 「紙の上のスケジュールみたいなものはなー。相手次第でどうなるか分からんから……そういえばアルゴ、エギルという奴は知ってるか?」

 「両手斧使いカナ。知ってるヨ」

 「彼のパーティの情報、現在の力量と今の行動計画や方針のあたりについて、今週から護送船団が出る頃までの分をまとめて売ってくれ」

 「護送船団の後の計画に関ワル、ということカナ? 確認しておくケド、にーさんが買ったことは向こうに伝わるヨ?」

 「むしろ歓迎だ。あの人達とどうするかはまだ。今なにしてるか全く知らないから。前線で見かけたこともないし。でもさ、例えば僕がボスレイドに出ている間、うちの子を預けておくには良い人達じゃないかなと思うんだよ」

 ティクルが目を丸くしたのが彼女から見えた。

 「そこの三人目君が驚いているようだケド、話通してないノ?」

 「ただの妄言だ、まだ。一人で他のパーティに参加したとして、使い潰されたり裏切られたりする心配をしなくてすむ貴重なパーティだと思うんで、唾は付けておきたい……というあたりで、お互いの礼としてはどうだい?」

 「フム。分かっタ。こちらこそ、いろいろ楽しかった。面白かったゾ」

 「そうか。それは良かった」

 コツン、と拳を二人は打ち合わせた。

 トールバーナへの護送船団出発地をアーランはホルンカとした。ホルンカまで自力で来れる実力もしくは知恵と気概を要求したといって良い。リズベットを連れて来た時の様子から、圏外に居るというストレスを過小評価はしなかった。パニックを起こされては困るのである。

 その一方で、前線グループが派遣しようとする護衛プレイヤーに対して彼は堂々と自分より強いことを要求した。試しにと護衛候補一人を ── 実は武器の力を借りて ── 叩きのめしたあと、彼はこう説明した。

 「僕より弱い人を連れて行くと、力及ばず死んでしまいかねません」

 周囲で見物していたプレイヤーの半分くらいが吹き出した。弱いプレイヤーは後方に留まるべき、というそれなりにもっともな発言ではあるのだが、この台詞の論理をちゃんと実行するとパーティで一番弱い彼がリーダーシップをとる、ということになる。パーティを運営するのは至難であろう。

 

 前線パーティで鍛冶師育成に手を出すことを決めたところが三つ。アーラン達ははじまりの街の鍛冶師四人ほどをまず誘って、OK を得た。最初はそういう静かな成行きであった。しかしすぐにいろいろおかしくなる。

 「なんかおかしくないか、このメンバー」とアーランは呟いた。それを聞いたタスタスが「類は友を……」と言い掛けて面白いように彼の顔色が変わるのを見て言い直した。

 「能力の要求が厳しいのに、先輩の度量がおっきいですから、人格の幅が広くなるのは必然じゃないかなと思います」

 「そんなゴマは要らねー……」

 アーランは項垂れた。しかも彼らが変ではないとは一言も言っていなかった。

 「えっと、でもわりとポンポン許可の判子押してましたよね?」

 彼女は首を傾げた。

 

たとえば、とある女性護衛志願者。

 「立派な仕事だと思いますぅ」

 妙な感動をしていた。ソロで鍛冶師育成とは無関係なのにわざわざトールバーナから戻ってきたとのこと。トールバーナ周辺の地理を知っている一人ということで許可する。

 

たとえば、ある打ちひしがれた鍛冶志望。

 将来の参加パーティが決定済みである。というか、ホルンカまで彼らに連れてきてもらっていた。参加する意味があるのかと訊くと、

 「こいつを鍛えてやってくれないか? 向こうのが鍛えるのにも良いんだろう? 俺たちも護衛についてもいい」

 ためしに打ち合ってみれば、彼ら五人のパーティは頑張ればトールバーナに届くか、くらいのレベルだった。護衛で頑張ってもらうとモンスターの一つ二つ後に抜かれそうなので断ろうとすると、なぜか鍛冶屋のほうが背丈が半分になる勢いで縮こまる。連れて行かないと鍛冶屋がふとした拍子に自殺しかねないので、仕方なく二人ほど連れて行くのを認めることにした。

 こっちがパーティ割っておいてなんだが、と一応残りの三人がどうするか訊けば、

 「俺たちか? 俺たちだけでちゃんとトールバーナに行ってみせるさ」

 そう言って親指を立ててみせた。こんなプレイヤーばっかりなら仕事も楽なのだが、と感動して彼は握手を求めた。

 

たとえば、上は禁じたのに勝手に来た護衛志願者。

 「いやぁ、リーダーが認めてくれなくてね」

 「いますぐ帰れ」

 ドアを指差した。冗談ではなかった。手が一つ増える代わりに前線パーティの一つと険悪になるとか、まったく冗談ではない。かなり怒ったはずだが目の前の男は顔色一つ変えなかった。

 「人手不足だろう? 猫の手よりはマシだと思うんだ。俺は強いよ」

 胸を張ったその男は、一瞬だけ隅で隠蔽しているティクルのほうに視線を向けた。彼の隠蔽を瞬時に見破るレベルだと叩き出すのは無理だと判断する。聞けばわりと大世帯なパーティに所属しているくせに何故に索敵そんなに鍛えてる、と思いながら、アーランは男からリーダーの名前を聞いて直接交渉にあたる。正直、強力な索敵スキルは有り難い。

 リーダーのほうも天真爛漫な男には手を焼いているらしく、互いのメッセージは愚痴だらけになった。それで向こうも気が晴れたのか、許可が降りた。許可が降りたことに男が素で驚いていたのが腹立たしかった。

 

たとえば、ある鍛冶屋コンビ。参加理由は鍛冶スキルアップにも攻略組にも関係がなかった。

 「リアカーでモンスターの頭ぶんなぐった奴が居ると聞いてな」

 「そんな奴は居ません」

 アーランが初めてトールバーナ入りした時、運搬クエストのペナルティと引き換えにモンスターの棒立ちを作ったことを指していた。即座に否定したあと彼は考えこんだ。噂はアーランと特定できる形で遠くまで流れるようなものではないだろう。その時このコンビはどこにいた?

 そのあたりを訊けば、自力でホルンカにたどり着いていた。彼は驚いた。ホルンカ入りした初の鍛冶プレイヤーではなかろうか。むしろそのまま先に進んでくれても良かったのだが、船団の話を聞いて戻って来たらしい。

 「なんでそんなに戦闘能力的な意味で強い鍛冶屋がいるんだ?」

 「商人と二足のわらじ履いてる奴に言われたくねーぞ。攻略もできる鍛冶屋めざしてんだ」

 「いや、無理だろ。商人と鍛冶屋じゃ習熟時間がぜんぜん違うじゃないか」

 「そうか? 鍛冶も、ここに来てるのよりはマシだと思うぜ」

 「襲われた時の救助順序(トリアージ)は最後になるが、いいか?」

 「かまわんぜ。まあトールバーナに居るのがどんなんか知らんが……いちおう死んじまうまでに頼む」

 負担にならなさそうなので参加を認めた。

 

たとえば、あるソロプレイヤー。鍛冶屋でも攻略組でもなく、護衛志望ですらなかった。

 「あんさん、事務仕事でそろそろ人手が足りん言うはるころだと思いましてな」

 ホルンカでレベリングしているプレイヤーの一人で、顔は見知っていた。事務仕事で憔悴したタスタスに懇願されて話を受ける。一応護衛待遇なので、と打ち合ってみてびっくりした。てっぷりとした腹の見た目から想像するのより遥かに強かった。見た目と実力が一致しているとは限らないわけだが、ここまで違うのは珍しかった。

 見た目とスキルは一致しない、というのは SAO の基礎だが、実はそれなりに一致する。今の見た目がプレイヤーのリアルに沿っているからだ。つまり、プレイヤーの思考・生活様式その他はリアルの姿形に反映され、したがって SAO 内の現在のアバターにも反映されている。指先の速度だけ鍛えれば良い非 VR ゲームとは違うはずなのである。

 そう言って男に訊けば、SAO の中では身体が軽く、それが楽しくてちゃんと運動しているんだそうな。

 「なるほど」

 彼は納得して許可した。

 

たとえば、ある便乗組。もはや護送船団と関係なかった。

 「うしろ付いてくから、挨拶に来たわ」

 高校生くらいの勝気でめんどくさそうな女性プレイヤー、というのが第一印象だったが、すぐに頭の中で訂正した。鍛冶スキルの機密の問題があるから部外者集団が無秩序に膨れあがるのは好ましくないのだが、挨拶に来るならまだ良い部類である。

 「船団のうしろ、少し離れて付いて来るということかな?」

 「そう。迷惑を掛けるつもりはないわ。助けにこなくていい。前に居てくれればそれでいい」

 「それだけでも君達が前からモンスターに襲われることはない、からか」

 「そういうこと。あなた達も背後から襲われることは気にしなくていいと思う」

 「何人くらいの集団になるのかな?」

 「五人くらいかな」

 「ふむ。……君、ゾンビという状態異常、ないしモンスターって聞いたことあるか?」

 「知らない」

 「君達がゾンビ化して、こっちを襲ってきたら嫌だなと、ふと思って。まあ逆もあるわけだが」

 「そんなのが居るの? 攻略本には載ってなかったけど」

 「攻略本が全てじゃないよ。攻略本に載っていることは正しいかもしれないけど、載ってないこともあると思っていたほうがいい」

 「それは、そうね。でもゾンビ……」

 「ここで思いついただけだから、本当に居るかどうかは知らないよ。居るとしても第一層で出るようなモンスターじゃないと思うなぁ」

 「ちょ、あなた」

 「迷惑を掛けない、とか簡単に言うな。なんかあったら呼んでくれ。無碍にはしない」

 「……分かった。ありがとう」

 

 もっとも、分かってんのかなと思うことはあった。彼が移動を保証するのは護送船団の鍛冶師だけである。近い将来に第二層が開放された時、護送船団の名簿に載った鍛冶師については転移門のあるはじまりの街までの逆向きの護衛をすることになっているが、こういった便乗組の人達は、攻略最前線という活気溢れた街から主街道から外れ人気の消えた辺境の街にまで凋落したトールバーナに取り残されるはずであった。彼らはトールバーナに自力で行く能力がないからついて来ているわけで、自力移動できるほどレベルを上げるかあるいは転移結晶を手にするまでは半軟禁状態である。

 

そして、ある女性鍛冶屋(リズベット)

 「あたし、SAO で一番の鍛冶屋なの」

 顔を見てアーランは固まった。登録マクロのスクロールを手放さなかったことを誰かに褒めてほしいと彼は思う。彼女は完全に開きなおった表情をしていた。脇でタスタスが微笑んで小さく手を叩いている。答えは棒読みになった。

 「ホラ吹きありがとうございます。言葉に見合った実力があると良いですね」

 断るべきであった。前線から派遣されてきた護衛メンバーは表向きはただのボランティアだが、機会があればリズベットへのアクセスを狙っているスカウトでもある。アーラン達がスキルレベルで彼らに太刀打ちできない以上、情報戦で穴がないようには出来ない。しかし断る方向であっても自然に特別扱いする理由が思いつかなかった。困っている様子の彼を見つめて、よりいっそう彼女が胸を張る。彼が呆然としている横からタスタスがスクロールを奪い取り、許可のボタンをタップして返した。

 彼は抗議の表情でタスタスに目を向けた。

 「先輩、SAO で一番の鍛冶屋とか、最高じゃないですか」

 そう言って微笑むタスタスに、彼も肩の力が抜ける。リズベットに顔を戻して苦笑した。

 「っとにもうしょうがないな」少しだけ声が小さくなる。「けど、ありがとう」

 計画の責任を一緒に背負う、リズベットがそういう覚悟を示したことに敬意を表して乾杯。彼女も破顔した。

 「どういたしましてっ」

 

 かくして船団は最終的に、鍛冶師 10名、アーラン自身を含めた護衛 11 名、後方にオマケが 5 名、という規模になる。それ以外ではティクルがトールバーナ待機、タスタスがはじまりの街待機で物資その他の補充・補給を担当する。また、リポップタイムと摺り合わせてトールバーナ近郊でモンスター掃討隊が出ることになっていた。担当は船団に人を出すことを禁じていたパーティのリーダーである。キバオウと言った。アーランは 1 コルも出していないが、毒を食らわば皿まで、というところだろうか。

 ホルンカからトロンダを経由、トールバーナまで約 8 キロメートルの旅程である。トロンダの小休憩含めて 3 時間弱と見積もられた。

 


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