ロビーの冒険   作:ゼルダ・エルリッチ

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20、黒の軍勢きたる

 魔法……。なんて心のわくわくするひびきなのでしょう。おとぎのくにの人たちではないふつうの人たちの住む世界では、いつの世も、魔法は遠いあこがれのそんざいでした。魔法のつえをぱぱっとふりかざせば、目の前にあらわれる、たくさんのすばらしいものたち。ゆげを立てるごちそう。大きな大きな、クリームたっぷりのケーキ。キャンディーにチョコレート。ぬいぐるみだって、おもちゃだって、魔法で出せないものはありません(たぶん)。さらに、むかってくる敵に、「えい!」。魔法の言葉をとなえると、つえのさきから、ごごお! ほのおやいなずまが飛び出して、みんなやっつけてしまう。そんな、まさに夢のような力、それが魔法の力だったのです。

 

 ですが魔法とは、すばらしい力を持っているのと同時に、じつはなんともおそろしい力をも、その内がわにひめているものでした……。

 

 はるかなむかし、この世界に人々が暮らしはじめるその前から、魔法はすでにそんざいしていました。そのじだい、それらの魔法を使っていたのは、生きものの力をこえた、しんぴ的なそんざい。今のアークランドの人たちから、神さまとか、女神さまなどとよばれている、いだいなる者たちでした。そして、やがてこの世界に人々が暮らしはじめるようになると、かれらいだいなる者たち(神さまたち)は、このすばらしき力、「魔法」を、人々にさずけたのです。魔法の力をもって、世界がへいわになることを願いました。

 

 しかし人々には、魔法の力を正しく使いこなすことは、できなかったのです……。

 

 

 魔法はたしかに、すばらしい力です。正しく使えば、こんなにべんりですてきな力はありません。ですが、魔法の持つもうひとつの力。その力をおさえこむことは、魔法をおぼえたばかりのとうじのアークランドの人々には、まだむりなことでした。そしてそれこそが、魔法の持つ、その内がわにひめられた、おそろしい力にほかならなかったのです。

 

 光があれば、やみがある……。それらは、ふたつでひとつ。魔法の持つおそろしい力とは、まさに、そのやみの力でした! 魔法の持つやみの部分。人々はその力のおそろしさに、気がつきませんでした。魔法のやみをかるくあつかい、そしてそのけっか、人々はその魔法のやみの中から、たいへんなわざわいを生み出してしまったのです。それは、魔物とよばれる、おそろしい力を持ったかいぶつたちでした。

 

 魔法のやみから生まれた、魔物たち……。かれらはどんどんと力をたくわえ、そのおそろしいやみの力で、世界を乗っ取ろうとしました。しかし人々はけっして、かれらにくっすることはなかったのです。

 

 光の魔法。人々は魔法のやみをおさえられなかったそのきょうくんをもとに、魔法のもうひとつの力、光の力を高めていきました。それこそが、魔法のやみ、魔物たちにたいこうする、ただひとつのしゅだんだったのです。そしていよいよ、人々の光の魔法と、魔物たちのやみの魔法、そのふたつの力が、大げきとつすることになりました(この戦いは「光とやみの魔法大戦」という名で語りつがれ、もはや伝説のものとなっています)。

 

 もしこのとき、人々がやぶれていたのなら。今のアークランドは、今とはまったくちがう世界になっていたことでしょう。やみにおおわれた、おそろしい世界になっていたはずです。

 

 ですが、そんなことは、だんじてゆるしません! 人々は、この大げきとつの戦いに、勝ったのです!

 

 魔物たち、そしてやみの魔法は、人々をみちびいたけんじゃたちの力によって、残らずふうじこめられました。こうして、世界はすくわれたのです。すくわれたはずでした。ですが……。

 

 

 それから、ずっとずっとのちの世……(それでも今から千年近くもむかしのことですが)。おそろしいわざわいは、ふたたび、この世界に放たれてしまったのです。

 

 

 じゃあくな力を持ったひとりの男が、かつてけんじゃたちが魔物たちをふうじこめた黒いすいしょうの中から、そのわざわいの力をとき放ってしまいました! 男の名は、ルドナ・ラクタル。ルドナは、かいほうした魔物たちをしたがえて、たくさんのくにぐにをうばいました。ですがどんなときにも、悪が長つづきするためしなどはなかったのです。それはなぜか? そんなときには、かならず、悪をほろぼすせいぎの味方があらわれるからでした!(だってあらわれなかったら、世界はずっと悪の世界のままですものね。) 

 

 ひとりのほうろうのルルム種族の冒険家。その冒険家の若者が、黒いすいしょうの力のなぞをつきとめ、その力を持って、ルドナをたおしました。そして魔物たちや、やみの魔法、それらもすべて、黒いすいしょうとともに、こなごなにうちくだかれることになったのです! やった! ようやくこれで、いっけんらくちゃくですね!(ところで、ほうろうのルルムときいて、みなさんはぴんときたことかと思います。そう、はぐくみの森の地下いせきの中で夜のかいぶつにとらわれていた、赤毛のルルムの冒険家、シェイディー・リルリアン。かれもまた、ほうろうのルルムとよばれておりました。じつはじつは、大むかしにルドナをたおし、黒いすいしょうをうちくだいたそのせいぎの味方こそ、ほかでもない、かれだったのです……、といいたいところでしたけど、どう考えてもねんれいがあいませんよね。シェイディーがじつは、千年も生きている、スーパーおじいちゃんとかいうのであれば話はべつですけど……。ほんとうはかれは、ルドナをたおしたせいぎの味方、ロランド・リルリアンのしそんでした。へえ! すごい! そしてシェイディーもまた、冒険家。ロランドのその血を、しっかりと受けついでいたのです。) 

 

 

 ところがところが。これでもまだ、すべてが終わったというわけではありませんでした(う~ん、しつこい)。

 

 

 うちくだかれた黒いすいしょう。それとともにふうじられたはずの、やみの魔法。その力がかんぜんに消え去ってしまう前に、ほんのわずかだけ、その力を手にしてしまったものがいました。こんどはだれ? また、じゃあくな男? それとも、魔女かなにかでしょうか? いいえ、ちがいました。それはなんとも、いがいなものだったのです。

 

 夕方五時、黒ユピユピのこくげん。黒ユピユピというふわふわした生きものが自分のすあなにもどるのが、夕方の五時ころだったので、この名まえがついたわけですが、なぜ今、そんな話をしたのかというと……、じつはこの黒ユピユピという生きものこそが、そのおそろしいやみの魔法の力を手にいれてしまった、ちょうほんにんだったからでした!

 

 黒いすいしょうがうちくだかれた、そのとき。その場所にたまたま、一ぴきの黒ユピユピがいたのです。そして黒いすいしょうからわずかにこぼれ出たやみの魔法のエネルギーを、その黒ユピユピが食べてしまいました!(この生きものはしぜんの中のさまざまなエネルギーを食べて、えいようにしてしまうのです。)

 

 ほんらいならば、空気の中にすぐに消えてしまうはずだった、やみの魔法のエネルギー。それがこうして、黒ユピユピのからだの中にとどまってしまいました。そして悪いことに、それはいつまでも消えることなく、ユピユピのその子どもやしそんにいたるまで、えんえんと受けつがれていってしまったのです(やみのエネルギーそのものは、ユピユピのからだに危害を加えるようなものではありません。ちょっと、ほかのユピユピより目つきが悪くなって、かわいくなくなってしまいますけど)。

 

 そしてあるとき。

 

 ついにそのやみの魔法の力のそんざいを、見つけてしまった者があらわれました。

 

 

 その者の名は、アーザス・レンルー。

 

 

 そう、そのかれこそが。今このアークランド世界のへいわをおびやかしつづけている、おそるべきやみの魔法使い、アーザスだったのです……!

 

 

 やみの魔法の力を手にいれた、アーザス。そのおそろしさは、みなさんもすでにごぞんじの通りです。ほんらいならば、はるかなむかしにとっくに失われていたはずの、おそろしい力。その力を手にしたおそろしい魔法使いに、人々は、ロビーは、どう立ちむかうのでしょうか?

 

 すべての運命は、こくいっこくと、人々のもとに近づいてきています。

 

 そして、ロビーの運命は……?

 

 おそろしいやみの力が、ロビーにせまろうとしています。

 

 

 

 ふいいん! ふおん!

 

 みんなが地面におり立つと、魔法のえんばんエレベーターが小さな音を立てて、消え去りました。

 

 「やーっとついたよ、まったく。」地面に立つなり、ライアンがさっそくもんくをいいます。そう、みんなはついに、リズの住んでいるそのおうちがある小高い岩山の上まで、やってきたところでした(この岩山もまっすぐながけの上にありましたので、ここでもやっぱり、マリエルのえんばんエレベーターがやくに立ったというわけでした。

 

 ところで、こんながけの上へ、いったいリズはどうやってのぼっているのでしょう?こたえはたんじゅん。リズはこんながけのひとつやふたつ、なんのその。しゅたっしゅたっとジャンプをくりかえして、ささっとのぼっていってしまうのです。う~ん、さすがはシルフィア種族。精霊のパワーって、すごいですね)。

 

 そこはたいらな岩の地面で、はしからはしまでが二十ヤードほどしかない、まるい広場でした。植物はほとんど生えていなくて、わずかに、ぐるぐるヒースのしげみがいくつかと、岩のさけ目にがんばって生えている、いっぽんのよれよれの木があるだけです(きっとどこからか、たねが飛んできたのでしょう。こんなところに生えているなんて、えらい木ですね)。そしてその広場のおくに、ほとんどくずれかかった石づくりの家がいっけん、たっていました。どうやらこれが、めざすリズの住んでいるという、おうちのようです(家というより、ほとんどものおきといった感じです。それもセイレン大橋の下のカピバラ老人の小屋と同じくらい、ぼろぼろな感じでした。ちょっと、カピバラ老人には失礼ですが……。

 ちなみに、この家はむかし銀をほるためにここではたらいていた人たちが、きゅうけいを取るために使っていたものでした。リズはうちすてられていたこの家を、自分の家としてさいりようしていたのです。しかもほとんど、リフォームしないままで! だからこんなにぼろぼろなんです)。

 

 みんなはその家にむかって歩いていきましたが、ひとつ、おかしなことに気がつきました。それは家にまったく、あかりや火の気がないということでした。こんなきせつの夜ですもの、だんろに火がはいっていなくては、寒くてたまらないはずです。な、なんだかとっても、いやなよかんが……。

 

 「ねえ、マリエルくん。かくにんなんだけど、ぼくたちがくるってこと、リズさんは、ちゃんと知ってるってことで、よかったんだよね?」ロビーがマリエルにたずねました(もちろんロビーも、リズにきちんとれんらくがつけてあるということについては、マリエルからちゃんと説明を受けていたのです)。

 

 「はい。もちろん、ぼくたちがリズのところへいくということは、きのうのうちにも、前もって魔法の手紙を送っておきましたし、リズほんにんがきちんとその手紙を受け取ったということも、魔法でかくにんしています。それに、さきほどロビーさんたちがやってくるすこし前にも、もういちど、かくにんの手紙を送っておきましたし、それもきちんとリズが受け取ったということを、かくにんしています。リズには、ちゃんと、自分の家でぼくたちのことを待っているようにと、手紙の中で、しっかりと、しじを出しておきましたから。」マリエルがこたえます(そのマリエルの計算されつくしたけいかくのことについては、すでにみなさんにもお伝えしましたよね。あの頭の痛くなるような、こまかいけいかくのことです。しかもマリエルは、ねんにはねんをいれて、ロビーたちのくるその前に、こんどはかくにんの手紙まで送っていました。まったくぬかりがありません。

 

 ところで、マリエルの言葉にもあるように、リズのもとに送ったこの手紙は、マリエルの魔法による魔法の手紙でした。ちょうちょおたよりのじゅつ。これが、マリエルの使ったその魔法です。この魔法を手紙のはいったふうとうにかけると、そのふうとうがひらひらと、ちょうのようにまい上がって、あてさきの住所まで飛んでいきました。この手紙は魔法で守られておりましたので、雨風や、たいていのしょうがいが加わっても、なんなくあてさきまでとどけることができたのです。そのうえじっさいには、ちょうというよりも、でんれいの鳥のごとく、すばやくあてさきまで飛んでいくことができました。

 

 そしてこの手紙を送りさきの相手ほんにんが受け取ると、ちゃんとマリエルのところに、それが伝わるようになっていました。ですからマリエルは、リズほんにんが手紙をしっかりと受け取ったということを、知ることができていたのです。まったくぬかりがありませんね。

 

 また、この魔法で送った手紙は、とどける相手がるすだった場合でも、そのことをマリエルのところにしらせるようになっていました。この手紙はゆうびん受けの中にはいったあと、大きなメロディーをかなでて、「魔法の手紙がきましたよ」ということを相手にしらせるというものでしたが、しばらくたってもほんにんの受け取りがない場合には、相手がるすなのだとはんだんして、そのことをマリエルにしらせるようになっていたのです。もしリズがるすだったなら、またべつの方法で、全力でリズのいばしょをさぐることになっていたでしょうけど……。

 

 ちなみに、エリル・シャンディーンのゆうびんかもめでも、とどけさきにサインをもらって、きちんととどいたかどうか? かくにんすることができましたが、ゆうびんかもめがとどけられるのは、安全な場所にかぎられました。リズの住んでいるこのあたりは、地上のガウバウだけでなく、空にもおそろしいかいぶつたちが住んでいて、かもめがゆうびんをとどけることができなかったのです。そのかいぶつは大きなつばさを持った、とかげににたギルディというかいぶつで、ワットのディルバグよりはましでしたが、それでもおそろしいかいぶつであることにちがいはありませんでした。ゆうびんかもめなんかがのんきに飛んでいたら、たちまちおそわれてしまうことでしょう。ですからマリエルは、もっともしんらいのおける自分の魔法を使って、リズに手紙をとどけたというわけだったのです)。

 

 ですが……。

 

 口ではロビーに「心配ない」といったようすをよそおってはいましたが、あかりのともっていない、そのまっくらな家を見て、じつはマリエルも、ここにきて、とってもいやなよかんがしてきていました……。自分の計算の、なにかがまちがってきているのか?と(そのれいせいな顔にも、あせが!)。

 

 「なんかこれ、まずいパターンじゃない?」ライアンも同じく、いやなよかんがしてきたようです。

 

 「ね、寝てるんだよ、きっと。げんかんをノックすれば、起きてくれると思うよ。」ロビーがあわてて、マリエルとライアンにいいました。でもやっぱり、ライアンのいう通り、なんだかまずーい感じです。

 

 

 そしてそのまずーい感じは、げんかんの前にまっさきにたどりついたマリエルの反応によって、はっきりとしたものに変わってしまいました……。

 

 

 「ああっ! これ、ぼくの出した手紙!」

 

 マリエルがさけびました。そしてマリエルのいう通り、げんかんのわきのゆうびん受けの上に、マリエルの送った手紙のふうとうがひとつ、「あけられもせずに」、そのままおいてあったのです……。がーん!

 

 「読んでないね。」ライアンがいいました。

 

 「よ、読もうとしてたけど、そのまますごく眠くなって、手紙をおいたまま、中にはいって寝ちゃったのかも……」ロビーがそういいます。ですが……。

 

 ふつうに考えたら、ほんにんがまだ家の中にいるのであれば、ちゃんと受け取った手紙をこんなふうにそとにおきっぱなしにしておくことなんて、あるはずもありません(いくら眠かったとしても)。あとで読むにしても、とにかく家の中には、しまっておくでしょう。ということは……?

 

 リズが今、この家の中にいるというかのうせいは、きわめてひくいということでした……。手紙をおいたまま、どこかへ出かけていったと考えて、まずまちがいないでしょう。ですからこれは、まずーいパターンなのです(マリエルもそのことに、すぐに気がついたというわけでした。

 

 ところで、ゆうびん受けの上にあったこの手紙は、マリエルがさきほど、ロビーたちがエリル・シャンディーンにくるすこし前に送った、そのかくにんのための手紙の方でした。ベルグエルムの送ったゆうびんかもめの手紙によって、ロビーたちがあと一時間ほどでもどるということを知り、急ぎマリエルは、リズにこのかくにんの手紙を送ったというわけなのです。この手紙はたしかに、リズは受け取りました。それは魔法でも、かくにんできたことでしたから。ですがマリエルは、リズのそのいいかげんなせいかくに、ここですっかりやられてしまったのです。

 

 リズは受け取ったこの手紙を、「受け取った」というだけで、「あけて読んで」はいませんでした! じつは魔法でかくにんできるのは、手紙を受け取ったということだけなのであって、それをあけて読んだかどうか? ということまでは、知ることはできなかったのです(この魔法の手紙はとてもむずかしい魔法で、相手さきに手紙をとどけるだけでも、たいへんな魔法の力を使用したのです。そして相手がその手紙を手にすると、まじゅつしのところにそれをしらせたうえで、すべての魔法の力は消えてしまいました。ですから、相手がそのあとでその手紙を読んだかどうか? というところまでは、さすがに知ることはできなかったのです。やはり魔法とは、すべてばんのうではありませんでしたから)。

 

 ですが、ふつう人から手紙を受け取ったのなら、あけて読みますよね?(ダイレクトメールじゃあるまいし。)ましてやそれが、エリル・シャンディーンから送られた、きんきゅうの魔法の手紙であるのなら、なおさらです。そんな、いたってふつうのことが、リズには通じなかったというわけでした……。これではさすがのマリエルでも、よそくができなくてとうぜんでしょう。な、なんていいかげんな人なんだ、リズって……)。

 

 「リズのやつ! ぼくの魔法の手紙は、いつもだいじなようじなんだからって、いってあるのに! まったく、なんていいかげんなやつなんだ!」マリエルはもう、かんかんです(きちんとしたりろんで計算されつくした行動を取るマリエルでしたから、その気持ちもたしかにわかりますね)。

 

 「と、とにかくさ。家の中に、はいってみようよ。ほんとに寝てるのかもしれないし。」ロビーが、ぷんぷん怒っているマリエルをなだめて、いいました(そういうロビーでしたが、「ほんとに寝てるだけ、なんて、まずないだろうなあ」と心の中で思っていました)。

 

 「まあ、なんとかなるよ。」ライアンも、マリエルの肩をたたいていいました。

 

 

   とん、とん、とん!

 

 

 げんかんのとびらをノックしてみますが、やっぱりおうとうがありません。ためしにとびらをおしてみると……、あきます! かぎもかけずに、なんて不用心なのでしょう!(といっても、こんなところにくるどろぼうもいないでしょうけど。ガウバウやギルディくらいのものでしょう。っていうか、どろぼうよりもそっちの方が、ぜんぜんこわいんですけど……)

 

 家の中は、まっくらでした。マリエルがつえをかざすと、そのつえのさきが、ぱあっと光って、家の中をてらします(これはそのまま、あかりのじゅつ。きほん的な魔法のひとつです)。

 

 家の中は、さいていげんの家具がそろっているだけでした。おくにだんろがひとつあって、その横にだいどころがあります。テーブルにいす、そしてベッドがひとつ。ベッドには茶色いもうふが、しわくちゃのまま乗っていました。そして……、ロビーのはかないきたいもむなしく、そこにはやっぱり、リズはいなかったのです……(そしてかれらは、家にはいってすぐに、げんかんのわきでしょうげきのものをふたたび目にしてしまいました。そこには、マリエルがきのう送った「一通目の手紙」が、「あけられもせずに」、そのままおいてあったのです……。がーん!

 

 これはつまり、リズが手紙を受け取ったけれど、げんかんのわきにそのままほったらかしにしておいたということをあらわすものでした。つまりリズには、「マリエルたちがここにやってくるということ」、そして「マリエルたちにシルフィアである自分の力が必要なのだということ」、そのどちらも、伝わってはいなかったのです! もういちど、がーん!

 

 そして……、それを知ったマリエルは、ここにきて、ようやく、リズのことについてはっきりと学ぶことができました。

 

 リズには、きんきゅうの手紙は出してはいけない!)。

 

 家の中にも、ひょっとしてトイレ? と思って家のまわりもさがしましたが、どこにもリズはいませんでした。せっかくはるばる、おそろしいガウバウたちと戦ってまで、やってきたのだというのに! いったいリズは、どこにいってしまったのでしょうか?(ほんとにもう!)

 

 「申しわけありません、ロビーさん……。これは、かんぜんに、ぼくのミスです。リズのいいかげんさを、すべて計算にいれていませんでした……」マリエルはそういって、頭をぺこぺこ下げて、ロビーにあやまりました。

 

 「そんな。マリエルくん、きみのせいじゃないよ。」ロビーがあわててとりつくろいます(わたしもほんとうに、マリエルにどうじょうしてしまいます。せっかく、あんなにも計算されつくしたけいかくを用意して、それにもとづいた行動を取っておりましたのに……、こんなにもあっさりと、それをだいなしにされてしまいましたから……)。

 

 「それよりさ、リズさんがどこにいったのか? そっちをなんとかしないとね。」ライアンがいいました。いないものはしょうがない。ものごとを前むきに考える、ライアンらしい言葉でした。

 

 「ぼくが、さっき二通目の手紙を送ったときには、リズはまだ、ここにいたわけです。ですから、それから計算しても、いくらシルフィアの足であるとしても、歩いて数時間くらいでは、そんなに遠くまでは出かけられないはず。となると、だいたい、けんとうがついてくる。」マリエルがあごをなでながら、そういいます。こちらはなんともマリエルらしい、りろんにもとづいた言葉でした(ちなみに、精霊の種族であるシルフィアなら、岩場も荒れ地もなんのその。しゅたっしゅたっとはねるようにすばやく進んでいくことができました。マリエルはそのことも、ちゃんと計算にいれていたというわけなのです)。

 

 「心あたりがあるの?」ロビーがたずねます。

 

 「はい。」マリエルがこたえました。

 

 「リズがよく出かける場所が、ひとつあります。ぼくもいったことがありますが、曲を作るのに、気持ちがおちつくとか。たぶん、そこだと思いますが、もっとはっきりと、ぼくの魔法で、リズのいる場所をせいかくにしらべてみましょう。」

 

 へえ、魔法でそんなことまでできるんですか! さすがマリエル。たよりになるなあ(こんかいのこんなトラブルなんて、マリエルならすぐに取りもどしてしまうでしょうね)。

 

 「みるみるこんぱすのじゅつを使います。この魔法には、さがす人物のにおいのする、小さめの品物が必要なんですが、なにか、いいものはないかな? すいませんが、ロビーさんとライスタも、ちょっと、さがしてもらえますか? タオルとか、ハンカチとか、シャツとかがあれば……」

 

 思いもかけず、さがしものがはじまってしまいました。このみるみるこんぱすのじゅつという魔法は、魔法のわんちゃんが飛び出して、その鼻でさがす人物のにおいをかぎつけて、なんマイルもさきまでいばしょをさぐることができたのです。そのために、さがす人物のにおいのする品物が、必要だったというわけでした(品物をかた手に全部しっかりと乗せる必要がありましたので、小さめの品物でなければなりませんでした。すぐに見つかるもうふでは、大きすぎて手に全部乗らないから、だめだったのです。

 

 ところで……、こんなにべんりな魔法があるのなら、それではじめから、リズのいばしょをかくにんしておけばよかったんじゃない? と思われる方もいるかと思いますが、じつはマリエルはその通り、この魔法でリズのいばしょを、はじめにきちんとかくにんしていました。そしてリズがたしかに自分の家にいるということをたしかめると、それから魔法の手紙を、リズのところへと送ったというわけだったのです。この二段がまえなら、ふつうは、まちがいの起こりようもないでしょう。

 

 そして数時間前、二通目の手紙を送ったときにも、マリエルはこの魔法でリズがちゃんと自分の家にいるということを、ふたたびかくにんしていました。ですからマリエルも安心して、リズのところへとむかうことにしたのです。ですが……。

 

 まさかその数時間のあいだに、リズがかってに、どこかへ出かけていってしまうとは!(しかもそもそも、自分が送った魔法の手紙すら読んでいないとは!)さすがのマリエルでも、とてもよそくのできないことでした。

 

 こんかいのこのできごとは、まったくもって、マリエルのよそうをはるかにこえてしまっていたできごとだったのです。まさかマリエルも、このみるみるこんぱすのじゅつをここでふたたび使って、リズのいばしょをもういちどかくにんすることになろうなどとは、思ってもいませんでした。かわいそうなマリエルくん……)。

 

 「それにしても……」家の中をさがしはじめたマリエルでしたが……。

 

 「なんてきたないんだ、まったく! よく、こんなところに住んでいられるな。」

 

 マリエルのいう通り、まだ説明していませんでしたが、家の中はかなりのちらかりようだったのです。テーブルにはチーズやハムの食べかけとか、お菓子のつつみとか、食器などがそのままでしたし、床にも、本やがくふや、がっきを手いれする道具などが、あちこちにちらばっていました(これじゃ、手いれをする道具に手いれが必要ですね。でも、いくらちらかっているとはいえ、カルモトの家ほどではありませんでしたが。あれは、ちらかりすぎですから)。

 

 その中でも、マリエルがあきれてしまったものがひとつ、ありました。それは、剣です。剣じゅつしなんやくだったリズなわけですが、その自分の剣を、床の上にほったらかしにしてあったのです! それも、ほこりをかぶって!(しかもこの剣は、剣じゅつしなんやくになったそのおいわいにアルマーク王からおくられた、とてもりっぱな剣でした。剣を作る名人、ロゼッティ・ガルブレイドの作った、とてもきちょうでねだんの張る剣だったのです。剣を学ぶ者ならば、だれでもよだれが出るほどにほしがる、名品でした。それをこんなところに、ほったらかしにしておくなんて! う~ん、さすがリズ、といったら、ほめ言葉になっていないような気もしますが、やっぱりすごい人です。)

 

 そんな中、ロビーはベッドのまわりをさがしていましたが、そこでとんでもないものを見つけてしまいました。それは……。

 

 ベッドの下に、リズの服などがおしこめられていました(これはべつに、とんでもないものじゃありません)。これならリズさんのにおいがするから、ちょうどいいかな、と思って、ロビーがそれをひっぱり出すと……、その服のあいだから、小さなまるまった、ぬののようなものがひとつ出てきたのです。なんだろう? と思って、ロビーがそれを広げてみると……。

 

 

 「ええーっ!」

 

 

 「ど、どうしたの? ロビー。」「どうしたんですか?」

 

 ロビーのさけび声に、ふたりのちびっ子たちもびっくりして、ロビーにたずねました。

 

 「い、いや、ごめん。なんでもないよ。ちょっと、とかげがいたものだから、びっくりしちゃって……」あわててロビーが、手に持っているものをうしろにかくしながら、いいわけします。

 

 「えっ、とかげがいるの? やだなあ、ぼく、そういうの、きらいなんだから。」ライアンがそういって、まただいどころのあたりをさがしはじめました。マリエルも、テーブルのまわりのごみをがさがさとどかしながら、さがしものにもどります。どうやら、ごまかせたようです。

 

 ロビーは「ふう。」と息をついて、うしろをむいて、もういちど手にしたものをこっそりとかくにんしてみました。やっぱり、まちがいありません。

 

 

 それは……、若い女の人用の、下着だったのです!(ほんとに、ええーっ!)

 

 

 リズはこの家に、ひとりで暮らしています。ベッドもひとつしかありませんし、ほかに女の人がいるようなけはいもありません。ひろってあずかってる? たまたま女の人の友だちがお茶を飲みにきて、おいていった? それらもくるしい説です。なにより、自分の男物の服やズボンなどといっしょに、まとめておいてありましたから。

 

 ということは……、これは、リズのこじん的な持ちものなのだということで……、つ、つまりそれって……、どういうこと?(しゅ、しゅみ? いやっ、なんでもありません!)

 

 「ま、まさか……、いや、でも……、ど、どうしよ……」

 

 ロビーはすっかり、あたふたしてしまいました。それもそのはずです。伝説とまでいわれた、失われしシルフィア種族。精霊王のトンネルをあけられる、大いなる力を持っているという、そのりっぱな人物の家から、まさかこんなもの(女の人の下着)が飛び出すとは……、夢にも思っていませんでしたもの!

 

 とりあえず、マリエルくんにはだまっておこう……。ロビーのけつろんでした。マリエルはリズと親しいあいだがらのようでしたから、こんな、リズの知られざるひみつをしらせるわけにはいきません(リズのめいよのためにも)。ロビーは思わず、その下着をベッドのマットの下におしこんで、かくしました。

 

 「いいものがあったよ。」ライアンがいいました。

 

 「ほら、これ、リズさんの使ってるバスタオルでしょ? 使ってから、まだ、あらってないみたいだし、これなら、においも残ってるんじゃない?」

 

 「うん、それならいいね。」マリエルがタオルを受け取って、それを左手の手のひらの上に乗せました。そして右手を、それにかざして……。

 

 「みるみるこんぱす。さーてく、さーてた、くー。」

 

 魔法の言葉をとなえると、「きゃん!」タオルの上に、まっ白な毛なみの魔法の子犬が、なき声とともに、ぴょこんと飛び出したのです! なんてかわいい! そして、「くんくんくん!」その子犬がタオルのにおいを、くんくんかぎはじめました。かわいい!

 

 すると。その子犬がとつぜんすっくと立ち上がって、「あっちにいるよ。ここから八マイル。」東の方をゆびさしながら、なんともかわいらしい子どもの声で、しゃべってしらせたのです!

 

 「ふええ……」と感心しているロビーとライアンのことをしりめに、マリエルはやっぱりといった顔をして、あごをなでながらいいました。

 

 「思った通りです。リズは今、ラグリーンたちの里にいますね。」

 

 「ラグリーン?」ロビーとライアンが、そろってたずねます。

 

 「ラグリーンは、ここからさらに東の山の上に住んでいる、ねこの種族の者たちです。アップルキントとよばれるかれらの里から、ほとんどそとに出ることもないので、知っている人もすくないのですが。リズはかれらと仲がよくて、ちょくちょく、かれらの里に、あそびにいっているんですよ。」

 

 アップルキントのラグリーン。マリエルのいう通り、その名まえを知っている者は、このアークランドでもほとんどいないことでしょう(ロビーとライアンも知らなかったのです)。ラグリーンたちはすらりとほそいしなやかなからだを持っていて、とってもはやく走ることができましたし、また、とくいのジャンプ力は、かえるの種族のフログルたちと同じくらいすごいものでした(さすが、ねこの種族です)。動くものと、おひさまと、おひるねが大好き。そして、どうがんばっても「な、ぬ、の」の発音ができずに、「にゃ、にゅ、にょ」となってしまうのです(さすが、ねこの種族です)。

 

 ですがラグリーンたちのことを説明するうえで、それらのことよりもなによりも、もっともだいじなことがひとつありました。それは……、かれらのその背中に、大きな羽がついているということだったのです!

 

 「空飛ぶ」ねこの種族。それがラグリーンたちでした! 

 

 いったいどうして、かれらが羽を持っているのか? それはだれにもわからないことでした。ラグリーンたちにさえわからなかったのです(もっとも、知ろうともしていないようでしたが)。ラグリーンたちは、こまかいことは気にしません(けっして、こまかいことじゃないような気もしますが……)。気がついたときには、もう羽がついていたのです。

 

 ただいえることは、かれらがこの羽を受けいれ、楽しんで使っているということでした。ふわふわ飛んだり、追いかけっこをしたり。かれらは日々のせいかつを、ただのんびりと、おだやかにすごしていたのです。そのおだやかなラグリーンたちの住んでいる、らくえんのような場所、それがアップルキントとよばれる、かれらの里でした。そしてリズは今、そこにいるというのです。

 

 でも……、これからすぐにそこへいくというのは、やはりとてもむりなことでした。そのいちばんのりゆうは、みんなのからだのじょうたいのこと。マリエルはともかく、ロビーとライアンが今日いちにち、どんな旅をしてきたのか? 思いかえしてみてください。ベーカーランドへむかうむかしの街道のとちゅうで野宿をといてからというもの、ずっと走り通し。やみの精霊の谷をぬけ、ショートカットにせいこうしましたが、それからすぐに、ベーカーランドでアルマーク王に会って、重大なじじつをたくさんきいて、そしてそのあと、おふろにもはいれず、ごはんを食べるひまもなく、すぐにこのリズの家へとむかって出発したのです(前の日もこれと同じくらい、たいへんないちにちでした。それが二日もつづいたわけです)。しかも、おそろしいガウバウたちとも戦いました。いくらふたりとも、げんきな若者であるとはいえ、これでくたくたにならないはずもありません。時間がなによりもたいせつな旅でしたが、むりをしすぎてからだをこわしてしまっては、なんにもなりませんもの。

 

 こうして、ここにふたたび、たいへんないちにちが終わったのです(ロビーがかなしみの森のほらあなを出発してからというもの、ほんとうに、いちにちいちにちが長く感じられますね)。みんなはこのまま、リズの家にとまらせてもらうことにしました(もともとマリエルは、今日すぐに精霊王のトンネルまでいくなんてことは、むりだとわかっておりましたので、さいしょからリズの家にとまらせてもらうよていでした。さいしょにむかうよていだったトンネルにいくためには、まずけわしい山道を歩いていかなくてはならなかったため、これ以上進むのは体力的にもむりだと、マリエルははんだんしていたのです。

 

 そして道のりがへんこうされ、アップルキントへとむかうことになったわけですが、その道のりもまた、今すぐむかうのには、体力的にも安全のうえからでも、むりがあるとマリエルははんだんしました。そのため、やはりさいしょのよてい通り、リズの家にこのままとまることにしたというわけなのです(もっとも、よていとちがうのは、家の主人がいないということでしたが……)。

 

 ちなみに、マリエルは、リズがアップルキントにいくときには、なんにちもそこにゆっくりたいざいするということを、知っておりましたし、そのしゅうかんを急に変えるようなことは、リズのいいかげんさをじっくりねんいりに考えにいれたうえでも、ないだろうとはんだんしました(または、なにかとくべつなりゆうでもあって、アップルキントをすぐに出発してしまうようなことも、かくりつ計算からいってないだろうとはんだんしました)。そのため、リズがこのあとすぐに、またどこかほかのところへいってしまうのではないか? という心配は、考えにいれなくてよいとはんだんしたのです。それにマリエルは、あしたの朝になったらもういちど、みるみるこんぱすのじゅつを使って、リズのいばしょをかくにんするつもりでした。そしてさきにいってしまいますが、マリエルはじっさいによく朝、リズがきちんとアップルキントにいるということを、しっかりたしかめたのです。ですからあとはそのまま、大急ぎで、アップルキントまでいけばいいわけでした。とりあえずは、よかった)。

 

 

 ごおお! 

 

 マリエルがほのおのじゅつを使って、だんろに火を起こします。そのあとライアンが、火の精霊の力をかりて、その火をあっというまに大きなものに変えてくれました。

 

 部屋があたたまり、(ねんがんの)食事がすむと、ロビーとライアンはたちまち眠くなってしまいました。そしてリズのベッドはあっというまにライアンに取られてしまいましたので、ロビーとマリエルは、それぞれ床の上にもうふをしいて、寝ることにしたのです(マリエルだけは、その前にリズの家のおふろをかりてはいり、かみもばっちりシャンプーしていましたが。ロビーとライアンはとにかく眠くて、おふろにはいる気にもなれなかったのです。カーテンの影から「のぞくなよ。」とマリエルが顔だけを出していって、ライアンが「だれが!」とどなりました。

 

 ちなみに、ライアンとロビーはそのままの服そうでしたが、マリエルはパジャマじゃないと寝られないらしく、自分のかばんから、ぴしっ! とのりのきいた新しいパジャマを取り出しましたが、そのかばんの中を見てびっくり! きれいにおりたたまれた、服やズボンや、くつした、下着などが、びっしりつめられていたのです(まるで、ひとつきまるまる、海外旅行にでもいくときみたいに!)。けっぺきなマリエルは、いちにち二回は服を取りかえないと気持ちが悪いらしく、旅のときにはいつも、かばんにいっぱいの着がえを持っていきました。「なにそれ! 服、多すぎだよ!」ライアンがいいましたが、「ライスタのかばんこそ! お菓子しかはいってないじゃんか!」マリエルがいってかえしました)。

 

 横になったロビーとライアンは、すぐに、すーすー(ロビー)、ぐーがー(ライアン)と寝息を立てて、眠りに落ちてしまいました。マリエルはしばらく、「ひみつにっき」とだいめいのついたにっきちょうを取り出して、なにやらいっしょうけんめい書きこんでいましたが(ちょっと読んでみたいですね)、やがて横になり、今日のこと、あしたのこと、いろいろ考えごとをしているうちに、こちらも、くーくーと、眠りに落ちていったのです(そして家のまわりには、ふうせんふくろうのじゅつという魔法で出した見張りのふくろうたちが、寝ずの番をしていたのです。このふうせんでできたふくろうたちは、危険を感じると、ぱん! 大きな音を立てて、われてしらせてくれました。これなら安心ですね。前の日のときには、寝ずの番をしてくれているはずだったフログルたちが、朝起きたら、そろってぐーぐー、寝ておりましたから……)。

 

 あしたはまた、たいへんないちにちがはじまるのです。いろいろと不安なことは多いですが、仲間たちは、今はただ、あしたにそなえて眠りました。

 

 

 そしてその夜……。おそれていたことが、とうとう起こったのです。

 

 

 

 風が吹きはじめました。じこくは、夜きのこのこくげん。ま夜中の三時ころです(これは、夜きのことよばれる足のある大きなきのこが、森をうろうろと歩きまわるじこくでした。こ、こわい……)。ほんらいならば、だれもがベッドにもぐって夢を見ている、そんなじこく。おそろしい悪夢のようなできごとは、今まさに、ほんとうのこととしてやってきました。

 

 遠く、ティーンディーンの流れのむこう。その山のふもとのあたりに、ちらちらと光るものがあらわれはじめました。そしてそれと同時に、さっきまでまっ黒なやみしかなかったその場所が、ぼんやりゆらゆらとゆれ動きはじめたのです。そのゆらめきは、やがてはっきりしたものとなりました。やみが、動いていたのです! それも、たくさん!

 

 見張りの兵士たちにとって、そのしょうたいを知ることはかんたんなことでした。できればこの目で見ることはしたくはなかった、その動くもののしょうたい。できれば起こってほしくはなかった、このおそろしいげんじつ……。

 

 やみの中に動くもの。それはまさしく、ワットの黒の軍勢、その悪の軍勢の者たちのすがたにほかならなかったのです(そしてちらちらと光るもの、それは黒の軍勢の兵士たちの持っている、たいまつのほのおのあかりでした)。

 

 ここは、べゼロインのとりで。

 

 ついにこのべゼロインとりでへとむかって、黒の軍勢の本軍がせめこんできました!(しかも、こんなにも早く!)

 

 

   かん! かん! かん! かん!

 

 

 「敵がきたぞ! 敵がきたぞ!」

 

 とりでの中に、見張りの兵士たちのさけぶ声と、敵のしゅうらいをしらせるかねの音がひびき渡りました。それらはすぐに、休んでいる仲間たちのもとへと伝わります。まっさきに飛び起きたのは、われらが白の騎兵師団のベルグエルムとフェリアル、そしてライラでした。ベルグエルムはすぐに剣をにぎりしめると、そのままとりでの見晴らし台へとつづくかいだんを、かけのぼっていきました。

 

 黒の軍勢がおそるべき早さでこちらへとむかってくる、そのようすが見えました。その数は、ざっと見つもっても、数千! まだだいぶ遠いですが、すぐにここまでやってくることでしょう。

 

 「きたようだな。」

 

 そういってうしろからやってきたのは、ライラでした。となりには、エリル・シャンディーンのきゅうていまじゅつし長、ルクエール・フォートもいっしょです(マリエルいがいの三人のきゅうていまじゅつしたちも、この戦いのためにべゼロインにはいっていたのです)。ちょっとおくれて、すぐにフェリアルと、残るふたりのまじゅつしたち、マレイン・クレイネルとロクヒュー・テオストライクのふたりもやってきました。

 

 「おうおう、これまたずいぶんと、集まりよったわい。」せまりくる軍勢をながめながら、ルクエールがいいました。

 

 「あの三人の魔女たちも、いっしょでしょう。こんどこそ、かりをかえしてやらなければなりません。」ルクエールのとなりにやってきたマレインが、めがねをくいっとなおしながらつづけました(三人の魔女たちって?)。

 

 「女だからと、ようしゃはしない。このこぶしのいちげきを、がつんとくらわしてやる!」ロクヒューがこぶしをぐぐっとにぎりしめながら、怒りもあらわにいい放ちます(いや、こぶしじゃなくて、魔法の力をぶつけてほしいのですが……)。

 

 「こちらも、じゅんびはととのっている。かえりうちにしてくれよう。ルクエールどの、よろしくたのむ。」ライラがルクエールにいいました。

 

 「うむ、心得た。」

 

 ライラの言葉を受けて、ルクエールがそういって、ふたりの若いまじゅつしたちのことを見ます。ふたりのまじゅつしたちは、だまってうなずいて、それにこたえました。

 

 そしてルクエールをまん中に、すこしはなれた左にマレイン、右にロクヒューが立ちました。いったいなにがはじまるというのでしょうか?

 

 ルクエールが魔法の言葉をとなえはじめ、右手を空にかざしました。マレインとロクヒューも、それにつづきます。そして……。

 

 ぶおおおーん!

 

 三人のまじゅつしたちの手のひらから、青白く光る魔法のエネルギーが飛び出しました! そしてそれはどんどんと広がっていって、あっというまに、このべゼロインとりで全体をつつみこんでしまったのです!

 

 つまりこれは、魔法のバリアーでした! 今やとりでは、青白く光るこのとうめいな魔法のバリアーで、すっかりおおわれていたのです! す、すごい!(いぜんライアンも、すがたを見えにくくするために、ロビーたちみんなを水のバリアーでおおいかくしたことがありましたが、こんかいはそれとは、くらべものになりませんでした。レシリア先生とルースアンが協力して作った、あのまぼろしのバリアーでさえ、同じくたちうちできないことでしょう。なにしろ、なん百人もの者たちのいるとりでそのものを、つつみこんでしまいましたから! 力のあるまじゅつしが三人がかりでかかったら、こんなにもすごいことができるんですね! いや、おどろきです!)

 

 ですがこんなにすごいバリアーであっても、ワットの黒の軍勢が相手では、ほとんどやくには立たないということでした(ええっ? そうなんですか?)。もちろんふつうの相手ならば、魔法のバリアーをそうかんたんにうち破るなんてことは、できません。ですが黒の軍勢のその中には、ふつうの相手ではない、とてもとくべつな相手がまざっていたのです。それこそが、さきほどマレインがいっていた、三人の魔女たちのことにほかなりませんでした。

 

 きゅうていまじゅつし。それはベーカーランドだけにそんざいするものなのでしょうか? いいえ、ちがいました。ベーカーランドにきゅうていまじゅつしたちがいるように、またワットにも、きゅうていまじゅつしたちがいたのです。ワットのきゅうていまじゅつしたち、それが、ネルヴァ、アルーナ、エカリンという、若き三人の魔女たちでした。

 

 この三人の魔女たちは、ほんとうの姉妹ではありませんでしたが、人々からは「魔女っこ三姉妹」という名でおそれられていました(名まえだけでは、あまりおそろしくありませんが)。十八さいの長女、ネルヴァ・ミスナディア。十六さいの次女、アルーナ・キッカバーグ。そしてまだ十二さいばかりのちびっこ魔女、三女のエカリン・スフルフ。ともにじゃあくなる魔法の力をひめた、おそるべき魔女たちだったのです。

 

 大きないくさでは、まずまじゅつしたちが、さいしょにその力をはっきするというのがならわしでした。そのさいしょの魔法の力、それが魔法のバリアーだったのです。

 

 このバリアーが張られているときには、ふつうの兵士たちではぜんぜん歯が立ちません。大きな石をぶつけてもだめですし、剣やおので切りさこうとしても、むだなことです。ですから大きないくさのときには、それぞれの軍は、かならず、うでのいいまじゅつしをつれていきました。そしてせめこむがわのまじゅつしが、さいしょにやらなければならないしごと。それが、この魔法のバリアーをはかいするということだったのです。

 

 ワットの黒の軍勢が相手では、この魔法のバリアーもほとんどやくには立たないといったりゆうが、これでおわかりでしょう。だってバリアーを張っても、力あるまじゅつしである三人の魔女たちに、すぐにこわされちゃうんですもの(ところで……。リュインのとりでが落とされたときには、ベーカーランドのきゅうていまじゅつしたちは、その戦いには加わっていませんでした。リュインのとりでは敵のしゅうらいにそなえるそのじゅんびをおこなっているさなかに、まったくとつぜんに、ふいうちのかたちで敵のこうげきを受けたのです。なにしろリュインがこうげきされたのは、ベーカーランドにワットの使者がやってきた、そのわずか数日ごのことでしたから(バリアーを張って敵を追いかえすために、いくさのじゅんびに追われる三人のきゅうていまじゅつしたちを、つねにリュインとりでひとつにつめさせておくわけにもいかなかったのです)。

 

 ふつうこれだけ大きな軍勢の兵をととのえ、いくさのじゅんびをおこなうためには、すくなく見つもっても十日はかかるはずです(しかもいくさのルールによれば、ワットは戦いのじゅんびがすっかりととのってからリュインをこうげきした方が、のちの戦いにむけてとてもゆうりとなりました。それらのルールについては、これからじゅんを追って説明されていきます)。ですからベーカーランドの者たちも、まだリュインがこうげきされることは、ないとはんだんしていました。ですが……。

 

 そこにはまたも、あのおそろしい悪の大魔法使い、アーザスの影がひそんでいたのです。

 

 じつは、リュインをふいうちでこうげきして落とすようにしじしたのは、ほかでもありません、アーザスでした。それは、アーザスがさいごの大いくさの場においてもちいてくるという、そのまがまがしき力のためでした。じつはその力は、さいごのさいごの大いくさの場において、いちどかぎりのみ、使用かのうなものだったのです。そしてその力は、もはやアーザスほどの大魔法使いであっても、おさえつけておけるようなものではありませんでした。そのためにアーザスは、いちはやくリュインの地をうばい取り、その地の中をワットの軍勢がじんそくに進めるようにする必要があったのです。いくさを早くはじめて、そのまがまがしきやみの力をおさえつけておけるうちに、さいごの戦いをはじめることができるように……(その力がどんなものなのか? ということについては、のちほどあきらかとなるでしょう)。

 

 ところで、ワットの者たちがこんなにも早くリュインをこうげきすることができた、そのりゆうも、ここで説明してしまいましょう。それはリュインこうげきのしきをとった、しきかんガランドーの、すぐれた作戦によるものでした。ガランドーは夜のやみにまぎれて、空からディルバグのせいえい部隊を送りこみ、そしてリュインに戦いを申しこむと、リュインの者たちに兵をととのえる時間も与えないうちに、わずかな時間のあいだにとりでを落としたのです。つまり黒の軍勢の本軍がいくさのじゅんびをととのえる、それよりはるか前に、ガランドーはふいうちでリュインをおそいました。ですからこんなにも早く、リュインをこうげきすることができたというわけだったのです。

 

 地上からやってくる敵の軍勢ならば、近づいてくることもかくにんできるでしょうが、敵が空からとつぜんにやってきましたから、もとよりリュインの者たちに、戦いにそなえる時間などはありませんでした。リュインの兵は、二百。それに対して、ディルバグの部隊は二百五十でした。これは数で相手をあっとうするワットにしては、まったくもってすくない数です。ですがガランドーは、あくまでも早さをゆうせんさせました。リュインをふいうちで落とすためには、この数でじゅうぶんと考えたのです。そしてそのおもわくの通り。ふいをうたれたリュインのとりでは、取りかこまれたディルバグ隊の者たちによって、なすすべもなくやぶれ去りました。まさか敵がディルバグの部隊だけをひきいて、こんなにも早くきしゅうこうげきをしてこようとは、思ってもいないことでしたから。しらせを受けたべゼロインの兵士たちが早馬でかけつけたときには、リュインはもう、敵の手に落ちてしまっていたあとだったのです(じつは、ほとんどまともに戦いがおこなわれることもなく、リュインの者たちはこうふくを強いられたのです。リュインの者たちは、そのすべてが敵にむかいあっていたというわけではなく、多くの者が、とりでの中やそとでのさぎょうに追われていました。そんなところをこうげきされましたから、かれらには、やはり、まともに敵にむかいあうこともできなかったのです))。

 

 

 (さて、話がずいぶんそれてしまいました。まじゅつしの話にもどります。)

 

 この魔法のバリアーのほかにも、いくさにおいてまじゅつしたちというのは、とても重要な意味を持つそんざいでした。もちろん、たくさんの兵士たちのことを思いのままに動かして、さらなる大きな力を生み出すためには、ゆうしゅうなるしきかんたちがいなくてはお話になりません。ですがまじゅつしというのは、しきかんともまたちがう、重要なやくわりを持っていました。それは魔法の力だけではない、頭を使ったしごと。つまり、「戦いの作戦を考える」というやくわりだったのです。

 

 いくさにおいて作戦は、戦いに加わる兵士たちの人数と同じくらい、だいじなものでした。いくさの勝ち負けは、まじゅつしたちのうでとずのうにかかっているといっても、大げさではなかったのです(もちろんしきかんたちも戦いの作戦は考えますが、せんもんのまじゅつしたちがいるんですもの、かれらと協力した方が、よりよい作戦が生まれるというものです)。

 

 ベーカーランドのきゅうていまじゅつしたち。それはもんくなく、うでもずのうも、さい強クラスのまじゅつしたちでした(こんかいはるすにしていましたが、いつもだったらこれに加えて、マリエルがいるんですもの、さい強です!)。ですがこんかいは、そのさい強クラスのまじゅつしたちでさえ骨のおれる、おそるべき魔女たちが相手なのです。けっして、ゆだんはできません。相手が、どんなしゅだんをもちいて、どんな悪だくみをはたらいてくるのか? わからないのですから(さきほどマレインが「魔女たちにかりをかえす」といっていましたが、これはいぜんの戦いの中で、魔女たちの思いもかけないひきょうな作戦に、すっかりやられてしまったことがあったからでした。ですからマレインやロクヒューは、そのかりをかえすという思いが、強かったのです。

 

 ちなみに、いぜん魔女たちが使ったそのひきょうな作戦というのは、自分の軍の兵士たちのかぶとの上と、たての前に、とってもかわいらしい、魔法でできたうさぎやねこちゃんたちをよび出すというものでした。なんてひきょうな! これではまともに、こうげきできるはずもありません! もちろんこんかいは同じ手をくわないように、「かわいい動物たちをみんなまとめて、一時的に魔法の本の中にとじこめてしまう」というわざをあみ出してきましたが、なにしろ相手は、ずるがしこい魔女たち。こんかいも、前よりももっとひきょうなわざを、使ってくるにちがいありません)。

 

 魔法のバリアーにつつまれた、べゼロインのとりで。その見晴らし台の上は、はしからはしまで、ずらり! よろいかぶとに身をつつみ、剣ややりを持った兵士たちで、いっぱいになっていました(全部で七百二十名おりました)。みな、となりの者たちとぴったり肩をよせあい、ひとこともしゃべらず、立ちつくしていたのです。そしてそのまん中で、ベルグエルム、フェリアル、ライラの三人のしきかんたち、そして、ルクエール、マレイン、ロクヒューの三人のまじゅつしたちが、せまりくる者たちのことを静かに待ち受けていました。

 

 となりの仲間の息をのむ音までも、伝わってくるかのようでした。ま夜中の張りつめた空気が、ぴしり! ほほやゆびのさきをうちつけてきます。そしてそれから、どれほどの時間がたったのでしょうか……?

 

 

   ざっ、ざっ、ざっ、ざっ……! だん!

 

 

 さきほどからずっとなりひびいていた、黒の軍勢の足音。それがとまりました。

とりでから六十ヤードほどはなれたところ。かれらはその場所に、ずらりといちれつになって、ならんでとまったのです。

 

 

   ひゅううう……。

 

 

 あたりは、しーんと、ぶきみなほどに静まりかえっています。風がとりでの石のあいだを通りぬけていく音が、おそろしいほど大きなものに感じられました。

 

 やがてそのせいじゃくを破ったのは、黒の軍勢の方でした。まっ黒なよろいかぶとに身をつつんだ、ワットの兵士たち。その兵士たちのあいだから、若く美しい、三人の少女たちが進み出たのです。少女たちはひらひらとした美しいドレスに身をつつんでいて、よろいもかぶとも身につけていませんでした。武器もなにも持っておりません。そうです、この少女たちこそが、ワットの三人のきゅうていまじゅつしたち。ネルヴァ、アルーナ、エカリンの、魔女の三姉妹にほかなりませんでした!

 

 三人の魔女たちはしばらくだまったまま、こちらを見上げていました。そして、とつぜん!

 

 

   ばしゅう! ぼぼーん!

 

 

 ひとりの少女がなにもいわず、ほのおのかたまりを飛ばしてきました! おそろしいほどのいりょくです! ですがそのおそろしいほのおも、ベーカーランドのまじゅつしたちの作り上げた魔法のバリアーにあたって、ちりぢりになってくだけてしまいました(もしこのバリアーを張っていなかったとしたら、かくじつに十人の仲間たちがまっ黒こげになっていたことでしょう! 考えただけでもおそろしいことです)。

 

 「ぶれいなあいさつだな、ネルヴァ!」

 

 とりでの上から、ルクエールがさけびました。そう、ほのおのかたまりを飛ばしてきたのは、三姉妹の中でもいちばんおそろしい力を持った長女、ネルヴァ・ミスナディアだったのです。

 

 「おひさしぶりね、ルクエールさん。このていどのほのおじゃ、あなたには、ぜんぜん、ききめがないみたい。やっぱり、このバリアーの方から、なんとかしなくちゃいけないようね。」

 

 ネルヴァの言葉に、三人の中でいちばん背の高い、となりにいる次女アルーナが、こくこくとうなずきながら、「……バリアー、やっつけるです……!」とつぶやきました(どうやら次女のアルーナは、ずいぶんとおとなしいというか……、おっとりしたせいかくのようです)。

 

 「おまえたちの思い通りにはさせん! かえりうちにしてやる!」とりでの上から、ロクヒューがつづけてさけびました。ロクヒューはこの三姉妹にかりをかえす、そのきかいをずっと待ちのぞんでいたのです。

 

 「こっわーい! おじさんって、やあねー!」そういってちゃかしたのは、三女のエカリンでした。エカリンは「くすくす。」と笑いながら、「やーいやーい!」とロクヒューのことをからかいます。相手をからかって怒らせるのが、楽しいといった感じです(う~ん、どうやらこのエカリンという子は、か・な・り、しょうわるなせいかくのようですね。ライアンよりも)。

 

 「な……! だれが、おじさんだ!」ロクヒューはもう、怒りばくはつです!(ロクヒューはまだ二十五さいでしたので、気持ちもわかりますが……)思わずエカリンにむかって……。

 

 「魔しょうだん、ストライカー!」(魔しょうだんとはつまり、「手のひらから出る魔法のたま」といった意味なのです。)

 

 ロクヒューのつき出した手のひらから、こぶしのかたちをした、きらめく魔法のエネルギーが飛び出しました!(魔法のバリアーの中にいる者からは、そとにいる相手にむかって魔法をうちこむことができたのです。よくできてますね! ちょっとずるいですけど。)ですが……!

 

 ばしん!

 

 次女のアルーナがエカリンの前に出て、ロクヒューの魔法をはじき飛ばしてしまいました!

 

 

   ひゅうう~、どど~ん!

 

 

 はじき飛ばされた魔法のこぶしは、ずっとむこうの地面に落ちて、ばくはつします(ロクヒューの魔法も、これまたすごいパワーです!)。

 

 「あっぶな~い。ありがとー、アルーナ。」エカリンがアルーナに、おれいをいいました。ですけどもちろん、アルーナに助けてもらわなくても、あのくらいの魔法なら、エカリンはなんなくかわしてしまうことができましたが。

 

 「……どう、いたしましてです……!」アルーナは手をぴしっ! と顔の横に立てて、エカリンの言葉にこたえました(やっぱりずいぶん、変わった子ですね……)。

 

 「ねえねえ、ところでー、今日は、あの子はいないのー? あの、ちっちゃい子ー。」ロクヒューの魔法などまるでなんでもなかったというように、エカリンが手をひたいにかざして、きょろきょろととりでの上をながめ渡しながら、そういいます。どうやら「あの子」とは、マリエルのことをいっているようです。もちろんマリエルも、この三姉妹と戦ったことがありました。

 

 「ざんねんだなー。あの子、かわいかったし、また、会いたかったんだけどなー。それに、ちょっと、好みのタイプ、か・も。」マリエルがいないということがわかったエカリンが、ざんねんそうにいいました。

 

 「よけいなおしゃべりは、やめになさい、エカリン。そろそろいくわよ。」エカリンのおしゃべりを、ネルヴァがたしなめます。

 

 「はーい。」エカリンが、気のないへんじでこたえました。

 

 「……りょうかいです……!」アルーナもまた、手をぴしっ! と顔の横に立てていいました。

 

 これからなにがはじまるのか? それはもう、とりでの上の仲間たちにはわかっていました。敵のまじゅつしがおこなう、さいしょのしごと。そう、魔女たちはこれから、このとりでに張られた魔法のバリアーを、こわしてくるのです(バリアーを張って、それがこわされる。それはもう、大きないくさでのきまりごとみたいになっていましたから。こわされるのを防ごうとしても、けっきょくじゃまされてこわされてしまうのです。それじゃバリアーなんて、はじめから意味がないんじゃ……、と思われるかもしれませんが、これもまた、いくさでのきまりごとになっていましたので……)。

 

 ネルヴァ、アルーナ、エカリンが、そろって横にならびました。そして右手をつき上げ、魔法の言葉をふたことみこと。すると……。

 

 

   ばりん! ばり、ばり、ばりりん!

 

 

 とりでをつつんでいた魔法のバリアーが、まるでうすいこおりのまくをくだいたかのように、ばりばりと音を立ててくずれちってしまいました!(ああ、やっぱりこわされちゃいました。)

 

 魔女たちと仲間たちのあいだには、もうなにもさえぎるものはありません。このままいっきに、魔女たちがさきほどのようなおそろしい魔法をうちこんできたら……、とりでの上の仲間たちは、とてもぶじではいられないでしょう。ですが……。

 

 「とりあえず、わたしたちの出番は、これでおしまいね。あとは兵士さんたちに、がんばってもらいましょう。」ネルヴァがそういって、くるりとむきをかえ、もときた方へとむかってもどりはじめました。えっ?

 

 「……また、会いましょうです……!」アルーナが手をぴしっ! と顔の横に立てて、とりでの上のまじゅつしたちにいいました。

 

 「じゃ、まったねー! 楽しかったよー!」エカリンが手をひらひらとふって、にこにこしながらおわかれのあいさつをおくってきました。って、ちょ、ちょっと!

 

 そして三人の魔女たちは、そのまま黒の軍勢の兵士たちのあいだを通って、やみのむこうに消えていってしまったのです(とちゅうエカリンは、兵士たちの腰をぴしゃぴしゃたたいては「がんばってね!」といっておりましたし、アルーナは右や左の兵士たちにむかって、ひっきりなしに手を顔の横にぴしっ! と立てながら、「……よろしくです……!」といっておりました。兵士たちはちょっと、とまどっていましたが……)。

 

 

   ひゅううう……。

 

 

 風の音だけが、あたりになりひびいていました。

 

 魔女たちは、帰ってしまったのです! ほんとうに、これで終わりでした! えええーっ! 

 

 

 わたしはてっきり、これからおそろしい魔法のぶつかりあいが起こるものだとばっかり、思っていたんです(そう思われてた方も多いはずです)。ですがですが! いがいやいがい! あれほどやる気まんまんみたいにふるまっていた魔女たちが、魔法のバリアーをこわしただけで、あっさりひき下がってしまいました!これはどういうことなのか? ぜったいルクエールさんたちに、ちゃんと説明してもらわないと!

 

 魔女たちがあっさりひき下がってしまったわけ。じつはここにもまた、いくさのならわしというものがありました。そしてそれこそが、魔女たちが帰ってしまった、そのすべてのりゆうだったのです。

 

 大きないくさには、さまざまなならわし(つまり、きまりごと、ルールです)というものがありました。そのひとつが、「まじゅつしどうしでの戦いをきんずる」というものだったのです。

 

 まじゅつしというものはどこのくににとっても、大きなざいさんです。くにをゆたかにさせるためには、なくてはならないそんざいでした(それはかれらの魔法によってささえられたエリル・シャンディーンのすばらしいまちなみを見れば、わかると思います)。そしてそれほどに力を持ったまじゅつしというものは、めったなことでは得ることができません。ですからどこのくにだって、自分のくにの宝物であるまじゅつしたちを、失いたくはないのです。それがまじゅつしどうしでの戦いのきんしという、ルールを生み出しました。

 

 きゅうていまじゅつしたるかれらが、どれほどの力を持っているのか? 読者のみなさんには、もうおわかりいただけたかと思います。そのかれらが持てる力を戦いでぶつけあったら、どんなことになるのか? いうまでもないですよね。ですからこのルールは、ぜったいに必要ふかけつなものでした。おそろしいワットの黒の軍勢でさえ、自分たちのくにをおびやかすようなまねはしたくはありませんでしたから、このルールをしっかり守るのです。

 

 そしてそれにともなう、二番目のルール。「まじゅつしはいくさにおいて、戦いのための魔法を使ってはならない」。

 

 ちょっときいただけでは、え? なにそれ? といった感じですが……、これはつまり、まじゅつしはいくさにおいて、「戦う」魔法ではなくて、「助ける」魔法しか使ってはならないということをあらわしたものでした(魔法のバリアーの場合は中にいる者を助けるための魔法なので、使ってもいいのです。ネルヴァやロクヒューが、いかくのためのこうげき魔法を飛ばしあったのは、ほんとうはルールいはんでした)。

 

 これはざいさんであるまじゅつしを守るという部分を、さらに大きくしたものでした。じつはまじゅつしどうしだけでなく、兵士とまじゅつしどうしも、いくさにおいて、おたがいにまるっきり戦ってはならなかったのです。そのため、まじゅつしが戦いのための魔法を使うことも、きんしされていました(ようするに相手がだれであろうと、まじゅつしはいくさにおいては、戦うことができないということでした)。これは、「戦って、もしまじゅつしがけがでもしたら、たいへんだから」というのが、そのいちばんのりゆうだったのです。それほどにまじゅつしというものは、だいじにだいじにあつかわれていました(なんだかちょっと、うらやましいくらいです。あ、でも、だからといって、ふつうの兵士さんたちがだいじにされていないというわけでは、もちろんありませんよ。兵士さんたちひとりひとりの力が、くにをささえているんですから)。

 

 ひきょうな手を使うという魔女たちでしたが、それでもいくさでのだいじなルールを破ったうえ、自分たちの首を自分たちでしめるようなまねをするほど、ばかではありません。ですから魔女たちは、こうしてみずからは戦うことなく、あとの戦いを兵士たちにまかせてひき下がったというわけでした(これ以上、助ける魔法もとくに必要なさそうでしたので)。

 

 そして、いくさにおいての、そのいちばんのルールがありました。このルールは、いくさにおけるまじゅつしのあつかい方をきめたそれらのルールよりも、もっともっと重いものでした。このアークランドの世界に生きる者ならば、ぜったいに守るべきルールとして、すべての者に知らしめられているルールでした。

そのルール。「すばらしい」ルールとは……。

 

 

 「殺してはならない」。

 

 

 こんなにもすばらしいルールがあるでしょうか! 大きないくさでは、なん百なん千という兵士たちがぶつかりあうのです。もちろん、手はぬきません。勝つために、ほんきで戦いあうのです。ですが、考えてほしいのです。いくさに「勝つ」というのは、どんなことなのでしょうか? 相手をたくさん、殺すことでしょうか? いいえ、ちがうはずです。戦いに勝った者は、負けた者をしはいして、いうことをきかせることができる。そして負けた者から、土地だとか、人だとか、ほしいものを手にいれることができる。ふつうに考えられている、いくさに勝つというのは、そういうことです。でも考えてみてください。それらのものを得るために、人を殺すことがほんとうに必要でしょうか? 

 

 相手の兵士をたくさん殺せば、相手の力を弱めて、いうことをきかせることができます。それはわかります。ですが、力を力でしはいしたところで、自分がもっと大きくなれるでしょうか?

 

 いくさに勝って、相手からさまざまなものをうばう。うばうなんてことは、よくないことにきまっています。ですからうばうためのいくさなんてものは、そもそもがやってはいけないことなのです。でもそのように考えない者たちによって、いくさはたびたびひき起こされてしまうのです。たとえば、ワットの黒の王、アルファズレドでした。アルファズレドの考え方は、「しょせん、人というものは力でおさえこまないかぎり、よくぼうのままに、好きかってなことをする生きもの。世界をへいわにまとめ上げるには、力を持つしかない。力をもって、しはいし、おさえこむしかない」というものでした。その考えがまちがっているのかどうか? きっぱりいうことは、たぶんだれにもできないと思います。人はみな、それぞれ考え方がちがうのですから。でもそのために、いくさはなくならないのです。

 

 いくさはよくないことにきまっています。ですからいちばんいいのは、戦ってうばったり、おさえこんだりなんてことはせずに、それぞれのくにが、おたがいのよいところを分けあって、それぞれにたりないものをおぎないあって、みんながゆたかになることなのではないでしょうか? いえ、ほんとうなら、それがいちばんいいのです。でも、それができない。人というのは、そういうものなのです。かなしいことですが。

 

 それでも、このアークランドのいくさのルール。それはすばらしいものだと、きっぱりいえることでしょう。いくさが、うばったりしはいしたりするためのものであったとしても、人を殺しあうものではないということを、みんながりかいし、なっとくしていたのです。ですから相手を殺す力の大きい、弓矢は使いません。大きな石も、かべをこわすことにしか使いません。ワットの黒の軍勢の者たちでさえ、それにしたがうのです(わたしたちの世界では、どうしてこのルールが作れないのでしょうか? ワットの黒の軍勢でさえもが、このルールを守っているというのに(もっとも、ワットにとっては自分たちのりえきになるから、それにしたがっているところが大きかったようですが。自分のくにをささえるたいせつな兵士たちのことを戦いで失うということは、ワットにとっても、したくはありませんでしたから。もし殺しあいのためのいくさをすれば、なん百なん千という兵士たちが、いのちを落としてしまうのです)。

 

 ところで……、このいのちのルールのことに話がおよんだところで、みなさんにぜひお伝えしておきたいことがあります。それはカピバラのくにに起こった、あのひげきにまつわること。あのときカピバラのくにをおそったのはワットの者たちでしたが、たくさんの兵士たちはともかくとして、その上でしきをとっていたあの六人の黒騎士たちは、いうまでもなく、とびっきりの悪とうたちです。しっせいさんや、ぎかんさんたち、多くのカピバルたちがかれらの手によって殺されました。カピバルの若者のいのちをうばったのも、その中のひとりです。カピバラのくにをうばってしはいするのがもくてきでしたから、カピバルたちのいのちをいたずらにうばったということは、ゆるしがたいはんざいでした! とうぜんかれらは、ばつを受けなくてはなりません。

 

 あのとき、ほかの五人の黒騎士たちのことをひきいていたのは、黒騎士隊の隊長のルドグール・エニラという男でした。このルドグールという男は、しっせいさんやカピバラ老人にぶれいな口をきいていた、あのいちばんの悪とうです。カピバラのくにを手にいれたあと、ルドグールはその力を買われて、ディルバグの黒騎士隊のいくつかをまかされるまでになりました。ルドグールはますます力を持って、たくさんのひどいことをくりかえしていったのです。

 

 ですが、そんなものが長つづきするはずもありません。していいはずもありません。

ルドグールはカピバラのくにをおそったさいに、多くのカピバルたちのいのちをうばったということを、アルファズレド王にかくしていました。のちのちになって、それがアルファズレド王の怒りにふれたのです。

 

 ルドグールたちのゆるしがたい悪ぎょうを知ったアルファズレドは、ルドグールの部下の五人の黒騎士たちのことを、すべてざいにんとしてさばきました。かれらは今、ろうやの中にいます。おそろしいアルファズレドにも、心はあるのです(かれらのめいれいを守っていただけの兵士たちは、ばつを受けませんでしたが、これはいたしかたのないことです)。

 

 では、とうのルドグールほんにんは、どうさばかれたのでしょうか? ルドグールもまた、ろうやの中なのでしょうか? 

 

 いえ、ルドグールがワットのろうやにはいることは、とうとうありませんでした。なぜならアルファズレドがルドグールの部下たちのことをさばいたときには、ルドグールはすでに、この世界にはいなかったのですから。

 

 セイレン大橋の上で、ロビーたち旅の仲間たちにおそいかかった、あのディルバグの黒騎士たち。じつはあの黒騎士たちの隊長こそが、ルドグールだったのです!(なんというぐうぜん!)ですからルドグールのさいごを、みなさんはもう知っているのです。ルドグールはロビーのせいぎの剣の前にたおれ、セイレンの流れの中に消えていきました。ルドグールは、ここではないべつの世界の住人として、これからずっと、おのれのつみをくいあらためる日々を送りつづけていくのです)。

 

 

(では、いくさのルールにもどります。)

 

 もちろんこのルールを守るためには、さまざまなやくそくごとが必要でした。殺してはいけないとなると、いくさでは相手をせんとうふのうにすることがもくてきとなります。けがをして戦えなくなったり、かんぜんにうち負かされたりした者は、戦いのその場からしりぞかなければなりません。ですがけががなおれば、かれらはまた、つぎのいくさの場にもどることができたのです。

 

 これでは大人数の兵士たちを持っているくにの方が、いくさにおいて、毎回あっとう的にゆうりになってしまうことでしょう。兵士たちがいくらうちたおされたとしても、けががなおれば、つぎのいくさでは、またもとの大人数にもどることができるのですから(けがのなおるひまもないれんぞくしたいくさであれば、人数も変わってきますが、そんなれんぞくしたいくさなどというものは、ほとんど起こり得なかったのです。こんかいの、このワットとベーカーランドの、さいごの大いくさのような戦いでないかぎり。 また、のちにも説明されますが、戦いで負かした相手のくにの兵士たちを、ほりょにとるというしゅだんもありました(レドンホールの黒ウルファたちも、これによってほりょにされました)。ですがそれは、けんりとしてはみとめられていましたが、ほとんどのくにでは、人としてのりんり的な問題として、おこなっていなかったのです。ゆいいつそれをおこなっていたのは、ワットの黒の軍勢だけでした)。

 

 ですからそれを防ぐために、「いちどのいくさには、相手の三ばいの人数までの兵士たちしか使ってはならない」というルールがきめられていました(それでも兵力のすくないくににとっては、とてもきびしいルールですが。

 

 そのほかにも、「兵力が二百五十人にみたない場合でも二百五十人としてあつかわれる」とか、「自国のとりででのいくさでは、使用できる人数は、てきせいかつとりでの中に配置できる人数までにかぎられる」とか、「いくさのじゅんびは、てきせいかつじんそくにおこなわなければならず、いはんした場合は兵力がてきせい数そろっているものとしてあつかわれる」とか、「十四日以内での同じ相手国とのれんぞくしたいくさの場合、前回の戦いで負けたがわのくにの兵力には、そのくにが前回の戦いで使用した兵力の四十七.五パーセントぶんが加わっているものとしてあつかわれる」とか、このいくさのルールを成立させるために、いろいろと、むずかしくて、ふくざつで、頭の痛くなるような重要なルールがきめられていましたが、まあそれはややこしくなりすぎてしまいますので、わきにおいておきましょう(ほんとうに頭が痛くなりますから……)。今は、相手の三ばいまでの人数しか使うことができないという、そのルールに話をしぼります)。

 

 もしこの(相手の三ばいまでの人数しか使えないという)ルールを(めいはくに)破った場合、たいへんに重いばつが与えられます。すべてのくにの取りきめとして、そうきめられていたのです。ルールを破ったくには、ばつのあいだ、よそのくにからさいていげんの食べものや水やくすりなどをのぞき、人や、ぶっしなど、いっさいのものをはこびいれることができなくなりました。いくらワットのような強国でも、これはたいへんな痛手となります。取りひきによるお金も、いっさいはいってきません。ワットはみずからのりえきを追いもとめるくに。りえきをいっぺんに失ってしまうようなことを、進んでするはずもありません。このばつの取りきめがあるからこそ、ワットもいくさのルールを、そうかんたんに破ることはできませんでした(それこそ、すべてのくにをかんぜんに力でおさえこまないかぎり、このルールを破ることなどはできなかったのです。それでも、大人数の兵を持つワット(つまり、つねに相手の三ばいもの兵力を持って戦うことのできるワット)がおそろしく強いということに、変わりはありませんでしたが)。

 

 

 さて、いくさの取りきめのことについては、このくらいにしておきましょう(ちょっと説明が長くなりすぎてしまいました)。とにかくそのいくさの取りきめのために、三人の魔女たちはひき下がったのです。そしてここから、ほんとうの戦いがはじまろうとしているわけですが……。

 

 

 三人の魔女たち。ずるがしこく、ひきょうで、おそろしい力の持ちぬしだというその三人の魔女たちが、このままバリアーをこわしただけで、このいくさになんの手みやげも残していかないなどというわけはありませんでした……。

 

 

 「みなの者! ふるい立て!」ベルグエルムがさけびました。

 

 「剣をかかげよ! 敵をむかえうて!」ライラが剣を空に高くかかげて、さけびました。

 

 

 「おおおおー!」 

 

 

 ふたりのしきかんたちの声にこたえて、仲間たちは人間の者もはい色ウルファの者も、みな、いきようようと声を上げ、ふるい立ちました。負けるわけにはいかない! たとえどんなに兵力の差があろうとも、なんとしても、このべゼロインとりでだけは守りぬくのだ! みなの心はひとつでした。すべての者の心が、がっちりとしたはがねのようなかたいけっそくで、かためられていたのです。しかし……。

 

 

 おそるべき魔女たちの、おそろしいおきみやげ……。

 

 

 いよいよかっせんがはじまろうとしていた、まさにそのとき。黒の軍勢の兵士たちが、思いもよらない行動を取りました。そのいちばん前で、黒いよろいかぶとに身をつつんでいたワットの兵士たち。まっさきにとりでにむかってとつげきしてくるものと思われていたその兵士たちが、とつぜん、ざざあっ! とわきにどいて、道をあけたのです。そしてそのかれらのうしろから、前に進み出てきたのは……。

 

 背の高い、からだのがっちりとした、身長六フィートはあろうかという者たちでした。かれらはつぎつぎと前に進み出て、ワットの兵士たちとかんぜんにいれかわってしまいました。その数は、およそ八百。ですが数なんて、そんなことはまったくかんけいがありませんでした。手には剣だけをいっぽん、にぎりしめております。よろいは着ていません。たてもかぶとも身につけておりません。かわりにすっぽりと頭をつつむ、ぬののずきんをかぶっていました。それはこれからはげしい戦いをおこなおうといういくさの場には、あまりにもふつりあいなかっこうでした。ですがそのおかしなかっこうが、つぎのしゅんかん、心の底からおそろしいかっこうへとさま変わりすることになろうとは、ベルグエルムも、フェリアルも、ライラも、みんな、そうぞうだにしていなかったのです。

 

 その者たちが、するりと、かぶっていたずきんをぬぎました。それを見た者たちは、そのあまりのしょうげきに、言葉を失ってしまいました。とくに、ベルグエルムとフェリアル、はい色ウルファの者たちへのしょうげきは、はかりしれないものでした。心がぐしゃぐしゃにおしつぶされてしまいそうな、おそろしいしょうげきでした。

 

 「な……、なんてことを……」ライラが、ふりしぼるようにいいました。

 

 ベルグエルムは歯をぎりり! とかみしめて、こぶしをにぎりしめるばかりでした。怒りでなにも、いうこともできなかったのです。

 

 「おのれーっ! ワットめーっ!」フェリアルが両手をふり上げながら、さけびました。これ以上はないという怒りが、フェリアルのからだ中を、にえたぎるようがんのようにしはいしてしまったのです。

 

 ずきんをぬいだその下にあったのは、見なれた者たちの顔でした。なつかしい、いとおしき者たちのその顔でした。かつて、ともに戦い、ともに泣き、笑い、ともに暮らした、仲間たちのすがたでした。

 

 

 そこに立っていたのは、アーザスの手によってムンドベルク王とともに黒のやみの中へとつれ去られていった、レドンホールの黒のウルファたちだったのです……!

 

 

 「う、うわあああーっ!」

 

 

 つぎつぎに起こる、はい色ウルファの仲間たちの、くつうとくるしみにもがく、そのさけび声……。

 

 こんなことが、あってよいのでしょうか? こんなことが、ゆるされていいのでしょうか?

 

 かつての仲間たちが黒のやみにとらわれて、なにもいうこともできず、なにも考えることもできず、ただただいっぽんの剣だけを持って、今この戦いの場で、自分たちの目の前に立っていたのです。

 

 

 「さて、ベーカーに逃げこんだおおかみさんたち。かつてのお仲間さんたちを相手に、どう戦うのかしら……?」

 

 ずっとうしろの方からとりでの方を見つめていたネルヴァが、そういって、静かにほくそ笑みました。そう、このおそろしい悪魔のような作戦を考えたのは、まさしくこの、ネルヴァ・ミスナディアだったのです。

 

 「ネルヴァってば、ほーんと、えげつなーい。わたしより、せいかくわっるいよねー。」エカリンがうでを頭のうしろにくみながら、にこにこしていいました。

 

 「……これが、作戦です……! わたしたちの、つとめです……!」アルーナが、エカリンの頭にげんこつをごちん! あててそういいます(「いだっ!」と頭をおさえるエカリン)。

 

 ネルヴァはそして、「ふふっ。」と楽しそうに笑いました。

 

 「さあ、ベーカーさんのお手なみ、はいけんといきましょう。」

 

 

 

 「黒鳥をはこべ!」

 

 こんらんする、ベーカーランドの勇士たち。そんなかれらのことをしりめに、黒の軍勢の中から、隊ごとの分隊長たちがさけびました。そしてその言葉とともに、前に進み出てきたのは……。

 

 その下に大きなしゃりんがたくさんついた、木でつくられた、ものすごく大きなしろものでした。全体はまっ黒な「にかわ」があつくぬられ、黒光りしております。両わきには大きなたてが、まるで鳥のつばさのように、たくさんならべてつけられていました。ぱっと見ただけでは、これがいったいなんなのか? わかりません。どうやらこれが、黒鳥とよばれているもののようですが、いったいこれは?

 

 「広げろ!」

 

 めいれいの声とともに、その大きな物体がおどろくべきへんかを見せました。木でつくられたたくさんの部品たちが、めいれいの言葉に反応して、ぎゅががががん! 大きな木や、小さな木。長い木や、みじかい木。ねじにボルトに、ぬのに鉄。それらのものが、ぶわわっと空中でからまりあい、くみあわさって、あっというまに、巨大なかいだんへと変わったのです!

 

 この光景は……! みなさんはいぜんに、どこかで見たおぼえがありませんか? そう、これはセイレン大橋の下、カピバラ老人の小屋で見た、あの鉄の馬がくみあわさっていくその光景に、そっくりでした! それもそのはず。この黒鳥とよばれる巨大なかいだんには、ワットがせめほろぼした、カピバラのくにのぎじゅつが使われていたのです!(とうぜん、協力して作り上げたというわけではありません。カピバラのくにからつれ帰った者たちに、むりやりつくらせたのです! 

 ちなみに、黒鳥というのは、このかいだんの見た目が首の長い白鳥のように見えたから、そう名づけられました。色が黒いので、白鳥ではなく黒鳥というわけだったのです。)

 

 なぞの物体は、今や高さが七十フィートはあろうかという、巨大なかいだんへとすがたを変えました。つまりこのかいだんを使ってとりでの上に乗りこみ、こうげきしようというわけなのです。これはとりでをせめるいくさでは、必要ふかけつな道具でした(しかもこのかいだんの高さは、せめこむさきの高さにあわせて、自由に変えることができました。それに使わないときにはばらばらにしておけますから、場所も取らず、はこぶのもらくちん。カピバルのぎじゅつというのは、こんなところでも、すばらしくやくに立ってくれたのです。かなしいことは、それが敵の手に渡ってしまっているということでした)。

 

 

 黒い白鳥がせまってきました。その上に、大勢の黒ウルファの兵士たちのことを乗せて……。

 

 

 「やむを得まい。」ルクエールがベルグエルムの横に立って、いいました。「今は、感じょうにしはいされてはならぬ。われらには、戦ういがいないのだ。」

 

 ベルグエルムがこぶしをぎりぎりとにぎりしめて、それにこたえます。

 

 「しょうちしております。アークランドのため、われらは、戦わねばなりません。たとえ、それが、かつての友でも……」

 

 「隊長……! わたしは……!」フェリアルが、なみだをぽろぽろこぼしながらいいました。ですがベルグエルムは、フェリアルの手を取って、いったのです。

 

 「わたしもつらい。だが、ルクエールどののいう通りだ。フェリアル、ともに、戦おう。強い心を持て。ロビーどののためにも。だいじょうぶだ、すべてが、うまくいく。ロビーどのと、そして仲間たちと、またふたたび、笑って会えるように、アークランドのために、祖国のために、戦おう。」

 

 「隊長……」

 

 フェリアルは、ごしごしと、そででなみだをふきました。そしてまっ赤にはらした目で、もういちど、せまりくるかつての友人たちのことを見たのです。くちびるをぐっとかみしめて、フェリアルは自分の剣をにぎりしめました。

 

 「かれらのためにも、わたしは、この剣に力をこめて戦います。」

 

 フェリアルの、かくごの言葉でした。ベルグエルムはフェリアルのうでに手をおいて、そしてただだまって、静かにうなずいてみせました。

 

 「みなの者! まどわされてはならぬ! かれらは、あやつられているだけにすぎん! 今は、戦うとき! かれらをすくうために、かれらのために、戦うのだ!」

 

 ベルグエルムが、とりでの上にいるはい色ウルファの仲間たちにむかって、さけびました。とまどい、おびえ、こんらんしていたはい色ウルファの勇士たち。かれらはベルグエルムのそのひとことで、はっとわれにかえったのです。 

 

 「かれらのために!」

 

 ふたたび、仲間たちに力がもどりました。

 

 「戦おう!」

 

 ですが、かつての仲間たちが戦う相手。そのじじつに、いぜん変わりはありませんでした。どうしたって、とまどいが生まれてしまうのはさけられません。それにひきかえ、相手はなにも考えることもできず、よこしまなる力にその身をまかせ、心も持たずにおそいかかってくるのです。これは、たいへんなハンディとなりました(黒ウルファの兵士たちにかけられていたのは、アーザスによるたぶらかしのじゅつでした。アーザスはレドンホールをほろぼしたあとで、ほりょとした黒ウルファの者たちにこの魔法をかけ、自分のいうことをすなおにきくだけのあやつり兵士たちに変えてしまったのです。たぶらかしのじゅつはこうげきの魔法にほかなりませんが、この魔法はこんかいのいくさのはじまるずっと前に使われたのであって、こんかいのいくさの中で使われたというわけではありませんでした。ですからワットは、今このいくさのときにこうげきの魔法を使っていないので、いくさのルールいはんとはならないというのです。こうげきの魔法の力が使われたのは、黒ウルファたちをあやつり兵士のじょうたいに変えるための、そのいっしゅんのあいだだけのことなのであって、もうその魔法の力は、終わっているのだと。

 

 つまり、今相手をこうげきしているのは黒ウルファ自身なのであって、魔法そのものでこうげきしているというわけではない。だからルールいはんではない。というのがワットのいいぶんでした。

 

 でもやっぱり、そんないいぶんはなっとくがいきませんよね! 魔法が使われていなければ、黒ウルファたちも、相手をこうげきすることもないわけなのですから。

でもワットは、この自分かってないいぶんを通してしまっていたのです。それがワットという相手でした。ルールのすきをついて、自分たちにつごうのいいように、ねじまげる。じつにひきょうな相手です!)。

 

 そしてもうひとつ、魔女たちの取ったひきょうなしゅだん。それは黒ウルファの者たちに、なんの防具もつけさせていないということでした。これでは戦いにおいて不利なんじゃ? って思われるかもしれませんが、そのぎゃくでした。からだひとつでむかってくる相手を、ほんきでこうげきできるでしょうか? しかも相手は、かつての仲間。防具をつけていたのなら、まだ手の出しようもあったでしょうが、相手がはだかどうぜんでは、思いもよらない大けがをさせてしまうかもしれないのです。それこそへたをすれば、いのちまでうばってしまいかねません。かつての仲間たちに、どうしてそんなことができるでしょうか? つまりそれこそが、魔女たちのねらいだったのです。これはほんとうに、悪魔のような作戦でした。

 

 

   ごごおん! ごごおん! ががーん!

 

 

 ついに黒鳥が、とりでの前までとうちゃくしました。あちらでもこちらでも、黒い鳥の首がとりでのかべにあたって、大きな音をひびかせます。そしてそれと同時に、その首の上からたくさんの黒ウルファの兵士たちが、とりでの上の仲間たちめがけて、いっせいにおどりこんできました! かれらの目には、かつての仲間たちのすがたはうつっていません。ただ、目の前にいる相手をうち負かすこと。それだけのりゆうが、かれらのことを動かしていたのです。

 

 「友のために! 祖国のために!」

 

 とりでの上のはい色ウルファの仲間たちは、みなそうさけんで、せまりくるかつての仲間たちのことをむかえうちました。

 

 「家族のために! めいゆう国、レドンホールのために!」

 

 ベーカーランドの勇士たちも、みなそうさけんで、友であるレドンホールの黒のウルファの者たちと、つぎつぎに剣をまじえていきました。

 

 とりでの上は、たちまち、はげしい戦いの場となりました。さけぶ声、剣と剣のぶつかりあう音、よろいやたてやからだが、ぶつかりあう音。うち負かされた者の、くるしそうなうめき声、たおれる音……。どれを取っても、願ってききたいと思うものは、ひとつもありませんでした。

 

 「剣をねらって、たたき落とせ!」ライラが、ひとりで七人もの黒ウルファの兵士たちのことを相手に戦いながら、さけびました。「それがむりなら、足をねらえ! 相手の動きをとめるのだ!」

 

 ライラの剣さばきは、まさに神わざでした。ひゅっ……、その足がいっしゅん、動いたかと思うと……、からららーん! からーん! 相手の持っていた剣が、あっというまにちゅうにまい、地面に落ちるのです! 目にもとまらぬとは、まさにこのこと! ライラの強さのひみつは、むだのない動きからくり出される、むだのない力。これが相手に、いちぶのむだもなく伝わり、そのけっか……、相手は頭で考えるよりもさきに、負けていました。これではだれも、かなわないはずです! つ、強い……! 

 

 ベルグエルム、そしてフェリアルもまた、先頭に立って黒ウルファのかれらと戦いました。自分たちが進んで戦っているすがたを見せることによって、はい色ウルファの者たちをはじめ、「仲間と戦わなくてはならない」という強いとまどいを持った仲間たちの心にも、力を与えることができるのです。そしてこのふたりの戦いぶりについては、みなさんにはいうまでもないでしょう。

 

 ルクエール、マレイン、ロクヒュー、三人のまじゅつしたちもその場に加わり、仲間たちのサポートにてっしていました。味方を守る魔法なら、いくさでも使っていいのですから。魔法のかべで、相手をシャットアウト! しんろをぼうがいしたり、味方の持っているたてを、はがねのようにかたくしたり。およそ守るために考えつくような魔法をかたっぱしから使って、仲間たちの身を守りました(もちろん相手の剣を落としたり、動けなくさせたりするような魔法も使えましたが、それらは「こうげき」の魔法になってしまいますので、使うことはできませんでした。しかも、たとえ味方を守る魔法であっても、こじん的なバリアーを張ってしまうとか、すがたを見えなくするとか、敵のこうげきをちょくせつに防ぐような魔法も、使ってはならなかったのです。う~ん、いろいろと、もどかしい!)。

 

 ですが、いくらベーカーランドの兵士たちがひゃくせんれんまのつわものたちであるとはいえ、やはり防具をつけない黒ウルファたちの、そのすて身ともいえるこうげきには、仲間たちも手をやきました。レドンホールの黒ウルファたちも、またすばらしき力を持った、強い兵士たち。そうかんたんにうち負かすことなどはできません。たくさんのベーカーランドの仲間たちが、剣で切られてけがをしました。

 

 それでも、戦えないほどの大きなけがをした者は、ごくわずかでした。みな、友のため、たいせつな者たちのため、力をふりしぼって、勇気をふりしぼって、けんめいに戦ったのです。

 

 そしてついに……。

 

 

 けっちゃくです! 黒のウルファの兵士たちは、剣を落とされ、足を切られて、いのちからがら、黒鳥の上へとむかってたいきゃくしていきました! ばんざい!

 

 

 黒鳥がずるずると、もどっていきます。多くの黒ウルファの兵士たちが、手あてのために、うしろに下げられていきました(戦いに負けた者は、そのいくさが終わるまで、もう戦いにさんかすることはできません。それが、いくさでのルールでした。でも、待ってて黒ウルファの仲間たち! いつか必ず、助けにいくからね!)。

 

 さあ、魔女たちの作戦は、これでしっぱいです! わがベーカーランドの勇士たち、ひゃくせんれんまのかれらにかかれば、魔女たちのきたない作戦などに、くっすることなどはないのです!

 

 「おおおおーっ!」

 

 仲間たちのよろこびの声がこだましました。みな、剣をかかげ、ほこらしげに胸を張ります。ですが、戦いは、まだまだこれから。残りのおそろしいほどの数のワットの兵士たちが、これから、いっせいに、せめこんでくるのですから。戦いの、そのかくごの差を見せるべきときは、今でした。しかし……。

 

 

   ひゅううう……。

 

 

 風が、とりでのあいだを通りぬけていきます。さきほどの戦いのあとから、ずっと、いくさの場は静まりかえっていました。

 

 「なぜ、せめこんでこないのだ?」ライラがふしぎそうに、黒の軍勢の者たちのようすをながめていいました。

 

 「われらにおそれをなしたのでしょう。このいくさ、われらの勝ちです!」フェリアルが、ほこらしげにそうつづけました。

 

 ですが、ほんとうにそうなのでしょうか?

 

 

 と、そのとき……!

 

 

 「ち、ちがう……、ようすがおかしい! みんなを見ろ!」

 

 ベルグエルムの言葉に、フェリアルもライラも、あわてて仲間たちのことを見まわします。

 

 「こ、これは……!」

 

 そこで、かれらが見たもの……、それは、からだをねじまげ、くつうにもがきくるしむ、たくさんの仲間たちのすがたでした! こ、これは、いったい!

 

 とりでの上の勇士たち。さっきまで黒ウルファの兵士たちとゆうかんに戦っていた、そのかれらが、とつぜん声を上げてくるしみ出していました。みな、胸をおさえ、その場にたおれこんでしまいます。ですが中には、なんともない者もいました。しかしその数は、数えるほどしかおりません。

 

 「ま、まさか……!」ベルグエルムがなにかをさとったかのように、いいました。ベルグエルムの頭の中に、おそろしい考えが、やみのようにわき起こっていきました。

 

 「かれらの剣!」

 

 かれらの剣……、それは、せめこんできた黒ウルファたちの持っていた、その剣のことでした。それは、ただのふつうの剣にすぎませんでした。ですがその剣によるこうげきは、ふつうのこうげきではなかったのです。

 

 アーザスの持つ、やみの魔法のエネルギー。アーザスにあやつられている黒ウルファたちは、アーザスから、そのおそろしいやみのエネルギーさえをも吹きこまれていました! これは魔女たちよりも、さらにおそろしく、さらにひきょうで、さらに悪魔のような作戦でした。それは、アーザスの考えた作戦だったのです! そしてそれをこのいくさの場に持ちこみ、じっさいに手をくだしていたのが、あの三人の魔女たちでした。魔女たちはさいしょから、こうなることを見こしていたのです。

 

 

 おそろしい魔女たちの、第二の作戦でした。

 

 

 やみのエネルギーを吹きこまれた、黒ウルファの者たち。じつはかれらは、みずからのそのおそろしいやみのエネルギーを、手にした剣のやいばに吹きこんで戦っていました! そしてやみのエネルギーをこめた剣に切られた者は、やみにとらわれてしまうのです! すなわち、アーザスにあやつられている黒ウルファの者たち、かれらと同じようになってしまいました! アーザスは、魔女たちは、ワットは、なんてひどいことをするのでしょう!(なんともなかった者たちは、黒ウルファたちから剣で切られていない者たちでした。ライラ、ベルグエルムはもちろん、フェリアルもすごうでの剣のうでの持ちぬしでしたから、相手に切られてはいなかったのです。だから、ぶじでした。ちょっと、かすったくらいでも、このやみのエネルギーはからだの中にはいりこんでしまうのです。

 

 そしてこのやみの魔法のエネルギーについても、ワットはいくさのルールいはんではないといい張るつもりでした。このエネルギーはこのいくさのはじまるずっと前から黒ウルファたちのからだの中に吹きこまれていたものなのであって、それはもともと、黒ウルファたちの中にそなわっていた、のうりょくのようなものなのだ。つまり黒ウルファたちは、ただ自分自身のそののうりょくを使って戦っているだけなのだから、このいくさにおいて、まじゅつしが魔法を使っているわけではない。だから、ルールいはんではないと。

 

 こんないいぶんは、やはりとてもなっとくのできるものではありません。しかしワットは、こんなでたらめないいぶんを、ふたたび通してしまうつもりでした。それはベルグエルムたち三人のしきかんたちにも、わかっていたことだったのです。)

 

 

 「じょうきょうをかくにんせよ! 戦える者は、どれだけだ!」ライラがさけびました。ですが、かえってきたこたえは、まさしくぜつぼう的なものであったのです……。 

 

 「ぶ、ぶじな者は、三十名たらず……。せんとうふのう……、その数、ざっと、六百名はくだりません……」

 

 兵士のこたえに、ライラはがくぜんとしました。ベルグエルムにも、フェリアルにも、とても信じられないげんじつでした。わずか三十人……。兵力がいっきに、これだけの数になってしまったのです……。そして、そのしゅんかん。いくさのルールがきまりました。「戦えない者が多数となったとき、そのいくさは負けとなる」。いくさの勝ち負けをきめるためのルールです(せいかくには、もとの兵力の二十ぶんの一にまで人数がへったときに、負けとなります)。そしてかれらのその三十人という残りの人数は、いくさの負けとなるためのじょうけんを、みたしているものでした。ベーカーランドは、やぶれたのです……。

 

 

 からーん! 剣が落ちる音です。

 

 「そんな……、こんなことが……」

 

 フェリアルが、その手に持っている剣を落として、いいました。信じられないげんじつでした。ですがこれが、げんじつでした。 

 

 

 ベルグエルムはひとみをとじ、その場に立ちつくしたままでした。

なにも言葉が、ありませんでした。

 

 

 「たいきゃくだ……」

 

 すべてをりかいしたライラが、ふりしぼるようにいいました。その目はきつく、かくごのひとみでした。

 

 「そういん、たいきゃく。ふしょうした者たちをはこべ。ワットの軍に、とくしを送れ。このいくさ、われらの負けだ。」

 

 ライラはそれだけいうと、ベルグエルム、フェリアルの方を見ることもできず、ひとり、とりでのおくへと歩き去っていきました。

 

 

 「たいきゃく! たいきゃく!」残った仲間たちのさけぶ声が、むなしくひびき渡ります。

 

 

 「べゼロインは、落ちた!」

  

 

 

 ベルグエルムはいつまでもその場に立ちつくしたまま、動きませんでした。

 

 フェリアルはいつまでもなみだがとまらず、声を上げて泣きつづけていました。

 

 

 ワットの軍にこうふくのとくしが送られたのは、それからすぐのことでした。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


    「いよいよ、動きよったか。」」

      「こらあーっ! 逃げるにゃあー!」

    「プリンクポント・パルピンプルラックルです。」

       「ノランのじいさん、よろしくたのむぜ!」 


第21章「アップルキントのラグリーン」に続きます。
       

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