ラブライブ! コネクション!!   作:いろとき まに

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=Next Season= Introduction (プロローグ)
活動日誌♪ センチメンタル ・ ステップス!


 暖かくて、眩しい日差しが窓から差し込む――東京 神田にある和菓子屋『穂むら』の二階居住スペースの一室。

 室内では、鏡に映る自分を見ながら悪戦苦闘している一人の少女の姿があった。

 

 全体に短く切り揃えたショートカットの、前の両サイドだけを顎先の長さまで伸ばしている小豆色の髪。

 数日前に義務教育を終えたばかりで、まだあどけなさは残るものの凛とした印象をも併せ持つ目鼻立ち。

 小柄で華奢だが、活発な雰囲気を与える肢体。

 そんな身を包んでいる、真新しい濃紺のブレザー。

 淡い空の青と、濃い海の青のチェック。そのチェックの柄に差し色として使われる、赤のラインの入ったスカート。

 そして、襟元につけた緑のリボン。

 そんな自分を彩る新しい姿――

 さまざまな想いと信念により導かれ、晴れて今日、正式に着ることを許された学院の制服。

 彼女はそんな自分の姿を、芯の強さと真面目さが見え隠れする翡翠の瞳で、鏡の中に映る自分を真剣に見つめているのだった。 

 

「うーん……よしっと!」

 

 少女は自分をさまざまな角度で鏡に映し出しては、自分の身につけた制服とリボンを念入りにチェックしていた。

 自分に課した厳しいチェックに、満面の笑みと納得の声をあげていると――

 

「――ちょっと、雪穂ー! 今日は入学式なんだから、さっさと下りてきて朝食済ませちゃいなさい!」

 

 一階から、彼女を呼び叫ぶ母親の声が聞こえてくる。

 

「はーい。今行くからー」

 

 呼ばれた少女――雪穂は扉を開けて、下へ声をかけると階段に向かって歩き出す。

 しかし、数歩歩いたところで立ち止り……思い出したように踵を返すと自分の部屋を通り抜け、隣の部屋の前で立ち止る。

 そして扉をノックをしてから、部屋の主である姉の穂乃果に声をかけた。

 

「……お姉ちゃーん、起きてるぅ?」

「……おはよう、雪穂! 起きているよっ!」

 

 少しして、姉の部屋の扉が開き、既に制服に着替えている彼女が元気に挨拶をするのだった。

 

「おはよう、お姉ちゃん――って、見ればわかるから。それより……ねぇ?」 

 

 彼女は挨拶を返すと「わざわざ出てきてから起きていることを伝えなくても良いのに」と言う気持ちを含ませて、呆れた表情を浮かべて言葉を返す。

 そして、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら顔を背けて、弱冠制服の裾を両手で摘んで、上半身ごと前に押し出す姿勢になって、疑問の言葉を投げかけた。

 

「ん? どうかした?」

「……な、なんでもないっ! 朝食できているって? 先下りてるからっ!」

「――あっ、ちょっ、雪穂ぉ?」

 

 しかし、訳がわからないと言いたそうな表情で聞き返してきた穂乃果に、更に顔を赤らめて捲くし立てるように言い切ると、その場から足早に去ってしまうのだった。

 

♪♪♪

 

 一階の居間へ下りてきた雪穂は、食卓に朝食を忙しなく並べる母に声をかける。

 

「お母さん、おはよう?」 

「おはよう、雪穂……穂乃果はまだ起きて――」

「もう起きて制服に着替えていたから、そろそろ下りてくるんじゃない?」

「あら、そう……あの子も生徒会長なんだから早く登校するんだし、さっさと朝食済ませてくれないかしらね?」

「あははは……ねぇ、お母さん?」

「何よ、忙しいんだから……あとにしてちょうだい」

「……うん。ところで、お父さんは?」

「厨房で仕込みをしているわよ? ……はい?」

「あっ、ありがとう……いただきます」

 

 母へ話しかけようとしたのだが、今は忙しいと言われ、父の所在を訊ねると厨房にいると言われる。

 ならば先に父の方の話を済ませようと、移動することにした彼女の目の前に、彼女の分の朝食が用意された。

 今席を外せば、きっと母の大目玉は必至だろう。そう解釈した彼女は自分の定位置に座り、食事を始めたのだった。

 彼女が食事を始めると、穂乃果、少し遅れてから母。

 そして母が呼んできたのだろう。母の後ろから父も来て、それぞれの席に座り、朝食を食べ始める。

 全員が食事を始めると、何気ない会話が母と姉の間で繰り広げられていた。

 父はいつも聞いているだけ。彼女も普段から、姉か母が何か話題を振ってこない限りには相槌を打つくらいしかしない。

 そんな、普段通りの朝食の風景。その風景に、何故か不満を覚えていた雪穂だった。

 

「……ご馳走さま……」

 

 少しムスッとした表情をしながら雪穂は席を立つ。その普段とは違う彼女の表情に、誰も何も言わなかった。

 それが余計に腹立たしくなった彼女は、無言で食器を台所の流しに持っていくと、そのまま自室に戻るのだった。

 今日は入学式だから、登校の用意は必要ない。だから本来ならば自室へ戻る用事はないのだが――

 とりあえず、この場には居合わせたくなかったのだ。

 自室に戻り、ソッとベッドに腰をかける。

 今日は彼女の入学式。確かに数日前に制服を着る機会はあった。

 その際に、家族全員が自分の制服姿を見てはいた。

 しかし、それとこれとは別のはず。

 数年前の姉の時は、あれだけ興味を示していた……のではなく、姉が勝手に見せていたのだろうけど、それでも――。

 とても悲しい気持ちになる雪穂の耳に、部屋をノックする音が聞こえてくる。

 とりあえず、気持ちを切り替え、いつも通りに声をかける雪穂。

 

「なーに? ――って、全員でどうしたの!?」

 

 すると、声を待たずに扉が開かれ、家族が揃って中へ入ってきた。そんな自分達に目を大きく見開いて声をかけた妹に、苦笑いを浮かべて答える穂乃果。

 

「いや……たぶん、怒っているんだろうなぁって?」

「――えっ?」

「別に無視をしていた訳じゃないんだよ? ただ、ね? ……落ち着いてから全員で言ってあげようって思っていたからさ?」

「――な、何を?」

「制服……良く似合っているよ? 入学おめでとう!」

「雪穂、おめでとう――似合っているわよ?」

「……まぁ、その、なんだ? おめでとう。似合っているぞ?」

「…………」

「――って、雪穂が泣いてるー!」

「大声ださないの! 近所迷惑でしょ?」

「あぅ……ごめんなさい」

「ほら、雪穂も涙を拭きなさい……もう出かける時間でしょ?」

「う、うん……ありがとう」

 

 誰も何も言ってくれない。自分の制服姿は二番煎じで新鮮味が薄れているのかも……そんな風に考えていた彼女へのサプライズ。

 彼女は嬉しくて溢した涙を、笑顔を浮かべて、人差し指でふき取るのだった。

 ところが母の言った言葉に反応して慌てていたのは穂乃果の方だった。

 新入生は親と一緒に普通に登校すれば問題がない。

 しかし、生徒会長である穂乃果は、早めに登校して入学式の準備をする予定だった。

 それを思い出した穂乃果は、脳裏で親友の怒った顔でも想像したのか……顔を青ざめて、慌てて部屋を飛び出して行ったのだった。

 そんな慌しい姉を眺めながら、もう一度鏡に映る自分を眺めて、優しく微笑んでから部屋を出る雪穂なのであった。


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