ロビーの冒険   作:ゼルダ・エルリッチ

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11、おばけのまちでおるすばん

 今からなん十年と前のこと。このアークランドよりもずっと西の、海のむこうの大陸でのお話です。その大陸にはじつにさまざまなくにがあって、じつにさまざまなぶんかがごったがえしていました。住んでいる人たちもじつにさまざまでした。人間はもちろん、ありとあらゆる動物の種族の者たち。海の種族、山の種族、小人たち。動く木の種族。果ては、はっきりとしたからだを持たない、けむりのようなすがたの種族の者たちまで、じつにさまざまな種族の者たちがこの大陸には住んでいたのです(アークランドのウルファたちとはしゅるいがちがいましたが、おおかみ種族の者たちもすくなからず住んでいました)。ですから人々はこの大陸のことを、しぜんとこうよぶようになりました。いろんなものがまじりあった大陸。こんごう大陸ガランタと。

 

 そのガランタ大陸の東の果て、みなとの大都市ポート・ベルメルからほど近いヴァナントという小さなまちに、ひとつの魔法学校がありました。このヴァナントというまちは、魔法をあやつるために必要な力がほかの土地よりもたくさんあったということで、数多くの魔法をこころざす者たちがしゅぎょうにやってくるところだったのです(でもわたしは魔法を使えませんので、力がたくさんあったといわれても、よくわかりませんでしたが)。そしてこのまちの魔法学校は、ガランタ大陸の中でもいちばんといっていいほどの、けんいをほこっていました。

 

 あるとし、その魔法学校に長くてきれいな黒かみを持った、すらりとほそい、ひとりの若く美しい女の人が入学してきました。かのじょの名まえはアルミラ・ロングワートといいました。かのじょのさいのうは、はじめからずばぬけていました。そして一年ほどもたつと、かのじょはこの魔法学校のどんなゆうしゅうなせいとよりも、そして魔法を教える先生さえもかなわないほどの、すぐれた力を身につけたのです(この魔法学校のべんきょうきかんは五年でしたから、かのじょがどんなにゆうしゅうか? おわかりいただけるかと思います)。

 

 しだいにみんなは、かのじょのそのさいのうをおそれるようになりました。魔法の先生たちはかのじょをこのまま、この魔法学校にいさせておいていいのだろうか? とひそかにささやきはじめるようになりました。かのじょの力がこれ以上大きくなれば、もう自分たちの手にはおえなくなるということが、わかっていたからです。もしその力を悪いことにでも使われたら、たいへんなことになると。

 

 そしてみんながそんな心配をしはじめたころのことでした。アルミラ・ロングワートはとつぜんに、この魔法学校をやめてしまったのです! いったいどういうことだろうか? 学校はかのじょのうわさでもちきりとなりました。そしてそれからしばらくたったころ、じけんは起こったのです。

 

 この魔法学校でもっともげんじゅうで、もっともひみつにされている魔法のほかん部屋に、ひとりのどろぼうがはいりました。そのどろぼうとは、ほかでもありません。あのアルミラ・ロングワートだったのです! アルミラはそこから、使うことをかたくきんしされているある魔法のわざをぬすみ出しました。それはなんともおそろしく、なんともぞっとするわざでした。そのわざとは人のたましいをぬき取って、そのたましいの力で、おそろしい軍隊を作るというものだったのです!

 

 このおそろしいわざをうばい去ったアルミラのゆくえは、だれにもわかりませんでした。うわさではほかの大陸へ渡って、この魔法のわざのじっけんをおこなっているということでした。そしてそれからどれほどの時間がたったのでしょうか? 人々はふたたび、このアルミラの名まえをきくこととなったのです。おそろしい、魔女の名まえとして。

 

 そう、アルミラとは、このアークランドの西の地に住みついているという、そのおそろしい魔女のことでした! アルミラは魔法学校から持ち出したその魔法のわざをたずさえて、ひとり、人目のつくことのないこのアークランドの西の地へと、そのときはじめてうつり住んできたのです。

 

 あれ? でも待ってください。たしか西の魔女というのは、もうなん千年もむかしから、その土地に住んでいるっていううわさじゃなかったでしたっけ? じつはそれはまったくのでたらめで、ほんとうはこの魔女が西の地にやってきたのは、お伝えしました通り、まだほんの数十年前のことだったのです(うわさっていうものはどんなところでも、話が大きくなって広がるものですよね。ベルグエルムやフェリアルをはじめとする南のくにの人たちは、そのうわさをほんとうのことだと思いこんでしまっていたのです)。その数十年のあいだに、魔女アルミラのうわさはどんどん広がっていきました。そしてその魔女が西の土地にやってきてはじめに目をつけたのが、ほかでもない、ロザムンディアのいせきに住む人たちだったのです。

 

 それから三十年あまり。ロザムンディアのいせきはすっかりもとのはいきょのまちとなり、モーグというふきつな名まえで人々におそれられるようになりました。このいせきがモーグとなってしまったわけ。それはどうやら、この魔女がかんけいしているみたいです。いったいこのまちに、なにが起こったのか? それはこのあとの物語の中で、語られることになるのです。

 

 

 「ここが、ロザムンディア大聖堂ですよ。」旅の者たちにそうつげたのは、おばけのミリエムでした。

 

 「わたしたちは、ちょうど、この大聖堂でミサをひらいていたところだったんです。みんな、中で待っていますよ。しさいさまもいらっしゃいます。」

 

 それはあっとうされるほどの、りっぱな大聖堂でした。モーグのほかのたてものと同じ、ばら色の石を重ねてつくられていて、そのいたるところに、こまかなちょうこくがほどこされていたのです。植物のつるや、葉っぱや、お花がたくさん。たくさんの動物たち。天使のむれや、ころもをまとったそうりょたち。そのほか、よげん者、しどう者、などといった者たちのちょうこくが、ところせましとほどこされていました。

 

 ちょうこくの美しさもさることながら、みんなはまず、その大きさにおどろかされました。ここにくる前ベルグエルムとライアンが話しておりましたように、大聖堂にはひとつの塔がつき出ていましたが、その高いこと! 高さはおよそ、四百フィート以上はあるでしょう! みんなはただただ、「ふえーっ。」と息をついて、空を見上げるばかりでした(おかげでみんな、しばらく首が痛くなってしまいましたが)。

 

 大聖堂のりっぱさとはべつに、みんなが気づいたことがありました。それは大聖堂もふくめてそのまわりの地面だけには、あのかびのような植物が生えていないということでした。地面にはばら色の石だたみが見えていて、それではじめて、みんなはモーグのまちの地面の石だたみに、美しいモザイクもようがほどこされているということがわかったのです(このもようは船とロープをあしらったもので、船乗りのまちだったロザムンディアのまちのマークでした)。

 

 「できたらみんな、そうじしたいんですがね、」ミリエムがいいました。「広いまちですから、かびの生える早さに、そうじがとても追いつかなくて……。せめて大聖堂のまわりだけでもと、いつもきれいにそうじしているんですよ。」

 

 ミリエムはそういうと、ふわふわと空に飛び立っていきます(ゆうれいですから)。

 

 「ほら、これなら、大聖堂の上の方までそうじができるでしょ? はしごがいらないから、けっこうべんりなんですよ。」ミリエムが、(空中で)にこにこ笑っていいました。

 

 ですけどそんなミリエムのおしゃべりなどに、みんなはほとんどかまっていられませんでした。なにしろフェリアルの身が、いちだいじなんですから!(そうじのことなんか、はっきりいって、どうでもよかったのです!)

 

 あれから……(フェリアルがみんなの前にひょっこりあらわれて、自分のからだを見て、「わたしがいるー!」とおどろいてからのことです)。みんなはミリエムたちに、これはいったいどういうことなのか? とつめよりました(フェリアルはとくにつめよりました)。そしてみんなはあの影のおばけのしょうたい、そしてフェリアルの身になにが起こったのか? ということなどを、とりあえずかいつまんでですが、知ることとなったのです。

 

 あの影のおばけは、むかしモーグのまちにやってきた魔女の手下であり、魔女はあの影を使って、人々のからだからたましいをうばい去っていったということでした。そして重要なのは、影はたましいを半分だけしか持っていかないということでした。つまり残りの半分は、からだに残していくのです(そのりゆうはあとで説明されます)。

 

 しかしたましいが半分だけでは、もう人としては生きていくことができなくなってしまうのだそうでした。からだに残された半分のたましいは、からだにとどまっていることができずにからだからぬけ出してしまって、あとはもう、ゆうれいとしてしか、かつどうすることができなくなってしまうのだというのです(これが、かんぜんにたましいをぬかれたときとの大きなちがいです。たましいが半分あれば、ゆうれいになって、動きまわることができるんですね。そしてたましいをぬかれたからだの方も、自分のたましいが半分、自分のそばにまだ残っているんですから、死んでしまうということはありませんでした。見た目はぜんぜん、死んだようになってしまうんですけど)。ミリエムたちゆうれいのみなさんも、かつてあの影にたましいをうばい去られ、そのけっか、今のゆうれいのすがたになってしまっていたというわけでした。

 

 つまりこういったわけで、フェリアルは半分のたましいをうばわれて、残りの半分のたましいだけを持ったゆうれいとして、みんなの前にあらわれたというわけでした(ちょっとややこしいんですけど。

 

 ところで、こんなにだいじなことは、早く教えておいてほしかったですよね! おかげでみんなはすっかり、フェリアルが死んでしまったものとばっかり思ってしまいましたから! でもまだ、フェリアルがすっかりもと通りになるというほしょうは、どこにもありませんでしたから、よろこんでばかりもいられないわけです。それはこんごのてんかいに、きたいするしかありません)。

 

 あの影が今、どうしてここにやってきたのか? それはみんなが通ってきた北の門と、そこにいたあのがいこつたちが、かんけいしているそうでした(やっぱり、あのがいこつたちでした。ずいぶんあやしかったですもの)。さらに魔女がこのまちに目をつけたわけや、このまちでなにが起こったのか? ということ。そして魔女そのものについてのことなども、みんなはもっとくわしく知る必要がありました(フェリアルのいのちがかかってるんですから)。それでみんなはミリエムたちにあんないされて、それらのことをくわしく話してくれるというしさいさまのいる大聖堂へと、むかうことになったのです(そして今、みんなはその大聖堂についたところでした)。

 

 大聖堂の中は、ことさらにりっぱなものでした。てんじょうははるかな上にあって、そのまん中には大きなまるいドームがつくられております。かべにはたくさんのとうめいな石がはめこまれていて、その石があわく美しい、とうめいな光を放っていました。そしてあちこちにつくられた大きなまどには、これまたりっぱな、きれいなステンドグラスがはめこまれていたのです。

 

 そとのおてんきが晴れ渡っていたのなら。この大聖堂の中は光にあふれ、それはそれは美しいものとなっていたことでしょう。ですがここは、ひるなお暗い、モーグの中。おばけのきりがまい、ぶきみなかびが生いしげる、ゆうれいのまちであったのです。ですからこんなにもすばらしい大聖堂も、(とってもざんねんながら)まるでおばけのぬしの住むゆうれいの城であるかのように、なんともうすきみ悪く思えてしまいました(いちどそういうふうに見えてしまうと、なんだかすべてこわく思えてしまうものです。かべのステンドグラスのかがやきも、とうめいな石の光も、まるでおばけの目が光っているみたいに見えてしまいました)。

 

 「な、なんだか、おばけでも出そうな感じですよ……!」そういってミリエムのうでにしがみついているのは、フェリアルでした(ちなみに、おばけどうしになってしまえば、ミリエムのからだにもふれることができたのです)。

 

 「なにいってるんですか。あなたも、おばけでしょ。」そんなフェリアルに、ミリエムがこたえました。

 

 「そ、それをいわないでください! いっしょうけんめい、忘れようと努力しているんですから! わたしはおばけなんかじゃない、おばけなんかじゃない……」

 

 かわいそうなフェリアルは、さっきからなんども、自分にそういいきかせていたのです。ですが、ときどきちらっと目にはいってしまうたましいのぬけた方の自分のからだが、自分がゆうれいであるのだということを、はっきりとかれに思い知らせてしまいました(フェリアルのからだはベルグエルムがおんぶして、よいしょよいしょとはこんでいたのです)。

 

 「ところで、そのしさいさまは、どちらに?」大聖堂のまん中ほどまできたところで、ベルグエルムがいいました。ベルグエルムのいう通り、大聖堂の中はぶきみなほどに静まりかえっていて、人のいるけはいなど、まったくなかったのです(といっても、ここはゆうれいのまちでしたから、人のけはいなんてもとからどこにもありませんでしたけど。すくなくとも、生きている人のけはいは)。

 

 「やだなあベルグ、なにいってるの。ここは、おばけしかいないんでしょ? そのしさいさまも、おばけにきまってるじゃない。」そういって正面にあるさいだんの方をゆびさしたのは、ライアンでした。「しさいさまなら、さっきからそこに、いるみたいだよ。」

 

 え? ほんとに? みんなはそろって、ライアンのゆびさしたさいだんの方に目をむけました。そしてライアンのいう通り。みんなはそこに、あるひとりの人物(のようなもの)を見たのです。

 

 はじめはまったく、気がつきませんでした。しかしようく見ると、そこになにか白いひらひらとしたものが、うっすらと見えはじめてきたのです。そしてそれは、やがて、はっきりとした人のかたちへと変わっていきました!(いわゆる、ゆうれいとうじょうの場面という感じです。うん、これなら、ゆうれいっぽくていいですね! って、そういう場合でもありませんか……)

 

 「あの方が、この大聖堂のしさいさまです。しさいさま、お客さまですよ。」ミリエムがそういって、しさいさまにおじぎをしました。そしてそれにこたえて、しさいさまがゆっくりと音も立てずに、みんなのところにふわーっと歩いてきたのです(ゆうれいですから)。

 

 「よくいらっしゃいました、みなさん。たいへんな目にあわれたようですね。」

 

 しさいさまの声は、すき通るような、美しくもかほそい声でした。まるで女の人のような……、というより、女の人だったのです。大聖堂のしさいさまが女の人というのは、このアークランドではめずらしいことでした。ですからみんなは、このいがいな出会いに、ちょっとびっくりしたのです。

 

 「これは、しさいさま。わたくしは、ベルグエルム・メルサルと申します。こちらは、ロビーどの。そしてシープロンの、ライアン・スタッカート。それから、わたくしの肩におぶさっているのが、フェリアル・ムーブランドであります。」ベルグエルムがうやうやしく、(フェリアルを落っことさないように気をつけながら)頭を下げていいました。

 

 「わたしは、ティエリー・エルムリール。この大聖堂のしさいです。」

 

 しさいさまは若く小がらで、とてもからだがほそくて、そしてとても美しい女の人でした。こがね色のかがやくような長いかみの毛をしていて、それを頭の上であんでおります。それはまるで、こがね色のかんむりをかぶっているかのようで、白くて美しいきぬの衣服とあわさって、しさいさまのおごそかなふんいきをより強く感じさせていました(ミリエムはみんなに小声で、「きれいな人でしょう? 人気者なんですよ。」とじまんげにいっていました)。

 

 「そちらの方。もう影はきませんから、どうぞこちらへおいでなさい。」

 

 しさいさまがそういってまねいたのは、木の長いすの影にかくれているフェリアル(のゆうれい)でした。フェリアルはしさいさま(のゆうれい)があらわれたとたんに、「ひいっ、おばけ!」といっていすの下にかくれて、がたがたふるえていたのです(やっぱりまだ、ゆうれいさんたちになれるのには、時間がかかりそうですね)。

 

 「あなた方は、たいへんなしれんにあわれてしまったのです。これは、よういなことではありません。ですが、きぼうはまだ、残されております。あなたたちは、われらの大きなきぼうです。」しさいさまは両手を胸の前でくみながら、静かにいいました。

 

 「あなたたちが、ゆうれいにならずに、ここにこうしてたどりついたこと。それはまさに、神のおぼしめし。きせきというほかありません。」

 

 「神さまのおかげでもあるし、ここにいる、ロビーのおかげでもあるんです。」しさいさまの言葉に、ライアンがそういって、ロビーのうでを取ってみせました。

 

 「この人のおかげで、あの影をやっつけることができたんです。ロビーがいなかったら、ぼくたちみんな、おばけになっちゃってたもの。」

 

 ライアンの言葉に、ティエリーしさいさまは静かな表じょうのままこたえます。

 

 「すでに、ぞんじております。あなたたちの戦いのようすなら、ここにいるみなさんから、もうきかされておりますから。」

 

 ここにいるみなさん? それはいったい、だれのことなのでしょう? ミリエムたち三人のゆうれいさんたちは、まだしさいさまのところには、いっていなかったはずですが……。 

 

 「あれ? みなさん、気がついていなかったんですか? この大聖堂にやってくる前から、もうわたしたちは、三人だけじゃなかったんですよ。」

 

 ミリエムがそういったとたんでした。あたりが急に、ざわざわとどよめきはじめたのです!

 

 

 「それにしても、りっぱな戦いぶりだった。」

 

 「ほんとうに、あんなふしぎな剣が、この世にあるなんてねえ。」

 

 「あのゆうれいになっちゃった人、ついてない人だなあ。」

 

 

 あたりから、たくさんの人の話し声がひびいてきました! いったいこれは……?

 

 「みんな、もう、出てきたらどうです? 悪い人たちじゃなさそうだ。」

 

 ミリエムがそういうのと同時に、ロビーたち旅の者たちは、とてもおどろくことになりました。あたりにつぎつぎと人のすがたがあらわれはじめ、そしてそれは、あっというまに、この場をうめつくしてしまったのです!

 

 いったいなん人くらいいるのでしょうか? あっちでざわざわ、こっちでどよどよ。男の人も女の人も、おとしよりも若い人も小さな子どもまで。さいだんの前はもうところせましと、人々の波であふれかえってしまっていました!(そしてとうぜん、それらの人々はみんなゆうれいでした。)

 

 おどろいているそんなロビーたちのことを見て、ミリエムが説明しました。

 

 「みんな、このまちのゆうれいさんたちです。ちょうど、ミサのとちゅうだったっていったでしょう? あのおそろしい影がふたたびやってきたものだから、みんな、あなたたちのそばまで、ようすを見にやってきていたんですよ。とうめいなままでしたから、みなさんには、見えていなかったみたいですけど。」

 

 そうなのです、じつはあのロビーのいさましい戦いの場面のあたりから、みんなのまわりにはたくさんのゆうれいさんたちが、すでに集まっていました! そこでかれらゆうれいさんたちは、ロビーの戦いぶりを見守りながら、「がんばれー!」とか、「そこだー!」とか、あついせいえんを送っていたのです。ですけどゆうれいさんたちは、すがたと声を消しておりましたので、ロビーたちにはぜんぜん、わかりませんでした(どんな世界でもゆうれいというものは、まずはすがたと声を消しているものなのです。ロビーたちがミリエムたちにばったり出会ったのは、ミリエムたちがすがたを消していなかったからでした。ミリエムたちもまさか生きている人に出会うなんて、思っていませんでしたから)。そのかくれていたゆうれいさんたちが、さきに大聖堂へともどって、しさいさまにことのいちぶしじゅうをつげていたというわけだったのです。

 

 「ぎゃあ! おばけー!」フェリアルにとっては、なんともたまりません! すでに四人ものゆうれいさんたちに出会ってしまったというのに、今や目の前は、おばけの海なのですから! フェリアルは「う~ん……!」とうなって、そのまままた、きぜつしてしまいました(ゆうれいがきぜつするというのも、おかしなものですが……)。

 

 「こまった人ですねえ、その人。」ミリエムがうでをくんで、あきれたようにいいました。

 

 

 それからみんなは、この大聖堂の中でたくさんの話しあいをおこなうこととなったのです。いったいこれからどうすればよいものか? しさいさまをはじめとするこのモーグのゆうれいさんたちに話をきかないことには、はじまりません。こんなところでいつまでも、足どめをくってしまうわけには、どうしたっていかないのです。

 

 「しさいさま。さきほど、われらのことがきぼうであるとおっしゃいましたが、それはいったい、どういうことなのですか?」

 

 ベルグエルムがしさいさまにたずねました。そしてしさいさまはしばらく考えこんだあと、ゆっくりとした静かないい方で、こうこたえたのです。

 

 「あなた方が、生きたからだのままここへやってきたということが、きぼうなのです。ほんらいここは、たましいをうばわれた、ゆうれいの者たちのまち。ゆうれいになってしまったら、もう、まちをはなれることすらかないません。ですが、あなたたちは生きている。生きているのなら、このまちをはなれることができるのです。」

 

 旅の者たちは、おたがいに顔を見あわせました。ゆうれいになってしまったら、このまちから出られない?(はじめてミリエムたちに会ったときにも、ミリエムがそんなことをいっていました。)ですけど、よかった。どうやらゆうれいではない自分たちになら、ここを出ることはかのうなようです。でもフェリアルは? フェリアルはどうしたらよいのでしょう?

 

 「ぼくたちは出られても、フェリアルさんがいっしょじゃなきゃ。なんとか、フェリアルさんもいっしょに、まちを出ることはできないんですか?」ロビーがフェリアルのことを心配して、いいました。

 

 「このままフェリーもゆうれいのままつれていけるんなら、おばけといっしょに旅をつづけるってことになって、おもしろいかもね。でも……、からだもいっしょにはこんでいかなきゃならないから、やっぱ、めんどうかな。」ライアンが、長いすに寝かされているフェリアルのからだと、そのとなりで気を失っているフェリアルのゆうれいのことを見くらべながら、口をはさみます。

 

 (ライアンの言葉には反応せずに)ロビーのといかけに、しさいさまがこたえました。

 

 「ざんねんですが、その方はここから出ることはできません。ゆうれいになった者は、このまちからそとへ出たとたん、たましいがからだからかんぜんにはなれていってしまって、ほんとうに死んでしまうのです。これは、かの魔女によるのろいなのです。」

 

 「ですからわたしたちは、みんな、このまちから出られないんですよ。」ミリエムがつづけて、口をはさみます。「ゆうれいですから、飲み食いする必要がないんで、その点では心配ないんですけどね。なにせここじゃ、食べもの飲みもの、なんにもありませんから。かびやどくきのこじゃあ、食べる気にもなりませんしねえ。」

 

 (ミリエムのよけいなおしゃべりには反応せずに)ベルグエルムがしさいさまにたずねました。

 

 「その、魔女ののろいというのは、なんなのですか? いったいこのまちに、なにが起こったというのです?」

 

 ベルグエルムの言葉に、しさいさまをはじめ、ゆうれいの人たちはみんな静まりかえってしまいました。みんなうつむいて、ふさぎこんでしまっていたのです。たましいをうばわれてしまったゆうれいの人たちが、とじこめられてしまったまち、モーグ。このまちにいったい、なにが起こったというのでしょうか?

 

 「それではそろそろ、はじめましょう。みなさん、したくをしてください。」

 

 しさいさまがとつぜん、ゆうれいの人たちにむかっていいました。そしてしさいさまのその言葉を受けて、ゆうれいの人たちの中から二十人ほどが、ふわふわと、さいだんのわきにあるひとつのアーチからそとに出ていったのです。いったいなにがはじまるというのでしょう? したくって?

 

 旅の者たちがしばらくようすをうかがっておりますと、やがてさきほど出ていった人たちがふたたび、さいだんのあるこの場所にはいってきました。おかしいのはかれらがみな、さまざまな衣しょうにころもがえをしているというところでした。剣を持った兵士のかっこうをしている人や、しさいさまと同じような白くて美しいころもをまとっている人。そしてなん人かの人たちにいたっては、頭からすっぽりと黒いぬのきれをかぶっていて、それで全身をおおっていたのです(ちょうど目のところにあながあけてあって、前が見えるようにしてありました)。

 

 いったいぜんたい、このへんてこなかっこうはなんなのでしょう? まるでこれから、学げい会のえんげきでもはじめるみたいなようすです。そして旅の者たちがあっけに取られてかれらのことを見つめていると、ミリエムがすっとさいだんの前のぶたいの場に出てきて、「こほん。」と小さくせきばらいをしてから、こんなことをいいました。

 

 「えー、それではこれから、わがロザムンディアゆうれいげきだん名物。ロザムンディア物語をかいえんいたしまーす。みんなー、はくしゅー!」

 

 え? みんながそう思ったとたん、まわりからたくさんのはくしゅがわき起こりました。

 

 「いいぞー!」「待ってましたー!」「早くやれー!」

 

 見ると、ゆうれいさんたちがみんな、木の長いすにきれいにならんで腰かけて、ぱちぱちぱちぱち! せいだいなはくしゅを送っていたのです(気がつくとティエリーしさいさままで、いちばん前のとくとう席にすわって、笑顔ではくしゅを送っていました。いつのまに?)。

 

 「ときは、三十年あまり前……、これは、ロザムンディアとよばれるみなとまちに起こった、とあるひげきの物語である……」

 

 どこからか、だれかのナレーションの声が上がりました(これはとうめいになったゆうれいさんが、ぶたいのすみで、台本を読み上げていたのです)。

 

 「あーれー、お助けー!」せりふとともに、ぶたいのすみからひとりの女の人が走ってきました。

 

 「ふっふっふ。逃げてもむだだよ。この影から逃げられる者なんて、いないんだから。かくごおし!」こんどはべつのやくしゃが、すみから出てきました。黒く長いドレスを着て、なんだかおっかない感じです。そしてそのあと。さきほど見た黒いぬのをかぶった人たちが三人。ぶたいのすみからばたばたと走ってきて、いいました。「待ーてー、たましーを、よこーせー!」

 

 

 「ちょーっと、待ったー!」

 

 

 とつぜんひびき渡った、耳もわれんばかりの大声!(おそらく今まで、このおごそかな大聖堂の中で、こんなに大きな声を出した者もいないことでしょう。おかげでゆうれいさんたちはみんなびっくりしてしまって、なん人かのゆうれいさんたちは思わず、てんじょうまで飛び上がっていってしまったくらいでした。)

 

 いったい、その声のぬしは? 

 

 それは、われらが仲間、ライアン・スタッカートくんだったのです!(やっぱり。)

 

 「さっきから、なにをかってなことやってんのさ! ぼくたちには、時間がないんだってば! 早く、フェリーを助ける方法を教えてよ!」

 

 まあ、こんかいばかりは、ライアンのいうことももっともですね……。たしかにみんなは、このまちに起こったことを教えてもらうようにお願いしましたが、まさかこんな、えんげきのかたちで説明されるなんて、思ってもいませんでしたもの。

 

 「で、ですからこうして、げきを通して、みなさまにご説明しようと……」ミリエムがおたおたしながら、ライアンにいいました。

 

 「そんなのいいから! こんなの、ゆっくり見てる場合じゃないよ! ぼくたちは今すぐに、行動しなくちゃいけないんだから!」ライアンがつっぱねます。

 

 「う、うむ。まことに申しわけないが、その通り。お気持ちはうれしいが、われらには、あなた方のげきを見ている時間はないのです。」ライアンの言葉に、ベルグエルムもさすがにあとおしをしていいました。

 

 「えー。でも、すぐに終わるんですよ。せっかくれんしゅうしたのにー。」ミリエムがぶーぶーもんくをいいます。

 

 「どのくらいで終わるんですか?」ロビーがミリエムたちにたずねました。

 

 「このげきは、みじかい方のげきですから、第四まくのおしまいまでで、二時間半くらいかなあ。」

 

 「長すぎだよ!」ミリエムののんきな言葉に、ライアンがすっかりおかんむりになっていいました。

 

 「えー。でも、長い方のげきは、四時間はかかるんですよ。わたしたちみんな、残らずしゅつえんするから。」

 

 「じょうだんじゃないよ!」ミリエムののんきな言葉に、ライアンがすっかりおかんむりになっていいました(二回目ですが)。

 

 そして見かねたロビーが、(ライアンを「まあまあ。」といってなだめてから)ミリエムにいったのです。

 

 「ほんとうにぼくたちには、時間がないんです。すいませんけど。早くフェリアルさんを助けて、南のくににまでいかないと、たいへんなことになってしまうんです。」

 

 ロビーはできるだけかんけつに、それでいて気持ちのこもったいい方でそういうと、ゆうれいさんたちのことを見渡しました。すると、はじめはげきをちゅうだんされてぶーぶーいっていたゆうれいさんたちでしたが、ロビーにそういわれて、だんだんと、ロビーたちの気持ちもかれらに伝わっていったようでした。おたがいに顔を見あわせて、それぞれがとなりのゆうれいさんたちと、話しあっていたのです。

 

 「わかりました。せっかちな人たちだなあ。でも、そんなにだいじな用があるのなら、しかたありませんね。じゃあ、かんけつにお話ししましょう。」しばらくして、ミリエムがロビーたちの気持ちにこたえていいました。

 

 「では、われらをだいひょうして、ティエリーしさいさまに、お話をうかがいたいと思います。みんなー、はくしゅー!」

 

 わーわー! ぱちぱちぱちぱち! ふたたび大聖堂の中に、われんばかりのせいえんとはくしゅがわき起こります。

 

 「それでは、このロザムンディアに起こった、そのひげきの物語のことをお話ししましょう。」

 

 ティエリーしさいさまはみんなのあついせいえんにこたえてそういうと、さいだんの前のまん中に立って、静かなくちょうで話しはじめました。

 

 「ときは、三十年あまり前……、これは、ロザムンディアとよばれるみなとまちに起こった、とあるひげきの物語です……。その日、まちの通りに、ひとりの女の人が、助けをもとめて走ってまいりました。あーれー、お助けー。」

 

 え……? しさいさまのえんぎに、旅の者たちは口をあんぐりとあけてかたまってしまいました。

 

 「ふっふっふ。逃げてもむだだよ。この影から逃げられる者なんて、いないんだから。かくごおし。」

 

 「いぎあり! いぎあり!」  

 

 またしてもちゅうだんです!(とめたのはやっぱり、ライアンでした。) 

 

 「それ、さっききいたよ! おんなじじゃない!」

 

 ライアンの言葉に、ベルグエルムもロビーもただだまって、うんうんと、首をたてにふるばかりでした……。

 

 まあ、なんというか……、ゆうれいさんたちには時間がたっぷりありましたから、かれらはみんな、気がと~っても長いようなのです……。ですから数時間の時間でも、かれらにとっては、ものの数分みたいに感じられるようでした。それにしても、ちょっとまのぬけている感じのミリエムはともかくとして、しっかりした感じのしさいさままで……。人は見かけによらないものです(ゆうれいですけど)。

 

 それはさておき。もういいかげんに、話を進めてもらわなくっちゃ! 旅の者たちは心の底から、そう思いました!(さっきから、話がなんにも進んでいませんもの。)それでしさいさまにもようやくそれがわかってもらえたようでして、やっとのことで、「かいつまんで説明してもらうだけ」というじょうけんのもとで、話をきくことができたのです。

 

 ゆうれいさんたちにきいた、このまちに起こったできごと。それはつぎのようなものでした(いくつかの部分についてはすでにみなさんにお話ししたかと思いますが、もういちどおさらいとして、さいしょから説明しておきたいと思います。ライアンみたいに、「それ、きいたよ!」とはいわないでくださいね)。

 

 今から三十年あまり前、このまちにアルミラと名のる魔女が、たくさんの手下の影たちをひきつれてやってきました。影たちはつぎつぎと、人々からたましいをうばい取っていきました。そのころ、このいせきのまちは西の街道の北の出入り口としてさかえ、まちには旅人たちやお店の人たち、べっそうをかまえてここに住んでいた人たちなどが、たくさんいたのです(およそ二百人はいました)。とつぜんの魔女のしゅうげきに、人々はおそれ逃げまどいました。しかし魔女の手下の影たちは、それらの逃げまどう人たちからようしゃなく、たましいをうばい取っていったのです。

 

 たましいをうばわれた人たちは、おどろきました。自分のからだが地面にたおれていて、そしてみずからは半分とうめいなおばけみたいになって、ふわふわとただよいながら、その自分のからだをながめていたのですから!(ちょうどフェリアルがそうなったみたいに。もっともフェリアルの場合は自分のからだの前にロビーたちみんなが集まっておりましたので、さいしょはそのからだが、見えなかったのです。それでうしろから、かれらに声をかけました。)そしてそのあくじのちょうほんにんである魔女は、まちのまん中の大聖堂の前に空からふわりとおり立つと(アルミラは魔女のわざを使って、ちゅうをすいすい飛びまわることができたのです!)、大こんらんの人々の前で、いかにも魔女といった口ぶりで、こんなことをいいました。

 

 「こんなにたくさんのたましいが取れるなんて、ありがたいねえ。この半分でも、よかったんだけど。」

 

 魔女アルミラはそれから、「ほほほ。」と上品ぶった笑い方をしてみせました(もちろんこれは、見せかけだけの上品さです)。

 

 「いいまちが近くにあって、ほんとうによかったよ。おかげで、いい兵隊が作れそうだ。かんしゃしなきゃね。」

 

 その言葉に、人々は心の底からアルミラのことをののしりました。

 

 「ふざけるな!」「なにがかんしゃだ!」「半分でいいなら、いらない半分をかえせ! いや、全部かえせ!」

 

 しかしアルミラは、あざけるように笑っていいいました。

 

 「だめだめ。もうたましいは、飛んでっちまったからね。今ごろはもう、あたしのけんきゅうしつまで、ついちまったころだよ。」

 

 それから人々は、アルミラからさまざまなことをきき出しました。このアルミラという魔女は、人のたましいをうばい取り、そのたましいを使って、おそろしい軍隊を作ろうとしているというのです(それはこの章のはじまりでも、みなさんにご説明しましたね。アルミラは魔法学校からぬすんだきんじられたわざのけんきゅうを、ちゃくちゃくと進めていたのです)。そのけんきゅうのために目をつけたのが、このロザムンディアのいせきのまちだったというわけでした。

 

 ではなぜアルミラが、ほかの場所ではなく、このまちに目をつけたのか? といいますと……、じつはこれは、たんに魔女が住んでいるという場所からこのロザムンディアのまちが、いちばん近かったからという、ただそれだけのりゆうだったのです! これでなぞのひとつはとけたわけですが、それにしてもまちの人たちにとって、なんてめいわくなりゆうなのでしょう!(てっきりなにかとくべつなりゆうがあって、このまちがねらわれたのだとばかり思っていましたが……)

 

 (まちがおそわれたりゆうはともかくとして)人々のいちばんのかんしんごとは、ゆうれいになったらそのあとどうなるのか? ということでした(自分の身のことですから、とうぜんでした)。そして人々はアルミラから、そのおそろしいじじつをきかされてしまったのです。

 

 「たましいを半分残してやっただけ、ありがたいと思いなよ。おかげでゆうれいとしてなら、これからも問題なく、生きていくことができるんだから。これは、あたしのおなさけだよ。全部もらっちゃ、かわいそうだからね。」

 

 アルミラはそういって、またしても上品ぶって笑いました。そうです、たましいを半分だけ持っていくというのは、たんにアルミラの気まぐれからのことでした! けっかとしてはその気まぐれによって、みんなはかんぜんには死なずにすんだわけですが、でも、そういうものでもありませんよね! こんなに身がってで、はらの立つりゆうもないのですから。なにがおなさけなものですか!

 

 「それと、ひとついっておくよ。このまちからは、そとへ出ない方がいい。ひみつをそとにもらされちゃあ、かなわないからね。このまちには、のろいのけっかいを張らせてもらったよ。ゆうれいのおまえたちがこのけっかいを越えたら、残りのたましいもみんな、飛んでっちまうからね。なに、このまちから出ないかぎり、そのまま楽しく暮らしていけるんだ。ほんとうの死人には、なりたくないだろう?」

 

 これが、ティエリーしさいさまのいっていた魔女ののろいでした(けっかいというのは、その場所全体のことをおおうバリアーのようなものです)。これはまちの人たちにとって、とてもおそろしいのろいでした。もう自分たちには、このまちでゆうれいとして生きていくいがい、すべはないのです。これをきいて、なん人かの人たちが「じょうだんじゃない!」といってじょうへきのそとへと飛び出していってしまいましたが、かれらは魔女の言葉の正しさを、身をもってみんなに伝えることになってしまいました。かれらは声も立てずに地面にたおれこみ、そのまま、かわいそうなさいごをとげたのです。

 

 この魔女のけっかいについて、ひとつ重要なことがありました。それはこのけっかいは、ゆうれいになった者にしかききめがないということでした。ですから生きているロビーたちになら、このけっかいを越えて、まちのそとへと出ていくことができたのです(これはどうせそとには出られないからと、アルミラがべらべらしゃべって教えてくれたことのひとつです)。

 

 そしてそれが正しいということは、ある日このまちにはいりこんでしまったひとりの旅人によって、しょうめいされました。かれはせまりくる影から逃げて、モーグのそとまで、そのまま飛び出していくことができました。ですから生きている人であれば、のろいのけっかいのえいきょうを受けることなく、まちのそとへと出ることができるということがたしかめられたのです。

 

 ですがそとに出られても、せまりくる影からのがれることはかないませんでした。かれはまちのそとで影におそわれて、たましいを全部、うばわれてしまったのです。そうです、モーグのそとでおそわれた者は、たましいを全部取られてしまいました! これはひみつをそとにもらさないための、アルミラによるかんぜんな口ふうじでした(そとに出た者は逃がさない。そしてまちの中にいる者はゆうれいとしてとじこめ、そとに出られないようにする。ほんとうにこのアルミラという魔女は、なんてひれつで、いやらしいやつなのでしょう! ワットの黒騎士たちにもひけをとらない、悪者ぶりです!)。

 

 こうしてモーグの人々は、それから三十年あまりの長きに渡り、このまちでゆうれいとして暮らしつづけてきました。かれらは魔女のことを怒り、にくみ、うらみつづけてきました。あのかわいそうな旅人のかたきを、そしてもどることのない仲間のかたきを、かならずや取ってやらなければ! かれらはいつも、そう思いつづけてきたのです。これがこのまちに起こった、そのひげきのできごとでした。そして今日、かれらにまた、新しい仲間が加わってしまったのです。そう、フェリアルでした。

 

 

 「じょうへきのそとにいたがいこつの兵士たちのことを、お話ししたでしょう?」ミリエムが、旅の者たちにいいました。それはフェリアルがこわがっていた、あのがいこつたちのことでした(さあ、ようやくあのがいこつたちのなぞがわかるときが、やってきたようです)。

 

 「あのがいこつたちは、魔女の残していった、おきみやげなんです。あのがいこつたちは、門をくぐってまちにはいっていく者たちのことを感じ取って、魔女の手下の、影をよびよせるんですよ。新しくやってきた者たちのことを、このまちにとじこめてしまうために。ですからわたしたちは、門をくぐってはいってきたあなたたちのことを、注意したんです。」

 

 これで、さいごのなぞもとけました。そしてモーグの門がげんじゅうにとざされていたわけも。あの門をとざしたのは、ほかでもありません。このモーグのゆうれいさんたちだったのです。かれらは、ふたたび門をくぐってここに新たなぎせい者がはいってきてしまうのを、防いでいたというわけでした(でもけっきょく、ロビーたちははいってきてしまいましたが……。

 

 ちなみに、あのがいこつたちは、むかしは門のまわりを、ずっとうろうろ歩きまわっていたそうです。そしてじつは、「モーグはおばけのまち」といううわさが広まったのは、ほかでもありません。このがいこつたちのせいでした。モーグにやってきた旅人たちが、門の前でうろつくがいこつたちのことを見て「ひゃあ! おばけー!」といって逃げ帰ったのが、そもそものはじまりだったのです。それから三十年。さすがにがいこつたちもつかれたのでしょうか? 今ではまちのじょうへきにもたれかかって動くこともありませんでしたが、影をよびよせるそののろいの力が今でもけんざいなのは、みなさんもごしょうちの通りです。それにしても、三十年もたっているのに、まだのろいの力がつづいているなんて! アルミラの力の大きさが、よくわかりますよね。

 

 ところで……、モーグにはいる者のことをただ感じ取るだけなら、こんなあからさまながいこつなんかじゃなくても、なにかほかに、のろいの魔法かなにかを、門にしかけておけばいいじゃないかと思うかもしれませんが、これはやっぱり、アルミラの気まぐれからのことでした。魔法のわざをしかけておくよりも、見た目におっかないがいこつたちをうろつかせておく方が、のろわれたまちっぽくていいじゃないかという、ただそれだけの考えからのことだったのです。なんてたんじゅんな!)。

 

 「みなさんに、見せたいものがあります。こちらへきてください。」

 

 とつぜん、ティエリーしさいさまがそういって、みんなのことをまねきました。みんながついていくと、そこは地下へとくだるかいだんになっております。そのかいだんをおりていくと、ほそいろうかにつながっていて、しばらくいくとそのろうかは、大きなとびらの前で終わっていました。

 

 「この中です。どうぞ。」

 

 しさいさまがとびらをあけると、そこはだだっ広い石づくりの部屋でした。そしてその中を見たみんなは、そろって目をまるくして、おどろいたのです。

 

 その部屋の床いちめんに、たくさんの人たちのからだがきれいにならんで横たわっていました。その数はおよそ、二百人あまりはいるでしょうか? それはちょうど、このモーグのまちでたましいをうばわれてしまったゆうれいさんたちの人数と、同じでした。そう、ここに寝かされているのは、まさに、このモーグのゆうれいさんたちの、そのもとのからだにほかならなかったのです。

 

 「これが、わたしたちのからだです。」ティエリーしさいさまは、それらのまちの人たちのからだのことをしめしながらそういって、それからみんなを、あるひとりの人物のからだの前へとまねきました。そこに横たわっていたのは……、ほかでもありません。ティエリーしさいさま、ほんにんのからだだったのです。

 

 「みなさんのこのからだは、みんなまだ生きているのです。このからだには、まだたましいが、わずかに残っているからです。たましいが残っているかぎり、人は死にません。わたしたちは、いつか、このもとのからだにもどれる日がくることを、ずっと待ちつづけているのです。」

 

 ティエリーしさいさまは、かなしそうな目でそういいました(ところで、みなさんはこれとよくにた光景を、ついさいきん見たばかりですよね。そう、はぐくみの森の地下いせきの中に寝かされていた人たち。あの人たちのすがたにそっくりです! 旅の者たちはすぐに、そのことを思い起こしました。思えばあの人たちもまた、たましいをうばわれてしまっていました。そしてこのモーグの人たちも、同じだったのです。これはなんだか、同じなぞがかくされているみたいですよね? ちょっとずるいのですが、著者のわたしはもう、そのなぞのこたえを知っています。今ここで、それをお伝えしてもよいのですが……、やっぱりそれは、これからのお話の中でお伝えしていくことにしましょう。ごめんね)。

 

 「しさいさま。」ベルグエルムが、しさいさまにいいました。はぐくみの森の地下で自分たちがけいけんしたあのできごとのことを、ここでしさいさまに伝えておくべきだと思ったのです。

 

 「われらはここにくる前、あなた方とよくにた者たちのことを見ました。かれらもまた、あるかいぶつによって、たましいをうばわれてしまっていたのです。ですがかれらは、助かりました。かいぶつがたおされ、かれらのたましいが、かれらのからだにもどったからです。」

 

 これをきいて、ティエリーしさいさまはすこしだけ声を大きくして、いいました(どうやら、びっくりしているみたいです。でも、表じょうはそのままでした)。

 

 「やはり、そうでしたか。そうであると思っていました。」

 

 しさいさまはうばわれたたましいを取りもどせば、みんなはきっともとのからだにもどれるのだと、信じつづけていたのです。そしてその思いは、まちの人たちもみな、同じでした。しさいさまがいつも、みんなにそのことを話して、げんきづけてあげていたからです(いつもみんなのことを考えてくれている。ティエリーしさいさまがみんなにしたわれているわけも、わかりますよね。ただ美人だからというりゆうだけでしたわれているというわけでは、なかったのです)。

 

 「たましいを取りかえせば、みんなはかならず助かるはず。わたしたちはそののぞみを忘れずに、このまちで暮らしてまいりました。ですが、のぞみは果たされないまま、もう三十年です。みんなすくなからず、あきらめかけておりました。」しさいさまは、うつむきながらいいました。

 

 「ですが今日、ここにこうして、あなた方があらわれた。あなた方は、まさに神の使い。すくいのぬしです。」しさいさまはねっしんに心をこめて、旅の者たちにいいました(それでもまだ、表じょうはそのままでしたが)。

 

 「あなた方なら、ここをぬけ出すことができる。魔女をしりぞけ、魔女のもとから、みなさんのたましいを取りもどすことができるかもしれません。お願いです。ぜひとも、みなさんのことを、すくってあげてください。どうか、お願いです。」

 

 さて、旅の者たちはどうするのでしょうか? 

 

 もちろん、こうまでいわれてはことわるわけにもいきませんし、もとより、フェリアルを助けてやらないわけにもいきません。しかしかれらは、かれらの旅の重要さを、じゅうぶんすぎるほどにわかっていました。ほんらいならば、そとに出られるとわかった以上、今すぐにでもこのまちを出て、南への道を急がなければならなかったのです。たとえフェリアルがぬけてしまっても。ベルグエルムやライアンが、ぬけてしまっても。

 

 そんな中、ベルグエルムが深く考えをめぐらせながら、ゆうれいさんたちにいいました。

 

 「われらは南の地、ベーカーランドへの道のりを急いでおります。これは、このアークランドのみらいをかけた、ひじょうに重要な旅なのです。あなた方の中で、ベーカーランドまでの道のりに、くわしい者はおられるか?」

 

 これに対し、名のりを上げたのはほかでもありません。ミリエムでした。

 

 「ベーカーランドですか? それなら、街道にそって、まっすぐいけばいいんです。わたしもむかしは、よく、その道を通っていったもんですよ。今の街道がどうなっているのか? それはわたしにも、わかりませんが、まあ、むかしのけいけんは、今でもいきると思いますよ。」

 

 どうやらミリエムはむかし、西の街道を通って、ベーカーランドまでいったことがよくあったようでした。ベルグエルムの頭の中には今、まよいの気持ちがありました。ほんらいならばこんなところで、危険な冒険をおかすわけにはいかない。われらはロビーどのの身の安全を、いちばんに考えなければならないのだから。

 

 しかし、西の土地をしはいしているという魔女のうわさのこともある。その地を通っていくには、もとよりその魔女と今、けっちゃくをつける必要があるのではないか? さらには、どんなこんなんが待ち受けているとも知れない西の街道をゆくのに、われらだけでは、力がおよばないかもしれない。このまま進めば、ぎゃくにロビーどののことを、もっと危険な目にあわせてしまうかもしれぬ。よけいな時間を、もっとついやしてしまうことになるかもしれぬ。それにはやはり、土地のことにくわしい者を、つれていくべきではないか? 

 

 そしてベルグエルムはさいごに、こう思いました。

 

 フェリアル。かれの助けが、これからも必要になることだろう。とくにさいごの戦いにおいて、しきかんであるかれがかけてしまっては、ワットの力にたいこうするのはむずかしい。フェリアルをここにおいていくことは、このさきどれほどの力を、失うことになるのか? それに……、わたしとしても、かれとはなれてしまうのは、なんともさみしい思いだ。

 

 ベルグエルムはこのみじかい時間の中で、これだけ多くのことを考えていたのです(ライアンが、「つぎはなんのお菓子を食べようかな?」とちょっと思ったくらいのあいだにです)。まことに、このベルグエルムという騎士は、たぐいまれなる力とずのうをあわせ持った、ゆうしゅうなるしきかんでした(人の上に立つ者というのは、こうありたいものです。こんな人がしきかんだったら、部下たちはみんな、「ベルグエルムさまー!」と心からほれこんで、ついていってしまいますよね。さすがはベルグエルムさま! ときおりちょっぴり、おちゃめなところも見せてくれるのですが、それはまあ、ごあいきょうということで)。

 

 そしてついに、ベルグエルムがロビーにむかって、その口をひらいたのです。

 

 「ロビーどの、われらは、あなたを今すぐ、ぶじに、ベーカーランドまで送りとどけなければなりません。危険な冒険をおかすようなよゆうは、われらにはないのです。」ベルグエルムは重い表じょうを浮かべながら、いいました。これはまったく、正しい言葉でした。

 

「ですが……」

 

 そしてベルグエルムは、こうつづけたのです。

 

「旅の道すじは、ときと場合によって、つねに変わっていくものです。この西の地は、われらの力のおよばぬ、未知の土地。どのせんたくが、さいりょうのものであるのか? それはわたしにも、だんげんのできないことです。ですからこれは、われらがあるじたるロビーどののお考えによって、きめていただかなくてはなりません。ロビーどの、われらに道を、おしめしください。」

 

 ロビーはちょっととまどってしまいましたが、すでにロビーの心は、ひとつだけでした。

 

 ロビーはライアンの顔を見ました。ライアンはほほ笑んで、だまってうなずいてくれました。ロビーのことをよくわかってくれている、ライアン。そしてロビーにだまって道をもとめてくれる、ベルグエルム。ロビーは気持ちをかためました。

 

 「フェリアルさんを、まちのみなさんを、助けたいです。でも……、ぼくたちには、時間がない。とてもだいじな、旅のとちゅうなのだから。」

 

 ロビーはそういって、しさいさまのことを見ました。やっぱり今ここで、みんなのことを助けるわけには、いかないのでしょうか……? でも、ロビーの言葉には、つづきがあったのです。ロビーは仲間たちの方をふりかえると、静かに笑って、こういいました。

 

 「だから……、すぐにもどってきましょう。このさき、魔女が見張ってる道をゆくことを考えれば、けっきょくは、同じことだと思います。道を切りひらくのなら、早い方がいいもの。」

 

 やっぱりロビーは、ロビーでしたね!

 

 「そうこなくっちゃ! それでこそロビーだよ!」

 

 「このベルグエルム、しかと、ロビーどのをお守りいたします!」

 

 ライアンもベルグエルムも、そんなロビーににっこり笑ってこたえました。そして、そのつぎのしゅんかん……。

 

 

  わあああー! ぱちぱちぱちぱち!

 

 

 まわりからわき起こる、われんばかりの大かんせい! みんながびっくりしてまわりを見渡すと、いつのまにかかれらのまわりには、たくさんのゆうれいさんたちが集まって、はくしゅかっさいしていたのです(またすがたを消していたようですね。それにしても、とつぜん出てきておどろかすのが好きな人たちです。やっぱりこういうところは、ゆうれいならではなのでしょうか?)。

 

 

 「やっぱり、さいしょ見たときから、ただの人たちじゃないと思ってたんだ!」

 

 ゆうれいさんたちが口々に声を上げました。

 

 「あの、にっくき魔女のやつめに、ひとあわ吹かせてやってください!」

 

 「やった! 人間にもどれたら、これで、大好きなお酒が飲めるぞ!」(ちょっと、もくてきがずれている人もいましたが……)

 

 

 「ありがとう、みなさん。ありがとう。」しさいさまも小さい声ながらも、せいいっぱいのかんしゃの気持ちをあらわしていいました。

 

 「でも、しさいさま。みんなを助けるためには、ぼくたちは、どうしたらいいんでしょう? 魔女をやっつけて、たましいを取りもどすといっても、ぼくたちには、どうしたらいいのか? わかりません。」

 

 ロビーがもっともなしつもんをしました。そうです、もくてきがきまったのはいいのですが、まずはどうすればいいのか? それがわからないことには、どうにもできないのですから。ですからそれからすぐに、旅の者たちのこれからのぐたい的な行動をきめるための、作戦かいぎがひらかれることになりました。作戦の名まえは……、その名もずばり、「魔女をやっつけてたましいを取りもどせ」大作戦!(なんてわかりやすい!)

 

 さあ、これがさいごの話しあいです。みなさん、お集まりください。だいじょうぶ、すぐにすみますから、安心していいですよ。とってもとっても手みじかにしてもらうように、われらが仲間たちが、ゆうれいさんたちに、がっちりとくぎをさしておきましたから!(とっても気の長いゆうれいさんたちですから、うっかりしていたら、このかいぎだけで、いちにち終わってしまいそうですものね。)

 

 

 「このまちを南にぬけると、そこは、だだっ広いしっちたいになっているんです。」テーブルに広げられた地図の前で、ゆうれいさんたちが旅の者たちに道をしめしました(しっちたいとはぬまや池の広がる、しめっぽくてじめじめした土地のことをいいます)。

 

 「このしっちたいには、魔女の手下だといわれている、かえるの種族の者たち、フログルたちが住んでいるんです。かれらは、このしっちたいのぬしであり、ここではかれらに、かなう者はいません。かれらに見つからないように、くれぐれもお気をつけて……」

 

 シープロンドのかいぎの場でもちょっとだけ名まえの出てきた、かえるの種族。それがいよいよ、ごとうじょうのようです(もし出会えばの話ですが)。いったいフログルとは、どんな者たちなのでしょうか?

 

 南の地に住んでいる者たちは、かつてこの西の街道から、北の地へとむかって旅したわけですが、そのころでもこのかえるの種族の者たちのことについては、だれにもくわしくは知られていませんでした。それは旅をゆく者たちが、みな、安全な街道からはなれて歩くことをしなかったからなのです。

 

 つまり、このかえるの種族の者たちが住んでいるしっちたいは、街道からすこし、はなれた土地に広がっていました。そのため旅をゆく者たちは、危険なしっちたいには近づこうとはせず、かえるの種族のかれらとも、ぜんぜん会うことはなかったというわけだったのです(だれも会うことがありませんでしたから、みんながフログルたちのことについて、ほとんどなんにも知らなかったのも、とうぜんのことでした。また、そのころからすでによくないうわさを持たれていたかえるの種族の者たちとは、できれば出会いたくないと、みんなが思っていたのも、かれらのことがきちんと人々に伝わっていかなかった、大きなりゆうのひとつとなっていたのです。魔女の手下だとうわさされているのも、じつはこういったところが、大きくかかわっているようでした。つまりまだじっさいに、かれらが魔女の手下だと、かくにんできたというわけではなかったのです。もっとも、「魔女の手下ですか?」なんてかれらにきくようなまねをする者は、だれもいませんでしたから、かくにんのしようもありませんでしたが……)。

 

 そのしっちたいが、この三十年あまりのあいだに、まちのすぐ南がわにまで広がってきていたというわけでした。

 

 魔女が住んでいるという場所は、そのしっちたいの中だということでした(これは「魔女はぬまの中の巨大な塔に住んでいる」という南のくにのうわさとも、同じでした)。くわしい場所まではわからないそうですが、とても大きな塔だというので、いけばたぶんわかるんじゃないか? ということでした(う~ん、なんだか大作戦というわりには、とってもおおまかでてきとうな作戦のような気もしますが……。まあ、じっさいに魔女の塔を見たことのある者が、このゆうれいさんたちの中にはだれもいませんでしたので、しかたありませんけど。これらはほとんど、かれらが旅人たちからきいた話だったのです。

 

 かといって、旅人たちがこの魔女の塔のことを、じっさいに見たというわけでもありませんでしたけど。かれらはふつうの旅人たちであり、冒険者ではありませんでしたので、自分から進んで魔女の塔に近づこうとする者などは、ひとりもいませんでした。ですからかれらもまた、魔女の塔のことについては、塔のある場所のこともふくめて、うわさできく以上のことはなにも知らなかったのです。なんだよー、きたいはずれだなー、と思われる方もいるかもしれませんが、それはどうかごかんべん願います。かれらだって、魔女はこわかったのですから……)。

 

 「あなたたちやわたしたちのことをおそった、あの影は、みんな、このしっちたいの中からやってきているようです。」ティエリーしさいさまがいいました。「ですから、魔女のすみかだという塔も、そこにあると思います。」

 

 「じゃあ、話は早いね。」ライアンがこたえていいました(ちなみに、ライアンは今、宝石の実のぼうつきキャンディーを三本、口にいれていました。モーグのかびだらけのまちの中では、とてもキャンディーをなめる気にはなれませんでしたので、ここでまとめてなめていたのです)。

 

 「そこへ乗りこんでいって、『こらー! 魔女めー! このライアンさまが、じきじきに、たまひいをかえひてもらいにきたぞー、かくごしろー!』って、大声でさけべばいいんれしょ?」

 

 ライアンはそういって、にこにこした顔で、しさいさまのことを見ました(これはもちろん、ライアンのじょうだんでした)。ですがしさいさまは、そんなライアンのじょうだんにぜんぜん表じょうも変えずに、ライアンのことをちらりと見て、こうこたえるばかりだったのです。

 

 「いえ、魔女の塔には、いきなり近づくべきではありません。そんなふうにさけべば、たちまち魔女に先手をうたれて、つかまってしまうことでしょう。」

 

 「あ、えと……、じゃ、なにか、いい方法があるんでしょうか?」れいせいにへんじをかえされてしまいましたので、ライアンはちょっとひょうしぬけしてしまって、こんどはていねいないい方でたずねました(あんまりじょうだんが通じない人みたい……。ライアンがそっと心の中でつぶやいたのは、いうまでもありません)。

 

 「はい。魔女のことをよく知る人物がひとり、南の土地に住んでいるはずです。あなた方は、まず、その人のところをたずねるべきでしょう。」しさいさまがこたえていいました。

 

 「その人物とは、いったい、どういった者なのですか?」ベルグエルムがたずねます。

 

 「名まえは、はっきりしてないんですよ。」しさいさまのかわりに、ミリエムがこたえました。「ほんとうは、カルディー……、なんとか、って、いうらしいんですがね。ほんとうの名まえは、だれもおぼえていません。みんな、その人のことは、カルモトってよんでるんです。」

 

 「カルモト? へんてこな名まえらね。どこのくにの人なの?」ライアンがたずねます。

 

 「それも、はっきりしてないんですよ。」また、ミリエムがこたえました。「うわさじゃ、西の大陸からやってきたっていうんですがね。とにかく、すごい人なんです。」

 

 なんだかこのカルモトという人物。ただ者ではないみたいです。なんでもこの人は学者だということでしたが、その力は魔女のアルミラをも、しのぐのだということでした。しっちたいからさらに南東にくだった山のすそのにずっと住んでいて、なにかのけんきゅうにうちこんでいるということです。ですから人前にはめったに、すがたをあらわさないそうでした(ちなみに、カルモトというよび名はかれの本名をみじかくしょうりゃくしたものらしいのですが、ほんとうはどんな名まえなんでしょうか? それは、もうすこしあとのお楽しみ)。

 

 とにかくまずは、このカルモトという人のことをたずねて、力を貸してもらうこと。それがいちばんはじめのことのようでした。このカルモトという人といっしょなら、魔女のアルミラをやっつけて、魔女のもとからたましいを取りもどすことができるかもしれません。

 

 「しっちたいをさけて、山すそを進みなさい。そうすれば、いずれ、カルモトさんの住む家にたどりつくことができるでしょう。魔女にたいこうするすべや、魔女からたましいを取りもどす、そのぐたい的な方法については、カルモトさんが知っているはずです。」しさいさまがいいました(う~ん、なんだかやっぱり、大作戦というわりには、ずいぶんとあいまいな部分が多いような気もしますが……。かんじんな部分については、まるっきり、カルモトさんしだいってことのようですし……。まあでも、どうすればよいのかは、カルモトさんに会えばわかることでしょう。とりあえず、よてい通りに話しあいがすんなり終わってくれて、よかった!)。

 

 「うまく、ことがはこびますように、心よりおいのりいたしております。あなた方に、神のごかごがありますように。」さいごにしさいさまが、もういちど旅の者たちにいいました。

 

 

 「それではみなさん。じゅんびができましたら、どうぞいっしょに、ついてきてください。」

 

 ミリエムがそういって、旅の者たちのことをみちびきました。みんなはこれから、いよいよこのまちを出て、そのカルモトというなぞの人物の住む家をめざすわけでしたが、まずはこのまちからそとに出るという、ただそれだけのことから、はじめなければなりませんでした。それはつまり、まちの南門は北門と同じく、ゆうれいさんたちがかたく手をほどこしてとざしておりましたので、そこをあけるのはたいへんなことだったからなのです(またライアンが、吹っ飛ばすわけにもいきませんでしたし)。

 

 それでみんなは、ゆうれいさんたちが教えてくれたひみつのぬけ道から、そとに出ることになりました。そのぬけ道までのあんないを、みんなは今、ミリエムたちにお願いしたというわけだったのです(そのぬけ道はそとからのこうげきにそなえてつくられたもので、馬が通れるほどの広さがあるということでした。これは馬に乗った兵士たちが、そのままそとの敵を、ふいうちすることができるようにするためだったのです。じっさいにこのぬけ道が戦いのために使われたということはないそうですが、高くがんじょうなじょうへきといい、このまちがいかに守りのかたいまちであったのか? よくわかりますよね)。

 

 そのさなか。みんながゆうれいさんたちに送られて、大聖堂のことをあとにしようとしているときのことでした。ライアンがメルのからだにつけられたにもつをさいごにたしかめていると、むこうのはしらの影で、だれかがひとり、自分のことを手まねきしているのが見えたのです。なんだろう? と見てみると、それはティエリーしさいさまでした。なんであんなところにいるんだろ? ライアンはふしぎに思いましたが、ここはとにかく、いってみた方がいいようです。

 

 「ちょっと待ってて。」ライアンはロビーにことわって、ひとり、そのはしらの影までいってみました。するとそこにティエリーしさいさまがひとりで立っていて、そしてしさいさまは、ライアンのことを前にすると、なんだかもじもじとしながら、ライアンにこんなことをいったのです。

 

 「あの……、ライアンさんといいましたね。ひとつ、お願いがあるのですが……」

 

 「なんでしょうか?」ライアンはていねいないい方で、そういいました(さっきいちど、しっぱいしてしまいましたから)。

 

 それに対してしさいさまは、自分の両手の人さしゆびをおたがいにつんつんとつっつきあわせながら、なんともいいにくそうに、こういったのです。

 

 「もし、もとのからだにもどれたら、頭をなでさせてください。」

 

 え? なんですか、それ? しさいさまのいがいな言葉に、ライアンはきょとーんとしてしまいました。

 

 「あ、あの、それは、どういうことですか?」ライアンはわけがわからずに、たずねました。そしてつぎにしさいさまの口から出た言葉は、まったくもって、いがいなものだったのです。

 

 「ライアンさん、とってもかわいいので。じつはわたし、かわいいものが大好きなんです。さっきのかいぎのときのじょうだんも、かわいかったです。」

 

 ええーっ! じつはしさいさまはかのじょの言葉の通り、かわいいものが大好きな、とってもメルヘンチックな女の子でした。ですけどロザムンディア大聖堂のことをとりしきるしさいさまとして、それをおもてに出すことを、ずっとがまんしていたのです。それがかわいい見た目のライアンのことを前にして、とうとう、がまんができなくなってしまったというわけでした。

 

 まあ、気持ちはわかりますので、もとのからだにもどれたおいわいとしてなら、そのくらいはいいんじゃないでしょうか? それでライアンも、はじめはちょっととまどっていましたが、そこは持ち前の明るさで気持ちを取りなおすと、しさいさまとやくそくをかわしてあげたのです。

 

 「そーだったんだ。しょうがないよね。ぼく、かわいいもん。」ライアンはそういって、その場でくるん! とかわいくまわってみせました(う~ん、ライアンは自分で自分がかわいいと、みとめてしまっているみたいですね……。まあ、かれらしいといえば、かれらしいですけど)。

 

 「じゃあ、とくべつですよ。からだがもどったら、頭、なでさせてあげる。」

 

 これをきいたしさいさまの、うれしそうな顔といったら! もうかんぜんにしさいさまということは忘れてしまって、ただのひとりの、かわいいもの好きの女の子になってしまっていました(ちなみに、ゆうれいになったとき、しさいさまはまだ十七さいでした。ゆうれいはとしを取りませんでしたので、しさいさまはずっと、十七さいのままだったのです。なるほど、これなら女の子らしくふるまいたいのも、わかりますね)。

 

 「きっと、もどってきてくださいね。楽しみに待ってます。」しさいさまがいいました。

 

 それからライアンとティエリーしさいさまは、あくしゅをするしぐさをして、ひとまずのおわかれをしたのです。ライアンがしさいさまに手をふってもどってきたときには、もうすっかり、出発のじゅんびができていました。

 

 「なにを話してたの?」ロビーが、もどってきたライアンにたずねました。

 

 「うん、気をつけていってきてね、って。うまくいくといいね。」ライアンはそういって、(背のびをしながら)ロビーの頭をなでてあげました。

 

 ロビーはなんだかくすぐったいといったようすで、ふしぎそうな顔をするばかりでした。

 

 

 それから一行は、馬に乗って、モーグのまちの通りをぱかぽこと(いや、かびが生えていましたので、ぎゅぽぎゅぽと)、めざすひみつのぬけ道へとむかって進んでいきました。かれらのまわりには大勢のゆうれいさんたちが、足あともつけずに歩いたり、ふわふわ飛んだりしながら、ついてきていたのです(たぶん、すがたを消している人もいっぱいいたんだと思います)。

 

 その中にひとり、みんなのよく知っている人物もまじっていました。それは、そう、ゆうれいになってしまった、かわいそうなフェリアルくんでした。フェリアルは作戦かいぎのあいだ中、ずっとあわを吹いてきぜつしたままでしたが、出発するにあたり、ゆうれいさんたちに顔をぴしゃぴしゃとたたかれて、ようやく目をさましたのです(ゆうれいが目をさますというのも、おかしなものですけど。

 

 ちなみに、フェリアルがなかなか目をさましませんでしたので、ゆうれいさんたちはライアンに、「ほら、もっと強くたたいて! 顔がくずれてもいいから! 気持ちがはいってないよ、気持ちが!」とめいれいされながら、しかたなくたたいていたのです。たぶんゆうれいでなかったのなら、またあのおそろしい、クルッポーのえじきになっていたことでしょう……)。

 

 フェリアルはもう、自分がゆうれいになってしまったということを、みとめざるを得ませんでした。ですからかれは、いよいよかんねんしたという感じで、(「はあ……」と深いため息をなんどもつきながら)みんなのあとをとぼとぼとついていっていたのです(そのまわりではなん人かの気さくなゆうれいさんたちが、「まあ、楽しくやろうぜ、きょうでえ!」といって、肩をくんできたりしていましたが)。

 

 「あれが、まちの南門ですよ。」

 

 やがて道のさきに、なんとも大きくて、なんともがんじょうそうな門が見えてきました。そのりっぱなこと! みんなは思わず、そろって「これはすごい!」とおどろきの声を上げてしまったものだったのです。この門にくらべたら、旅の者たちがくぐってきたあの北門などは、ほんとうに小さく思えました。門の高さはおよそ六十フィートほどもあって、はばもだいたい、そのくらいはありました(そのうえゆうれいさんたちにきいたところによりますと、そのあつさも、すごいものなのだということでした。だいたい、八フィート以上はあるということです!)。

 

 こんなに大きな門は、みんな今までに見たことがありませんでした。ベーカーランドのお城の門だって、ここまで大きくはなかったのです(北門でさえいくら体あたりしても破れなかったというのに、この門などは体あたりなどしようものなら、からだがばらばらになってしまいそうです! ライアンのひっさつのいちげきのわざでも、おそらくむりでしょう。こんどばかりはぶあつすぎでしたし、がんじょうすぎでしたから! 

 

 もっとも、十回くらいあのわざをたたきこめば、人がひとり通れるくらいのあなを、あけることもできるかもしれませんが。でもそんなことをしたら、かくじつにシープロンドで大問題となるでしょうし、なによりその前に、ライアンがつかれてたおれてしまうことでしょうけど)。

 

 南門のとびらには北門のとびらと同じく、カピバルのわざのペンキがぬられていて、そのためかびのような植物がぜんぜん生えていませんでした。表めんは、よくみがかれたアンティークの家具のようにぴかぴかと光っていて、まったくみすぼらしいところもありません。さらにとびらのふちには、ロザムンディアのまちのマークと同じ、船とロープをあしらった浮きぼりが、美しくほどこされていました。それはまったくもって、みごとのひとことにつきる、げいじゅつ品のような門だったのです。

 

 ですがその門も、今となってはとびらがすっかりふさがれてしまっていて、人が通ることなどはとてもむりなじょうたいになってしまっていました。それはそとから人がはいってくるのを防ぐために、ゆうれいさんたちがみんなで力をあわせて、この門をげんじゅうにとざしたからなのです。門にはいくえにもおよぶ渡し木がかけられていて、しかも門の前には、たくさんのたんすやらつくえやらといった家具などが高くつみ上げられていて、道をふさいでいました。

 

 「ね? これじゃあとても、この門をすぐにあけるなんてこと、できないでしょう?」ミリエムが旅の者たちにむかって、とくいそうにいいました(この南門は大聖堂とならんで、このまちの大きなほこりでした)。「それに、この門のそとにも、がいこつの兵士たちがたくさんいるんです。ですから、ここから出るのは、やっぱりやめた方がいい。なにが起こるのかは、まだわたしたちにも、わかりませんからね。」

 

 「それは、たしかにそうだ。」ミリエムの言葉に、ベルグエルムもこたえていいました。「あのがいこつたちが、また、影をよびよせないともかぎらない。そんな危険は、もうにどと、おかすわけにはいかないからな。」

 

 「それはそうと、」ライアンがミリエムにいいました。「その、ひみつのぬけ道、ってのは、どこにあるの?」

 

 「ああ、そのぬけ道なら、」いわれて、ミリエムが思い出したようにこたえました。「もう、だいぶすぎましたよ。さっき、小さな塔のある、たてものがあったでしょう? あれは、兵士の家とよばれていて、そとへのぬけ道は、その地下につくられているんです。」

 

 

 「なんだってー!」

 

 

 旅の者たちはみんなそろって、さけんでしまいました。またしても、気の長~いゆうれいさんたちに、してやられてしまったわけです。

 

 「ちょっと! なんでそれを、早くいわないのさ! そこにあんないしてくれてたんじゃ、なかったの!」

 

 ライアンが、ぷんぷん怒っていいました。

 

 「い、いや、その前に、このりっぱな門を、見せてあげたいな、と思って……」ミリエムはたじたじになっていいましたが、もうすっかり、ライアンはおかんむりでした。

 

 「そんなのいいってば! 早く、ぬけ道まで、あんないしてよ!」

 

 う~ん、やっぱりモーグのゆうれいさんたちは、みんなどこか、のんびりしているみたいです……。すばらしい門を見せてあげたいというその気持ちは、ありがたいんですけどね……(こんかいばかりは、ロビーにもライアンをなだめることはできませんでした)。

 

 

 それからみんなは大急ぎで(というよりゆうれいさんたちを急がせて)、ぬけ道のあるというそのたてものの前まで、もどっていきました(なにしろ広いまちですから、これだけでもずいぶんと、時間をむだにしてしまいました)。やれやれ、これでようやく、このモーグからそとに出ることができるみたいです。ロビーがおそろしい影のおばけたちと戦ってから、ここまで、一時間とすこししかたっていませんでしたが、なんだかみんなは、もうずいぶんと長いこと、このモーグに足どめされてしまったような気がしました(それはたぶん、気の長いゆうれいさんたちにつきあわされて、あれこれ時間をむだにしてしまったからでしょう……)。

 

 ミリエムが教えてくれたその兵士の家というのは、まちの小さな通りのとちゅうに、なんのかざりけもなくたっていました(小さないっぽんの塔が、ちょっとつき出ているくらいでした)。もしこの家のことを知らされていなければ、ここにひみつのぬけ道がかくされているなんてことは、だれにもわかるはずもないでしょう。そのくらいその家は、ほかのたてものにとけこむように、ごくふつうにたてられていたのです(これはひみつのぬけ道のことを、かんたんには見つけられないようにするためでした。ぬけ道はここですよー、なんて、ひと目でわかるようになってたんじゃ、ひみつにしている意味がありませんものね)。

 

 「ほんとに、ここなのー?」ライアンがとってもうたがわしそうに、じっとりとした目つきで、ミリエムにつめよりました。「また、中にきれいな絵でもあって、それを見せたいだけ、なんてんじゃないだろーね?」

 

 ぐいぐいつめよってくるライアンに、ミリエムはまたしてもたじたじになって、こたえました。

 

 「いやっ、こんどは、ほんとうですってば! このまちには、こんなふうな兵士の家とよばれるたてものが、いくつかあって、それぞれが地下のトンネルで、つながっているんです。ここはまちのそとに通じているトンネルから、いちばん近い、入り口なんですよ。」

 

 まあとにかく。中にはいってみればわかることですから。それでみんなはそれぞれの騎馬たちをひいたまま、たてものの入り口のとびらから、中にはいっていったのです。

 

 家の中はがらんとしていて、いすひとつありません。床もかべも、あのかびのような植物にびっしりとおおわれていて、こんな場合じゃなかったら、とても中にはいりたいとはだれも思わないことでしょう。

 

 「なんにもないじゃん。さては、また、いいかげんなこといってんじゃないだろーね!」ライアンがまたもや、ゆうれいさんたちにつめよりました。その右手のさきには、いつでも飛ばせるように、風のうずがまき起こっております!(おそろしい! もっともゆうれいさんたちには、風のうずのこうげきもきかないんですけど。でも、そのはくりょくだけは、じゅうぶんでした。)

 

 「いえっ! ぬけ道ですから、かくしてあるんですよ! ほ、ほら、ここに。」ミリエムはそういってみんなの前に進み出ると、床の石だたみを手でさぐって、そこにかくされていた小さなわっかを手にしました。そのわっかを、えいとひっぱると……。

 

 

   ごご、ごご、ごごご……。

 

 

 にぶい石のずれる音とともに、みんなの目の前の床が、どんどんとなくなっていきました! そしてしばらくすると、それはなんとも大きな、地下へと通じるひみつのぬけ道へと、変わったのです!

 

 「ふええ、すごい!」みんなはびっくりして、目の前にあらわれたまっ黒なあなの中を、のぞきこみました。おくの方までゆるやかな坂がつづいていて、さきのようすはまったく見通せません。ですけど道はばはとても広く、馬が二頭、らくにならんで進めるくらいはありました。これなら馬に乗ったまま、まちのそとまでいけるという話も、ほんとうのようです。

 

 「ね? ほんとうだったでしょ?」ミリエムが、どうだといわんばかりに胸を張って、いいました。これにはライアンもさすがに、「ぐぬぬぬ……!」とうなって、なにもいいかえすことができません。

 

 そんなみんなのことをしり目に、ミリエムがなんともきんちょう感のないいい方で、いいました。

 

 「じゃ、みなさん、気をつけていってきてくださいねー。道なりに進めば、じょうへきを越えて、まちのそとまで出られますから。いってらっしゃーい。」

 

 ミリエムの言葉に、ミリエムをふくむ見送りのゆうれいさんたちは、とつぜん、みんなそろって手をひらひらとふって、笑顔でみんなにおわかれをしました。

 

 「え? とちゅうまで、あんないしてくれるんじゃないのか?」ゆうれいさんたちのとつぜんのおわかれに、ベルグエルムがびっくりしてたずねます。

 

 「いえいえ。ぼくたちは、ここはこわくて、はいれないので。この道は、もうずっと、使われていない道なんです。この中には、むかしから、おばけが出るって、もっぱらのうわさでして……」

 

 

 「なんだって!」

 

 

 ゆうれいさんたちの言葉に、みんなはいっせいにさけんでしまいました。そんな話は、ぜんぜんきいていませんでしたもの! 

 

 「おばけって! きみたちだって、おばけじゃんか! にたようなもんでしょ!」ライアンがいいましたが、ゆうれいさんたちはぶるぶるとふるえながら、こうこたえるばかりでした。

 

 「いえいえ! ぜんぜんちがいますよ! ここのは、もともとのおばけなんですから。わたしたちは、いわば、半分だけおばけなんです。かんぜんなおばけなんて、とてもこわくて……」

 

 これはどうにも、なんといっていいものか……。とにかくここには(ほんものの)おばけが出るということで、このぬけ道はまちの人たちから、とってもこわがられている道だったようなのです(それならそうと、早くいってよ!)。

 

 ですけど、そんなことにかまっていられる場合でもありません。とにかくここを通っていかないことには、なんにもはじまらないのですから。みんなはもうかくごをきめて、このおそろしげなぬけ道の中に、はいりこんでいくしかありませんでした(なにか出たら、そのときはそのときです!)。

 

 「だいじょうぶ。そんなに長くはないはずですから、安心してください。うまく進めたら、まちのそとの山すその出口から、出られますから。いってらっしゃーい!」ゆうれいさんたちが、もういちど手をひらひらとふって、みんなを笑顔で見送りました(自分がいくんじゃないものだから、まったくもってのんきなものです!)。

 

 こうして旅の者たちは、この暗くてこわいひみつのぬけ道の中へと、ふみこんでいったのです。おっと、その前に、この人のことを忘れてはいけませんでしたね。みんなは、「ぬけ道の入り口のふちにかじりつきながら、わんわん泣いて見送っている」その人にむかって、しばしのおわかれの言葉をかけました。

 

 「じゃあ、いってくるからね。いい子でおるすばんしてるんだよ、フェリー。」ライアンがいいました。

 

 「かならずもどる。心配するな。」これはベルグエルムです。

 

 「フェリアルさん、ちょっとのあいだだけ、がまんしてくださいね。」さいごにロビーがいいました。

 

 さて、ゆうれいのフェリアルとは、ここでしばらくのあいだおわかれです(フェリアルのファンのみなさんには、申しわけありません。しばらくのあいだだけ、がまんしてくださいね)。フェリアルは去っていくみんなのうしろすがたにむかって、なんどもなんども、さけんでかえしました。

 

 「ぜったい、もどってきてくださいよー! やくそくですよー! 早く、もどってきて! こんなところにひとりぼっちは、ぜったい、いやー! やだー!」

 

 

 「ああ……、いっちゃった……」

 

 みんなのすがたがかんぜんに見えなくなって、かえってくるへんじもなくなってしまうと、フェリアルはがっくりと肩を落として、その場にへたりこんでしまいました。もうこれでかんぜんに、おばけのまちでおるすばん、けっていです。まさか自分が、こんなことになってしまうとは……。

 

 「さあさあ、げんきを出して!」そんなフェリアルの肩を、ミリエムがぽん! とたたいてはげましました。「みんな、すぐにもどってきますよ。」

 

 ですがそんなミリエムのはげましも、フェリアルには遠く、べつの世界での言葉みたいにきこえるばかりでした。

 

 「それはそうと……」ミリエムが急に、表じょうを変えていいました。「あなたにはそのあいだに、ぜひ、やってもらいたいことがあるんですよ。」

 

 フェリアルが、え? と思ったときには、かれはもうたくさんのゆうれいさんたちに、取りかこまれてしまっていたのです。

 

 「な、なんです? やってもらいたいことって?」

 

 フェリアルがおっかなびっくりそういうと、ゆうれいさんたちはみな、にっこり笑っていいました。

 

 「あなたたちがこわした、北の門。あなたにぜひとも、なおしてもらわなくっちゃ!さあさあ、みなさんが帰ってくる前に、終わらせてもらいますよ! わたしたちも手伝いますから。さあ、さっそく取りかかりますよ!」

 

 ぐいぐいつめよってくるゆうれいさんたちに、フェリアルはもう、なすすべもありませんでした。

 

 「そ、そんなー!」

 

 

 はたしてみんなはぶじに、おそろしい魔女のことをしりぞけて、フェリアルとゆうれいさんたちのたましいを取りもどすことができるのでしょうか? かわいそうなフェリアルの、運命やいかに!(これ、前の章の終わりでもいいましたっけ?)モーグのまちではそんなみんなのことにはおかまいなしに、今日もあのかびのような植物が、げんきに、みどり色のこなをぷしゅー! と吹き出していました。

 

 

 

 

 

 




次回予告。


   「ここはなんだか、いやな感じがする。」

      「めんどうなことにならなければいいんだけどな……」

   「うっわー! なにこれー!」 

      「カル……、なんだって?」


第12章「カルモトさがし」に続きます。


 

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