ロビーの冒険   作:ゼルダ・エルリッチ

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3、セイレン大橋

 アークランドというくにの北のはずれ。ものさびしい荒れ野が広がる土地の、さらに北に、まっくらでうすきみ悪く見える森が広がっていました。東は、はるかむこうのゆうだいでけわしい山々にまでとどき、西は、果てしなく光のとどかないかなたまでつづいているかのような、とても大きな森でした。その森は、日の落ちた今では、まったく光を受けいれることをこばんでいるかのようでした。そして、まるで森全体が、そとからの生きものの立ちいりをこばんでいるかのように、中にはいろうとする者の気持ちをしずませるのです。

 

 このなんともさみしげな森を、みなさんの感じょうであらわすのなら、どんな言葉がぴったりくるのでしょう? ぜつぼう? そこまではいきません。きょうふ? これもちがいます。そんなにおそろしげなものでもないのです。もっとささやかなもの。おおげさすぎることもなく、小さすぎることもないもの。そう、「かなしみ」です。この森には、かなしみという言葉がぴったりでした。雨にぬれて立ちつくしている森の木々も、水をあびて生き生きとというよりは、つめたい雨にうたれて、しょんぼりしているように見えます。まるで、よくないしらせにかなしみ、しずんでいる者たちが、より集まって肩を落としているかのように。そんなかなしみに、この森はつねに、つつまれていました。

 

 さて、物語は、そんな森の南の終わり。そして北へむかうのならば、森の入り口でもありました、ものさびしい岩だらけの荒れ野からつづいてゆくのです。

 

 雨はいぜんとして、さあさあとふりつづけていました。寒すぎるというほどではありませんでしたが、このつめたい雨のせいで、気温はじっさいよりもだいぶひくく、感じられたのです。そしてさらに、はるかな山々から吹き下ろされるつめたい風が、雨に味方して、あたりのいごこちをますます悪いものにしていました。

 

 そんなさびしい荒れ野に、いっぽんの古い街道が走っていました。南北にずうっとのびていて、南ははるか切り立った岩山の中へと消えていき、北は暗くしずんだかなしみの森の、そのせまい入り口の中のやみへと消えている、そんな道でした。

 

 この道は、街道といっても、馬車のいきかうようなかっきのあるものではなくて、石やでこぼこのまじりあう、すたれた道でした。もう、なん年もだれも通ったことがないかのように荒れ果てていて、馬車のあとはおろか、ひとつの足あとすらも見受けられなかったのです(もっとも、この道をもしだれかが通っていたとしても、その足あとはすべて、この雨によってあらい流されてしまっているでしょうけど)。それほどこの道は、だれからも忘れられてしまったかのように、ただひっそりと、消えかかりながらのびていました。

 

 しかし、じつは、この道をごくさいきんになって通った者がいたのです。せいかくにいえば、「通った者」ではなくて、「通った者たち」。はっきりいってしまえば、三頭の騎馬たちと、三人の騎乗の者たちでした。かれらは南の方からこの街道にそってやってきて、そして、まよいなく、このかなしみの森の中へと進んでいったのです。それは、今からすこし前のこと。日のしずむ前。かなしみの森のかなしみの力が、今よりもっとうすかった時間。雨のふり出す前のことでした。そして今、その森の中から、かれらはふたたび、この荒れ野へともどってきたのです。いぜんと変わらぬ、まよいのない心をいだいたままで。ただひとつ変わったところはといえば、かれらが今では、三人ではなく、四人になっているというところでした。

 

 かれらは、どこにむかうのでしょう? なんのもくてきがあって? 読者のみなさんには、もうおわかりですよね。かれらは、この古い街道を越え、丘を越え、山を越え、南の地へと旅ゆくところなのです。世界のやみを、晴らすために。

 

 

 ロビーたち旅の者たちは、騎馬をとめ、目の前の景色を見やりました。まっくらな森の中から出てきた四人には、そこはまるで、ひるまのような明るさに思えたことでしょう。そしてロビーにとっては、ひさしぶりの、ほんとうにひさしぶりの、森のそとの世界でした。これが、こんなにしんこくな旅のとちゅうでなかったのだとしたら、ロビーは、このそとの世界を、どんなにかかんげいしたことでしょう。ですが、ざんねんながら、今はとても、そんな気持ちにはなれませんでした。この寒空の下、つづくこの道のさきに、どんな危険が待ち受けているのか? それはまったく、わかりませんでしたから。 

 

 空はあいかわらずまっ黒で、つめたい雨はあいかわらずふりつづけていました。四人は、マントのフードを深くかぶって、このいやな雨をさけていましたが、それも、ほんの気休めにしかなりませんでした。つまり、もうぜんいんが、からだじゅう耳の中までぐっしょりになってしまっていたからです(動物の種族であるかれらは、耳の中がぬれるのが、いちばんきらいだったのです)。かれらはいったん、耳をぴんぴんとふるわせて水てきを飛ばし、しっぽをぎゅっとしぼって水を切ると、馬をよせて、まるく輪になりました。

 

 「あの丘のむこうまで、これから進んでいきます。丘を越えると、そのさきには、大きな河が流れています。セイレン河とよばれる河です。いや、むしろ今では、そうよばれていたといった方がいいでしょう。かつての美しいセイレン河は、今やすっかり変わり果て、いやなにおいのする、どろの河になり下がってしまったのです。」ベルグエルムがそういって、くやしそうにこぶしをにぎりしめました。 

 

 「それもすべて、かの魔法使いめのしわざなのです。セイレン河のはるかな上流は、魔法使いのすみかとなっている、怒りの山脈にまでたっしているのです。魔法使いは、そこで、よこしまなじっけんや、悪さをおこなっていて、セイレン河の水をでたらめによごしているのだ。なんたる、おうぼうだろうか!」

 

 ベルグエルムが、感じょうもあらわにいいました。しぜんのはかい。美しいもののはかい。このアークランド世界の中で、今それがおこなわれているのです。この世界をあいする者たちにとって、それは、たえがたいくるしみでした(ベルグエルムも、フェリアルも、ライアンも、みんな同じ気持ちでいました。そしてロビーも、これを読んでいるあなたも、今のアークランドのそのじょうきょうのことを知れば、もちろん同じ気持ちになることでしょう)。

 

 「この世界は、いっこくも早くすくわなければなりません。」フェリアルがつづけていいました。「その思いは、日を追うごとに、ましていくいっぽうだ。わたしたちは、とにかく、急がなければなりません。」

 

 ベルグエルムがこたえます。

 

 「その通り、われらは、急ぐ上にも急がなければならぬ。そのためには、すくなからずの危険も、かくごしてゆかなければならないだろう。」

 

 ベルグエルムはそういって、みんなの顔を見ました。みんなは、「それはじゅうぶんにしょうちしている」といったふうに、ただだまって、うなずいてみせました(ほんとうは、ちょっとだけ、ベルグエルムの言葉に、ロビーはびくっとしたのですけど)。

 

 ベルグエルムが前方の岩山のことを見つめます。それは、ごつごつとした、いやな感じの岩山でした。

 

 「ロビーどの、このさきは、岩だらけの危険な道となります。じゅんちょうに進めればよいのですが、なにが起こるのかはわからない道のり。気を張ってゆかねばならない道のりです。ロビーどののぜんなる光の力が、われらとともにありますように。」

 

 ベルグエルムがそういって、右手を胸においていちれいしました。しかしロビーは、またしてもこまり顔です。しめいのために、世界をすくうために、大いなるこころざしを持って出発したのはたしかでしたが、まだまだ、きゅうせいしゅだとか、光の力だとかいわれても、どう受けこたえしたらいいものか? わかりませんでしたから。ですからロビーは、ただ、自分のすなおな気持ちをもって、それにこたえることにしたのです。

 

 「ぼくはまだ、自分になにができるのか? ぜんぜんわかりません。でも、ぼくで、みなさんの助けになれることがあるのなら、よろこんで、力になりたいと思うから。」

 

 ロビーの言葉に、ベルグエルムはやさしく、にこやかにこたえました。

 

 「そのお心づかいが助けとなるのです。あなたには、ご自分が思ってらっしゃるよりも、はるかに大きな力がおありだ。その力は、遠からず、かならずこの世界の助けとなることでしょう。今はただ、いつも通りのロビーどののままでいてくださればけっこう。それでわれらには、じゅうぶんな力となりましょう。」(そのあとライアンが、「ま、かたく考えなくていいんじゃない?」といって、ロビーの腰をぽんとたたきました。「きらくにいこうよ、きらくに。そのまんまでさ。」)

 

 そうして、旅の仲間たちはふたたび騎馬を走らせ、このものさびしい荒れ野の、忘れられた街道の上を、急ぎ進んでいったのです。そのとき、すこしはなれた岩山の上に、そんなかれらのことを見つめる、なにかの影がよぎったかのように思えました。それは、鳥のような、馬のような、まっ黒なけもののすがたと、まっ黒な人影のようでした。そしてそれらの影は、旅の仲間たちが走り去ってゆくと、そのあとを追うかのように、くらがりの中へとすがたを消していったのです。

 

 

 そこからの道のりは、とてもさびしいものとなりました(今までの森の道のりも、じゅうぶんさびしかったんですけど、それよりさらにさびしくなりました)。まわりはごつごつとした岩だらけで、街道は、その岩のあいだをぬうように、くねくねとうねりながらつづいていたのです。そのため旅の仲間たちには、ことさらの注意と、安全への気くばりが必要となりました。まがりかどのそのひとつひとつのさきから、なにがとつぜんにあらわれるか? わかりませんでしたから(それが、仲のいい友だちだったのなら問題はないんですけど)。

 

 先頭のベルグエルムをはじめ、うしろのフェリアル、そしてライアンも、危険をいつでもむかえうてるようにと、けいかいをおこたりませんでした。ベルグエルムとフェリアルは、腰の剣に手をかけつづけ、ライアンも、あたりをきょろきょろ、ゆだんなく見張りつづけていたのです。そしてロビーも、そんなかれらにならって、あたりにぴりぴりと気をくばりながら、スネイルにもらったおくりものの剣のつかをにぎりしめました。

 

 そして、しばらくじゅんちょうに歩みを進めていったときのこと。まったくとうとつに、先頭のベルグエルムが手をかざして、みんなに「とまれ」のあいずを送ったのです。三頭の騎馬たちは、ひっそりと、なるたけ音を立てないように、岩かべの影に身をよせて集まりました。そして、みんなが小さくなって集まったところで、ベルグエルムが小さな声で、仲間たちにささやいたのです。

 

 「なにか物音がきこえる。敵かもしれない。」

 

 みんなの顔に、きんちょうが走りました。ロビーは思わず、背すじをふるわせます。

 

 「それだと、やっかいなことになる。わたしはここから馬をおりて、さきのようすをしらべてくる。わたしがもどってくるまで、みんなは、ここで待っていてほしい。音を立てないように。ロビーどのも、どうか、ここでお待ちを。」

 

 そういって、ベルグエルムは馬をおりました。その手は、ゆだんなく、腰の剣のつかにかけられております。ベルグエルムのその身のこなしには、まったく「すき」がありませんでした。このベルグエルムという騎士が、ひじょうにすぐれた勇士なのだということは、戦いにはしろうとのロビーの目から見ても、あきらかでした。

 

 「お気をつけて、隊長。」ベルグエルムの馬のたづなをあずかりながら、フェリアルが小さくささやきます。ベルグエルムは、それにうなずいてこたえると、さいごにひとこと、ロビーの方を見ていいました。

 

 「なに、すぐにもどってきましょう。」

 

 ベルグエルムがいってしまうと、あたりはますますものさびしくなりました。三頭の騎馬たちと自分たちの、息使い。そして、ふりしきる雨の音いがいには、なんの物音もしません。フェリアルもライアンも、それいがいの音になんて気がつかなかったようでした。ほんとうに、なにかきこえたのでしょうか? ですがみんなは、ベルグエルムのことをとてもしんらいしておりましたので、かれの耳を信じ、言葉を信じて、待ったのです(ロビーははじめ、「ベルグエルムさんは耳がいいんですね。」とふつうの大きさの声でしゃべってしまい、フェリアルに「しーっ、お静かに。」と注意されてしまいましたが)。

 

 それから、どのくらいの時間がたったのでしょうか? ロビーには、ベルグエルムがもう、なんマイルもさきにまでいってしまったかのように思えてきました。じっさいには、それほど時間はたっていませんでしたが(せいぜい十分くらいでしょう)、つめたい雨のふりしきる、この荒れ野の岩影にかくれて、じっとしているのは、とてもこたえることだったのです。そして、ロビーにとってはもう、なん時間もたったかのように思えて、ベルグエルムの身が心配でならなくなったころのこと。さきの岩の影から、ようやくかれがもどってきました。ベルグエルムのからだには、どうやらなにごともないようでしたので、みんなはとりあえず、ほっとしたものだったのです。ですが、じたいはそんなに、安心のできるようなものではありませんでした。もどってきたベルグエルムの表じょうはかたく、また心配げでした。そしてベルグエルムは、みんなのそばまでそっとやってくると、大きくこきゅうをととのえてから、ようやく口をひらいたのです。

 

 「このさきの岩場のしゃめんに、動くものがある。ガイラルロックだと思う。」

 

 「ガイラルロック!」フェリアルがさけびました(もちろんみんなから、「しーっ!」と注意されてしまいましたが。フェリアルは気まずそうにせきばらいをしました)。

 

 「かれらはとてもきょうぼうで、戦いを好むかいぶつだときいておりますが。」(フェリアルがこんどは、小さな声でそっといいました。)

 

 フェリアルのといに、ベルグエルムがこたえます。

 

 「そういわれている。だが、それがすべてとはかぎらない。しかし、そうであっても、かれらとの交戦は、きょくりょくさけなければ。今は、とくにだ。かれらにかかわっているよゆうなど、われらにはまったくないのだから。」

 

 ふたりの会話をきいて、ロビーは思わず、背すじをふるわせました。ロビーにとって、この冒険での、さいしょの大きな危険のときがせまっていたのです。ロビーはそんなかいぶつのことなんて、ぜんぜん知りませんでした。ですから、まったくしぜんに、こんなしつもんをしたのです。

 

 「そのガイラルロックというのは、どういう人たちなんですか? 悪者なんでしょうか?」

 

 ベルグエルムとフェリアルの会話をすこしきいただけでも、このガイラルロックというのが、かなり危険で、きょうぼうなかいぶつであるということが知れましたが、それでもロビーは、そんなかれらのことを、すべて悪いやつだときめつけることはできませんでした。これは、長年ひとりぼっちだったロビーの生い立ちが、大きくかかわっていました。かれもまた、自分の見た目のすがただけで、おそろしくてこわい者というあつかいを受けてきたのです。ですからロビーは、だれかがそんなあつかいを受けるということが、なによりつらいのでした。たとえそれが、おそろしいかいぶつであったとしてもです。 

 

 このロビーのといに、ふたりの騎士たちはすこし、めんくらってしまいましたが、そんなふたりのかわりにこたえたのは、ライアンでした。

 

 「このあたりの岩山に、むかしから住んでる、岩のかいぶつなんだ。からだはなくって、おっきな岩の頭だけのすがたで、ちゅうにぷかぷか、浮きながらいどうするんだよ。それで、岩をまるで、りんごみたいに、ばりばりかじって食べるんだ。」

 

 ロビーはぎょうてんしました。そんな生きものがいたなんて! ロビーはあらためて、そとの世界の大きさを感じたものだったのです。

 

 ライアンがつづけます。

 

 「日の落ちる前、ロビーをたずねにいくときにも、ここは通ったんだけど、かれらのすがたは見られなかった。だから、このあたりには、かれらはこないんじゃないかと思ったんだけど、あまかったみたいね? ベルグ。」

 

 「かれらは、夜こうせいなのです。」ベルグエルムがこたえていいました。「ひるに動きまわることもあるが、それは夜にくらべたら、ものの数ではない。だから、わたしはできれば、ここは通りたくなかったのだが、ここをうかいしていけば、シープロンドまではなん日もかかってしまう。それは、さけなければならない。たしょうの危険をおかすことにはなるが、われらは、どうしても、この道をゆかねば。」

 

 どうやらかれらは、このあたりの道が、ガイラルロックたちに出会うかのうせいの高い、危険な場所であるということを、しょうちしていたみたいでした(フェリアルは知らなかったみたいですけど。「さきにいってくださいよー!」とフェリアルは、ちょっとべそをかいていました)。ベルグエルムは本などを読んで、ガイラルロックたちのことをよく知っておりましたし、ライアンにいたっては、じっさいに、かれらに会ったことさえあったのです(といっても、遠くからそっとながめただけでしたが。すぐ逃げましたから)。

 

 さて、みんなはどうするのでしょうか? しかし、みんなの気持ちはすでにかたまっていました。かれらは急いで、さきへ進まなければなりません。となれば、やることはひとつ。ベルグエルムのいった通り、たとえ危険な道だとわかっていても、みんなはここを、通っていくしかなかったのです。

 

 ですけど、ただやみくもに進んでいくというのは、あまりにも危険でした。こんなんに対しては、それにうちかつためのそなえが、なによりたいせつです。そのこたえを出したのは、ライアンでした。かれは、さきほどから空を見上げて、ふりしきる雨をながめていましたが、ふいに、なにかを思いついたかのように、にっこり笑って、空をゆびさしていったのです。

 

 「こういうときは、この雨を、味方につけちゃうことだね。」

 

 みんなはびっくりしました。雨を味方につけるとは、どういうことなのでしょう? 

みんながそのしつもんをする前に、ライアンがふたたび口をひらきました。

 

 「かれらは、鼻がいいんだって。こんな雨の中でもね。それに、夜でもよく、目が見えるらしい。このままうまくかくれて進んでいけたとしても、かれらに見つからずにこの岩場を通りぬけることは、むずかしいと思う。」

 

 かれらのことをよく知っているベルグエルムが、静かにうなずきます。

 

 ライアンがつづけました。

 

 「だから、この雨の力をかりて、ぼくたちのにおいとすがたを、わかりにくくさせるんだ。いい? 見ててね。」

 

 ライアンはそういうと、右手を目の前にさし出して、ひとつふたつ、空中になにかのもようをえがいていきました。するとどうでしょう。その空中に、水色にかがやく毛糸のような光の線があらわれて、それがライアンのまわりを、くるくると、まわりはじめたではありませんか! そして、見てください。その光の線にさそわれるかのように、ライアンのまわりにふりしきっていた雨が集まって、ライアンのからだをすっぽりと、おおいかくしてしまったのです! それはまるで、中を見ることのできない、水のバリアーのようでした。近づいてよくよく見れば、それが作りものなのだとわかってしまいましたが、ちょっとはなれて見るのであれば、そこにライアンがいることすらも、ぜんぜんわからないほどだったのです。これはすごい!(それにこのバリアーは、においがそとにもれることも防いでくれるのでした。鼻のよくきく相手に対しては、まさにうってつけだったのです。)

 

 「ぼくには、しぜんの力をかりるわざがあるんだ。しぜん、ほんらいの力をかりるんだよ。」水のバリアー(とりあえずこうよぶことにします)の中から、ライアンの声だけがきこえてきました。 

 

 「だからその力は、しぜんのそれ以上でも以下でもない。もらうわけでもしはいするわけでもない。ただ、かりるんだ。

 

 「みんなのこともつつんであげる。近くによって。あんまりはなれると消えちゃうから。」

 

 そしてライアンは、さらにいしきを集中させて、三人の仲間たちと三頭の騎馬たちをも、そのすがたを消せる水のバリアーでつつんでくれたのです(それぞれひとりずつ、一頭ずつを、バリアーでつつんでいきました。その方が、みんなまとめてつつむよりも、バリアーの大きさをさいしょうげんにおさえることができて、敵の目からものがれやすかったのです)。

 

 中にはいった三人が、まずおどろいたことは、そとからは中のようすがぜんぜん見えないのに対し、中からは、そとのようすがよく見えるということでした(これにはみんな、とてもほっとしました)。そしてさらに、このバリアーの中からは、ほかのバリアーの中にいるみんなのことも、よく見えたのです。じつに、ふしぎな力です(それから、もうひとつのとくちょう。これはあんまりうれしくないものでしたが、このバリアーは、雨そのものを防いでくれるというわけではありませんでした。だって、このバリアーの中にも、しっかりと、雨はふりつづけていましたから。みんなは、バリアーの中にはいればこれ以上ぬれずにすむかと思っておりましたので、ちょっと、がっかりぎみでした。そんな三人に対して、ライアンは、「ぜいたくいわないの!」とぷんぷんいいましたが。

 ちなみに、このバリアーのききめはみじかくて、一日にせいぜい三十分がげんかいだということでした。このバリアーを張りつづけるのは、とても集中を必要とするさぎょうなのだそうで、ライアンのいうことには、「こんなのずっと張ってたら、ぼくはつかれてたおれちゃうよ!」とのことだそうです)。

 

 「さあ、これでもう、できることはみんなやったから、あとは、こううんをいのるだけだね。」

 

 ライアンがそういうと、みんなはもういちど(バリアーの中から)顔を見あわせて、出発の意志をたしかめあいました。

 

 「なに、いざとなったら、わたしの剣がやくに立ってくれることだろう。」ベルグエルムがじょうだんぎみにそういって、ここにきてはじめて、笑顔を見せました。それは、みんなを勇気づけ、気持ちをおちつかせてくれる、たよれる笑顔でした。

 

 そして一行は、ゆっくりとしんちょうに。それでいて、いっぽいっぽをかくじつに。この危険へとつづく岩の道を、進んでいったのです。

 

 

 しばらくいきますと、一行はなだらかなしゃめんのある丘の前にやってきました。ここが、ベルグエルムのいっていたその場所のようです。みんながベルグエルムの顔を見ますと、ベルグエルムは、だまって小さくうなずきました。そして、しゃめんの方を見てみますと、そのまん中あたりに、ごつごつとした岩のかたまりがふたつ、よりそっているのが見えたのです。そしてやっぱり! それらの岩は、ただの岩ではありませんでした。動いているのです! あっちの岩からこっちの岩へ。空中をすべるように、すいすいと進み、その大きくてがんじょうそうなあごを動かして、岩の山に、がぶり! おいしそうにかぶりついていました(それも、とってもおぎょうぎ悪く、食べこぼしの岩をぼろぼろとこぼして)。これはまさしく、さきほどの話に出てきました、ガイラルロックというかいぶつたちにまちがいありません。

 

 みんなは、ここでいったん足をとめ、あたりのようすをもういちどうかがいました。ベルグエルムは、ガイラルロックたちに気づかれずに通りぬけられそうな道を、もういちどさがしましたが、やっぱりだめでした。どうしても、岩のかいぶつたちからよく見えてしまう、この目の前の道を進んでいくほかは、なかったのです(頭の上にあるがけの上の場所まで、三頭の騎馬たちといっしょに、ぴょん! 四十フィートほどジャンプできれば、かれらをやりすごすこともできるのですが)。

 

 「さいごまで身をかくしながらゆける道は、ざんねんながらここにはない。」ベルグエルムが小さな声で、みんなにいいました。「みんなかたまって、ひそかに通りぬけるほかはないだろう。かれらが立ち去るのを待っている時間は、われらにはないのだ。ライアンのおかげで、われらのすがたとにおいは感づかれにくくなってはいるが、それでも、かれらに見つかるかのうせいは大きい。もし見つかったなら、かれらはうむをいわさず、おそいかかってくるだろう。かれらは、からだを持った生きものたちのことを、にくんでいるのだ。しかし、そうなっても、かれらと戦うのはさいしょうげんにとどめなければならない。むだな戦いは、できるだけ、さけなければ。」

 

 岩から岩へ。一行は、かくれながら地面をはうようにして、進んでいきました。道のりのいっぽいっぽが、重く長いものに感じられます。たづなをひいてつれている騎馬たちが、とてつもなく大きなものに思えました(じっさい、かくれて進むのにいちばんやっかいなのは、この騎馬たちでした。からだの大きさはみんなのなんばいもありましたし、そのうえ、旅の者たちがどんなに静かにしんちょうに歩いたとしても、馬のひづめの音だけは、かんぜんにはかくしようがなかったのです。ライアンがバリアーでつつんでくれたあと、馬の足音を消すために、それぞれの馬たちのひづめには、ベルグエルムが、持っていたぬのを破ってまきつけていましたが、それでも、まったく音がしないというわけではありませんでしたから。ひづめが小石をふんで、がりっ! という音を立てるたびに、みんなはきもをひやしました)。

 

 そうして一行は、いよいよ、岩のかいぶつたちのそのすぐ近くにまでやってきたのです。かれらが岩をばりばりかじる音が、おそろしげにひびいてきました。そしてその音にまじって。かれらがなにやら、ぶつぶつと話しあっているのがきこえてきたのです。それはどうやら、ふたりの(人とよべるかどうかはわかりませんが)ガイラルロックたちが、岩の味についていいあらそいをしている声のようでした。

 

 「やい、ねぼすけ! うそばっかりいいやがって。ここの岩はさいこうにうまいときいたから、おれははるばる、東の岩山からやってきたんだぞ。これなら、おれたちの岩山の岩の方が、よっぽど美味だってもんよ!」

 

 「でこぼこ! おめえの舌がどうかしてんじゃねえのか? ここの岩場は、どこの岩山にも負けはしねえぞ。アークランドでだっていちばんだ。このぜつみょうな鉄のまじりぐあいが、東のばかもんにはわからねえってのかい?」

 

 「いいや、ちがうね。鉄は、もっと多い方がうまいんだ。おめえは知らねえのか? 鉄ってのは、多ければ多いほどいい。おれはよ、鉄だけってのを食ったことがある。考えられるかよ? そのもの、鉄だけだぜ? あのまろやかな舌ざわりと、うっとりするほどのかぐわしいかおり! こたえられねえや。」

 

 ねぼすけとでこぼこというのは、このふたりのガイラルロックたちの名まえのようです。そして、かれらの声はひくくくぐもっていて、まるで地面の底からひびいてくるかのような、なんともおそろしげなものでした(それに、そのかなりらんぼうで品のない言葉使いも、そのおそろしさに、ひとやく買っていたのです)。

 

 かれらの会話はつづきます。

 

 「信じられねえな。おめえの作り話じゃねえのか? でこぼこ。いくらよくできた岩だって、鉄だけなんてぐあいにゃ、いかねえぞ。」

 

 「こたえはな、ねぼすけ。『人』よ。あいつらは、鉄を道具として使うって話よ。それも、いろんなもんに、かたちを変えちまってよ。剣だのよろいだの、ってすんぽうよ。やつらはむかし、おれたちのからだをうばっていった。おれたちに手足がねえのもよ、みんなあいつらのせいよ。あいつらはゆるせねえれんちゅうよ。そしてこんどは、おれたちのもんだった鉄まで、うばおうってのよ。しかも自分たちは、そのよく動く手足を使ってよ、その鉄を好きほうだいに変えちまってるのよ。こんなことはゆるせねえ。だからおれは、れんちゅうの持っている剣やらよろいやらってもんをよ、残らず食らいつくしてやるのよ。」

 

 かれらのからだを、ほんとうに人がうばったのかどうか? それを知るためには、遠い遠い、神話のじだいにまでさかのぼらなければならないことでしょう。今となっては、だれにもわからないことです。いちばん長生きの種族の、いちばん長生きの長老でも、知らないでしょう。いちばんちえのあるけんじゃの持つ、いちばん古い書物をひもといてみても、そのことはのっていないでしょう。それは、それほどに古い、はるか大むかしのできごとだったのです。

 

 ですけど、鉄をかれらから人がうばっていったというのは、たしかに、じじつであるといえなくもありません。ですが、それもまた、遠いむかしのことです。それに人々だって、「うばった」などとは思っていないことでしょう。文明が進めば、いろんなものがなくなってゆくのです。ガイラルロックたちの暮らしから、鉄が失われていったように。 

 

 こんなふうないいあいをききながら、一行はさらに進んでいきましたが、その道のりは、じゅんちょうなものではありませんでした。しばらくゆくと、道はどんどんとたいらなものになってしまって、おしまいには、身をかくせるような岩影が、まったくなくなってしまったのです(ですが、それははじめから、わかっていたことでした。さきのようすは、ちゃんと見えていましたから)。このさきに進むためには、どうしたって、岩のかいぶつたちのその目と鼻のさきを、そのまま通りすぎるほかありませんでした。

 

 一行は、さいごの岩の影にかくれて、身をよせあいました。おそろしい岩のかいぶつたちは、かれらのすぐさきのしゃめんから、ぜんぜんはなれそうにありません(かれらはなん時間でも食事をつづけるのです)。あいかわらず岩をかじりながら、岩の味と人のことについて、ぎろんをかわしつづけていました。

 

 「進みやすいたいらな道が、これほどうとましく思えたことはない。今では、岩だらけのでこぼこ道の方が、よっぽど、われらに必要とされているのだから。」身をかくすところのない、目の前のたいらな道をにらみつけて、フェリアルが思わずいいました(とっても小さな声で)。

 

 「きみのいう通り、ひにくなものだな。」ベルグエルムがこたえてそういいます(とっても小さな声で)。「だが、これも野の道のさだめ。しかたのないことだ。のぞみのままにことが進むとはかぎらない。すべてが、しぜんのなりゆきのままに動くのだから。」

 

 フェリアルは、ゆうもうかかんな騎士でしたが、野山をゆくことにはなれていませんでした。かれはほんらい、騎士をひきいて戦う騎兵師団のしょぞくでしたから、とうそつやきりつといったものを、もっとも重んじるのです。そのはんめん。きてんをきかせたり、野山の中に分けいったりするというようなことは、ちょっとにがてなようでした。

 

 それとは対しょう的に、ベルグエルムの方は野山のことにとてもくわしいようでした。ここまでの道のりにおいても、かれのあんないなくしては、そうかんたんにはさきに進めなかったことでしょう。かれは、この旅の仲間たちの、よきみちびき手であり、よきそうだん相手であるといえました。ですからみんなは、ベルグエルムのことを、とてもしんらいしておりましたし、今もかれが、どのようなはんだんをくだすのか? そのけつだんを待っているところだったのです。

 

 「かれらは、とうぶん、立ち去ってくれそうにないだろう。ここまできたのなら、あとはこのまま、乗りきるほかはない。進むべき道は、ほかにないのだ。」

 

 ベルグエルムのこたえは、たんじゅんめいかいなものでした。ですが、今のこのじょうきょうでは、もっともれいせいで、それでいて、もっともよいはんだんであると思われました。

 

 「雨が強くなってきた。ぼくのバリアーも、力をましてくれると思うよ。」ライアンが、空を見上げていいました。

 

 「もし見つかったら、すぐに馬に乗ってかけるのだ。戦いは、のぞむものではない。うまくいけば、ついげきをかわして、丘のむこうまでのがれられるかもしれない。そうすれば、あとはまっすぐ、セイレン河まで、道はつづいてくれることだろう。」ベルグエルムがさいごにいいました。

 

 

 そして一行は、とうとう、この危険なつな渡りのような道へと、ふみこんでいったのです。すぐそこにまで、岩のかいぶつたちがせまっていました。みんなは、このふりしきる雨を、どんなにありがたく思ったことでしょう。ライアンの水のバリアーがなかったなら、とても、こんなところを歩いてなどはいられませんでしたから(あなたが、ひるねしているライオンの目の前を、そうっと通りぬけようとしているところを、そうぞうしてみてください。今がまさに、そんな感じだったのです)。

 

 みんなは、ガイラルロックたちがこのまま食事にむちゅうになっていてくれることを、願いました。こっちを見ないでくれよ、という気持ちが、声になって出そうなくらい、大きなものとなっていました。

 

 「ゆるせねえれんちゅうよ……。生かしておけねえれんちゅうよ……」

 

 おそろしい話し声が、旅の者たちの耳にひびいてきます。さいわいなことに、岩のかいぶつたちは、ずっとぎろんをつづけ、食べることをつづけていました。

 

 雨のバリアーは、すばらしいこうかをはっきしていました。どうやら岩のかいぶつたちには、ロビーたち一行のすがたやにおいは、とどいていないみたいです(いちどかにど、ガイラルロックのひとりが、ちらっとこちらを見たように思えて、仲間たちは、ひやっとさせられましたが、かれらには、こちらのすがたが見えていないようでした)。

 

 そしてそのまま、ときはすぎていき……。

 

 このままなら、ぶじにむこうの岩場までたどりつけそうだ。危険な道のりも、あとちょっとで終わりというころ。もうだれもが、このまま安全な岩場までたどりつけると、そう思ったころのことでした。

 

 ベルグエルムはゆだんなく、あたりのようすをうかがっていました。フェリアルも、ベルグエルムのはんたいがわを受け持って、気をくばりつづけていました。ライアンはずっと集中して、水のバリアーの力をたもちつづけていました。

 

 そしてロビーは……、ロビーはどうしているのでしょう?

 

 安全な岩場を前にして。早くたどりつきたいと心の底から願っていた、その岩場を前にして。ロビーはなんと、岩のかいぶつたちのすぐそばで、立ちどまってしまったではありませんか! みんなはびっくりぎょうてんして、あわてて、ロビーのそばに近よりました。

 

 「どうされたのです! すぐにでも身をかくさねば。危険すぎますぞ!」ベルグエルムもフェリアルも、小さな声でささやいて、ロビーのことをせかしました。しかしロビーは、いっこうに、動くそぶりを見せません。

 

 そして、ロビーがついに、口をひらいてこんなことをいったのです。

 

 「ここはいけない……。あの岩場へいってはいけない。みなさん、馬に乗って、あのしゃめんにかけるんです。すぐに! 助かる道は、それしかない!」

 

 ガイラルロックたちのいるしゃめんへむかって、かけるですって? みんなはもう、なにがなんだか? わかりませんでした。かいぶつたちの、そのまっただ中につっこんでいくだなんて、それこそ、危険きわまりないことでしたから。ですが、ああ、なんたること! みんなはつぎのしゅんかんには、ロビーの言葉がまことに正しいものであるということを、知ることとなったのです。  

 

 それは、おどろきの光景でした。一行がまさにたどりつこうとしていた、岩場の岩が。たくさんの、安全に身をかくせたはずの、その岩のすべてが。一行の目の前で、ぐらぐらと、動きはじめたのです! そして、それらの岩のすべてが、地面から空中へ、ゆっくりと浮き上がっていきました! 

 

 両方の目がぱっちりとひらき、大きな口が、がばっとひらきました! そしてそれと同時に、なん十ものおそろしいうなり声が、あたりいちめんにひびき渡ったのです。

 

 

 そう、旅人たちがめざしていた岩場。その岩場の岩は、すべて、ガイラルロックたちのかたまりだったのです!

 

 

 これでは、いくらゆうかんなる騎士たちといえども、とても、たちうちできるものではありません。みんなはすぐさま、それぞれの騎馬たちに飛び乗りました。

 

 「全力でかけるんだ! あのしゃめんへ!」ベルグエルムがただ、それだけ、いうのでせいいっぱいでした。

 

 それからあとのことは、もう、なにがなんだか? わかりませんでした。丘のしゃめんでも、追いかけてきたガイラルロックたちが、たくさん、一行の前に立ちふさがったのです。ベルグエルムは馬でかけながら、なん回も、岩のかいぶつたちに剣をふりおろしました。フェリアルも休みなく剣をふりつづけました。ライアンとロビーの白い騎馬は、なんどもなんどもかいぶつたちのあいだをすりぬけ、身をかわしつづけました。そして、三頭の騎馬たちは、丘のしゃめんをかけのぼり、さいごに立ちふさがったガイラルロックの一体をふりきると、いちもくさんに、セイレン河へとつづく街道へとむかってかけていったのです。

 

 

 この戦いで、たくさんの者たちがひがいをこうむりました。ベルグエルムは、左肩にけがを負いました。せまりくるかいぶつたちのこうげきを、防ぎきることができなかったのです。ですが、急所をはずれていたのがさいわいでした。動かせないほどではなかったのです。フェリアルはなんとか、かすりきずていどですみましたが、自分の剣をおってしまいました。ガイラルロックたちのかたいからだに切りつけたときに、剣のまん中ほどから、ぽっきりおれてしまったのです(おれた剣のやいばは、ガイラルロックのひとりが飛びついて、あっというまに食べてしまいました)。

 

 ライアンとロビーは、こううんにも、むきずでなんをのがれることができましたが、かれらの白い騎馬が、かいぶつのはき出した岩のつぶてを受けて、大きなきずを負ってしまいました。首のつけねのあたりに痛々しいきずを負って、白く美しいその毛なみを、赤い血でよごしてしまったのです。

 

 敵の方にも多くのひがいが出ました。あのねぼすけとでこぼことよばれていた、ふたりのガイラルロックたちは、まっさきに旅人たちにおそいかかり、そして、ゆうかんなる騎士たち、ベルグエルムとフェリアルの、その剣の前に、やぶれ去ることとなったのです。ねぼすけはその目をつかれ、こんごのその岩の人生を、ずっと片目のままですごすはめになりました。そしてでこぼこは、なんども切りつけられて、でこぼこしたその顔をもっとでこぼこにしたのち、にどと起き上がることはなかったのです。

 

 そのほかのガイラルロックたちも、ふたりのゆうかんなる騎士たちを相手にして、たくさんの者が切られ、つつかれ、いのちを落としました。あちらにもこちらにも、今ではもはや動き出すことのなくなった、岩のかたまりが、ばらばらになってちらばっていました。ですから、この丘のしゃめんは、こののち長くに渡って、ふしぜんなまでに岩だらけのふしぎな場所として、知られるようになったのです。ですが、その中の岩のひとつが、かつて、でこぼこという名まえの岩のかいぶつだったなんてことは、このさきにおいても、だれも知る者はないでしょう。こうして、四人の旅の者たちは、くるしい戦いののちに、このたいへん危険なさいしょのこんなんを、乗り越えることができました。

 

 

 雨がどんどんと強くなってきました。風もぴゅうぴゅう、吹きつづけています。旅の一行は、セイレン河へとつづく古い街道をひた走っていました。このあたりの道は、道はばも広く、三頭の騎馬たちがならんで走っても、まだあまるほどでした。ですからみんなは、横にならんで、ともにおたがいのことをたしかめあいながら、かけていったのです。

 

 とくに今では、またべつの、新たな問題も生まれてしまっていました。それは、ライアンの白い騎馬のことです。ライアンの騎馬は、さきほどの戦いで、ひどくきずついてしまっていました。ライアンが自分の服のかえを使って、すぐにきず口をしばりましたが、それでも血がとまりませんでした。ですからライアンが、しぜんの風の力をかりて、きずのまわりを空気のまくでおおうことで、ようやく血がとまって、ゆっくり走れるくらいにおちつけることができたのです(このわざは、いってみれば「ばんそうこう」みたいなものでした。そしてそれは、ベルグエルムの肩にもほどこされたのです。べつに、ついでというわけではありませんよ、もちろん。

 ちなみに、水のバリアーはもう消えています。こんな戦いのあとでしたので、バリアーがあった方が、このさきもちろん、安全ではありましたが、ライアンもつかれてしまって、今日はもう、バリアーを張れるようなじょうたいではありませんでしたので)。

 

 しかしそれでも、あまり長く走らせるわけにはいきません。むりをすれば、ゆっくり走ることさえできなくなってしまうことでしょう。ライアンは、この馬をメルと名づけ、小さいときからずっとかわいがってきました。ですからかれにとって、この馬を失うなんていうことは、とても考えられないことだったのです。

 

 とにかく今は、メルのためにも、いっこくも早くシープロンドまでたどりつかなければならないときでした。シープロンドには、鳥や動物たちのための、せんもんのお医者さんたちもいたのです。ゆうしゅうなお医者さんたちにみせれば、メルもきっと、げんきになってくれることでしょう。

 

 「あまり、むりをさせてはならないだろう。」ベルグエルムが心配して、ライアンに話しかけました。「このさきは、なだらかな走りやすい道だから、ふたんはすくなくてすむだろうが、それでも、そくどは、もっと落としてゆかなくては。」

 

 そんなベルグエルムの言葉に、ライアンはにっこり笑ってこたえます。

 

 「ありがとう。でも、シープロンドにつくまでならだいじょうぶ。強い馬なんだ。ぼくといっしょに、もうなんども、こんなんを乗り越えてきたんだから。」ライアンはそういって、メルの首をなでてやりました。

 

 しかし、そうはいっても。ライアンがメルのことをとても心配しているのだということは、だれの目にもあきらかでした。とくにロビーには、ライアンの気持ちが、痛いほどよくわかったのです。長年つれそってきた友人を、失ってしまったとしたら……、こんなにかなしいことはありません。ですがロビーには、なにもしてやれることがありませんでした。ですからロビーは、よけいに、つらかったのです。早くシープロンドにたどりついてほしい。そう願うほかはありませんでした(さいしょロビーは、けがをしたメルに乗るのをことわりましたが、ライアンに「だいじょうぶだから。」といわれて、しぶしぶ乗っていったのです。メルは、ライアンいがいの者にはたづなをにぎらせようとはしませんでしたし、かといって、ほかの二頭の馬たちの一頭に、大きなウルファがふたり乗っていくと、重すぎて、走ることができなくなってしまいました。ライアンはそのことを、よくわかっていたのです)。

 

 「このままもうしばらく進めば、じきにセイレン河に出る。河を渡ることができれば、シープロンドまでは、すぐそこだ。旅のつかれも、そこでいやされることだろう。」 

 

 ベルグエルムがそういって、みんなに笑顔を見せました。しかしかれもまた、メルと同じく、かなりのがまんをしていたのです。ガイラルロックたちにおそわれたきずが、ずいぶん痛むようでした。ライアンの手あてによって、だいぶ、痛みはおさえられてはいましたが、騎馬がときどき大きくゆれるたびに、大きな痛みが走るのか? 声をおさえて、くつうに顔をゆがませたのです。 

 

 「だいじょうぶですか? ベルグエルムさん。むりはしないでください。ぼくにはとても、見ていられない。」ロビーが心配して声をかけました。ロビーは、さきほどからずっと、仲間たちのからだのことを気づかっていたのです。自分にけががないぶん、その気持ちはさらに、強いものとなっていました。仲間のくるしむすがたを見るのは、ロビーにとって、なによりもたえがたい、くつうだったのです。できることなら、自分がかわってやりたい。それがロビーでした。

 

 ベルグエルムは、そんなロビーの心配にかんしゃして、静かにほほ笑みかけると、心をこめてこたえました。

 

 「ご心配にはおよびません。このていどのきずは、わたしはなれておりますので。いくさではたくさんの者たちが、もっと重いきずを負うことも、しばしばあるのです。ありがとう。」

 

 ベルグエルムは大きく息をついて、こきゅうをととのえました。まことに、このベルグエルムという騎士は、勇士とよぶのにふさわしい人物でした。痛みやくつうにたえる、強いせいしん力と、肉体を、かねそなえていたのです。

 

 「ロビーどの。」こんどはベルグエルムが、ロビーにたずねました。それはだれもが、ふしぎに思っていたことでした(きっと、読者のみなさんもそう思っていただろうことです)。

 

 「さきほどの戦い、あのときどうして、あの岩場が危険であるとわかったのでしょう? わたしもみなも、あの岩場を注意深く見張っておりましたが、なんの物音も、生きもののけはいすらも感じられなかった。よもやあの岩場が、ガイラルロックたちのかたまりであるなどということは、夢にも思っていなかったことです。

 

 「つまりかれらは、われわれのことに、さいしょから気がついていたのだ。かれらは思った以上に、頭が切れるらしい。それで、ただの岩のふりをして、われわれが近づいてくるのを待っていたのです。おそらく、しゃめんにいたあの二体のガイラルロックたちも、われわれのことをさそい出すための、おとりだったのでしょう。うかつなことでした。ロビーどのがとめてくれなければ、われらはそのまま、かれらの中に飛びこんでいって、ひとたまりもなくやられてしまっていたはずです。ほんとうに、あやういところでした。」

 (ベルグエルムのいう通り、じつはあのガイラルロックたちは、旅の者たちがあのしゃめんにやってきた、そのずっと前から、一行のことに気がついていました。それは、ガイラルロックたちの、あるとくべつなのうりょくのためでした。ガイラルロックたちは、地面にひびくかすかな「ゆれ」を、まるでレーダーのように、空中で感じ取ることができたのです。その力は強力なもので、ふりしきる雨の中、たとえ百ヤードはなれたところをりすが歩いていたとしても、わかってしまうほどでした!

 

 ですから、ベルグエルムがどんなに静かに歩いたとしても。ライアンがどんなにじょうずにすがたをかくしてくれたとしても。みんなのことは、ガイラルロックたちには、つつぬけだったのです。そして、その力のことを知っていた者は、このアークランドに住む者の中では、ほとんどいませんでした。かれらのことにくわしいべルグエルムも、ライアンも、知らないことだったのです。もちろん、フェリアルとロビーも。

 

 目もいいし鼻もいい。そのうえ、地面のほんのわずかなゆれまでをも感じ取ることができる。ほんとうにガイラルロックというのは、おそろしい生きものです。)

 

 ベルグエルムの言葉に、ロビーは深く思いをめぐらせました。

 

 あのとき……。

 

 ロビーはたしかに、ふしぎなものを感じ取りました。しかし、せいいっぱい考えましたが、それは自分でも、説明のできないことだったのです。あのときはただ、こわくて、とてもれいせいな気持ちなどではいられませんでしたから。ですからなぜ、危険が知れたのか? それはロビーにもわからないことでした。

 

 「ごめんなさい。ぼくにもわからないんです。ただ、あの岩場には、ほかとちがう感じがあったということしかいえません。まるでそこだけ、まっくらなやみにおおわれているかのような、そんな感じがしたんです。ぼくの中で、だれかがさけんでいるような気がしたんです。あそこへいってはならないと。それ以上のことは、ぼくにもわかりません。りかいすることもできないんです。」

 

 みんなは、マントのフードから耳だけをぴんとのばして、ロビーの言葉にききいっていました。みんな、ロビーのふしぎな力のことに、あれこれ考えをめぐらせているようすです。でも、けっきょくこたえは出ずじまい。ロビーほんにんにもわからないのですから、むりもありません(ちなみに、さきを急がなければならないみんなは、そのしつもんをロビーにするのをシープロンドにつくまでは待とうかと思っていましたが、やっぱりだめでした。それでベルグエルムが、いちばんにロビーにたずねてしまったのです)。

 

 「とにかく、」ベルグエルムがいいました。「わたしたちはロビーどののおかげで、いのちびろいをすることができたのです。このていどのけがですんだのが、きせきというほかありません。ロビーどのがいなかったのなら、この旅も、あの場でついえてしまっていたことでしょう。まことに、かんしゃの言葉もありません。」

 

 ベルグエルムはそういって、ロビーに深くいちれいしました。フェリアルもそれにつづき、そしてライアンも、「助かったよ。いいしごとしたね。」とロビーのからだをぽんとたたきました。

 

 「そんな、やめてください。ぼくは、なにもしていません。危険を乗り越えることができたのは、ゆうかんなみなさんのおかげなのですから。あんなおそろしい相手になんて、ぼくではとても、たちうちできませんもの。ぼくの方こそ、おれいをいわなければならないです。」

 

 ロビーはそういって、頭を下げましたが、みんなはすでに、ロビーのそのけんきょなせいかくのことをりかいしていました。ロビーは今まで、ずっとひとりぼっちでおりましたから、だれかにほめられたり、みとめられたりすることなどに、なれていなかったのです。みんなはいい伝えのことをぬきにしても、そんなロビーのことを、とても好きになっていました。

 

 「ロビーどの、われらは仲間です。」ベルグエルムのとつぜんの言葉。その言葉に、ロビーは思わず、どきんとしてしまいました。

 

 「われらには、それぞれに力があるのです。わたしとフェリアルには剣が。ライアンにはしぜんの力をかりるわざが。そしてロビーどのには、そのやさしさと、この世界のきゅうせいしゅたる、大いなる力がある。それぞれが助けあって、はじめて、われらは仲間としてなり立つのです。ロビーどの、あなたはもっと、ご自分を信じていいのですよ。」

 

 ベルグエルムの言葉は、ロビーの心に大きくひびき渡りました。自分の力を知り、自分を信じ、それぞれが助けあうことで、はじめてみんな仲間となり得る。

 

 

 みんなのために、ぼくはなにをするべきなんだろうか? ロビーは考えました。

そしてロビーは、このさき、このことをずっと、心の中に持ちつづけることとなったのです。

 

 

 「もう、すぐにあたりは、もっと暗くなってしまうことだろう。」ベルグエルムがいいました。

 

 「だいぶ、時間をくってしまった。夜がこくなれば、それだけ危険もます。これからは、今まで以上に気をくばってゆかねば。」

 

 

 それから、しばらくの時間がすぎていきました。雨はずっとふりつづけ、風もますます、強くなっていくいっぽうです。そしていつからか、それらに加え、もうひとつのものまでもがあらわれはじめるようになっていました。いなずまです。遠くの空がぴかぴか光り、ごろごろといういなずまの音が、なんどとなく、頭の上になりひびいていました。

 

 みんなは、またいくつかの岩場や丘を通りすぎましたが、さいわいそれらの場所では、一行はなにごともなくさきへ進んでいくことができました。そこからまたしばらくゆくと、道は大きな岩にはさまれた、せまい道に変わりました。そのため一行は、いちれつになって進んでいきましたが、ロビーはどうしても、この道が好きになれませんでした。岩かべの上から、だれかにのぞかれているような気がしてならなかったのです。ロビーはなんどとなく、上を見上げました。ですが、そこにはまっ黒な空があるばかりで、だれもいるはずもなかったのです。

 

 道はなんどもおれまがって、えんえんとつづいております。ですからこの道は、じっさいのきょりよりも、はるかに長く感じられました。そしてロビーが、早くこの道をぬけてしまいたいと、心の底から思いはじめたころ。岩かべにはさまれたこのまがりくねった古い街道は、とつぜんに、その終わりをむかえることとなったのです。

 

 それは、まったくとうとつにあらわれました。まるで、暗くてせまいトンネルの中から、急にそとの大平原の中へと飛び出していったかのように、あたりはいっしゅんにして、ひらけた場所へと変わったのです。

 

 

 一行の目の前にあらわれたもの。それは、大きな河でした。

 

 そう、みんなは、ベルグエルムの言葉に出てきた、そのセイレン河のほとりへとやってきたのです。

 

 

 みんなはいったん立ちどまって、あたりのようすをうかがいました。ざぶんざぶんと、水の流れる音がきこえております。ふりしきるこの雨のせいで、河の水はだいぶふえているようでした。

 

 道はまっすぐ、いっぽんの巨大な石づくりの橋へとむかっていました。セイレン大橋とよばれる橋でした。まず思ったことは、あたりが変に明るいということでした。もう夜もだいぶすぎていたというのに、おひさまがまだしずみきっていないんじゃないか?というくらいに明るかったのです。そしてそのこたえは、すぐに知れました。橋が光っているのです。それはまるで、ほたるの光のように、ぼんやりとあわい光でした。そしてせいかくにいうと、橋がというより、この橋に使われている石が光っていたのです。それは、こがね色がかったみどり色の石で、その光が、河の流れやあたりの道を、ぼうっとてらし出していました。

 

 右と左には、セイレン河の流れにそって、どこまでもつづくかと思われるじゃりの道が、果てしなくのびていました。河の上流も下流も、そのさきはまっくらなやみの中に消えていて、いったいこの河がどこまでつづいているのか? まったくそうぞうすることさえできないくらいでした。

 

 ベルグエルムが馬を進め、橋のそばまで近づいていきます。河の流れはおそろしいほどに、そのいきおいをましていました。もしこの流れにまきこまれれば、どんなにおよぎのじょうずな者であったとしても、ひとたまりもなくおぼれてしまうことでしょう(とくに、ロビーはおよげませんでしたので、なおのことおそろしく感じたのです)。

 

 「これこそが、かつてのきよらかなるめぐみの河、セイレン河なのです。ところが、まさにごらんの通り。今やすっかり、その流れはけがれてしまった。ごみや、へどろや、そのほかのよごれたもののすべてが、この美しき流れをだいなしにしてしまったのです。」

 

 まさしく、ベルグエルムのいう通りでした。ロビーは、こんなにもよごれている河は、今までに見たことがありませんでした。水の流れというよりも、「きたならしいへどろがより集まって、それがうねりをなして進んでいる」といった方があてはまると思います。見れば、その中のあちらこちらには、さまざまなものがまじって流されていました。ガラスのびんや、たるのこわれたもの。かわでできたよろいや、かぶとや、われたたて。くさったくだものや、食べ残しのパンや肉。そんなものは、まだましな方です。なんだかわけのわからない、ぶきみな色をしたかたまり。人の手の骨。そして、もとがなんであるのか? わからないほどにくずれた、大きな生きもののなきがらが流されてきたのを見たとき、ロビーは思わず、言葉を失ってしまいました。

 

 「だれがこんなことを……。とても、見ていられない……。これじゃ、あんまりです。」

 

 ロビーは、ふりしぼるようにつぶやきました。この河を見れば、あなたも、ほかのだれもが、ロビーと同じ気持ちをいだくことでしょう。そして、はげしい雨のふりしきる中でもわかる、この河のひどさをけっていづける、あるものが、ここにはあったのです。

 

 それは、においでした。この河からのぼるひどいにおいが、あたりいちめんに立ちこめていたのです。そのにおいは、まるで、へどろがくさったかのような、それはそれはひどいにおいでした(みなさんは、ひあがったどぶ川のにおいをかいだけいけんがありますでしょうか? それに、生ごみのつまったバケツの中のにおいを足してみれば、この河のにおいに近づくと思います。それほどひどいにおいだったのです)。

 

 「これがげんじつなんだよ、ロビー。ひどいでしょ?」目の前のことがとても信じられないといったようすのロビーに対して、ライアンが静かに声をかけました。

 

 「この河のことには、みんなが心を痛めてる。ぼくたちシープロンたちは、とくに。ほんの数年前までは、この河はとても美しかった。すみきった流れを通して、川底のきれいな石が、おひさまの光をあびてきらきらかがやいてた。」

 

 ライアンの声は、とてもさびしげでした。思わずロビーは、ライアンの顔を見ました。ライアンはじっと、セイレン河の流れを見つめていました。雨に流されてわかりませんでしたが、ライアンのそのひとみからは、きっと、なみだがこぼれていたことでしょう。ロビーはなにもいえませんでした。

 

 「ぼくとメルは、よくこの河にまで、水あびにきていたよ。だからメルも、この河のことは、よく知ってる。かつてはたくさんの動物たちが、この河にきていたんだ。河べりには、色とりどりの花がさいていて、たくさんのちょうもやってきていた。それがどうして、こんなことになっちゃったんだろ。」 

 

 ライアンはそういって、メルの首をやさしくなでました。メルは首をうなだれたまま、河の方を見ようとしません。変わり果ててしまったセイレン河のことを見るのが、メルにはつらかったのでしょう。ロビーはなんとも、やるせない気持ちになりました。

 

 ロビーにとって、これは、このアークランド世界に広がりつつあるやみの力を、自分の目で見た、さいしょのたいけんでした。ですが、ライアンは、ベルグエルムは、フェリアルは、きっと、もうなんどもなんども、こんなたいけんをしてきたのでしょう。見たくないものを、たくさん見てきたのでしょう。ロビーは、なにも知らずにいた自分を、はずかしく思いました。

 

 「つらいことですが、今はどうすることもできません。今のわれらにできることは、のぞみを信じて、さきへ進んでいくことだけなのです。」ベルグエルムがいいました。ロビーの心をさっしての言葉でした。

 

 ロビーは思いをかためました。早く、さきに進まなくては。いっこくも早く、こんなことは、やめさせなければならないんだ。

 

 「いきましょう、みなさん。」ロビーは静かにいいました。しかし、その言葉は力強く、そして、とても重たいものだったのです。みんなは、このときのロビーの顔を、ずっと忘れることはありませんでした。

 

 

 それからみんなはいちれつになって、セイレン河にゆいいつかけられた石の橋、セイレン大橋のもとへと、その歩みを進めていったのです。橋は石づくりのがんじょうなもので、また、とほうもなく大きなものでした。全体が光っているせいで、その橋はまるで、はるかなやみの中へとのびる、光のかいだんのようにも見えました。橋の石だたみは、やみのむこう、ずうっとさきにまでのびております。もし橋の石が光っていなかったのなら、橋の終わりはやみにつつまれたまま、とても見通すことなどできないことでしょう。それほどに、この橋は大きいのでした(さすが、大橋というだけのことはありますね)。

 

 こんなに大きくてりっぱな橋を、いったいいつ、だれがつくったのか? じつはそれはまだ、わかっていませんでした。ですが、この橋が気も遠くなるほどの大むかしにつくられたのだということだけは、たしかなことです。東の地から人々がこの地にうつり住んで、さいしょの街道がつくられたころには、もうすでにこの橋は、この河にかかっていました(それが今から二千年ほども前のことです)。そののち、ひつじの種族であるシープロンたちが、この地に王国をまとめ上げ、シープロンドというみやこをうつしみ谷の中にきずき上げたとき。この橋もかれらのくにの一部となりました。きよらかで美しいセイレン河の流れ。その流れにみごとにとけこんでいるこの美しい石の橋は、まことに、かれらのほこりそのものだったのです(ですから、シープロンであるライアンにとって、この河に起こったひげきは、ことさらにつらいものだったのです)。

 

 セイレン河がけがされてしまった今。ですが今でも、この橋の美しさだけは失われていませんでした。とくに、その石にほどこされているちょうこくは、かんたんには、ほかのものとはくらべることもできないくらいに、じつにみごとなものだったのです。まるで、ほんものの木のみきかと思われるほど、木そっくりにほられたはしらが立ちならび、そしてそれぞれのはしらには、今にもはらはらとまいちりそうなくらいによくできた、いちまいいちまいの葉っぱがほりこまれていました。橋のらんかん(らんかんとは橋の手すりのことです)には、つたのつるがまきつき、さまざまな花がきそってさきほこっております。そして、そういったもののすべてが、こがね色がかったふしぎなみどり色の石からほり出されていました。

 

 今がおひさまの光のふりそそぐ、気持ちのいいひるさがりだとしたら、この橋の美しさが、もっとよくわかることでしょう(河のよごれはまたべつの問題として)。ですが今は、この橋をながめるのには、いちばん悪いときであるといえました。なにしろ、ざあざあぶりの雨のふる夜なのですから。しかし今は、そんなことをいっている場合ではありませんでした。旅の者たちは、この橋の美しさにもろくすっぽ気をまわさず、まわしているよゆうもなく、ただ一点、橋のむこうがわの地をめざして、かけていかなければならなかったのです。

 

 石の橋の上に、馬のひづめの音がひびき渡っていきます。ふりしきる雨のせいで、あたりははっきりとは見えませんでした。ロビーは橋の終わりの方を見ましたが、むこうぎしは、はるかかなたにあるかのように思えました。じっさいには、いくら大きな橋とはいえ、橋がそんなに長くつづくものではありません。ですがロビーには、この橋が、深いならくの底にまで、どこまでもつづいているかのように思えてなりませんでした。

 

 ふりしきる雨はようしゃなく、一行のことをうちつけてきます。強い風は騎馬たちをあおって、そのまっすぐな走りをさまたげつづけていました。ごろごろといういなずまの音は、いつしか、旅の者たちのそのすぐそばにまでやってきていました。そしてそのうなり声は、まるで、せまりくるかいぶつのなき声であるかのように、この場所のすみずみにまで、おそろしげにひびき渡っていくのです。

 

 水かさをましたセイレン河のだくりゅうが、橋げたにあたって、ばしゃんばしゃんと大きな音を立てて、くだけちっていきました。らんかんのあいだを通りぬける風は、ひゅうひゅうと、すすり泣きのような音を立てていきます。ロビーにはそれらのものが、なにか、大きなひとつの生きものであるかのように感じられました。悪意を持った巨大なかいぶつが、セイレン河の水の中から、自分のことをつかまえにやってきているのではないか? そんなふうにさえ、ロビーには感じられたのです。

 

 ロビーは、セイレン河のだくりゅうの中を見ました。もちろん、そんなかいぶつがいるはずもありません。しかしロビーは、この場所に、なにかほかの、もっとべつの大きな危険があるような気がして、なりませんでした。

 

 ロビーはふいに、空を見上げました。雨のつぶが、たくさんのしずくの矢となって、自分の顔にふりかかってきます。空はまっ黒でした。なにも見えるはずがありませんでした。ですがロビーには、そこに、たしかに、おかしなところがあるように感じられたのです。さきほどガイラルロックたちと戦った丘でも感じた、やみが動いているかのような、いやな感じ……。それも、ひとつだけじゃなくて、いくつか。 

 

 前にいるライアンも、さきをゆくベルグエルムも、なにも感じてはいないようでした。ロビーはうしろをふりかえりました。フェリアルの騎馬がついてきていました。フェリアルにもなにも、おかしなところはありません。ロビーはなんだか、いてもたってもいられなくなってきました。暗く不安な気持ちは、ますます広がっていくばかりです。そしてとうとう、ロビーはたえきれなくなって、ライアンにその思いをうちあけました。

 

 「ライアンさん、なにかがくる。なにかがきます。空が、空が動いてる。やみが動いてる。ここにやってくる。おそろしいです。くらやみの中からぼくにむかって、ほのおのようにゆれる赤い光が、むかってくるような感じです。目には見えないけど、たしかに感じるんです。」

 

 ロビーはおそろしさのあまり、小さなライアンにしがみついてしまいました。ライアンはびっくりして、ロビーのいった空を見上げましたが、それらしいものはなにも見えませんでした。

 

 「どしたの? ロビー。なにも見えないよ? なにがくるの?」 

 

 ロビーはもう、空を見ることができませんでした。マントのフードを深くかぶって、ライアンにしがみついているのが、やっとだったのです。

 

 「わかりません。わかりません。早く、ここを渡ってしまいたい。とてもたえられない。」

 

 ベルグエルムもフェリアルも、ロビーのいへんに気がつきました。それでふたりとも、橋のまわりや河の上流下流にいたるまで、注意深く目をこらしましたが、なにもおかしなところを見つけることはできなかったのです。

 

 すくなくとも、目には。

 

 そのとき、いへんは耳に感じられました。それも、空の上の方から。 

 

 さいしょはなにか、鳥のはばたきのような音がきこえてきました。ですが、こんなざあざあぶりの雨の中を、しかも、こんな夜のやみの中を、飛びまわる鳥がいるでしょうか? もし「夜こうせい」の鳥かなにかがいたとしても、この雨風の中をかいくぐってきこえるほどのはばたきならば、そうとうの大きさがなければならないことになります。人間くらい、いや、この騎馬たちくらいの大きさがなければ……。

 

 「みんな、馬をとめるんだ!」

 

 さけんだのはベルグエルムでした。それと同時に、三頭の騎馬たちは前足立って大きくいななき、セイレン大橋のその石だたみの上に、歩みをとめたのです。そして……。

ふりしきる雨の中。四人の旅の者たちは、そのやみの中にそいつを見ました。そいつは大きくゆっくりとはばたいて、橋のまん中ほどに静かにおり立ちました。

 

 それは、これまでにだれも見たこともないような生きものでした。まっ黒なからだに、まっ黒な羽を持っております。その羽は鳥のようでもあり、こうもりのようでもありました。からだは馬のようでもあり、大きなとかげのようでもありました。長い首を持ち、そのさきについているぶかっこうな頭には、大きな赤い目と、もっと大きな口があって、その口には、おそろしいきばがたくさんならんで生えていました。

 

 それはまるで、悪夢そのものが、あらしの空からまいおりてきたかのようでした。しかも、その生きものは、いっぴきだけではなかったのです。一行のゆく手をふさぐようにおり立ったさいしょのかいぶつにつづいて、二ひき目のかいぶつが、こんどは、一行のはいごをふさぐようにおり立ってきました。そしてさらにもういっぴき。そいつが、さいしょのかいぶつのとなりにおり立ったのです。

 

 今や旅の者たちは、三びきのこの悪夢のようなかいぶつたちに、すっかり取りかこまれてしまいました! 橋の上では、まったく逃げ道はありません。どうしたって、戦って切りぬけるほかはなかったのです(相手が敵でないのであればべつですが、どう見てもそうは見えません)。

 

 四人はみな、あわてふためいて、かいぶつたちのことを見渡しました。ベルグエルムもフェリアルも、すでに腰の剣をぬき放っていました(剣のおれてしまったフェリアルは、「よび」としてしまってあったみじかい剣をぬきました)。ライアンも、よらばうたんと、しぜんの力をかりるそのわざを使うじゅんびをしております(どんなわざを使うのかは、まだわかりませんでしたが)。そしてロビーも、もういちどもとの勇気をふるい起こして、スネイルにもらったそのおくりものの剣に手をかけて、いつでもそれをぬけるようにと、身がまえました(剣で戦ったことなんて、いちどもありませんでしたけど)。

 

 かいぶつたちが、ゆっくりとすこしずつ、一行の方へ近づいてきます。そしてよく見れば、それは、そのかいぶつたちだけではありませんでした。まるで、馬にまたがる騎士たちのように、かいぶつたちの背中には、かいぶつたちと同じくらいにまっ黒なすがたをした、人間たちが乗っていたのです。それぞれのかいぶつたちの背中に、ひとりずつ。

 

 かれらは、まっ黒なよろいを着て、まっ黒なかぶとをかぶり、まっ黒なマントをはおっていました。ですから、旅の者たちはさいしょ、かれらがこのやみの中からあらわれた、悪霊かなにかなのではないか? とさえ思ったのです。それほどに、かれらのすがたはおそろしいものでした。ですが、たしかにかれらは、生身のからだを持った人間たちだったのです(かといって、かれらが悪霊よりおそろしくないとはいいきれませんでしたが)。

 

 かいぶつたちに乗ったこの黒の騎士たちは、旅の者たちのそばまでやってくると、そこでいっせいに、腰の剣をぬき放ちました(かれらが敵であるということはこれできまりでした)。そして、かれらのうちのひとりが、旅の者たちにむかって、大声でこうよばわったのです。

 

 「しょくん! ざんねんながら、しょくんらの旅もここでついえることとなろう。なぜなら、このセイレン大橋の上が、しょくんらのふみしめる、さいごの場所となるのだから。すくなくとも、生きてはな!」

 

 黒騎士はそこで、ぶきみな笑い声を上げました。

 

 「われら、ワットのディルバグ黒騎士隊が、じきじきに、しょくんらをほうむり去ってくれよう。あとはたっぷりと、あの世での旅をつづけるがいい。」

 

 まことに、一行の前に立ちふさがったこの黒の騎士たちは、かの悪名高き、ワット国の者たちであったのです! かれらは、かなしみの森から出てきた旅の者たちのことを、空の上から見つけると、そのあとをずっと、つけねらってきていました。そして、逃げ場のないこのセイレン大橋の上まで、一行がたどりつくのを見はからってから、ついに、そのすがたをあらわしたというわけだったのです(さきほどのガイラルロックたちとの戦いのときも、かれらは遠くから、高見のけんぶつをしていたのです。なんていやらしいれんちゅうなのでしょう!)。

 

 黒騎士のひとりが、ふたたび大声を張り上げていいました。

 

 「はい色ウルファどもが、こんな北の地でなにをしていた? こたえろ!」

 

 しかしもちろん、こんなといかけに、われらが仲間たちが応じるはずがありません。ベルグエルムは、その手ににぎったせいぎの剣を、その黒騎士につきつけていいました。

 

 「こたえるぎりはなし! われらはせいぎ。おまえたちは悪だ! 悪がさかえることなど、いつの世にもあり得ぬ! そうそうに立ち去るがいい!」 

 

 これをきいて、黒騎士たちはみんなそろって大笑いしました(ほんとうにいやなれんちゅうです)。

 

 「まあいい。おまえたちがなに者であろうと、知ったことではない。だれであろうと、われらが主君、アルファズレドへいかにはむかう者は、われらディルバグ黒騎士隊が、うち果たしてやるのみだ。ベーカーランドの負け犬どもめ! かくごするがいい!」

 

 その言葉が、戦いのあいずとなりました。黒騎士たちは、いっせいにふわっと空にまい上がると、ベルグエルムとフェリアルの騎馬たちにむかって、まっしぐらにむかってきたのです。かれらの乗るディルバグとよばれるかいぶつが、その大きな口をいっぱいにひらいて、ぎゃあぎゃあというきみの悪いさけび声を上げました。そのおそろしいことといったら! どんなにきものすわった者であったとしても、腰をぬかしてしまいそうなくらいです。ですが、ここにいるのは、ただの者たちではありません。ベーカーランドの白の騎兵師団の長をつとめる、ベルグエルム・メルサル。そして、そのもっともしんらいのおける友、フェリアル・ムーブランドの、両名なのですから。

 

 「われら、アルマーク王あずかり、白の騎兵師団! 祖国レドンホールの名にかけて、悪しきやみをうちはらわん! メルサルの力、思い知るがよい!」

 

 ベルグエルムが大声でさけびました。そして、むかってくるかいぶつのしゅうげきをひらりとかわし、つづく黒騎士の剣を、その自身の剣で受けとめたのです。あらしの夜に、はげしいきんぞく音がひびき渡りました。そしてはんたいがわでは、同じくフェリアルが、みじかい剣ではありながらも、じつにみごとな戦いぶりをくり広げていたのです。

 

 「いやしきワットのしんりゃく者どもめ! おまえたちのよこしまなる剣などに、ムーブランドの血はけがされぬ!」

 

 フェリアルもなんどとなく、せまりくるかいぶつの前足をかわし、するどいきばをかわし、悪意にみちた黒騎士の剣をふりはらいました。

 

 まことに、この両名の勇士たちの戦いぶりは、すさまじいほどのものでした。そのあまりのいきおいには、さすがの黒騎士たちもおじけづき、ひるみを見せたのです。かれらの乗るディルバグというかいぶつたちも、なんどとなく切りつけられましたが、このかいぶつはひじょうに生命力が高く、あまりこたえてはいないようでした。そしてじっさい、いちばんやっかいなのは、このディルバグたちだったのです。

 

 剣と剣の戦いだけであるのなら、ベルグエルムとフェリアルのうでまえには、ワットの黒騎士たちも、とうていかなわないことでしょう。それほどに、このふたりの勇士たちは、剣のたつじんたちであったのです。ですが、かれらが黒騎士たちにうちかかろうとする、そのすんでのところで。このディルバグというかいぶつがじゃまをして、ちゅう高くまい逃げてしまいました。そして黒騎士たちも、まっこうからの勝負に出てはかなわないと知ると、これまたずるがしこく、きょりを取りつつ、相手をつかれさせるという作戦に出たのです。

 

 これには、さすがのベルグエルムとフェリアルの両名も、くるしめられました。敵は空から、なんどとなく、すきをうかがってうちかかってきます。これに対するには頭上を見上げながら戦わねばならず、さらにはふりしきる雨が、そのしかいをさえぎってじゃまをしました。

 

 「このワットのひきょう者どもめ! せいせいどうどうとかかってくるがよい!」

 

 たえかねて、フェリアルがさけびました。しかし、黒騎士たちは大声であざ笑うばかりです。

 

 「これは心外。みずからの持つゆうりなじょうけんを、さいだいげんにいかして戦うことこそ、いくさのならわしではないのかね? われらに急ぐりゆうはない。おまえたちをほうむり去れれば、それでいいのだからな。」

 

 かれらは、手出しのできない者たちをじわじわ痛めつけるのが、大好きでした。なんてひれつな! しかし今は、まさに、れんちゅうの思うつぼだったのです。手出しもできず、逃げられもせず。旅の者たちはまるで、かごにとじこめられて出られない、小鳥のようでした。

 

 そのとき! ライアンがこんしんの力をこめて、しぜんの力のエネルギーを黒騎士たちにむかってぶつけました! そのエネルギーは、ぐいんぐいんとうずをまいてのぼっていって……、ぼしゅーん! 黒騎士たちの乗るディルバグのかいぶつのからだにあたって、くだけちります! ですが……。

 

 ディルバグはまったくこたえていません。からだがすこしよろけたばかりで、ほとんどききめがなかったようでした(黒騎士は「ふん!」と鼻をならして相手にしません)。

 

 ですがそれは、ライアンが弱いからというわけではありませんでした。ライアンのわざは、あやつろうとしているしぜんの力が、その場所の力の大部分をしめている場合に、そのいちばんの力をはっきするというものだったのです。さらにいえば、あやつろうとする力ではない、べつのしぜんの力が、その場所の力の大部分をしめている場合、あやつった力はその大部分のほかのエネルギーに消されてしまって、ものすごく弱い力になってしまうというものでした(ちょっと、ややこしいんですけど……)。

 

 そして、この場所にあるあっとう的なまでに「大部分」の力。それは雨、つまり、水の力だったのです。

 

 ライアンは、バリアーを張るなどの水の力による「ぼうぎょの力」なら使うことができましたが、それをこうげきのためにあやつるということはできませんでした(いくらライアンでも、なんでもできるスーパーマンというわけではありませんでしたから)。風ならば、あやつってこうげきに使うことができましたが、さきほど説明いたしました通り、これほどたくさんの雨がふっているところでは、いくら風の力が強かったとしても、あっというまに大部分の雨の力にその力がかき消されてしまって、その半分もいりょくが出せなかったのです。

 

 ですから、ライアンの放った風のうずのこうげきは、ディルバグのからだにとどく前に、すっかり弱まってしまって、かいぶつにダメージを与えることができませんでした(はじめから半分以下の力でしたが、ディルバグのもとへととどくまでに、その力はさらに弱いものとなってしまいました。なんと、もとの力の百ぶんの一くらいにまで弱まってしまっていたのです! ライアンははじめから、そのことをよくわかっていました。ですけど、なにもしないよりはましだと思って、だめもとで、この力を使ったのです。ライアンのくやしさは大きかったことでしょう)。

 

 フェリアルは、剣をぎりぎりとにぎりしめてくやしがりました。ベルグエルムも歯をくいしばって、頭上の敵たちをにらみつけることしかできませんでした。

 

 そして、そんなかれらに見切りをつけたかのように、黒騎士たちは、こんどは、ライアンとロビーの騎馬の方にねらいをつけてきたのです。

 

 黒騎士のひとりが、ライアンとロビーの方に近よってきました。その黒騎士は、この三人の黒騎士たちの中でも、いちばんいかめしいよろいを着ていて、いちばんおそろしげなかぶとをかぶっていました。その手には、黒いやいばを赤でふち取った、なんともおそろしげな見た目の剣をにぎっております。どうやらこの男が、この黒騎士たちの隊長であるかのようでした。そしてその男が、ライアンとロビーの頭上から、ふたりにいったのです。

 

 「おかしなお客がいるとは思っていたが。なぜ黒ウルファが、こんなところにいる? 黒のウルファはひとり残らず、わが軍のしはいを受けているはずだぞ。もちろん、おまえたちのあるじ、ムンドベルクもな。同めいなどといえばきこえはいいが、しょせん、かれらはすべて、ワットのしもべにすぎん。ムンドベルクなど、アルファズレドへいかのあやつり人形もどうぜんの、あわれな男よ。」

 

 これをきいて、われらが仲間たちはげきどしました。

 

 「へいかをぶじょくする者はゆるさぬ! われらはかならずや、へいかを悪のじゅばくからとき放つ! そうなれば、きさまたちなど、われらせいぎの敵ではないぞ!」

 

 ベルグエルムがさけびましたが、黒騎士の隊長はひるむそぶりも見せず、ますますいきおいづいて、旅の者たちにあくたいをつくばかりだったのです。

 

 「せいぜいほえることだ。おまえたちがいくらあがこうとも、もうどうすることもできまい。おまえたちのむかうべき道はただひとつ。ほろびの道のみよ!」

 

 そういうと、黒騎士はライアンの騎馬にむかってつき進んできました!

 

 「ベーカーランドにかたんするとはふとどきなやつめ! まずはおまえから、ほうむり去ってくれよう!」

 

 黒騎士は、黒のウルファであるロビーのことをねらってきたのです! ロビーに、けつだんのときがやってきました。ベルグエルムもフェリアルも、助けにくるのにはまにあわないきょりにおりました(ほかのふたりの黒騎士たちが、助けにいかせまいと、ずるがしこくそのじゃまをしてきたからでした)。ライアンも、このじょうきょうでは、そのほんらいの力をはっきできないままです(この雨さえふっていなければ!)。

 

 しかし、いつまでもかれらにたよりっぱなしでいるわけにはいきません。このままでは、前にいるライアンまでをも、まきぞえにしてしまうのです。

 

 

 ライアンもメルも、これ以上きずつけさせるわけにはいかない!

 

 ぼくが、守らなくては!

 

 

 ロビーはけつだんしました。そして白馬の上から、セイレン大橋のそのかがやく石だたみの上へと飛びおりると、ロビーは、せまりくる黒騎士にむかって走ったのです。

 

 「ぼくはここだ! おまえなんかに負けるもんか!」

 

 そして、黒騎士とかいぶつがせまりくる、まさにそのとき。ロビーは、腰におびたその剣をぬき放ちました。

 

 すると、どうしたことでしょう! 剣からなんともまばゆい光が飛び出して、いっしゅんのうちに、あたりいちめんを青白くてらし上げてしまったではありませんか! 

 

 黒い空も、橋も、河の流れも。木々も、岩も、はるかむこうのやみまでも。すべての色が、青と白のかがやきにつつみこまれていってしまいました。そのまん中。ロビーのいる場所などは、もう、目をむけることもできないくらいのまぶしさです。そこにいるぜんいんが、なにが起こっているのか? 見きわめようと努力しましたが、すべてはあっというまのできごとで、正しくりかいのできた者はだれもいませんでした。

 

 ロビーが剣をさやからぬいた、そのしゅんかん。あふれる光とともに、もうひとつのものが、その剣のさきから飛び出したのです。それは、えものにむかっておそいかかる、もうじゅうのごとくのいきおいで飛び出した、青白い光のいかずちでした。そしてそれは、まさしくでんこうせっかのはやさで、せまりくるディルバグのかいぶつのからだを、まっすぐにつらぬいたのです。

 

 ディルバグは、あっというまに、青白いほのおにつつまれたかたまりとなって、セイレン河へむかって落ちていきました。そして、その背に乗っていた黒騎士の隊長も、全身を青白いほのおにやかれ、さいごのひめいをわめきながら、まっさかさまに、セイレン河のそのだくりゅうの中へと落ちこんでいったのです。

 

 これを見て、残ったふたりの黒騎士たちは、大こんらんとなりました。なにが起こったのか? それすらもわからないまま、あわてふためいて、ほうがくもさだめることもできず、ほうぼうのやみの中へと、いのちからがら逃げ出していったのです。

 

 

 夜のあらしはいぜんとして、はげしくつづいていました。空にいなずまが走るたびに、逃げてゆくディルバグのすがたがやみの中に浮かび上がりましたが、やがてそれも、見えなくなっていきました。

 

 ロビーはわけもわからないまま、ただぼうぜんと、ふりしきる雨の中に立ちつくしていました。あたりはすっかり、もとのようすにもどっております。ロビーの手には、剣がにぎられたままでした。そのやいばは、まだかすかに、青白い光をやどしていました。

 

 ベルグエルムとフェリアルが、ロビーのもとにかけよってきます。ライアンもやってきて、三人は急いで馬の上からおり立つと、ロビーのそばにかけよりました。

 

 「ロビーどの! ごぶじか!」ベルグエルムがまっさきに声をかけました。しかしロビーは、なにがなんだか? わからないといったふうにその場に立ちつくしているだけで、仲間たちがやってきたことにすら、まったく気がついていないようすだったのです。

 

 「ロビーどの!」

 

 ふたたびよばわるベルグエルムの声。ロビーはそこでようやく、はっとわれにかえり、仲間たちの方にむきなおりましたが、その顔はおそろしさでいっぱいになっていて、からだはがたがたとふるえていました。

 

 ロビーはふりしぼるように、おそるおそる口をひらきました。

 

 「なにが……、なにが起きたのか? わかりません……。ぼくは、あの黒騎士とさしちがえるくらいのかくごで、この剣をぬきました。みんなを守れるのなら、たとえいちげきでも、むくいてやろうと思った。だけど、まさか、こんなことになるなんて……」

 

 ロビーは、自分の手ににぎられている剣のことを見つめました。剣の光は、もうほとんど消えかかっていました。

 

 「この剣は、いったいどんなものなんでしょうか? こんなものは、とてもぼくにはあつかえない。どこかへやってしまいたい。」

 

 ロビーはそういうと、ふるえる手で、剣をゆっくりとしんちょうに、もとのさやの中へとおさめました。しかし、剣をもどしてしまっても、ロビーの気持ちまではもとにはもどりません。自分がひき起こしたことが、まだ信じられないといったようすでした。

 

 そんなロビーに、ベルグエルムがいいました。

 

 「その剣にどんな力がひめられているのか? それはわたしにもわかりませんが、これだけはいえます。その剣は、あなたを助けるためにたくされたものだということです。それは、あなたが持っていなくては。げんにこうして、その剣は、われらのことを助けてくれたではありませんか。その剣をおくってくれたスネイルどののことをお考えください。どうしてその剣が、じゃあくなものでありましょう。」

 

 ロビーはスネイルのことを思い出しました。やさしくて、どこまでも人のいい、えんげい好きの、あのスネイル・ミンドマンです。この剣は、そのかれが、なん年もたいせつに守ってくれていたものでした。それが、自分や仲間たちに害を与えるようなものであるとは、ロビーにはやっぱり思えませんでした。この剣は、ぼくたちのことを守ってくれるものなんだ。ロビーはここで、あらためてそう思ったのです。

 

 「ありがとうベルグエルムさん。あなたのいう通りです。」ロビーはそういって、ぺこりと頭を下げました。しかしそうはいっても、ロビーの気持ちは、まだかんぜんには晴れたわけではなかったのです。こんなできごとのあとですもの、いきなりげんきを出せといっても、むりな話というものでした。

 

 そんなロビーのことを、仲間たちはせいいっぱいの気持ちで、はげましてくれたのです。

 

 「ロビーどの。ロビーどのの勇気、このフェリアル、しかと見とどけさせていただきました。まこと、あなたのゆうかんさは、われら白の騎兵師団にも、まったくおとるものではありません。」フェリアルはそういって、ウルファのあつき敬礼をロビーにおくりました。

 

 「あんなすごいわざを持ってるなんて、ずるいよ! ぼくの出番まで取っちゃうなんて。ぼくにもあとで、やり方教えてよね。」ライアンがそういって、ロビーのわきばらをつっつきました(これはライアンが、だれかをげんきづけようとするときによくやることでした。ライアンは、むじゃきな子どものようにふるまいますが、おちこんでいる仲間に対しては、いつにもまして、心をくばってくれるのです。もっとも、わきばらをつっつかれるのは、あまりかんげいできませんでしたが……)。

 

 「隊長、かれらのことが気がかりです。」フェリアルが、こんどはベルグエルムの方にむきなおっていいました。「われらの旅のもくてきに、かれらは気づいていたのでしょうか?」 

 

 もっかのところ、敵、つまりワットの黒の軍勢の者たちに、自分たちの旅のもくてきと、いい伝えのきゅうせいしゅたるロビーのそんざいが知られてしまうことは、もっともさけなければならないことでした。フェリアルは、そのことを心配していたのです。

 

 ベルグエルムはしばらく、黒騎士たちが去っていったかなたの空の方をながめながら考えこんでいましたが、やがてゆっくりと口をひらきました。

 

 「いや、かれらのようすを見たかぎり、それはないだろう。かれらはたんなる、ワットのていさつ隊にすぎない。今やこのアークランドには、いたるところにかれらのようなていさつ隊がいて、人々の動きをさぐっているのだ。もっとも、こんな北のはずれの地にまで、かれらがいるとは思っていなかったが。

 

 「しかし……」ベルグエルムは、そこでいったん言葉を切って、ロビーの方を見つめました(ライアンがまだしつこく、ロビーのわきばらをつっついておりましたが)。

 

 「逃げていったあのふたり。かれらを逃がしたのは、われらにとって大きな痛手となってしまった。ロビーどののことが、敵に知られてしまったのだ。ずるがしこいかれらのことだ、黒のウルファがこの地にいたことを、あやしむことだろう。もしかしたら、レドンホールの古きいい伝えにまで、たどりつくかもしれない。そうなれば、けっかとしては同じことになる。もし、ロビーどのがいい伝えのきゅうせいしゅであると、知られてしまったのなら、敵はひっしになって、われらのことをさがしにかかることだろう。そうなれば、われらはますます、ぐずぐずしてはいられなくなる。もっとも、そこまで考えるのは、いささか、考えすぎであるのかもしれないが。そうだと願うばかりだ。」

 

 北の地にいた、黒のウルファであるロビー。そのロビーのことが、レドンホールに伝わる古きいい伝えのきゅうせいしゅであるのだと、敵に知られてしまったのではないか? これが、こんなひじょうじたいのときでなかったとしたら、ベルグエルムのその心配も、ただの考えすぎであるといえるのですが、いかんせん、相手はあの、ずるがしこくてひきょうなワットの者たちなのです。とくに、「そうだいしょう」であるアルファズレドのおそろしさといったら、なみたいていのものではありません。そしてもちろん、その影にひそむ、魔法使いのそんざいも。ですから、ベルグエルムが心配しすぎるのも、むりもないことでした(それに、いい伝えのことはぬきにしても、自分たちにはむかったふとどき者たちのことを、かれらがこのまま、放っておくはずもありません)。南の地をめざす旅の者たちにとって、ここでワットの者たちに出会ってしまったことは、それほどまでに、やっかいなことだったのです。

 

 ベルグエルムは話しを終えると、ロビーの方をもういちど見やりました。ロビーはじっと、雨の中に立ちつくしているままでした(そして、つっつかれているままでした)。

 

 「ロビーどの、だいじょうぶですか?」ベルグエルムが心配になって、もういちど声をかけました。ロビーはうつむいたまま、腰の剣のことをにぎりしめております。剣はまったく、重さも長さも、なにひとつ変わってはいませんでした。そしてロビーは、ベルグエルムにというよりも、まるで自分自身にいっているかのように、静かに口をひらいたのです。

 

 「この剣は、これからはけっして、あんいにもちいることはしません。みんなを助けるために、ほんとうに必要になったときにだけ、ぼくはこの剣を使うようにします。この剣は、ぼくのことを助けてくれる。でも、けっして、かるがるしくあつかってはいけないものなんだ。」

 

 

 ひとだんらくがついてみると、旅の者たちは急に、げんじつの中にひきもどされてしまいました。あたりはいぜんとして、ざあざあぶりの雨。いなずまのなりひびく夜のあらしの、そのただ中であることに、変わりはありませんでしたから。

 

 そのうえ、メルをふくめる三頭の騎馬たちは、さきほどの戦いのショックで、とてもおちつきを取りもどせるようなじょうたいではなくなってしまっていました(とくにメルは、とりわけこうふんしてしまっていて、ライアンがいくらなだめてもおとなしくなりませんでした)。さきを急ぐ旅であるということは、みんなじゅうぶんにしょうちしていました。しかし、安全をあまりにおろそかにしてしまっては、旅をつづけるどころの話ではありません。そのことをよくわかっていたのは、旅のけいけんほうふな騎士、ベルグエルムと、このあたりの土地のことにくわしい、シープロンドの王子、ライアンでした。

 

 「ねえ、このあらしでは、このさきの道はとても危険だよ。このさきはがけの道だし、あらしがすぎるまで、どこかで雨やどりをしていった方がいいと思う。」ライアンがベルグエルムにいいました。 

 

 ベルグエルムは橋のむこうぎしをながめながら、しばらく考えこんでいましたが、やがて、みんなのことを見渡していいました。

 

 「ライアンのいう通りだ。やむを得ないが、今は進むべきときではないだろう。」

そしてベルグエルムは、それからまた、あたりのようすをうかがっていましたが、やがて考えがまとまったようで、みんなにつぎのようなていあんをしたのです。

 

 「この橋の下には、広いかせんじきがある。そこへ身をかくして、休むのがいいだろう。あらしからも身を守れるし、空からでも見つかることもない。さっきの黒騎士たちなら、だいじょうぶ。しばらくは、もどってくることもないだろうから。どっちにせよ、今日はもう、さきに進むのはやめておいた方がいい。この雨でぬかるんだがけの道を夜にいくのは、危険が大きすぎる。橋の下で朝を待ち、日の出とともに、シープロンドへとむかうべきだろう。」

 

 そしてみんなは、ベルグエルムのこのていあんにさんせいしました(このさい、このひどいにおいはがまんするしかありませんでした)。それから、三頭の騎馬たちと四人の旅の者たちは、セイレン大橋のむこうぎしへと渡り、そこから、橋の下のその広いかせんじきの中へと、ひそかにおり立ってゆくこととなったのです。

 

 空がぴかぴか光って、いなずまが大きな音とともに、どこかに落ちたときのことでした。

 

 

 

 




第4章「あらしの夜の出会い」に続きます。


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