ベータテスターを殺しにくるのか、ベータテスターに利点を与えないどまりなのか。アーランは以前、茅場晶彦の意識の置き方をはっきりさせるためにアルゴに追跡を頼んでいたことがある。
調査結果を聞いた時に彼はアルゴに彼女の安全のために口を噤むことを勧め、彼女は笑って断っている。
「この結果を他の人に話してもかまわないと?」
「それくらいどうにでもなるサ。使い道、あるんだロ?」
「それはもう。本当に」
そしてその時のやりとりで彼は同じ調査を頼んだプレイヤーが他にもいることを知った。殉教者然としたアルゴのことはともかく、物事を俯瞰できるプレイヤーが他にもいるのはなかなか心強いことであった。
彼女から聞いた調査の結果はとてつもなく寒いものだった。現時点での攻略参加プレイヤーの死亡率およそ四十パーセント。死にたがりから順に死んでいくだけに死亡率は下がる傾向にあるが、それでもベータテストの約十階層が終わるころには元ベータテスターどころか現在の攻略プレイヤーの半分が入れ換わりそうな勢いである。彼は嫌々ながらメンバーに周知した。
「元テスターのうち三百人が死亡。テスターは千人だったが、うち今のゲームの攻略プレイヤーとして参加したのが約七百人とみて死亡率四十二パーセント。新人プレイヤーの死亡者約千七百名。自殺者五百名、攻略参加を三千人とみて死亡率四十パーセント」
「さ、惨々たるありさまだな」
渡したスクロールの表に目を落とす者、彼を見上げる者、一様に沈痛な表情をしていた。正直、この表に希望を見出すのは難しかったが、
「ああ。だけど一つ分かったことがある……みんな、危険管理がけっこう出来ているな」
一斉に首を傾げた。
「元テスターのほうが攻略条件が良いのは分かるだろう? つまり彼らのほうが先に進む。すると相対的な危険度は高くなる」
ここまでの説明で理解を示したのは大学生組。
「みんな自分が許容できると思う危険のラインで足を止めるわけだ。色々状況が違うのに、元テスターと
「元ベータテスターと同じくらい、新人プレイヤーも目の前の危険性が見えているってことか」
「素人とおなじくらいしかテスター共が見えてないってことかもしれないけどな。どいつもこいつも四割のラインまで進むとはどういうことだとは言いたいが」
一ヶ月生存率が九割あってさえリアルへの帰還者は一割にも満たないことになるというのに、今週の一ヶ月換算生存率でもまだ八割。しかし危険度がちゃんと見えているのなら希望はある。危ない橋は渡るな、と教育すればすむのだから。何が悪いのか分からなければ教育しようもないのだ。
「あとこれ、噂として広めるのは構わないが、あまり出典は出さないようにしてくれ」
「……えっと、これ、アルゴさんですよね?」
「これが母集団からの抜き出し調査というのでないなら、元テスターと新人を区分けする方法を知っていることになる。あんまり幸せなことにはならないだろ?」
「ああ、そういえばそうですね。大規模サンプリングだとしても手間凄いです」
この調査ができる程度には容易に判別できるということだった。テスターかそうでないかの情報を売らないわりにはうかつである。
迷宮区のマップは何故か安い。例えばトールバーナのマップも売られているが、それと比べても格安だ。労力コストは段違いのはずで、アルゴに訊いてみたところ笑ってごまかされた。エギルにそう言うと彼は呆れて、安売りのコツは商売人の最高機密だろうとたしなめられている。
アーラン達の自力到達階は十二階、タスタス・ナイジャンを除く四人は買ったマップを使って十七階までは観光しにきたことがある。ボス攻略に参加するなら当然二十階の奥まで行くことになるわけで、会議開催の日、十九階までのマップを買って皆で午前中は迷宮区にこもってみた。
昼食までに概ねいけるんじゃないかという感触を掴んでトールバーナに戻る。北門近くの食堂、つまり迷宮区にいちばん近い食堂は自分達と同類で埋まっていると思いきや、さほど攻略会議の話は聞こえてこず、昨日までと同様に雰囲気が暗い。なんというか、ゾンビの群れだ。アーランは内心で眉をひそめていたものの、エギルは他人のことは知らんとばかりに感嘆していた。
「いやあ、『階』というかたちで力が明確に見えるって良いよなあ」
「……まったくな。そんなだからみんな迷宮区にこもるんだろうね」
十五階で中ボス風のモンスターがポップしていたので当たってみたところ、無傷でどうということはなく撃破してしまった。前回、遊びに来た時には居なくてほっとしていたものである。十八、十九階の細かいのも、ティクル、アーラン、エギルあたりはソロでも安定感があった。さすがにタスタス、ナイジャンあたりはコンビを組んでいてくれないと見ていて稀に恐い瞬間があるし、索敵にやや難がある自覚のせいか、気を張り続けているウルフギャングの消耗は気になった。そのへんはタスタスが上手い。そのウルフギャングが言った。
「もうすこし連続してポンポン出て来てくれないもんかねぇ」
「それ、経験値低減係数によらずみんな迷宮区にこもるだろ……」
「そりゃそうか」
わははと笑う。これなら訊けるかと思い、アーランはナイジャンに訊いてみた。
「ナイジャンさんは出るの? やっぱり」
「そうだな、俺も出たい。……まずいか?」
「僕だってデビュー戦だぞ。そんな細かいとこまで助言とか無理」
いまさら何言ってんだこいつ、という視線が一斉にアーランに刺さった。彼は手を振って、
「迷ってるとこで訊かれても、そんなの『止めとけ』一択になるに決まってるだろ。そういうことが聞きたいんでもないんだろうし」
「そういやそうだな」
「たぶん人数欲しい戦いになるだろうから、上の人達は感謝してくれるだろうけどなぁ。あんたに出られると ──」
彼は隣に座ったタスタスに目を向けると、ミルクセーキをあおっていた彼女はコップを置いて彼を見上げた。
「こいつが本戦のほうに出たいと言い出しても止める方法が無くてさ……君も、通るだけならソロでも問題ないよな?」
レベリングでこもって良いのはソロで通行できる範囲まで、というのはアーランが全員に課した制限である。抗議の声には「バラける事故が起きた時に帰ってこれずに死ぬだろうが」と切り捨てている。
「戦わないなら、大丈夫ですねー。……ただ」
彼女達がイメージすべきなのは満身創痍となったプレイヤーをかついでの逃走劇だった。それを考えれば、もうすこし余裕が欲しいかも、とやや申し訳なさげに彼女は答えた。
「サーシャさんのところに修行に行かなきゃ、そもそもそういう判断が出来なかったろ。ディアベル達の攻略が僕の想定より早かっただけだから君が気に病むことはない」
聞いたかぎりアルゴは筋力値が足りない。ティクルもそれほどあるわけではないから、現地ではタスタスを省略できない。すこし考えて彼は言った。
「じゃあ昼からは十七階あたりから上で迷宮慣れしておこうか。経験値稼ぎでなく、モンスター慣れ、ルート慣れで。ナイジャンさんも。他の人はその手伝い、で良いかな?」
「そうだなぁ。一夜漬けで出来ることったらそんなもんだろうな」
攻略会議の場所はトールバーナのほぼ中央にある半円形の青空劇場。夕刻にアーラン達四人が中に入ると、アーランの見知った顔もいくらかあって、目が合った何人かとは軽く挨拶した。アーラン達が座ったのは左の前のほう、壇上のプレイヤーの表情が良く見える位置の特等席。フレンド探索によればアルゴとティクルは観客席最上段右脇の壁の上で隠蔽中、タスタスは入口脇から素人見物客のふりをしてひょっこり覗いているようだった。彼女には苦労をかけてるなぁ、と思う。年の暮れには次のスキルスロットが増えそうだが、隠蔽スキルを取りたいと言い出したら許可しなければならないのだろうか。隠蔽スキルが必要な仕事を彼女に割り振った時点でアーランとしては負けの気分なのだが。
後ろに首を捻って観客席側を見ようとして彼は少し困った。こうしてみると思ったよりも観客席側の傾斜がきつい。行儀悪く斜めに座ってみても観客の様子を見るにはやや姿勢が不自然になるかと思い、ティクルに前に出てくるよう応援を要請したところ、アルゴから推奨しないとのメッセージが来る。前に出すぎると壇上のプレイヤーと同時に視野に入ってしまうが、さすがにこの場に居るようなメンバーだと、あまり長いこと観られていると隠蔽が解けてしまうらしい。
(……しょうがないか)
代わりにタスタスに頼む。まったく思ったそばからこれである。こちらから観客席を見るということは向こうからも顔が見えるということを念押ししておく。
エギル達と雑談しつつ、ぐるっと見渡せばざっと四人ほど来ていても良い人が来ていなかった。その意味するところに思い至って彼は背中に氷を入れられた気分になった。サーシャのように事情があって出てこれないなら良いのだが、キタローのように死亡している可能性があるわけである。一見、リアルでもよくある風景だが、そこかしこに死神が着席している会議だった。死の風が彼の頬をなでていったからこそ、それが見えるようになった。これが何度か重なると ── 断じて、立て続けに死者が出るなどといったことがあってはいけないと思うが ── 自分もゾンビの仲間入りするであろうことは容易に想像がついてしまった。
彼は
何時の間にか話の輪から外れて黙った彼を、エギル達も黙って見つめていた。
壇上にディアベルが登り、アーランも意識を切替えた。この場に居るのは壇上のディアベル含めて四十四名。青空劇場の壇上に立った彼は、弁舌も鍛えられて爽やかな演説だった。茶々を入れるグループも彼に好意的で、支持の広さを窺わせた。つまりこれが、この一ヶ月間に渡って彼が積み上げてきた業績の御披露目、ということになる。
一服の清涼剤代りにディアベルの話を聞き流していると唐突にキバオウが壇上に乱入、ベータテスターを指弾しはじめた。非難というだけならともかく、たぶん自覚はないのだろうが、資産再分配と言うあたりに地味に後方への目線があることは感心した。
元ベータテスター共は手持ち資産をすべて吐き出して分配せよ ──
彼のアジテーションは所得に対する累進課税の強化でなく、プロレタリア革命にまで突き進んだ。
ふとキバオウから一歩下がって立つディアベルに意識を向けると、何を考えているのか彼は綺麗な笑顔のままだった。会議が壊れて一番困るのは彼だから、どう話が転ぶにせよ彼が止めるはずではあったが。
と、一人ぶんくらい間を空けて座っていたエギルが立ち上がり、攻略本を例に出してキバオウを丸め込みにかかった。ベータテスト時代の情報が反映されていることは明らかで、あんたも既に世話になっているだろうというわけである。キバオウが言葉に詰まった隙をついてディアベルが後をうまくまとめた流れは見事なものだったが、アーランは仕事が増えたと思い、内心で溜息をついた。
レイドリーダーがたしなめたならともかく、それ以外のプレイヤーが同じレイドに参加するプレイヤー、しかも激情的なところのあるキバオウを叩き潰してしまった。これでレイドの時に繊細な連携が取れるわけがなかった。自分達は盾である。直剣使いのキバオウを後ろに庇う形で戦うとフレンドリーファイヤーが恐い。
この日の会議は大した内容を決めるでもなく、散会した。
アーランは約束以上の要求に少し指を折ってみた。ディアベルの支持者 ── この場合、アーランも含む ── で会議に居たのは、ざっと十四、五名というところか。半数には届いていない。ディアベルは自力ではキバオウの封じ込めに失敗している。コントロール出来ないプレイヤーがレイドに混じるのは気に入らない、ということはあるだろうか。
また、アーランのレベルは十二、したがって会議メンバーの平均が十三と見ればボスレイドにはやはりフルレイド四十八名が欲しいというあたりか。ベータテスト時代にすらボス相手には階層プラス十が必要と言われたのだから。
一応、彼と同じくレベル十二のティクルを本戦に出す用意はあった。レベル十一のタスタスを本戦に出すことは絶対にない。同じ十一のナイジャンに許可したのはエギルの管轄だと思うからで、彼の承諾は得ていた。アーランが直接監督するならナイジャンも出さなかっただろう。
「エギルさんのところにはディアベルから感謝か誘いか何かその手のメッセージ来た?」
「来てないぞ。というかそもそもあいつは俺の名前知らないだろ」
「いや、エギルさん名乗ったでしょ」
「つづりが分からなければインスタントメッセージだって無理だぞ」
「それくらいなんとかするんじゃないかなぁ」
アーランは首を傾げた。ディアベルは間違いなく覚えているはずであり、エギルの知名度的にも彼にたどり着くのはそれほど難しくないはずである。会議の礼にかこつけてエギルを自陣営に取り込むくらいしろよ、と彼は思うのだが、その役を彼に振ったわけでもない。メールにエギルのことは触れられていなかった。
キバオウをスルーし、アーランに頼み、エギルに手を伸ばさない。ディアベルの基準がいまひとつよくわからなかった。
そもそも今朝に最上階にたどり着いておいて夕方の会議で何も決めないことからして違和感が凄い。徹夜するほど攻略を急いでいたなら今日の内にレイドの構成くらいは決めておかないと連携練習も出来ない。例えばの話、有力プレイヤーを劇場に釘付けにしておいてディアベル配下の本隊が裏でボスレイドを繰り広げるくらいはあっても良いだろう。むしろそのほうが良い。それならあの場で見なかった顔のことに説明がつく。
しかしなんというか、自分でも希望混じりの陰謀論が酷いと思う。溜息が重い。
ドン、と背中を叩かれて振り向くとエギルが笑っていた。
「アーラン、悪い癖だぞ、それ」
「ん、何が?」
「説明しろ。そんな深刻な顔するようなもん、何かあったのか?」
キバオウとの衝突が軽い扱いになっていることに彼は苦笑した。まあ、あれの後処理はエギルには出来ない。アーランの仕事である。とりあえず彼はディアベルからのメールをエギルに見せた。
「出すのか?」
「出さないよ。人にロクに説明もせずに協力しろと言われても無理」
「おまえ、盛大なブーメランだぞ……」
この場合、アーランのほうが酷いかもしれないとエギルは思った。ディアベルのメールには必要なことは書いてあるように思える。
「会議室に戻ってから、ちゃんと説明するよ。あ、でもとりあえず、エギルさん、臨時にレイドのパーティリーダーやってくれないか」
「おい」
話の飛びようにエギルは軽く頭痛を覚えた。確か今さっき自分はアーランにお願いしなかっただろうか。彼のパーティの二人がよくこれで困らないと思ったが、良く考えれば二人も目から鼻に抜けるほうだった。つまりアーランが直すはずはなかった。
「さっきの会議でまともな奴で目立ったのはエギルさんだけだから、ある程度前に出て、キバオウの首に縄つけておいてほしい」
「キバオウって、キバオウ……?」
そんなに気にするような奴だったか、というかアーランも全く気にしていなかったようなしかしどこかで聞いたような、と頭を巡らしてエギルも思い出した。昨日アーランが話していた攻略トップグループのプレイヤーだ。
「あれがキバオウかよ!」
大仰に驚いたエギルに、アーランも少し驚いた。当人、そう名乗っていたはずである。しかしさっきの唐変木が繋がらなかったのは仕方がないだろうか。あの男の醜態をアーランがスルーしたのはキタローが護送船団にボランティアに来た時のやりとりで既にイメージが確立していたことが大きかった。
「実はそうなんだ。昨日、頼れるメンバー亡くして心身失調にあるから今日のあれは勘弁してやってくれ」
「分かったよ」
アーランの微苦笑しながらの発言だったが、そこには本当に同情や共感があるように思えてエギルは大きく頷いていた。
翌、十二月三日夕方、ボス攻略会議二回目。同じ劇場広場の隅にボス攻略ペーパーが置かれていた。それを眺めてアーランは驚愕した。昨夜、ティクルやタスタスからこれについての報告は無く、昼間、彼がアルゴに連絡を取ったときもその手の気配はなかった。
ちなみに彼が訊きたかったのはキバオウの動向だったが、彼女は逡巡したあげく、キバオウ以外の別のプレイヤーに彼が尋ねた事実が洩れるのを防げない、と彼に告げた。それを聞いてアーランは触らぬ神にたたりなしと断っている。しかしこれで裏で何かやってる連中がいて、しかもアルゴも一口かんでいることが確定なわけである。客観的にも元ベータテスターの疑いが濃厚なアルゴと反ベータテスター急先鋒のキバオウが共同戦線とか、と彼が呆れると、彼女は「にゃハハ、心配かけて悪かったネ」とあっけらかんと笑ったものであった。
「じゃあ、あれか、キバオウと話する時にアルゴが元テスターだってこと前提にして良いのか」
中途半端な言い回しをするよりも気を使わなくて良いのは楽だ、と呟くと彼女は一転して項垂れた。
「いやいや、やめて。ベータテスターがどうとかそんなこと一切話してないカラ」
にーサンが言うと情況証拠と推測が事実に化けソウで恐い、と彼女は言った ──
それだけに、この踏み込みは想定外だった。
そのペーパーはフロアボスについて語ったものである。そしてベータテスターに対する側面支援であろう、ラストの文面 ── これはベータテスト時代の情報であることと、本番が違うかもしれないことの注意。
第一層フロアボスについて目新しい点はない。少なくともアーランとって新規性のある情報は無かった。会議室に持ち帰ってエギル達と対処法について相談できるようになったというくらいか。しかしキバオウが糾弾したあとに注意書きでこれを強調してしまうのはどうだろうと思う。これは情報という資産を、ある資産家が貧民層に分け与えたことになる。必然的な結論としてプレイヤーの士気は落ちるだろう。
そして実際にそうなった。ディアベルが壇上で感極まったように叫んでいるのを、白々と彼は聞いた。
「なあ、みんな、今はこの情報に感謝しようぜ! いちばん危険な偵察をやらなくて済むんだ!」
隣のエギルが小声で話しかけてきた。
「なあアーラン、何が気に入らないんだ?」
エギルはディアベルの主旨に賛同していた。安全性に喧しいアーランのことだし危険でなくなるなら彼も賛成だろうと横を見れば、激発一歩手前の無表情である。キバオウの時にすら一切表情を変えなかった男が、このディアベルの話のどこが問題なのか。
アーランは、ちらとそんなエギルに目を向けてそっけなく答えた。
「偵察を省略しようというやる気のなさ」
「危険だろ?」
「危険が嫌ならはじまりの街で寝てろよ、と思ってはいけないか?」
彼は小声で説明した。
ベータテスト時代の情報が正しいのなら、偵察の危険は何もない代わり、偵察で得られるものもない。つまり偵察してもしなくても変わるものはない。
ベータテスト時代の情報が間違っているのなら、もちろん偵察は危険な任務である。ただし偵察を省略するなら代わりに本隊が危険になる。
両者をまとめれば結論は明らかである。最精鋭を偵察に送って一当たりして情報を確認しておくことで、雑多なメンバーが含まれる本隊の安全性を高めておくべきであった。少なくともアルゴのペーパーは、この情報は素晴しいものだから偵察を省略しろ、とは一言も書いていない。むしろ逆に、注意しろと大書きしてある。
エギルも言いたいことは分かった、と頷いた。
アーランはまたディアベルに目を向けた。だからこそ邪推してしまう。偵察隊を送る、つまりここに居るメンバーがボスフロアに近付くと何かまずいことでもあるのかと。
とりあえず近くの人とパーティ組んでくれと言われ、自分達四人の他、周りで目についた二人ほどを呼び寄せながらエギルが囁いた。
「そうだなあ、アーラン、こう考えたらどうだ?」
エギルの提案は本隊を強行偵察隊とみなすものだった。ボス以外に取り巻きがポップするということは、偵察隊を送るにしても取り巻きを抑えこむ人数が必要になる。つまり偵察の時点で全員が精鋭とはいかず、質の良否がある。それならいっそ本隊で偵察すれば良い。
「どうだ?」とエギルはアーランを見て肩を叩いて笑った。
「どうせ二度か三度挑戦して勝てば良いんだろ?」
「そういやあ、そうか」
エギルの顔をまじまじと見つめてからアーランは頷いた。自力でおもいつくべきことだったなと言ったら彼に失礼だろうか。肩から力が抜けた。けっこうな精神力が死者を悼むことに回されていたらしい。墓の前で手を合わせて祈るのは良い。だが、それが終わったら立つべきだろう。邪魔だからと蹴っ飛ばされてもやむを得ない。
キバオウを含むグループがまだ少しもたついているのを遠目に見物しながら彼は小さく言った。
「あー、エギル、僕はまだリアルでも葬式に出たことが無かったんだよ」
キタローは
「そうなのか?」
「まあ……まだ消化できてるわけではないけどさ。なんとかなりそうだ。気遣い、感謝」
「そうか。まあ裏のリーダーに凹まれてちゃ困るんでな」
「まったくな」
大小八つの凝集体にざくっと目を通してからディアベルはほとんど迷わずに数人を入れ換えて各パーティに簡単な色を着けた。さきほどまでは混沌としていたグループが、今や俯瞰するだけでどんなグループか見て取れた。素晴しい手腕と言える。この場での即席問答だけで入れ換えたのか実は四十三名の予習を済ませてきたのかは定かではないが、後者としても大したものだとアーランは思う。
アーラン達を含むグループは予定通り B 隊として主力壁担当となる。メンバーはエギル、ウルフギャング、ナイジャン、アーランの四人に、新たにローバッカ、ラストの二人。ローバッカはソロの幅広剣の大男、一人交替して入ったラストはキバオウパーティの戦斧使いである。昨日会った太いほうだ。
A 隊が戦槌使いを中心とした主力壁、C 隊がディアベルの火力組、D も似たような大剣使いのグループ。E がキバオウ隊。ボス討伐そのものからは外されて、ボス周辺に湧くモンスター退治に回されたのは限りなく自業自得と言ってよいだろう。F、G が細かい奴の足止め担当の長柄武器隊で、エギルと合同パーティを組んでいなかったとすればアーランはこちらに参加していたのだろうと思う。壁よりもこちらが彼のロールに近い。H 隊、と言うほどの名前もついていないリア充ペアの予備隊がそれに加わって計四十四名であった。
アーランはエギルに諒解を取ってキバオウにメッセージを送った。合同訓練の申し込みである。ゴネるかと思ったが、素直に承諾を返して来た。ついでに H 隊の二人も呼べないかと相談をもちかけたところ、こちらは恐ろしく強い調子で断って来た。どこに地雷があるかよくわからない男であった。