「いたか!」
なまり色の空の中に、大きな声がひびき渡りました。ここはこのアークランドをふたつに分ける切り分け山脈の、その東がわ。リムルという小さな王国のみやこ、リムリアから、ほど遠くない場所でした。
今その土地のはるかな上空を、三びきのまっ黒なからだを持ったかいぶつたちが、ぐるぐるとえんをえがきながら飛びまわっていました。それは(みなさんももうすっかりごぞんじの)あのワットの黒騎士たちの乗る、ディルバグのかいぶつたちでした。ということは……? その背に乗っているのは、やはりあのおそろしい、黒騎士たちだったのです。
「だめだ! 見つからない!」仲間の黒騎士のといかけに、山のむこうからもどってきたひとりの黒騎士がこたえました。
「ええい! くそ!」その言葉をきいた黒騎士が、自分の足をたたいて、きたない言葉でののしります。「いったい、どういうことだ! やつらを目の前にしておきながら、見失うとは!」
いったいかれらは、なにをしているのでしょう? どうやらだれかを、さがしているような感じです。ですがそのこたえは、読者のみなさんにならすぐにわかることでしょう。ここは切り分け山脈の東の地。リュインのとりでが敵の手によってうばわれていらい、ワットの者たちによってしはいされてしまった、南の街道の土地でした。そう、この黒騎士たちは今、自分たちの仲間のことをひどい目にあわせた「とんでもないやつら」のことを、けんめいになってさがしているところだったのです! それはもちろん、セイレン大橋の上でこの黒騎士たちの仲間たちと戦った、ロビーたち一行にほかなりませんでした。そのロビーたちは敵の目からのがれるために、今、切り分け山脈の西がわ、だれもそんなところにいるなどとは夢にも思わないであろう、うちすてられた西の街道の地にいるのです。ではこの南の街道の地で、ワットの黒騎士たちが目の前にまでせまったという、その者たちとは……?
そう、それはわれらが白の騎兵師団の騎士たち、ハミール・ナシュガーとキエリフ・アートハーグ。そしてゆうかんなるシープロンの者たち、レシリア・クレッシェンドとルースアン・トーンヘオン。かれら四名の勇者たちでした!(ルースアンのみょうじは、トーンヘオンというんですね。)
黒騎士たちは首から下げた遠めがねをなんどものぞきこみながら、くやしそうにあたりいったいをぐるぐると飛びまわっていました。かれらはこのあたりの土地の空をまかされている、ていさつのたつじんたちでした。そのかれらが目を皿のようにしてこんなにもさがしまわっているというのに、われらが仲間たちを見つけることができなかったのです。さすがはわれらが仲間たち! でもいったい、どういうわけがあるのでしょうか?
「敵は、なにかのじゅつを使っているのに、ちがいない!」
なるほど! われらが仲間たちはそのなにかのじゅつを使って、うまくかくれることができているようでした。ではそのじゅつとは? みなさんにはもうおわかりですよね。そう、白きシープロンたちが使う、あのわざのことです。
黒騎士たちはしばらくあたりにとどまっていましたが、やがてあきらめたように、ディルバグのむきを変えていいました。
「しかたない。出なおしだ。ガランドーさまに、このことをほうこくせねば。はんぎゃく者どもめ、つぎこそは、かならず、その首根っこしめ上げてくれる!」
黒騎士たちはそのまま、はるか東の山の方へと消えていきました。
それからしばらくたってからのこと。
ここは切り分け山脈のふもとの、岩の道……。
「いったようだ……」
声のぬしは、われらがハミールでした。そしてその言葉のつぎのしゅんかん。かれらの上にかかっていたまぼろしのバリアーが、音もなくふうっと消えていったのです! これはもちろん、シープロンの使うしぜんの力をかりるわざによって作られたものでした。黒騎士たちの目をあざむくために、レシリアとルースアンのふたりが力をあわせて、このひじょうにすぐれた身をかくすためのバリアーを作り出してくれたのです。これは空気をゆがませて、まわりとまったく同じ風景をその場に作り出すというものでした。なるほど、これならいくらていさつのたつじんである黒騎士たちとはいえ、見つけることはむりでしょう。さすがはシープロンのベテランたちです!(ところで、たぶんライアンにこの話をしたら、「ぼくにだってそのくらいできるよ。」っていうかと思いますが、やっぱりかれには、これだけすぐれたバリアーを作るのはむりだと思います。なにしろライアンの先生であるレシリアと、王さまのそっきんであるルースアンが、力をあわせて作りましたから、むりもないですよね。あ、でもみなさん! わたしが「ライアンにはむりだ」なんていったこと、かれにはだまっていてくださいね! あとがこわいですから……)
「助かった。レシリアどの、ルースアンどの。おふたりのおかげです。」ハミールとキエリフのふたりが、「ふう!」ときんちょうのとけたため息をはいて、シープロンのふたりにおれいをいいました。そう、かれらは黒騎士たちに自分たちのすがたを見せつけて、ひみつの道をゆくロビーたちのもとから敵の目を遠ざけるという、そのやくめを、まさに今なしとげたところだったのです!(かれらが敵の目をあざむくためのおとりだとばれてしまったのなら、ロビーたちのひみつの旅も、すべてだいなしになってしまいかねません。かれらの旅はほんとうに、重要かつたいへんなものだったのです。)
「これで敵は、旅の者たちが南の街道に進んだのだと思うことでしょう。あとはこのまま、敵の目をひきつけつつ、ベーカーランドまでの道のりを急げばいいのです。われらのにんむも、これでおおむねのところは、果たし終えることができた。ひと安心です。」
キエリフがほっとした顔をして、シープロンのふたりにいいました。しかしレシリアとルースアンのふたりは、いぜんとして、重い表じょうを浮かべたままだったのです。
「まだ、安心のできるようなところではありません。」レシリアが、ウルファの騎士たちにいいました。「これはまだ、はじまりのだんかいにすぎません。わたしたちのしごとは、ここからさきが、ほんとうなのです。」
レシリアの言葉に、ウルファの騎士たちは思わず、顔を見あわせてしまいました。どうやらレシリアはまだまだ、このあとのずっとさきのことについてまでも、重く深く、考えをめぐらせているようなのです。
「かれらは、これからもしつように、わたしたちのことを追いかけてくることでしょう。」レシリアが若きふたりの騎士たちにむかって、つづけました。「おそらく、このまぼろしのバリアーも、つぎは見破られてしまうにちがいありません。かれらを、あまく見てはなりませんよ。かれらのうしろには、あのおそろしい、魔法使いがいるのですから。」
「アーザス!」ハミールとキエリフのふたりの騎士たちが、思わずさけびます(ルースアンに「しーっ、静かに! 敵にきこえる。」としかられてしまいましたが)。
「あの魔法使いめ! こんどはなにを、たくらんでいるんだ!」
ウルファの騎士たちはこぶしをにぎりしめて、怒りました。かれらの祖国レドンホールは、よこしまなる魔法使いアーザスによって、ほろぼされたのです。そしてかれらの主君ムンドベルク王も、今やアーザスのとりこでした。ですからかれらのアーザスに対するにくしみは、そうとうなものだったのです。
レシリアがつづけます。
「かれらのもくてきは、たんなる仲間のかたきうちだけではないように思えます。わたしにはどうしても、その影にあの魔法使いのすがたが見えて、なりません。」レシリアの言葉はとても深く、そして重たいものでした。「ひょっとしたら、アーザスはもう、ロビーさんがいい伝えのきゅうせいしゅであるということに、気がついているのかもしれません。そうだとすれば、わたしたちの旅は、いぜんにもまして、重要なものとなります。今はロビーさんたちの身を守るために、できるだけの時間をかせぐこと。それがわたしたちの、いちばんのしごとでしょう。」
「南の地に近づくにつれて、敵の目も多くなります。」ルースアンがつづけてそういいます。「つぎに黒騎士たちからのがれるためには、わたしたちは、もっとべつの方法も、考えなければ。」
ルースアンの言葉に、レシリアもうなずいていいました。
「とにかく、また黒騎士たちがやってくる前に、できるだけの道のりを進んでおくことです。わたしたちには、まだまだ、やるべきことがたくさんあるのですから。さあ、さきを急ぎましょう。ティーンディーンの大河まで、いっきに進むのです。」
みんなはふたたび、馬にまたがりました。そしてかれらは、このおそろしい、見張りだらけの敵の地の中を、さらなる南へとむかって歩み出していったのです。
「まいど、ごりよう、ありがとうございます。しゅうてん、魔女の塔~、魔女の塔です。みなさん、おつかれさまでございました。」
なんともまのぬけたあいさつがすむと、ボートの底からのびている二本のかえるの足のようなものが、しゅううっ! という空気のぬけるような音を出しておりたたまれていきました(これはちゃく地のときにクッションのやくわりを果たしてくれるものでした。このためこのボートは水いがいのところでも、自由にちゃく地することができたのです。そうでなかったら、あんなに大きなジャンプですもの、こんなボートなど地面にたたきつけられて、ばらばらにこわれてしまうはずです!
さらにこのボートは、空気の力をいっきに吹き出すことでジャンプすることができるというものでした。ですからそのジャンプは、水の上からでもおこなうことができたのです。カルモトがこのボートにたよったのも、わかりますね。まさに、自由じざいといった感じでした)。
「お忘れ物のなきよう、お願いいたしまーす。」
うんてんしゅのネリルがぴょこん! とボートからおり立って、乗っている旅の者たちにむかって、つづけていいました。ですけど……、旅の者たちはみんな、それどころじゃなかったのです! かれらはもう、ボートのふちにうつぶせになったまま、動くことさえできませんでした。それもそのはずです。みんなはあんなジャンプを四十回以上もくりかえして、ようやくのことで、ここまでたどりついたんですから!(船よいというか、ジャンプよいというか……、とにかくひどいありさまでした!)
そんなみんなのことをしり目に、カルモトはまったくなんでもないといったようすで、ゆうゆうとボートのいちばん前からおり立つと、うんてんしゅのネリルとあくしゅをかわし、旅の者たちにむかっていいました。
「こら、なにをしている。そんなところで寝るとは、失礼だぞ。ゆうべ、きちんと寝ておかなかったのか? さっさと起きんか。」(そ、そういうことじゃありませんったら……)
みんなはカルモトにせかされて、ようやくのことで立ち上がって、ふらふらとボートからおり立ちましたが、すぐに地面に両手をついて、動けなくなってしまったのです。
「お、おええ……」「し……、死ぬ……」「もう……、だめ……」
さて、(旅の者たちのけんこうじょうたいのことについてはともかくとして)これでようやく、もくてきの魔女の塔までたどりつくことができたわけです!(こんな方法でくることになろうとは、みんな夢にも思っていなかったことでしょうけど……)みんなが今いるところは、魔女の塔のあるおほりにかこまれて島のようになっている場所の、その中。よどんだ水のはいった、おほりのふちでした。そこから上を見上げると……、そこには遠くから見えているばかりだった、あのなんともおどろおどろしいブリキの塔が、目の前にどーん! とそびえたっていたのです!(高さはおよそ、四百フィートほどもありそうでした! カルモトの木の塔にも負けないくらいの大きさです!)
遠くから見ただけでもあんなにもきみが悪くしゅみが悪いと思った塔ですのに、それを目の前で見るのですから、なおのことでした。ありとあらゆるきたない色をしたきんぞくの板が文字通りつぎはぎされていて、その上をさまざまなパイプやらでっぱりやらが、おおっていたのです。しかもかべのざいりょうになっているのは、そればかりではありませんでした。よく見ると、お酒のあきびんや、せんめんき。スプーンにフォークにお皿。やかんになべに、果てはくまのぬいぐるみから、だれかのズボンまで! とにかくなんでもかんでも、かべのざいりょうとしてくっつけられていたのです!(はじめこの塔をながめたときになにかおかしな感じを受けましたが、それはこのためでした。だって塔のかべにぬいぐるみやズボンがくっついているだなんて、だれも思いませんよね! いったいアルミラは、なにを考えていたんでしょうか……?)
その塔を前にして、カルモトがあごに手をおいてうなりました。
「う~む……、なんてしゅみの悪いやつだ。わがいもうとながら、あきれかえるな。」(しゅみの悪さについては、カルモトさんもにたようなものだと思いますけど……。まあそこはやっぱり、ふれないでおきましょう……)
「それに、この塔のまわりの、なんというきたないこと。よくもまあ、こんなにちらかしたものだな。あとで、そうじをしておかなければなるまい。」(その前にカルモトさんの家も、そうじした方がいいと思いますけど……。まあそこもやっぱり、ふれないでおきましょう。)
カルモトのいう通り、塔のまわりにはなんだかよくわからないものが、ごちゃごちゃとちらかっていました。なにかのそうちのようなものとか、作りかけの鉄のかざりのようなものとか、いろいろです。ですがその中でひとつ、はっきりとわかるものがありました。それはむかしカルモトとフログルたちが戦った、ブリキの兵士たちのざんがいです! それらの兵士たちはもうすでに動くこともなく、さびついて、なかば地面にうもれてしまっていました。かつてこの兵士たちの中にモーグの人たちのたましいがはいって、そのブリキのからだのことを動かしていたのです。
ですけど今ではそれも、むかしの話。この兵士たちのことを動かしていたたましいは、今はこのぶきみな塔の中にとじこめられていて、みんなの助けをまさに待っているところでした(ちなみに、カルモトはこの塔のそばにこんなに近よったことは、今までいちどもありませんでした。ここでこのブリキの兵士たちとちょくせつ戦ったのは、カルモトの木の兵士たちとフログルたちであって、カルモトはすこしはなれたところからそのしきをとったり、進んでくるブリキの兵士たちをみずから魔法でやっつけたりしていたのです。その戦いのあと、ちゃんとこの塔のことを中までしらべてくれていたのなら、今になって、こんなくろうをしなくてもすみましたけどね……)。
「さて、この塔は、どこが入り口だ? ふむ、あそこか。」
カルモトが見上げたさきには、たしかに入り口らしいでっぱりがありました(このでっぱりは遠くから塔をながめたときにも見えていたものです。アルミラは空を飛んで、このでっぱりのさきから塔に出はいりしていたようでした)。岩をするどくけずったようなかたちのつき出たでっぱりのさきに、とびらのないまるいアーチの入り口がひとつ、あいていたのです。ですけど問題もひとつありました。どう考えても高すぎです! みんなが今いる地面からその場所までは、ゆうに五十フィートはありました。いったいどうやって、中にはいったらいいのでしょうか?
ですがカルモトはいつもとまったく変わらずに、こまったそぶりさえ見せません。すたすたと塔の下まで歩いていくと、こちらをふりかえっていいました。
「フログルしょくん。あそこまで、とんでいけるか?」
なるほど! かれらのことを忘れていましたね! かえるの種族であるかれらフログルたちなら、五十フィートの高さくらい、わけなくのぼっていけそうです。ですがフログルたちはこまったような顔をして、カルモトにいいました。
「もちろん、いけることは、いけるんですが……、だめなんです。あの入り口には問題があって、中にはいることができません。あの入り口には、魔女ののろいがかけられているんです。」
また魔女ののろいが! いったいどれだけのろったら気がすむんでしょうか!
「入り口に、のろいのけっかいが張られていて、中にはいろうとする者をかえるに変えてしまうんですよ! いぜん、わたしたちの仲間が中にはいろうとして、かえるに変えられてしまったんです。さいわい、いちにちたったらのろいがとけて、もとのからだにもどりましたけど。ですからあそこからは、中にはいれないんです。おお、こわい!」
フログルたちはそういって、ぶるぶるとからだをふるわせました。でも……、かれらって、もとからかえるなんじゃ……、おっと、じょうだんをいっている場合ではありませんでしたね。とにかくそんなのろいがかかっているんじゃ、ほかの入り口を見つけるしかなさそうです。しかししかし、そんなフログルたちの言葉をきいても、やっぱりこの人はまったくもって、おちつきはらったままでした。それはもちろん、カルモトのことだったのです。
「のろいだと? アルミラのかけた、のろいか。あいつののろいなど、ほんの子どもだましにすぎん。」
カルモトはそういって、頭の上にあるその入り口にむかって手をかざしました。そしてふたことみこと、なにかをつぶやいたかと思うと……。
「えいや!」
どっぱ~ん!
とつぜん! その入り口のところからものすごく大きな音がなりひびきました! いったい、なにごとが起こったというのでしょうか?
見ると、そのでっぱりのさきっぽの部分が、まるいアーチの入り口もろとも、吹き飛んでなくなっていました! そしてもうもうとけむりを上げるその場所には、ぽっかりと、塔の中へとつづく大きなあながあいていたのです。
「これならわけなく、中へはいれるぞ。アルミラののろいなぞ、きれいさっぱり、消し飛ばしてやったわ。」
これを見て、フログルたちはもう大よろこびでした。カルモトはやっぱり、すごうでのまじゅつしなのです。アルミラののろいを消すことなど、かれにとってはまさに、朝めし前のことでした(今はもう、おひるすぎですが……)。
「さすがは、カルディンどのだ! やっぱりすごいや!」フログルたちはそういって、ぴょんぴょんとびはねてよろこびました(かえるの種族ですから)。むかしブリキの兵士たちと戦ったときにも、かれらはカルモトのわざをじっさいにその目にすることができましたが、今またこうして、そのわざを見ることができて、それがうれしくてならなかったのです(ところで……、カルモトがアルミラの軍勢と戦ったのって、今から三十年ほどもむかしのことですよね? カルルやクプルたち、この場にいるフログルの者たちは、そのときからカルモトに協力していたようですが、ではいったいこのフログルの人たちって、なんさいなのでしょうか? 見た目はだいぶ、若く見えるのですが……。
じつはカルルもクプルもそのほかのフログルさんたちも、みんなもう、八十さいはかるくこえていました! フログルたちというのはとっても長生きの種族で、みんな百五十年くらいはふつうにすごすことができるのです。そういえば長老のモラニスさんも、二百さい近くのねんれいでしたよね。う~ん、フログルって、やっぱりいろいろと、すごい)。
「今すぐに、はしごをかけてまいります!」
フログルたちはそういうと、ブリキのかべをぴょんぴょんのぼっていって、あっというまにカルモトのあけた入り口のあなの前にまでたどりついてしまいました。そしてそこに、持ってきていたなわばしごをかけて、これでついに、魔女の塔の中へとつづく道がかんせいしたのです!(このなわばしごは長老のモラニスがあらかじめ、ボートの中につんでおいてくれていたものでした。入り口までの長さもぴったりです。まあ、用意のいいこと! さすがはモラニスさんです。カルモトのやることは、すべてお見通しなんですね。
ちなみに、カルモトの魔法なら塔の入り口でなくても、塔のかべにちょくせつあなをあけて、そこから中にはいることもできるでしょうが、やっぱりカルモトは、きちんと塔の入り口からはいることにしました。塔のかべにあなをあけたら、古くなっている塔が思わぬことでくずれてしまうかもしれませんし、あなをあけてぶっこわしたその場所に、なにかだいじなものがかくされていないともかぎりません。それがみんなのたましいだったら、おおごとです! ですからカルモトはよけいな問題をふやすおそれをさけて、入り口の中をきちんとたしかめてそこにだいじなものがないということをかくにんしたうえで、入り口のアーチをぶっこわしてそこからはいることにしました。カルモトさんもいいかげんなようでいて、こういうところはけっこうきちんと、考えているんですね。)
「ありがとう、しょくん。」カルモトが入り口のあなの前にいるフログルたち、カルル、クプル、イルクー、レングの四人によびかけました(はしごをかけるくらいならひとりかふたりでじゅうぶんでしたが、かれらはもう、じっとしていることができませんでしたから、ぜんいんでのぼっていってしまいました。
ちなみに、ロビーたちの乗ったボートのうんてんしゅであるネリルと、もういっそうのボートのうんてんしゅであるグロックという名のフログルのふたりは、ここに残ってボートの番をすることになりました。かれらもだいぶ、塔の中にいきたかったようですけど)。
「それでは、中にふみこむとしよう。ん? ところで、かれらはどうした?」
かれらとはもちろん、われらが旅の者たちのことでした。あれ? そういえばさっきから、カルモトとフログルたちのやりとりばっかりで、旅の者たちのことがぜんぜん出てきませんね? いったい、どうしたのでしょうか?
「あのー、かれらなら、さっきからそこに寝ていますけど……」ボートのうんてんしゅ(ネリルとグロックです)のふたりが、おほりのふちの方をゆびさしていいました。見ると、そこにわれらが旅の者たち、ロビー、ベルグエルム、ライアンの三人が、ひたいの上にぬらしたタオルを乗せて、うんうんうなって寝ていたのです……。かれらが船よい(ジャンプよい?)からふっかつするのには、まだまだページ数がたりないみたいですね……(でも早く話を進めないと、このままこの章が終わってしまいかねません! わたしも心をおににして、かれらを起こさないと! さあ、早く起きて!)。
「こら、いいかげんにしないか。」カルモトがようしゃなく、かれらをせっつきました。「いくら寝ぶそくでも、今は、やらねばならんことがある。さっさと起きて、さっさといくぞ。仲間を助けたいのだろう?」(やっぱりカルモトは、ちょっとごかいしたままのようですが……)
さて、もうわれらが旅の者たちも、起きないわけにはいきません。みんなはようやくのことでふらふらと起き上がると、そのままよろよろと、カルモトのあとにつづいていきました。
もうぜったい、あのボートには乗らないぞ……!
みんなはそろって、心の中でさけびました。
そこはなんとも、うすきみの悪いところでした。そとから見たしゅみの悪さが、そのまま中にまで(全力で)つづいている感じです。かべや床はそとと同じ、きたない色のきんぞくの板でつぎはぎされていて、しかもそれらの板はまったくでたらめに、おおざっぱに、てきとうに取りつけられていました(このあたりはほんとうに、カルモトにそっくりです)。しかもかべや床のざいりょうには、やっぱり、まな板やけいりょうカップや、ポップコーンのはこにチョコレートのつつみ紙。スリッパにくつしたに、果てはだれかのパジャマまで! でたらめきわまりないものたちが、ごちゃごちゃに使われていたのです(いったい、だれのパジャマ?)。
ここはもちろん、魔女のブリキの塔の、その中でした(せいかくには入り口から塔のまん中へとつづいていく、でっぱりの中のつうろでした)。今さいごのベルグエルムがなわばしごをのぼって、塔の入り口からつづくこのつうろの中にまで、ようやくたどりついたところだったのです(ふらふらのからだでなわばしごをのぼるのは、みんな、かなりしんどかったのですが……)。
いったいこの塔の中はどうなっているんだろう? みんなのたましいはいったいどこに?(できれば早くかたをつけてベッドに横になりたい……)旅の者たちはそれらの思いを胸に、塔のまん中へとつづくそのきんぞくせいのつうろの上を、かつんかつんと音を立てて歩いていきました(ときどき、べりっ! とか、ばりっ! とかいって、床の板がくずれてしまうこともありました。このきんぞくの床はさびついていて、だいぶいたんでいたのです。そのため旅の者たちは床をふみぬけてしまわないように、おそるおそる気をつけながら歩いていきました。そうでなくても今、みんなの足取りは、ふらふらでしたから……)。そしてまもなく。つうろは塔のまん中の部分へと通じる、ひとつのアーチへとつながったのです。そのアーチをくぐって、みんなが見たものは……。
「な、なんだこれは……?」
さきをゆくベルグエルムが、思わずそういいました(ついたのはいちばんさいごですが、旅の者たちの中でいちばん先頭をつとめたのは、やっぱりベルグエルムでしたから)。「なになに?」とつづくライアンとロビーも、ベルグエルムのわきから顔をちょこんとつき出して、のぞきこみます(このつうろはとってもせまかったからです)。そしてライアンとロビーのふたりも、その光景を見て思わず、「なんだこれー!」とさけんでしまいました。
塔の中は、「はるか上のてんじょうから底までつづく長いくさり」がなん十本もたれ下がっているだけの、がらんどうだったのです! まわりをぐるりと、せまいつうろが取りかこんでおりましたが、塔のまん中の部分はそれらのくさりいがい、ほんとうになんにもありませんでした。上から下まで、全部吹きぬけの、まさにからっぽの塔だったのです!
旅の者たちは思いもよらない光景に、ただぽかーんとしてしまいました。いったいアルミラはなんのために、こんなからっぽの塔をたてたのでしょうか? どうやらこのてんじょうから下がっているくさりに、なにかひみつがあるようですが……?
「なんにもないじゃん。りっぱなのは、大きさだけ?」ライアンが、塔の上と下をじゅんばんにのぞきこみながら、いいました。「これって、手ぬきだよね? いいかげんな魔女だなあ。」
ですがさきに立つカルモトは、いつものおちつきはらったようすで、みんなにいいました。
「この塔は、ブリキの兵士たちのことをたくわえておく、かくのうこだったようだな。それを見てみなさい。」
カルモトのゆびさしたところには、たくさんのまるいボタンがついた、おかしな鉄のはこのようなものがひとつ、作りつけられていました。
「これは、兵士たちを上げ下げするための、そうちのようだな。だいぶ古いが、まだ、動かせそうだ。どれ、ためしてみよう。」
カルモトはそういうと、そのはこに「えい。」とねんりきを送りこみます。すると……! そのはこから、ぶいん! というにぶい音がなり出して、まるいボタンのすべてが明るく光り出しました! そしてカルモトが、その中のひとつをおしてみると……。
ぎゅるるるるるんっ!
とつぜんものすごい音がして、てんじょうから下がっているくさりがすごいいきおいで、動きはじめたのです!(思わずベルグエルムは、腰の剣に手をかけてしまったほどです。)
「このくさりは、兵士たちのことをひっかけて、しまっておくためのものだ。これなら、この広さをすべて使って、こうりつよく、たくさんの兵をしまっておくことができる。なるほど、考えたものだな。」
そう、カルモトのいう通り、てんじょうから下がっているこれらのくさりは、アルミラのブリキの兵士たちのことをひっかけて、しまっておくためのものでした! これらのくさりはたれ下がったそのいっぽんいっぽんが、それぞれ大きなわっかになっていて、それが塔のてっぺんにつけられたかっしゃのところでささえられて、ぐるぐるまわるしくみになっていたのです。そしてくさりにはたくさんのフックがついていて、このフックにでき上がったブリキの兵士たちのことをひっかけて、つるしておけるようになっていました(つまりくさりがまわると、それにあわせて兵士たちも上がったり下がったりするというわけでした)。このようにしてかつてアルミラは、これらのくさりいっぱいにはちきれんばかりのブリキの兵士たちのことをつるして、ひそかに力をたくわえていたというわけだったのです(このくさりひとつには、百体の兵士たちをつるしておくことができました。これが二十本ありましたから、全部で二千になります。つまりこれは、アルミラの作り上げた兵士たちの数と、ぴったりあいました。
ちなみに、この塔のいちばん底には、このブリキの兵士たちのことをそとに出動させるための、ひみつの出入り口がつくられていました。その出入り口は地下を通っておほりのそとへと通じていましたが、今ではすっかり、ふさがれてしまっていたのです。これはむかし、兵士たちとの戦いのさいに、「ブリキの兵士たちが出てくる、塔へとつながるひみつの出入り口がある」というほうこくを受けたカルモトが、戦いがすっかり終わったあとで、木の兵士たちにめいじてふさがせました。ですからカルモトはこの塔にはいるとき、べつの入り口をさがすことにしたのです)。
「ちょっと待って!」カルモトの言葉をきいて、ふいにライアンがいいました。
「じゃ、じゃあさ! このくさりいっぱいにくっつけたブリキの兵士たちを、いっせいに、ぎゅい~ん! ざざざー! って、しゅつげきさせることができちゃうってこと?」
ライアンは両手を使って、兵士たちがしゅつげきしていくようすのことを、小さなからだでけんめいにあらわしながらいいました。どうやらかなり、こうふんしているみたいですが、いったいどうしたの?
「うむ。むかし、わたしが戦ったときも、あれだけの数の兵士たちのことを、どのようにしてしまいこんでいたのか? 気にはなっていたのだが、そういうしくみになっていたようだな。」カルモトがれいせいにこたえます。
それをきいたライアンは、両手をにぎりしめて、なんだか頭の中でいろいろそうぞうしているみたいでしたが、やがて目をきらきらとかがやかせながら、ひとこといいました。
「か、かっこいい~!」
そ、そんなこと考えてたんですか……。たしかに、ロボット軍団出動! といった感じでしたから、かっこいいかもしれませんが……。まあ、ライアンも男の子ですから、そういったものが好きなんですね(ちなみに、ライアンの頭の中ではそれらのロボット軍団には羽が生えていて、空を飛びまわってビームまで出していましたが……)。でも今はそれどころじゃないんですから、おさえておさえて。
「こら、そういうことをいっている場合じゃないぞ、ライアン。まったく、ロビーどのからも、なにかいってやってください。」あきれたベルグエルムがそういってロビーの方を見ましたが、そういうロビーもまた、たくさんのロボット軍団がぎゅいい~ん!としゅつげきして巨大な剣で戦っているところをそうぞうして、かっこい~い! と思っているところでした……。
「ロ、ロビーどの~!」
さて、ロボット軍団に思いをはせるのは、そのくらいにしてもらって……(そもそもこのアークランドはじゅんすいなファンタジーの世界なんですから、せいみつかがくのロボットなんて、はじめからいないんです! アルミラが作ったのは、あくまでもブリキでできた人形をたましいの力であやつるというものですので、みなさんはライアンやロビーみたいに、かんちがいしないでくださいね)、この塔の中にあるというみんなのたましいを、早く見つけにいかないと! でもこんなにすかすかな塔の中の、いったいどこにあるのでしょうか? どこかに、かくされた部屋でもあるのかも?
そんな思いをいだきながら、「たましいそうさく隊」のメンバーであるわれらが旅の者たちは、塔のかべにそってのびているそのつうろの上を、ゆっくりとしんちょうに歩いていきました(ちなみに、たましいそうさく隊というのはフログルたちがつけた、みんなのチーム名でした。ほんとうにかれらの名まえのつけ方は、そのまんまですね……)。それというのも、このつうろは目のあらい金あみでできていて、塔の底まですけて見えるという、とってもこわいつうろだったからなのです! 高いところがにがてな人なら、足がすくんでしまって、とてもこんなところは歩いてなどはいられないでしょう。ですから旅の者たち、ベルグエルム、ロビー、ライアンの三人は、みんな、「ひええ……」とおっかながりながら、そろそろと、このちゅうに浮いているかのような、危険なつり橋のようなつうろの上を、進んでいるというわけでした(ですけどやっぱり、カルモトと四人のフログルたちは、そんなことはまったく気にもとめていないようでした。とくにフログルたちにとっては、こんなところを歩くのはわけもないことでしたから、笑顔とじょうだんをまじえながら、じつに楽しそうに、わいわいと歩いたり、とびはねたりしていたのです。かれらがふざけてとびはねるたびに、金あみのつうろがぐらぐらとゆれるので、旅の者たちはみんな手すりやかべにしがみつきながら、「や、やめてくれ~!」とさけびました……)。
つうろは同じ金あみでつくられた、ほそ長いかいだんに通じていました。かいだんはおよそ五十フィート上の、同じ金あみでできたつうろにつながっております。どうやらこの塔は、まわりをぐるりとかこむつうろとこのかいだんとをくりかえして進むことによって、てっぺんへとのぼっていくことができるつくりになっているようでした。
「てっぺんに、なにかあるようだな。なにかのそうちのようだが。」ふいに、カルモトがいいました。なにかのそうち? ひょっとしたら、みんなのたましいもそこにあるのかもしれません。旅の者たちは思わず、(こわいのも忘れて)手すりから身を乗り出して、くいいるように塔のてっぺんを見上げてしまいました。しかし上の階の金あみのつうろがじゃまをして、目をこらしてみても、よくわからなかったのです。なにかごちゃごちゃとしたくだのようなものがあるのが、わずかに見えるくらいでした。
「わたしたちが、ちょっと、ていさつにいってきましょう!」
みんなが上を見ていると、イルクーとレングのふたりがとつぜんそういって、つうろの手すりの上にぴょこん! ととび乗りました。この手すりはとてもほそいもので、ふとさはせいぜい二インチほどしかありません。ですからそこにとび乗るだけでも、たいしたものです!(しかもそのすぐわきは、塔の底までつづく、だんがいぜっぺきなのですから!)しかしかれらのすごいところは、そこからでした。手すりをまるで鉄ぼうみたいに使って、からだをぐるん! とかいてんさせると、そのままかべをぴょーんぴょーん! とけって、いっきに上のつうろまでのぼっていってしまったのです! そしてそれを二回三回とくりかえして、かれらはあっというまに、塔のてっぺんまでいってしまいました!(それにしても、なんといううんどうしんけいなのでしょう! この塔のおともにかれらがついてきてくれたのは、旅の者たちにとって、とてもこううんなことでした。)
それから一分もしないうちに、かれらはふたたびかべをぴょーんぴょーん! とけって、みんなのところまでもどってきました。いったい、てっぺんになにがあったの? 旅の者たちはわくわくとはやる気持ちをおさえながら、かれらの言葉を待ちます。しかし……。
「すいません。はっきりいって、よくわかりませんでした。」
ええ~……。旅の者たちは、がくっと肩を落としてしまいました……。
「なにか、くだとか、はことか、へんてこなものがごちゃごちゃとふくざつにからみあっていて、それがかべの中へと、つづいているみたいでした。あと、とびらがひとつありましたよ。でも、かぎがかかっていて、あきませんでした。」
とびらが! それはたいしたじょうほうです。ひょっとしたらその中に、みんなのたましいがとじこめられているのかもしれません。
「そのほかには、なにもなかったの? 音とかはしなかった?」ライアンがたずねました。ライアンが心配しているのは、モーグのまちに飛んできた、あのおそろしい影のおばけたちのことでした。魔女の手下のあの影は、この塔の中のどこかに、今もひそんでいるはずなのです(それに影のおばけいがいにも、なにかがひそんでいるかもしれませんし)。
「なんにも。とびらの中も、静かなものでした。」フログルたちが、それにこたえていいました。
どうやらこの塔の中には、だれもいないみたいです(すくなくとも、生きている人は)。でも音もなくしのびよるなにかとか、そんなものが出てきてもふしぎではありません。なにせここは、魔女の塔。どんなしかけやのろいのわざが、張りめぐらされているのかもわかりませんでしたから(それらのものに、カルモトがみんな気づいてくれたらいいんですけど……、てきとうでうっかりなカルモトのことです。あんまり、きたいしすぎないようにしなければいけませんね。すごいときには、すごいんですけど……)。
それから金あみのつうろとかいだんを、それぞれ三回ずつ、くりかえしてのぼっていったころのこと……。一行はそこで、思いもかけないものに出会いました。
「ひゃあっ! で、出た!」
カルモトにつづいてさきを進んでいたカルルとクプルのふたりが、さけびました! みんなはびっくりして、「どうした!」「どうしたの!」とあわててかれらのもとへかけよります。見るとそこには、(アイロンや虫とりあみやだれかのサンダルのまじったかべの前に)アルミラの作り上げたあのブリキの兵士たちが、ずら~っとならんで立っていました!
「生き残りか!」ベルグエルムがそういって、腰の剣に手をかけます! しかしよく見ると、それらの兵士たちはまったく動いておらず、ただ石ぞうのようにそこに立っているだけでした。もうだいぶくたびれていて、ぼろぼろとくずれてしまっているところさえあったのです。
「どうやら、アルミラが残していった、おもちゃのようだな。」カルモトがいいました。「安心しろ。もう、動くことはない。ただの鉄くずにすぎん。」
カルモトのいう通り、それらの兵士たちからはたましいのエネルギーはまったく感じられませんでした。カルモトのいうことには、たましいのエネルギーのはいった兵士たちは、かぶとの中がきいろく光っているそうなのです。しかしこの兵士たちのかぶとの中は、文字通りのからっぽでした。
「なんだよー! おどろかせてー!」ライアンがぷんぷんいって、兵士のおしりをげんこつでごちん! とたたきました(そうしたらさびついたおしりにぽっかりあながあいてしまったので、あわてて知らん顔をしてごまかしましたが)。こんな兵士たちがつぎのかいだんのところまで、なん十体もならんで立っていたのです(ちなみに、さきほどのていさつのときにはイルクーとレングのふたりは、これらの兵士たちに気がつきませんでした。かれらはいっきにてっぺんまでいって、そしてもどってきましたので、そのあいだのところにまでは目をむけていなかったのです。もっともかれらははじめから、てっぺんのことしか頭になかったようですが……)。
カルモトは「もう動くことはない」といいましたが、それでもやっぱり、こんなところを歩いていくのはいい気持ちがしません。みんなは早くこのつうろをぬけてしまおうと、足をはやめました。
それからかつんかつんと、しばらく歩いていったときのこと……。
「ねえ、なにか、変じゃない?」ふいに、ライアンがとなりのロビーに声をかけました。
「じ、じつは、ぼくも、そう思ってたところなんだ。」ロビーもこたえて、同じことをいいました。
さっきから、かつんかつんという金あみをふみしめるその足音が、みんなの人数よりも、なんだか多いような気がしたのです……。ま、まさか……!
ロビーとライアンのふたりはおたがいの顔を見あわせてから、「せーの、せ!」でうしろをふりかえりました。すると……!
「ひええ~! やっぱり~!」
みなさんのごそうぞうの通り! みんなのうしろから、ならんでいたブリキの兵士たちが、かつんかつんという足音をならしながら、くっついてきていたのです!
「カルモトさ~ん! どういうこと~! 動かないって、いったじゃ~ん!」ライアンが、先頭のカルモトにさけびました(みんなの足音にまざる兵士たちの小さな足音に気がつくことができたのは、れつのいちばんさいごを進んでいたロビーとライアンだけでしたから。カルモトにつづいてつづく道のようすに気をくばっていたベルグエルムも、さすがにそこまでは気づけませんでした。ぴょこぴょこ歩いていたフログルたちも同じです。そしてカルモトも、この兵士たちが動き出すとはまったく思っていませんでしたので、まったく気がついていませんでした……)。
もう兵士たちは見るまに数をふやして、今ではつうろに立っていた兵士たちが、みんなすっかり動きはじめていたのです! しかもその手には、さびついてしまってはいるものの、剣がしっかりとにぎりしめられていました。やっぱり戦う気、まんまんみたいです!(いっしょにたましいをさがしてくれるというわけではありませんでした!)
「こいつはうっかり!」カルモトがそういって、兵士たちに手をかざしました。すると……、その手から目には見えない魔法のエネルギーが吹き出して、それが兵士たちにあたって、どっか~ん! 四、五体の兵士たちがあっというまに、ばらばらにこわれてしまったのです!(さすがカルモトさん! 強い!)
「す、すごい!」みんなは思わずそういってしまいました。しかしそれでも、兵士たちはつぎからつぎへとこちらへむかって進んできていたのです!
「よーし! ぼくだって!」ライアンも負けじと、兵士たちにむかっておとくいのたつまきこうげきです! ぐるんぐるんとうずをまいた風が、兵士たちをなぎはらって、どっご~ん! 兵士たちはそのまま吹き飛ばされて、塔の底へとまっさかさま! なすすべもなく落ちていってしまいました(さすがライアン! 強い!)。
「やるではないか! おみごとだ!」カルモトがそういって、ライアンのことをほめました。
「え? そ、そう? そういってもらえると、うれしいな。」思わずライアンは、ほほをそめててれてしまいます。
「ライアン! ゆだんしちゃだめ!」ロビーのさけぶ声!
「え? うわっ!」
そのとき、兵士のひとりがライアンの目の前にまでせまってきていました!
「こいつめ! ライアンからはなれろ!」ロビーがとっさにかけよって、自分の剣で切りかかります! ばっきゃん! おみごと! ブリキの兵士はロビーに切られてまっぷたつ! 床にばったりとたおれてしまいました(ロビーもなかなか、やるものですね!)。
「びっくりした~。ありがとう、ロビー。」ライアンがほっと胸をなでおろして、ロビーにおれいをいいました。
「ふたりとも、気をつけて! 敵はどんどんくるぞ!」ベルグエルムがさけびます。ベルグエルムはもうすでに三体の兵士たちのことをたおして、今は五体の兵士たちを相手に戦っているところでした(さすがベルグエルム! とかいうまでもないですね。強い!)。
もうまわり中が敵だらけでした。兵士の数は、全部で八十体ほどもいたのです!(ひええ~!)
フログルたちも持ち前のうんどうのうりょくで、兵士たちを相手によく戦っていました。「こっちだよ~! べろべろ~!」とからかって、左右からふたりの兵士たちがつっこんでくるしゅんかんに、ぴょこん! ジャンプしてかわして、兵士たちはいきおいあまって、おたがいの頭をごっち~ん! というぐあいです。ですがそれでも、これだけの数の兵士たちのことを前にしては、まったくもってこちらに分がありませんでした。すでにこのつうろは前もうしろも、このブリキの兵士たちによってかんぜんにふさがれてしまっていたのです!
さあ、大ピンチ! みんなはこのぜったいぜつめいの場を、いったいどう切りぬけるのでしょうか!
「しかたない。たしょう、荒っぽいが。」みんなをすくったのはやっぱりこの人、カルモトでした(もともとカルモトが「兵士たちは動かない」といったから、みんな安心してこのつうろを渡っていったのです。ですからここはやっぱり、カルモトになんとかしてもらわなくっちゃ!)。
「ライアンくん! 協力してくれ!」
「え? ぼく?」
急にカルモトによばれて、ライアンはちょっとびっくりしてしまいました。どうやらカルモトには、なにかの作戦があるようなのです。
「あのかいだんのわきに、大きなねじがあるだろう? 見えるか?」
カルモトのいう通り、上へとつづくそのかいだんのわきには、大きなねじがいっぽん、しめられていました。あのねじを、いったいどうするのでしょうか?
「ありったけの力で、あのねじを吹き飛ばすんだ! わたしもいっしょにやる!」
とにかく今は、深く考えているよゆうはありません。ここは、カルモトのいう通りにやるしかないようです。
「わかった! まかせてよ!」
それから「いち、にの、さん!」で、カルモトとライアンのあわせわざがさくれつ!
どっごおおお~ん!
ねじはそのまわりの部分もろとも吹き飛んで、ばらばらと、塔の底へと落ちていってしまいました! それにしても、なんというはかい力! モーグの門を吹き飛ばしたあのきんしされているひっさつのわざにも、負けないくらいのいりょくです。
さあ、カルモトのいう通りねじを吹き飛ばしましたが、いったいこれで、どうなるのでしょう? しかし……、みんなはそのこたえを、すぐに知ることとなりました。身をもって。
「みんな、これにしっかり、つかまっておけ!」
カルモトはそういって、服の下から長いロープのようなものを投げました(これはじつは、カルモトのその木のからだをほそくのばしたものでした!)。旅の者たちはいわれるままに、そのロープをにぎりしめましたが、すぐにそのわけを知って、顔を青ざめさせたのです。
「ま、まさか……、うそでしょ?」
そのまさか! さきほどカルモトとライアンが吹き飛ばしたねじは、みんなが今まで歩いてきたつうろとかいだんをかべにとめてささえておくための、とってもだいじなねじでした!
ばきっ、ばきばき、ばき!
みんなの足もとのつうろが、かべからはがれてどんどんとたれ下がっていきました!ブリキの兵士たちはがらがらと音を立てて、塔の底までつぎつぎに落っこちていきます!
「ぎゃああ~!」
もうみんな、ひっしの思いでカルモトのロープにしがみつきました! もうかんぜんに、金あみのつうろはつうろとしてのやくわりを果たせなくなってしまっていました。かべからぶらんとたれ下がっているだけの、ただの金あみになってしまっていたのです! しかもそればかりではありません。あのねじは塔のそこから下の部分のつうろとかいだんを、すべてまとめてささえていたものでした。そ、それってつまり……?
ばりばりばりばり! たれ下がるつうろのさいごの部分にひっぱられて、そのつうろにつながっている下につづくかいだんが、はがれてたれ下がっていきました! そのかいだんのさいごの部分にひっぱられて、そのかいだんにつながっている下のつうろがまた、ばりばりばりばり! どんどんたれ下がっていきます! そしてまた、そのつうろのさいごの部分にひっぱられて、そのつうろにつながっているそのまた下につづくかいだんが、ばりばりばりばり! さらにさらに、その下のつうろがそのかいだんにひっぱられて……。
早い話が、みんなが今いる場所から下の部分の足場が、まるでドミノたおしみたいに、つぎつぎとひとつにつながりながら、はがれ落ちていってしまったというわけでした!(みなさんは、りんごのかわをいちどもとぎれずに、さいごまできれいにむいてみたことがありますでしょうか? たれ下がったつうろとかいだんは、まさに今、そんな感じにひとつにつながって、落っこちていってしまったのです! こ、これって、かなりまずいんじゃ……)
もはやブリキの兵士たちは、一体も残っていませんでした。みんな落っこちてしまいましたから! ですがわれらがたましいそうさく隊の一行(フログルたちはべつとして)も、このままではすぐに、その仲間になってしまいかねないのです。カルモトさん! 早く、なんとかしてよ~!
ここで四人のフログルたちが、またもや大かつやくです! かれらは塔のかべをひょいひょいとのぼって上の階のつうろまでたどりつくと、そこから、ちゅうづりになっているカルモトと旅の者たちのことを、上までひっぱり上げてくれました(カルモトは自分のロープのさきを、ずっと上にある、塔のかべからつき出ていた風を通すためのふといパイプに、ひっかけていました。まずはそこまでよじのぼっていって、そこからまたロープを上まで投げて、フログルたちにひっぱり上げてもらったというわけだったのです)。もう旅の者たちはみんな、むがむちゅうでした。そしてようやくのことで上のつうろまでたどりつくことができると、そのまま金あみの床の上に、ごろん! あおむけにたおれこんでしまったのです。旅の者たちはそのあと、ぜいぜい荒い息をつきながら、口をそろえていいました。
「し、死ぬかと思った……」
それから。みんなは塔のてっぺんへとむかってふたたび進み出したわけですが、旅の者たちはもちろんその前に、カルモトにたっぷりもんくをいったのです。「あんなことするなら、さきにいってよ!」とか、「兵士たちは動かないから、安心しろっていったじゃん!」とか、いろいろです(旅の者たちというより、ほとんどライアンがもんくをいっていましたけど……)。そのたびにカルモトは、また頭を地面すれすれまで下げて、「すまない。じつに、うっかりだった。」としきりにあやまりました(ちなみに、カルモトのからだをのばしたロープは、またするすると、かれのからだにもどっていきました。じつにべんりなからだです!)。
ですがカルモトのことについては、もういいとしても……(かれも心からあやまっていますしね。それにみんなも、かれのいいかげんなせいかくのことについては、もうわかっておりましたので)、あのおんぼろ兵士たちがなぜとつぜん動き出したのか? それは読者のみなさんにも、きちんと説明しておく必要がありますよね。
カルモトのいうことには、あの兵士たちはアルミラの作ったブリキの兵士たちのしさく品なのだということで、たましいの力ではなく、ぜんまいじかけで動いていたのだということでした(ですからかぶとの中身も、からっぽでした)。そしてあの兵士たちは、あのつうろを通る者を見さかいなくこうげきするようにと、めいれいされていたというのです。これはカルモトが自分の作った木の兵士たちにかけていためいれいの魔法と、同じものでした。アルミラもまた、カルモトと同じわざを使えたようです(めいれいの内ようは、アルミラの方がずっとひどかったですけど)。
「アルミラの力を、あまく見すぎていたようだ。」説明を終えると、カルモトは歩きながら、とつぜんみんなにむかっていいました。
「兵士になん十年もめいれいを守らせつづけるわざを、使いこなすのには、いつわりの力ではない、それなりのさいのうがいる。あいつには、そんなわざはむりだと思っていたのだが……、じつにうっかりだった。あいつも、わたしの知らないあいだに、ずいぶんと力をつけていたようだな。これからは、わたしもほんきで、アルミラにむきあうとしよう。」
カルモトはそういうと、ふいに立ちどまり、どこを見るともなく上を見上げました。いつもすたすたと、どんどんさきにいってしまうカルモトでしたのに、どうしたのでしょう?
「どうしたの?」いつもとちがうカルモトのようすに、ライアンが心配になって声をかけました。ベルグエルムもロビーもフログルたちも、ふしぎそうにカルモトのことを見つめます。
「思えば、あいつが悪の道にそまってしまったのも、わたしにせきにんがあるのかもしれん。わたしは兄として、あいつの心をくみ取ってやれなかった。」
みんなはこんなふうに話すカルモトのことを、はじめて見ました。
「カルモトさん……」
カルモトはいつもなんともないようにふるまってはおりますが、かれはかれなりに、いもうとのアルミラのことをずっと気にかけていたのです。カルモトはもうなん十年と、アルミラに会ってはいませんでした。カルモトとアルミラ。このきょうだいのあいだには、今となっては、とても深いみぞと、あついかべが、できてしまっていたのです。カルモトはみんなにはなにもいいませんでしたが、心の底ではいつも、そのことを考えていました。
「わたしには、あいつにつぐないをさせるぎむがある。もう、おそいかもしれない。あいつはあまりにも多くの者たちのことをきずつけ、かれらから、たくさんのものをうばってしまったのだから。だが、あいつのためにぎせいとなった者たちのためにも、わたしは、できるかぎりのことをしていくつもりだ。」
おたがいに同じかんきょうに生まれ育ちながら、まるでせいはんたいの道に進んでしまったふたり。それはけっして、かんたんには語ることのできないものでした。ライアンにも、いもうとのエレナがいます。お父さんのメリアン王、たくさんのお城の仲間たち、友だちがいます。ベルグエルムにもフェリアルにもフログルたちにも、みんな家族や仲間たちや友だちがいるのです。
そしてロビーにも。まだ知れぬ家族がいるはずです。すぐとなりに、仲間たちがいるのです。
カルモトにとってアルミラは、たとえどんなに悪いやつであったとしても、かけがえのない、じつのいもうとでした。それがカルモトの心を、たまらなくしめつけていたのです。
でも……。ねじれてしまったものは、いつの日かかならず、もとにもどすことができるはずです。すこしずつでいいのですから。すこしずつ、すこしずつ、いつかまた、はじまりのスタート地点へともどれる、その日まで……。
「くだらないことをいってしまった。さあ、いくぞ。てっぺんはすぐそこだ。」
カルモトはそういって、またさっさと歩きはじめました。ですがみんなは、そのときカルモトの目にあふれていたそのなみだを、このさきもずっと忘れることはなかったのです。
「ついたぞ! てっぺんだ!」
旅の者たちは思わず、声を張り上げました。ついにみんなは、塔のそのてっぺんにまでたどりついたのです!(とちゅうでとんでもない大冒険にまきこまれてしまいましたので、そのうれしさはひとしおでした。)ですが塔のてっぺんといっても、そのつくりはほかの金あみのつうろの階とまったく同じでした。しかしここには、ほかの場所とはあきらかにちがう、なんともおかしなものがあったのです。
そう、それは下からもちょっとだけ見えていて、イルクーとレングが「よくわかりませんでした」といっていた、あれでした。旅の者たちもここでようやく、それらのものをまざまざとながめることができたわけですが、みんなにもイルクーとレングのいったことが、よくわかったのです。目の前に広がっているそれらのものは、やっぱりなにがなんだか? ぜんぜんわかりませんでしたから!
そこにあるのはたくさんのきんぞくのくだ、えんとつ、はぐるまのついた鉄のはこ、それに鳥や動物のはくせい、または骨、古いがっきがたくさん、ぶよぶよとした大きなねんどのかたまり、食べかけのパンケーキ、だれかのむぎわらぼうし、などなど、おかしな品物たちばかりでした。そしてフログルたちのいう通り、それらのものがまったくでたらめに、かべやてんじょうや床でうねうねとへびのようにからまりあっていて、それがかべのむこうにまでつづいているようなのです。
「うわぁ……、なにこれ……。気持ち悪い。」ライアンが思わず、そうもらしました。ですがまったく、ライアンのいう通りです。どんなにひいき目に見ても、ここはまったく、気持ちの悪いところでしたから。まさに魔女アルミラのしゅみの悪さ、ぜんかい!といった感じだったのです(カルモトのしゅみの悪さとは、またべつのしゅみの悪さです)。
「これは、たましいのエネルギーを兵士たちに送りこむための、そうちだ。」カルモトがそれらのものをながめ渡しながら、いいました。なるほど、よく見てみると、てんじょうから下がったくさりのひとつひとつにむかって、きんぞくのくだがのびております。そしてくだのさきにはじょうごのようなものがついていて、そこからたましいのエネルギーをブリキの兵士たちにむかって、送りこめるようになっているようでした(どんなしかけでこのそうちが動くのかは、まったくわかりませんでしたが……)。
ということは……、めざすみんなのたましいは、やっぱりここにあるはずです! みんなははやる気持ちをおさえきれずに、どこだどこだ? とあたりをさがしまわりました。
「おちつけ。みなのたましいは、そのとびらのむこうだ。」
カルモトがそういって、ひとつのさびついた鉄のとびらのことをゆびさしました。そうでした、フログルたちがいっていたこのとびらのことを、忘れていましたね!
「うむ。ここにも、なにかののろいがかかっているようだ。どれ……」
カルモトがとびらの前に手をかざして、なにかをつぶやきはじめます。そして……。
「えいや!」
ばたーん!
カルモトがさけぶのと同時に、そのとびらがいきおいよく内がわにひらきました! さすがカルモトさん!(ちなみに、とびらのむこうになにがあるか? まだわかりませんでしたので、もちろんカルモトもこのわなをとびらごと吹き飛ばすようなまねはしませんでした。すぐそこに、みんなのたましいがしまってあるかもしれませんからね。)
「ふむ、こののろいは、しょうしょうやっかいだったぞ。これは、うろこ病ののろいだ。こののろいを受けると、その者はからだにへびのようなうろこができて、ひとつきもしないうちに、ほんとうのへびへと変わってしまうのだ。」
ひ、ひええ~! なんておそろしいんでしょう! うかつにあけなくてよかった! みんなは心の底からそう思いました!(とくにフログルたちにとってはなおさらでした。かえるの種族であるかれらは、みんなへびがいちばん大きらいだったのです。そのへびに自分がなってしまうだなんて、考えただけでもおそろしい! イルクーとレングのふたりは、さきほどこのとびらをむりにあけようとしなくて、ほんとうによかったと思いました。)
「アルミラめ、味なまねをしてくれる。では、いくぞ。もくてきのものは、この中だ。」
さあ、それではいよいよわれらがたましいそうさく隊のメンバーたちは、そのさいごのもくてきの場所の中へと、ふみこんでいくときをむかえたのです。みんなは意をけっしてごくりとつばを飲みこむと、じゅうぶんに用心しながら、その部屋の中へとゆっくりと歩みを進めていきました。
「ひええっ! へび!」
とつぜん、前をゆくカルルとクプルがさけびました! 見ると、とびらのわきに大きなへびのはくせいがひとつ、でーん! とかざられていたのです。これがカルモトのいっていた、うろこ病ののろいを出すわなでした。しかしもうすでにカルモトがのろいをといてしまいましたので、このへびも、ただのはくせいにもどっていたのです(でも見た目のこわさはそのままでしたので、カルルとクプルは思わずさけんでしまったのです。
ちなみに、そのへびの下の方には小さな名ふだがついていて、「バイパーちゃん」と書いてありましたが……)。
とびらのむこうは小さな部屋になっていました。ここは塔のてっぺんにつき出た、そのでっぱりの中です。アルミラはこのでっぱりを、自分の部屋として使っていたようでした。
部屋の中はこざっぱりとかたづいていました(これはいがいでした。いいかげんなアルミラのことですから、もっとごちゃごちゃとちらかっているものとばかり思っておりましたから)。暮らしに必要なさいていげんの家具と品物があるだけで、そのほかにはめぼしいものはなんにもありません(ゆいいつ魔女っぽさを感じさせるのは、とびらのわきのへびのはくせい(バイパーちゃん)だけでした。魔女の部屋なんですから、もっときみの悪い品物のつまったたなだとか、なにかをにこむための大きなかまだとかが、いろいろあると思っていましたが、これもまったくいがいでした)。ですが、部屋のおくにあったもうひとつのとびらのむこうに、みんなはめざすもくてきのものを見つけたのです。
そこはとても小さな部屋で、正面のかべのまん中には塔のそとが見えるように、大きな四かくいガラスまどがいちまいはめこまれていました(このまどはガラスがはまっているだけで、ひらくことはできませんでした)。そしてそのまどの前に、なにやらたくさんのボタンがならんだ大きな鉄でできたつくえがひとつ、作りつけられていたのです。そのつくえからのびる、ふといくだのさきにあったのは……。
「あったぞ! これが、みんなのたましいだ!」
旅の者たちは思わずさけんでしまいました。そこにはまるいガラスのいれものがあって、その中にきいろにかがやく光のようなものが、たくさんとじこめられていたのです! そう、これこそみんながさがしもとめていた、そのたましいたちにほかなりませんでした!(フェリアルのたましいも、この中にとじこめられているはずです!)
やった! これでみんなを助けることができます! みんなはよろこびいさんで、そのガラスのいれものの前に集まりました。でもみんなはそこで、あるひとつのぎもんをいだいたのです。
「これ、どうやってそとに出すのかな?」
ロビーとライアンが、そのガラスのいれものをぺたぺたいじりながらいいました。そう、ふたりのいう通り、そのいれものには中のものを取り出す、ふたとかあなみたいなものが、なんにもなかったのです(まあ、いざとなったら剣かなにかでたたいたらこわすことができるかもしれませんが、できればそんならんぼうなまねは、したくはありませんから。それに中のたましいたちに、なにかまちがいでも起こったらたいへんです。ガラスがささってけがをするとか)。ただひとつだけ、まどの前にあるつくえからのびているいっぽんのくだだけが、このガラスのいれものにつながっているゆいいつの道でした。このくだから、たましいをそとに出すことができるのでしょうか?
「うわっ! み、見て! こっちの、これ!」ふいに、ライアンがさけびました。ライアンがそういってゆびさしたさきには、同じようにのびるくだのさきにガラスのいれものがあって、その中にはもやもやとしたまっ黒いけむりのようなものが、ぎっしりとつまっていたのです。こ、これってまさか……?
「ひょっとして、これ、まちに飛んできた、あの影おばけじゃない?」
そうなのです! ライアンのいう通り、これこそがモーグのまちに飛んできて人々からたましいをうばい取り、この場所にはこんできた、その影のおばけたちでした!
「つ、ついに出たな!」ベルグエルムとロビーは思わず腰の剣に手をかけて、身がまえてしまいました。しかし影たちは、ガラスのいれものの中でただゆらゆらとゆれているだけで、なんの反応も見せません。
じつはこの影たちは、このガラスのいれものの中にはいっているかぎり、まったく安全なものでした。この影たちはモーグにだれかがはいりこんだというれんらくを受けたときに、はじめてこのガラスのいれものの中から飛び出して、あの影のおばけのすがたになって、まちへと飛び立っていくようにとめいれいされていたのです。ですからあんなにおそろしかったこの影のおばけたちも、今はただの、ゆらゆらゆれているだけの、黒いけむりにすぎませんでした(とりあえずは、ほっとしました。みんなはいつまた、あの影のおばけたちがおそいかかってくるものかと、ひやひやしておりましたから。
ちなみに、ひとつ説明をつけ加えますと、アルミラのめいれいはモーグにはいりこんだ「人」のたましいだけをうばうというものでした。ですから馬などの生きものの場合は、モーグにはいりこんでもだいじょうぶだったのです。これは旅の者たちにとって、とてもこううんなことでした)。
これでこの影のおばけたちのひみつは、みんなあきらかになったわけです。けっきょくこの影たちもただ、アルミラにいいように使われていただけでしたね。そう考えると、ちょっとかわいそうな気もしてきます。あとでカルモトにたのんで、この影たちもみんな、もとのふつうの影にもどしてあげましょう(もとから悪い影なんて、どこにもないのです)。
「え……? ねえ、ちょっと、これ! これ見て!」ふいにライアンが、ロビーの服をひっぱりながらいいました(めざとく、よくいろんなものを見つけますね)。そしてそれを見たロビーも、ライアンと同じくさけんでしまったのです。
「ええーっ! これって、まさか!」
「どうされました?」つくえをしらべていたベルグエルムも、あわててロビーとライアンのそばに近よりました。そしてベルグエルムもまた、かれらと同じ反応をかえしてしまったのです。
「な、なんと! これは……!」
その影のおばけたちのはいったガラスのいれものの横に、いっさつのノートがおかれてありました。それはアルミラの残した、けんきゅうノートでした。そしてそのひらかれていたページの上に、みんなはおどろきのものを見たのです。
「はぐくみの森の、あのかいぶつだ!」
ええっ! なんですって!
そこにはたしかに、はぐくみの森の地下いせきの中でみんなにおそいかかった、あの夜のかいぶつのすがたがえがかれていました! これはいったい?
しかしみんながおどろいたのは、その絵を見たからだけではありませんでした。その絵の下に書いてあった言葉。その言葉を読んで、みんなはこれほどまでにおどろいたのです。そこには、こう書いてありました。
「シャドーリッチ教本その二、『シャドーリッチをかいならそう』、二百二十三ページよりばっすい。」
「たましいを食べたシャドーリッチは放っておくとちえをつけて、この絵のようにどんどん大きくなってしまいます。うばったたましいはすぐにガラスのいれものの中にしまうようにして、リッチに食べられないようにしましょう。それから、リッチはぜったいに逃がさないこと。自分の意志を持ってあばれまわる、こわいかいぶつになってしまいます。」
「今までに逃げたリッチ → 一ぴき。ゆくえ知れず。」
そう、これはまさしく、はぐくみの森の地下にすみついていた、あのおたまじゃくしのようなかいぶつのことをさしていました! あのかいぶつは、ほかでもありません。アルミラが作り出したこのシャドーリッチという名まえの影のおばけが逃げ出して、森の人たちのたましいを食べて、大きく育ってしまったものだったのです!(まさかこんなところで、あのかいぶつのしょうたいを知ることになろうとは! みんな夢にも思っていませんでした。それにしても、アルミラのやつめ! かいぬしだったら、ペットはちゃんと、しつけてくれないと! おかげでこっちは、えらい目にあったんですから!)
こんなおそろしいかいぶつがこれ以上生まれてしまうことがないようにするためにも、この部屋にあるまがまがしいそうちは、残らずきのうていしにしてしまわなくてはなりません! でもその前に、みんなのたましいを早くこのガラスのおりの中から、助け出してやらなくてはならないのです。ですがそのためには、いったいどうすればいいのでしょうか?
そのために、この人がここへやってきました。
それはもちろん、カルモトのことなのです。
「アルミラの、おきみやげか。」カルモトが、影のはいったガラスのいれものと、まどの前に作りつけられたボタンだらけのつくえのことを、じゅんばんに見渡しながらいいました。「これが、こんなに時間がすぎても、人々をこまらせつづけていたとは……、じつに、うっかりなことだったな。」
カルモトはそういって、フログルたち、そして旅の者たちにむかって、すまなそうにまた頭を下げました。
「今こそふたたび、カルディンどのの力の見せどころじゃあありませんか。」そんなカルモトに、カルルがぴょこんとしせいをまっすぐに正して、いいました。クプルもイルクーもレングもそれにつづいて、それからかれらはそろって、カルモトに頭を下げていったのです。
「さあ、お願いします! カルディンどのの、ここいちばんのとっておきのわざで、このみなさんのたましいたちのことを、すくってさし上げてください!」
フログルたちの言葉に、ロビーたち旅の者たちもかれらのとなりで手をにぎりしめて、カルモトのとっておきのわざを待ちました。なにせこれだけのふくざつなボタンやらそうちやらが、つまっている部屋です。こんなものはけんじゃであるカルモトでなかったのなら、とてもあつかえそうにありません。これらのものをあやつって、みんなのたましいをぶじに助け出すためには、かなりたいへんなわざが必要になるだろうと思われました。
みんなは胸をどきどきさせて、カルモトがこれからなにをするのかをじっと見守っていました。しかしカルモトがつぎにいった言葉は、なんともいがいなものだったのです。
「そこにある、きいろいボタン。それをおせばいいようだな。」
え? ボタンをおすだけ?
みんながきょとーんとしてカルモトのゆびさしたところを見てみると……、まどの前に作られたそのつくえの上に、とうめいなカバーのついたひときわ大きなきいろいボタンがひとつあって、そのボタンの下には、はっきりとこんな言葉が書いてありました。
「たましいにかけたのろいをといて、もとのからだの中にもどしてあげるときにおすボタン。」
ええーっ! な、なんてわかりやすい!
どうやらこのボタンをおせば、ただそれだけで、みんなのたましいにかけられているのろいがとけて、たましいはもとのからだのもとへともどっていくようだったのです!なんてかんたんな方法なのでしょう! しかもそれをこんなにもわかりやすく、わざわざ書いておいてくれるなんて、アルミラはなんていいやつ……、じゃなかった、なんて、まがぬけているんでしょう!(やっぱりカルモトのいもうとだからでしょうか……?)
「すでにねんりきをこめて、このつくえを使えるようにしておいたぞ。あとは、このボタンをおすだけだ。では、おすとするか……」
「ちょーっと、待ってー!」
カルモトがボタンに手をのばしたしゅんかん。ライアンが大きな声でそれをとめました! な、なに? どうしたの? みんながびっくりしていると……。
「ぼくがおすー!」
やっぱりそんなことですか……。どうやらライアンにとっては、このまどの前に作られたつくえは、巨大ロボットのそうじゅう席みたいに見えたようですね。かれの頭の中ではまだずっと、ロボット軍団の大かつやくの場面がつづいていたみたいです……。まあ、だれがおしても同じことらしいので、ここはライアンにゆずってあげましょう(じつはロビーもちょっと、おしたかったそうですが……)。
つくえの前のいすにすわったライアンは、もうわくわくしっぱなしでした。足をぱたぱた、うでをぐるぐる。それからようやくライアンは、「ふうっ。」と大きくこきゅうをととのえると、右手を大きく上にかかげて、きあいをこめてさけんだのです。
「いくぞっ! こうそくされし、たましいたちよ! 今こそふたたび、みんなのもとへ! たましいかいほうボタン、発動!」
ばちーん!
さあ、ついにたましいかいほうボタンがおされたのです!(こんなに長いきめぜりふをいいながらはでにおす必要は、ぜんぜんありませんでしたけど……)いったいこのあと、なにが起きるというのでしょうか!(まあ、たましいがかいほうされるんですけどね。)
みんなが見守っていると、たましいのはいったそのガラスのいれものの中から、ぷしゅーという空気のぬけていくような音がなり出しました。そして……。
わいわいがやがや! 二百人ぶんほどものたましいたちが、いっせいに、思い思いの言葉でおしゃべりをはじめたのです!(たましいって、しゃべるんですね! はじめて知りました!)「なんだなんだ? なんだか明るいぞ。」とか、「う~ん、ずいぶんと、よく寝たなあ。」とか、「せまいせまい。なんだここは?」とかいったぐあいです。でもそれからすぐに、それらのたましいたちはみんなおしゃべりするのをやめて、つくえにのびるくだへとむかって、しゅるしゅるとすべりこんでいきました。そしてそのくだは、そのまま塔のそとへとのびていたのです。
「やったー!」「わーい!」「やっほー!」
たましいたちはみんな口々によろこびの声を上げながら、空のむこうへと飛び去っていきました。かれらがむかったさきは、ただひとつ。モーグの、いえ、ロザムンディアのまちの、大聖堂の地下。自分のからだのある場所でした。ティエリーしさいさまのたましいも、ミリエムのたましいも、そしてフェリアルのたましいも、みんな自分のからだのもとへと帰っていったのです!(「やったー!」「わーい!」「やっほー!」思わずたましいそうさく隊のみんなも、たましいたちと同じ言葉でよろこんでしまいました。さいしょのせりふは旅の者たちで、あとのふたつはフログルたちの言葉でしたが。)
「これでみんな、もとにもどる。」カルモトが、まどのそとを飛んでいくたましいたちのことを見ながら、いいました。ですが、カルモトの顔は浮かないままです。
「しかし、そうでないものもいる。」
カルモトのゆびさしたところには、ほかのたましいたちとはちがって、ゆらゆらゆっくりと、その場からはなれようとしないたましいたちがいました。それらのたましいたちは、この場をなごりおしむかのようにしばらくうろうろとただよったあと、やがて空の上の方へとむかって、のぼっていったのです。
「かれらは、たましいを全部うばい取られてしまった者たちだ。」カルモトは、のぼっていくそれらのたましいたちのことを、なんともふくざつな思いで見つめていました。「かれらの帰る場所は、もうすでにない。かれらのからだは、この世界から消えてしまったからだ。」
「そ、そんな……」
みんなはなんともやりきれない気持ちになって、のぼっていくそれらのたましいたちのことを見つめていました。そしてやがてそれらのたましいたちは、雲の中へと消えていき、そのきいろいかがやきも、ひとつまたひとつと、消えていったのです。
「かれらのたましいは、これからまた、べつのいのちとして生まれ変わる。」カルモトが、しゅんと肩を落とす旅の者たちにむかって、いいました。「たとえからだがほろびても、たましいはえいえんに生きるのだ。かれらのたましいが、つぎのいのちとしてさらにかがやくように、わたしはいのらずにはいられない。」
「きっと、そうなるよ!」ライアンが、空の上へと消えてゆくそれらのたましいたちにむかって、さけびました。「またいつか、会えるといいね! それまで、げんきでねー!」
みんなは去ってゆくたましいたちのそのさいごのひとつが見えなくなるまで、ずっとその空を見つめつづけていました(ここで著者のわたしからひとつ、みなさんにお伝えしておきたいことがあります。これらの空にのぼっていったたましいの持ちぬしたちは、このあとしばらくの月日ののちに、ふたたび、もとの自分のままのいのちを取りもどすことができました。つまり、べつのいのちに生まれ変わったというわけではなく、もとの自分のままとして、ふたたび生きかえることができたということなのです! ですがかれらのからだは、すでにこの世界から失われてしまっているわけでしたから、まったくもとの通りというわけにはいきませんでした。つまりかれらのたましいは、ブリキでできた魔法の人形のからだの中へと、うつされることになったのです!
さてさて、ことのしだいはどういうことか? といいますと、こういうことなんです。ヴァナントの魔法学校の魔法のせんもんかたちは、アルミラのぬすみ出したそのきんだんのわざのことを、よく知っていました。このわざの一部として作り出されたのが、あの影のおばけのシャドーリッチと、まちをおおっていたのろいのけっかいでしたが、これらのものによってたましいをみんなうばわれてしまった者は、ほんとうに死んでしまうというわけではなかったそうなのです。このようにしてたましいを取られてしまった者は、たとえその肉体が失われたとしても、たましいはもとのきおくを持ちつづけていて、それを新しいからだにいれれば、ふたたびもとのいのちのつづきを送ることができるそうでした!
ですがもはや、そのたましいを生きた肉体にいれることはできないそうでした。そのかわりに用意されたのが、このブリキでできた、魔法の人形だったのです。この人形にたましいをもどすのにはかなりたいへんなわざが必要になるとのことでしたが、それでもかれらのたましいたちは、ぶじに帰ってくることができました。かれらは変わってしまった自分のからだのことを見て、とうぜんのことながらだいぶおどろきましたが、しだいにそのからだにもなれ、ヴァナントの魔法学校の人たちに心からかんしゃすることになったのです。かれらはそのご、このアークランドの地を旅立って、ヴァナントのあるガランタ大陸へとむかいました。そこでかれらは今、その新しい人生を、しあわせに送っているということです。
そしてもうひとつ。はぐくみの森のフォクシモンたちのことです。ヴァナントの人たちはフォクシモンたちもまた、アルミラのぎせいとなった者たちであるということをつきとめました。そしてたましいをすべてうばわれてしまったその八人のフォクシモンたちのことも、かれらはぶじにすくい出してくれたのです。
たましいを取りもどしたその八人のフォクシモンたちは、今でもはぐくみの森に住んでいます。旅人たちや子どもたちから大人気の、ブリキのきつねたちとして。
ちなみに、カルモトは影やのろいのけっかいによってかんぜんにうばわれてしまったたましいのことを、このようにブリキのからだにうつしてすくい出すことができるということを、知りませんでした。これはほんとうに、ヴァナントの魔法学校の中でもごく一部の者たちのみが知っている、ごくひのじょうほうでしたから。ですからカルモトは、空にのぼっていったたましいたちのことを見て、せめてつぎの人生でかがやいてくれるようにと、願ったのです)。
「さて、これでもくてきは、果たされたわけだ。」カルモトが、やれやれといった感じでみんなにいいました。
「あとはこの部屋を、にどと使えないようにしてしまわなくてはな。みんな、ちょっと、下がっておれ。」
カルモトはそういって、またなにか、ぶつぶつとつぶやきはじめます。そして……。
「えいやっ!」
ぼぼんっ!
ふたたび、カルモトのねんりきがさくれつ! つくえにならんだたくさんのボタンや、部屋の中にあったガラスのいれもの。そしててんじょうに張りめぐらされていたくだや鉄のはこといったものの、すべてが、大きなばくはつの音を上げてこわれてしまいました!(同時に、ガラスのいれものの中にはいっていた影のおばけたちも、みんなちりぢりになって消えてしまいました。これでようやく、影たちののろいもとけて、とらわれの身から晴れて自由の身になれたわけです。もう魔女につかまるなよ!)
今やそれらのものはすべて、カルモトのいう通り、にどと使えることのないただのがらくたになってしまいました。四人のフログルたちは、もう手をたたいて大よろこびです! これでようやく、このブリキの塔も(こんどこそほんとうに)おしまいなのですから! でもモーグのまちに張られたのろいのけっかいはどうなるの? と思われる方もいるでしょうが、ご安心を。そのけっかいを生み出していたそうちも、カルモトがいっしょにこわしてくれましたから! これでまちのみんなも自由に、まちのそとに出ることができるのです。そしてまちに影をよびよせていた、あのがいこつたち。のろいのけっかいがなくなったことで、かれらもまた、よこしまなる力を失って、ただのふつうのがいこつたちにもどりました(あとで、ちゃんとしたお墓を作ってあげましょう)。
これでほんとうに、ばんばんざいでした。
モーグのまちはふたたび、もとのロザムンディアのまちにもどったのです!
「さあ、帰るとしよう。帰りは、きたときよりもずいぶんと、らくになることだろう。」カルモトが腰をぽんぽんとたたきながら、いいました。「フログルしょくん。塔の下まで、よろしくたのむ。」
「おまかせを! さあ、みなさん、いきましょう!」
「え? あ、は、はい。」
旅の者たち三人は、そういうフログルたちに背中をおされて、そのままぐいぐいと部屋のそとまでおし出されていきました。カルモトとフログルたちは、これからいったい、なにをする気なのでしょうか?
さて、ふたたびつうろのところまでもどってきましたが、ここでみんなは、ひとつのある重要なことを思い出したのです。
「あれ? ちょっと待って。そういえばさ、下へおりる道は、とちゅうでみんな、こわしちゃったじゃない。どうやって、下までいくの?」
そうでした! ライアンのいう通り、塔のまわりをぐるりとかこんでいた金あみのつうろは、ここへくるとちゅうのあのたいへんな戦いの中で、みんな落っことしてしまってましたっけ! それではカルモトとフログルたちは、いったいどうやって、下までおりるつもりなのでしょうか?
「まさか……、塔のそとからおりるつもりなんじゃ……」ロビーが顔をまっ青にして、ぶるぶるとふるえながらいいました。それもむりはありません。塔の下までは、金あみのつうろが残っているとちゅうの階からでも、まだ二百フィート以上はありましたから!(もちろんふつうだったら、ちゅうぶらりんの塔のそとがわをそんな高さから下におりていこうだなんて、だれも思わないことでしょう。ですがロビーたちといっしょにいるのは、ぜんぜんふつうじゃない、かえるの種族のフログルたち。そしてなにをするのか? わからない、カルモトなのです!)
「やだなあ、わたしたちフログルたちならともかく、みなさんにはむりでしょう? そのくらい、わたしたちにも、よくわかっていますよ。安心してください。」カルルがそういって、けろけろと、いや、けらけらと笑いました。
「よ、よかった。ほっとしました。」ロビーが「ほうっ。」と息をついて、胸をなでおろしながらそういいます。
「しかし……、では、いったい、どうやっておりるのですか?」ベルグエルムがまじめな顔で、カルモトにいいました。じつにもっともなしつもんです。しかしカルモトはまたしてもなんでもないといった顔をして、いたってれいせいに、こうこたえるばかりでした。
「道なら、きみたちの目の前にあるではないか。フログルしょくん、かれらをたのむぞ。わたしは、ひとりでだいじょうぶだ。」
え? 目の前の道って?
「さあ、早くおぶさって!」旅の者たちが考えるひまもなく、フログルたちがみんなのことをせかしました。
「え? は、はい。」
どういうことだか? わかりませんでしたが、ここはいわれた通りにするほかなさそうです。みんなはひとりずつ、フログルのさし出したその背中につかまりました(ベルグエルムはカルルに、ロビーはクプルに、ライアンはレングにつかまりました)。
「うわっ!」
フログルたちにつかまったとたん。かれらが急に、ぴょっこ~ん! と大ジャンプしました! みんなはもう、ひっしでその背中にしがみつきます! そしてかれらがとびうつったさきは……、塔のてんじょうから下がっている、あの兵士たちのことをつるしておくためのくさりでした!
「うわわ!」「ひええ!」「ひゃあ!」
め、目の前の道って、このことなの~! 旅の者たちは下までなん百フィートもあるこの空中に、またしてもちゅうづりじょうたいです! みんなはフログルたちにしたがったことを、心の底からこうかいしました! やっぱりかれらは、ぜんぜんわかっていなかったのです! もういや~!(ちなみに、いきの道でもみんなはこのくさりにつかまって、それをぎゅるるん! と動かして塔のてっぺんまでいくこともできましたが、カルモトとフログルたちはやっぱり、それをするのはやめておきました。まだこの塔の中にどんなしかけがあるのかもわかりませんでしたし、まずはじゅんばんに、塔の中をしらべていった方がいいと思ったのです(べつに、旅の者たちのことをちゅうづりにしたらかわいそうだから、というわけではなかったのです……)。そして今やこの塔にすっかりかたをつけ終えてしまいましたので、かれらは心おきなく、このくさりを使って下までおりていくことにしたというわけでした。
それと、ブリキの兵士たちとのたいへんな戦いのさなかでは、みんなはそれぞれたくさんの兵士たちによって道をふさがれてしまっていましたので、とてもフログルたちの背中につかまって、それでくさりまでとびうつって逃げる! というようなよゆうもありませんでした。カルモトの投げた木のロープにつかまることだけで、せいいっぱいだったのです)。
「いきますよー、そーれ!」
旅の者たちのひめいをよそに。フログルたちはかれらをおぶさったまま、そのくさりをずざざざざー! とすごいいきおいでいっきにおりていきました!(くさりをぎゅるん! と動かすよりも、こっちの方がはやいからでした……)そのはやいこと、はやいこと! カルモトが「帰り道はらくだ」といったのは、このことだったのです!(たしかに早くおりられますけど、そういう問題じゃありませんったら!)
「ぎゃあああ~!」
旅の者たちはもう、なにがなんだか? わからないまま、フログルたちの背中にむちゅうでしがみつきながら、泣きさけぶばかりでした。
「このしっそう感が、なんともいえませんよね! ひゃっほ~!」旅の者たちのことをおんぶしていないイルクーが、じつに楽しそうに、はしゃぎながらそういいました。
「楽しいな~! よし、ここは、これから、みんなのあそび場にしよう!」(ライアンをおんぶしている)レングがそういって、けろけろ、いや、けらけら笑いました。
「それはいいな!」(ベルグエルムをおんぶしている)カルルと(ロビーをおんぶしている)クプルも、じつに楽しそうにそういいます。「よ~し! だれがいちばん早くおりられるか? きょうそうだ!」
「負けないぞ~!」「そ~れ!」
「ぎゃ~! やめてやめて~!」
旅の者たちのさけびもむなしく、フログルたちはさらにいきおいをまして、くさりをすべりおりていきました(おんぶしているみんなのことなんて、すっかり忘れているみたいでした……)。そしてものすごいいきおいで落ちていく、その中。旅の者たちは遠のきそうないしきの中で、みんなそろって、かたく、こうちかったのです。
もうぜったい、フログルの背中には乗らないぞ……!
ちょうどそのころ……。
ここははるかな、東の地……。
どこまでも広がる草の海を見下ろす小高い丘の上に、今ひとりのうさぎの種族の少年が立っていました(このうさぎの種族はラビニンとよばれていました。足がはやく、頭の上にのびる二本の長い耳がとくちょうです。いぜんわたしの話の中にも、うさぎの種族のおじいさんの学者が出てきたことがありましたよね。あのおじいさんも、ラビニンでした。
でもラビニンはみんなしんせつで、しんらいのできる人たちばかりですので、かんちがいしないでくださいね。あんなにうさんくさいラビニンは、たぶんあのおじいさんくらいのものだと思います……)。空はおだやかに晴れております。少年は近くのはたけを手伝っていて、今あいた時間をりようして、この丘の上におそめのおひるごはんを食べにやってきたところでした(はたけのさくもつは、やっぱりにんじんです。そしてかれのごはんも、にんじんのポタージュに、にんじんのスコーン。それから、まるごとのにんじんスティックでした。ほんとうにラビニンは、にんじんには目がないのです)。
ここはながめもよくて、かれのお気にいりの場所でした。しかし今日、そこにはいつもとまったくちがう景色が広がっていたのです。
見下ろすその草の海の中に、ぶきみな黒い川のようなものが、いくすじもあらわれていました。しかしそれらは、川ではありませんでした。水の流れのようにうねうねと動いておりましたが、よく見ればそれらはすべて、武器やよろいに身をかためた兵士たちだったのです!
その兵士たちは、人ではありませんでした。黒や、はい色や、青に、みどり。さまざまなはだの色をした、ありとあらゆるすがたをした、おそろしいかいぶつたちだったのです! 小さな背たけの者から、巨人のような大きさの者まで、かれらはじつにさまざまでした。手には、長く三日月のようなかたちにまがった剣や、おそろしい見た目のやりなどを持っております。頭にはみんな、おそろいのまっ黒くすみがぬられたぶきみなかぶとをかぶっていました。そしてそのかぶとのまん中には、おそろしい黒いりゅうのもんしょうがひとつ、えがかれていたのです。
そのもんしょうは、このアークランドに住む者ならば、だれでも知っているものでした。たとえ知りたくなかったとしても、どうしても知ってしまうことになるのです。なぜならそれは、あのおそろしい黒のくに、ワットのくにのもんしょうだったからでした! これらのおそろしい兵士たちは、ワットのよびかけによって集められた、その兵士たちだったのです。それはもちろん、アルファズレドのめいれいによるものでした。ということは、このおそろしい兵士たちがむかうさきは……?
そう、かれらがめざすのは、ただひとつの場所、ベーカーランドでした! かれらは今、これからはじまるおそろしいそのさいごの戦いへとむかって、まっすぐに、その歩みを急いでいるところだったのです!
うさぎの少年ユーリ・リアンルーは、おべんとうのつつみを落として、ぼうぜんと目の前の光景をながめていました。それからかれは、がくがくとふるえる足をおさえながら、はたけにいるみんなのところへとむかってぴょんぴょん走っていったのです。
しばらくして、かいぶつの兵士たちがみんな通りすぎてしまうと。そこには美しかった草の海のかわりに、ふみ荒らされ、けがされた、むき出しの赤茶けた地面が広がっているばかりでした。
次回予告。
「わたしはかならず、もどってくる。」
「五日だって!」
「あそこが、分かれ道ですよ。」
「は、早く、なんとかしてくださいよ~!」
第15章「ベーカーランドへいっちょくせん」に続きます。