「……ただいまー」
亜里沙と一緒に途中まで帰ってきた私は、家の玄関を開けながら挨拶をして中へ入ろうとした。
すると――
「おかえり、雪穂ぉ」
お姉ちゃんが玄関の
私は少しホッとした。わかっていたし納得もしたんだけど。
それでも、あの壇上に立ってスポットライトを浴びていたお姉ちゃんは――
「――っ! ゆっっきっ……むぎゅ?」
「……なにやろうとしてんのよ!」
「……えー? 入学のお祝いだよぉ?」
私の勘違いだったことにしておこう。
私が玄関に入りきると――正確にはお姉ちゃんが靴を履き終えると、両手を広げて私めがけて飛びついてきたのだ。
私は
そして突進が止まったことを確認すると、頬を挟んでいた両手を放してお姉ちゃんに行動の理由を問いただす。
そうしたら――両頬をさすりながら、こんな
どこの世界に! 入学のお祝いが!!
そりゃあ、まぁ? 今のお姉さまは?? 誰もが
抱擁をして欲しい人が山ほどいらっしゃるんでしょうけど?
って、そりゃあ、まぁ?
何もそこまで否定している話でも、ないん、だけど、さ?
べ、別に、お姉ちゃんの抱擁が
むしろ、嬉しいと言うか――で、でも、ほら?
やっぱり、嬉しい――じゃなくて!! 恥ずかしいじゃん?
そ、それに、ほら? 今日初めて着たばかりの制服がシワになると困る。
そ、そう! 制服がシワになったらイヤだもん――だ、だから断っただけだもん!
「……じゃあさー? 雪穂は何が欲しい?」
「――え? 何って何の?」
脳内で
お姉ちゃんは私の問いに笑いながら――
「えー? いやだなー、入学のお祝いに決まってんじゃん」
当たり前の答えを言い切るのだった。
「別にいらない」
「――えっ、何で? お祝いだよ?」
「……欲しくないもん」
私は、お姉ちゃんのお祝いの申し出を断った。別に意地悪でも意固地でもない。
私にとってはもう貰っているから。
私がこの制服――音ノ木坂の制服を着れていることが、お姉ちゃんからの私へのお祝い。そう思っているから。
「そんなこと言わないでさー? 何かあるでしょー?」
それでもお姉ちゃんは食い下がってきた。
とは言っても、正直に話すのは恥ずかしいし、本当に欲しいものなんて――
「……ねぇ、お姉ちゃん……」
「――な、何? 何か見つかった?」
私は何て言って断ろうか考えていたんだけど、視線がお姉ちゃんの練習着に止まり、あることを思いついた。
そこで思いついた答えをお姉ちゃんに伝えようとしたら、
私は少し押され気味になりつつも言葉を
「……お祝い……」
「うん、うん」
「……何でもいいの?」
「えっ? いや――ほら? その……私のお小遣いの範囲……いや、2,000円くらいでなら……」
最初の
と言うか、お姉ちゃんのお小遣いから2,000円まで減るって?
たぶん
別にそこは良いんだけど――また、大変な事態に
私は脳裏に浮かぶあの悲劇と――頭を抱えて
私は苦笑いを抑えて、お姉ちゃんに答えを告げることにしたのだった。
「……これから走りに行くんだよね?」
「? そうだけど?」
「……だったら、さ?」
「……うん?」
「すぐ着替えてくるから……ね? 一緒に走っても……良い……かな?」
「別に良いけど? ――あー! うん、待ってるから早く
「……う、うん……」
私は自分の今の望みをお姉ちゃんに告げた。
私の今の望み――それは、今日お姉ちゃんと一緒に走ること。
もちろんアイドル研究部に入部しても、お姉ちゃんと2人だけで走る機会はあるだろう。
だけどそれは――アイドル研究部の仲間として走ること。実際に、亜里沙と一緒に明日にはアイドル研究部への入部届けを出す予定でいる。
入部届けが受理された時点で私はお姉ちゃんと同じアイドル研究部の一員になる。
だから――
ただの音ノ木坂の生徒として、お姉ちゃんの妹として。
音ノ木坂学院スクールアイドルの高坂 穂乃果――お姉ちゃんである高坂 穂乃果と一緒に走れるのは今日だけしかない。そして、この時間だけは私だけのお姉ちゃんとして走ってくれる。
そう、これが――私の望む、最高のお祝いなんだよ? なんてね。
お姉ちゃんは私の申し出に何やら気づいた
私の望みが理解できたの?
少し恥ずかしさがこみ上げてきて、
♪♪♪
そんな風に――
私は感じていたから嬉しくもあり、恥ずかしくもあったって言うのにさ?
それこそさ? 一緒に走っている
一緒に走っていった先。
お姉ちゃん達がいつもトレーニングしている神社に通じる長い坂の階段道。
そこを上り切ったところで、先を走っていたお姉ちゃんが突然振り返りながら――
「……それで、雪穂は何が食べたいの?」
って、聞いてきたのだった。
それこそ挨拶をする感覚で、自然かつ唐突に繰り出された言葉。お姉ちゃん
「……ほえ?」
我ながら情けない疑問の声を発していた。
――のに! 何故か、お姉ちゃんは――
「……ほえ? ……ほえって何処で売ってるかなー? と言うか、どんなお菓子だろ?」
「いやいやいや! そうじゃないでしょ? ――なんで、私が何か食べたいって話になってるのよ?」
「……え? だって、その為に一緒に走りにきたんでしょ?」
「…………」
真剣に悩みながら、更に話を進めようとしていた。
私は
どうやら、お姉ちゃんは――
私が一緒に走りにきたのは、何処かで
まぁ、確かに? 私が着替えて戻ってきたとき、やたらとお姉ちゃんウキウキしていたし。私が玄関を出ると、いきなり私のことはお構いなしに突っ走って行っちゃったし。食べ物屋さんの前を通る度に横向いていたし。
なんか変だとは思っていたんだけど――あれ、ちょっと待って?
と言うか、アレでしょ? 私をダシに、自分がお菓子や食べ物を買って食べたいから承諾したんでしょ?
だって、私に買うだけならあんな行動は不自然だもん。
まったく――お姉ちゃんがそんな考えだなんて知らずに1人で勝手にドキドキしていたなんて。なんか私がバカみたいじゃん!
まぁ、これも私の望んだお祝いのカタチって言えば、間違ってはいないんだけどね?
少し想像していたのとは違ったけど、コレが私達――高坂姉妹の普段の飾らない日常会話。会話の内容が少しアレだけど、ねぇ?
でも、私が求めていた望みは叶えられた気がする。
だから――
ありがとう、お姉ちゃん。大好きだよ――これからも、よろしくね?
私は心の中で感謝を述べると、お姉ちゃんに向かって言葉の代わりに笑顔を見せる。
もちろん、何のことだか理解できていないお姉ちゃんは疑問の表情を浮かべていたけれど、当然教えてやるもんか!
恥ずかしいからね? お姉ちゃんには内緒。
と・は・言・え? ドキドキした私の気持ちは、お返しさせてもらうんだから!
「……私が食べたい物はねー?」
「あっ、見つかった? なになに?」
私はお姉ちゃんに笑顔を向けたまま食べたい物を
お姉ちゃんは私が食べたい物を教えてくれると思い、疑問の表情から嬉々とした表情に変えて聞いてきたのだった。
だから、私は
「
声高らかに伝えるのだった。
♪♪♪
「……えぇーーーーーー?」
私の背後から、
まぁ、声の持ち主は百も承知ですけどね? いくらなんでも、そこまで悲愴感出さなくても、ねぇ? 私は恐る恐る、背後の
いや、お姉ちゃん? 何もそこまで悲しまなくても良いんじゃない? お母さんに言いつけるよ?
お姉ちゃんは、その場に両膝をつき肩を落とした状態で――まるで、捨てられた子犬のような表情で
やめてよ、お姉ちゃん? なんか私の方が悪いみたいじゃん!
「……なんで、
いや、私の食べたい物でしょ? なんで、お姉ちゃんの食べたい物になってんのさ?
しかも、あんこヤダって――本当に、お母さんに言いつけるよ? なんてね。
ちなみに、私の言った『穂むらのお
いや、穂むまんってさ? お姉ちゃんが勝手に言っているだけな気もするんだけど。
穂むらとは、私達――高坂家の両親が
つまりは、お姉ちゃんの願望と言う名の
これが私のドキドキへの仕返しなのだった。
まぁ、私自身がお饅頭を食べたいって言う目的もあるし?
お姉ちゃんが本当にお饅頭を嫌っている訳でもないのは知っているから。
ただ、お姉ちゃんは洋菓子が食べたいだけなんだよ。実家が和菓子屋だから、パンや洋菓子に
だけど、今日は無視をしておこう。
だって――
「……ほら、帰るよ?」
「ぅぅぅぅぅ……」
私が声をかけても、お姉ちゃんは
「第一、今日は帰ったら私の入学祝いの料理があるんだよ? 今なにか食べたら料理が入らなくなるじゃん?」
「大丈夫だよぉ。走って帰れば、お腹すくもん……」
「そんな訳ないじゃん! ……あのね? お姉ちゃん……」
「……何?」
私は
何となく、あの悲劇の際の海未さんに謝罪したい気持ちで一杯になった。
とは言え、このままでは
しかたないと諦めて、本当のことを言おうと声のトーンを下げて、少し寂しそうな表情で言葉を繋げる。
さすがのお姉ちゃんも、私の表情と声の変化に心配そうな表情で聞き返す。
私は、お姉ちゃんの心配そうな顔を見つめて言葉を紡ぐのだった。