はるかなむかし、みどりの草のたなびく美しい土地がありました。そこにはわたしたちの見たこともない木々がしげり、ふしぎな実がえだいっぱいにみのり、きおんは一年を通しておだやかで、夏があつすぎることも、冬が寒すぎることもありませんでした。
大地は気まえよく、さくもつのみのりをさずけてくれました。西のはまに広がる海は、魚や貝や海草などを、必要なだけ人々に与えてくれました。
まことにこの土地は、人々の考えるりそうきょう、そのままでした。すぎることもなく、たりないこともない。ささやかなそののぞみを、なに不自由なく住人たちに与えてくれる場所。それを人は、りそうきょうとよぶのです。
生きものたちはさそわれるがままに、この土地に集まり、暮らしはじめました。たくさんの人間たち、そして動物の種族の者たち、さらには精霊やもっとふしぎな生きものたちまでもが、この土地にひかれてやってきたのです。たくさんのくにがおこされ、まちが生まれました。たくさんの新しいぶんかやわざが、生み出されていきました。そしてれきしが、きずかれていきました。
それにともなって、さいがいやわざわいもすくなからず起こりました。ですがそんなことが起こるたびに、人々はともに力をあわせ、それらのこんなんを乗り越えてきたのです。
長いねん月をへて、たくさんの住人たちがあらわれるようになっても、その土地の美しさはいぜん変わらないままでした。空気はすがすがしいままでした。水はきよらかなままでした。海も山も、むかしと変わらず、いだいなるそのしぜんのままのすがたをほこりつづけていたのです。
そしてじだいはうつり、今このとき。
その土地に、新たなるきょういがおそいかかりました。
ですが人々はふたたび、このこんなんを乗り越えてゆくのでしょう。そしてこの美しいしぜんのままの世界を、守りぬいてゆくのでしょう。
みずからのきずいてきたれきしに、新たないちページをきざんでゆくのでしょう。
そこに住む者たちによって手が加えられ、新しいものが作り出され、さらにゆたかになっていく。世界とは、そういうものなのです。人が作っていくものなのです。どんなわざわいやこんなんがおとずれようとも、それは新たなれきしとなって、人々の心に伝えられていくことでしょう。そしてその心はまた、のちの世の人々にひきつがれ、つぎのこんなんに対しての大いなる力となるのです。
そして今、新たなるこんなんが、人々のその目の前につきつけられていました。せまりくる、黒の力。それに立ちむかってゆく、人々の物語。それがこの物語なのです。
この土地の名まえは、アークランド。この物語は、そのアークランドの人々の新たなれきしのいちページをつづる、戦いの物語なのです。アークランドの物語なのです。
そしてそのアークランドに住む、ひとりのおおかみの少年、ロビーの物語なのです。
それぞれの物語は今、さいごのけつまつのときをむかえようとしているところでした。
白と黒、ふたつの王国の戦いに、ついにまくがおろされるときがやってきました。ともにいだいなる力を持った、ふたりのえいゆうたち。かれらの戦いは、このアークランドをかけた戦いでした。おたがいの生き方、ほこり、せいぎをかけた戦いでした。エリル・シャンディーンの戦いの場の、はるかな上空。そこにかれらのすがたはありました。おそろしいもも色りゅうの、その背中の上。今かれらはそこで、このアークランドのみらいをきめる、さいごのけっせんをくり広げていたのです。そしてその戦いはもはや、けっちゃくのときをむかえようとしていました。白きえいゆうの、はいぼくというかたちによって……。
しかし、アークランドのみらいはそのしゅんかん、大きく変わっていくこととなるのです。アルファズレドがりゅうの背にしがみつくアルマークに、そのさいごの剣をふりおろそうかという、まさにそのとき。運命の女神の力は、そのさいごのさいごで、白き勢力のせいぎにほほ笑みかけました。
アーザスのそのよこしまなるやみの力のきょういが消え去ったとき、同時にこのアークランドに、かつてのかがやきが取りもどされたのです。そのかがやきとは……。
ふおおおんっ! ばあああーっ!
あたりをつつみこむ、青と白の、目もくらむほどの光、光、光! それはまったくとつぜんにおとずれました。今やエリル・シャンディーンの王城は、そのすみずみまで、その光の中に飲みこまれてしまっていました。広がるまちなみ、家々のやね、通り、水、空に浮く小島、すべてが、その青白い光の中につつみこまれていきました。
まちの人々はさいしょ、あまりにもとつぜんのことに、わけもわからず、みな手をかざして空を見上げるばかりでした。しかし人々がその光のしょうたいに気がつくまでには、長い時間はかからなかったのです。すぐに人々の心に、かつてのきぼうが生まれはじめていきました。その光はまさしく、このアークランドのきぼうの光、そのものだったのです。
みなはとなりの者と手を取りあい、ぴょんぴょんとびはねながら、からだ中でそのよろこびの心をあらわにしていました。そして、人々が口ぐちにさけんだ言葉。それはみな、つぎのようなひとつの言葉ばかりだったのです。
「宝玉だ! 宝玉だ! 青き宝玉の光が、よみがえった!」
まさしくその言葉の通り、その目もくらむような光は、エリル・シャンディーンの王城、そのてっぺんから放たれていたのです! そこにあったもの、それはまさしく、このアークランドのきぼうの力、青き宝玉にほかなりませんでした。
ロビーの戦いによって取りもどされた、力のバランス。アーザスの赤いキューブがはかいされた今、青き宝玉はついに、そのほんらいの力を取りもどすことになったのです。おさえこまれていたその力を、いっきにはき出すようなかたちとなって。
宝玉のかがやきははじけんばかりのエネルギーの波となって、この土地のすみずみまでをてらし上げていきました。空も、山も、みずうみも、河も。まさに今、レドンホールのその古きいい伝えの言葉の通り、このアークランドに光がもどったのです!
そして宝玉の光がよみがえった今、ひとつの力強きエネルギーが、同時にそこから飛び出しました。それはロビーの持つ剣から生まれた、あの青白い光のいかずちのエネルギー、そのものでした。ロビーの、みんなを助けたいと願う強い思い。その思いにこたえて、剣から生み出された光の力が、まさに今、エリル・シャンディーンのその青き宝玉の中から飛び出したのです。
エリル・シャンディーンにせまりくる、そのさいだいの敵をうちほろぼさんがために。
「この光は……?」
とつぜんにその身にふりそそがれた、まばゆい光。アルファズレドはふり上げたつるぎを持つ手をとめて、かなたの空を見やりました。そこにはベーカーランドのみやこ、エリル・シャンディーンの王城がありました。そしてそのてっぺんから、この光はふりそそいでいたのです。
「青き宝玉……」
つぎのしゅんかん、アルファズレドはすべてをりかいしました。宝玉の守り、その守りを持つベーカーランドには、いかに強力な軍勢を持つアルファズレドとて、今までよういにはせめこむことはできませんでした。なにがなんでも、どんなぎせいをはらってでも、ベーカーランドをうちほろぼさねばならない。アルファズレドはそうして、悪の魔法使いアーザスと手をむすんだのです。アーザスはワットのために、ベーカーランドの青き宝玉の力を弱めることをやくそくしました。それが赤いキューブというかたちとなって、あらわれることとなったのです(しかしアーザスのほんとうのもくてきは、このアークランドをほろぼし、自分ひとりの手の中だけにおさめてしまうことでした。ワットのためというのは、あくまでも、おもてむきのことだったのです)。
アルファズレドにとって、もはやアーザスのしんのねらいなどは、どうでもいいことでした。アーザスがそのじゃあくなもくてきのためにワットのくにの力をりようしようとしているということも、アルファズレドにはすくなからずわかっていました。ですがアルファズレドはあえて、アーザスのそのさそいに乗ったのです。すべてはベーカーランドを、アルマークのことをうちたおす、そのひとつのために……。
アーザスの力によって弱められた、青き宝玉の力。その力が今ふたたびもとにもどされたのだということを、アルファズレドはこのときりかいしました。赤いキューブがはかいされたということ、そしてアーザスがもはや、うちたおされたのだということも。
しかしそれでもなお、アルファズレドの心はゆれることはありませんでした。このままおのれの運命にまくをおろすことになろうとも、さいごにそのけっちゃくを、この手でつけなければならない。それはまさに、今このときだけなのだと。
アルファズレドが、剣をにぎったその手にふたたび力をこめました。しかし、まさにそのしゅんかん!
ごおおおおお! ぼぼんっ!
すさまじいまでの、エネルギーの波動! その力はまさに、はるかエリル・シャンディーンのいただきにある青き宝玉から、まっしぐらに、この場所へとむけて放たれたのです!
「ぐ……! ぐわあああ!」
アルファズレドのさけび声が、この場にひびきました。なにが起こったのか? アルファズレドにはりかいすることができませんでした。とつぜん、あたりをつつむ青白い光が急にその大きさをましたかと思うと、足もとのりゅうの背が、大きくかたむいたのです。りゅうの背の上をすべり落ちてゆく、アルファズレド。もはやこの場にそのからだをとどめておくことは、ふかのうでした。
もも色りゅうドルーヴは、青き宝玉から放たれたすさまじいまでの光のエネルギーに、その身をつらぬかれたのです! ドルーヴはひと声、おそろしいだんまつまのさけび声を上げて、そのままはるかな地上へとむかって落ちていきました。かつてこのアークランドのへいわをおびやかした、赤りゅう。その赤りゅうの子、ドルーヴは、ここに女神の青き宝玉の力の前に、うちほろぼされたのです。宝玉の力は、すべてのアークランドのぜんなる人々の力。ドルーヴは人々の、そのぜんなる力の前にやぶれ去りました。
しかしその背に乗ったふたりのえいゆうたちの運命は、いまだけっちゃくをむかえていないままでした。りゅうの背になんとかしがみついていたアルマークは、ああ、なんてこと! ふりはらわれ、そのままこの空の中へと放り出されていってしまいました……。そしてアルファズレドもまた、同じ運命をむかえることとなったのです。
アルファズレドのからだはりゅうの背中からふり落とされ、そのまままっさかさまに、はるかな地上へとむかって落ちていきました。もはや、どうすることもできませんでした。落ちてゆくその中、アルファズレドの頭の中には、かつてのたくさんの思いでたちがよみがえっていました。小さかったあのころ、ともにひみつの草原の上で、夢を語りあったふたり。ともに冒険の旅に出て、ともに同じ道を歩んできたはずのふたり。いつからなのでしょう? そのふたりの思いが、おたがいに、べつべつのところへとむかっていってしまったのは……。
おれは、まちがっていたのか……?
うすれてゆくいしきの中、アルファズレドは静かに思いました。しかしもう、どうすることもできなかったのです。あとほんのすこしののちには、自分のいのちは、この世界から消え去ってしまうのですから。アルマークのいる、この世界から……。
アルマーク……。アルファズレドはさいごに、思いました。
これが、おれたちの運命なのかもしれんな……。
アルファズレドはそうして、みずからのそのさいごの運命の中に、その身をゆだねたのです。
「さらばだ……、アルマーク……」
アルファズレドは消えゆくような声で、そうささやいていました。
そのとき……。
ばさっ……! ばさっ! ばさっ!
かなたから、つばさのはばたく音がきこえてきました! これは……! この音は……!
そう、それはまさしく、アルマークの乗るあのユニコーンのつの持つペガサス、クリーブのつばさのはばたきの音だったのです!
「アルファ!」
その背からひびき渡る、ひとりの人物の声。それはまさしく、アルマークのものでした! そうです、アルマークのその身がりゅうの背から投げ出された、そのあと。かなたの空からその主人のもとへと、かけつけた者がありました。それこそが、このクリーブだったのです! アルマークはとっさに、そのクリーブのからだにしがみつきました。そしてその背になんとかまたがることができると、そのまままっしぐらに、アルファズレドのもとへとむかっていったのです。
友を助ける。そのひとつのために……。
「アルファ! つかまれ!」
アルマークの声が、ふたたびこの空の中にひびき渡りました。のばすうでのさきには、落ちてゆくアルファズレドのそのすがたがありました。アルファズレドはその声にひかれて、ゆっくりとそのひとみをひらきます。アルファズレドはそこに、アルマークのまぼろしを見ているのだと思いました。さいごのさいごで、かつての友のすがたを、そこに見たのだと。
しかしそれがまぼろしではないとわかったとき、アルファズレドは目を見ひらいて、アルマークのそのすがたをくいいるように見つめたのです。なぜ……、なぜアルマークが、おれを……。
「アルファ!」
アルマークのその手のさきが、アルファズレドのその手にふれました。アルファズレドはゆっくりと、自分のその手をアルマークにさしむけます。なぜなのでしょうか? アルファズレドは自分でも、わかりませんでした。しかしこのとき、アルファズレドはただ自分の心のみちびかれるがままに、友のその手を取ったのです。
がしっ!
アルマークは空中で、アルファズレドのその手をしっかりとにぎりしめました。そしてそのままクリーブのからだをアルファズレドによせると、かれのからだをしっかりとだきかかえて、ペガサスのその背の上へとはこびいれたのです。
ペガサスの背の上で、ふたたびあいまみえるふたり。アルファズレドは、はあはあと荒い息をついて、そのまま下をむいていました。しばらくは、なにもいうことができませんでした。
そしてそれから、ときがすぎて。
「なんのつもりだ? アルマーク……」アルファズレドが下をむいたまま、うしろにいるアルマークにいいました。
「おれは、おまえを殺そうとした。すべてのけっちゃくをつけるつもりだった。それなのに……、なぜ、おまえはおれを助ける……?」
その言葉に、アルマークは静かにほほ笑むと、友のその背にむかっていいました。
「なぜかな? ただ、わたしには、きみを見すてることはできなかった。きみが、わたしの友人だからかな? 友を見すてることが、ざんねんながら、わたしにはできないんだ。」
アルマークがアルファズレドのそのうでに、自分の手を重ねます。
「わたしは、強くなっただろう? きみに負けるわけにはいかないんだ。わたしはずっと、きみに追いつこうとしてきた。だから、これからも、きみの背中を追わせてくれるとうれしい。きみはいつまでも、わたしのもくひょうなんだ。」
アルファズレドが、ふるえる声でいいました。
「おれは……、おれは……」
しかしアルマークはアルファズレドの手を取って、やさしくいったのです。
「むかしのわたしたちに、もどろう、アルファ。ともにきそいあい、はげましあい、強く大きくなっていけばいいんだ。ベーカーランドも、ワットも。」
アルファズレドは、なにもいえませんでした。その目には、たくさんのなみだがあふれかえっていました。
そのとき……。
ばりん!
アルファズレドの首にかかるあのりゅうの力のメダルが、音を立ててくだけちりました! ぱらぱらと、そのかけらが空にちってゆきます。それは青き宝玉の、そのせいなる力のためでした。女神の宝玉がほんとうの力を取りもどしたとき、宝玉のそばによった悪しき力のそんざいは、すべてその力を失うのです。宝玉の力はさいごのときここにきて、アルファズレドの持つその悪しきメダルの力を失わせました。アルファズレドの心が、その悪のじゅばくからとき放たれたしゅんかんでした。
つばさを持った白馬が今、エリル・シャンディーンの王城へ、青き宝玉のもとへと飛び立ってゆくところでした。その背にむかしのままの心をいだいた、ふたりのえいゆうたちのことを乗せて。
アルファズレドのそのなみだのつぶが、すぎてゆくこの空の中へと消えていきました。
すまない……、アルマーク……。
思いはアルマークの心に、たしかにとどいていました。
青き宝玉の光は、戦いの場のそのすみずみまでをもてらし上げていました。そしてもちろん、われらが白き勢力の者たち、ベルグエルムも、フェリアルも、その光の意味するところをすぐにりかいしたのです。それはまさしく、このアークランドのきぼうをつなぐ、光そのものでした。
ぜつぼう的なまでの戦いをくり広げていた、ふたり。そして白き勇士たち。
あれから……。
もも色りゅうドルーヴのしゅうげきにより、白き勇士たちはかいめつ的なまでのひがいを受けていました。弱りきっていたところへ、さらなる追いうちを受けたのです。それからすぐに、アルファズレドを乗せたドルーヴはエリル・シャンディーンの王城へとむかって飛び去っていきましたが、仲間たちはもはや、その力のげんかいをはるかにこえたじょうたいになってしまっていました。
ドルーヴのそのおそろしいほのおの息によって、仲間たちの乗る馬はみなたおれ、きずつき、ちりぢりになってしまっていました。そして白き勇士たち自身も地面へと投げ出され、もはやその手に武器を取ることすら、ままならないじょうたいになってしまっていたのです。そこへせまりくる、黒の軍勢の者たち……。仲間たちの目の前にあるものは、もうぜつぼう、それだけでした。
「こうふくしろ。いのちまでは取らぬ。」
騎馬に乗った黒の軍勢のしきかんのひとりが、ベルグエルムたち白き勇士たちの前に進み出て、その手に持った剣をかれらにつきつけていいました。白き勇士たちはみなすっかり、敵に取りかこまれてしまっていました。馬はもう、一頭も残ってはおりません。ベルグエルムのはい色の騎馬も、フェリアルのゆうしゅうなる騎馬も、ドルーヴのほのおの前に追いちらされてしまっていたのです。かれらの手には、ただいっぽん、ぼろぼろになった剣がにぎられているだけでした。
ベルグエルムにもフェリアルにも、もうこのじょうきょうをくつがえすしゅだんはなにも思いつくことはできませんでした(すでにかれらの人数は、いくさの勝ち負けをきめるための人数である「全体の人数の二十ぶんの一」を下まわる、そのぎりぎりのところまでへっていました。このままきせきが起こらないかぎり、かれらがその人数を下まわってしまうことは、もはやあきらかだったのです)。かれらにできることは、ふたつにひとつ。こうふくするか? それともさいごまで戦って、その運命をむかえいれるか?
ベルグエルムもフェリアルも、みなその手に持った剣をぎりぎりとにぎりしめました。その手には、血がにじんでいました。剣をふるいにふるったがために、その手のかわは破れ、もうぼろぼろになってしまっていたのです。それでもかれらは、剣をふるいつづけていました。
黒の軍勢の者たちが、せまってきました。さいごのけつだんをしなくてはなりません。ベルグエルムもフェリアルも、みなそのひとみをとじました。そしてふたたび目をひらいたとき、かれらの心はなおかたく、ひとつにきまっていたのです。
われらは、仲間を信じる! そして運命を信じる!
ロビーどののために! アークランドのために!
「うおおおお!」
ベルグエルムもフェリアルも、みなさいごの剣をかまえて、目の前の敵たちに立ちむかっていきました! そのあまりのいきおいには、さすがの黒の軍勢の者たちも、おそれをいだかずにはいられませんでした。いっしゅんのうちに、黒の軍勢の兵士たちがつぎつぎとうちたおされていきます。それはまさに、白き勇士たち、かれらのさいごのせいぎの力、そのものでした。
しかし……、その力が長くつづくということは、あり得なかったのです。たおしてもたおしても、つぎつぎにあらわれる、新たな敵の軍勢。その戦いは、はじめからぜつぼう的でした。それははじめから、わかっていたことでした。しかしかれらは、あきらめることなどはできなかったのです。かれらがこうふくしたそのしゅんかん、ベーカーランドのはいぼくがけっていしてしまうのですから。そのあとにたとえどんなきせきが起ころうと、そのけっていがくつがえされるということは、ないのです。
ここで負ければ、すべてが終わる……。かれらの思いは、ただひとつでした。それだけは、なんとしてもさけなければならない。どんなじょうきょうであろうとも、たとえ目の前の光景に、のぞみがまったくなかったとしても、われらはきぼうを信じてつき進むのみ。
あきらめるわけにはいかない!
仲間を、きぼうを信じるんだ! その強き思いが、かれらのことをただつき動かしていました。
そしてそんな、まさにそのときのこと……。かれらのその思いは、ついに天にとどいたのです。青き宝玉の、そのきぼうの光とともに……。
「なんだ! これはいったい、どういうことだ!」黒の軍勢のしきかんが、あわてふためいて、あたりを見渡しながらいいました。戦いの場は、いってん、青白い光によって、すっかりつつみこまれてしまったのです! 黒の軍勢の者たちはみなひめいを上げて、逃げまどうばかりでした。なにしろ宝玉の光は、かれらの身につけているよろいやかぶとやたてを、あつくやきこがし、その黒きつるぎをやきこがしましたから。
戦いの場は大こんらんとなりました。目の前にせまりきていた黒の軍勢の者たちは、そのまましきかんたちのしきも失って、防具をぬぎすて、武器を放り投げて、ちりぢりになって、戦いの場のこうほうへとひき下がっていったのです。
仲間を信じるみんなの思いにより、ぎりぎりのところでつながった、ひとつのきぼう。そのきぼうをばねにして、かれらはここから、つづくさらなるきぼうへとむかってつき進んでいきました。つづくかがやき、きぼうを信じて。
そして……。
かれらのその思いは、まさに、つづくさらなるきぼうへとつながっていったのです。運命がいちどきぼうへのかいだんをのぼりはじめたのなら、どんなときにだって、そのきぼうの光はさらなる光をもたらしてくれました。
光が光を、きぼうがきぼうを。
ひゅん! ひゅん! ひゅん! ひゅん!
とつぜん、戦いの場に大きな風の音がなりひびきました! りゅうのつばさの音でも、ディルバグのつばさの音でもありません。それは今までにだれもきいたこともないような、ふしぎな風の音でした。
そしてその場にいる者たちは、みなそれを見たのです。
それはかなたの空からやってくる、巨大な空飛ぶ船たちでした!
これはいったい! ベルグエルムもフェリアルも、みなとても信じられないといったようすで空を見上げていました。今やこの戦いの場の空には、数えきれないほどたくさんの、巨大な羽を持った船たちがせいぞろいしていたのです!(その羽がぱたぱたと動いて、この船たちのことを進ませていたのです。そしてさきほどのひゅんひゅんという風の音は、この羽が立てている音でした。)それらの船たちにはみな、同じもんしょうがえがかれていました。それはみどり色をした、木と葉っぱをあしらった、ゆうがなもんしょうだったのです。
「あのもんしょうは……!」ベルグエルムがおどろきの表じょうを浮かべて、いいました。かれはそのもんしょうのことを、よく知っていました。たびたび本の中にあらわれる、そのもんしょう。それは今は遠いかなたへとすがたを消してしまったという、あるひとつのいだいなる種族の者たちの、もんしょうだったのです。その種族とは……?
「ネクタリア! ネクタリアだ!」
そうです! このもんしょうは、はるかむかしにこのアークランドを去っていった、その伝説的なまでの植物の種族、ネクタリアたちのもんしょうでした!
「ネクタリアの者たちが、このアークランドへともどってきた!」
みなは剣をかかげて、いっせいによろこびの声を上げました。そしてそんなかれらの頭の上から、今かれらの味方たるネクタリアの者たちの、きぼうの船たちがまいおりてきたのです。それは白くなめらかな木でつくられた、なんとも美しい船たちでした。船のまわりは、かがやくこがね色のしんちゅうでかざられております。それらはすべて、植物をあしらったデザインになっていました。そしてまるで船そのものがいっぽんの巨大な木であるかのように、葉やくきや花や根が、そのまわりを取りまいていたのです(そしてじっさいそれらのものは、ほんものの生きた植物でした。まさにこれらの船たちは、生きていたのです)。
そしてこれらの船たちの、そのいちばんのとくちょう。それは船の上に取りつけられている、大きな白くてまるいふしぎな物体でした。それらはいっそうの船につき四つか五つついていて、ふわふわと風になびいていたのです。そしてよく見ればそのひとつひとつが、小さなわた毛の集まりであるということがわかりました。
これは……! みなさんもたぶん、この物体のことはもうなんども見たことがあるはずです。それは春の野原にさきほこる、小さなきいろい花のわた毛でした。そう、それは……、たんぽぽです! これらの船の上に取りつけられているもの、それは巨大な、たんぽぽのわた毛でした!(いったいどこに、こんなものがさいているのでしょう?)そしてその巨大なわた毛が風を受けて、これらの大きな船たちのことを、ちゅうに浮かべていたのです(そして船に取りつけられているいくつかの羽によって、これらの船たちのことを進ませていました)。ほんとうにすごい。
「どうやら、まにあったようだ。」
今その中のいっそうの船の上から、青いかみをしたひとりの青年が顔を出していいました。かれのことは、もういうまでもないでしょう。そう、それはまさしく、青いかみを持つ美しきシルフィア種族の青年(そしてリズのお兄さん)、リストール・グラントだったのです!
ついにリストールが、みずからのときふせたネクタリアの軍勢をひきいて、この地へやってきました! ほんとうに、あやういところでした。あともうすこしくるのがおそかったなら、このアークランドのれきしは、大きく変わってしまっていたはずです。リストールのそんざいが、大きな意味を持つということ。そして時間がなによりもたいせつなのだということ。ノランのいっていたそれらの言葉は、まさしく正しい言葉だったのです。
(そしてもし宝玉のかがやきのもどらないうちに、かれらがこの戦いの地へやってきていたのであれば……、かれらの力は空に浮かぶ巨大なひとつのじゃあくなる力によってふうじこめられ、ばらばらに追いはらわれてしまっていたことでしょう。その空に浮かぶじゃあくなひとつの力とは? そう、ドルーヴです。宝玉の光がもどっていなければ、アルファズレドはアルマークのことをうちたおし、そして新たな敵であるネクタリアたちのわた毛の船の軍勢にむかって、そのおそろしい力をぞんぶんにはっきしていたはずでした。いかにネクタリアの大軍勢とて、巨大な悪であるドルーヴにまっこうから立ちむかって勝つことは、とてもむりなことだったのです。空飛ぶ船たちはていこうもむなしく、その上のネクタリアの者たちともどもほのおにやかれ、かじをこわされ、なすすべもなくうちたおされてしまっていたことでしょう。もも色りゅうドルーヴのそんざいとは、それほどに、だれもがよそうすらできないほどのおそろしいものでした(これがネクタリアでなくとも、ほかの勢力であっても、けっかは同じことでしょう。たとえ数千、一万の大軍勢であろうとも、このもも色りゅうのじゃあくなる力は、かれらのことをかんたんになぎはらえてしまえました)。
ロビーが宝玉の力を取りもどしてくれたからこそ、ベルグエルムやフェリアルたちがきぼうを信じてさいごまで戦ってくれたからこそ、ネクタリア、かれらの力もまた、ここにすばらしききぼうの力となって、光りかがやくこととなったのです。ネクタリアの者たち、そしてリストールや、リストールのことをささえてくれたたくさんの者たち。かれらのそんざいはここにまさに、ロビーやベルグエルムやフェリアルやみんなの思いにつづく、きぼうの光となりました。それはまさしく、みんなの思いのけっしょう、人の持つほんとうの強さでした。)
リストールのそばには、三人の者たちが立っていました。そのうちのふたりは、シープロンドからリストールとともにこのわた毛船に乗ってやってきた、レシリアとルースアンでした。かれらはこのさいごのときにあたって、わずかでも力になれることがないかと、船に乗せてもらったのです(かれらがいなかったのなら、リストールの身にワットのおそろしい魔の手がのびていたかもしれません。そうなっていたら、このネクタリアの軍勢も、ここにやってくることはなかったはずです。かれらの力はまた、まことにこのアークランドをすくう、大きな力となりました)。
そしてもうひとり。リストールの横にはみどり色がかったこがね色のかみを持つ、リストールと同じくらいのねんれいの青年が立っていました。その頭の横には、大きな白いゆりの花がいちりんさいております。つまりかれは、ネクタリアの者でした。かれの名まえは、クライユルト・エルクライト。そう、リストールの、そのいちばんの友でした。
「われら、ネクタリア、花の騎士団、七千! われらはここに、ベーカーランドのえん軍として加勢する!」
クライユルトの声が大きなこだまとなって、黒の軍勢の者たちの上にふりそそぎます(たくさんの植物のパイプの中を通って、その声がなんばいにも大きくなったのです)。これをきいた黒の軍勢の者たちは、ますますあわてふためきました。
「えん軍だって?」「きいてないぞ!」「まさか、そんな!」
えん軍、七千! なんというたのもしい力なのでしょう! 花の騎士団の力はまさしく、大いなるきぼうの力だったのです。それを知っていたからこそ、ノランはかれらに、リストールに、大きなのぞみをかけました。
えん軍、それはいくさの場においての、新たなる力をあらわすものでした。戦いのその中で(そのくににしょぞくしていない)新たに戦える者たちが加わったのなら、それはえん軍として、そのくにの兵力の中に加わることができるのです。そして……、ワットがかき集めたそうぜい六千の兵たちをすべて加えたとしても、今やべーカーランドの白き勢力の力は、それを上まわっていました。
(いぜんにもお伝えしたことがありましたが、このえん軍についてのルールとして、「そのくににしょぞくしていないそとからの兵力であれば、いくさにおいていっぽうの軍に新たな兵力が加わったとしても、加わったあとのごうけい人数が相手と同じ数までであれば、相手は兵士をついかすることができない」というルールがありました。さらに、「加わったあとのごうけい人数が相手の数をこえる場合、相手はそれと同数までの兵士をついかできる」というルールも。ですからこんかい、七千のえん軍を加えたベーカーランドは、さいしょの兵力の千五百四十二とあわせてごうけい八千五百四十二もの兵力となりますから、ワットは自身のそうぜい六千におよぶ軍勢をこえるぶんについては、新たな兵力をついかすることがかのうなわけです。ですけど……、そんな兵力はもうワットにも、どこにも持ちあわせてはいませんでした。ワットはこんかいの戦いにむけて、かのうなかぎりの兵力をかき集めたのです。それで六千の軍勢なのですから、ネクタリアの七千の軍勢が、いかに強大な勢力であるのか? おわかりでしょう。)
「えん軍! えん軍!」
白き勇士たちのあいだに、大きなかけ声がわき起こりました。それは黒の軍勢の者たちに、自分たちの新たな兵力のことを伝えるためのものでした。
「われら、白き勢力、八千五百四十二! げんざい、七千と、そして八十六名!」(いくさの勝ち負けがきまる人数は、はじめの兵の人数の二十ぶんの一。この人数まで兵がへったときにその軍勢は負けとなるわけですが、もしえん軍がこなかったのなら、白き勢力のもとの兵力、千五百四十二の二十ぶんの一である七十七人(はすうは切りすてます)にたっしたときに、負けがきまってしまっていたのです。そしてえん軍がくる前の残りの人数は、ベルグエルムとフェリアルの部隊の、わずかに八十六人のみでした! ほんとうに紙ひとえのところで、運命は分かれたのです。)
そして、仲間たちのそのかけ声の中……。
「ぜんかん! かまえ!」
頭上のたんぽぽのわた毛船たちのあいだから、大きな声がひびき渡りました! その声はまさしく、このネクタリアたちのきずき上げたいだいなる花の騎士団の長、セハリア・シリルロウの声でした。いっそうのわた毛船の上、そのまん中にそびえたつ、しれい塔。今そのしれい塔の上に、もも色でふち取られた白く美しいよろいに身をつつんだ、セハリアが立っていたのです。風になびく、おうごんのかみ。そのかみの横には、白ともも色のまじった、たくさんの美しいらんの花がさきほこっていました。そして、りんとしたそのまなざし。その手には、自身のもも色のやいばのつるぎがいっぽん、しっかりとにぎられております。そして今セハリアは、そのつるぎをふりかざして、配下のネクタリアの者たちにむかって、しどう者たる者のカリスマあふれる声で、戦いのめいれいをくだしているところでした(なんてさまになっているんでしょう!かっこよすぎます!)。
「うて!」
セハリアが、そのもも色のつるぎをふりおろしたしゅんかん。
しゅごごごおお! ぼんっ! ぼん、ぼぼんっ!
わた毛船たちの横にあいたたくさんのまるいあなから、大きな黒いものが、ぼぼんっ! いっせいに飛び出して、そしてそれはまるで雨のように、黒の軍勢のそのまうえへとうちこまれていきました! それはみなさんの世界のむかしの軍かんなどに取りつけられている、たいほうのたまのようでした。しかしそちらは、鉄のかたまり。もちろんわれらがネクタリアたちが、そんなぶっそうで「ゆうがでない」ものを、使うはずがありません。では、かれらの船からふりそそがれたものとは?
「うわああっ! な、なんだー?」
黒の軍勢の兵士たちが、口々にさけび声を上げました! そのからだには、たくさんの植物のつるがまきついております! そんなものが、いったいどこから? こたえはひとつでした。ネクタリアのわた毛船からは、大きな黒くてまるい、植物のたねがふりそそがれたのです! そしてそのたねからたくさんの植物のつるがのびていって、あたりの敵の兵士たちに、つぎつぎとまきついていきました(あまりののびの早さに、さいしょにつかまった兵士などは、はるか二十フィートほども空にのび上がっていってしまったほどでした!)。
「われら、ネクタリアのほまれ! 今こそ、その剣に乗せて、悪をうちはらうときぞ! リステロント!」
セハリアの力を持った美しい声が、いくさの場にひびき渡りました。そしてその声にあわせて、わた毛船の上から、その両手にゆうがなデザインの剣を二本かまえたネクタリアの美しい兵士たちが、つぎつぎとそのすがたをあらわしていったのです(レシリアとルースアンのすがたも、その中にありました)。
「みな、つづけ! かつての友じょうのために! ぜんなる世界のために!」
花の騎士団のしきかん、リストールの声がひびき渡りました(リストールは騎士団のしきかんとして、この戦いをまかされていました。そしてセハリアは、その騎士団のいちばん上に立って戦いのようすを見きわめる、そうだいしょうということになるのです)。そしてその声とともに。
「おおおーっ!」
ネクタリアたちの数えきれないほどたくさんのおたけびが、いちめんに広がっていきました。それからかれらは、なんともネクタリアらしい、じつにゆうがな方法をもちいて、戦いの場のそのただ中におり立っていったのです。
ずざざざざあーっ! かれらのからだがあっというまに、たくさんのいちまいいちまいの葉っぱのすがたへと変わっていきました! それはまるで、木の葉のふぶきのようでした。あちらでもこちらでも、今やこの戦いの場の空は、みどりやきいろ、赤やオレンジといった色とりどりの葉っぱで、うめつくされてしまったのです! そしてそれから。
その葉っぱのふぶきは黒の軍勢のその中へと吹きこんでいくと……、そこでふたたびより集まって、もとのネクタリアの兵士たちのすがたへともどっていきました!
もう黒の軍勢の者たちは、人間たちもかいぶつの兵士たちも、わけへだてなく大パニックでした。とつぜん葉っぱのもうふぶきが吹きつけてきたと思ったら、目の前に剣を両手にかまえた敵の兵士たちが、数えきれないほどたくさんあらわれていましたから!
ずざああー! ざざあーっ!
ネクタリアの兵士たちがそのからだを葉っぱに変えて、流れるように敵のあいだを通りすぎていきます。そして、かれらが通りすぎたあとには……。
「うわっ!」「なにーっ!」「ぐおお!」
黒の軍勢の者たちの、数々のさけび声! かれらの手には剣のかわりに、大きないちりんの花がにぎられていました! そしてよろいもたてもかぶとも、たくさんの植物の根が張りめぐらされていて、ひびだらけ。もはや使いものにならなくなってしまっていたのです(ネクタリアたちの戦い方は、相手をいたずらにきずつけるようなものではありません。あっというまに敵の力をうばい去って、戦えなくしてしまう。それがネクタリアたちの「ゆうがな」戦い方でした。う~ん、かっこいい!
そしてレシリアとルースアンのふたりも、すばらしいかつやくぶりで戦いの力に加わっていました。風に乗ってさっそうといくさの場にあらわれ、手にした同じく二本の剣で、敵をばったばったとうち破っていったのです。かれらは剣も使えるんですね! 強い!
それからもちろん、リストールとかれのいちばんの友クライユルトのふたりも、ともにおたがいの背中を守りあいながら戦いの場に加わっていました。
「むかしを思い出しますね、リステロント!」
クライユルトの言葉に、思わず笑みを浮かべるリストール。かれらのすがたは、まさにむかしのままのふたり、そのものでした。その友じょうは、はなれているあいだにも、ずっと変わらず、つづいていたままだったのです)。
ベルグエルムもフェリアルも仲間たちも、みな夢を見ているような気分でした。かれらのきぼうはまさに、ぜつぼうのふちからよみがえったのです。ベルグエルムもフェリアルも、仲間たちに、アークランドの女神に、ネクタリアの者たちに、そして世界をすくう光をもたらしてくれたロビーに、心からのかんしゃの気持ちをおくりました。
そして。
その心は、さらなるきぼうの力へとつづいていくことになるのです。
ぼうーっ! ぼうーっ!
ふいに、どこからかひくい物音がひびいてきました。それはどこかできいたことのあるような、そんななじみのある音でした。いったい、この音のしょうたいは?
「あ、あれは……!」それを目にした仲間のひとりが、おどろきの声を上げました。それは、いくさの場のむこう。母なる大河ティーンディーンのかなたからやってくる、たくさんの大きな影たちだったのです。
「まさか……! うそだろ……!」
みなはとても信じられないといったようすで、わが目をうたがうばかりでした。しかし夢やまぼろしではありません。それはたしかに、そこにあらわれたのです。
「ポート・ベルメル船団! ガランタのポート・ベルメル船団が、アークランドにやってきた!」
その言葉の通り! まさしくそれは、西の大陸、こんごう大陸とよばれるガランタの、そのいちばんのみなとまち。ポート・ベルメルというまちからつかわされた、ぜんなる力の大部隊でした!
その大部隊はポート・ベルメル船団とよばれる、船の一団でした。西のガランタにおいても、かれらの船団の戦力にかなう者は、ほとんどおりません。そのポート・ベルメル船団が、なんと、西の海をはるばる乗り越えて、大河ティーンディーンをさかのぼり、このいくさの場へとかけつけてきたのです。なんというすくいの船たちなのでしょう! それにしても、いったいだれが、かれらのことをよびよせたのでしょうか?(そしてさきほどのぼうーっ! という音は、この船たちの出す、むてきの音だったのです。むてきというのはまわりの人たちに船のそんざいをしらせるための、ふえのようなやくわりを持つ音のことです。みなとなんかにいったときに、耳にすることができるはずです。)
「ベーカーランドの人たちよ! おそくなってすまんな!」
とつぜん、かれらの船のその先頭のいっせきから、ひとりの男の人がひょっこり顔を出して、ベルグエルムたちのいる方にむかってさけびました。赤やきいろやもも色のいりまじった、どはでなかみの毛。サーカスのピエロが着ているような、色とりどりの水玉や星などのもようがはいった、どはでないでたち。こ、このかっこうは……! まさか!
そう、こんなにもしゅみの悪い……、いえ、どはでなかっこうをしている人が、ほかにいるはずもありません! ポート・ベルメル船団のそのすくいの船の上からあらわれたのは、まぎれもなく、あの木のけんじゃ、カルモトにほかならなかったのです!(おひさしぶりです! それにしても、どうして!)
「カルモトどの! カルモトどのではありませんか!」
大こんらんのいくさ場の中、ベルグエルムもフェリアルもびっくりぎょうてんして、やってきたその船のもとへとかけよって、あらんかぎりの声でさけびました(船の先頭までは、まだ三十ヤード以上もはなれておりましたから)。
「おお! べルグエルムくんに、フェリアルくんか! なんというみじかい名まえだ! 忘れようにも忘れられんぞ!」カルモトがさけんでかえします。
「きみたちには、たいへんにせわになった。ほんとうに、かんしゃをしても、しきれないくらいだ。わたしに、アルミラとむきあう、そのきっかけを与えてくれたのだから。心かられいをいう。ありがとう!」
カルモトはそういって、頭を地面すれすれまで下げて、ぺこり! とおじぎをしました(それと同時に、からだのどこかでぼきっ! という木のおれる音がしましたが……)。
「今こそ、そのおんをおかえしするとき。アークランドのために、わたしも力をつくすぞ。あとは、わたしたちにまかせておけ。」
そうなのです、カルモトはアルミラとけっちゃくをつけるためのそのきっかけを与えてくれたロビーたちにおんがえしをするために、西の大陸ガランタのポート・ベルメル船団をひきつれて、ここにえん軍として加勢してくれたというわけでした!(ポート・ベルメル船団の者たちとはカルモトは親しくつきあっていて、かれらはカルモトのいうことなら、たいていのことはきいてくれたのです。まさか遠くアークランドまでしゅつげきしていくことになろうとは、かれらも思っていなかったでしょうけど。)
ベーカーランドへとむかう西の道で、ぐうぜんに出会うことになった木のけんじゃカルモト。ロザムンディアのまちの人々(とフェリアル)のことを助けたいというロビーのそのけつだんが、カルモトとみんなのことをひきあわせ、カルモトとのこの大きな友じょうを生むことになったのです。そしてその友じょうが今、まさにこのさいごの大いくさの場において、これほどまでに大きな力をもたらすことになりました。
(ところで、ノランはさいしょ、とらわれのリュインの者たちのことを助けるそのしごとを、カルモトにお願いしようとしていたのです。カルモトはいぜん、ベーカーランドからほど近い、切り分け山脈のいちばん南のはしの山の中に、塔をたてて住んでおりましたから。ですがそこに送ったノランの魔法の手紙は、「あてさきふめい」でもどってきてしまいました。カルモトはノランに伝えていたその前の住所から、かってにひっこしてしまっていたのです! そしてひっこしたさきをノランに伝えるのを、「うっかり」忘れていました。
そのひっこしたさきがどこだか? みなさんはもうごぞんじですよね。そう、あのうちすてられた西の土地に立つ、いっぽんの巨大な木、ルイーズの木のところです。まさかノランも、カルモトがそんなところにひっこんでいるだなんて、思ってもいませんでしたから。そのためノランはカルモトをすぐに見つけることができず、見つける時間もなく、リュインのことはかわりに、(すこしはなれた地に住んでいる)リブレストにお願いしたというわけでした。
リブレストがいってましたよね?「ノランのやつも、やっかいなしごとをおしつけてくれるわな。」って。あの言葉は、こういうわけからだったのです。そして、つづくリブレストの言葉。「たまには、いいわい。ハウゼンくんにも、おんがえしせんとな。」あの言葉はつまり、カルモトにおんを感じているリブレストが、カルモトのかわりをつとめることで、そのおんをかえそうとしていたからの言葉でした(どんなおんがあるのかは、わかりませんけど……)。ハウゼンくんというのは、カルモトのみょうじだったのです。どうりで、どこかできいたことがあると思ったはずでした。はじめてカルモトに出会ったときに、カルモトが自分の名まえを名のっていましたが、そのときわたしたちは、ハウゼンというみょうじを耳にしていたのです(名まえの方は長すぎて、今でもさっぱりきおくにありませんけど……)。
そしてもうひとつ。カルモトがガランタにおもむいたそのもくてきは、今やすっかり果たされていました。つまりカルモトのいもうとであるアルミラは、カルモトにつれられて、ヴァナントの魔法かんごくの中につながれることになったのです。今アルミラはそこで、おのれのつみをつぐなう日々を送っています。カルモトのいうことには「ほんの百年ほど」で、そのつみはあらい流されることになるだろうということでした。いつの日か、ふたたび、きょうだいが手を取りあえる日がくるといいですね! カルモトさん。)
「見たとこ、おお! ネクタリアの者たちも、加勢にかけつけてくれたか! かれらとは、じつにひさしぶりだ! もう、二百年になるか? それはそうと、わたしの方も、力強い助っ人をつれてきた。ポート・ベルメルの、ポメラニンの者たちだ。かれらの力も、そうとうなものだぞ。」
ポメラニン? それはいったい?
すると、カルモトのその声にあわせて、そのきれいなそうしょくのなされたまるっこい船から、たくさんの小さな人影が飛び出してきたのです。
「おまかせください! 小は、大をかねる! われら、ポメラニン、しのびの者たち!」
それはなんともちっちゃくて、かわいらしい、動物の種族の者たちでした。くりくりとした、つぶらなひとみ。まるっこい顔。きいろや茶色のかみをうしろや上でたばねていて、身長はせいぜい、四フィートもないくらいです。かれらはみな、きいろと黒のツートンカラーの、おそろいのユニフォームを着ていました(よろいではありません)。同じデザインの半ズボンすがたで、ひじやひざこぞうには、かわでできたパットをつけております。そして半ズボンのおしりからは、小さなかわいらしいしっぽが、ぴょこんと飛び出していました。
ポメラニン、その名まえをきけば、かれらがなんの動物の種族なのか? おわかりでしょう。そう、かれらは犬の種族。それもその名の通り、ポメラニアンの種族の者たちだったのです(どうりで見た目もかわいらしいはずです。カルモトとなぜ仲がいいのかは、ふめいですが……)。
「われら、ポート・ベルメル船団、二千! ベーカーランドのえん軍として、加勢いたします!」
そしてその言葉につづいて……!
「いっけえー!」
船の中からいっせいにポメラニンの大部隊が飛び出して、かれらはそのまま、黒の軍勢のそのまっただ中へとつっこんでいきました!
ごろごろ! ごろごろ! ごろごろ! ごろごろ!
これは! なんという変わった動きなのでしょう。かれらはそのまるっこいちっちゃなからだをまんまるにまるめて、そのまま地面の上をごろごろごろごろ! すごいはやさでころがっていったのです!(なるほど、ひじやひざこぞうにパットがついているのも、なっとくです。地面でこすれないようにするためでした。それによろいを着ていないりゆうも、これでわかりましたね。よろいを着ていちゃ、重くてごろごろ、ころがれませんもの。)
そしてかれらは黒の軍勢の者たちのそのもとへととうちゃくすると……、そのまま、どっちーん! 体あたり!(まるでボールがいきおいよくぶつかったみたいに。)「ぐわっ!」黒の軍勢の者たちはそのまま四ヤードほども吹き飛ばされて、地面にたおれふします。そして、そこにすかさず。
「そーれっ! やっちまえ!」
たおれた兵士たちのひとりひとりに、それぞれ五人ずつほども!(大きなかいぶつの兵士たちに対しては、その三ばいほどの人数で)ポメラニンのしのびの者たちがわらわらとまとわりついて、その手に持ったこんぼうやら鉄のぼうやらで、たこなぐり! 敵の兵士たちはたまらず、ノックアウト。あわを吹いて、「う~ん……!」のびてしまいました(かわいいすがたのわりには、なんてえげつない戦い方なのでしょう……。かれらにかなう者はほとんどいないというのも、うなずける気がします……。ゆうがなネクタリアたちとは、えらいちがいですね)。
今やポート・ベルメル船団の二千人のポメラニンたちの力が加わり、戦いの場にうでをふるうわれらが白き勢力の兵の数は、九千人以上! なんというたのもしい数なのでしょう!(じっさいの兵力はごうけい九千のえん軍を加えた、一万五百四十二というあつかいになりますが。
ちなみに、もちろん黒の軍勢の者たちのうち、はじめは戦いに加わっていなかったひかえの兵士たちも、いうまでもなく、もうとっくにこの戦いの場に加わっていました。まさかかれらも、自分たちがじっさいに戦いの場に加わるなどとは、思ってもいなかったでしょうね。)
ネクタリアたちや、ポメラニンたち。そしてわれらが白き勇士たち。かれらはみないちがんとなって、敵の波をつぎつぎにうち破っていきました。そのせいぎのいきおいには、黒の軍勢のおそろしいかいぶつの兵士たちでさえ、おじけづき、武器を放りすてて、逃げ出していくほどだったのです。しかしわれらが白き勢力の者たちは、もはやようしゃなどはしませんでした。ぜんなる力は、さらなるぜんなる力を生む。きせきの力は、このうえなお、とどまるところを知らなかったのです。
ひゅううう……。ひゅひゅううう……。
空の上からひびいてきた、とつぜんの物音。そして、つぎのしゅんかん。
ぼーん! ぼぼん! ぼぼぼーん!
つぎつぎとまき起こる、ばくはつの音! いったいなにごとでしょう!
見ると、今このいくさの場の空いちめんをなにかの青白いたくさんの物体が、じゅうおうむじんに飛びまわっていました。もっとよく見ると、それらはポメラニンたちと同じくらいの大きさの、動物の種族の者たちのようでした(すくなくともそのように見えました)。そしてそのなぞの者たちが空の上からつぎつぎに、白い、なにかまるくてふわふわしたものを、下の敵たちにむかって落としつけていたのです。それがさきほどのひゅううという物音を立てて、地面にぶつかって、ぼぼん! 大ばくはつを起こしていたというわけでした。いったいこれは?
「ぐわっ!」「な、なんだこれは?」「う、動けない……!」
ばくはつして飛びちったその白いものをその身にあびた敵の兵士たちは、みなそういって、身をよじらせました。見れば、さきほどの白くてまるかったものが、ねばねばとした水あめみたいなじょうたいになって、敵のからだにまとわりついていたのです!そして動けば動くほど、それは糸のようなものにかたちを変えて、敵のからだをぐるぐるとしばりつけていきました(今ではすっかりあたりいちめんに、この糸で手足をしばられて動けなくなった敵の兵士たちのすがたがありました。かれらはもう、なすすべもありません。まさに「手も足も出ない」じょうたいでした)。
そしてそれから……。
きいいーん……! きいいいーん!
またしても空を切りさいてむかってくる、なにかの物音。そしてよく見てみれば、その音は空の上を飛びまわっていたあの青白い色をしたなぞの者たちが、その身を急こうかさせて、つぎつぎといくさの場にとつげきしていく音だったのです!
かれらのすがた、それはなんともめずらしいものでした。白くすき通った、かがやくようなはだ。白と青でデザインされたそでのないベストのような服を着ていて、えりもとをむすぶひものさきからは、白くてまるいぼんぼんがふたつ、かざられております。おそろいの青い半ズボンには、雲とつばさをあしらった、なにかのもんしょうのようなワッペンがひとつ、くっついていました。そして手には、かれらのすがたと同じく、なんともめずらしいデザインの、青いハンマーのような武器をひとつ、かかえていたのです。
かれらは男とも女ともつかない、なんとも美しくてかわいらしい顔立ちをしていました。しかもみんなおんなじ、まだ八さいくらいの子どものように見えたのです。そしてそのいちばんのとくちょう。かれらのかみはリズやリストールと同じく、すき通るようなかがやく青色をしていました。そしてその青がみの上からは、腰までとどくかというくらいの、大きなふたつの青い色をした、うさぎの耳がたれ下がっていたのです。そしてかれらはその耳をぱたぱた動かして、空を飛んでいました!(ですがそれはただほんとうにぱたぱたと動かしているだけで、じっさいにこの耳によってからだをちゅうに浮かべているのだとはとても思えませんでした。かれらが空を飛べるのには、なにかほかのりゆうがありそうです。)
さらに、かれらのおしりからは、ぴょこん! まるくてかわいいうさぎのしっぽが飛び出していました(それもかみの毛と同じく、青でした)。つまりかれらは、空飛ぶうさぎの種族ということになるのです。ですけどこのアークランドにこんな空飛ぶうさぎの種族の者たちがいるなんてことは、今までだれもきいたこともありませんでした(ふつうのうさぎの種族ラビニンたちや、空飛ぶねこの種族の者たちならいましたけど)。
この世界にはまだまだ、みんなの知らない種族の者たちもたしかにそんざいしています。ですが今、目の前にあらわれたこのふしぎな種族の者たちは、その中でも飛びぬけて変わった者たちでした。いったいかれらは、なに者? どういうりゆうがあって、かれらはこの場にかけつけてくれたのでしょうか?(味方であることには、まちがいなさそうですが。)
そのなぞの青うさぎの者たちは、そのまま糸にからめとられて動けなくなっている敵のただ中へと、つっこんでいきました。そして……。
がっこーん!
手にした大きな青いハンマーのような武器で、かれらは敵の兵士たちのことを、もんどうむよう、なぐりつけたのです!(もう動けないのに!)
かれらはなぐりつけた敵の近くに、ふわん! おり立つと、そのまますたすたとその敵のそばまで歩いていきました。そして相手のすぐ目の前に立つと、そのままむごんで、じいっ、その敵のことを見つめはじめたのです(しかも顔色ひとつ変えない、む表じょうのままで)。
「な、なんだ! おまえは!」動けない敵の兵士が、そういったとたん。
がこん!
ふたたび青うさぎの者が、手にしたハンマーでその敵をいちげき!(もう動けないのに。)
「ぐわっ!」
敵の兵士はたまらずぶっ飛ばされて、地面にたおれふします。そしてその青うさぎの者は、たおれた敵のその頭のすぐ横まですたすたと歩いていくと、そのまま、ちょこん。しゃがみこんで、目の前から相手の顔を、じいっ、またしてもむ表じょうのまま見つめはじめました(いったいなんなのでしょうか……?)。
「や、やめろ! なんなんだ、おまえは!」そして敵の兵士が、ふたたびそういったとたん。
がこん!
たおれている相手に、またしてもハンマーがさくれつ!(三回目です。なんだかちょっと、かわいそうな気もしてきましたね……)もう敵の兵士は、かんぜんにノックアウトです(動けない相手をようしゃなくぶちのめす。かわいいすがたと顔をしているわりには、なんてえげつない戦い方なのでしょう……。そのえげつなさは、ポメラニンたち以上かもしれません……)。
そして敵の兵士が、つぎのようにいったときのことでした。
「わ、わかった……! おれの負けだ! もう、かんべんしてくれ……!」
その言葉をきくと、青うさぎの者は、にこっ! まんめんの笑顔を見せると、ふたたび耳をぱたぱた動かして、空の上へと消えていったのです(う~ん、ほんとうに、なんだったのでしょうか? なんだかちょっと、こわい……。「た、助かった……」たおれた敵の兵士がそういって、頭を地面の上に、ぼふっ! もたれかけさせてしまったのはいうまでもありません)。
そしてそのとき……。
「アークランドの者たちよ! わたしもびりょくながら、力を貸すぞ!」
空の上から、よくひびくたくましい声がひびき渡りました! みんながそちらの方を見てみますと、ひゅううう! どこからともなくいちじんのたつまきがあらわれて、そのたつまきは見るまにぐるぐると、白いへびのようなすじとなってからみあい、まわりはじめていきました。そしてそのたつまきの中からあらわれたのは……。
なんともふしぎ! たくさんの白いすじがより集まって、人のすがたをかたち作っていったかと思うと……、つぎのしゅんかんにはそこに、まっ白な服を着たひとりの老人が立っていたのです!(これはなにかの魔法でしょうか?)そしてさきほどの声は、この老人がさけんだ言葉のようでした。
その老人は、ほんとうに白ずくめでした。人間のおじいさんのようなすがたで、長くてさらさらしたまっ白なかみを、みつあみにしてうしろでひとつにむすんでおります(おじいさんだからかみが白いのか? それとももともとなのか? わかりませんが。ちなみに、かみのさきはまっ白なリボンでとめられていました)。ひょろりとした背かっこうで、その(色白の)顔はやせこけておりましたが、長くてりっぱな白いおひげのおかげで、じつにどうどうとして見えました。全身には足のさきまでとどくほどの、白いガウンをまとっております(とうぜん、はいているくつも白ですし、腰にまいているベルトも白でした)。そしてその(色白の)手には、長さが六フィート近くもありそうな、白くて長いつえをにぎっていました(このつえは木のように見えましたが、なにからできているのか? ぜんぜんわかりませんでした)。
こんなかっこうでしたから、その場にいるみんなはひとめ見ただけで、すぐにわかったのです。この人はなにかしらの魔法を使う、まじゅつしであるのにちがいないと。そしてじっさい、その通りでした(そのまんまですいません。まあこんなときには、ひねりを加えてもしょうがありませんし)。
「ずいぶんとおそくなってしまったが、どうやらまにあったようだな。かれらがほんとうに、よくやってくれたようだわい。」
とつぜん、その白ずくめのおじいさんのとなりにもうひとりのおじいさんがあらわれて、いいました。こちらはたつまきではなくて、ひゅうう……、というすこしの風が吹いたかと思ったら、つぎのしゅんかんには、もうそこにあらわれていたのです。いったい、このおじいちゃんたちはなに者?(ぜったいにただ者ではないでしょうけど。)
しかし白ずくめの老人の方は、みなさんははじめて見る顔でしたが、もうひとりの老人の方、それは読者のみなさんにとっても、とてもなじみのあるなつかしい顔でした。
全身うすよごれて、すりきれた衣服。茶色のくたびれたマント。肩からは大きなかわでできたかばんをひとつ、かけていて、足もとにはぺたんこのくつをはいております。そして手には、そのさきに白いすいしょうのはまった、長い木のつえを持っていて……。
だれだかもう、おわかりですよね。
そう、そこにあらわれたこの老人は、まさしく世界さいこうのけんじゃとうたわれる、ノラン・エルセルファス・クーシー、その人でした!
ついにノランが、この戦いの場にやってきたのです! ノランはほんとうに、よく動いてくれました。まず、このいくさのまさにきぼうの力となった、ネクタリアたちのえん軍。かれらを動かすために、リストールをふくむリュインの者たちのことをすくい出すようにと岩のけんじゃリブレストにはたらきかけてくれたのは、ノランだったのです(そしてそのノランの声にこたえて、リブレストとたくさんの仲間たちがすばらしいかつやくをしてくれたのは、みなさんもごぞんじの通りです。さらに、リストールのことを守るためにそのいのちを張ってまでつくしてくれた、レシリア、ルースアン、ハミールに、キエリフ、かれらもほんとうにすばらしいはたらきをしてくれました)。
そして新たなえん軍。木のけんじゃカルモトによびかけて、木の軍勢の者たちをこの場にかけつけさせようとしてくれたのも、ノランでした(ですが、それはしっぱい。さきにお伝えしました通り、カルモトの大きなうっかりにより、ノランはカルモトとれんらくを取ることができずに、あてにしていたえん軍をよびよせることができませんでした。でもそのかわりに、ロビーたちがその大きなやくめを果たしてくれることとなったのです。さいしょのよていだった木の軍勢の者たちではなくて、それよりもっと、大きな勢力。ガランタのポート・ベルメル船団という、強力なえん軍となったわけですが。
ちなみに、この「木の軍勢の者たち」というのは、カルモトの作り上げた木の兵士たちのことではありません。木の兵士たちはただの木からカルモトの魔法により作り上げたものですので、こうげきの魔法を使ってはならないという、いくさのルールにいはんしてしまうのです(魔法で兵士を作ってそれでこうげきすることは、こうげきの魔法を使っていることになるのです)。そのかわりノランはカルモトに、はるかなむかしにさかえたという木の王国に眠る、八百名ほどにもおよぶ木の軍勢の者たちのことを、えん軍としてつれてきてほしいとたのむつもりでした。この木の軍勢の者たちは、切り分け山脈のおく深く、だれも知る者すらいないようなうちすてられた土地に、ひっそりと眠りつづけている者たちでした。この木の軍勢の者たちは、いちど目ざめさせると三日ほどでそのかつどうを終え、もとの山の中にみずから帰っていってしまいます。そしてふたたび、百年の眠りについてしまいました(よく眠りますね!)。その木の軍勢の助けをかりることができるのは、木のけんじゃである、カルモトだけだったというわけなのです)。
ノランはただ、かれらのことをせっついただけかもしれません。しかし人の力というものは、みんなの力なのです(それが人のほんとうの強さなのだと、ロビーもいっていましたね)。ノランの力は、みんなのことを動かす力。そしてみんなの力はまた、ノランのことを動かす力となるのです(ノランがほんとうに力あるけんじゃといわれているのには、そういうりゆうがありました。たくさんの人の力を、かりることができる。こんなにたのもしいことはありません。ノランには、そのいだいなる力があるのです)。
そしてノランはここにきて、さいごにもうひとつのえん軍をよびよせてくれました。
わたしはいぜんから、みなさんにお伝えしていました。このアークランドにはノランいがいにも、三人の力強きけんじゃたちがいると。ひとりは木のけんじゃ、カルモト。もうひとりは岩のけんじゃ、リブレスト。そして……、ここまできたら、もうおわかりでしょう。ノランのつれてきた、えん軍。それはまさに、三人目のそのさいごのけんじゃのもとにつどいし、けんじゃの力のえん軍だったのです!
お待たせいたしました。ついに、そのすがたがあきらかに!
さいごのけんじゃの名まえは、ランスロイ。空のけんじゃとよばれている、力強き白のけんじゃでした。そしてそのランスロイこそが、今ノランとともにこのいくさの場にあらわれた、さきほどの白ずくめのおじいさんだったのです!(思えば、とうじょうのしかたもやっぱりすごかったですよね!)
空のけんじゃランスロイ、それは木のけんじゃカルモトや岩のけんじゃリブレストよりも、さらに伝説的なまでのそんざいでした。みんながその名まえを知っていましたが、じっさいにそのすがたを見たという者は、ほとんどといっていいくらいにいなかったのです(全身白ずくめの衣服を着ているといううわさがありましたので、白のけんじゃともよばれていたのです。そしてそのうわさはほんとうでしたね)。
それもそのはず、ランスロイはみんなの目のとどくようなところには、まったくいませんでしたから。つまり巨大な木の中の家や山おくのどうくつなど、どこかにかくれ住んでいるのなら、まだ見つけられないこともありません(かなりのくろうは必要でしょうけど)。しかしランスロイは、そんなところにさえもいなかったのです。それはつまり、足で歩いては見つけることができないということでした。すくなくとも、つばさを持っていたり、空を飛ぶ魔法が使えたりしなくては。
そう、ランスロイは空の上に住んでいたのです! それも一年中あつくたれこめた、まっ白な雲の中に。これではいくらさがそうとしたって、見つかるはずもありません。ランスロイは人の世界から遠くはなれたその空の上で、長い長いけんきゅうせいかつを送っていました(まさに雲の上の人ですね)。
そのランスロイのえん軍、じつはそれこそが、さきほどからこの空の上をぱたぱた耳で飛びまわっている(そして動けなくなった敵をぶちのめしまわっている)、あの青いうさぎの者たちだったのです。
あのうさぎの者たちは、じつははっきりとした生きものたちではありませんでした。見た目はうさぎの種族の者のようでしたが、ほんとうは雲と風のエネルギーで作られている、いわば精霊のようなそんざいだったのです(ですから空を飛べるのも、なっとくでした。かれらは精霊のようなしんぴ的なエネルギーによって、空を飛んでいたのです。やっぱり耳で飛んでいたわけじゃなかったんですね)。ランスロイは空の上高くに飛びまわっていたかれらのことを見つけ、かれらと意志のそつうをはかることにせいこうしました。そう、かれらはランスロイが作った魔法的な生きものというわけではなくて、もともとこのアークランドの空の上に住んでいた者たちだったのです(そしてかれらはランスロイがかれらのことを見つけたそのときから、もともとうさぎのすがたをしていたのです。まったくもって、じつになぞの者たちです)。かれらは言葉を話すことはありませんでしたが、ランスロイは魔法の力をもって、かれらと会話をすることができました。そしていつしかランスロイのまわりには、数えきれないほどの青うさぎの者たちが、集まるようになったのです(すっかりなつかれてしまいましたね)。
かれらは(かれらの言葉でいいあらわすのなら)レビラビという者たちで、はるかなむかしから、このアークランドの空の上に住んでいるのだということでした。かれらは食べることも眠ることもしません。雲と風のエネルギーをその身に受けて、暮らしていくことができたのです。そしてかれらは自分たちのすがたを、好きなように変えることができるのだということでした。ちがうデザインの服にしてみたり、ちがうかみがたにしてみたり(ずいぶんとべんりですね。そしてあのハンマーのような武器も、じつはかれらがそのからだの一部のかたちを変えて、作り出したものだったのです)。ふだんは空飛ぶうさぎのすがたをしておりましたが、それをいつまでつづけるのかはわからないそうでした(かれらはだれかひとりが気まぐれでそのすがたを変えると、みんないっせいに同じすがたに変わっていくのです。ちょっと前までは、空をおよぎまわるイルカのすがただったということですが、それもまたおもしろいですね。そしてしばらくたってそのすがたにあきる(?)と、またもとのうさぎのすがたにもどるのだそうでした。きほんはうさぎというところは、変わらないみたいです)。
そのレビラビという者たちが、今ランスロイ(とノラン)のよびかけにこたえて、このいくさの場にかけつけてくれました。そしてレビラビたちはぼんやりとしていて深く考えていないようにも見えますが、この世界をあいすることにかけては、だれよりも強い思いを持っていたのです。かれらのもくてきはただひとつ、このアークランド世界のへいわを守ること。ランスロイはレビラビたちに、ひとつだけいってきかせました。「必要以上に戦ってはならんぞ。相手がこうさんすれば、それでよいのだからな。」そしてレビラビたちは、その「いいつけ」をじつにすなおに守ったのです。つまり……、相手がこうさんするまではずっとなぐりつづける必要があるのだと思って、その通りに行動しました!(ようするに相手がこうさんするまでのあいだの戦いが「必要な戦い」なのだと、レビラビたちは受け取りました。じつにすなおというか、なんというか……)あのなんともおかしな(そしてえげつなくてちょっとこわい)戦い方は、そういうわけからだったのです(そして、なるほど、相手が「おれの負けだ」といったとたん、にっこり笑って、戦うのをやめましたよね。あれもランスロイのそのいいつけを、しっかり守っていたというわけです。ほんとうにすなおです。
ちなみに、はじめに敵に投げつけていたあの白くてふわふわしたまるいものは、自身の持つ雲のエネルギーを切り取った、ばくだんのようなものでした。レビラビたちはこの雲のエネルギーを使って、敵をこうげきすることもできたのです。これはレビラビたちの持つ自分ほんらいののうりょくでしたので、いくさで使うことができました。おそろしいハンマーのこうげきよりは、こっちの方がましですね)。
「われら、ランスロイ空軍、千八百! およばずながら、ベーカーランドのえん軍として、加勢つかまつる!」
ランスロイのたくましい声がひびき渡りました(ひょろりとしたからだのわりには、いい声です。ちなみに、レビラビたちのズボンについている雲とつばさのもんしょうは、ランスロイの使っている空のもんしょうでした。ランスロイがレビラビたちに「われらの軍のあかしとして、このもんしょうをつけるといい。」というと、レビラビのひとりがさっそく自分のからだのデザインを作り変えて、そのもんしょうと同じデザインのワッペンを、ズボンの上に作り上げたのです。そしてひとりがそれを作ったら、みんなが自分のズボンに、おんなじワッペンを作っていきました)。
さあ、これでいよいよ、戦いの場につどいしわれらが白き勢力の兵の数は、一万人をこえたのです!(ついに一万人の大台をとっぱです!)ワットの黒の軍勢がいかに兵士たちをかき集めたとはいえ、いかにおそろしい力を持ったかいぶつの兵士たちをそろえたとはいえ、このぜんなる力の前には、とうていおよぶものではありませんでした。ときここにきて、戦いの場に立ちつくす黒の軍勢のかれらが思い知ったこと。それはただひとつ、「かなわない」、それだけだったのです。
黒の軍勢の者たちは、今やその数を三ぶんの一以下にまでへらしていました(もとが六千人でしたから、つまり二千人を下まわっているということでした)。ですがわれらが白き勢力、よりつどったぜんなる力の者たちは、なお力強く、その悪しきやみの軍勢に立ちむかっていったのです。
数の力を失った、ワットの黒の軍勢。そうなったかれらほど、もろいものはありませんでした。もともと黒の軍勢というのは、あっとう的なまでの数の差、武力の差によって、相手を痛めつけるという者たちなのです。それができなくなった今、かれらはまとまりの取れない、ただのごちゃごちゃとした集まりの者たちにすぎなくなっていました(かれらはきちんとしたいくさのくんれんなども、ほとんど受けていませんでしたから)。ですからかれらはしきかんたちのいうこともきかず、ひええ! われさきにと、いくさの場のうしろへ逃げつづけていったのです。
べゼロインまでもどるんだ! そこでもういちど、体勢をととのえてやればいい!
黒の軍勢の者たちは、みなそう思っていました。しかしかれらはそこで、またしても、つづくぜんなる力のはんげきを思い知ることになったのです。
「べゼロインだ!」
追っ手からのがれ、べゼロインまでたどりついた、黒の軍勢の者たち。かれらがそういって、ほっと胸をなでおろした、まさにそのときのこと。かれらはそこで、思わぬものを目にしました。
「な、なんだ……? あれは?」
黒の軍勢の者たちが目にしたもの、それはとりでの上をうめつくさんばかりにじん取っている、敵の兵士たちのすがただったのです! そして見たこともないようななにか巨大な岩のようなかいぶつたちが、そのあいだに立ちつくしていました!(もはやいうまでもありませんよね。これらの者たちはもちろん、けんじゃリブレストのひきいるリュインの二百名の勇士たちと、岩のロボットたちなのです!)
「ど、どういうことだ! べゼロインは今、魔女の三姉妹たちが守っているはずだぞ! 敵の手に渡るなんてことが!」
黒の軍勢の者たちはみなとても信じられないといった顔をして、ただただあわてふためくばかりでした。そしてそんなかれらのことをむかえうつかたちで、べゼロインの上のわれらが仲間たちがさけんだのです。
「われら、せいぎのたみ! アークランドの白き勢力!」
その言葉につづいて、かれらのうしろからあらわれたのは……。
な、なんと! これは!
それは目をうたがってしまいそうなくらいの、なんともおどろくべき光景でした。そこからあらわれたのは……、たくさんのウルファの者たち! しかもただのウルファではありません。黒いかみ、黒いしっぽ……。
そう、あらわれたのはワットにとらえられ、やみにとらわれてしまっていたはずの、レドンホールの黒のウルファの者たちだったのです!
さあ、たいへんなことになってきました。今やべゼロインとりでの上は、リュインの人間の兵士たちとはい色ウルファの兵士たち、そしてレドンホールの黒のウルファの兵士たちによって、すっかりうめつくされていたのです!(黒のウルファの人数は、全部で八百人ほどもいました!)それにしても、いったいどうして、とらわれの黒ウルファの者たちがここにいるのでしょうか?
「どうやら、あてがはずれたようだのお。」
一体の岩のロボットの頭の上からそういったのは、もちろんリブレストでした。あわてふためいている黒の軍勢の者たちに対して、そういったのです(ちなみに、あの五身がったいのきゅうきょくロボは、今ではもとの五体のロボットたちにもどっていたのです。ここでの戦いではロボットの数がすべてそろっている方が、つごうがいいからでした。ちょっともったいないような気もしますけど、もう魔法のこうげきを受けることもありませんからね)。
「われら、岩のリブレストひきいる、べつどう隊、二百四名!」リブレストが、見下ろす敵たちにむかっていい放ちました(岩のロボットたちについてはいわゆる「工作物」あつかいになりますので、兵の数には加えられませんでした。でもじっさい、おそろしい兵力ですけどね……)。
「そして、われら、レドンホールの黒のウルファ、八百二十七名! 義により、ベーカーランドの白き勢力にすけだちいたす!」
そういって、かれらはその手に持った大きな剣をかまえ……、いえ、ちがいました。かれらがかまえたのは、剣ではなかったのです。かれらが持っていたのは……。
なんともおかしなかたちをした、岩でできた「つつ」のようなものでした。長さは四フィートくらい。つつのさきっぽにはなにかロケットみたいなかたちをしたものがひとつ、取りつけられております。手でにぎる部分がどうたいから下にのびていて、それをにぎったうえで、全体を肩にかつぐようなかたちでかまえました(なんだかどこかで見たような気が……)。
「もくひょう、よーし! ねらえい!」
じゃきん! じゃきじゃき、じゃきーん!
リブレストのかけ声にあわせ、黒のウルファもリュインの者たちも、さらには、ぎゅいいん! ごいいん! 岩のロボットたちまでもが、いっせいに、そのつつのようなものやロボットのうでを、黒の軍勢の者たちにむけてかまえました! それから……。
「うてい!」
リブレストの、ごうれいいっか!
しゅばっ! しゅばしゅばっ! しゅばばばばっ!
しゅごごごごー! しゅごごー!
その岩のつつのようなもののさきっぽに取りつけられた、岩でつくられたロケットのようなものと、岩のロボットたちのとく大きゅうの岩のミサイルたちが、いっせいに、それぞれの手もとから飛び出したのです!
そして……。
どごーん!
どごどごどごどご、どごどごどごどご、どごどごどごどご、どごどごどごど!
どっごおおーん!
その岩のロケットやミサイルたちのむれが、敵のただ中に雨あられとふりそそぎました! これはきつい!(それにしても……、う~ん、兵士たちの持っている、ロケットをぶっ放すこの武器。これはやっぱり、ロケットランチャ……、ごほん! いえ、たぶんちがいます。ここはじゅんすいな、ファンタジーの世界なのですから。それにそっくりの、ファンタジーな武器なんです。それにしても……、リブレストさんの作るものって、どれもみんなしげき的!)
「ぎゃああ!」「ぐわあ!」「ひえええ!」
なすすべもなく逃げまどう、敵の兵士たち。かれらは剣もたても放りすてて、逃げるのでせいいっぱいでした(ところで、こんなにたくさんのロケットランチャ……、いえ、武器を、リブレストさんはどこから持ってきたのでしょうか?(たんじゅんな剣なら岩をけずってあっというまに作り上げることができましたが、こんなにふくざつな武器では、さすがにむりですよね。)こたえは、岩のロボットたちにあり。このロボットたちの足やからだの中には、たくさんの武器がしゅうのうされていたのです。カバーをぱかっ! とあけると、その中にはなん百という岩の武器がかくされていました。いろいろひみつがあるんですね!)。
「がっはっはっは! 逃げろ逃げろ、がきんちょどもが! このリブレストと仲間たちがいるかぎり、このとりでには、いっぽも近づけさせんぞい!」リブレストが、ごうかいに笑いながらいいました。
今や黒の軍勢には、うしろに下がって力をととのえるための、そのささえとなる場所すらもまったく残されてはいなかったのです。それはほんとうに、リブレストとその仲間たちのおかげでした。その仲間たちに新たに加わった、黒のウルファの者たち。それではこのあたりで、かれらがどのようにしてこのリブレストべつどう隊に加わったのか? そのわけをご説明することにしましょう。
魔女の三姉妹のことをしりぞけ、べゼロインとりでをうばいかえすことにせいこうした、われらが仲間たち。それからリブレストをふくむ五人の者たちが、うしろにひかえている仲間たちのことをとりでによびよせようと、むかえにいったときのこと。かれらはそこで、思わぬものを目にしたのです。それは南の山の方からあらわれた、たくさんの黒いすがたの者たちでした。ワットの者たちか! とっさにかれらは身がまえましたが、すぐにそうではないということが知れました。頭の上につき出た、ふたつの耳。おしりから生えた、大きなしっぽ。そして、その黒い毛の色……。そうです、その者たちこそが、かれらレドンホールの黒のウルファの者たちでした! でもやみにとらわれているはずのかれらが、どうやって自由の身になれたのでしょうか? そのこたえはひとつ、青き宝玉の力でした。
ときここにきて、おさえつけられていた光の力をいっきにはき出すかたちとなった青き宝玉は、黒ウルファのかれらの中にふきこまれていたそのおそろしいやみの力ですら、うち消したのです。その強大な力は、たとえエリル・シャンディーンの王城からなんマイルとはなれていたとしても、ひびき渡りました(さすがにワットやレドンホール、怒りの山脈の中までには、その力はとどきませんでしたが)。そして、べゼロインとりでからほど近い、南東の山がく地。そこに、ワットのかりのちゅうとん地があったのです。そこはいくさに必要な品物や兵士たちのことを一時的に集めておくための場所で、べゼロインにせめいるさいに、ワットの者たちが使っていたところでした。黒のウルファの者たちは、まさにその場所にいたのです。べゼロインをせめ落としたあと、ワットの者たちはもはや戦いには使いものにならなくなった黒ウルファたちのことを、この場所におしこめるようにしておいておきました。それも、とりでをせめるときに使ってもう用ずみとなった、たくさんの黒鳥や、こわれた武器などといっしょに。そう、黒のウルファの者たちは、まるっきりがらくたのようなあつかいを受けて、ここにおしこめられていたのです(なんというひどいあつかいなのでしょう! 今までさんざん、いいように使っておいて!)。
そして宝玉の光がひらめいた、そのしゅんかん。
「……な、なんだ? ここはどこだ?」
青き宝玉のそのせいなる光の力を受けて、黒ウルファの者たちのことをおおっていたやみは、消え去りました。そしてかれらはたちまち、ほんらいの自分を取りもどしたのです。
「どうしてわれらは、こんなところにいる!」
見張りのワットの兵士たちがかけつけたときには、もうかれらはおしこめられていたそのたてもののとびらをぶち破って、そとに飛び出していくところでした。そして、あわれ見張りの兵士たちは、黒ウルファたちのせいぎと怒りのてっけんを受けて、ノックアウト! 黒ウルファたちはそのままちゅうとん地の中をあばれにあばれ、そして今までのことのすべて、さらには西のエリル・シャンディーンの地でさいごの大けっせんがおこなわれているということなどを知ると(それらはもちろん、つかまえた敵の兵士たちからきき出したのです。こぶしでもって)、いてもたってもいられず、武器をうばって、西の地へとむかってしんげきしていったというわけでした。その黒ウルファの者たちが、われらがリブレストべつどう隊の者たちに出会ったというわけなのです。
そしてもうひとつ、忘れてはならない仲間たちのそんざいがあります。それは……、そう、べゼロインでの戦いで黒ウルファたちの持っていたやみの剣で切られ、やみの力にとらわれてしまった、白き勇士たちのことでした。かれらは今、エリル・シャンディーンの王城でふたたびもとの自分を取りもどす、そのときを待っていたのです。そしてまさに今、そのときをむかえることになりました。
「かれらが、かいほうされた! やみの力は、はらわれた! 宝玉のおかげだ!」
かれらのせわをしていたお城の者たちは、みな口ぐちにさけびました。青き宝玉はべゼロインでの戦いでたおれたかれらたくさんの仲間たちのことをも、また、その悪しきやみのじゅばくからとき放ったのです。 正気を取りもどしたかれらは、もちろん、もういてもたってもいられません。ワットの黒の軍勢に対する怒りが、めらめらとあふれかえってきました。
「われらも戦うぞ! ワットのおうぼうを、ゆるしてはおけぬ!」
「おおーっ!」
そうしてかれらはいくさのしたくもそこそこに、剣をひっつかむと、それぞれの騎馬たちにまたがって、いくさの場にむかって飛び出していったのです。兵力、六百五十八。さらなるせいぎの力のとうじょうでした。
そして、ちょうどそんなときのこと……。
みなさんは、あとひとり、敵の大物が残っているということをおぼえていますでしょうか? それは魔界の王ギルハッドとその手下の軍勢のことを、この戦いの地によびよせたちょうほんにん。そう、やみのけんじゃガノンです(そういえば、いましたね! すっかり忘れて……、いや、ええと、とにかく、かれがまだ残っていたのです)。ガノンもまた、おそろしい力を持ったまじゅつしでした。ですがまじゅつしは戦ってはならないという、いくさのルールがあります。ですからガノンは自分でよびよせた悪魔の軍勢の者たちに戦いをまかせ、自分は小高い丘の上にじんどって、戦いのようすをじっと見守っていたというわけでした(見守ってというより、高見のけんぶつといった感じでしたけど。取りまきのふたりの美女たちにうちわでぱたぱたあおがせて、自分はパラソルのかかったいすにふんぞりかえり、ジュースを飲んでいたのです。そのすがたはまったくの、わがままなおぼっちゃんといった感じでした。いかにもガノンらしい)。
「お、おい……、いったい、どうなってるんだ!」
白き勢力のえん軍たちがどんどんとあらわれて、戦いのようすがすっかり変わってしまうと、ガノンはいすから飛び上がってあわてふためきました。ギルハッドがやぶれたときも、「あのやろう、あっさり負けやがった! 使えないやつだな、まったく!」とどくづいていただけでしたが、ときここにきて、ガノンはほんとうにあわてていたのです。
まさか、ワットの黒の軍勢が負けるなんてことが……。そんなことになったら、おれのハーレムけいかくはどうなるんだ! 話がちがうぞ!(やっぱりガノンは、ワットとそんなやくそくをしていたんですね、まったく……。え? ハーレムってなに? ですって? よい子のみんなは知らなくていいです!)
「おのれー! こうなったら、おれさまの魔法で、じきじきに、ベーカーランドのれんちゅうをやっつけてやる!」
これはルールいはんです! まじゅつしは、いくさで戦ってはいけないのですから! でもガノンはもう、やけっぱちでした。どうしても、自分の(ハーレムの)やくそくをワットに守らせる。そのためにはルールいはんだろうがなんだろうが、そんなものはおかまいなしだったのです(ほんとうにひきょうなやつです!)。
「見てろよー! おれさまのこのさい強のつえで、ベーカーランドのれんちゅうを、ぎったんぎったんの、ばったんばったんの、けちょんけちょんにして……」
そのとき。
ぼふん!
「……え?」
ガノンの持つそのつえのさきっぽから、黒いけむりが上がりました。そしてつえはそのまま、ぷすぷすというかわいた音を立てるだけの、ただのがらくたになってしまったのです!
「な、なにー! ちょっと! これ、どうなってんの! いなずまよ、出ろ! で、出ないよー! そんなあー!」
宝玉の力はガノンのそのやみの力をも、はらいのけたのです。つえはもう、使いものになりませんでした。そしてガノンほんにんもたよりきっていたそのやみの力を失い、もはやただのひとりの、わがままなおぼっちゃんになってしまったのです(ガノンの魔法はすべて、やみの力によるものでした。ですからやみの力を失った今、ガノンはまったく、魔法を使うことができなくなってしまったのです。しかもうばい取られたやみの力は、同時に、ガノンのまじゅつしとしてのそのもともとのししつの部分すらうばい去っていってしまいました。もはやガノンがこんご、魔法を使うことはもうむりでしょう。いくら魔法のべんきょうをしたとしても、魔法を使うためのそのもともとの根っこの部分まで失われてしまっているのなら、どうにもなりませんでしたから。
ちなみに、ほんとうのガノンはもうなん百さいというねんれいで、魔法の力によって今の少年のすがたをうつしていましたが、ガノンは魔法のくすりによってそのすがたをたもっていました。そしてそのくすりのききめはやみの力にかんけいなく、なん百年とずっとつづくものでしたので、ガノンのすがたはそのまま、変わることはなかったのです。ふこう中のさいわいというやつでしょうか?)。
このようなわけで、ガノンはそれから、このアークランドのためにせっせとその身をつくしてはたらくことになりました。もうだれも、かれのわがままをきいてくれる者はいないのですから。これですこしは、いいせいかくになってくれるといいんですけどね。
「ぜったい、リベンジしてやるー!」大きな豆ぶくろをかついだガノンが、空にむかってさけびました。
「こら! さっさとはこばんか! 新入り!」
「はいっ!」
新しいせいかつ(にもつはこびのアルバイト)、がんばってください、ガノンくん!(友だち作れよ!)
(さいごの敵もかたづいて、これですべてがいっけんらくちゃく。)
こうして、このアークランドの運命をかけたさいごの戦いは、終わりのときをむかえたのです。
そのけつまつは……?
ベーカーランドひきいる、白き勢力の大しょうり! 黒の軍勢の者たちはみな剣をすてて、かぶとをぬいで、口ぐちにさけびました。
「負けだ負けだ! もう、ゆるしてくれー!」
いくさの場にはじめから、ずっと立ちつづけている者たち。ベルグエルムもフェリアルも、ぼろぼろになった剣をずっとにぎりしめながら、今なおこの場に立ちつづけていました。そしてかれらの心の中は……、もはや言葉でいいあらわすことなんて、とてもできっこないでしょう。
いまだかつてなかったほどの、さいあくのぜつぼう。そのぜつぼうのふちから、かれらはもどってきたのです。のぞみを信じつづけた、かれらの心、そしてたくさんの、アークランドのきぼうのたみたちの力によって……。
「た、隊長……」フェリアルがなみだをぽろぽろこぼして、ベルグエルムにいいました。しかしベルグエルムはそんなフェリアルの肩にそっと手をおいて、やさしくほほ笑んでいうばかりだったのです。
「なにもいうな。よくやった。われらはほんとうに、よくやったのだ。今はただ、すべての仲間たちにかんしゃしよう。」
ベルグエルムとフェリアルは、そういってかたくだきあいました。それ以上のことは、もう必要ありませんでした。
勇者たちの戦いは、こうしてここに、まくをおろしたのです。
ほんとうに、長い長い道のりでした。ここまでみんなといっしょに旅をつづけてきてくれた読者のみなさんに、わたしは心から、おれいをいいたいと思います。
ついにわたしは、この物語のさいごの場面を書くときをむかえたのです。この物語を書くにあたって、わたしはさまざまな場所をめぐり、さまざまな人たちに出会ってきました。時間にして、まるまる三年のさいげつ。その中のひとつひとつの出会いが、わたしに大きな力と、勇気を与えてくれたのです。それらのたくさんの出会いがなかったのなら、わたしは今こうして、ペンをとっていることはなかったでしょう。この物語は、みなさんの物語。みんなの力をあわせることによって生まれた、みんなの物語なのです(主人公がロビーであることに、ちがいはないんですけどね)。
さいごにあたって、みなさんにこうしておわかれのあいさつをのべるきかいを与えてくださったことを、かんしゃいたします。ほんとうにありがとうございます。このごあいさつは、この物語のげんこうをすっかり書き終えたあとに、つけたしたものです。やはり、ともに多くの時間をすごしてくださったみなさんに、ひとことおれいをいっておきたかったものですから。
ですがもう、わたしはいかなくてはなりません。わたしの住む世界へのとびらが、じきにしまってしまいますから。
さいごのさいごに、わたしの名まえをみなさんにお伝えしておきたいと思います。わたしの名まえは、ゼルダ・エルリッチ。みなさんの住む世界とは、べつの時間、べつの世界に住んでいる、きろく物語作家です。このアークランドでのけいけんは、わたしにとって、ほんとうに意義の深いものとなりました。わたしはぜひまた、この世界にもどってきたいと思っています。
では、みなさん。いつまでもおげんきで。またいつの日か、お会いできるといいですね!
「父さん! ソシー!」
今やがらがらとくずれ落ちてゆく、アーザスの城……。そのただ中、かつてアーザスのよこしまなる赤いキューブのあったぶきみな大広間の中で、ロビーはさけびました。
アーザスがうちたおされてからというもの、アーザスのやみの魔法の力によってたもたれていたこの城のかべやはしらなどが、つぎつぎとくずれ落ちていったのです。てんじょうから、くずれた石のはへんがばらばらとこぼれ落ちてきました。その中でロビーは、たおれている自分のじつのお父さん、ムンドベルクにむかって、かけよっていったのです(これはムンドベルクがいちばん、ロビーに近い場所にいたからでした。ソシーの方が近ければ、ロビーはまず、ソシーのもとへむかったでしょう)。
ムンドベルクの手を取り、そのからだをだき起こすロビー。ムンドベルクは赤いキューブのエネルギーにうたれて、もはや息もたえだえのじょうたいでした。
「父さん!」
ロビーがもういちど、父のことをよびました。そしてムンドベルクは荒い息をしながら、ようやくのことで、ロビーのそのよびかけにこたえたのです。
「ロ、ロビー……」
ムンドベルクはゆっくりとそのひとみをひらいて、わが子であるロビーのことを見つめました。ついに、運命によって分けられていた親子が、ひとつのところにもどったのです。ムンドベルクのことをしはいしていたアーザスのやみの力は、もはや消え去っていました。アーザスがやぶれたときに、いっしょにその力も消えていったのです。しかしムンドベルクのからだをむしばんでいたものは、それだけではありませんでした。ロビーに剣をたくすため、ムンドベルクはみずから、影の世界の者となっていましたから。
(この影の世界というのは、アーザスのふういんされていたやみの世界とほとんど同じものでした。アーザスから剣を守るため、ふっかつしたアーザスが剣を取り出すことのできないように、この剣はこの影の世界の中へとふういんされたのです。いかにアーザスとて、ふっかつしたばかりで力の弱いじょうたいでは剣のふういんを破ることはできませんでしたし、かといってムンドベルクのように影の世界の者になってしまえば、まだ力の弱いアーザスはそのまま影の力に食いつくされ、もとの自分にもどることもできず、いずれはムンドベルクがそうなったように、ぬけがらのようなじょうたいになってしまうことでしょう。アーザスはそのことをよく知っておりましたので、ふういんされていた剣の前にさいしょにあらわれたとき、デルンエルムに「もう一回、やみの世界にもどるのも、ぜったいいやだしね。」といったのです。これは影の世界の者となって剣を取り出そうとすれば、自分もふたたび、ふういんされていたやみの世界と同じような世界にひきもどされてしまうということを、知っていたからの言葉でした。ちなみに、アーザスは「やみの世界」といいましたが、アーザスにとってはやみの世界も影の世界も、どちらも同じようなものでしたから。)
その影の力はアーザスがやぶれた今なお、ムンドベルクのからだを深くむしばんでいました。みずからの意志をようやく取りもどしたというのに、ようやくわが子にさいかいすることができたというのに、もはやムンドベルクのからだはその影の力の前に、今にもかき消えそうな、はかないそんざいとなってしまっていたのです。じつにざんこくなことですが、これはムンドベルクがロビーの思いを受けて、ふたたびみずからの意志を影のしはいの中から、よび起こすことができたからのことでした。ぬけがらのようなじょうたいになっていたからだにふたたび意志をよびもどしたことによって、こんどは肉体を持ったからだそのものが、そのからだから分かれてかき消えていった影の方のすがたに、取ってかわっていってしまったのです……。しかもその影のすがたさえも、今ものすごい早さで、やみの中に消えてしまおうとしていました。影の者となったからだにもういちど自分の意志をよびもどすということは、それほどに、その肉体にふたんをかけることだったのです。
そのからだはほんとうに影のように、あたりの景色の中にとけこんでしまっていました。かかえるロビーの手には、もはや、あたたかいぬくもりは感じられませんでした。
「父さん……」
ロビーはふるえる両手で、父のことをしっかりとかかえていました。しかしその父のからだは、もう空気のように、かるいものになってしまっていたのです。そのからだがすぐにでも消えてしまいそうだということの、あかしでした。
「ロビー、大きくなったな……」ムンドベルクがそういって、静かにほほ笑みました。その目はロビーのことを、しっかりと見すえております。しかしムンドベルクの目には、もうほとんどロビーのすがたはうつってはいませんでした。さいごのときがやってきたのです。
「ぼくのことを、守ってくれたんですね……。ありがとう……」ロビーはそういって、父のその手をぎゅっとにぎりしめました。ロビーの目からはぽろぽろと、なみだがこぼれ落ちていました。
「ロビー……」ムンドベルクがその手をよろよろと起こして、ロビーの肩におきました。「ほんとうに、すまなかった……。おまえのことを、ひとりぼっちにしてしまって……」
しかしロビーは、首を大きく横にふって、いったのです。
「そんなことは、いいんです。ぼくのそばには、いつだって、たいせつな人たちがいるんだっていうことに、もう気づけたんだから。父さん、あなたがいつも、ぼくのことを、見守ってくれていたのだということも。」
ムンドベルクはひとみをとじて、あふれるなみだをこらえようとしました。しかしそれは、かないませんでした。ムンドベルクのそのひとみから、大つぶのなみだがぽろぽろとこぼれ落ちていきました。
「ロビー……、いや、ロビーベルクよ……」ムンドベルクがもういちどひとみをひらいて、いいました。「おまえはもう、ほこり高き、いちにんまえの、レドンホールのウルファだ……」
「ここにおまえに、わが代々のラインハットの姓をさずける……。ロビーベルク・アルエンス・ラインハットよ……、おまえは、われらがほこり高き、レドンホールのたみ。そしておまえは、これからのレドンホールのことをになう、みちびき手となるのだ……」
ここに、ロビーのちかいは果たされたのです。ロビーベルク・アルエンス・ラインハット。それがロビーの、ほんとうの名まえでした。
そしてロビーが受けついだものは、それだけではなかったのです。ロビーはレドンホールの新しいみちびき手として、これからのくにのみらいを作っていかなくてはならないのですから(なにせロビーは、王子さま、レドンホールのしどう者なのですから)。
しかしそれはロビーにとって、とてもほこり高く、めいよなことでした。ロビーは今、いちばんだいじなものをすでに手にしていたのです。それは仲間、たいせつな人たち、そして、人と人とのつながり、そこから生まれる力。その力があるかぎり、ロビーはもうだいじょうぶです。レドンホールのみらいもだいじょうぶです。アーザスによってほろぼされた? そんなもの、けちらしてやればいいんです! こわされたらもういちど、つくりなおせばいいんです! たくさんの人たちの新しい力を得て、前よりももっと、すばらしいくにに。
みらいとは、そうやって作り上げられていくものなのですから……。
ロビーはしぜんと、ウルファの敬礼のしぐさを取っていました。ムンドベルクの目には、もはやそのすがたもほとんどうつってはいませんでしたが、ムンドベルクにはそれで、じゅうぶんでした。みらいへとつなぐ、そのきぼうを、光そのものを、さいごのこのときに得ることができましたから。
「レドンホールのみらいを、たのむぞ……」
そして、ムンドベルクがそういって、そのひとみをとじていったときのこと……。
ふおおおん! ばあーっ!
とつぜん、ロビーの横におかれていた剣が、強く光り出しました! その光は今までのような、青と白の光ではありませんでした。なんともあたたかく、やわらかな、こがね色の光だったのです。その光はこの広間全体を、つつみこんでいきました。そしてロビーはそこで、なんともおどろきの光景を目にしたのです。
剣から飛び出したそのこがね色の光が、たおれているムンドベルク、そしてソシーのことを、つつみこみはじめたではありませんか! ロビーはびっくりして、うでの中の父のことを見ました。こがね色の光はほんのりとしたねつを、ムンドベルクのからだにやどらせております。そしてさらに、おどろきのできごとが。
さきほどまで空気のようにかるく、今にも消えてしまいそうなくらいに弱々しかったムンドベルクのからだに、はっきりとした力がもどっていきました!(これはまさにきせきでした。影の世界の者となり、影のそんざいとなった者が、もとにもどったことなんて、今までのれきしの中でただのいちどだってなかったことなのです。影の世界の者となるということは、やみの力にとらわれるということよりも、もっともっと重いことでした。それは今までの自分がまるっきりべつのものになってしまうということと、同じことだったのです。その影の世界の者となったムンドベルクのからだが、今かくじつにもとのすがたを取りもどそうとしていましたから、これはもうきせきというほかありません。それが今げんじつに、目の前で起こっていました!)
ムンドベルクのからだに、もとの通りのしっかりとした重さがもどっていきます。その顔からはつめたい影の世界の色は消え、かわりにほんらいの人としての、あたたかなはだがもどっていきました。ロビーはもう、びっくりするばかりでした。そして広間のむこうでは、同じことがソシーのからだにも起こっていたのです。そしてそちらのできごとの方が、ロビーにとってはもっと、おどろきのできごとでした。
アーザスのわなにより、半分のからだとなってしまったソシー。そのソシーのからだがこがね色の光につつまれて、どんどんと、もとの人のかたちへともどっていったのです! しかも、ただ人のかたちになったのではありません。なんとなんと、ソシーは人形ではなく、いのちあるからだを持った「人」そのものにすがたを変えていきました!ええーっ!
今やそこにたおれているのは、ほんとうにひとりの少女でした。かみも顔もお洋服も、すべてもとのソシーのまんまです。ただひとつ今までとちがうところは、ソシーがほんとうに、生きた人のからだになっているというところでした。
そのとき……!
「ロビーベルク。あなたはほんとうに、よくやってくれました。」
ロビーの頭の中に、いぜんソシーと出会ったトンネルの中でもきいた、あのふしぎな声が、ふたたびきこえてきたのです! それはなんともあたたかい、すき通るような美しい声でした。
とつぜんのことに、ロビーはきょろきょろとあたりを見まわしました。しかしこの場には、そんな声のもととなるようなものは、どこにもありません。この声はほんとうに、ロビーの頭の中だけにひびいていたのです。
「あなたはだれ? どこにいるんですか?」ロビーが声に出してたずねました。ですがなぞの声はそのまま静かに、ロビーの頭の中にひびいてくるばかりだったのです。
「わたしは、ライブラ。このアークランド世界の女神です。」
ライブラ! なんと、この声のぬしはこのアークランドの守り手たるふたりの女神たち、リーナロッドとライブラのうちの、そのライブラそのものでした!(今ロビーはこの世界の女神さまと、ちょくせつ話しをしていました! なんてすごいことなのでしょう!)
「ほんとうにとくべつな力のもとに、わたしは今、あなたと話しをしています。ですが、この声があなたにとどくことは、もうこれでさいごになるでしょう。わたしたちの力が、このアークランド世界にちょくせつとどくことは、ないのです。この世界は、あなたたちのもの。われらがその手をじかに貸すことは、もうできないのですから。」
女神の力、それは宝玉や剣といったすばらしき魔法の品々の中に、たしかにそんざいしているものでした。ですがライブラの言葉の通り、女神がちょくせつこの世界に手をほどこすことは、ふかのうだったのです。女神のその手は、この世界がつくられてさいしょの住人たちの手に渡されたときに、すでにこの世界のもとをはなれていました。世界をつくっていくのはその世界に住む住人たちなのであって、女神ではないのです。それが、すべての世界のおきてでした。今女神ライブラが自身の住むそのとくべつな世界からロビーに話しかけることができていたのは、ライブラのいう通り、ほんとうにとくべつな力によるものだったのです。その力とは、剣とロビーのつながり、そのものとよべるものでした。そのロビーのきゅうせいしゅたるとくべつな力が、今ライブラとちょくせつ、意志のそつうをはかることをかのうにしていたのです。
(そしていぜんトンネルの中できいたあのふしぎな声も、まさしくこの女神ライブラのものだったのです。イーフリープで剣の力の意味を学び、新たなる力を身につけたことによって、ロビーは女神ライブラとのきょりをちぢめ、そのけっか、女神の声をじかにきくことができるようになっていました。そして剣はそのとき、その新たなる力によってアーザスの悪しきわなをうちはらうべく、ロビーの思いにこたえて、せいなる光を放って、ロビーのことを助けたのです。)
「あなたの思いが、この剣にやどるさいごの力をひき出しました。それは、いのちのエネルギー、そのものです。そのエネルギーが、あなたのたいせつな者たちのことをすくいました。かれらをすくったのは、ロビーベルク、あなた自身なのです。」
「いのちの力……」ロビーはそういって、うでの中のムンドベルクのことを見ました。ムンドベルクのからだからは、たしかに、新しいいのちの力があふれかえっていました。
「ロビーベルク。」さいごに、ライブラの声がひびきます。
「わたしは、あなたに、心からかんしゃしています。あなたのような者がいれば、この世界はだいじょうぶでしょう。アークランドを、よろしくたのみましたよ。ありがとう、ロビーベルク……」
そういうと、ライブラの声は消えていきました。それはほんとうに、わずかばかりの時間でしかありませんでした。
そしてそれっきり、ロビーの頭の中に女神の声がひびくことは、にどとなかったのです。
広間はふたたび、もとのうす暗い明るさの中にもどっていきました。剣からはもう、なんの光も出ていませんでした。そして目の前につきつけられている、ほかの大きな問題がひとつ。てんじょうの岩が、がらがらと音を立てて、大きなかたまりとなって、広間のあちこちにくずれ落ちてきていたのです! もうこの城は、だめでしょう。早くここから、だっしゅつしないと! とても危険なじょうたいでした。
「父さん、早く、ここから逃げましょう!」
ロビーがムンドベルクのことをゆさぶって、いいました。ですがムンドベルクはまだ、とても歩けるようなじょうたいなどではなかったのです。いくらもとのからだを取りもどし、やみのじゅばくからとき放たれたとはいえ、長い長い悪のえいきょうは、ムンドベルクのからだを、まだかんぜんにはいやしきれてはいませんでした(なん時間も寝ていたあとに、とつぜん「今すぐ起きて、ダンスをしましょう!」といわれたって、そんなにつごうよくからだが動いてくれるはずもありませんよね? ちょっとたとえは悪いのですが、ムンドベルクのからだは今、まさにそんな感じでした)。
ロビーはムンドベルクのからだを肩にかつぎ上げ、そのままよろよろと歩いていきました。むかったさきは、もちろんソシーのところです。ソシーはひとみをとじて、くーくー眠っていました。ロビーはあらためて、おどろきました。ソシーのからだはほんとうに、人そのものになっていたのです(人間といっていいものかどうか? まだわかりませんでしたので、とりあえず、人とよんでおくことにします。見た目はまったく、人間でしたが。耳はふつうの人間の耳でしたし、しっぽがついているわけでもありませんでしたから)。
その顔はほんとうに、かわいらしい少女の顔でした(その寝顔に、ロビーはちょっと、どきっとしてしまったものです)。あのいのちのエネルギーを放ったかた方の目も、今ではちゃんと、もとにもどっております(ちなみに、ロビーの持ってきたソシーの二本の人形の足は、今でもそのまま、ロビーのかばんの中にはいっていました。新しいソシーのからだを作り上げたのは、剣のいのちのエネルギー、そのものだったのです。あとでこの人形の足は、ソシーにちゃんと、かえしてあげましょう。たぶん、「いらない」っていうかと思いますけど。
ところで……、わたしはみなさんにここでひとつ、あやまらなくてはなりません。ソシーがそのいのちのエネルギーのさいごまでを使ってロビーのことを助けてくれたとき、わたしは、「ソシーのそのこはくでできた作りもののひとみが、ふたたびひらくことはなかったのです。」といいました。ふつうにきけば、これはソシーが死んでしまったということを、あらわしているものと思うことでしょう。ですがじつは、そうではなかったのです。それは文字通り、「作りもののひとみがふたたびひらくことはなかった」という意味でした。この「作りもののひとみ」という部分。これはつまり、「人形としてのひとみ」ということなのです。ですから人形ではなくなった今のソシーの目は、もはや作りもののひとみではないわけでした。いわば、「人としての、新しいひとみ」でしょう。この新しいひとみの方は、このさきちゃんと、ひらくのです。つまりソシーは、ちゃんと生きているということでした! そんなの、いんちきじゃん! っていわれてもしかたありませんが、読者のみなさんをだますようなことをしてしまって、ほんとうに申しわけありませんでした。でもソシーが死んでしまったというより、こっちの方が、ずっといいけつまつですよね! ですからほんと、ゆるしてください!)。
「ソシー。」ロビーが声をかけてソシーのからだをゆさぶりましたが、やっぱりだめでした。ソシーは深く眠りこんでしまっていて、とても起きてくれそうもなかったのです。今までのたくさんの悪の力のえいきょうが、ソシーのことを深い眠りにさそっていました。たいへんな目にたくさんあってきましたから、しばらくのあいだは、このまま静かに寝かせておいてあげましょう……。
といいたいところでしたが、やっぱり、今のこのじょうきょうです。早くここから、だっしゅつしなくてはなりません! ロビーは三人の人たちのことをかかえてここからだっしゅつするなんてことは、とてもできそうもないと思いました(だって、あのめいろですもの! あそこを帰っていくことを考えたら、だれだって気がめいってしまうはずです)。せめてどこかに、そとに出られる近道でもあったらいいんですけど……。ロビーはあたりをきょろきょろ見渡してほかの出口をさがしましたが、やっぱりだめでした。道はこの広間にはいってきたあの入り口いがい、どこにも見あたらなかったのです。
あれ? でもその前に、ちょっと待ってください。ロビーは今、「三人の人たちのことをかかえてここからだっしゅつするなんてことは、できそうもない」と思っていたわけですが、「三人」かかえるとは?
そう、この広間にはムンドベルクとソシー、かれらのほかにも、もうひとりの人物がたおれていました。それは……、そう、アーザスです。
ロビーはアーザスがもとのすがたを取りもどしたとき、すでにかれを助けることを考えていました。あんなにたいへんな戦いをくり広げたあとだというのに、ロビーはなんてやさしい子なのでしょう。もとのすがたを取りもどし、床にたおれている、アーザスのことを見たとき。ロビーはアーザスがただ、やみの力にしはいされていただけの、かわいそうなそんざいであっただけなのだということをりかいしたのです。かれもまた、自分の父と同じじょうたいだったのだと。ですからロビーは、アーザスのことも助けなければと思いました。きっとこのさき、アーザスにも、新しいみらいが待っているのだと。
ロビーは、たおれているアーザスに近づきました。アーザスはひとみをとじたまま、動きません。ソシーと同じく、アーザスもまた、深い眠りの中にあるようでした。
ロビーは、まよいませんでした。まよっていてもしかたありません。やらなくてはならないのです。ムンドベルクを左の肩にかかえ、自分のかばんを前にかけて、その上にソシーのからだをおいて、ひもでくくりつけました。そしてこんどはアーザスのことを、そのかた方のうででしっかりとひっぱっていったのです(ちょっと地面をずるずるひきずることになってしまいましたが、それはかんべんしてください。ほかのふたりを落っことさないようにするだけでも、せいいっぱいでしたから)。
とにかく、この広間からそとに出ないと……。ロビーはそう思って、広間の出口によろよろと歩いていきました。ロビーのまわりに、くずれてきたてんじょうが、どしん! ががん! つぎつぎと落ちていきます。いつそれが、自分の頭の上にふりそそがないとも知れません。ロビーはできるかぎりのはやさでもって、広間の出口にむかいました。
そしてついに、広間の出口にたどりついた、そのとき。
ロビーはそこで、いまだかつてないほどの、おそろしいものを見たのです。
「そ、そんな……」
ロビーは、がくぜんとしました。全身の力が、ぬけていくようでした。
ロビーの見たもの、それはてんじょうから落ちてきたたくさんのがれきによって、そのすべてをうめつくされてしまった、かつてのろうかのすがただったのです……。
ロビーは三人のことを床において、ひっしでそのがれきを取りのぞこうとしました。しかしそれは、むなしいばかりの努力でした。ひとつのがれきを取りのけても、そこに新しいがれきがまたがらがらと、音を立ててくずれ落ちてくるのです。これではいつまでたっても、このがれきをみんな取りのぞくなんてことは、とてもふかのうでした。
こんなにひどいことがあるでしょうか? こんなにざんこくなことがあるでしょうか? やっとのことでさいだいの敵をうちたおし、父とのさいかいを果たし、ちかいを果たし、そしてたいせつな人たちのことまで助けることができたというのに、ここから出ることができないなんて! もうじきに、この大広間もがれきでうめつくされてしまうでしょう。そうなれば……、もはや残されたロビーたちが、助かることはないのです。
ロビーはその場に、ぺったりとすわりこんでしまいました。三人の者たちはみな、ずっと気を失ったまま眠りこんでおります(今ではムンドベルクもまた、深い眠りの中に落ちてしまっていたのです)。自分も気を失っていたのなら、せめてこのざんこくなさいごを、見ることもなかったろうに。ロビーはちょっと、そう思ってしまいました。
ロビーは腰につけていたアストラル・ブレードを手に取りました。もういちどこの剣が、助けをもたらしてくれるんじゃないか? そのロビーのきたいは、はかないものでした。剣はもはや、なんのかがやきも放ってはおりません。そのさいごのエネルギーまで、使い果たしてしまったからでした。ふたりのとうとき、いのちをすくうために……(そしてこの剣がもとの力を取りもどすまでには、長い長い時間がかかったのです。それはもう、なん年もあとになってからのことでした)。
ロビーは、かんねんしました。もうなにもすることもできませんでした。思えば自分は、ふたたびもとの世界へもどることなんて、できないものと思っていました。みんなには、そしてライアンには、ほんとうに申しわけないと思っていました。でも世界をすくうためにぼくのいのちが必要なのだというのなら、それはしかたのないことだと、ロビーは思っていたのです。
ですが今は、そうではありませんでした。世界をすくうきゅうせいしゅとしてのつとめを、果たし終えたロビー。自分はまだ、生きてこの場に立っていたのです。ロビーは自身のそのおそろしい運命を乗り越えたのだということを、感じていました。そして……、ソシーのそんざいです。ムンドベルクのそんざいです。ぼくのこの身ひとつなら、いくらでもぎせいにささげてもいい。ここへくる前、ロビーはそう思っていました。しかし今は、ソシーがいるのです。ムンドベルクがいるのです。そのうえ、思いもかけずもとの人間にもどることになった、アーザスもおりました。
かれらのいのちは、ぼくがきめていいことじゃないんだ。
ロビーはそのことに気づきました。それはまさしく、守るべきいのちだったのです。このさき、新たにどんな危険が待ちかまえていようとも、ロビーは全身ぜんれいをつくして、かれらのことを守らなくてはなりません。そのためにはまた、自分のことも守らなくてはならないのです。自分がここでたおれてしまったら、いったいだれが、かれらのことをすくうのでしょうか?
しかし今となっては、もうすべてが手おくれでした。くずれ落ちてゆくがれきのそのただ中で、ロビーはもう、それを見つめることしかできませんでした。
ロビーの頭の中には今、さまざまな思いがめぐっていました。今までの旅のこと、かなしみの森での日々のこと。ベルグエルムさん、フェリアルさん、マリエルくん、リズさん、たくさんの仲間たちのこと。そして、その中でも、いちばんの思い。それはロビーのいちばんの友だち、ライアンへの思いでした。どんなときでもげんきいっぱいで、みんなのことを心からはげましてくれた、ライアン。わがままで、おちょうし者で、お菓子が大好きで、すごくこわいところもあって……。
やっぱりぼくは、ライアンのところに帰りたい……。
もういちど、いっしょに笑ったり、怒ったり、泣いたりしたい……。
「ごめんね、ライアン……」
くずれ落ちてゆくがれきの中で、ロビーは静かに、そうつぶやきました。
そんな思いからなのでしょうか? ふいにロビーはそのがれきの落ちる音の中に、人の声をきいたような気がしました。それも、ただの人ではありません。それはロビーが今、いちばんききたいと思っていた人の声……。そう、ライアンの声だったのです。
まさか、そんなわけがあるはずもない。ロビーはこのさいごのときに、まぼろしの声をきいたのだと思いました。ライアンのことを思うあまり、まぼろしの声がきこえてしまったのだと。
しかし……。
つぎのしゅんかん、ロビーは、はっと心をふるわせて、立ち上がりました。まぼろしなんかではありません。ロビーはまたしても、そこにライアンの声をきいたのです!
「……ロビー……!」
まちがいありません! ライアンです! がれきの落ちるその音にまじって、たしかに自分のことをよぶ、ライアンの声がひびいてきたのです! ロビーはもう、われも忘れて、むちゅうになってライアンのことをよびました。
「ライアーン! ライアーン! どこにいるのー!」
そしてそのあと。このかつてないほどのぜつぼうをうち破るすくいのぬしが、まさにロビーの、その目の前にあらわれることになりました。それも、ただあらわれたというのではありません。それはだれもがそうぞうすらできないほどの、とんでもないしゅだんでもって、とつぜんにこの場にまいおりてきたのです。
とつぜん!
どっごおおおーん! がらがらがらがら! がっしゃーん!
な、な、なにごと! あたりはあっというまに、まっ白いけむりにつつまれてしまいました。その中から、しゅううーっ! というおかしな音と、そしてがらがらというがれきのこぼれ落ちる音だけが、ひびいてくるのです。そしてほどなくして、そのけむりが晴れてみると……。
なんとなんと! そこには今までだれも見たこともないような巨大な鉄のかたまりが、でーん! とあらわれていました! その鉄のかたまりが、てんじょうのまるいドームをつき破って、この広間の床の上につっこんでいたのです。これはいったい!
その鉄のかたまりは、なにかの乗りもののように見えました。そしてじっさい、乗りものだったのです。四かくくてほそ長いかたちをしていて、なんのきんぞくでできているのか? よくわからない、すいしょうのようにつやつやとした青と黒のかがやきを放っていました。
その乗りものの下の部分には、たくさんのしゃりんがついていました。それらのしゃりんが、くるくると空まわりをしております(あんまりいきおいあまってつっこんできましたので、しゃりんが空まわりしてしまっていたのです)。そしてしゅううーっ! という音のしょうたいは、その乗りものの頭の上についているえんとつや、しゃりんのまわりから吹き出る、まっ白なじょうきでした。
乗りものの横にはとびらがいくつかついていて、たくさんのまどがあって……、って、あれ? これってどこかで、見たような……。も、もしかして……!
そう、まさにみなさんの目の前にあらわれたこの乗りもののしょうたいは、みなさんの世界でもおなじみの、あの乗りものでした。それは……。
きかんしゃです!
き、きかんしゃが! どうしてこんなところに!(そしてどうしてつっこんできたのでしょう!)
あまりのできごとに、ロビーは腰をぬかして、ただただ目をまるくしてしまうばかりでした。そして、そんなロビーの前に、とつぜん。
「ロビー!」
きかんしゃのうんてん席にあたるところのとびらが、ばんっ! いきおいよくひらかれて、そしてそこから……。
「ラ、ライアン!」
ロビーがさけびました。なんという、おどろきと、うれしさと、ありがたさなのでしょう! そのきかんしゃの中からあらわれたのは、その通り、ロビーのいちばんの友だちの、ライアン・スタッカートだったのです!(まぼろしなんかじゃありません。ほんものです!)
そしてそこからあらわれたのは、ライアンだけではありませんでした。
「まったく! なんてめちゃくちゃなことをするんだよ! れっしゃがこわれちゃったら、どうするつもりなの!」
もんくをぶーぶーいいながら、出てきたのは……、ベーカーランドの若ききゅうていまじゅつし、マリエル・フィアンリー! そして……。
「やれやれ。まあ、でも、ずいぶん早くついたから、いいじゃんか。それに、まさに、どんぴしゃの場所だったみたいだしな。ようロビー。げんきか?」
このあっけらかんとしたもののいい方、まさしくそれは、失われしシルフィアの種族の青年、リズ・クリスメイディンだったのです!
今やここに、なつかしのノランべつどう隊がせいぞろいです! でもこれはいったい、どういうことなのでしょう?
思えばかれらは、ロビーが怒りの山脈へとむかうその場面で、ロビーとおわかれしました。そしてそのあと、ラグリーンの里長ラフェルドラードからのでんごんで、かれらはあるべつのにんむをいい渡されたのです(そしてそれはもともと、精霊王からのでんごんだったみたいです)。なんだかあるものをどこかに見つけにいくとか、「セイレン大橋へ、しゅっぱ~つ!」とか、そんなことをいっていましたよね。あれから、かれらのそのにんむのことについては、物語の中ではひとこともふれられていません。読者のみなさんの中には、そのことをちょっとさみしく(ふまんに?)思っていた方もいたのではないでしょうか? とくにライアン、マリエル、リズ、かれらのファンの方々は(その中でもとくに、「ライアンがぜんぜん出てこないー!」と思っていた方は多かったかもしれませんね)。
じつはわたしはあえて、かれらのそのにんむのことについてはふれなかったのです。だってふれちゃったら、このさいごの場面をお伝えする楽しみがなくなっちゃうじゃありませんか! あ、いえ、わたしのことはともかく……、読者のみなさんにとっても、その方がよかったはずです。ひみつがかんたんにばれてしまったら、おもしろくありませんものね。今ライアンたちが乗ってきたこの巨大なきかんしゃのこと、そしてかれらがそれに乗ってロビーのことをきゅうしゅつにむかうというそれらのことについては、さいごのさいごのこの場面までの、いちばんのひみつだったのです(ロビーにしらせていなかったのは、今思えば、かわいそうだったかもしれませんが……。で、でも、すくいのぬしが思いもかけずにあらわれた方が、もっとうれしいはずですから!
ところで、ライアンたちがそのにんむに旅立つ場面のさいごで、わたしはみなさんに、こうお伝えしていました。「きっとあなたは、そこで、どえらいものをもくげきすることになりますから……」。そう、あの言葉はまさに、このことだったのです。空を飛んでつっこんできた、きかんしゃ。じゅうぶんにどえらいものだと思いますが、どうでしょうか? すくなくともロビーにとっては、どえらいものだったようです)。
「みんな! いったい、どうして!」
ロビーがむちゅうで、仲間たち(とくにライアン)のもとにかけよって、たずねます。そんなロビーに、ライアンが「えへへ。」と胸を張って、まんぞくそうにいいました。
「ほんとうにロビーは、ぼくがいなくちゃだめなんだから。ぼくが助けにこなかったら、今ごろロビーは、がれきでぺっちゃんこになってたかもだよ。かんしゃしてよね。」
ライアンがそういいましたが、ロビーはちょっとだけ、つっこんできたきかんしゃのことを見ました。そしてちょっとだけ、こう思ったのです。もしこれがぼくの上につっこんできたのなら、ぼくはもっと、ぺっちゃんこになってたと思うんだけど……。
(ですが、ご安心を。このきかんしゃには人のそんざいを感じ取ることのできる、レーダーのようなものがついていたのです。ですからこのきかんしゃは、人のいない広間のまん中をめがけてつっこんできました。いくらライアンでも、そのくらいのことはちゃんと考えていたのです。でも、いくらそうだったとしても……、やっぱりいきなりつっこんでいくのは、あぶなすぎですよね……。
そしてロビーのことを見つけることができたのも、このレーダーのおかげでした。ですからみんなは、ロビーのいるこの広間めがけてつっこんでいくことができたのです。もっとも、このレーダーは人のそんざいを感じ取るというだけでしたので、それがほんとうにロビーであるのかどうかは、じっさいにたしかめてみるまではわかりませんでした。まあでも、こんなところにいる人なんて、そうはいませんでしたから。
ちなみに、ロビーはムンドベルク、ソシー、アーザスの三人といっしょに、同じところにおりましたので、レーダーにはひとつの大きな光としてうつっていました。ですからやってきたライアンたちには、そこになん人の人たちがいるのか? ということまではわからなかったのです。さすがにこのレーダーも、そこまでばんのうではありませんでしたから。)
まあ、それはいいとして。さあ、ライアン、マリエル、リズ、これはいったいどういうことなのか? 教えてください!
「あのあとね、ぼくたちは、みんなそろって、ある場所にむかったんだよ。」ライアンがいいました。あのあとというのは、つまりロビーがラフェルドラードの背に乗って、怒りの山脈にむかったあとのことです。
「ロビーさんを助けることのできるものが、そこにあるということでした。それこそが、このカピバルのわざのしゅうたいせい、魔法れっしゃだったんです。」マリエルが、うしろにそびえているきかんしゃ(魔法れっしゃというのが正しい名まえのようです)のことをしめしながら、いいました。
「ちょ! ぼくがいおうとしてたのに!」ライアンがマリエルの頭をぐいっとおし下げて、その上に自分のからだを乗せながら、つづけます(ほんとうになかよしになったものです)。
「とにかく! この魔法れっしゃっていうのが、セイレンのみずべの山おくに、かくしてあったんだって。これを使えば、空をびゅーっ! って飛んでいって、ロビーのことを助けにむかえるっていうんだよ。だからぼくたちは、ラグリーンたちの背に乗って、まずはセイレン大橋にむかったんだ。れっしゃを動かすためには、この人の助けがいるっていうから。」
そういってライアンは、れっしゃのとびらの方をさししめしました。そしてそこから、よっこらせ、とあらわれたのは……。
「そういうことじゃな! まったく、びっくりしたぞい。いきなりげんかんのとびらをぶち破って、空飛ぶねこの者たちが、つっこんできたんじゃからな。」
あなたは……! カピバラ老人! セイレン大橋の下のあの小さな小屋に住んでいた、カピバラ老人じゃありませんか!
そう、マリエルの言葉にもありました通り、この魔法れっしゃはカピバルのくにの中でも、ひでん中のひでん。まさに「もんがいふしゅつ」の、さいこうのわざだったのです。そしてそのわざをあつかってれっしゃのことを動かすためには、やはりカピバルのさいこうのわざが必要でした。そのさいこうのわざを持っている者こそが、ほかでもありません。かつてのカピバラのくにの重要人物、カピバルたちのたましいともよべるすいしょうのことを持っている、あのカピバラ老人だったのです(あの出会いが、まさかここまで大きなものになろうとは! やっぱりこれも、運命だったのかもしれませんね。
ちなみに、ライアンはカピバラ老人の家をたずねたそのときにも、やっぱりこんかいと同じようなことをしたみたいですね。つまりラグリーンたちの背中に乗ったまま、いきおいあまって、どっか~ん! 入り口のとびらをぶち破って、中につっこんでいってしまったのです……。カピバラ老人にけががなくてよかった……)。
そしてこの魔法れっしゃこそが、アーザスの城の中からロビーのことを助け出すことのできる、ゆいいつのしゅだんでした。アーザスがたおされれば、その城のことをつつんでいるバリアーは消え失せ、さらに城そのものも、もとのかたちをとどめることができなくなって、くずれ落ちる。その中からロビーのことをつれ出せるのは、この魔法れっしゃだけだったのです。精霊王はそのことを、よくわかっていました。ですからライアンたちロビーの仲間たちに、この魔法れっしゃに乗ってロビーのことを助けにいくようにと、伝えたのです。
(たとえラグリーンたちでも、アーザスの城のその中にまでははいりこめません。へたをすれば、城のほうかいとともにラグリーンたちまでまきこまれて、そのいのちを失ってしまうことでしょう。くずれ落ちていく城の中につっこんでいくことのできる、強力な魔法の乗りもの。それこそが、このカピバルのわざによってつくられた、魔法れっしゃだったのです。なにしろあのいきおいで地面につっこんでも、れっしゃにはきずひとつついていませんでしたから、どんなにがんじょうか? よくおわかりでしょう。
ところで……、読者のみなさんの中には、こう思った方もいるかもしれませんね。こんなにべんりなものがあるのなら、はじめからこの魔法れっしゃに乗って、アーザスの城へとむかったらよかったじゃんかって。ですがそれは、むりだったのです。ごぞんじの通り、アーザスの城のまわりには、アーザスののろいのけっかいが張られていましたから。あのけっかいを越えてゆくのは、いかにこの魔法れっしゃといえども、ふかのうでした。それにもしけっかいをとっぱできたとしても、アーザスが自分の城の中に、このれっしゃのしんにゅうをゆるすわけもありません。こういったわけで、この魔法れっしゃはアーザスがたおされ、のろいのけっかいも消え去ったあとで、「ロビーのことを助ける」というそのためだけに使われることになったのです。さすがにこれで旅をするというわけにも、いきませんでしたし。大きすぎて、目立ちすぎでしたから。そんなことをすればワットの者たちに、「わたしたちは、ここですよー」と教えているようなものなのです(それにこのれっしゃのねんりょうも、そんなに長持ちするというものでもありませんでしたし。))
「ま、そういうこと。そんでおれたちは、ここにきたってわけ。」リズがあいかわらずのちょうしで、あっけらかんといいました。
「ちょ! かってに話を、まとめないでよ! 終わっちゃうじゃんか!」ライアンがリズのことをおしのけて、またしても前に乗り出してつづけました。
「長く、くるしい旅だったよ……。まあ、ぼくだから、なしとげられたんだけど。ロビーのことを助けるために、なんどもなんども、つらいこんなんを乗り越えてきたんだ……。ほんとうにたいへんだった。」
ライアンがそういって、「うんうん。」とひとりでうなずいてみせます。ですが。
「なにいってんの。ずっとラグリーンの背中に、乗ってただけでしょ!」マリエルがいいました。
「ちょ! ばらさないでよ! せっかくロビーに、うんとかんしゃしてもらおうと思ってたのに!」
ライアンがそういって、マリエルとまたわーわーはじめます。ですがこれは、いつものことですから(ほんとうになかよしになったものです)。
そのとき。
「ありがとう、ライアン。ほんとうに、きみがいてくれてよかった……」
ロビーがそっとライアンに歩みよって、そのからだをぎゅっとだきしめました。とつぜんのことに、ライアンはとたんに顔を赤らめて、はずかしくなってしまいます。
そして。
ここにきてライアンは、ようやく、そのほんとうの心のうちをロビーにうちあけました。
「ロビー、ほんとはね……」ライアンが、小さな声でいいました。「ぼく、ロビーのこと、心配でたまらなかったんだよ……。アーザスってやつに、やられちゃうかもって……。だから、だから……」
「わあああ!」
ライアンはもう、声を上げて泣いてしまいました。そうです、ライアンはじょうだんっぽく、勝ち気なふうをよそおってはおりましたが、ほんとうはロビーのことが、心配で心配でたまりませんでした。まにあわないんじゃないか? ロビーが死んじゃうんじゃないか? ライアンの心の中は、ずっと、それらの思いではちきれんばかりだったのです。ロビーが今、そのやさしさでライアンのことをつつみこんだとき。ライアンのおさえつけられていたそのほんとうの思いが、せきを切って、おもてに出てきてしまいました。
「だいじょうぶだよ。きみが、助けてくれたもの。」ロビーはそういって、泣きじゃくるライアンのことをさらにやさしくだきしめました。「いったでしょ? きみは、いつだって、ぼくのきぼうなんだって。」
ふたりはしばらくのあいだ、ずっとだきあっていました。マリエルもリズも、そんなふたりのことを、ずっと見守っていました。
「やっぱり、このふたりにはかなわないや。」マリエルはそういって、鼻をずずっとすすりました。
さあ、だっしゅつです! いくら魔法れっしゃがあるとはいえ、いつまでもこんな危険な場所にいるわけにはいきません(ちなみに、みんなの今までのやりとりはすべて、てんじょうのがれきの落ちてこない(ひかく的安全な)れっしゃの影でおこなっていましたので、ご安心を。そしてもちろんムンドベルクたちのからだも、がれきの落ちてこない、(まだ)安全な広間のすみに寝かされていました)。
「さあみんな、乗った乗った! こんなところは、早く、おさらばせんと!」カピバラ老人がそういって、魔法れっしゃのうんてん席に乗りこみました(うんてん席のあるいちばん前の車両のうしろには、ふたつの客車がくっついていました。そこには全部で五十人ほどもの人たちが、乗れるようになっていたのです。もっとも、ぎゅうぎゅうにつめれば、百人以上は乗れましたけど)。
「みんな、手を貸して。お父さんたちを乗せないと。」ロビーが、みんなにむかっていいました。
「この方が、レドンホールのムンドベルクへいかなんですね……」マリエルが、ムンドベルクのすがたを見てつぶやきます。「影の者となったムンドベルクへいかが、こうしてぶじに、もとのすがたにもどることができたなんて。ほんとうにきせきです。よかった。ほんとうによかった。」
ムンドベルクのことはすでにロビーが、みんなにかいつまんで説明をしていました(ほんとうに、急いでかいつまんでだけでしたけど)。女神の剣の力によって、ムンドベルクが助かったということ。そして女神ライブラのこと。ですがその身が助かったとはいえ、ムンドベルクがふたたびもとの力を取りもどすためには、まだ時間がかかりそうだということも。おそらく、しばらくはこのまま、ぐったりと寝こんだままでしょう。
「うわっ! これ、アーザスってやつじゃない?」
そういったのはライアンでした。ムンドベルクの横に寝かされていたアーザスのことを見て、そういったのです。たしかに、ライアンがおどろいたのもむりはありません。ロビーはこのアーザスのことをうち破るために、いのちがけでここまでやってきましたから。
「うん。でも、ここにいるのは、もうおそろしい悪者のアーザスじゃない。かれは、むかしのかれに、もどったんだよ。かれも、やみにとらわれていただけに、すぎなかったんだ。だから、かれのことも助けなきゃ。」
ロビーの言葉に、みんなはさいしょ、「う~ん……」とうなっているばかりでしたが、やがてロビーの顔を見て、にっこり笑ってみせました。
「まったく、ロビーにはかなわないや。ほんと、お人よしなんだから。」ライアンがいいました(ライアンはそういって、リズの方をふりかえります。リズは、「はいはい。おれがはこぶんだろ? わかってますよ。」とぶつぶついいながら、アーザスのことをその背にかつぎ上げました。ムンドベルクやアーザスのことをはこぶのには、からだの小さなライアンやマリエルのちびっ子たちでは、たいへんでしたから)。
(アーザスとムンドベルクのことを、リズとロビーでさきにれっしゃにはこびいれてしまってから)そしてさいごに、ソシーです。ソシーのこともちょっとだけ、ロビーはみんなに説明していましたが、やっぱりみんな、この女の子がもともと人形だったなんていうことが、とても信じられないといったようすでした(だってどこからどう見ても、ふつうの女の子でしたから。ロビーでさえ、いまだに信じられないくらいだったのです)。
「早く、げんきになってくれるといいんだけど。」そういって、ロビーがソシーのことをだき上げました(やっぱり安全のことも考えて、ふたりのちびっ子たちにはこんでもらうのはやめておきました)。からだの小さなソシーは、ロビーひとりでもかんたんに持ち上げられたのです(ですからちょっと、おひめさまだっこみたいなかたちになりましたが)。そして、そんなときのこと。
「……う、ん……、ロビーさま……」
ソシーが寝ごとで、ロビーのことをよびました。そしてソシーは眠ったまま、ロビーのそのからだにぎゅっとだきついたのです(これはただ、寝ぼけてのことでしたが)。
ロビーはとたんに、まっ赤になってしまいました。今までは人形でしたからまだよかったのですが、こんどはソシーは、生身のからだなのです。ロビーは女の子にだきつかれるなんてことは、もちろんはじめてのことでした(人形のときのソシーのことはべつとして)。ですからロビーは顔から湯気を出して、はずかしがってしまったのです。
これを見たライアンは……。
「ちょ! ど、どういうこと! なんなの、それ! ぼくがいないあいだに、なにしてたの、ロビー!」
ライアンはすっかり、ソシーにやきもちをやいてしまいました。ま、まあ、気持ちはわからないでもないですけど……。
「な、なにって、べつに、なんにも! ソ、ソシーはほんとうに、アーザスの手下だった子で……」
ロビーがひっしになってべんかいしましたが、ライアンはぐいぐいつめよって、ききいれません。
「ぼくというものがありながらー! うわきしてたの! ゆるさないよ!」ライアンはそういって、逃げるロビーのからだをぽかぽかたたきながら、そのあとを追いかけます。マリエルもリズもカピバラ老人も、あっけにとられて、口をぽかん。「あいつら、このままおいてっちゃおうか?」リズがいいましたが、マリエルもまた、「そうした方がいいかもね……」といって、うでをくむばかりでした。う~ん……。
こうして、ロビーたちを乗せたこの魔法れっしゃは、アーザスの城のその中から出発していったのです(まずはバックで、どっか~ん! てんじょうのかべをなぎたおしながら、そとに飛び出していきましたが。でももういくらこわしたとしても、だれももんくはいいませんよね。この城はもはやこのさき、だれも住むことはないのですから)。そとから見ても、アーザスの城はもうぼろぼろにくずれ落ちていました。城をつつんでいたあの生きているバリアーも、もはやかたちを持たない赤い水の流れとなって、はるかな谷底へとむかって流れ落ちていたのです。そのバリアーから、そして城の中からも、きいろいかがやきを持った光のようなものがつぎつぎにあらわれては、空に立ちのぼっていきました。これらはアーザスによってうばわれていた、人々のたましいのエネルギーだったのです。たましいたちがもとの場所にもどることは、もはやないでしょう。ですがこのたましいたちは、つづくみらいのいのちの中へと、生まれ変わってゆくのです。それがせめてもの、すくいでした。
さまざまなものが変わってしまった、アークランド。ですがそれらもやがて、新しく生まれ変わってゆくことでしょう。
きっと、もとのアークランドよりも、もっともっと、美しく、かがやかしいものへと……。
アークランドの運命をきめる大いくさが終わり、まず大きく変わったことは、やはりワットでした。ワットの持っていた「ほかのくにといくさをすることのできるけんり」は、とうぶんのあいだ失われることになりました(これは軍を持つくにであれば、どこでも持っているけんりでした。ですがこのアークランドではワットいがい、このけんりをみずから進んで使おうとするくになどは、どこにもなかったのです)。これは心を取りもどしたアルファズレドみずからが、くにのつぐないのひとつとして、そのようにきめたことでした。とうぜん、ワットの多くの高官たちからのもうはんたいがありましたが、アルファズレドはこのけっていを、おしきったのです(それがアルファズレドのアークランドに対する、せめてものつぐないの心でした)。
そしてワットは今までにしんりゃくしてきたたくさんのくにぐにや人々に対して、これからなん年もの時間をかけて、つぐなっていくことになりました。ワットのくにのたくわえは、あっというまになくなっていきました。そしてその軍勢も。ワットの軍勢はそのほとんどが、お金でやとわれた「よう兵」とよばれる兵士たちでした。かれらにお金がはらえなくなったワットは、そのため、くにの持つほとんどの兵力を失ったのです。残ったのはワットのお城にもともとつかえていた、わずかな数の兵士たちばかり。そしてその中には、あの魔女っこ三姉妹のすがたもありました。
べゼロインとりでを取りかえされたことは、かのじょたちの大きなせきにん問題になりました。とりでを取りかえされたときにエカリンのいっていた通り、やっぱりだいぶ、「怒られた」のです。そのためもあって、この魔女の三姉妹はそのごの長きに渡って、ワットのつぐないのそのさいせんたんに立って、たくさんのしごとをこなしていかなければならなくなりました。それこそ、しょるいのせいりから、ざつ用の山まで。
「なんでわたしたちが、こんなことまでしなくちゃならないのよー!」たくさんのしょるいの山にかこまれて、そのしょりをおこないながら思わずもんくをいったのは、エカリンでした。もうさっきからエカリンは、なん時間も、このしょるいの山のせいりに追われっぱなしだったのです。ですがそこに……。
ごちん! げんこつがひとつ。それはやっぱり……。
「……これも、しごとです……! もんくいうなです……!」しょるいの山をかかえたアルーナが、そういってエカリンの頭をたたいていきました。
「いっだー! もう、いや! ネルヴァから、上の人にいってよー! ネルヴァだったら、いうこときいてくれるでしょ!」エカリンが、すこしはなれたつくえにむかっているネルヴァにいいました。ネルヴァもまた、たくさんのくにぐにに対してのしはらいのふり分け方をきめる、その計算に追われているところだったのです。ですがエカリンの言葉に、ネルヴァはほほ笑んだまま、こういうばかりでした。
「アルーナちゃんのいう通りよ。これも、わたしたちのたいせつなしごと。やばんなことをしているよりは、ずっとましじゃない。わたしたちは、これでいいのよ。」
ネルヴァの、いがいな言葉。もっとずっとおそろしいことを、考えているような人だとばっかり思っていましたけど(それこそライアンみたいに)。ネルヴァの人らしい、いがいないちめんを見たような気がします。
「……わたしたちは、これでいいです……。みんなにごめんなさいしたら、好きなことをすればいいです……。それまでちゃんと、はたらくです……。わたしたちは、めぐまれてるです……。しあわせなんです……、エカリン……」
アルーナがいいました。そしてまた、通りすがりに、ごちん……、ではなくて、こんどはアルーナは、エカリンの頭をやさしくなでてあげたのです(ひょっとして、はじめてかも)。
アルーナにそんなことをいわれては、エカリンももう、なにもいえませんでした。
「わ、わかったわよー、もうー。」エカリンはそういって、また(まだだいぶ、しぶしぶのままでしたが)しょるいの山に取りかかりました。
ワットの魔女の三姉妹。かのじょたちが晴れてそのつみをつぐなって自由の身になれたのは、それからだいぶたってからのことです。うわさでは、かのじょたちはワットにわかれをつげて、遠い遠いくにへと旅立っていったということでした。かのじょたちは今そこで、新たなる日々を送っているということです。
旅立つ前。
「みんな! まったねー!」エカリンが笑顔で、ふりかえっていいました。
そして、アルファズレド。かれはそれからしばらくお城にとじこもり、今までのおのれの生き方を見つめなおす日々を送っていました。そしてそんなかれのもとになんども足をはこんだのは、アルマークだったのです。今ではアルマークはベーカーランドからの正式なお客さまとして、ワットをおとずれることができていました。アルマークのそんざいは、アルファズレドの大きなすくいでした。かつて、ともに手を取りあったふたり。むかしのままというわけには今でもいきませんでしたが、それでもこのふたりのえいゆうたちは、かつての友じょうを取りもどしていたのです。ワットもベーカーランドも、これでだいじょうぶでしょう。このふたりがいるかぎり、そしてその思いが、つぎの世代へと受けつがれてゆくかぎりは……。
それから、ソシーとアーザスのそのごのことです。ベーカーランドについたロビーたちは、そこでノランたち、けんじゃのみなさんといっしょになりました(ノランとカルモト、リブレスト、ランスロイの、ごうかメンバーです! この四人をいっしょに見られるなんてことは、このさきにどとないでしょう)。まずはみんな、おたがいのことをたたえあいます。ロビーは四人のけんじゃたちそれぞれみんなから、あくしゅをもとめられました。「ほんとうに、よくやってくれた。」口ぐちにおくられるけんじゃたちからの言葉に、ロビーはすっかり、きょうしゅくしてしまったものです(ライアンが横から、「ねえ、ぼくは? ぼくは?」としつこくいっていましたが)。
「この者は、わたしがあずかろう。」そういったのは、ノランでした。ノランはいまだ深い眠りの中にあるアーザスのことを見て、いったのです。
「この者は、もはや、このアークランドのそとにその身をおいた方がいいだろう。このアークランドには、かれにとって、思いでが多すぎる。ここにいても、かれ自身、つらくなるだけだろうからな。」
そのわきに静かに立っていたのは、ソシーでした。ソシーはすでにその眠りからさめて、アーザスのそばに、ずっとつきっきりだったのです(目がさめて、自分が人のからだになっているということを知ったときの、ソシーのおどろきようったらありませんでした。まあ、とうぜんでしょうけど)。
「きみは、どうするのだ?」ノランがソシーにたずねました。「ここに、残るかね?それとも、わたしといっしょにいくか?」
ソシーはずっと、うつむいていました。そしてそれから顔を上げて、ロビーのことを、じっと見つめたのです。ソシーの心の中は今、大きなまよいであふれていました。それはノランのいった通り、アーザスについていくか? それともロビーとともに残るか? ということだったのです。
「わたしは……」ソシーがロビーのことを見つめながら、いいました。
「わたし……、わたし……」
そんなソシーに、ロビーがやさしく語りかけます。
「きみは、自分の思った通りの道をえらべばいいんだよ。きみにとって、なにがいちばん、たいせつなことなのか? 心にすなおにきいてみればいいんだ。」
ロビーの言葉に、ソシーはまたうつむいてしまいました。ロビーははじめて、ほんとうに好きになった相手。ですがアーザスもまた、ソシーにとって、とてもたいせつなそんざいだったのです。
そしてソシーは、けつだんしました。ソシーはしっかりと顔を上げて、ロビーのことを見ました。
「ロビーさま……、わたし、アーザスさまのおそばを、はなれるわけにはいきません。」
ソシーの言葉に、ロビーはやさしくうなずきます。
ソシーがつづけました。
「アーザスさまは、わたしのことを作ってくれた、たいせつな人。その人が、これから、新しい道をふみ出そうとしているんです。わたしはそれを、助けてあげなくちゃいけないんです。今のアーザスさまには、わたしが必要なんです。」
ロビーはソシーのもとに歩みよって、その手をやさしくにぎってあげました(ちょっと、ライアンのしせんが心配でしたけど……。でもライアンも、こういう場面ではしかたがないと、りかいしてくれているみたいです)。
「かれのことを、しっかり守ってあげてね。そして、いつでも好きなときに、もどってきて。ぼくは、いつでも、きみのことを待ってるから。」
ロビーの、やさしい言葉。そしてその言葉に……、ソシーはこんどこそ、そのやわらかなこはく色のひとみに、ほんもののなみだのつぶをあふれかえらせたのです。
「ありがとうございます……、ロビーさま……。わたし、きっと……」
ロビーはそんなソシーのことを、そっとだきしめてあげました(それを見ていたライアンは、しばらくだまっていましたが、五びょうくらいたって、「はいはい、そのへんでいいんじゃないかな。」といって、ロビーのことをぐいっとうしろにひっぱってしまいました。せっかく、感動的な場面でしたのに……。やきもちやきにも、こまったものですね。まるで、メリアン王みたい)。
アーザスとソシーは、こうしてノランとともに旅立ちました。アーザスの目がさめたのは、それからなん日もあとになってからのことです。アーザスはソシーのことを作ったということを、ほとんどおぼえていませんでした。やみからかいほうされた今となっては、アーザスはやみにとらわれていたそのあいだのことを、ほとんど忘れてしまっていたのです。ですがソシーにとって、アーザスが自分のことを作ったたいせつな人なのだということに、変わりはありませんでした。思いではこれから、作っていけばいいんです。ふたりの新しいみらいは、ここからはじまってゆくのですから……。
アーザスとソシーの物語は、ここからまた、はじまるのです。
ノランが旅立ち、そして三人のけんじゃたちもまた、それぞれの世界の中へともどっていきました。カルモトは今でも、あの巨大なルイーズの木に住んでいて、学問とけんきゅうの日々を送っているのです(こんどはちゃんと、ノランにも住所を教えておきましたので、ご安心を。
ちなみに、カルモトのつれてきたポメラニンたちは、みんなにせいだいに見送られ、かれらのふるさとポート・ベルメルまで帰っていきました。その口にみんな、大きなソーセージやハムを、くわえながら。かれらにその「おれい」をするために、ベーカーランドのお城のお肉はみんななくなってしまいましたが、まあそれは、しかたのないことです)。リブレストもまた、岩のロボットたちをひきつれて、「なかなか楽しかったわい! じゃあの!」といって、自分の住む岩の世界の中へともどっていきました(レイミールはリブレストから、「きねんに」といって、あの小さな岩のミニチュア兵士たちを作るミルク色の石を十二こもらいました。今レイミールはその兵士たちのことを相手に、剣のわざをみがいているということです。早く、いちにんまえの騎士になれるといいですね!)。そしてランスロイもまた、「さらば!」と(たくましい声で)いって、あのふしぎな者たち、レビラビたちをひきつれて、空の上の、雲の中の世界へと帰っていったのです(それこそ、風のように立ち消えていきました。
ところで、けんじゃたちとともにネクタリアの者たちもまた、かれらの住むタドゥーリ連山の聖地の中へともどっていくことになりましたが、新たに変わったことがひとつ。セハリアのめいを受け、百年のさいげつを越えて、今ふたたび、かれらの中からたくさんの者たちが、このアークランドにもどってきたのです!それはネクタリア全体の数からいえば、まだまだすこしばかりの者たちでしかありませんでしたが、これから生まれ変わろうとしているアークランドの者たちにとって、これほど勇気づけられ、はげみとなるものもないことでしょう。またむかしのように、ネクタリアの者たちとアークランドの人たちがともに手を取りあって暮らしてゆけることのできる世界がきずかれるのも、そう遠いことではないはずです)。
そして、カピバラ老人のそのごのこともお伝えしておかなければなりません。カピバラ老人はときここにいたって、ひとつの大いなるけつだんをしました。それは……、そう、カピバラのくにのさいけんです! 今こそ、かつての美しいカピバラのくにのすがたを、取りもどすのです。みんなはその思いに、できるかぎりの協力をおしみませんでした。南の地にちらばっていたカピバルの者たちも、みんな集まって、心をひとつにして、老人の思いにこたえました。そうして長いねん月ののちに、カピバラのくにはみごとに、さいけんを果たしたのです!
その場所はもちろん、セイレンのみずべでした。ワットのつくった数々のみにくいたてものはみんなこわされ、その上にカピバルのわざのすばらしいけんちく物が、つぎつぎとつくられていったのです(あのガラスのようにとうめいで美しい空中どうろも、ふっかつです!)。今ではセイレンのみずべはいぜんにもまして、美しい場所になりました(カピバラのくにはシープロンドと同めいをくんで、土地の美しさを守るかつどうをつぎつぎにおこなっていきました)。そして、あのセイレン河。よごれたへどろの河となってしまっていたあのセイレン河も、今ではすっかり、もとの美しい流れを取りもどしたのです。シープロンドの人たちにとって、ライアンにとって、メルにも、アークランドのぜんなる者たちみんなにとっても、こんなにもうれしいことはないでしょう(わたしも、読者のみなさんにとっても)。
カピバラ老人はその新しいカピバラのくにの、さいしょのしっせいとなりました。そしてそのカピバラ老人のもと、数々のすばらしきわざとともに、くにはますますさかえていくこととなったのです(でもいぜんのようにわざをほかのくにぐにに売り渡すようなまねは、けっしてしませんでした。そのかわりに、かれらはそのわざをおしみなく、ほかのくにの人たちにも分け与えたのです。
ところで……、さいごまで「カピバラ老人」のままで通すのもどうかと思いましたので、読者のみなさんにはここで、かれの名まえを伝えておきたいと思います。かれの名は、ジェーガン・ロックウォート。このアークランドがつくられてまもないころのいだいなる冒険家メンバーたちのうちのひとり、アライン・ロックウォートの、しそんでしたが、それはまた、べつの時間、べつの物語……)。
そしてさいごに……、ロビーのことです。
エリル・シャンディーンにもどってきた、ロビー。そんなかれのことをいちばんに出むかえたのは、やはりかれらでした。それは……、そう、ロビーの家族ともいえる仲間たち。ベルグエルムとフェリアルの、ふたりの騎士たちだったのです。
多くは語りませんでした。仲間たちはおたがいのすがたを見るなり、そのままかたく、だきあったのです。その目には、たくさんのなみだがあふれていました。そのなみだのひとつぶひとつぶが、今までのたくさんのこんなんや、かなしみ。思いでや、うれしさ。それらのことを深くあらわしていました。
「おがえりなざい、ロビーどの……」フェリアルがさいごに、それだけいいました。そしてロビーはそんなフェリアルに、ベルグエルムに、ライアンに、あらためて、言葉をひとことおくったのです。そのひとことに、ロビーの思いのすべてがこもっていました。
「ただいま……。みんな……」
こうして、旅の者たちはそれぞれの場所へと帰っていったのです。
ライアンは、シープロンドへ。
「また、ちょいちょいあそびにいくからね。それなりのかんげいを、よろしくー。」(この「それなりのかんげい」というのは、もちろん、「お菓子をどっさり用意しておいてね」という意味だったのです。)
ところで、エリル・シャンディーンにはライアンのことを出むかえていた、とくべつなもうふたりの人物がおりました。それは、そう、レシリアとルースアンです。ネクタリアとともに戦っていた、かれら。そのかれらがいち早くライアンたちのことを出むかえるために、エリル・シャンディーンのそのもとへともどっていました。
レシリアのすがたを見るなり、ライアンはわれも忘れて飛びついてしまいました。ほんとうならかのじょたちには、もうとっくに出会えているはずだったのです。思いもかけず、たいへんなこんなんの中へとまきこまれてしまった、レシリアとルースアン。そのかれらに今、ようやくのことでさいかいすることができましたから。ライアンもレシリアも、なみだを流して、ただぎゅっとだきあうばかりでした。
「よがっだなあ、ほんどうに、よがっだなあ……」その横で同じくなみだを流しながら、ルースアンとハミールがだきあっていました(なんだか前にも、こんなことがあったような気が……。
ちなみに、ハミールとキエリフ、小さなレイミールも、レシリアたちとともにもどってきていました。仲間たちはすでに、かれらのすばらしいかつやくぶりをたたえ、おたがいのくろうをねぎらいあっていたのです。ほんとうにおつかれさまでした!)。
ですがそんな感動的な場面に、ひとだんらくがついたあと。
レシリアはライアンに、こんなことをいったのです。
「さあ王子、かくごはできていますね? 今までのべんきょうのおくれは、しっかりと取りもどしてもらいますから。シープロンドにもどったら、まずは、算数のドリル、十さつ!」
「ええーっ! そんなあー!」ライアンがさけびました。
そしてロビーとベルグエルム、フェリアルの三人は……。そう、かれらのもどるべきさきは、ひとつだったのです。それはかれらの祖国、レドンホールでした。
レドンホールのくには荒れ果てていて、どこから手をつけたらいいものか? それすらもわからないほどのひどいありさまでした。ですがかれらは、そのひとつひとつのこんなんに、ひるむことなく立ちむかっていったのです。みんなの力をあわせれば、できないことなどないのです。かれらの力をあわせれば、どんなことだってなしとげられることでしょう。レドンホールのくには、こうしてそれからなん年ものさいげつをかけて、すこしずつすこしずつ、もとの美しさを取りもどしていくことになりました。
悪しきやみの世界からかいほうされたムンドベルクは、そのご正式に、王の座をロビーにゆずり渡しました。それはロビーがまだ、十九さいのときでした(のちにムンドベルクにきちんとかくにんしましたところ、ロビーがアークランドをすくうこんかいの冒険に出たとき、ロビーは十五さいだったそうです)。ほんとうならまだまだ、王になるようなねんれいではありません。ですがムンドベルクはもはや、自分のやくめは終わったのだと考えていました。あとはロビーのうしろで、そっと、かれのことを見守っていくべきなのだと。
「王さまなんて! ぼくにはまだ、早いですよ!」ロビーがそういったのは、とうぜんのことでした。なにしろ自分が王さまだなんて、どうしたって、そうぞうできるようなものではありませんでしたから。しかしそんなロビー(ロビーベルク王とよぶべきでしょうか? なんだかしっくりきませんけど)のことをいちばんに助け、ささえてくれたのは、やはりベルグエルムとフェリアルの、ふたりだったのです。
ベルグエルムは、新しいレドンホールのしっせいになりました。父であるデルンエルムから、そのやくめを受けついだのです。ベルグエルムなら、まさにうってつけでしょう(ちなみに、これはあんまり声を大にしていうべきではないのですが……、ベーカーランドの白の騎兵師団の長、ライラは、そのごなんども、レドンホールのベルグエルムのもとをおとずれたのです。そしてベルグエルムもまた、ベーカーランドのライラのもとをたびたびおとずれました。あくまでもうわさですけど、ふたりは「いいかんけい」になっているのだとか……。ほんとかどうかはわかりませんけどね。ベルグエルムにきいてみても、「い、いや、それは……、ごほん!」といってごまかされるばっかりでしたから。ライラには、こわくてきけませんでしたし……。でもほんとうにそうなら、みんなおうえんしてあげようじゃありませんか。なかなか、おにあいのふたりですしね。いろいろがんばれ! ベルグエルム!)。
そしてフェリアルは、レドンホールのすべての兵士たちのことをたばねる「ウルファ長」になりました。もちろんフェリアルも、「ええーっ! わ、わたしがウルファ長ですか!」とびっくりぎょうてんでしたけど。ウルファ長というのはすべてのウルファの兵士たちの中でも、いちばんえらい人のことなのです。はじめはベルグエルムやほかの人たちに助けてもらいっぱなしでしたが、今ではだんだんと、かたにはまってきたようでした(とにかくがんばれ! フェリアルウルファ長! おばけに負けないでね!)。
ロビーはこうして、たくさんの人たちの助けのもとで、新しいレドンホールのくにをになっていくことになったのです。ところで、ロビーの剣は? あの剣はどうなったのでしょう? ご安心を。女神のつるぎアストラル・ブレードは、きちんとロビーとともに、レドンホールにもどってきました。そしてその剣は、ベーカーランドの青き宝玉とともに、この新しいアークランドのみらいをささえるための、大いなる力となったのです(力を使い果たした剣がもとの力を取りもどすためには、やっぱり時間がかかりましたけど)。今ではベーカーランドとレドンホールは、おたがいに助けあって、それらの女神の力の大いなるかごを、このアークランドにもたらしていました。剣と宝玉、このふたつの力によって、アークランドをへいわにまとめ上げること。それこそが、アークランドのふたりの女神たちののぞんだ、りそうのすがただったのです(それまでにほんとうに、長いねん月がかかったものです。でも今は女神たちも、きっとほほ笑んでいることでしょう)。
ふたりの人物が、どこかの森の木々のあいだの小さな広場で、話しをしていました。
「ロビーベルクが、ほんとうによくやってくれましたね。」かがやくように美しいこがね色の長いかみをなびかせながら、ひとりの人物が静かにいいました。
「われらがアークランドに手をさしのべることは、これでしばらく、ないだろう。」もうひとりの人物の声が、静かにその場にひびき渡りました。
「新しいアークランドをつくっていくのは、かれらなのだ。」
そういうと、ふたりのすがたはまるでまぼろしのように、空気の中へと消えていったのです。
ひとりは、ロビーの育ての親、リーフィ。そしてもうひとりは、イーフリープの精霊王でした。
「ここに、このアークランドをすくいたもうた、しんの勇者をたたえる! ロビーベルクどの、こちらへ。」
ここはエリル・シャンディーンの、そのぎょくざの間でした。そして今、あらためてロビーをはじめとしたすべての仲間たちが、一同にこの場につどっていたのです。
声のぬしは、アルマーク王でした。そしてアルマーク王の影から、きょうしゅくそうに前にあらわれたのは……、もちろん、われらがきゅうせいしゅたる、ロビーだったのです。
今ロビーの目の前には、仲間たちをはじめ、さまざまなくにのそうそうたるメンバーがせいぞろいしていました。シープロンドの者たち、メリアン王もエレナも、きていました(ちなみに、メリアン王はライアンの手を、がっしりとにぎっていました。かってにどこかへいってしまわないためです。ライアンはだいぶ、めいわくそうでしたが……)。
けんじゃたちをだいひょうして、カルモトがふたたびやってきてくれました。そのおともとしてついてきてくれたのは……、フログルのカルルとクプル! なつかしい顔ですね。あいかわらず、げんきそうです(ちなみに、カルモトはこのエリル・シャンディーンにくるにあたって、六人の木の音楽隊の者たちをいっしょにひきつれてきたのです。ですがかれらといっしょにお城の中にはいろうとしたところ、「申しわけありませんが、そちらの方々は、いっしょにお通しするわけには……」とお城の兵士たちにとがめられてしまいました。カルモトは木の音楽隊に「おいわいの」たいこのマーチングをどんどんならさせながら、いっしょにお城の中にはいろうとしたのです。やっぱりそれじゃ、おごそかなお城の中には、いれられませんよね。さすがに、うるさすぎですし。カルモトはだいぶ、ふまんそうでしたが)。
そしてロザムンディアからは、ティエリーしさいさまとミリエムです。今ではすっかり、もとのからだにもなれたようですね。気が長ーいところは、もうなおっているのでしょうか?(ロザムンディアのまちはすっかりそうじが終わって、もとの美しいばら色のまちなみを取りもどしていました。今では西の街道も、またもとのにぎわいを見せているそうです。
ちなみに、ティエリーしさいさまのすがたを見るなり、ライアンが「うわっ!」といってメリアン王の影にかくれてしまったのは、いうまでもありません。また「かわいいー!」といって力ずくでもみくちゃにされるのだけは、かんべんでしたから。ライアンのかわいさは、四年たってもぜんぜん変わっていませんでしたので。)
はぐくみの森からは、チップリンク・エストル。おともには村長さんのほさやくの、ティッドーとロラがついてきていました(というより、チップの方がおともでしたが)。ふたたびチップに会えるなんて、うれしいかぎりですね。だいぶ、大きくなっているようです(はぐくみの森もまた、もとのにぎわいを取りもどしていました。森もすっかりきれいになって、ふたたび旅人たちへのもてなしがはじまっているそうです)。
マリエルもリズもリストールも、そしてラグリーンの里アップルキントから、ラフェルドラードとリュキアもきていました(リュキアの見た目は、ぜんぜん変わっていませんでしたけど。
ちなみに、リズはこんかいの旅のことをあらわした新曲をはっぴょうしていましたが、それは今まででいちばんというほどの、大ベストセラーとなりました。エリル・シャンディーンのまちでは、いつもリズのその曲が、ミュージックベアたちによってかなでられていたのです。それでもリズはあいかわらず、あの山おくの小屋に住んでいるみたいですけど。やっぱりあそこが、おちつくみたいですね)。
カピバラ老人とカピバルの者たちもきていました。そして小さなくにの王さまたちや、その家族の人たちまで、みんながこの場にやってきていたのです(ざんねんながら、アルファズレドとワットの者たちだけは、この場にはいませんでした。かれらも早く、みんなと同じ席につけることを、わたしは願っています)。
そんなあふれんばかりの人たちの前に、今王さまの座を受けついだロビーが、かちんこちんになって立っていました。そう、この集まりはロビーが王さまになったことをおいわいする、その集まりだったというわけなのです(この集まりのしゅさい者は、アルマーク王でした。ですからみんな、お客さまとしてエリル・シャンディーンに集まっていたのです)。
ロビーのあいさつに、みんなが、しーんとなってちゅうもくします。ですがロビーはまだ、人前で話すことなんて、やっぱりなれていませんでした。
「あの……、ええと、その……」ロビーがいいかけましたが、やっぱりうまく言葉が出てきません。ゆうべあれだけ、スピーチの文章を考えてきましたのに! そんなとき。
「ロビーベルク王、ばんざーい! ほら、みんなも、たたえてたたえて! ばんざーい!」
やっぱりロビーに助け船を出したのは、ライアンでした。
「ばんざーい! ばんざーい! アークランドの勇者!」
もう、ロビーの言葉も必要ありませんでした。みんなはただただ、せいいっぱいのかんしゃの心を、このレドンホールの若き王さまにむけておくったのです。それでいいじゃありませんか。百の言葉をのべるより、こっちの方が、よっぽどすなおというものです。
ロビーのまわりはもう、たくさんの人であふれかえっていました。みんなロビーにあくしゅをもとめ、ロビーは「あわわわ……」と、もうもみくちゃです。と、そこに。
「ロビーベルクどの。」
やってきたのは、アルマーク王でした。
「いや、今はもう、ロビーベルク王といわなくてはなるまいな。そなたを心から、ほこりに思う。そして、ありがとう、勇者よ。」
アルマークはそういって、ロビーの前にひざまずきました。その場にいるほかのみんなも、アルマーク王にならって、そろってロビーにひざまずきます。もちろんロビーが大あわてしてしまったことは、いうまでもありません。
「や、やめてください! そんな! もったいないです!」
ロビーがいいましたが、そんなロビーの手を取って、ライアンがにこにこしながらいいました。
「ま、今はこのまま、受け取っておいたらいいんじゃない? せっかく王さまが、頭を下げてくれてるんだしさ。めったにないチャンスだよ。」
ライアンの言葉に、ロビーはなにもいえず、ただただ頭をかいて、「う~ん……」とうなるばかりでした。
「さあさ、みんな、はいったはいった!」
入り口のとびらをあけて、ひとりの人物がいいました。今かれはこの場にやってきたなん人もの新しいお客さんたちのことをむかえるために、大いそがしだったのです。ですがかれのあんないも、すぐにおしまいになりました。なにしろせまいところでしたから、こんなにたくさんのお客さんたちのことを、みんな中へいれるわけにはいかなかったのです。席はすぐにいっぱいになって、みんなはこんどは、そとにならんだ長いテーブルのもとに、じゅんばんについていきました。
いったいここは、どこでしょう? 古びた大きな、げんかんの木のとびら。そのわきには、こうしのはまったすすけたまどがひとつ、ありました。とびらの中は、なんとも見ばえのしない、ほらあなになっていて……。
読者のみなさんには、ここがどこだか? もうおわかりになったかと思います。ここは、そう、かなしみの森の、ロビーのほらあなでした! そしてさきほどから、お客さんをむかえるために大いそがしになって動きまわっているのは……、それももはや、おわかりでしょう。そう、かなしみの森の、ゆいいつのお店、「スネイルのざっか屋および食りょう品店」のあるじである、あなぐまのスネイル・ミンドマンだったのです!
そのスネイルがさきほどからまねきいれているのは……、そうです、それはこのかなしみの森に住む、たくさんの動物の種族の者たち。ロビーのことをはじめはこわがっていた、そのかれらでした。
スネイルはいいました。「おまえさんがもどってくる、そのときには、わしはおまえさんのことをみなにふれてまわって、おまえさんをかんげいできるようにしておくよ……」。そしてまさに今、それがほんとうのこととなったのです。
もはや、説明の必要もないでしょう。ロビーは今、ほんとうに心の底からかなえたかった、その思いを果たしました。それはこのほらあなにたくさんの友だちをよんで、パーティーをひらくということだったのです。お城での大パーティーにくらべたら、ほんとうにささやかで、小さなものかもしれません。ですが今のロビーにとっては、このパーティーはほかのどんな大えんかいにくらべても、もっとはなやかで、ごうかなものでした。
ロビーのまわりは、たくさんの友だちであふれかえっていました。ベルグエルムもフェリアルも、もちろんいっしょでした。マリエルもリズも、みんな集まってくれました。そしてそのとき、入り口の木のとびらをあけて、ロビーのいちばんたいせつな人がはいってきたのです。その手に大きなケーキのはこを、山ほどかかえて。
「おそくなって、ごめーん! 森のおばあちゃんのやいたホワイトケーキ、いっぱいもらってきたよ! もう。ちゃんと用意しておいてね、って、いっといたのに。ぼくが取りにいかなくちゃならなくなっちゃったじゃんか。」
それは、そう、ライアンでした。ライアンはそのままケーキのはこをどさっとテーブルに山づみにすると、それからロビーの方へ近づいて、そのうでを取っていったのです。
「さあみんな、集まったね! あらためて、しょうかいするから。この人が、ロビーだよ。ぼくの、いちばんの友だち!」
そのばん、ロビーのほらあなに笑い声がたえることはありませんでした。
ロビーはここに、いちばんのしあわせを得たのです。
ロビーのこの物語は、これでおしまい。
後書きに代えて。
この物語は元々、「アークランド物語3部作」の第1部、「ロビーの冒険」として書き進めていたものです。第2部はロビーの冒険から30年前のアルマーク王たちの冒険を描いた、「ノランと四人の王子たち」。そして第3部はロビーの冒険のおよそ500年前の悲劇の出来事を描いた、「アーザス・レンルーの物語」です。第2部と第3部については、残念ながら、未だ完成を迎えていません。そして私は今、こう思っているのです。このアークランドの物語は、「ロビーの冒険」だけで充分なんじゃないかと。
一応ロビーの冒険を読んだだけでも、第2部と第3部のそれらの出来事のことについては、どんなことがあったのか? 大体の想像がつくようにはなっています。ですから敢えてそれらの物語を新たに書き進めるよりも、それらの物語のことについては、皆さんの想像に任せた方がいいんじゃないかと思いました。
でも……、やっぱり私の中に、3部作全てを完成させてみたいという気持ちもあります。ですからいずれ、再びペンを執るかもしれません。その時がもし来たら、再び私は、皆さんにそれらの物語のことを発表したいと思っています(身勝手で本当にすいません!)。
ロビーはこれから、新しい人生を踏み出していくのです。ライアンも、ベルグエルムも、フェリアルも、みんなも。
終わりはありません。ですから、さよならも言いません。
全てが、新しい旅の出発点なのですから……。
私も再び、新しい人生に出発しようと思っています。
読んでくれてありがとう! またね!