ロビーの冒険   作:ゼルダ・エルリッチ

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27、人の心

 「ひゃああ! こんな雨、ふるなんてきいてないよ! だれか、ふるっていってた?」

 

 頭のてっぺんからくつのさきまで、ずぶぬれ。今ひとりの若者が、このどうくつの中へと飛びこんできたところでした。その若者は、人間の若者でした。せいべつは男で、としは十六さいほど。やせていて、きゃしゃなからだつき。晴れた空の色をしたフードのついた、まっ白なきぬの服を着ていて、青いえりのまわりには小さな白いお星さまのかたちをしたボタンが、たくさんぬいつけられていました(これはただのかざり用のボタンでした)。大きな青いスカーフで、胸もとがかざられております。たけのみじかい青いズボンをはいていて、くつは同じく青。肩からは青と白のしましまでデザインされた小さなかばんをひとつ下げていて、きらきらとかがやく金色のボタンが、そのかばんをかわいくかざっていました。

 

 これほど青と白のデザインのものばっかりに身をつつんでいましたが、その若者はそれとは対しょう的な、とてもいんしょう的なかみの色をしていました。肩までのびたそのかみの色は、もえるような赤。青いリボンのついたまっ白なぼうしをかぶっておりましたので、よけいにそのかみは、きわ立って赤く見えます。そしてそのひとみの色は、きらめくすいしょうのようなむらさき色。あれ……? これってだれかに、にているような……?

 

 「こんな、人っ子ひとりいない山の中のてんきのことなんて、だれが気にするんだよ!」

 

 赤いかみのそのかれのあとから、もうひとり。同じくらいのねんれいの男の若者がどうくつの中に飛びこんできて、いいました。こちらはさいしょのかれにくらべると、背も高く、からだつきもがっしりとしています。うすいみどり色をした鉄のよろいを着ていて、腰には大きな剣がいっぽん、さしてありました。背中には茶色い大きなリュックをひとつ、しょっております。かみの毛は、まっすぐのびた黒いかみ(雨でびしょびしょだから、まっすぐになっているのかもしれませんが)。そしてそのうでには、みどりの木をデザインしたもんしょうのはいった、わんしょうをひとつ、はめていました。

 

 あとからはいってきたこの若者、かれにはあるとくちょうがありました。それはひとめでわかるとくちょうです。頭の上にぴょこんとつき出た、ふたつの耳。おしりからぴょこんと飛び出した、大きなしっぽ。そう、かれは動物の種族の者。それもおおかみの種族、ウルファの若者でした。ですけどウルファの者で、かみの毛が黒。ということは……、この若者はロビーと同じく、黒のウルファだったのです! これはびっくり! 黒のウルファは今やそのすべてが、ワットの黒の軍勢によって、とらえられるか、自由をうばわれるかしているはずでしたのに。いったいこの若者は、なに者?

 

 「まったく、おまえといっしょにいると、いつもやっかいごとにまきこまれるな。だいたい、こっちの山が近道だっていったのは、おまえだろうが。」

 

 ウルファの若者が両手をひざにおいて、ぜいぜいいいながらもんくをいいました。どうやらここにくるまでのあいだにも、かなりたいへんな目にあってきたようです。それも、赤いかみのあいぼうのせいで。

 

 「まあまあ、そんなに怒らないでよ、テルくん。しばらく休めば、ぼくの魔法もふっかつするからさ。あはは。」そのあいぼうのかれが、へらへら笑いながらこたえました。どうやらこっちのかれは、かなりのんきというか、あっけらかんというか、らくてん的というか……、あまりストレスをためこまないタイプのようです(なんかうらやましい)。

 

 と、それよりも、魔法? このかれは、まじゅつしのようですね。どうりでからだつきもきゃしゃで、武器も見あたらないはずです(かれらの武器は、手のひらからどーん! と出てきますから。マリエルやライアンみたいに。あ、ライアンはほんとうは、まじゅつしじゃないんですけど……)。

 

 「この! もとはといえば、かんじんなときにおまえが魔法を使えなかったから、こんな目にあってるんだろ! おれがいなかったら、今ごろおまえは、あの世いきだったんだぞ!」

 

 テルくんとよばれたウルファの若者が、赤いかみのまじゅつしにいいました。つまりそれは、こういうことなのです。ここにくる前、ふたりはとある悪ーい人たちに、取りかこまれてしまいました。その悪ーい人たちの本部をたたいてやっつけるのがこのふたりのもくてきでしたが、いざけっせん! というところになって……、ぼふん!「あ、これ、べつの魔法のじゅもん書持ってきちゃった。五時間たたなきゃ、魔法、使えないや。ごめーん。」「な、なにー!」

 

 というわけで、ふたりはいのちからがら、ここまで逃げてきたというわけだったのです……(わかりやすいてんかいですね。そしてまじゅつしのかれの言葉の通り、まじゅつしは使おうとしている魔法とはべつのまちがったじゅもん書やつえを使ってしまうと、魔法のエネルギーが、ぼふん! 全部吹っ飛んでいってしまって、五時間ほどたたないと、魔法がまったく使えなくなってしまうのです。こわいですね。マリエルだったら、ぜったいにこんなしっぱいはしないでしょうけど。カルモトだったらやりそうかな?)。

 

 「わかってるって。ぼくだって、ぼくなりにまじめにやってるんだから。それより、早く、服、かわかそうよ。ぼく、かぜひいちゃう。」

 

 そういって赤いかみの若きまじゅつしは、「くちゃん!」と小さなくしゃみを飛ばしました。

 

 それからふたりはしばらく、この安全な(たぶんですけど)どうくつの中で、ひと休みすることにしたのです。これからふたりは急いで、仲間たちのもとへと帰らなければなりませんでした。作戦がみごとにしっぱいしたということを伝えるのは、気が重かったのですが……。

 

 「あーあ、ぼくにもっと、強ーい魔法の力があったらなー。」たき火の前で足をぶらぶらさせながら、赤毛のまじゅつしくんがいいました。「テルくんの剣にたよらなくたって、どっか~ん! ぼくがぎゃくに、テルくんのこと、守ってあげられるのに。」

 

 「あのなあ、おれはもう、子どもじゃないんだぞ。それに、いつもいってるだろ。おれのこと、テルくんってよぶなよ。テルベルって名まえが、ちゃんとあるんだから。」テルベルと名のったウルファの若者(テルくん)が、赤毛のかれにいってかえします。

 

 「えーっ、テルくんは、テルくんじゃなーい。テルベルウー、なんて、いいづらいよ。」

 

 「テルベルウーじゃない! テルベル!」さらにかえってきた言葉にテルベルがまたもんくをいいましたが、あいぼうの方はまるっきり、相手にしておりません(なんか、ふしぎなコンビですね。でもなぜか、気があっているような感じです)。

 

 「いいじゃん、テルくんで。だからぼくのことも、アーちゃん、ってよんでいいよって、いってるでしょ。」

 

 「だーから、子どもじゃないんだからな! もう、おれたちはりっぱな、ウェスティン王団の一員なんだぞ。まったくおまえは、いつまでたってもあいかわらずだな、アーザス。」

 

 え? ア、アーザスですって? それって、あのアーザス? 悪の大魔法使いのアーザス?

 

 「わーかってる、って、いってるじゃない。見ててよ、ぼくは今に、エブロルドさんにだって負けない、強ーいまじゅつしになってみせるからさ。そのために、ぼくはもっともっと、力がほしい。あーあ、どっかに、力が落っこちてないかなー。ぼくが、やくに立ててあげるのに。」

 

 アーザスがそういって、あたりをきょろきょろとながめ渡しました。

 

 「らくして強くなれたら、せわはないって。力は、自分できずき上げるもんだぞ。」そういってテルベルは、わきにおいていた自分の剣を取り、そのつかをぎゅっとにぎりしめます。

 

 「見てろよ。おれはもっともっと強くなって、王団の隊長になってやる。それでいつの日か、自分の王国をきずくんだ。強い強い、ウルファの王国をな。」

 

 「そしたら、ぼくのこと、きゅうていまじゅつしに使ってよ。」アーザスが、にっこり笑っていいました。「それまでには、ぼくもけんじゃよりも強い、大まじゅつしになってるからさ。」

 

 「おまえが、きゅうていまじゅつし?」テルベルはそれをきいて、思わず吹き出してしまいます。

 

 「おまえが、それだけの力をつけられたら、の話だけどな。まあ、夢見るだけは、自由だけど。」

 

 「ちょ、笑わないでよ! きめた! ぜったい力をつけて、テルくんのこと見かえしてやるんだから! よーし、見ててよ。ぼくのほんとうの強さを、思い知らせてあげるんだからね!」

 

 「まあ、がんばれよ。」アーザスの強がりに、テルベルは「あはは。」と笑っていいました。

 

 

 はるかむかしのことでした。ウルファの王国、レドンホールができる前のお話です。これからこのふたりが、それぞれのそのふくざつな運命の中へとまきこまれていくことになるのですが、それはまた、べつのぶたい、べつのじだいでのお話……。

 

 そして時間は、ロビーのこの冒険の物語の中へとうつっていくのです。

 

 

 

 「ひるむな! じんけいをととのえろ! 守りのすきをつけ!」

 

 あたりにこだまする、戦いの音、音、音。そのあらしのような戦いのただ中で、隊のしきをつとめるしきかんたちのさけび声がとどろいていました。

 

 エリル・シャンディーンの戦いがはじまっていたのです。ふり出した雨はさあさあと、白くほそい糸のように戦いの場をおおっていました。よろいやたてや、剣のさきから、たまったしずくがぽたぽたと落ちていきます。ですがかれらには、そんなものを気にとめているよゆうなどありませんでした。目の前に立ちはだかっているのは、おそろしいワットの黒の軍勢。黒いよろいの兵士たち、そして見るもおそろしい、かいぶつの兵士たちでしたから(その軍勢の中に、とらわれのわれらが仲間たち、黒のウルファの者たちがいなかったということは、まださいわいなことでした。ですがそれも、よろこんでいいことなのかどうかはわかりません。なぜかれらは、すがたをあらわさないのでしょう? それはかんたん。かれらがもはや、兵士として戦うことができなくなっていたからなのです。

 

 黒のウルファの者たちはみな、べゼロインの戦いのあと、さらに深いやみの中へと落ちこんでいってしまいました。これはやみにとらわれたかれらをあやつって、むりに戦わせたことがげんいんでした。やみにとらわれた者をむりに戦わせることは、その者のからだに、たいへんなふたんを与えることになるのです。れんぞくしていくさに送り出したりなどすれば、かれらのからだはもうにどと、使いものにならなくなってしまうことでしょう。それはワットにとっても、大きなそんしつです。

 

 ですがワットにとって、このいくさに黒ウルファの者たちが使えないなどということは、大きな問題ではありませんでした。なぜなら……、かれらよりももっと敵の力をそぎ落とし、きょうふをうえつけることのできる、おそろしい兵士たちがたくさんいましたから。それはつまり、たくさんのかいぶつの兵士たち、そして魔王ギルハッドのひきいる、悪魔の兵士たちのことなのです)。

 

 なかでも、このかいぶつの兵士たち。かれらはまさに戦いのために生まれてきたかのような、おそろしい兵士たちでした。いぜんにもしょうかいしております、巨大な目玉だけのかいぶつや、くまやへびや、とかげのようなかいぶつたちが、ここぞとばかりにたくさん。そしてそれいがいにも、とつぜん消えたかと思うと、つぎのしゅんかんには白き勇士たちのそのまっただ中にあらわれて、やみのたつまきをまきちらし、そしてふたたび、はなれた場所にあらわれる、そんな、影のような生きもの。さいしょはふつうの大きさですのに、こうげきを受けるたびに大きくふくらんでいく(そしてますます強くなっていく)、いのししのような生きもの。そしてごぞんじ、色とりどりのさまざまな巨人のかいぶつたちも、黒の軍勢にはたくさん加わっていたのです(この巨人族の者たちは三日ぶんの食べものをあげて「ぞんぶんにあばれさせてやるぞ。」とやくそくしてやりさえすれば、かんたんに悪の軍勢に味方するのです)。

 

 かいぶつの兵士たちと、ワットの人間の兵士たち。かれらはじつにたくみに、そしてずるがしこく、われらが白き勢力の勇士たちのことを追いつめていきました。大きな口を持った目玉のかいぶつたちについていえば、このかいぶつたちはまずそのたくさんの小さな手のさきから、ぼひゅーん! ビームを出して、白き勢力の仲間たちのことをふらふらにしてしまいます(かいぶつたちの持っているこれらのさまざまなのうりょくは、これらのかいぶつたちが生まれつき持っている自分ののうりょくでしたので、魔法ではありません。ですからいくさの場で使っても、おきてのいはんとはならなかったのです。黒の軍勢の者たちはそういうところをよくしょうちのうえで、かれらかいぶつの兵士たちのことを仲間に加えていました。じつにずるい)。そこに、影にかくれていたワットの兵士たちが、剣をかまえてとつげき! うち負かしてしまうというぐあいでした。はじめは安全なところにいて、相手が弱ったところを痛めつける。じつにワットらしい、ひきょうな戦い方です!(しかも痛めつけたあとは、ふたたび、かいぶつたちの影に急いで逃げていくのです。)

 

 もちろんわれらが白き勇士たちも、かいぶつたちなどに負けない、じつにすばらしい戦いぶりをくり広げていました。しきかんのベルグエルムやフェリアル、ライラと同じくらいにとはいかないまでも、かれらはみな、すばらしく強い(そしてとてもこせい的な)戦いのわざを持っていたのです。敵の剣がまさに今、よろいの上にふりおろされて、ばきーん! そのまま、こうげきを受けたその者は大けがを負って、地面にばたん! 剣をふりおろした敵はまさにその光景を見ていました。ですのに……。

 

 

 「おい、どこを見てるんだ? おれはこっちだぜ。」

 

 

 「な、なに!」

 

 ワットの兵士がびっくりぎょうてん、うしろをふりむくと……、ばちーん! 剣のつかで、したたかにいちげき! 目の前には、お星さまがたくさん! 白目をむいてノックアウトです。いつのまにうしろにまわりこんだのでしょう? すごい!

 

 ですが、たぜいにぶぜい。たしかに白き勇士たちの中には、つわものたちがそろっています。しかしお伝えしました通り、かれらのうちの多くは、戦いにそれほどなれていない、ふだんはふつうのせいかつを送っているりんじの兵士たち。しだいしだいに黒の軍勢との力の差が広がっていくことは、目に見えていました。

 

 そのとき。

 

 

 「ディルバグだ!」

 

 

 だれかがさけびました。その場にいる者のみんなが、空を見上げます。

 

 ああ、ついにかれらがやってきたのです。あのおそろしい、ディルバグのかいぶつたち! そしてその背にまたがる、きょうふの騎士たちが!

 

 

 「うわああー!」

 

 

 遠くの方で、仲間たちのさけび声が上がりました。目の前の敵と剣をまじえながら、みんながそちらを見ると……、ああ、なんてこと! 今ふたりの兵士たちが、ディルバグのそのするどい両手のかぎづめにつかみ上げられて、空へとはこばれていってしまったのです! そして、なんてひどいことを! ディルバグに乗ったその黒騎士は、小高い丘の上、三十フィートほど上空から、その兵士たちのことを地面に放り投げました! 地面にげきとつしたかれらは、「うう……」とうなって動けなくなりました。もうかれらは、戦うことはできないでしょう……。

 

 

 「きゅうえんを! きゅうえんを!」

 

 

 ひめいにもにたさけび声が、あたりにこだましました。

 

 

 「だめだ! 守りきれない! うわああーっ!」

 

 

 なんという戦いでしょう。なんという光景でしょう。

 

 まだ戦いがはじまってから、二十分ほどしかたっていません。ですが地面には、あちこちに、うち負かされて、くるしみ動けなくなっている者たちが、あふれていました。

 

 

 

 「ここです。ここが、出口です。」

 

 ついにやってきた、そとの光。もうなん時間も、黒いかべにかこまれた暗いトンネルの中を歩いてきたような気がします(じっさいにはこのトンネルにはいってからここまで、二時間くらいかかったでしょうか? 半分以上の時間は、ソシーのせいでかかりましたが)。出口の光は、とても明るく思えました。ですがそれは、暗いトンネルの中に長い時間いたからの話。トンネルのそとはひるまでもなお暗い、赤むらさき色の暗雲のあつくたれこめる、ぶきみな土地が広がっているばかりだったのです。

 

 ロビーは剣をかざして、トンネルのそとのようすをおそるおそるたしかめてみました(剣の光でソシーがまた、「ひええ……!」と顔をおおってうずくまってしまいました)。ほそいさけ目のたくさんある、赤茶けた地面が広がっております。たいらなところは、すこしばかりしかありません。でこぼこした地面には、同じくでこぼこした岩が、あちこちにころがっていました。まわりは高いものからひくいものまで、たくさん

の岩かべにすっかりかこまれております。中にはとてもしぜんにできたものとは思えないほどの、おかしなかたちをした岩やかべまでありました(おそらくりゅうの怒りのエネルギーやゆがんだ魔法の力によって、かたちが変わってしまったのでしょう)。さらには、地面に動くものを見つけてようく見てみると、それはまっ黒なねばねばとしたものがぐにぐに動いて、手のようなものをあちこちにのばしているという、気味の悪いしろものでした(これはトンネルの中の川に浮かんでいたボールと同じ、しぜんのエネルギーとのろいの力があわさってかたちとなったもので、これをつっついたりすると、ばちゅーん! ばくはつして、つっついた者の全身をまっ黒けによごしてしまいました。ただそれだけなのですが……)。

 

 トンネルにはいる前、この土地にやってきたときに感じた、砂やはいまじりのあつい風。その風はますます強く、この場所に吹き荒れていました。とつぜん、えものにつかみかかるりゅうのつめのように、きょうぼうなとっぷうがおそいかかってくることさえありました。それは岩をもくだき、ばらばらの小石の山にして、空高くうばい去っていくのです。あたりにぶきみにひびき渡る、ふつふつというマグマのにえるような音。そしてたえまない、火とこげつきのにおい。

 

 

 この場所はまさしく、りゅうの怒りののろいのかかった、怒りの山脈、そのまっただ中でした。

 

 

 「この道をまっすぐいって、橋を越えれば、アーザスさまのお城へとたどりつきます。で、でも、お城の中は、わたしにもごあんないできません。お城の中は、いつも、部屋やろうかの場所が変わってしまうからです。正しい道がわかるのは、アーザスさまいがいおりません。」ソシーが、目をおおっているゆびのすきまからおそるおそるロビーの方を見ながら、いいました(もう剣はさやにしまってありましたけど)。ゆびのむこうから、ロビーがまっすぐ自分のことを見つめております。やっぱりまだ、うたがわれているのでしょうか?

 

 「う、うそじゃありません! ほんとうです! わたしでも、アーザスさまのいらっしゃるお部屋へは、いったことがないんです!」

 

 ソシーはけんめいになっていいましたが、ロビーはもう、この人形の女の子のことをうたがったりなどはしていませんでした。ロビーにはふしぎと、ソシーがうそをいっていないということがすっかりわかったのです(相手がたとえ、人形であっても)。これも、このふしぎな光を放つ剣の、新しい力なのでしょうか?

 

 「わかってるよ。よく、あんないしてくれたね。」ロビーがやさしい顔で、ソシーのことを見ながらいいました。「きみはもう、帰るところにもどっていいよ。ここからさきは、ぼくひとりでも、だいじょうぶだから。ありがとう。」

 

 ロビーのやさしい笑顔。ソシーは今まで、だれかにこんな笑顔をむけられたことなんてありませんでした(アーザスにもです)。ソシーのやくめは、アーザスに害をなす敵を、あざむき追いはらうこと。今までソシーはアーザスのそばで、たくさんのつわものたちのことをわなにかけ、その(いつもはしまってある)するどいつめでおどかし、追っぱらってきたのです。そのたびにソシーにむけられるのは、きょうふとにくしみのまじった、つめたいひとみ。今までソシーは、それをなんとも思ってはいませんでした。それがあたりまえでしたから。ですけどこのロビーという少年は、ちがったのです。ソシーはいつものように、ロビーのことをだまし、わなにかけました。必要ならばいつでもいのちだってうばえるんだぞとまでいって、おどかしました(これはたんなるおどしでしたが、いつもこうかはばつぐんでした)。ですけどロビーは、ちがったのです。そんな自分にやさしいほほ笑みを送って、あんないしてくれたことへのおれいまでいってくれました。こんなことはソシーにとって、はじめてのたいけんでした。

 

 

 わたしは、あなたのことをわなにかけて、だまそうとしていたというのに……。

 

 ソシーは思わず、胸がきゅんとなってしまいました(お人形ですけど)。

 

 なんでそんなにやさしいの?

 

 

 ソシーは今まで、こんな気持ちになったことなどはありませんでした。胸のおくにこみ上げてくる、あついおもい……。ま、まさか、ロビーに、恋?

 

 「どうかしたの?」まごまごしているソシーに、ロビーがいいました。

 

 「い、いえ、なんでも!」ソシーが両手をぶんぶんふって、それにこたえました。

 

 「あ、あの、わたし、アーザスさまのお城までは、ロビーさまのこと、ちゃんとごあんないします!」ソシーがつづけます。「だ、だから、もうちょっと、おそばにいさせてください!」

 

 「え?」ロビーは思わずたずねてしまいましたが、ソシーは顔をまっ赤にして(お人形ですのに)、目をそらしてしまいました。

 

 そんなソシーにロビーはちょっときょとんとしながらも(ロビーにはそういうことは、まだよくわかりませんでしたから)、やがてかのじょに手をさしのべて、いいました(ソシーがトンネルのすみっこにおりましたので、手をさしのべたのです)。

 

 「ありがとう。じゃあ、お城の入り口までお願いね。だいじょうぶ、剣は、ちゃんとしまっておくから。さっきはごめん。ぼくも、つい、むちゅうで。」

 

 さし出されたロビーの手をおそるおそるにぎって、ソシーはますます顔を赤くしてしまいました。そして顔からぼふん! 湯気を立てて、いっぱいいっぱいのじょうたいになって、ロビーにいったのです。

 

 「は、はははい! せいいっぱい、つとめめさせて、いたただきますす!」

 

 ロビーは首をかしげて、ふしぎがるばかりでした。

 

 

 

 ぎゅ、ぎゅいいーん……。

 

 うす暗い空のもと、暗い影を落とすひっそりとした木々のあいだから、同じくらいひっそりと、おかしな音がなり出しました。そしてつぎのしゅんかん。

 

 

 「うてえ!」

 

 

 ごおん! 

 

 ひゅるるる………。

 

 どっごおお~ん!

 

 

 めいちゅう! え? なんのことか? ですって?

 

 

 「ごほん! ごほん! な、なんだあ~!」

 

 

 まっ白なけむりの中から今、ごほごほいいながら、黒いよろいを着た兵士たちがたまらずに飛び出してきました。たいくつで大きなあくびをしたり、うっつらうっつらしていたところに、どかん! とこのいちげきです。なにがなんだか? わけもわからないまま、手にしたやりも放り出して、かれらはとりでの入り口のそとまで走って逃げてきました。

 

 かれらのいでたち、それを見れば、かれらがなに者か? ということがすぐにわかりました。かれらは今ではすっかりおなじみ、そう、黒いよろいすがたの、ワットの(いっぱんの)兵士たちだったのです。

 

 

 「全兵! とつげ~き!」

 

 

 その声のあとに、さらなる追いうちが!

 

 

   ぎゅいんぎゅいん、ぎゅいんぎゅいん! ごいんごいん、ごいんごいん!

 

 

 こ、この音は!

 

 

 「ぎゃああ~! なんかきた~!」

 

 

 ふいをうたれたワットの兵士たちは、もうなすすべもありません。地面にはいつくばって、あっちへすってん! こっちへころりん! けんめいに逃げまどうばかりでした(そしてそのほとんどは、あっというまに、飛んできた岩のあみにからめ取られて動けなくなってしまいました)。

 

 なにがとつげきしてきたのか? みなさんにはもう、おわかりですよね。

 

 ここはリュインのとりで。そして今、ワットにうばわれたそのとりでを取りもどすべく、十七体の岩のロボットたちに乗った白き勇士たちが、とつげきしていったのです!(はじめの「どっごおお~ん!」は、このロボットのうでからはっしゃされた、岩のミサイルでした。いぜんレイミールがまちがってはっしゃさせてしまった、あれです。ちなみに、こんかいのこのミサイルをはっしゃさせたのも、またレイミールでした。こんどはちゃんと、敵のどまん中にめいちゅう! すばらしいうでまえです。それにしても、このミサイル、おそろしいいりょく。こわいですね。

 

 ところで……、かれらはまた、このリュインの地にとんでもないほどの早さでたどりつくことができました。シープロンドでリストールのことを見送ってからここまで、かれらは岩のロボットたちの「陸走しゃりん船モード」でつっ走ってきたわけですが、かかった時間は六時間十分! シープロンドへむかうときも六時間半というきょういのスピードでたどりつくことができたわけですが、それよりもさらに二十分も早く、この地に帰ってきたのです。これはいきとちがって、よけいな森や岩場を通っていかなくてすんだためでした。かれらはこのさいごの戦いの場に、文字通り「とってかえして」きたのです。)

 

 そのけっかは? もういうまでもありませんよね。なにしろワットの兵士たちは、今そのほとんどが、さいごの大きな戦いであるエリル・シャンディーンの戦いへとむかっていましたから。そのためこのリュインのとりでには、敵のしゅうらいにそなえたさいていげんの人数、六十人ほどしか、兵士たちが残っていなかったのです。そしてそのかれらも、まさかほんとうにこのとりでをおそってくるような敵がいようとは思ってもいませんでしたから、かんぜんにゆだんしていました(かれらのしきかんたちもみな、エリル・シャンディーンの戦いの場にいっていて、るすでしたから。先生がるすにしていたら、せいとたちはのんびりしちゃいますよね。それと同じなのです)。

 

 「せいぎの怒り、思い知れ! ロック・ディーズィング・ジャスティス・ブロー!」

 

 逃げまどう兵士たちへの、ようしゃない岩のパンチこうげき!

 

 「ぎゃああ~!」ワットの兵士たちは下の地面ごと飛ばされて、ひゅううう……、べっち~ん! とりでの見晴らし台の上にまで、大の字に吹っ飛ばされてしまいます(それでもちゃんと計算して、大けがをしないていどには手かげんしてあげていましたが)。

 

 それからロボットたちは、とりでのかべをよじのぼっていって……、「なんだなんだ?」と見晴らし台に飛び出してきた兵士たちにむかって、さらなる追いうち!

 

 「せいぎの剣を、受けてみよ!」パイロットのかけ声がかかり、一体のロボットが見晴らし台の上に、どん! 飛びうつって剣をかまえました!

 

 「ロック・ディスハートニング・ジャスティス・トルクブレード!」(長い!)

 

 巨大な岩の剣が、ぶううん! たつまきのようにあたりをなぎはらいます!

 

 「ぎゃああ~!」ワットの兵士たちはそのたつまきにあおられて、まるで葉っぱのように飛ばされてしまいました(さっきからワットのみなさんには、「ぎゃああ~!」ばっかりでかわいそうですが……)。

 

 気がついてみれば……、ものの三分ほどで、すべてが終りょう! リュインのとりでに残っていた六十名ほどのワットの兵士たちは、ぜんいん武器も投げすて、両手を上げて、白はたこうさん! みんなまとめて岩のロープでひとくくりにされて、とらえられてしまいました。ばんざーい!(やはりよきせぬめんどうが生まれることをさけるために、リブレストたちはワットの兵士たちを、みんな残らずつかまえてしまうことにしたのです。リュインとりでのつくりのことであれば、こちらにはとてもたのもしい仲間たちがいて、とりでのどこに入り口があるのか? ということもすべて分かっていましたから、そこをみんなふさいでしまうことで、ワットの兵士たちのことをみんな、とりでの中に追いこんでしまうことができました。そのため仲間たちは、ずいぶんとあっけなく、ワットの者たちのすべてをとらえてしまうことができたのです。そしてもちろん、つかまえたワットの者たちには、リュインのろうやの中にはいってもらうことにしました。ワットのみなさんには気のどくですが、まあ、しばらくそこで、頭をひやしていてくださいね。)

 

 そして。

 

 ぷしゅうう……。

 

 一体のロボットの、頭のてっぺんがひらいて……。

 

 「がーっはっはっは! たわいもないわい!」

 

 ごぞんじ、リブレストさん! おつかれさまです!

 

 「リュインのねずみたいじも、これで終りょうだわ。」

 

 「おおーっ!」

 

 しきかんにつづいて、あたりのロボットのパイロットたちも、つぎつぎと(ロボットの頭の上から)あらわれました。

 

 「けんじゃリブレスト、ばんざーい!」「ベーカーランドに、えいこう!」「われらは、むてきだ!」

 

 

 「リュインをわれらの手に、取りもどしたぞ!」

 

 

 よろこびにわきかえる、白き勇士たち。ほんとうにほんのすこし前まで、かれらはここで、ほこり高き日々を送っていたのです。それがとつぜんにおそわれ、とらわれの身となり、たいへんなくろうのもと、今こうしてふたたびこのとりでを取りもどしましたから、そのよろこびもとうぜんのことでした(さいごはずいぶん、あっけなかったですが……。でもそれは、かれらが強すぎるからなのです。こんな巨大な岩のロボットたちなんて、ほんとうはほとんど、はんそくわざですものね。

 

 ちなみに、こんかいのように、くにとくにとの正式ないくさではない戦いがとりででおこなわれる場合、そのための取りきめもしっかりとさだめられていたのです。やはりとりでというものは、文字通りそのくににとってのかなめとなる、ひじょうに重要なものでしたから。そのためとりででの戦いについても、いろいろな場面に応じて、こまかく重要なルールがもうけられていました。

 

 まずは、「いくさいがいの場合において、とりでを四十人以上の者たちでこうげきすることはできない」というルール。つまり四十人以上の者たちでとりでをこうげきしようと思ったら、それはくにとくにとの正式ないくさあつかいにしなければならないということなのです。四十人以上の者たちを使ってかってにとりでをこうげきして、それで戦いに勝ったとしても、とりでを使用するけんりはみとめられず、相手にそのとりでをかえさなければなりませんでした。

 

 こんかいの戦いの場面でも、じつはリブレストたちはこのルールをしっかりと守って戦いをおこなっていました。かれらがとりでにせめこんだのは、十七体の岩のロボット兵士たちに乗った、三十四名の者たちのみ(岩のロボット兵士たちはただの「工作物」でしたので、兵士としての人数に数えられませんでした。ちょっとずるいですが……)。リブレストたちはこの人数をしっかりとワットの兵士たちにしめしたうえで、戦いをはじめていたのです(いちばんはじめにぶっぱなした岩のミサイルについては、かんぜんにふいうちでしたが……)。

 

 そしていくさではないとりででの戦いであれば、まじゅつしと兵士たちは、ともに戦いをおこなってもよいとさだめらていましたが、やはりとりでをせめるがわのまじゅつしについては、魔法で相手をこうげきすることがきんじられていたのです(とりでを守るがわのまじゅつしの場合は、とくべつな取りきめとして、魔法で相手をこうげきすることがみとめられていました。これはいわゆる、「ふりかかる火の粉ははらわねば」というやつです)。ですからリブレストも、魔法ではない岩の「工作物」のロボットたち(と岩の「工作物」のミサイル)を使って、とりでをこうげきしました。

 

 ちなみに、相手の人数が四十名みまんであるか? ということや、こうげきの魔法が使われていないか? ということについては、とりでにそなえつけておくことがぎむづけられているきょうつうの魔法センサーによって、しっかりとかくにんされました。いはんがかくにんされると、このセンサーによってそれが本国へと伝わり、すべて明らかとなってしまうのです。しっかりしたシステムができているんですね!)。

 

 しかしかれらには、つかのまのよろこびにさえよいしれている時間もありませんでした。リュインとりでを取りもどしたことは、そのさきにあるもっと大きなしめいへの、さいしょのいっぽにすぎなかったのです。敵の待つもうひとつの、そしてさいごのとりで、べゼロインのだっかん。それこそがベーカーランドをしょうりへとみちびくための、そしてこのアークランドを悪の手から取りもどすための、かれらの大いなるしめいでした。

 

 「もう、いくさははじまってしまっているのでしょうか?」見晴らし台の上から、下にいるリブレストへ心配げに声をかけたのは、われらがゆうかんなる仲間のひとり、ハミール・ナシュガーでした。「この大きなとりでにさえ、ワットの兵はほとんどいませんでした。となると、敵軍は今、ひとつにしゅうけつしているはずです。」(ちなみに、ほかでもありません。さっき見晴らし台の上で、剣で敵をなぎはらう大わざをくり出してワットの兵士たちのことを吹っ飛ばしていたのは、このハミールだったのです。すばらしいいちげきでした。わざの名まえは、かれが考えたんでしょうか……?)

 

 「エリル・シャンディーンが、心配でなりません。」リブレストのとなりのロボットの上から、こんどはハミールのめい友、キエリフ・アートハーグがいいました。「仲間たちは、きっと、くせんをしいられているはず。われらの助けが必要です。」(ちなみに、ほかでもありません。さっきとりでの前で、強力なパンチのひっさつわざをくり出してワットの兵士たちのことを吹っ飛ばしていたのは、このキエリフだったのです。すばらしいいちげきでした。わざの名まえは、かれが考えたんでしょうか……?)

 

 「うむ。もろもろ、その通りだわい。」リブレストが「ふん!」と鼻をならして、こわいくらいの顔をしていいました。

 

 「だから、わしたちのやくわりは、ひとつだわ。わかるな?」

 

 そのリブレストの言葉に、岩のロボットたちの上から飛び出ていた仲間たちは、そろって口もとをゆるませます。

 

 「べゼロインを、われらの手に!」ハミール、そしてキエリフが、そろってさけびました。そして、それにつづいて……。

 

 「おおおーっ!」

 

 仲間たちのみんなが、こぶしを天高くつき上げてさけんだのです!

 

 「そういうこった!」リブレストがにやりと笑みを浮かべて、みんなの気持ちにこたえました。

 

 「ぐずぐずしては、おられんぞ! われらのしんげき、とまらず! さあ、いくぞい! おつぎは、べゼロインじゃい!」

 

 リブレストさん、さいこう! なんというカリスマせいなのでしょう! もうなんというか、オーラがちがいます(顔はこわいですけど)。リブレストはけんじゃであり、戦士であり、そしてもんくなしに、さいこうクラスのしきかんでもありました。みんなの力をなんばいにもひき出し、勇気を高める。このすばらしきしきかんのそんざいは、白き仲間たちの心を大いにはげまし、すばらしいだんけつの力をもって、かれらの思いをひとつにまとめ上げたのです(ずっと山おくにひっこんでるだなんて、ほんとうにもったいない!)。

 

 

 「からっぽにしてはおけんからな。」リブレストがそういって、なにやらじゃらじゃらと、上着のポケットからなにかを取り出しました。

 

 リブレストが取り出したのは、小さなミルク色の、まんまるの石でした。それも、たくさん。

 

 「るすは、こいつらにまかせておくとしよう。こいつらになら、みんなまかせてだいじょうぶだわい。」リブレストはそういって、まんまるのそれらの石を、とりでの入り口にむかってばらばらとばらまきます。すると!

 

 地面に落ちたそれらの石が、見る見るうちに、身長三フィートほどのちっちゃな岩の兵士たちへとすがたを変えました! まさにみんなが今乗っている岩のロボットたちの、ミニチュアばん。それをまるっこく、デザインしなおしたような感じです(なんかかわいい)。手にはこれまたちっちゃいながらも、ちゃんと岩の剣がにぎられていました。

 

 「せいれーつ!」リブレストの言葉に、岩のちびっ子兵士たちがぴょこぴょこ歩きながら集まって、横に二れつになって、びしっ! きれいにならびます。その数は、みんなのロボットたちのばいの、三十四体!(ちなみに、ミルク色の石いっこから、一体のミニチュア兵士があらわれます。つまり、ポケットに三十四この石がはいっていたわけです。かなりの量ですね……)

 

 「るすばんは、おまえたちにまかせるぞ。このとりでを守りぬけ。」

 

 リブレストがそういうと、ちびっ子兵士たちはみな手をちゃかちゃかと動かして、それにこたえました(たぶん、「りょうかい、ボス!」というへんじをしているんだと思います)。

 

 

 「さあて、乗ったな!」それから、リブレストがロボットに乗りこみ、かくパイロットたちにいいました。「今いちど、陸走しゃりん船モード!」

 

 ロボットたちが、ぐいいん! ふたたび、岩の船のかたちへとすがたを変えていきます。

 

 「ざひょうせってい! 一三九五、七二〇九!」

 

 もう休むひまもありません。そして休む気もありません! わき立つせいぎの心をもやしたわれらが勇士たち。かれらを乗せた十七体の岩のロボットたちは、こうしてつぎなるもくてき地、べゼロインへとむかって、新たなしんげきをかいししていったのです。

 

 もうだれにもとめられない! 

 

 リブレストべつどう隊、出動!

 

 

 「いよいよですね、キャプテン。」

 

 リブレストのとなりで、副そうじゅうしのレイミールがいいました(リブレストのことをキャプテンとよぶのが、すっかりはまってしまったみたいですね)。

 

 「いよいよ、あれが見られるんだ。楽しみだなあ、うふふ。」

 

 「こらこら、あそびにいくわけじゃないぞい。」にこにこしているレイミールに、リブレストがこたえました。「だーが、わしもちょっぴり、胸がおどるわい。」

 

 そうじゅうかんをにぎる手に力をこめて、リブレストがさいごにいいました。

 

 「お待ちかね。こいつのほんとうのパワーで、れんちゅうに大あわを吹かせてやろうかの。」

 

 このロボットの、ほんとうのパワー? それはいったい……?

 

 ぽつぽつとふり出した雨。そのうす暗い空のもと、たくさんの水けむりを上げながらかれらは進んでいきました。いっちょくせんに、さいごのもくてき地へとむかって。

 

 

 

 もうもうとわき上がる水じょうき。はるかなならくの底へとつづく岩のさけ目から、ぶしゅー! 大きな音を立てて、まっ白なあつい湯気が立ちのぼっていきます。

 

 あたりの岩や地面は、もえるような赤一色にそまっていました(そしてあちらこちらの場所では、ほんとうにほのおが上がってもえていたのです)。地面に落ちている小石をふみしめるたびに、ぱきっ! というかわいた音を立てて、小石はこなごなにくだけてしまいます。ときどき、赤い道は流れるようがんのかたまった、まっ黒な川にぶつかることがありました。おそるおそる足を乗せてみますと、その表めんはすっかりかたまっていて、その上を歩くことができました(ですがまだじんわりとあついのでした。あんまりじっとしていたら、やけどしてしまうことでしょう)。

 

 まさに、じごくのような場所。そう、ここは怒りの山脈。アーザスの城へとつづく、りゅうの怒りにおおわれた、もえるように赤い岩と火の土地だったのです。

 

 ロビーと人形の女の子ソシーは、今そのじごくのような赤い道を、アーザスの城へとむかって進んでいるところでした。思いもかけず、ともに道をゆくこととなったロビーとソシー。ソシーはアーザスの手下です。それは変わりありません。ですがロビーは、このおそろしい道をゆくのに、たとえそれが敵のがわの者であろうとも(そしてお人形であろうとも)、ともにゆく者がいてくれることをうれしく思いました。この場所にきたら、だれだってそう思うはずです。どんなにゆうかんな者であろうとも、心がくじけてしまいそうになるほどの、のろわれた場所……。ロビーは、もえるけついを胸にひめています。待ち受ける運命へのかくごなんて、とっくのむかしにできております。ですがそれでも……。この場所のいっぽいっぽをふみしめるたびに、自分の気持ちがおしつぶされていくということが、ロビーにはわかりました。

 

 この場所は、そんな場所でした。りゅうの怒り、そしてアーザスののろい……、そんなおそろしいエネルギーたちがいりまじって、まるであらしのように吹き荒れている、そんな場所なのです。だれだって、こんなところにひとりでいたいはずもありませんでした。

 

 「もうじきですよ、ロビーさま。」ソシーがロビーのうでを取っていいました。「あとすこしで、アーザスさまのお城が見えてきます。」

 

 ソシーは上きげんで、ロビーにぴったりくっついていました。さきほどまではすっかり赤くなってどぎまぎしてしまっていましたが、しだいにロビーのそばにいられることが、うれしくてしかたなくなってきたのです。自分にできることなら、なんでもしてあげたい。ソシーはすっかり、ロビーにむちゅうでした(やっぱり恋なのでしょう。ロビーはなんだか、くすぐったい気分でしたが)。

 

 そして、そのせまい岩かべのあいだをくぐりぬけると……。

 

 

 「きた……。ついにここまで……」

 

 

 目の前に広がる光景を目にして、ロビーは思わずそうもらしました。

 

 そこに広がっていたのは、おどろきの光景でした。

 

 そしてなんとも、おそろしい光景でした。

 

 赤い道は大きなひとつの岩山をぐるりと取りかこむように、つづいていました。そこから右にむかって、道がいっぽんえだ分かれしております。そのはるかさきは、切り立った岩かべにぽっかりと口をあけている、黒いどうくつの中へと消えていました。どうくつのはるかな上には、まっ黒なけむりにおおわれた、山のいただきが見えかくれしております。その山こそが、怒りの山脈のそのてっぺんでした。そしてその山の岩かべに口をあけたそのどうくつこそ、ほかでもありません。三十年前、ノランにみちびかれたアルマーク、アルファズレド、ムンドベルク、メリアンの四人の若き王子たちが、おそろしい赤りゅうとのさいごのけっせんへとのぞんだ、そのぶたいだったのです。

 

 ですが今、ロビーの冒険において重要なのは、そちらの道ではありませんでした。ロビーの目をくぎづけにしたもの。それが今まさに、ロビーの目の前にあったのです。

 

 

 そう、アーザスの城でした。

 

 

 なんというおそろしい城なのでしょう! 赤い道は、岩山の上にきずかれているその城のまわりをかこむ、だんがいぜっぺきのふちにそってのびていました。だんがいは目もくらむような深さ、そして大きさです。落ちたらまず、助かりません。その底がないかのようなまっ黒なあなの上に、巨大な石づくりの橋がいっぽん、かけられていました。その橋が、がけのむこうにそびえるアーザスの城へとつづく、ゆいいつの道になっていたのです。

 

 ですが、そんなだんがいぜっぺきや石の橋よりもなによりも、いちばんおそろしいのは、やはり目の前のアーザスの城、そのものでした。

 

 こんなものが、この世にそんざいするのでしょうか? そしてそんざいしていいのでしょうか?

 

 城……、たしかにそれは、アーザスの住む城でした。ですがその城は、みなさんが思いえがくどんなお城にもあてはまらないことでしょう。どんな悪夢にだって、あらわれないことでしょう。

 

 もはやこれを、城とよんでいいのでしょうか?

 

 そのたてもの、城は、赤くぐにぐにとぶきみに動きまわり、まがったりのびたりしていました。その表めんには、たくさんの目や口や手がついていました。どろどろとした赤やもも色やオレンジ色のゼリーのようなものが、そのいちめんをはいずりまわっていました。目をかたどったもようのはいった数えきれないほどたくさんのとびらやまどや塔が、その中からとつぜんあらわれては、またぐにぐにとしたかたまりの中へと消えていきます。あちらでもこちらでも、大きなあわがぷくーっとふくれ上がっては、ぼふん! というにぶい音を立てて、はじけていきました。意味を持たないうめき声のような音が、あたりいちめんにひびいていました。

 

 アーザスは、なんというものを作り上げたのでしょうか。

 

 この城は、生きていたのです!(みなさんはこの城のことを、すでに目にしています。ですがそのときは、この城の一部分しか見ることはできませんでした。第十六章のはじめ、アーザスが花にかこまれたテラスの中で、本を読んでいる場面がありました。あのときみなさんは、このおそろしい城の一部分を見たのです。読みかえしてみるのもいいですが、あんまりいい気持ちにはなれないでしょう。)

 

 「なかなか、すてきなお城でしょう?」ソシーがにこにこして、ロビーにいいました。「アーザスさまが、人のたましいを生きたバリアーに変えて、この城を守らせているんです。うかつに近づいたら、ぱくん、と食べられてしまいますよ。あ、でも、ロビーさまはへいきです。アーザスさまが、ロビーさまには手を出さないように、めいれいしてありますから。」

 

 ソシーはむじゃきにいいましたが、ロビーはなんとも、やるせない気持ちになりました。この城のことをひとめ見たロビーには、すぐに、ソシーのいった言葉の意味がりかいできたのです。ソシーのいう生きたバリアーとは、このアーザスの城のひょうめんをおおっている、その気味の悪いゼリーのような物体のことをさしていました。そう、このゼリーはまさに、人の生きたたましいそのものでできていたのです! この城のまわりには、こんなかわいそうなたましいたちが、生きたバリアーとして、それこそなん百なん千と使われていました。いったいアーザスは、人のいのちをなんだと思っているのでしょう! ロビーの手が、わなわなとふるえました。

 

 「こんなことを、ゆるしてはいけないんだ。」ロビーがそういって、きっ、と口びるをかみしめました。ですがソシーには、ロビーの気持ちがわかりません。ソシーはアーザスによって作られました。ですからアーザスにとってあたりまえのことは、ソシーにとってもまた、あたりまえだったのです。

 

 人のたましいの力を悪用したエネルギー。やみのエネルギー、のろいのエネルギー。それらのものは、みんなぜったいに手を出してはいけない、まちがった力です(魔女のアルミラも、まちがった力に手をそめました)。ですがアーザスにとっては、そうではありませんでした。すばらしい力、あふれるほどの力。力をもとめるアーザスにとって、力のしゅるいなどはどうでもいいことでした。それがどんなきんだんの力であろうとも、強い力さえ得られれば、それでよかったのです。

 

 ソシーもまた、アーザスと同じ考えをうえつけられていました。それがどんなしゅるいの力であろうとも、強い力が得られるのであれば、それを使うことはあたりまえのことだと思っていたのです。ですからソシーにとっては、人の生きたたましいをバリアーにりようするなんてことは、あたりまえのことなのであって、なにも悪いことだなどとは思っていませんでした。かのじょにとっては、このおそろしい城も、すばらしい力にあふれた「すてきなお城」だったのです。

 

 ですがロビーは、ソシーのことを悪く思ったりなどはしませんでした。ロビーには、すぐにわかったのです。ソシーの心はアーザスの悪い心によって、もともと悪く作られてしまっているんだと。そもそもの悪は、アーザスただひとりなのです。アーザスとのけっちゃくをつけ、ソシーからアーザスのやみの力を取りのぞいてしまえば、ソシーもきっと、正しい心になおるんだ。人の心を取りもどすんだと。

 

 「ソシー。」ロビーがいいました。「この世界には、ほんとうにたくさんの、すてきなものがある。きみの知らないすてきなものが、山ほどあるんだ。」

 

 「ぼくもまだ、ほんのすこしのことしか見ていない。でも、それでも、とてもとてもたいせつなことを、たくさん学ぶことができた。人を思いやる心、それは、そのとってもたいせつなもののうちの、ひとつだよ。」

 

 ロビーはそういって、ソシーの手を取りました。

 

 「きみは、やさしい。だからきみには、ぼくのぶんまで、もっとたくさんの世界を見てほしい。みんな終わったら、ソシー、きみは、そとの世界に出るんだ。ぼくはたぶん、もう、ここから出られないと思う。いっしょにいけたらよかったんだけど……。きみはきっと、そとの世界で、たいせつなものをたくさん見つけることができるはずだよ。」

 

 え……? ソシーはとまどいの表じょうを見せました。ソシーにはロビーのいっていることが、よくわからなかったのです。今までソシーは、このアーザスの土地からひとりはなれたことなどは、いちどもありませんでした。アーザスのおともとして、「悪い人たち」のことをこらしめにいったことならあります。ですがそのときでも、ソシーはアーザスのそばにずっとついていて、そとの世界のことをじっくり見てみようだなんてことは、ぜんぜん考えてもいないことでした。ですからソシーは、そとの世界のことなんて、ぜんぜん知らなかったのです。知りたいと思ったことすらありませんでした。ソシーにとっては、ただアーザスのそんざいだけが、すべてでしたから。

 

 ソシーにとっては、この場所がふるさとなのです。生みの親のアーザスさまのことをさしおいて、この世界からひとりはなれるだなんてことは、ソシーにはまったく考えられないことでした。そこになにかたいせつなものがあるなんてことは、考えたこともありませんでした。

 

 そして、ロビーのいった言葉です。

 

 

 ぼくはたぶん、もう、ここから出られない。

 

 

 ロビーはずっと前から、そう感じていたのです(ライアンとわかれることになるだろうと感じていた、そのときから)。アークランドをすくうため、アーザスのことをうち破るために、ぼくはそれとひきかえに、いのちを落とすことになるだろう。ロビーはそう感じていたのです。

 

 それはもちろん、はっきりとだんげんできるようなものではありません。ですがロビーの心からは、どうしても、その思いが消えることはありませんでした。ぼくは、アーザスと運命をともにすることになる。それが自分の運命なら、それで世界をすくうことができるのなら、ぼくはウルファのほこりを持って、それを受けいれよう。ロビーはその思いを、かくごを、胸にひめつづけながら、ここまでやってきたのです。でもライアンには、とてもこんなことはいえないな。そう思いつづけながら……。

 

 ロビーのその思いは、ソシーのその作りものの心にも、たしかに伝わりました(人の心ではない、お人形の心にもです)。ソシーはただ、ロビーといっしょにいたいとだけ思っていました。ですがロビーの思いを前にして、しだいにソシーの心には、おそろしいげんじつがつきつけられていったのです。

 

 

 アーザスさまは、ロビーさまのことを、なき者にしようとしている……?

 

 

 ソシーはアーザスに、こういわれていました。ここにやってくるロビーというウルファの少年のことをあざむいて、時間をかせいでおいで。その気になれば、いつでもいのちだってうばえるんだぞと、おどかしてやればいい。それはただのじょうだんだとばかり思っていました。ロビーというその相手のことを、ちょっとおどかしてやるための、ただのじょうだんだと。でもアーザスさまは、ほんきで……。

 

 「そんな……」ソシーのからだが、かたかたとふるえました。

 

 「いや……。いやです、ロビーさま! ずっといっしょにいてください!」

 

 ソシーがロビーに飛びつきました。ロビーの両うでをゆさゆさとゆすって、ひっしにくい下がります。ですがロビーの目を見たとき、ソシーにはこれは、自分にはどうすることもできないことなのだと、はっきりとわかりました。

 

 「ぼくの、運命なんだよ。」ロビーが、おだやかな顔をしていいました。「ぼくは、自分のしめいをやりとげる。そして、ぼくのちかいのことも、きっと果たしてみせる。」

 

 ロビーのうでをつかむソシーの手の力が、弱まっていきました。はじめて、人を好きになったソシー。はじめて、人の心にふれることのできたソシー。なんという運命なのでしょう。その相手はもうじき、自分の手のとどかないところへといってしまおうとしていたのです……。

 

 「ふええ……」

 

 ソシーは、ひっくひっくと泣きました。こはくのはまったその作りもののひとみからは、なみだをこぼすことはできません。もしソシーに、なみだを流すことができたのなら。きっとそのひとみからは、大つぶのなみだがぽろぽろあふれ出ていたことでしょう。ソシーはたくさん泣きました。人の心を持って、たくさん泣きました。

 

 ロビーはそんなソシーのことを、やさしくだきしめてあげました。

 

 

 

 「あの橋を、渡ればいいんだね。」ロビーが、ゆく手に待ち受けるいっぽんの石の橋をさして、いいました。

 

 赤い道のさきに、にぶいはい色の石でできたぶきみな橋がいっぽん、かかっていました。はば三十フィートほど。城の入り口まで長さ百ヤードほどもある、巨大な橋でした。

 

 橋の両わきには、らんかんがつくられていました。そしてそのらんかんの上に、ぶきみなものが乗っていたのです。およそ七ヤードごとに左右ひとつずつ、おそろしい悪魔のような生きもののちょうぞうが乗っていました(じっさいには乗っているのではなくて、らんかんと同じ石からほり出されていました)。みなさんの世界でも、古いお城や教会などのやねの近くで、にたような石のぞうを見ることができます。それはガーゴイルとよばれる、悪魔などのすがたをかたどった石ぞうで、雨を流す「雨どい」のやくめを持っているほか、魔よけのこうかがあるともされているものでした。

 

 ですがこの橋のらんかんに乗っている石のぞうは、魔よけなんてものではぜったいにありませんでした。むしろ、わざわいをもたらすためにつくられていたのです! つまりこれは、この橋にかけられたわなでした。かんげいできない者がこの橋を渡って、わが家にやってこようとしたら……、ぼん! 石ぞうの目や口から、おそろしいいりょくののろいのエネルギーが飛び出して、おそいかかるのです。

 

 ほんとうなら、ロビーがこの橋をぶじに渡ることなど、できようもなかったことでしょう。ですがロビーには、わかったのです。アーザスは、ぼくのことをむかえいれている……。ロビーはこの橋を渡ってもだいじょうぶなのだということを、はっきりと感じ取っていました(はじめは時間をかせぐようにソシーにめいれいしていたアーザスですが、ソシーがそのつとめにしっぱいしたということは、アーザスにはすぐにわかりました。アーザスには、ロビーとソシーのいるところがわかるのです。ですからかれらがトンネルをぬけて自分の城の入り口のところまでやってきたということも、アーザスにはすでにわかっていました。それが意味することは? そう、つまりソシーが、時間かせぎのつとめにしっぱいしたということなのです。こうなってはもうアーザスも、時間をかせぐことはできません。それならばよていをへんこうして、もうロビーのことをむかえいれてしまおう。もはや楽しみは、早い方がいい。それがアーザスの考えでした)。

 

 「わたし、アーザスさまのことを、せっとくしてみせます。」うつむいていたソシーが、急にロビーにいいました。

 

 「ロビーさまのことをひどい目にあわせないように、せっとくしてみせます。アーザスさまは、ロビーさまの持つ、なにかをほしがっていました。くわしくはきけませんでしたけど。だから、それを渡せば、ロビーさまのいのちまでは、うばったりしないはずです。」

 

 ソシーがいいましたが、ロビーにはわかっていたのです。アーザスは、そんなにあまい相手ではないということを。

 

 「だから、アーザスさまのところまで、いっしょにいかせてください! 道はわからないけど……。きっと、おやくに立ってみせますから!」

 

 そんなソシーの言葉に、ロビーがやさしくいいました。

 

 「ありがとう、ソシー。その気持ちだけで、じゅうぶんだよ。でも、ぼくは、ひとりでいかなくちゃ。きみは、安全なところにかくれているんだ。すべてが終わったら、ここから逃げ出すんだよ。」

 

 ソシーはいてもたってもいられませんでした。なんとかしなければ、ロビーさまは、ほんとうに殺されてしまう!

 

 「いきましょう!」ソシーはロビーの手を取って、ひっぱりました。たまらずロビーも、ソシーといっしょに橋のそばまで近づいていきます。

 

 「この橋なら、安全です。アーザスさまは、ロビーさまのことをこうげきしないように、この橋にめいれいしてあります。ですから、ロビーさまならだいじょうぶ。それにもちろん、わたしもだいじょうぶです。わたしは、このお城の住人ですから。」

 

 「ちょ……、待って、ソシー!」ロビーがいいましたが、ソシーはロビーの手をぐいぐいひっぱって、いうことをききません。そのうちソシーはロビーからはなれて、ひとりでかってに橋の上までいってしまいました。これでは、いっしょにいかないわけにはいきません。しかたない、安全なところまでだったら、いっしょに……。ロビーがそう思ったときでした。

 

 「ロビーさま、早くいきま……」ソシーの言葉が、そこでとぎれました。にぶい、なにかの音がひびいたような気がしました。

 

 「え?」

 

 ソシーの声。そして……。

 

 「ソシー!」

 

 ロビーのさけび声。

 

 はじめ、ソシーにはなにが起こったのか? まったくわかりませんでした。しかししだいにソシーは、おそろしいじじつを知ることになったのです。

 

 

 足が……、ない……。

 

 

 くずれていく、自分のからだ。ソシーのからだは、下半分がかんぜんに切りはなされてしまっていました。おなかのあたりが、ぼろぼろにくだけていました。

 

 

 おそろしい、悪魔のわな……。

 

 かんげいできない者がこの橋を渡って、わが家にやってこようとしたら……。

 

 

 そう、アーザスはソシーのことを、かんげいできない、その相手にえらんだのです……。ロビーに協力している、じゃま者。もはやソシーはアーザスにとって、それだけのそんざいになっていました。そ、そんな……。だってソシーは、アーザスが作ったはずなのに……。

 

 「ソシー!」

 

 ロビーがもういちどさけんで、ソシーにかけよりました。ソシーは目を見ひらいて、きょうふの表じょうを浮かべております。信じられない。まさか。ソシーの心は、ぜつぼうにみたされていました。

 

 

 アーザスさまにうらぎられた……。

 

 

 「ソシー!」ロビーがソシーのからだをだき起こしました。すこしはなれたところには、ソシーの人形の足がふたつ、ころがっていました。

 

 「ロ、ロビーさま……、わたし……」ソシーはそれ以上なにもいえず、ただきょうふのあまり、口をぱくぱくさせるばかりでした。

 

 ロビーの中に、怒りがわき起こりました。今まででいちばんの、ゆるせない怒りでした。

 

 「そんな……、ソシーは、自分の味方なのに……」ロビーはそういって、橋のむこうを見上げました。そこにはあのおそろしい、生きたたましいにおおわれた城がそびえていたのです。アーザスの待つ、城が。

 

 

 「アーザスー!」

 

 

 ロビーは怒りのあまり、あらんかぎりの声でさけびました。

 

 

 「ぼくはぜったい、おまえをゆるさないぞ!」

 

 

 しかしロビーのさけび声は、ただむなしく、こののろわれた山の中に消えていくばかりでした。

 

 

 

 「せいぎのたて持て! 女神リーナロッドの名のもとに!」

 

 おそろしいいくさの音たちがみちる中、それをかき消さんばかりの大声がその場にひびき渡りました。横いちれつにきれいにならんだ、騎馬、騎馬、騎馬。その数ざっと、三百五十! それぞれの騎馬たちの上には、白いよろいかぶとに身をつつみ、美しいマントをひるがえした、せいぎの騎士たちが乗っていたのです。そのマントにも、よろいの胸の部分にも、ひとつのもんしょうがきざみこまれていました。それはもちろん、われらが白き王国、ベーカーランドの白きもんしょうだったのです。

 

 「われら、アルマーク王あずかり、白の騎兵師団!」

 

 「おおおーっ!」

 

 いさましいかけ声とともに、白き騎馬たちがいっせいにかけ出していきました。そう、かれらは、われらがきぼう。このアークランドをやみからすくうべく立ち上がった、白き勢力の、そのちゅうしん的そんざい。ベーカーランドの白の騎兵師団だったのです。

 

 ついに! 白の騎兵師団がそのさいだいげんの力をもって、さいだいの敵とあいまみえるときがやってきました! かれらのさいだいの敵、それはただひとつ。かれらにあだなす黒の軍勢、よこしまなるやみの力によってこのアークランドをはめつへ追いやろうとたくらむ、まがまがしき悪によってみちびかれた、黒の軍勢なのです。

 

 おそろしいディルバグたちのとうじょうにより、白き勢力の者たちは、見るまにそのいきおいを失いつつありました。もっともゆうかんなる者たちでさえ、ディルバグとその背に乗った黒騎士たちのことを前にしては、くせんをしいられたのです(ベルグエルムとフェリアルがかれらと戦ったときのことを思い起こしてみれば、それはよくわかります。ディルバグに乗った黒騎士たちは、剣のうでまえもさることながら、相手の弱みにつけこむというじつにずるがしこい戦い方をするのです)。

 

 そんな中、まさにきぼうの光といえるそんざいこそが、われらが白の騎兵師団でした。かれらはしばらく、戦いの流れを読み取っていました。へたに動かず、けっしてあせらず。いちばん必要なときに、いちばん必要な力を、仲間たちのもとへと送りこむ。それが、すぐれたしきかんたちにひきいられたかれら白の騎兵師団の、もっともたいせつなやくわりだったのです。

 

 そして今、かれらはそのもっとも必要な力を、もっとも必要としている仲間たちのもとへと、そそぎこむときをむかえていました。

 

 ディルバグたちは白き勢力のたくさんの部隊に、かいめつ的なひがいを与えました。しかしまだ、白き勢力の守りのかなめは、くずれてはおりません。戦いのほんすじ。白き勢力のじんけいのかなめといえる、ちゅうおうの守り。そこをくずされては、この戦いはこちらの負けです。そしてまさに今、敵は、まわりをかこむたくさんの勇士たちの守りをくずし、そのちゅうおうの守りを切りくずさんとして、もうこうげきをかけてきたところでした。

 

 白の騎兵師団、まいる! われらがベルグエルム、フェリアル、ライラの三人のしきかんたちにひきいられた白の騎兵師団のせいえいたちが、ついに剣をかまえて、つぎつぎと敵のただ中へととつげきしていきます!

 

 「白きつるぎ、いざまいらん!」ベルグエルムがまっさきに、敵のまん中へと切りこんでいきました。

 

 「せいぎのやいばは、くじけず!」フェリアルがすばらしいひらめきとともに、敵のふところ深くもぐりこんでいきました。

 

 

 「アークランドのために!」

 

 

 強い! 強い! 強い! かれらは、騎兵。馬に乗って戦う騎士たちです。馬に乗らなくたって強いということは、ベルグエルムやフェリアル、ライラの戦いぶりを見たことがあるみなさんであれば、すぐにわかることですが、そのかれらが馬に乗って戦うなら、これはもうさい強なのです。もうじゅうのすがたをしたかいぶつの敵が、「がおお!」おそろしいつめをふりかざしておそいかかろうものなら……、ざしゅん! かいぶつのつめは根もとからばっさり切り取られてしまって、使いものにならなくなってしまいます。長いやりをかまえたへびのようなかいぶつの兵士が、「きしゃー!」ひとつきにしてやろうと、こちらへまっすぐにむかってくるものなら……、ひゅひゅひゅんっ! たちまちやりはこま切れにされて、地面にぽろぽろちらばってしまいました。

 

 白の騎兵師団、かれらの戦いぶりは、まさにむてきと思われるほどのものでした。敵にかこまれピンチにおちいっている味方たちのもとにさっそうとあらわれては、まわりの敵たちをばったばった! やっつけてしまうのです。戦いのただ中にいるわれらが仲間たちにとって、これほど心強く、はげみとなるものもありませんでした。

 

 しかし、それでも……。

 

 どんなに強い騎士たちでも、どんなにたくみなじんけいで、どんなにたくみなせんじゅつをもちいたとしても、黒の軍勢のいきおいは、その上をいっていたのです。それはまさに、数と力のぼうりょくでした。

 

 ゆっくりと、すこしずつ、白の騎兵師団の勇士たちのいきおいも、敵のもうこうげきの前におされ気味になっていきました。ふるう剣のひらめきは、すこしずつ、ちょっとずつ、にぶっていきました。かける馬のはやさは、いっぽ、またいっぽと、おくれていきました。どんなにすばらしい力も、どんなにきたえ上げられたわざも、えいえんにつづくということはないのです。

 

 「敵が多すぎます! とっぱされる!」

 

 ひとふりで三人の敵をうちたおすほどのうでまえを持つ、白の騎兵師団のせいえいたち。そのかれらのうでをもってしても、黒の軍勢のそのまがまがしいまでの悪のいきおいには、あっとうされるばかりでした。

 

 「持ちこたえろ! じんけいをいじするのだ!」

 

 かれらの先頭に立って剣をふるう、いちばんのつわもの、ライラ・アシュロイ。かのじょのさけびもむなしく、白の騎兵師団のじんけいは、しだいにくずれつつありました。

 

  

 そして、もっともおそるべき相手があらわれたのです。

 

 

 ああ、なんというおそろしさなのでしょう! くせんをしいられているわれらが仲間たちにとって、それはまさに、悪夢そのものでした。

 

 右手の戦場では、敵のじんをくずそうとしてまわりこんでいた仲間たちが、空からのディルバグたちのこうげきによって、ばらばらになぎはらわれていました。

 

 左手の戦場では、かいぶつの吹き出したどくの息によって、多くの仲間たちがせきこみ、地面にうちたおされて、動けなくなっていました。

 

 ですがそれらのどんな光景よりも、目の前にせまりくるその光景は、おそろしいものだったのです。

 

 

 魔王ギルハッドがやってきました。

 

 ほのおのたてがみを持ったしっ黒の騎馬にまたがり、その手に黒いほのおを吹き出す巨大な剣をいっぽん、にぎりしめて……。

 

 

 「う、ううう……!」

 

 なみの者であれば、さけび声を上げて逃げ出してしまうほどの、きょうふ。われらが白の騎兵師団の騎士たちは、あらゆるきょうふにうちかつくんれんを受けていました。痛みやくつうやぜつぼうにたえる、強い心を持ちあわせていました。

 

 ですがそんなかれらであってさえも、せまりくるこのきょうふのそんざいにむかっては、言葉を失い、ひやあせをたらし、がくがくとふるえる足をおさえるのでせいいっぱいになってしまったのです。

 

 「隊れつをくめ! 守りをじゅうし! とっぱされるな!」

 

 ライラのかけ声がひびきます。ですがその場にいる白き勇士たちの頭の中には、そんなライラの言葉ですら、まんぞくにはいってはきませんでした。

 

 「うう……、おのれ!」ひとりの騎士がわれも忘れて、ギルハッドにとっしんしました! これはライラのしじにはない、めいれいいはんの行動です! ですがこのあっとう的なきょうふを前にして、だれにかれを、せめることができましょう。頭で考えることもできず、ただただきょうふにおし流されて、かれは動いてしまったのです。

 

 「やめろ! もどれ!」

 

 ライラの声は、もはやかれにはとどきませんでした。そして……。

 

 

  がしん! ごおおお!

 

 

 ギルハッドの剣がふりはらわれました! そして、ああ、なんということでしょう!黒いほのおのうずがあたりをつつみこみ、ごう音とともに、大地と、そしてとっしんしていった騎士と騎馬のことを、やきこがしたのです。騎士はそのまま気を失い、騎馬から落ちて、こげた地面にうつぶせにたおれふしました。

 

 おそろしいいちげきをまのあたりにした仲間たちは、なおいっそう、おそれ、たじろぎ、剣を持つその手をきょうふにふるわせました。ゆいいつ、かろうじてれいせいさをいまだかかずにいられたのは、かれらのしきかんであるライラ、ただひとりばかりであったのです(今魔王ギルハッドにむかいあっているのは、ただライラの部隊ひとつだけでした。ベルグエルムもフェリアルも、それぞれのいくさの場で、数えきれないほどのたくさんの敵たちと、はげしくいさましい戦いをくり広げていたのです)。

 

 魔王ギルハッドが、ゆっくりとこちらへ歩みを進めてきます。その金色にふち取られた影のように黒いかぶとのすきまから、赤い目をぎらつかせた、ギルハッドのすがおが見て取れました。なんというおそろしい生きものなのでしょう! 人ともつかず、けものともつかず、たくさんの小さな手のようなものが、顔のまわりでうねうねと動いているのが見えました。しゅーしゅーという湯気のような音が、よろいのすきまからぶきみにもれ出していました。こんな生きものが、この世にそんざいしていいのでしょうか?

 

 「白の騎兵師団……、しきかんどのとお見受けする……」ギルハッドがひくくうなるような声で、ライラにむかっていいました。

 

 「われは、ギルハッド……。ガノンとのけいやくによりまいった……」

 

 その言葉に、ライラは、きっ、と歯をくいしばり、手にした美しい剣をギルハッドにつきつけます。

 

 「わたしは、白の騎兵師団、人間隊隊長、ライラ・アシュロイ! このさきへは、いっぽも進ませぬ! そなたは、そなたのくにへと帰るがいい!」

 

 剣をかまえるライラ。ギルハッドはなにもいわず、黒いほのおを吹き出す剣を高々とかまえました。そして、それをあいずに……、まわりからとつぜん! おそるべき者たちがつぎつぎとあらわれたのです!

 

 それはギルハッドのひきいる、魔界の軍勢の兵士たちでした! この兵士たちはあるじのギルハッドのそばになら、遠くはなれた場所からでも、(そこがべつの世界でないかぎり)いっしゅんにしてあらわれることができたのです。今や白の騎兵師団、ライラ隊の者たちは、魔王ギルハッドのひきいる悪魔の軍勢に、すっかり取りかこまれてしまっていました。

 

 「あきらめろ……。おまえでは、われには勝てぬ……」

 

 ギルハッドのそのけもののような赤い目が、ぶきみにきらめきます。

 

 「ぬかせ! ばけもの!」

 

 ライラがギルハッドにとっしんしました! このアークランドでさい強といわれる剣の使い手、ライラ・アシュロイ。そのライラがついに、魔王ギルハッドと剣をまじえるのです!

 

 なんというすさまじい、剣のあらし! ライラの剣はいっさいのむだがなく、つねにてきかくに敵の守りのすきをついて、その剣をたたき落とすのです。しかし、こんかいばかりは……。

 

 

  きん! きん! がしん! がしん!

 

 

 つぎつぎとひらめき、ふり下ろされる、ふたつの剣。相手がなみのつわものであるのなら、もうとっくに、勝負はついていることでしょう。ライラのあっとう的なしょうりに終わるはずです。しかし、こんかいばかりは!

 

 ひらめくたびに黒いほのおのうずをまき起こす、魔王のつるぎ。ライラはそのほのおのあいまをぬってじつにたくみに騎馬をあやつり、敵の目のとどかない位置から、でんこうせっかのいちげきをくり出していきました。ですが、なんてこと。ライラの剣はことごとく、ギルハッドのその黒きやいばの前に、はじきかえされてしまったのです。

 

 なんという強さ! しかもギルハッドはライラの剣を受けとめるたびに、そのけものじみたじゃあくな口もとをゆるませて、ぶきみな笑みを浮かべました。そう、ギルハッドはまだまだ、ほんきを出してはいないのです!

 

 「あれは……! ギルハッド!」

 

 ちゅうおうの守り、その左手からベルグエルムがさけびました。ベルグエルムはちゅうおうの守りの左にあいた守りのあなをついてきた、たくさんの敵たちのことをくいとめるために、わずかな数の騎士たちをひきいてふんとうをつづけていたのです。

 

 「ライラどのだ!」

 

 ちゅうおうの守り、その右手からフェリアルがさけびました。右の守りは、ほとんどくずれかかっていました。フェリアルのひきいる白の騎兵師団の騎士たちが身を張ってふみとどまっていることによって、かろうじて、その守りは持ちこたえられていたのです。

 

 ベルグエルムもフェリアルも、目の前の戦いで手いっぱいでした。とても、ライラを助けにいくことなどはできません。ですがそれは、はじめからわかっていたことでした。この戦いは、とくべつ。おたがいに助けあいたくとも、とても、そんなよゆうすらないだろう。そのことはかれらにも、よくわかっていたのです。

 

 「ライラどのー!」

 

 ベルグエルムもフェリアルも、ライラの身にさいだいの危険がせまっているということは、すぐにわかりました。ですがかれらには、もはやどうすることもできなかったのです。手をのばせばとどきそうなところにいる友さえも、助けてやることができない。この戦いは、そんな戦いでした。かれらにできることは、ライラの身をあんじて、ただその名をよぶことだけだったのです。

 

 

 こきゅうをととのえる、ライラ。そしてふたたび、人わざとは思えないほどの、もうこうげき! ですがギルハッドはまたかるがると、それらのこうげきのすべてをかわし、受け流してしまいました。

 

 しだいに、ライラのからだにもつかれが見えはじめてきました。これほどのこうげきをくり出しても、敵はそれを、ものともしないのです。ライラはけっしんしました。

 

 

 これしかない……!

 

 

 ライラは剣をまっすぐ前にむけて、かまえました。こうげきを一点に集中! こんしんの力とわざをもって、このいちげきにすべてをかけるのです。

 

 これはいわば、すて身ともいえるこうげき。ライラのとっておきの大わざでした。自分のぼうぎょをすべてぎせいにして、敵にさいだいのいちげきをたたきこむのです。しかしそれがかわされたとき……、そのだいしょうは、はかりしれないものでした。自分のからだをまったくのむぼうびのまま、敵の前にさらけ出してしまうのです。

 

 ライラはふつうならばぜったいに、このわざを使おうとはしません。しかしこのおそるべき魔界の王に対しては、もはやこれいがい、手だてはないのです。

 

 

 「わが、たましいの剣! 受けてみよ!」

 

 

 ライラが、ギルハッドにとつげきします! ギルハッドは剣をまっすぐにかまえ、ライラにむきあいました。そして、つぎのしゅんかん!

 

 

   がきーん! ごおおおお!

 

 

 あたりはまっ黒なほのおにおおいつくされました! そのちゅうしんにいるライラとギルハッドのすがたは、まったく見えません。はたして、勝負のけっかは……!

 

 やがて、黒いほのおがしゅうしゅうというぶきみな音とともに、消え去っていきました。あたりには、火のもえるいやなにおいが立ちこめています。

 

 まわりをかこむ仲間たちは、その勝負のけつまつをかたずを飲んで見守っていました。いったい、どっちが……?

 

 

 「う、うわああー!」

 

 白の騎兵師団の、せいえいなる騎士たち。その騎士たちのぜつぼうのさけびが、あたりにひびき渡りました……。

 

 

 黒いほのおの消えた、そのさき。まっ黒にやけたその地面のまん中に、ライラがたおれていたのです……。手にした剣のやいばは、こなごなにくだけちっていました。白いよろいはやけこげ、きぬのマントはぼろぼろにやけ落ちていました。そしてそのライラのことを騎上から見下ろす、むきずのギルハッドのすがたも……。

 

 「ライラさまー!」「そんな!」「うそだー!」

 

 おそろしいげんじつをまのあたりにして、騎士たちの動ようはかくせませんでした。このアークランドでいちばんの剣の使い手、ライラ・アシュロイが、こんなにもあっとう的なまでにはいぼくしたのです……。こんな相手に、どうやって立ちむかえというのでしょう?

 

 「うう、う……」

 

 そのとき! ライラがくるしそうなうめき声を上げました。よかった! まだ息があります! いくさでは、相手のいのちをうばってはなりません。ですがやむを得ず、はげしい戦いの中でいのちを落とす者がいることも、またじじつでした。しかしライラは、生きています!

 

 「ライラさま!」「ライラさまー!」

 

 騎士たちが、ライラにかけよろうとします。ですが……。

 

 「待て……!」

 

 ライラがそういって、もはやつかのみとなった剣を地面につき立てて、その身をよろよろと起こしました。なんというせいしん力なのでしょう! これほどぼろぼろになりながらも、なお、ライラは立ち上がるのです!

 

 「まだ、勝負はついておらぬ……!」

 

 立ち上がり、つかだけの剣をかまえる、ライラ。

 

 「部下たちには……、ゆびいっぽんとて、ふれさせはせぬぞ!」

 

 しかしもうだれの目からも、ライラのはいぼくはめいはくでした。

 

 「もう、じゅうぶんです! ライラさま!」

 

 「ほんとうに死んでしまいます!」

 

 騎士たちの、ひつうなさけび。そしてそのむこうから、むじひな赤い目を光らせながら、魔王ギルハッドがおそろしいうなりを上げていいました。

 

 「みとめてやろう……、おまえは、ほんものの戦士だ……」

 

 ギルハッドはそういって、黒の騎馬から音もなく地面におり立ちました。その手に黒き魔界の剣を持ち、ゆっくりと、ライラのもとへ歩みよっていきます。

 

 「わが、さいだいの敬意をもって……、おまえに、戦士としての、めいよあるさいごを与えてやろう……。かくごするがいい……」

 

 そんな! もう勝負は、ついているのに! これはおきて破りです!

 

 ギルハッドの剣が、ライラの前につきつけられます。ライラにはもはや、あらがう力も残されてはいませんでした。 

 

 「さらば……」

 

 ギルハッドの剣がふりかざされる、まさにそのとき……!

 

 

   ばさっ! ばさっ! 

 

 

 とつぜん! 頭の上から大きなつばさのはばたく音がきこえ出しました! 騎士たちはいっせいに、空を見上げます。そこで、かれらの目にしたものは……!

 

 「ディ、ディルバグ!」

 

 上空から今、ひとつの黒い影が、この場にまいおりてきました。それはまさしく、ワットのおそろしき黒のかいぶつ、ディルバグだったのです!

 

 なんということ! ギルハッドだけでも歯が立たないのに、ディルバグまで! もはや、ゆうもうかかんなるベーカーランドの白の騎兵師団とて、この戦いの場を切りぬけることなどはふかのうでした。ふかのうに思われました。

 

 しかし!

 

 

 「うおおおー!」

 

 

 ディルバグに乗った、ひとりの黒騎士。その黒騎士がいっちょくせんに、ギルハッドにむかってとっしんしていったのです! これはいったい! どういうことなのでしょう!

 

 がががん! はがねのぶつかりあう、すさまじいまでの音! そして、ごおおお! それにつづく、黒いほのおのうずまく、すさまじいまでのうなり声!

 

 ぎゃあ! ぎゃあ! ほのおにやかれるディルバグの、おそろしいなき声。そして、それにつづいて……。

 

 「ぐおおおお……!」

 

 こ、これは! 魔王ギルハッドが胸をおさえて、くるしみにその身をよじらせているではありませんか! ギルハッドのよろいかぶとのあいだからは、まっ黒なけむりが、しゅうしゅうと音を立てて吹き出していました。

 

 ギルハッドの胸には、いっぽんのおうごんのつるぎがささっていました。どこかで見おぼえのある、この剣は……! 

 

 これは、ガランドーの剣です! まっ黒なよろいかぶとにはふつりあいな、みごとなこがね色の剣。これはガランドーがいつも腰にさしていた、あのこがね色の剣にまちがいありません! ということは!

 

 「お、おまえは!」

 

 おどろきに飲みこまれていた騎士たちが、ようやく、とっしんしてきた者のすがたを見てさけびました。

 

 「ガランドー!」

 

 そう、ディルバグに乗った、ワットのしきかん。ベーカーランドのうらぎり者。ガランドー・アシュロイが、今かれらの目の前に立っていました。しかし……。

 

 ガランドーのからだはギルハッドの魔界のほのおによって、ぼろぼろにやきこがされてしまっていました。よろいはぼろぼろにくずれ、かぶとはまっぷたつにわれて地面に落ちていました。

 

 それでもなおガランドーは、よろめきながら、いっぽいっぽ、ライラのもとへと歩みよっていったのです。

 

 「ライラ……」ガランドーが、ライラにそうつぶやいたとたん……。

 

 ばたん! 

 

 「ガランドー……!」

 

 地面にたおれこむガランドーに、ライラがよりそいました。ほのおだけではありません。ガランドーのからだは、魔王ギルハッドのからだからあふれ出した魔界のじゃあくなるエネルギーによって、ずたずたにひきさかれてしまっていたのです。もはやいしきをたもっていることすら、おぼつかないじょうたいでした(そしてガランドーのこんしんのいちげきをその身に受けたギルハッドも、大きなダメージを負っていました。そのからだにひめた魔界のエネルギーをすべて出しきってしまったギルハッドは、もはや、この世界にとどまっていることすらできなくなっていたのです。ギルハッドはみずからの暗黒のほのおに身をこがされながら、魔界へと送りかえされていきました。しばらく、おそらく数年ほどは、もとの力を取りもどすこともできないでしょう。

 

 ギルハッドの部下の悪魔の兵士たちにも、同じことが起きていました。王のギルハッドがたおされた今、かれらもまた、みずからの力をこの世界にとどめておくことができなくなっていたのです。かれらの消えたあとには、ただ黒いよろいかぶとと、巨大な剣のみが残されているばかりでした)。

 

 

 「ガランドー……、なぜ……!」ライラがガランドーのからだをだきかかえながら、うったえかけました。その目からはぽろぽろと、大きななみだのつぶがあふれていました。

 

 「こうするほか、なかったのだ……。おまえを守るために……。ゆるしてくれ、ライラ……」

 

 ガランドーの目からも、いもうとと同じ、同じ思いのこもったなみだがあふれかえっていました。

 

 多くの言葉をかわさなくとも、ライラにはわかったのです。ガランドーは、なにかのがれることのできないりゆうのために、ワットにむかったのだと。それがいもうとである自分をすくうためであったのだということを、ライラはのちに、知ることになるのです。

 

 ですが今は、これだけでじゅうぶんでした。ライラのうでにあるガランドーは、むかしのガランドーそのままでした。兄の、家族であるガランドー、そのままでした。

 

 「兄さん……」

 

 失いかけてゆく、ガランドーのいしき。ライラはいつまでも、兄のそのからだを、ぎゅっとだきしめつづけていました。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「もうそろそろ、けっちゃくがつきそうね。」

      「くる……! なにかがくる!」

    「たのもーう!」

      「下がってなさい、エカリン、アルーナ。」


第28章「戦いのゆくえ」につづきます。



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