血盟騎士団調査室   作:神木三回

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リトルネペント、リトルネペント、リトルネペント

 陽が落ちる前に男二人ははじまりの街に戻り、そして翌朝またホルンカに戻る。ついでだからときっちり往復とも荷物運搬クエストを受け、後から出発したオッカムに追い抜かれる時に呆れられた。夕焼けや朝焼けに照らされて光が波打っている草原の丘には確かにプレイヤー達がそこかしこでシカと格闘している。その脇を今回は寄り道せずにまっすぐ行く。

 運搬クエストを片付けた後、アーラン達は食堂に向かう。ホルンカ内で食事ができるのは二箇所、大衆食堂と予約オンリーの小料理屋。昨晩タスタスから転送されてきたアルゴからの招待メールによれば、小さい方が明日の昼食会の場所になるのだろう。そして水車小屋に泊まったタスタスが、昨日夕食をとった大衆食堂で待っているはずだった。朝から彼女と顔を突き合わせる日々に入って二日目、昨日の朝はいわば合宿の朝だっだが、今朝は待ち合わせ感があった。

 ── が。

 

 「先輩っ! おはようございます! あ、ティクル君もおはよう」

 

 この静かな朝、村の全てに通りそうな大声で笑顔のタスタスが手を振る。昨日と違いリボンの位置が首元から髮左脇へ移動していた。いまさらだな、とは思いつつ小さく呟いた。

 「リアルの関係もろバレだよなぁ……」

 「《鼠》の前で先輩呼び許した時点で手遅れっすね」

 渋い顔のティクルもフォローしない。だが、聞こえたわけでもなさそうなのにしなしなと彼女の手が下がった。

 「おはよう。……リボンの位置、変えたんだな」

 「はい。ここ小物屋さん無いんですよね。手持ちで目立とうとすると、これくらいしかないです ──」

 「そっか。すまん。良いと思うよ」

 アーランのミスである。草原での戦闘しか考えていなかったから、昨日、森に入って互いの位置を確認するのに難渋した。特にティクルは都市迷彩のジャケット上下に濃茶の革鎧である。ほとんど見えない。その反省で互いに目立つ配色を ── というのだが、服も小物も手に入らないホルンカで出来ることは少ないだろう。男二人は服装はそのままだが朱が混じった明るい赤のバンダナを巻いて先を肩に掛からないくらいに先を垂らしていた。彼女の分も買ってストレージ共有で送るということもできたのだが、カタログも写真もない状況で現物見ずに注文という訳にはいくまい。いちおう尋ねたがやんわりと断られた。なおティクルの迷彩は隠蔽スキルの補助でもあるので、そう簡単に変えることはできない。

 「ですが、やっぱりそれは無いですよぅ……」

 と二人の巻いたバンダナを交互に見ながら彼女が情けなさそうに口ごもった。

 「ティクル君はまだ突撃隊員ぽくて何とかみられます。ですが、先輩のそれ、会社の運動会でがんばる平社員ぽい」

 おお、と隣でティクルが手を打った。なにか納得するものがあったらしい。

 「あー、うん。善処しよう。でも外すという選択肢はないからな?」

 ぱさっとバンダナにしていた布を外して首に巻く。ネッカチーフかマフラー風味。タスタスは首を傾げた。

 「そこまで言うなら色違いのほうが良くなかったですか?」

 目の端に止めた時に、どちらがどちらか判別するのに一瞬遅れるだろうと。アーランは肩を落した。

 「そういうのは昨日のうちに言ってくれ」

 彼女は両手を振って、いえ、わたしはぜんぜん困らないですから、とあわててフォローすることになった。

 ホルンカの村から西に圏外に出て、小路を数分歩いたあたりから路の北側に広がりだす広葉樹の森が《西の森》だ。人の手が入っていないという意味で「森」なのだろうが「林」のイメージに近く、樹々の間隔はそれなりにあり、下草もあまりなくて歩きやすい。

 

 森にはけっこうな数のプレイヤーが入り込んでいるはずだが、たまに気合いの声が小さく聞こえるくらいでお互いの姿はほとんど見えない。路からさほど外れない、昨日三人が戦った場所にも人は居なかった。幸先は良い。昨日、この場所を見出すのに一時間は掛かっただろうか。今朝、また似たような場所を探すのは手間だ。あるかどうかも分からない、しかも見物客を連れ回して。

 アーランは小さくガッツポーズ。

 「おし、第一段階クリア」

 村出口から合流しているオッカムが疑問に思ったのを感じてティクルが説明する。

 「ここでないと()()()()()んですよ。ここであなたと俺はすこし待機します」

 アーランも同意する。

 「うん。約束通りちゃんとお見せします。タスタスは道筋確保で」

 「はい。それじゃ、いってきます」

 「あ、ああ」

 タスタスが一礼し、身を翻してアーランの後に続く。それをオッカムも目で追った。

 そういえば、と思い出す。昨日彼女は誰かと待ち合わせしているかのような顔をして、ひとりぽつんと森の中でたたずんでいた。

 

 アーラン、タスタスが遠ざかってしばらくして森に静けさが戻った頃。ティクルも周囲に気を張っているようでもそれほど戦闘姿勢ではない。花見でもするかのように、道脇に堂々とゴザを敷きはじめた。てもちぶさたになったオッカムがおずおずとティクルに話しかけた。

 「君は……あのティクル、でいいのかな?」

 「ええ。そのティクルですよ。オッカムさん」

 「知り合いということは彼らには……?」

 「そうかもってことは話してあります。俺がここに残されたのも、旧交を温めてもいいよ、ということでもあると思いますよ」

 ベータテスト時代の旧交を温めたくなる人物、というのはティクルも多くない。ベータテスタへのツテを必死に求めていたアーランの姿を見ているティクルがそれでも誰の名も挙げなかったのに、ここへきてオッカムの名を挙げたことにアーランも思うところがあったのだろうと思う。

 もっとも多少の訂正はした。べつにコンビを組んでいたわけではない。

 ベータテストプレイ末期、第七層でひそかに《狂躁のオッカム》と呼ばれた迷惑男に鈴をつける役割を担ったのが当時のティクルだった。

 「そうか……」

 交渉の場では彼らは一言も触れなかった。あの時点で互いに確信はなかったのだろう。ただ、交渉人のリーダーと宿泊客となる女性がその場に居れば良く、またリーダー氏のみ名前を告げれば良いところ、ティクルまで紹介したのはそういうこと ── オッカムの人物について最低限の知識はあるのだということを示した、という気はしていた。

 オッカムは口ごもってから、なにか押し出すようにして話を続けた。

 「君は、この死んだら終わりだというゲーム、聞いてどう思った?」

 ほとんど舌打ちしかねんばかりの勢いでティクルはオッカムを見上げた。

 「あなたがここで立ち止まってるとか、おかしいと思ったんすよ。たかがリトルネペント相手に死にかけましたね?」

 みれば明らかにティクルは怒っていた。

 「まいった」

 オッカムは手で顔を覆った。

 剣一本に彼が提示したコル。昨日一日の討伐でほぼ二万コル稼いだということで、ティクルはオッカムが彼の知るオッカムだと確信を持ったのだが、戦いでリトルネペントがドロップした金額がそれというなら、その討伐数的にもはやリトルネペントは難敵ではない。そのはずなのに、ティクルの知っていたベータ時代の彼と違って今の彼の表情に浮かぶ死の影。討伐を店じまいするにはまだ早い時刻に小屋に戻る彼を遠目にうかがった時、別人かと思ったくらいだ。

 もちろん討伐数に花付きの出現確率を掛ければ彼がどれだけ不運だったかも分かってしまう。交渉で彼が剣を買うことに同意したのは、あまりの自分の不運に折れたのかと思っていた。もっとも、昨日の午後の二十体そこそこの討伐だけで花付きに出会えたついでに実付き四体につきまとわれたティクル達も、恵まれていたかどうかは議論の余地がありそうだ。

 「フレンジーボアも、フーリッシュディアも恐くなかったんだけどねぇ。リトルネペントもそのままいけると思っていたよ」

 昨日。斬って斬って斬りまくった。もはや二体同時相手ならなんてことはなく、極悪な実付きリトルネペントもほとんど無意識にさらっと避けられるようになって。それでいてなおターゲットの花付きのリトルネペントに遭遇できなかったのは純粋に運だったのだろうとは思う。

 かつての通り名そのもののように初期装備の小剣を振るいつづけ、花付きの出現率が少しは上がるだろうかとクエスト的には何の意味もないノーマル体三体を同時相手にし。実付きを斬らねばなるまいかと心を決めた頃、群れるモンスターの奥に花が付いているのを発見、狂喜した一瞬に腕を掴まれ。腕ごと口に運ばれそうになるのを足で蹴りつけて抑えながら、彼は見た。触手を自分の頭の上からかぶせるように降ろした、リトルネペント二体が自分の前後を塞いでいくところを。

 「慌てていたわけではない。そこで死ぬとは微塵も思っていなかった。実際、こうして脱出できているしな」

 言葉に彼本来の自負を感じて微笑みつつ、ティクルは先を促す。

 「だが、想像してしまった。これがラージネペントだったらと」

 

 ネペントシリーズ ── ウツボカズラ(Nepenthes)の袋にあたる部分を劇画化したモンスターで、本体は直径 1 メートルほどの円柱形をしており、その円柱側部の上のほうにおおきな口、木の根のような木質の足と数本の草のような触手を持つ。頂上に双葉、花や実が付く場合もある。西の森の浅部ではリトルネペント ── ほぼ人の身長ほどの高さでレベル 3 相当だが、深層部で跋扈するラージネペントは人の身長をはるかに越えてレベルも 5 相当。リトルネペントと同列で語って良いモンスターではないし、現状でティクルがソロで戦うには少し博打になる相手だ。

 「リトルネペントに捕まっている時に思うことではないが、ラージネペントでなくて良かったと思ってしまった。ラージネペントだったら()()()()()()()()()()()()()()()()()と」

 そこでいわば「死んだ」のだと彼は告げた。デスゲームが他のゲームと違うのは、「死んだ」ことが自己申告であることだと思う、と彼は言う。他のゲームならばシステムから「あなたは死んだ」と告げてくれて、そしてやりなおしができる。

 「今私は、デスペナを払っている。……払わなければならない。そうでなくては次の戦いで本当に死ぬだろう」

 だが、どうやったらデスペナを払い終えることができるのか、それが分からないのだ。

 「君達の戦いを見れば、分かるだろうか」

 

 ティクルには答えられなかった。

 ティクルはゴザの上に寝っころがっては起き、また寝っころがるを繰り返していた。索敵スキルをもたず、そのあたりオッカムに頼りきりになるティクルとしては気を抜きすぎた姿を彼に見せたくない。── のだが、二人が戻ってくるのに時間が掛かるのを覚悟していてもなお長い。空気が凄まじく微妙すぎた。HP ゲージが遅々として減らないのをいっそ不思議に思いながら、そのまま一時間が過ぎる。

 じっとあぐらをかいたまま待ちくたびれてきたらしいオッカムが言うともなしに呟く。

 「どうなのかね? 奥で片付けているということは……」

 「それはないですね。うちのリーダーは見通しのないところでのソロ戦闘とか、その手の無茶はしません」

 「まあそういう感じではあるが」

 三人で索敵スキルを持っているのはタスタスだけである。アーランとティクル達の間の経路をモンスターが塞がないことをタスタスが見張っているかぎり、つまり彼女がアーランから離れているかぎり、アーランには見通しのない森の中で本格的な戦闘ができない。逆に彼女がそばにいれば、隠蔽の効かないモンスター、リトルネペントが居る森でティクルも活動できた。

 

 タスタスから「戻りますよ」というメールが届いてしばらく、彼女とアーランがゆっくりと戻って来る姿がみえた。その後に実付きリトルネペントを一体連れて。

 彼らの作戦の本質に気付いたオッカムは顔を引き攣らせた。

 「き、きみたち、まさか」

 ティクルが獰猛に笑いかける。

 「あなたの気付いてるのは作戦の半分だけですよ。()()()()()()です。……見ていればすぐ分かります」

 「そう……なのか?」

 ティクル・タスタスが剣を構えたのを確認、モンスターに向きなおったアーランは《バーチカル》一閃、実を叩き斬った。すぐにオッカムのところまで異臭が広がってくる。リトルネペントが押し寄せてくるトリガーだ。彼も剣を引き抜いて構えた。

 

 しばらくして、オッカムは構えていた剣を降ろした。彼はモンスターを一体も斬っていない。「ここでないと都合が悪い」「大丈夫」という二つの言葉の意味が分かる。

 オッカムの前方の三人パーティは三人でスイッチしつつ二体のリトルネペントと戦っているところだ。そして戦っているモンスターの後方には、リトルネペントが見えるかぎりでも十体以上、列をなして並んでいる。索敵スキルからはさらに奥から集まるきざしがあった。

 ネペントの胴体幅は広い。樹々の間、人が通れるぎりぎりくらいの隙間だとネペントは通れず、その外側を迂回しようとする。その「外側」が、森の外であって、おそらくリトルネペントの移動範囲の外だったらどうだろう。ちょうど今、三人が塞いでいるところしか、ネペントが通れそうな空間がなかったとしたら。

 森の境界近く、ネペントの来ないエリアを背後において、脇にまわりこまれないような樹々に囲まれた場所。それが「都合の良い場所」だ。現実には稀に脇の樹のふたつ奥から抜けてようとしてくるリトルネペントがあってひやっとするのだが、これ以上ないタイミングでリーダー氏が投剣で進行方向をスタックするよう変えていた。戦闘で投石まがいの低レベル投剣スキルを実用にすることができるとは思いもしなかった。集合中というだけの、なんのヘイトもないモンスターだからこそ効く技であろう。

 いずれにせよネペントの足はそれほど速くない。遠く迂回して回り込まれそうになったとすれば、それから脱出をはじめても背後から襲われる心配をしなくて良い。たしかに「大丈夫」だ。

 

 昨日、人間性を放棄しかけ、なかば狂いかけながら戦っていた西の森で、目の前のパーティはベルトコンベアよろしく流れてくるモンスターを順繰りにどこまでも機械的に処理していた。方法論さえ確立してしまえば、剣の一本やそこら惜しくないわけである。これが二万コルなら安い。自分も黙っていることにしよう。自然と声がこぼれた。

 「くは」

 昨日と同じ、やや狂気を帯びた笑みだが意味が違う。

 茅場晶彦が「これは遊びではない」と警告した意味もわからず昨日の自分と同じようにデスゲームだと深く自覚もせずに遊んでいるプレイヤーはまだまだ多いだろう。彼らの多くはこの先気持ちを切替える機会もなく死んで行くだろう。だがそもそも「デスゲームで遊ぶ」ことに折り合いをつけるのが間違いなのだ。

 彼らの背中が語っていた。百層のクリアが必要ならばしてみせよう、()()()()

茅場晶彦の哲学を気取った問いかけを全否定したプレイヤーの姿がそこにあった。

 

 「君達に、感謝を」

 




今話と次話は短い。

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