血盟騎士団調査室   作:神木三回

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はじめまして。
あけましておめでとうございます。



初日夕方から二日目朝まで

 鎧戸を押し広げると、右から左へとなかなか見事な夕焼けがあった。空の代わりとなる天井に映された薄青から赤にわたるグラデーション、乗り出して右をみれば天井と地平線の隙間に浮かぶ赤みを帯びた太陽。天井の先端が陽の斜光をうけて白く輝き、天井の存在を主張しながらも全体として狭苦しさを感じない構成になっていた。眼下の路を陽に向けて走る数人のプレイヤーも良いワンポイントだ。

 新原呼高(あらはらこだか)は「天空の城における夕焼け」に、鑑賞するよりも色々突っ込みたくなる気分が巻き起こってきたのを少し残念に思った。もうすこし素直に感動したかったと思う。明らかに先ほどの茅場晶彦(ゲームデザイナー)の監禁宣言に対する反感だった。

 ささくれ立っている心をおさめようと、ひとつ深呼吸してから振り返った。後輩の足立椎加(あだちしいか)は会議室に戻ってきてそこに座らせた時と変わらず、手をぎゅっと握って青白い顔で俯いたままだ。薄く被っていた猫が地ごとがっつりと抉られた姿が痛々しい。

 そういえば、と彼は思い出した。

 ── 髮、戻ったんだよな。

 ログイン時の、髮をリアルのショートから背中までストレートに伸ばしただけのアバターと、彼女の、なにかしらの武道あるいは茶道のような躾けの手が入った立ち振る舞いの組合せは良く似合っていて、深窓の令嬢の範疇に入るだろうと彼が褒めてからまだ二時間と経っていない。

 昔よくあったプラスティッキーなトーンはさすがに影を潜め、現在の髮のキューティクルの(C)(G)仮想(V)現実(R)の中のフル 3-D フルモーションにおいてもそれなりに仕上っている。それでも生え際と旋毛の描写はイマイチだし、逆に枝毛などの髮の傷みの表現がないから短髪よりは長髪のほうが美しくみえる。そう言うと、それは褒めるところが違う、と怒り、そのあと自分の髪の毛を一房ほど手に取って見つめ、しぶしぶ納得して頷いていた。

 長いほうが有利、というのは感覚的にも理解していたからこそのアバターデザインだろう、と言えば、すこし違うと首を振った。リアルで伸ばすと手入れが大変なのでヴァーチャルで伸ばすと。それはそれで聞きたくなかったと言って二人で笑った。

 

 開いたドアの向こう、もう一人の中辻汀(なかつじなぎさ)もまだ戻る様子はなかった。中辻も新原や足立と同じく東都大学生だが二年生で、三学年上の新原は学内で顔を合わせたことは最近までほとんどない。もともとはレクトプログレス(バイト先)での知り合いである。

 SAO のベータテスタだった中辻は、ベータ時代はアバターをいじってあったらしいが、中央広場で待ち合わせてみれば彼もリアルほとんどそのままのアバターで、訊くと「背を伸ばすのが非推奨だった理由がよくわかって。背が伸びないなら他はどーでもいい……」と恨めしそうに新原の頭のてっぺんを見上げて語ってくれた。「心機一転、速度系を目指すっす」に対して新原が「腕長いほうが同じ角速度でも運動量で有利じゃないかな?」と言うと、その場で崩れ落ちて椎加お嬢様の涙を誘う。

 元ギーク()()の風格はあって、ギーク少年とはそういうものだろうと新原は思っているが、二十センチ近く違う彼が口にして良いことではないであろう。

 

 十分ほど前、茅場晶彦(ゲームマスター)がソードアート・オンラインについてログアウト不可およびデスゲーム化を宣言し、全プレイヤーのアバターをリアルベースに強制的に変更した。彼が何を言ったかはともかく、アバターの変更は管理者権限を好き勝手に使う宣言と実行の証である。プレイヤーに対しては、この最後の瞬間のものが一番大きかったはずだ。が、彼ら三人のアバターは元々リアルベースだったため周囲から一拍遅れることになり、それだけに激烈なものになった。

 普段ほわほわした足立が首の後に手を回してそこに髮がないのに気付き、みるみるうちに顔が硬直していくさまを見つめ、新原は慌てて彼女の手を引いた。自分達の会議室用に確保してあった元縫製工場三階の一室に戻ってくるまで、彼にもそのあたりの記憶はあまりない。

 「そういえば、リボンどうした?」

 思いっきり長くしてきたストレートの髮を、褒めたと同時に少し叱った。モンスターを相手に動きまわる格好ではなかったから、フィールドに出る前に髮を結ぶためにリボンを買って渡した。髮が短くなった今は落ちたかどうかしたのか付けていない。彼女が顔を上げてすこし唇を尖らせた。

 「ちゃんと持ってますよぅ。短くなっても髮にくっついてました」

メニューを操作してストレージから取り出し、手の平にのせてみせる。少し考えて彼も納得した。

 「髮に装着した、という扱いになっていたからか」

 「たぶんそんな感じだとー」

髪の毛にカブトムシかなにかがひっついたような感触が気色悪かったとゆったりと力説する。一応モンスターからの攻撃の被命中率軽減効果があることになっているらしいアイテムが簡単に落ちては困る気もしたが、そんなことより会話出来る程度に回復してきたことを彼は喜んだ。

 「髮を長くする方向なら、たぶんわりに早く戻せると思うよ。この世界、散髪屋は無いだろうし髮もたぶん伸びない。ゲーム攻略のフレーバーとしてあまり意味ないからな。だけど、それだけだとイメチェンする方法もないことになる」

 アバター変更アイテム、つまりフィールドで髮を切られて圏内に戻った時に髮が元に戻るようなアイテムはまだ手に入らないかもしれない。しかしフィールドで髮を切られたあと圏内に戻っても髮が元に戻らないような、付けウィッグ相当のものはアバター変更アイテムに手を出してもらうための繋ぎで容易に手に入ると彼は踏んだ。彼女がぽかんと彼を見上げた。

 「はー」

 「何?」

 「先輩も、だいぶ調子戻って来ましたねー」

 「アインクラッド全百層の構造予想とか向こう二年の攻略計画とか当面の方針とか考えていたんだけど、しばらく凹んでいることにしたので代わりに考えておいてくれないか」

 彼女は平謝りした。中辻が戻ってきたのはそんな時である。

 

 「ただいまーっす。取れました。みっつを三日分、前日までに言えば十日間は延長効くそうです」

 「お帰り、それとおつかれさま。……?」

 新原は返事をかえしつつ、その内容にすこし首を傾げた。

 中辻には会議室の並びにある従業員寮の部屋を確保するよう頼んであった。今の部屋はテーブル・ソファ・風呂・流しなどはあってもベッドはない。おそらく居間・応接室もしくはたまり場として設計された空間だ。宿泊するならそれ用の部屋が必要で、三人で三部屋。そこまでは良い。だが、元ベータテスターの中辻には初心者(ニュービー)の新原や足立を置いて先に進む手もある。彼もしばらくはじまりの街に滞在する、同行するということが、適切かどうか新原には判断がつかなった。

 「さっき、下の路を走って、たぶんそのまま北西門から外に出たプレイヤーがいたけど何をしにいったか分かる?」

 「ホルンカっすね。わりと良い剣がクエで手に入りますよ」

 即答は彼が先行も考えていたことを意味した。

 「最初に訊くのを忘れたけど、中辻君は先に進まなくて良かったんだろうか?」

 「ボスに付いてったほうがたぶん面白いっす。……俺がリーダーってのはナシっすよ?」

 完全に覚悟を決めた笑顔だった。

 なお、中辻が新原をボスと呼ぶのはバイト先の立ち位置に由来する。二人とも下っ端のプログラマーのバイトでしかないはずだが、新原はプロジェクトマネージャ的な立ち位置に押し上げられることも多い。この呼ばれ方は新原としてはけっこうヒヤヒヤするのだが、どこからも悪感情を感じたことはないので放置になっている。

 「それと、ボス。さすがにアバターネームにしましょう。他の誰とも付き合わないっつーわけにはいかないっしょ」

 茅場晶彦(天才)の作り上げた仮想(V)現実(R)人工(A)知能(I)の出来不出来を見に来ただけでゲームを攻略するつもりがなかった彼らはリアルと同じ付き合いを持ち込んだ。確保した会議室は研究室の延長である。言われてみればこれはまずかった。

 「そうだな。僕がアーラン、中辻君がティクル、足立さんがタスタスか。本物の太陽ともお別れしたが、自分の名前とも向こう二年お別れか」

 は、と息をついた。彼は中辻に席につくよう促して、壁のランプに灯を入れてまわる。中辻と足立も羊皮紙スクロールを取り出してメモを用意する。

 「晩ご飯は……話の後でいいよな?」

 二人は頷いた。デスゲームに取り残された五里霧中で食事がのどを通るわけもなかった。

 「まず。僕達を含めたプレイヤー一万名は基本的にこのゲーム、ソードアート・オンラインを攻略する必要はない。というより、それは害悪だ」

 茅場の煽りが上手かったせいで新原も間違えそうになるが、彼自身が落ち着くため、また先走る選択肢のある中辻のためにも客観的な立場は確認しておく必要があった。それは自分達が茅場晶彦に捕われて監禁されている身だ、という点である。遊ぶためにこの世界に居るのではないのだ。

 「銀行強盗にとっつかまっている人質が、強盗犯人から『銃弾の雨をくぐってドアの向こうについたら助けてやんよー』とか言われた時に、それに乗っかって走り出したらそいつはただのバカだ。外部からなんとか無事に救出しようとしている警察の足も引っ張っている。その意味で、僕達はこの《はじまりの街》で寝て救助を待つのが第一義的には正しい。ついでにいえば、そのほうがたぶん拉致監禁犯野郎への嫌がらせにもなっていると思う」

 新原はそこで話を一度切った。二人の表情に意外といったような感情は浮かんでいなかった。少しは驚いてくれないとカームダウンにならないのだが。中辻がにやっとして、

 「でも先行くんすよね?」

 「結論先読みはー失礼ですよー、中辻君……じゃなくてティクル?くん」

 「タスタスも大概だ……二人とも話聞いてないだろう」

 「聞いてますよ? 行かなくてもいいけど行くって話ですよね?」

 「まあ、なぁ」

 彼は頭のうしろで両手を組んだ。

 

 最終層での話である。茅場晶彦は人工(A)知能(I)の専門家ではない。すくなくとも本職は物理屋で、ナーヴギアの開発が本業である。彼は自分の開発した、もしくは関わった AI の性能に十分なプライドが持てないだろう。自分の作った AI に最終決戦の場を任せることは出来ず、自身が出てくるだろう。

 この最終戦闘を茅場晶彦の立場から見るとどうなるか。

 ラスボス(自分)を取り囲む、一対一では絶対に適わない程度のレベルでしかない約五十名のちまちまとしたプレイヤー達という図を許容できるか? ── いや、それはない。最終決戦では、ラスボス(茅場晶彦)の相手は高々六人。事によると彼と同等レベルに成長した一人にまでしぼられると思っておいたほうが良い。

 では、それまで、九十八層まで活躍してきた攻略メンバーは何をしているのだろう? 周囲でお茶を飲みながら観戦しているのか? また、そのとき下層の非攻略プレイヤーはパブリックビューイングを楽しんででもいるか?

 その想像は解の一例ではあるだろう。しかしもし魔王(自分)と戦う勇者メンバー以外がお茶を飲んで遊んでいることを認められないとすれば、彼は何をするか? 「遊びではない」と強調する彼のことだ、許さない可能性が高い。

 

 ここまでを前提として、新原が挙げた例が「下層の平和と秩序を破壊しておき、上層の攻略プレイヤーに救助させるクエスト」だった。勇者メンバーが決戦層に上がることをトリガとして起きるクエスト。

 「僕達は攻略プレイヤーでないとしても、少なくとも余裕をもって救助されるだけの上層に居る必要がある」

 秩序の破壊はモンスターによって行われるだろう。ならば、救援グループによって容易に守ることが出来る程度には、レベルも上げておかねばならない。そしてできれば、

 「救出順序(トリアージ)の基準について口出しできるほうが良い。つまり攻略グループにいたほうが良い」

 これを達成目標の優先順序とする、と彼は告げた。自分達自身が勇者である必要はないと。

 

 下層の考察に入り、十層までに元ベータテスタ達を口減ししてくること。これは二人も頷いた。ベーターテスタという貴族階級が生まれることをゲームマスターは望まないだろう。多少前後するかもしれないと前置きした上で、二十層前後までの壁役(タンカー)優勢と三十層までに起きるその壁役の口減しイベントについて話す。これに関して彼は根拠を一つ挙げた。それは投擲武器、弓矢の禁止である。

 「デスゲームで投擲が可能なら、原始人がマンモスを倒す時に使った戦術が確実で安全だ。落し穴か何かでモンスターを固定、上から投石で HP を削る。これをわざわざ禁止にするなら、機動隊が暴れている人を取りおさえるような戦術も出来れば禁止しておきたいだろう」

 自然にプレイすれば、おそらく自分達もこのイベントの犠牲になるため、最先端の攻略集団に参加するとしてもそれは三十層前後からだと彼は告げた。

 「デスゲームで安全を期して盾だらけになったら見てて美しくないのは分かります。削ってくるでしょうね。でもそのイベントで俺達も被害出ますかね?」

 盾持ちのようには STR(筋力) に振るつもりのない中辻が首を傾げる。

 「このゲームでモンスターは本質的に恐くない。攻略必須でないなら逃げればいいだけだから。恐いのは一撃死もあるトラップの類だ。対策の基本は VIT(生命力) 上げでいいんだよな?」

 「そうっすね。VIT 上げるんですか?」

 「うん。悪いけど、ティクル、ある程度は VIT にもステータス振ってもらうよ」

 「トレジャーハンターデッキに近いっすね」

 「そうだな。モンスターや罠のそばをうろうろするが、しかし戦わずに逃げるという行動オプションを持つとそうなるか。タスタスもな。万一にもきみらを死なせるつもりはない」

 足立にそう振ると、彼女は手を挙げた。

 「先輩も、腕を食べさせるのはナシの方向でお願いします」

 「それもあったか」

 彼女はものすごく薮蛇をつついたような顔を作った。案の定、とでも言うべきことを新原は提案する。

 「二人とも、一度、街の近くで腕の一本くらい食われておくか?」

 

 これはデスゲーム化を知る前、剣がなかなか当らないことに業を煮やし、彼が左腕をイノシシの口に突っ込んで固定してから斬ったことを指す。それで間合いをタイミングを掴んだというのか、それ以後は概ねソードスキル一発でイノシシが切れるようになったのだが。今はもう三人ともそこまでする必要はないが、怪我慣れという意味ではどうか。

 

 腕を食われても大して痛くないし圏内に戻れば腕は生える。眼も同じ ── 眼は潰されたことがないからどれくらい痛いかは知らないが。大口あけてよだれたらしているモンスターが居たとして、そのよだれに触れても狂犬病にかかることはない。血液に触れて肝炎の心配をする必要もない。

 リアル世界では怪我すら社会的に致命的なのに、ここは死なないかぎりは病気(状態異常)も怪我も完治する優しい世界だ。むしろモンスターと名付けられた記号(キャラクター)相手に病気・怪我を心配して腰が引けたり、パニックしたりするのが恐い。

 

 そう彼が説明すると、二人は諦めたように頷いた。

 

── 後に。アーランの分かりにくい過保護さを説明するのに二人が引用したこのセリフは、「血盟騎士団は入団テストでモンスターに手足を食わせる」という形に歪んで外部に伝わった。アスナが団員達を鬼のように訓練して見物していたプレイヤーにドン引きさせたことで噂のリアリティが増し、「屈強な騎士団」という評判に繋がっていくとともに、入団基準の緩さのわりに入団希望者が少ないことをアスナとアーランは二人して悩むことになる。

 

 「話戻しますが……、あー、壁も VIT で防御上げてるはずですもんね…… VIT 無効かもしれないイベだとステ不足で俺達も死んじゃうってことっすか。いや、俺は大丈夫?」

 中辻が首を捻る。AGI(敏捷性) 中心に振るならそのイベントで彼は標的にされない可能性が高い。

 「そうだね。ティクルは動けるかもしれない。AGI か何かが大事なイベントが来るんだろう。パーティとしては、そのイベントが過ぎてから前に出る」

 「了解っす」

 その必要がないといいなぁと新原は思っていたりするのだが、やる気に溢れた中辻を見て口にはしなかった。

 

 彼は第一層クリアに二ヶ月を想定する。第一層クリアに必要なレベルと第十層クリアに必要なレベル差は約十。デスケームとノーマルゲームでのレベル余裕差も十とみて、ベータテストが二ヶ月で十層をクリアに少し足りない予定だったのなら、本番デスゲームは二ヶ月で第一層クリアに少し足りないくらいが相場だ。一層あたりでレベルをひとつ上げる必要があるのはベータ時代と変わらず、したがって第二層以降はベータテストと同じ速度でクリアして百層クリアに約二年。人数が増えること、プレイ時間が長くなることを、やる気にみちたゲーマの割合が減少すること、ベータ時代に第十層がクリアしきれなかったこと、低層でのいっそうのレベル上げに時間が掛かるようになること、と相殺するものとして。

 第一層クリアにかかる時間、クリアの仕方は重要なポイントだった。第一層を一ヶ月以下で無事故無問題でクリアできるようならティクルよりも質の良いプレイヤーが最前線に揃っているということなので自分達は後方で寝てて良い。逆に三ヶ月以上かかるようなら組織運営がおそろしく駄目なのか、自分達でも戦力になり得るレベルであるか。低層から首を突っ込まざるをえないかもしれないのだ。

 

 九十層過ぎで想定すべきイベントを整理しているとき、ふと足立が手を挙げた。

 「先輩、根本的に、ゲームをクリアしたらここから解放されるんでしょうか?」

 「するだろ」

 新原は断言した。茅場晶彦が約束を反故にすることは出来るが、その瞬間にソードアート・オンラインは下らないものになり果てる。これを大事にしているなら、精根込めて造ったものなら、その価値を下げるようなことはないだろう。

 「もちろん鼻唄混じりに気軽に作ったどうでもいいものならどうでもよく思われても気にしないだろうが……コレはなかなかよくできた世界だと思う。茅場がどれほどの人物であろうと、遊びでコレを作ってしまえるほど僕達との差があるわけではないさ」

 二人は拍手した。

 翌朝、足立椎加ことタスタスは大通りから中央広場に戻った。

 大口を叩いたのは幻だったのだろうか、というくらい昨夜の新原の立てた当面の行動方針は地味だった。どころか寄生的ですらあった。攻略ガイドを作るようなボランティアグループにコネを作る、というものである。

 

── 先輩のたまわく。先を急ぐ元ベータテスタも多いだろうが、まずは初心者(ニュービー)を下支えしようとする人達も居るだろう。彼らから早急にガイド冊子を受け取り、できればフレンドになった上でホルンカに向かう。

 「朝イチで配ってなかったらどうすんすか?」

 「明後日までは待とうか。……ただなあ、明日の朝イチでガイド配る準備が出来てないようなグループはあんまりアテにならないと思う。初心者さん達は明日一日を右往左往すするだけでも山ほど死にかねない。それを理解できないグループではなぁ」 ──

 

 ガイドの配布場所の想定は幾らか意見が分かれ、手分けして探すことになった。外に出るプレイヤー達にはガイドを早急に渡す必要があり、特に初心者しか来ないであろう北東門と、ガイド配布グループの人数にもよるが、配布に人手が要らない道具屋が配布地の最有力候補だ。その他には迷子達がたむろしているであろう中央広場。

 道具屋、宿屋を土地勘のあるティクルがまわり、アーランが街の外周をまわる。タスタスは中央広場で待つことになった。おそらく配布者が現場にいない道具屋をティクルがまわるのは、間違いなく元ベータテスタであろうグループの人達と顔合わせしたほうがよいのか、逆に会わないようにすべきなのかという問題を先延ばしにするという意味もある。

 

── タスタスの質問「わたし、楽してないですか?」に対して答えていわく、

 「すさんでそうな難民広場が楽かどうか……外回りに居る奴は色々忙しいと思うから、転移門に居る奴とがんばってフレンドになっておいてくれ」

 状況がどうなっているか分からないうちに市街区のすぐ脇とはいえ犯罪可能なエリア(圏外)に女性を一人歩きさせるつもりはないと先輩は告げた ──

 

 中央広場の様相は一変していた。昨日ログインした時には繁華街の歩行者天国もかくやという広場に、今は戦場から逃れてきた敗残兵のように項垂れた人達が広場周囲の柱の陰、そこかしこに座り込んでいた。

 そして広場中央から少しずれたところで屋台を組み立てている小柄な人が一人。フードを被っていてどんな人かは遠目にはよくわからないが、テキパキとした動きは他の人達とは一線を画している。

 彼女は思った。

 (たぶんあれかなー)

 もちろんアルゴは近付いてくる女性に気付いていた。屋台を組み立て終えて、徹夜で作ったばかりの羊皮紙スクロールの攻略ガイドブックを並べながら、横目で観察する。

 足取りはしっかりしていてこちらが誰か分かっている。しかし知り合いではない。広場でへたりこんでいるプレイヤー達の視線の半分をもっていっているが怯んだ様子はなく、ベータ時代、文字どおりアバター(仮面)をかぶっていたとしても言動で目立ちそうで、つまり多分ベータテスタでもない。

 年の頃は二十手前、高校生か大学生。ほんわりとしたお嬢さま風の美少女。服はややゆったりとしていて身体の線を消し気味だが、アルゴの目は誤魔化せない。日本人の平均よりは凹凸はあるほうだ。

 ざっくり羽織っているベストは実はけっこう良い防具になっている奴。服飾雑貨屋のほうで売っている物で道具・防具屋では売っていない。本人の目が良いのか、あるいは裏のアドバイザの仕事か。動きやすく防御力は高く値段もそこそこ。手に入れにくいがガイドでもお薦めの一品である。首下のリボンも確か被ダメージ減少効果のあるアイテムだったと思うが、それはおまけであろう。

 剣の類は下げておらず、武装をどうしているかは分からない。

 

そして ──

 

 「おはようございます」

 「ああ、うん、おはようございまス?」

 とても良い笑顔の挨拶だったが、アルゴは何かこう世間知らずのお嬢さまから法外な無理難題をふっかけられる自分を想像してしまったのだった。

 「タスタスです。始めまして。SAO のガイドブックを配布……販売?なさってる方でしょうか? これからいろいろと御世話になるかもしれません、よろしくおねがいします」

 「こちらこそ。情報屋のアルゴだよ。鼠のアルゴ ── 《鼠》と呼んでくれてもイイ」

 そっと表情をうかがうも「鼠」に反応なし、自意識過剰かもしれないが初心者(ニュービー)確定。

 「コレ、まだ宣伝はしてないんだけど、良く知ってるね? 無料配布だけど、何部必要カナ?」

 彼女はパンと手を合わせて、

 「あ、じゃあ三部お願いします。……先輩がたぶんそういう人達が広場に来てると思うからって」

 三人グループか、とアルゴは頭の中にメモ。目端の利く先輩とやら、あの男に紹介してもいいかなと思う。それと「先輩」という言葉から推定年齢を上に修正。高校三年生に先輩は居ない。大学生のサークルグループあたり。高校生プラス OB の大学生、なら大学生は女子高生を一人で広場に放流しまい。また、この「先輩」、多少ロリコンの気があるとメモに追加。

 「その先輩達は一緒に来てないノ?」

 「門のところとか、なんでしたっけ……道具屋さんとか、そういったところを走り回ってます」

 なんとなく彼女の背後を探していたアルゴに思いついたように、

 「あ、やっぱり人手足りないですか? わたしで良ければお手伝いさせてください」

 と綺麗なおじぎ。それくらいなら、とアルゴは彼女に何部か手渡し ── 彼女が大きく息を吸い込んだところをアルゴは屋台から身を乗り出してあわてて口をふさいだ。

 「な、何をやらかそうとしたかな、このオネーサンはっ!」

 けほ、と咳込みながらやや不満気にタスタスは答えた。

 「呼び込みですが……」

 「あ、ゴメン……」

 あまり人目を引きたくない MMO ゲーマーのサガで、おもわず口をふさいでしまったが手伝いとしては何にも間違っていなかった。

 「一応、何かやる時は一声かけてくれないカ」

 「あ、はい。ごめんなさい……」

 自分のほうが悪い気がしているところにこれだけ畏まられるとアルゴとしても何を言っていいのか分からなくなる。とりあえず、

 「そこの人達に配ってまわるのをお願いしてもいいカナ。二、三人に一部ずつ、少しはやる気のありそうな人に」

 残りの人達はどうするのかとタスタスが目で尋ねたのに対し、

 「隣の人に見せてもらえないソロ(ボッチ)とかなら……ここに来れば配ってるよと伝えてくれれば良いヨ」

 

 ざっと配り終え、屋台にも三々五々に人が来て羊皮紙スクロールを手にとっていくようになった頃、出していたメニューをしまったタスタスがアルゴに尋ねた。

 「先輩がここのと同じガイドブックを五百コルで買ったって言ってますけど、売り物でしたでしょうか?」

 苦笑いを返した。

 「先輩さんは門を回ったって言ってたよね。最初から外に出てく元気のある奴には売りつけないと、おれっチが破産しちゃうヨ。無料配布はここだけ」

 

 根本的に人手が足りないから、ホルンカの村と東の鉱山に置く分、はじまりの街外周部の配布はツテを頼って人を雇った。一冊五百コルで、二割が手伝いの取り分である。広場配布分を有料にするわけにはいかなかったから、広場は自分で担当だ。歩けるプレイヤーなら防具を整えるのに道具屋に寄るからそこにガイドブックを置いておけば目に入るが、それでは一歩も動けない広場のプレイヤーの手には渡らない。ここを省略することはできなかった。

 コストについて考えておらず、その言葉に恐縮したタスタスはあたふたとガイドブックを取り出し、二つをアルゴに差し出した。

 「これはお返しします」

 「そう?」

 有料の奴のほうが自分のマークも入っていることだし、と受け取ったスクロールを屋台の上に戻す。

 「タスタスさんのところはこれからどうするのかナ?」

 スクロールをざっと手繰って、説明の一部をアルゴに見せる。

 「明日の朝くらいからこの [森の秘薬] クエストがんばるみたいです」

 「うん、堅実だネ。ホルンカ行くならちょうどいいかな、明後日、ホルンカの村で昼食か夕食一緒にしないカ? 今日のお礼に。会わせたい人も居ることだし」

 「光栄です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 ガイドブックを朝イチで受け取っておいてさっさと攻略に行くでなく「手伝う」と彼女が申し出た時点で彼らの目的が自分にあることは明らかだ。手伝いのうち、ホルンカの道具屋担当は「(コル)よりもさ、面白い人を紹介してくれないか」と言ってきていたから、会わせれば彼も満足するだろう。

 明後日というのは、アルゴ自身が今日明日まだいろいろ忙しいということもあるが、中一日あればホルンカに着けるだろうというか、それくらいでホルンカに入れるようでないと攻略組(フロントランナー)的には見るべきところがない人達ということだし、明後日までにアニールブレードを三本揃えることができるレベルなら、かなりやれるほうだ、ということがわかるという仕掛けでもある。

 「先輩」ならそれくらい理解して奮起してくるだろう。アルゴとしても少し楽しみだった。

 




原作遵守の優先順位は
 アニメの事実描写 ≧ 原作本編 >> 原作プログレ(拾えそうだったら) > 公式設定 >>> ゲーム他(無調査)。

分量比は多分
 第1層 : 第2層〜血盟騎士団結成以前 : 騎士団結成〜第74層 : 第75層 = 1 : 1 : 1 : 1 くらいで、
第1層いろいろ巻いてんだけど、けっこう先までタイトル詐欺っす。

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