今からなん十年と前のこと。このアークランドよりもずっと西の、海のむこうの大陸でのお話です。その大陸にはじつにさまざまなくにがあって、じつにさまざまなぶんかがごったがえしていました。住んでいる人たちもじつにさまざまでした。人間はもちろん、ありとあらゆる動物の種族の者たち。海の種族、山の種族、小人たち。動く木の種族。果ては、はっきりとしたからだを持たない、けむりのようなすがたの種族の者たちまで、じつにさまざまな種族の者たちがこの大陸には住んでいたのです(アークランドのウルファたちとはしゅるいがちがいましたが、おおかみ種族の者たちもすくなからず住んでいました)。ですから人々はこの大陸のことを、しぜんとこうよぶようになりました。いろんなものがまじりあった大陸。こんごう大陸ガランタと。
そのガランタ大陸の東の果て、みなとの大都市ポート・ベルメルからほど近いヴァナントという小さなまちに、ひとつの魔法学校がありました。その学校には大陸中から、数多くの魔法をこころざす人たちがやってきて……、って、このへんくらいまでにしておきましょう。そう、みなさんの思ってらっしゃる通り、これって前の章のはじまりと、おんなじなんです!(ライアンみたいに、「おんなじじゃない!」っていわれた方もいるかもしれませんね。)
でもご安心を。ちゃんとわかっていますから(まちがえて前の章と同じ文を書いてしまったわけではないのです)。ここでいぜんと同じことをみなさんにお伝えしたのは、ここでしょうかいするある人物が、魔女のアルミラと同じく、このヴァナントの魔法学校にいたからなんです。ですがその人はアルミラとはちがって、とっても正しいおこないの人でしたし、しかもその人には、アルミラとはけってい的にちがうところが、ひとつありました。それはアルミラがこの魔法学校のせいとであったのに対して、その人物は、せいとではなかったというところでした。つまりこの人は、この魔法学校の先生だったのです。
いったいこの人物とは、どういう人物なのでしょうか? じっさいこの人のことについては、この魔法学校の先生だったころから、なぞだらけでした。まずこの人の正しい名まえを知っている人が、ぜんぜんいないというところからして、もうふしぎな人でした(校長のアルフリート・ルーマット先生でさえ、この先生の名まえをおぼえていないくらいでした)。学校のけんきゅうしつのいっしつにとじこもって、なん日もなにかのけんきゅうにのめりこんでいたかと思えば、とつぜん、「旅行にいってきます!」といって、ふた月近くもいなくなってしまったことさえありました(じつに自由きままな人です!)。
こんなふうでしたから、この先生はせいとたちのかっこうのうわさのまととなりました。「じつはあの先生は、悪魔の世界からやってきた、魔人なんだ」とか、「大むかしの魔法のじっけんによって生まれた、魔法のエネルギーそのものなんだ」とか、あることないこと、さまざまなうわさが流れていったのです(「ピーマンが大きらい」といううわさも流れていたようです。ほんとかどうかはわかりませんが)。
それらのうわさも(ピーマンの話はべつとして)すべて、この先生の魔法の力が、ほかのすべての先生たちの力よりも強かったから、出てきたものでした(校長のアルフリート先生よりも、魔法の力の強さでは上でした)。ですがわたしはここで、このふう変わりな先生のこの魔法学校でのお話のことを、やめにしなければなりません。それはどういうことか? といいますと、じつにたんじゅんなことなんです。この先生がある日きっぱりと、この魔法学校をやめてしまったからでした!
さてさていったい、どうしてしまったのでしょう? せいとたちや先生たちも、こぞってこの先生のことをふたたびうわさのまととしましたが、ほんとうのところは、とうのほんにんにしかわからないことでした。「けんきゅうのために、ほかの大陸に渡ったんだ」とか、「いやいや。悪魔の世界へ帰ったんだ」とか、さまざまなうわさが、あてもないまま飛びかっていくばかりだったのです。
ここでひとつ、だいじなことをみなさんにお伝えしておきますと、この先生がこの魔法学校をやめたのは、魔女のアルミラがこの学校に入学する、ちょくぜんだったということなのです。じつはほとんどいれかわりのようなかたちで、アルミラはこの学校に入学してきました。ですからアルミラがこの魔法学校にはいったときには、この先生はもう、この学校にはいなかったのです。
これはたんなる、ぐうぜんなのでしょうか? そうでないかもしれません。そしてこのことがどんな意味を持つのか? ということについては、このあとの物語の中において語られることになるのです。
さて、それはさておき。いつまでも「この先生」のまんまじゃ、みなさんもじれったいことでしょう。もうそろそろ、この人物の名まえをみなさんにお伝えしておかなければなりませんね。
その魔法学校ではみんな、この先生のことをこうよんでいました。カルモト先生と。そうです、この人物こそ、旅の者たちが助けをもとめてたずねゆこうとしている、そのとうのほんにん、カルモトでした!
どこからか、ひゅうう……、というすきま風のもれるような音がひびいていました。ここはゆうれいのまちモーグの、そのまた下。まちのそとへとつながっているという、ひみつの地下トンネルの中。今このトンネルの中を、身をよせあうように、三頭の騎馬たちと三人の者たちが、おっかなびっくり進んでいるところでした。それらの者たちがだれであるのか? とか、なんでこんなところにいるのか? とか、そういったことはもう、説明する必要もありませんよね。
みんながこのトンネルにはいってから、まだ三分もたっていませんでした。道はずっとまっすぐに、南へとつづいております。地面は土がむき出しになっていて、ところどころに、ほり出されたままの大きな石がまじっていました。ですがみんながまずここにきて思ったことは、このトンネルの中が思っていたよりも、ずっときれいにたもたれているということでした。水たまりがいくつかありましたが、いやなにおいもありませんでしたし、なによりモーグのまちの中をおおっていたあのかびのような植物も、ここにはほとんど生えていなかったのです(これはちょっといがいでした。みんなはモーグのそのまた地下なんだから、さぞかしかびだらけなんだろうなあ、と思っておりましたから。ライアンなどはもしそんなにかびだらけだったのなら、ほのおの力をかりて、残らずやきつくしてやろうかと、ひそかに考えていたくらいだったのです。あいかわらず、かげきなことを考えているようですね……)。
「よかった。どんなにきったないのかと、心配してたんだけど。これなら、虫とかも出ないよね。虫とかって、あり得ないもん!」
トンネルのかべをしげしげとながめながら、ライアンが安心していいました(モーグにはいる前にもちょっといっていたことですが、ライアンは虫が大きらいでした。ですからそとで野宿するときなどにも、かれは虫よけに人いちばい、気を使っていたのです。みんなにはないしょで、空気の虫よけバリアーを、自分だけこっそり張っているくらいでした。ずるい!)。トンネルのかべはモーグのまちの石と同じ、ばら色の石をつんでつくられていましたが、まちの中とはちがって、そのかべはつるつるとしたかがやきを放っていて、かびのような植物もぜんぜんからみついてはいなかったのです。
「だが、これはすこし、みょうな気もするな。」先頭をゆくベルグエルムが、そのかべを手でふれてみながらいいました(ちなみに、ベルグエルムはフェリアルの騎馬をいっしょにひきつれながら、進んでいました。馬はゆうれいではありませんでしたから、ごはんも食べるし水も飲みます。すぐにもどってくるよていでしたが、やはりなにが起こるのか? わからない以上は、この馬もモーグのまちなかにおいていくわけにはいきませんでした。そのためちょっとたいへんでしたが、このさきの道はベルグエルムが、二頭の騎馬たちをあやつっていくことになったのです。ほんとうはロビーがその馬に乗っていけたら、いちばんいいんですけど、ロビーもまだ、ひとりで馬をあやつることなんて、できませんでしたから)。
「なぜ、かべがこんなにも、きれいにかがやいているのか? それに、このトンネルには、水もしみ出しているし、空気にも、しめりけが多い。これなら、くらやみにも生える、かびや、こけなどが育っていても、おかしくはないのだが。」
ベルグエルムがそういって、その手のさきをみんなに見せました。そのゆびのさきには、なにかぬるぬるとした、いやな感じのものがくっついております。じつはこれが、かべがかがやいて見えているりゆうでした。このトンネルのかべいちめんをおおっているこのぬるぬるとしたゼリーみたいなものが、ランプのあかりにはんしゃして、かがやいて見えていたのです(ところで、ベルグエルムってよく、いろんなものをさわってみますよね。やっぱりこれも、しらべたがりでまじめな、かれのせいかくからのことなのでしょうか?)。
「ここにはほんとうに、なにかあるのかもしれない。とにかく、早く、まちのそとに出てしまおう。」
そういって足早に進んでいくベルグエルムのことを、ライアンとロビーは騎上で身をよせあうようにしながら、あわてて追いかけました。
「ここはなんだか、いやな感じがする。」ベルグエルムの騎馬につづきながら、不安そうにロビーがライアンにいいました。
「やっぱり、ほんもののおばけがいるのかな?」ライアンがあたりをきょろきょろと見渡しながら、それにこたえました。
「よくわからないけど……」ロビーがつづけます。「はぐくみの森の地下で出会った、あのおたまじゃくしのかいぶつみたいな、でっかくてこわいものがいるような気がするよ。」
「あんなの、にどとごめんだよ。」ライアンがふたたび、こたえていいました。「でも、もし、なにか出てきたら、またロビーが、ぼくを守ってね。ぼく、かよわい、ひつじの子なんだもん。」
ライアンはそういってロビーの方をふりかえると、かわいくにこっと笑ってみせました(どちらかといえばライアンの方が、ロビーより強いような気もしますが……)。
しばらくみんなは、まっすぐに進むことができました。かべにはあいかわらず、ぬるぬるとしたものがついていてかがやいていましたが、それいがいにはべつに、おかしなところもありません。いくつか右や左へとつづくまっくらなわき道がありましたが、よけいなより道もせず、みんなはどんどんと、まちのそとへの出口をめざしてつき進んでいきました。
しばらくいくと、道のさきに今までとはちがうものがあらわれました。トンネルのてんじょうがすこしつき出ていて、その部分だけまわりのかべも、ずいぶんがっしりとがんじょうそうな石で、かためられていたのです。先頭をゆくベルグエルムには、その場所がなんであるのか? すぐにわかりました。ですからベルグエルムは、みんなのことをふりかえって、こう声をかけたのです。
「ここが、じょうへきの下だ。いよいよ、まちのそとに出るぞ。」
ベルグエルムのいう通り、そこはまさしく、まちのじょうへきのそのましたでした。あれだけぶあつくて大きなじょうへきでしたから、それをささえるためには、これだけがっしりとした石ぐみが必要というわけだったのです(とりあえず、この石ぐみをしっかりとつくってくれた、むかしの人たちにかんしゃです。もしいいかげんなつくりだったのなら、石がくずれて、このトンネルもみんな、ふさがってしまっていたことでしょうから!)。
「やった! やっと、モーグから出られる! こんなかびだらけのとこ、早く出たかったんだ。」ベルグエルムの言葉に、ライアンがうでをのばして「う~ん!」とのびをしながら、うれしそうにいいました。
「そとに出たら、まずは、ケーキから食べるぞー! それから、チョコと、クッキーと……」(どうやらライアンのお目あては、ずっとがまんをしていたお菓子を食べることだったみたいですね。やっぱりきれいな空気のところじゃないと、お菓子もおいしく食べられませんから、その気持ちもわかりますけど……。
ちなみに、大聖堂の中にはかびは生えていませんでしたが、やっぱりそこでお菓子を食べる気になるほどには、きれいな空気ではなかったのです。ですからライアンは、せめてキャンディーだけでもと、まとめてなめていました。)
ライアンがそういって、かばんの中のお菓子をかばんの上から、いとおしそうになでていたときのことでした。ロビーがなにげなくうしろをふりかえって、そこであるものを見たのです。
トンネルのうしろのくらがりの中に、ロビーはなにか、動くものを見たような気がしました。それは水めんを走る波のように、ふるふるとふるえるなにかでした。まさかいよいよ、ほんもののおばけのごとうじょうでしょうか?
しかしそれは、おばけという感じではなかったのです。(人のサイズのおばけではなく)それよりももっと大きくて、なにか生きもののように動くもの……。ですが生きものにしては、おかしな動きでした。
そして、ロビーはつぎのしゅんかん。そのなぞの動くものがなんであるのか? そのしょうたいを知ることになってしまったのです。
「ベルグエルムさん! ライアン! 馬を走らせて! 早く逃げて!」
ロビーはありったけの声で、ふたりにさけびました! いわれてベルグエルムとライアンのふたりは、もうびっくりして、あわててロビーの方をふりむきます。
「どうしました! なにか……」「どうしたの? ロビ……」
ふたりがロビーのことをふりかえってそう声をかけた、そのときのことでした。
「な、なんだ……? あれは……!」
ふたりは、ロビーの言葉はいつもてきかくで正しいということを、ここであらためて知ることとなったのです。
「だめだ! 逃げるしかない! 急げ!」
ベルグエルムのごうれいいっか! みんなを乗せた騎馬たちは、トンネルの中をいちもくさん! そとへの出口へとむかって、大あわてでかけ出していきました。
ロビーが見たもの。ふりかえったふたりが見たもの。それはトンネルの道はばいっぱいをうめつくしながら、ぶよぶよとこちらへむかってくる、いっぴき(?)のとんでもない生きものだったのです! からだはゼリーみたいにぶよぶよで、その表めんはまるで波のように、さざめいております。色はとうめいで、これでは遠くから見たのではわかりません。こんなおそろしい生きものが、えさであるみんなと三頭の騎馬たちの方にめがけて、まっしぐらにむかってきていました!
これではいくらベルグエルムでもロビーの剣でも、かないませんでしたし、ライアンがこうげきしているひまもありません! できることはただひとつ、逃げること! みんなはもうなすすべもなく、トンネルの中を急げ急げと、逃げていくばかりでした(なんだか、こんな場面が多すぎるような気もしますが……)。
「こんなのずるいよー! おばけ、かんけいないじゃーん!」ライアンがメルを大急ぎで走らせながら、泣く泣くさけびました。
そこからすこし、前のこと……。
ここはこのアークランドのどこかの、ぬま地のほとり。背の高いみずべの草が生いしげる、ぬかるみの土地……。その草の葉の影から今、ふたりの人物たちがぴょこん! と飛び出してきました。その人たちはよくみのった小麦のようなはだの色をしていて、くりくりとした目と、大きな口を持っていました。ひとりは茶色のかみの毛を長くのばしていて、もうひとりは同じ茶色のかみを、みじかくたばねております。そしてふたりとも、頭にはこがね色にかがやくつるつるとしたかぶとをかぶっていて、それらのかぶとの上にはまるい目のようなかざりがふたつ、ならべてちょこんと取りつけられていました(ですからちょっとこわそうに見えたこのふたりも、そのかざりのせいで、なんだかとってもかわいらしく見えてしまいました)。
このふたりはたぶん、兵士たちなのだと思われました。それはかぶとだけでなく、ふたりのかっこうを見ればわかりました。動物のかわから作られた身動きのしやすそうなよろいを着こんでいて、手には、みじかいやりをにぎりしめていたのです(ですから、「かぶとがかわいい!」といっていきなり走りよっていくのは、あまりおすすめできません)。いったいこの人たちは、どこのくにの兵士たちなのでしょうか? そう思っているところで、このふたりがこんなことを話しはじめました。
「まちがいないな。むかしと同じだ。あの塔は、まだ生きている。」長いかみの兵士がいいました。
「まさか、ほんとうだったなんて。てっきり、あの人がみんな、かたづけてくれたんだとばっかり、思ってたんだけど。」みじかいかみの兵士が、それにこたえていいました。
「おそらく、生き残りがいたんだ。これは、やっかいだぞ。ここもじきに、ねらわれるかもしれない。のろいはまだ、つづいているんだ。」長いかみの兵士が、そうつづけます。
その言葉に、みじかいかみの兵士がぶるるっ! とからだをふるわせてから、いいました。
「おっかないなあ。おれはもう、まきぞいはごめんだよ。」
「あの塔に、まだ、どれだけの力が残っているのか? それはわからない。」長いかみの兵士が、手をひたいにかざしてかなたの空をながめやりながら、つづけました。 「いざとなったら、また、あの人がなんとかしてくれるかもしれない。でも、それまでは、おれたちの力で、この土地を守るんだ。ここは、おれたちの土地なんだからな。」
「あの人ってさあ……」みじかいかみの兵士が、思わずもらします。「強いんだけど、なんか、いいかげんな感じだからなあ。かんしゃはしてるけど、たぶん、あの人がもっとしっかり、あとしまつしてくれてたのなら、こんなことにはならなかったんだと思うよ。」
「そんなことをいっても、はじまらないよ。」長いかみの兵士が、こたえていいました。「この土地のことは、おれたちのせきにんだ。これ以上、ほかの種族の人たちに、めいわくはかけられない。さあ、いくぞ。早くみんなに、このことをしらせないと。」
「めんどうなことにならなければいいんだけどな……」
不安げにそういうみじかいかみの兵士に、長いかみの兵士はさいごにこういって、友のことをうながしました。
「もう、めんどうなことになってるよ! さあ、急げ!」
それはほんのつかのまのできごとでした。それからふたりは、ふたたびぴょこん! と、もとの草むらの中へと消えていったのです。
「やったー! そとだ!」
ライアンがいさんでメルをかけらせながら、トンネルのそとへとむかって飛び出していきました。
あれから……。
みんなはやっとの思いで、この危険なトンネルをぬけて、まちのそとへと出るその出口へとたどりつくことができたのです。もうみんな、全そくりょくでした。ゼリーみたいなあのぶよぶよとしたかいぶつは、その大きなからだからはそうぞうもつかないほどに、動きがはやかったのです! ですからそとへの出口を見つけたときには、みんなはもうむちゅうになって、その出口へとむかってとっしんしていってしまいました(そとに飛び出してからライアンがふりむきざまに、大あわてで空気の力をかりてあやつって、出口の木のとびらをしめました)。
とにもかくにも、ついにみんなはモーグのまちをぬけて、明るいおひさまの光のふりそそぐ空の下へと、たどりつくことができたのです!(とりあえず、ばんざーい!)みんなはたぶん、今まででいちばん、おひさまのありがたさを感じたことでしょう(はぐくみの森の地下いせきからそとに出られたときには、夜でしたから、みんなはおひさまのありがたさをはだで感じることができなかったのです。ですからよけいに、今みんなはここで、そのありがたさを感じていました)。じこくは、みつばちのこくげん。おひるちょうどになる前のころでした(ですからおひさまもいちばん、げんきな時間でした)。
「どうやら、あのぶよぶよは、そとには出てこないみたい。」ライアンが出口からすこしはなれたところまでひなんしてから、トンネルのとびらをしげしげとながめていいました。
「うん。それにしても、おっかなかったね。」ロビーも胸をどきどきさせながら、ライアンの言葉にこたえました。
「ところで、ベルグエルムさんは?」
ロビーがたずねると、ライアンがすこしはなれた木のところをゆびさして、こたえます。
「ベルグなら、ぼくたちのすぐ前に、出口を飛び出していったでしょ? ほら、あそこにいるよ……、って、あれー? いない?」
ええっ? ベルグエルムがいないですって? ライアンとロビーはびっくりして、あわててあたりをきょろきょろと見渡しました。
「うそー! さっきまで、そこにいたんだよ! いなくなるはずなんて、ないのに!
なんでー?」
ライアンがそういったときのことでした。トンネルの出口の木のとびらが、いきおいよく、ばーん! とあけ放たれると、そこからフェリアルの騎馬をつれた、馬に乗ったベルグエルムが、大急ぎで飛び出してきたのです! ええっ? これはいったい!
ベルグエルムは息もたえだえといった感じで、ぜいぜいいいながら、ライアンとロビーの方にやってきました。もう、からだを馬の首にもたれかけさせて、ぐったりといった感じだったのです。
「し、死ぬかと思った……」やっとひとこと。ベルグエルムはふりしぼるようにそういいました。
「ちょっと、ベルグ! いったい、どうしたの! さきにいったんじゃなかったの?」
そしてそのライアンのといかけに、ベルグエルムははあはあ息を切らしながら、こんなことをいったのです。
「ひ、ひどいぞライアン。きみが、出口は左だっていうから、わたしも左の道へいったんだ。おかげで、たいへんな目にあった!」
「ええっ?」ライアンもロビーもとてもびっくりして、おたがいの顔を見あわせました。
「そんなこと、ぼく、いってないよ! ぼくたちはずっと、ベルグの騎馬のあとを追っかけて、そのままそとへ出たんだよ! ベルグがそとに出るとこだって、ちゃんと見たもん!」
「なんだって!」ライアンの言葉に、こんどはベルグエルムの方がびっくりぎょうてんです。どうやらおたがいに、話がずいぶんとくいちがっているみたいです。これはいったい、どういうことなのでしょう?
「わたしはロビーどのをお守りするために、かいぶつときみの馬の、あいだにいたんだぞ。そうしたら、きみが出口は左だといって、そっちにまがったので、わたしもあとを追いかけたんだ。」
どうやらふたりの話をまとめてみますと、それぞれがおたがいに、そばをゆく騎馬のことを見たようでした。そしてそれらの騎馬たちの背には、たしかにライアンやロビーやベルグエルムと思われる者たちが、乗っていたようだったのです(そしてベルグエルムは、その者の声までききました)。
「ねえ、ライアン。ぼくはずっと、きみにひっしでしがみついていたから、よくわかんないんだけど……、前を走ってたのって、ほんとうに、ベルグエルムさんだった?」
ロビーのといかけに、ライアンは「え?」といって、ちょっと考えこみました。
「ちゃんと、フェリアルさんの騎馬も、つれていたのかな?」
ロビーの言葉に、ライアンはぎくっとなって顔をくもらせます。
「そ、そういえば……、馬は、一頭しかいなかった……」
そしてライアンは顔を青くさせながら、ベルグエルムの方を見ました。
「わたしはずっと、二頭の騎馬とともに走っていた。」ベルグエルムがこたえます。
「まさか……、わたしたちとはべつの、騎馬に乗った者たちが、あの場にいたということか……?」
「そんなばかな!」ベルグエルムの言葉に、ライアンが大きな声でいいました。「あのトンネルには、ぼくたちしかいなかったじゃない! もしそんな、馬に乗った人たちがいたんなら、すぐにわかるよ。」
「たしかにそうだが……」ベルグエルムはそういうと、そこでなにかを思い出したかのように、顔色を変えてつづけました。「そ、そういえば、左にまがれといったきみの声も、なんだかいつもより、ひくかったような……」
「左にまがって!」ライアンがさけびます。「どう? ぼくの声は、こんな感じだよ。ほんとうにこんなに、かわいい声だった?」
「ち、ちがうような気がする……。じゃあ、まさか……、ほんもののゆうれいがいたのか!」
ここまで話しあって、かれらはこれ以上このことを話すのは、やめにしてしまいました。だって、ほんとうのところなんてだれにもわかりませんでしたし、またあのトンネルの中にしらべにもどって、「ほんもののゆうれいさん、いますかー?」なんて、さがしてまわりたくもありませんでしたから!(それに、もしほんもののおばけだったのだとしたら、かなりせいかくの悪いおばけにちがいありません。ベルグエルムのことをだまして、ぶよぶよゼリーのかいぶつに食べさせようとしましたから!)
というわけですから、この問題はここでおしまい! 今はそれどころではありません。旅の者たちはこれから、ついにやってきたまちのそとのこの土地を、カルモトのことをさがして、急ぎ進んでいかなければならないのですから(ここで、著者のわたしからひとこと。読者のみなさんにはほんとうに申しわけないのですが、このなぞはほんとうに、なぞのままで終わってしまうのです。あの馬に乗ったおばけたちのことについて、知っている者などはどこにもいませんでしたし、わたし自身あのトンネルにふみこんでいって、しらべてまわるなんてことは、したくはありませんから! そういったわけで……、ごめんなさい!)。
みんなはまず、今自分たちがいるところのかくにんから、はじめることになりました。トンネルの出口は山の中の木々にかこまれた小さな原っぱの、はしっこにつくられていたのです。ベルグエルムがおひさまの位置をかくにんしてから、みんなはとりあえず、モーグの南の土地を見渡すことのできるようなところまで、いってみることにしました。
道はしばらくいって、なだらかな丘につづいていました。その丘のてっぺんまでのぼったところで、みんなは馬をとめてみます。そしてみんなのきたい通り。丘の上からはモーグの南に広がる土地のようすが、とってもよく見えました(たぶんむかしの人たちも、敵のようすをよく見ることができるから、この丘の近くにぬけ道の出口をつくったのでしょう)。
「うわあ、すごいね。ここが、西の街道の土地なんだ。はじめて見た。」
ライアンが目をまるくして、しげしげとその景色をながめ渡しました。ライアンのいう通り、シープロンドをはじめとする北の地に住む人たちは、みんな、このすて去られた西の街道の地を、じっさいに見たことなどはなかったのです(もちろんロビーもです)。
まずみんなの目に飛びこんできたのは、たくさんの岩山と、その右手につづくモーグのまちのじょうへきのすがたでした。高くりっぱなじょうへきが、右の方にずうっとさきにまで、つづいていたのです。目をまっすぐにむけると、そのずっとさきは、海へとつづいていました。はるかなむこうに、海の中の岩がつき出ているのが見て取れます(ちなみに、ライアンは四年ぶり、ロビーにとってはこれがはじめての、海を見るたいけんでした。ですからふたりとも、「海だ海だ!」といって、はしゃいでしまったのです。ベルグエルムが「海水よくにきたんじゃないんだから。」といって、ようやくなだめました。ライアンをなだめるのは、ほんらい、ロビーのやくわりなんですけどね……。まあ、はじめての海でしたから、はしゃぐ気持ちもわかりますけど)。そして左の方を見ると、たくさんの岩山につつまれるようなかたちで、ゆうれいさんたちが教えてくれただだっ広いしっちたいが広がっていました。
「あそこが、魔女のいるというしっちたいだな。」ベルグエルムがそのしっちたいをながめ渡しながら、いいました。「思っていたよりも、ずっと広いようだ。魔女の塔がどこにあるのか? さがすのは、ひとくろうしそうだが……、ん? おや?」
ベルグエルムが急に、言葉をつまらせました。なにか、あったのでしょうか?
「ねえ、あれって……、まさか……」ライアンもそれに気づいたようすで、そういいます。
それからベルグエルムもライアンもロビーも、みんな声をそろえて、同じ言葉をさけびました。
「魔女の塔だ!」
ええーっ! いきなり、魔女の塔ですかー!
みんなのいう通り、しっちたいの中のその岩山の影に、もう見るからにそれとわかる、おどろおどろしい塔がたっていました!(でこぼこで、てかてか光っていて、あちこちつぎはぎで……、こんなにしゅみの悪い塔は、どう見たって魔女の塔にきまっています!)みんなはこのいきなりのお出むかえに、しばらく言葉を失ってしまいました。ですから、「塔のまわりに水のはいった大きなおほりがつくられている」だとか、「塔にたくさんの小さなでっぱりみたいなものがついている」だとかいうそれらのことに気がついたのは、それからだいぶ、あとになってからのことだったのです(ところで、その塔は高い岩山の影にかくれるようにして、たっていました。ですからモーグのまちの方からでは、塔のすがたを見て取ることはできなかったのです。そして丘の下の街道を通る者からも、木々や岩がじゃまをして、塔を見ることができませんでした。まさにあの魔女の塔は、街道の東がわの山の中の、見通しのよいこの丘の上の場所だったからこそ、見ることができたのです。それにしても……、まさかモーグの人たちも、魔女の塔がこんなにも近くにあるだなんて、思っていなかったことでしょうね)。
「おどろいたな……。まさか、こんなにもすぐに、もくてきの場所が見つかるとは……」ようやくのことで、ベルグエルムがまず口をひらきました。
「よかった。これで、さがすてまがはぶけたね。」ライアンも、ロビーの手のひらに自分の手をぱちん! とあわせて、いいました。
「あの塔についているでっぱりのようなものは、おそらく出入口だろうな。」ベルグエルムがひたいに手をかざして、目をほそめてながめながら、そういいます。「モーグの人たちの話では、魔女のアルミラは空を飛ぶことができるらしいから、塔には空から、出入りしているのだろう。しかし、そうなってくると、こまったな。」
そしてベルグエルムは、こんどは塔の下の方に目をやって、いいました。
「あの塔は、まるで、みずうみに浮かぶ島のようだ。どうやって、あの塔までいけばいいのか?」
「船かなにかがあるかもよ。」ライアンが、いつものあっけらかんとしたいい方でこたえます。
「もし、なかったら、そうだなあ……、まるたかなにかに、ベルグとロビーをしばりつけて、ぼくが風の力で、塔の下まで吹き飛ばす! ってのはどう? ぼくは、おるすばんしてるから。」
にこにこ笑うライアンに、もちろんふたりとも、「じょうだんじゃない!」といってことわりました。
「とにかく、」ベルグエルムがつづけます。「今はまだ、あの塔には近づかない方がいい。われらのすべきことは、まず、カルモトどののもとをたずねることだ。」
「ええーっ。」ベルグエルムの言葉に、ライアンがぶーぶーいいました。「目の前にあるんだから、もう、いっちゃおうよ。その方が、手っ取り早くていいじゃない。」
「だめだよ、ライアン。」こんどはロビーが、ライアンをなだめてそういいます(やっぱりライアンのことをなだめるやくめは、ロビーがぴったりですね)。「ベルグエルムさんのいう通りだ。いくら目の前にあっても、まずは、じゅんびが必要だよ。カルモトさんに会って、助けをかりてからじゃなきゃ、どんな目にあうか? わからないもの。」
ベルグエルムとロビーのふたりにいわれては、さすがにライアンも意見をひっこめるしかありませんでした(二対一ではライアンの負けです)。ですからそれからみんなは、モーグのゆうれいさんたちの言葉にしたがって、カルモトさがしへの道を、ふたたび進んでいくことにしたのです(まだちょっとライアンは、しぶしぶしていましたが)。
「ごめんね。でも、きみをこれ以上、危険な目にあわせたくないよ。」ぐずつくライアンの気持ちをさっして、ロビーがそう声をかけました。そしてちょっとしたことのようでしたが、ロビーのこの言葉は、ライアンの心に大きくひびいたのです。
「うん。」ライアンはそれしかいいませんでしたが、ロビーの気持ちは、ライアンにはよく伝わっていました。
「さあ、いこう。」ベルグエルムがそんなふたりのことを見守りつつ、声をかけました。
道はなだらかにのびていました。ここは切り分け山脈とよばれる、アークランドを大きくふたつに分けているゆうだいなる山の、すその。今みんなは、その山のすそのの西がわのふもとの地を、急ぎカルモトの住むという家をめざして、馬を進ませていたのです。この場所はほんらいならば、人が通るようなところではありませんでした。それでも道の広さは馬を進ませるのにじゅうぶんすぎるほどでしたし、地面もまるで、だれかがきれいにととのえたかのように、馬を進ませやすく、たいらにならされていたのです。
木々はまるで、旅の者たちのことを「こちらへどうぞ!」といって、出むかえてくれているかのようでした。ですからいくつかあった分かれ道でも、みんなはまったくまようことなく、正しいと思われる方の道をえらんで進むことができたのです。これはなんともふしぎなことでした。いつもなら用心深く道をさがして進むベルグエルムでさえ、「こっちだ。」とあっさり、道をえらぶことができたのです。でもやっぱり、こんなにどんどん道がはかどるというのも、おかしな話です。なにか、りゆうがあるのでしょうか?
一行はそんなおかしな感じをいだきつつも、この山すその道をぐんぐん進んでいきました。道はあいかわらずなだらかに、変わりばえなくつづいております。右手にはずうっと、だだっ広いしっちたいがつづいていました(もう魔女の塔からは、けっこうきています)。左手にはたくさんの木々。そしてその上には、そのはるかないただきを雲の中にいだいた切り分け山脈のゆうしが、りんとそびえていました(ちなみに、このあたりは街道のほんすじからはだいぶはなれているより道の道で、ベーカーランドへむかうための道からも、魔女のしはいしているはずの土地からも、はなれているところでした。ですからみんなは、今はとりあえずですが、魔女のしはいの危険からはのがれて、それいがいの危険にのみ注意して道を進んでいたのです)。
「これが、切り分け山脈……! おっきいなあ。」
ロビーが山のいただきを見上げながら、思わずそうもらしました。ロビーは切り分け山脈のことを本で読んだことがありましたので、ものすごく大きくて高い山だということを知っていました。ですけど本のさし絵で見ただけでは、そのほんとうのすごさはわかりません。やっぱりこういうものは、じっさいに自分の目で見てみなくちゃ! ロビーはそれを今、心の底から感じていました(ちなみに、切り分け山脈の名まえはロビーのほらあなでベルグエルムが語った話の中に、ひとことだけ出てきましたが、みなさんおぼえてますでしょうか? ほんとうに、ほんのひとことだけでしたけど)。
「まあ、タドゥーリ連山にくらべたら、上品さにかけるけどね。でも、なかなかの山だと思うよ。」
負けずぎらいのライアンが強がっていいましたが、やっぱりこの山のすごさはたいしたものでした。このアークランドを南北にずっとつらぬいていて、そのいただきは、えんえんとつづく切り立ったがけです(そのさまはまるで、りゅうの背びれのようにも見えました。ですから山脈の東のふもとのくに、リムルのあたりでは、この山のことは「りゅうの背」山とよばれていたのです)。ですからこの山を越えてはんたいがわにいくなんてことは、まったくもって、ふかのうなことでした(みなさんの住む世界みたいに、ひこうきや気きゅうがあるわけじゃないですから。それに魔女のアルミラやあのディルバグのかいぶつだって、ここを飛び越えてゆくのはむりでしょう。さすがに、高すぎですから!)。この山脈は文字通り、このアークランドをばっさりと、ふたつに切り分けていたのです(ですから、ついた名まえが切り分け山脈。わかりやすいですね)。
「この山にはむかしから、さまざまないい伝えがある。」ベルグエルムが騎馬をあやつりながら、いいました。「この山のいただきには、三人のけんじゃたちが住んでいて、それぞれがことなる世界の力をしはいしているといわれている。その三つの力が、この山の力のバランスをたもっているのだということだ。」
けんじゃというのはかしこい人のことをさす言葉で、どんなところでもけんじゃというものは、人々からあいされ、そんけいされているものなのです(ちなみに、ちょっとわかりにくいのですが、けんじゃとまじゅつしとはちがいます。たいていのけんじゃは魔法も使えるので、どうちがうのか? といわれると、説明にこまるのですが……。まあ、ちしきをたくさん身につけることをいちばんに考えるのがけんじゃ。魔法のわざをみがくことをいちばんに考えるのがまじゅつし。と思ってもらえたらいいんじゃないかと思います。たぶん)。
「シープロンドの方じゃ、この切り分け山脈のてっぺんには、なん千年もむかしから、おそろしい黒いりゅうが眠ってる、っていわれてるよ。」ライアンがつづけていいました。「だから、この山のいただきには、だれも近づいちゃいけないんだって。でも、だいじょうぶみたい。こんなに、けわしい山なんだもん。のぼりたくたって、のぼれないよね。」
「りゅう、か……」ロビーが思わずつぶやきます。「ほんものを見てみたい気もするけど、やっぱりりゅうは、本の中だけでいいや。おおかみのまるやきには、なりたくないもの。」
みなさんは、りゅうというものをよくごぞんじかと思います。おとぎの世界の物語には、たいていとうじょうしますものね(さきほどもちょっと、山の名まえのことで、りゅうの名まえが出てきたばかりでしたが)。とってもでっかくて、長い首と大きな羽、大きな口を持っている、おそろしいとかげみたいなあのかいぶつです(りゅうにくらべたら、ディルバグのかいぶつだって、まるっきりかわいいものなのです)。そのりゅうのおそろしいイメージは、このアークランドでもやっぱり、おんなじでした。そしてりゅうのそのいちばんのとくちょうは? といえば、やはりその口から吹き出される、ほのおの息なのです。ロビーはそのりゅうのことを本で読んで、よく知っていたというわけでした(その本のだいめいは、そのものずばり、「りゅう」というものでした。そしてこの本をはじめ、ロビーが今までに読んだ本は、すべて、かなしみの森のはずれにある、森のとしょかんでかりたものだったのです。このとしょかんは森に住んでいる者であれば、だれでもただで、本をかりることができました。ですからロビーは、そこでかりたたくさんの本を読んで、いろいろなことを学んだのです。
ちなみに、このとしょかんをかんりしているのは、りすの種族のししょさんで、リンクル・ルードピースといいました。この人はあなぐまのスネイル・ミンドマンと同じく、おおかみであるロビーにせっしたことのある、数すくない森の住人だったのです。やっぱりリンクルさんの方は、だいぶこわがっていたようでしたが……)。
「ひつじのまるやきだって、いやだよ。」ロビーの言葉に、ライアンもじょうだんをいってかえしました。「ぼくも、りゅうよりは、けんじゃの方がいいや。けんじゃだったら、まだ、話しが通じるからね。りゅうに『こんにちは!』ってあいさつしても、火の息のへんじがかえってくるだけだもん。」
ライアンとロビーのふたりは、そういって笑いあいました。
「ところでさあ、」さいごに、ライアンがいいました。「その、カルモトって人だけど、ひょっとしたら、この山に住んでるっていう、いい伝えのけんじゃだったりしてね。」
ライアンのじょうだんに、ロビーも「まさかあ。」といって笑いましたが、著者であるわたしは笑うどころか、心の中でぎくっ! としてしまったのです。ということは、やっぱり? 読者のみなさんのそのしつもんには、ここではまだおこたえしないことにしておいて……、と、とにかく! お話のつづきをどうぞ!(ライアンめ、よけいなことを!)
切り分け山脈のふもとに、いちじんの風が吹き渡りました。空はとってもおだやかでした。旅の者たちはいつしか、山のすそのの道からすこし中にはいった、おく深い山の中を進むようになっていました。木々の数がだいぶふえてきております。このあたりの木々は表めんがつるつるしていて、えだの数もまばら。葉っぱもほとんどついていません(みなさんの世界の、しらかばの木によくにています)。大きな鳥がぎゃーぎゃーという大きななき声を上げて、飛んでいきました。ですからみんなは、いっしゅんディルバグかと思って、きもをひやしたのです。
あたりはどんどんと、さみしい感じの場所に変わっていきました。ですけど道はあいかわらず、なだらかにずうっとつづいていて、なんの問題もないように思えます。そしてあたりに立ちならんだつるつるとした木々も、ここにくるまでのほかの木々と同じように、「どうぞこちらの道へ!」と、一行のことを、そのえだをのばしてみちびいているかのようでした。
「ここはどうも、気にいらない。」先頭をゆくベルグエルムが、とつぜんそう口をひらきました。
「まるで、たくさんの者たちに、見張られているような気がしてならない。しかし……」
ベルグエルムはそういって、あたりのすみずみまでを注意深くさぐってみました。木々のえだのあいだから、しげみの中。地面の上から、空の雲の中まで、くまなくです。ですがやっぱり、なんにもおかしなところはありませんでした。
「やはり、思いすごしだろうか……?」
みなさんもすでにごぞんじの通り、ベルグエルムは野山をゆくことにかんして、だれにも負けないほどのすぐれたさいのうを持っていました(その力に、みんなは今までになんども助けられていますよね)。そのベルグエルムが目を皿のようにしてすみずみまで注意をはらっても、なにも見つけられなかったのです。ですからふつうに考えれば、やっぱりなにもないのでしょう。ただの思いすごしのはずです。
ですけどこんかいのこの旅は、そんなふつうのことが通らない、とてもやっかいな旅でした。とくにこのアークランドは、みなさんの世界とはちがう、おとぎのくに。ただでさえふつうが通らない、とくべつな場所なのですから。
ベルグエルムがふたたび、馬を急がせはじめたときのことでした。急にあたりが、ざわざわとざわめきはじめたのです。はじめは風が吹いて、木々のえだがゆれているのだろうとみんなは思いました。しかしそのとき、風は吹いていなかったのです!
「なにかくる! 気をつけろ!」
ベルグエルムがそのことにまっさきに気がついて、うしろのライアンにむかってさけびました! しかしベルグエルムがそうさけんだときには、すでにもうおそかったのです。
「だめだね。もう、おそいみたい。」
ライアンがそういって、手を上げて、こうさんのしぐさを取ってみせました。ロビーにも、その意味がすぐにわかりました。つまり、とてもたちうちできないほどの相手が、自分たちのその前にあらわれたということだったのです!
今やみんなは、どれだけいるのか? 数えきれないほどたくさんの馬に乗った兵士たちに、かこまれてしまっていました! いったいどこからこんなに! どうやって! しかしそんなことをいっているよゆうも、みんなにはありませんでした。その兵士たちはあきらかに、旅の者たちのことを敵だと思っているらしく、なん十という弓矢をみんなにむけていたのです!(これでライアンがすぐにこうさんしたりゆうが、おわかりでしょう。いくらライアンでも、これだけの弓矢をむけられていたのでは、とてもたちうちできませんでしたもの。
ちなみに、ここは魔女の土地からははなれたより道の道でしたので、この兵士たちが魔女アルミラの手下たちなのではないということは、旅の者たちにもわかっていました。そのたしかなしょうこを、ベルグエルムはまっさきに見つけましたが、それはこのあと二ページほどあとでおしらせします。)
ベルグエルムもロビーもライアンも、より集まって、兵士たちにかこまれたその小さな土地のまん中にちぢこまりました。手出しはどうしたって、するべきではありません。こんなときにするべきことは、ただひとつ。話しあうこと! それいがいに、このじょうきょうから助かるすべはないのです(ただし、話しあいが通じればの話ですが……)。
「待たれよ! 待たれよ!」ベルグエルムが大声で、かれらによびかけました。
「あなたたちは、ごかいをしておられる! われらは、あなたたちの敵ではない! ただの旅の者だ! 弓をおろされよ!」
「そうだよ!」ライアンも負けじといいました。「ただの、まいごのおおかみとひつじだよ! こんなにかわいいぼくに、弓矢をむけるなんて、ひどいじゃない! もっとよく見てよ!」
(ライアンの言葉はともかくとして……)ベルグエルムのいいぶんはもっともでした。かれらにはとつぜん、こんなふうに弓矢をむけられるりゆうは、ないはずです(たぶん)。
ベルグエルムとライアンが話しかけてから、しばらくたって。ようやくのことで、兵士たちのうちのひとりが口をひらきました。
「あのお方に、おしらせせねば。われらはあのお方に、おしらせする。おまえたちは、あのお方のところに、つれていかねば。われらはおまえたちを、あのお方のところに、つれていく。」
するとほかの兵士たちも、みんなそろっておんなじことをいいました。
「そうだ。あのお方のところに、つれていかねば。われらはあのお方のところに、おまえたちをつれていく。そうだ。」
兵士たちはざわざわとゆれ動きながら、ずっと同じ言葉をくりかえしております。これはいったい、どういうことなのでしょうか?
「なんなのいったい? なんかおかしいよ、この人たち。」
ライアンが、首をかしげていいました。ライアンのいう通り、この兵士たちはなんだかとっても、おかしな感じだったのです。みんな木で作られた全身をおおうよろいを着こんでいて、首まですっぽり、同じ木でできたかぶとをかぶっております(このかぶとは目のところにわずかなすきまがあいているばかりで、中はぜんぜん見えなかったのです)。草をあんで作った服を着ていて、草のくつをはき、木のたてや、剣や、やりを持っている者もいました(剣や、やりのさきっぽにかんしては、木ではなくて、ちゃんと鉄でできたふつうのものでした)。そしてかれらの乗っている馬が、いちばんふしぎでした。その馬たちはどう見ても、木をけずって作った、木の馬たちだったのです!(いぜんセイレン大橋の下のカピバラ老人の小屋で見たのは、鉄の馬でしたよね。あんなふうにこんどは木の馬たちが、ほんものの馬のようにしっぽをふったり、ひづめをぱかぱかならしたりしていたのです! いったいこんどは、どんなしくみになっているのでしょうか?)
「しっ! だめだよ。怒らせちゃまずいよ。」ロビーがライアンにいいました。ロビーのいう通り、兵士たちはあいかわらず旅の者たちに弓矢をむけたまま、おろそうとしないのです。
「ロビーどののいう通り、どうやらここは、だまってしたがうほかなさそうです。」ベルグエルムが、ロビーとライアンのふたりにいいました。「わたしのけいけんから見るに、かれらはだれかに、やとわれている者たちのようだ。魔法であやつられているのかもしれない。しかし、じゃあくな者たちではない。」
「悪者じゃないって、なんでいえるのさ。」ライアンが、目の前につきつけられた弓矢を「ひええ……!」とよけながら、そういいます。「もうちょっとで、ぼくの顔にきずができちゃうところだったよ! あとが残ったら、どうしてくれるの! かわいい顔が、だいなし!」
「かれらのかぶとのもんしょうだ。」ベルグエルムが兵士たちのかぶっているかぶとを見るようにうながしながら、つづけました。ベルグエルムのいう通り、そこには白い木をあしらった、なんともしんぴ的なもんしょうがえがかれていたのです。
「あのもんしょうは、植物をつかさどる、白の魔法のもんしょうだ。西の大陸では、広く伝わっているが、あのしるしは、悪い者が使うしるしではない。」(これが、さきほどお伝えしました、この兵士たちが万がいちにも魔女アルミラの手下たちなのではないのだという、しょうこでした。ベルグエルムはこのもんしょうのことを見て、すぐにそれに気がついたというわけだったのです。もっとも、魔女の手下ではないとはいえ、危険な相手であることにはちがいないでしょうけど。)
「西の大陸のもんしょう、って、それじゃ、まさか……!」ベルグエルムの言葉に、ライアンがおばけのミリエムのいっていた言葉を思い出しながら、いいました。たしか、めざすカルモトという人は、西の大陸からやってきたということでした。
「そのかのうせいが、大いにあるな。」ベルグエルムが、それにこたえてつづけました。「とにかくこれは、ただのごかいなのだ。それほどにけいかいする必要が、この地にはあるのかもしれない。ここは、かれらにしたがおう。カルモトどののところに、つれていってくれるかも。」
「どっちみち、それいがいに道はないでしょ。」
さいごにライアンが、せまりくる弓矢をぐいぐいとおしかえしながら、なかばやけになっていいました。
そこから旅の者たちは、その前後左右を木の馬に乗った木のよろいを着こんだ兵士たちにかこまれながら、つづくきゅうくつな道のりの中を進んでいくこととなったのです。これはまったく、思いもかけないことでしたが、どうにもしかたがありませんでした。兵士たちは旅の者たちのことをなわでしばったりするようなことはしませんでしたが、そのかわり、弓矢からこんどは剣をぬいて、旅の者たちにつねにつきつけながら進んでいたのです(ですから、「すきをついて火の力でみんな黒こげにしてやろうか?」というライアンの考えも、かれらには通じませんでした。かれらにはぜんぜん、すきがなかったのです。すこしでもおかしな動きを見せたら、こんどこそくしざしにされてしまいかねませんでした)。
「ぬけ目のないれんちゅうだ。」
ベルグエルムが、敵ながらあっぱれといった感じで、かれらのことをいいました。
「ほりょをつれていくことに、なれている者の動きだな。かれらのしぐさや、剣の持ち方を見れば、かれらがかなりのくんれんをつんだ、ゆうしゅうな兵士たちであるということがわかる。」
ベルグエルムのいう通り、兵士たちにはじつにまとまりがあって、かれらはれつをみだすことなく、ずんずんと道を進んでいくのです。ですがかれらの顔はいぜんとして、かぶとのおくにかくれたままで、かれらがいったいなに者なのか? ということについては、まったくもってなぞのまま変わりませんでした。
それにかれらは旅の者たちのことをつれて出発してからというもの、ただのひとことも、口をひらきませんでした。なんどかライアンが、「ねえ、」とか、「あのさ、」とか、かれらに声をかけましたが、兵士たちはまったくだまったままで、あいかわらず剣のさきだけを、旅の者たちにむけているばかりだったのです。
「強いのかなんなのか? 知らないけどさ!」とうとうライアンが、しびれをきらしていいました。ライアンはこんなふうにむりやりつれていかれることよりも、自分が話しかけているのに相手にしてもらえないことの方が、はるかに気にくわなかったのです(だってこんなことって、今までいちどだってなかったことでしたから。なにしろかれは、シープロンの王子さまなんですから。王子さまに口をきかないなんて、そんな人、ひとりもいませんでしたもの)。「口くらい、きいてよね! へんじもしないなんて、そんなのあり? うでは立つけど、頭はさっぱり! だったりして!」
「ライアン、口がすぎるぞ。よけいなことをいうんじゃない。」
ベルグエルムに怒られて、ライアンはほほをぷくーっとふくらませて、むくれてしまいました。もちろんライアンだって、こんなことをいったら相手に失礼だということくらいは、じゅうぶんしょうちしていました。ですけど、ライアンの気持ちもわかりますよね。いくら悪者ではないとはいえ、こんなふうに剣をむけられたままきゅうくつにつれていかれたうえ、相手にもしてもらえないなんて、やっぱりいい気持ちはしませんもの。
「しばらくは、がまんしよう。みんなを助けるためだよ。」ロビーがそういって、(また)ライアンのことをなだめました。
「わかったよ。」ライアンはしぶしぶといった感じで、それにこたえます。
「でも、もし、ほんとうにカルモトって人の兵士だったのなら、このつぐないは、きっとしてもらうからね!」
ライアンはそれから、おとなしくだまっていましたが、ロビーにはライアンが今、頭の中でいろんなつぐないのさせ方を考えているところなのだということが、わかりました。
きっと、こわいことを考えているんだろうな……。
やがて、道がゆるやかなくだりになりました。あたりには前よりもいっそう、あのつるつるとした木々がしげっております(というより、ほとんどその木しか生えていませんでした)。そして一行が、なだらかなそのまがりかどを、左にまがったときのこと。急にあたりのしかいがひらけて、旅の者たちはそこで、なんともおどろきの光景をまのあたりにしました。
「うっわー! なにこれー!」ライアンが思わずさけびました。ベルグエルムもロビーも、同じく目を見ひらいて、目の前の光景に見いってしまいます。
そこには、なんとも信じられないほどに巨大ないっぽんの木が、ででーん! とそびえ立っていました!
いったい、どのくらいの高さがあるのでしょう? 天をつくとは、まさにこのことです! 旅の者たちはみんなこぞって、首を空にむけました(モーグの大聖堂でもみんなは空を見上げましたが、この木はそれよりもさらに、上までのびていました!)。はるかな上にえだがたくさんつき出ていて、そこにはまるできのこのかさみたいに、みどり色の葉っぱがあつくしげっていました。はんたいに木の下の方には、えだがぜんぜんありません。木の表めんはあちこちふしくれ立っていて、この木がとんでもないほどのとしを取っているのだということが、わかりました。
その木をまん中にして、まわりには深いおほりがつくられていました。そのおほりには水がはいっていませんでしたが、まわりはしっかりとした木のさくでかこわれていました。かこいはひとつの場所だけがとぎれていて、そこには大きな木のはね橋がいっぽん、用意されております。そしてそのはね橋のところには、旅の者たちをつれているこの木の兵士たちと同じかっこうをしたほかの兵士たちが、なん人か見張りに立っていました。
旅の者たちがとうちゃくすると、まわりをかこんでいる兵士たちのうちからひとりの兵士が、そのはね橋の方へとむかっていきました。それいがいの兵士たちは、きりつ正しくびしっ! とれつをそろえたまま、旅の者たちのまわりにじん取っていたのです。そして進んでいったそのひとりの兵士が、はね橋のところにいるほかの兵士たちに敬礼をすると、はね橋のそばにたてられていたいっけんの小さな小屋のところから、ちりりん! というベルの音がなりひびきました。
しばらくのあいだ、ベルの音がなっていましたが、ベルの音がやんでからは、さっぱりなにごとも起こりませんでした。まわりをかこんでいる兵士たちは、あいかわらず旅の者たちに剣をつきつけたまま、ぴくりとも動きませんでしたし、はね橋のところにいる兵士たちも、気をつけのしせいを取ったまま、それからぱったりと動かなくなってしまったのです(そのうえ兵士たちの乗っている木の馬も、まったくおきものの馬のように、動かなくなってしまいました)。
それから、五分くらいがたったでしょうか? 旅の者たちはわけもわからずにこんなふうに待たされて、だんだんがまんができなくなってきました(とくにライアンは、さっきからずっと、いらいらしっぱなしでした)。
十分がたつと、さすがにみんな、どうしたことかと思いはじめました。気の長いモーグのゆうれいさんたちじゃあるまいし、こんなに意味もなく待たされつづけてしまっては、たまったものではありません。それで二十分がたったころ。とうとうライアンがたまらなくなって、そのいらいらをばくはつさせてしまいました!(やっぱりかれには、だまって待っていることなんてできませんでしたね。)
「いいかげんにしろー! いつまで、こうやってるのさー!」
ライアンは両手いっぱいにたつまきのうずを作り出しながら、その手を兵士たちにむけてしまいました! すると今までまったく旅の者たちにむかんしんといった感じだった兵士たちが、いっせいに、手にしたその剣をかまえてみんなの方へとむかってきたのです! これはまずい! なにしろ相手は、なん十人という、騎乗の兵士たちなのですから!
やっぱりここは、おとなしく待つべきでした……! ですが、もうおそい! 兵士たちは今にも、旅の者たちのことをその剣でくしざしにしてしまいそうなふんいきです! ベルグエルムは、やってしまった……! といった感じで、自分も剣をぬき放ちました。こうなったらもう、話しあうことなどはできません。戦って、なんとかこの場をきりぬけないと!
ライアンは自分のかるはずみなおこないのことを、心からこうかいしました。みんなのことを、危険にさらしてしまったのです。ですけど、かれをせめることはだれにもできませんでした(ロビーだってベルグエルムだって、がまんができなくなっていたことにちがいはありませんでしたから)。ロビーも剣をぬいて、小さなからだのライアンのことをかばいました。いよいよ戦いがはじまるのです。しかしライアンがそのしぜんの力のわざをくり出そうとする前に、敵はもう、かれらのもとへとつっこんできていました。ここから助かる見こみは、まったくもって、うすいものでした。
そのとき!
「うるさいぞ! なにをやっている!」
おほりのむこうのその巨大な木の方から、男の人の声がきこえてきたのです!
まさに、天の助け! みんなはいっせいに、声のした方にむきなおりました。すると、そびえ立つ木のねもとのところ。そこに小さなかいだんがあって、今そのかいだんを、ひとりの男の人がおりてくるところだったのです!
「だれでもいいから、助けてー!」ライアンが、空気のバリアーでせまりくる剣をひっしでおしかえしながら、もう、すがる気持ちでさけびました(こんなにいっぱいいっぱいのじょうたいからでは、とてもよゆうがありませんでしたので、ライアンもさすがに、とくいの強力なこうげきのわざをくり出すことなんてできませんでした。敵のこうげきをなんとかおしかえすことだけで、せいいっぱいだったのです。そしてふだんは強がっておりましたが、こんなときにはライアンもやっぱり、まだまだほんらいのねんれいにふさわしい、男の子でした)。
「お願いです! この人たちを、とめて!」ロビーも、手にした剣で相手の剣をせいいっぱいにはらいのけながら、ライアンにつづけてさけびました。
しかし、そんなみんなのひっしのさけびにも、その人はまるでなんでもないことだというように、顔色ひとつ変えないのです。ゆっくりとした足取りで、木でできたかいだんを、こつんこつんとおりてきました。
「おまえたち、ずいぶん多いな。こんなに、いたっけか?」
その人は旅の者たちのことを取りかこんでいる兵士たちのことを見て、そんな変なことをいいました。どうやらこの兵士たちは、この男の人につかえているようですが、ずいぶん多いとは、どういうことなのでしょうか?
「われらは、あなたたちとあらそう気などない! どうか、兵を下げてほしい!」ベルグエルムが、兵士たちのあるじと思われるその男の人にたのみこみました。すると男の人は、あいかわらずなんでもないことだというような顔をしたままで、ゆびをかるく、ぱちんとならしたのです。
するとどうでしょう! みんなのことを取りかこんでいる兵士たちが、くるり! むきを変えて、もときた道の方へ、ざっざっ! きそく正しくこうしんしていきました!
「た、助かった……」
ライアンはもう全身の力がぬけてしまって、ロビーのからだにぐったりとへたりこんでしまいました。ベルグエルムもロビーも心の底からほっとして、剣を持つ手をそのままぶらりと、下にたらしてしまいます。なにがなんだか? まだわけがわからないことばかりでしたが、とにかくみんなは、助かったのです!
旅の者たちはしばらくのあいだ、もう動くこともできませんでした。しんぞうはまだ、ばくばくなったままです。いやなあせがぽろぽろ吹き出してきて、地面にぽたぽた、たれました(もうだめかと思ったときには、だれでもこんなふうになってしまうものなのです)。
しばらくして、かいだんをおりてきた男の人が、旅の者たちとおほりをはさんでむかいあうところまでやってきました。それでは、さあ、説明してもらわないと! いったいどうして、みんなのことを、こんな目にあわせたのか!
その人はむっつりとした顔のままで、立ちつくしていました。こちらの方をじっとながめたまま、動きません。旅の者たちはかたずを飲んで、その人が口をひらくのを待ちました。そしてついに。その人が口をひらいてこういったのです。
「うむ。やはり、今夜のディナーは、きのこのスパゲッティーにきめた!」
そ、そんなことはどうでもいいですから……。
「あなたは、カルモトどのか?」ベルグエルムがさきに、その人に声をかけました(こちらから話をふらないと、さきに進めそうな感じではありませんでしたから)。
「カル……、なんだって?」その人がききかえします。この人が、さがしていたそのカルモトなのではないのでしょうか?
「カルモトどのです。われらはモーグのまちより、あなたをたずねるようにつかわされた者です。あなたの助けが、ぜひともほしいのです。」
ベルグエルムが、この人がカルモトなのにちがいないと思ってそういいました。しかしその人は、またしても、とんちんかんなことをいうばかりだったのです。
「モーガー? モーグ? なんだそれは? ハンバーグみたいなものか?」
はたしてほんとうに、この人がカルモトなのでしょうか……? 旅の者たちはなんだかとっても、不安になってきました。ここまできてぜんぜんかんけいのない人だったのなら、がっかりもいいところですもの。
「モーグ。ロザムンディアのまちの、べつの名まえです。今では魔女ののろいを受けて、すっかり、はいきょのまちになってしまったのです。」
ベルグエルムの言葉に、その人はこんどは手をぽん! とたたいて、思い出したようにいいました。
「おお、そうか。ロザムンディアなら知っている。むかし、わたしがこの手で、すくってやったまちだ。今ではすっかり、もとの通りにさかえていることだろうな。みんな、げんきでやっとるか?」
どうやらこの人って、あんまり人の話をきいていないみたいです……。今、魔女にのろわれて、はいきょのまちになってしまったと、いったばかりですのに! ですからそれからもういちど、ベルグエルムがていねいに(そしてこんきよく)説明して、ようやくロザムンディアのまちの今のようすのことなどについて、りかいしてもらうことができました(モーグのゆうれいさんたちもそうですけど、話がすんなりとさきに進まないことが多いですね……)。
「なんだと!」
話が終わると、その人ははじめて感じょうをあらわにしていいました。
「まさか、そんな! かれらのたましいは、すっかりもとの通りにもどったものとばかり、思っていた。このわたしとしたことが、うっかりだった!」
なんだかこの人の場合なら、うっかりというのもうなずけるような気もしますが……。とにかくその口ぶりからさっするに、モーグのまちでのできごとにこの人がかかわっているということは、どうやらまちがいないようです。いったいこの人はほんとうに、なに者なんでしょうか?
「もうすっかり、かたがついたとばかり思っていたのだが。うーむ……」その人はそういって手をあごにあてて、考えこみました。
ところで……。ちょっと説明がおそくなってしまいましたが、ここで読者のみなさんに、この人(たぶんカルモトさんですけど)の見た目のことを、きちんとお伝えしておかなければなりませんね。これまでは戦いの場面や話の流れなどで手がいっぱいで、著者のわたしもこの人の見た目のことを、お伝えしているよゆうがなかったのです。
まずぱっと見ただけで、なんともおかしな人でした。赤や青やきいろにみどり、それらの水玉やいろんなもようのはいった、とってもうるさくてごちゃごちゃとした服を着ていて、おそろいのズボンをはいていたのです(ですからまるで、サーカスのピエロみたいです)。腰にはひらひらとした、バレエのスカートみたいな白いぬののかざりをまいていて、首のまわりにもそれと同じような、ぬののかざりをまいていました(しかもそれらのかざりには、よく見るとたくさんの小さな星や、お花、ちょうちょ、くま、くだもの、などといった、かわいらしいブローチがちりばめられていました)。
顔がまた、とってもいんしょう的でした。感じょうのわからないむっつりとした顔をしていましたが、するどくつり上がった目といい、大きくとがったわし鼻といい、きっ、とむすばれた口といい、いかにもへんくつの学者とか、がんこな先生だとか、そんな感じの顔をしていたのです。からだはとってもやせていて、背も高く、まるでひょろっとしたにんじんみたいです。ひげはありませんでしたが、かみは長くてぼうぼうで、しかもそのかみを、赤やもも色やきいろに、はでにそめていました!
ですからたいていの人は、この人のことをひとめ見ただけで、こう思うんじゃないでしょうか?
しゅみが悪い!
旅の者たちもれいせいになってみると、あらためて今、そう思っていたのです(ですからベルグエルムもはじめは、「こ、この人、だいじょうぶなんだろうか? うーむ……」と、かれに話しかけるのをためらってしまったほどだったのです)。でもとりあえずのところは、かれのおしゃれのセンスのことについては、ふれないでおいた方がよさそうですね。いろんなしゅみの人がいますから。それよりも今は、もっとだいじな話があるはずです。
「あなたが、カルモトどのでありましょう?」ベルグエルムがもういちど、たずねました(早くはっきりしてもらわないと、話がさきに進みませんもの!)。そしてそのベルグエルムの言葉に、ようやくその人はあることを思い出したようで、こういったのです。
「そういえば、いぜん、そんな名まえでよばれていたことがあったような気がするな。だが、そのカルモトというのは、だれかがかってにつけた名まえだろう。ふだんはわたしは、わたしのほんとうの名まえをみじかくしょうりゃくした名を、使っているからな。」
そしてその人は、自分のみじかくしょうりゃくした名まえをいいましたが、それでもぜんぜん、だれもおぼえられないほどに、長いのでした!
「す、すみません。もういちどお願いできますか?」ベルグエルムが思わず、ききかえしてしまいました。するとその人は、しぶしぶといった感じで、もういちどだけくりかえしていってくれたのです。
「しかたのないやつだな。これでさいごだぞ。わたしの名まえは、カルディンナンモントアウルクリストフフォン・デルハルゼントグンナンフィアセルトス・ハウゼンという。もういわんぞ。ほんとうの名まえをいちいちいっていたらめんどうだから、こんなにみじかいよび名をつけたのだ。これでおぼえられないというのなら、もう知らん。」
なるほど、魔法学校のアルフリート校長先生でさえ、この人の名まえをおぼえていなかったのもむりはありません。長すぎですもの! こんなわけでしたから、もっとかんたんに、だれかがカルモトというよび名をつけたのでしょう。ですからカルモトさんほんにんが(だれかがかってにつけた)そのカルモトというよび名をよくおぼえていなかったのも、むりもないことでした(もっともかれの場合は、もとからおぼえる気がなかったようですが……。
ちなみに。モーグのゆうれいさんたちは名まえのこともふくめて、このカルモトについてのうわさをすべて旅人たちからききましたが、いちばんはじめにカルモトのうわさをみんなに広めたのは、ほかでもない、ヴァナントの魔法学校からやってきた、とあるひとりのみならいのまじゅつし学生だったのです。この学生のかれは植物学がせんもんで、アークランドの植物のひょうほんをとることがもくてきでこのアークランドをおとずれましたが、その旅の中で、山の中に住むカルモトにぐうぜんに出会ったのでした。
「あなたは、カルモト先生じゃありませんか!」
こういったわけで、まちの人たちは「西の大陸からやってきた山の中に住んでいる学者で、まじゅつしで、とっても強くて、だれもほんとうの名まえを知らなくて、そして魔女のことにもくわしい」という、カルモトのうわさを知ることになったのです。なんだかずいぶん、ややこしいうわさでしたが……。
ところで、このうわさはベーカーランドには伝わらなかったのでしょうか? じつは伝わったことは伝わりましたが、そのあと西の街道がとざされたがために、西の街道の地のまじゅつしのうわさも、そのままとだえてしまいました。それがもう三十年以上も前のことでしたから、ベルグエルムたちがカルモトのことを知らなかったのも、とうぜんのことだったのです。カルモトのうわさをまだ知っていたのは、そのころから時間のとまったままの、モーグのゆうれいさんたちばかりでした)。
さてさて、名まえ(とうわさ)のことはともかくとして。やっぱりこの人がモーグのゆうれいさんたちのいっていた、カルモトさんほんにんにまちがいありませんでした。とりあえずは、よかったよかった! みんなこの人のことをたずねて、ここまでやってきましたから(カルモトさんが三十年以上もずっとここに住みつづけてくれていて、ほんとうによかった!)。すんなりとはいきませんでしたが、それでもずいぶんと早く、カルモトさんのことが見つかったわけです(まだモーグのまちを出発してから、一時間くらいしかたっていませんでしたから!)。これなら魔女アルミラとのけっちゃくについても、けっこう早くかたがつきそうですね。
でもまだ、かたがついていないことがありますよね。そう、いくら助けをたのみにきた相手とはいえ、こっちはもうすこしで、殺されるところでしたから!
「ちょっと待って! 名まえのことなんか、どうでもいいよ!」
さあ、いよいよライアンが、カルモトにせめよる番がやってきました。兵士たちを下げて助けてくれたのはカルモトでしたが、そもそもその兵士たちは、このカルモトの手下たちなのです! とてもこのまま、だまったままでいることなどはできませんでした(ライアンが)。
「こっちは、殺されるとこだったんだ! どう、つぐなってくれるのさ! さあさあ!」
「どういうことなのか? 説明してください。」さすがにロビーも、ライアンにつづけていいました。
さて、カルモトはなんとこたえるのでしょうか?
カルモトはしばらく、むっつりとした顔のままでだまっていましたが、やがて、あっ! といったように目を見ひらいて、いいました。
「そういえば、むかし、おかしなやつらがこのあたりをうろついていたんで、わたしが木の兵士たちを、見張りに立たせておいたんだった! うろついている者がいたら、わたしのもとまでつれてくるように、めいれいしておいたような気がする。まだ、ずっとそのままだったのか。わたしとしたことが、うっかりだった!」
やっぱり! こんなことだと思ったんです!
カルモトは木から魔法で作り出したというこの木の兵士たちに、土地にはいりこんだ者を自分のもとまでつれてくるようにと、めいれいしていました。そしてもし相手がはむかった場合は、力ずくでおとなしくさせるようにとも、カルモトはめいれいしていたのです。兵士たちはそのめいれいの通りにみんなのことをここへつれてきて、そしてはむかったみんなのことを、おとなしくさせようとしたというわけでした(じつにちゅうじつな兵士たちです! そしてこの兵士たちは、木から作られた木の兵士たちだったんですね。どうりでふつうの兵士たちにくらべて、おかしな感じがすると思ったんです。
ちなみに。この兵士たちのかぶとの中には、ただ草をまるめたものがはいっているだけで、顔はありませんでした。この兵士たちは魔法のエネルギーそのものを使って、かんたんなおしゃべりをしていたというわけだったのです。もっともこの兵士たちは戦いの方がせんもんで、おしゃべりをするのはにがてのようでしたけど。そのおかげで、へんじをかえしてもらえなかったライアンが、すっかり怒ってしまいましたよね)。
カルモトの話では、この兵士たちとかれらの乗る木の馬たちは、ふだんはずっと、木のすがたをしているとのことでした。土地にはいってきた者を見つけると、ただの木から、兵士や馬のすがたにばけるというのです。どうりでさすがのベルグエルムでも、かれらに気がつかなかったはずです! だって、ただの木ですもの、わかるはずもありませんよね! たくさんの兵士たちにとつぜんまわりをかこまれてしまったのは、こういうわけがあったからでした(そしてカルモトのいっていた「ずいぶん多いな」という言葉も、このためでした。カルモトは目の前にいる兵士たちが、「忘れてしまっていた、自分のところにもどってきた兵士たち」なのだということに、気がついておりませんでしたので、もともと手もとにおいていた兵士たちとくらべて、「ずいぶん多いな」といったのです。忘れられてたなんて、なんかかわいそうな兵士たちですね……)。
さらにもっとくわしく話をきいたところ、旅の者たちが通ってきたあの道には、もうひとつ魔法がかかっていたそうでした。カルモトは知りあいがたずねてくるというので、自分の家までの道がわかるようにと、つづく道の木々に道あんないの魔法をかけていたのです。みんなが道をゆくときに感じたおかしな感じは、そのためでした。木々が旅の者たちの心に、ちょくせつ「道はこっちですよ」と語りかけていたのです。それにしても……、かんげいの道あんないの魔法がかかっているところに、うむをいわさず相手をつかまえる兵士たちをおいておくなんて! なんていいかげんな人なんでしょう! 旅の者たちにとってはなんともいいように、ふりまわされてしまったわけでした。
「そうだったのか。それは、ほんとうにすまないことをした。この通りだ。」話をきいて、カルモトは心からすまなそうに、頭を地面すれすれといったところまで深々と下げました(からだのやわらかい人ですね! でもちょっと、ぽきぽきっ! というひびのはいるような音がしたのが心配でしたが……)。
さて、どうしたものでしょうか? このカルモトのたいどはけっこういがいなことでしたので、みんなは思わず、おたがいに顔を見あわせてしまいました。どうやらこのカルモトという人は、そそっかしくていいかげんなだけで、ぜんぜん悪気はないようなのです。もちろん旅の者たちのことをきずつけるつもりも、ぜんぜんなかったのでしょう。
ですからこれ以上、かれをせめてもしかたありますまい! 旅の者たちにはそれよりももっと、たいせつなしごとがあるのですから(やっぱりライアンだけは、「なっとくいかないな。」とぶーぶーいっていましたが)。
「カルモトどの。」ひとだんらくがついたところで、ベルグエルムが話を切り出しました(やっぱりこの人のことをよぶのには、手っ取り早い名まえである、カルモトというよび名でかんべんしてもらいました。カルモトさんの方は、だいぶふまんそうでしたが)。「さきほども申し上げました通り、われらには、あなたの助けが必要なのです。われらは、しっちたいの中にそびえる魔女の塔へとはいりこみ、そこに住むという魔女アルミラのことをしりぞけ、魔女のもとから、みなのたましいを取りもどさなければなりません。あなたは魔女のアルミラにたいこうする、とくべつな力をお持ちのはず。どうかわれらに、その力をお貸し願いたいのです。」
こんどはみんなの方が、カルモトに頭を下げる番でした(やっぱりライアンだけは、まだしぶしぶしていましたが)。
さて、カルモトはどうこたえてくれるのでしょうか?
「なにやら、話がおかしなほうこうにかたむいているようだが……」カルモトは手をあごにあてて、なんだかふしぎそうな顔をしてそういいました(ちなみに、手をあごにあてて考えるのは、この人のくせみたいでした)。そしてそのあと。カルモトの口から出た言葉に、旅の者たちはなんともまったく、びっくりぎょうてんしてしまったのです。
「アルミラなら、もうとっくに、このくにから出ていったぞ。わたしがこの手で、ついほうしてやったんだからな。これは、まちがいのないことだ。あのブリキの塔には、もうだれも住んどらん。」
ええーっ!
これはいったい、どういうことなのでしょう! 魔女のアルミラが、モーグのみんなのたましいを持っているんじゃないのでしょうか?
そしてさらにさらに! つづくカルモトの言葉は、旅の者たちをそれよりももっと、びっくりぎょうてんさせてしまいました。
「今ごろアルミラは、ガランタのわたしの家にでも、もどってるんじゃないか? なにしろあいつは、わたしのいもうとだからな。」
な、なんですってー!
なにやらほんとうに、話がずいぶんとおかしなほうこうにかたむいてしまいました! さあさあ、旅の者たちの「魔女をやっつけてたましいを取りもどせ」大作戦は、いったいこのさき、どう進んでいってしまうのでしょうか? みんなのたましいのゆくえは? そして、フェリアルの運命やいかに!(三回目ともなると、さすがにしつこかったですね。すいません。)
旅の者たちのそのはるかな上から、金のロープをたらしたような木もれ日がふりそそいで、地面にたくさんの光の水たまりを作り出していました。この大むかしからの木にとって、その日もいつもとまったく変わらない、ただのふつうのいちにちでした。
次回予告。
「へいかもさぞや、およろこびになろう。」
「なにをのんびりすわっている!」
「みなさん! ようこそ、わが家へ!」
「アルマークめ……」
第13章「木の塔とブリキの塔」に続きます。