ロビーの冒険   作:ゼルダ・エルリッチ

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4、あらしの夜の出会い

 その夜、アークランドの北の地は、はげしい雷雨に見まわれていました。もう夜のやみも、すっかりこくなってしまったころのことです。さいしょしとしととふり出した雨が、しだいにそのいきおいをまして、そのころにはもう、いなずまをともなったざあざあぶりの雨へと、変わってしまっていました。それはまさしく、あらしでした。そのときのあらしのことをおぼえている数すくない住人たちのうちのなん人かに、わたしはいぜん、話をきくことができましたが、かれらはみな、いちように口をそろえて、同じようなことをいったものです。

 

 「あんなあらしは見たことなかったね。おれはもう、なん十年とこの土地に住んでいるけど、あんなのははじめてだよ。どしゃぶりの雨に、おそろしいかみなり。あのきせつにあんなあらしもめずらしいんだが、それだけじゃあない。あれは、ただのあらしじゃあなかった。うまく口では説明できないんだが、おれはこう思ったんだ。あれはだれかが、よからぬもくてきのためにひき起こした、よくないあらしなんだって。」かれはそこで、ぶるっとからだをふるわせるしぐさをしてみせました。

 

 「そして、おれは見たんだ。そのあらしのただ中を、おそろしいばけものが飛びまわっていたのを。つばさを持った、ばかでかいやつらだ。なんびきいたのかまではわからなかったけど、いなずまの光が空をてらすたび、そいつらのすがたがやみにうつった。もう、おそろしいったらなかったよ。そいつらは、しだいに空のかなたのやみの中へと消えていったんだが、ことはそれで、おしまいじゃあなかった。

 

 「光だ。あらしの夜のまっくらな空を、ふかしぎな光がつつみこんだんだ。いなずまの光じゃあない。もっとしんぴ的で、ふしぎな光だ。青白くて、力にあふれてて……。それから、おそろしいかいぶつのさけび声。どこからひびいてくるとも知れない、おそろしいさけび声だった。たぶん、ほうこうからいって、セイレン河のあたりだったんじゃあないかな? それとももっと、さきの方だったかもしれない。今となっては、もうはっきりしないね。」

 

 そこまで話すと、かれはわたしにほほ笑みかけて、さいごにこういったものです。

 

「もっとも、そんなことはおれにはかんけいないし、知りたいとも思わないけどね。悪いれんちゅうは、みんなどこかへいっちまったんだから。今は、なにごともないおだやかなこの暮らしに、とてもまんぞくしているよ。」

 

 かれはそういって、口にくわえたパイプを大きくふかすと、わたしにお茶のおかわりをそそいでくれました。

 

 

 旅の者たちは、そのあらしのただ中にいました。そして今、一行は、セイレン河にゆいいつかかる石の橋であります、セイレン大橋のたもとへと、ひそかにおりていくところだったのです。そんなかれらを背中から見送るものは、おっかないいなびかりと、それにつづくいなずまの音ばかりでした(どちらもまるで、かんげいできない相手ですけど)。

 

 橋の下につづく小道は雨がどんどん流れこんで、まるで川のようでした。しかも、道はばはせまく、急で、馬をつれている一行にとって、おりるのはひとくろうだったのです。そのうえようやくおり立ってみますと、橋の下ではセイレン河のそのひどいにおいが、輪をかいてひどく感じられました(これにはみんなうんざりしてしまって、けっきょくライアンが、みんなの鼻と馬たちの鼻に、空気でこしらえたまくをかぶせてくれました。全身をおおうバリアーとちがって、このくらいだったら、つかれているライアンにも新たに作り出すことができたのです。すでに、メルの首とベルグエルムの肩にも、このまくを作っておりましたので、ライアンのふたんはけっこう大きかったんですけど。でも、こんなひどいにおいのところにそのままずっといるのは、もっとふたんが大きかったですから)。

 

 旅の者たちは、ぜんいんすでに、へとへとにつかれきっていました。それもそのはずです。とちゅうの岩場で、ガイラルロックたちとのたいへんな戦いを、やっとのことでくぐりぬけてきたばかりだというのに、そこへ加えて、おそろしいかいぶつたちに乗ったワットの黒騎士たちの、しゅうげきを受けたのですから。こんなことは、めったに起こり得ることではありません。いくらかれらが、つわものぞろいの勇士たちであったとしても、こんかいばかりはみんな、へとへとにつかれきってしまったのも、むりもないことだったのです(とくにロビーは、はじめての旅に出たばかりで、こんな目にあったのです。みなさんが同じ目にあったとしたら、やっぱりロビーと同じく、へとへとな気持ちになってしまうと思いますよ)。もう旅の者たちはみんな、すぐにでもあたたかいもうふにくるまって、眠りたい気分でした。

 

 橋の下にはベルグエルムのいう通り、一行が休むのにじゅうぶんなだけの広さがありました。そこで四人はまず、たおれている石のはしらを見つけますと、それぞれの騎馬たちをそこにロープでつないで、急ぎ、野宿のじゅんびに取りかかったのです。大きな石のはしらが、うまいぐあいに、このあらしの風をかなり防いでくれました(けがをしているメルは、いちばん風のあたらないいちばんいい場所につながれておりますので、安心してください。ライアンがにんじんをいっぽん、自分のかばんから取り出して、メルにあげました。ほかの騎馬たちにもいっぽんずつ)。しかし、それでもなお、橋のあいだを吹きぬけていく風は、おそろしいうなり声を上げて、みんなの心をいたずらにおびやかしていくばかりだったのです。

 

 そしてみんなが、たき火のじゅんびをし、ぬれた服をしぼり、にもつのかくにんやら、耳やしっぽの手いれやらに、いそしんでいたときのこと。ロビーがふいに、なにかを見つけたのでした。それは、橋げたの影になって、こちらがわからでは、さいしょは見えませんでした。ですが、あるものがそこに生まれたおかげで、はじめてみんなは、そのそんざいに気づくことができたのです。

 

 それは小さなあかりでした。ランプのあかりのようなのです。橋げたのその影によりそうようにして、いっけんの小さな木の小屋がたっていました。それは風でがたがたとゆれ、今にもくずれてしまいそうなくらいにぼろぼろの小屋でしたが、今の旅の者たちにとっては、願ってもないほどにありがたい、かいてきそうな寝床に見えました(おなかがすきすぎているところに、チョコレートのはこを見つけたときみたいに)。そしてたしかに、その小屋の中から、あかりの光がもれていたのです。

 

 かいぎをひらくまでもありませんでした。みんなはもう、「まんじょういっち」で、その小屋をたずねることにさんせいしたのです。もしかしたら、とってもこわーい人が中にいるのかもしれないという心配はありましたが、そんなことにかまっているよゆうもありません。それに、相手がどんな者であったとしたって、あんなにおそろしいワットの黒騎士たちよりかは、ましなはずです(たとえ、もっとこわいのがいたとしても、みんなはそこへいったでしょう。かれらの頭はもう、あたたかい寝床のことでいっぱいでしたから)。みんなはつかれ果てておりましたが、それでも用心だけは忘れないようにして、その小屋にゆっくりと近づいていきました。

 

 小屋の前までやってきますと、かれらは入り口のとびらのわきに、木の板をぶっきらぼうに張りつけただけのひょうさつがかかっているのを、見つけました。どうやらここは、だれかの家のようです。そしてそのひょうさつには、ナイフでらんぼうにけずってきざんだ文字で、こう書いてありました。

 

 

「ただのカピバラの家」

 

 

 みなさんは、カピバラという動物をごぞんじでしょうか? 河のほとりのひらけた草原などにむれをなして住んでいる、草食動物のことです。ぼーっとした顔をしていて、どこを見ているのか? わからないような切れ長の目を持っていて、とてもおよぎがじょうずですが、水の中で暮らしているわけではありません。そんな動物です。そしてもちろん、このおとぎのくにアークランド世界のカピバラ種族の者たちは、みなさんの知っているカピバラたちとは、ちがっていました(見た目はだいぶ、にているところが多いのですが)。

 

 アークランド世界のカピバラたちは、手さきがとってもきようなことで、知られていたのです。こまかいさいくものや、そうしょく品などを作るぎじゅつは、このアークランド世界の中でもぴかいちといわれるほどのものでした。それだけでもすごいのですが、じつはかれらは、それよりももっとすごいわざを持っていたのです。それは、家やたてものをつくる、けんちくのぎじゅつでした。じっさい、このアークランドにたっているたてもののほとんどすべてに、かれらのぎじゅつが使われているほどだったのです。

 

 ですが、そんなにすごいわざを持っているかれら自身のことは、あんまり、いえ、じつはほとんど、知られていませんでした。それはなぜか? といいますと、かれらはあんまり、よその種族の者たちとつきあうのが、好きではなかったからなのです。かれらは仲間をとってもだいじにするのですが(なにしろ、よその家の赤ちゃんであっても、わけへだてなく子育てしてしまうくらいなのです。それほど、仲間いしきが強いのでした)、そとからはいってくる人やものを、好ましく思いませんでした。ですから、アークランドの住人たちはみな、カピバラ種族の者たちのことは、名まえだけはよく知っているものの、どこでどんなせいかつを送っているのか? じっさいには、ほとんど知らなかったのです(そのため、カピバラというのは、とってもがんこで、へんくつのわからずやで、近づこうとすれば石を投げつけてくるなんていう、あらぬうわささえ流れているくらいだったのです)。

 

 さて、旅の者たちが目にしたそのひょうさつには、そんなさまざまなことを思い起こさせる、カピバラという文字がきざまれていました。どうやら、そのカピバラ種族の者たちのうちのだれかが、この小屋には住んでいるようなのです。

 

 旅の者たちは、ここでいったん集まって、話しあいました。ただ今わたしがみなさんに説明いたしました、カピバラ種族の者たちのことを、かれらはいったい、どのくらいまで知っているのでしょうか? かれらの言葉に耳をかたむけてみましょう。

 

 「カピバルたちのことについては、わたしも耳にしたことがある。」ベルグエルムがいいました。カピバルというのは、カピバラ種族の者たちのことをあらわすよび名です。ロビーたちおおかみ種族の者たちのことをウルファ、ライアンたちひつじの種族の者たちのことをシープロンとよぶように。

 

 「かれらは、たてものをつくるぎじゅつにひじょうにたけているときく。じっさい、いくつかのくにでは、かれらの手によって城がきずかれたともきいている。それがほんとうなのかどうかはわからないが。しかし、かれら自身のことについては、うわさできく以上のことはわたしも知らない。かれらが、はるか遠い東のくにからこのアークランドにうつり住んできたとか、ほかの種族の者たちのことを毛ぎらいしているとかいううわさもあるが、それもどこまで、ほんとうのことなのかどうか。」

 

 どうやら、旅の仲間たちの中でもとくにもの知りである、ベルグエルムをもってしても、カピバルたちのことについてわかるのはこのくらいのようでした。では、ほかの仲間たちはどうでしょう?

 

 「カピバルたちのことについては、わたしもほとんど知りません。たてものをつくるぎじゅつにすぐれているそうですが、はたしてほんとうにそうなのでしょうか……?」これはフェリアルでした。フェリアルはそういって、目の前の小屋のことを見たのです。なるほど、こんなにもみすぼらしいぼろぼろの小屋を見れば、「たてものをつくるぎじゅつがすぐれている」というひょうかを、うたがいたくもなるはずです。

 

 フェリアルがつづけます。

 

 「でも今は、かれらのぎじゅつがどうだとか、カピバルというのがどんな者たちであるのかなどということよりも、この小屋に住んでいる者にかぎっての話をするべきです。つまり、この小屋に住んでいるだろうカピバラ種族の者が、われらに寝床をていきょうしてくれるものかどうか? そっちの方が問題です。」

 

 これはまったく、げんざいの一行のじょうきょうについて、じつにまとをいた言葉でした。ですから、仲間のひとりであり、かれのいちばんの友人でもあるベルグエルムも、フェリアルの肩に手をおいて、こういうばかりだったのです。

 

 「まったくきみのいう通りだ。わたしも早く、だんろの火にあたりたくてしかたがないよ。」

 

 あれこれ話しあってみてもむだなことでした。もうこのさい、かんげいをきたいするのはやめにしなければなりません。中にいるのがどんな者であれ、すなおにお願いして、とめてもらわないと。それでみんなは心をきめて、小屋のとびらをノックすることにしたのです。それは、さいごにロビーのいった言葉に、だいぶ勇気づけられてのことでもありました。

 

 「ぼくは、このカピバラの人はいい人だと思う。カピバラ種族の人たちのことはぜんぜん知らないけれど、すくなくとも、この小屋に住んでいる人はいい人です。ぼくは、ずっとひとりですごしてきたから、気持ちがよくわかるんです。こんなさびしい場所に住んでいるのも、なにかのじじょうがあってのことだと思う。それに、このひょうさつにはこう書いてあります。ただのカピバラって。ただのだなんてひょうさつに書くくらいなんだから、悪い人だとは思えません。とてもけんきょで、さみしい気持ちがあるからこそ、こう書いたんだと思います。だれか、気持ちをわかってくれる人がたずねてきてくれるのを、待っているのかもしれません。」

 

 とびらをノックするのはだれがいいか? 顔を見あわせたけっか、ライアンがいいだろうということになりました。それはつまり、中にいるだろうカピバラ種族の者の身長にあわせてのことだったのです。とびらをあけて、いきなり目の前に大きなおおかみ種族の者が立っていたら、相手もびっくりして、たいどを強めてしまうかもしれませんでしたから(カピバラの種族カピバルの身長は、みんなせいぜい、四フィートというところでした。そしてライアンたちシープロンの身長は、だいたいみんな、五フィートもないというところだったのです。とくにライアンは、まだ少年でしたので、それよりもっと小さいのでした。ですから、とびらをノックするのには、相手をこわがらせてしまうおそれのすくないライアンが、まさにうってつけだったというわけなのです。

 ちなみに、ロビーたちウルファの身長は、へいきんでも六フィートほどもありました。ロビーはまだ、それほど大きくはありませんでしたが、それでもライアンにくらべたら、大人と子どもほどもちがいがあったのです。ライアンは、小さいといわれて、「そんなに小さくないよ!」とすこしむくれておりましたが。けっこう気にしていたみたいですね)。

 

 そうして、ライアンは静かに、それでいてはっきりと、とびらを二回ノックしました。

 

 

  とん! とん!

 

 

 みんなはしばらく、そのまま待っていたのですが、家の中からはなんの反応もありません。雨つぶのまじった強い風が、みんなの顔に吹きつけてきます。ランプのあかりはあいかわらず、ちらちらとまどのむこうでゆれていました(まどはまっ黒けによごれていて、中のようすはぜんぜん見えませんでした)。

 

 ライアンはもういちどとびらをノックして、こんどは声をかけてみることにしました。

 

 「あのーう、すいません。ごめんください。どなたかいませんかー?」

 

 ですが、まだへんじがありません。それでライアンは、こんどはもっと大きな声で、さけんでみることにしました(この場所なら、ごきんじょめいわくになることもありませんからね)。

 

 「あのーう! すいませーん! だれかいませんかー!」

 

 すると……。

 

 小屋のおくの方で、なにか、がちゃがちゃという物音がきこえはじめたかと思うと、それは、しだいにすごく大きな音となって、入り口のとびらのそのすぐむこうにまで、せまってきたのです!

 

 

  がらん! がらん! がちゃん! がちゃん!

 

 

 それは、このあらしのいなずまの音にも負けないくらいの、そうぞうしい「きんぞく音」でした。仲間たちはとっさに、腰の剣に手をかけて身がまえたほどです。ぼろぼろの木の小屋から、こんなに大きなきんぞく音がきこえてくるなんて、いったいだれがよそうできたことでしょうか? 

 

 そして、一行がおどろいているそのあいだに、ついに、小屋の中の住人からへんじがかえってきました。へんじがかえってきたというよりも、とびらの方がいきおいよく、ばーん! とひらかれましたが(ライアンはびっくりして、そのまましりもちをついてしまいそうになりました。うしろにいたフェリアルがとっさにかかえたので、ころばずにすんだのです)。

 

 小屋の中に立っていたのは、全身ぼろぼろの衣服に身をつつんだ、ひとりのカピバラ種族の者でした(ぼろぼろのみどり色のチョッキを着ていて、同じくはい色のズボンをはいていました)。せいべつは男せいです。顔はぼうぼうのはい色のひげにおおわれていて、そのひげは、顔の半分くらいをおおいかくしてしまっているほどでした。そのうえ、そのもじゃもじゃのまゆ毛のせいで、目もほとんど、かくれてしまっていたのです(カピバラ種族の者たちは切れ長の目がとくちょうでしたので、もとからあんまり、その目をはっきりと見ることはできませんでしたが……)。

 

 そして、これはいったいなんなのでしょう? そのカピバラ種族の者とおんなじくらいにいんしょう的な、あるものが、入り口のとびらのわきに立っていました。

 

 それは、このうす暗い小屋の中でもぴかぴかとかがやいて見える、ふしぎなきんぞくでできた、一頭の馬でした。その馬はとてもよくできていて、さまざまな部品がふくざつにくみあわさってできているみたいだったのです(さまざまなかざりがついているうえに、上にまたがるためのくらまでついていました)。大きさは子馬ほどでしたが、この小さな小屋の中で見ると、それはとても大きなもののように見えました(そのカピバラ種族の者がとても小がらでしたから、くらべられてよけいに大きく見えました)。

 

 そのきんぞくの馬は、今は静かに立っているだけでしたが、どうやらさっきのがちゃがちゃという音は、この馬が立てていた音にまちがいないようです。けれど、はじめてそれを見た一行には、この馬がいったいどうやってあんな音を立てていたのか? ぜんぜんわかりませんでした。なにか、ぜんまいでもまくと、がちゃがちゃ動くのでしょうか? しかし、そんなことを考えている時間は、みんなにはまったくありませんでした。だって、入り口のとびらがひらいてからみんながそのカピバラと馬のことを見て、そしてそのカピバラの男せいが口をひらくまでのあいだは、じっさいには、ほんのいっしゅんのあいだのできごとだったのですから(文章に書くといろんな説明が加わってしまいますので、あいだが長く感じられてしまいますが、それはごかんべん願います。では、説明はこのくらいにして、さきをつづけましょう)。

 

 カピバラの男せいが、大きな声でいいました。

 

 「なんと! おまえさん方! ひつじに、おおかみまでいっしょとは、なんて取りあわせなんじゃい! それも、ひい、ふう、みい、よ、全部で四人も!」

 

 どうやら、こっちがおどろいている以上に、このカピバラの方がびっくりしているみたいでした。さしずめ、目をまるくしてといったところでしょうか?(でも、どんなに目をまるくしても、その切れ長の目はあいかわらずそのまんまでしたが。)

 

 カピバラの男せいがつづけます。

 

 「いったいぜんたい、こんなあらしの夜に、おまえさん方はこんなところでなにをしとるんじゃ? 見たとこ、そっちのふたりは騎士のようなかっこうじゃな? じゃが、それにしてもひどいありさまじゃわい。それに、あんたはけがまでしているようじゃな?」 

 

 カピバラ種族の男せいは、ベルグエルムの肩をゆびさしていいました。肩のけがの手当てのようすを見て、そういったのです。

 

 さて、みなさんにはもうおわかりになったかと思いますが、このカピバラの男せいは、若くはありませんでした。はっきりいってしまえば、かれらの種族の者の中でも、かなりのおとしよりだったのです(おまけにちょっと、耳も遠いようでした。それでさいしょは、ライアンのよびかけにも、すぐには気がつかなかったのです)。そして、ロビーの思った通りでした。このカピバラの老人は、旅の者たちをむげに追いかえしたりするほど、気むずかし屋ではなかったのです。 

 

 カピバラ老人の言葉に対して、ベルグエルムがせいいっぱいの敬意をこめて、とてもれいぎ正しいたいどを取っていいました(かれらのような騎士たちは、目上の人のほかにも、自分より年上の人をとてもうやまうのです。それがおとしよりなら、なおのことでした。みなさんも、おとしよりはたいせつにしてますよね)。

 

 「このような夜ふけに、まことにきょうしゅくです、ご老人。わたくしたちは、わけあって、ここから南東にくだりました地、うつしみ谷のシープロンドまでの道のりを急ぐ、旅の者です。ですが、このあらしでは、どうにも、山道をゆくことはままなりません。それで、このセイレン大橋の下へと、なんをのがれて、やってまいったしだいなの

です。」

 

 ベルグエルムはそこまでいって、カピバラ老人のようすをうかがいました。老人はベルグエルムの顔をじろじろと見つめ、そしてそれから、ほかのぜんいんの顔をじゅんばんにながめやっております。ひとりひとりをじっくりと、まるでその心の中を品さだめしているかのように、じろじろ見ているのです。そのため、しょうじきなところ、みんなはあんまりいい気持ちにはなれませんでした(とくにロビーは、こんなふうに長いあいだ、まっしょうめんから人にじろじろ見つめられるなんてことは、はじめてでしたから、かなりはずかしかったのです)。ですが、今はただ、このカピバラ老人のへんじを待つしかありませんでしたから、みんなはなにもいえず、じっとがまんをしていました。

 

 そして、しばらくののち。カピバラの老人がとつぜん口をひらいたのです。

 

 「うむっ! ほんとうのようじゃなっ!」

 

 それはとんでもないほどの大声で、じっとだまって立ちつくしていたみんなは、飛び上がってしまいそうなくらいびっくりしてしまいました(急にだれかにうしろから、「わっ!」と声をかけられたときみたいに)。

 

 そんなみんなにはおかまいなしに、カピバラの老人がつづけます。

 

 「おまえさんたちの顔からは、悪だくみのけはいは感じられん。ほんとうに、なんぎをしているだけの旅の者たちに、ちがいないようじゃ。こんなところに住んでおれば、すこしは人をうたがうこともせんと、自分の身があぶないでな。悪く思わんでくれ。じゃが、そうときまれば、さあさ! 中へおはいり! ぬれた服をかわかして、からだもあたためんと。こごえ死んでしまうぞい。」

 

 これはほんとうに、旅の者たちにとってありがたい言葉となりました。冬も近いこのあらしの夜に、橋の下のたおれた石のはしらの影で、ちぢこまってひとばんを明かそうとしていたのですから、みんながよろこんだのもむりはありません。

 

 「ありがたい! お申し出、われら一同、心よりかんしゃいたします!」ふたりの騎士たちはよろこびのあまり、頭で考えるよりもさきに頭を下げ、心からのかんしゃの言葉を老人におくっていました。ロビーとライアンも、あわてて深々と頭を下げて、それにならいます。

 

 そして、ベルグエルムがもういちど口をひらいて、つぎの言葉を伝えたときのことでした。このカピバラの老人に、思いもかけないへんかが起こったのです。

 

 「カピバルのあつきごこうい。われら、ベーカーランド国にかわりまして、あつくおんれいを申し上げます。」

 

 この言葉をきいたとたん、カピバラ老人はなにかにとりつかれたかのように、わなわなとふるえはじめました。そして、その切れ長のはっきりしない目を大きく見ひらいて、老人はベルグエルムのことを、くいいるように見つめてきたのです。

 

 「ベーカーランドじゃと……! おまえさん、今、ベーカーランドといったか?」

 

 カピバラ老人はそういって、ベルグエルムにつめよりました。そして、そのふるえる両手で、ベルグエルムのおなかのあたりをがっしりとつかんだのです(ほんとうは肩をつかみたかったのですが、背たけがたりなかったのです)。

 

 ベルグエルムはびっくりして、この老人の変わりようを心配しながらこたえました。

 

 「は、はい。いかにも、わたくしとこの者の両名は、ベーカーランド王、アルマーク王につかえし者です。白の騎兵師団にぞくしております。」

 

 これをきいて、カピバラ老人はとてもショックを受けたようでした。すっかり取りみだしてしまって、ベルグエルムをつかむうでに力をこめて、はげしくゆさぶったのです。

 

 「おお……! あなたたちが、白の騎兵師団なのですか! それがほんとうならば、このわしには、つらすぎるしんじつです。もう、今となってはおそすぎました。もっと早く、あなたたちの助けがほしかった!」

 

 そういうと、カピバラ老人は、声を張り上げて泣き出してしまいました。地面にぺったりとくずれ落ちて、両の手で顔をおおって、わあわあと泣きさけんでしまったのです。

 

 これを見て、みんなはとてもびっくりして、カピバラ老人のそばに集まりました。そして、ベルグエルムがカピバラ老人のうでを取って、その泣いているわけをたずねたのです。

 

 「いかがなされました、ご老人! わたくしたちに、いったいなにがあるというのですか?」

 

 カピバラ老人は、ベルグエルムのうでにだき起こされると、ようやくおちつきを取りもどして立ち上がることができました。そして、それからまたようやくのことで、ふたたび口をひらくことができたのです。

 

 「……なんとも、めんぼくのないことです。つい、取りみだしてしまって……。さあ、とにかくまずは中へ。それからみんな、あなた方にもきかせてあげよう。わしのこと。わしたちのくにに起こったこと。なにもかもすべてじゃ。」

 

 

 小屋の中はじつにそっけないもので、なんのかざり気もありませんでした(ゆいいつ、きんぞくでできた馬のつくりものはべつです。なんでこんなものがあるのか? あとで老人にきいてみましょう)。小屋のまん中には、むき出しの木のはしらがまがったまま立っていて、かべにはところどころに、板のつぎはぎがしてありました。家具らしい家具もほとんどなく、木をらんぼうによせ集めて作ったぼろぼろのテーブルと、がたのきたベッド(のようなもの)がひとつずつあるだけです。てんじょうはやねの板がそのままむき出しになっていて、今にも風で飛んでいってしまいそうに見えました。

 

 ですが、ふしぎなことに、小屋の中はそとがあらしであるということも忘れてしまいそうなくらいに、静かだったのです。やねからも、雨もりのしずくのいってきさえ、落ちてきません。かべにうちつけてある木の板も、見るからにらんぼうに張りつけてあるだけのように見えましたが、すきま風のひと吹きさえも感じられませんでした(これはじつは、カピバルたちのその名声の通り。一見ぼろぼろに見えるこの小屋にも、かれらのすぐれたわざが使われていたからなのです。いいかげんにくみあわせてあるだけのように見えるかべやてんじょうの木の板も、水や風を通さないように、たくみに計算されてくみあわされていました。さすがはカピバル。そのわざは、やっぱりすごかったのです。フェリアルも、これならなっとくですね。びっくり)。

 

 そのため小屋の中は、そとのようないやなにおいがありませんでした。これはほんとうに大助かりで、ライアンはみんなの鼻に作った空気のまくを、はずすことができたのです(さすがにせますぎでしたので、馬たちを中にいれることはできませんでしたが)。

 

 ですが、旅の者たちにとってそれらのことよりもなによりも、まずまっさきに心ひかれるものが、そこにはありました。それはだんろでした。もう火がほとんどもえておらず、わずかな残り火がくすぶっているだけでしたが、このひどい天気のそとからやってきた旅の者たちにとって、それはほんとうにすてきで、みりょく的なものに見えたのです。

 

 「わしはちょうど、このだんろの火を起こしなおそうとしていたところでな。そこで、あなた方の声に気がついたんじゃよ。」カピバラ老人はそういって、みんなのために、たっぷりのまきをだんろにくべてくれました(ライアンが「お手伝いします。」といって火の力をかりて、その力をまきに伝えてくれたおかげで、火のいきおいはたちまち大きくなりました。しぜんの力をかりるわざというのは、ほんとうにべんりです)。

 

 「みんな、つかれきっているようすじゃからな。ミルクをあたためてあげよう。そのあいだに、ぬれた服をぬいで、火にあてるといい。もうふならいくつかあるから、それを使っておくれ。」

 

 そして老人は、テーブルの上のランプを手に取ると(このランプはロビーにこの小屋のそんざいを気づかせてくれた、きっかけとなったものでした)、部屋のおくに張り出してつくられていたものおきから、もうふを四まい持ってきてくれたのです(おせじにもきれいなもうふではありませんでしたが、まさかもんくはいえませんよね。四まいあっただけでも、ありがたいことなのですから)。

 

 さて、旅の者たちはぬれた服とにもつを火にあてて、カピバラ老人が貸してくれたもうふにくるまると、やっとのことできゅうそくを取ることができました。もうみんな、話すこともおっくうなくらいにつかれておりましたので、かべを背にして、床にちょくせつすわりこんでいたのです(この小屋の中には、ほかにすわれるようなところもありませんでしたから)。そして、だんろにかけたミルクがあたたまると、カピバラ老人はそれをカップにそそいで、(砂糖をたっぷりいれて)みんなにくばってくれました。それはもう、ほんとうにおいしくて、あったかで、旅の者たちにこのうえないやすらぎを与えてくれるものとなりました(ちょっと本をおいて、あなたもあたたかいミルクを作ってみてはいかがでしょうか? それを飲みながらつづきを読めば、みんなの気持ちが、さらによくわかるんじゃないかと思います。お砂糖多めを忘れずに)。

 

 みんなはミルクを飲みながら、カピバラ老人の方を見やりました。すっかりおちつくことができて、老人の話に耳をかたむけるころあいになったからです。カピバラ老人はそれにうなずいてこたえると、自分のベッドのはしに、ゆっくりと腰を下ろしました。そして、「ふう。」と大きなため息をひとつついてから、静かに話しはじめたのです。

 

 「わしはもともと、このセイレン河のはるかな上流、セイレンのみずべとよばれる土地にきずかれた、カピバラのくにの住人じゃ。」

 

 老人は、まどのそとをぼんやりとながめながらいいました。遠いふるさとのことを、思い出していたのでしょう。

 

 「カピバラのくにには、名まえなどない。ただ、ゆたかなしぜんと作物のみのり、そして、われらくにたみ。仲間たちがおれば、それだけでじゅうぶんじゃった。その点からいえば、わしたちのくには、まさにりそうきょうじゃった。みな日々を楽しみ、おだやかな時間の流れを楽しみ、それにまんぞくして、人生を送っておった。

 

 「そんなわしらのくにには、このアークランドでもいちばんといっていいほどの、あるとくべつなわざがあった。あなた方もぞんじておるかと思うが、そう、ものづくりのわざと、けんちくのぎじゅつじゃよ。わしらカピバルの一族は、代々、その家に伝わるひでんのわざを受けついできた。そのわざは、それぞれのカピバルの家によってさまざまじゃ。ぜったいにくずれることのないれんがのかべをつくれる者や、たおれることのないはしらをたてられる者もおった。しぜんのならわしにさからった家をたてることのできる者もおったし、光を自分で生み出せるまどやてんじょうをつくれる者もおった。それらはすべて、その一族の者たちいがいには、そうそうまねのできるようなものではなかった。わしの一族のわざはといえば、ほれ、そいつじゃ。」

 

 老人はそういって、入り口のわきにずっと立ちつくしていた、あのきんぞくせいの馬をゆびさしてみせました。さあ、それではいよいよ、このなぞの馬のしょうたいがわかるときがきたようです(みなさんも気になっていたことでしょうが、旅のみんなもみなさんに負けないくらい、この馬のことを知りたがっていました。とくにライアンとロビーは、つかれも忘れて、思わず身を乗り出してしまったくらいだったのです)。

 

 老人はそれから、四本のゆびをひょいひょいと動かして、「おいでおいで」のしぐさをしてみせました。すると……。

 

 

  がらん! がらん! がちゃん! がちゃん!

 

 

 これはすごい! きんぞくでできていたはずの作りものの馬が、老人のあいずにこたえて、まるでほんものの馬であるかのように、なめらかに、そしてゆうがに、四本の足をがちゃがちゃと動かして、老人のそばまでかけよっていったのです!(ちょっと音はうるさいのですが、それはきんぞくだからしかたありませんね。そしてやっぱり、あのがちゃがちゃという音は、この馬が出していたのです。)

 

 旅の者たちはほんとうにびっくりして(あのれいせいなベルグエルムでさえ、思わず、口にしたミルクをぶっ! と吹き出してしまいそうになったほどです)、そのあとはただただ、へえ! と感心するばかりでした。こんなみごとなさいくものは、もちろんだれも、今まで見たこともありませんでしたから。 

 

 「こいつはな、ただの鉄ではない。生きている鉄なのじゃよ。」老人はそういって、馬の首のあたりをなでました。すると馬は、頭を老人にすりよせて、あまえるのです。

 

 さてさて、みんなはこれだけでもじゅうぶんすぎるほどにおどろきましたが、じつはこの馬のひみつは、これだけではありませんでした。いえ、むしろそっちの方が、旅の者たちにとっては(そしてみなさんにとっても、たぶん)、さらなるおどろきのひみつだったのです。

 

 「おどろいとるな? そうじゃろう。これは、わしらカピバルたちしか知らんことじゃからな。あなた方を心からしんようしとるから、わしはこのひみつを見せたんじゃよ。ではもうひとつ、とっておきのひみつを見せてあげよう。じゃが、このわざは、ぜったいのひみつじゃ。人にはもらさんでおいてほしいんじゃが、やくそくできるかね?」

 

 もちろん! 旅の者たちは首をおもいっきり、なんどもたてにふりました。こんないい方をされたら、だれだって、きかずにはいられませんもの。

 

 「よろしい。では……」老人はそういうと、馬の顔の前に手をかざして、それから、ぱちん! とゆびをならしてみせました。すると、とつぜん! 

 

 

  がらがらがらがら、がっちゃーん! 

 

 

 なんとなんと! 馬はみんなの目の前で、とたんにばらばらになって、床にくずれ落ちてしまったではありませんか! 

 

 大きな部品に小さな部品。鉄のぼうがなん本も。はぐるまの大小がいっぱい。そして、小さなねじのいっぽんいっぽんにいたるまで。馬はかんぜんに、ばらばらになってしまったのです。 

 

 今やこの小さな小屋の床は、すみずみまで鉄の部品がちらばって、いっぱいになってしまいました。これをもと通りにもどすことは、どうやってもむりでしょう。なにがどこにくっついていたのかも、もはやまったく、わからないのですから(そうじするだけでもたいへんなはずです)。ですが、老人はまったく、心配するそぶりも見せませんでした。自分のだいじな馬がこんなことになってしまったというのに、なぜなのでしょうか? でも、そのこたえは、このあとすぐにわかりますよ。

 

 「おどかして、すまなんだな。この馬は、わしのめいれいひとつで、すみずみまでばらばらにすることができるんじゃ。じゃが、ばらばらにするだけだと思うかね? そう、こいつのほんとうのひみつは、ここからなんじゃよ。」

 

 そしてカピバラの老人は、にこりと笑うと、床にちらばった鉄の部品たちにむかってひとこと、こういったのです。

 

 「起きろ!」

 

 みんなは、目の前で起こっていることをとても信じられませんでした。ですがこれは、かくじつに、自分の目でじっさいに見ている、げんじつのできごとなのです(ライアンはあんまりおどろいたので、これは夢じゃないか? と思いました。ですからかれは、フェリアルのほほをつねって、これが夢じゃないということをたしかめたのです。もちろんフェリアルは、「自分のほほをつねってくださいよ!」とぷんぷんいいましたが)。

 

 そうです、みなさんもそうぞうされたことと思いますが、その通り。ばらばらにちらかっていた鉄の部品のひとつひとつが、老人の言葉に反応して、がらがらと音を立てて、もとの馬のかたちにもどっていったのです!

 

 はぐるまが空中にまい飛び、鉄のぼうがかしんかしん! とそれにくっついていきました。ねじがいっぱい集まって、空中を波のようにざざあっ! と流れていきました。そしてそれらのねじはどんどんと、もともとはまっていたねじあなに、くるくるまわってとじられていったのです。みんなはあんまりおどろいたので、口をあんぐりとあけたまま、なんにもいうことができませんでした(人って、あんまりおどろいたときって、ぎゃくになんの反応も取れなくなってしまうものです。まさに今、みんなはそんなぐあいでした)。

 

 それらは、ほんの十数びょうほどのあいだのできごとでした。さいごに、馬の頭をかざっていた部品がくるくるとちゅうをまいおどってから、かしん! くっつくと、これでもと通り。さっき見たあの鉄の馬が、ふたたびみんなの前にすがたをあらわして、がちゃがちゃいいながら、小屋の中をげんきよく歩きはじめたのです。

 

 みんなの反応を見て、カピバラの老人はまんぞくげに、「ほっほ。」と笑いました。してやったりといった感じです。ですが、ちょっとくやしいですけど、みんなは老人の思い通りの反応を取ることしかできませんでした(みなさんもじっさいに見てみれば、かれらと同じ反応をすることと思います。お見せできないのが、わたしもひじょうにざんねんです)。

 

 「こいつはな、作り手であるわしのめいれいひとつで、ばらばらにしたり、くみあわせたりすることができるんじゃよ。それもすべて、この生きている鉄と、一族のわざがあってこそじゃ。この馬に使われている鉄はな、それをくみあわせて作ったものを、生きもののように動かすことができるばかりではなく、いちどくみあわせてそのくっつき方をおぼえさせると、あとはこんなふうに、好きなようにばらばらにしたり、もとにもどしたりすることができるようになるんじゃよ。まさに、生きている鉄じゃろう? そのくっつき方までも、ずっとおぼえているんじゃからな。」老人はそういって、こんどは馬の背中をぽんとたたいてみせました。すると馬は、頭のいい犬がそうするみたいに、足をおりたたんで、床にぺたっとふせてみせるのです。

 

 「わしらのくにでは、このわざをけんちくにもくみあわせて、毎回好きなようにかたちを変えられる部屋や、かいだんなんかをつくっておった。わしらのくにではこんなふうに、それぞれの一族がそれぞれのわざを、おたがいのためにおしみなく分けあっておったのじゃ。だれやかれやとかまうことはない。必要とされれば、よろこんで、自分たちのわざをみなにていきょうした。それが、わしたちのくにのすばらしきところであったし、同時にそれは、われら仲間うちの、けっそくのあかしでもあったのじゃ。」

 

 老人はそこまでいうと、とつぜん顔をくもらせました。なにか、とてもいやなことを思い出しているかのようでした。そしてその通り。かれの話はここから、とても暗くて、とてもおそろしい、いやなお話の中へと進んでいくことになるのです……。

 

 「あるときからじゃ。」老人がふいにいいました。「わしたちのくにの中で、動きが起こった。それまでは、かたくなに、そのすばらしきわざの数々を自分たちのくにからそとにもらさないように、つとめてきたのじゃが、だんだん、そうもいかないしだいになってきた。それはつまり、わしたちのくにが、さかえすぎたということなんじゃ。くにが大きくなって、それまであちこちにちらばっていた仲間たちが、どんどんと集まるようになってきた。もちろん、はじめのうちは大かんげいじゃった。仲間がふえるのは、うれしいものじゃからな。じゃが、仲間がふえればふえるほど、しだいに自分たちの力だけでは、くにをささえきれなくなっていくものじゃ。じっさい、心配した通りそうなった。もはや、みなをやしなっていくだけの力を自分たちのくにの中だけで生み出すことは、ふかのうになっておった。

 

 「わしたちは話しあったけっか、いくつかのぎじゅつをほかのくににもたらすけつだんをした。それはけっして、のぞんだことではなかった。じゃが、いたしかたなかったのじゃ。わしたちはきびしいきまりごとを作って、それにしたがって、かぎられた中でのみ、ほかのくにと取りひきをおこなうことにした。じゃが、それでも、それはわしたちにとって大きなまちがいであったのじゃ。たしかに、取りひきによって、わしたちのくには一時的にはとてもゆたかになった。たくさんの品物やお金が、どんどんとはいってきた。くに中の人々がみんな金持ちになって、せいかつはうるおいにうるおった。じゃが、わしたちは、それにおぼれてしまった。目さきのよくにおぼれたのじゃ。そんなことになったらどんなときだって、ろくなことにはならないというのに。わしらはそのことを、すっかり忘れてしまっていたのじゃよ。そして、そんな中のことじゃ。あのいまわしきできごとが起こったのは……。

 

 「忘れもせん。その日、わしらセイレンのみずべのくにに、めずらしくあらしがおとずれた。ちょうど、今夜のような、強くてふきつでおそろしげなあらしじゃった。こんな日にこんな話をするのも、きっとなにかのいんがじゃろうな。ひるまじゃというのに、空はまるで夜のように暗く、いくどとないいなずまが、わしらのくにの中をおびやかしておった。そして、そんな中じゃ。やつらが……、やつらがあらわれたんじゃよ。」

 

 カピバラ老人はそういって、かたく目をつむりました。おそろしい思いでが、頭の中いっぱいによみがえってきたのです。老人はそれにあらがおうとして頭をふりましたが、ききめはまったくありませんでした。

 

 「それはな……、それは大地をうめつくさんばかりの、大部隊じゃった。まっ黒なよろいを着こんだ、おそろしげな兵士たちじゃ。頭にはみな、見た者をふるえ上がらせるのにじゅうぶんなほどのおそろしげなかぶとをかぶり、手には、長いやりをかまえておった。そしてそいつらは、わしらのほこる美しいくにの中に、ぶさほうきわまりない方法ではいりこんできた。美しい庭えんも、小川のせせらぎも、花ばたけさえも、やつらはおかまいなしにふみ荒らしてきたのじゃ。それをとめようとしたひとりのカピバルの青年が、騎馬に乗った黒い騎士の手にかかって殺された。」

 

 なんてことを……! 旅の者たちは言葉もありませんでした。おどろきと、怒りと、かなしみと……、さまざまな思いがあふれかえってきて、胸が今にも張りさけそうなくらいでした。

 

 そんな旅の者たちのことを、カピバラ老人は、手をかざしてせいしました。ほんとうなら、このカピバラ老人の方がよっぽどつらかったでしょうに。老人のたいどは、とてもりっぱでした。

 

 「……そしてついにそいつらは、わしらのくにの長である、しっせいどののいるたてものにまでやってきたのじゃ。そのときその場には、大勢のぎかんたちがおった。その日はちょうどそこで、くにのゆくすえをきめるための、だいじな話しあいがおこなわれていたからじゃ。かくいうわしも、そこにおった。わしは、しっせいどののそうだんやくとして、かれにおつかえしていたんじゃよ。」

 

 しっせいという言葉は、あまりききなれないことかと思いますが、これはつまり、くにのせいじをとりおこなう、いちばんのせきにん者のことをいうのです(いってみれば、そうりだいじんみたいなものです)。カピバラのくにでは、いちばんえらいだいひょう者のことを、しっせい。そのほかのいっぱんのせいじ家たちのことを、ぎかんとよんでいました。このカピバラの老人はその中でも、くにのいちばんのだいひょう者で

あるしっせいさんのことを、助けるしごとをしていたのです(ですから、かなりえらい身分にあったはずです)。それがなぜ今は、セイレン大橋の下の、こんなそまつな小屋に住んでいるのか? それはこれから語られることになります。

 

 「やつらはあらしの中、わしらのいるたてものを取りかこむようにじんどった。それはまさに、悪夢のような光景じゃった。じゃが、中にいるわしたちには、どうすることもできん。ただもう、おそろしさにがくがくふるえるばかりじゃ。そしてしばらくすると、その兵士たちのあいだから、六人の黒ずくめの騎士たちが進み出て、わしらのもとへとやってきた。そいつらの、おそろしげだったことといったら! 思い出したくもないわい! じゃが、むりなんじゃ。どうやっても、この頭からはなれん。そして、その黒騎士たちの中でも、もっともおそろしげだった男が、しっせいどのをよばわって、こういい放ちよったのじゃ。

 

 「『ごきげんうるわしゅう、カピバラのしっせいどの。それにみなさん方も、おげんきそうでなにより。』そいつはそこで、きぞくがやるような、大げさな身ぶりのおじぎをしてみせよった。もちろんそんなものは、たて前だけのことじゃ。そいつは、こうつづけた。『ほんじつはみなさんに、すてきなおくりものをさし上げたいとぞんじましてな。よろしいか? おこたえしだいでは、みなさん方にとって、とても得となるお話をさせていただこう。しかし、もしいうことをきかないのであれば……、そのときは、このくにの、こんごのほしょうはできんがね。』

 

 「そういって、その男は笑い声を上げたのじゃ。それは胸につかえるような、むなくその悪い笑いじゃった。そいつの言葉は、おもてむきでは上品さをよそおってはおったが、その心のおく底たるや! まさに悪そのものじゃ! 悪がよりかたまって、あいつを作り上げたのにちがいないわい。そしてそいつは、ますますちょうしに乗って、こうつづけたのじゃ。

 

 「『われらはワットの者だ。アルファズレド王、ちょくぞくのしんえい隊である。王はもちろん、このアークランドのじっけんをにぎるお方だ。それはわかっておろうな?

それをきもにめいじて、おききあれ。』

 

 「そいつは、その場をわがもの顔に歩きまわり、わしらひとりひとりの顔をじろじろながめやりながらいった。『わがくには、今やこのアークランドでも、いちばんの強国である。だが、ざんねんながら、それでもまだかんぜんではない。わがくにの力をかんぜんなものとするために、われらはこうして、はたらいているわけだ。そして、きくところによると……』

 

 「そいつはそこで、しっせいどのの、のどもとに、手にした剣のつかをおしつけよった。そんなことに、なんの意味がある? ただの悪意じゃ! そしてそんなことをしでかしておきながら、そいつはいけしゃあしゃあと、こんなことをいい放ちよったのじゃ。

 

 「『みなさん方は、ひじょうにすぐれたわざの数々をお持ちとか。ぜひわれらに、そのわざをお教えいただきたく、こうしてまいったしだいというわけだ。アルファズレド王も、みなさん方のわざのすばらしさには、たいへんなかんしんをよせていらっしゃる。ワットの力となれるのだ。カピバルの名も、いちだんと上がるというもの。めいよなことだぞ。どうだ? アークランドに、こうけんしたくはないかね?』

 

 「もちろん、こんな悪のさそいに乗るほど、わしたちはばかではない。こんなやつらのいいなりになれば、どんなひどいけっかを生むか? 火を見るよりあきらかじゃ。しっせいどのはもちろん、こんな悪のおどしなどにはくっしなかった。かれはだれよりもゆうかんで、そうめいなお方じゃった。しっせいどのは剣のつかをはらいのけて、おくすることなくいったのじゃ。

 

 「『あきらめて帰ることだ。おまえたちなどには、われらのわざはなにひとつあつかえん。われらのわざは、われらのようなきよい心に対してのみはたらくものだ。おまえたちのような、どす黒いくさった心を持つようなやからには、まったくやくには立たん。』とな。

 

 「これをきいた黒騎士のたいどは、いがいなものじゃった。申し出をことわられて、ひるむなり怒るなりするかと思いきや、そうではなかった。しっせいどののそのこたえを待っていたかのように、そいつはおもしろがって、高らかな笑い声を上げよったのじゃ。そしてそいつは、こういいよった。

 

 「『じつにゆかい! それならば、話は手っ取り早い。もう、おまえたちなどに用はないというものだ。どこまでもおろかなれんちゅうよ。われらがせっかく、きかいを与えてやったというのに。おまえたちはみずから進んで、めつぼうの道をえらんだわけだ。じつをいえばな、しっせいどのよ。われらにとってこんな小国などは、どうでもいいそんざいなのだ。いくらかけんちくのわざがあるようだが、そんなものは、わがワットにとっては、あってもなくても同じこと。おまえたちはさいきん、やたらといきがって金をもうけているようだが、だれのきょかを得ているのかね? われらのほんとうのもくてきはそれなのだ。ようするに、おまえたちのそんざいがじゃまなのだよ! ワットになんのあいさつもなしにいい気になっているようなれんちゅうを、われらが主君、アルファズレド王が、おゆるしになるとでも思っているのか? 王はたいへんにごりっぷくだ! それでわれらが、こうしてやってきたというわけなのだよ。だがまあ、安心したまえ。くにたみのうちのいくらかは、ワットのためにはたらかせてやる。この土地は水もほうふだから、あとの心配もしなくてよいぞ。黒の軍勢のために使ってやるよ。』

 

 「わしらの怒りは、そこでちょうてんにたっした。ぎかんたちのうちのなん人かが、われを忘れて黒騎士にいどみかかった。じゃが、それはむぼうじゃった。ぎかんたちはわしの目の前で、黒騎士に切りつけられて、むざんなさいごをとげた。そして黒騎士は、さいごにこういった。それが、話しあいのさいごの言葉となったのじゃ。

 

 「『おまえたちをワットのはんぎゃく者としてしょばつする! かくごしろ!』」

 

 

 夜のあらしはそのとき、セイレン大橋のそのまうえを通りすぎてゆくところでした。まどやとびらに、風で飛ばされてきた木のえだがうちあたって、ばしんばしん! と大きな音を立てていきます。ふりしきる雨のすごさは、橋の下のこのカピバルのわざによってたてられた小屋の中にいても、はっきりと感じられるようになっていました(ですから、よっぽど強くふっているのです)。たえまなく起こるいなずまの光と音が、それに力を貸して、みんなの心を深くしずみこませました。

 

 カピバラ老人は、ほそい切れ長の目をもっとほそくして、まどのそとをぼんやりとながめていました。その目からは、いつからか、大つぶのなみだがあふれていました。

 

 「……それからあとは、もう、目もあてられんようなありさまじゃ。黒騎士のごうれいいっか。配下の兵士たちがわっとなだれこんできて、わしらにおそいかかった。ていこうはむなしいものじゃった。ぎかんたちはつぎつぎといのちを落とし、そしてさいごまでゆうかんに戦った、しっせいどのも、ついには、やつらのそのよこしまなるやいばの前にたおれたのじゃ。」

 

 老人は、みどり色のチョッキのすそで、そのあふれるなみだをぬぐいました。気がつけば、旅の者たちもみな、目を赤くはらしていたのです。

 

 「わしは、さいごにひとり残された。もう、ていこうするすべはなにもなかった。しきをとっていたあの黒騎士がみずからやってきて、じゃあくな笑みをいっぱいに浮かべながら、わしに剣の切っさきをむけた。わしは部屋のいちばんはしまで追いつめられた。もう、あともない。黒騎士は、そうしたければいつでもわしを殺せた。だがやつは、わしをいたぶるのを楽しんでおったのじゃ。

 

 「それからやつは、わしにこういったのじゃよ。あなたたちには、つらいことかもしれんがの。

 

 「『おまえがさいごのひとりだ。おろか者め。おとなしくしたがっていれば、殺されずにすんだものを。せいぜい、いのちごいでもしてみるがいい。だが、われらはそれほどあまくはないぞ。黒の軍勢にかなう者など、このアークランドにはいないのだ。今やわれらにたてつくものは、ベーカーランドの白の騎兵師団とやらのみ。腰ぬけのアルマーク王なぞにつきしたがっている、むりょくなれんちゅうよ。どうだ? 白の騎兵師団に、助けてくれと願ってみろ。その声がやつらにとどくかどうか? ためしてみるがいい。やつらなど、しょせんはそのていどだ。かわいそうに、おまえがこうして死に、このくにがほろびるのが、いいしょうこではないか。』」

 

 「ふざけるな!」フェリアルが立ち上がって、たまらずにさけびました。かれはまだ、若くけっきさかんなところがありましたので、もう、いてもたってもいられないくらいに、こうふんしてしまったのです。ベルグエルムがとめなければ、フェリアルは今すぐにでも、このあらしの中をワットにむかって飛び出していってしまったことでしょう。しかし、そういうベルグエルムにしても、こんな話をきかされては、とてもれいせいでいることなどはできませんでした。なんとか、かれのけいけんと、しりょの深さが、かれ自身のことをおしとどめていたのです。

 

 「あなたたちのせいではない! どうか、おちついてくだされ!」カピバラの老人はそういって、ふたりの騎士たちのことをなだめました。「これも、運命というものじゃ。世の中には、どうにもならんこともあるのじゃよ。それがどんなに、りふじんなことでもな。」

 

 騎士たちは老人の言葉にぺこりと頭を下げて、そしてふたたび、床にすわりこみました。ロビーとライアンは、かれらの肩を手でさすってあげました。ふたりとも、こんなにこうふんしたフェリアルとベルグエルムのことを見るのは、はじめてのことでした。

 

 騎士たちがようやくおちつきを取りもどしてきたころ。カピバラ老人がさいごの話をしてくれました。それは、そう、カピバラ老人のそのごのことです。どうしてカピバラ老人が助かったのか? そしてどうしてこの場所にいるのか? そのことについてでした。 

 

 「追いつめられたわしは、ただひとつきぼうが残されていたことを思い出した。そいつじゃよ。」老人はそういって、部屋のすみに立っているあの鉄の馬をゆびさしました。「そいつが文字通り、わしの助け馬となったのじゃ。そのとき、わしのいた部屋の近くには、わしの作ったこの鉄の馬がしまってあった。この馬はほんらい、まつりのときなどに使うもので、ふだんから出しておくようなものではない。それがたまたま、わしのいた部屋のすぐそばにしまってあったわけじゃ。わしはそのことを思い出すと、すぐにこいつをよびよせた。もちろん、れんちゅうにはわからん方法でな。そしてわしは、やつらにいったのじゃ。

 

 「『すべておまえたちの思い通りにはならんということを、教えてやろう。せいぎはけっしてほろびたりはせん。悪がはびこる世界などには、けっしてさせん。けっしてな!』

 

 「わしは、かけこんでくるこの馬に飛び乗った。そして、わき目もふらずに走った。むかったさきは、たてものの二かいじゃ。たてものの入り口はワットの兵士どもによって、すっかりふさがれてしまっておったからな。そしてわしは、広間のかいだんをかけのぼると、大声でさけんだ。『かいだんよ、とじろ!』

 

 「そう、そのかいだんはカピバルのわざによってつくられておったのじゃ。あい言葉をいうことによって、おりたたんでしまえるようにできていたんじゃよ。

 

 「『逃がすな! とらえろ!』はいごから黒騎士のさけぶ声がきこえた。わしはふりかえることもせず、そのままむがむちゅうでひた走った。そして二かいのバルコニーにまで出ると、そこから、みずうみの上につくられた空中どうろの上へとむかって、かけ出していったのじゃ。」

 

 カピバラのくには、セイレンのみずべとよばれる土地にきずかれていて、そこには、みずうみや川やいずみなどが、たくさんありました。そしてカピバルたちは、その水の上にまでも、たくさんのたてものや、庭えんや、広場などといったものを、つくっていたのです(もちろんそれは、カピバルたちのすばらしきわざがあってこそのものでした。そうそうまねのできることではありません)。

 

 その中でもとくにすばらしいものが、空をうめつくす「空中どうろ」でした。カピバラのくにには、すくない土地をゆうこうに使うための空の道が、たくさん走っていたのです。それらの道は、とうめいなガラスでつくられていて、見た目にもとても美しいものでした。その空中どうろが、カピバラ老人のいたたてものの二かいから、みずうみの上へとむかってのびていたのです(みずうみの上をじゅうおうむじんに走る、美しいガラスでできた空の道。そうぞうできますでしょうか? わたしもいちどでいいから、そこを歩いてみたかったものです)。

 

 「わしは、そのままみずうみの上をかけぬけて、むこうぎしへと渡っていった。ワットのれんちゅうも、さすがにそこまでは追ってこれなかったようじゃ。じゃが、そのとちゅうで見た光景を、わしはけっして忘れないじゃろう。ワットのれんちゅうは、あろうことか、なんのつみもない人々の家にまでつぎつぎと火を放ちよったのじゃ! それは、おそろしいほのおじゃった。ただの火ではない。血のような色の、ばけもののようにゆれ動く、まがまがしい火じゃ。その火は、あらしなどものともせずにもえさかり、カピバルのすばらしきわざのけんちくぶつをどんどんともやしていった。じゃが、わしにはどうすることもできなかった。わしは、逃げなくてはならなかった。カピバルのわざを、これでたやすわけにはいかなかった。わしがやらなくてはならなかったのじゃ。わしはそのとき、なみだで前も見えないほどじゃった。

 

 「そしてわしは、みずうみから流れ出るいっぽんの川にそって、逃げ落ちていった。その川こそが、そう、このセイレン河のみなもとなのじゃよ。わしは、なん日もなん日も走りつづけた。そうして身も心も果てたころ、わしは、この巨大な石の橋にまでたどりついたのじゃ。セイレン大橋という名まえを知ったのは、それからだいぶあとになってからのことじゃった。

 

 「わしは、動きまわった。なんとかわれらの助けとなってくれる者たちがおらぬかと、力のかぎりさがしてまわった。じゃが、みなワットの名まえをきいただけでふるえ上がり、手を貸してくれる者はだれもおらんかった。わしはしだいに、すいじゃくしていった。やまいにたおれることもあった。気力はどんどん、失われていくばかりじゃ。わしももう、としじゃでな。それ以上動きまわることは、むりじゃった。」 

 

 「シープロンドにきてくれればよかったんです!」

 

 たまらずにそういったのは、ライアンでした。ライアンはセイレン河をだれよりもあいしていました。ですから、セイレン河の上流、このカピバラ種族の者たちのくにに、そんなできごとが起こっていたのだということを知って、もう、いてもたってもいられないくらいになってしまっていたのです。

 

 「ありがとうよ、ひつじの少年よ。」そんなライアンに、カピバラ老人は静かにこたえました。「じゃが、その気持ちだけでじゅうぶんじゃ。わしもはじめは、くにのことをすくおうと思った。じゃが、それはかなわぬことじゃと、わしにはさいしょからわかっておったんじゃよ。やつらのいうことは、ざんねんながらじじつじゃ。黒の軍勢には、とうてい手出しができん。かえりうちにあうのは目に見えておる。これ以上のぎせいを出すわけにはいかんよ。きみのくににまでそんなふこうをしょわせることが、どうしてわしにできようか? きみも知っておるじゃろう? このセイレン河の上流が、今どうなっているのかを。」

 

 ライアンは言葉につまってしまいました。セイレン河の上流、そこで今、なにがおこなわれているのか? ライアンは、よく知っていたからです(その地がまさか、かつて、このカピバラ種族の者たちのくにだったなんて!)。

 

 「そう、わしはあれからいちど、セイレンのみずべへと、ひそかにもどってみたことがある。そこでわしが見たものは、なんともみにくいありさまじゃった。かつてのくにの美しさは、見る影もなくなっておった。やつらはあの地を、よこしまなもくてきのための、工場やじっけん場に変えてしまったのじゃよ。」

 

 「でも……!」

 

 ライアンの気持ちはおさまりませんでした。なにもできない自分が、くやしくてならなかったのです。セイレン河の上流でおこなわれていること。それはもうずいぶん前から、ライアンは知っていました。ですが、くやしいかな、カピバラ老人のいう通りです。シープロンドのひつじの者たちが、たばになってかかったとしても、黒の軍勢の者たちのやっていることをとめることはできないでしょう。いくら、しぜんの力をかりるわざがあるとはいえ、かれらはもともと、戦いにはむいていない種族だったのです(かれらのわざは、ほんらい、身を守ったり、だれかを助けたり、しごとのやくに立てたりすることなどに使われているものでした。ですからライアンのように、しぜんの力をこうげきに使えるというような者は、シープロンドにも、数えるほどにしかいなかったのです)。それは、シープロンの王子であるライアンにも、よくわかっていたことでした。ですから、よけいにくやしかったのです(そしてカピバラ老人も、シープロンの者たちが戦いにむいていない種族なのだということは、よくりかいしていました。ですからなおのこと、かれらのことを、あらそいごとにはまきこみたくなかったのです)。

 

 「わしらのくにはほろんだ。それはもう、じじつじゃ。じゃが、安心してくだされ。カピバルのたましいまでは、ほろんではおらん。それだけは、やつらにもうばうことはできなかったのじゃ。」

 

 老人はそこで、チョッキのえりの中からあるものを取り出して、みんなに見せました。それは、かわのひものさきにむすばれた、ほんのりと水色にかがやく、小さなひとつのすいしょうのかけらでした(ネックレスになって、老人の首にかかっていたのです)。

 

 「これが、わしらカピバルのたましいじゃ。」そういって老人は、そのすいしょうのかけらをつまんで、目の前にかざしてみせました。すると……!

 

 すいしょうの中からたくさんの光があふれ出て、その光が、空中にさまざまな絵がらやずけいをえがき出していったではありませんか! それはなにかの、せっけいずのようでした。そしてそれは、つぎからつぎへと、あらわれては消えてをくりかえしていったのです。

 

 「このすいしょうの中にきろくされているもの。これこそが、わしらカピバルのたましいなのじゃよ。カピバラのくにの、わざのすべてが、ここにつまっておる。わしはいつも、はだ身はなさず、これを持っておった。それが、さいわいしたんじゃ。わしはどうしても、これを守らなければならなかった。じゃからこそ、やつらにつかまるわけに

は、ぜったいにいかなかったんじゃよ。」

 

 そう、老人の持っているこのすいしょうのかけらこそが、カピバラのくにの、そのいのちともよべる、いちばんの宝物でした。このすいしょうの中には、カピバラのくにの、ぶんか、れきし、わざ、それらのすべてがきろくされていたのです(その中身はびっくりするくらいたくさんで、小さなとしょかんだったら、まるまるいっけんぶんくらいの本のじょうほうがつまってしまうほどだったのです!)。

 

 カピバラのくにの人々は、自分たちのわざがいたずらにそとにもれてしまうことを防ぐために、そのわざのきろくを本に書くことはしませんでした。ですから、もしあなたが、カピバラのくにの中をすみずみまでしらべ上げていたとしても、かれらのことをきろくした、本や書きつけなどといったものは、ただのひとつも見つけられないことでしょう。それらはすべて、そのままでは見ることのできない、とくべつなすいしょうの中にかくされていたのですから。

 

 老人の見せてくれたそのすいしょうは、カピバラのくににいくつかあったすいしょうの中でも、とくに重要なものでした。その中にはいっているきろくは、カピバラのくに中の人々から、長いねん月をかけて、すこしずつ集められたものだったのです。もし、お金を出して買おうとしたって、とてもねだんのつけられるようなものではありません。こんなにだいじで重要なひみつを教えてくれたのも、カピバラ老人が旅の者たちのことを、心からしんようしているからこそのことだったのです(読者のみなさんも、しーっ! どうかみんなには、ないしょにしててくださいね。これは、かれらカピバルたちの、いちばんのひみつなのですから)。そして、このすいしょうを守り、つぎの代へと受けついでゆかせること。それこそが、カピバラのしっせいにつかえていた、老人のやくわりでした。

 

 老人は、そのすいしょうを静かににぎりしめました。すると、空中に広がっていたたくさんのずけいや文字なども、ふっと静かに消えていったのです。

 

 「さいごにわしができることは……」カピバラの老人は、手にしたすいしょうをいつくしむように両の手でつつんで、いいました。

 

 「このすいしょうを守りぬき、このセイレン河を、静かに見守ることだけじゃ。」

老人はそういって、まどのそとに流れるセイレン河のことを見やりました。黒くすすけたまどからは、その流れをはっきりと見て取ることはできませんでした。しかし今は、それでよかったのかもしれません。きっと老人の目には、かつての美しい、きよらかな流れのセイレン河が、見えていたはずなのですから……。

 

 そのとき、部屋のすみにいたあのきんぞくでできた馬が、老人のそばに歩みよりました。老人が、自分でよびよせたのでしょうか? しかし、旅の者たちには、馬が心を持って、みずからの意志で老人のことをなぐさめにきたように、思えてなりませんでした。たとえそれが、きんぞくでできた作りものの馬であると、わかっていたとしても。

 

 老人は、そんな馬の頭をだきよせて、たくさんなでてやりました。老人の表じょうは、今はとても、おだやかなものになっていました。

 

 「わしは、このセイレン大橋の下に小屋をたてて、ここをついのすみかとすることをきめた。かつての美しい、河の思いでとともにな。この河はもう、セイレン河ではなくなってしまったかもしれん。じゃが、わしにとっては、この河がセイレン河であることに、ちがいはないのじゃ。わしのふるさとの、あの美しいくにのみずうみから流れ出る、きよらかなるセイレン河にな。わしは、この河とともに、このしょうがいをとじるつもりじゃよ。」

 

 そうして、カピバラ老人の話は終わったのです。

 

 

 あらしはしだいに、セイレン大橋の上から通りすぎていくようでした。いくぶんか、雨の音も弱まっているように思えました。

 

 旅の者たちは、しばらくは言葉を口にすることができませんでした。なんといっていいのか? どうにもすぐには、口をひらくことができなかったのです。

 

 そして、さいしょに口をひらいたのは、旅の者たちのみちびき手であり、白の騎兵師団の長でもある、ベルグエルムでした。そんなかれでさえ、ようやくのことで、言葉をしぼり出すことができたのです。

 

 「なんといっていいものか……、言葉もありません……。あなた方のくにに、そんなぼうきょがなされていたなどとは……。わたしは、自分がはずかしい。われらの力が、およばなかった。おわびのしようもありません……」

 

 ベルグエルムは、こぶしをかたくにぎりしめました。そのこぶしは、怒りと、かなしみと、くやしさで、ふるえていました。かれの心の中を、そのこぶしが、ゆうべんに語っていました。きっと、百の言葉で語るよりも、はっきりと。

 

 そして、ベルグエルムは、いったのです。

 

 「あなたのお気持ち。カピバルのほこりとたましいを、われら白の騎兵師団、しかと受けとめました。よこしまなる悪のおこないは、われらがかならずや、うち破ってみせます。剣にちかう!」

 

 ベルグエルムはみずからの剣をかたくにぎりしめ、それを胸の上にあわせました。これは、かれらのような騎士たちが、いのちをとしてでもみずからのちかいを守るという、そのけついをあらわすときに、おこなうことでした。そして、その気持ちはもちろん、その場にいる旅の者たちぜんいんも、同じだったのです。フェリアルもベルグエルムと同じく、剣を胸にあわせてちかいました。そして、ロビーもライアンも、こぶしを胸にあわせて、思いをかたくちかったのです。

 

 「そのお気持ちが、わしにはなによりのすくいですじゃ。」カピバラ老人はそういうと、旅の者たちにむかって深々と頭を下げました。「わしらのような運命をたどる者が、これ以上ふえることのないように、わしは心から願っております。」

 

 老人の言葉に、みんなも深々とおじぎをして、せいいっぱいの気持ちでこたえました。

 

 そしてさいごに、ベルグエルムがいいました。

 

 「この世界は変わってしまいました。力いっぱい正しく生きている者たちが、ひどい目にあい、よこしまなる悪のやからどもが、大きな顔をしてのさばっているのです。わたしたちは、ともに協力しあって、みんながびょうどうで安心して暮らしてゆける世界を、取りもどさなければなりません。種族のちがいなど、そんなものはかんけいない。みんなが、このアークランドの住人なのですから。アークランドのぜんなるたみたちが、力をけっそくさせなければならないときは、まさに今なのです。」

 

 ベルグエルムはそういって、みんなの方を見渡しました。ですが、みんなの気持ちはもはや、いうまでもないことだったのです。かれらは大きくうなずいて、それからそれぞれが、おたがいの手を取りあって、その心をかたくたしかめあいました。

 

 「われらはかならずや、この世界をすくってみせます。この剣と、そして、カピバラ

のくににちかって!」

 

 カピバラ老人の心は、今とてもおだやかでした。あとをたくすことのできる、すばらしき者たちに、出会うことができたのですから。そして、みずからの、くにを思うこの気持ちが、けっしてむだではなかったということを、あらためて知ることができたのです。

 

 「わしは、今日あなたたちと出会うために、このいのちを長らえさせてきたといえるじゃろう。でなければ、あのときわし自身も、くにとともにほろんでおったはずじゃ。わしは、まんぞくじゃよ。あなたたちになら、安心して、この世界をたくすことができる。白の騎兵師団と、くにを思う者たち。この世界のきぼうじゃ。」

 

 カピバラ老人は、そういって静かに立ち上がると、だんろにまきをいくらかくべなおし、ランプのあかりを消しました。あとには、だんろにもえるげんそう的なほのおの光だけが、小屋の中をゆらゆらと、てらし上げているばかりでした。

 

 「さあ、夜もふけた。ゆっくり休んで、明日にそなえなされ。戦う者には、きゅうそくが必要じゃ。」カピバラ老人がそういって、だんろのすみにおいてあった鉄のなべのふたをあけました。

 

 「なにか食べるのなら、わしの作ったシチューがありますでな。よかったら……」

 

 「いただきます!」

 

 じつは、みんなはすっごくはらぺこで、しかたがなかったのです。ミルクだけではちょっと、たりませんでしたから(ライアンだけは老人の話をききながら、こっそりバターキャンディーをなめていましたが)。

 

 みんなはそのあと、がつがつ食べました(老人の作ったシチューなどは、あっというまにからっぽになってしまったくらいです)。パンのかたまりをまるごとに、バターをたっぷりつけて。ミルクのおかわりをたくさん。チーズをなんかけらも。こんなぐあいでした。ウルファの三人などは、持ってきていた食べものの八わりくらいを、いっきに食べてしまったのです(もしものときにそなえてとっておいた、ほし肉やコーンビーフのかんづめまでも、みんな食べてしまいました。もともとかれらウルファたちは、いっぱい食べるのでゆうめいでしたが、こんなに食べちゃったら、あとあとこまることにならなければいいんですけど……)。ライアンは、「いくらなんでも食べすぎだよ!」といいましたが、そんなかれでさえ、クッキーのふくろを三つもあけてしまいました。それほどみんな、今日の旅がこたえていたのです(ちなみに、ライアンはあまいものが大好きでしたので、かれのかばんの中には、お菓子ばっかり、ぎっしりはいっていたのです。ほかのものがほとんどはいっていないくらいに……)。

 

 みんなはすっかり食べ終わると、そのままどろのように横になりました(ちょっとおぎょうぎが悪いですけど、かんべんしてあげてくださいね)。だれもなにもいわず、もの思いにふけっていたようでした。そしていつしか、いちにちのつかれがからだをしはいしていって、そのまま夢も見ないほどの深い眠りの中へと、かれらのことをひきこんでいったのです。

 

 ロビーはさいごまで起きていました。かれがさいごに見たのは、ベッドで身を起こしたまま、まどのそとをながめている、カピバラ老人のすがたでした。ふるさとのくにのことを、老人はこうして、まいばん思っていたのでしょう。

 

 

 ぼくは早く、前に進まなければ。こんなやさしい人が、これ以上、つらい目にあわなくてすむように。

 

 

 ロビーは、うすれていくいしきの中で思いました。そしてそのまま、かれもまた、深い眠りの中へと静かにさそわれていったのです。

 

 

 もうぜんいんが眠りについてしまったころ。ロビーの持つ剣のさやのすきまから、かすかに青い光がもれ出しました。そしてその光は、なにかをうったえかけるかのようにしばらくその場をてらしたあと、ゆっくりとふたたび、もとのやみの中へと消えていったのです。だれもそのことには、気がつきませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 




第5章「シープロンド」に続きます。




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