ロビーの冒険   作:ゼルダ・エルリッチ

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28、戦いのゆくえ

 「もうそろそろ、けっちゃくがつきそうね。」

 

 あついこうちゃのはいったティーカップをゆうがに口もとにはこびながら、今いすにすわったひとりの若い女の人が、静かにほほ笑んでいいました。その前にはひとつのティーテーブルがおかれていて、きれいなレースのテーブルクロスがかかっております。そしてその上には色とりどりのくだものの乗ったお皿に、クリームたっぷりのマフィンの乗ったお皿、そしてクッキーにマカロンなど、たくさんのお菓子が乗ったお皿などが、ならんでいました(さらに頭の上には魔法のパラソルがかかっていて、雨も防いでくれたのです)。

 

 「あれだけ強ーいみんながいるんだもん、あったりまえだけどねー。」

 

 むこうから、赤毛の長いかみをたばねた小さな女の子がひとり、にこにこしながらやってきました。その手にはまた、新しいお皿を持っております。そしてその上には……。

 

 「どーせ、ひまだし。ほら、これー。アルーナが作ったんだよ。あの子、こーいうのじょうずよね。」

 

 アルーナ? この名まえは! あのおそろしくてずるがしこいワットの魔女っこ三姉妹のうちの、ひとりの名まえではありませんか! ということは、ほかのふたりは? 

そう、お皿を持った小さな子は、三姉妹の三女エカリン・スフルフ。そしてゆうがにお茶を飲んでいる黒いかみの美しい女の人は、この三姉妹の中でもいちばんおそろしい力を持った、長女のネルヴァ・ミスナディアだったのです。

 

 エカリンのさし出したお皿の上には、こんがりきつね色にあがったお菓子が乗っていました。そのほかにも、白いクレープにつつまれた、きれいな色をしたお菓子も乗っております。あれ? でもこれ、ほんとうにお菓子でしょうか? テーブルの上に乗っているものからそうぞうして、ふつうにこれもまた、お菓子だと思ってしまいましたが……。

 

 「……アルーナとくせい、かにはるまきです……!」

 

 は、はるまき?(なんではるまき?)

 

 「……アルーナ風、生はるまきもあるです……!」(ま、またはるまき……)

 

 ティーテーブルのむこうに作られたとくせつのちょうり場から、さんかくきんとエプロンすがたのアルーナがすたすたやってきて、顔の横で手をぴしっ! と立てていいました(おなじみのポーズです。あいかわらずのふしぎっ子ですね。ちなみに、かけているもも色のエプロンには、ひよことにわとりと目玉やきの絵がデザインされていました。すごいくみあわせです……。

 ところで、アルーナだけまだ、かみの毛の色を伝えていませんでしたね。かのじょのかみはやや茶色がかった、美しいこがね色でした)。

 

 ここはどこでしょう? このお茶会はそとでひらかれていました。空は雨もよう。ぽつぽつと小雨が落ちはじめています。きおんはぐっと下がってきていました。上着なしでは寒くてたまらないでしょう(そのためかのじょたちは自分のからだのまわりに魔法を張っていて、そこをかいてきなおんどにたもっていました。これは、どこでもかいてきのじゅつ。このじゅつをかけると、あつさ寒さから身を守ることができたのです。むずかしい魔法で、ふつうは五分もたせるのがやっとです。マリエルでも、せいぜい十分でした。ですが魔女たちはなんのくろうもなしに、なん時間でもこの魔法をもたせることができたのです。これはつまり、かのじょたちの使っているおそろしい悪魔のエネルギーの、そのじゃあくなる力のためでした)。足もとは海の色のまじった、白い石だたみ。まわりは同じ石でできたひくいかべで、ぐるりとかこわれております。そしてそのかべの横には……、やりを持った黒いよろいかぶとに身をつつんだ、ワットの兵士たちが数人、見張りに立っていました。

 

 ここは、べゼロイン。かのじょたちがいるのは、そのいちばん上。かなたのリュインの地、そしてエリル・シャンディーンへとつづくその道を見下ろす、見晴らし台の上だったのです。

 

 かのじょたちは、エリル・シャンディーンの戦いにはさんかしていませんでした。いくさのおきてとして、まじゅつしは戦ってはいけないことになっていましたから。助ける魔法なら使ってもいいのですが、このおそろしい黒の軍勢に、助けがいるでしょうか? かのじょたちはそういうわけでこのべゼロインに残り、もてあました時間をお茶会をひらきながら、つぶしていたというわけでした(みんながひっしに戦っているというのに!

 ちなみに、このべゼロインとりでに残っているようにかのじょたちにしじしたのは、ワットの黒の軍勢のおえら方たちでした。もはやさいごの戦いがはじまってしまったため、このべゼロインとりでの守りのことなどは、ワットもほとんど重要に考えていなかったのです。もしこのとりでがうばわれたとしたって、どのみちこのままワットがベーカーランドに勝ってしまいさえすれば、ベーカーランドもそのだいしょうとして、このとりでをふたたびワットに明け渡さなければなりませんでしたから(それに、今さらこのとりでをおそう者なんているはずもないだろうと、ワットも思っていたのです)。そのためワットはひとりでも多くの兵をさいごの戦いにかり出し、このべゼロインとりでの守りは、必要さいていげんの兵士と魔女の三姉妹さえおいておけば、じゅうぶんであると考えていました(それに、これはいくさのこまかい取りきめのひとつとしてきめられていることでしたが、いくさにさんかする兵は、たとえひかえの兵であっても、その戦いの場にしゅうけつしていなければならないというルールがありました。このルールもありましたから、ワットはそのほとんどの兵力を、いくさにさんかさせるためにしゅうけつさせていたのです。もっとも、こんなルールがなくたって、ワットはいくさの場に全兵力をしゅうけつさせていたでしょうけど)。ワットはもはやかんぜんに、さいごの大いくさに全力をかたむけていたのです)。

 

 「それにしてもさー。」エカリンが手をひたいにかざして、あたりをきょろきょろとながめ渡しながらいいました。「まだ、こないのかなー? おそいよねー。さっさと、やっちゃえばいいのに。」

 

 「手がかかるのよ。」ネルヴァがそういって、またお茶をすすります。「あれだけの相手ですもの、王さまも、したくがたいへんなんでしょう。」

 

 「早く、きてくんないかなー。そしたらすぐ、わたしたちもおうちに帰れるのに。」エカリンがそういって、「うふふ。」と笑いました。「まあ、でも、ベーカーのみんなには、さいなんだけどねー。」

 

 「これでかれらも、自分たちの立場を知るんじゃないかしら?」ネルヴァがいいました。「どちらが上に立つべきなのか? かれらにじっくりと、わからせてあげないとね。」

 

 そういって「ふふっ。」とほほ笑むネルヴァに、エカリンがくすくす笑っていいました。

 

 「ネルヴァって、ほーんと、せいかくわっる~い。」

 

 そのとき、エカリンの頭にごちん! とげんこつがひとつ。

 

 「……はるまき、さめるです……! 早く、食べるです……!」

 

 「いたたた……! わかってるわよ、もうー。いったいなー。」エカリンが、頭をおさえていいました。

 

 

 

 「わたしのことは、いいですから……、どうか、さきへいってください……」

 

 だきかかえる手の中からきこえる、とぎれそうな声……。

 

 ここは、怒りの山脈。アーザスの城の、その前。そこにかけられた、いっぽんのぶきみな石の橋の上。今その橋の上を、ロビーがかけていました。その両の手に、ソシーのからだをしっかりとだきかかえながら……(ソシーの二本の足は、背中のかばんにしまってありました)。

 

 アーザスのゆるせないうらぎりにより、ソシーのからだはぼろぼろになってしまっていました。悪魔のわなからはっしゃされたおそるべき悪のエネルギーは、ソシーのおなかをつらぬき、そのからだを半分にしてしまったのです。ソシーがもし、人形でなかったのなら……、考えるだけでもおそろしいことでした。しかしたとえ人形のからだであったとしても、悪魔のわながソシーに与えたダメージは、そうぞう以上におそろしいものであったのです。

 

 「きみをおいてはいけない。きみを助けるには、これしかないんだ。アーザスに、きみをなおさせる。どんなことをしてでも、きみを助けるからね。」ロビーは強いけついの心をもって、いいました。

 

 ロビーは急いでいました。急ぐ必要がありました。なぜなら……、ソシーのからだからは、ソシーのことを動かしているいのちの魔法のエネルギーが、どんどんともれ出していたからなのです! ロビーはたしかに、感じ取っていました。女神のせいなるつるぎの力が、ロビーにそれを教えたのかもしれません。このままいのちのエネルギーがみんなソシーからもれ出してしまえば、たとえそのあとどんな魔法を使っても、アーザスほどの強力なまじゅつしであったとしても、もうソシーのことをもとにもどすことはできなくなるのだと……。

 

 今からトンネルをひきかえしたとしても、とてもまにあいません。このままでは、いのちのともしびの力がみんなもれて、ソシーはただの人形にもどってしまう! そんなことはさせない。ソシーはようやく、人の心に気づいて、これからほんとうの世界をはじめるときなんだ。ぜったいに、ソシーのことを守ってみせる!

 

 「ロビーさま……、ごめんなさい……、ごめんなさい……」

 

 ソシーは消えゆくような声でそういって、ひとみをとじました。なみだをこぼせない、ソシーのそのひとみ……。ですがロビーはたしかに、そこになみだのつぶを見たように思いました。

 

 ソシーを助ける方法は、ただひとつ。そう、そのいのちのエネルギーがかんぜんにもれ出してしまう前に、アーザスにめいれいして、ソシーのことをなおさせるのです。それがソシーをすくうことのできる、ただひとつの方法なのです。のぞみはとてもうすいものでした。アーザスがそんなことを、ききいれるはずもありません。ですが、やるしかないのです。ソシーを助けるためには、それしかないのです。ロビーにはそのことが、すぐにわかりました。

 

 けついを胸に、ロビーは走りました。このおそろしい橋の上を、あらんかぎりのはやさでもって。

 

 悪魔のわなは、たしかにロビーのことをおそったりはしませんでした。しかしそこを通すソシーにちょっとでもすきを与えれば、またわなの力が、ソシーのことをおそうかもしれないのです。ロビーはたえずけいかいし、わなに気をくばりつづけながら、自分の身をたてにしてソシーのことを守りつづけました。

 

 

 そしてついに、ロビーはこの橋を渡りきったのです。

 

 

 なんというところなのでしょう。橋を渡りきったところは、広場になっていました。地面は、はい色の砂をぎっちりとかためたよう。空気は重く、あついようなつめたいような、そんなぶきみな感じをおびております。大きな石のはしらがたくさんならんでいて、ロビーはそのはしらのひとつにさっとかけよって、身をかくしました(どこかにまだ、わながあるかもしれませんでしたから)。

 

 ここまではまだ、ふつうのものでした(それでもじゅうぶんにおそろしいふんいきを持っていましたが)。

 

 しかしここには、もうひとめでふつうではないとわかる、おそろしいものがあったのです。

 

 それは、アーザスの城への入り口でした。

 

 巨大な、はい色の砂をかためてつくった石の門が、はしらのむこうにどんとそびえていました。門の高さは、五十フィートはゆうにあるでしょう(ロザムンディアのまちの南門にも負けないくらいの巨大さです)。その門は、ぴっちりととじていました。とじているように思われました。門がひらいているのか? とじているのか? なぜはっきりとわからないのでしょう? それは……。

 

 その門全体を、ぶくぶくとあわ立ちうごめく、ゼリーのようなかたまりがおおいつくしていたからなのです! それは遠くから見た、あの城をおおいつくしていた生きているバリアーの、一部でした。近くで見るそのバリアーの、なんとおそろしいことか! たくさんの目や口や手が、そのゼリーのかたまりのようなバリアーの中に浮かび上がっては、消えていきました。目はぱちぱちとまばたきをくりかえし、きょろきょろとこちらのことを見つめてきます。口はなにかうわごとのような言葉をつぶやき、声にならないひめいを上げていました。たくさんのおばけのような手はなにかをつかもうとして空中にむなしくのびていき、またひっこんでいきました。

 

 こんなものが巨大な門のまわりにまとわりつき、この門をほとんど見えなくしてしまっていたのです(ですから、あいているのか? とじているのか? よくわからなかったのです)。いったいこんな門を、どうやってくぐりぬけたらいいのでしょうか?(たとえかぎがあったとしても、かぎあなすら見えないのですから。)

 

 ですが、このすべてのものをこばむかのようなおそろしい門ですら、ロビーはぶじにくぐりぬけることができました。なぜなら……。

 

 

   がごん! ぎ、ぎ、ぎ、ぎ……。

 

 

 ロビーがはしらの影から門のことをかんさつしていた、まさにそのとき。きょうふの門は自分から、その口をひらいていったのです!

 

 それは門の大きさから見れば、ほんのすこしのすきまができただけにすぎませんでした。しかしそれでも、人が通るのには、じゅうぶんすぎるほどの広さだったのです。

 

 「アーザス……」ロビーは静かにつぶやきました。そう、この門をあけたのは、まさしくアーザスほんにんだったのです。橋のわなをロビーにむけなかったのと同じ、アーザスはこの門をひらいて、ロビーのことを自分のもとにまねきいれていました。

 

 もはやアーザスとの運命のけっちゃくのときは、目の前……。ロビーは意をけっして、はしらの影から門の入り口へと走りました。門がひらいたときに地面に落ちてちらばった生きているバリアーのかけらが、ぐにぐにと動いて、ロビーの足にしがみつこうとしてきます。ロビーはひょいとそのかけらをよけて、入り口の中に飛びこみました。

 

 門の中は、まっくらでした。そしてロビーが中にはいったとたん、その巨大な門は、ふたたび、ぎぎぎという大きな音とともに、とざされたのです。

 

   がごん! 

 

 ロビーとソシーは、まったくのくらやみの中にいました。ですが、つぎのしゅんかん。

 

 ぼ、ぼぼ、ぼ……。

 

 石のかべにつくられていたいくつかの明かり受けの上に、青白いほのおが、ひとりでにともっていったのです! それはなんとも、ぶきみなほのおでした。よく見ればそのほのおの中に、くるしそうにうめく、人の顔のようなものが浮かんでいたのです。ああ、なんということでしょう。このほのおもまた、生きていたのです! アーザスは城のバリアーに使ったのと同じ、人からうばったたましいのエネルギーでもって、このほのおをともしていました。しかも、ただの明かりを得るために!(なんてひどいことをするのでしょう。こんなことはいっこくも早く、やめさせなければ!)

 

 ロビーはソシーのことをだきかかえ、生きたほのおにてらされたそのはい色の石の道を、ゆっくりと歩いていきました。かかえるソシーのからだから、すこしずつ、ですがかくじつに、いのちのエネルギーがもれ出しているのが感じられました。急がなければなりません。ソシーはずっと目をとじ、荒い息使いをしたままでした。もはやしゃべることさえも、こんなんなじょうたいでした。

 

 ロビーはからだ中のあらゆる感かくを使って、このさいごの道のりの中を進んでいきました。道はぜんぜん、わかりません。ソシーのいった通り、城の中はたくさんのろうかやとびらで、あふれていました。これはほんとうに、めいろです。ですがロビーには、ふしぎとアーザスのいるところまでの道すじがわかるような気がしました。アーザスがロビーのことを、みちびいているのでしょうか? それともせいなる剣の、そのふしぎな力のためなのでしょうか? はっきりとはわかりません。しかしそれはもはやロビーにとって、重要なことではありませんでした。今はいっこくも早く、アーザスのところへたどりつくこと。それだけがすべてだったのです。

 

 待っていろ、アーザス……。ロビーは心の中で、かたくちかいました。

 

 ぼくがかならず、つぐないをさせてみせる。

 

 消えかかってゆく、ソシーの作りもののいのち……。人形であるとはいえ、ロビーのうでの中にあるソシーにやどっていたのは、たしかにひとつのいのちでした。守るべき、いのちでした。

 

 ロビーはこの暗いめいろの中を、ソシーとふたり、かくじつにアーザスのもとへとむかって歩みを進めていきました。

 

 

 

 戦いのゆくえは、もはやだれの目にもあきらかになっていました。おそろしき魔界の王ギルハッドとその悪魔の兵士たちのことをうちたおした、白き勢力の者たち。ですがそれでも、よこしまなる黒の軍勢のいきおいは、いぜんとしてとどまるところを知らなかったのです。あちこちでさいごのていこうをつづける、白き勇士たち。ですがその勇士たちの剣も、いっぽん、またいっぽんとおられ、はじかれ、地面に落ちていきました。よろいはひびわれ、たてはわれていきました。白き勢力のそのさいごのかなめ、ちゅうおうの守りは、もはやほうかいすんぜんでした。その中でいまだあきらめることなく勇気の剣をふるいつづけていたのは、われらが仲間たち、白の騎兵師団の長ベルグエルムと、副長のフェリアルの部隊、ばかりとなっていたのです。

 

 あれから。

 

 うちたおされ、もはや剣を取ることもできなくなった、ライラとガランドー。ふたりはそのまま、ともにいしきを失い、戦いの場にたおれてしまいました。仲間たちはふたりをかかえ、急ぎ、手あてのために、エリル・シャンディーンのまちまで送りました。まちの人たちがおどろいたのは、いうまでもありません。あのさい強の剣のうでの持ちぬしであるライラ・アシュロイが、こんなにもぼろぼろになって、もどってきましたから。この戦いは、だめかもしれない……。人々の心に、そんな暗い影のような気持ちが生まれはじめていきました。遠く雨にけむる、戦いの地。おそろしい戦いの音ばかりが、そこからはひびいてきます。そのようすは、ここからは見て取ることはできません。ですが人々の心には、そこにおそろしい悪夢のような光景ばかりが、思いえがかれていきました。

 

 そして人々の心に与えられた、もうひとつのおどろき。それはガランドーのことです。ベーカーランドをうらぎり、ワットに加わった、ガランドー・アシュロイ。かれのことはここエリル・シャンディーンのまちの人たちにも、とうぜん伝わっていました。そしてたびたび広がる、黒いうわさ。ガランドーがディルバグのかいぶつたちをあやつり、たくさんのくにやまちをおそっているということ。あのおそろしき悪のげんきょう、魔法使いアーザスとも、しんみつにつながっているのだということ……。

 

 その今ではワットのおそろしいしきかんになり下がってしまっているのだというガランドー・アシュロイが、今こうして、白の騎兵師団の長であり、かれのじつのいもうとでもあるライラといっしょに、ぼろぼろになってはこばれてきたのです。しかもワットの者ではなく、今や、ベーカーランドの者として……。

 

 のちに人々は、ガランドーについてのすべてのしんじつを知ることになるのです。すべては、いもうとのライラのためであったのだということを……。

 

 ライラはこの戦いののち、ベーカーランドのしんのえいゆうとして、長くたたえられることになりました。もともと高かったライラの人気は、そうしてますます、高いものとなったのです(なにしろ強くて美しくてかっこいいのですから、人気も出るはずです。かなりこわい、というところまでふくめて。

 

 そしてこのとき……、ライラにかけられていたアーザスののろいの力は、もはや消え失せていました。すべてが終わり、そののろいのもととなった力が、失われたためです)。

 

 ですがベーカーランドの人たちがガランドーのことを受けいれるためには、すくなからずの時間が必要となりました。しかしそれは、いたしかたのないことでした。アーザスにおどされてのこととはいえ、ガランドーは、あまりに多くのつみをおかしてきたのです。その中には、このエリル・シャンディーンのまちの人たちにも、ちょくせつにかかわることまでもがふくまれていました。つまりまちの人たちの家族や多くの友人たちのことをも、ガランドーはきずつけてきたのです。

 

 すべてが終わったのち、ガランドーはひとり旅立ちました。それはみずからのおかした、たくさんのあやまちのためでした。ガランドーは、立ちもどりつつあるアークランドを、みずからの手で、みずからの方法で、すくっていきたいと考えたのです。それがこの自分に与えられた、しめいなのだと。

 

 ライラとガランドー。ふたりのきょうだいの物語は、こうして、つぎのじだいのもとへとひきつがれていきました。人々の、心から、心へ。いつまでも、とわに……。

 

 

 そして時間は、今このときへ。

 

 いさましい戦いをつづける、ベルグエルムとフェリアル。そしてかれらのひきいる、白き勇士たち。ですがそれももはや、さいごのきょくめんをむかえていました。

 

 

 「戦えない者が多数となったとき、そのいくさは負けとなる。」

 

 

 そのいくさのルール。もはや白き勢力の者たちがそのルールにあてはまる数にまで戦える者の数をへらしていっているということは、あきらかでした(つまりもっとこまかくいうと、もとの人数の二十ぶんの一の人数にまでせまっているということです。それほどに、かれらの人数はへっていました)。そしてかろうじてそのさいごの人数をたもっていたのが、われらがベルグエルムとフェリアルの、白の騎兵師団の一部隊ばかりだったのです(しきかんのライラを失ったライラ隊の騎士たちは、ベルグエルムとフェリアルの隊にふたつに分かれて加わっていました)。かれらがやぶれれば……、そのときこそ、この戦いはベーカーランドのはいぼくに終わるのです。ベルグエルムもフェリアルも、そのことはもうわかっていました。ですからかれらはなおのこと、力をふりしぼって、そのさいごのふんとうをつづけていたのです。負けるわけにはいかない! その剣のいちげきは、強き心の力によるいちげきでした。戦いつづけ、からだはもうぼろぼろ、ふらふらになっていました。ですがかれらの心の力は、いっこうに、おとろえるということはなかったのです。その剣には、たくさんの仲間たちの思いがこもっていました。アークランドの人々の思いがこもっていました。ここでたおれるわけにはいかないのです。かれらの剣は、この場に残った、このアークランドのさいごのせいぎの剣でした。その剣がおれるとき、このアークランドのせいぎはおれるのです。黒のやみがおとずれるのです。

 

 「きぼうをすてるな! きぼうはつねに、われらとともにある!」

 

 ベルグエルムがせまりくる敵をうちたおしながら、仲間たちへとさけびました。それはこの物語のはじめ、ロビーのほらあなの中で、フェリアルのいった言葉でした。その言葉が今、こんなにも重く仲間たちの心にひびき渡るということなどを、だれがそうぞうしたことでしょうか? 

 

 「仲間を信じるんだ! 戦っているのは、われらだけではない! すべての仲間だ!」

 

 フェリアルが、れっせいになっている仲間たちのもとへと飛びこんで、敵の剣をはじき落としてからさけびました。それはいつも、ベルグエルムがフェリアルにいっている言葉でした。仲間を信じる、その強き思い。それはいつでも、さいだいのピンチのときにおいて、助けをもたらし、こんなんを乗り越えさせてくれる、大いなる力となるのです。フェリアルはその思いをつねに胸に、そのせいぎの剣をふるいつづけてきました。

 

 敵をおしとどめ、さいごの守りをかためる、ベルグエルムとフェリアル。かれら、白の騎兵師団。ですが、戦いのゆくえはときここにきて、だれもがよそうだにしなかった、さいだいの悪夢をむかえることとなったのです……。

 

 

 「な、なんだ……? あれは……?」

 

 

 ふいに、あたりが暗い影につつまれました。もともと暗かったものが、なお暗く。

 

 黒の軍勢……。ワットはきたるべくこのさいごの大いくさにむけて、持てるかぎりの力を集め、あらゆるしゅだんをもちいて、さいだいの軍勢をきずき上げてきました。ワットの兵士たちの中でもせいえいの者たちは、もちろんのこと。あのおそろしい、ディルバグたちに乗った黒騎士たち。遠くのろわれた土地からよびよせた、おそろしいかいぶつの兵士たち。そしてさらには、この世界とはちがう世界、悪魔たちの住む魔界からでさえも、かれらはそのまがまがしき悪の力を、よびよせたのです(そのおそろしい軍勢、魔王ギルハッドと配下の悪魔の兵士たちの軍勢によるきょういは、もはや消し去られました。ガランドーとライラの、ふたりのえいゆうたちの手によって……)。

 

 相手はわずかに、千二百(じっさいには、千五百四十二人のあつかいでした)。しかもそのうちの三ぶんの一ほどは、ふだんは兵士ではない、りんじの兵士たち。ですがワットがようしゃすることなどは、ありませんでした。ワットもベーカーランドと同じく、この戦いにすべてをかけてきたのです。たとえひきょうでひれつであるといわれようとも、ワットにとって、この戦いに勝つことこそがすべてでした。そのためにいかなるしゅだんをもちいることになろうとも、ワットがためらうことなどは、なかったのです。

 

 こうしてワットは、そうぞうをはるかにこえるほどの力をかき集めました。その兵の数、なんと六千。そしてその中からベーカーランドの兵力にあわせ、この戦いにもちいることのできるよりすぐりの兵士たちすべてを、えらび出したのです(残りの兵士たちはよびとして、戦いの場のうしろにひかえています)。しかしそれでもなお、ワットがこれでとどまるということはありませんでした。

 

 どんなことがあっても、どんな手を使ってでも、勝たねばならない。そのために、さいごのとどめとなる、さいだいの力を手にいれたい。そしてワットのその願いは、かなえられたのです。魔王ギルハッドさえも上まわるほどの、さいだいの悪夢として……。

 

  

 「くる……! なにかがくる!」

 

 

 ベーカーランドの白き勇士たち。そのしゅんかん、かれらは身の毛もよだつほどのきょうふを感じ取りました。かみがぴりぴりとさか立ち、はだにぞくぞくとさむけが走りました。剣をにぎるその手に、じっとりとひやあせがにじんできます。馬たちは得体の知れないきょうふにむきあったあまり、なき声を上げ、ぶるぶるとそのからだをよじりつづけました。

 

 風が変わりました。ほそい雨は変わらず、さあさあとふりつづけています。ですがあきらかに、さきほどまでとは空気がちがうのです。この寒空の下でもはっきりとわかる、ねっき。火のもえる、なにかのこげたにおい……。

 

 そのとき、かれらははっきりとそれを目にしました。耳にしました。空のかなたからこちらへとむかって、なにかがやってきたのです! とほうもなく大きな、きょうふそのものが……!

 

 

   ばっさ! ばっさ! ばっさ!

 

 

 空の上からひびき渡る、暗く重々しい巨大な音。それが巨大なつばさのはばたきの音であるということがわかったとき、勇士たちの心はまるで巨大なかぎづめでわしづかみにされてしまったかのように、ぐしゃぐしゃになってしまいました。どんなにゆうかんで、どんなに強い心を持っている者たちでさえも、こんなとほうもないきょうふを前にしては、もうなすすべもありませんでした。

 

 だめだ……。

 

 かなわない……。

 

 剣を持つかれらの手から、しだいに力がぬけていきました。かれらの頭をしはいしているものは、もうぜつぼう、それいがいになにもありませんでした。

 

 

 「う、うわあああーっ!」

 

 

 空の上からふってくる、巨大なほのおのかたまり! それはようしゃなく、白き勇士たちの中へと吹きつけられました! 逃げまどうたくさんの仲間たち。馬はひどいやけどを負い、地面にたおれました。よろいはこげ、たてはもえ、剣はしゃくねつのほのおを受けて、あつい鉄のかたまりとなって地面に落ちました。

 

 それはベーカーランドのそのさいごのきぼうをもうちくだくための、ワットのおそろしい、さいごの切りふだだったのです。

 

 「とどまるな! さんかいしろ!」

 

 とっさに、ベルグエルムがみなにさけびました。もはやベルグエルムでさえも、この相手に勝つためのしゅだんはなにも思いつきませんでした。ただただ仲間のぎせいをすくなくするために、ばらばらになって逃げることしか、できそうもないとさとったのです。

 

 「うしろへまわれ! ようどうじんけい! ねらいをつけさせるな!」

 

 フェリアルがさけびました。ですがフェリアルもまた、ベルグエルムと同じでした。もはや、なすすべもない……。フェリアルの頭の中は、そんな思いでみたされていました。せめてこれ以上、仲間たちがきずつくことだけは、さけなくては……。

 

 

 かれらの前にあらわれたもの。

 

 それは、りゅうだったのです。

 

 

 りゅう(英語ではドラゴン)。みなさんもよく知っていることと思います(りゅうについてはこれまでのお話の中でも、たびたびその名がとうじょうしてきました。ロビーたち旅の仲間たちが、カルモトのことをさがして、西の街道の山道を進んでいったときなどです)。それはたくさんの物語の中にあらわれ、たくさんの人々のことをふるえ上がらせてきた、おそろしいかいぶつでした。巨大なつばさとしっぽを持ち、その口からおそろしいほのおを吹きつける、さいだいにしてさいあくのかいぶつ……。そのりゅうが今、さいごのきぼうにすがるベーカーランドの白き勇士たちの前に、立ちはだかったのです(場合によっては、よいりゅうというものも、お話の中にはとうじょうすることもあります。たとえば、シープロンドのウォーター・エレメンタルドラゴン。げんみつにいうとかれらは精霊であって、ほんもののりゅうというわけではありませんでしたが、それでもかれらは、よいりゅうということになるでしょう。ですがみなさんには、はっきりとお伝えしておかなければなりません。今ここでとうじょうしたりゅうは、りゅうの中でもとびきりにおそろしくて、とびきりに悪いやつだったのです。ざんねんなかぎりです)。しかも悪いことに、そのりゅうはりゅうの中でも、いちばんの大きさでした(子どものりゅうなら、まだ馬くらいの大きさです。しかし、としをへて力をましたりゅうともなれば、その大きさはまるで小山そのものといったくらいの大きさになりました)。

 

 ワットの手にいれた、さいだいにして、さい強の切りふだ。それこそが、この「もも色りゅう」でした。おそろしい力を持った赤りゅうと白りゅうを、親に持つりゅう。その両方のおそろしさを、かねそなえたりゅう。それが、このもも色りゅうだったのです(もも色のりゅうなんて、見た目はちょっとかわいい気もしますが、その中身を知れば、とてもそんなことをいってはいられないでしょう)。

 

 ワットはいったいどのようにして、このりゅうを手にいれ、そして手なずけたのでしょうか? ふつうりゅうという生きものは気しょうが荒く、とても手がつけられるようなしろものではないのです。ましてやそれを手なずけて味方にするなんてことは、いくらワットといえども、ひとすじなわではいかないはずでした。

 

 しかしそれをかのうにするものが、ワットにはあったのです。

 

 

 大魔法使い、アーザスのそんざいでした。

 

 

 そう、このりゅうはアーザスによって、ワットにおくられたものだったのです! そしてこのりゅうの力こそが……、ベーカーランドにやってきた使者が口にした、「アーザスがこのさいごの戦いにおいてもちいてくるという、そのいちばんのまがまがしきやみの力」、そのものでした。光の力にすがる、白き勇士たち、きぼうのたみたちの、そのさいごのきぼうをもうちくだくための……。

 

 そして、とほうもなく大きな力をおびた、りゅうのそんざい。それこそが、アーザスが怒りの山脈にとどまっている、そのいちばんのりゆうだったのです。

 

 

 怒りの山脈。かつてノランにみちびかれた四人の若き王子たちが、そこに分けいり、アークランドを荒らす赤りゅうをたいじしました。しかしそのときのかれらには、知るよしもなかったのです。赤りゅうスラインドガルが、みずからのしそんを残していたということを……。そうです、その赤りゅうのしそんこそが、今目の前にあらわれた、このもも色りゅうでした!

 

 もも色りゅうは怒りの山脈のそのかくされたどうくつの中で、静かにときを待っていました。いつの日かじゅうぶんに力をたくわえ、親である赤りゅうを殺された、胸にもえ立つ大いなるふくしゅうのことを果たす、そのときを。

 

 しかし赤りゅうをたいじした四人の中には、ワットのアルファズレドもふくまれているはずです。それならなぜもも色りゅうは、ワットに味方しているのでしょうか?

 

 それもすべて、よこしまなる魔法使い、アーザスのさくりゃくでした。

 

 アーザスはいいました。「きみのお父さんのことをほろぼしたのは、ベーカーランドのアルマークというやつだよ。かれは、悪いやつでね。悪い魔法を使って、きみのお父さんの力をうばい取り、動けなくしてしまったんだ。それから、助けをこうきみのお父さんのことを、ひきょうにも、剣でつらぬいたんだよ。こんなに悪いやつを、きみは、このままにしておけるかい?」

 

 たしかに赤りゅうにさいごのいちげきを加えてたおしたのは、アルマークでした(それはたんなる、ぐうぜんでしたが)。しかしアーザスのいったことは、まったくのでたらめです。もも色りゅうにベーカーランドへのふくしゅうをさせようとするための、さくりゃくでした。

 

 ほんとうならば、こんなうそにりゅうがだまされるなんてことは、まずありません。りゅうというのはとても頭のいい生きもので、相手が自分をだまそうとしていることなんて、かんたんに見破ってしまうのです。しかしこんかいは、相手がちがいました。あのアーザスなのですから。

 

 アーザスは自分の言葉の中に、たくみに、たぶらかしのじゅつの力をおりまぜていました。相手の感じょうを高め、怒りにかられてわれも忘れてしまうように、しむけたのです。父である赤りゅうを殺されたもも色りゅうは、アーザスのそのじゅつに、まんまとひっかかってしまいました。ふくしゅうの心がめらめらともえ、そしてその怒りは、アルマーク王のいるベーカーランドへとむけられたのです。

 

 こうしてもも色りゅうは、悪の魔法使いアーザスのもとで、ふくしゅうのときを待つこととなりました。そのふくしゅうのときこそが、まさしく今、このベーカーランドとのさいごの戦いのときだったのです(「まだ、こないのかなー? おそいよねー。」「手がかかるのよ。あれだけの相手ですもの。」この章のはじめ、べゼロインとりでの上で、魔女のエカリンとネルヴァが話していた言葉です。あれはまさしく、このりゅうのことをいっていました)。

 

 ドルーヴ。この名まえをみなさんはいぜん、きいたことがあるはずです。第十六章のはじめ、アーザスが花のテラスの中で、ムンドベルクと話しをしていたときのことです。ムンドベルクはいいました。「もはやこれ以上、ドルーヴのやつめを、おさえつけておくことはできません……」そう、そのなぞの名まえ、ドルーヴのしょうたいこそが、このもも色りゅうだったのです! アーザスはこのりゅうを手もとにおくため、そしてみずからも赤りゅうの残したおそろしいほどの怒りのエネルギーをりようするために、りゅうのすみかである怒りの山脈に自分の城をきずき上げました(どんな力でもりようするアーザスにとってこの怒りのエネルギーはとてもみりょく的なものでしたから、その点からいっても、つごうがよかったのです。そして……、ムンドベルクのいう通り、もはやアーザスほどの大魔法使いであっても、そのおそろしいほどの怒りのエネルギーをたくわえたもも色りゅうのことを、おさえつけておくことはできなくなっていました。そのためアーザスは、いっこくも早くこのりゅうの力をさいごの戦いにもちいるために、リュインをふいうちでおそわせたのです。こうしてついに、そのよこしまなるけいかくはじっこうにうつされました。

 

 ところで……、このもも色りゅうドルーヴはさいごのけっせんへとむけてワットにおくられましたが、そのときりゅうは、セイレン河の上流のはるかな上空を飛んでいきました。それはまさに、ロビーたち旅の者たちが、セイレン大橋の下のカピバラ老人の小屋で一夜を明かしていたときのことだったのです。第四章のいちばんさいご、眠りにつくロビーの横で、ロビーの剣が青く光り出したことがありました。あの光こそ、このもも色りゅうのとてつもないほどの悪意に反応して光った、その光だったのです! 遠くはなれていても、なお、その悪意に剣が反応する。このりゅうのおそろしさは、ほんとうにはかりしれないものでした。)

 

 

 さいごの戦いをつづける、白き勇士たち。その勇士たちにむかって、りゅうはようしゃなく、その怒りのほのおの息を吹きつけていきました。ちりぢりになって逃げまどう、われらが勇士たち。もはやかれらの守りは、かんぜんにくずれ去ってしまっていました。じんをくむ、それどころではもうありませんでした。ただただ、このおそろしいもも色りゅうのその悪夢のようなこうげきから身をかわすことだけで、せいいっぱいになっていたのです。たとえベルグエルムでも、フェリアルでも。

 

 あと数十。それだけの兵がたおれれば、このいくさはベーカーランドの負けです。このアークランドの運命をきめるさいだいの大いくさは、まもなくけっちゃくのときをむかえようとしていました。ベーカーランドの、しんのはいぼくというかたちによって……。

 

 ときはまもなく、子ぎつねのこくげん、午後の一時ころになろうとしていました。戦いのかいしから、およそ一時間。ただそのわずか一時間のあいだに、このアークランドの運命がきまってしまおうとしていたのです。こんなにおそろしい一時間が、いまだかつてあったでしょうか? こんなにおそろしい悪夢が、いまだかつてあったでしょうか? 目の前につきつけられているのは、ぜつぼうと、きょうふ。そのぜつぼうときょうふは、たおれてゆく仲間たちと、そしてもも色のかいぶつというさいあくのかたちによって、かれらの前にあらわれていました。

 

 

 「りゅうの背に、だれかがいるぞ!」

 

 

 りゅうの飛びかうその下を、馬でかいくぐり、かけつづけながら、だれかがさけびました。そしてよく見てみれば、その通り、このもも色りゅうのつばさの、つけねのあたり。そこにひとつの、まっ黒な人影が見えたのです。その人物は全身まっ黒なよろいに身をかためていて、同じくまっ黒なかみを風になびかせていました(かぶとはかぶっておりません)。身長六フィートはあろうかという、大きなからだ。そしてえものをねらうたかのように、するどいまなざし。首もとになにかきらりと、黒い光が光ったように見えました。

 

 その人物はりゅうの首につけられた、たづなをにぎっていました。そう、さながら馬にまたがる騎士のように、この人物はこのもも色りゅうに乗っていたのです。

 

 りゅうが、地面のすぐ近くにまでせまってきます! そしてそのまま、ひとりの騎士の乗る騎馬にむかって!

 

 「うわあああ!」

 

 りゅうの、おそろしいきばのならんだ巨大な口。その口がその騎士を、馬もろともとらえました! くつうにあえぐ、白き勇士。そしてりゅうはその勇士を馬といっしょに、近くの地面の上に、べっ、とはき出したのです。地面にたたきつけられる、われらが仲間。またひとり、ベーカーランドの白き勇士が戦いの場から失われました……。

 

 「アルファズレドだ!」

 

 りゅうのしゅうげきをすんでのところでかわした、騎士のひとりがさけびました。りゅうの口にとらえられるその仲間の横で、かれはりゅうのつばさの起こすとっぷうに流されながらも、それを見たのです。そう、りゅうの背に乗っていたのは、ワットの黒の王。かつてアルマーク王たちとともに赤りゅうたいじの旅へと出かけた、あのアルファズレド・セルギアティス・ルーイエ、その人でした。

 

 白き勇士たちのあいだに、しょうげきが走りました。今まで、ワットとの数多くのいくさをこなしてきた、かれら。ですがいちどだって、アルファズレドほんにんがいくさの場にみずからあらわれたことなどは、なかったのです。

 

 この戦いにかける、アルファズレドの思い。それはたんなるくにとくにとの戦いというだけでは、ありませんでした。アルファズレドにとって、いくさそのものは、たいしたもくてきではなかったのです。アルファズレドの、そのしんのもくてき。それはただひとつ、長年に渡るアルマークとのいんねんの、さいごのけっちゃくをつけることでした。

 

 かつて、肩をならべて数々のこんなんを乗り越え、ともに戦ってきた、ふたりのえいゆうたち。ときにはげましあい、ときにささえあいながら、かれらはいつも同じ道を歩みつづけてきました。よき友として、よきライバルとして。

 

 

 アルファズレドが、赤りゅうの持つ黒のメダルのことを手にいれるまでは……。

 

  

 黒のメダルはアルファズレドがほんらい持っていた人としてのがんぼうを、目ざめさせたのです。それまでにもアルファズレドの心の中には、しはいへの願いというものがそんざいしていました。くるしい旅の中で、たくさんのくるしむ人たちのことを見てきたことによって生まれた、しはいへの願い……。自分にもっと力があれば、かれらをみちびき、まとめ上げ、助けることができるのだ。アルファズレドのその思いは、アルマークによってなんどとなくおしとどめられてきました。そんなものは、まちがった考えだ。人々のことを助けるのに、力など必要ではないと。しかしアルファズレドのその思いは、かくじつに、かれの心の中を大きくしめていったのです。そこにあらわれた、りゅうの力のメダル。アルファズレドのまよいは、それを手にしたときに消えました。

 

 もはや、ためらうことなし。今こそ、みずからのつとめを果たすとき。

 

 アルファズレドはその思いを胸に、力のかぎりをつくしてきました。すべては、このアークランドをすくうため。人々の心を、くるしみからとき放つために……。それが、アルファズレドのせいぎだったのです。

 

 そしてついに、アルファズレドはさいごの戦いの場へと進んでいきました。それはアルマークとの、さいごのけっせん。さけることのできない、運命の戦いでした。

 

 「アルマーク……」

 

 おそろしいもも色りゅうの背に乗って、アルファズレドは静かにいいました。

 

 「おれとお前の、どちらが正しかったのか? さいごのけっちゃくのときだ……」

 

 アルファズレドを乗せたりゅうは、そしてふたたび、空高くまい上がっていきました。

 

 

 

 「もどってきたぞ。」

 

 木々のあいだに身をひそめる、大きなからだ。そのからだのあいだから、今美しい白のマントに身をつつんだなん人かの者たちがあらわれて、もどってきたその人物のことをむかえいれました。

 

 「どうだった?」その中のひとり、りっぱな衣服に身をつつみ、その下に美しい銀のくさりかたびらを着こんだたくましい青年が、もどってきた小がらなからだの少年にいいました。

 

 「とりでの中は、ほとんどからっぽだよ。みんな、戦いの場に出はらっているみたい。残っているのは、見張りと、それに……」小がらなからだの少年が、そこで言葉をにごします。

 

 「どうした?」りっぱな身なりの青年が、たずねました。

 

 「とりでの上に、なにかいるみたい。よく見えなかったけど、なにか、ふしぎな力がはたらいているのがわかった。魔法かもしれない。」

 

 少年の言葉に、その場にいる者みんなが顔を見あわせて、考えこみました。

 

 「魔法、か。」

 

 そのとき、かれらのうしろに立っているその大きなからだのなにかの中から、ひとりの人物があらわれて、かれらにいったのです。

 

 「そいつはおそらく、ワットの魔女どもだな。」

 

 もじゃもじゃのおひげ、岩のようにがんこそうな顔立ち、ずんぐりとしたからだ。もういうまでもありませんね。そう、この人物は、岩のけんじゃリブレスト。そして話しをしていたのは、われらが白き仲間たち。ウルファの騎士ハミールとキエリフ、そしてレイミールをふくむ、リュインの白き勇士たちでした(そしてもちろん、大きなからだというのは、かれらの乗る岩のロボットたちでした)。

 

 岩のロボットたちに乗ったかれらリブレストべつどう隊は、ついにここ、べゼロインとりでのその前までやってきたのです。そして今、その小さなからだをいかしてレイミールが、とりでのようすをさぐりにいってきたところでした(レイミールはこういうことがとくいだったのです。かくれんぼでは、だれにも見つかったことはありませんでした)。

 

 「あの悪名高き、三姉妹!」ハミールが思わずさけびます(となりのキエリフに「しーっ!」としかられてしまいましたが。ここは敵地の目の前でしたから。なんだかいぜんにも、同じようなことがあった気がしますが……)。「われらはなんど、あいつらにくるしめられてきたことか。」

 

 「べゼロインのかんらくにも、やつらがからんでいるにちがいありません。」キエリフが、リブレストにいいました(かれらはこのとき、まだべゼロインが落ちたそのくわしいいきさつのことまでは知りませんでした。それはシープロンドにとどいた手紙にも、あえて書かれていなかったのです。シープロンドの人たちの感じょうをよけいにしげきするべきではないという、心づかいからのことでした。そしてその心づかいが今、われらが仲間たちには、助けとなっていたのです。おそろしい魔女たちのさくりゃくによって、仲間のウルファたちが悪魔のような作戦にりようされたということを知れば、かれらはこのとき、われも忘れて、とりでの上にいる魔女たちのもとへとむかっていってしまったことでしょう……)。

 

 「おそらく、そうだろうな。」リブレストがそのもじゃもじゃのおひげを手でいじりながら、むずかしい顔をしてこたえます。「だが……」

 

 「やつらの悪行も、これまで。」リブレストのかわりに、キエリフがいいました。「われらの力、ぞんぶんに見せつけてくれましょう。」

 

 そしてそのキエリフの言葉に、リブレストもハミールも仲間たちも、みんなにやりと笑みを浮かべ、そのこぶしを胸にあてて、ここにさいごのちかいを立てることとなったのです。

 

 「いざ、まいらん! べゼロインをわれらの手に!」

 

 「おおーっ!」(もちろん小さな声でさけびました。)

 

 

 

 「おまえたち! いよいよ、さいごの大いちばんだぞい!」

 

 リブレストの声が、岩のロボットたちの中にひびき渡りました。

 

 「作戦名、ビッグワンズ! みな、ぬかりないな?」

 

 リブレストの声にこたえて、みんなは岩のロボットたちの手をぎゅいいんと上げて、こたえます(ビッグワンズ? いったいどういう作戦なのでしょう?)。

 

 「では、いくぞ! もくひょう、べゼロイン上部! 魔女どものいる見晴らし台じゃい!」

 

 ついに、岩のロボットたちがしゅつげきしました! かれらのさいしゅうもくてき地、べゼロイン。ワットのきゅうていまじゅつしたる三人の強力な魔女たち、そのおそろしい敵たちのもとにむかって。

 

 しかし……。

 

 

 あ、あれ? ちょっと待ってください。

 

 ロボットの数が……、いち、にい、さん……。

 

 全部で五体しかいないじゃありませんか! 

 

 

 さきほど木々の影で話しをしていたときには、ちゃんと十七体のロボットたちがせいぞろいしておりましたのに。ですが今、しゅつげきしていったロボットたちの数は、どう見ても五体しかいなかったのです。

 

 「かれらに、すべてをまかせよう。」今ひとりの兵士がロボットの頭の上から顔を出して、去っていくロボットたちに乗りこんだ仲間たちのことを、見送っていました。「われらの思いを、果たしてくれよ。」

 

 これはどういうことなのでしょう? べゼロインへとしゅつげきしていったのは、たった五体のロボットたちのみ。そして残りの十二体のロボットたちは、中にいる兵士たちとともに、そのままこの場に残っていたのです!

 

 べゼロインのだっかんは、かれらの大きなもくひょうであったはず。それにはやはり、そのための大きな戦力となるこのロボットたちは、十七体すべてをもちいるべきでした。にもかかわらず、今そのロボットたちのうちのほとんどが、この場に残っていたのです。しかもさらに、おどろくべきことが。

 

 たった五体でしゅつげきしていった岩のロボットたちでしたが、そこに乗っていたのは、ロボット一体につき、なんと一名! つまり全部でたった五人の者たちだけが、べゼロインへとむかってしゅつげきしていったということでした!

 

 さあさあ、これはいったいどういうことなのか? リブレストさんは、いったいなにをたくらんでいるのでしょうか? そして作戦名、ビッグワンズ。そのなぞの作戦のしょうたいとは?

 

 すべてはこのあと、あきらかになるのです。

 

 

 

 「なにかしら……」

 

 べゼロインとりでの、その見晴らし台の上。お茶会のテーブルの席で、今長女のネルヴァが、ふいに口をひらきました。

 

 「あぐ、あぐ。らーにー? れるば?」エカリンが口の中をはるまきでいっぱいにしながら、たずねます(これはもちろん、アルーナとくせいのはるまきでした。ちなみに、「なーにー? ネルヴァ?」といいましたが)。

 

 「なにか、胸さわぎがするわ。いやな感じ……」ネルヴァがその顔つきを、きっ、と正して、あたりのようすに気をくばりはじめました。

 

 「えー? べつにー、なんにも感じないけどー?」エカリンはそういって、つぎのはるまきにまた、ばくり(よく食べますね……)。

 

 「ちょっと、あなた。」ネルヴァが、見張りに立っている兵士のひとりのことをよばわります。「戦いのようすは、どうなっていて? なにか、動きがあったのかしら?」

 

 いわれて、兵士はあわててしせいを正すと、かしこまっていいました。

 

 「はっ! もはやわが方のしょうりは、かくじつなものとなっております。さきほど、アルファズレドへいか、おんみずからが、ドルーヴに乗って戦地へむかわれましたとのこと。ベーカーランドの息の根は、これでかんぜんに、とまるものと思われます。」

 

 「なんだー、もう、ドルーヴちゃん、いっちゃったんだー。」兵士の言葉をきいて、エカリンがざんねんそうにいいました。「その前にわたしが、がんばってねー、って、頭なでなでしてあげよーと思ったのにー。」(そういってまた、はるまきにばくり。よく食べますね……。

 ちなみに、このべゼロインとりでから戦いの地までは、きょりは近いのですが、このあたりはまわりを高い岩山にかこまれているうえに、道がまがっていたため、ここからちょくせつ戦いの地をかくにんすることはできなかったのです。もも色りゅうドルーヴのすがたなら、戦いの地にむかう前にはるかな岩山の上に見ることもできたでしょうが、魔女たちはお茶会の方に気を取られておりましたので、エカリンもりゅうのすがたをかくにんすることができませんでした。はるまきを食べるのにいそがしかったですから……)

 

 「気のせいかしらね……」ネルヴァがふっとけいかいをといて、つづけます(魔女のけいかいというのはおそろしいもので、どんなにたくみに近づこうとしても、けいかいしている魔女にはすぐにさとられてしまうのです。まるですべてのほうこうに、目がついているかのように)。

 

 「もうじきわたしたちも、ここをひき上げることになるわ。その前に、わたしもなにか、食べようかしら。あら、おいしそうね、アルーナ。」

 

 ネルヴァのそのしせんのさきから、今両手にひとつずつ大きなお皿を持ったアルーナが、こちらへとやってくるところでした。そして、そのお皿に山もりにもりつけられていたのは……。

 

 「……お待たせです……! アルーナとくせい、チャーシューはるまきです……!」

 

 ま、またはるまき……。

 

 「……アルーナのさいしんさく、ふわふわチーズはるまきもあるです……!」(たしかにおいしそうですけど……)

 

 「またはるまきーっ? もう、あきちゃったよー。」エカリンが思わず、ぶーぶーいいました。(さっきからもうエカリンは、はるまきを三十本以上も食べていましたから)。

 

 それをきいたアルーナは、お皿をエカリンの前において、ごちん! げんこつをひとつ。

 

 「……食べる子は、育つです……! 育ちざかりの子は、食べるです……!」

 

 「いったーっ! それをいうなら、寝る子は育つでしょー!」エカリンが頭をおさえて、もんくをいいます。

 

 「おあがりなさい、エカリン。」ネルヴァが、あつあつのはるまきに、ぱくり、かぶりついていいました。「アルーナちゃんのはるまきは、えいようまんてんなのよ。」

 

 「わかったわよー、もうー!」

 

 エカリンはそういって、しぶしぶ、またはるまきの山に取りかかりました(もんくをいいながらも、エカリンはいちどに二本ずつも、ばくついて食べましたが……。

 ところで、アルーナのこのはるまきには、ほんとうに魔法のえいようがまんてんにつまっていました。魔女にとって、それはいちばんのえいようだったのです。これを食べればどんな魔法を使っても、つかれることがありませんでした。でもはるまきばっかりじゃ……。せめて、ほかにもあったらよかったのに……)。

 

 

 そのときのこと。

 

 かのじょたちの耳に、とんでもないほどの大声がとどいてきたのです。

 

 

 「たのもーう! 岩のけんじゃリブレスト、まかりとおる!」

 

 

 とりでのかべがびりびりゆれるほどの、大声!(じっさいテーブルの上に乗っていたカップやお皿が、かたかたゆれて四インチもはしにずれたほどです。はるまきが落っこちなくてよかった。)

 

 「な、なになにー!」エカリンが思わず、「ひええーっ。」と飛び上がっていいました(まわりの兵士さんたちもみんな思わずしりもちをついて、びっくりぎょうてんです)。

 

 魔女たちが、とりでのかべに近づいてみると……。

 

 とりでの前に、巨大な岩のロボットたちが五体、横いちれつにぴしっ! とせいれつして、ならんでいました! そしてそのまん中の一体、そのロボットの頭の上から今、もじゃもじゃおひげの老人、岩のけんじゃリブレストが、こちらをじろり! にらみをきかせながら見上げていたのです。

 

 「あれは……!」ネルヴァの顔が、おどろきの表じょうにつつまれました。

 

 「岩のけんじゃ……。ほんとうに、かれがやってきたの……?」

 

 ネルヴァはもちろん、リブレストのことはよく知っていました。山おくの岩のどうくつにこもっていて、めったなことでは人前にそのすがたをあらわすこともない、伝説的なまでのすごうでのけんじゃ。まさかほんとうに、そのリブレストがやってくるなんて。

 

 「な、なによあれー!」立ちならぶ五体の岩のロボットたちのことを前にして、エカリンがさけびました。「ぜんぜんかわいくなーい!」(そ、そっちですか……)

 

 ついに顔をあわせることとなった、リブレストと魔女たち。いっぽうは、このアークランドで三本のゆびにはいるほどの、けんじゃ(ノランをいれれば四本ですが)。いっぽうは、悪名高き悪のちえにたけた、三人の魔女たち……。このおたがいがぶつかりあったとしたら、それこそれきしに残るくらいの大げきとつになるだろうことは、だれの目にもあきらかなことでした。

 

 「おまえさんが、ネルヴァ・ミスナディアだな。」リブレストが、ネルヴァのことを見すえていい放ちます。「悪名は、ききおよんでおるぞ。ずいぶんと、はでにあばれてくれておるらしいのう。」

 

 リブレストの言葉に、はじめは顔をくもらせていたネルヴァでしたが、しだいにもとのよゆうを持ったほほ笑みの表じょうを浮かべて、いいました。

 

 「おほめにあずかり、こうえいですわ、けんじゃさま。けんじゃさまこそ、なんのごようじかしら? わたしは、ごしょうたいしたおぼえはありませんけど?」

 

 ネルヴァとくいの、ひにくたっぷりの言葉(となりではエカリンが「そうよそうよ!」と手をふり上げ、そのとなりではアルーナが首をこくこくうなずきつづけていました)。

 

 「おまえさんに用がなくても、こっちにはあっての。」リブレストが口もとをゆるませながら、つづけます。「ずいぶんと、おまえさんたちにうらみを持っている者たちがいてな。わしはそいつらに、力を貸してやらねばならん。いってる意味はわかるだろう?」

 

 その言葉に、ネルヴァは「ふふ。」と笑ってこたえました。

 

 「らんぼうなしゅだんに出ようってわけね。でも、いいのかしら? けんじゃさまがそんなことをなされて。わたしたちは、おたがいに、力を持つ者。それなりのかくごは必要になるわよ。」

 

 それをきいて、となりのエカリンもぷんぷん怒って口を出します。

 

 「そうよ! わたしたちがほんきになったら、あんたなんて、かるーくぶっ飛ばしちゃうんだから!」

 

 「……口が悪いです……! 相手はけんじゃさまです……!」アルーナがそういって、ごちん! げんこつをひとつ(「いだっ!」と頭をかかえるエカリン)。

 

 「けんじゃさま。悪いですけど、うちのいもうとのいう通りよ。いくらけんじゃリブレストでも、げんえきの魔女三人の力に、かなうのかしら?」ネルヴァはそういって、その右手を目の高さにかざしてみせました。その手はとたんに、ぶきみな青白いほのおにつつまれます。おそろしいほどの力がそこにやどっているのだということは、すぐにわかりました。

 

 「そうよそうよ! ネルヴァ怒らせたら、こっわいよー! あんたなんて、ばらばらに吹き飛ばしちゃうんだから!」エカリンが「んべっ!」と舌を出して、口を出します。

 

 「……口が悪いです……! にどもいわせるなです……!」アルーナがそういって、ごちん! げんこつをひとつ(「いだっ!」と頭をかかえるエカリン。なん回目でしょうか……?)。

 

 さて、いぜんにもお伝えしました通り、いくさではまじゅつしのことをこうげきしたり、まじゅつしどうしで戦ったりすることはきんじられています。しかしそれはあくまでも、「いくさ」でのルール。こんかいのように、いくさいがいの戦いの場面であれば、かれらのことをこうげきしたり、まじゅつしどうしがおたがいに戦ったりしてもいいのです(ですがこれもすでにお伝えしておりますように、たとえいくさのあつかいではないとはいえ、それがとりででおこなわれる戦いの場合では、やはりいくつかの取りきめがあるのです。その中のひとつが、「とりでを守るがわのまじゅつしであれば、こうげきの魔法を使って相手をしりぞけてもかまわない」というものでした(ふりかかる火の粉ははらわねばという、あのルールです)。ですから今、ワットの魔女の三姉妹たちは、リブレストたちのことを魔法で追いはらってもいいわけです。いっぽうリブレストの方は、(「工作物」ではこうげきできるものの)やはり取りきめとして、魔法でこうげきすることはできませんでした。

 

 それならばと、読者のみなさんの中には、このように考えた方もいるかもしれません。この戦いをいくさということにしてしまえば、魔女たちもいくさのルールにしたがって、魔法でこうげきすることはできなくなるんじゃないの? そうすれば、あとは残りの兵士さんたちをやっつければ、こっちの勝ちになるじゃんかって。たしかにその通り。ですけどそれは、いくさあつかいにすることができればの話。いくさとはそのくににしょぞくする正式なけんりを持った使者が、そのいくさをおこなってもいいという国王のサインのなされた正式なしょるいをしめさなければ、せんげんすることはできないのです。ですからやみくもに「これはいくさだ!」とさけんだとしても、それはいくさとしてみとめられませんでした。いくさとは、あくまでもくにとくにとでおこなわれる、とくべつなもの。だれもがむやみやたらにいくさがおこなえるようでは、こまるのです。そんなことをしたら、あちこちで、戦いがはじまってしまいかねませんもの! 

 

 さらにそもそも今は、そのいくさ自体をおこなうことができなかったのです。「同じ相手国とのいくさを、同時にふくすうの場所でおこなうことはできない」。それがそのりゆうでした。つまりげんざいベーカーランドとワットは、エリル・シャンディーンでのさいごの大いくさのまっさいちゅうなのです。ですからこのとりででの戦いをいくさとしてあつかうことは、はじめからできませんでした(また、「いくさはさいていでもどちらかいっぽうのじっさいの兵力が四十人以上でなければ、はじめることができない」というルールもありました。ですからこんなにすくない人数では、やっぱりいくさは、はじめることができなかったのです。べゼロインとりでにいるワットの兵士たちは、四十人もいませんでしたから))。

 

 しかし、おそろしい魔法の力を持った三人の魔女たちが相手。そんなことは、リブレストは百もしょうちのうえでした。そしてそのことをよく知っていたからこそ、リブレストはたった五体のロボットたちで、たった五人の人数で、ここまでやってきたのです。

 

 

 さあ、それではいよいよ、リブレストのそのなぞの作戦がじっこうにうつされるときでした。

 

 

 「なあに、わしもこれでなかなか、悪ぢえがはたらく方でのお。」リブレストが、にやりと笑っていいました。「まっこうから立ちむかうことだけが戦いではないと、よく心得ておるのだよ。」

 

 「わしのもくてきは、このとりでを取りもどし、おまえさんたちにはすみやかに出ていってもらうことだ。それができれば、なにもおまえさんたちと、ほんきでやりあおうとは思わんでな。」

 

 リブレストの言葉の意味とは? そしてそのとき、リブレストは四人の仲間たちにむかって、さけんだのです。

 

 

 「いくぞ! きゅうきょくがったい!」

 

 

 きゅ、きゅうきょくがったい? そしてリブレストが、そうさけぶのと同時に!

 

  

   ぎゅいいいん! がしん! がし、がしーん!

 

 

 五体のロボットたちがまたそのすがたをへんけいさせていき……、おたがいのからだをそれぞれひとつの場所へと、よせ集めていきました! こ、これは、もしや!

 

 

 がしん! 一体のロボットが、巨大な右足になりました!

 

 がしん! もう一体のロボットが、巨大な左足になりました!

 

 がしん! つづくロボットが、巨大な右手(巨大な岩の剣つき)になりました!

 

 がしん! さいごのロボットが、巨大な左手(巨大な岩のたてつき)になりました!

 

 それらがみんな、リブレストの乗るほんたいにくみあわさって……。

 

 

   がっしーん!

 

 

 とんでもなく大きな、一体の岩のロボットがかんせいしたのです!

 

 これぞきゅうきょく! 五身がったい!(すてきすぎるー!)

 

 

 今や、とりでの見晴らし台にまでその頭がとどくかというくらいの巨大なロボットが、魔女たちの前に立ちふさがりました! もちろん、さすがの魔女たちでさえも、びっくりぎょうてんしたのはいうまでもありません。

 

 「な、なによそれー! そんなのありー!」エカリンが思わず、「ひええ……!」とアルーナのうしろにかくれながら、そういいます(ちょうどロボットの目が、エカリンのことをじろりとにらむ場所にありましたから)。

 

 これこそリブレストとレイミールがいぜん話していた、「このロボットのほんとうの力」でした。レイミールが楽しみにしていたのも、わかりますよね。レイミールはロボット大好き、男の子。しかもこんな巨大なロボットを自分でそうじゅうできるなんて、まさに夢のようなことでしたから(そしてがったいしたことによって、このロボットはいぜんよりもはるかにました力とのうりょくを、はっきすることができるようになりました。リブレストはもともと、ここいちばんというさいごのときにあたって、このきゅうきょくロボの力を使おうと考えていたのです(シープロンドの戦いの場面では、まっさきにとらわれの者たちのもとへとかけつけていったため、がったいしているひまもありませんでした。そして戦いのじょうきょうを見きわめたうえからでも、がったいするまでもないと、リブレストははんだんしたのです。戦いの兵力にかんしては、強力なえん軍が、すでにとうじょうしているようでしたから。

 

 そしてリュインのとりでをせめるさいにあたっては、やはりがったいするまでもないとわかっていました。いくさの場から遠くはなれたとりでにワットの強力な者たちがいるとも、思っていませんでしたから(もしいたら、がったいしていたかもしれませんが)。

 

 それから、さいごに残るべゼロイン。このとりでを取りもどすことは、かれらのさいごの大しごとといえました。ですからリブレストは、レイミールにだいぶせがまれてのことでもありましたが、べゼロインとりでにせめこむときにあたっては、はじめから、このきゅうきょくロボの力を使ってやろうと考えていたのです(そして今、とりでにワットの魔女たちがいるということがわかったことで、リブレストのそのけっしんはさらにかたまっていたというわけでした。このきゅうきょくロボットの力で、魔女たちをやっつけてやろうというのです!))。

 

 ちなみに、レイミールはしっかりと、このロボットのそうじゅう席にすわっていました。そしてがったいしたため、そのそうじゅう席の場所はいぜんとはちがって、腰のあたりにふたりのパイロットたち、胸の部分に三人のパイロットたちがすわるようになっていたのです。胸のそうじゅう席のまん中にリブレスト、むかって右にレイミール、左にハミール、腰のそうじゅう席の右にキエリフ、左にはリュインの兵士のひとり、若きバーン・ルーフォニックがすわっていました。はつとうじょうバーンは、からだは小がらでしたが、はんしゃしんけいにとてもすぐれていて、このロボットのそうじゅうにはうってつけだったのです。とつぜんリブレストに名まえをよばれてパイロットににんめいされましたので、ちょっとびっくりしてしまいましたが。そしてもちろん、われらがウルファの仲間たちのうでまえにかんしては、いうまでもありません)。

 

 「こっちの兵は、この一体のみじゃい!」ロボットの口から、リブレストの声がひびきました(そうじゅう者の声が口から出るようになっていたのです)。「おまえさんたちが、おとなしくこうさんしないのなら、しょうがないの。この岩の兵士の力で、おまえさんたちを追っぱらわにゃならん。」

 

 「そんなこと、できると思ってるのー!」エカリンがアルーナの影から、こぶしをつき上げていいました。「いったでしょー! あんたなんかじゃ、わたしたちには勝てないんだから!」(そのわりには、アルーナの影にかくれちゃってるみたいですが……)

 

 「下がってなさい、エカリン、アルーナ。」ネルヴァが前に進み出ます。「ちょっと、おいたがすぎるようね。」

 

 そういうネルヴァの顔を見てみますと……、ぞくぞくぞくっ! なんともおそろしい、魔女の顔! どうやらリブレストは、ネルヴァのことをほんきで怒らせてしまったようです。ど、どうするんですか? リブレストさん! わたしは知らないですよ!

 

 「じごくのけいやくのもとより……、とき放て!」ネルヴァがひと声ささやいた、つぎのしゅんかん!

 

 

   ぶごごごおおおお! どごごごおお~ん!

 

 

 山のように巨大な青白いほのおのかたまりが、巨大ロボットをちょくげき! 大ばくはつ! あたりは一マイルさきまでとどくかというほどの、おそろしいエネルギーのうずにつつみこまれてしまいました!

 

 ロボットのすがたは、おそろしいじごくのごうかにつつまれて、まったく見えません。これでは、ひとたまりもありませんでした。ロボットはこなごなにくだけちって、ばらばら。大やけどを負った五人の仲間たちが、息もたえだえ、地面にたおれふしているはずです……。かれらが相手にしているのは、それほどに強力な、悪魔ほどにもおそろしい魔女たちでした(こんな相手が三人も! どうやって勝てというのでしょうか?)。

 

 ほのおが晴れていきます。見たくないものが、そこにあるはずでした。しかし……。

 

 え? ええっー! 

 

 なんと! ロボットには、きずひとつないではありませんか! あれほどのばくはつのちょくげきを受けたというのに! これはいったい!

 

 「さすがは、アークランドいちばんの魔女だわい。」

 

 ロボットの口から、リブレストの声がひびき渡りました。

 

 「まさか、これほどの力だとは思わんかったぞ。」

 

 

  ぎゅいいん! じゃきん!

 

 

 巨大な岩の剣をつきつけて、ポーズをきめる巨大ロボット。それに対して魔女たちは……。

 

 「ええーっ! ど、どういうことー!」エカリンは信じられないといったようすで、目をまるくしてしまいました。となりではアルーナが、両手を両のほほにあてて、口をあんぐり。

 

 しかしいちばんおどろいたのは、やはりネルヴァほんにんです。なにしろ全力とはいかないまでも、かなりのパワーをこめて、ひっさつのいちげきを放ったはずでしたから。このていどの大きさの、岩の兵士の一体や二体、かんたんにばらばらにできてしまうはずでした(なにしろ丘を半分吹っ飛ばすくらいのいりょくがありましたから)。それなのに、どうして?

 

 「そういうことね……」ネルヴァがこわい顔をしたまま、目の前のロボットのことをじっと見つめていいました。「やられたわ。」

 

 そういうこと? いったい、どういうこと?

 

 「さすが、ものわかりがいいの。そういうこった。」リブレストがこたえます。

 

 このロボットがぶじだったわけ。それはこのロボットの持つ、そのきゅうきょく的な力のためでした。この巨大ロボットは全部で五体のロボットたちががったいしてできたわけですが、それがその力のひみつだったのです。五体のロボットたちには、それぞれとくべつなエネルギーがくみこまれていました。つまり五つの精霊のエネルギー、火、水、風、土、それと、やみの精霊の力、それらの力が使われていたのです(これらの力のことについては、いぜんロザムンディアのまちの門をふっ飛ばしたときに、ライアンがちょっと説明していましたよね。よくわかりませんでしたけど……)。

 

 魔法の力というものは、これらの精霊の力をりようすることによって生み出される力。いいかえれば、これらの精霊の力がないところでは、魔法はなんの力もはっきできませんでした。このロボットにそなわった、きゅうきょくの力。それはかんたんにいえば、「このロボットのまわりを魔法の力のおよばないところにしてしまう」というものだったのです。

 

 このロボットのまわりでは、五つの精霊の力がおたがいに輪をえがいて、おたがいの力をうち消しあっていました。つまりそれは、魔法をうち消すバリアーのようなものだったのです。ここに魔法がふれると、その魔法は五つの輪のあいだをぐるぐるまわって、そのあいだに、みんな消えてなくなってしまうというわけでした(まあ、しくみについてはむずかしいので、べつにおぼえる必要はありませんけど。わたしもききましたが、よくわかりませんでしたから……。ようするに、魔法がきかないロボットということなのです。

 

 ちなみに、このきゅうきょくロボにそなわる力は、やはりこのほかにもさまざまなものがありました。魔法がきかないというのは、あくまでも、このロボットの持つそのきゅうきょく的な力のうちのひとつにすぎなかったのです。ですがとても全部はしょうかいしきれませんから、それはまたべつのきかいに……。マグマの中にもぐったりもできましたけど……)。

 

 そんなしくみのことについて、ネルヴァはすぐにりかいしたというわけだったのです(さすがは長女です。

 ところで、この岩のきゅうきょくロボでなくても、「魔法をきかなくさせるぼうぎょの魔法」というものもありましたが、その魔法のこうかにはひとつ、けってんがありました。それは「そのぼうぎょの魔法のこうかをさらにうち消してしまう魔法」というものがあって、その魔法を使われれば、ぼうぎょの魔法のこうかですら失われてしまうのです(ちょっとややこしいですけど)。そしてもちろん、三人の魔女たちにも、魔法のぼうぎょの力をうち消してしまうというその魔法のことを、使うことができました。ですからぼうぎょの魔法を使って魔女たちにそなえたうえで相手をこうげきしようとしたとしても、すぐに魔女たちにそのぼうぎょの魔法を消されてしまって、かえりうちになってしまうのです。

 

 そのためこの方法は、ぼうぎょの魔法をうち消すことのできるまじゅつしが相手では、いっぱんにはむだな戦りゃくとして、使われることはありませんでした。ですがリブレストのこの岩のきゅうきょくロボにそなわったのうりょくであれば、それができたのです。このきゅうきょくロボの力は魔法のものではなく、五つの精霊エネルギーをもちいた、リブレストのたくみな「工作」のわざによって生み出されているものでした。ですから魔女たちには、このロボットにそなわった、魔法をきかなくさせるという「工作」のわざによるその力を、魔法でうち消してしまうというようなこともできなかったのです(これが魔法によって生み出されている力であれば、魔女たちにはかんたんに、その力をうち消してしまうことができましたが)。そのため、ふつうなら魔女たちに対して取ることのできないような、この戦りゃくが使えました。ネルヴァはこういったこともすぐにりかいしておりましたので、それをふまえたうえでも、「やられたわ。」といったのです。さすがは長女です)。

 

 「おまえさんたちの魔法は、この岩のきゅうきょく兵にはきかん。そしてわしらの兵は、このきゅうきょく兵、一体のみ。これがどういうことか? もうわかったろうな。」

 

 これこそリブレストがたった五体のロボットたちだけで、たった五人の者たちだけで、この場にやってきたりゆうでした。べゼロインに魔女の三姉妹たちがじん取っているということがわかったとき、リブレストはすぐに、この作戦を思いついたのです(あのビッグワンズという作戦です。これは「力の強い一体ずつの兵士たち」というほどの意味の言葉でしたが、なるほど、いわれてみればたしかにその通り)。魔法のきかないこのロボット一体だけなら、魔女たちは手が出せません。へたにほかの者たちをひきつれていけば、その者たちに、魔女の魔の手がのびてしまうかもしれませんでした。ですからリブレストは、そうじゅうに必要なさいていげんの人数だけをひきつれて、この場にやってきたというわけだったのです(そしてリブレストは、このきゅうきょくロボがじっさいにがったいするところを、目の前で魔女たちに見せつけてやろうと思っていました。その方が、インパクトがありましたから。悪名高い魔女たちをへこませてやるのには、こうか的だと思ったのです。がったいする前に魔法でこうげきされるかもしれないという点については、リブレストは「さすがの魔女たちでも、けんじゃたる自分との会話のとちゅうで、いきなりこうげきしてくるようなことはないだろう」と思っておりましたので、心配していませんでした。じっさいにこうげきされそうになったとしたら、大あわてでがったいする必要がありましたけど……。

 

 ちなみに、このきゅうきょくロボットの力はリブレストがその中に乗っていなければ、ひき出すことができませんでした。ですから「きゅうきょくロボをなん体も」というわけには、いかなかったのです。せいぞろいしたら、さぞかし大はくりょくでしょうけど。ざんねん)。

 

 「ず、ずっるーい! そんなの、ルールいはんじゃない!」エカリンがぶーぶーもんくをいいましたが、もはやかのじょたちには、どうすることもできませんでした。かのじょたちが魔法も使わずに、こんなにビッグなロボットと戦って、勝てるわけもありませんでしたから(いくらおそろしい魔女たちとはいえ、魔法でこうげきできなければ、そのこうげきの力にかんしては、ふつうの女の子と変わりないのです。マリエルみたいにつえでがんがん、相手をぶちのめすわざを持っているというのなら、話はべつですけど……(それに、かのじょたちがルールについて、もんくをいえるはずもないですよね。今までさんざん、人の道のルールをむしした、悪さばっかりしてきましたから!)。

 

 ちなみに、ぼうぎょの魔法なら使って身を守ることもできましたが、身を守っているだけでは、勝てるわけもありませんよね。それにロボットが魔女たちのそばに近よれば、ぼうぎょの魔法ですら消えてしまうのですから、おんなじことなのです)。

 

 「むこうの方が、いちまい、うわてだったみたいね。」

 

 ネルヴァが両手を上げて、目をとじ、ふたたび静かな笑みを浮かべながらいいました。

 

 「いいわ、こうさんしましょう。」

 

 「ええーっ! そんなー!」エカリンが思わずさけびます。「このとりで、あげちゃうの? 怒られちゃうよ。」

 

 しかしそんなエカリンですら、もう勝負のけっかはわかっていました。見張りの兵士さんたちがいくらがんばったとしても、この巨大ロボットは、たおせそうもありませんでしたから(たとえあとからなにか手立てをこうじようと思っていたとしても、今はどうしたって、このとりでを明け渡すほかはなかったのです。ここで意地を張っても、あっというまにこの岩のきゅうきょくロボットのゆびにぺちん! とはじかれて、それでおしまいでしたから。

 

 そして……、リブレストはこのとりでをワットの者たちがこのあとすぐにふたたび取りもどしてしまうようなことは、むりであるのだということを、よくこころえていました。お伝えしました通り、エリル・シャンディーンのいくさのさいちゅうでは、このとりででまたべつのいくさをおこなうことはできません(エリル・シャンディーンのいくさの「一部」としてこのとりでで戦いをおこなうことはかのうでしたが、もしそれでこのとりでを守っている者たちをいっぽうの軍が大勢で追いはらったとしても、それは本戦の戦いの一部としてあつかわれるだけで、それでとりでを持つけんりをうばうということはできなかったのです)。いくさではなく、四十人を下まわる人数でとりでにせめこむのであれば、とりでを持つけんりをうばうこともできましたが、四十人くらいの人数であれば、リズレストはわけなく、このロボットの「素のパワー」でぶっ飛ばすことができるとわかっておりましたから。このようなわけで、リブレストは自信まんまん、このとりでにせめこんでいったというわけなのです)。

 

 「さすがは、長女だわい。ものわかりがいいの。」リブレストが、にやりと笑っていいました。「なーに、おまえさんたちのことを、どうこうしようなどというつもりは、わしには、さらさらない。もとより、きゅうていまじゅつしたるおまえさんたちの身がらを、こうそくしたりすることなども、できんしな。すぐに立ち去ってくれれば、それでいいわい。」(リブレストのいう通り、すべてのくにの取りきめとして、きゅうていまじゅつしのことをとらえたり、ほりょに取ったりすることなどは、やはりきんしされていました。それはいくさにおいても、それいがいの戦いの場面においても、同じだったのです。)

 

 「かんしゃしますわ、けんじゃさま。」ネルヴァがきゅうていまじゅつしのりゅうぎでおごそかに頭を下げて、いいました。「このとりでは、おかえしします。ですけど……」

 

 ネルヴァがまた目をとじて、「ふふ。」と笑ってからつづけました。

 

 「今さらこのとりでを取りかえしたところで、けっかは、変わらないんじゃないのかしら? 戦いのようすを、ごぞんじなくって? わが方のしょうりは、もくぜんですのよ? どのみち、このとりでも、なにもかも、ふたたびワットのものになるんですから。」

 

 ネルヴァがよゆうを見せつづけているわけ、それはやはり、そういうことでした。さいごの戦いがワットのしょうりに終われば、すべての力を失うベーカーランドは、そのすべてをワットにささげなければならないのです。まちも、とりでも、青き宝玉すらも……。戦いがワットのしょうりまちがいなしというこのときにあたって、かれらがこのとりでにこだわる必要などは、もはやありませんでした。ですが……。

 

 これをきいて、さすがのリブレストもその表じょうをくもらせました(ロボットの中にいるので、そとからは見えませんでしたけど)。ベーカーランドがやぶれれば、このとりでもふたたび、ワットのものとなる。もちろんけんじゃリブレストが、そんなことを知らないわけがありません。ではなぜリブレストもまた、ネルヴァと同じく、大きなよゆうを見せているのでしょうか?

 

 

 それは、かんたんなこと。

 

 リブレストはベーカーランドが負けるなどとは、みじんも思っていないからです!

 

 

 「ワットの、しょうりだと?」リブレストがそういって、「ふん!」と鼻をならしました。

 

 「さすがの魔女さんも、さきを見通す力までは、持っておらなんだようだの。悪のしょうりなんぞ、あり得んわ! がきんちょどもが、いくら集まったところで、がきんちょは、がきんちょ。ちえを持ったけんじんには、かなわんというこった。さあ、そうそうに、立ち去れい! わしの怒りが、ばくはつする前にな!」

 

 リブレストが怒りしんとう、いい放ちました。ぴりぴりと、空気がゆれるほどのオーラ。いくらこうげきの魔法を使わないとしても、リブレストがほんきで怒ったら、それこそ大地はひびき、山はゆれ、どんなことになってしまうのか? そうぞうもつきません。これにはさすがの魔女たちも、おそれをいだかずにはいられませんでした(リュインをふくむこれらのとりでは、ベーカーランドの、文字通り、かなめでした。へいわを守るための、大いなるたてでした。これらのとりでがあることで、敵のしんにゅうを防ぎ、悪に目を光らせつづけ、人々の暮らしを守りつづけることができていたのです。まさにこれらのとりでは、このアークランドのぜんなる人々にとっての、きぼうでした。これらのとりでを取りもどすということは、きぼうを取りもどすこと。いくさのならわしなどにはもはやかんけいなく、これらのとりでを取りもどすことは、ベーカーランドの白き者たちのたましいを取りもどすことほどの、大きなしめいであったのです。そしてリブレストは、かれらのその思いを、よくしょうちしていました。ですからなおさらのこと、怒ったのです)。

 

 

 だれもなにもいわず、しばらくの時間がすぎていきます。そして……。

 

 「いきましょう、アルーナ、エカリン。」ネルヴァがそういって、静かに歩き出しました。

 

 「かってにさせておけばいいわ。」

 

 「ちょ、待ってよ、ネルヴァー!」あわてて、エカリンがあとを追いかけます。

 

 「……は、はるまき、持っていくです……!」アルーナがあたふたと、はるまきをもりつけたお皿を持って、あとにくっついていきました(そしてとりでの兵士さんたちも、しきかんたちがいなくなってしまっては、たまったものではありません。魔女たちのあとを、「ひええ!」とあわてて、追いかけていきました)。

 

 

 こうして、べゼロインはここに、白き勇士たちのもとにもどされたのです。ですがそのとき、エリル・シャンディーンの平原では、さいごの戦いの、そのさいごのけっちゃくがなされようとしているところでした。戦いのゆくえは魔女のネルヴァのいう通り、だれの目から見てもあきらかでした。ベーカーランドのはいぼく、それがこの場においてくつがえされるなどということは、どうしたって、考えられるようなものではありませんでした。

 

 運命は、どのように動くのか?

 

 そして、せいぎのゆくえは?

 

 おそろしいほのおを吹きつけるもも色のりゅうが、エリル・シャンディーンの王城へとむかって飛び去っていきました。

 

 さいごのけっちゃくのときがやってきたのです。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「ぼくたちは、ずっと友だちだよ、アルちゃん。」

      「ひよっ子に、このおれがこえられるとでも思っているのか!」

    「よく、きてくれたね、ロビーくん。」

      「それこそが、人の、ほんとうの強さなんだ!」


第29章「けっちゃくのとき」に続きます。


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