血盟騎士団調査室   作:神木三回

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二千二十二年十二月一日

 エギル達と臨時合同パーティを作り ── ちなみにリーダーはアーランになってタスタスに笑われた。頭の回ってない状態で交渉事とかするものではない ── まずレベルが遅れていたタスタスとナイジャンを使って一週間弱かけて仮説を一つ証明した。トールバーナの会議室(ホーム)には自分達以外にアルゴも呼んであり、場違い感丸出しで借りてきた猫状態だった彼女も途中からは身を入れて聴き入っていた。だから話を終えて最初にアーランが訊く問いの答えは、予測がついた。

 「以上で発表を終わる。で、アルゴ。まず君に訊きたい ──」

 「ウン。おれっチも初耳だヨ。よく調べた …… いや、よく気付いたネ?」

 レベルが上がった直後からフィールドで狩る全てのモンスターを記録、レベルが次に上がったところから今度は迷宮区にこもってレベリング、そしてレベルが上がるまでに狩る全てのモンスターを同じく記録、そして対照用のもう一方と立場を入れ換えて、という実験で得た結論は、迷宮区とフィールドの同じレベルのモンスターを討伐した時のプレイヤーに入る経験値は、後者のほうが大きい、というものであった。

 さて、この情報。そのうち効率厨なる人種が調べつくす事項の一つでしかないといえばそうなのだが、その勤勉な人種が SAO ではまだ目立たない。寄り道して経験値やコルを大儲けしてまわるくらいなら迷宮区上階に進むことを選ぶプレイヤーが多いからだ。多忙を極めたベータテスト時代を含め、こういった未調査項目が多いのは人手がないという理由につきる。

 アーラン達もそんなに余計なことをしている暇はないはずで、ちゃんと彼やアルゴの目論見に影響しそうなもので結果を出して来るのは彼女も呆れるほかなかった。

 呟きとも問いとも言えないそれに、アーランはしっかりと答えた。

 「もし迷宮区とフィールドで同じか、あるいは迷宮区のほうが効率が良いとすれば、プレイヤーはフィールドに散らばったりせずに皆まっすぐ迷宮区に向かうだろう。それは絶対にゲームデザイナーの期待する行動じゃない」

 実は元々はティクルのベータテスター時代の体感である。彼の功績を奪う形になるが、元テスターである事実を伏せることを二人は優先した。

 アーランはエギルとウルフギャングを順に見つめた。二人の顔にも驚きと一定の納得の表情が浮かんでいた。アーランや元々の提案者であるティクルが比較実験を管理するとバイアスが掛かりそうなので、実験の管理はこの二人に任せた。事前に何が起きるか全く説明をしなかったから、彼らが結果の意味するところを知ったのは、この発表会でである。五里霧中で、討伐したモンスターのレベルと数を記録していく作業は大変なことだったはずであり、何も言わずに従ってくれた二人に向かって彼は頭を下げた。

 「エギルさん、それとウルフギャングさんも。二人とも、ありがとう。おつかれさまでした」

 「それは良いんだけどなぁ……」

 考え込んだままのアルゴに目を向けてから、エギルは頭を掻いた。

 迷宮区の内外でレベリングの記録作業である、何を目的とした実験かは説明されなくてもエギルにも想像がついていた。ウルフギャングも実験中途で「答え合わせしてみないか」と話しかけてきたくらいだ。だからそれはまぁ良い。エギルが驚いたのはそこではない。

 「いやはや、全く。驚きだな」

 対照実験のために交互に迷宮区に入るメンバー以外はフィールドでレベリングすることになっていた。最初から結果に確信をもっていたことになる。

 

 アルゴにアーランは向きなおった。

 「どのタイミングで公開するかはアルゴ、君に任せて良いだろうか」

 「ア、うん、それはおれっチの仕事だネ」

 タスタスが手を挙げた。

 「今すぐで無いのはどうしてでしょうか?」

 「迷宮区が最高の稼ぎの場だと思ってるからみんな迷宮区にこもるんだヨ。違うと分かったら迷宮区から人が減ル ──」

 タスタスに説明し始めたアルゴはそこで一瞬考え込んでアーランに向いた。

 「にーサンは迷宮区から人が減ったほうが良いと思ってなかったカナ?」

 「それは誤解だ。攻略速度をもっと落とせとは思っているが、被害を減らすためだぞ。迷宮区から人が減るとして、被害は減るのか増えるのか」

 アルゴは少し計算する様子を見せてから、

 「それはちょっと分かんないネ……でもドラスティックに人が動いたら被害は増えるヨ。たぶん第一層攻略が終わったラになると思ウ」

 「第一層ボス攻略が始まったと同時くらいかなと思ってたけど、まあいいか。君の専門だ」

 「ボス攻略始まったら迷宮区用無しカヨ、恐いねェ……」

 アルゴは顔をしかめた。彼の発言はレイド参加メンバーは迷宮区でなくフィールドで鍛え直すほうがよくないか?という意味だ。つまり一度はボス攻略に失敗する、という想定が入っていた。

 ただ、トップランカー達は数日ではレベルや経験値は動かない。鍛えられるのは戦闘経験そのものだけだから、この情報を知る知らないはレイドメンバーに関係ない。

 

 側で聞いていたエギルも思いに沈んでいた。二人の会話がおかしかった。情報の売買とはこういうものだったろうか ── プレイヤーに与えるインパクトを斟酌し、もって攻略の安全と加速に寄与せしめんとするといったことまで考えるような。言われてみれば必要なことだとは思うが。なるほどアルゴをこの場に呼ぶわけである。苦労して調べたことを情報屋にいきなり全開張とか商売の素人にもほどがあるだろうと思っていたことを心の中で詫びた。アーランにとってアルゴは一介の情報屋でなく、戦略顧問なのだろう。

 

 アルゴを除く全員に向かってアーランは言った。

 「というわけで、僕らは基本的にこのまま外でレベリングする」

 「おう」

 迷宮区上階のようにエンカウント率や宝箱で稼げるならまだしも、低階にメリットは少ない。レイド招集まで時間もあまりないが、その前に迷宮区低階を主戦場としている二番手グループを彼は追い抜くつもりでいた。

 実験の傍ら、しばらくは地道にレベル上げの毎日のつもりだったのだが、不思議な依頼・客が来るようになっていた。曰く、誰か(あるいは依頼当人)をどこそこに連れて行ってくれ、というものであったから、何の影響かは一目瞭然である。トールバーナで場違いにレベルの低い鍛冶屋を見掛けるのだから、どうやって来たのか驚くプレイヤーも多く、武具メンテの間の雑談の中で自然にアーランの名前も出る。トップパーティはもちろんアーランのことは知っているわけで、結局、その手のことを頼もうと誰かに相談すれば自然にアーラン達に行き着くのであった。

 もちろん第一層レイド直前期に時間の掛かることはしていられないし、まして護衛承りますとか看板を掲げているわけでもない。彼はあらかたは断った。ログアウト可能だという噂のある洞窟に連れていってくれといったものもあり、これは連れて行くまでもなく詐欺だと論破しておけば済んだ。知合いまで引っかかっているのだから笑えない話である。

 

 断りがたかった依頼の一つに、船団での護衛の一人、サーシャからの依頼があった。彼女と小学生二人をはじまりの街からトロンダの村まで護衛して《逆襲の雌牛》クエストを手伝ってくれ、というものである。

 ディアベルが律義によこす攻略進捗メールによれば今の迷宮区最前線は十七階。まだ良いかと思ってアーランがティクルとちょうどレベリング実験の終わったばかりのタスタスを送ることにすると、二人は渋い顔をした。レベルがようやくアーラン達に追い付いたところで、しかもそういうことに過敏になっているタスタスがふくれっ面をしたのはともかく、ティクルまで難しい顔をしたのは少し驚いたが、ボスレイドの連絡が来たら呼び戻すということで納得してもらった。

 連絡をすっぽかすとか、一度しか使えないような札は九十何層とかで使うべきものである。たかだか第一層でトロンダの村に二人を放置といったことをするつもりはアーランも無かったのだが、何度も何度も念押しされるはめになった。

 この頃、とみに二人の信用が無くなってきて困ることがある、と二人を送り出してからアーランがエギルに愚痴ったところ、彼は一笑に付した。

 「どうせ言葉が足りない口だろう。《鼠》の奴とそうしていたように、ちゃんと話せば分かってくれるだろうさ」

 アーランという男、がんばってボスレイドに参加しようみたいな大枠の方針についてはきちんと掲げるし、どこそこでレベリングしようみたいな細かいこともちゃんと指示するが、その途中がよく抜ける。対照実験がそうであったように、数日規模の行動の目標や方針が伏せられることが多く、話合いに上がってくる時も唐突だ。今回のことで言うなら ──

 「まさかと思うが、行ってこいとは言ったが、なぜそれが必要か話してないなんてことは……」

 そこでエギルは言葉を止めた。アーランの顔色が変わったからである。

 「……おい」

 「いや、話した、話したと思う。話したはずだ……あれ、どうだったかな」

 本番のレイドでは二人は救護隊として誰かを守りながら戦ってもらう位置につく可能性が高い。今回の護衛はその練習を兼ねる ── 彼は伏せていた顔を上げて、

 「いや、サンキュ。念のためということで説明送っておくことにする」

 漫然と護衛につくのと、イメージトレーニングを兼ねて動くのでは、もちろん全く異なるのだった。

 そして、どうやら多少は機嫌を直したらしいタスタスからの返信メッセージに曰く、二人以外にキタロー氏が依頼を受けたのだそうな。あいかわらずの自由人であった。サーシャ含めて護衛側は四人、小学生一人に大人二人つくのなら、まあなんとかなるだろうと彼は思った。

 二千二十二年十二月一日、朝。アーランは珍しい人物からメッセージを受けとった。キバオウからである。内容はというと、

 「キタローと連絡が取れない?」

 何やってんのあいつ、とフレンドメニューを開けば、確かにグレーアウトしていた。トロンダにダンジョンなんてあったのか?と思いながらティクルやタスタスの項を開けば二人はグレーアウトしておらず、普通にトロンダに居ることが分かった。タスタスに問い合わせメールを送る。すぐに返事が返ってきて、キタローはパーティリーダーからの招喚命令でトールバーナに帰ったとの由。それをキバオウに転送し、すこし考えてアルゴに一つ尋ねた。トロンダとトールバーナの間のダンジョンの所在について。返事は簡潔だった。「そういうのは無い」。

 もちろんキタローのことだからアルゴの知らないダンジョンを発見して寄り道したという可能性はある。彼はエギルに今日は休む、と断りのメールを入れてはじまりの街に向かった。

 何が起きているのか状況を察して青褪めていたティクルをトロンダで拾って急いだ。タスタスもついていきたがったが、サーシャ一人と小学生二人で残すと彼女が身動きとれなくなる。タスタスでなくティクルを連れて行くのは主に子供の懐き方の問題で、しかしタスタスのほうがよく懐かれていたからと後で説明して通るかどうかは微妙かもしれない。

 面倒な問題を残したなぁと彼が思っていると、横を走るティクルが笑って、

 「そこで悩むならタスタスにしときゃよかったんじゃないっすかね?」

 「そういうわけにもなぁ……というか、よくわかったね」

 「そりゃ分かりますよ。すると俺である必要ってなんです?」

 「……確認しても君なら泣かないだろ。もし泣いたら放っておいて先に外へ出る」

 「なるほど」

 道々で話を聞く限り、キタローにおかしなところはない。悪い予感が膨れあがった。

 

 はじまりの街に入り、そのまま駆け足で黒鉄宮へ。全プレイヤーの名が載る黒石板の前に立つ。けっこう線が引かれた名前が多い。二割、というところか。目的の名前を探す。

 その名前にも横線が引かれているのを見て彼は一瞬目を閉じた。それから名前のところで指を滑らせた。死亡日時が浮かびあがる。

 「本当に亡くなったのか……どうだ?」

 脇に避けてティクルに見せると、彼は頷いた。

 「ん、やっぱり、俺らと分かれてすぐっぽいすね」

 「……トロンダとトールバーナの間、ってことになるが」

 街道を思い浮かべてみた。道から逸れれば難所も無くはないが、そこで倒れる彼の姿が想像できなかった。

 「手ぶらでレッドに入ってたってトールバーナに駆け込めるだろうに……」

 と、後ろから声が掛かった。

 「あんたー、誰や?」

 自分達が来たころから様子をうかがっていた二人組である。ツンツン頭とてっぷり太った男の組合せで、あまり友好的でない調子で声を掛けて来たのはツンツン頭のほう。

 「そういうあんたは?」

 「キバオウいうもんや。そいつと同じパーティやった」

 そう言って、彼はアーランが置いている指先に目を向けた。

 「アーランだ。キタローさんにはとても世話になった。連絡、感謝する」

 お互い何度かインスタントメッセージでは挨拶しているが、こうして顔を合わせるのは初めてだった。

 「……あんたか。別に知らせたわけやない。ただの捜索願いや。そっちは」

 「うちのパーティのもんで、1時間くらい前までキタローさんといっしょに居た子だな」

 「ほおぅ、最後の様子聞かせー」

 四人で車座になり、ティクルの話に耳を傾けた。そう長い話でもない。彼が話を終えて口を閉じるとキバオウの背から力が抜け落ちた。

 「いつもと変わらん、な。あないなところでドジ踏むよーな奴やないんやで……」

 「同感だな」

 「なんであいつが死ななならんのや。クエストやってただけやろ、それが悪いちゅうんか!」

 キバオウは絡み酒風にくだをまきはじめた。もちろん酒なんかない。彼を無視してティクルに訊いてみた。

 「そういやクエストは結局どうなったんだ?」

 「昨日のうちに三つ終わったっす。四つ目どうしようかって時に、キタローさんにメール来て。じゃあまた会おうね、くらいの感じで、むしろ俺らが呼び戻されてないのが、ボスやりやがったーといった?」

 「待て、そこまでは知らないぞ。うちには何にも来てないから」

 「みたいっすね」

 「つまり予定はきちんと終わったのか」

 「ん」

 まあキタローのことだから、クエスト途中での呼出しなら無視してクエ続行、くらいはあったかもしれない。代わりに倍速でクエストを片付けたかもしれないが。そんな想像をしているとキバオウが絡んできた。

 「クエ中座させたんが悪い、思うとる顔やな?」

 「聞いてねえのか。クエは普通に終わったってさ。第一、一人でトールバーナに帰らせたことを責める気はないぞ? 夜とは言っても、あの男に保護者が要るとは誰も思わねえよ」

 ただし ── と話を切った。

 「あんたらが二人なのは、そのへんの道が危ないのを警戒した?」

 「そこまでヘタれたつもりはないわ」

 こういう言い方をすれば酒が抜けるのね、と思いつつ、アーランは立ち上がった。

 「あんたがキタローさん呼び戻したのは最上階がそろそろだから、かな? そっちは良いのか?」

 キバオウ達も立ち上がった。キバオウ達の片割れがティクルに礼をした。たいしたことは、とティクルが手を振っている。

 「あんのアホが欠けたせいでちょいと遅れとる。けど今日明日にアナウンスあるやろ。おまえら来るんか?」

 「たぶんな」

 片割れは真っ当なのに、と思いながら彼は答えた。キバオウは彼に背を向け、そして思い出したように振り返った。

 「ああ、そや。アーラン言うたな。あいつ、けっこう褒めとったで?」

 腹に一撃をもらった気がした。

 「……そんなこと言うなよ。泣くじゃないか。お互い人前で泣ける立場じゃないだろ」

 「人が死ぬのに慣れとらんようやな?」

 「悪いか? フレンド(友人)に死なれたのは初めてだよ」

 「け。この幸せな新参もんが」

 「それは罵声なのか? それならむしろ幸せでありたいもんだ」

 こんどこそキバオウ達は振り返らずにその場を立ち去った。

 トロンダに戻り、サーシャとタスタスに報告した。今度はティクルが子供のお守りである。留守番のタスタスにも報告ということで、一緒に話を聞いてもらう。そしてこれからのことをサーシャに訊いてみた。

 サーシャがトロンダまで来たのは生活費が安いということと、最前線のトールバーナが近く、彼女も攻略に参加できるからで、それはアーランも理解していた。しかし第一層クリアのあとトールバーナは過疎地になる。トロンダでもプレイヤーメイドのあれこれの入手性は歴然と落ちるだろうと彼は指摘した。宅配便の供給元をはじまりの街に一人置いておければ良いが、それなら逆にトロンダに宅配便の供給元を置いてもおなじことである。

 「……はじまりの街に戻ることになるかもしれませんね」

 「じゃあ第一層クリアした後の、鍛冶屋連れて戻る時に一緒、でどうかな」

 「……そうですね」

 彼のなかなか勝手な言い分に、彼女はやや固いながら、ようやく笑みを浮かべた。彼女も直接の知合いが亡くなったのは初めてだと言った。

 「ここでクエストをこなせば、誰でも生活できます……けど、もしかするとはじまりの街には他にまだ居るのかもしれません。そう思うと」

 牛を追うのは小学生でも出来る。ボスを倒すのはサーシャがやるしかないが。クエスト報酬のクリームがあれば、食費はとても助かる。ボスドロップのコルと合わせ、それだけでもサーシャが貯金を崩すことなく生活が回った。

 「でも、そのたびにトロンダまで連れてくるわけにも……アーランさん、凄かったんですね」

 子供を連れてのトロンダまでの旅は船団参加者の彼女にも想像を絶した厳しいものだったらしく、嘆息して彼女はそう言った。隣でタスタスも大きく頷いている。

 言われてみて彼もざっと計画を立ててみた。ぼんやりと子供一人に大人二人つける勘定でいけるだろうと思っていたが、なるほどこれは難しい。子供一人に大人何人つければよいかとかそういう問題ではない。子供を背負って走り回るだけの筋力値のあるプレイヤーと、その背中と頭上を守るだけの瞬発力のあるプレイヤーを確保するつもりでかかってどうにか、という感触だ。

 スタート時点の筋力・体力・瞬発力は子供らしい数値に落ちるのではなく、大人のプレイヤーと同一の設定である。ただでさえリアルよりもパワーもスピードもある身体にはしゃいでいるだろうに、そのアバターに気分屋で集中力も持続しない子供の精神が乗っかっている。彼は心なし青褪めた。

 「リアカー使いました?」

 「無茶言わないでくださいね」

 子供とは言え二人乗せて爆走とか丘を駆け登るとか、筋力値がぜんぜん足りません、と彼女は付け加えた。筋力値を上げるのも課題に入れなきゃ、と笑う。

 「シムラさん引っ張りだすべきでしたかね?」

 高レベルの鍛冶屋をトールバーナから引き離すのもあれか、と思い直す。実はレジェンドブレイブスに合う仕事かもしれない。守りながら戦うノウハウのあるパーティはまだ少ないだろう。上に行きたがっているパーティだが、ギルガメッシュとか子供好きということになっているのだから、文句も言うまい。

 話を戻せば、危険な動物がうろうろする土地を徒歩移動とか、リアルでも子供から死ぬに決まっていた。ティクルやタスタスにも悪いことをしたと思う。反省することしきり。後方だからと配慮が雑になったことは否めない。

 そんな中でもキタローが普通に笑っていたらしいのにはコメントしようもなく、お荷物抱えても平然としていたくせにたかだかソロで不覚を取ったらしいキタローに彼は内心で溜息をついた。

 「あの、大丈夫ですか?」

 どこかぼうっとしていた彼を、今度はサーシャが気遣った。

 「調子が良くないなら今日は休まれては? ほら、わたしも今日は迷宮区休みますし」

 人手が減って子供を預けておく先がなくなったのだから彼女が迷宮区に入るのは体調に関わりなく無理なわけだが、アーランは素直にそれを受け取って微笑みを浮かべた。

 「ありがとう。……これ、そのうち慣れちゃうんでしょうねぇ」

 慣れた先が、あの迷宮区のバーサーカー達だと思うと一緒にされたくないと思わなくもないが。

 「でも僕があんまり凹んでるわけにもね」

 そう言ってタスタスを誘って話を打ち切ろうとすると、サーシャは真顔になって、

 「アーランさん。ちゃんと下の人に気遣われるのも、上の人の仕事だと思うんですよ?」

 無理をしていることは子供にもすぐ分かります。大人が子供の気遣いを受け入れてあげるつもりがないと、子供のほうもどうしたら良いか分からなくなるんですよ、と彼女は言った。子供扱いされたほぼ同い年のタスタスはと見ると、普通に同意していた。ただしポーカーフェイス系の笑顔のようだったから、思うところはあるらしい。

 「僕の悪口、いろいろ聞かされましたか」

 アーランの普段がどうであるかサーシャが聞いているとすれば、それはタスタス達二人の口からしかあり得ない。彼女はくすっとした。

 「そういうつもりじゃないのは、分かっているんでしょう?」

 「わかりました。今日は休みます」

 彼は両手を上げて降参した。

 サーシャと別れを告げ、ティクル、タスタスとトールバーナの拠点の会議室に戻ると、何故かエギル達三人が待っていた。レベリングに行かなかったのか、と彼が訊く前にエギルのほうから、

 「おいおい、大丈夫なのかアーラン」

 「……そんなに分かりやすいか?」

 「おう、誰が見てもわかるんじゃないか?」

 ついでだから聞いていけ、と全員に着席を促して、事の経緯を説明してから、

 「で、なんでエギルさん達はここに残ってたんだ?」

 「いやぁ、リーダーが居ないと右も左も分からんだろう」

 そう言って笑う。彼は苦笑して、

 「嘘つけ」

 そして軽く手を上げて礼を言う。残っていたのは旧エギルパーティのメンバーのみである。動けないはずはなかった。何か変事があったことを察して心配していたのだろう。

 「ここからが今日の本題だ」

 全員の顔を見回す。

 「今言ったように、昨晩の時点でキバオウはトロンダに遊びに出かけていたキタロー氏を招喚し、第一層ボスレイドに備えた。キタローがキバオウに合流できなかったことでスケジュールは若干遅れ気味だそうだが、ディアベル達も十九階に入ってることだし、明日中に初のボスレイドのアナウンスがあるだろう」

 全員の顔が真剣なものに変わった。やはり二つのグループの動向が分かると臨場感が違う。

 「で、だ。僕は今日休みにする」

 反射的に突っ込みかけた顔ぶれを彼はさっと確認した。ティクル、タスタスの反応は鈍く、二人もけっこう傷心にあることが分かる。彼は二人を外すことにした。予定通りといえば、そうなのだが。

 「ティクルとタスタスはアルゴと共同パーティで後詰めのつもりで頼む。向こうに話を通してはあるけど、固めてないからどう転ぶかはまだ分からないんだけども」

 ティクルが手を挙げた。

 「隠蔽持ってないタスタスも連れていくんすか?」

 「アルゴとティクルじゃ壁が居ないだろうが。それじゃレイドの場に手が出ないだろ。知合いの火力持ちはレイド本戦に来るだろうから、タスタスが出ないとどうにもならないぞ」

 救護隊としてはティクル達のような敏捷性最優先プレイヤーで構わないのだが、流れ弾で要救護者に死なれるのも目覚めが悪い。アルゴの注文は得体の知れないティクルと控えるよりは気心の知れたタスタスと救護隊を組みたいというものだったが、さすがに話さなかった。たぶんタスタスが仲立ちしないといろいろ危ない。

 へへん、とタスタスが胸を張っているが、索敵・識別が主力スキルの彼女も、必ずしも壁に向いていない。しかし壁が出来るプレイヤーは全てレイドに投入されるはずだから、救護隊に適切な壁が居ないのは必然であった。

 「僕を含めて残り四人がレイド招集で話を受ける、そのつもりで」

 三人が頷く。エギルが手を挙げた。

 「結局あんたはどっちで出るんだ? 剣か、メイスか」

 「メイスで出る」

 「マジか」

 アーランとしては前にそう言ってあった。ボスレイドで自分達に意識的に色を着けるためである。半分くらいはメイスを捨てない言い訳だし、レベリングの小パーティで形を作るためにはアニールブレードも使わざるを得ず、それを見ていたエギルも彼が剣を使う可能性を捨てていなかったらしい。打撃武器で固めたパーティを作っていたわりには感覚が常識的で、彼は少し笑った。

 エギル・ウルフギャングの最前衛にナイジャン・アーランのメイスによる二重壁と、ティクル・タスタスの即応火力の組合せは確かに安定した形を作ったのだが、アーランがアニールブレードを持って火力に回った時のほうが単純に単位時間あたり攻撃量で優る。むしろよくエギルが打撃武器ばっかりで固める気になったものだと彼は感心はした。褒めているわけではない。あまりに戦術幅が狭すぎて、アーラン同様の両刀使いを用意しておけと言いたくなったことも多い。ただ、ティクル・タスタスを外して外部から火力を借りて来るのなら前者一択であった。

 「エギルさんがやっていたことを僕も含めてやる、それだけだけど」

 「あれ、あんま評判良くねえんだよなぁ」

 エギルが頭をなでて嘆いた。当人もけっこう傷ついていたらしい。アーランはフォローを入れる。

 「そんなに長いわけではないから」

 その言い回しにエギルは姿勢を正し、目を細めた。

 「おまえさん、やっぱりレイド一回でボスを打ち破れるとは思ってない?」

 「レイドを背水の陣にはしない。少なくとも僕らはそういう心構えで行く。だからこそ救護隊を置くんだし」

 「分かった」

 翌、十二月二日、早朝。ディアベルからメッセージが二通届く。一通は恒例の攻略進捗メールで、遂に最上階にたどり着いたとのこと。もう一通がボス攻略会議開催の告知だった。

 




アニメでキタローが亡くなったのは12/2のようにも見えるが、
会議アナウンスがあった12/2の描写が全般にあれだったので前倒し。

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