ロビーの冒険   作:ゼルダ・エルリッチ

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6、進むべき道

 ある朝のこと。十羽ほどの渡り鳥のむれが、青くかがやく山のいただきのむこうから飛んできました。新しくのぼったばかりのおひさまの光が、すべてのものを、きらきらとかがやかせていました。そして鳥たちは、その光の中、みずからのその身を美しいこがね色にかがやかせながら、山のすそのに広がるその谷の上を、いちろ、はるかな南へとむかって進んでいったのです。

 

 その谷は、見るもあざやかなものでした。谷中がみどりにあふれかえり、花々にみちあふれていたのです。それはおよそ、この世のらくえんとよぶのにふさわしいところでした。なんともいんしょう的な、白いふしぎなれんがでつくられたじょうへきが、その谷を美しくかざり立てていました。そして、そこにそびえたつたくさんの白い塔が、その谷の美しさをかんぺきなものにしていたのです。それらは人がつくったものであるはずでした。ですがそれらはまるで、はるかなしぜんのいとなみの中に、もともとそんざいしているものであるかのように、ありのままに、なんのふしぎもなく、この景色の中にとけこんでいたのです。

 

 谷は今、たくさんの水のしずくによって、きよらかにあらわれていました。夜明けまでに、かなりの量の雨がふったようです。木々の葉にかがやく宝石のような水の玉と、あちこちにできた水たまりの数が、そのことをよくあらわしていました。しかし、この谷に流れる水は、いぜんとしてやわらかく、やさしく、ここに住む人々の暮らしをうるおすばかりでした。これだけの量の雨がふったのにもかかわらず、せせらぎの水はあふれることもなく、にごることもなく、ただ変わらずに、きよらかな流れのままだったのです。

 

 そのひみつは、この谷のてっぺんにそびえる青くかがやく山にありました。つまりその山は、この地に住む人たちがせいなる山とたたえる、タドゥーリ連山だったのです。

なぜ谷に流れる水のせせらぎが、いつでもおだやかなままなのか? この山の名まえをきけば、このおとぎのくにアークランドに住んでいる者であれば、すぐにそのこたえがわかることでしょう。つまりそれは、この谷が、そのタドゥーリ連山に住むたくさんの精霊たちの力によって、強く守られているからでした。

 

 タドゥーリ連山に住む精霊たちは、このアークランドの中でもとくべつな、とても大きな力を持っていました。水の精霊、風の精霊、土の精霊に、火の精霊まで。この山にはじつにたくさんのしゅるいの精霊たちが、大勢住んでいたのです(ちょっとおそろしげなやみの精霊という者たちまで、そこには住んでいるほどだったのです)。ですが、じっさいにそのすがたを見ることのできるきかいは、山のふもとのこの谷に住んでいる者たちであっても、めったにあることではありませんでした(読者のみなさんは、そのりゆうをすでにごぞんじですよね。かれらのような精霊たちは、ひっそりとかくれ住んでいる者たちなのであって、われわれの目の前にはほとんどそのすがたを見せないのですから)。しかし目で見ることはできなくとも、この谷に住んでいる者たちは、精霊たちのその大いなる力を、しっかりとはだで感じることができたのです。

 

 そのため、谷の者たちは精霊たちのことをことさらにうやまい、かれらの住む山をせいなる山とたたえて、たいせつに守ってきました。そして谷の者たちのその心は、精霊たちの方にも、しっかりととどいていたのです。この谷のせせらぎが大雨でもあふれることなくおだやかなままなのは、この谷を守ってくれている、そんな精霊たちのおかげでした(ぐたい的にいいますと、水の精霊たちが谷に水のひがいを出さないように、あふれた水をひとしずくずつ、遠くのみずうみにまではこんでくれていたからでした。そのほか、風の精霊は強すぎる風で木々がいたまないようにと風を弱めてくれましたし、火の精霊はかじで森がやけないようにと、気をくばってくれていたのです。精霊たちがこの谷をどんなにだいじにしてくれているのか? よくおわかりでしょう。この谷の住人たちは、ほんとうにしあわせ者です)。

 

 暮らしの中に、まったくあたりまえのように、しぜんの美しさと精霊たちの力がとけこんでいる。それがこの谷のすばらしさであり、ほこりでありました。そして、この谷にあるなんともすばらしいそのくにの名まえを、みなさんはもうよく知っていますよね。そう、そこは美しき、白きひつじたちのくに。名まえは、シープロンド。

 

 

 渡り鳥の一羽が、シープロンドのくにの上空で、大きくばさっ! とつばさをはばたかせました。なんまいかの羽がふわりとまい上がって、それらはゆっくりと、地上へとむかって落ちていきます。やがていちまいの羽が、白くかがやく美しいれんがのしきつめられたその小道の上に、ふわっとおり立ちました。そして今、その道を全部で六頭の騎馬たちに乗ったおおかみとひつじの種族の者たちが、足早に、こちらへとむかってやってくるところだったのです。

 

 一行は、小道のつづくさきにある、ひとつのたてものをめざして進んでいるところでした。それは、このひつじのくにシープロンドの中でも、もっとも重要なたてものでした。それもそのはず。なにしろそのたてもののあるじは、このくにの中でいちばんえらい人。王さまなのですから。つまりそのたてものは、このシープロンドの王宮でした。王さまとその家族が住んでいるところであり、くにのせいじをとりおこなうところであり、そとからのたいせつなお客さまが、たいざいするところであったのです(ベルグエルムたちウルファの騎士たちは、今そのたいせつなお客さまとして、王宮にとどまっていたのです)。そしてみんなは今、その王宮でとてもだいじな話しあいをおこなうべく、急ぎ、その小道を進んでいるところでした。

 

 白い小道はゆるやかな下り坂となって、くねくねとまがりながらのびていました。とちゅういくつかの小さなたてものがあって、そこにはかざりやりを持ったシープロンの衛士たちが、それぞれなん人かずつ、見張りに立っていました。これらのたてものは、北門から王宮までの道を守るためのその見張りをおこなう、衛士たちがいるところでした。この白い小道は文字通りの小さな道でしたが、じつはおまつりのときなどに王さまが通ったりするための、とてもたいせつな道であったのです(もとよりこの道を通らないことには王宮へといけませんでしたので、はじめからたいせつな道であることに、変わりはなかったんですけど)。そのため、見張りの衛士たちがいつもいて、たえず道の安全を守っていました(ですけどこの道はいつも安全で、危険なことなんて今までいちどもなかったんですけど。かれらがいるのは、まあ、かたちだけみたいなものだったのです。

 

 ところで、ルースアンとホロウノースのふたりは、ここのせきにん者として、北門にいちばん近いたてものにきのうからとまりこんでいました。それは旅の一行を、いちはやく出むかえるためでもありました。かれらがまっさきに北門に出むかえにあらわれたのは、そのためだったのです。

 

 ちなみに、ハミールとキエリフのふたりも、一時間ほど前、でんれいのたかのしらせを受けてからというもの、「衛士たちといっしょに北門のそばでみんなのことを待っていたい」といいましたが、かれらはたいせつなお客さま。「どうか王宮にてお待ちください。」とシープロンたちにお願いされ、しぶしぶ、お城で待っていました。ですがやっぱり、旅の者たちが北門にとうちゃくしたとのしらせを受けて、かれらはいてもたってもいられず、騎馬たちに乗って飛び出していってしまったというわけなのです)。 

 

 六頭の騎馬たちは、さらにいくつかの広場と門を越え、木々のトンネルをぬけていきました。そして白い小道はついに、メリアン王のいるシープロンドの王宮の、その入り口へとつながったのです。 

 

 入り口のりっぱな門をぬけると、そこは王宮の中庭になっていました。あざやかなしばふがしきつめられていて、ところどころに、みずみずしい実をつけた木が立っております。そしてなんとも色とりどりの花々。それに集まるたくさんのちょうたち。まん中にはかがやく水をふき出す、みごとなふんすいもありました。

 

 それはため息をついてしまいそうなくらいの、美しい庭でした(ガーデニングの好きな人なら、あんまりすばらしい庭なので、ちょっとくやしいくらいに思うことでしょう。ロビーはこの庭のことを見て、すぐに、えんげい好きのスネイルのことを思い出してしまいました)。そしてその庭のむこうに。シープロンドの王宮がたっていたのです。王宮もシープロンドのほかのたてものと同じく、あの白くかがやくれんがでつくられていました。あちこちに白い塔がつき出ていて(これはだんろのえんとつなのです)、たくさんのバルコニーがつくられております。ですが、たてものの大きさ自体は、けっして大きなものではありませんでした。これは、かれらのひかえめなせいかくをよくあらわしていました。たとえ王さまの住む王宮であっても、必要以上にりっぱにするのは好ましくないというのが、かれらの考え方だったのです(これはほかのすべてのことにもいえることでしたが、ものごとには「ちょうどよいところ」というものがあるのです。シープロンドの人たちは、そのことをよく心得ていました)。

 

 一行はそのまま、美しい中庭を通って、王宮のたてもののその入り口の前へと騎馬たちを進ませました(しばふをよごさないように、中庭にはちゃんと、馬や人の通る小道もつくられていました)。入り口の前には王宮つきの衛士たちが、きちんとれつをなして、一行のことを出むかえております。そしてそのいちばん前には、ルースアンとホロウノースのふたりと同じ服そうをした、王のそっきんの者たちがふたり、立っていました。

 

 このふたりの者たちの名まえは、ルーベルアンにフォルテールといいました(ちなみに、ルーベルアンはルースアンのおとうとです)。ふたりはまずライアンにあいさつをしてから、旅の者たち、とくにロビーにむかっていいました。

 

 「ようこそ、シープロンドの王宮へ。どうぞ、よきごたいざいを。」

 

 そしてかれらは、ていねいに心のこもったおじぎをしてから、つづけたのです。

 

 「じょうきょうは、よく心得ております。さあ、どうぞ中へ。メリアン王がお待ちです。」

 

 

 王宮の中は、これまた白の世界でした。かべや床はもちろん、テーブルやいすや、かかっている絵のがくぶちまで、みんな白いのです。もしどこかに、どろのはねたのがいってきでも落ちていたのなら、ものすごく目立って見えるにちがいありません。それほど王宮の中は、どこもかしこもぴかぴかにみがき立てられていました(ですからロビーは、自分のかみやしっぽが黒いのが、なんだかとてもくすぐったく思えました。そんなロビーのことを見て、ライアンは、「ここにいたら、ロビーのかみもしっぽも、今よりもっときれいに見えるじゃない。いいことだよ。」といってあげました)。

 

 中にはいってすぐのところに、王宮の二かいへとつづく大かいだんがひとつあって、そのおどり場のかべに、ひときわ目をひく大きな絵がいちまいかかっていました。えがかれていたのは、ひとりのシープロンの女の人です。ねんれいはまだ若く、二十だいの前半くらいのようでした。その女の人はすき通るような美しいはだと、銀色にかがやくかみをしていて、さらさらと流れるような白いドレスをまとっていました。青い宝石のようなひとみをしていて、そしてそのひとみは、絵を見る者におだやかにむけられていたのです。

 

 ロビーはひとめで、この絵にみいられてしまいました。心がすうっと、すいこまれていくような感じがします。そのうえはじめて見た人なのに、ロビーはこの人のことを、すでにどこかで見たことがあるように思いました。

 

 「きれいな人でしょ?」

 

 ライアンの声に、ロビーははっとわれにかえりました。そしてライアンの顔を見たとき、ロビーのぎもんは晴れたのです。そう、この女の人は、ライアンにそっくりだったのです!

 

 「そう、ぼくのお母さんだよ。ぼくが小さいときに、なくなったんだ。」

 

 ライアンの表じょうは、ちょっとかなしげでした。そんなライアンの気持ちを思って、ロビーも同じく、心がしくしくと痛んできます(ちなみに、絵にえがかれていたのは、ライアンのお母さんが二十三さいのときのすがたでした。そしてこの絵がえがかれてから二年ごの二十五さいのときに、ライアンが生まれたのです)。

 

 それからロビーは、自分のことも考えました。自分にも、お父さんやお母さんがいるはずなのです。生きているのだろうか? そうだとしたら、今どこで、なにをしているんだろう? もうなんども思いえがいてきたことでしたが、ロビーは今また、そのことに思いをめぐらせていました。

 

 そのとき、かいだんのわきのろうかから、ひとりのシープロンの少女がやってきました。ねんれいはまだ十二ほどです。ロビーにはすぐに、その少女がライアンの身内の者であるとわかりました。だって、今見ていた絵の中の女の人が、そのまま小さくなったみたいに、そっくりだったのですから。

 

 「シープロンドへようこそ。新しいウルファのお客さま。」少女はとてもれいぎ正しくおちついた言葉使いでロビーにあいさつをすると、すっと静かにおじぎをしました(ライアンとは、だいぶせいかくがちがうみたいですね)。

 

 「みなさん、たいへんな道のりであったとおさっしいたします。まずはごゆっくり、旅のつかれをおいやしください。」

 

 「ありがとうございます。」少女の言葉に、ロビーはぺこりと頭を下げてこたえました。ベルグエルムたち、ウルファの騎士たちもそれにつづきます。

 

 騎士たちはこの少女のことを、すでにライアンにしょうかいされて知っていました。ですからロビーと読者のみなさんのために、ここでもういちど、ライアンにかのじょのことをしょうかいしてもらうことにしましょう。

 

 「この子はエレナ。みんな、エルってよんでるけどね。ぼくのいもうとだよ。」ライアンがロビーにいいました。なるほど、ライアンのいもうとだったんですね。見た目がそっくりなのも、うなずけます(せいかくは、だいぶちがうようでしたが)。

 

 「エル、かれはロビー。いい伝えのきゅうせいしゅなんだよ。でも、あんまりはしゃぎたてないようにね。かれは、そういうのいやがるから。」

 

 ライアンの言葉に、エレナはくすりと笑っていいました。

 

 「兄さまじゃないんですから、はしゃいだりなんかしませんわ。」

 

 思わず「う……」とたじろぐライアンに、その場にいる者たちは、みんな思わず、くすくすと笑ってしまいます(すかさずライアンは、「なにがおかしいの!」とそっきんたちをぎろりとにらみつけました。そっきんたちは、「いえ、なにも!」といってごまかしましたが)。

 

 それからライアンは、エレナに今までのことのしだいを手早く伝えました。これからみんなは、ライアン(とエレナ)のお父さんでもあるメリアン王に急いでじじょうを話して、できるだけ早く、これからの道のりのことをきめるための話しあいの場を、作ってもらわなければならなかったのです。ですが、エレナの言葉は、よそうがいのものでした。

 

 「父さまはもう、みんな知ってますわよ。兄さまにけががないということはもちろん。リュインとりでのことも、そのたいさくのことも。今ごろはもう、話しあいのための場が作られているはずです。」

 

 リュインとりでのことは、でんれいのたかがシープロンドについたことによって、もちろんメリアン王のもとにも伝わっていたのです。そしてみんながもどってくれば、これからの旅のことを話しあう必要があるというところまで、王さまはすでによきしていました(さすがはメリアン王です)。

 

 もうひとつの、「ライアンにけががない」ということは、ふたつのりゆうがあって、王さまはもうすでに知っていました。ひとつは、ラッパの音色です。旅の者たちがシープロンドにもどってきたときに吹きならされた、あのラッパの音色は、旅の者たちのようす(とくにライアンのぶじ)をあらわす音色で吹きならされていました(ベルグエルムにかんしては、「肩をけがしている」ということまで、あのラッパの音色はあらわしていました。ちょっとすごいですね)。

 

 ふたつ目のりゆうについては、ちょっと今ここで、すぐに説明することはむずかしかいのですが……、それはこのあと、数ページのうちにあきらかになります。そのためにライアンが怒ることになりましたが、それはなぜなのでしょうか? そうぞうしておいてみてください。

 

 「それならば、話は早い。さすがはメリアン王です。さっそく、王にお会いして……」

ベルグエルムがそういいかけた、そのとき。

 

 

 ばだーん! だんたん、たんたん! だんたん、たんたん! たたーん!

 

 

 かいだんの上から、なにかとんでもなくそうぞうしい物音がきこえてきました。そしてよくきけば、それはだれかがかけ足でこちらへとやってくる、足音のようだったのです。底のあつくてひらべったいくつをはいているために、白い石の床にそれがひびいて、すごく大きな音を立てていたようです(ちなみに、さいしょの、ばだーん! というのは、とびらがいきおいよくひらかれた音のようでした)。それにしても、こんなにおごそかでりっぱな王宮の中を、そんなぶさほうに、ばたばた走りまわるなんて! いったいだれなのでしょう? もしメリアン王に知れたら、大目玉をくうにちがいありません! 

 

 そして、その音を立てていたぬしが、みんなの見守るその大かいだんの上までやってきました。その人物は、そのまま大急ぎでかいだんをかけおりてきます。シープロンの男の人で、ねんれいは四十だいのなかばくらいでしょうか? りっぱな口ひげを生やしておりましたが、かみの毛はぼさぼさで、寝起きのまんまといった感じ。くしもいれておりません。かっこうは、王さまのそっきんたちに負けないくらい、りっぱな服そうをしておりましたので、身分の高い人であることにはまちがいないようでした。ですが、いかんせん、なんだか大あわてで着がえをしたみたいに、その服はくちゃくちゃにみだれていて、ボタンの位置までずれているありさまだったのです。

 

 その人はかいだんをおりきると、そのままいちもくさんにこちらにとっしんしてきました(まるで赤いぬのにむかっていく、とうぎゅうの牛みたいに)。そしてかれは、その場にいる者たちの中からただひとりをえらんで、その人物をがばっ! と両手で大きくだきしめたのです(その人物のとなりにいるエレナなど、目にははいらないといったようすで。ですからエレナは、いきおいあまって、はじき飛ばされそうになってしまったくらいだったのです)。

 

 そして……、その人物は、こうさけびました。

 

 

 「ライちゃーん! お父さん、心配したよー!」

 

 

 ええーっ! その場にいる者たちは、みんな、口をぽかーんとあけてかたまってしまいました。とくに、ウルファの騎士たちの顔といったら! ロビーがルィンビスの花を食べたときの表じょうの、十ばいくらいおかしかったものです。

 

 なんとなんと! その人物は、メリアン王ほんにんでした! そして、メリアン王がだきしめていたのは……、そう、ライアンだったのです!

 

 この(よそうがいの)出むかえに、いちばんあわてふためいたのは、もちろん、ほかならぬライアン自身でした。ですからライアンは、じたばたとあばれて、思わずさけんだのです。

 

 「わわーっ! ちょっと! やめてよ父さん! お客さんの前で、なにやってんのさ!」

 

 ライアンがいやがるのもむりはありません。力ずくで王さまのことをひきはがすと、そのまま、両手でどんっ! とつき飛ばしてしまいました。はずみで、メリアン王は、どってん! 床にしりもちをついてしまいます。それからメリアン王は、「いたたたた……」とおしりをさすって、なんともなさけない声でいいました。

 

 「だって、きのう帰ってくるっていってたじゃないか。父さん、寝ないで待ってたのにー。とちゅうで二回も危険な目にあってたし、すっごく心配だったんだよー。」

 

 メリアン王はそういって(ほとんどいじけてしまって)、自分の両手の人さしゆびをおたがいにつんつんとつっつきあわせました。なるほど、わが子を思う、親の心というものでしょうか? たとえ一国の王さまであるとしても、その気持ちはやはり、同じのようです。それはよくわかるのですが……、ちょっと、王さまの場合は、やりすぎといった感じですね……(ちなみに、メリアン王は自身のその言葉の通り、寝ないでずっとライアンのことを待っていましたが、ついに力つきて、明け方に眠ってしまいました。そうしてついさきほど、エレナとルーベルアンのふたりに起こされたのです。これはメリアン王があんまりぐっすりと眠っていたために、エレナたちが、王さまを起こすのをぎりぎりまで待ってあげていたからなのですが。そしてメリアン王はそれから、リュインのことや、ライアンたちがぶじにとうちゃくしたということなどを、もろもろしらされて、寝起きの頭をふりしぼって、あれこれのしじをみんなに与えたというわけでした。

 

 そのあと、「もうじき王宮にもどられますので、わたくしは出むかえにいってまいります。」というルーベルアンの言葉に、メリアン王は「わー、待って! わたしもいく!」といいましたが、エレナに、「そんな寝起きのかっこうで出られますか! ちゃんとしたくをしてからですよ!」とさとされて、大急ぎで、身じたくをはじめたというわけだったのです。でもやっぱりメリアン王は、したくもそこそこに、大あわてで飛び出していってしまったというわけでした。そのけつまつは……、今みなさんに見ていただいた通りです)。

 

 そんなメリアン王の言葉をきいて、ライアンは、はっとなにかに気づいたようでした(するどい読者のみなさんでしたら、きっと同じように気がついたことと思います)。

 

 「ちょっと待って! 二回も危険な目にあったって、なんで父さんがそこまで知ってるのさ? 旅の中でのできごとのことは、まだ、だれにも話していないのに。もしかして……、父さん、またぼくに、なにかしかけをしたんでしょ!」

 

 ライアンがそういうと、メリアン王はぎくっ! とした顔になりました。そう、じつはこれこそが、ライアンがぶじであるということを王さまが知ることのできた、ふたつ目のりゆうだったのです。

 

 メリアン王はライアンの身を心配して、ライアンの衣服のうらがわに、こっそりとあるものをぬいつけておきました。それは、とてもとても小さな、星がたのブローチでした(ちょっと上からさわったくらいでは、ぜんぜんわからないほど小さいのでした)。このブローチにはふしぎな力があって、それを身につけている人物が危険な目にあうと、もうひとつの対になるブローチがぴーぴー音を立てて赤く光るのです。もうひとつのブローチはもちろんメリアン王が持っていて、王さまはこれで、ライアンがとちゅうで二回危険な目にあっていたということを知ることができたというわけでした(その二回とは、ガイラルロックたちと戦ったときと、黒騎士たちにおそわれたときの、二回のことです)。

 

 そしてもうひとつ。このブローチの持ちぬしがけがをした場合、対になるブローチはそのけがのていどにあわせて、ずっと赤く光りつづけるのです。つまりこのためにメリアン王は、「ライアンにけががない」ということまでをも、あわせて知ることができていたというわけでした(ずいぶんと、べんりでふしぎな品物があるものですね。王さまはどこから、こんなものを手にいれたんでしょうか? なぞです)。

 

 さて、王さまがライアンを心配する気持ちはよくわかるのですが、その方法がいけませんでした。せめてひとこと、ちゃんとライアンにことわっていればよかったのですが……。どうもライアンは、メリアン王のその(ゆきすぎるまでの)心配しょうには、ちょっとうんざりぎみだったようです(そして王さまも、そのことをわかっておりましたので、ライアンに気づかれないように、こっそりと魔法のブローチをぬいつけておいたというわけでした。うっかり口がすべって、けっきょくばれてしまいましたけど)。

 

 「まーた、ぼくにだまってそんなことしてたの! やめてよって、いつもいってるじゃない! こないだだって、ちょっとピクニックに出かけただけなのに、こっそりあとから、見張りにつけさせてたでしょ。ぼく、知ってるんだからね。ぼくの部屋にもだまってはいるし。こんどかってにそんなことしたら、もう、口きいてあげないから!」

 

 さあたいへん。王子さまはすっかり、ごきげんななめのごようすです。王さまはなんどもあやまって、なんとかきげんをなおしてもらおうとがんばりましたが、ライアンはなかなかゆるしてくれません。

 

 そんなとき。ライアンにそっと近づいて、その手をぎゅっとにぎる者がひとりいました。それはいったいだれでしょう? それは、ほかでもありません。われらがロビーだったのです。

 

 「ライアン。」

 

 ロビーははじめて、ライアンを名まえだけでよびました(これはとてもいがいなことでしたので、かれのことをよく知っているベルグエルムとフェリアルのふたりは、とてもびっくりしたものだったのです)。

 

 「もう、ゆるしてあげて。お父さんは、きみのことを思ってしたんだから。きみがだいじでなければ、こんなことはしないんだから。」

 

 ロビーのいう通りでした。親やたいせつな人たちに心配されるということ。それはとても、めぐまれていることなのです。こんなにしあわせなことはないのです。ライアンはロビーにいわれて、はっとそのことを思いかえしました。それと同時に、ライアンはロビーがほんとうにじゅんすいな心を持っているのだということを、あらためて知らされたのです。ほんとうはライアンだって、王さまのことをほんきで怒っているというわけではありませんでした。ですから、じゅんすいなロビーにこういわれてしまっては、もう、王さまのことをゆるしてあげるしかなかったのです。

 

 「ロビーには、かなわないや。」ライアンが「ふう。」と大きな息をついていいました。

 

 「父さん、じゃあ、こんかいだけだからね。ロビーにめんじて、ゆるしてあげる。でも、これからは、ちゃんとぼくにいってよね。」

 

 これをきいたメリアン王の、うれしそうな顔といったら!

 

 「おお! ほんとかい?」メリアン王は大よろこびで立ち上がると、ふたたびライアンにだきついてさけんだのです。「ありがとう、ライちゃーん!」

 

 「こらっ! ちょうしに乗らないの!」ライアンがもういっぺん、王さまをひきはがしながらいいました。「これもみんな、ロビーのおかげなんだからね。ロビーがいなかったら、まだ、ゆるしてあげなかったんだから。父さん、ロビーにちゃんと、おれいをいいなよ。」

 

 そこで、メリアン王ははじめて、ロビーの方を見ました(今までは、ライアンのことしか見えていないといった感じでしたから)。シープロンドをたずねてきた、ベーカーランドの四人のウルファの騎士たちが、血まなこになってさがしもとめていた人物。それこそが、今ここにいる、ロビーという名の黒のウルファの少年だったのです。

 

 メリアン王は急にまじめな顔つきになって、ロビーのことをまっすぐに見つめました。そして王さまは、背すじをしゃきっとのばしてしせいを正すと、ロビーにかるいえしゃくをおくってから、いったのです。  

 

 「よくぞまいられた、きゅうせいしゅどのよ。」

 

 その声は、いげんにみちていました。さっきまでのメリアン王とはまるでべつじんでしたので、ロビーはちょっと、びっくりしてしまったものだったのです(ほんとうなら王さまというのは、ほんらい、これでふつうのはずなのですが……。かみの毛はぼさぼさでしたし、服のボタンもずれておりましたので、ちょっと、さまにはなっていませんでしたけど)。

 

 「ライアン王子と親しくしていただいて、れいをいうぞ。」王さまはそういって、深々と頭を下げました。ロビーは、えらい王さまにこんなに頭を下げてもらって、すっかりきょうしゅくしてしまいます。ですからロビーは、王さまよりももっとひくく頭を下げるのに、とてもくろうしました(なにしろ相手はひつじの種族の者でしたので、おおかみ種族の自分よりも、はるかに背がひくかったのです)。

 

 メリアン王がつづけます。

 

 「そうぞうよりも、はるかにお若いな。だが、ねんれいはかんけいない。たいせつなのは、そなたがなにを考え、なにをおこなうかなのだ。」

 

 王さまの言葉に、ロビーはちょっと考えこんでしまいました。自分はなにをするべきなのか? ちゃんと正しいことをおこなえるのだろうか? それはまだ、ロビーにもはっきりとは、わかりませんでしたから。

 

 「心配することはない。」そんなロビーの気持ちをさっしたかのように、メリアン王が心をこめていいました。

 

 「そなたは、自分の信じたことをすればよい。きゅうせいしゅとは、そういうものなのだからな。」

 

 メリアン王の言葉は、ロビーの心の中に深くはいりこんできました。さすがは王さまだと、ロビーは思ったものです。その言葉には、くにをおさめる者としてのひんかくと、ちせいが、そなわっていました(さっきまでの王さまは、そんな感じじゃありませんでしたけど……)。ひとことひとことが、深く重く、きく者の心に伝わってくるのです。

 

 「そなたたちの気持ちは、よくわかっている。」そしてメリアン王は、こんどは、その場にいる四人のウルファの騎士たちにむかって、同じく心をこめていいました。 

 

 「リュインとりでのかんらくは、とてもふこうなできごとであった。世界は大きく、変わっていくことになろうな。だが、それも、よきしていたうちのこと。みなが力をあわせ、乗り越えるのだ。」

 

 王さまの言葉に、ウルファの騎士たちもシープロンの者たちも、大きくうなずいてこたえました。

 

 「午後早くにみなで話しあいの場を持てるよう、てはいしておいた。そなたたちも、つかれておろう。それまでしばし、休まれよ。」 

 

 「父さま、わたくしがみなさんをごあんないします。」メリアン王の言葉に、エレナが前に出ていいました。そしてそのエレナを見たメリアン王は、あれっ? といった顔をして、こういったのです。

 

 「ん? なんだエル。おまえ、いつからいたんだ?」

 

 王さま、それはひどい! せっかく、いい感じでいげんを出しておりましたのに……。エレナはすっかりかんかんになって、メリアン王のことをぎろりとにらみつけて、いいました。

 

 「はじめからいます! ほんとうに、兄さまのことしか見えていないんだから! かほごにもほどがありますよ! みっともないからやめなさいって、いつもいっているでしょう! どうやらまだ、しつけがたりないみたいですわね!」 

 

 エレナのそのはくりょくには、さすがのメリアン王もたじたじです。王さまは思わず逃げ出して、ひっしでエレナにべんかいしました。

 

 「わー! ごめん! うそ! うそだよエル! じょうだんだってばー!」

 

 それから王さまは、大かいだんをかけのぼって二かいのはしらの影にかくれると、下にいるライアンにむかってさけんだのです。

 

 

 「ライちゃーん! エルにいってよー! じょうだんなんだからさー! 助けてくれー!」

 

 

 「あの……、さっきのりっぱな感じの王さまと、今の王さまと、どっちがほんとうのメリアン王なんでしょうか……?」ロビーが思わず、となりにいるベルグエルムとフェリアルのふたりに、たずねてしまいました。

 

 「いえ、あの……、わたしが知っているメリアン王は、こんな方ではなかったはずなのですが……」ベルグエルムがとまどいながら、こたえます。

 

 「わたしの知っているメリアン王も、とてもりっぱな方だったはずですけど……」フェリアルも、すっかりこんわくしてしまっていいました。

 

 そのころ。かいだんの上ではエレナに見つかった王さまが、「ひええ!」はしらの影から飛び出して、ふたたび、ろうかのおくの方へと逃げていくところでした。

 

 「ごめんなさい! もうしませんから! ゆるしてくれー!」

 

 ライアンははずかしさのあまり、顔をまっ赤にそめて、そのままなにもいうことができませんでした。

 

 

 それから旅の者たちは、午後いちばんの話しあいにむけて、ひとまずのきゅうそくを取ることができたのです。まずはライアンのていあんで、みんなはつかれたからだをいやすため、おふろにはいることにしました。

 

 「シープロンドには、しぜんのおんせんがあるんだよ! みんなではいろうよ!」

 

 そういわれて、みんなはお城からちょっとはなれたたてものの中につくられた、りっぱなおふろ場へとむかいました。みんなでおふろにはいるなんて、もちろんロビーは、はじめてのことでした。ですからロビーは、そのときのことを、このさきずっと、なつかしく思い出すこととなったのです(ほんとうはちょっと、人前ではだかになるのははずかしかったのですが。そんなロビーのことをしり目に、ライアンはぜんぜん気にしないで、はだかでぴゅんぴゅん、おふろ場を走りまわっていました)。

 

 お湯はとってもここちよく、旅でつかれたからだをぎゅんぎゅんいやしてくれました(このお湯にはけがをなおすとくべつな力がありましたので、とくにベルグエルムの肩のきずには、ききめまんてんだったのです)。そしてそのあとはごはんです。旅の者たちはきのうの夜、カピバラ老人の小屋でしこたまごはんを食べていましたが、まだ今日は朝ごはんをいただいていませんでした(ライアンだけは、道のとちゅうでバターキャンディーをなめていましたが。それとルィンビスの花も)。ですからみんな、もうすっかり、はらぺこになってしまっていたのです(とくに、前にもいいましたが、ロビーたちおおかみ種族の者たちはとってもよく食べますので、輪をかいておなかがへっていました)。

 

 エレナのあんないで、みんなは食堂に集まりました。出された食べものは、ごうかけんらん! ひつじの種族であるシープロンたちは、肉を食べることがありませんでしたので、それらはすべて、植物の根や、実や、くき、葉、たね、そういったもので作られていましたが、とてもそうは思えないくらい、じつにぜいたくな料理ばかりでした(もちろんかれらシープロンの者たちは、ふだんからこんなにぜいたくな食事をしているわけではありません。かれらのひかえめなせいかくは、食たくにもよくあらわれていたのです。こんなにごうかな食事を用意したのは、つまり、たいせつなお客さまであるロビーとウルファの騎士たち、みんなのためでした)。

 

 「うわあ、すごい!」ロビーは思わず、そういってしまいました。目の前にならんでいたのは、自分が今までに見たこともきいたこともない料理ばかりだったのです。こなをこねて作った、スパゲッティーやラビオリににた料理があり、色とりどりのやさいのうつわにとろりとしたスープをつめこんだ料理があり。中にはおおかみ種族のかれらのために、やさいをねりあわせてステーキみたいなかたちに作った料理までありました(そしてこれはじっさい、ほんとうのステーキみたいな味がするのです。ロビーはとてもびっくりしたものでした)。

 

 「どうぞみなさん、めし上がってください。おかわりもたくさんありますので。」

 

 「はいっ! いただきます!」

 

 エレナの言葉に、ウルファのみんなはがつがつ食べました(ほんとうにかれらおおかみ種族の者たちは、よく食べるものです。こんかいはとくべつですからしかたないとしても、これではしばらく、ダイエットの必要がありそうですね)。

 

 「あっ、そうだ。」とここでライアンがいいました(かれはごはんもそこそこにすませると、さっさとデザートのケーキを食べていました。しかもホールケーキをまるごと! ライアンにとってはこっちの方が、メインの食事のようですね)。

 

 「ねえ、ロビーにあれを出してあげてよ。さっきいってたやつ。」

 

 ライアンが、そばにいるはいぜんがかりのシープロンの女の人に、いいました。いったいなんだろう? そう思っていたロビーの前に出された、そのお皿に乗っていたものは……(読者のみなさんには、もうおわかりですよね)、そう、山もりにもりつけられた、ルィンビスの花だったのです!

 

 「まだまだいっぱいあるからね。たっぷり食べてよ。」ライアンはそういって、ケーキの大きなかたまりをばくり! 口にはこびました。

 

 「は、はは……。ありがと、ライアンさん。」ロビーはもう、かくごをきめて、にが笑いするしかありませんでした。

 

 

 さてさて、みんなはこんなふうに時間をすごし、そしてあっというまに、午後の話しあいの時間となったのです(せいかくには午後一時。子ぎつねのこくげんのころでした)。

 

 みんなが集まったのは王宮の二かいのおくにある、こぢんまりとした部屋でした。ここはもっぱら、かいぎなどの話しあいをおこなうために使われている部屋で、とびらをしめてしまえば、そとには中の話し声などは、ぜんぜんもれなかったのです(もっとも今までおこなわれたかいぎで、そとにもれてはこまるような話しあいなどは、ほとんどありませんでしたけど。ライアンのたんじょう日になにをプレゼントするか? 毎年ひみつのかいぎがおこなわれるくらいでした。もちろん、そのかいぎのしゅさい者はメリアン王です)。

 

 部屋には大きなテーブルがひとつとたくさんのいすがおかれていて、部屋の中はそれでほとんどいっぱいでした。ロビーのためにとくべついい席が用意されていましたが、ロビーはそれをことわって、旅のみんなと同じならびの席にしてもらいました。

 

 やがて席はどんどんとうまっていきました(ロビーたちはとくべつに早くきていたのです)。シープロンの四人のそっきんたち。そしてそれにつづいて、なん人かの新しいシープロンの人たちもやってきました。その中でとくにいんしょう的な人がいました。きれいなはちみつ色の服を着た、ひとりの美しいシープロンの女の人です。ねんれいは、二十だいの前半くらいでしょうか? すらりとしたからだに、ととのった顔立ち。ふちのないすてきなデザインのめがねをかけていて、とても知的な感じのする人でした。

 

 「わっ!」その女の人が部屋にはいってくるなり、ライアンの表じょうが変わりました。いったいどうしたというのでしょう? そうしているあいだに、その女の人がライアンのもとへとやってきました。そしてかいこういちばん。その人はきついものいいで、ライアンにいったのです。

 

 「王子、またお菓子を食べすぎていますね! いつもいっているでしょう! ケーキを食べすぎなのもわかってますからね。また虫歯になっても、知りませんよ!」

 

 ロビーはその人のあっとう的なまでのはくりょくに、思わずちぢこまってしまいました。見た目はとってもきれいでしたのに、どうやらかなり、きびしい人のようです。

 

 「わかってるってば! ちゃんと歯みがきしてるから、へいきだよ!」ライアンがあわてて、いいかえしました。そしてそのあと、ライアンは顔をそむけて、小声でそっとつぶやいたのです。

 

 「……あいかわらず、口うるさいなあ。」

 

 「今、なにかいいましたか!」すかさずついきゅうするかのじょに対して、ライアンは背すじをぴん! とのばして、いいました。

 

 「いえっ! なにも!」

 

 そして(話をそらせるために)ライアンは、ロビーのことを、その人にしょうかいしたのです。

 

 「リア先生、この人がさがしてた人なんだ。名まえはロビー。」

 

 とつぜん話をふられたロビーは、あわてていすから立ち上がって、ぺこりと頭を下げました(そそうをしたら、怒られそうでしたから)。

 

 「ロビー、この人はリア先生。ぼくのかていきょうしなんだよ。」ライアンがつづいて、ロビーに説明します(なるほど、この人は先生だったんですね。どうりで、知的な感じがすると思ったんです)。

 

 「まあ、あなたがきゅうせいしゅなのですね? こうえいですわ。わたしは、レシリア・クレッシェンドと申します。どうぞよろしく。」  

 

 リア先生というのは、もちろん、ライアンがかのじょのことをよんでいるニックネームでした。レシリアはライアンのせんぞくのかていきょうしとして、ライアンがまだ小さかったころから、ずっとかれのべんきょうを見てきたのです。もっとも、べんきょうだけならまだよかったのですが、かのじょはいわば、ライアンの「しつけやく」としてのやくわりが大きいのでした。そのしごとぶりはみなさんに見ていただいた通り、とてもきびしいものでしたので、ライアンはすっかり、レシリアのことがにがてになっていたのです(メリアン王ですら、かのじょには頭が上がらないほどでした。ほんとうは王さまは、今よりもっと、ライアンのことをあまやかしたかったのですが。レシリアとエレナの、ふたりのとってもこわ~い「かんしやく」に見張られていては、なかなかそうもいきませんでした。それでもじゅうぶん、あまやかしていたんですけど。そのため今日もエレナに、こっぴどくしかられてしまいましたよね)。

 

 「リア先生も、話しあいにさんかするの? めずらしいね。今日は先生、お休みの日じゃなかったの?」

 

 ライアンがいいました。ライアンのいう通り、レシリアはふだんは、お城からほど近い自分の家に住んでいて、ライアンのべんきょう(そのほか)を見るために、お城まで出かけてくるのです。わざわざお休みの日にまでかのじょがやってきたのは、それほどのりゆうがあってのことでした。

 

 「メリアン王によばれたのです。たいせつな話しあいがあるから、ぜひきてほしいと。もうあらかじめ、話の内ようはききましたけど。」レシリアはそういうと、急にとてもしんけんな顔になって、こうつづけました。 

 

 「王子、今日の話しあいは、王子が思っている以上に重要なものになりますよ。わたしは、わたしのするべきことをするつもりです。」

 

 レシリアの言葉には、なにか深い意味がこもっているようでした。そしてかのじょのいう通り、この話しあいがすっかりかたづくころには、かのじょにはとても重大なやくわりが、まかされることとなるのです。

 

 さあ、それでは話しあいのはじまりです。読者のみなさんも、じゅんびはよろしいですか?(トイレにいくのなら今のうちですよ。)席について、話しあいの場に加わりましょう。

 

 

 小さめの部屋の中は、人でいっぱいになりました(せいかくにはウルファの騎士たちが四人、ロビーとライアン、シープロンのそっきんたちが四人、レシリア先生、ほかにシープロンの人たちがあわせて三人の、ごうけい十四人の人たちでした)。そしてほどなくして、さいごのひとり。この話しあいのしゅさい者である、メリアン王ほんにんがやってきたのです(王さまは、こんどはきちんとしたかっこうをしていて、かみもきれいにととのえられていました。ですからロビーはさいしょ、だれかほかの人がはいってきたのかと思ったほどです)。

 

 メリアン王の表じょうは、とてもけわしいものでした。それはこの話しあいが、けっして楽しいものになるはずがないと、わかっていたからでした。そして王さまは、テーブルの正面の、みんなからいちばんよく見えるいちばんいい席につくと、ついにその重い口をひらいたのです。

 

 「じたいはきわめてしんこくなものである。」

 

 メリアン王はよけいな前おきもなしに、そう切り出しました。このようなだいじな話しあいのときには、かえって、かくしんの部分から話しはじめる方がよかったのです。

 

 「まずは、ベーカーランドからの客人であるベルグエルムどのに、これまでの旅のことについて、くわしくきかせてもらうことにする。」

 

 ベルグエルムが立ち上がり、みなにいちれいしました。そしてベルグエルムは、これまでにみなさんにお伝えしてまいりました旅のできごとのこともふくめ、今までの道のりのことを、みんなにすっかり話してきかせたのです。シープロンドを出発してからロビーのほらあなにいたるまでの道のりにはじまって、かなしみの森の精霊の川のこと。ガイラルロックたちとの戦いのこと。セイレン大橋の上での黒騎士たちによるしゅうげきの場面では、みんなはとてもおどろき、部屋の中はどよめきにつつまれました。そしてカピバラ老人のこと。セイレンのみずべでのひげきの場面では、たくさんの者たちの目になみだがあふれました。そしてさいごに、リュインとりででのできごとのことです。ここではベルグエルムのかわりに、ハミールが、そのあつき胸のうちを語ってきかせました。

 

 ふたたびベルグエルムがつづけます。

 

 「みなさんもごしょうちの通り、リュインとりでがうばわれたということには、とても重大な意味があるのです。たんに、とりでがひとつ落ちたというだけの話ではありません。リュインのとりでは、南の地のそのあたりいったいを見張るための、大きな目のやくわりを果たしていたのです。そのとりでがうばわれた今となっては、かの地はもう、ワットの黒の軍勢の者たちによって、すっかりしはいされてしまったと考えるべきでしょう。それほどに、このとりではたいせつなものであったのです。」

 

 ベルグエルムの言葉に、みんなはそろってとなりの者と言葉をかわしあいました。話しあいのさいしょにメリアン王がいった通りでした。じたいはみんなが思っている以上に、しんこくなものとなっていたのです。

 

 メリアン王が、そんなみんなのざわめきをせいするように手をかざして、ふたたび、かいぎのしきをとっていいました。

 

 「ベルグエルムどののいう通りである。今や黒の軍勢は、数の力で、このアークランドの多くの地をすっかりしはいしてしまった。リュインとりでの力は、南の地だけにとどまるものではない。南の地から、ここ北の地にいたるまでの道のり。その安全をも、かのとりでは守っていたのだ。」

 

 四人のウルファの騎士たちは、みな、いちように顔をくもらせました。かれらが通ってきたのは、リュインのとりでからこのシープロンドへとつながる、南の街道でした。その街道を安全に通ってこられたのも、リュインとりでをきょてんとするベーカーランドの者たちが、黒の軍勢に対して、にらみをきかせつづけてくれているおかげだったのです(げんかんにとってもこわそうな番犬がいて、こちらをにらみつけていたら、だれだってその家に近づこうとはしませんよね。それと同じことなのです)。

 

 メリアン王がつづけます。

 

 「こうなればこのあたりの土地とて、けっして安心していられるというものではない。げんに、ベルグエルムどのの話にもあった黒騎士たちのしゅうげきは、われらシープロンドの者たちにとっても、大きな意味を持つできごととなった。」

 

 メリアン王の言葉の意味を、ベルグエルムはすぐにりかいしました。かれはきのうからずっと、あの黒騎士たちのしゅうげきのことについて、考えをめぐらせていたのです。そしてメリアン王もまた、そのことを深く受けとめていました。黒騎士たちと戦ったのはだれでしょう? ベーカーランドの白の騎兵師団であるベルグエルムとフェリアル。黒のウルファであるロビー。そして……、そう、白きシープロンであるライアンでした。とにかく、黒の軍勢のおそろしさ、いやらしさときたら、それこそ、なみたいていのものではないのです。かれらにすこしでもはむかうようなことをすれば、かれらは大勢で、そのしかえしにやってくるのでした(ひきょうきわまりありません)。

 

 メリアン王の思いは、そこにありました。つまり、ワットの者たちが白きシープロンの者たちのことを、「自分たちにはむかった敵」と見なして、シープロンのみやこであるこの地を、こうげきしにやってくるかもしれないということなのです(このあたりにいる白きシープロンであれば、シープロンドの住人であることは、いわれるまでもなくわかることでしたから)。

 

 ベルグエルムはライアンの方をむいて、ぐっとくちびるをかみしめました。とんでもないことをしてしまった……。今はとにかく、ライアンとすべてのシープロンのみなさんに対しての、おわびの気持ちで、心がいっぱいになってしまっていました。

 

 「わたくしの考えがいたりませんでした……」ベルグエルムはそういっていすから立ち上がり、その場にいるみんなに深く頭を下げて、あやまりました。かれは、騎士の中でもとりわけまじめなせいかくでしたので、そのせきにんを重く感じて、心は今にも、おしつぶされそうなくらいだったのです。

 

 「なにいってるの。ベルグのせいじゃないよ!」ライアンが、そんなベルグエルムのことをかばっていいました。

 

 「運が悪かったんです。だれのせいでもありません。ぼくたちはみんな、さいぜんをつくして戦ったんです。ぶじでいられたのが、ふしぎなくらいでした。」

 

 ライアンも立ち上がって、それから、その場にいるみんなにせいいっぱいの気持ちをこめて、そうつづけました。そしてみんなも、そんなライアンの気持ちをよくわかっていたのです。もちろん、ベルグエルムの気持ちも。ライアンのいう通りです。これは、だれのせきにんでもありません。ワットの者たちに見つかってしまったことが、ただただ、不運だったのですから。

 

 「気になされるな、ベルグエルムどの。」メリアン王が、ベルグエルムの気持ちをくんでいいました。

 

 「ライアン王子のいう通りだ。これは、だれのせいでもない。それに、そのことにかんしてなら、もとより、心配にはおよばぬ。」

 

 メリアン王はそういって、(ふたつとなりの席の)ひとりのシープロンの男せいに目をむけました。その人はもう、かなりのねんぱいで、八十さいくらいでしょうか? とてもかくしきの高い、それでいてそぼくに見える、ゆったりとしたガウンをまとっていて、肩からは、大きなうすい水色のたすきをかけていました。そして頭には、ほそい金色の糸をいくつもたばねた、きれいなかんむりをまいていたのです。

 

 このような服そうをした人たちのことを、みなさんもよく知っていることと思います。それぞれのくにによってそのかっこうはさまざまですが、かれらにきょうつうしていること。それは、神さまにつかえる人であるということでした。つまりこの人は、教会のしきょうさまだったのです(しんぷさま、ぼくしさま、おぼうさま。いろいろな人たちがおりますが、しきょうさまというのは、その中でもとくにえらい人たちなのです)。その教会はシープロンドの北門からさらに高くのぼった場所、タドゥーリ連山の入り口のところにあって、そこはシープロンドの人たちにとって、とてもたいせつなところでした。その教会のしきょうさまが、このだいじな話しあいのために、とくべつにやってきてくれていたというわけだったのです(もっともロビーにはいわれるまで、そんなにえらい人だったなんて、ぜんぜんわかりませんでしたけど。あ、おじいちゃんもいるんだ、くらいにしか思っていなかったのです。ちょっと、ばちあたり?)。

 

 「その通りです、王さま。」しきょうさまが、王さまの目くばせにこたえていいました。

 

 「わがくには、神さまによって守られておりまする。手出しなどしようものなら、たちまち、かえりうちにあうだけでございます。」

 

 そしてじっさい、そのしきょうさまの言葉がまことに正しいものであるということを、のちにワットの者たちは、身をもって知ることとなったのです。かれらはみな、いちように口をそろえて、こういったものでした。

 

 「シープロンド? やめてくれ! もう、あそこだけはこりごりだ! かりに、どんな宝の山があったとしても、おれはもうあのくににはいかないぞ! いくらアルファズレドへいかのごめいれいだとしたって、できないことだってあるんだ!」

 

 かれらがシープロンドに歯が立たなかったわけ。それはこの物語のおしまいに近い方で、語られることになります。さきにひとつだけ、読者のみなさんを安心させておきたいので、あらかじめしゃべってしまいますが……、シープロンドはまったくのむきずのまま、その美しさをとわにたもちつづけることになりました。そのわけはいずれわかりますのであせらずに。今はゆっくりと、物語のつづきを楽しんでください(まだ、話しあいのとちゅうですから)。

 

 「ルエルしきょうのいう通り。われらのことは心配せずともよい。」メリアン王がいいました。ルエルというのが、しきょうさまの名まえのようです(ちなみに、ルエル・フェルマートというのがしきょうさまの正しい名まえでした。かれはこのあたりいったいの土地の中でももっとも名高い、フェルマート家の出身で、このシープロンドではかれのことを知らない者は、ひとりとしていなかったのです。そしてかれは、若いころさまざまな冒険の旅に出たことでも知られていました。きかいがあったら、そのうちのひとつかふたつの物語のことを、いつかみなさんにもごしょうかいできればと思います)。

 

 「そなたたちは、まこと、ゆうかんであった。このアークランドの、ほこりだ。あらためて、れいをいうぞ。」王さまはそういって、旅の者たちに頭を下げてくれました。

 

 ふさぎこんでいたベルグエルムは、この王さまのたいどをとてもりっぱだと思いました。そしてそれと同時に、かれはメリアン王に、心からかんしゃしたのです。

 

 「とくに、ライちゃ……、ごほんっ! ライアン王子。」おっとあぶない! うっかり地のままのメリアン王の方が、顔を出してしまうところでしたね(せっかく、ベルグエルムが感動しているところでしたのに)。 

 

 「そなたもじつに、よくやってくれた。こうしてぶじに、ウルファのきゅうせいしゅどのをつれ帰ってきてくれたのだからな。ほんとうにすばらしいはたらきであった。まこと、言葉でいいあらわすことができないくらい、りっぱであった。みなも、そう思うであろう?」

 

 王さまはそういって、シープロンのそっきんたちを「ん? ん?」と見まわしました(王さまはもう、ライアンのことをほめてあげたくてしかたなかったのです)。ですけどそっきんたちは、半分あきれ顔のまま、「王さま、それはよろしいですから、早くお話のつづきを……」といって受け流すばかりでした(かれらもこんなときの王さまのあつかいには、もう、なれっこになっておりましたので)。

 

 王さまは「ごほん。」とせきばらいをしてごまかしてから、ふたたび話をつづけました。

 

 「さきの話の通り、南への道はワットの者たちにしはいされてしまった。きゅうせいしゅどのをぶじにベーカーランドへと送りとどけるのに、もはやこの道は使えぬ。」王さまはそういって、レシリアの方を見ました。レシリアはそれにこたえて、静かにうなずきます(どういう意味があるのでしょうか?)。

 

 「すなわち、旅の者たちはべつの道をゆかねばならない。それは、西への道だ。」

 

 「西の道!」

 

 王さまの言葉に、ウルファの騎士たちはみんなそろってさけびました。かれらはその言葉の意味を、よくりかいしていたのです。西への道。それは、とざされた道、または魔女の道などとよばれている、とてもおそろしい道でした(そのほか、死者の道だとか、帰らずの道だとか、とにかくふきつな名まえばっかりがついていたのです)。

 

 しかし、ここ北の地で西の道のことをよく知っている者は、ほとんどといっていいくらいいませんでした。それはつまり、北の地に住んでいる者たちは、よほどのようじがないかぎり、南の地へと出かけていくようなことはありませんでしたし、南へゆくにしても、かならず、同じ安全な道を通っていくからなのです。それがすなわち、南の街道でした。その安全な南の街道が、今やワットの手に落ち、とても危険な道へと変わってしまったのです。

 

 敵の手に落ちたその街道をそのまま進んでいくということは、ひみつの旅の中にあるロビーたちにとって、まずいこときわまりありませんでした。かくじつに自分たちに害をなさんとしている者たちが大勢でじろじろ見張っているだろう道を通って、なん十マイルも進んでいくということを、考えてみてください。とても危険なことであるということが、わかっていただけるかと思います(ガイラルロックたちの岩場をこっそり通りぬけようとするのとは、こんどはわけがちがうのです)。

 

 ですがそれと同じくらい、西の道も危険であると思われました。なにしろこの道は、もうなん十年と、だれにも使われていないような道だったのですから。そのりゆうは今となっては、なにが正しくてなにがまちがっているのか? よくわからなくなっていました。いちばんたしからしいと思われるうわさのひとつが、その地に住むという、おそろしい魔女のうわさです。もうなん千年と西の土地に住んでいるということでしたが、そのすがたを見たという者は、北の地にも南の地にも、だれもいませんでした。ですから、「ぬまの中の巨大な塔に住んでいる」だとか、「ぬまに住むおそろしいかえるの種族の者たちのことをしたがえて、さまざまな悪さをはたらいている」だとかいううわさも、どこまでがほんとうのことなのか? だれにもわからなかったのです。

 

 とにかくひとつだけいえることは、その道をゆくことは、まったくのかけだということでした。もしかしたらすんなり通りぬけられて、ベーカーランドまでたどりつけるかもしれません。それとも南の街道をゆくよりも、もっと危険な目にあってしまうかもしれません。それはだれにも、わからないことでした。

 

 このようなことを、ウルファの騎士たちは知っていたのです。そしてもちろん、西の道のことを口にしたメリアン王も、そのことはよくわかっていました。

 

 「そなたたちの心配はむりもない。西への道は、まさに大きなかけといえよう。」メリアン王がウルファの騎士たちにいいました。「だが、きゅうせいしゅどのの身が黒の軍勢の手に落ちれば、そのときこそ、このアークランドのきぼうの光は、かんぜんについえてしまうことであろう。それこそ、われらがもっともさけなければならないことだ。」

 

 メリアン王のいう通り、西への道は、たしかに大きなかけでした。しかし、南への道がひじょうにあやういものとなってしまった今。ロビーの身を守るためには、それにかけるよりほかはなかったのです。そしてメリアン王の考えは、それだけではありませんでした。

 

 「旅の者たちよ、そなたたちは、ここに四人でやってきた。」メリアン王がつづけます。ここでの四人とは、ウルファの四人の騎士たちのことをさしていたのです(つまり、ベーカーランドを出発したときの、ベルグエルム、フェリアル、ハミール、キエリフの四人です)。

 

 「だが、帰りの道は、そなたたちは、四人ではともにゆけぬ。」 

 

 メリアン王の言葉は、いがいなものでした。四人いっしょでは帰れない? それはどういうことなのでしょう? ウルファの騎士たちは、そろって顔を見あわせました。

 

 「つまり、きゅうせいしゅどのを送りとどける者たちと、きゅうせいしゅどのを敵の目から遠ざけるための者たち。ふたつに分かれて、そなたたちはベーカーランドへとむかわなければならない。」

 

 なるほど! つまり旅の者たちをふたつに分けて、そのうちのひとつのグループを、敵の目をひきつけるためのおとりにしようということなのです。これはよい考えだと、みんなは思いました。ですが、このけいかくには、大きな問題もあったのです。それは、おとりとなる者たちの身を、とても大きな危険にさらしてしまうということでした。

 

 「まこと、こんかいの旅の中でワットの者たちに出会ってしまったことは、不運なできごとであった。」メリアン王がふたたびつづけます。「しかしわれらは、それをわれらにとってよいほうこうに、りようすることができよう。きゅうせいしゅどののそんざいには、かれらもまだ気づいてはいないと思うが、北のこの地にベーカーランドの白の騎兵師団の者たちと黒のウルファがいたということは、かれらに大きなきょうみを与えたはずである。かれらはそなたたちのことを、さがしてまわることであろう。われらはそれを、さか手に取るのだ。」

 

 「つまり、きゅうせいしゅたるロビーどのは、敵の目からのがれるために西の道へ。そして敵の目をひきつけるための者たちは、南への道をゆくということなのですね?」

 

 そうたずねたのは、ウルファの若き騎士、ハミールでした。ハミールのといかけに、メリアン王は静かにうなずいてこたえます。

 

 「さよう。かれらに、旅の者たちは南へ進んだのだと思わせるのだ。ウルファの者たちと、ひとりのシープロンとでな。だが、南へ進む者たちには、そうおうの危険がついてまわることとなる。敵の目をあざむくためには、いちどそのすがたを、わざと、敵に見せつける必要すらあるのだ。」

 

 メリアン王の言葉に、部屋の中にまたどよめきが起こりました。南への道は、みんなが思っている以上に危険なものであったのです。そんな中で、若きハミールとその友キエリフのふたりだけが、あたりのざわめきをよそに、とてもおちついていました。そしてふたりは、おたがいに顔を見あわせて、その大きなけついをともにたしかめあうと、力強く、メリアン王にいったのです。

 

 「王さま。われらはもとより、かくごをきめております。南への道のりをゆくそのおやくめ、このハミールとキエリフにおまかせください。」

 

 ハミールとキエリフは、自分たちのみちびき手であるベルグエルムとフェリアルのために力をつくし、その手助けをするという、みずからのその騎士としてのやくわりのことを、よく心得ていました。そしてもちろん、きゅうせいしゅのことをぶじにベーカーランドまで送りとどけるという、そのにんむの重要さも。ですからかれらは、南への道をゆくこの大いなるやくめは、まさに自分たちにこそふさわしいものであると、すぐにりかいしたのです(さらに、南への道のりをゆけば、そのさきにあるリュインとりでのようすもわかるかもしれません。レイミールのことも、なにかわかるかもしれませんでした)。危険をおそれぬ、その強いかくご。そして、友やくにのことを思う、その気高きせいしん。南への道をゆくそのにんむに、かれらほどてきした者たちもいないことでしょう。

 

 ハミールとキエリフは、そろってベルグエルムとフェリアルのことを見ました。そして同じく、かれらベルグエルムとフェリアルのふたりほど、この若き騎士たちのことをしんらいし、りかいしている者たちもいなかったのです。たのむぞ。ベルグエルムとフェリアルのふたりは、ただだまって、ふたりの若き騎士たちにうなずいてみせました。

 

 そんなウルファの騎士たちのかたいけっそくに、メリアン王はとても感心して、心からの敬意をこめていいました。

 

 「そなたたちの思い、このメリアン、しかと受けとめた。そなたたちは、まことの勇者だ。」

 

 メリアン王はそういって、ウルファの騎士たちにふたたび、深々と頭を下げました(そしてそれにつづいて、その場にいるシープロンの者たちも、みんなそろって騎士たちに頭を下げました)。

 

 「だが、そなたたちだけを危険な目にあわすわけにはゆかぬ。」

 

 そして王さまは、ここである人物に、席から立ち上がるようにと伝えました。それにこたえて立ち上がったのは……、あのレシリア・クレッシェンドだったのです。

 

 「みなに、レシリア・クレッシェンドをしょうかいする。よく知っている者もいるだろうが、レシリアはライアン王子のかていきょうしであり、そしてなにより、しぜんの力をかりるそのわざでは、わがくにでもいちばんといっていいほどのうでを持っているのだ。」

 

 しぜんの力をかりるわざのことについては、読者のみなさんもすでによくごぞんじですよね。これまでの旅の中でもライアンがたびたび使った、あのわざのことです。雨の力をかりてすがたを見えにくくしたり、空気の力をかりてきずぐちをおおったり(それから風のたつまきのこうげきも)。ライアンが使ったのは、そのほんの一部分にすぎませんでした(もっともライアンも、そんなに多くのわざを使えるわけではありませんでしたが)。そのわざをレシリアは、もっとじょうずに、しかもたくさん、あつかうことができるというのです(そしてじっさい、あつかえました)。

 

 「南へと進むその道のりには、かのじょのうでが大いにやくに立つことであろう。わがくにのだいひょうとして、このたいせつな旅をまかせるのに、レシリアほどふさわしい者もおるまい。」

 

 話しあいの前にレシリアのいっていた、「わたしはわたしのするべきことをするつもり」という意味深い言葉は、こういうわけからでした。レシリアはこの話しあいのはじまる前に、王さまからあらかじめ、そのとくべつな旅の内ようのことをきかされていたのです。そしてレシリアもまた、このアークランドのみらいを思う、ぜんなる住人たちのうちのひとりでした。

 

 「南のくにのみなさん。この旅にはまさに、このアークランドのみらいがかかっております。アークランドに住む者のひとりとして、そしてこのシープロンドのだいひょうとして、みなさんとともにゆけることを、わたしはひじょうにこうえいに思います。」 

 レシリアは力強く、はっきりとしたくちょうでいいました。そしてもちろん、この思わぬ心強き仲間のとうじょうを、われらがウルファの騎士たちは、大いにかんげいしてむかえたのです。

 

 「こんなにありがたい話もありません。」ともに南への道をゆくハミールが、こうふんぎみにいいました。

 

 「こちらこそ、ぜひともよろしくお願いいたします。」キエリフもまた、ぺこりと頭を下げてこたえました。

 

 「きゅうせいしゅどのとレシリアをいれて、これでそなたたちは六人。」メリアン王がいいました。「四人のウルファの騎士たちは、それぞれふたりずつに分かれて進むのであるから、西への道と南への道、今はそれぞれ、三人ずつとなるな。」

 

 これはすなわち、西へのひみつの道をゆく、ベルグエルム、フェリアル、ロビーの三人と、南への道をゆく、ハミール、キエリフ、レシリアの三人、それぞれのことをさしていたのです(西への道にベルグエルムとフェリアルのふたりがそろってむかうことにしたのは、たいせつなきゅうせいしゅであるロビーの身を守るためには、やはり、白の騎兵師団の隊長と副長であるベルグエルムとフェリアルのふたりが、そろっていった方がよいだろうという考えからのことでもありました)。

 

 「ひそかな旅をゆくのには、これでちょうどよい人数かもしれぬが、安全のためには、それぞれもうひとりずつ、ともに加える方がよかろう。」メリアン王がつづけます。

 

 「もとより、敵の目をあざむくためには、南へ進む者たちは、きたときと同じく、四人で進む必要がある。さいわいにして、わがくにには、ゆうしゅうなる者たちが大勢いる。みな、このアークランドをあいする者たちばかりだ。進んで、協力してくれることだろう。」

 

 それから王さまは、四人のシープロンのそっきんたちの顔を、じゅんばんに見まわしながらいいました。

 

 「ともにゆく者として、ふたり。だれか、名のり出る者はないか? そなたはどうだ? ルースアン。」

 

 「わたしでよろしければ、いつでも出発する用意はできております。」王さまにいわれて、ルースアンはほこらしげにこたえました。そしてその気持ちは、ほかのシープロンの者たちとても、みな同じであったのです。この旅はとても危険なものでしたが、それと同時に、とてもめいよな旅でもありました。それにさんかできることは、めいよとほこりをとくにたいせつにするウルファでなくとも、だれにとっても、ほこらしいことであったのです。

 

 さて、そんな話をしていたおりもおり。王さまとそっきんたちとのそんなやりとりを、まったくとうとつに、しかもまっぷたつに、うち破るものがありました。王さまもそっきんたちも、そのあまりのいきおいに、そのまま部屋のかべにまで、吹き飛ばされそうになってしまったくらいだったのです。

 

 

 「ちょーっと、待ってえーっ!」

 

 

 部屋のかべをびりびりとゆらすほどの大声! いったい、声のぬしはだれでしょう?(読者のみなさんには、だいたいおわかりかと思いますが……)

 

 それは、この物語のはじめからこんかいの旅に加わっている人物。このシープロンドからウルファの騎士たちとともに、ロビーのことをむかえにいった、そのたったひとりのとくべつな人物。そう、それはつまり、このシープロンドの王子さま、ライアンだったのです。

 

 「なにをかってにきめてんのさ! なんでぼくが、人数の中にはいってないの!」

 

 そうなのです、メリアン王ははじめ、旅の者たちは六人といいました。ロビーと四人のウルファの騎士たち、それにレシリアです。たしかに、全部たしたら六人でした。ということはライアンのいう通り、ライアンのことが、はじめのその人数の中に数えられていないのです。しかも今またふたり、新たに加えようとしているのは、シープロンのそっきんたち。自分ではありません。ですからライアンは、こんなにも怒りました(それに王さまは、シープロンドのだいひょうとしてレシリアのことをしょうかいしました。このこともライアンのごきげんをそこねた、りゆうのひとつだったのです。なんたってライアンは、シープロンドの王子さまなのですから。その自分がだいひょうにえらばれなかったことが、ライアンには、ふまんでなりませんでした。う~ん、なんてわがままな……)。

 

 さて、わが子のごきげんを(またしても)すっかりそこねてしまったメリアン王。王さまはおたおたしながら、いっしょうけんめいべんかいしようとつとめました。

 

 「だ、だって! ライちゃんはかなしみの森まで、きゅうせいしゅどのをむかえにいくだけ、ってやくそくだったじゃないか! それならそんなにあぶなくないと思ったから、父さんもおれてあげたのに。こんどの旅は、それよりもっと危険なんだよ? これ以上、ライちゃんを危険な目にあわせることなんて、父さんにはできないよー!」

 

 ああ、せっかくりっぱな王さまとして、話しあいのしきをとっていたメリアン王でしたのに……。とうとうみんなの前で、なさけない方のすがたをあらわしてしまいましたね。しかし、話がライアンのこととなってはしかたありません。だいじな人を危険な目にあわせたくないと心配する気持ちは、わたしたちにも、よくわかりますから。ですけど、こんかいばかりは、王さまにもライアンのことをとめることなどは、できそうにありませんでした。

 

 「危険なのは、みんなだって同じでしょ! ぼくだって、みんなの力になりたいんだ。ウルファの騎士さんたちのことも、考えてあげてよ!」

 

 ライアンはそういって、ウルファの騎士たちのことをゆびさしました。さて、われらが騎士たちは、いったいどうしたらいいのでしょうか? ベルグエルムがこまり顔で、みんなにいいました。

 

 「あの……、わたくしどもにとっては、心強き仲間がともとなってくれることは、まことにありがたいのですが……、しかし、シープロンのみなさんのうち、だれを仲間として加えるのか? それは、わたくしどもがきめられることではありませんので……」

 

 ウルファの騎士たちはみな、とてもまじめでしたから、こんなときにどう受けこたえしたらよいものか? わからずに、すっかりとまどってしまっていたのです。こうなっては、もうだれが、この場をまとめたらよいのでしょうか?(メリアン王もたじたじでしたし、シープロンのそっきんたちも、頭をかかえているばかりでしたから。レシリアでもルエルしきょうさまでも、ほかのシープロンのみなさんでも、このせんさいな問題をかいけつすることは、むずかしいみたいです。う~ん。)

 

 たよりとなるのは、やっぱりかれでした。きっとかれの言葉なら、だれもがなっとくするはずです。なにせかれは、この物語の主人公で、このアークランドのきゅうせいしゅなのですから。そう、それはもちろん、ロビーでした。

 

 「あの……、ぼくがこういっては、なんなんですけど……」ロビーがおそるおそる、口をひらきました。「ライアンさんには、人の心をまとめ上げる、ふしぎな力があると思います。ぼくたちは、ここにくるまでの道のりの中でも、なんども、ライアンさんに助けられました。それは、ベルグエルムさんも、フェリアルさんも、同じに感じていらっしゃると思います。だから、その、うまくいえないんですけど、ぼくたちには、ライアンさんが必要なんです。これからの道のりの中で、かれの力は、きっと、ぼくたちの大きな力になってくれると思う。」

 

 ロビーの言葉をきいて、みんなはただただ、だまってしまいました。ロビーはだんだん、不安な気持ちになっていきます。よけいなことをいってしまったのだろうか? ロビーはみんなの顔をおそるおそる見渡しながら、いすの上で小さくちぢこまってしまいました。そしてそんなとき。この部屋のちんもくを破ったのは、この部屋の中でいちばん年上の、あの人だったのです。

 

 

 「ほっほっほ! どうやら、王さまの負けのようですな。」

 

 

 声のぬしは、このくにの中でも王さまとならぶくらいにえらい、ルエルしきょうさまでした。そしてしきょうさまは、その場の空気を大きな笑い声で吹き飛ばすと、みんなにむかっていったのです。

 

 「ただ今のお言葉は、きゅうせいしゅどののお言葉です。だれに、はんたいすることができましょう? じつにすなおで、まごころのこもったお言葉ではありませんか。」

 

 しきょうさまの言葉に、ライアンも大きな声でさんせいしました。

 

 「しきょうさまのいう通りです! だれか、もんくのある人いる?」ライアンはそういって、みんなの顔をぎろぎろにらみつけます。

 

 こうなってはもう、口をはさめる者などは、だれもいませんでした。みんなはただだまって、首をぶんぶん、横にふるばかりだったのです(レシリアだけは頭をかかえておりましたが)。

 

 そんなみんなのようすを見て、しきょうさまがふたたび、メリアン王にいいました。

 

 「王さま、ライアンさまのご意志はかたいようですな。もはや運命は、だれにもとめられないのです。それにむかしから、『かわいい子には旅をさせよ』と申します。ライアンさまも、鳥かごの中の暮らしから飛び出して、ご自分の足で、歩きたくなってきたということでございますな。」

 

 しきょうさまにこういわれては、メリアン王ももう、なにもいいかえすことなどはできませんでした。王さまはただただ、「ぐむむむっ……!」と言葉を飲みこんで、その両のこぶしを、ぎりぎりとにぎりしめるばかりだったのです。

 

 「だいじょうぶだよ、父さん!」ライアンが、そんな王さまにむかっていいました。

 

 「危険なことはしないから。それに、みんながいっしょだよ。白の騎兵師団って、とっても強いんだから! ねっ?」

 

 ライアンはそういって、ベルグエルムとフェリアルのあいだにわってはいって、三人でなかよく肩をくんでみせました(騎士たちはちょっと、反応にこまっておりましたが)。

 

 ライアンは、みんなといっしょにまた旅に出られることが、うれしくてならなかったのです(思わずそのあと、ロビーに「やったね!」といってぎゅっとだきついてしまったほどです)。いっぽう。ぴょんぴょんとびはねてよろこぶそんなライアンのことをしり目に、メリアン王はがっくりして、さいごにただひとこと、こうつぶやくばかりでした。

 

 「なんてこった……」

 

 

 それからふたたび(もういちどしきりなおして)、さまざまなことが話しあわれました。まずさいしょにきまった大きなけっていごとは、南への道をゆく四人目のともとして、ルースアンがえらばれたということでした(ライアンはもちろん、ロビーたちとともに西への道をめざすことになりました。もっとも、ライアンが自分でかってにきめちゃったんですけど)。ルースアンもまた、レシリアやライアンと同じように、しぜんの力をかりるそのわざを使うことができたのです(そして精霊のあつかいにもなれていました)。

 

 それに、ひつじの種族の者にしてはなかなか背たけが高かったということも、かれがえらばれたりゆうのひとつでした(それでもせいぜい、五フィートとすこしでしたけど)。それはつまり、ルースアンにロビーの身がわりをしてもらうためだったのです。セイレン大橋の上で出会った黒騎士たちには、旅の者たちが四人で、しかもその中に、なぞの黒ウルファがひとりいるということが知られてしまっていました。ですから、遠まきに見たのではわからないように、ルースアンに、黒のウルファのへんそうをしてもらおうというわけだったのです。そのためには、背かっこうがあんまり小さすぎては、こまりました(レシリアは小がらなじょせいでしたから、ウルファのへんそうはぜんぜんむりです。ハミールかキエリフがへんそうすると、こんどは白の騎兵師団の数がちがってきてしまいます。けっきょく、ルースアンにたのむのがいちばんよいということにきまったわけでした)。

 

 そして、西への道をゆく者たちのその道すじのことです。ひみつの道をゆく者たちは、まずシープロンドの西の山がく地をぬけ、そのさきに広がるはぐくみの森という森を通って、西の地をめざすということになりました。そしてそのはぐくみの森の終わり。そこには、ひとつの大きなまちがあったのです。ですがそのまちは、ただのまちではありませんでした。そのまちがさかえたのは、もうずっとむかしのこと。今ではそのまちは、まったくのはいきょのまちへと変わり果ててしまっていたのです。

 

 そのまちは遠いむかし、ロザムンディアという名まえでよばれていました。ばら色の石できずかれた、花々のさきみだれる、それはそれは美しいみやこであったのです。ですがそれももはや、今から二千年ほどもむかしのこと(ちょうど、あのセイレン大橋のことが人々に知られるようになったころと、同じころでした)。そのころとほとんどときを同じくして、このまちはとつぜんに、なんの前ぶれもなくうちすてられ、人々はいずこともなくすがたを消していったのです。人々が去り、せわをする者のいなくなった花々は、はかなくかれていきました。

 

 なぜこのまちから人々がいなくなってしまったのか? 今となっては、それを正しく知る者はだれもいません。ですが、このはいきょのまちのひょうばんは、今でもむかしと変わらないくらい、高いものでした。

 

 ただひとつむかしとちがう点は、そのひょうばんが、今ではまったくぎゃくのものになっているというところでした。このまちのげんざいのよび名は、モーグ。「暗き墓場」という意味の、とてもおそろしげなものだったのです。

 

 

 「ぎゃあ!」

 

 

 小さな部屋の中に、とつぜんだれかのさけび声がひびきました! それはちょうど、話しあいの中で、モーグの名まえが出たときのことだったのです。いったいだれでしょう? みんなは「だれだだれだ?」とさわぎ出して、まわりを見渡しました。そしてその声のぬしがわかったとき。みんなはとてもびっくりしたのです。それは、いがいやいがい。白の騎兵師団の副長、フェリアルでした!

 

 「ちょっとフェリー、どうしたの?」ライアンが思わず声をかけました。ですが、ライアンはすぐに、ぴんとひらめいたのです。

 

 「……さてはフェリー。ひょっとして……、おばけがこわいんでしょ?」

 

 ライアンの言葉に、フェリアルはあわてていいかえしました。

 

 「なっ、なにをばかな! ウルファの騎士に、こわいものなどありませんっ!」

 

 ですが、フェリアルはなかばむきになっていて、その言葉にはぜんぜん、せっとく力がなかったのです。

 

 「なにも、はじることはない。人にはだれだって、にがてなものがあるのだからな。」ベルグエルムがフェリアルの肩にそっと手をおいて、いいました。

 

 「なにをいうんです、隊長まで! ちがいますったら!」

 

 とまあこんなことがあったのですが、それはつまり、「モーグにはおばけが出る」という、もっぱらのうわさがあったからでした。じつはフェリアルは小さいころ、お城でゆうれいを見たということで、それいらい、おばけのたぐいが大のにがてになってしまっていたのです。今でもそのときのことを思い出してしまって、夜ひとりでトイレにいけなくなってしまうくらいなのだそうでした(りっぱな騎士さんにも、いがいないちめんがあるものですね。

 

 ちなみに、セイレン大橋の上でさいしょに黒騎士たちのことを見たとき、その悪霊のようなすがたにフェリアルはいっしゅん、おばけかと思ってどきっとしてしまいましたが、すぐに人間だということがわかって気を取りなおしていました)。

 

 そんな(とってもこわい)モーグを、これから通っていかなくてはならないわけでしたが、そこを通らなければならないそのわけは、とてもたんじゅんなものでした。つまりこのまちは、西の道の「北の終わり」にあたるところだったのです。西の道にはいるためには、どうしたって、その入り口であるこのまちを通っていくいがいありませんでした(ほかにまわり道ができるようなところも、ありませんでしたから)。

 

 そして、モーグをぬけてからの道のりのことについては、メリアン王にもルエルしきょうさまにも、だれにもわからないことでした。お伝えしました通り、この西の道は、もうなん十年とだれにも使われていないような道だったのです。魔女がいるといううわさも、どこまでがほんとうのことなのか? わかりません。こればっかりは、じっさいにいってみるまでは、わかりませんでした。

 

 南へ進む者たちのことも、長い時間をかけて、ねんいりに話しあわれました。どんな道を通って、どんな行動を取るべきなのか? 旅のこまかなところまで、さまざまな意見が出て、ぎろんがかわされたのです。そしてさいしゅう的には、四人でそろって、そのままベーカーランドのアルマーク王のもとまで、むかうのがよいだろうということになりました(さいごの戦いにむけてはひとりでも多くの力が必要となりますから、やはりハミールとキエリフのふたりの騎士たちは、さいしょのよてい通り、ベーカーランドへともどらなくてはなりません。それにともなって、レシリアとルースアンのふたりも、騎士たちのともとして、いっしょにベーカーランドへむかうのがよいだろうということになりました。もとより、敵の手に落ちたリュインの地をぬけてベーカーランドの地へむかうことは、シープロンたちのしぜんの力をかりるわざがなくては、とてもむりなことでしたから、シープロンであるかれらがベーカーランドにむかうことは、しごくとうぜんのことだったのです。

 そしてそのあと、危険な地をふたたびふたりだけでもどるよりは、ベーカーランドの王城まで、そのままかれらも、ともにむかった方がよいだろうということになったわけでした)。

 

 話しあいは、午後おそくまでつづきました。そして、おひさまがすっかり西の地にかたむいていってしまったころ。このアークランドの運命にかかわる、なんとも重要な話しあいは、ついにその終わりをむかえることとなったのです。時間にして四時間近くにも渡る、長い長い話しあいでした。

 

 

 「眠れないの?」

 

 はいごから、声がしました。床にすわりこんでいたロビーがふりむくと、そこには、(パジャマすがたの)ライアンが立っていました。

 

 時こくは午後の十一時。黒やぎのこくげんのころでした。空にはうすい雲がかかっていて、その雲の切れまからは、きれいな月が顔をのぞかせております。ロビーはシープロンドの王宮のバルコニーで、その空をながめていました(旅の者たちが出発するのは、やはり朝を待った方がよいだろうということになりました。シープロンドから西に広がる山がく地は、切り立ったがけの道で、夜に進んでいくにはあまりにも危険が大きすぎると思われたためでした。日のあるうちにそこをぬけて、はぐくみの森まで、たどりつくのがよいだろうということになったというわけなのです。そして、南への道のりについても。敵の目をあざむくためには、やはり日のあるうちに動いた方が、つごうがよいのでした)。

 

 あたりはしんと静まりかえっております。そよそよとした風が吹いておりましたが、ここはそんなに、寒くはありませんでした。

 

 「ごめんなさい。かってにお城の中を歩いちゃって。」

 

 ロビーが、ぺこりと頭を下げていいました。ライアンはただだまって、ロビーの方へ歩みよると、ロビーとならんで、床にちょこんとすわりこみます。

 

 「きれいだね。」ライアンが、空にかかったお月さまを見ていいました。それからライアンは、ロビーの方を見て、いったのです。

 

 「けっきょく、わかんなかったね。その剣のこと。」

 

 ロビーは、スネイルからもらったあのおくりものの剣のことを、かかえていました。ロビーは自分でもよくわかりませんでしたが、今はなんだか、この剣を手にしていたいと思ったのです。

 

 「いいんです。すくなくとも、悪いものじゃないってことがわかったし。ぼくにとっては、だいじなものであることに、変わりはないから。」

 

 話しあいのあと。ロビーはメリアン王にお願いして、スネイルにもらったこのふしぎな剣のことを見てもらいました。メリアン王はとてももの知りで、とくに、ふしぎな力を持った武器や、防具や、道具のことなどについて、くわしかったのです(思えばライアンの服にこっそりつけていたブローチも、そんなふしぎな道具のうちのひとつでしたね)。しかしそんなメリアン王でさえ、ロビーのこの剣のことについては、ほとんどといっていいくらい、たしかなことはわかりませんでした。

 

 「魔法の剣については、わたしもさまざまなものを見てきたが、」メリアン王がいいました。「この剣は、わたしが今まで見てきたものの、どれともちがう。なんともふしぎな剣だ。

 

 「ふつう、魔法のかかった剣というものは、なにかしらのしるしを持っているものだ。火をあらわすしるしであったり、風をあらわすしるしであったり。だが、この剣にはそれがない。それでいて、この剣が、自身のその内がわに、おそろしいほどの力をひめているのだということがわかる。もしこれが悪用されでもしたら、とんでもないわざわいをひき起こすかもしれぬ。」

 

 メリアン王はそういって、剣をロビーにかえしました。

 

 「だが、これだけはいえよう。この剣は、悪しきものなどでは、けっしてないとな。正しき者が、正しきもくてきのためにこの剣を使えば、かならずや、この世界をすくう力となるであろう。きゅうせいしゅどのよ、これはまさしく、そなたのためにある剣だ。手放さず、だいじにするとよい。」

 

 

 それから数時間がたって、ロビーは寝床につきましたが、なんだか目がさえてしまって、ぜんぜん眠れませんでした。それでロビーは、ひとり、このバルコニーへとやってきたのです。

 

 ロビーとライアンは、しばらくだまったまま、空をながめていました。

 

 それからだいぶたって。ロビーがライアンにいったのです。

 

 「ライアンさんは、げんきでいいね。」

 

 ロビーにいわれて、ライアンはにっこり笑ってみせました。

 

 「笑ってても、かなしんでても、今日は今日だもん。だったら、げんきな方がいいじゃない。」

 

 ライアンの言葉に、ロビーも静かにほほ笑んでかえします。

 

 「ライアンさんは、すごいな。ぼくと同じくらいのとしなのに、ぼくなんかより、ずっと強くて。」

 

 「そんなことないよ。」ライアンがつづけていいました。「ぼくだって、ロビーと同じさ。とくべつなことなんてなにもないよ。みんながいるからげんきになれるし、みんながいるから、げんきになりたいと思うんだ。ぼくは、ぼくにできることを考えて、いっしょうけんめい、それをしてるだけなんだから。」 

 

 ロビーははっとしました。そうだ、ライアンさんだってがんばってるんだ。とくべつなことでなくてもいい。自分のできることでいいから、みんなのために、できるだけのことをすること。それが人にとって、いちばん、たいせつなことであるはずなんだから(ロビーは、セイレン河にむかうとちゅうの道の中でベルグエルムにいわれた、その言葉のことを思いかえしていました。自分の力を知り、自分を信じ、それぞれが助けあうことで、はじめてみんなは仲間となり得る。ですがロビーは、これまでそのことを、深くいしきしすぎてしまっていたのです。

 

 自分の力を知り得たけれど、ぼくの力はまだまだ小さい。だからぼくは、すこしでも多くみんなの力になれるように、もっとしっかりしなくっちゃ。

 

 ロビーはそんな気持ちばかりを、自分の中でからまわりさせてしまっていました。自分の力を大きくさせようという気持ちは、もちろんたいせつなことです。人はそうやって、すこしずつ、成長していくのですから。ですがロビーは、自分が背のびばかりしようとしていたということに気がつきました。むりをして自分の力以上のことをしようとしたとしても、うまくいきっこありません。ぎゃくに、みんなによけいなめいわくをかけてしまうかもしれないのです。

 

 ライアンの言葉をきいて、ロビーは今、心の中のもやもやとしたものが、急に晴れていったかのような感じがしました)。

 

 自分をかざらず、自分にできることをせいいっぱいやること。そのうえで、みんなのことを心からしんらいして、助けあうこと。それこそが、ぼくのやるべきことであり、進むべき道なんだ。

 

 ロビーはライアンにむきなおって、もういちどいいました。

 

 「やっぱり、ライアンさんはすごい。強くて、やさしくて。ぼくも、ライアンさんみたいに、強くなりたい。守りたいもののためにも。みんなのためにも。」

 

 そんなロビーに、ライアンはおどけていいました。

 

 「やめてよ、はずかしいからさ。それに、ぼくのことは、ライアンでいいってば。ベルグにも、フェリーにも、そうたのんでるんだ。」

 

 ロビーはもうすっかり、ライアンのことが好きになっていました。種族も背かっこうも、かみやしっぽの色まで、ぜんぜんちがいましたが、友だちになるのに、そんなことはなんの問題でもないのです。ロビーはこの夜のバルコニーで、ライアンにすっかり、心をひらいていました。そしてかれはこれいらい、ライアンのことを、名まえだけでよぶようになったのです。

 

 「ありがとうライアン。ぼくも、げんきになれそうだよ。」

 

 そのとき、ふたりのうしろから、小さな声でよぶだれかの声がきこえました。ふたりがふりむくと、うしろのはしらの影から、だれかがライアンのことをよんでいたのです。そしてよく見ると、それはフェリアルでした。ライアンが立ち上がって、フェリアルの方に歩みよります。そしてふたりはしばらく、はしらの影でなにやらぼそぼそと話しあっていましたが、やがてライアンが、バルコニーに残っていたロビーにむかっていいました。

 

 「ロビー、フェリーがトイレについてきてほしいんだって。」

 

 いわれて、フェリアルは大あわてです。

 

 「わわっ! ちょっと! ロビーどのにはいわないでって、いったのに!」

 

 そう、フェリアルはモーグの話が出てきてからというもの、すっかり、むかし見たおばけのことを思い出してしまっていました。

 

 そんなフェリアルに、ロビーは「あはは。」と笑ってこたえます。

 

 「なんだか、ぼくもいきたくなってきちゃいました。みんなでいきましょう。」

 

 

 つれ立って歩いていくとちゅう、フェリアルがふたりに、ねんをおしていいました。

 

 「ベルグエルム隊長には、ぜったいにいわないでくださいよ!」

 

 フェリアルのそのしんけんなたいどに、ロビーとライアンのふたりは、顔を見あわせて、声を上げて笑いました。

 

 月あかりが、シープロンドのみやこを銀色にそめた夜でした。

 

 

 

 

 




次回予告。

 「ぜったい、ぶじに帰ってきて……」
 
     「これは、はだしの足あとだ。」

 「た、たた、たいちょ……!」

     「そいつの目には気をつけろ!」


第7章「オーリンたちのむかしのなごり」に続きます。  


 

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