ロビーの冒険   作:ゼルダ・エルリッチ

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9、夜の底

 いったいいつのころから、このいせきはこの場所にあるのでしょうか? はぐくみの森のおく深く。そのからみあう木々の根と、深い深い葉っぱのむれのおくに、ひとつのいせきがひっそりとかくれるようにしてたたずんでいました。もう見るからに、ひとめで、とても古いものだということがわかりました。石づくりのはしらやかべは、あちこちがくずれ落ちてしまっていて、たおれたはしらにびっしりとこけが生えて、たくさんのきのこまで生えているようなありさまだったのです(ですからもしここに住みたいと思うのなら、かなりのリフォームが必要になることでしょう)。

 

 じっさいこのいせきは、はるかむかし、まだモーグがロザムンディアとよばれるかっきのあるみなとまちであったころから、この場所にありました。ですからもう、二千年ほどもむかしのことです。この森の中にあるいちばん古いおじいさんの木だって、このいせきよりも若いのでした(なるほど、古くてぼろぼろなのも、うなずけますね)。

 

 このいせきがどんな人々によってつくられたのか? それがわかる人は、もうこのアークランドには、ぜんぜんいないことでしょう。モーグをふくめ、このあたりの土地のれきしや物語などをきろくした本などは、もうまったく、残されてはいなかったのです(これはむかし、ロザムンディアから人々が去っていってしまったときに、かれらが自分たちのことを書いた本やしょるいなどを、すべていっしょに持っていってしまったからなのです)。ですからこのいせきは、そのきちょうなれきしの、おきみやげでした。れきしのせんもん家がこのいせきのことをいろいろとしらべれば、このあたりの土地のことについて、なにか新しい発見があるかもしれません。しかし……。

 

 ここでみなさんに、はっきり申し上げてしまいます。

 

 ほんとうのところ、このいせきはこのアークランドにおいて、べつにまったく、人々のきょうみをひくようなものでもなかったし、だいじにされているものでもなかったのです(もしそうだとしたら、こんなにきたないままで、ほったらかしにされているはずもありませんよね)。とくに目をひく美しいちょうこくがあるわけでも、金銀宝石がちりばめられているわけでもありません。

 

 ではなぜ、このとくにたいせつにもされていないような古びたいせきのことについて、わたしが今、こんなにも長々と説明をしているのかというと……、読者のみなさんには、もうおわかりですよね。

 

 問題は、このいせきそのものではありません。重要なのは、今このいせきの中にいる人たちだったのです。

 

 それは、読者のみなさんのよく知っている人物たち。そう、われらが旅の仲間たち。ロビーにライアン。ベルグエルムにフェリアル。この四人の仲間たちが、今まさに、このいせきのおく深く、やみの世界のおく深くに、とじこめられていたのです!(おっと、ベルグエルムとフェリアルについては、まだこのいせきの中には、とうじょうしていませんでしたね。でもまあ、みなさんもすでによそうされていることでしょうから、もうさきにいってしまいましょう。やはりかれらもまた、ロビーやライアンと同じく、このいせきの中のどこかに放り出されていたのです。さあ、早くみんなで、助け出さなくっちゃ!)

 

 

 剣のあかりが、暗いろうかをぼおーっとてらし上げました。ここは、はぐくみの森のおく深く。木々にうもれた古びたいせきのそのまたおく深くの、とある石だたみのろうかの上。そのろうかの上を今、ふたりの者たちが歩いているところでした。それはもちろん、われらがロビーとライアンの、ふたりだったのです。

 

 剣をかざしてトンネルをてらしているのは、ロビーでした。そして、おおかみ種族の大きなロビーの服のすそをにぎって、そのわきをちょこちょこついていっているのは、白いひつじの種族の少年の、小がらなライアンです(はじめはロビーのうでにしがみついていましたが、やっぱり動きづらいということで、今は服のすそをにぎっていたのです)。じじょうを知らずにそのようすを見た人であれば、「まるでおばけやしきの中の親子みたい」って笑ってしまうかもしれません。ですが、わけを知ったら、とてもかれらのことを笑うことなどはできなくなることでしょう。かれらがいるのは、こわいこわい、ほんとうにこわい、まっくらな夜の底。出口もわからない、どこにいるのかもわからない、悪夢のような、夜のやみの世界なのですから!

 

 「ねえロビー、みんなでそとに出たら、まず、どうしよっか?」

 

 そう声をかけたのは、ライアンでした。ライアンはロビーにぴったりとよりそって、トンネルのさきにつづく深いくらやみのことを見すえながら、ロビーに話しかけていたのです。

 

 「ぼくねえ、いいこと考えちゃった。おばけのかっこうをして、フォクシモンたちの村に、ばけて出るってのはどうかな? ふふふ、みんな、びっくりするよー。まさかかれらも、ぼくらがまた、ここからぬけ出して、しかえしにやってくるだなんて、思っていないだろうから。」ライアンはそういって、にこにこ笑いました。

 

 「そうだ、火の力をかりて、火の玉も作ってやろう。それで、あいつらのしっぽを、ちりちりにこがしてやるんだ。それから……」

 

 なにかまたもやライアンは、すごくこわいことを考えているようですが……。しかし、こんなに暗くてこわいところにいるんですもの、ライアンの気持ちも、わかっていただけるかと思います。ちょっと前までは、ライアンもとっても強気でいましたが(それは前の章の終わりを見ていただければよくわかると思います)、れいせいになって今のげんじつをまのあたりにしてみると、やっぱりライアンだって、ちょっぴりこわいのでした(ですからこんないたずらのことを考えて、気持ちをおちつかせようとしていました。もっともライアンの場合は、ふだんからいつも、そんなことを考えているようでしたが……)。

 

 いっぽうロビーの方は、もとよりあんまりおしゃべりなせいかくではありませんでしたので、それで気持ちをまぎらわすというようなことも、できませんでした。小さなライアンによりそわれて、なんとかたよりがいのあるところを見せたかったのですが、やっぱりなかなか、そううまいぐあいにもいきません。ロビーだって、やっぱりライアンと同じに、こわかったのです。

 

 ですがふたりは、こわがっているばかりでもいられませんでした。とにかく今は、ベルグエルムとフェリアルのふたりを見つけることが、なによりもだいじなことでしたから。

 

 「ぼくたちがいたのは、肉料理の部屋とデザートの部屋だった。だから、まだ同じような名まえの部屋があって、ふたりもきっと、そこにいるんだと思うんだ。」ろうかを進んでいきながら、ロビーがライアンにいいました。

 

 「たぶん、魚料理の部屋とか、サラダの部屋とかじゃない?」ライアンが、じょうだんまじりにそうこたえました。

 

 「きっと、このへんてこな部屋の名まえは、レストランのメニューになぞらえてつけられてるんだと思うよ。もしそうだとしたら、ぼくたちが、そのごちそうってことになる。」ライアンがそういって、ロビーの顔を見上げます。

 

 「じゃ、じゃあ、そのごちそうを、食べにくるやつがいるってこと?」ロビーがあわてて、つづけました。「たいへんだ! 早くみんなを見つけないと! 食べられちゃったらどうしよう!」

 

 さあ、ここにきて、この暗いトンネルの中にまた、新しいきょうふが生まれてしまいました! そのためロビーとライアンは、このさき、自分たちが考えついてしまったその未知なるかいぶつにおびえながら、トンネルを進んでいくことになってしまったのです。ですが、それがかえって、ふたりの気持ちを強くさせました。もうここまできたら、こわがっている場合ではありません。もとより、逃げることも、ひきかえすことだって、できませんでしたから。

 

 もしかれらがふたりではなくて、ひとりきりだったのなら。もう心はとっくに、おれまがってしまっていたことでしょう。かれらは今、仲間がそばにいてくれることを、心からかんしゃしました。そしてふたりは、仲間を助けるそのけついを胸に、ロビーは剣をにぎる手に力をこめて、ライアンはロビーの服をつかむ手に力をこめて、このさきの見えない暗い暗いやみのトンネルの中を、ふたたびつき進んでいったのです。

 

 

 しばらくいくと、暗いろうかはようやく、右におれまがっていました(ライアンのいたデザートの部屋には、ほかの出口はありませんでした。ですからふたりは、そこからまっすぐひきかえして、肉料理の部屋へとつづく左への分かれ道をそのまま通りすぎて、つづくトンネルをまっすぐ進んでいったのです。そこからここまでやってくるのに、ずいぶんとまっすぐに歩きつづけでしたが、ようやくここで、その道が右におれまがったというところだったのです)。はやる気持ちをおさえながら、ふたりはろうかのかどからそれぞれの顔だけをちょこんと出して、さきのようすをのぞきこみます。ろうかはそこからまた、まっすぐにのびていました。ですがそのすこしさきで、このろうかは、いくつかの分かれ道へとえだ分かれしていたのです。

 

 「分かれ道だ。」

 

 剣を手にしたロビーが、つぶやきました。

 

 「どっちにいったらいいんだろう?」

 

 ふたりは分かれ道のまん中までやってきました。道は星のようなかたちに分かれていて、自分たちがやってきた道をいれると、全部で五つに分かれていたのです。しかもその全部が、さきを見通すこともできない、まっくらなやみの中へとぶきみにつづいていました。

 

 さて、こまりました。ふたりはいったい、どうするのでしょうか?(剣をたおして、たおれた方に進む……、というのでは、いくらなんでもあてずっぽうすぎますし。)さあ、ここはロビーとライアン、ふたりのちえと力をあわせるときでしょう。 

 

 「ロビーのふしぎな力を使えば、正しい道がわかると思うよ。」ライアンが、ロビーの服をちょいちょいとひっぱりながら、いいました。「ぼくを見つけたときも、そうだったんでしょ? ベルグとフェリーがどっちにいるか? なにか感じない?」

 

 ロビーはちょっとこまりましたが、なんとかがんばってみようと思いました。ほんとうは、自分からやろうと思ってできるようなことでもありませんでしたが、そんなこともいっていられません。ロビーはベルグエルムとフェリアルのことを思いながら、じっと、ふたりのいる場所のことを感じ取ろうとがんばりました。

 

 「はっきりしないんだけど、」しばらくして、ロビーがいいました。「こっちみたいな気がする。」

 

 ロビーはそういって、道のひとつをゆびさします。

 

 「ほかの道は、なんだかみんな、さきにおばけが待っているみたいだもの。こっちの道からは、ふたりのいるような感じがする。こっちも、こわい道であることに、ちがいはないんだけど……」

 

 「さすがロビーだね。ぼくもまったく、同じ意見だよ。」ロビーの言葉に、ライアンはにっこり笑って、ロビーの腰をぽんとたたいていいました。っていうか、ライアンも同じ意見? なぜかライアンははじめから、ロビーのしめしたその道が、正しい道だと思っていたみたいです。いったいなぜ?

 

 「ぼくも、その道がいいと思うよ。風の流れにきいてみても、上からの風が、そっちから吹いてきているし、ぼくの持ってる親クルッポーも、そっちの方をさしているしね。」

 

 さて、この夜のやみにつつまれたくらやみの中の世界は、どうやら地面の下の世界であると思われました。こんなに広くてまっくらな、夜の底のような場所ですもの、ふつうに考えれば、地面の下だと思いますよね。そしてじっさい、地面の下だったのです。

 

 ですから、そとに出る出口は上にあるはずです。そしてこれで、ライアンの言葉にもなっとくがいくわけでした。出口のことをさがしているのであれば、地面の上から吹いてくる風のことを読んで、追っかけていけば、しぜんとそこに近づいていけるというわけだったのです。さすがはライアン(ちなみに、ここが地面の下だということは、ロビーとライアンのふたりにも、もうわかっていました。ロビーはちょっかん的にわかったみたいですけど、ライアンの場合は風の精霊の助けをかりて、風の流れを読んで、ここが地面の下だとわかったみたいです。さすがはロビーとライアン)。

 

 っていうか、親クルッポー? それってなに?

 

 「親クルッポー? それってなに?」

 

 ロビーもまったく、みなさんと同じ言葉をかえしました。それに対してライアンは、にこにこしながら、いつものいたずらっぽいしゃべり方でこたえたのです。

 

 「いつ、発表しようかと思ってたんだけど、じゃあ、いよいよおひろめだね。」ライアンはそういって、胸のポケットにはいっている小さななにかをロビーに見せました。

 

 「じゃーん! これだよ。」

 

 ロビーがのぞきこむと、ライアンの胸ポケットから、ちょこんとなにかが顔を出していました。そしてようく見てみると、それは小さな、白いはとのおもちゃの頭だったのです。

 

 「これは、親クルッポー。ぼくの目ざまし時計についてたやつだよ。」

 

 あのやかましい、はとの目ざまし時計! そう、これははぐくみの森の入り口で野宿をしたときに、ライアンのことを起こしていた、あの目ざましはと時計についていた、(口も悪くてにくたらしい)はとのおもちゃだったのです。

 

 「これはねえ、目ざましのほかにも、べつの使い道があるんだ。こいつは、これについてる子どものはと、子クルッポーのいるほうこうを、頭のむきで教えてくれるんだよ。ちょっと、やってみせようか? たとえばね、」ライアンはそういって、はとのからだの横についている小さなねじを、ちょっとだけ動かしてみせます。

 

 「このねじを、さがしたい子クルッポーの番号にあわせると、親クルッポーの頭が、その子クルッポーのいる方をむくってわけ。ほんとはこれ、子どもがかくれんぼあそびのときなんかに使う、おもちゃなんだけど。」

 

 ライアンがはとのおもちゃ(親クルッポーです)を手に取ってかざすと、はとの首の部分がくるりとまわって、ロビーの方をむきました。

 

 「今は、一番の番号にあわせたんだ。全部で五番まであるんだけどね。」ライアンはそういうと、ロビーの服のポケットの中に手をつっこんで、その中からなにかを取り出してみせます。そしてポケットの中から出てきたのは……、そう、ライアンの言葉にあった、その子クルッポーでした!

 

 なんとライアンは、みんながばらばらになってしまう前、あのフォクシモンたちの村で、あらかじめ、みんなの服のポケットの中に、この子クルッポーのことをこっそりいれておいたのです! ロビーの服のポケットにも、そしてベルグエルムとフェリアルの服のポケットにも。ですから今ライアンは、ベルグエルムとフェリアルのいるほうこうのことを、自分の胸ポケットにしのばせていた親クルッポーのことを使って、知ることができていました。なんて、ねまわしのいいこと!

 

 「こんなのが、ポケットにはいってたんだ! ぜんぜんわからなかった!」ロビーはすごくびっくりして、その子クルッポーのことをながめ渡しました。それはピーナッツのつぶひとつほどの大きさで、なるほど、こんなのがポケットにはいっていたとしても、ちょっとさわったくらいではぜんぜん気がつかないのも、むりはありません。そしてその子クルッポーのおなかには、ライアンのいう通り、一番という番号がついていました(ところで、ポケットにこっそりこんなものをいれておくなんて、まるでだれかみたいじゃありませんか? そう、ライアンのお父さんのメリアン王に、そっくりです!やっぱり、親子なんですね)。

 

 「じゃあライアンははじめから、フォクシモンの人たちがぼくたちのことをだまして、ぼくたちをこんな目にあわせるつもりだったんじゃないか? って思ってたの?」

 

 ロビーがたずねました。このロビーの言葉は、半分だけあたりでした。ライアンはフォクシモンたちが自分たちのことをだまして、なにかの悪だくみをしようとしているんじゃないか? というよそうはしていましたが、まさかこんなところにばらばらにして放り出していくだなんて、考えてもいないことだったのです(もっとも、そんなことはだれにだって、わかるはずもありませんでしたが)。ライアンはあくまでも、なにかのやくに立つんじゃないかと思って、この子クルッポーのことをみんなのポケットにいれておいたのです。それが今、自分でもびっくりするくらい、やくに立っていました。

 

 「そ、そうだね、うん。そう思っていたよ。」ライアンはロビーのといかけに対して、そうこたえてみせました。もちろんこれは、ライアンの強がりです。だって、そういった方が、かっこよく思われますもんね。ほんとうはライアンは、あのときは森ペンギンのかたちをしたクリームいりやき菓子のことで、頭がいっぱいでしたけど……。まあ、このじじつのことについては、ふせておきましょう。

 

 「ライアン、すごーい!」ロビーはとても感心して、思わずそういいました。「こんなにさきのことまで考えてるなんて! ぼくはてっきり、あのときはお菓子のことばっかり考えていたのかと思ってたんだけど、やっぱりライアンは、頭がいいな!」

 

 ライアンは思わず、ぎくっ! としましたが、ここはもう、さいごまでおし通すしかありません。 

 

 「そ、そうかな。はは、は。」ライアンはそういって、ひきつった笑みを浮かべながら、なんとかごまかしました。

 

 

 さて、それはさておき。みんなを見つけるための心強い隊員(はとのクルッポー)が、これで正式に、このきゅうしゅつ隊の仲間に加わったわけです(隊員といえるかどうかはわかりませんが)。ライアンはベルグエルムのポケットには二番の子クルッポー、フェリアルのポケットには三番の子クルッポーのことをいれておきました(残りのふたつは「よび」としてライアンが持っていました)。そのためロビーとライアンのふたりは、親クルッポーのねじを二番と三番にこうたいにあわせることをくりかえしながら、つづくトンネルの中を、さらに進んでいったのです。

 

 「ここが、どれだけ深いところなのか? わかんないけど、」トンネルを歩きながら、ライアンがいいました。「ベルグとフェリーがいるのは、上でも下でもないよ。ここのトンネルのさきの、どこかにいるみたいだね。」

 

 ライアンのいう通り、はとの頭はたしかに、上でも下でもなく、すいへいをむいています(このはとの首は、上下左右、どのほうこうにもぐるぐる動くのです)。これは二番と三番、両方とも同じでした。そして首のむきも、これまた同じほうこうをむいていたのです。つまりベルグエルムとフェリアルのふたりは、同じ高さのトンネルの、同じほうこうにいるってことでした。

 

 「よかった。それなら思ったより早く、ふたりを見つけられるかもしれないね。」ロビーはひとまずほっとして、ライアンにそういいます。

 

 「ふたりでなかよく、手をつないで寝ていてくれたなら、さがすてまがはぶけるんだけど。まったく、せわがやけるよね、あのふたりは。」ライアンはクルッポーのむきをたしかめながら、ぶつぶつといいました(ちなみに、ロビーはベルグエルムとフェリアルのふたりが手をつないで寝ているところをそうぞうして、なんともふくざつな気持ちになりましたが……)。

 

 しばらくいったところで、つづく道がまた、三つに分かれていました(自分たちがやってきた道をいれれば、全部で四つでした。それにしても、なんてふくざつなめいろなんでしょう!)。そしてふたりはここでも、おたがいの力(とクルッポーの力)をあわせて、進むべき道をえらび出したのです。それから、どれほど進んだでしょうか?

 

 道をゆくにつれて、ロビーの心がまたしてもさわぎはじめました。そしてこの気持ちは、さきほどライアンを見つけたときに感じたのと、同じ気持ちであったのです。このさきに、とてもだいじななにかがあるという感じでした。さあ、こうなったらばんばんざいです。ベルグエルムかフェリアルのどちらかが、近くにいるにちがいありません!(さて、どっちでしょう? ひょっとしたら、ふたりいっしょかも。)

 

 「このさきだ! ふたりのうちのどちらかか? それともふたりともか? わからないけど、きっとこのさきにいる!」ロビーがさけびました。

 

 「ほんと? やった!」ライアンもうれしそうにいいました。

 

 「ほんとうに、魚料理の部屋だったりしてね。」

 

 ライアンがじょうだんっぽくいった、そのおりもおり。ろうかのかべのまん中に目をやったふたりは、そこに、こんな文字が書いてあるのを見つけたのです。

 

 

   「魚料理の部屋」

 

 

 ついにきました、魚料理の部屋! さいしょはじょうだんでそういっただけでしたのに、まさかほんとうに、出てきてしまうとは!(そしてその言葉のあとには、やっぱり白いペンキの矢じるしがひっぱってあって、つづくろうかのさきをしめしていました。)

 

 「ロビー! ほんとうに魚料理だよ!」ライアンがびっくりして、さけびました。「やっぱりこのさきに、ベルグかフェリーがいるんだ!」

 

 ふたりはもう、走り出していました。そしてそこからすぐのところで。石のろうかはひとつの石のアーチへと、つながっていたのです。そしてそのアーチの上には、やっぱり白いペンキで、お待ちかねの言葉、「魚料理の部屋」と書いてありました。

 

 「ここだ!」ロビーは剣のあかりをかざして、その部屋の中をのぞきこみました。そしてロビーはまっさきに、その部屋のまん中にあおむけにたおれているひとりのその人物のことを、見たのです。

 

 「ベルグエルムさんだ!」ロビーがさけんで、かけよりました。

 

 「ベルグ!」ロビーに負けないくらいはやく、ライアンもかけよりました。

 

 「しっかりしてください! だいじょうぶですか!」

 

 ロビーはベルグエルムの肩をつかんで、けんめいにゆさぶりました(もし起きている人にこれをやったら、目まいを起こしてしまいそうなくらいに)。

 

 「う……、うむ……」ベルグエルムが、寝ながらうめきます。よかった! どうやら自分たちと同じに、ぶじであるみたいです。

 

 ですが、ベルグエルムはなかなか、目をさましてくれません。これはじつは、フォクシモンたちの村で飲んだ、あの宝石の実のくだもの酒のせいでした。みんながいしきを失ってしまったのは、あのお酒にはいっていた、眠りぐすりのせいだったのです!

このくすりはお酒といっしょに飲むと、とてもよくきくのでした(ですからフォクシモンたちは、旅の者たちにむりにお酒をすすめました)。いっぽうロビーとライアンは、お酒ではなくてジュースでしたので、ベルグエルムとフェリアルほどには、くすりはきいていなかったというわけなのです(もっともライアンの場合は、くすりいりのジュースをがぶがぶ飲んでおりましたので、やっぱりそうとうに、くすりがきいていたのですが。

 

 いっぽうロビーの方は、さいしょからずっとおかしな感じを受けつづけておりましたので、とても飲み食いをするような気分ではなかったのです。そのためロビーは、ジュースもあんまり、飲んでいませんでした。つまりこういったわけで、ロビーがだれよりもいちばん早くに、目がさめたというわけだったのです。ほんとうはくすりがしっかりきいていれば、いちにちたっても、とても目がさめるようなものではありませんでしたが、ロビーが目をさますことができたのは、ほんとうに運のいいことでした。まさかフォクシモンたちも、ロビーが目をさまして歩きまわり、ほかの者たちのことを起こしてまわるなんてことになるなどとは、思っていなかったことでしょう。

 

 ちなみに、このくすりは飲んだ量にかかわらず、いしきを失うまでに、ひとしく十数分くらいかかるものでした。そのためフォクシモンたちは、かんぱいのあと、しばらくえんかいをつづけてごまかす必要があったのです)。

 

 「う、む……、すみません、父上……。もう、おねしょはしませんから……」

 

 なんだかベルグエルムは、むかしの夢を見ているようですが……、とにかく早く、起こしてやらないと。

 

 「しょうがないな。よし、ここはすこし、荒っぽくいくしかないね。」そういったのはライアンでした。いったい、どうするつもりなのでしょう?(なんだかとっても、いやなよかんがするのですが……)

 

 それからライアンが取り出したのは、あのはとの目ざまし時計だったのです。なるほど、人を起こすのには、目ざまし時計がぴったりですものね。もっとも、それがふつうの起こし方であるのなら、問題はないんですけど……(ライアンのせいかくからいって、ふつうに起こすとは思えませんから)。

 

 そしてやっぱり、みなさん(とわたし)のよそう通り。このあとベルグエルムは、とってもたいへんな目にあうことになってしまうのです。

 

 ライアンは目ざまし時計のはとのおうちに、親クルッポーのことを取りつけました。ここまでは、前に使ったときと同じです。しかしライアンはそれから、親クルッポーのくちばしを、きんぞくでできた、なんともおそろしいくちばしと取りかえました!(いったいどこから、こんなものが出てきたのでしょう?)そしてぜんまいをまけるだけめいっぱいまいて、さらに時計のうらについているダイヤルを、「さい強」にあわせたのです(これが動いたら、いったいどうなってしまうのか? う~ん、考えただけでもおそろしい)。

 

 「これで、ためしてみよう。前に一回、おしおきでためしたことがあるんだけど、また、うまくいくかなあ。うふふ、楽しみ。」

 

 そういって、ライアンは一分ごに目ざましの時間をあわせて、それをベルグエルムの顔の横におきました。そして、一分ご……。ああ、さいなんなベルグエルム! あとは、みなさんのごそうぞうの通りです。

 

 「ぎゃあああー!」

 

 こめかみをものすごいいきおいでつっつきまわされたベルグエルムは、もう、てんじょうまでとどくかというくらいに飛び上がってしまいました。いくらりっぱなウルファの騎士であるベルグエルムだとしても、これではたまりません。

 

 「なんだなんだ! なにごとだ!」

 

 ベルグエルムはわけもわからず、手をふりまわして、じたばたとあたりを走りまわってしまいました。そしてそれからようやくのことで、かれはロビーとライアンのふたりが自分のそばに立っているということに、気がついたのです。

 

 「おはよう、ベルグ。いい朝だね。」ライアンがベルグエルムに手をふって、まんめんの笑顔でいいました。

 

 「ライアン! それに、ロビーどのも! よかった! ふたりとも、ぶじで。」ベルグエルムがロビーとライアンのふたりの方に近よって、そういいます(その足はもう、ふらふらになっていましたけど)。

 

 「ベルグエルムさんこそ、ぶじでよかった! 今は、ぶじじゃないみたいですけど……、とにかくよかった!」ロビーがちょっとごまかしつつも、ベルグエルムの手を取ってよろこびました。

 

 「なんだかとつぜん、かみなりにうたれたような感じがしたのですが……」ベルグエルムがずきずきと痛む頭をおさえながら、つづけます(どうやらかれはまだ、自分がなにをされたのか? 気づいていないみたいです。とりあえずここは、いわないでだまっておいた方がよさそうですね。読者のみなさんも、どうかだまっていてください。あとで怒られそうですから)。

 

 「ここはどこです? なぜわたしたちは、こんなところにいるのでしょうか?」ベルグエルムがあたりのようすをきょろきょろとながめ渡しながら、たずねました。

 

 「ぼくたちは、フォクシモンの人たちにだまされたんです。ここがどこなのかは、ぼくたちにもわかりません。でも、ひとつだけいえるのは、ここがよくない、危険な場所だってことです。とにかく早く、そとに逃げ出さないと。でも、まだフェリアルさんが、見つかっていないんです。」

 

 「フェリアルが!」ロビーの言葉に、ベルグエルムはびっくりしていいました。「まだ、ここのどこかにいるのですか?」

 

 「たぶん、もう近くまできていると思うんですけど……、どこにいるのかまでは、まだわからないんです。早く、見つけてあげないと。」

 

 それからロビーとライアンのふたりは、今のじょうきょうのことをできるだけくわしく、そして手早く、ベルグエルムに説明してきかせたのです。剣のあかりのこと。ライアンの、みんなのいるほうこうのことを教えるクルッポーの力のこと。へんてこな名まえのそれぞれの部屋のこと。それにこれはまだ、そうぞうのはんいでしかありませんでしたが、ここにはおそろしい、かいぶつがいるかもしれないということも。

 

 「このベルグエルム、一生のふかく! ロビーどののことをお守りすると、かたくちかったというのに!」

 

 ベルグエルムはそういって、床にひざまずいて、深々と頭を下げてしまいました。かれらのような騎士というものは、めいよをたいせつにするのと同じくらい、みずからのしっぱいを心からくやむのです。とくにベルグエルムは、騎士の中でもことさらにほこり高く、まじめなせいかくでしたので、なおさらでした。自分がぶざまにも、フォクシモンたちにあざむかれてしまったということが、ゆるせなかったのです。

 

 「このベルグエルム、どんなばつでも受けるかくごでおります。さあ、ロビーどの。なんなりとお申しつけを!」

 

 「そんなことはいいですから。ぼくは、だいじょうぶです。」ロビーはそんなベルグエルムのことをなだめながら、あたふたとこたえました。「こうしてぶじにいられたことだけで、もう、じゅうぶんじゃないですか。ベルグエルムさんのせいじゃありませんよ。」

 

 ベルグエルムはロビーの言葉と心づかいに、深くかんしゃしました。

 

 「しっぱいは、だれだってするからね。しっぱいをこわがってたら、なんにもできないよ、ベルグ。たいせつなのは、そこからなにを学ぶか? ってことだぞ。」ライアンも、ベルグエルムの肩をぽんとたたいて、そういいます(まるで、せいとのことをさとす先生みたいに)。

 

 「それはそうと……」さいごにライアンが、にこにこした顔でいいました。「ぼくでよかったら、いろんなばつを考えてあげられるけど、どう?」

 

 ライアンの言葉に、ベルグエルムはあわてて手をふってこたえました。

 

 「いや、けっこう! もうじゅうぶん、はんせいしたよ!」

 

 

 とにもかくにも、これで三人の仲間たちのことが集まったわけです。残るはフェリアルただひとり。いったいどこにいるのでしょうか? 

 

 ロビーの感かくでは、もうそんなに遠くではないと思われました。ライアンの親クルッポーがむいているのは、この部屋のさらにむこうがわの、やみの中です。そこには今までのふたつの部屋(肉料理の部屋とデザートの部屋のことです)には、なかったものがありました。それはそのさきにつづく、もうひとつのろうかへとつながっている、べつの入り口だったのです。

 

 「あの入り口の、むこうだ。」ライアンが親クルッポーのむきをたしかめながら、いいました。「ロビーのよそうだと、フェリーのいるところまでは、もう、すぐみたいだね。早く、助けにいってあげよう。」

 

 ライアンはそういいながら、親クルッポーに取りつけるきんぞくせいのくちばしを、服のすそで、きゅっきゅっとみがき上げました(どうやらそろそろ、ふたり目のぎせい者があらわれそうな感じです……)。

 

 「あの道のむこうに、フェリアルさんがいる。そう思う。」ロビーが、まっくらなろうかへとつづくその石のアーチの入り口のことをながめながら、つづけました。「でも、あそこはすごく、いやな感じもする。さっきの分かれ道でも感じたけど、ほんとうに、さきにおばけが待ってるみたいな感じなんだ。でも、いかなきゃ。」

 

 そういってロビーは、剣のあかりをかざして、そのまっくらなろうかのさきのことをてらし出そうとしましたが、このろうかはことさらに暗く、この剣のあかりくらいでは、さきはまったく、見通すことができなかったのです。

 

 「まさかほんとうに、ぼくらの考えたかいぶつがいるのかな?」ライアンがさらにつづけます。「でも、まあ、フェリーを放ってはおけないし、いざとなったら、今はベルグがいるからね。なんとかしてくれるんじゃない?」

 

 いわれてベルグエルムは、ちょっとたじろぎましたが、すぐに気を取りなおして、剣のつかをにぎりしめていいました。

 

 「どんなかいぶつがあらわれようと、わたしにおまかせを。もうにどと、しくじりません。」(ちなみに、かれの剣をふくめて、ベルグエルムのにもつもみんな、かれのすぐそばにおいてありました。やっぱりあかりをともすための道具だけは、持ち去られておりましたが。)

 

 そしてベルグエルムがそういった、そのときのこと。

 

 

 「ぐおおお……」

 

 

 ひくく、くぐもった、なんともおそろしげなうなり声! その声がまさに、その石のアーチのむこうがわから、きこえてきたのです!

 

 「な、なんだ?」みんなはびっくりして、思わず身がまえました。そしてそうするうちに。またしても、そのおそろしいうなり声はひびき渡ったのです。

 

 

 「ぐおおお……、がああ、ごおお……」

 

 

 その声は、なにかとんでもなく大きな生きものの口から、出されているかのようでした。いったい、どんなやつなのでしょう? ですがみんなの心は、そんなことなどにはむけられなかったのです。どんなかいぶつがこのさきにいるのか? そんなことは今のかれらには、このさいたいした問題ではありませんでした。つまり、そのかいぶつにおそわれているかもしれない人物。そう、フェリアルのことで、かれらの頭はもう、いっぱいになってしまっていたのです!

 

 

 「フェリアルさん!」「フェリアル!」「フェリー!」

 

 

 みんなはいっせいにさけぶと、いちもくさんに、そのろうかにむかって走り出しました! フェリアルが食べられちゃったら、たいへんです! 急がないと!

 

 あかりを持つロビーがいちばんになって、みんなはその暗いろうかの中を、あらんかぎりのはやさでかけぬけていきました。心配とあせりで、しんぞうはばくばくとなりひびいております。急げ急げ! みんなはただひとつの思いだけで、このくらやみの中をかけていきました。ろうかはしばらくまっすぐいって、そこから左にまがっております。

 

 「ぐおおお……」

 

 かいぶつの声が、だんだん近くからきこえはじめてきました。もうすぐそばにまできているみたいです。ベルグエルムが腰の剣をぬき放ちます。ベルグエルムはかいぶつがその目にうつったしゅんかんに、ひとたちあびせてやろうと、心にきめていたのです。

 

 そしてついに、そのろうかはひとつの石のアーチにつながりました。そしてそのアーチの上には、こんどはこんな言葉が、書いてあったのです。

 

 

   「オードブルの部屋」

 

 

 オードブルとはレストランなどでメインの料理がはじまる前に出される、さいしょのお料理のことです。つまり(そのルールにしたがうのなら)ここが、いちばんさいしょの部屋ということになるようでした。どうやらロビーたちは、この部屋からじゅんばんに、ひとりずつおいていかれたみたいなのです(オードブル、魚料理、肉料理、そしてさいごは、デザートというわけです)。

 

 「ここだ! フェリアルさんは、ここにいる!」ロビーがさけんで、まっさきに部屋の中にふみこみました。そこでロビーが見たものは……。

 

 

 で、出たー!

 

 

 部屋の中にいたのは、てんじょうに頭をこすりつけんばかりに巨大な、まっ黒でまんまるの、いっぴきのおたまじゃくしのようなかいぶつだったのです! そしてそのかいぶつが、今まさに! 部屋のまん中の床の上にあおむけにたおれているフェリアルにむかって、おそいかかろうとしているところでした!

 

 「この、ばけものめ!」ベルグエルムがでんこうせっか! まさにいなずまのごとくのいきおいで走りこみ、かいぶつに剣をふりおろしました。しかし!

 

 「うわっ!」ベルグエルムのからだは、すってんころりん! かいぶつのからだをすりぬけて、そのままバランスをくずして、むこうがわの床にころげてしまったのです!

 

 かいぶつはなにをされたかも気づいていないようすで、その頭をロビーたちのいる方にむけました。

 

 「なんだあー? ぐおおお……、ひかりー、光だあー!」かいぶつが、ロビーの持っている剣の光のことを見て、うめきます。

 

 「目が、目がいたーい! おまえらあー、ささげものだなー? な、なんでささげものが、光を持っているー? さてはー、き、きつねたちめー、うらぎったなー!」

 

 かいぶつはごにょごにょとした声でそういうと、水かきのある小さな手で、しきりに目のあたりをこすりました(もっとも、小さな手といっても、それはかいぶつのその巨大なからだとくらべたらの話です。じっさいは手だけでも、ロビーのからだよりもずっと大きいのでした。このかいぶつがどんなに大きいか? よくおわかりでしょう)。

 

 どうやらこのかいぶつは、光がにがてのようです(ですからこんな、まっくらな地下の世界にいるのでしょう)。それとやっぱり、このかいぶつはきつねの種族であるフォクシモンたちのことを、よく知っているようでした。そしてフォクシモンたちが、ロビーたちのにもつからあかりをともすための道具をみんな持ち去っていったわけが、これでわかりました。かれらはこのかいぶつと手をくんでいて、それで、このかいぶつのきらう光を出すための道具を、持っていったというわけなのです。

 

 さらに、かいぶつのいったささげものとは、ほかならぬロビーたちのことでした。そう、ロビーたちはこのかいぶつに「ささげられる」ために、この場所に放り出されていったのです! 

 

 「せ、せっかくこれから、ひさしぶりのフルコースー、た、食べようってときにー、じゃー、まーを、するなあー!」

 

 かいぶつはそういって、ぷんぷん怒りました。そしてかいぶつは、そのからだのうしろに生えているちょこんとした小さなしっぽをふりふり動かしながら、ロビーとライアンのふたりの方にむかって、まっすぐつき進んできたのです。どうやらロビーの持っている剣のあかりが、かいぶつには、目ざわりでしかたがないようでした。

 

 「そんなものー、このおれさまがー、びったんばったんにしてやるぞー!」

 

 かいぶつの口が、がばっ! と大きくひらかれました! なんて大きな口! ほとんど、顔の大きさといっしょです。その口の中はまっ黒で、なんにも見えませんでした。歯もなければ、舌もないのです。いったい中は、どうなっているんでしょうか?

 

 でも、そんなことにきょうみを持っている場合ではありません! このかいぶつはとても足がおそかったのですが、それでもロビーたちからかいぶつまでのきょりは、わずかでしかありませんでしたから。早く、なんとかしなければ!

 

 「なにがフルコースだ、こいつめ! そっちこそ、おたまじゃくしのまるやきにしてやる!」

 

 ライアンが怒ってそういって、その両手をかいぶつにむかってかざしました。すると……。

 

 ごおおおお! ライアンのまわりの空気がうずをまきながら動き出し、そしてそのうずは、ライアンの手のひらから、いっきに、かいぶつへとむかって放たれたのです!

 

 

   しゅごごごごおー! 

 

 

 もうライアンは怒りまんたんでしたから、そのすさまじいこと! いぜんセイレン大橋の上で黒騎士たちにむかって、同じわざを使ったことがありましたが、あのときは雨にじゃまされて、ほんらいの力の十ぶんの一ほどの力も出ていなかったのです(せいかくには、百分の一くらいの力しか出ていなかったわけです)。それはこのおそろしいほどのいりょくの風のうずまきのことを見れば、いちもくりょうぜんでした(ほんとうにライアンは、見た目とちがっておっかない……。ほんとうは、いい子なんですけどね。とりあえず、ライアンが敵でなくて、ほんとうによかった!)。

 

 空気のうずはたつまきとなり、ごおごおというおそろしいうなり声とともに、まっすぐかいぶつにむかっておそいかかりました! これではいくら、このかいぶつが巨大であるとしても、ただですむはずがありません。しかし……。

 

 かいぶつは、まったくもってどこ吹く風! たつまきはかいぶつのからだをすりぬけて、そのむこうがわのてんじょうにあたって、どごお~ん! はじけてしまいました!(おかげで、かいぶつのはんたいがわにいるベルグエルムが、ちょっととばっちりを受けましたが。)

 

 「うそー! なんでー!」ライアンはもう、びっくりぎょうてんです。それもそのはず。このわざはかれのとっておきのわざのうちの、ひとつでしたから。今までどんな相手にだって、きかないためしなどはなかったのです。それがぜんぜんきかないのですから、ライアンがおどろいたのも、むりはありません(ちなみに、かこにこのわざを受けた相手は、それっきりにどと、ライアンの前にすがたをあらわそうとはしませんでした。そのくらい、こわかったのです)。

 

 「こんなー、そよ風ー、おれさまには、きかないぞー!」

 

 かいぶつはそういって、ライアンにむかって手をふりかざしました!

 

 「うわっ!」

 

 かいぶつの手が、ライアンの腰にあたります! ライアンはそのはずみで、部屋のすみっこにまではじき飛ばされてしまいました! こっちのこうげきはすりぬけてしまうのに、相手のこうげきはあたるなんて! そんなのずるい!

 

 ですけど、そんなもんくをいっている場合ではありません。かいぶつはそのまま、こんどはロビーの方にむかっておそいかかってきたのです!

 

 「ライアン! だいじょうぶ?」ロビーがさけびました。

 

 ライアンは腰をさすりながらなんとか起き上がると、ロビーにむかってさけんでかえします。

 

 「ロビー! かいぶつがむかってくるよ! ぼくのことはいいから、逃げて!」

 

 ロビーはあわてて、かいぶつの方にむきなおりました。もう目の前にまで、かいぶつの巨大な、まっ黒いあなのような口がせまってきております!

 

 「こいつめ! よくもライアンに、ひどいことを!」

 

 ロビーはそういって、その手に持ったあかりのともった剣のことを、かいぶつの顔にむけてつきつけました。しかし、いったいどうやったら、このかいぶつをやっつけることができるのか? それはロビーにも、ぜんぜんわからないことだったのです。ひとつだけたしかなことは、このかいぶつが、光をとてもきらっているということでした。ですから、考えられるしゅだんはただひとつ。このかいぶつに剣の強い光をあびせて、そのすきに、みんなといっしょに逃げるのです。でも、そんなにうまくいくのでしょうか?

 

 剣をかいぶつにむけながら、ロビーはセイレン大橋の上でのことを思いかえしていました。あのときのような強い光が、なんとか出てくれれば。ロビーは強く、そう願いました。お願いだ! 光ってくれ! しかし、いつもいつも、そううまいぐあいにいくというわけではなかったのです。

 

 剣はあいかわらずぼおーっとかがやいているばかりで、強く光ってくれません。もうかいぶつの方も、このていどの光などにはなれてきてしまったようです。かいぶつはひるまずに、ロビーの方にむかってきて……、そのみじかい手で、ロビーの剣にいちげき!

剣は、ばしーん! とはじき飛ばされて、部屋のむこうの床に、かららーん! 大きな音を立てて落っこちてしまいました!

 

 「ロビーどの!」「ロビー!」

 

 さあたいへん! 剣がなくなってしまっては、もうロビーに身を守るすべはありません。もうかいぶつの口は、すぐそこなのです! ロビーはぎゅっと目をつぶってしまいました。このまま食べられちゃう! ロビーはそう思いました。

 

 しかしつぎのしゅんかん。ロビーは思わぬ声をきいたのです。それはかいぶつの口から出た、いがいな言葉でした。

 

 「ぎゃああー! い、いたーい! いたーい!」

 

 なんと! かいぶつがその手をおさえて、その大きなからだのことをよじらせて、わあわあくるしがっているではありませんか! これはいったい! どういうことなのでしょう?

 

 ロビーはふしぎに思いました。ですがこれは、大きなチャンスです! 今のうちに、みんなといっしょに逃げなくちゃ! ロビーはすばやくけつだんしました。

 

 「ライアン! ベルグエルムさん!」ロビーはせいいっぱいの声でさけびました。 

 

 「今のうちに、逃げるんです! フェリアルさんをつれて!」

 

 ロビーはそういって、ライアンのもとにかけよりました。ロビーはなによりもまず、ライアンがけがをしていないかどうか? たしかめたかったのです。

 

 「ライアン、けがは?」ロビーが心配して、ライアンのからだをささえながらいいました。

 

 ライアンはかいぶつの手にうたれ、床に腰をうちつけていましたが、さいわいたいしたことはなかったようです。

 

 「だいじょうぶ、歩けるよ。」

 

 「よかった!」ライアンの言葉に、ロビーはとりあえずほっとしました。

 

 「ありがと、ロビー。でも、今はそれより、早く逃げないと! あのかいぶつが、またむかってこないうちに! ベルグ! フェリーをたのんだよ!」

 

 さあこれ以上、こんなかいぶつのことを相手にしているわけにはいきません。とにかく、かいぶつがひるんでいる今のうちに、ここから早くはなれなければ! みんなは部屋のむこうにもうひとつの出口があるのを見つけると、床に飛ばされた剣をひろって、そこからいちもくさんにかけ出ていきました(眠ったままのフェリアルはどうにも起きませんでしたので、ベルグエルムが急いでおんぶしていきました)。

 

 みんながろうかに走り出たところで、うしろの部屋からかいぶつのおそろしいうなり声がきこえてきました。

 

 

 「ぐるるー! おーのーれー! よーくーも、やったなー!」

 

 

 そして、なんてことでしょう! かいぶつはその巨大なからだをへびのようにほそくのばして、せまい石のアーチのむこうから、ロビーたちのことを追いかけてきたのです!

 

 「うわっ! 追っかけてくるよ!」ライアンがうしろをふりかえりながら、さけびました。

 

 「まずい! どこか、かくれられるようなところはないか!」ベルグエルムがあたりをすばやく見渡しながら、つづけました。

 

 かいぶつはそのからだをよじらせながら、どんどん追いかけてきます(さっきのおたまじゃくしみたいなときとはちがって、こんどはとっても動きがはやいのです)。みんなはとちゅうでいくつかの分かれ道をまがって、かいぶつのことをまこうとしましたが、かいぶつはそのたびに、みんなのいる方の道をたしかめながら、追いかけてきました。どうやらこのかいぶつは、目ではなくにおいで、みんなのことをたしかめているようなのです(このかいぶつに鼻があるのかどうかは、わかりませんでしたが)。

 

 みんながまがりかどをまがるたびに、かいぶつはくんくんとにおいをかいで道をたしかめながら、あとをついてきました。そしてとうとう。みんなはまっすぐなろうかのとちゅうで、かいぶつに追いつかれてしまったのです!

 

 ばんじきゅうす! もうどこにも逃げ場はありません! まさかここまで、しつこいなんて!

 

 ベルグエルムがフェリアルのことをかかえながら、かいぶつの前に立ちふさがりました。剣がすりぬけてしまうことはわかっていましたが、それでも、仲間のことを守ろうという気持ちと、騎士としての気高い心が、そうさせたのです。

 

 「もとの暗がりへ帰るがいい! わたしは白の騎兵師団の長、ベルグエルム・メルサルだ! 仲間たちには、もう、ゆびいっぽんとて、ふれさせはせんぞ!」

 

 ベルグエルムはかた手で剣をつきつけ、かいぶつにさけびました。しかしかいぶつは、まったく耳を貸しません。かいぶつはぶきみな笑い声を上げると、あざけるようにいいました。

 

 「そんなー、ちゃちな道具で、おれさまがたおせるとでも、思ってるのかー、笑わせるーなー!」

 

 ベルグエルムはかいぶつの顔にむかって、剣をつきさしました! ですがやっぱり、剣はすりぬけてしまって、かいぶつをさすことができません。もはや、どうすることもできませんでした。みんなはここで、このかいぶつに食べられちゃうんでしょうか……?

 

 もちろん、そんなわけがありません! だってまだまだ、この物語はつづくんですから!(ここでみんなが食べられちゃったら、あとに書くことがなくなっちゃいますから。)

 

 そして、このさいだいのピンチのときからみんなのことをすくったのは……、やはり、ロビーだったのです。

 

 仲間の危険を前にして、ロビーの心はめらめらと、まるでほのおのようにさわぎ立ちました。なんとかしなければ、みんながやられてしまう! ロビーの思いが今ふたたび、手にしたそのふしぎな力を持つ剣へと、ひびき渡ったのです。

 

 剣はロビーの心をうつしたかのように、さらに明るく光りかがやき出しました。その光はまるで、ほのおがもえているかのように、ゆらゆらとゆらめいていました。ロビーは剣を強くにぎりしめました。そして自分でもむがむちゅうのままその剣をかまえると、ロビーは、このおそろしいやみのかいぶつのもとへとむかって、走り出していったのです。

 

 かいぶつが、ロビーに手をのばします! ロビーのことをつかまえて、びったんばったんにしてしまうつもりです! あぶない! ロビーはかいぶつのその手にむかって、力のかぎり剣をふりおろしました。ですがやっぱり、その剣はすりぬけてしまい……、いえ、ちがいます! ロビーのふりおろした剣は、かいぶつのからだをすりぬけなかったのです!

 

 かいぶつの手は、剣に切られてまっぷたつ! 床に落ちて、しゅうしゅうとまっ黒いきりになって、とけてしまいました! そして切られたところからも、黒いけむりがしゅうしゅうと、吹き出していたのです。

 

 「ぎ、ぎ、ぎゃあああー!」

 

 手を切られて、かいぶつはあらんかぎりの声でさけびました。そう、ロビーのこの剣は、このかいぶつのことを切ることのできる、ゆいいつの剣だったのです! そしてさきほど、このかいぶつがわあわあいって痛がったわけも、このためでした。ロビーの持つこの剣を手ではじき飛ばしたときに、かいぶつは剣のやいばで手を切って、けがをしたのです。

 

 かいぶつはへびのようなからだをくねらせて、あばれまわりました。そのからだが、ロビーの方にむかってきます! ロビーははんしゃ的に、身を守るかたちで剣をふるいました。そしてこんどは、かいぶつのそのからだに、剣がめいちゅうです! ぶしゅううー! かいぶつのからだからまっ黒いけむりがもくもくとあふれ出し、あたりはいちめん、けむりだらけになりました。

 

 「早く、ここからはなれましょう!」ロビーがみんなにさけびました。もう、これでじゅうぶんでした。

 

 かいぶつはまっ黒なけむりをもうもうと上げながら、その場にへたりこんでしまいました。みんなのあとを追いかけることも、もうできないでしょう。そのからだからはどんどんけむりが吹き出していって、それにあわせて、かいぶつはどんどん小さくなっていきました。そしてみんなは、力のぬけたそのかいぶつのことをあとにして、そのまままっくらなろうかの中を、まっしぐらにかけていったのです。さいごにふりかえったみんなが見たものは、ちりぢりになって消えてゆく、かいぶつのそのさいごのすがた、そればかりでした(ここで読者のみなさんにだけ、お伝えしておきましょう。この「夜のかいぶつ」は、じつはまだ、死んではいなかったのです。ですがかれはもう、もとのかいぶつとしては、にどと悪さのできないからだになってしまいました。

 

 かれのからだは、やみとたましいのエネルギーによって作られていました。それらのものがみんな、かれのからだからぬけ出したのです。そのけっか、かれはまっ黒な小さないっぴきのかえるになって、どこかの暗がりの中へと、ぴょんぴょん、はねていくこととなりました。

 

 今でも、このかつての巨大なかいぶつは、このいせきの地下のどこかにいるのです。ですが、もうにどと、かれのすがたを見る者もいないことでしょう)。

 

 

 「ここまでくれば、もうだいじょうぶだ。」ベルグエルムが、みんなにむかっていいました。

 

 さきほどの戦いのあと。みんなは暗いろうかの中をまっしぐらにかけつづけ、そしてようやくこの場にたどりつくことができると、両方のひざに手をついて、はあはあと息をととのえることができていたのです。

 

 「なんだか、つぎからつぎへと、いろんなできごとがめじろおしだったね。」ライアンも「ふう。」と大きなため息をついて、つづけます。

 

 「ベルグにフェリー。ふたりが見つかってよかったと思うひまなく、あのかいぶつだもん。これじゃ、キャンディーをなめてるひまもない。」

 

 ライアンはそういって、かばんの中からキャンディーのはいったふくろを取り出しました。ですが……。

 

 「あああーっ!」

 

 ライアンがとんでもなく大きなさけび声を上げました! いったいどうしたというのでしょう? まさかまた、べつのかいぶつがいた? それともなにか、しんこくな問題でも起きたのでしょうか?

 

 「ど、どうしたの? ライアン。」

 

 「なにかあったのか?」

 

 ロビーもベルグエルムも、びっくりしてライアンにたずねます。そして、ライアンの口から出た言葉は……。

 

 「キャンディーが、われちゃってるー!」

 

 そ、そんなことですか……。 

 

 じつはさっきかいぶつにはじき飛ばされたときに、かばんが床にうちつけられて、中のお菓子がみんなこわれてしまっていたのです(さすがにライアンも、さきほどはひじょうにピンチのときでしたので、お菓子のことを気にかけているよゆうすらありませんでした。それにライアンもあのていどのいちげきくらいでは、ぜんぜんかばんもだいじょうぶだと思っていましたが、どうやらライアンの見こみとはちがって、かばんのうちどころは、かなり悪かったようです)。

 

 「クッキーまで、こなごなだー!」

 

 お菓子がなによりも好きなライアンですから、そのかなしみはたいへんなもののようでした(自分の腰のけがのことなんか、どうでもいいようでした)。みなさんも、自分がたいせつにしているものがこわれちゃったとしたら、かなしいですよね。フットボールの大会でもらったトロフィーだったり、たんじょうびのプレゼントでもらったしゃしん立てだったり。ライアンの場合は、それがお菓子なのです。

 

 ライアンは半分べそをかきながら、こなごなになったキャンディーのかけらを集めると、それらをやけになって、全部まとめて、口の中に放りこみました。そしてライアンは、それらのキャンディーのかけらをばりばりとかじりながら、ぷんぷん怒って、こうさけんだのです。

 

 「こうなったのも、みんな、フォクヒモンたちのせいら! このかたひは、ひっと、取ってやる!」

 

 

 (ライアンの問題についてはべつのこととして)とにかくみんなは、これで大きなこんなんのときを乗り越えることができたわけでした。ほんとうに、あやういところでした。ライアンが腰をうっただけですんだのは、まこと、運がよかったというほかありません(それと、ベルグエルムがころげたうえ、ライアンのわざのとばっちりをちょっと受けたということも、いちおういれておきます)。そしてこのけっかをもたらしたのは、まったくもって、ロビーと、ロビーの持つ剣のおかげでした(もちろんベルグエルムやライアンもゆうかんでしたけど、こんかいばかりは相手が悪すぎでしたね。こうげきが通じないんじゃ、どうすることもできませんもの)。

 

 ですがじっさいのところ、どうやったら剣の力をのぞみ通りにひき出すことができるのか? それはロビーにもわからないことでした(いつまたセイレン大橋の上でのときみたいに、ロビーののぞむ以上の強力な力を、生み出してしまわないともかぎりません)。みんなはロビーのこの剣のことについて、もういちどそれぞれの考えを話しあいましたが、けっきょくこんかいのように、ほんとうに剣の力が必要なときにかぎって、その力をためしてみるほかはないという、けつろんしか出なかったのです(ですが今は、これ以上のけつろんはないものと思われました)。

 

 「じゃあこれからは、おばけのたぐいはロビーのたんとうでお願いね。」さいごにライアンが、ロビーのからだをつっつきながらちゃかしました。「それいがいの相手は、ベルグとフェリーが、きれいにやっつけてくれるから。」

 

 さて、このふしぎな剣のことについては、これでひとまずおしまいにしておきましょう。となればもっかのところ、みんながまずやらなければならないことは、ひとつでした。出口をさがす……、のはもちろんなのですが、その前に。

 

 フェリアルくんを起こさなくっちゃ!

 

 フェリアルはあのかいぶつとのたいへんな戦いのさなかにも、ぐーぐーいって、眠ったままだったのです(よっぽどお酒がきいていたんですね。飲みすぎたんでしょうか?)。ここでとうじょうしたのが……、そう、(みなさんお待ちかねの)ライアンのあの、はとの目ざまし時計でした!  

 

 ライアンはクッキーのかけらをばりばりかじりながら、かばんからその目ざまし時計をそっと取り出すと(この時計はとてもがんじょうでしたので、こわれていなかったのです)、そこに、よくみがかれたきんぞくせいのくちばしをつけた、親クルッポーのことを取りつけました(おそろしい……)。そしてそれからライアンは、またべつのあるものを取り出しましたが、それがいったいなんなのか? 著者のわたしにもわかりません。ですがロビーだけは、それがなんなのか? もくげきしたようでした。

 

 「ちょっとベルグは、むこうむいててくれる?」ライアンが、にこにこしながらいいました。ですけどほんとうはお菓子のことで、まだライアンはとっても、きげんが悪かったのです(ロビーにはすぐに、それがわかりましたが)。ですからライアンは、このチャンスにちょっと、フェリアルにやつあたりしてやろうと考えていました(フェリアル、かわいそうに……)。さて、こんどはどんなに、おそろしいことになるのでしょうか? フェリアルがただではすまないということだけは、はっきりしていましたが……。

 

 

 「ぎゃああああー!」

 

 

 ああ、かわいそうに……。このトンネルのすみずみにまでとどくかというくらいのフェリアルのひめいが、こだましました。このときにライアンがなにをしたのか? それはみなさんのごそうぞうにおまかせします(わたしはこのときのことを、のちにロビーほんにんにたずねることができましたが、ロビーは「そ、そんなこと、いえません!」といってぶるぶるふるえるばかりで、ライアンがなにを取り出してなにをしたのか? 教えてもらうことはできなかったのです。たぶんライアンに強く、口どめされていたんだと思います)。

 

 フェリアルのひめいに、うしろをむかされていたベルグエルムが、びっくりしてふりかえりました。

 

 「なっ、なんだ?」

 

 見ると、フェリアルがぱんぱんにはれ上がったおしりをかかえて、あたりを飛びまわっているところだったのです。

 

 「なにをしたんだ?」ベルグエルムがライアンにたずねました。ですがライアンは、これ以上ないほど気分さっぱり! といった顔をして、こうこたえるばかりだったのです。

 

 「ひ、み、つ。」

 

 ロビーはなにもいえず、ただその場に立ちつくして、見ていることしかできませんでした。

 

 

 とにかく。これでもういちど、四人の仲間たちがせいぞろいしたのです! やったー! 

 

 え? ばらばらになってから四人がそろうまで、やけに早いじゃないかって? それはつまり、レストランの料理になぞらえられた部屋が、それぞれじゅんばんにならんでいたからなんです(もっともいせきの部屋も、そんなにつごうよくは四つならんでいませんでしたから、部屋と部屋のあいだには、それなりにきょりはありましたが)。そしてこれは、「それぞれの部屋に用意したごちそうをレストランのフルコースみたいに、一品ずつじゅんばんに食べてまわりたい」という、かいぶつのきぼうからのことでした(あのおかしな部屋の名まえは、このかいぶつのきぼうにそって、つけられていたというわけでした。

 

 ちなみに、あとでフォクシモンたちにきいたところによりますと、「ただふつうに食べるより、レストランのフルコースみたいに、すこしずつじゅんばんに食べた方が楽しいだろーがー!」とかいぶつにいわれたことが、こんなことをおこなった、そのそもそものきっかけだったそうです。あのかいぶつは、食べることがなにより、楽しみだったみたいですね。もっとも、食べられる方は、たまったものではありませんが)。

 

 これはほんとうに、運がよかったといえることでしょう。だって、もし、「宝さがし気分を味わいたいから、さがして楽しめるように、ばらばらにあっちこっちに放り出していけ」だとか、「じっくり食事したいから、いっしゅうかんにひとりずつ食べさせろ」なんてことを、かいぶつがいってきていたとしたら、ふたたびみんながめぐり会えるまでには、たいへんな時間がかかったにちがいないでしょうから(もっとも、かいぶつが「ごはんをみんなまとめていちどに食べたいから、みんなまとめてひとつの場所においていけ」といってくれていたのなら、すぐに四人そろうわけですから、みんなはもっと助かりましたが。まあそれは、ぜいたくすぎというものでしょう)。

 

 こういったわけで、みんなはこの、かいぶつのわがままなきぼうのおかげもあって、こんなにも早く、ふたたびせいぞろいすることができたというわけだったのです(けっして、「みんなを早くそろえた方が、物語を早くさきに進めることができるから」だとか、わたしが話をつごうよく、まげて作っているのではありませんよ。ごかいしないでくださいね)。

 

 

 さて、四人がそろいましたから、みんなはもう、あとはわき目もふらずに、地上をめざすばかりでした。もたもたしていたら、また新たなるかいぶつが、あらわれないともかぎりません(ほんとうはもう、ここにはほかにかいぶつはいませんでしたが、みんながそれを知っているはずもありませんでしたから)。ここでいちばんのたよりとなったのは……、ライアンの風の力をかりる、そのわざだったのです。

 

 「上からの風は……」ライアンが目をとじて、いしきを集中させました。

 

 「こっちだ。こっちの道から吹いてるよ。」

 

 みんなはライアンのしめしたその道を、ひとかたまりになって進んでいきます。道はあいかわらずのまっくらで、もしライアンの助けがなかったとしたら、このさきに出口があるなんてことは、ぜんぜんそうぞうもできないくらいでした(ちなみに、ロビーのふしぎな感かくは、仲間を見つけようとしているときにはたらくものだったようです。ですから出口については、ロビーはなにも感じることはできませんでした。ざんねん)。

 

 道はそこから、くねくねとまがりくねってつづいていました。こんな道は、今までになかったものです。やっぱり出口が近いから、道も変わってきたのでしょうか?

 

 やがてあるときから、ろうかの石だたみの上に砂がちらばっているようになりました。ベルグエルムがしゃがみこんで、その砂をしらべます。そしてかれは立ち上がって、仲間たちにこうつげました。

 

 「この砂は、この地下世界のものではない。われらがめざす、地上の世界から飛んできたものだ。となれば、出口は近いぞ。」

 

 ベルグエルムの言葉に、みんなは声を上げてよろこびました。出口が近い! それはこの地下世界にとじこめられているみんなにとって、これ以上はないというほどのきぼうの言葉となりました。

 

 しばらくすると、それにさらなるよろこびが加わりました。風です。みんなのほほに、はっきりとわかるくらいの風が感じられるようになったのです。その風は冬も近いこのきせつでは、こおりのようにつめたい風でしたが、仲間たちにとっては、春のいぶきのそよ風そのものに感じられました。

 

 「上からの風だよ! もうすぐだ!」ライアンがうれしそうにいいました。

 

 そしてそこから、いくらもいかないところでのこと。道のとちゅうの左のかべに、また石のアーチがひとつ、つくられていました。ロビーが剣をかざして、みんなが中をのぞきこんでみます。すると……、そこには、思いもかけなかった、なんともおかしな光景が広がっていたのです。

 

 

 「な、なんだ、これは?」

 

 

 みんなはびっくりぎょうてんして、いっせいにおどろきの声を上げました。

 

 みんなの見た、アーチのむこうのその部屋の床の上。そこにたくさんの人たちが、あおむけにされて寝かされていたのです!

 

 みんなはすぐさま、部屋にはいってそれらの人たちのことをしらべてみました。全部で、十、二十、三十、四十……。五十七人もいます(すごい数です)。かれらはみな、手を胸の上にくまされていて、石の床の上にきれいにならべて、寝かされていました(どう見ても、自分たちから進んでそのようなじょうたいになって寝ているようには、見えませんでしたから。これはやっぱり、だれかによって、この場所にこのように寝かされていたのです)。ほとんどの人たちは人間で(五十一人が人間でした)、あとは人間ににている種族の人たちでした。

 

 「みんな、死んじゃってるの?」ライアンが心配げに、そういいます。たしかにかれらは、みな目をとじていて、ぴくりとも動いていませんでした。そのうえ、そのはだも血の気がなくて、まっ青だったのです。見た感じ、息をしているようにも見えません。これではライアンのいう通り、かれらがみな、死んでしまっているのだと思ったとしても、とうぜんのことだといえることでしょう。ですが、それらのことにもかかわらず、これらの人たちはただのひとりも、死んではいませんでした。さあ、それっていったい、どういうこと?

 

 「ここにいるのは、ほとんどが、西のハーレイ国の人たちのようだ。」ベルグエルムが、人々のその服そうのことを見ていいました。「おそらく、かこにこの地にやってきた、旅人たちだろう。それに、こっちには、ルルムたちもいる。」

 

 ルルムというのは人間ににていましたが、人間よりも耳が長くて、はんしゃしんけいにもすぐれている、ふしぎな種族の人たちのことでした。大むかしには南の地に大きな王国をきずいていたそうですが、今ではすっかり数もへって、人間たちの社会の中で、ひっそりとわずかな人数が暮らしているばかりだったのです。

 

 「はるかなくにの旅人たちが、こんなところに、こんなにたくさんいるなんて。これも、フォクシモンたちのしわざなのでしょうか?」フェリアルが、ベルグエルムにたずねました(フェリアルのちゃんとしたせりふも、ひさしぶりな感じですね。ちょっと前に「ぎゃああ!」というさけび声なら、ききましたが……)。

 

 「おそらく、そうだろう。」ベルグエルムが深く考えをめぐらせながら、こたえました。

 

 「これは、じつに深いじじつだ。はぐくみの森がすたれたわけが、これで見えてきたぞ。」 

 

 ベルグエルムが、人々の口をしらべてみます。見た目と同じく、やっぱりこの人たちは、こきゅうをしていませんでした。ですが、人々の胸に手をあててみたベルグエルムは、そこでとても、びっくりしたのです。しんぞうが動いていました!

 

 この人たちのからだには、まだ血がめぐっていたのです。かれらのからだも、やわらかいままでした。ですがそれにもかかわらず、かれらのからだはまっ青で、死人のようにつめたかったのです。これでは生きているのか死んでいるのかも、わかりません。いったいこの人たちの身に、なにが起こったというのでしょうか?

 

 「この人たちが、なぜこんな目にあわされているのか? それもフォクシモンたちが、すべて知っていることだ。今は、どうすることもできない。ここからだっしゅつして、フォクシモンたちに会うことの方が、さきだろう。」ベルグエルムがいいました。

 

 「それなら、すぐに会いにいこう。」ライアンがそういって、さきほどはいってきた(この部屋にひとつだけの出入り口である)石のアーチへとむかいました。「早く、お菓子のかたきも取らなくっちゃ!」

 

 そしてみんなもそろって、その部屋の入り口にむかおうとしたときのこと……。

 

 

 「うわっ!」

 

 

 どすんっ!

 

 いちばんはじめに、いさんで部屋をかけ出たライアンが、アーチをくぐったそのところでふいになにかとぶつかりました! ライアンははずみで、床にころがって、べっちーん! しりもちをついてしまいます(今日はよく腰をうちますね)。そしておどろいたことに、しりもちをついたのはライアンひとりではありませんでした。

 

 「いたたた……!」

 

 そういっておしりをさすりながら、ライアンのはんたいがわにたおれていたのは……、なんとなんと! あのきつねの種族の男の子、チップリンク・エストルくんじゃあありませんか!

 

 「ああーっ! おまえ!」

 

 みんなはもう、大さわぎでした。それもそうでしょう。自分たちがこんな目にあわされている、そのおおもとを作ったいちばんのちょうほんにんが、今目の前にいましたから。

 

 みんなはかけよって、あっというまにチップのことを取りかこんでしまいました。どうしたって、逃がすわけにはいきません。いろいろききたいことが、山ほどあるのです!

 

 「こいつ! よくもだましたな!」ライアンが、チップの胸ぐらをぐいっとつかんでいいました(背たけがいっしょくらいでしたので、まるで子どもどうしのけんかみたいでした)。ベルグエルムもフェリアルも、さすがにこのときばかりは、チップにぐいぐいとせまりよったのです。

 

 「ご、ごめんよ! めいれいされて、しかたなかったんだ!」

 

 こうなってしまったのなら、もうなすすべもありませんでした。チップはその場にぺったりとすわりこむと、大べそをかいて、わんわん泣き出してしまったのです。

 

 これには仲間たちも、さすがに気持ちをやわらげるほかありませんでした(いつだって、子どものなみだにはかなわないのです)。それにチップはもう、じゅうぶんすぎるほどはんせいしているみたいですし。これ以上強くせまったところで、なんにもならないでしょう。

 

 「この人たちは、かこにきみたちが、あのかいぶつにさし出した人たちだな?」チップがおちつくのを待ってから、ベルグエルムがチップにいいました。

 

 チップはべそをかきながら、小さくうなずきます。

 

 「そうです……」

 

 ベルグエルムは、すべてになっとくがいったかのようでした。自分たちがここに放り出されていったりゆう。はぐくみの森になにが起こったのか? ということ。それらもすべて、あのまっ黒なおたまじゃくしのようなかいぶつ、夜のかいぶつのせいだったということなのです。

 

 「さあ、全部話すんだ。きみたちの森、はぐくみの森に起こったことの、すべてを。」

 

 

 それからチップは、自分たちの森に起こったこと、村のおきてのこと、それらのすべてをみんなに話してきかせました。それは、かいつまんでいえば、こんなような話だったのです。

 

 

 今から三十年くらいむかしのこと。はぐくみの森にとつぜんおそろしいかいぶつがあらわれて、森の人々のことをおそうようになりました。人々は森からどんどん逃げていって、三年もすると、はぐくみの森はすっかり荒れ果て、人のよりつかないなんともさびしい森へと変わり果ててしまいました。

 

 それでもかいぶつは、この森からはなれようとはしませんでした。かいぶつは森のまん中にある大むかしのいせきをすっかり気にいって、そこに住みついてしまったのです(そのいせきが、みんなが今いるこのいせきです)。

 

 いせきに住みついたかいぶつは、フォクシモンたちの村にやってきて、自分の食べものであるたましいのエネルギー、つまり生きている人を、さし出せといってくるようになりました。はじめは村の人たちが、みずからその身をぎせいにささげました。しかしそれではすぐに、村はほろんでしまいます。フォクシモンたちに、せんぞからの土地であるこの森をすてることなどは、できませんでした。かれらが生き残るために取った道は、ただひとつ。そとからやってくる旅人たちを、かいぶつのもとにささげるということだったのです。

 

 それいらい、かいぶつは森のいせきに住みつづけ、フォクシモンたちもかいぶつにしたがいつづけてきました。どうしたって、あの夜のかいぶつをやっつけるなんてことは、かないませんでしたから。旅人たちがこの森にやってきたら、その者たちをうまくだまして、かいぶつにささげること。このことは村のおきてとなり、きびしく守られるようになったのです。このおきては自分たちの土地とでんとうを守るための、くるしいけつだんでした。これが、はぐくみの森に起こったそのひげきのできごとの、すべてです。

 

 

 「でも、ぼくにはもう、こんなことはたえられないんです! なんのつみもない人たちのことをぎせいにして守るものに、いったいなんのかちがあるんですか! そんなの、まちがってます!」 

 

 チップは床にへたりこんだまま、なみだながらにうったえかけました。かわいそうに。まだ十さいばかりのこんなに小さな子が、こんなにもつらい目にあい、くるしんできたのです。仲間たちはチップのことが、とてもかわいそうに思えてきました。かれらのおこなったことは、けっしてゆるされるようなことではありません。ですがもし、自分が同じ立場になったとしたら、どうでしょうか? だれにもチップのことを、これ以上悪くいうことなどはできませんでした。

 

 「だからぼくは、村のみんなにないしょで、あなたたちを助けようと思って、ここへきたんです。」チップはそういって、みんなにランプや油などの道具を渡します(これはもともと、みんなの持ちものだったものです)。

 

 「夜のかいぶつは、光をとてもきらうんです。だから、みなさんのあかりも、ぼくたちが取りました。あいつには、剣も矢もききませんから、それいがいのにもつは、そのままみなさんといっしょにおいていきました。でも、まさか、その剣からあかりが出るなんて。」チップはロビーの持つ、そのふしぎな剣のことをしめしながらいいました。

 

 「でも、光があっても、せいぜいすこしの足どめくらいにしかなりません。みなさんは、いったいどうやって、ここまでやってきたんですか? ぼくは、夜のかいぶつが起きてくる前に、みなさんのことを助けようと思ってたんですけど、村のみんなのすきをついて、ここまでやってくるのが、すっかりおそくなってしまいました。だからもう、だめかと思っていたんです。夜のかいぶつからのがれて、レストランの部屋をぬけて、ここまでやってくるなんて、そうとう運がよかったとしか思えません。あのかいぶつから、いったいどうやって、逃げてきたんです?」

 

 これに対して、ライアンがとくいげにこうこたえました。

 

 「ああ、あのおたまじゃくしなら、ぼくたちがかるーくやっつけちゃったよ。」(ほんとうはかなりあぶなかったのですが。まあこれは、ライアンのいつもの強がりですから。)

 

 ですけどチップは、とても信じられないといったふうに、こうこたえるばかりだったのです。

 

 「まさかそんな。うそでしょう? あいつをたおしたなんて。」

 

 チップが信じられないのもむりはありません。チップのいう通り、あの夜のかいぶつは、ほんとうに、剣でも矢でも、ほのおでもたつまきでも、たおせませんでしたから(なにせあのかいぶつのからだは、全部、夜のやみそのものでできていましたから、それもそのはずだったのです。やみになにをしたって、かなうはずもありませんよね。それこそ、とくべつにふしぎな剣でも使わないかぎりは)。そのかいぶつをたおしたといわれても、とてもにわかには信じられるはずもありませんでした(それに「たおした」といっているのが、自分と同じくらいに小さなからだのライアンでしたから、信じろという方がむりというものだったのです)。

 

 「ほーんとだってば! ロビーがこの剣で、やっつけたんだよ! あいつはけむりになって、ちぢんで、みんな消えちゃったんだから。」

 

 さて、このあたりになってくると、チップもだんだん、ライアンの言葉がうそではないようだと思うようになってきました。ベルグエルムとフェリアルがまじめな顔をして、「信じられないかもしれないが、ほんとうだよ。」といったので、ようやくチップは、かいぶつがたおされたということを、信じることとなったのです(やっぱり大きくてりっぱな騎士にいわれた方が、しんじつ味があるというものですよね。ライアンは「だから、ほんとうだっていったじゃないか!」といって、怒ってましたけど)。

 

 「すごい、やったやった! これで、みんながすくわれる!」

 

 チップは大きなしっぽをふりふりふって、ぴょんぴょんはねて、よろこびました。ですが、仲間たちの心は、いまだ晴れやかなものではなかったのです。それはつまり、この場所に寝かされている人たち。このかいぶつのかこのぎせいとなった人たちが、まだ、助かってはいないからでした。

 

 「よろこぶのは早いぞ。」ベルグエルムがきびしい顔をして、チップにいいました。「村を守るためとはいえ、きみたちは、とてもゆるされないことをしてきたんだ。そのつぐないは、けっしてかんたんなものではない。」

 

 「そうだよ! ぼくのお菓子のことも、うんとつぐなってもらわないと! さあさあ、どうしてくれるんだ!」ライアンもそういって、チップにぐいぐいとつめよります。

 

 チップはまた、しゅんとした顔にもどって、しおらしくなってしまいました(お菓子のことってなに? って、ちょっと思いましたけど)。

 

 「わかっています……。これから村のみんなと話しあって、ぼくたちのするべきことを、しっかり果たしていくつもりです。で、でも、この人たちなら、もうじき助かるはずなんです! かいぶつが、たおされたんだから!」

 

 そういってチップは、部屋の中の方をむきました。そしてちょうどそのとき。みんながうしろの部屋の方をふりかえろうとした、まさにそのときのこと。旅の者たちはそこで、思いもかけない、たくさんのいがいな声たちのことをきくこととなったのです。

 

 

 「はーっくしょん! うう、寒い!」

 

 「う~ん、やけにかたいベッドだな……」

 

 「ええっと、顔をあらう、お湯はどこだ……?」

 

 

 なんてことでしょう! みんながふりかえると、部屋の中に寝かされていたあのたくさんの人たちが、みんな手足をぐいんとのばして、それぞれ思い思いのかっこうで、起き出しているじゃあありませんか! かれらはねぼけまなこのままで、あくびをしたり、目をこすったり、あたりをきょろきょろ、見渡したりしていたのです。そしてかれらは、それからこぞって、ひとつの同じ言葉を口にしました。

 

 

 「ここは、どこだ?」

 

 

 今や五十七人の人たち、そのすべてが、もとの通りに起き出していました!(顔色はまだだいぶ、悪いようでしたが。)これはいったい、どういうことなのか? さあチップ、説明して! 

 

 「この人たちは、夜のかいぶつにたましいを食べられてしまってたんです。でも、たましいを食べられても、かんぜんに死ぬわけじゃありません。からだはまだ、生きたままなんです。」

 

 チップのいうことには、夜のかいぶつ(これはフォクシモンたちが、あのかいぶつのことをよぶよび名だったのです)が食べるのは、人のたましいのエネルギーなのであって、人のからだそのものではないということでした。そしてたましいを食べられた人は、半分死んだようになって、ずっととしも取らずに生きつづけるというのです。

 

 さらに、かれらのたましいは夜のかいぶつのおなかの中に、ずっとたくわえられるということでしたが、たましいがからだからあんまりはなれてしまうと、もうもとにもどることができなくなって、からだはほんとうに死んでしまうのだそうでした(このことはいちばんはじめのころに、フォクシモンたちがかいぶつにたましいを食べられたときのそのけいけんによって、考えられるようになったことでした。はじめたましいを食べられた人たちは、同じように半分死んだようなじょうたいになったままでしたが、かれらのもとからかいぶつが遠くはなれて去っていったときに、かわいそうに、かれらのいのちはそのからだから、ほんとうに消えていってしまったのです。

 

 つぎにたましいを食べられた人たちは、かいぶつがその場にしばらくとどまっているあいだは、生きていました。ですがやっぱり、かいぶつが遠くはなれていってしまうと、同じくそのいのちは、からだから失われていってしまったのです。

 

 ひょっとしたらこれは、かいぶつのからだの中に取りこまれてしまったたましいのせいなのではないかと、フォクシモンたちは考えるようになりました。つまり、食べられてしまったみんなのたましいは、かいぶつのおなかの中にずっと残っていて、そのたましいからからだがあんまりはなれてしまうと、そのからだはほんとうに死んでしまうのではないかと思ったのです。

 

 そしてこのことは、三回目にたましいを食べられた人たちのからだによって、正しいものだとしょうめいされることになりました。つまり、かいぶつの住みついているこのいせきの中にそのからだをおいたままにしておけば、かれらのからだはたましいからはなれすぎることもなく、そのいのちもずっと、たもたれるのだということがわかったのです。

 

 ちなみに、この三回目のささげものをおこなったときに、はじめて村のおきてがじっこうされました。つまり、三回目からささげられたのは、フォクシモンたちではなくて、旅の人たちだったということです。一回目と二回目のささげものにより、フォクシモンたちはすでに、八人の仲間たちのことを失っていました。もうこれ以上、仲間たちのことを失うわけには、かれらもいかなかったのです)。

 

 つまりこういったわけで、フォクシモンたちは夜のかいぶつが住みついてはなれることのない(つまりたましいが遠くに去っていってしまうことのない)この地下いせきの中に、旅人たちのからだを、ずっと寝かせたままにしておいたというわけでした(それと同時に、かいぶつがこのいせきからはなれることのないように、このいせきの中で年にふたりずつほど、ささげものを与えつづけるということをやくそくしてもいました)。いつの日か、夜のかいぶつがやっつけられて、かれらのたましいがもとのからだへともどる、そのときまで……。

 

 そしてついに今日、ロビーの手によって、そのかいぶつがたおされたのです! ロビーがかいぶつのからだに切りつけたとき、かいぶつのからだからは、やみと、けむりと、そして今までに食べたたくさんの人たちのたましいが、いっしょにぬけ出していました。そしてそれらのたましいは、自分のからだのもとへと、今こうして、もどってきたというわけだったのです!(心から「お帰りなさい!」といいたいですよね! 

 

 ところで、かいぶつがたおされても、はたしてほんとうにそのたましいがもとのからだにもどるのかどうか? それはフォクシモンたちにも、はっきりとはわからないことでした。たましいがずっと残っているのだから、そのたましいがかいほうされればもとのからだにもどってくれるだろうという、よそうでしかなかったのです。もっとも、そんなことはだれにだって、わかるはずもないのですが。ですから今、たましいがほんとうにもとの人たちのからだにもどったことは、かれらフォクシモンたちにとっても、とてもよろこばしいことでした。やっぱり、たましいと人のからだのあいだには、目には見えない、ふしぎなつながりがあるみたいですね。

 

 ちなみに。フォクシモンたちが旅の者たちのにもつをみんなのからだのすぐそばにおいていったのは、どのにもつがだれのものなのか? わからなくなってしまうことを防ぐためでした。寝かされていた五十七人の者たちのそばにも、やっぱりかれらのにもつが、しっかりとおいてあったのです。フォクシモンたちはみんなのからだがふたたびもとの通りにもどることを信じて、そのときに、にもつもしっかりと、みんなにかえすことができるようにしていたというわけでした。どこかにひとつにまとめておいたら、思わぬことで、にもつがごっちゃになってしまわないともかぎりませんでしたから。

 

 もっとも、あかりをつけるための道具だけには、その心配がありましたけど。それらの道具はフォクシモンたちの村のそうこに、まとめておいてありましたから。)

 

 

 もう、あたりはまさに、おまつりさわぎといった感じでした。なにしろさいしょにかいぶつにたましいを食べられた人などは、もう二十年以上も、ずっと眠ったままであったのです。それがとつぜん、こうして目がさめたわけですから、みんなわけがわからないのも、とうぜんのことでした。

 

 かれらをまとめてじじょうを説明するのは、たいへんなしごとになりました。自分たちがフォクシモンたちにだまされたのだということを知ったときには、みんなものすごく怒って、口々にもんくをいったものだったのです(なにしろ五十七人もいましたから、かれらをなだめるのはひとくろうだったのです)。ですけどどうにか、かれらをおちつかせることができると、旅の仲間たちはいよいよ、つぎにやるべきことをおこなうことができました。それはつまり、このいまわしい地下世界に、今すぐわかれをつげるということだったのです。

 

 さあ、ついに! そとに出るそのときがやってきました!

 

 

 「出口だ!」

 

 チップのあんないで、仲間たちは出口へとつづくそのかいだんのもとへと、急いでかけ出していきました。もうロビーもライアンも、ベルグエルムもフェリアルも、大よろこびでした。地面の上に出ることが、こんなにもうれしいと思ったことはありません。そしてかいだんをのぼりきると、そこには待ちに待ったおひさまの光が……! というわけにはいかず、じっさいには今の時間は、黒りすのこくげん。午後の七時ころでしたが、それでも仲間たちには、ふみしめる土の感しょくだけでも、じゅうぶんにうれしいのでした(もうあんな地下の世界なんか、みんなまっぴらごめんでしたから!)。

 

 「さあ、みなさん!」ランプをかかげたライアンが、大声を上げてみんなによびかけました。

 

 「これからいっしょに、きつねたちの村まで、かたきをうちにまいりましょう!」

 

 とまあ、これはじょうだんでしたが、それでもフォクシモンたちには、それなりのつぐないをしてもらわなければなりません(それにライアンは、お菓子のこともきっちりべんしょうしてもらうつもりでした)。こうしてみんなは、それぞれの思いを胸に、今ふたたび、もとのフォクシモンたちの村へともどっていくことになったのです。

 

 ある者たちは、さきへの旅を急ぐため。

 

 ある者たちは、失われたそのときを、取りもどすために。

 

 

 そのばん、はぐくみの森にはめずらしく、月のあかりがてんじょうにあつくしげった木々の葉のすきまから、静かにもれ出しました。その光が、地面にひっそりとさいた小さな白いエリニエルの花の花びらを、人知れずてらし、かがやかせていました。

 

 

 

 

 

 




次回予告。

  「みんな、せいざ!」

     「うわっ! が、がいこつ!」 

  「これで、信じてもらえました?」

     「まさか、こんなことになろうとは……」 


第10章「ゆうれい都市モーグ」に続きます。

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