ロビーの冒険   作:ゼルダ・エルリッチ

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25、背中に乗ってもういちど

 「こんなでっかい戦い、ひさしぶりだぜ。ひゃははは!」

 

 目の前に広がる、果てしない平原。そのはるか地へいのさきを見下ろしながら、今ひとりの人間の少年がいいました。

 

 平原のまん中には、ゆたかな水をたたえた大いなる大河が、ゆうゆうと流れています。その少年が立っていたのは、海の色のまじった白い石できずかれた、巨大なとりで。その白いかべの上につき出た、物見の塔の上でした。

 

 「あそびではない……。これは、けいやく……。われのつとめを、果たすのみ……」

 

 少年のうしろに、少年よりもはるかに大きく、全身を黒と金色のよろいかぶとでがっちりとかためたおそろしい感じの男がひとり、立っていました(少年とくらべたら、まるでくまとうさぎでした)。いえ、男といいましたが、はたしてこの者に、ほんとうにせいべつがあるのでしょうか? なぜなら、その者の顔は……、ひええ! あのやみの精霊にそっくりな、まっ黒な影のような顔! そしてその影の中にぽっかりと、赤いふたつの目がかがやいているだけだったのです!(なんというおそろしさでしょう!)その影の者が、すがたかたちと同じくらいおそろしげな、うなるような声で、少年の言葉にそうこたえました。

 

 「あいかわらず、おもしろくないやつだね、おまえは。」ふたたび少年が、自分のうしろに立っているその影の者にいいました。「見ろよ! この、戦いの大ぶたいを! もう百年も、たいくつな日々にうんざりしてたところだからな。おれさまの力を、ぞんぶんに見せつけてやるよ。ひゃははは!」(ひゃ、百年? いったいこの少年は、なに者なのでしょう? 見た目は、ごくふつうの、「せいかくの悪そうな」少年でしたが……)

 

 みなさんのごそうぞうの通り。ここはベーカーランドのそのふたつのとりでのうちのひとつ。エリル・シャンディーンと同じ海の色のまじった白い石できずかれた、べゼロインのとりででした。おそろしい魔女たちのさくりゃくにより、なすすべもなく悪の手に落ちることとなった、巨大なとりで。べゼロインとりでは今や、きたるべくこのさいごの戦いにおいての、ワットの黒の軍勢のほんきょちとなってしまっていたのです……。

 

 その黒の軍勢のほんきょちとなった、べゼロインとりで。そのとりでの上のいちばん高いところにじんどっているからには、この少年と影の者は、黒の軍勢の中でも、そうとうにくらいの高い者たちにちがいありません。そしておどろくなかれ。じつはこの者たちは、わたしたちの思っている以上の、とんでもなくおそろしい者たちだったのです。

 

 やみのけんじゃガノン。それがこの少年のしょうたいでした。人間の種族の者で、身長はライアンと同じくらい。小がらで、きゃしゃなからだ。夜のやみのように黒い、肩までのびたつややかなかみ。そでのない黒いチョッキと、同じくそでのない白いシャツを着ていて(そでがないため、二のうでがむき出しになっていました)、手にはさきっぽにむらさき色の石のはまった、鉄のつえを持っています(マリエルのつえににていました)。そしてその話し方からもおわかりの通り、負けん気が強く、おれさまなせいかく(ワットの魔女っこ三姉妹の三女、エカリンの、「男の子ばん」といったところでしょうか? ということは、かなり悪ーいせいかくです)。見た目は十三さいくらいに見えましたが、さきほどのかれのせりふからもおわかりの通り、そのほんとうのねんれいはなぞにつつまれていました。

 

 これらのことは、ただの見た目でした。なにしろ、けんじゃとよばれているほどのじつりょく者です。よほどの力がなければ、けんじゃなどとはよばれません(それがよいけんじゃでも、悪いけんじゃでも)。そしてその通り、このやみのけんじゃガノンは、このアークランドのれきしの中において、たくさんのくにぐにが生まれるそのいぜんのむかしから、数々の悪名をとどろかしている人物でした(それはもう、とびっきりのわるがき……、いえ、悪者でした)。

 

 そのおそろしき伝説のガノンが、黒の軍勢に加わっていたのです! りゆうはどうあれ、それはこのアーラクンドのぜんなる者たちにとって、おそるべききょういであることにほかなりませんでした。

 

 そしてガノンのうしろに立つ、影の者。黒と金色のよろいかぶとに身をつつんだ、暗黒の騎士。そのしょうたいを知ったら、気の弱い者ならば、あまりのおそろしさに腰をぬかしてしまうかもしれません。このおそろしい影の者の名は、ギルハッド。ほかでもありません、このギルハッドは、やみの中の悪魔たちのことをひきい戦う、魔界のくにの王だったのです!(いわゆる、魔王というやつです! ひええ!)

 

 なぜそれほどのきょうふの者が、こんなところに……! 悪いじょうだんだというのなら、怒らないからそうだといってほしいくらいです。しかしこれは、げんじつでした。そしてすべては、やみのけんじゃガノン、かれのそんざいによるものだったのです。

 

 ガノンの力のみなもと、それは文字通り、やみの力、魔の力でした(アーザスが手にいれた力も、このやみの力でした)。ガノンは長年に渡るおそるべきけんきゅうによって、ついに悪魔たちをもしたがえる、そのおそろしきすべを身につけたのです。

 

 魔の取りひき。ガノンはその取りひきによって、人間のげんかいをはるかにこえたそんざいとなりました。そのためとしを取ることもなく、ねんれいは十三さいのままでとまっていたのです(これで、なぞのひとつはとけました)。そしてガノンのよび出した、きゅうきょくの魔。それこそが、この魔界の王ギルハッドでした。

 

 ふつうだったら、魔界の王がひとりの人間になど、したがうはずがありません。へたをすれば、いのちさえも、あっというまにうばわれてしまいかねないのです。それほどこの取りひきはむずかしく、危険なわざでした。ですがガノンは、おそるべき力を持ったけんじゃ。ふつうなどという言葉は、かれには通じないのです。魔界の王すらもしたがわせるほどの、じつりょく、それがこのやみのけんじゃ、ガノンでした(ガノンのおそろしさを、伝えることができたでしょうか?)。

 

 魔のけいやくによって、悪魔の王すらもしたがえる、やみのけんじゃ。そして、魔そのものの、魔界の王ギルハッド。このふたりの者が加わった、黒の軍勢……。さいごの戦いがひとすじなわではいかないということは、だれの目においてもあきらかでした。われらがベルグエルム、フェリアル、ライラ、そしてぜんなる白き勢力の者たち、かれらはいったい、このおそろしきげんじつに、どう立ちむかえばよいのでしょうか……?

 

 「見ろよ。おまえの部下たちも、やっと、ごとうちゃくだぜ。」

 

 ガノンが塔の上から、とりでのうしろに広がる大平原をさしながら、ギルハッドにいいました。部下たちですって? 魔王の部下たちって、それはまさか……。

 

 「ずいぶんと、待たせてくれたぜ。でも、ま、あいつらだったら、それでも上できか。けいやくのぶんは、きっちりとはたらいてもらうからな。おまえもだぜ、ギルハッド。ひゃははは!」ガノンはそういって、高らかに笑いました。

 

 白のとりで、べゼロイン。そのはいごの大平原に今、おそろしい光景が広がっていました。草も土も、まるで見えないのです。空気すらもなくなってしまうんじゃないか?

それほどにうめつくされた、黒い影……。そう、この大平原をうめつくしている、黒い影、それらはすべて、黒のよろいかぶとに身をつつんだ、おそろしき黒の軍勢の者たちでした……。

 

 そのいっかくをしめる、魔の兵士たち。それはギルハッドの部下たち。ガノンが魔界からよびよせた、悪魔の兵士たちでした。かれらはガノンのいう通り、まさに今、魔界のとびらを通って、この大平原の地へとあらわれてきたところだったのです! 人間の兵士たちも、悪魔の兵士たちも、かいぶつの兵士たちも、みなひとつとなって、じんどっていました。かれらのもくてきは、ただひとつ。ベーカーランドをほろぼすこと。そのためだけに、つき進んでくるのです。

 

 「いったい、ベーカーのやつらが、どこまで持つかな? すこしは、楽しませてくれよ。」

 

 ガノンのぶきみな笑い声が、ふたたび、この暗い空の下にひびいていきました。

 

 

 

 「あれえー? みんにゃ、どこいったにょかにゃあ?」

 

 ラグリーンの里にもどったリュキアが、あたりをきょろきょろとながめ渡しながら、首をかしげていいました。

 

 「おかしいですね。人っ子ひとりいない。いったい、どこへいったのか。」マリエルもあたりを見まわしながら、ふしぎがります(人っ子というより、ねこっ子といった感じですけど)。

 

 ふたりのいう通り、もどってきたラグリーンの里には、さいしょにここへきたときのようなラグリーンたちのすがたが、まったく見あたらなくなっていました。そのへんのしばふでひる寝をしている者や、空をぷかぷか、ただよっている者もおりません(とくに説明していませんでしたが、そういうラグリーンたちはみんながここにきたとき、ふつうにいたのです。説明を忘れたわけじゃありませんよ、うん)。みんなそろって、大ひなたぼっこ大会にでも出かけたのでしょうか? いえ、今にかぎっては、そんなことはありませんでした(いつもだったら、あり得るかもしれませんが)。かれらはきたるべくさいごのときにむけて、かれらなりに、その運命をむかえいれるじゅんびをしていたところだったのです。

 

 

 「やっぱり、もどられましたね。」

 

 

 ふいに、上の方から声がしました。見ると、だんだんばたけのようなたくさんの小さな広場のそのひとつから、今、かわのチョッキを着たふたりのねずみの種族の者たちが、こちらへとおりてくるところだったのです。かれらは、そう、ラグリーンたちのめい友である、ラットニアの者たちでした。

 

 「ラフェルドラードどのより、でんごんをうけたまわっております。『われらは、ラグリーンの聖地、ヒアキムいせきにて待つ。さいごの旅立ちのときは、今だ』と。かれらは、あなた方が去っていくのと同時に、かれらの聖地である岩山のいせきへとむかわれました。ラフェルドラードどのは、あなた方がすぐにもどられるということを、知っていたのです。」

 

 そう、ラフェルドラードは精霊王から、すべてをきかされていたのです。かつてのウルファの少年、ロビーベルク。かれがふたたび、自分のもとをおとずれるとき。そのときこそが、もういちど、かれのことをみちびくべきとき。このアークランドのみらいを分ける、運命のときなのだと。そしてその運命に敬意をはらい、すべてを受けいれるため、かれらはかれらの聖地であるヒアキムのいせきという場所にまで、出かけました。その場所は、ラグリーンたちのそのつばさにせいなる力を与えるとされている、とくべつな場所でした。さいごの運命のときにあたって、ラフェルドラードをはじめとするラグリーンの者たちは、その聖地で、ロビーたちのことを待ち受けているというのです。

 

 「ヒアキムいせきですか。」マリエルがいいました。「ぼくの頭のじしょをひもとくと……、『ヒアキムいせき。大いなるつばさの種族、ギルフィンたちがきずいた、みやこのあと。ギルフィンたちが去ってからだいぶひさしいが、いまだにこのいせきには、数々のふしぎな力が眠っているとされる。なぞ多きねこの種族、同じくつばさ持つラグリーンたちは、ギルフィンたちのまつえいとされる種族であり、かれらはこのいせきを聖地とあがめて、重要なぎょうじやまつりごとをとりおこなうとされる。』なるほど、たしかにラグリーンたちにとって、とても重要な場所のようですね。ぼくらの旅立ちを見送るのには、ふさわしい場所です。」

 

 すごい! マリエルの頭の中には、魔法のじしょがまるまるいっさつはいっているんですね! さすがは、べんきょうの先生のうちの子。ライアンにはまねができません!(でも「お菓子大ひゃっか」とかいう本なら、まるまるいっさつはいりそうですけど。)

 

 「よけいなりくつなんて、どうでもいいからさ。」リズがいいました。「早く、そのヒアキムいせきってとこ、いこうぜ。こいつ、すっげえ重いんだよ。」

 

 そうでした、リズはさっきからずっと、「ケーキをたらふく食べておなかぽんぽんになっているライアン」と、「ライアンのお菓子がぱんぱんにつまったかばん」を、背おっていたのです。さっさともくてきの場所までついてしまいたいという気持ちも、わかりますね(ごくろうさまです)。

 

 「ヒアキムいせきにゃら、すぐそこだよ。」リュキアが、里のむこうの岩山のことをゆびさしながら、いいました。「ひゅんっ! って飛んでったら、たったにょ十びょうでついちゃう。近い近い。」(いや、きみはそうかもしれないけど、みんなはひゅんっ! って飛べないから……)

 

 「じゃあ、道あんないをお願いね、リュキアくん。それじゃ、ぼくたちは、そこにむかいます。ありがとうございました。ええっと……」ロビーがリュキアにあんないをお願いしてから、でんごんを伝えてくれたラットニアのふたりにおれいをいおうとしましたが……、名まえが出てきません。みんな、舌をかみそうな名まえばかりでしたので、ロビーはかれらの名まえを、ぜんぜんおぼえられていなかったのです(ロビーはというより、ライアンとリズ、それとリュキアも、かれらの名まえをぜんぜんおぼえていませんでしたけど。マリエルはおぼえていたみたいですが。さすがです。ちなみに、わたしもいまだにかれらの名まえは、ひき出しの中のメモを見ないと思い出せません……)。

 

 「ランクランドール・ラルールットールです。ロビーさん、どうぞ、お気をつけて。」ランクランドールがいいました。そうそう、そういう名まえでしたね。

 

 「ありがとうございます、ランクランドールさん。」ロビーがかしこまって、こたえます(親しみをこめて、みょうじはしょうりゃくしていいました。親しみをこめてですよ)。

 

 「プリンクポント・パルピンプルラックルです。アークランドの命運は、あなたにかかっているのです。心より、旅のせいこうをおいのりいたしております。」プリンクポントが敬礼をし、深くおじぎをしながらいいました。ランクランドールも、それにつづきます。

 

 「ありがとう、プリンクポントさん。」ロビーはほこり高きウルファの敬礼を、このほこり高きラットニアの勇士たちにささげました(ちなみに、かれらのリーダーであるリーリングル・リマシリングルスタールは、ラグリーンたちといっしょに、ヒアキムのいせきまでおもむいていました。里に残っていたこのふたりのラットニアたちは、ロビーたちにでんごんを伝えるという、そのめいよあるおるすばんをひき受けていたのです)。

 

 

 「どーこーがー、近いんだよー!」

 

 リズがその背にライアンをかつぎながら(ロープでしっかり、からだにしばりつけてありましたが)、岩かべにしがみつき、ひいひいいってさけびました。

 

 リュキアのいう通り、たしかにヒアキムのいせきはすぐそこでした。ですけどそれは、やっぱりラグリーンたちにとっての話。ひゅんっ! って飛んでいけない仲間たちにとっては、ヒアキムのいせきは、けわしい岩の道を越え、切り立ったがけをのぼっていくいがいたどりつけないという、とんでもなくやっかいな道のりのさきにあるいせきだったのです!

 

 「もんくいわないの! これも、ロビーさんのためだろ。」マリエルが同じく、ひいはあいいながら、岩山をよじのぼっていきます(ところでマリエルは、がけをのぼる前にまた新しい服に着がえていました。こんどはかわいいのに加えて……、動きやすい服。がけのぼりにてきしたうんどう着(ジャージ)に、着がえていたのです。胸に大きく、「フィアンリー」の名まえいり。こんな服まで持ってきていたんですね。なんとも用意がいい。ちなみに、色は上下赤です)。

 

 「だ、だいじょうぶ? ふたりとも。ライアンなら、ぼくが背おっていくから、むりしないで。」ロビーがいいましたが、マリエルは「ロビーさんには、むだな体力を使わせるわけにはいきません。」といって、ききいれてくれませんでした。

 

 おわかりの通り、みんなは今、まっすぐ上へとつづいている切り立ったがけを、よいしょよいしょとのぼっているところでした。高さは八十フィートほど。ですがこのくらいのがけなら、このノランべつどう隊にとっては、どうってことないはずだと思うのですが、なぜかれらは、こんなにもくろうしているのでしょうか?

 

 じつはそこにはまた、みんなの思いもよらないこんなんが、かかわっていたからなのです。

 

 まず第一に、この場所の岩のすべてが、「魔法をはじき飛ばす」というとんでもないせいしつを持った岩だったということ! マリエルはさっそく、ふわふわえんばんのじゅつを使って上までのぼろうとしましたが、(ちなみに、イーフリープ帰りでしたから、まだ力をコントロールするのにだいぶくろうしたのです。でもそこは、持ち前のゆうしゅうさでなんとかしました。っていうか、なんとかできちゃうものなんですね……。さすがマリエル)えんばんを出したしゅんかんに、ぶおんっ! 魔法のえんばんは岩山にはじき飛ばされて、はるかむこうの空に吹っ飛んでいって、きらりん! お星さまになってしまいました。

 

 「な! なにおーう! それなら!」こんどは岩山をのぼりやすくするため、仲間たちのからだを羽のようにかるくする、ふわふわはねはねのじゅつという魔法を使いましたが、魔法をかけたしゅんかんに、ぶおんっ! みんなのからだの中から、今かけた魔法のエネルギーがみんな岩山にはじき飛ばされて、はるかむこうの空に吹っ飛んでいって、きらりん! お星さま二ごうになってしまったのです。

 

 そういったわけで……、みんなは自力でロッククライミングしていくほか、なくなってしまったというわけでした。それでもほんらいシルフィアであるリズなら、魔法がなくても、こんな岩山くらいはすいすいのぼっていけるはずでしたが、なにしろ重いライアンを背おっておりましたから、さすがにむりだったのです。そのうえこの岩山には、上にロープをひっかけられるようなところも、なにもありませんでした(せめて上に、しっかりとした木のいっぽんでも立っていてくれたらよかったのですが)。さきにのぼって上からひっぱり上げるのも、ひっぱる人がぽろぽろとした地面に足を取られてすべり落ちる危険が大きかったので、やめました(ここの岩場や地面はとてももろく、たとえくさびをうちこんだとしても、それがすぐにはずれてしまいました。いちどリズが上にくさびをうちこんで、そこにロープをたらしてみましたが、そのロープをのぼろうとしたとたん、ずぽっ! くさびが岩からはずれてしまったのです。ですが手足を使ってゆっくりしんちょうに大きな足がかりをえらんでのぼっていけば、たとえライアンを背おっていたとしても、のぼれないこともありませんでした。ですからみんなはしかたなく、からだひとつで、この岩山をのぼっていくことにしたのです。それでもねんのため、みんなはおたがいのからだをロープでしばって、つないでいましたが。魔法も山のぼりの道具も使えないとなると、こんなくらいのことしかできませんでしたから。

 

 ちなみに、みんなのにもつはあらかじめリズがさきにのぼって、上においてきてくれました。なにしろ、「ライアンのお菓子がぱんぱんにつまったかばん」や、「マリエルの服がいっぱいにつまったかばん」など、にもつが多かったですから……)。小さなリュキアでは、みんなをはこんでいくのもむりですし、しかもリュキアは、「さきに、里長さんとこいってるねー。早くきてねー。」といって、ひとりで飛んでいってしまったのです……(せめてにもつくらいは、上にはこんでいってもらいたかったのですが……)。まさに、だめだめづくし!

 

 そしてふたつ目のこんなん。それはこの場所の空気が、すごーくうすいということでした。ですから、ふつうだったらこんなていどのロッククライミングならへっちゃらなリズでさえ、ライアンを背おって、息を切らして、ひいはあいっていたというわけなのです。

 

 「こいつ、起きたら、まず、ひっぱたいてやるからな、おれ。」リズが岩山をのぼりながら、胸にわき起こるもえたぎるけついをあらわにしました。

 

 

 それから、十分ご……。

 

 「ほら、ついたぞっ!」リズががけのてっぺんを乗り越えて、たいらな地面にライアンのからだをどさっ!と放り出して、いいました。「おれはもう、こいつ背おうのだけは、かんべんだぞ。こんなにちっこいのに、なんでこんなに、重いんだよ、まったく!」

 

 リズがそういって、地面に手足を放り出して寝っころがります(よっぽどつかれたんでしょうね。おつかれさまです)。そしてそのあと、マリエルとロビーもようやくのことで、てっぺんまでたどりつくことができました。

 

 やれやれ。とんだところでたいへんな目にあってしまいましたが、とにかくみんなはこうして、ラグリーンたちの聖地、ヒアキムいせきのある山のてっぺんにまで、たどりついたのです。

 

 

 そこは強い風の吹きすさぶ、さみしい岩場でした。あちらにもこちらにも、大きくて荒々しい岩がごろごろしています。植物はほとんど生えていません。そしてあたりの岩山をよく見てみると、なるほどたしかに、この場所が大むかしのまちのいせきだということがわかりました。

 

 そのほとんどはくずれ落ちてしまっていて、たてものはほとんど、がれきの山になっていました。ですがいくらか、りっぱなはしらの数々や、あずまやのやねなどが残っております。そしていせきを進むみんなの前に、とつぜんそれはあらわれました。

 

 大きな岩山の影からあらわれたのは、それぞれがなんとも巨大な、つばさを持ったライオンのような生きものの、ふたつの石ぞうだったのです! なんという大きさ! そしてなんという、みごとなちょうこくなのでしょう! まるで今にも動き出して、飛びかかってきそうなふんいきです。高さはともに、見上げるほど。七十フィートほどもあるでしょうか? それらの巨大な石のぞうが、まるでそのさきのべつ世界へとつづく門のように、ふたつならんで、ででーん! とそびえたっていました。

 

 「ふええ……、すごい!」ロビーが見上げて、思わずいいました。それはまるで、エリル・シャンディーンのぎょくざで見た女神リーナロッドのぞうのような、みごとさだったのです(見た目の力強さでは、目の前のこのライオンのようなぞうの方が上かもしれません)。

 

 「ギルフィンたちの神、ティアとギルムのぞうですね。」マリエルが同じく、見上げながらいいました。「いい伝えによれば、かれらは風そのものをあやつり、風とともに、この地におり立ったといわれています。ぼくの頭のじしょをひもとくと……」

 

 「ひもとかなくていいよ。べつに、きょうみないし。」リズがやれやれといった感じでからだ中をマッサージしながら、いいました(リズの「にもつ」は今、ロビーが背おっていました。マリエルじゃ、ライアンを背おっていくのはむりですから。マリエルはロビーにむだな体力を使わせたくありませんでしたが、さすがに今のリズでは、いうことをきかせられそうもありませんでしたので)。

 

 そのとき……。その二体の石ぞうのむこう、そこは石だたみの広場になっていましたが、その広場から五、六人ほどの者たちが、こちらへとやってきたのです。それはこの場所のげんざいのあるじたち、つばさ持つねこの種族、ラグリーンたちでした。

 

 「もどってきたにゃ。さいごにょ力を、手にいれたか。」

 

 ききおぼえのある、力強い声。それはラグリーンの里アップルキントの長、ラフェルドラードでした。りっぱな服そうをした身分の高そうなラグリーンたちや、ラットニアの使者たちのリーダー、リーリングル・リマシリングルスタールもいっしょです。はしっこにはおなじみのリュキアがいて、となりにいる大人のラグリーンのしっぽにいたずらをしていました(じっとしているのはむりのようですね。「こら、やめんか。」年長さんのラグリーンに怒られておりましたが)。

 

 「は、はい。その、たぶん……」ロビーがこたえましたが、ロビーにはまだ自信がありませんでした(まだあれからじっさいに剣を使ったわけではありませんでしたので、ほんとうにそんな力を自分が得たのかどうか? はっきりしないからでした)。

 

 「心配はいらにゃい。精霊王を信じるにょだ。」ラフェルドラードがこたえます。たしかにその通りでした。精霊王のいったことですもの、それは信じていいのです。

 

 「ラフェルドラード里長、ぼくたちには、さいごの旅をむかえるじゅんびができています。」マリエルがみんなの前に進み出て、さほうにのっとったおじぎをしながらいいました(服そうはジャージのままでしたが……)。「精霊王は、おっしゃいました。あなた方、ほこり高きラグリーンの者たちに、助けをこえと。さいごの旅の道のりは、あなた方の、そのつばさにかかっているのですね?」

 

 マリエルのいう通りでした。「ラグリーンの者たちに、道あんないをたのんでおいた。」あの精霊王の言葉は、そういうことだったのです。ロビーのさいごの旅、アーザスの待つ怒りの山脈へのさいごの道のりは、このラグリーンたちのほこり高きつばさによってひらかれました。かつてロビーが、かれらのその背中のつばさによって、運命の地にまではこばれていったように……(うしろの方では、リズが「ようするに、ラグリーンの背中に乗っかって、飛んでけってことだろ? なにをもったいぶったいい方してるんだか。」とぶつぶついっていましたが。ま、まあ、その通りなんですけど……)。

 

 「かつて、きみをはこんだときも、ここからだった。」ラフェルドラードが静かな声でいいました。「わがつばさは、ギルフィンにょ力。いにしえよりにょ、そにょ力をもって、ロビーベルクよ。わたしは、今、ふたたび、そにゃたにょつばさとにゃろう。さあ、まいられよ。」

 

 ラフェルドラードがそういって、ロビーのことを手まねきします。

 

 

 いよいよ、このときがやってきたのです。

 

 ですが、そのとき……。

 

 

 「むにゃむにゃ……、まかせて……。せいなるタドゥーリの名において、精霊王さまに、心よりの敬意をひょうします……」

 

 ロビーの背中から、急に声が。そう、それはライアンでした。さいごの、ときここにきて、ようやくライアンが目をさましたのです(だいぶ寝ぼけているようですが……)。

 

 「やっと起きたか! まず、おれからやらせろ!」リズがそういって、ライアンのほほをぺっちーん!(あいをこめて)ひっぱたきました。「さんざん、くろうかけさせやがって!」

 

 「ふえ? なになに?」ライアンがわけもわからず、びっくりしてそういいます。

 

 「つぎはぼくです。こいつ! なんで寝てるんだよ!」マリエルがそういって、ライアンのわきばらを、こしょこしょ、こしょこしょ! (ねんいりに)くすぐりました(ほんとうにくすぐるんですね……)。

 

 「わひゃひゃひゃ! なにすんのさ、マリー! やめ……、わひゃひゃひゃ! そこだめー!」

 

 

 なんだかわけがわかりませんが……、とにかくライアンが目をさましたのです。ですがそれによって、みんなはこれから、とってもたいへんな目にあうはめになってしまいました。

 

 

 「あーあ。どうすんだ? あれ。」リズがうしろの方を親ゆびでゆびさしながら、マリエルとロビーのふたりにいいました。

 

 「まさか、あそこまで泣くなんて……。計算がいです。」マリエルが口をぽかんとあけて、どうしたものかとつぶやきました。

 

 みんなのしせんのさき。その地面の上には……。

 

 「なーんーでー、起ごしてぐれながっだのさー! びえええーん! ぶわわあーん!ぶわか、ぶわかあー! ぴえええーん!」

 

 大泣きしながら地面をころげまわる、ライアンのすがたが……。

 

 あこがれの精霊王。アークランドのすべての精霊使いのだいひょうとして、そしてシープロンでははじめて、自分が精霊王とのえっけんをつとめることになるはずだったのです。それがまさか、精霊王とひとことも言葉をかわすこともなく、眠りこんでしまうなんて! なんというふかく! とうぜんライアンのそのあふれんばかりの感じょうは、起こしてくれなかったみんなに対して、ばくはつしてしまったというわけでした……。

 

 「お、起こそうとしたんだよ。でも、ぜんぜん起きないんだもの。きっと、精霊王さまのくれたケーキ、食べすぎたんだよ。あんなに食べちゃうから……」ロビーがなんとかとりつくろおうと、ころげまわるライアンのことをせっとくしようとしましたが……、ロビーの言葉も、あんまりききめがないみたいですね。どうやらこのまま、しばらく放っておくしかなさそうです(マリエルの魔法も、岩山にはじき飛ばされて使えませんし……)。やれやれ……。

 

 「びええーん! ロビーの、ぶわかあー!」

 

 

 岩山から吹きおろされる風が、ほほにあたって通りすぎていきました。アップルキントの里からほど近い、岩山の上のいせき。里ではあんなにいいおてんきでしたのに、このいせきの空は、どんよりとあつい雲におおわれていたのです(ひみつめいた場所というのは、たいていこんな空をしているものです)。そのいせきのもっともしんせいな場所。石のはしらが立ちならぶその広場のまん中に、今ロビーと仲間たちは立っていました(ライアンだけは、いまだにむこうの地面の上で、ひざをかかえてぐずりこんでいましたけど)。

 

 「いだいにゃるそせん、ギルフィンにょ力を、わがつばさに!」

 

 ラフェルドラードが空にかた手をかざし、まるでじゅもんのように言葉をとなえました。すると……。

 

 とつぜん、ラフェルドラードのその背中のつばさが、まばゆいばかりのこがね色の光につつまれたのです! そして、つぎのしゅんかん。

 

 

   ぶおんっ! ばさっ! ばさっ!

 

 

 そのこがね色のつばさが、なんばいもの大きさにまでふくれ上がって、はばたきました! そしてつばさだけではありませんでした。ラフェルドラードのからだが、さきほど見たギルフィンの神さまたちの石ぞうのような、力強くたくましいすがたへと変わったのです!(これが、せいなるいせきにやどったギルフィンの力! すごい!)

 

 風の力をあやつったとされる、かつての種族、ギルフィン。今この石の広場は、そのギルフィンたちの残した大いなる力にあふれていました。風がぐるぐると、広場のまわりをまわりはじめます。そしてその風はやがて、広場のまん中に立つラフェルドラードのもとに集まり、そのこがね色のつばさの中へとすいこまれていきました(ちなみに……、このギルフィンの力はこの場所でしか得ることができないのはもちろんのこと、いちにちにいちどだけ、それもせいぜい数時間ていどしか使うことのできない、とてもとくべつなものでした。そして怒りの山脈までの道のりは、そのギルフィンの力でたどりつくことのできる、ほぼぎりぎりの道のりだったのです。ですからギルフィンの力を使うために、ラフェルドラードのことをエリル・シャンディーンなどのほかの場所によびよせておくというようなことも、できませんでした。怒りの山脈への出発は、ほんとうに今このとき、この場所からでなければならなかったのです)。

 

 「さいごにょ、旅立ちにょときだ。」ラフェルドラードがこがね色のつばさをはばたかせ、ロビーにいいました。「そにゃたはここから、ただひとりで、怒りにょ山脈へとむかわにゃければにゃらにゃい。それは、わかっているにゃ?」

 

 ラフェルドラードの言葉、それはロビーが思っていた通りのものでした。ノランはなにもいいませんでした。ですがロビーには、だれにいわれることがなくともわかっていたのです。あるいはロビーの腰の剣が、そう教えたのかもしれません。運命のけっちゃくをつけるため、さいごの戦いの場にむかうことができるのは、アーザスにたいこうすることのできる力を持った、自分だけなのだと……(たとえアーザスとちょくせつに戦うことがなくても、そこへたどりつくまでにはどうしても、アーザスのそのよこしまなる力の前にそのすがたをさらけ出さなくてはならないのです。それがアーザスの力にたいこうすることのできない者であったなら……。そう、みんなといっしょにいけば、かれらをいたずらにきずつけてしまうだけでした。だからこそロビーは、ただひとりだけで、さいごの道のりの中にむかおうとしていたのです……)。

 

 「はい……」

 

 ロビーが静かにこたえました。すでに心は、かたまっていたのです。ですが……。

 

 仲間たちはそうではありません。マリエルもリズも、きゅうせいしゅであるロビーのことを助けみちびくそのやくわりは、旅のさいごのさいごのときまで、つづくものだとばかり思っていましたから(とくにマリエルにとってこの旅は、ししょうであるノランからいいつかわされた、はじめての大しごとでした。ノランのきたいにこたえ、さいごまでりっぱにそのやくめを果たしてやろうと、はりきっていたのです)。

 

 「おまえ……、なにいってんだよ。」リズがロビーに近づいて、いいました。

 

 「まさか、ひとりでなんて、むちゃです。」マリエルも、ロビーの前にまわっていいました。

 

 しかしマリエルとリズのふたりは、そこではっきりと、りかいしたのです。かくごをきめ、自分の運命のことをさとった、ロビーの目。その目はきゅうせいしゅとしての力強さとほこり、そして不安とかなしみ、それらのものであふれていました。

 

 

 ロビーとともにいくことは、もうできないのだと……。

 

 

 リズもマリエルも、それ以上なにもいうことはできませんでした。すでにロビーの運命は、自分たちのおよぶことのできない、手のとどかないところにまでいってしまっていたのです(たとえむりやりついていったとしても、もう自分たちではそこでロビーのために、なにか力になってやれるようなことはないのです。むしろ、ロビーの足手まといになってしまうだけでした。マリエルもリズも、そのことをここで、りかいしたのです)。

 

 「ありがとう、マリエルくん。ありがとう、リズさん。」ロビーが、仲間たちにやさしいひとみをむけていいました。「ぼくのつとめを、果たしてきます。だいじょうぶ、心配しないで。きっと、うまくやるから。」

 

 リズもマリエルも、うつむいたままなにもいえませんでした。胸にあついものがこみ上げてくるのが、感じられました。マリエルの目には、なみだがあふれていました。くちびるをぎゅっとかんで、手にしたつえをぎゅっとにぎりしめて……。

 

 「もどってこいよ。」

 

 リズが、ふりしぼるようにそういいました。ロビーは静かにうなずいて、このすばらしき友、青がみのぎんゆう剣士リズの手を、がっしりとにぎってあくしゅをしました。そして。

 

 「ありがとう、マリエルくん。きみがいてくれて、ほんとうに助けられたよ。心から。」

 

 ロビーはそういって、うつむいていたマリエルのことを、ぎゅっとだきしめました。

 

 と、そのとき……。

 

 ロビーは自分のうしろに、小さな影が見えるのに気がつきました。ロビーにはそれがなんだか? すぐにわかりました。もう、なんべんもなんべんも、見てきた影。小さなすがたに、力いっぱいのげんきと明るさと前むきさをつめこんだ、いちばんの友。その友の影だったのです。

 

 「ライアン……」

 

 ロビーがそういって、ゆっくりとふりかえりました。そしてそこには、ロビーの思った通り、ライアンのその小さなすがたがあったのです。

 

 

 とうとう、このときがきた……。

 

 

 ロビーはそう思いました。この旅をはじめたときから、おそらくはかなしみの森の自分の家のほらあなを出発したときから、ロビーにはなんとなくわかっていたのです。自分の運命の中へとふみこんでいくとき、そのときがきたら、ぼくはただひとりで、さきへ進まなくちゃいけなくなるのだろうと……。

 

 ライアンは泣きはらしてまっ赤な目をして、しばらくだまったまま立っていました。両手のこぶしをぎゅっとにぎって、口を、きっ、と、ま一文字にむすんで。

 

 「ライアン……」

 

 ロビーがふたたび、ライアンの名まえをよびました。そして、ようやく……。

 

 「なに、かってにきめてんのさ……」

 

 ライアンがぼそっと、こわいくらいの顔をしていいました。

 

 「ライアン、きいて。」ロビーがいいかけましたが……。

 

 

 「ロビーの、ばかあー! ぼくがいなくちゃ、なんにもできないくせにー!」

 

 

 ライアンが、その思いをばくはつさせました。ずっとせわがやけて、ぼくがめんどうを見ててあげなくちゃ、どんな危険な目にあうか? わかったもんじゃないロビー。ぼくがついててあげなくちゃ、なんにもできないロビー。ロビーをほんとうに助けられるのは、ぼくだけなのに。ロビーのことなら、ぼくがいちばんよくわかってるのに!

 

 「ばかー!」ライアンはそういって、ロビーのからだを両手でぽかぽかたたきました。

 

 「うわああーん!」大声を上げて、ライアンは今まででいちばん、泣きました。

 

 ほんとうは、ライアンにもわかっていたのです。エリル・シャンディーンにたどりついて、アルマーク王やノランからたくさんのしんじつをきかされたときあたりから、ロビーの運命が、もう自分の手にはおよばないところにまで、いってしまっているのだと。ですがライアンは、それからずっと、そのことを深く考えないようにしていました。きっと、ぼくが助けてあげられる。なにか、いい手があるよ。ライアンはさいごまで、ロビーにくっついていく方法を考えていたのです。

 

 ほんとうならライアンのやくわりは、ロビーをアルマーク王のもとへととどけたところで、終わっていたはずなのです。ですがライアンは、(アルマーク王をおどして)ついてきました。さきのばしにしてきていた、ロビーとのわかれ。それがとうとう、やってきてしまったのです。

 

 ライアンは、それを受けいれたくありませんでした。でも、受けいれなくてはならないのです。しかしライアンには、自分の気持ちをおさえることなんてできませんでした。ですからどうしようもないこの気持ちを、ただただロビーに、まるで子どものようにぶつけるしかなかったのです。ライアンの気持ち……、それは、痛いほどのものでした。

 

 「ひとりでいくなんて、だめー! だめだめ! いっちゃやだー!」

 

 ロビーにくい下がりつづけるライアンに、マリエルとリズが近づいて、その肩をつかみました。

 

 「おい、いいかげんにしろよ。」リズが、ききわけろといわんばかりに、きつくいいました。

 

 「きいたろ。もう、ぼくたちじゃ、ロビーさんを助けることは……」マリエルが、そういいかけたとき……。

 

 「そんなの、わかってるもん……」ライアンが小さくいいました。

 

 「ぼくがいちばん、よくわかってるもん……」

 

 ライアンはそういって、その場にへたりこんでしまいました。からだ中のすべての力が、ぬけてしまったかのようでした。

 

 「おまえ……」

 

 「ライスタ……」

 

 リズもマリエルも、そのときになってはじめて、ライアンのほんとうの気持ちを知ったのです。ライアンは胸が張りさけそうなくらいに、つらいのです。でも、どうすることもできない。それがわかっているから、よけいにつらいのです。だからこそ子どものように、だだをこねることしかできなかったのだと……。

 

 「ライアン……」ロビーがしゃがみこんで、ライアンのことをだきしめました。強くだきしめました。

 

 「ライアン、きみに出会えて、ほんとうにうれしかった。しあわせだった。ずっとひとりぼっちだったぼくに、きみは、勇気と力を与えてくれたね。きみは、ぼくにとって、光そのものだ。」

 

 ロビーはそういって、ライアンのほほにそっとキスをしました。ロビーの目には、なみだがあふれていました。

 

 「きみは、ぼくのいちばんの友だちだよ。それは、いつまでも変わらない。」

 

 ライアンはようやくになって、ロビーのことを見ました。ロビーはやさしい顔をして、自分のことを見つめていました。なにも変わっていません。なにか変わるなんてことは、すこしも思えませんでした。

 

 「帰ってこないと、しょうちしないから……」ライアンが鼻をずずっとすすって、目をごしごしとこすりながら、いいました。「ぼくを怒らせたら、こわいんだからね。」

 

 「あはは。」ロビーはそこでようやく、声を上げて笑いました。「そんなの、知ってるよ。だって、帰ってこなかったら、ぼく、ライアンに殺されちゃうもの。」

 

 ライアンはちょっとだけ笑って、いいました。

 

 「よく、わかってるじゃない。とっておきの大わざだって、まだ残ってるんだからね。」

 

 ふたりはそのまま、まるでそこだけ時間の流れがとまってしまったかのように、いつまでもいつまでもだきあっていました。

 

 

 

 こがね色のつばさが、空高くまい上がっていきます。

 

 その背にロビー、ひとりを乗せて。

 

 

 そのつばさからおうごんの光のつぶが、きらきらとこな雪のようにまいちっていきました。そして空に浮かんだそのこがね色の光は、小さく遠く、あとにはなまり色の空ばかりが、広がるのみとなったのです。

 

 「いっちゃったな……」

 

 リズが「ふう。」と小さく息をついて、いいました。マリエルはずっと、空を見上げたままでした。

 

 ライアンはなんともいいようのない、ふくざつな表じょうを浮かべていました。ロビーのことを信じてる。でも、ぼくがいなくて、ほんとうにだいじょうぶなんだろうか? もしも、このまま……。

 

 ライアンの胸が、ぎゅんぎゅんと音を立てて、しめつけられていきました。

 

 「げんき出せよ。あいつなら、やれるさ。」

 

 そんなライアンの肩をぽん! とたたいて、リズがいいました。ライアンはうつむいたまま、小さくうなずきます。

 

 「ロビーって、たいしたやつだよ。おまえもいぜん、おれにそういったろ? おれのあにきのこと。あにきがたいしたことないやつなのか? って、なまいきな口をききやがったよな。」リズが遠くの山をながめながら、つづけました。

 

 「あいつなら、だいじょうぶ。たいしたやつなんだからさ。」

 

 たきのみずうみのほとりで、ライアンにはげまされたリズ。こんどはリズが、ライアンにそのおかえしをしてあげる番なのです。ライアンはリズの方をむいてにこりと笑うと、小さな声でいいました。「ありがとう、リズ。」

 

 ふと見ると、ライアンのすぐそばにマリエルが立っていました。そしてマリエルはライアンの手をだまってにぎると、はっきりとしたいい方でいったのです。

 

 「ぼくたちは、ノランべつどう隊の仲間だ。でも、ライスタ、きみは、ただの仲間じゃない。」マリエルはそういって、ライアンの手を自分の胸におきました。「まじゅつしのほこりにかけて。きみは、ぼくの、そんけいすべき友だちだよ。」

 

 「えっ……」ライアンは思わず、顔を赤らめてしまいました。あのマリエルが急にこんなことをいい出すなんて、思ってもいませんでしたから。

 

 「きみは、ほんとうのやさしさ、強さを持っている。それこそが、ノランおししょうさまが、いつもぼくにいっていることだ。きみとロビーさんのことを見て、その意味が今、はっきりわかったよ。人のあるべきほんらいのすがたを、きみは教えてくれたんだ。心から、きみをほこりに思う。」

 

 マリエルの言葉に、ライアンはすっかりはずかしくなってしまいました。ですがマリエルは、ほんきでいっていたのです。マリエルの、いがいないちめんを見たようでした。

 

 「や、やめてよマリー。そんなの、はじめからわかってることじゃない。」ライアンが、なにを今さらといったようにいいました。「ぼくははじめから、強くて、かわいくて、りっぱなんだよ。」

 

 ライアンの言葉に、マリエルは急におかしくなってしまいました。やっぱりライスタは、ライスタのままだ。こうじゃなくちゃ。そしてマリエルとライアンは、ふたりで「ふふふ。」と笑いあいました。はじめはけんかばかりしていた、マリエルとライアン。こうしてかれらは、ここに、とわの友じょうをちかいあったのです。

 

 「おい、かってにもり上がるなよ。」リズが、ふたりのあいだにわってはいっていいました。

 

 「おれは? おれも、そんけいすべき友だちだろ? マリエル。」

 

 マリエルは、はあ? といった顔をして、リズのことを見ました。でもすぐに、「ふふっ。」と笑っていったのです。

 

 「まあ、いちおう、リズのこともみとめてあげるよ。」

 

 「なんだよ、いちおうって!」

 

 そして仲間たちは、おたがいの顔を見あって笑いました。

 

 

 

 「ぼくたちも、ここでぐずぐずしているわけにはいかないぞ。」マリエルがまじめな顔をして、仲間たちにいいました。「ロビーさんのために、ぼくたちにも、なにかできることがあるはずだ。」

 

 さいごの旅へとむかったロビー。ですがロビーは、ひとりではありません。たくさんの心のささえ、仲間たちの思いとともに、旅立ったのです。はなれていても、ロビーと仲間たちの心はひとつでした。ベルグエルムの心も、フェリアルの心も、みんなロビーといっしょだったのです。そしていちばんたいせつな、あなたの心も。

 

 そのとき、その場に残ったたくさんのラグリーンたち(とラットニアのリーリングル)の中から、なん人かのラグリーンたちがみんなのもとへとやってきました。

 

 「ラフェルドラード里長より、もうひとつにょでんごんを受けたまわっております。」りっぱな服そうをした身分の高そうなラグリーンのひとりが、みんなにいいました(同じような服そうをしたラグリーンたちが、全部で三人おりました。かれらはこのヒアキムいせきをかんりしている、しさいさまたちでした。このいせきはかれらラグリーンたちの、いのりの場でもあったのです)。

 

 「これは、精霊王よりいいつかわされたもにょです。ロビーベルクどにょにょ助けとにゃれる道が、ひとつだけあると。さいごにょ道にょりをゆける者は、ロビーベルクどにょにょみ。されど、ロビーベルクどにょを助け、すくうためにょ、もうひとつにょそにょ道を進めるにょは、かれにょ仲間にょ、あにゃた方だけだということです。」

 

 これをきいて、マリエル、リズ、そしてライアンの三人は、急に目の前がぱあっ! と光りかがやいたかのような思いになりました。とくにライアンは、なおさらだったのです。

 

 「ロビーを助ける道! それこそぼくに、うってつけじゃない!」

 

 マリエルもリズも、きょうみしんしんでラグリーンのしさいさまたちにくい下がりました。

 

 「どんな道です!」

 

 「早く、教えてくれ!」

 

 

 そして仲間たちは、しさいさまたちからおどろくべきことをきいたのです。

 

 

 「そんなものが……! ほんとうにあるとは!」マリエルが目をまるくしていいました。

 

 「へええ、おもしろい。そいつを見つければいいんだな?」リズが、やったろうじゃんといった感じで、「ふふっ。」と笑みを浮かべながらつづけました。

 

 そしてライアンは……?

 

 

 「いたたた……! ちょ、ちょっと、待って待って! にゃー! 痛いー!」

 

 

 見ると、うしろの方でライアンが、ラグリーンのしさいさまのひとりに馬なりになって、またがっているところだったのです! ひめいを上げていたのは、そのしさいさまでした!(な、なんてばちあたりな……)

 

 「早く早く! 早く飛んでよ! さっさと、それを見つけないといけないんだから!」ライアンがそういって、またがっているしさいさまのことをせっつきましたが、しさいさまは地面をぱんぱんたたきながら、ひめいのようにいいました。

 

 「まだ、飛べにゃいんだってば! ギルフィンにょ力をつばさにこめにゃいと、重くて人は、はこべにゃいんだから! やーめーてー!」

 

 マリエルもリズも、やれやれといった感じで頭をかかえます。まわりのラグリーンたちも、リーリングルも、口をぽかんとあけてなにもいうことができませんでした。

 

 

 

 「いざ、しゅっぱ~つ!」

 

 ライアンが大声で、出発のあいずです(やっぱり出発のあいずはライアンでした)。

 

 「セイレン大橋まで、大人一まいと、子ども二まい! ラグリーンとっきゅうびんでーす!」

 

 「子ども二まいってのは、ぼくもはいってるんじゃないだろうな?」

 

 (どこかできいたやりとりをしてから)こうして仲間たちは、ラグリーンたちの背に乗って空高く出発しました(三人のラグリーンたちの背中に、それぞれひとりずつ乗っていきました)。ロビーの旅立ちのあと、とつぜんに新たなる旅の道のりに出発することとなった、かれら。大いなるギルフィンの力持つラグリーンたちのつばさにはこばれて、かれらはいったい、どこへむかうというのでしょうか? 話しのようすでは、なにかすごいものを見つけにいくみたいですが、それはいったいなんなのでしょう? そして、セイレン大橋ですって? 旅のはじめにワットのおそろしい黒騎士たちにおそわれてしまった、あの美しいちょうこくの橋。その橋にこれから、いったいどんなようじがあるというのでしょうか?

 

 たくさんのなぞがまだまだ残されたままですが、それはどうぞこの物語のさいごのさいごのところまで、取っておいてください。きっとあなたは、そこで、どえらいものをもくげきすることになりますから……。

 

 

 高く高く、あの空のむこうへ……。

 

 こがね色のつばさがロビーを乗せて、このアークランドの空の上をかけぬけていきました。あらわれては消えてゆく、丘や森や、小川の流れ……。空気が、ごうごうという大きな音の流れとなって、すぎ去っていきます。それは自分がまるで、風そのものになったかのようでした(ギルフィンたちが風の力をあやつるといわれているりゆうも、よくわかるような気がします)。空を切りさき、前へ前へ。かれらは文字通り、このアークランドの風となって、おどろくべきほどのはやさで、この空の上をすべるように進んでいったのです(ところで、ロビーはふしぎと、この空の旅にきょうふを感じませんでした。ふつうだったら、こんなに高い空の上をこんなはやさでかけぬけていったら、「ぎゃー!」ってなってしまうはずでしたのに。むかしに乗ったことがあるから、なにかとくべつな力でもはたらいていたのでしょうか? これは著者のわたしにもロビー自身にも、説明のできないことだったのです)。

 

 つばさのはばたきは、さらに強く。雲のそばにまでのぼってきていました。もくてきの地までは、できるだけ高く、雲にまぎれていった方がよかったのです。よけいな敵の目から、ロビーのことを守るためでした。

 

 この空の旅でいちばんこわかったのは、あのディルバグたちでした。ディルバグに乗った黒騎士たちが、どこを飛びまわっているものか? わかったものではありませんでしたから。ですがこのとき、その心配はもうなかったのです。なぜならディルバグの黒騎士たちはみんな、さいごの大けっせんへとむけて、ベーカーランドへと出かけていたからでした。

 

 それはほんとうならば、ぜんぜんよろこべるようなことではありません。ですが今、ここでかれらに出会ってしまうことは、いちばんさけなければならないことでしたから、その点では、つごうがよかったといえるでしょう。しかし用心に越したことはありません。こがね色のつばさは人目を遠ざけ、なるべく目立たないように、それでいていちばんの近道を、かくじつにつき進んでいきました(ただ飛んでいくというだけではなかったのです。ラフェルドラードはつねに安全かつ早くいける道をえらびながら、飛んでいました。これは空の旅のことを知りつくしているラフェルドラードだからこそ、できることだったのです)。

 

 景色はつぎからつぎへと、あっというまに変わっていきます。だれも知らない、魔法のエネルギーにみちたひみつのまちのそばを通りすぎていったかと思えば、いつのじだいのものなのか? 銀色に光りかがやくなぞめいた塔が林のように立ちならんでいる、しんぴの丘の上を飛ぶこともありました。またあるときなどは、ロビーも思わずびっくりして、口をあんぐり! とほうもなく大きなまるい岩が空に浮かんでいて、その岩の表めんに大むかしの都市が、張りつくようにきずかれていたのです!(ラフェルドラードにきいても、あんなのは見たこともないということでした。そしてそのなぞの浮かぶ都市は、ゆっくりと空をただよっていて、つぎはどこにあらわれるのか? わからなかったのです。ロビーが見たのは、まったくのぐうぜんでした。う~ん、おしい! 場所さえわかれば、ぜひたんけんに乗り出してみたいものです。)

 

 まったくこのアークランドは、まだまだなぞだらけの場所ばかりでした。ロビーは空の上から見て、はじめてそれらのことを知ったのです。かなしみの森のとしょかんのどの本にだって、それらのふしぎなもののことについては、ただのひとことも書いてありませんでしたから。

 

 世界はまだまだ広いのです(わかっているだけでも、西の巨大な大陸ガランタが、どーん! とそびえているのですから。この世界のすべてをたんけんしつくせる冒険家なんて、きっとどこにもいないことでしょう。赤毛のほうろうのルルム、シェイディー・リルリアンにだってむりなことです)。ロビーを乗せたこがね色のつばさは、そんな広い広いふしぎの世界の上を、ただひとつのもくてき地へとむかって飛んでいきました。

 

 

 今はどのあたりでしょうか? アップルキントを出発してから、もう一時間か、あるいは二時間ほどもたっているように感じられました。ロビーはなんどか、雲の切れまからおひさまのすがたを見ました。おひさまはまだまだ高く、これからさらにのぼっていっております。ということは、まだおひる前。イーフリープですごした時間がそとの世界ではまったく流れていなかったからこそ、ロビーたちはこんなにも早く、この場所を通りすぎることができていました。

 

 それでもロビーには、流れる時間がとてももどかしく思えました。もう黒の軍勢は、エリル・シャンディーンへのこうげきをはじめているのかもしれません。ベーカーランドの人たち……。ベルグエルムさん、フェリアルさん、ライラさん……。そして南への道を進んでいった、ハミールさん、キエリフさん、レシリアさん、ルースアンさん……。かれらは今、どこでどのようにすごしているのでしょうか? この場所にいるロビーには、それを知るすべはありません。ですがかれらは、ゆるぎなき力を持ったえいゆうたち。ロビーがもっともしんらいしている仲間たちなのです。かれらのことを信じよう。ぼくは、ぼくのできることを、せいいっぱいやるだけだ。ロビーはこのギルフィンのこがね色のつばさの上で、ロープをにぎりしめるその手に力をこめました(ラフェルドラードのからだには、その背に乗る者が落っこちないようにするためのそうびがつけられていました。ロビーは自分のからだをそこにむすびつけ、そしてそこにつけられているたづなのようなロープを、しっかりとにぎっていたのです)。

 

 風はますますごうごうと、そのいきおいをまして流れていきました。

 

 

 

 こがね色に光りかがやく、しんぴ的な植物たち……。その場所に立つ木々は、まるでおうごんでできているかのような、ふしぎなこがね色のかがやきを放っていました。のびるえだも、葉もつるも、すべてがあわくほんのりとした、美しいかがやきにみたされていたのです。左右にならんだ木々は、まるでそのさきの世界へとつながる、門のようでした。その門のあいだには、古い古い道がいっぽん通っております(この道はこのアークランドが生まれるいぜんから、この場所にありました! 気の遠くなるような大むかしです)。そして道の上には、やがて木々のえだがあつくおおい重なっていき、道はそのまま、こがね色に光りかがやくおうごんのトンネルへと変わっていきました。

 

 そのこがね色のトンネルの中を、ひとり歩いてゆく者がいました。すらりとほそく、それでいてたくましいからだつき。白と青の美しい衣服。そしてなによりいちばんいんしょう的だったのは、そのさらさらと美しい、青いかみでした。

 

 この青がみを見れば、みなさんにはかれがだれだか? すぐにわかると思います。そう、かれはリュインのしきかんにしてリズのお兄さん、失われしシルフィア種族の青年、リストール・グラントでした。リストールは今、シープロンドのくにのそのまた上の山、せいなるタドゥーリ連山のそのひみつの地の中へと、分けいっているところだったのです。

 

 かつてアークランドをはんえいへとみちびいてくれた、植物の種族ネクタリア。それから百年あまり。かれらも花の騎士団も、このアークランドからすがたを消していきました。かれらが消えていった土地、それこそが、このタドゥーリ連山のせいなる土地の中だったのです。そしてこのこがね色に光りかがやく木々の門のあるところを知っている者は、今やこのアークランドには、ただひとりしかいませんでした。それが、リストールだったのです。

 

 リストールは花の騎士団を去るとき、この門の場所、そしてそのひらき方を、ぜったいに口にしないというやくそくをしていました。もししゃべれば、ネクタリアたちはこの門をえいえんにとざし、そしてにどと、この世界へはもどってこないことでしょう。リストールはまさに、アークランドとネクタリアたちのことをつなぐ、きぼうのかけ橋そのものだったのです。

 

 だれも知る者のない大むかしのひみつの道を、ひとりゆくリストール。その胸に、かたいかたいこころざしをひめて、かれは進んでいきました。

 

 今のかれには、いつもとちがうところがひとつありました。それは……、なんにも持っていないということ。リュインのしきかんであるかれは、剣のうでまえもたいしたものでした。いもうとのリズとはなんども戦って(れんしゅうとしてです。けんかじゃありませんよ)、おたがいにいっぽもひけを取らないほどのよきライバルになっていたのです(これは兄といもうとだからこそといったところでした。ふつうだったら、剣じゅつしなんやくをつとめるほどのうでまえのリズには、いかにしきかんであるリストールといえども、よういにはたちうちできるものではありません。だってリズは、あのライラとも肩をならべるほどの、剣のたつじんでしたから。ほんとうの家族であればこそ、リストールはリズの剣のたちすじを読んで、ごかくに戦うことができていたのです。まあリズは今は、音楽の道にうつってしまいましたけど……)。ですがかれの腰には今、剣はさしてありませんでした。かばんもポーチも、なにも身につけておりません。リストールはほんとうに、まったくの手ぶらのままで、ここにやってきたのです。

 

 しかしいくらせいなる地といっても、思いもよらない危険がとつぜんにふってこないともかぎりません。武器のひとつくらいは、持っていくのがふつうでした。ですが……。

 

 リストールはこのほうもんがとてもとくべつなものであるということを、よくりかいしていたのです。失われしネクタリアたち。かれらをこの世界にひきもどすことができるかどうか? それはひとえに、自分のこの両の肩にかかっていましたから。

 

 リストールはその強いかくごをあらわすために、武器もなにも持たずにここへやってきました。それはネクタリアたちへの、思いのあらわれからのことでもありました。かれらと会うのに、武器や道具はなにもいらなかったのです。必要なのは、自身のその強い心のみ。かれらにはただひたすらに心をひらき、そして心をひらいてもらうほか、ありませんでしたから(ちなみに、リストールもリズと同じように、シルフィアの力によって自分の精霊エネルギーを剣のかたちに変えて、敵をこうげきするというようなこともできましたが、リストールはそんなことをふだんからおこなっているというわけではありませんでしたし、できればそんな力は使いたくないとも思っていたのです。リストールは自分が持つ剣は、あくまでも、ベーカーランドのほかの仲間たちと同じく、ふつうの剣であるべきだと思っていました。ですからリストールがこの地に剣もなにも持たずにやってきたのは、やはりネクタリアたちに対しての、しょうじきな心のあらわれにほかならなかったのです)。

 

 そのとき……。

 

 

   ひゅんっ! ぼぼんっ!

 

 

 とつぜん、リストールの足もとの地面になにかが飛んできて、それがみどり色のかがやく光の波となって、ばくはつしました!(ば、ばくだん?)

 

 ですがリストールのからだには、なんのけがもありませんでした。見ると、リストールの立っているそのほんのちょっとさきの地面に、いっぽんの矢がささっていたのです(その矢の頭にはこがね色の羽が取りつけられていて、それがほわほわと光っていました)。そしてリストールの、その足もとには……。

 

 植物のつるです! 飛んできた矢からはじけた光がリストールの足にふりそそぎ、それがほんものの植物のつるとなって、リストールの足にからみついていました! そしてさらにおどろくべきことが。

 

 リストールの足にからみついたその植物のつるは、ぐんぐんとのびていって、そのままリストールのからだをすっかりしばりつけてしまったのです! これではまったく、身動きが取れません。いったいこれは……?

 

 

 「ふたたびきみに会うことになろうとは、思いもしませんでしたよ。」

 

 

 とつぜん、頭の上から声がひびきました!(それはふわふわとした、とらえどころのない声でした。)リストールがしせんを上にむけてみると……、こがね色にかがやくえだの上で、ほそくて美しい、人間のようなすがたをした男の人が四人、こちらのことを見下ろしていたのです。しかもそのうちの三人は、こちらへとむけて弓をかまえたままでした!(さきほどの矢は、かれらが放ったものでした。)

 

 かれらはみな、美しいデザインのみどり色のよろいを着ていました。ですがよろいといっても、そんなにごちごちとしたものではありません。その表めんはとてもなめらかで、たくさんの葉っぱや花があしらわれていました。そしてこのよろいは手足を動かすのにさまたげとなることもなく、そのうえとてもかるいのです(じっさいこのよろいには、ほんものの木や葉っぱがざいりょうとして使われていました。でもおどろくほどがんじょうで、騎士たちが着こむぶあついよろいと同じくらい、かたいのです)。

 

 そしてかれらはみな、これまた美しいデザインの弓を持っていました。こがね色の羽のついた矢のはいったケースを、背中につけております。腰には小さな剣も見えましたが、これはあんまり使っていないようでした(弓を使うことばかりのようでしたから)。

 

 かれらのかっこうからわかること。つまりかれらは、この土地のことを守る兵士たちでした。しかし兵士といっても、よろいかぶとにがっちりと身をかためた兵士たちではなく、このように、さっそうとした身のこなしで森の中や木々の上をゆきかって、えものをねらう。かれらは、いっぱんにはレンジャーとよばれている、森のかりゅうどたちだったのです。その中のひとりが今、木のえだの上から、リストールにむかって声をかけたというわけでした。

 

 「ひさしぶりだね、クライユルト。変わりがなくてうれしいよ。」

 

 兵士の言葉にこたえて、リストールがとてもおちついたようすでそういいました。からだ中を植物のつるでしばられているというのに、ぜんぜん気にもしていないようすです。それにリストールは、かれらのことをよく知っているようでした。ということは……?

 

 「なにをしに、もどってきたんです? もういちど、花の騎士団にもどりたいんですか? ざんねんながら、それはできない。きみも知っているはずだ。騎士団は、いちどぬけた者を、ふたたびむかえいれることはしない。」

 

 クライユルトとよばれたその人は、そういって、リストールのことをじっと見つめました(こんどはふつうの声でした。さきほどはまだ、かれらのすがたはいわば精霊のようなそんざいだったのであって、はっきりとした言葉でしゃべれなかったのです。ですからふわふわとした、とらえどころのない声でした)。見た目のねんれいは、リストールと同じくらい。みどり色がかったこがね色のかみ、深いエメラルド色のひとみ。そしてみなさんのごそうぞうの通り、このクライユルトという人物をふくむかれら四人の者たちは、みなネクタリア種族の者たちだったのです!

 

 かれらのすがたかたちは、ふつうの人間とあんまり変わりませんでした(みなリストールと同じくらいのとしの青年たちでした)。ですがひとつだけ、かれらがネクタリアだとすぐにわかることがありました。かれらの頭の横には、いちりんか、あるいはいくつかの、美しい花がさいていたのです! これは人それぞれでちがう花がさいていて、クライユルトの場合では、大きな白いゆりの花がいちりんさいていました(ちなみに、この花は取れても、しばらくするとまたさくそうです。ですけどむりに取ろうとすると、わきばらをくすぐられているかのように、とてもくすぐったいのだということでした。ネクタリアでないとよくわかりませんが……)。

 

 クライユルトはとても美しい人でしたが、その目はつめたく、リストールのことを見すえたままでした。

 

 「わかっている。わたしがきたのは、そのことでではないよ。」リストールがおちついたようすのまま、クライユルトにいいました(ほんとうなら手のひらをクライユルトにむけてなだめたいところでしたが、しばられているのでできませんでした)。

 

 「クライユルト。わたしはアークランドに残って、いろいろなものを見たよ。」リストールがつづけます。

 

 「人々はたしかに、しぜんにさからっているかもしれない。だが、かれらには、われわれが知らない、いいところだってたくさんある。アークランドには、きぼうがあるんだ。そのアークランドが今、めつぼうの危機にある。わたしは、アークランドを助けたい。わたしはそのために、ここへやってきた。」

 

 クライユルトとかれの三人の仲間たちは、みなリストールのことをじっと見つめていました。それはまるで、リストールの心の中を読み取ろうとしているかのようでした。かれらはこのかつての仲間に対して、まだうたがいの心をすてきってはいないようでした。

 

 「きみたちの力を、ぜひ貸してほしい。もういちど、アークランドのために力を貸してほしいんだ。わたしを、セハリアさまのところへつれていってほしい。かならず、セハリアさまの心を動かしてみせる。」

 

 リストールがかたいけついのもと、かつての仲間たちにいいました。それでもクライユルトたちはまだ、リストールに対してのけいかいをとこうとはしません。

ですが……。

 

 やがてかれらも、その表じょうをゆるめたのです。リストールの心には、一点のくもりもありませんでしたから。

 

 「われらには、きみをむかえいれるぎむはない。」クライユルトが、つめたくいい放ちました。

 

 「われらはきみを、すぐに追いかえさなければならない。だが、きみのその心にこたえないのは、われらネクタリアの、はじだ。ネクタリアはなによりも、めいよを重んじる。そしてきみのその心にも、われらは敬意をはらう。」

 

 クライユルトはそのまま、しばらくのあいだだまっていました。そしてそれからようやくのことで、こうつげたのです。

 

 「リストール、かつての友よ。きみに、なにができるのか? やってみるといい。きみの力を、ためしてみるといい。セハリアさまのところへ、きみをつれていこう。そこからさきは、きみだけの力で、道を切りひらくのだ。われらはだれも、きみを助けることはできない。」

 

 

 

 ひみつの場所の、そのいちばんひみつの場所へ……。

 

 ここはタドゥーリ連山のおくの、そのまたおく。シープロンドの者たちすらだれも知らない、しんぴの場所でした。立ちならぶ木々はおうごんのかがやきを放ち、草のいっぽんいっぽんにいたるまでが、すいしょうのかがやきを放っております。さきほこる花々は、まさにこの世にふたつとない宝石のよう。これらのものがしぜんのまま、あるがままに、この大むかしの広場の地面をうめつくしていました。

 

 銀色にかがやく小さなとんぼのような生きものたちが、すいすいと空中を飛びかっていきます。そしてそのあとにつづいて……。

 

 今この広場につづくいっぽんの古い石だたみの道を、なん人かの者たちがこちらへとむかって歩いてきました。やってきた者たちは、五人。そのうちの四人は、みな同じようなみどり色のよろいを着ております。手には長くて美しい、弓を持っていました。そしてその四人の者たちが、まん中にいる五人目の人物のことを、取りかこんでいたのです。

 

 いうまでもなく、五人目の人物、それはリストール・グラントでした。そしてかれのことをかこんでいるのは、かつてのリストールの友、クライユルトをはじめとするネクタリアの者たちだったのです(ところで、ネクタリアであるかれらは、見た目はみな人間の青年のようでしたが、ほんとうのねんれいはまったくわかりませんでした。ネクタリアは、ぜんぜんとしを取らないのです。そしてシルフィア種族のリストールも、ほんとうのねんれいはだれにもわかりませんでした。たしか花の騎士団がアークランドを去っていったのは、百年もむかしのことだそうですが……。ってことは、リストールもすくなくとも、百さい以上ということに……。う~ん、あんまりそのことについては、考えないようにしましょう。あと、リズもそのときリストールといっしょにいたわけですから、百さい以上ということに……)。

 

 広場にはたくさんの石のちょうこくが、あちこちにころがっていました。それらはみな、こけむして植物のつるがまきつき、小さなたくさんの花々がさいております。よく見るとそれらのちょうこくは、やりを持った兵士たちだったり、本を広げた学者のすがただったり。そしてそれらのちょうこくは、すべて、ふしぎなかがやき方をするみどり色がかった石でつくられていました。この石は、どこかで見たことがあります。そう、セイレン大橋やその橋の上の石のちょうこくと、同じ石のようでした。この広場にあるちょうこくも、あの橋の上のちょうこくをつくった者たちと、同じ者たちがつくったものなのでしょうか? ですがそれも、今となってはしらべようもありませんでした。これらのちょうこくは、もうなん千年という、遠い遠いむかしにつくられたものでしたから。

 

 その広場のそのいちばんおく、そこには同じく気の遠くなるような大むかしにつくられた、ひとつのさいだんのあとがありました。もうすっかり植物がしげり、そのすきまからわずかに、みどり色の石ぐみが見えているばかりです。そしてそのさいだんのわきに、なん人かのネクタリアの者たちが立っていて、こちらのことをじっと見つめていました(頭の横に花がさいていましたから、すぐにネクタリアだとわかりました)。

 

 その中のひとり、その人はほかのだれよりもまばゆい、光を放っていました(じっさいに光っているわけではありません。光りかがやいているかのようなすばらしい人物ということです)。もう見ただけで、この人がネクタリアの中でもとてもとくべつなそんざいであるのだということが、すぐにわかったのです。その人は、女の人でした。背が高く、すらりとしていて、長く美しいおうごんのかみ。その大きなすいこまれるようなこはく色のひとみは、静かな夕暮れのみずうみの、水めんのよう。白地にもも色で植物のもようがデザインされた、みごとなよろいを着ていて、腰には同じく、白ともも色でデザインされたさやにおさまった、大きな剣をさしております。そして頭の横には、ネクタリアであることをあらわす花。この人の場合は白ともも色のまじった、美しいらんの花がさいていました(それも、たくさん)。

 

 リストールたちの一行がこの広場にやってくると、まわりからどよめきの声が上がりました。見ると、さきほどまでは気がつきませんでしたが、この広場のまわりをいちめん取りかこむように、たくさんのネクタリアの者たちが集まっていたのです(かれらは自分たちのけはいを消す、たつじんたちでした。とつぜんあらわれたり消えたりするのは、かれらのとくいわざだったのです。まるでモーグだったころのロザムンディアの、ゆうれいさんたちみたいに……)。かれらはリストールのことを見て、とてもおどろきました。このせいなるネクタリアの地にそとからの者がやってくるなんて、今までいちどたりとて、なかったことでしたから。

 

 そんな中、先頭をゆくクライユルトが白いよろいの女の人に近づき、うやうやしくおじぎをしていいました。

 

 「もと、花の騎士、リステロント・グランテルドにございます。セハリアさまに、かきゅうの用あって、まいったと申しております。」(かきゅうの用というのは、ひじょうにさしせまった、だいじな急ぎのようじのことをいいます。)

 

 クライユルトがそういうと、リストールのことをかこんでいた兵士たちが、左右にすっとしりぞきました。

 

 兵士たちの中からすがたをあらわした、リストール(ちなみに、かれらのもとではリストールはほんとうの名まえ、リステロントという名まえを名のっていました。リストールという名は、かれがベーカーランドにうつってから名のりはじめた名まえだったのです。でもややこしくなってしまいますので、ここでもそのまま、リストールという名でよばせてもらいますね)。リストールはセハリアというこのネクタリアたちの長にむかって、深々と頭を下げました。そう、クライユルトのたいどからもわかる通り、セハリアはかれらネクタリアたちのすべてをおさめる、いだいなる花の騎士団の長だったのです! どうりで、ただごとならないふんいきを持っているはずでした(ネクタリアたちは、みずからのくにを持ちません。そのかわりに、かれらは花の騎士団をけっせいして、かれら種族たちのことをまとめ上げていました。セハリアはその花の騎士団の長。つまりそれはネクタリアの中でも、いちばんえらいということなのです。くにの中でいえば王さまか女王さまと同じくらい、えらいのでした。おまけに、このはくりょくたっぷりのそんざい感! クライユルトやリストールがちぢこまってしまうのも、わかりますよね。ちょっとライラに、にてるかも)。

 

 セハリアはリストールのことを、じっと見つめていました。こうごうしいまでの美しさ、まばゆさ。このセハリアという人に見つめられたのなら、どんな人物だって、そのみりょくのとりこになってしまうことでしょう(すいません。わたしもそのうちのひとりです)。じっさいセハリアの目にはふしぎな力があって、見つめた者のその心のおく底を、読み取ることができました。ですからかのじょの前では、どんなかくしごともゆるされないのです。それはリストールも、じゅうぶんにわかっていたことでした(もとよりリストールは、うそをいうつもりなどは、みじんもありませんでしたが)。

 

 「クライユルト。」

 

 セハリアがとつぜん、クライユルトのことをよびました。その声はいげんにみちていましたが、ほかのネクタリアの者たちと同じく、つめたい声でした。

 

 「そなたのつとめは、なんであったか? いかなる者も、そとの世界より、このしんせいなるネクタリアの地に、ふみいれさせてはならぬ。知らぬはずではあるまいな?」

 

 これをきいて、クライユルトは「ははっ。」ときょうしゅくして、身をちぢこませてしまいます。どうやらこのセハリアという人は、いげんたっぷりなのに加えて、か・な・り、こわい人のようですね(やっぱりライラににていますね)。

 

 「そ、それはじゅうぶんに、しょうちしております。ですが……」

 

 「よい。」クライユルトがさいごまでいうまでもなく、セハリアが口をはさみました。「そなたは、その者と仲がよかったようだな。ともになんども戦い、ネクタリアの地を守ったあいだがら。気持ちがわからぬでもない。」

 

 セハリアの言葉に、クライユルトはもういちど、「ははっ。」とちぢこまりました。

セハリアのいう通り、クライユルトはかつてリストールのいちばんの友として、たくさんの冒険をともにしてきたのです。だからこそクライユルトは、ネクタリアのおきてを破ってまで、リストールのことをこの地にまねきいれました。そっけないつめたいたいどを取っていたクライユルトでしたが、その心の中では、かつての友にふたたび会えたことを、とてもうれしく思っていたのです。そしてリストールも、そのことはよくわかっていました(ほんとうの友だちというものは、口に出さずとも、心で通じあえるものなのです)。

 

 「だが、おきてはおきて。そのほうには、追って、ばつを与える。心するがよい。」セハリアの言葉に、クライユルトは深々とおじぎをして、わきに下がっていきました。

 

 

 そのあいだも、リストールはずっと身動きもしないまま、セハリアに頭を下げつづけていました。ここではむやみに口をひらいてはいけないということを、かれはよく知っていたのです。セハリアはその心を見通す目で、リストールのことをじっと見つめつづけていました。

 

 

 あたりには、なんともいえないぴりぴりとしたきんちょうが走っております。

 

 そしてようやく、セハリアが口をひらきました。

 

 

 「頭を上げよ、リステロント。」

 

 セハリアがそういうと、リストールは、すっと頭を上げ、しせいを正しました。そのひとみは、じっとセハリアの目を見つめております。どんなかくしごともない。わたしのすべての気持ちをくみ取ってほしい。リストールのかたいけついのあらわれでした。

 

 「騎士のくらいを投げうってまで、えらんだ道。そなたはそこで、なにを見、なにを得たのか? 今こそ、そのしんかをとうべきとき。申してみよ。」

 

 セハリアのするどいまなざしが、つきささらんまでにリストールにむけられました。ネクタリアのすべて、花の騎士団のすべてをつかさどる、セハリア。リストールがむきあっているのは、セハリアというひとりの人物だけではありません。今まさにリストールは、ネクタリアというひとつの種族そのもののことを、相手にしていたのです。それはあまりにも大きく、そしてあまりにも力強い相手でした。

 

 

 リストールの思いが、ためされるときです。

 

 

 「わたしは、」リストールが、静かに口をひらきました。

 

 「わたしは、アークランドにきぼうを見ました。かの地には、みらいがあるのです。かがやける、みらいが。そのみらいが今、失われようとしています。」

 

 リストールの言葉に、まわりのネクタリアたちはひそひそと、となりの者たちとなにかを話しはじめました。しかしリストールは変わることなく、力をこめて話をつづけます。

 

 「アークランドでは、多くの者たちが、まちがった道を進んでいます。しぜんをないがしろにし、おのれのよくぼうのために動いております。ですが同じく、多くの者たちが、まちがいを正し、みらいを切りひらこうともしているのです。みらいは、人が切りひらくもの。きまったみらいなどというものはありません。

 

 「かれらを見かぎり、見すてることは、たやすい。ですがそれは、あまりにも早まった考えです。かれらから、みらいを切りひらく、そのおこないをうばってはなりません。それは、すべての種族の者たちとて、同じこと。すべての種族の者たちが、みらいを切りひらく、ひとしいけんりを持っているはずです。

 

 「そしてそれぞれの種族は、そのために、力を貸しあっていくべきです。ひとつの種族のみがすぐれていたり、おとっていたりするなどということは、ありません。われらはみな、びょうどうにこの世界に暮らす、みらいを持つ、ひとつの仲間であるはずなのですから。」

 

 リストールの、たましいのこもった言葉たち。いつのまにか、ひそひそと話しをしていた者たちも口をとざし、リストールの言葉にすっかりその心をかたむけていました。

リストールは、そしてもういちどセハリアに、いえ、すべてのネクタリアの者たちに頭を下げ、地面にひざまずいていいました。

 

 「どうか、かれらがみらいを切りひらく、そのための力をお貸し与えください。かれらは今、そとからのおそろしい力によって、めつぼうの危機にさらされております。それは、かれらの運命をはずれているものです。かれらには、どうすることもできない力です。かれらにもういちど、みらいをお与えください。それができるのは、あなた方をおいて、ほかにないのです。どうか、お願いです。」

 

 リストールは頭を下げたまま、ただただお願いしました。リストールにできることは、もうそれだけでした。いうべきことは、みんないったのです。すべての心を、出しきったのです。これでだめなら、もうリストールには、どうすることもできませんでした。

 

 

 どれほどの時間がたったのでしょう? 

 

 長い長いねん月を生きてきたリストールにとっても、それは気が遠くなるほどのときに感じられました。自分のまわりには、もうだれもいないかのように感じられました。このまま頭を上げたら、自分のまわりには、やみばかりが広がっているのではないか?そんなふうにさえかれには感じられたのです。

 

 アークランドを見かぎり、去っていったネクタリアたち。かれらはリストールの心に、どうこたえるのでしょうか? リストールの言葉は、かれらの心にどうひびいたのでしょうか?

 

 すべては、ネクタリアのたみのすべてをまとめ上げる、セハリアの心ひとつでした。

 

 

 「そなたは、」

 

 セハリアの声がひびきました。もうネクタリアたちはみんな、光のむこうへ去っていってしまったのではないか? そんな思いすら生まれていた中で、セハリアの声は、まさにきぼうの光でした。

 

 しかし……。

 

 「ずいぶんと、口がたっしゃになったものだな。それも、アークランドで得たものか?」

 

 その言葉をきいたリストールは、思わず顔を上げてしまいました。セハリアが自分のことを、じっと見つめております。その表じょうは、変わらずつめたいままでした。

だめだった……。リストールはそう思いました。セハリアさまを怒らせてしまった。ちょうしに乗って、しゃべりすぎてしまった……。リストールはそう思いました。

 

 「そなたのいったことは、なにもまちがってはおらぬ。そしてそなたの心は、すべてわたしの心にとどいた。それはみとめてやろう。」セハリアが、表じょうを変えることなく、感じょうをこめることもなく、つづけました。

 

 「そなたの心には、一点のくもりもない。すべて、まことのことを申しておる。それもみとめよう。」

 

 「だが、」セハリアはそこで、急にくるりとうしろにむきなおりました。その目のさきは、遠くみらいを見すえているかのようでした。

 

 「そなたの申したこと、それはすべて、そなたひとりがそう感じておるだけだ。きぼうだと? すべての者に、ひとしいけんりだと? 知ったふうなことを。ひとつの種の運命など、だれにもきめられぬ。ほろびの運命がさしせまっているのなら、あまんじて、それを受けいれるのみ。だれに、その運命を変えることができようか? そんなものは、ただのげんそうにすぎぬ。夢まぼろしの、はかなききたいにすぎぬわ。」

 

 遠い遠いむかしから、この世界に生きてきたセハリア。かのじょはわたしたちがそうぞうすることもできないくらいに、たくさんのことを見てきたのです。たくさんの種族の者たちが、かのじょと出会い、そしてわかれていきました。かのじょにもどうすることもできない、ほろびの運命の中に消えていった者たちのことも、セハリアは数えきれないほど見てきたのです。

 

 セハリアの言葉は、かるがるしいものではありませんでした。セハリアはけっして、ほかの者たちのことを、つめたく見放したいわけではなかったのです。ですが、ただすくいたいという気持ちだけで手をさしのべるだけでは、どうにもならないこともあるのだということを、セハリアはだれよりもよく知っていました。めつぼうの危機にある世界。その世界にそとの世界の者たちが、あんいに手をさしのべてよいものか? おのれのむりょくさからくるぜつぼうを、ふたたび胸の中にあふれかえらせることになるだけではないのか? セハリアは今ふたたび、そのまよいの中に立たされていたのです。それはリストールの心のその大きさを、はるかにこえている思いでした。

 

 「なにが正しく、なにがまちがっているのか? それはおそらく、だれにもわかるまい。」セハリアが、だれにいうともなくそういいました。もしかしたら、自分の胸の中に、もういちどといかけていたのかもしれません。セハリアは古い古い石だたみの上を、こつこつと歩いていきました。

 

 「リステロントよ、そなたの申したことは、くうきょなげんそうにすぎぬ。だが、ときにげんそうとは、げんじつの世界以上にしんじつを語るものだ。」セハリアはそういって、その両のひとみをとじました。

 

 そしてセハリアは、そのまま静かに、こういったのです。

 

 

 「そなたのげんそうに、乗ってみるべきなのか……」

 

 

 これをきいて、リストールは思わず身を起こしていいました。

 

 「そ、それでは……!」

 

 そして、リストールはそこで、セハリアからのさいごの言葉をさずかったのです。それはリストールがはじめにのぞんでいたものとは、ちがうものでした。ですがその言葉こそが、ほろびのときをむかえようとしているアークランドのことをすくう、まさしくきぼうの光となったのです。

 

 セハリアがふたたび、そのひとみをひらきました。そのすがたはさらにこうごうしく、さらなるしんぴの光にみちあふれているかのように感じられました。

 

 「かんちがいをするな。わたしは、そなたの口車に乗せられたのではない。ただ、アークランドというひとつの世界のかちを、この目でみずから、もういちど見さだめたいと思っただけだ。すべてのネクタリアたちをすべる、花の騎士団騎士長、セハリア・シリルロウの、この両の目でな。」

 

 セハリアはそういって、ほんのわずかですが、口もとをゆるめました(つまり笑ったということです。セハリアが笑うなんてことはめったにあることではありませんでしたから、ネクタリアの者たちはみな、とてもおどろいたものでした)。

 

 

 や、やった……! ついにやったのです! 

 

 セハリアの心は、ネクタリアの心。リストールはついに、ネクタリアの協力を得たのです!

 

 

 セハリアがその力強き右うでをさっと横にふり、いげんにみちあふれた声で、配下のネクタリアの者たちにめいじました。

 

 「ただちに、したくをせよ! われらはこれより、アークランドにしんげきする! リステロント、部隊のしきは、そなたにまかせてよいのであろうな? わたしをがっかりさせるでないぞ。」

 

 リストールはただただかんしゃの心をもって、このいだいなるネクタリアの長に、敬意の気持ちをあらわすばかりでした。

 

 「ありがとうございます! ありがとうございます……」

 

 

 

 ゆうきゅうのえいちをほこる、花の騎士団。ネクタリアのそのたのもしきせいえいの者たちが、今百年のさいげつを越えて、ふたたびアークランドの地へおもむこうとしています。かれらの力は、これからむかえるさいごの運命のうずの中に、どのようにひびき渡り、そしてまじりあっていくのでしょうか?

 

 それぞれの道が今、ひとつにあわさろうとしています。

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「えん軍は、のぞめませんでしたね……」

       「あれが、魔法使いにょ城へとつづく、けっかいだ。」

    「ロビーさまですね。」

       「ひひーん! ひん! ぶるるる!」


第26章「なまり色の空の下」に続きます。


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