ラブライブ! コネクション!!   作:いろとき まに

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活動日誌- み・はミュージックの・み! 2

 ところが、絵里は懸念を抱いていた。それは決して反抗心からくるものではない。

 学院を愛する彼女。真面目な性格の彼女。

 当然、学年固定の概念は理解している。その上での懸念なのであった。

 確かに伝統は守っていくものだ。そして教育方針も素晴らしいと思う。

 しかし逆に言えば、より良く変えていくことを拒んでいる様にも思える。

 学院を愛する彼女は常に『より良い』学院を作り上げることを考えていたのだった。

 もちろん学院の決めたこと。深い考えがあってのことだとは思う。

 しかし、絵里には納得がいかなかったのだろう。

 

 彼女は小さい頃からバレエを習っている。そして類稀な才能と怠らぬ努力により、祖国ロシアでも見る者の心を惹きつけるダンスを披露してきた。

 そう、彼女は小さい頃からの積み重ねでバレエの上達を成し遂げたのである。

 それは1日1日を積み重ねてきたと言うこと。

 歳を重ね身体的にも成長している彼女だが、それは1年毎にリセットして切り替わるものではない。

 初めて踊った日から今まで――楽しいことも悲しいことも。辛くて逃げ出したかったことも、嬉しくて喜んだことも。

 すべての思い出を積み重ねたから、今の自分があるのだと思っている。

 そんな想いがあるからこそ、今自分が身につけている赤いリボン。そしてタンスに眠る水色のリボン。

 積み重ねた去年1年間が――学院をより良くしようと頑張った自分の熱意がリセットされた様で悲しく思うのだった。

 

 とは言え、それは絵里だけの考え。特に周りの生徒が不平を漏らしていた訳ではない。

 その為、彼女は何も踏み出せずにいた。

 個人的に懸念を抱いているだけでは、学院の規律を動かせる訳はない。

 そう、学院を納得させられるだけの言い分がないのだから。

 確固たる言い分がないのであれば、それを押し通すのは学院の為にはならないのだろう。

 それだったら、他に考えるべきことがあるのではないか?

 彼女も頭の片隅にはリボンへの懸念を残してあるものの、他の部分でのより良い学院生活への懸念を重要視し始めていたのだった。

 そんな中、彼女は先代の生徒会長より後任として推薦される。

 人望の厚かった彼女は生徒達の信任投票を経て、次期生徒会長の任に就くのだった。

 

 生徒会長になったのだから、今までよりも更に学院への発言力や影響力は高くなるはず。

 ならば今こそリボンの懸念を解消できるのでは――絵里も一瞬だけ、そんな考えが脳裏を掠めた。

 しかし、学院を納得させられるだけの言い分が未だに見つかってはいない。

 更に、生徒会長として個人的な懸念を生徒会の議題にあげることを良くは思っていなかった。

 あくまでも学院の為。学院の生徒が不満に思っている問題の解決が重要。それが生徒会長としての責務だから。

 次第に、より良い学院生活への思いも個人的な感情から、学院全体への責務と移り変わっていく。

 そんな生徒会としての業務に追われていくうちに――

 彼女の心から『自分の本当にやりたいこと』と言う最後の心の拠り所が消え去っていたのであろう。

 

 そんな彼女も最後の進級を迎え、着替えを終えて、自室の鏡に映る自分が身につけた緑のリボンを眺めることになる。

 しかし、そこには去年の様なリボンへの懸念の表情など一切感じられない。

 ただただ学院への責務が残り1年しかないことへの焦り。そして最上級生として――生徒会長としての全校生徒の模範になるべく、より良い学院にしていくことへの戒めの表情で鏡の中に映る自分を見つめていたのだった。 

 しかし、彼女の決意も虚しく――学院廃校の知らせが理事長先生より通達される。

 目の前に突きつけられた現実を重く受け止めていた彼女は廃校を全力で阻止しようと奮闘する。

 いつしか彼女は『学院存続』と言う4文字を前にして、己の学院への愛ですらも消し去ったのだろう。

 そして、脇目も振らずに学院を存続させる為に生活していたのである。

 学院をより良いものとする――それは生徒の自主性を重んじ、個々の『やりたいこと』『やるべきこと』を尊重して、きちんと理由と意志を聞く。

 その上で公正に判断をして――可能であれば容認や手助けをして、難しい様であれば譲歩案や改定案を。

 そして間違っていると判断したものに対してだけ、正論を提出して却下を提示する。つまり全校生徒が納得できる生活を送れる様にすると言うこと。

 

 しかし当時の彼女は、学院に不利益になり得ると判断したものは、それが本人達のやる気や学院の為の提案――つまり生徒の自主性だとしても生徒の話も聞かずに冷徹に切り捨てる。

 学院を本当に愛する人間とは思えない行動を、当たり前の様に行ってきた。

 それは他人だけではなく、自分自身の『やりたいこと』ですら例外なく蓋をしてしまっていた。

 根が真面目なことが災いしたのだろう。

 理事長に却下をされたことで学院に不利益になると判断したのかも知れない。

 昔の聡明な彼女なら理解できたのだろう。しかし、冷静さを欠如した彼女には『却下』と言う2文字しか理解しようとしなかった。

 そう、理事長の真相など考えもせずに。

 

 絵里が、あくまでも学院の利益として『スクールアイドル活動』を提案していなければ――

 自分自身の『やりたいこと』として押し通していれば、理事長である南女史は頑なに却下をしなかったのかも知れない。

 それが穂乃果の提案した『スクールアイドル活動』として目の前に突きつけられた現実。

 絵里の提案と穂乃果の提案――完全な両極である前面に浮き彫りにされた動機を見抜いた南女史。

 その違いに気づけなかった絵里。

 理事長に提案した『スクールアイドル活動』は既に自身が却下された。

 それなのに穂乃果達が提案した『スクールアイドル活動』は容認された。

 南女史の却下の理由と容認の理由。きっと今の絵里には全てが理解できているのだろう。

 彼女もまた――いや、絵里以上に長く、そして深く学院を愛し、全校生徒がより良い学院生活を送れる様にと、考え抜いてきたのである。

 そんな彼女の想いや真相を今の絵里なら理解できていると思う。

 ――そう、穂乃果によって『本来の自分を取り戻せた』今の絵里ならば。

 

 とは言え、当時の絵里には理解できていなかった。

 だからこそ反抗心を剥き出しにしてでも阻止をしようと思っていたのだろう。

 しかし結果として穂乃果達を育てたのは、他でもない絵里であり――

 絵里を救ったのも絵里に育てられた穂乃果達なのであった。

『情けは人の為ならず』

 学院の為。自分を犠牲にしながら行ってきた活動。穂乃果達への言動。

 きっと絵里が今まで行ってきた学院への『情け』が穂乃果達と言う形で自分へと返ってきたのだろう。

 そして絵里自身が救われ、自分の本当にやりたいことを取り戻せることとなる。

 もしかしたら南女史は、こうなることを予想していたのかも知れない。

 穂乃果達なら必ず絵里を解放してあげられるだろうと――。

 

 絵里のことは生徒会長として良く知る彼女。性格や真面目さが度を通り越していることも知っていたのだろう。しかし、自分や教員が注意を促すことはできない。

 それが生徒の自主性を重んじると言うことであり、度を越しているとは言え欠点でも校則違反と言う部分でもないのだから。

 校則違反ではない部分を注意することは非常にメンタル面に左右する事案。中々踏み込めないのも事実。

 更に絵里の性格上、他人の話で改心するとは思えない。

 それだけ自分自身を律し、誰よりも厳しく自分と向き合っていることを知っているから。

 そんな呪縛とも言える学院への縛りから解放できるのは言葉ではないのだろう。

 真正面からぶつかり、対等な想いや行動を示し、情熱や希望と言う名の手を差し出す。

 そう言うものに引っ張られ、自分自身で鎖を断ち切らなければ何も意味はない。

 南女史は穂乃果達に、絵里を救うことのできる何かを感じ取っていたのかも知れない。

 だから絵里を託したのだろうか。いや、違うのだろう。

 あらゆる手を尽くし続けてきた彼女の最終決断である『学院廃校』は本当に苦渋の決断だったと言える。

 もう為す術を失っていた彼女には穂乃果達が唯一の希望の光に思えたのかも知れない。

 つまり、彼女は絵里も含めた学院のより良い生活の為に穂乃果達に全てを託したのだと思う。

 

 そうして穂乃果達は9人が揃い、活動を通して学院への貢献度を上げ――

 無事に来年度の生徒募集への目処を立て廃校の危機を脱却することになった。

 その後、しばらくは心身共に慌しい生活を送っていた彼女達。

 そんな慌しい生活も一段落がついた、ある日の練習時間――。

 

「……ねぇ、穂乃果。ちょっと良いかしら?」

「ん? 何、絵里ちゃん?」

「穂乃果に話したいことがあるの」

「うん」

「あのね? ――」

「えっ? ……私で良いのかなぁ? もっと適任者がいるんじゃない?」

「そんなことはないわよ? 今は穂乃果以上に適任者はいないと思うから」

「そう? ……うん! 絵里ちゃんがそこまで言ってくれるなら頑張るよ!」

「――まぁ、あくまでも推薦だけだから実際になれるとは言ってはいないのだけれどね?」

「もぉー! 絵里ちゃん、せっかくやる気になっているのに水差さないでよぉ!」

「ふふふ。ごめんなさい……それでね?」

「なぁにぃー?」

「……ここからは私のお願いなんだけど?」

「う、うん……」

「実はね? ――」

「……うん! 凄く良いと思う! わかった。私がなれたら理事長先生に提案してみるよ!」

「本当?」

「もちろん! ……でぇもぉ? あくまでも推薦されただけだから実際になれるかはわからないんだけどねぇ?」

「あらあら……」

 

 絵里は穂乃果に対して、考えていたこと。そして、ずっと封じていた想いを告げるのだった。

 穂乃果は絵里の想いを真っ直ぐに受け止めて、笑顔を浮かべて承諾した。それを聞いた絵里は本当の意味での解放感を味わった様な表情を浮かべるのであった。

 

 そして絵里の願い通り――穂乃果は次期生徒会長として就任することになった。

 その就任式のこと。穂乃果が新生徒会長として挨拶をする為に壇上へと歩みを進める際、絵里は立ち上がり彼女へ拍手を送っていた。

 しかし、それは前生徒会長として送ったものではない。

 この学院を。そして自分を救い出してくれた英雄。

 そんな彼女が更により良い学院生活を与えてくれることへの期待と感謝。

 そして何より、自分が愛したこの学院を更により良くしてもらいたいと言う託した想い。

 自分では見せられなかった学院の素晴らしさを見せてもらえると言う高揚感。

 自分が今――高坂 穂乃果という少女と時間を共にできる喜び。

 ここにいられることへの幸せと、ここへ導いてくれた祖母への感謝。

 そう言った様々な暖かい感情が入り混じっての彼女なりの賞賛――スタンディングオべーションだったのだろう。

 


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