空が、急にわき起こった暗い雲におおいつくされようとしていました。まだ午後も早い時間だというのに、地上をてらしていた光はあっというまにやみに飲みこまれ、やみはその地を、ふきつな夜のような場所へと変えてしまいました。
今、そのやみを待ちのぞんでいたかのように、上空から四ひきのまっ黒な鳥のような生きものたちが、ぎゃあぎゃあというおそろしげななき声を上げながら、その地に飛んできました。それらの生きものたちは、みなさんがすでに知っている生きものたちでした。そう、それらの生きものたちは、あのセイレン大橋の上でロビーたちが戦った黒騎士たちが、乗っていた生きもの。ディルバグという、かいぶつたちだったのです。
かいぶつたちはそのくにの空高くを、まっすぐに飛んでいきました。いったいここはどこなのでしょう? 大地は荒れくれ立っていて、そのあちこちにはまっ黒にかがやくぶきみなたてものが、いくつもならんでおります。たくさんの塔がたっていて、それらの塔にはきみの悪いはたやのぼりものが、いくつもかかげられていました。そしてそれらの塔のてっぺんには、黒いよろいかぶとに身をつつんだ見るもおそろしげな兵士たちが、やりをかまえて見張りに立っていたのです。
よく見れば、兵士たちは塔のてっぺんだけにいるのではありませんでした。はるか下の道をこうしんしていく、豆つぶのようなもの。それらがすべて、同じかっこうをした、黒の兵士たちだったのです! そしてもっとよく見てみれば、そこには今までにだれも見たこともないような種族の者たちまで、まざっていました。とかげみたいなすがたの種族の者たちとか、ぜんぜんかわいくない、くまみたいなすがたの種族の者たちとか。大きな目玉にたくさんの手足が生えているという、ぶきみなかいぶつたちのすがたさえも、そこにはまざっていたのです(わたしは今でも、この目玉のかいぶつのことを思い出すとぞっとしてしまいます!)。
このなんともおそろしげな土地を、ディルバグのかいぶつたちはあるひとつの場所をめざして、飛んでいきました。その場所には、このおそろしげな土地の中でもひときわおそろしげなたてものが、そびえていたのです。そのたてものは、やみを切り取ったかのような、光をはねかえさないまっ黒な石をつみ重ねて、つくられていました。そのあちこちからは、するどくとがった塔がつき出ております。そしてその塔につくられたたくさんのまどからは、なんともおそろしげな大きな弓矢が、そとの相手へとむかってにらみをきかせていました。
なによりそのたてものの大きさに、あっとうされました。てっぺんまではいったい、どれほどの高さがあるのでしょうか? まさにそびえる山のごとく、あるいは巨大な黒いりゅうのごとく、そのたてものはそこにあったのです。
「きたぞ!」
だれかのさけぶ声が、その場にひびき渡りました。ここはそのたてものの、てっぺんに近い場所。今そこに、ひとりの人物を乗せたあのディルバグのかいぶつが一ぴき、おり立ったのです。
乗っていたのは、ひとりの黒ずくめの衣服に身をつつんだ男の人でした。その人はほかの兵士たちとはちがって、よろいやかぶとも身につけておりませんし、剣すらも持っておりません。かわりにそのうでに、エメラルド色の花のマークのはいった白いリボンをまいていました。
この人物がなに者なのか? それはまだわかりませんが、ひとつだけいえることがあります。ディルバグのかいぶつに乗っている者が、せいぎの人物だとは思えません! 黒騎士のひとりでしょうか? それにしては武器も持っておりませんでしたし、なんともにつかわしくない、お花のリボンが気にかかります。
「急げ! へいかがお待ちかねだぞ!」
同じような黒ずくめのかっこうをした者たちが出むかえて、やってきたその人物にいいました。リボンをつけたその人物は、なにもいわず、出むかえの者たちのあいだをこつこつと足早に歩き去っていきます。
それからすぐに、残る三びきのディルバグたちもその場にとうちゃくしました。こちらに乗っていたのは黒のよろいかぶとに身をつつんだ、いわゆる黒の兵士たちです。兵士たちはディルバグからおり立って重いかぶとをぬぐと、やれやれといった感じで「ふう。」と重い息をつきました。
「わざわざ、われらが出むくこともなかった。へいかもさぞや、およろこびになろう。」その中のひとり。こがね色のかみをした兵士がいいました。
「では、いよいよでございますか?」
かぶとをかかえた、身分の高いと思われるそのこがね色のかみの兵士の言葉に、出むかえの者たちがといかけます。
「いくさだ。われらが、このアークランドの、しはい者となるときがきた。」
こがね色のかみの兵士はそういって、その口もとに笑みを浮かべてみせました。
その谷はまわりをぐるりと、高い岩かべにかこまれていました。ですからそとから見たのでは、ここにこんな谷があるなんてことは、わからないでしょう。谷の入り口はひとつだけしかありませんでしたし、しかもその入り口は、人のよりつかない山の中の、とってもさみしい場所のただ中に、ひっそりとそんざいしているだけであったのです。ですからふつうだったら、だれもこんなところにはくることはないでしょう。まよえる旅人か? はたまたよっぽどの変わり者か? それとも、この場所にくる、なにかのりゆうのある者たち、そんなとくべつな者たちいがいは……。
今われらが旅の者たちがいるのは、まさにその谷の中でした。まん中にとほうもないほどの大きさのいっぽんの木が立っている、ひみつのかくれ谷。そして今みんなは、その谷の中のとあるひとつの場所に、まねかれているところだったのです。
「だいぶちらかっているが、気にせんでくれ。今、お茶をいれてあげよう。」
声のぬしは、カルモトでした。さて、旅の者たちはいったい今、この谷のどこにいるのでしょう? それはともかくとして……、まずはみんなが今いるこの場所のようすのことを、さきにみなさんにお伝えしておかなければなりませんね。それはなぜか? といいますと、この場所はカルモトの言葉の通り、じょうだんではすまされないくらいに、ちらかっていたからなのです!
まずここは木のかべにかこまれた、ひとつの部屋の中でした。しかし部屋といっても、そこはただの部屋ではなかったのです。まずこの場所のあちこちに、たんすや戸だな、ソファーやつくえ、いすなどといった家具が、とってもいいかげんな場所に、てきとうにおかれてありました。てんじょうには木で作られた船や、鳥や、ひこうきのような乗りものなどのもけいが、たくさんつるされております。そしてなによりも、この部屋の中をうめつくしている、物、物、物! もうなにがなんだか? わからないくらいに、ありとあらゆる品物たちが、この部屋の床や、家具の上や、そのほかのすきまというすきまに、ちらばっていました!(おもちゃばこをひっくりかえしたようとは、まさにこのことです! たぶん、いたずらざかりのしんせきの子どもたちが二十人くらいであそびにきたら、こんなふうになるんじゃないでしょうか? それくらい、ちらかっていました。)
それらの物たちのすきまを、カルモトが歩いていきました。びっくりすることに、カルモトがゆびをかざすと、床をうめつくしていた品物たちが、がらがらーっ! という大きな音を立てて、ほかの場所へとどいていくのです! ですからカルモトは、たくさんの品物たちなどはじめからそこになかったかのように、すたすたと床の上を歩いていくことができました(そのかわり品物がどいた方の場所では、もっとめちゃくちゃなことになってしまっていましたが……)。
よくもまあ、ここまでちらかしたもんだ……。旅の者たちはもはやなにもいえずに、その物にあふれた部屋の中でちぢこまっていました(むやみに動きまわったら、物のなだれにまきこまれてしまいかねませんでしたから)。もしこの部屋にまどがなかったのなら。たぶんみんな、息がつまってしまっていたことでしょう。大きなガラスのはまったまどからさしこむ光が、なんとかこの部屋を、部屋らしくたもっていたのです。
「まるで、ひみつきちみたい。よくこんなところに、家をつくったもんだね。」ライアンが(しんちょうに物をがらがらとかき分けてまどまでたどりついてから)、そのまどの前に立ってそとの景色をのぞきこみながらいいました。まどのそとには、高い岩のかべがそびえております。まどの下の方には、ふとい木の根と、そのまわりをかこむ水のないおほりが見て取れました。そして上をのぞけば、はるかな上に、たくさんの葉をつけた大きな木のえだが、いくつものびていたのです。そう、ここはあの巨大な木の、その内がわ。木のみきの中につくられた、カルモトの家の中でした!
あれから……。
「魔女のアルミラはわたしのいもうとだ」、など、カルモトがしょうげきのじじつを語った、そのあとのこと。旅の者たちはカルモトに、もっとくわしい説明をもとめたのです(まあ、とうぜんですね)。そのうえ(カルモトはブリキの塔とよんでいる)魔女の塔のことや、みんなのたましいのことなどについても、みんなはカルモトにくわしく話をきく必要がありました。それにともなってカルモトが、「わたしの家にきなさい。そこで話しをしよう。」といってみんなのことを、この木の中につくられた、カルモトは木の塔とよんでいる自分の家の中へと、まねいてくれたというわけだったのです(カルモトがさいしょにあらわれたとき、かいだんをおりてきましたよね。じつはあのかいだんは、この家のげんかんにつながっていたのです。そしてはね橋のところからきこえてきたベルの音。あれはこのカルモトの家の、よびりんでした。木の兵士たちはとらえた者たちのことをつれてきたということをカルモトにしらせるため、よびりんをならして、カルモトが出てくるのをじっと待っていたというわけだったのです。カルモトがなかなか出てこないので、けっきょく旅の者たちは二十分以上も待たされ、そのあげくに、兵士たちと戦うはめになってしまいましたが……)。
「そこにかけなさい。お茶がはいったぞ。」
カルモトがそういって、ひとつのソファーのその上の物たちをがらがらとどかしました。旅の者たちはようやくのことでそのソファーまでたどりつくと、やれやれといった感じで、そこに三人でならんですわります(すわったしゅんかん、ベルグエルムが「いたっ!」といって立ち上がりました。見ると、かれのすわったところにかたいからを持ったくるみのような木の実がひとつ、まだ残っていたのです。ベルグエルムはおしりをさすりながら木の実をひろって、もういちどすわりなおしました。ベルグエルム、ちょっと、ゆだんしちゃいましたね。
ちなみに、魔女のアルミラがカルモトによってすでについほうされているということで、ベーカーランドへとつづく西の地の道のりに魔女のきょういはなくなったはずでしたが、それでもこのさきの道のりは、なにが起きるか? わからない道のり。ベルグエルムをはじめ、みんなはやはり、このさきの道のことをよく知っているミリエムを、つれていくべきだとはんだんしたのです。カルモトにきいたところでも、このあたりにベーカーランドまでの道のりにくわしい者などは、ひとりもいないということでしたし、カルモトさんほんにんも、この道を通ってベーカーランドまでいったことなどは、いちどもないということでしたから。それに、ねんのためきいてみましたが、かえるの種族のフログルたちでも、西の道のりについては知るよしもないだろうということでした。そしてじっさい、しるよしもなかったのです。かれらはこのあたりの土地にずっと住みついていて、まったく、はなれようとはしませんでしたから。
そんなわけでしたから、みんなはやはりこれまでのけいかく通り、魔女の塔へとむかうことにしました。もっとも、ここでけいかくをへんこうして、まちのみんなとフェリアルのことをほったらかしにしたままさきへ進んじゃうなんて、そんなの物語のヒーローたちとしても、ゆるされませんしね……)。
「さて、アルミラのことだが。」みんながすわると、カルモトは自分もはんたいがわのソファーに腰をおろして、お茶をすすりながらいいました。
「あいつはむかしから、わたしによくちょっかいを出してきてな。わたしの持つ力やちしきを、自分のものにしたいと思っていたようだ。だが、わたしはあいつには、なにひとつ教えてやらなかった。あいつがもとめていたのは、たんなる、強さとしての力だ。わたしの持つ力は、そんなことに使うためのものではない。わたしの力は、この世界にバランスをもたらすための、力なのだ。」
そのカルモトの言葉に、ベルグエルムがもしやと思ってたずねました。
「カルモトどの。あなたはもしや、この山に住むという三人のけんじゃたちのうちの、ひとりではありませんか?」
「えっ!」ベルグエルムの言葉に、ロビーとライアンは顔を見あわせておどろきました。ここへくる前に山道でじょうだんでいって笑っていたことが、ほんとうのことになろうとしていましたから、おどろくはずです。そして……、読者のみなさんの、「カルモトって、いい伝えのけんじゃなの?」というそのしつもんについても、ついにここで、こたえなければなりませんね。
はい、そうなんです。けんじゃです。その通りです(ライアンにあっさり見ぬかれてしまいましたので、「ひみつにしておいて、あとで読者のみなさんのことをおどろかせてやろう」というわたしのけいかくも、あっさりだめになってしまいました。ですからもう、なげやりです。すいません。ライアンめー!)。
もっともカルモトほんにんにとっては、自分が伝説的なけんじたちゃのうちのひとりといわれていることについて、ぜんぜんきょうみがありませんでした。かれは生まれつき、すぐれた魔法の力と、この世界の力のバランスをたもつという、そのふしぎな力のことを持ちあわせていたのです(かれが持っているふしぎな力とは、「木々や植物の力をあやつる」というものでした。カルモトはこの力をじょうずに使うことで、この世界の力のバランスをたもっていたのです。ですがそういわれても……、じっさいになにをしているのか? 今ひとつぴんときませんよね。これもまた、けんじゃとまじゅつしのちがいを説明するくらいむずかしいのですが……、まあ、しぜんの世界と人の世界とがなかよくやっていけるように、影のささえとしてがんばっている、といったくらいに思ってもらえたらいいんじゃないかと思います。たぶん)。
ですからカルモトは、自分のさずかったその力を人々のやくに立つように使うということは、あたりまえのことなのであって、自分にとってはそれがしごとのようなものなのだ、といつも思っていました(変な見た目とはうらはらに、りっぱな人なんですよ、ほんとは。
ところで……、カルモトがいい伝えの三人のけんじゃたちのうちのひとりだというのなら、ほかのふたりは? と思うのはとうぜんですよね。だいじょうぶ。残りのふたりのけんじゃたちも、このアークランドのどこかにちゃんとそんざいしているのです。え?この切り分け山脈のてっぺんにいるんじゃないの? って? たしかにベルグエルムは、そういっていましたよね。ですがそれは、だれかの広めたただのお話にすぎなかったのです。ほんとうはかれらけんじゃたちは、このアークランドのどこかの、知っている者すらほとんどいない、人里はなれたひみつの場所にひっそりとかくれ住んでいました。そして……、それらの残るふたりのけんじゃたちも、あとの方になって、この物語の中にしっかりと出てきますよ。ですからそれまで、お楽しみに!)。
「けんじゃだかなんじゃだか、知らんが、」ベルグエルムのしつもんに、カルモトがこたえていいました。「わたしのことをそうよぶ者たちが、わたしのことを、世に知らしめたようだな。どうでもいいことだ。」
「やはり、そうでありましたか。」ベルグエルムがうやうやしく頭を下げて、つづけました。「はじめてお会いしたときから、そうではないかと思っていたのです。」(いや、それはうそでしょ? たしか、「この人、だいじょうぶなんだろうか? うーむ……」とか思っていたような……。まあここは、だまっておきましょう。
ちなみに、モーグのゆうれいさんたちですが、かれらは切り分け山脈に住むといういい伝えのけんじゃの伝説については知っていましたが、それがカルモトのことをいっているのだということまではわかりませんでした。カルモトはもともと、切り分け山脈の南のはしに住んでいましたが、その地でけんじゃのうわさが広がったのち、あるときとつぜん、このルイーズの木のところにひっこしてしまったのです。そして南のくにの人々も、いい伝えのけんじゃが切り分け山脈の地に住んでいるといううわさのみを知っていただけで、カルモトのその名まえやすがたかたちのことなどについては、ぜんぜん知りませんでした。このようなわけで、カルモトがそのいい伝えのけんじゃなのだということは、旅人たちをはじめ、だれにも知られていなかったのです。ベルグエルムがカルモトのことを、そのいい伝えのけんじゃだと見破ったのは、かれの持ち前のするどさからのことでした。)
「そんなことよりも、さきを急いでいるのではなかったのか? 仲間が待っているのだろう?」
カルモトの言葉に、みんなははっとしてしまいました。そうでした、伝説的なまでのけんじゃにじっさいに会えたことで、すっかりそちらに気がいってしまっていましたが、今はとにかく、みんなを助けることの方がさきなのです。
「は、はい。それでは、まず……」
「えーっ!」
ベルグエルムが話しはじめたそのとき。急にライアンがさけびました。いったいどうしたのでしょう?
「なにこれー! ロビー、このお茶、飲んでみて!」
ライアンの言葉に、ロビーもカルモトに渡されたそのお茶を、ここでようやく口にし
てみます。すると……。
「えーっ!」ロビーもライアンとまったく同じく、さけんでしまいました。それからロビーとライアンが、そろって口にした言葉は……。
「おーいしー!」
思わずベルグエルムも、「し、失礼。」といってお茶をすすりましたが、ロビーとライアンのいう通り、そのお茶はなんともすがすがしくさわやかで、ひとくち飲んだだけであたりにしあわせの花がぱああっ! と広がってしまいそうなほどに、おいしかったのです!
みんなはこんなにもおいしいお茶を、今まで飲んだことがありませんでした。ですから思わず、カルモトにくいいるようにたずねてしまったのです。
「こ、これ、なんですか?」ロビーがいいました。
「こんなお茶は、はじめてです。なにかとくべつな……」ベルグエルムがいいかけたとき……。
「おかわりー!」ライアンがあっというまにカップをからにして、カルモトにおかわりをもとめました。
そしてカルモトは、そんなみんなの反応にちょっとびっくりしたような顔をして、こたえたのです。
「この木にみのる実から作ったお茶だ。このルイーズの木は、わたしのしごとを助け、わたしに大いなる力を与えてくれる。そのためわたしは、ここに住んでいるのだ。」
そう、このお茶はみんなが今いるこの巨大な木、ルイーズの木にみのった実をせんじていれた、お茶でした(ちなみに、そのルイーズの実はみなさんの世界の洋なしににた色とかたちをしています。そのままでも食べられますが、このようにせんじてお茶にしても、とってもおいしいのでした)。
カルモトはそれから、みんなにお茶のおかわりをそそいでくれて、そのうえルイーズの実そのものまでごちそうしてくれましたが、その実の方もまた、おいしかったこと!言葉でうまくいいあらわすのはむずかしいのですが、食べたあとまるで、からだ中の悪いところがみんなまとめてすっきりさわやか! といった感じで消えていくような……、そんな味だったのです(わかりづらくてすいません……。
ちなみに、ライアンの言葉をかりると、「実ひとつとホールケーキひとつを取りかえっこしてもいいくらいのおいしさ」だそうです。わかるような、わからないような……。そのあとライアンに、「じゃあ、ルイーズの実ひとつと、ホールケーキひとつ半なら、どちらをえらぶ?」とわたしがしつもんしたところ、だいぶたってから、とっても小さな声で、「ケーキ……」というへんじがかえってきました)。
みんながむちゅうでルイーズの実をかじって、お茶をがぶがぶ飲んでいたとき。カルモトがいいました。
「いくらでもごちそうしてかまわんが、だいじな用があるんじゃないのか?」
そうでした! さっきからなにをやっているんですか、もう!
そしてそのあと(お茶と木の実はきりがないのでここまでにしておいて)、みんなは大急ぎで「魔女をやっつけてたましいを取りもどせ」大作戦のほんとうの作戦かいぎをここにひらいたのです(モーグのゆうれいさんたちの立てた作戦は、とってもてきとうでしたから……)。
みんなはカルモトからたくさんのことをききました。まずは魔女のアルミラのことです。アルミラは兄のカルモトから力を得ることをあきらめましたが、そのかわりにとんでもないことを考えました。それはカルモトのいた魔法学校からきんじられた魔法のわざをぬすみ出して、そのわざを使って、カルモトのことを力でねじふせてやろうというものだったのです!(その魔法のわざのことについては、みなさんはもうすでにごぞんじですよね。人のたましいから軍隊を作るという、あのわざです。)
そう、アルミラはそのわざで、力を教えてくれなかった兄に対して、しかえしをしようとしていたというわけでした! アルミラがヴァナントの魔法学校にはいったわけ。それはつまり、兄であるカルモトにしかえしをするための魔法の力を学び、そしてさいごに、このきんじられた魔法のわざをぬすみ出すためであったのです。そのためアルミラは、カルモトが学校をやめてカルモトの目がとどかなくなったときをねらって、この魔法学校に入学したというわけでした(なんとも魔女らしい、ひきょうで子どもっぽい考え方です!)。
そしてアルミラはそのわざを使って、モーグの人たちのたましいから、おそろしいブリキの兵士たちの軍隊を作ることにせいこうしました。ひとりのたましいの力は、十体の兵士たちのことを動かす力となりました。アルミラはこうして、じつに二千体近くもの、ブリキの兵士たちによる軍隊を作り出していたのです!
そしてついに、その軍隊をカルモトのもとへとさしむけようとしたときのこと。アルミラにとって、まったく思いもかけないことが起こりました。ブリキの兵士たちの前に、木の馬に乗ったなん百という数の木の兵士たちが、立ちふさがったのです! しかもそればかりではありません。こがね色のかぶとをかぶった、かえるの種族の者たち、フログルの兵士の者たちまでもが、アルミラのそのブリキの軍勢の前に立ちはだかりました!(ええっ? フログルですって? ここでかれらがとうじょうしてくるなんて、かれらが魔女アルミラの手下だなんていうふたしかなうわさは、やっぱりでたらめだったということになるのでしょうか? う~ん、やっぱりうわさとげんじつとでは、ずいぶんと話にくいちがいがあるみたいです。)
いくら二千体ものブリキの軍勢とはいえ、かれらはすべて、歩きの兵士たちでした。木の馬に乗った木の兵士たちは、ブリキの兵士たちよりずっと数はすくなかったのですが、馬に乗った兵士と歩きの兵士とでは、戦う力がぜんぜんちがうのです。そのうえ木の兵士たちは、ブリキの兵士たちよりも、ずっとずっと強いのでした(そのうでまえにかんしては、ベルグエルムもちゃんとみとめてましたよね)。そこにフログルの兵士たちが加わりましたから、もう勝負はつきました。
ブリキの兵士たちはつぎつぎとばらばらにこわされて、ただの鉄くずになってしまいました。もうアルミラはくやしいやら頭にくるやらで、なにが起こったのかもよくわからないありさまでした。ですけどこれはぜったいに、兄のカルモトのしわざなのだということは、アルミラにはよくわかっていたのです。
こうしてアルミラは、兵士たちも塔もすべてをすてて残して、このくにを去っていきました。
「くやしー! いつかぜったいに、しかえししてやるー!」アルミラはそれだけさけぶと、いのちからがら、西の空のかなたへと逃げていったのです。
アルミラのよそう通り、もちろんこれはカルモトのやったことでした。ですがそのもともとのきっかけは、フログルたちにあったのです。フログルたちは自分たちの土地にかってにはいりこんできたならしい塔をたてて住みついた魔女のことを、ひどくきらっていました。ですからかれらはなんとかして、魔女を追い出すことができないものか?
といつも思っていたのです(やっぱりフログルは魔女の手下だなんていううわさは、ぜんぜんうそっぱちでしたね! かれらもまた、魔女のことをきらっていたのです。まったく、うわさなんていうものは、かんたんに信じてしまうべきではありません!)。
ですけどかれらの力だけでは、おそろしいのろいの力をあやつる魔女にはかないません。そこでかれらは、あるひとりの人物のことを思い出しました。
その人は切り分け山脈のふもとにかくれるようにして住んでいる、強力な力を持った、学者およびまじゅつしなのだということでした(ほんとうは伝説的なまでのけんじゃとよばれている人でしたが、ずっと人とかかわらずにこの土地に住みつづけているフログルたちでしたから、そのこともやっぱり知りませんでした)。この人の力をかりることができれば、魔女を追いはらうことができるかもしれません。
そんなあるとき。フログルたちは魔女がひそかにおそろしい軍隊を作っているのだということに、気がついてしまいました。フログルたちにとって、それはきょうふそのものでした。早くなんとかしなければ、これはこの土地だけの問題ではなくなってしまう! そしてフログルたちはようやくのことで、山のまじゅつしを見つけることができたのです。それはもちろん、カルモトのことでした。
フログルたちの話をきいて、カルモトはここでようやく、「アルミラが自分にしかえしをするためにこのアークランドにやってきている」ということや、かのじょが「人のたましいをうばっておそろしい軍隊を作っている」ということなどを、知りました(フログルたちはブリキの塔から飛び出していく黒くておそろしい影たちのことを、もくげきしていたのです。その影たちはロザムンディアのまちの中へと、飛び去っていきました。その影たちが人々からたましいをうばっていくおそろしい影たちなのだということを、かれらはのちに、カルモトから知らされることになるのです。カルモトはこうして、アルミラの軍勢に使われたたましいが、ロザムンディアのまちの人たちのたましいであるらしいということを、知りました)。ですがカルモトは、ちっともあわてませんでした。自分の力はアルミラの力よりもはるかに上なのだということを、知っていたからです(これはべつに、うぬぼれているというわけではありません。カルモトは、じじつはじじつということを、れいせいにはんだんできる人だったのです)。
カルモトはそれから、たくさんの木の兵士たちのことを作り出しました(さすがのカルモトでも、数百の兵士たちのことを作り出すのにはなん日もかかりました)。そしてていさつに出たフログルたちのほうこくを待って、その日ついに、兵士たちをアルミラのもとへと送りこんだのです。これが、アルミラがこの地を去っていったそのわけの、いちぶしじゅうでした。
このあとすべて、あとしまつしてくれていたらよかったんですけど! そこはやっぱり、いいかげんでてきとうなせいかくの、カルモトだったのです!
カルモトはアルミラが西の空に逃げていくところをかくにんすると、「うむ、これでよし。このブリキの兵士たちは、ロザムンディアの人たちのたましいから作られたようだが、これでたましいも、もとのからだにもどることだろう。よいことをした。」といって、それですべてかたがついたと思ってしまいました(そしてフログルたちも今の今まで、カルモトのその言葉をずっと信じていました)。しかしじっさいは魔女が逃げていったというだけで、まちのみんなのたましいももどっていませんでしたし、まちに張られたのろいのけっかいも、ぜんぜんそのままだったのです!(アルミラが全部、ほったらかしにしていきましたから。アルミラのこういういいかげんなところは、やっぱりカルモトににていますね。血すじなのでしょうか?)
それから三十年あまりがたちました。そして今日。旅の者たちがカルモトのもとをおとずれたことによって、ようやくのことで、カルモトはそれらのことに気がついたというわけだったのです(気づくまで、長すぎですってば!)。
話を終えると、カルモトはもういちど旅の者たちに頭を下げていいました。
「まことに、すまなかった。わたしがうっかりしていたばかりに、ロザムンディアのまちが、今、そんなことになっていようとは……、この通りだ。」カルモトはそういってソファーから立ち上がると、(足もとの物たちをがらがらーっ! とどかしてから)また頭を地面すれすれまで下げてあやまりました(こんどはぼきんっ! というあきらかになにかがおれた音がしたので、みんなは「だ、だいじょうぶですか? 今の。」と心配しましたが、カルモトは「へいきへいき。」というばかりで、気にもしませんでした。ほんとうにだいじょうぶなんでしょうか……?)。
「まちの人たちのたましいは、どこにいったのでしょう? アルミラの兵士たちをたおしたときに、兵士たちの中から、たましいも、かいほうされたのではないのでしょうか?」ベルグエルムがカルモトに、もっとも重要なしつもんをしました。そうです、今いちばんの問題は? といえば、みんなのたましいがいったい今、どこにあるのか? ということでした(魔女そのものをやっつけるというもくてきについては、もう果たされておりましたから、あとはみんなのたましいを取りもどすことを、いちばんに考えればよかったわけです)。
「まさか……、お空にのぼっていっちゃったんじゃ……!」ライアンが両手でほほをおさえながら、心配そうにつづけました。ライアンの言葉に、ロビーもベルグエルムも顔を青くさせて、カルモトのへんじを待ちます。まさかほんとうに、たましいは天にめされてしまったのでしょうか……!
「心配するな。だいじょうぶだ。」
よかった! これでとりあえずは、ほっとしました。ですがほんとうに、どこにいったのでしょう?
「まちの人たちがゆうれいとしてまだ生きているのなら、たましいもまだ、かならず生きている。」カルモトはそういうと、あごに手をあてて考えこみました。
「人のたましいから兵を作るという、そのいまわしきわざのことなら、わたしもよく知っている。ふつう、兵をたおせば、もとのあるじのもとへとたましいは帰ってゆくものなのだが、まだもどっていないとなると……。ふむ、アルミラは、うばったたましいに、なんらかののろいをかけているようだな。」
あのおそろしい、魔女ののろい! それはたいへんなことです!(いったいどうすればいいんですか? カルモトさん!)
「アルミラは、たましいの自由をうばうのろいを、かけているのだろう。みなのたましいは、まさに、とらわれの身ということだ。そうなると、兵からぬけたたましいは、もとのろうごくにもどっていったことになる。ブリキの塔の中にもどったと考えて、まず、まちがいないな。」
やっぱりあのブリキの塔! あるじがいなくなったというのに、ずっとそのままぶきみにたちつづけているあのつぎはぎだらけのおそろしい塔に、みんなのたましいが今も、とじこめられていたのです!
「やはり、あの塔か。」ベルグエルムがそういって、みんなと顔を見あわせて、うなずきました。
「カルモトどの。では、われらは今すぐ、あの塔へゆかねばなりません。みなのたましいを取りもどすために、ぜひ、あなたのお力をお貸しください。」(魔女がいなくなったとはいえ、まだどうすればみんなのたましいを取りもどすことができるのか? やっぱりぜんぜん、わかりませんでしたから。)
みんなはカルモトに、心からお願いしました(こんどばかりはライアンも、しっかり頭を下げてお願いしました)。
さて、カルモトはどうこたえてくれるのでしょうか?
カルモトはソファーから急に立ち上がると、そばのぼうしかけにつるしてあった(しゅみの悪い)コートと(しゅみの悪い)ぼうしと(しゅみの悪い)ステッキをわしづかみにして、いいました。
「なにをのんびりすわっている! さあ、出発だ! このわたしがちょくせつ、あの塔をばらばらにうちこわしてくれよう!」
ちーたかたった! ちーたかたった! どん、どん、どんたかたった!
ちーたかたった! ちーたかたった! どん、どん、どんたかたった!
つるつるとした木々の生えるさびれた山道の中に、なんともそうぞうしいたいこの音がひびき渡りました! いったいぜんたい、これはなんのさわぎなのでしょうか?
今そのさわがしいマーチングに乗って、たくさんの馬たちが、道のむこうからやってきました。ですが、たくさんの馬たちといいましたが、じっさいその中で生きたほんものの馬は三頭だけで、そのほかの馬はといいますと、これは生きた馬によくにせて作られた、木の馬たちだったのです。そしてそのたくさんの木の馬たちには、これまた木や草ばっかりのかっこうをした、なんともおかしなれんちゅうが乗っていました。
「ねえ! やっぱりそれ、やめてもらえない? これじゃ、アークランド中の黒騎士たちに見つかっちゃうよ!」
メルの背からライアンが、さきをゆくカルモトにむかって大声でさけびました(うるさくて、大声を出さないと声がとどかないからでした)。
「だいじな出発には、いきおいがたいせつだ!」前をゆくカルモトが、たいこのマーチの中から、こたえてかえします。「安心しろ! わたしがついている!」
ふたりの会話は、もちろん、このやかましいたいこの音についてのことでした。カルモトは自分の住んでいる木の塔を出発するにあたって、たくさんの木の音楽隊を、いっしょにつれてきたのです。その音楽隊が、カルモトと旅の者たちの方にむかって、やかましくたいこのマーチをうちならしていたというわけでした(この音楽隊もまた、木の兵士たちと同じ魔法で作られた、木でできた者たちでした。兵士たちとちがうのは、よろいやかぶとを身につけていないということです。そのからだはすべて、木のつると草をあんで作られていて、そのためまるで、かかしのようでした。この音楽隊が、木の兵士たちの乗る木の馬のうしろに乗りこんで、兵士たちにからだを木のつるで背中あわせにしばりつけて、両手でたいこをうちならしていたのです)。
カルモトのいうことには、「ぜったいに必要なのだ。」ということでしたが、そこまでして、かれらをつれてくる必要があったのでしょうか……?(ちなみに、カルモトはベルグエルムのつれてきたフェリアルの騎馬に乗って、旅の者たちの前をあんないやくとして走っていました。馬に乗るのはお手のものということでしたから、フェリアルの騎馬が思わぬところで、やくに立ったわけです。そしていつもは先頭をゆくベルグエルムが、今はうしろの守りについていました。)
「カルモトさんだから心配なんだよ! もう、どうなっても知らないから!」ライアンがそういって、なかばやけになってカルモトのあとを追いかけました。ロビーもベルグエルムも、「う~ん。」とうなって、それにつづくしかありませんでした。
やがてさびれた山道をぬけ、もとのみどりにかこまれた野の道を越えて、ついに一行は、あのおそろしげな魔女のブリキの塔の見えるところまでやってきました。はじめはじゅんびがたりなくて近づくことのできなかった、魔女の塔。その塔にこれからいよいよ、ふみこんでいくのです。旅の者たちは思わず、肩をぶるっとふるわせました(あるじがいなくなったとはいえ、まだまだ塔の中には、どんな危険が待ちかまえているものか? わかりませんでしたから)。ですが、あんないやくであるカルモトは塔を前にしても、あいかわらず顔色ひとつ変えません。馬の足をろくに弱めることもなく、さっさと塔の方へと進んでいってしまいました。
「あの塔に近づくためには、きまった道を通っていかねばならん。さもなくば、馬ごとみんな、ぬまの底だぞ。わたしのあとに、しっかりついてこい。」
カルモトはそういって、ふたたび馬の足をはやめましたが……、今けっこう、重要なことをいいましたよね? 道をあやまったら、ぬまの底? ひええ!
「そんなこと、今ごろいわないでよー!」ライアンがぷんぷん怒って、カルモトにもんくをいいいました。ですけどもう、あとはカルモトを信じて、ついていくしかないのです(いっぽうライアンのうしろに乗っているロビーは、こちらはライアンをたよるしかありませんでしたから、「し、しっかりね!」といってライアンのその小さなからだにしがみつくばかりでした)。
丘をくだって下に広がる土地におりてから、すぐに。一行はほとんど消えかかったむかしの街道の上を横切ることになりました。それはまさに、人々からすて去られ、忘れ去られた、西の街道そのものにほかなりませんでした。ですが旅の者たちが「これが西の……」といいかけたときには、カルモトがもう、さっさとさきへいってしまいましたので、みんなはその街道を、じっくりながめているひまもなかったのです(まあ、あとでゆっくり見ればいいですけど)。
そこから四ぶんの一マイルもいかないうちに、あたりの景色は急に変わってしまいました。あちこちぬまだらけで、背の高いこがね色の草があたりいちめんに生えていたのです。そう、一行はついに、魔女の塔のあるしっちたいの中へとふみこみました。
ここではカルモトもさすがに、馬の足をゆるめました。道はどろどろのぬかるみ道ばかりで、かわいているところはごくわずかしかありません。カルモトはそのわずかなかわいた道をさぐりあてながら、馬を進めていきました(ちなみに、ここからベーカーランドにむかう西の街道の方にも、魔女のしはいの土地であると思われていたしっちたいが、ずっと広がっていました。ですけどそちらのしっちたいは、この目の前に広がる深いしっちたいにくらべたら、たとえ騎馬たちをつれていたとしても、まだまだ進みやすい、ふつう(?)のしっちたいだったのです。魔女の塔へとつづくこの深いしっちたいは、ふつうだったらぜんぜん、人が通るようなところではありませんでした)。
この道ははばもせまく、馬が一頭通りぬけるので、やっとでした。しかもあたりには、馬の背たけよりもなお背の高い草が、いちめんに生えていたのです。ですからあたりのようすも、まったくわかりません。ここでやくに立ったのが……、なんと、あのやかましい、木の音楽隊だったのです! この音楽隊のたいこの音で、みんなはさきをゆく仲間たちが今どこにいるのか? 道がどこにのびていくのか? それらのことを知ることができました(カルモトはこのために、この音楽隊をつれてきたのでしょうか? もしそうだとしたら、さすがです。でもカルモトのことでしたから、そこまで考えていたのかどうか? ぎもんですが……)。
ばっちゃーん!
そのとき。道のさきの方から、なにかが水に落ちる音がしました。見ると、さきを進んでいる木の兵士たちのうちのひとりが、馬の足をすべらせて、馬ごとぬまの中に、落っこちてしまっていたのです! みんなは、たいへん、助けなきゃ! と身を乗り出しましたが、カルモトはれいせいな顔のまま、みんなのことを手でせいして、こういうばかりでした。
「だめだ。もう、助けられん。へたをすれば、きみたちまで、ぬまの底だぞ。」
見るまに、木の馬と木の者たち(これは木の兵士とその背中の木の音楽隊のことです)は、ずぶずぶしずんでいってしまいました。そしてそのまま、かれらはもとのただの木へと、もどっていってしまったのです。そしてさいごのえだのいっぽんがしずみきってしまうと、ぬまはまた、なにごともなかったかのように、静かな水めんへともどりました。
「みんな! おたがいのからだを、ロープでつなぐんだ!」ベルグエルムが思わず、さけびました。どうやら旅の者たちは、あんないやくのカルモトがいるからと、すこしゆだんしすぎていたみたいです。カルモトがいてもだめなときはだめなんだということが、これではっきりしました! これからは、もっとしっかり、用心していかないと!(というより、用心しようにもカルモトがさっさとさきに進んでいってしまうので、旅の者たちもあわてて、ついていくしかなかったのです。ここでようやく、なかばごういんに、「カルモトどの! カルモトどの! ちょっとお待ちを!」といってベルグエルムがカルモトの足をとめたので、かれらはおたがいのからだを、ロープでつなぐことができました。これからはなにかあったら、カルモトにえんりょしている場合ではありませんね。自分たちでできることは、自分たちでやらないと! 旅の者たちはここで大いに、はんせいをしました。)
そこからみんなは、前よりもなおいっそう、ゆっくりと、しんちょうに、道を進んでいきました。ですがしばらくいってからは、あんないやくのカルモトでさえも、安全な道を見つけるのがこんなんになってしまったのです。いぜんカルモトがこのしっちたいにきたのは、もう三十年近くも前のことでした。そのころにくらべて、このしっちたいはずいぶんと大きくなり、道もずいぶんと変わってしまっていたのです。そして……。
「だめだ。」
カルモトが急にいいました。いったい、どうしたのでしょう?
「ここからさきへは、進めない。道がなくなってしまった。」
なんですって! みんなはびっくりして、カルモトにつめよります。
「道がないって、それじゃどうやって、あの塔までいくのさ!」ライアンがいいました。ですがカルモトは、またしてもなんでもないといった顔をして、こうこたえるばかりだったのです。
「心配するな。だいじょうぶだ。」
しかしどう考えても、だいじょうぶとは思えませんけど……。みんなはさきのようすをたしかめてみましたが、カルモトのいう通り、どこをさがしてもしっかりとした道らしきものは見つからず、どろどろのぬかるみと、底なしのおそろしいぬまたちが、待ちかまえているばかりでした(ところで、読者のみなさんの中にはこう思った方もいるかもしれませんね。カルモトさんの魔法でアルミラみたいに、空をふわーっ! と飛んでいったらいいじゃないかって。ですがざんねんながら、魔法とは、つねにばんのうだというわけではないのです。白魔法、黒魔法。魔法にはたくさんの力のしゅるいがあって、カルモトの使う魔法は、木と植物にかんけいの深いものでした。その魔法ではアルミラのように、空を飛んだり浮かんだりするということは、できなかったのです。ですがそれはけっして、カルモトの持つ魔法の力が弱いからというわけではありません。カルモトはたぐいまれなる力を持った、すばらしいまじゅつしです。ですがその魔法の力は、空を飛ぶのに使うようなものではなかったというだけのことでした)。
「ついてこい。もどるぞ。」
そういうやいなや。カルモトは馬の首をうしろにかえして、もときた道をひきかえしはじめてしまいました。いったいどこへゆくつもりなのでしょう? もどったとしても、どこにも塔へとつづくような道は、なかったはずです(ライアンが、「ちょっと!いったい、どこいくのさ?」と声をかけましたが、カルモトは「ついてくればわかる。」といって、さっさとさきへいってしまいました)。
しばらく道をもどったころ。カルモトが急にとまりました。
「うむ、ここだ。」
カルモトはそういって、そこに生えている背の高い、あのこがね色の草の葉をかきわけます。すると……、そこにそとから見たのではけっしてわからないような、ほそい、木で作られた道が、ぬまのむこうへとむかってつづいていました!
「カルモトどの、この道はいったい……?」ベルグエルムが声をかけましたが、カルモトはいつもの通りに、さっさとその木の道を進んでいってしまいます。
「ここは、フログルたちの道だ。かれらに、協力をたのんでみよう。」馬を進ませながら、カルモトがいいました。なるほど、(前にもいいましたが)じもとのことならじもとの者にきくのが、いちばんですものね。このぬまに住むというかえるの種族、フログルたちなら、塔へとつづくべつの道を知っているかもしれません。
「でもさ、」ライアンが、カルモトの背中にむかっていいました。「フログルの人たちって、もうなん十年も、人とかかわろうとしないで、ぬま地のおくにかくれ住んでるってことなんでしょ? それって、ほかの種族の人たちのことが、きらいってことだよね? いくらカルモトさんのたのみでも、今でもちゃんと、力を貸してくれるのかな? むかしは、魔女と戦ってくれたそうだけど。」
そんなライアンの言葉に、カルモトは、ぱっ! と急にふりかえって、それからにこっ! とまんめんの笑顔を浮かべて、いいました(みんなははじめてカルモトの笑う顔を見ました。ですからみんな、ものすごくびっくりしてしまったのです)。
「問題ない! じつに、気のいいれんちゅうだぞ。きみたちもきっと、気にいるはずだ!」
木でできたそのひみつの道をしばらく進んでいくと、あたりはだんだん、ぬま地から岩だらけの場所へと変わっていきました。もう魔女の塔からは、だいぶはなれてしまっております。やがて木の道が終わると、一行は土の地面にたどりつきました(みんなはかたい地面の上にたどりつくことができて、ちょっとほっとしてしまったものでした)。この場所は岩ばかりで、まわりはぐるりと高い岩山にかこまれております。草木もほとんど生えておらず、地面には大小さまざまな岩が、ごろごろところがっているばかりでした(ぬまに落っこちる心配はもうありませんでしたが、ほんとうにこんなかわいた岩だらけのところに、みずべを好むかえるの種族であるフログルたちが、いるのでしょうか?)。
カルモトはあたりの岩場をくまなくしらべてまわりました。そしてやがて、なにかになっとくしたかのように「ふむ。」とつぶやくと、旅の者たちにむかっていったのです。
「ここでしばらく、待つとしよう。たいこの音が、かれらをよんでくれる。」
カルモトはそういって、つれてきていた音楽隊にむかって、ゆびをぱちんとならしました。すると木の音楽隊は前よりもなおいっそう、はげしいマーチング曲をうちならしはじめたのです!
「うるさーい!」ライアンがあまりのうるささに、耳をふさいでさけびました。ロビーもベルグエルムも、たまらずに耳をふさいでしまいます。ほんとうにこんなことで、フログルたちがきてくれるのでしょうか? しかしそれから、二分もたたないうちのこと……。
「カルディンどの! カルディンどのだ!」
急にみんなの頭の上から、だれかの声がふってきました! 見ると、高い岩山のてっぺんに、ふたつの小さな人影が見えたのです。フログルたちでしょうか?
「今、そちらにまいります!」
かれらはそういうと、つぎのしゅんかん! なんとその高さからみんなのもとへとむかって、ぴょーん! 飛びおりてきました!
あ、あぶないっ! みんなは思わず、目をおおってしまいました。なにしろ岩山の上までは七十フィートほどもありましたから、とうぜんです! しかし飛びおりてきたかれらは、つき出た岩をなんどか、ぴょーんぴょーんと足でけりながらおりてきて、それからまるでなんでもないことのように、そのままぴょこん! と地面の上におり立ちました!(す、すごい!)
みんなの前に立っていたのは、ふたりの男の人たちでした(ねんれいはよくわかりません)。動物のかわでできたよろいを着ていて、つるつると光るこがね色のかぶとをかぶっております。腰には剣もさしてあって、どうやらこの人たちは、どこかの兵士たち
のようでした。
「カルディンどの、おひさしぶりにございます。」
ふたりの兵士たちはそういって地面にひざをついて、カルモトにうやうやしく頭を下げました(カルディンというのは、かれらがカルモトのことをよぶよび名でした。かれらはカルモトに教えてもらった「みじかくしょうりゃくした名まえ」をおぼえることができませんでしたので、そのはじめのカルディンというところだけを取って、カルディンどのとよぶことにしたのです。やっぱりあれじゃ、だれにもおぼえてもらえませんよね……)。その人たちはとても大きな目と口をしていて、とてもあいきょうのある顔立ちをしております(ねこの顔を思い浮かべてもらえれば、かれらの顔に近いと思います)。しかも頭にかぶっているかぶとには、まるい目のようなかざりがふたつ、ちょこんと取りつけられていました(あれ? これってどこかで見たような気が……)。そのかざりのせいで、かれらは兵士であるのにもかかわらず、とってもかわいらしく見えてしまうのです。
「おお、きみか、カルル。それと、きみは、クプルだな。なんというみじかい名まえだ。忘れようにも忘れられんぞ。ひさしぶりだが、げんきそうだな。」
カルモトがかれらにこたえて、いいました。そう、かれらはまさしく、この地に住むというかえるの種族、フログルたちにほかならなかったのです。なるほど、あの高い岩山から飛びおりてぜんぜんへいきなのですから、やっぱりかれらは、かえるの種族でした。今でこそ見た目は人とあんまり変わりありませんでしたが、それでもまだ、これだけのうんどうのうりょくをかねそなえていたのです。
「おかげさまで!」カルルとクプルとよばれたそのフログルの兵士たちは、そういって、にこっ! とまんめんの笑顔を見せました。「やっぱり、カルディンどのはすごい! あすにもわれらは、あなたのもとを、たずねようとしていたところでしたのに!それも全部、お見通しでいらっしゃったのですね? わざわざカルディンどのの方からお越しくださるとは、きょうしゅくにございます!」
なんですって? なにやらずいぶんと、話がくいちがっているみたいですが……。いったいこれは、どういうことなのでしょう?
ここでみなさん。物語のちょっと前のことを思い出してみてください。旅の者たちがモーグの地下のひみつのぬけ道の中で、ぶよぶよのとうめいおばけ(ゼリーモンスターという名まえのかいぶつでしたが)に追われていたときのこと。ちょうどそのころ、とある草むらで、ふたりの兵士たちがなにかの話しをしていましたよね? じつはあのふたりの兵士たちこそが、まさに今、みんなの目の前にいるふたり、カルルとクプルという名まえの兵士たちでした(かみの長い方がカルル。かみがみじかく、そしてちょっと気弱なせいかくの方がクプルでした)。
そしてあのときかれらが話していたのは、まさに、魔女のブリキの塔についてのことだったのです(どんな話しだったっけ? という方は、ここでちょっと本のページをもどして、かれらの出てきた場面をもういちど読んでみるのもいいでしょう。前の章の、さいしょに近いあたりです。このページにしおりをはさんでおくのを、忘れずに)。その魔女の塔へのたいさくのために、かれらはあすにも、カルモトのもとをたずねようとしていたというわけでした。
「カルディンどの。」カルルがカルモトにいいました(「カル」のつく名まえばっかりでちょっとややこしいのですが、かんべんしてくださいね。カルモトとカルディンは同じ人。カルルはフログルの兵士です)。「あの塔にまた、影があらわれました。あの塔はまだ、生きています。カルディンどのの力をのがれた者たちが、いまだ生き長らえているに、ちがいありません。」
カルルのいう影というのは、もちろんモーグのまちをおそいフェリアルのたましいまでうばっていった、あの影のおばけたちのことでした。やはりあの影たちは、魔女の塔からやってきていたのです。そして影たちは主人のアルミラがいなくなってからも、「モーグにはいりこんだ者のたましいをうばう」というそのめいれいを、いまだに守りつづけていました(これはつまり、アルミラが手下の影たちのことを、与えためいれいもろとも、そのままほったらかしにしていったからなのです。やっぱりこれも、木の兵士たちをほったらかしにしておいたカルモトに、よくにていますよね)。
さて、これをきいて、カルモトはどうこたえるのでしょう?
カルモトはしばらく、いつものむっつりとした顔をしたままだまりこくっていましたが、とつぜんまた、頭をぺこり! と下げていいました(こんどはあまりのいきおいに、頭を地面にごつん! とぶつけてしまったほどでした! それに加えてからだの方から、なにかがぐしゃっ! とつぶれるような音がしたので、旅の者たちはまた心配しましたが……)。
「すまん。わたしはてっきり、あの塔はとうのむかしに死んだものだとばかり思っていたのだが、今日、この者たちにいわれて、それではじめて、あの塔の今のようすのことなどを知ったのだ。君たちにも、すまないことをした。じつに、うっかりだった。」
さて、フログルたちの反応は?
カルルとクプルはおたがいの顔を見あわせて、しばらくなにやら小声で耳うちをしていましたが(クプルの「やっぱり知らなかったんじゃないか!」という声のあと、カルルの「わかってるよ!」という声が、ちょっときこえましたが……)、やがてふたりとも地面にひざまずいて、うやうやしくカルモトにいいました。
「なにをおっしゃいますか、カルディンどの。われらは、あなたにかんしゃこそすれ、あなたに頭を下げられることなど、なにひとつございません。これはもとより、われらの地に起こった、われらの問題なのです。あなたは、きらわれ者のわれら種族のことを、しんせつに助けてくださった。われらは、あなたの友。ともにささえ、助けあう、まことの友にございます。」
よかった、どうやら怒ってしまったというわけではないようです。それにこのフログルたちの、なんとれいぎ正しく、友だち思いなこと! 南のくにやモーグの人たちがかってに思いこんでしまっている、「フログルたちはとっても危険でおそろしい者たちだ」なんていううわさは、かれらのことを見れば、ぜんぜんちがうということがわかるはずです。
お伝えしました通り、フログルたちもまた、魔女のことをきらい、にくんでいました。ですがかれらは、ただ魔女のすみかの近くに住んでいたということ、そしてほかの種族の者たちとかかわりあいを持たない、なぞめいた種族であるということ、そのふたつのりゆうだけで、魔女の手下だなんていう、あらぬうたがいをかけられていたのです(まったくもって、ひどい話ですよね!
ところで。かえるの種族のかれらが魔女の塔のすぐ近くに住んでいたのなら、なぜアルミラは、かれらのことをおそわなかったのでしょうか? ロザムンディアのまちまでいかなくても、すぐ近くに、必要なたましいがたくさんあったはずですのに。こたえはかんたん。アルミラはこんなにも近くにフログルという者たちが住んでいるということを、知らなかったのです。フログルたちはしっちたいのおく深くの地に、かくれるようにして住んでいました。ですからアルミラはかれらのことに気がつかず、もっと目立つ、ひとめでわかるロザムンディアのまちに、たましいをうばいにいったというわけだったのです)。
もともとフログルという種族は、ほかの種族の者たちとつきあいのうすい種族でした。これは大むかし、このあたりで大きなあらそいごとがあって、かれらもそのあらそいにまきこまれ、さんざんな目にあったことがげんいんだったのです(このあらそいは「海と山の戦い」とよばれているもので、その名の通り、海のたみと山のたみがつまらないあらそいを起こしたものでした。このときいらいフログルたちは、ほかの種族の者たちとは、あまりかかわろうとはしなくなったのです)。かれらがしっちたいからはなれた岩山の中にかくれるようにして住んでいるのも、ほかの種族の者たちとあらそいが起きることを、おそれてのことからでした。
ですがかれらは、けっしてたにんぎらいで、つきあいが悪いという者たちではありません。カルモトとの友じょうのように、しんせつにしてくれる者に対しては、かれらはとってもちゅうじつで、心をひらいてくれたのです(カルモトがみんなに、「きっと気にいるはずだ」といったのも、わかりますね)。
「まことにすまない。」カルモトはそういって、また頭を下げました。「こんどこそ、あの塔にきっちりととどめをさしてくれよう。そのためには、きみたちの助けがいるのだ。ぬまが思ったよりも広がっていて、塔に近づくことができない。きみたちのあの乗りものなら、ぬまを越えて、塔までゆけると思うのだが、あれはまだ使えるのだろうか?」
フログルの乗りもの? カルモトの言葉に、旅の者たちはおたがいの顔を見あわせました。ですがそんなみんなのぎもんをよそに、カルルとクプルのふたりは、またまんめんの笑顔を浮かべて、こうこたえるばかりだったのです。
「もちろん! あれですね? あれなら塔まで、すぐにいけますよ! さあ、わが家までごあんないします。みなさん、ごいっしょに! うれしいな! カルディンどのが、また助けてくれる!」
それから一行は、騎馬たちと木馬たちをぞろぞろとひきつれて、フログルたちが住んでいるというその場所まであんないされていきました(さいしょ、「さあ、こっちですよ!」といってカルルとクプルのふたりが、さっき飛びおりてきた岩山をぴょんぴょんのぼっていってしまいましたが、むりですから! そんなことができるのは、かえるの種族であるフログルたちくらいです! すぐにかれらは、「あ、すいません。みなさんにはむりでしたね。」といってあやまりました)。せまい岩のあいだをなんどもすりぬけていったので、もしフログルたちのあんないがなければ、一行はたちまち、道にまよってしまったことでしょう。そのうえこの場所はどこをむいても同じような岩山ばかりで、どちらのほうこうにむかっているのか? それさえもよくわからなかったのです(さすがのベルグエルムでも、高い岩山の影にかくれたおひさまからほうがくをたしかめるのは、むりでした)。みんなはなんどもカルルとクプルのふたりのすがたを見失ってしまいましたが、そのたびにフログルたちは、岩の影からぴょこんと顔だけを出して、「こっちですよ!」とにっこり笑っていいました。
そしてそれから、しばらく進んでいったときのこと。つづく岩の道のそのさきから、カルルとクプルのふたりが、とてもうれしそうに一行のことをこんな言葉でむかえたのです。
「みなさん! ようこそ、わが家へ!」
その岩山のすきまをぬけると……。
とつぜん、目の前にたくさんの木でできた家なみがあらわれました! そこはなんとも気持ちのよいところでした。地面はいちめん、きれいな水をたたえたあさい池になっていて、その池の底には、青くかがやくふしぎな小石がしきつめられていたのです(この池はもとからこの場所にあったものではありません。水をあいするかれらフログルたちが、なんとか水のそばで暮らしたいと思って、自分たちの手で作り上げたものなのです)。池の水めんにはまるいかたちをした葉っぱがたくさん浮かんでいて、その葉からのびるくきのさきに、白い大きな花をさかせていました。
フログルたちの家は、その池の上にたっていました。家と家のあいだには、木でできたろうかが張りめぐらされていて、自由にいききができるようになっております。それだけならふつうの人でも通れましたが、この場所にはかえるの種族であるかれらならではの道までつくられていました。
この場所はまわりをぐるりと高い岩山でかこまれていましたが、見上げてみると、たてものはその岩山の上の方まで、たくさんつくられていました。そしてそれらのたてものをつないでいるのは、いくつかの、木でできたふみ板だけだったのです! かいだんもはしごもありません。つまりそれらのたてものにいくためには、それぞれの板のあいだを、ぴょーんぴょーん! ととんでいくしかありませんでした! さすが、フログルたちの家ですね!(ところで、かれらと出会った岩場からめいろのような道を進んでここまでやってくるのに、二十分ほどかかりましたが、フログルたちは岩の上をぴょんぴょん進めましたので、ここまでやってくるのに、一分もかからないそうです! ですからカルルとクプルのふたりは、カルモトの木の音楽隊のマーチングをききつけて、すぐさま、みんなのところまでかけつけてきたというわけでした。それにしても、早いとうちゃくでしたよね!)
「ここは、トーディア。フログルたちの家だ。」カルモトが旅の者たちにいいました。
「じつにひさしぶりだが、変わりがない。じつによいところだ。どれ、」
そういうとカルモトは、コートとぼうしをぬいで「すん!」としんこきゅうをしてから、そのままなんと、池の水の中にじゃぼじゃぼとはいっていってしまったのです(まさかおよぐとか? この寒いきせつなのに?)。そしてカルモトはひざくらいまで水につかると、ふしぎそうに見つめる旅の者たちのことをしり目に、両手を空にかかげて目をつむりました。
すると……!
カルモトの足もとの水がゆらゆらとカルモトの方にむかって動いていったかと思うと、とつぜん、カルモトのその首のつけねのあたりから、たくさんの小さな水のはしらが、ぴゅーぴゅーとそとに吹き出したのです! そしてそれは、かかげた両手のその手首のところからも、どんどんと吹き出していきました!(よく見るとカルモトの衣服のところどころにも、まるくぬれたあとができていました。どうやら同じような水のはしらが、カルモトの衣服の下、からだのいたるところから吹き出しているようです。これはいったい……?)
ひと通り水を吹き出し終わると、カルモトはじつに気持ちよさそうに、「ふう!」と息をつきました。その首のところからは、まだ水がすこし、吹き出ております。はでなデザインの衣服は吹き出た水でもうびっしょりになっていて、カルモトはまるで犬みたいに、からだをぶるぶるっ! とふるわせて、その表面の水をはらいました。
「じつにいい水だ。きみたちもやったらどうだ?」カルモトはそういって旅の者たちのことを見やりましたが、とつぜんのことに、旅の者たちはただただびっくりしてしまって、それどころではありません(いきなりこんなものを見せられたら、それはおどろきますよね)。
「な、なにそれ? なにが起こったの?」ライアンが思わずたずねました。
そして旅の者たちはそれから、カルモトのそのおどろきのひみつを知ることとなったのです。
カルモトは「そんなこともわからんのか。」といってはでなズボンのすそをめくって、旅の者たちに自分の足を見せました。すると、なんとそこには、ほんらいの生身の足のかわりに木のみきがいっぽん、にょきっと生えていたのです! しかもカルモトのいうことには、それは切った木のみきをあとからくっつけたというようなものではぜんぜんなくって、まさに今そこに生きて育っている、ほんものの木なのだということでした!(小さなつぼみがついているし、花までさいていました。)足首からさきはカルモトの生身のからだでしたが、その足首のあたりで、その木がカルモトの生身のからだとまざりあうように、とけこんでつながっていたのです! な、なんか、すごい……!
おどろくみんなのことを見て、カルモトは「しかたない。」といってこんどははでな服をめくって、おなかの上まで見せてくれましたが、そこで旅の者たちが見たものは……。
またもや木です! なんとカルモトのからだは、首の下から手首足首のところまで、全部生きている木でできていました! ええーっ!(つまり……、さきほどカルモトのからだから吹き出した水は、カルモトが足もとの水を、この木のからだを通してすい上げていたものでした! カルモトはそうやって、まさに植物のように、からだ中に水をいき渡らせていたのです!)
「わたしは、木の学者だ。」おどろくみんなのことをよそに、カルモトがれいせいな顔をしていいました。「木には、たねから生まれて花をさかせるまで、なん百年とかかるものもある。木の前で、人などなんと、小さなものか。その木の心に近づくためには、木とひとつになることがいちばんなのだ。」(なるほど……、わかったような、わからないような……。とにかくすごい!)
カルモトがこの木のからだになったのは、もう二百年以上も前のことだということでした。それいらいかれは、まさに木とひとつになって、しぜんの力のけんきゅうにうちこんできたのです。でも、ちょっと待って! カルモトさん、いったい今、いくつなんですか?
「さあ、ゆくぞ。かれらが待っている。」カルモトはそういってまたさっさといってしまいましたが、のちにかくにんしてみましたところ、かれはこのとき、四百二十一さいだったそうです! それでも木のねんれいでいったら、まだまだ若いそうでした。う~ん、木ってすごい!(ところで、カルモトが頭をぺこりと下げたとき、ぼきっ! とか、ぐしゃっ! とか、いやな音がなっていましたよね? そのこたえはじつは、この木のからだにあったのです。頭を下げたとき木のからだにむりな力がかかって、おれたりつぶれたりして、あんないやな音がなっていたというわけでした。カルモトのいうことには、放っておけばそのうちもとにもどるということでしたが……。う~ん。)
それからみんなはあらためて、フログルたちの家であるトーディアの中へとあんないされていきました(みんなの騎馬たちと木の馬たち、そして木の兵士たちと音楽隊は、ここでしばらくフログルたちのもとにあずけることになりました。塔までゆくための乗りものには、かぎられた人数しか乗っていけないということでしたから。それならしかたありませんけど……、いったいその乗りものって、どんなものなのでしょうか? それはもうすこしあとのお楽しみ……)。このトーディアというところは大きさからいうと、小さな村ほどの大きさがありました。ですがフログルたちはこの場所を村とはいわず、わが家とよんでいたのです。フログルたちにとっては種族の者たちはすべて、ひとつの家族のようなものなのであって、かれらは自分たちの住んでいるところを村やまちなどといったように分けて考えたりはしませんでした(わたしたちもみんな、こんなふうに暮らせたらいいんですけど)。
フログルたちの話では、このあたりの岩山には、このトーディアのようなところがいくつかあるそうでした。ですがそれらはすべて、かれらにしかわからない岩山のおくのひみつの場所に、ただひっそりとそんざいしているものだったのです。このトーディアをふくめて、かれらの住む地はほんとうに、ふつうの旅人たちがけっして立ちいることのできない、かくされた場所でした。旅の者たちは今、そんなとくべつな場所にきていたのです。
「では、みなさん。」カルルがにっこり笑っていいました。「ボートのところまで、ごあんないします。ニョキニョキばたけのむこうですよ。さあ、ついてきてください。」
ボート? ニョキニョキ?
みんなはカルルがなにをいっているのか? よくわかりませんでしたので、ただぽかんとしてしまうばかりでした。ですがカルモトがやっぱりさっさといってしまいましたので、あわててあとを追いかけたのです。
池の上に渡された木のろうかを歩いていって、しばらくすると。みんなの前にいちめんの葉っぱの生いしげる、広いはたけがあらわれました。しかしはたけといっても、よく見ると葉っぱの下の方は水につかっていたのです(ですからたんぼといった方がぴったりくるかもしれません)。
「ニョキニョキですよ。」めずらしそうにそのはたけをながめている旅の者たちに、クプルがいいました。「水の中に、いもが育つんです。おいしいですよ。」
どうやらこのニョキニョキという名のおいもが、かれらの主食のようでした。にょきにょきとよく育つから、その名がついたそうです。う~ん、そのまんまですね。ほかにもこのあたりには、フワフワという名のちょうちょがいっぱい飛んでいて、かれらはそのちょうちょも食べてしまうのだということでした! う~ん、おいしいんでしょうか……?(じっさいはたけのそばに飛んでいるフワフワを見つけたクプルが、大きな口をあけてそのままばくん! と食べてしまいました! なんでもカステラみたいな味がするそうなのですが、「みなさんもどうぞ!」というクプルの申し出には、さすがにみんな、「おかまいなく!」とこたえるばかりでした……。
ところで、やっぱりこのフワフワは、ふわふわ飛んでいるからその名がついたそうです。ほんとうにそのまんまですね。)
さて、ニョキニョキというのはわかりましたが、それではボートとは?
「ボートって、いったってさ、」カルルたちのあとをついて歩きながら、ライアンがロビーにいいました。「まさかほんとうに、水に浮かべるあのボートじゃないよね?」
「乗りものって、そのことかな?」ロビーがこたえていいました。「たしかに、水の上をゆくのなら、ボートがいちばんだけど……」
ライアンがつづけます。
「だって、ボートがあったって、それで魔女の塔までいけるの? ぬまとぬまのあいだには、なんでも飲みこんじゃうっていう、危険などろどろ道だっていっぱいあるんだよ? そんなとこにでっかいボートなんか持ちこんだら、それこそみんな、いっぱつでどろの底じゃない。」
「う~ん、そうだね。どうするのかな……?」
ライアンのいう通り、たとえあのぬま地にボートを持ちこんだとしても、さきに進むのはむりでしょう。底なしのぬまはひとつだけではなく、たくさんのぬまがどろどろのぬかるみ道によってあみの目のようにつながっていましたが、カルモトのいうことにはそのぬかるみ道は、人だろうがボートだろうが、あっというまにずぶずぶと飲みこんでいってしまうという、じつにおそろしい道なのだということでした!(ですからカルモトは、「道がなくなってしまった」といったのです。そんなの、道とよべるはずもありませんから!)
そんなところにはいりこんだら、ボートなどあってもなくても同じです。ぬまの上ならまだボートも浮かぶでしょうが、ぬまからぬまへ、ボートをはこぼうとしているあいだに、ボートもろともけっきょくみんな、どろの底ですもの!(ライアンのわざを使って、風の力で自分たちの乗ったボートを吹き飛ばして進める! というのもむりがありました。たとえひとりずつボートに乗るとしても、人の乗ったボートを吹き飛ばして進めようというのなら、かなりのいりょくの力が必要ですから、そんな力を加えれば、かくじつにボートがこわれてしまうことでしょう。それにもしボートを吹き飛ばせたとしても、ちゃんとまっすぐに飛ぶというほしょうもありませんし、なによりもまず、自分たちの身があやういのです。安全のほしょうもないままに、ライアンのおそろしいまでの風の力を、自分の乗っているボートにちょくせつぶっつけられるんですから!)
ではいったいどうやってカルモトは、そんなボートを使って、魔女の塔までいこうというのでしょうか?(そのボートに、なにかとくべつな魔法でもかけるとか?)ですが旅の者たちのそのぎもんは、それからすぐに晴れることになりました。なんとも思いもかけなかった、いがいなてんかいによって。
「みんな! カルディンどのがきたよ! おつれの方もいっしょだ!」
カルルが大きな声で、仲間たちによびかけます。そのよびかけのさきにはなん人かのフログルたちがいて、なにかみどり色をした大きなものを、手いれしているかのようでした。
「おお!」「カルディンどのだ!」「おげんきそうだぞ!」「あ、フワフワだ! ぱくん!」
フログルたちはカルルとクプルのふたりと同じく、カルモトのことを見て大よろこびでした(ひとりだけ、べつの方に気がいってしまった者がいましたが……)。そしてカルモトはそんなみんなにむかってていねいにあいさつをすると、こんどはその中のひとりに対して、うやうやしく頭を下げていったのです。
「モラニス、ひさしぶりだ。」
モラニスとよばれたその人は、うれしそうに、しかしひかえめな笑顔で、カルモトにこたえていいました。
「やはり、あらわれたな。そんな気がしておったのだ。」
モラニス・レンブランド。かれは地面までたれるくらいの白くて長いひげを生やしている、フログルの長老でした。ねんれいはもう、二百さい近いそうです!(じっさいはカルモトの方がとしは上でしたが、見た目にはモラニスさんの方が、ぜんぜんおとしよりでした。)カルモトとは古くからのつきあいがあって、なにかこまりごとがあるたびに、おたがいちえや力をかりあっている仲なのだそうでした。カルモトがフログルたちのことをよく知っているのも、じつはこのモラニス長老とのつきあいによるところが大きかったのです(モラニスはカルモトのふるさとのガランタ大陸にいたこともあって、カルモトとはそこでなんどか、旅をともにしたこともあるそうでした。どんな旅だったのでしょうか? ちょっと、きょうみがありますね)。
そしてフログルたちがカルモトのことをよく知っているのも、またこのモラニスのおかげでした。魔女のアルミラがあらわれたときにカルモトのことをさがし出して力をもとめるようにていあんしたのは、ほかでもない、このモラニスだったのです(ちなみに、カルモトはルイーズの木のところにひっこしてきたときに、「近くに越してきたぞ。」といってフログルたちのところにも顔を出していたのです。そのときちゃんと、新たな住所をかれらに伝えていたのなら、フログルたちはもっとかんたんにカルモトのことを見つけることができましたが、そこはやっぱり、いいかげんでせっかちなせいかくのカルモトでしたから、フログルたちが住所をたずねるひまもないうちに、「急用があった!」といってすこしのでんごんを書いたメモ書きだけを残して、追いかけるフログルたちの声もとどかぬままに、さっさとかれらのもとを去っていってしまいました。たいざい時間、わずか三十びょう! それからずっと、カルモトはフログルたちのもとをおとずれることはなかったのです。そのためフログルたちは、カルモトのことを見つけるのに、だいぶくろうしました。
「だいたい、東の山の方にいるから。」
カルモトはフログルたちに、それしか書き残していなかったのです……。これじゃ見つけるのに、くろうするはずですね……)。
「ボートのじゅんびは、すっかりできておる。すぐに出発できるぞ。」モラニスはうしろの池の上に浮かんでいるあるものをしめしながら、そういいました。それは……。
「なにこれー! かっわいいー!」ライアンが思わず、さけびました。そこにあったのは、みどり色のペンキできれいに色がぬられた、二そうのボートだったのです(やっぱりそのまま、ボートでしたね!)。そしてそのボートのさきっぽには、木で作られた、なんともかわいらしいかえるの頭をかた取ったでっかい船かざりが、取りつけられていました(ライアンが思わず、かわいい! とさけんでしまったのも、わかります。これではまるで、ゆうえんちにある子どもむけの乗りものみたいですもの)。
「ありがたい。」カルモトがモラニスにかんしゃして、いいました。「さすがだ、モラニス。きみはいつでも、わたしののぞむ通りのことをしてくれる。」
「おまえさんのことは、よくわかっておるからな。」モラニスが、それにこたえていいました。「うっかりなところも、あいかわらずなおっておらんようだ。こんどこそ、たのむぞ。あの塔のわざわいに、しっかりとけっちゃくをつけてきてくれ。」
そしてみんなはカルモトを先頭に、そのみどり色のボートの中に乗りこんだのです。ひとつ目のボートには、カルモト、ベルグエルム、ロビー、ライアンが乗り、ふたつ目に、カルル、クプル、そしていっしょに塔にむかってくれることになった、イルクーとレングという名のふたりのフログルの兵士たちが、乗っていました(そのようすを見たら、みなさんは思わず吹き出してしまうかもしれません。だって、子どもむけみたいなかわいらしいかえるのボートに、からだの大きな騎士やよろいかぶとの兵士たちが、なかよくちょこんと、ならんですわって乗っているんですもの! ゆいいつひとりだけ、ライアンだけは、とってもよくにあっていましたが……)。
さて、いわれるままに乗りこんだのはいいのですが、このあといったい、どうするのでしょう? この池が魔女の塔までつづいているわけもありませんでしたし、それによく見ると、ボートをこぐためのオールもペダルも、この船にはついていなかったのです。ただひとつ、あのかえるの頭のかわいい船かざりに馬のたづなのようなひもがひとつついていましたが、まさかこの船が、馬みたいに走り出すというわけじゃありませんよね?(カピバルのわざじゃあるまいし。)
みんながそう思っていると、ふたりのへんてこなかっこうをしたフログルたちがやってきて、それぞれのボートにひとりずつ乗りこみました。かれらはまるで、じどう車レースのうんてんしゅみたいな、からだにぴったりな服を着こんでいて、つるつるのかぶと(やっぱりまるい目のようなかざりがふたつついていました)をあごでしばり、目には大きなゴーグルまでつけていたのです。いったい、かれらはなに者?
「わたしは、このボートのうんてんしゅ、ネリルです。魔女の塔までは、七分をよていしております。」
旅の者たちのボートに乗ってきたフログルがいきなりそういうと、旅の者たちにぺこりと頭を下げて、かえるの頭の船かざりの上にまたがって、そのたづなをとりました。
「では、出発しまーす! みなさん、ベルトをよく、おしめくださーい!」
え? ちょ、ちょっと! なに?
みんながそう思うやいなや。ネリルという名のそのフログルが、たづなをぱしん! とたたきました。すると……!
みんなを乗せたボートが、ぴょっこ~ん! 浮かんでいたその池から、むこうのニョキニョキばたけのその中まで、大ジャンプしたのです!
「うわわっ!」「ひゃあ!」「ひええー!」
みんなのびっくりしたことといったら! どぎもをぬかれるとは、まさにこのことです!
なんとなんと! このボートは水の上を進むんじゃなくて、まさしくかえるみたいに、大ジャンプをくりかえして進むという、とんでもない乗りものでした! その名もずばり、ケロケロボート!(すごいですけど、名まえはやっぱりそのまんまでした!)
「つぎは、岩山までまいりまーす! みなさん、ふんばってくださいよー!」
うんてんしゅのネリルの言葉に、みんなはただただ、ボートのふちにしがみついて、ひっしに泣きさけぶばかりでした。
「た、助けてくれ~!」
そのみんなのひめいから、ときをさかのぼること六日ほど前のこと……。
つめたいだいり石の床に、おそろしいいなずまの光がうつりこみました。ここはたくさんのはしらが立ちならぶ、だだっ広い石づくりの部屋の中。部屋の西がわはすべて、見晴らしのいいバルコニーになっております。ですがどんなに見晴らしがよくても、そこから見える景色をじっくりながめたいと思う者は、あんまりいないことでしょう。そこには美しいみどりも、山々も、みずうみもありませんでした。見えるものはといえば、おそろしげなまっ黒な塔やたてもの。そしてそれらのたてもののあいだをねり歩いてゆく、黒いよろいの兵士やきみの悪いかいぶつたち。そんなものたちばかりだったのです。
今その部屋のバルコニーから、それらの景色をひとりの人間の男の人がながめていました。手には赤いお酒のはいった、銀色のカップを持っております。その男の人は、とてもごうかな衣しょうを身にまとっていました。こったししゅうのはいった黒いシルクのガウンをはおっていて、肩からは金色にかがやく、ふしぎな生きものの毛がわをかけております。そして首からは、おそろしいりゅうのもんしょうのはいった、まっ黒なメダルをひとつ、下げていました。
いったいこの人物は、なに者なのでしょうか? 黒いかみを肩までのばしていて、ひげはありません。ねんれいは、四十だいのなかばくらいでしょうか? からだはとてもがっしりとしていて、背たけも六フィート以上はありました(これは人間にしてはかなりの長身です)。そしてなにより、はなれたところからでもわかるほどの、そのひめたる力のおそろしさ……! それはまるで、おそろしいもうじゅうがそこにいるかのような、そんな感じでした。近づく者の心をみんなぼろぼろに、くじかせてしまうかのような……、かれのまわりには、そんなおそろしい力がみちあふれていたのです。
かれがなに者なのか? それはこの部屋がなんのための部屋なのか? それをお伝えすればおのずとあきらかになることでしょう。この部屋のいちばん北がわには、いすがひとつおかれてありました。そのいすにはごうかけんらんなそうしょくがなされていて、金銀宝石があしらわれております。それはただのいすではありませんでした。そのいすにすわることができるのは、ただひとり、この城のあるじだけだったのです。そう、そのいすは王さまだけがすわることのできる、ぎょくざとよばれるいすでした。この部屋は、王さまのための部屋。王さまがらいきゃくをむかえたりほうこくを受けたりするときなどに使う、えっけんの間とよばれる部屋だったのです。ということは……。
この背の高い黒いかみの男の人。かれはまさしく、この部屋のあるじである王さまでした。しかしこんなおそろしげなところにあるお城に住んでいる、王さまって……?
読者のみなさんにはもうこの場所がどこで、この王さまがだれだか? おわかりになられたことでしょう。このおそろしげなくにの名まえは、ワット。そしてこの男の人は、ほかでもありません。あの悪名高き黒の王、ワットのアルファズレド王、その人だったのです!
「きたか……」
アルファズレドはバルコニーのそばに立って、暗い空をながめながらいいました。そこにはかなたの雲の切れまからこちらへとむかって飛んでくる、黒い生きものたちのすがたが見えました。それは、あのディルバグのかいぶつたちでした。そのかいぶつたちはまさに今、アルファズレド王の待つこのワットの黒き王城へと、むかってきていたのです。
「いわれずとも、けっかはわかっておるわ。」アルファズレドはそういって、赤いお酒のはいったカップを口にはこびました。
やがて部屋の入り口に、ひとりの男の人が通されました。その人のうでには、エメラルド色の花のマークのはいった、白いリボンがまかれております。そう、この男の人はこの章のはじめにディルバグのかいぶつからおり立ってきた、あのリボンをつけた男の人でした。
リボンをつけた男の人は、やりを持った兵士たちと石のはしらが立ちならぶその長い部屋の中を、アルファズレド王のもとへとむかって足早に歩いていきました。そしてかれはあるじの前までやってくると、うやうやしくひざをついて、ただひとこと、ほうこくを伝えたのです。
「戦いにございます、へいか。」
「はっ!」その言葉をきくやいなや、アルファズレドが大きな声を上げていいました。
「とうぜんのけっかよ! アルマークのことならば、このおれが、いちばんよくわかっている!」
アルマーク……。それはまさしく、ベーカーランドの白き王、アルマーク王のことでした。
「やつが、こうふくになど応じるものか! 使者など出しても、むだなこと! やつには、このおれの力をちょくせつ見せつけてやるのが、いちばんなのだ!」
こうふく……。使者……。それはかなしみの森を出るときにベルグエルムがロビーに伝えた、そのさいごの話の中に出てきた言葉でした。ベーカーランドにワットからの使者がやってきたということ。そしてこうふくに応じなければ、ワットは全軍をもって、ベーカーランドにせめいるとも。
そう、みなさんのごそうぞうの通り。アルファズレド王のもとに今ほうこくを伝えにきた、このリボンをつけた男の人。この人物こそが、まさにアルファズレドのめいれいにより、ベーカーランドにこうふくするように申し伝えにいった、その使者だったのです! そしてその使者が、今ついに、アルファズレドのもとへと戦いのほうこくを伝えました!(この白いリボンは使者であるということをあらわすためのものでした。もしこのリボンをつけた者に危害を加えた場合、そのくににいくさを申しこんだのと同じことになるのです。)
いよいよ、戦いがはじまるのです。このアークランドの運命をかけた、さいごの戦いが……。
「全軍に伝えよ!」
アルファズレドの口から、おそろしいさいごのめいれいがくだされようとしていました。
「兵をしゅうけつさせるのだ! ただちに、ベーカーランドへとむけて、進軍をかいしせよ!」
ああ、いよいよです! いよいよ、黒の軍勢がせまりくるのです!
敵の兵士たちがみんな集まってベーカーランドまでたどりつくのに、あとどのくらいの時間がかかるのでしょうか?(このアルファズレドのめいれいから、もうすでに六日ほどがたっていたのです。)今からいっしゅうかんごでしょうか? それとも四日ご?三日ごかもしれません。それまでにわれらが白き勢力の者たちは、なんとしても、それにたいこうするしゅだんを取らなくてはなりませんでした。それがどんな方法なのかはわかりませんが、アルマーク王が、それを知っているはずです。
そして……。
黒の軍勢にうちかつためのきぼうをつなげる、そのもっとも重要なやくめを果たすことができるのは、いい伝えのきゅうせいしゅである、ロビーだけなのです。ああ、早く! 急いでロビー!
「アルマークめ……」アルファズレドが胸に下げた黒いメダルをにぎりしめながら、はきすてるようにつぶやきました。
「これで、ついに、きさまも終わりだ。長かったいんねんに、けっちゃくをつけようではないか……」
アルファズレドはそういって、部屋のそとへと歩き去っていきました。
バルコニーのそとでは、ごろごろといなずまのうなる音がひびき渡っていました。それはまるで、ついに出番をむかえたおそろしいりゅうの、うなる声のようにもきこえました。
次回予告。
「な、なんだこれは……?」
「か、かっこいい~!」
「これでみんな、もとにもどる。」
「ぎゃ~! やめてやめて~!」
第14章「たましいかいほうボタン」に続きます。