「……ねぇ、そろそろ練習始めない?」
「そうだね?」
雑談に花を咲かせている私達に、真姫さんは声をかける。それを聞いていた花陽さんは苦笑いを浮かべて答える。
そう、花陽さん達が雑談をしていたのは涼風を待っていたからなのだ。つまり、もう練習を始めても問題はないのだった。
「それじゃあ、3人とも練習着を持って……隣の教室で着替えるからね?」
「じゃあ、私と凛は先に行っているわね?」
「うん、わかった……それじゃあ、ついてきて?」
花陽さんは優しい微笑みを浮かべて私達に声をかけてきた。
もう着替えを済ませている凛さんと真姫さんは、先に屋上へ向かう為に花陽さんに声をかけて部室を出て行くのだった。
花陽さんはその言葉を了承すると、私達を案内する為に隣の教室へと歩き出していた。私達は花陽さんに倣い、隣の教室へと歩いていく。
――まぁ、私と亜里沙は昨日案内されているから涼風の為に案内しているんだけどね?
私達が隣の教室の中に入ると、昨日の歓迎会の時にはなかった――教室の天井から
私達はその中に入り、持参した練習着に着替えるのだった。
♪♪♪
「……あれ? その
亜里沙は私の練習着を見ると、少し驚いた顔で訊ねてきた。
今、私の手に持っている練習着――まぁ、普通のTシャツには違わないんだけど?
前面に大きく『ほ』とプリントされたTシャツ――そう、お姉ちゃんと色違いのお
「穂乃果さんに借りたの?」
「えっ? 違うけど?」
「だって、穂乃果さんの
「――穂むらの
亜里沙は当然聞いてくるであろう質問をしてきた。
お姉ちゃんがいつも練習着として着ていた
穂乃果の
さすがに海未さんとことりさんは知っているだろうけど――
あれはウチのお店の、言ってみれば
実際にお母さんやお姉ちゃんが店先でかけているエプロンにも
つまり、お店のグッズを娘特権で
だから私にも着る権利があるから、色違いでもらったの!
――ほら、お揃いの服なんて制服くらいしか着れないじゃん? さすがに高校生になると、さ?
そもそも学年でリボンの色が違うから完全に同じでもないし、ね?
何となく嬉しいじゃん?
と言うか、そもそも私も雪穂――お姉ちゃんも私も穂むらの
「みんな、着替え終わったみたいだし……屋上に行こっか?」
「「「はっ、はい!」」」
「……別に練習なんだから緊張しなくても大丈夫だよ?」
「「「……」」」
私達が着替え終わるのを見届けて、花陽さんは声をかけてくれた。私達は少し緊張で
そんな私達に微笑みながら花陽さんは優しく
初めてとは言え、今からするのはライブでも本番でもない、ただの
♪♪♪
花陽さんの後を歩き、屋上へやって来た3人。
屋上に出ると、凛さんと真姫さんは既にストレッチを始めていた。
とりあえず、花陽さんは涼風と――彼女達の隣で、私と亜里沙もストレッチを始める。
数分かけて、じっくりと
激しいダンス練習や基礎体力を
大声を出す発声練習や歌唱練習にも、体の
下手に無理をすれば筋肉に
お姉ちゃん達は今やスクールアイドルの
当然、他のスクールアイドルよりも注目されている。
少し油断も認められない
私達も、そんな
正直な感想を言うね? 本当に凄かった。と言うよりも、他の言葉が思いつかないほどに凄かったんだよね。
私と亜里沙は体力トレーニングを続けている。涼風にしたってダンス練習や体力トレーニングは続けているって聞いていた。
それなのに――
ただのストレッチを一緒にやっていただけなのに、私達は
手足も
私達はストレッチが終わると地面に座り込んでしまった。と言うよりも、立っていられなかった。
それなのに花陽さん達はそのまま立っているし、汗もほとんどかいていない。
と言うよりも――
「それじゃあ、とりあえずアノ振りを練習するニャ!」
「そうだね? 穂乃果ちゃん達は来ないだろうから、アノ振りの方が良いかもね?」
「それは良いけど、
「そうするニャ!」
凛さんの声と共に、ダンス練習へと突入するらしい。
話を聞いていて、私達も慌てて立ち上がろうとしたんだけど――
「あぁ、少し休んでいて良いわよ? いきなり無理は良くないから」
真姫さんが苦笑いを浮かべながら、休憩するように促してくれた。
そんな真姫さんの言葉に、優しい表情で花陽さんが――
「そうだね? それに私達と同じ練習をする必要はないよ? 私達の練習を見学して、自分達の練習メニューを見つけるのが良いと思うから」
そう繋げてくれたのだった。
自分達の練習メニューを見つける――
私達は初めての練習と言うことで緊張が解けていなかったのかも知れない。
そうなんだ、私達は私達の練習メニューを考える為に、一緒に屋上に来たのだった。
だって、私達だけでは見つからないから――
私はお姉ちゃん達から教えは
だけど、まったく無視をする訳ではない。お手本や参考には当然したいと思っている――だって、お姉ちゃん達が私達の目指す場所なんだから。
そんな風に考えた私は、亜里沙と涼風に目配せをしてから無言で
まぁ、単純に花陽さんの言葉からの推測だったんだろうけど?
そのあとは座ったまま、花陽さん達の練習を真剣に眺めていたのだった。
♪♪♪
私達の真剣な眼差しを微笑みで返した花陽さん達は、フォーメーションを組むと――
「あっ、そこのPCの再生を押してくれるかニャ?」
「はっ、はい……押しました!」
凛さんが私達に向かって声をかけてきた。
ノートPCの隣に座っていた私は返事をすると、PC画面を覗きこむ。
すると、画面には音楽プレイヤーが表示されていた。
曲のタイトルは、えっと?
『まきりんぱな』
――まったく知らないタイトルだった。
新曲? いや、たぶん一昨日話していた新しい曲なんだろう。
と言うより、これ――
単純に真姫さん、凛さん、花陽さんの名前なんだろうって思った。
でも、なんで
『まきりん
それとも――
ちなみにプレイヤーのリストで――
『にこりんぱな』
と言うタイトルも発見したんだけど、勝手に押せないから普通に再生ボタンを押して声をかけるのだった。
私が声をかけると花陽さん達は微笑みを返したのち、表情を一変して真剣な表情になる。
私は鳥肌が立った。
お姉ちゃん達の本番は何度も見ている。でも今は練習だ。
だけど花陽さん達の表情からは、本番さながらの
これがトップアイドルの練習――そんな風に感じてしまうほどの気迫だったのだ。
以前、海未さんに聞いたことがある。
海未さんは今でもアイドル研究部と弓道部を掛け持ちしている。更に今は生徒会までも掛け持ちしているのだ。
だから――
「大丈夫なんですか?」
って。
そうしたら海未さんが――
「練習こそ本番のように。本番こそ練習のように。これを心がけていれば、
そんなことを教えてくれた。
練習こそ本番のように――。
本番さながらの緊張感と取り組み方で接すれば、少ない時間でも濃い練習が出来る。
本番こそ練習のように――。
練習で取り組んだことを練習だと思うことにより、緊張せずに取り組めば、良い結果に繋がる。
つまり短時間でも
きっと、そんな風に全員が心がけているんだろう。
もちろん
自分達の
花陽さん達の気迫を肌で感じて、そう考えていたのだった。
花陽さん達が真剣な表情をするや
そこからは、まさに――
トップアイドルのライブを見ているファンのように、
タイトルで思ってはいたことだけど、流れている曲に聞き覚えはなかった。
そして、踊っている花陽さん達のフォーメーションは明らかに
もしも、お姉ちゃん達と一緒に6人で踊るのなら、
だから、この曲は花陽さん達2年生用の曲なんだと思っていた。
もちろん、花陽さん達だけで活動する訳じゃないんだろうけど――先を
それも
とは言え、そんな経験のない私達は純粋に、彼女達の踊りに見惚れているだけだった。
花陽さん達が1曲踊りきると、私達は思わず拍手を送っていた。そんな拍手を聞いて苦笑いを浮かべる花陽さん達。
まぁ、ダンス練習に拍手を送られたら苦笑いにもなりますよね? 同じアイドル研究部の部員なのに。
それでも、花陽さん達は私達に笑顔で手を振ってくれたのだった。
「……それで、サビ頭のフォーメーションなんだけど……横並びより移動した方が良くないかな?」
「それが良いニャ! 凛は
「そう?
「うーん……私は
手を振り終えると花陽さん達は、フォーメーションの意見を出し合っていたのだった。それも、あれだけの踊りを終えた直後だと言うのに立ったまま!
ストレッチだけで、へばっている私達って――ま、まぁ、ライブをこなしている人達と私達を比較しても、仕方のないことなんだけどね?
そんな花陽さん達の話している内容――
サビの頭の部分。横一列で踊っている部分を変えようとしていたみたいだった。
とは言え、私は初めて聞いた曲。それもピアノ演奏のダンス練習だから、正直どこの部分なのかは知らないんだけどね?
でも、真姫さんのピアノのレベルは高いから曲の強弱がしっかりしている。
そんなことを
凛さんの言う逆トラとは、逆三角形のことらしい。
客席から見て、前にセンター、後ろに両サイドのフォーメーション。
反対に、真姫さんの言う正トラとは、正三角形のことらしい。
前に両サイド、後ろにセンターのフォーメーション。
花陽さんの言うスラッシュとは、斜めのフォーメーションのことらしいのだ。
とは言え、専門用語ではなく――凛さんが自分達がわかれば良いと名付けただけの言葉なのだと言う。
その話を聞いて、私は何で凛さんがリーダーなのか納得した。
だって、お姉ちゃんと感性が似ているから! 凛さんもお姉ちゃんと一緒で、知性よりも先に感性が働くタイプなんだろう。
そして、そのタイプは自然と周りを納得させてしまうのだ。
結局リーダーである凛さんの意見が通ることになったのだった。
だけど、この話には落とし穴があった。
いや、だって――
この曲のセンターって凛さんなんだから! 自分が
まぁ? 花陽さんと真姫さんは、
そんな花陽さん達を眺めていて、私は深く感じていたことがある。
お姉ちゃん達と6人で活動している花陽さん達ですら、3人用の練習を取り入れているのだ。もちろん経験があるから可能なのかも知れないけれどね?
つまり、私達も色々試行錯誤しながら自分達の練習を始めないと、いつまでも追いつけない――ううん、さらに差が広がってしまうんだと感じた。
私は花陽さん達を見ながら、少しでも早く近づけるように、自分達の練習メニューを思案していたのだった。