血盟騎士団調査室   作:神木三回

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休日

 それから数日、アーランやティクルははじまりの街から前線までを走り回った。前線でキャンプしないならホルンカが前線に一番近い宿泊地である。ホルンカから前線まで徒歩約 1 時間、はじまりの街へは約 30 分とバランスも良く、タスタスとリズベットは水車小屋に二人が泊まることを提案したが、アーランは断った。二日ほどははじまりの街に泊まって前線まで出勤している。

 二人の基本的な仕事は、最前線で強化済みの剣を売って、そのかわりに未強化の剣を下取りして受け取ることである。この順序は重要である。剣を受け取って強化するという手順と違い、結果が先に見えるこの手順は商人や鍛冶屋の信用・信頼問題が無くなるのだ。前線での行商人は皆無だったから、信用上の問題がないと分かればアニールブレード専門でも大いに歓迎された。

 事前に大量の剣を準備したのもこの理由による。もちろん失敗した剣も多く出て、その補充のためにクエストで荒稼ぎすることもあった。失敗した剣はアウトレットとしてホルンカで販売である。

 

 ホルンカへの輸送も最初はタスタスとのストレージ共有だけだったが、途中からリズベットとのストレージ共有による直接転送が加わった。いつのまにかストレージに未処理の剣が増えていることにリズベットも悲鳴を上げたものだった。タスタスに

 「いわゆる嬉しい悲鳴というやつですね。はじめて聞きましたー」

とボケられた時は、この女どうしてやろうかと彼女は思ったものである。振り返るとタスタスはつっぷして既に寝ていたので呆れただけだったが。タスタスのほうもその程度には仕事が増えていた。

 

 攻略ガイドブックも更新されて、[森の秘薬] クエストを受けたいプレイヤーはまずアウトレットのアニールブレードを買って、それを使ってクエストをこなし、新品のアニールブレードを手に入れた後、アウトレットを転売もしくは下取りに出すこと、というものが推奨手順の一つになった。 そしてこれによってトレインを作る風潮は消滅した。トレインを作ってまで急ぐプレイヤーは、アウトレットのアニールブレードを入手した時点でクエストを省略して先に進むことを選んだからである。

 また、アウトレットをプレイヤーが買った、それはつまり直ちに先へ進むかもしれないプレイヤーが目の前に居るということである。そのプレイヤーがその日までホルンカで泊まっていたのなら、宿が空くということでもある。アウトレットを販売しはじめたその日のうちにアーランとティクルは自分の宿を確保することができていた。

 二回目のアルゴの協力日。小料理屋で皆でとった昼食時、メニューを閉じると同時にアルゴが唐突にがっくりと項垂れた。ちなみにメンバーはアーラン、アルゴ、タスタス、リズベットの四人。この後に及んでも三人目を連れてこないアーランにひそかにアルゴは感心していた。

 「どうしたんでしょう?」

 タスタスが心配げに言うとアーランがにっこりした。

 「僕は知っている」

 ピクとアルゴは内心で反応した。項垂れたのは本心半分演技半分でアーランに情報の確認(コンファーム)の話を振るための前振りみたいなものだったのだが、事実として掴んでいるのは想定外である。最近前線に出入りしているとはいえ、今の最新情報を彼が知っているはずはないとアルゴは頭を巡らせ、すぐに気付いた。ピースサイン付きでメッセージを送ってきそうな男がいた。トロンダ攻略チームにも居たはずである。おもわず顔を上げた。

 「デーさんかっ!」

 瞬間、失敗に気付く。アーランは当然のように正面に座っていた。表情が筒抜けである。にやりとして彼は打てば響くように応えた。

 「正解!」

 そこで彼はタスタス、リズベットに向いて、

 「さっきディアベルさん達がトロンダ入りしたんだとさ。アルゴはその場に立ち会えなかったのでこうなっていると」

 確定であった。アルゴは今度こそ本当に項垂れた。情報入手速度でアーランに負けていた。

 「情報屋の名折れダ……」

 清々しい笑顔のアーランとうつむくアルゴが良い対比である。二人も納得した。ここでアーランは肘をついて両手を組んだ。

 「さて。メイン集団がトロンダ入りしたことを確認してあげたんだ、君の親しい友人について語ってもらってもいいかな? ソロでお人好しで、しかしとっても強いことは分かっている。トロンダに人が増えたのに、君の姿が見えないのを心配してくれたんだろう?」

 メールを寄越した少年についてであった。

 「な、なんのことカナ。べつにそういうのデハ」

 実際、そんなのではない。トロンダに人が増え、もうアルゴもトロンダ入りしているに違いないと、クエスト等がベータの時とどう変わっているか訊いて来ただけである。しかし何と言うか的の外し方が微妙でかえってとても反論しにくい。第一、当る的のメッセージであったほうが彼のかばい甲斐があった。

 「うちの計画に影響があるプレイヤーかどうか、それくらいはいいだろう? 別に固有名詞だせとは言わない」

 その瞬間、リズベットが「えー」という口を形作る。タスタスに至っては具体的に抗議した。

 「あまりプライベートのことを話さないアルゴさんの貴重な()()()友人の名前を聞き出す機会なのに……」

 そう言って残念そうな彼女に、彼は肩をすくめた。

 「それはさすがに可哀想だろう」

 別の方向に話が飛びそうなことにアルゴが手を振る。

 「いや、そういうんじゃないカラ」

 じゃあどういう人かな?という顔をするアーランに、しぶしぶ話し出した。

 「昨日のうちにトロンダ入りしてる。メイン集団との差は、だから一日ほどダナ。レベルは飛び抜けて高いケド、ソロにしても周りへの影響力はほとんどないから、にーさんの計画とは無関係でイイと思う。だけど」

 ここでリズベットのほうを向いた。彼女に直接話しかけるのは珍しく、何事かと彼女も背筋を伸ばした。

 「アイツの武器を造ることが、鍛冶プレイヤーの目標になる。いつか」

 「あたし、もう NPC 鍛冶よりマシなもの造れるわよ? 強化くらいなら今すぐ受けてもいいんだけど」

 そう胸を張った彼女に、駄目だ、とアーランは割り込んだ。彼女がむくれた。

 「なんでよ」

 「そいつは NPC 鍛冶の手で限界まで強化済みだろう。次の強化は、そう、NPC に頼めば七割、君に頼めば八割の成功率としようか」

 アルゴを見る。彼女も頷いた。

 「良い数字だと思ウ」

 「そいつが大事にしてきた相棒を、二割の確率で駄目にしてしまって君は彼に謝れるのか?」

 さすがに破壊されることはない。アルゴの要請でリズベットが確認している。言葉に詰まった彼女に、彼は表情を緩めた。

 「仕事に感情移入するのはリズの大きな利点だと思う。だからこそ、君が失敗する可能性は全て潰させてもらうよ」

 「過保護ダナ。だけどまあ、もうすこし修行してから、だとおれっチも思うヨ」

 アルゴは思う。何時か、は期待する。でもそれは今ではない。今しばらくは(キリト)は独りで戦い続ける。メイン集団も、アーランもまだ彼の手助けができるほどではない。

 「……うん、分かった」

 神妙にリズベットは頷いた。アーランは空気を振り払うように、

 「で、仕事の話に戻ろうか」

 「……やっぱりおれっチで遊んでたのカ」

 「思い出したんだが、今日はアルゴから何を聞き出してもタダの日だったんだよな」

 「残念ながらそういう契約ダナ」

 もちろんそんな契約ではない。実は少しばかりアーランは反省した。アルゴのノリが良いから彼もこういう言い方をするが、こういうやり取りをするからリズベットに恐がられるわけである。ただ、それをおくびにも出さず話を続けた。

 「その彼との、出会いについて語ってもらおうか? 歳は幾つくらいなんかね? レベルはともかく、人としてはどんなんだ?」

 「マテ」

 アルゴのポリシーとして彼の情報を売るのには何の問題もない。しかし今それを話すのはとてもまずい気がした。

 「気になるところは気になるし。なあ?」

 「はい」

 綺麗な笑顔で女性二人の声が揃う。

 「で、仕事の話に戻ろうか」

 「……分かった。仕事の話に戻ってクレ」

 疲れた表情のアルゴに、彼は真剣な顔で言った。

 「トロンダ入りが早すぎる」

 「にーさんが煽ったからダロ?」

 「君の友人 A が先駆け(パスファンダー)しているからだろう? リズのレベリングはともかく、鍛冶屋コミュニティにコネ作る時間が足りない。現状ではコンボイ誘っても乗ってくれないだろう」

 「おれっチの保証では駄目カナ」

 「無料で?」

 「ええい、無料でやってヤル」

 「いや、冗談だよ。金は払うから、前線で知られてそうなパーティの下っ端何人かひっぱって来れないか? 協賛してる、という看板が欲しい」

 「今はトールバーナ目前で忙しいゾ? トロンダからトールバーナは目と鼻の先なんダ」

 「こっちが動くのは前線組がトールバーナ入りしてからだ。何日か休むよな? 休むよね? 即行で迷宮区突撃とか無いよな? そこで人が借りられればいい」

 「……あいつらそのまま突入すると思ウ」

 「おいおい。まいったね。どうしたもんかな」

 手で顔を覆う。仕事が増えそうな不穏な空気を感じてタスタスが手を挙げた。

 「先輩、わたし休暇が欲しいです。みんなで一日休みましょう」

 横のタスタスを一瞥してアーランは頷いた。

 「ん、分かった」

 即答にアルゴとリズベットは顔を見合わせた。彼も気付く。

 「なんだい? 二人して」

 「いや、……あたしが休暇が欲しいって言ったら即オーケーした?」

 「もちろんだ。鍛冶屋が集中力欠いた仕事とか、前線の人が本当に死ぬだろう、冗談じゃないぞ。もともと明日は休み入れてもよかった。証拠に君に払った分も今日までだろう?」

 釈然としない顔のリズベットだったが、それでアーランの口八丁の壁が突破できるわけないダロとアルゴは思った。思いつきもしなかったことを突っ込まれて準備万端だと言い張るのはアルゴも普通にやることだ。

 「でも今仕事増やそうとしてなかった?」

 「君のスケジュールを前倒しにしたりはしないぞ。限界一杯だろ」

 「……よく御存じで」

 タスタスが少し身を縮こまらせながら横をちらと見て、二人の話に小声で割って入った。

 「リズちゃんごまかされてます。アルゴさんの予定が今日で、今日までのスケジュールが確定してたから今日までだったんですよ」

 「あ、そうか」

 明日の予定は未定だったかもしれないが、そこに休みを入れるつもりだった、というのは嘘なのだろう。リズベットはちょっと睨んでみるが、彼は平然としていた。タスタスからもそれ以上の助けの手はない。アルゴに至ってはお手並み拝見とばかりににやにやしている。味方なんかいなかった。彼女はがっくりした。

 翌、休養日。

 

 「わたし、圏外(そと)に出たいですっ!」

 アーランがタスタスに今日何をしたいか訊いた時の返事がこれだった。《はじまりの街》に閉じこもっている人が聞いたら目を回すな、と思いつつ、彼やティクルと違って彼女は小屋に詰めっぱなしだったから分からんでもないとオーケーを出す。ティクルも来るか、と水を向けたところ、やや意外そうな顔をしたものの彼も頷いた。

 前線が《トロンダの村》に達したことは当日中にホルンカのプレイヤーに知れ渡った。アニールブレードを手に入れた後もホルンカに滞在し、レベリングしていたプレイヤーは一斉にトロンダへと移動を開始していた。つまり、その翌日の今日、森は閑散としているはずだった。休養には良いだろうと思ったのである。

 

 三人で《西の森》手前のなじみの広場に出向き、タスタスはイノシシを捕まえて遊び始めた。しばらくそんな彼女を眺めていてふとアーランは我に返った。ここはゆるやかな丘陵の草原と林の境目、道の見通しはそこそこ。つまり遠目に見ると ──

 (なかなか酷い絵面かもだなー)

 このあいだとは違って彼は注意したし、無傷にしておく意味もなかったので彼女も同意してフレンジーボアの HP はかなり削ってあるが、そんなことは分かるまい。モンスターの下からしがみついて声もあがらない様子の女性プレイヤーと手を出しあぐねているようにみえる男性プレイヤー二名が見えるだけだろう。

 頬がゆるみきった彼女に声を掛けた。

 「タスタス、ちょっと起きろ。道から外れ ──」

 「おーいおまえら大丈夫かぁっ!」

 遅かった。茶褐色の大柄のスキンヘッドを先頭に駆け寄ってくるプレイヤーが三名。先頭の一人以外は初期装備の小剣だから、さほどスキルもレベルも上がってないはずなのに、なかなか良い目をしていた。彼は溜息をついて、

 「ティクルはvP(対人戦闘)警戒、隠蔽は……手遅れだな。おいタスタス」

 「はぁいー」

 やや不満げに、短剣をモンスターの首筋、リアルなら頚動脈のある位置と言えそうな部位に突き通してポリゴンに変え消し飛ばした。手を引っ張って彼女を立たせると、彼女は礼を言ってからパタパタと服をはたく。イノシシの返り血がついていないのがこの世界の有り難いところだろう。モンスターの背後で剣を構えていたティクルが少し剣先を下げる。

 

 近付いてきたパーティのプレイヤーはいずれも大男の部類で、そのうちの二人はアーランよりも背が高い。戸惑いながら得物を仕舞っていた。

 「お、なんだ、大丈夫か? というか、余計な御世話だったか?」

 「あまりに紛らわしいことをしていたこちらが悪い。すまん」

 アーランはすまなさそうな大男に手を差し出した。握手を交わす。

 「そもそも何してたんだ? 差し支えなければだが」

 「モンスターの出来の研究だな。弱点とかクリティカルがどうなっているかとか」

 「アゴの脇のところ、柔らかくてモフモフよい感じなんですよ?」

 「首筋に剣立てれば剣の耐久減らさずにモンスター倒せるとか」

 「喉元なでるとお顔からトゲトゲした感じしなくなりますし」

 「うん、まあ、君等が何をしてたのかは分かった。しかし食われる寸前にしか見えなかったぞ……生け捕り中、とでも看板立てておいてくれ」

 大男は苦笑していた。タスタスが目一杯ちゃかしているが、これらが彼らの元々の興味だ。

 

 モンスターに頚動脈も脊髄もない。にもかかわらず腹に刺すよりは首筋のある部分を刺したほうが HP の減りが大きかった。この事実を確認した時、三人は少しばかり茅場晶彦(プロジェクトマネージャー)のコスト縛りに同情した。

 プレイヤーに心臓すらないこの世界において、モンスターとは「切れば HP が減る存在」でしかなく、刺す部位によって HPの減りは変動するものとして、どこまで真面目にモデリングしているか、は彼らの要確認事項の一つである。

 今のところ調べる方法はないし将来もないだろうが、心臓のない SAO のプレイヤーで右胸左胸を刺された時のHPの減りは違うかどうか。リアルワールドの人間は胸の中心やや右を刺された場合とやや左を刺された場合で明確に死亡率が異なるだろうが、どのくらい忠実にリアルワールドの現象を SAO のモデルに持ち込むか。

 モンスターの体表面にクリティカルエリアとして「頚動脈の位置」をマッピングするくらいならおそらく内臓、せめて血管系・呼吸器官系くらいはモデリングしたかったであろう。にもかかわらずモンスターの腹を切り裂いても安っぽい光るメッシュが見えるだけなのだ。細部まで拘りたいであろう茅場晶彦の気分とコストからくる簡略化のトレードオフの結果であることは明らかだったが、それがプレイヤーから見えるところに置かざるを得なかったのは苦汁の決断であったに違いない。

 

 アーランは重ねて謝った。

 「俺たちが困ってそうだったらやっぱり助けに来てくれると嬉しい。もうオオカミ少年をすることはないと誓おう」

 「まあ何か起きれば俺たちが助けてもらう側だと思うがな」

 それは装備の違いで一目瞭然だろう。

 「あんた達はリトルネペント狩りかな。まあこちらにはそれしかないが」

 「ああ。それがクエで貰える剣か?」

 「そう。いくらか強化してあるんで、貰える奴は色合いが違うが」

 今日が休みになることを知ってハイになったリズベットが調子に乗って成功させた三本のうちの一本である。

 「強化済みかよ、早いな」

 「まあな。その先達からアドバイス一つ。そこの林に開いた穴のような広場の向こう側の端より奥がリトルネペントのエリアで、広場の手前側の端よりこっち側がフレンジーボアのエリアだから」

 「安全地帯(セーフティゾーン)ってことか?」

 「細かい昆虫モドキが入ってくるから厳密には違うようなんだが、まあそんな感じ。まだガイドには書いてなかったろ」

 「サンキュ」

 「お騒がせした謝罪だ」

 「じゃあ行ってくる」

 「おう」

 手を振って見送る。彼らが森に消えるころ、ティクルが心配気に訊いた。

 「ボス、アレどうすんすか?」

 アーランも溜息をつきつつ首をふった。

 「しょうがない、昼ごはん食べたら見に行くことにしよう」

 「今日、うちの店休みなんですよね……」

 タスタスも悄然としていた。リーダーのスキンヘッドは斧持ちなのでともかく、残りの二人は小剣である。彼らはガイドブックも読んでいた。つまりアウトレットのアニールブレードを入手しようとしたはずで、店が休みだったために初期装備でモンスター狩りに挑戦するはめになった可能性がある。この時期に来るなら初心者(ニュービー)である。いざという時ここまで逃げてこいとは伝えたが、はたしてどうだろうか。森は人が減ってポップ率も上がっているのだ。

 森は本当に閑散としていて彼らは容易に見付かった。タスタスが索敵マップを見て声を上げる。

 「これ囲まれてますよぅ」

 パーティを解除しつつ慌てて駆けつけ、ティクルとタスタスが牽制に入るのをよそにアーランはリーダーの斧持ちにパーティ参加を申請、すぐにメンバーに入る。視野の隅に三人の HP ゲージが映った。このうちゲージが黄色なのが二人、内そろそろ赤くなりそうなのが一人、その名は ──

 「奥がナイジャンかっ?」

 「そうだっ!」

 当然ではあるだろうが、彼は舌打ちした。斧持ちのエギルは触手を断ち切れず、タゲは取れてもナイジャン達に触手でちょっかい掛けられるのを防ぐところまではいっていない。アーランが踏み込もうにもエギルが邪魔だ。エギルとスイッチした瞬間にナイジャンが飛ぶかもしれないとなると提案出来ない。

 「奥の人が赤い、ティクルは中に入れるかっ?」

 彼が答える前にタスタスの悲鳴が上がった。

 「二時の方向、7 秒で実付き 2、ノーマル 1!」

 「ティクル!」二時方向を見もせずに指示を出す。「二時方向の三つ足止め!」

 アーラン自身も走り出す。そのままだとティクルの位置からの抑えが無くなる。彼の反応も速かった。

 「了解、足止めに入る! スイッチ!」

 ポーションを一本取り出し、外側を大回りしてエギルの邪魔にならない位置から一体のタゲを強く取る。ティクルの居た位置だ。背後をケアされたのにもかかわらず、まだナイジャンは「ポーションを取り出し、飲む」という作業は出来そうに無いようにみえた。しかし彼は無理にメニューを開こうとして、目がモンスターから逸れる。エギルが大声を上げた。

 「まて!」

 「ナイジャン受け取れ!」

 

 アーラン達三人はデスゲーム宣言の後しばらくして剣を持つ手を右から左に変えていた。右手はメニューを操作する手であったためである。筋力・精確さの点では右手・左手に差がなく、対人戦で複雑なフェイントでもしないかぎり、剣を持つのに利き手である必要はなかった。その一方で、戦いの最中に一秒でも早くポーションを取り出すためには右手は空けておかねばならなかった。そうでなければ命にかかわるからである。あるいはちょうど今のように剣で触手の相手をしたまま右手で細かい仕事 ── ポーションを投げるといったようなことをするために。

 そのポーションは触手に叩き落されても構わなかった。同じモンスターから目を離すならメニューに目が釘付けになっているより宙を見てくれたほうが良い。しかし望外の結果が得られる。彼はガチガチの左手で掴むことに成功した。あたふたと握りしめる時が一番危なかったかもしれない。

 

 「三秒後に飲め! タイミング合わせ、3 2 1 ゼロ!」

 説明せずとも理解できるプレイヤーとは良いものだと彼は思う。その瞬間、ナイジャン・ウルフギャングを取り囲んだ四体のリトルネペントのタゲを、アーラン・タスタス・エギル・ウルフギャングが取った。数秒ナイジャンの周囲が空白になる。そして彼のゲージが黄色中盤に回復した。

 

 遠くの個体の触手も相手しなければならないからなかなか切り倒せないのであって、数秒でも触手を放置で良いならもうリトルネペントはアーランやタスタスの敵ではなかった。なにかしら身体が軽くなったのを感じる。身体のキレも良くなった。つまり、

 (二人分の命の重み、そこそこあったってことか)

 こういう関係ない思考ができるということが余裕の証拠だ。自然に笑みが浮かぶ。

 エギルもその笑みを見た。彼にしてみれば危機的状況は変わりない。しかしアーランとともに手伝ってくれている女性プレイヤーの表情からも厳しさが抜けてきて、二人が死から遠ざかったのを知った。冷汗がおさまってくる。

 

 ナイジャンのゲージが再び赤に落ちかける頃、まずアーラン側のリトルネペントが飛び、包囲網に穴が開く。

 ナイジャンの脱出と入れ換わるようにアーランが飛び込む。そろそろ赤に落ちそうなウルフギャングに呼びかける。

 「スイッチ(そこどけ)!」

 入れ換わって脱出するウルフギャングの背後のケアに入る。ちょうどエギルとタスタス担当のリトルネペントがそれぞれポリゴンとなって消えた。

 「タスタス、こいつよろしく!」

 「了解、担当代わります、先輩ひどくないですかー」

 抗議を無視してティクルの補助に向かう。相手は実付き二体。ノーマルは討伐済みらしい。

 「あ、ボス、てことはやっちゃっていいんすかね」

 「やってくれ」

 次の瞬間、二体まとめて消し飛ばされた。タスタスはと振り返るとエギルがスイッチして最後のリトルネペントに向かうところだ。

 「タスタス、周囲はどうなってる?」

 ここしばらくソロ行動が多かったこともあって三人とも索敵スキル持ちだが、タスタスのものがいちばん索敵範囲が広い。

 「十一時の方向 100メートル停止で一つ、一時の方向、30 秒で二つ、です」

 「うしろはクリアなのね、じゃあエギルさん。いったん森の外に脱出しないか? たしかに近付いて来る奴に花付きが居るかもしれないが……」

 「わかった。一度出直す」

 そう言いつつ、きっちり仕留めるのが中々格好良かったとは言える。ただし、彼には言わねばならないことがあった。

 森の外に出て、広場でまるく座る。ナイジャンに飲ませた分のポーションをエギルから受け取って仕舞いながら、アーランはやや非難を込めて訊いた。

 「さすがに取り囲まれるほどのピンチになっているとは思わなかったんだが、エギルさんの指揮か?」

 彼は笑いながら自分の頭を叩いた。

 「いやぁ、囲まれてる奴が居てな? そいつ助けに潜ったらミイラ取りがミイラになってた。めんぼくない。助かった。礼を言う」

 「……で、そいつは助かったのか?」

 「よく分からん。助かったと思うが、助けたあと一目散に居なくなったからな」

 

 アーランは何とも言えない感情に襲われた。今日、二回、彼らは人助けに入った。一回目は空振り、二回目は裏切られた。しかも一回目は自分達である。モンスターにやられれば本当に死ぬ世界で、不透明な状況で躊躇せずに人助けに向かう。アーラン達が唐突に横から討伐に参加して、それをターゲットの横取りとか考えない。互いに情報が筒抜けになるパーティ参加申請をすぐに受ける。タスタスやティクルの情報を彼らに渡すのが嫌でアーランは事前にパーティを解除しておいたのに、だ。

 

 エギルはそんなアーランの顔をしげしげと見つつ、笑いとばした。

 「あんたがそんな顔をすることはない」

 「そうは言ってもな……」

 「こんなことでオオカミ少年に懲りたりはしないさ」

 「……まいったね」

 アーランのほうが気を使われていた。素人二人を連れた戦闘で下手やらかした指揮について一言あったのだが。エギルがタスタス達のほうを見た。

 「そっちの二人、紹介してくれないか。礼を言いたい。まあ構わなければ、だが」

 パーティに参加させなかったのだから、嫌がっていると思うのは当然だろう。二人に目で頷いた。

 「タスタスです。どうぞお気遣いなく」

 「ティクルです。どうも」

 エギル達三人は二人に口々に礼を述べた。アーランとしては、元を辿れば自分達に責任の一端があると思うとおもはゆいのだけども。

 

 話してみると、彼らは自分達に気を使ったのか本当なのか、アウトレットを買うつもりはなかったらしい。そもそもアニールブレードを使うつもりがないと言う。両手斧を見せながら、

 「これ買うのに三人で金出してな。あと二つ買うための金作るのにクエスト受けたんだ」

 「最初に使うのがエギルさんだ、ってのは二人は納得してるんだろうか?」

 「ああ。俺たちも試しに使ってみた。こいつがいちばん上手かった」

 アニールブレードは剣としては出回る数が多くなってきていて、アウトレット含め流動性も高い。現金化を考えるプレイヤーが出てくるのはおかしくなかった。自分達が現金化しようとした時は出来る気がしなかったものだが。状況の変化にすこし笑みを浮かべる。

 「なるほど。花が取れたら僕達が買い取っても良いよ。ひとつ一万二千コルで」

 「あんたら手持ちの剣あるんだろう」

 「前線に売るぶんだよ。鍛冶屋のレベリングもしてるんで、出来あがった剣の販売をね」

 「おお、そんなのもあるのか」

 なにか納得したように彼らは頷いた。ホルンカの [森の秘薬] クエストは案外効率が悪いという噂が出回り始めていたのだが、トロンダへ人が移動してここらあたりの人が減ったことを期待してここに来たと言う。つまりアーラン達のレベルでここに居るのを不思議に思っていたとのこと。

 

 リズのレベリングはここらあたりで打切りだな、とアーランは思った。人助けとはしておくものである。低レベルプレイヤーの評判はチェックしていなかった。[森の秘薬] クエストの悪評を辿れば自分達にたどり着いてしまう。その前に撤収しておくべきであった。

 


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