血盟騎士団調査室   作:神木三回

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ホルンカへ

 タスタスが中央広場へ向かった頃、アーランは西の木戸から外に出、街の城壁にそって北上し、門があるたびに中へ、そして外へと走った。街の外周を走ると疲れるのに、ひとたび街中に戻ると疲れが抜けて身が軽くなる。ビラ配りのあやしい人を探しつつ、そういった不思議な体験を少しばかり楽しんだ。追い風参考どころではない。陸上を走るのと流れるプールに浸かって流れるのとくらいの差が出る体感だ。

 

 街をぐるっと半周したところの北東門で見かけたガイドブックの販売担当はツンデレかただの押し売りか判別の難しいプレイヤーで、アーランがガイドを買った脇をすりぬけていったプレイヤーに対し、背中から蹴飛ばし転がしてから「これ買ってけやっ!」と羊皮紙スクロールで頭を叩いていたりしている。

 必要に迫られるのでなければちょっとフレンド登録という気にはならない男だったので離れて様子をみてみたが、タスタスがどうやら配布グループのプレイヤーと仲良くなることに成功したようなので撤収することにした。

 外を走っている間に街中のティクルからも連絡があり、そちらもガイドブックの存在を確認していた。ただし予想通り配布者は影もなかったとのこと。

 

 北東門そばの茶屋で三冊のガイドブックを広げる。二冊はそれぞれストレージ共有タブ経由でタスタス、ティクルから受け取ったものである。ストレージ共有タブというのは文字通り複数のプレイヤーの間で自分のストレージの一部を共有する設定のことだが、こうして離れたところで回收したスクロールを一瞬で取り並べてみるとその便利さが分かる。というか、ティクルからレクチャーを受けた時はギミックとしては強力すぎやしないかと驚いたものだった。実際、物資蓄積に乏しかった黎明期の血盟騎士団において、これを使った通販システムは彼らの躍進を支える力の一つとなる。

 

 ガイドブックは中身は発行年月日含めてすべて同じもののようだったが、一ヶ所だけ違うところがあった。アーランとティクルが五百コルで購入したスクロールには表紙・裏表紙にデフォルメされた鼠っぽい何かのイラストとサインが入っている。

 「いやしかし、これでプレミアが付いてる訳じゃないよな?」

 目の前に配布者がいるタスタスに質問を投げておいてから、パラパラと内容を流し読み。昨夕からの徹夜仕事にしては緻密で読んでいて引っかかりは少ない。「みんなでがんばって攻略をやりぬこう」的な意思も感じて気持ちが良い。自然と笑みが浮かぶ。そうしてしばらく。

 「お?」

 ガイドの中に興味深いクエストを見付ける。ティクルと相談してその確認のために昼飯前にちょっと見ておくことにした。荷物運搬クエストである。

 

 運送屋は北東門のそばにも北西門のそばにもあるらしいが、北西門のほうまで戻って確認する。見た目の印象で言うなら都市近郊の駅脇のレンタカー屋のほうが近いか。「はて」と首をひねるに、リアルの運送業者の集配所ならフォークリフトなど荷物の集配のための作業車があるからだろうと気付く。こちらにはそんなものはなかった。小屋と小さな広場があり、そこに馬車や荷車、リアカーが数台と、ずだ袋や俵が脇に積まれている。筋力レベル的に実行できないクエストは受けられない、とティクルからは聞いているので欲張ったら向こうでハネてくれるだろう。見ておきたかったのはリアカーの強度と車高だ。

 彼にとっての要点は、リアカーがフレンジーボア(青イノシシ)で破壊されるようなものでないことである。

 集合場所に指定した料理屋はガイドブックに載っていたもので、本拠地の会議室からほど近い、大通りに面した「いちばん安い」と書かれていたところである。もう少し高価いところでも大丈夫っすよとティクルが多少難色を示したが、ガイドブック通りに動く多数派がどんなものか見ておきたいとアーランが押し切って、ちょっと後悔することになった。

 だから言ったじゃないかという顔のティクルに、口をおさえて涙目のタスタス。

 「うぅ……」

 「いや、マジすまん。そんなに睨まんでほしい。晩ごはんおごります。別のところで」

 頭を下げた。安いのに調理も味付けも腕は良く、しかして集中力が足りないというのか二割ほど地雷が混じる。

 タスタスの前のコンソメスープ。塩が入ってなかったらしい。だしなどはきっちり入っているので一口目では気付かない。彼女が気付いたのは三口目。それとアーランのサイコロステーキ。七片のうち、二つがたぶん生肉。食べて腹を壊すという観念がこのソードアート・オンラインにあるのかどうか知らないが、最初から避けておくかぎり地雷度ゼロではある。そのぶんだけタスタスにうらまれるわけだが。

 嫌な意味で緊張を強いられるので、平均値はアレでも昨晩の居酒屋のほうがだいぶ良かった。周囲の話題に耳を傾けても料理への文句が半分くらい混じる感があった。

 「ガイドブックに入れるの間違ってないか」

 「一品余計に注文すれば良いという気も、違う気も……どうなんすかね」

 「せめて地雷パターンは書いておいてほしかったです……」

 

 アーランのところから残してあった食べられるほうの最後のステーキ一片をタスタスが「えへ」と笑いながらひょいともっていく。ティクルはそっぽを向いていたが、彼もちょっと横を向いていたかった。ともかく彼女が口内の塩分調整して一息つけたところで報告会に入る。アルゴとのやりとりの詳細を聞いてアーランは唸った。パーティの概要をあらかた抜かれた風なのは良いとして、

 「明後日までに来れなきゃ話聞く価値もない……とか?」

 「そういう挑発的なところはなかったですけど……」

 ティクルの見立てではホルンカに行くだけなら既に問題ない。無いのだが ──

 「遊ぶ暇は無いかもっすねー」

 「しかし、やることやっておかないと売るネタがないぞ。情報屋なんだろう? 一方的に情報を買うだけの関係は良くない」

 

 顔にペイントのある《鼠》は、ティクルに心当たりがあって、会ったことはないもののソロの情報屋とのこと。デスゲーム宣言前にも情報収集で動いていたのだろう、ガイドブックの精緻さに納得できる人物像だった。物事の価値基準が情報量の質と量なのは基準が腕っ節の力強さなどという脳筋氏よりはるかに好ましいのだが。

 「今晩までにホルンカに行く、のは良い。でもこれ、宿とれないよな?」

 「まあ無理でしょうね」

 ガイドブックをテーブルに放り投げた。わずか十数軒の集落に何を期待するんだ、という話である。ここまで小さいとは思っていなかった。泊まれないとなるとホルンカの村での行動可能時間が短すぎる。徹夜でクエストこなしか、テント張って寝るか、はじまりの街まで帰ってくるか。

 「しょうがない、夜間戦闘の経験もないし無理はしない。日没ちょうどにはじまりの街に戻るつもりで動こう。陽が沈んで暗くなったら門の近くで夜間戦闘の練習、出来次第では太陽が昇るタイミングでホルンカ再びってところでどうだろう。明日一日でアニールブレード三本そろえるところまでいくのが目標で」

 荷物運搬クエストでリアカーを引いて行く、とアーランが告げた時、二人が想像したのは木製の枠組か錆びた鉄パイプで出来たリアカーだったが、彼が運送屋から引き出してきたのは銀色に光る棒材・板材による総金属製のリアカーだった。二人とも目を丸くする。

 「はー、立派なリアカーですねー。これなら期待できそうですねー」

 「リアルのほうのリアカーも今時は実はこんなんなんすかね」

 「どうだろ? 新しいの買えばこんな感じのなのかもな」

 クエストそのものはどうでも良かった。必要なのはリアカーを無料で借りだせるという部分で、遮蔽物のない大草原のど真中での戦闘においてリアカーを盾にするというアイデアである。

 はじまりの街とホルンカの村の間の草原で遮蔽物なしには生き延びられないから、ということではない。この先の迷宮区攻略ベースキャンプ、トールバーナ周辺で必要になるかもしれない、その練習と評価用だ。

 「まだ馬使えないっすよね。人が引くんすか?」

 「最初は僕が引くよ。タスタスは上に乗って後方の索敵よろしく。ティクルは周辺索敵と最初の盾役。モンスター一匹でたら役割交替で」

 「この上……ですかぁ?」

 タスタスがやや心細げにリアカーの荷物の上に目を向けた。後側を地面に着けて斜めになったリアカーには、いつ滑り落ちて色々崩れるか心配になる程度には荷物が積み上げてある。小さめの米袋やダンボール風の荷物で、崩れても積み直すのはなんとかなりそうなのがまだ幸いである。

 「適当に避けて段つけて腰かけるんで良いよ」

 のそのそとタスタスが荷物を片付けて座る位置を作り、おそるおそるその上に乗っかったことを確認し、アーランは彼女がひっくりかえらないように静かにリアカーを起こした。

 「じゃあ行こっか」

 この時、小さな問題があることに彼は気付いていなかった。アーランが引くときは良い。女性のタスタスや、三人では一番身体の小さいティクルが引く時は見た目がとてもアレなのである。

 

 はじまりの街の城壁がまだみえているかどうか、というあたりで最初のフレンジーボアを倒し、さて人を入れ替えようというところでハタとアーランの手が止まった。このゲームは体格・性別によって体力パラメータに本質的違いはない、見た目がどうあれ体力腕力が優る場合がしばしばある、そう理論武装を念じること約一分。結局リアカーは最後までアーランが引くことになった。時々すまなさそうに前を振り返るタスタスを乗せたまま。

 

 ホルンカがそろそろ見えて来るというころ、予定通り三人は道をそれて丘を登り始める。タスタスも降りた。眼下にホルンカの小集落が見える小高い丘の上。陣形が崩壊したときにすぐにホルンカに駆け込める距離、そして奇襲されない地形。そこにリアカーを置く。それを背にして剣を構える。人通りの多い道筋と違い、すぐにモンスターがポップしてくる。

 「ああ、そのまえに、そいつらがリアカー(これ)をどう飛び越えてくるか見ておこうか」

 「はーい」

 ポップしてきた二頭のうち片方をタスタスが消し飛ばす。残り一頭に、アーランとティクルとが軽く続けて一当て入れてタゲをとり、リアカーの両脇をぬけて反対側へ回る。リアカーに積んだ荷物の脇からイノシシを覗く。荷物を積み上げたリアカーの上を飛び越えてくるか、左右のどちらかを通るか ── イノシシは後に当てたティクルを追ってリアカーを回りこんできた。ティクルがタスタスの脇をすりぬけ、それを追って来たイノシシを彼女が一刀で切り伏せる。モンスター消滅のエフェクト。

 二人の位置交換(スイッチ)を内心で採点しつつ、アーランはリアカーをコンと叩いた。

 「いちおう、壁にはなるのかな」

 「そうっすねー」

 ドヤ顔しているタスタスを放置してアーランとティクルは頷き合った。ヘイトを取ればそちらをちゃんと素直に追いかけてくるらしい。リアカーの荷物を少し降ろして視線が通るようにしていると、ふたたびポップしてきたエフェクトが一つ。

 「タスタスは仕事したばかりだから、では僕とティクルから始めよう」

 不満顔になりかけていたタスタスの頭を軽くたたいたアーランはティクルとともにリアカーの前に位置取り、にへらっとしたタスタスはリアカーの後に下がった。これからリアカーを背にしての二人ずつのコンビネーション練習である。

 一時間ほど経った頃、突然タスタスが気合いをこめてイノシシを消し飛ばし、剣をまっすぐアーランに向けた。

 「先輩ずるいですー」

 バレたか、とアーランは苦笑いする。

 リアカーを転がしながらでも戦えるようになってしまった今、レベル 1 相当のモンスターに二人がかりの練習はオーバーキルである。一撃で討ち倒してしまってはコンビネーションもスイッチもない。途中から最初の一撃をソードスキルなしプラス技後硬直(クールタイム)があるふり、でこなしていた。ソードスキルの発光がなく、見ればすぐわかりそうなものだが思い込みとは恐い。

 けっこう長いことバレないでいたものだ、と思いつつティクルも巻き込む。

 「ティクルも何かやってたよな?」

 「まあちょっと高度なソードスキルを形だけ練習で」

 「うわー舐めプしかいなかった」

 身体動作をどんどん減らし、ついには手首の返しだけでソードスキルを発動させようとしていたタスタスの勉強ぶりには頭が下がる思いである。所作の枝葉を取りはらうのを追求してくれたおかげでスキル発動のトリガが見えて、ある程度は彼でも出来た。ずるいといえばずるい。

 「うんむ、そろそろホルンカに入ろうか」

 降ろしていた荷物をリアカーを積みなおしはじめる。二つ目の荷物を持ち上げたところでポップエフェクト。すこし遠い位置。そして今までのと比べてこころもち背が高い感がある。

 「二人でやっといて」

 アーランは積み込みを続けた。出て来たのはイノシシでなくシカのようだった。シカの体型にドリル様の金属質の角が二本 ── モンスターの分類に普通の動物の分類が通じるならレイヨウにあたるだろうか。イノシシに優る速度でティクルに向け突っ込んでくる。

 「フーリッシュディア、レベル 3 相当、注意!」

 ティクルが鋭く警告、ソードスキルによるカウンターの構えをとる。彼が突く直前、シカは身体をねじって向きを変え大きく跳ねた。リアカーの上からさらにアーランに。慌ててしゃがみこんだ彼の上を通過。腹部を割くつもりで伸び上がって切りつける。しかし後脚付け根に切り傷をいれただけ。着地後、すぐに反転して襲いかかる。

 「先輩っ!」

 問題ない。彼はそう思った。もう最初の迫力はなかったから。 HP こそほとんど減っていないが、それでも速度は二割落ちた。横っ跳びあたりを警戒しつつ届かない間合いで剣をシカの眼にむけてまっすぐ突き出す。シカは剣を避けつつ頭を下げて突撃姿勢、ドリルが身体に触れる直前、半身でかわして踏み込み烈帛の気合いとともに頭を地面に叩きおとした。かぎりなくゲンコツ落しである。

 一瞬脳震盪でも起こしたかとでも言うような間のあと、地に伏せさせられていたシカが全身でうしろに跳ね飛び起きた。頭はぱっくり裂けているが、目に戦意は残る。姿勢低く正面から踏み込む。再びシカが頭を下げて攻撃姿勢をつくるより早く、斜め下から上へ。こんどこそフーリッシュディアはポリコンとなって消えた。

 

 「鹿さん、どのへんがフーリッシュ(バカ)だったんでしょうか? ずいぶんと賢くなかったですか?」

 口を尖らしてくるタスタスにアーランは軽く謝る。あきらかに油断だった。そして目先の敵にかまわず、障害を飛び越えて油断していたプレイヤーに突撃というあたり、イノシシよりだいぶ出来の良い AI でもあった。

 「上位のスマートディアシリーズにくらべたらだいぶバカっすね。人より数が多いとバーサークするのに一対一以下だとアクティブでも逃散して様子見してくるそうっすから。三人パーティ襲ってくるようじゃ」

 「それはうざいな……ディアシリーズはボアより知能が高い設定なのかな? 上位シリーズの設定っぽく周りにまだ三頭以上居るというオチがあると嫌だな」

 ふと三人で顔を見合わせた。冗談のつもりだったが、あって不思議はない予測だった。

 「……さっさとホルンカ入りましょう」

 だいぶ駆け足でリアカーに荷物をのせ、それを引いて撤収を始める。ホルンカの圏内口まで約200メートル。リアカーも引きやすい手頃な僅かな下りの 200メートル、されど200メートル。

 シカ相手では無用の長物、ただの重荷と化したリアカーを転がしつつ、跳ねる荷物を押さえつけつつ、予感通り三人は次から次へと出現する数十体のシカを討伐するはめになった。

 「はー」

 村の境界らしき敷石を越え、最後尾のタスタスがリアカーにつっぷした。

 アーランも七割ほどになっていた HP が全快していた。身体に少しあった不快感・疲労感が霧散する。圏内に入った。

 「うむ、見事なサル知恵だったな。右手は……」

 途中、シカに右手を食われたティクルはと見ると、彼は手をふってみせた。

 「治ったな」

 「治りました。まあ予定通りっす」

 シカの口はイノシシより小さかったから、差し込んで噛まれても多分あまり痛くないという計算があったのはアーランには秘密だ。リアカーについては ──

 「イノシシ相手には役に立ったから良いんじゃないっすかね?」

 「こんどは横倒しにして盾にしてみよう」

 「懲りませんね。いいですけど」

 

── そして懲りなかった。これは後の血盟騎士団において戦車(ウォーワゴン)構想という形となって装備部の鬼才シムラが辣腕をふるったあげく騎士団に大損害をもたらすわけだが、そこで連座して経理部のダイゼンにまた同じことを言われることになる。

 

 元ベータテスタのティクルもホルンカでの運送屋の位置は覚えていなかったので先に走って位置を確認してもらい、タスタスに後から押してもらいながらリアカーを運送屋に運び込む。周囲に茶屋といった気の利いたものも無さそうなこともあって、クエストを完了してしまう前にリアカーの上にガイドブックをひらいてホルンカでのこれからの活動を確認する。

 「剣の耐久値の修復は鍛冶屋として、防具の耐久値の回復と、服の補修とか修復とかはどこに頼むの?」

 「防具も鍛冶屋っす。服は服飾屋でも直し屋でも。俺達の宿の一階でも直しのほうは受けてますよ」

 「ああ、元洋裁屋だもんね、あそこ。いや、NPC でなくプレイヤーの鍛冶屋・服屋がいいんだけど」

 「ボス……昨日の今日で鍛冶屋志望の連中がホルンカくんだりまで来れるはずないでしょう」

 「元ベータのパーティって鍛冶屋かかえてないの?」

 「そういう予定があったとしても、護衛しながら攻略するほどまだみんな余裕ないっすよ、たぶん」

 

 元ベータテスタであろうと、このデスゲームの本番プレイをもう一度レベル 1 から始めていることをアーランが忘れているような気がしてティクルは少し説明した。

 これまでホルンカに向かったグループはもちろんホルンカからさらに奥の西の森でリトルネペントの討伐をしているだろう。ホルンカの手前でわざわざモンスターを討伐したりしない。自分達はいわば処女地でレベリングした。今のホルンカでモンスターの取り合いをするより、討伐効率は良かっただろう。

 つまり自分達はおそらく今朝のうちにホルンカを通り抜けてしまったような最先端グループに次ぐ立ち位置にある。少なくともアーランが頼るに足りるレベルのプレイヤーは元ベータテスタのうちにもまだ存在しないだろうということを。

 アーランとしては納得しがたい。つまり ──

 「それにしちゃアルゴさんの要求は高くなかったかい? このペースでもけっこうぎりぎりなんだろう?」

 「それは俺も思うんすけども」

 

 こいつのどこに高く評価したくなるポイントがあったのだろう、と二人はタスタスに目を向けた。彼女はリアカーにうつぶせて二人の話を聞いていた。ぐてっとしていたわりには俊敏に起き上がって胸を張る。

 「わたしの知性?」

 「君の深い知性は否定しないが、それをアルゴ女史がウルトラスーパー人物鑑定で見抜いたとしても、有効活用されるには三日では短いことも分かるんじゃないかな」

 「うぅ、褒めるならもうちょっとすきっと褒めてくださいよぅ」

 まだ本調子ではない感があるな、と彼は思った。一日に何度も褒めることを要求したことはリアルでは無かったと思う。もっとも一日中べたっと一緒に居たことがあったわけでもないのだが。

 なんにせよ、ここで考えても分かることではなく、とりあえず物事を先にすすめるべくクエスト完了手続きをする。報酬の(コル)を確認し、アーランが鍛冶屋へ、ティクル、タスタスが宿探し。状況が悪く、部屋の妥協の範囲をタスタスに決めてもらうため、宿探しはティクルと彼女の二人である。極端な話、橋の下で寝るということも考えられた。

 予想通り宿探しは難航したらしく、アーランが全員の分の剣と防具の整備を終え、さらに農家で [森の秘薬] クエストを受けたくらいでようやく連絡があった。西の森入口で待ち合わせて話を聞く。宿が確保できたわけではなかったらしい。

 「ベータ時代の知り合い、ね」

 アバターは違うのでティクルも確信が持てるわけではないようだったが、その男はクエストで剣を手に入れたあともホルンカに居座る性格ではないということで、クエストを終え次第、宿を譲ってもらえないか持ちかけてみるのはどうかという提案だった。宿はキャンセルが効くところだったから、譲る手続きは問題ない。

 宿を見張っていて、チェックアウトしたらすぐにチェックインするのはどうかという提案のほうは却下する。

 「お互いの人となりを見ているゲーム始めたばっかりのこの時期に不審者丸出しの行動は止めような」

 その瞬間目が泳いだティクルが少し気にかかったが、隠蔽(ハイディング)スキルをもっている彼が見つかる心配はあまりない。ただ天網恢々疎にして漏らさずとも言う。ではどうするかと訊かれ、彼は答えた。

 「とりあえずリトルネペントとやら、一当てしてから考えてみようか」

 注意事項をティクルから聞いてから三人は森に踏み込んだ。

 夕方五時すぎ、はじまりの街に戻るならそろそろ ── という頃、三人はティクルの知り合いだという男を訪れた。

 集落から少し離れた水車小屋で、水車が浸かる小川が圏内/圏外の境界線になっている村の外れも外れ。

 

 ティクルに案内されて水車小屋を見たとき、アーランはその場で足を止めた。恐るべきはベータテスタ達の知識であった。ログアウトできた彼らは宿をほとんど必要としなかったはずである。適当にテントにアバターを入れてログアウトしてしまえばテントの居住性とか快適性はまったく関係ない。こんな場所に速やかにプレイヤーが居付くというのはつまり、ナーヴギアをつけてログアウトしないまま寝る廃人プレイヤーが多数居て、こういった場所を探すのが宿を探す時の定石手順と化していたことを意味した。

 「この村の十何軒、実はぜんぶプレイヤーが泊まれるようになってるとか?」

 「俺が知ってるのは六軒だけです。一、二軒見過ごしてるのもあるかもしれませんが。なんでです?」

 「いや、なんとなく」

 建物のうち三割が民宿とか、ここは温泉郷か何かかという話だが、おとなしく黙った。

 ティクルが小屋の戸を叩く。そこの一階の半分ほどが男の寝泊まりする部屋になっていた。残りは水車の管理人が住んでいる部分である。

 はじまりの街で三人が会議室にしている部屋くらいの大きさがあり、六人掛けのテーブルに、風呂としても使える水場も室内にある。もっともティクルに聞くところによれば水は宿泊料金の内でも風呂として使うための薪代は別らしい。本来は石臼などを洗うための洗い場とのこと。ベッドは一つだが、とても一人で住む部屋ではない。

 オッカムと名乗った男に挨拶のあと、アーランはストレージから剣を一本取り出してテーブルに置いた。隣に座ったティクルは初対面の顔を作っている。

 「この剣をあなたにお譲りします。その代わり、明日の晩以降のこの宿、我々に譲っていただだいのです」

 今晩から、というには男のほうも忙しいだろう。剣を揃える目処が立ち、今晩から明朝にかけての分くらいなら、はじまりの街を一往復するロスは目をつむれることになった。

 「……それはアニールブレード、[森の秘薬] クエストの報酬、かな?」

 「はい。ホルンカにいるプレイヤーが目的とする剣です。あなたもですよね?」

 「そうだな。それは君らが持っていればよかろう? たしかにここは良い部屋だが、泊まる権利と引き換えにするにしては高価すぎるものだ。あと二本要るとしてもクエストをこなす力があるならはじまりの街で泊まっても良いはずだが」

 「うちのメンバーには女性も居るんですよ。日が暮れた後、我々がついてるにしても、圏外の道をうろうろさせたくないのです」

 「つまり、その娘のぶん、ということか」

 視線がタスタスに移る。アーランも肯定した。

 「はい」

 ベッドは一つでも空間的には三人で寝られる部屋だということをオッカム氏が気にしていたことにアーランは気付いた。タスタスが許せばないでもない選択肢だったが、部屋の広さを見た時に彼が思いついたのは全く別のことで、他パーティの倫理的な面やらなんやらを気に掛けて来るのは想定していなかった。そういうことを気にするプレイヤーなら譲ることにむしろ同意してもらえるだろうか、と期待する。実際オッカムの雰囲気は柔らかくなった。

 「君達、今日の午後ここにきたパーティだろう? 村の入口でレベリングしていた」

 「ええと、はい」

 村の東側に顔を出していたプレイヤーはほとんどいなかったはずである。なぜ知っているのかと首を傾げた。オッカムが顔を綻ばせる。

 「直接見ていたわけじゃない。でもホルンカで知らない奴は居ないよ」

 荷物運搬クエストを受けたまま寄り道をした不遜なパーティのことは直接見たプレイヤーは少数ながら、それを村の中でおもしろおかしく広めた。男性二人女性一人というパーティ構成も話の中にある。ただし話の要点は彼らのどたばたした行動でなく、村の東側もレベル 3 モンスターのポップ地だったという部分だ。

 「もう向こうの狩り場も人で一杯になってるんじゃないかな」

 「うえ」

 唸ると、オッカムが居ずまいをただす。

 「その剣、二万コルで買おう。ここの権利も今晩から譲る。そのかわり、明日、君達の戦い方を見学させてほしい」

 テーブルに頭がつきそうなほど深くオッカムが一礼する。ベータ時代アニールブレードは一万五千コルで取り引きされたと聞いた。さらに五千コルを上乗せしたことにアーランは驚く。剣を無料で譲るのからすれば見た目の条件は遥かにアーラン達に良くなった。良くなったのだが、予定のリトルネペント相手の作戦はほいほい人に見せられるような、参考にされるようなものではなかったから、彼は僅かに逡巡する。

 それをどう誤解したのか硬い表情のままオッカムが追加する。

 「一万コルを先渡し、アニールブレードを受け取るのは見学の後で構わない」

 そう告げて小剣を前に置く。リトルネペントとの戦いのあとで背後から襲ったりはしない、という意志表示であることはさすがに分かった。そういう心配をしたのではないとアーランは手を振った。

 「今朝方からこの村に来られたような方、それもソロプレイヤーの参考になるとは思えませんが、それでよければ。それと、物騒なので先渡し額は五千コルでお願いします」

 「うん。それで構わない。君達は昼すぎにここに来て、もう剣を一本手にしている。幸運もあったかもしれないが、腰がひけていてなし得る討伐数ではないはずだ」

 「それはまあ、そうですね。……明日ここで待ち合わせとすると、あなたはどこで泊まるんです?」

 「男二人ははじまりの街に戻るんだろう? 私も同じことをするさ」

 そう言って彼は笑った。飢えた肉食獣がようやくにして獲物を見付けたような、凄惨な笑い方だった。

 




タイトル詐欺度があれなので、すこし予告を混ぜる。

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