ロビーの冒険   作:ゼルダ・エルリッチ

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10、ゆうれい都市モーグ

 今から二千年ほどもむかしのこと。西の大陸からひとりの船乗りが、この地にたどりつきました。かれの乗ってきた小さな船は、見まわれたおそろしいあらしによって、もうぼろぼろになってしまっていました。かれははじめからこの地に、やってきたくてきたのではありません。ただ、かじのとれなくなった船のゆくまま、あらしの風の吹くままに、この地へとはこばれてきたのです。かれいがいのほかの人たちは、みんなあらしの海に飲みこまれてしまいました。かれだけが助かって、ぼろぼろになったその船に、ひっしにしがみついてきたのです。そう、かれはこの海のあらしのそうなん者として、ぐうぜんに、この地にたどりつきました。

 

 かれの名まえはロザムンド・シンクレアといいました。もう船は、使いものになりません。自分のくにに帰りたくとも、船がなくてはどうにもなりませんでした。とほうにくれたロザムンドは、船の木ざいを使って小さな小屋をたて、その土地に住みはじめました。ここから、西の大陸に帰るための方法を見つけ出そうとしたのです。そしてそんなかれのもとに、やがてすこしずつ、土地の人々がおとずれるようになってきました。 

 ロザムンドの船乗りとしてのほうふなちしきと、まだ知れぬ西の大陸の話に、人々はむちゅうになって耳をかたむけました。それからだんだんと、かれの住む小屋のまわりにも、新しい住人たちが住みつくようになったのです。ロザムンドのことを助け、かれが西の大陸に帰るその手助けをしようと、集まってくれた人たちでした。

 

 ロザムンドは人々の助けをかりて、まずはうみべに、船をとめるためのりっぱなさんばしをつくりました。そしてかれのぎじゅつと人々の力があわさったことによって、そこについに、いっそうのすばらしい船ができ上がったのです。

 

 しかしロザムンドは、それで西の大陸に帰ることはしませんでした。かれはすでに、この地ですばらしい仲間たちのことを得ていたのです。かれらのために、自分はもっと力をつくしたい。こうしてロザムンドとその仲間たちは、ともに力をあわせて、この地をさらにはってんさせていこうとがんばりました。

 

 そうしてついには、まわりをりっぱなじょうへきでかこんだ巨大な都市ができ上がるまでに、この地はさかえていったのです。それから人々は長きに渡って、この新しい都市でへいわに暮らしていきました。ロザムンド・シンクレアはこの都市のしょだいの長として長く人々にあいされ、そして人々はかれの名まえをとって、この都市を「いだいなるロザムンド」という意味である、「ロザムンディア」と名づけたのです。

 

 この名まえをきけば、この都市がどこのことをいっているのか? みなさんにはもうおわかりですよね。そう、このロザムンディアとは、まさに、げんざいのモーグのことなのです。このなんともりっぱな都市が、なぜ、かつてとつぜんに、うちすてられたのか? シープロンドのかいぎの場でも、それはすこしだけ説明されましたが、はっきりとしたことは、だれにもわかりませんでした。けっきょくのところ、この都市がなぜうちすてられたのか? とうじの人々がいったいどこにいったのか? それらのことについては、いぜん変わらぬなぞとして、残されたままであったのです(ここで著者のわたしから、新しいじょうほうをちょっとだけみなさんにお伝えしますと、かつてのロザムンディアのまちがうちすてられたのは、しぜんのさいがいがかかわっているらしいということでした。これはあくまでも、そうぞうでしかないのですが、おそらく、あらしや、つなみといったことが、あったのではないでしょうか? 

 

 もっとも、わたしの得たこの新たなじょうほうも、どこまでがほんとうのことなのか? ぜんぜんわかりません。わたしはこのじょうほうのことを、はぐくみの森からかなり北西にいった地に住んでいる、うさぎの種族のおじいさんの学者からきいたのです。しかも、とってもうさんくさい感じの。

 

 「ああ、あれは、しぜんのわざわいのせいじゃよ! うむ、まちがいない! あれは、ひどかったわい! わっはっは!」

 

 かれはまるで見てきたみたいに、大げさに話していましたが、わたしがおみやげに持っていったうずまきにんじんのことをかじるのにむちゅうで、なんだかてきとうに、話を作っていたみたいでした。ですからぜんぜん、しんようできなかったのです)。

 

 そしてじだいは流れ、ときは今。はいきょとなったその都市から、東にすこしいったところ。はぐくみの森に住むきつねの種族、フォクシモンたちの村に、われらが仲間たちは集まっているところでした。たましいを取りもどし、ようやく今の時間を生きることとなった、たくさんの人たちのことをしたがえて。

 

 かれらの旅が、ふたたびはじまるのです。

 

 

 「それではこれより、さいばんをとりおこなう! さいばん長、どうぞ前へ。」

 

 高らかに(そして声の高さも高く)そうせんげんした声のぬしは、われらがライアンでした。そしてその声につづいて、みんなの中からちょっときょうしゅくそうに前に進み出たのは、ベルグエルムだったのです。そう、旅の者たちは今、フォクシモンたちの村で、きつねたちのおかしたこれまでのつみに対してのつぐないのための話しあい(さいばん)を、おこなおうとしているところでした(そしてこういった話しあいの場では、いつもれいせいなベルグエルムが、だいひょうであるさいばん長をつとめるのがよいだろうということになりました。もっとも、さいばん長だなんてかってに名づけてよんでいるのは、ライアンだけでしたけど)。

 

 ここは旅の者たちがえんかいの席にまねかれた、あのログハウスみたいなたてものの前でした。たてものの前の広場には、村のフォクシモンたちぜんいんが、地面にせいざしてすわっていたのです(これはライアンが、「みんな、せいざ!」といって怒ったので、それにしたがっていたのです。さすがにライアンも、足の悪いランドン村長だけは、クッションの上にすわることだけでゆるしてあげましたが)。そしてたてものの入り口のデッキのところに、旅の者たちと五十七人のむかしの旅人たちみんなが、集まっていました(人数が多すぎですので、ぎゅうぎゅうでしたけど)。

 

 前に出たベルグエルムは、「おほん。」と小さくせきばらいをしてから、村のフォクシモンたちみんなにむかって話しはじめました。

 

 「みなさん。みなさんはもう、自由です。夜のかいぶつは、たおされました。」

 

 これをきいて、フォクシモンたちはかんせいを上げて、手をたたいてよろこびあいました。かいぶつがたおされたということは、もうすでに、みんなのもとにもあっというまに伝わりましたが、それでもなんどよろこんでも、すぎるということはありませんでしたから。

 

 「ですが!」ベルグエルムが、よろこぶフォクシモンたちに手をかざしていいました。

 

 「みなさんももう、よくわかっていることと思います。あなたたちは、つみをつぐなわなければなりません。われら旅の者たち四名は、運よく助かることができましたが、ここにいる五十七名の者たちに、あなたたちは、失われた時間をかえさなければなりません。それはけっして、かんたんに考えてはならないことです。」

 

 「ぼくの失われたお菓子も、かえしてもらうからね!」ライアンがつけたしました。

 

 フォクシモンたちはみな、うなだれて、深くはんせいをしていました。ランドン・ホップ村長をはじめ、チップもティッドーもロラも、村の人たちみんなが口々につぐないの言葉をのべて、頭を下げたのです。

 

 ベルグエルムがつづけます。

 

 「あなたたちのつぐないが終わったとき。そのときこそ、このはぐくみの森は生まれ変わるときなのです。ぜひとも、この森に、かつての美しいかがやきを取りもどしていただきたい。それは、このアークランドに住む者みんなの願いであり、あなたたちのしめいでもあるのです。フォクシモンの新たなるでんとうを作っていくときが、今こそやってきたのです。」

 

 「おいしいお菓子のでんとうもね!」

 

 ふたたび、人々の口からかんせいが上がりました(さいごのライアンの言葉は、そのせいで、ほとんどみんなにきこえていませんでした)。みんな手を高くつき上げて、はぐくみの森の新しいみらいへとむかって進んでいくことを、ここにちかいあったのです。

 

 しはいされていた時間はあまりにも長く、暗いものでした。ですがいつだって、それがえいえんにつづくということなどは、あり得ないのです。人々の心から、気高いほこりが失われないかぎり、みらいはそのさきに待っているのです。フォクシモンたちのみらい、はぐくみの森のみらいも、これでだいじょうぶでしょう。

 

 さて、それではここで、五十七人のむかしの旅人たちのそれからのことについても、お話ししておかなければなりませんね。かれらはこのあと、フォクシモンたちからじゅうぶんなだけのつぐないを受けました。フォクシモンたちの村には、かつてのはんえいのころに集められて、たくわえられていた、さまざまなきちょうな品々が、まだ残っていたのです。かつての森のめぐみは、今ではすっかり失われてしまっていましたが、これらの品物をたくわえていたおかげで、村人たちは、ほそぼそとでしたが、なんとかこの森で暮らしていくことができていました。

 

 これらの品物が、五十七人の旅人たちにじゅうぶんなだけくばられました(そのけっか、村のたくわえはすっかりなくなってしまいましたが、それはいたしかたのないことでしょう)。とくに、眠っていた年数の多い人たちには、それだけ多い品物が渡されたのです。旅人たちはこのおくりものを、大いによろこびました。それでフォクシモンたちに、「にどと人をあざむかないこと」、「この森をむかし以上にすばらしい森に変えていくこと」、このふたつを守るとかたくちかわせることで、かれらのおこないをすっかり、ゆるしてあげたのです(ところで、旅人たちは眠っているあいだ、ぜんぜんとしを取っておりませんでしたので、かれらの中にはかえって新しい世界が見られてよかったと、よろこぶ者さえいたのです。人それぞれで、いろんな考え方があるものですね)。

 

 そしてかれらは、おくりものとたっぷりの食べものをつめこんだ、みずからのリュックをしょって、まだ見ぬ未知なる世界へとむかって、新しい旅のいっぽをふみ出していきました。かれらがめざしたのは、ヴィモール。このアークランドよりもずっと大きくて、もっとごちゃごちゃとした、北の果てのくにでした(かれらはもともと、西のハーレイ国からこのヴィモール国をめざして、旅をつづけていたのです。そしてそのとちゅうで立ちよったはぐくみの森で、思わぬ足どめを受けてしまったというわけでした。

ちなみに、かれらの中には、「はぐくみの森でなにが起きているのか?」それをしらべにやってきた者たちも、わずかにいました。これでようやく、かれらははぐくみの森でのちょうさを終えて、こきょうであるハーレイ国へと帰ることになったのです)。

 

 ところで、これはつけたしになるのですが、じつはかれらの中には、のちに大冒険家としてその名をはせることになった人物がひとりいました。それはルルム種族の冒険家、シェイディー・リルリアンという人物でした。かれのことは今では、「ほうろうのルルム」とか、「赤毛のシェイディー」などといった名まえで人々に語りつがれていて、このあとかれは、たくさんのくにに渡って、たくさんのたいした冒険をおこなうこととなるのです。ですがそれは、このロビーの冒険の物語とは、またちがう時間、ちがうぶたいでのお話。いつかきかいがあったら、このシェイディー・リルリアンの物語のことも、みなさんにお伝えすることができればと思います(雲の上までのびる木の上の王国での冒険とか、七ひきのりゅうがしはいするくにの物語とか、いろいろありましたけど)。

 

 ちょっと話がそれてしまいました。さあ、われらが仲間たちの冒険にもどりましょう!

 

 

 あくる日の朝。

 

 われらが仲間たちは今、旅のしたくをすっかりととのえて、これからいよいよはぐくみの森の西の果て、めざすモーグへとむかって出発しようとしているところでした(朝を待ったのは、モーグに夜にいくのはやっぱり危険だとはんだんしたためです。それに夜のかいぶつとの戦いなどで、みんなつかれきってしまっておりましたから、ひとばんくらいしっかりと休んでおく必要もありました。フェリアルがほっと胸をなでおろしたのは、いうまでもありません。夜のモーグにはいりこむなんてことは、かれはぜったいに、したくはありませんでしたから!)。

 

 かれらの前には、なつかしや! かれらのよき友である三頭の騎馬たちが、せいぞろいしております(かれらの騎馬たちはみんながいせきにとじこめられているあいだ、フォクシモンたちの村でかわれていましたが、まあ、メルのあばれたこと! メルはとてもかしこい馬でしたから、自分の主人をひどい目にあわせた者たちのことをするどく感じ取って、フォクシモンたちのいうことなんか、ぜんぜんきかなかったのです。さすがは、ライアンゆずりの馬といったところでしょうか? もっともほかの二頭の馬たちも、だいぶあばれましたけどね)。そしてその騎馬たちのくらには、フォクシモンたちからおくられた、たくさんの旅の品物のはいったふくろがくくりつけられていました。

 

 おくられた品物の中でもとくに旅の者たちにとってありがたかったのは、ふわふわ森ペンギンの羽毛から作られた、とってもあたたかいマフラーとマントでした。これらはおどろくほどかるく、しかも水を通さないのです。この寒いきせつに旅をゆく者たちにとって、これ以上はないというほどのおくりものでした。

 

 ほかにかれらがもらったものは、おもに食べものと飲みものでした。パンやチーズをはじめ、日持ちがするように作られたルンルン鳥のくんせいや、お湯につければ食べられる、きのこのひもの。それと宝石の実のジュースなどです。旅人たちにおくられたような値うちのある宝物は、かれらは受け取りませんでした。そんなものはかれらには必要ありませんでしたし、だいじな旅をゆくのにじゃまになるだけでしかありませんでしたから。ですからかれらは、かれらのぶんとして分けられた宝物も、全部旅人たちに分けてあげるようにといったのです(さすが、りっぱですね。でもちょっと、ライアンとフェリアルのふたりだけは、宝物にもきょうみがあったようでしたが。ベルグエルムに「だめ!」といわれて、しぶしぶあきらめたのです)。

 

 「さあ、みんなつみこんだら、いよいよ出発だ!」ライアンが右手を大きくつき上げていいました(ところで、出発のときにさいしょにごうれいをかけるのって、いつもライアンですよね。やっぱりこれは、リーダーになりたがりの、かれのせいかくからみたいです)。みんなにかけ声をかけて、ふりかえったライアンでしたが、まあ、そのにもつの多いこと! かれの肩からは、ぱんぱんにふくれ上がった大きなかばんが、三つもかけられていたのです。そのうえメルのからだにも、(新しくもらった旅の品物のはいったふくろとはべつに)たくさんのふくろが、ところせましとくくりつけられていました(おかげでロビーの乗るところがすごくせまくなってしまって、ロビーはかわいそうに、その大きなからだをきゅうくつそうにちぢめて、なんとかメルの背中にまたがっていました)。

 

 さらにそれは、メルだけではおさまりきりませんでした。ベルグエルムとフェリアルの二頭のはい色の騎馬たちにも、おさまりきらなかったライアンのふくろが、たくさんくくりつけられていたのです。

 

 いったいこんなにもたくさんのにもつって、なんなのでしょう? それは読者のみなさんには、もうおわかりですよね。そう、これらのかばんやふくろの中身。それはぜーんぶ、お菓子でした! ライアンお気にいりの森ペンギンのクリームいりやき菓子にはじまって、ミルクの実のパウンドケーキに、クッキーにビスケット。宝石の実のぼうつきキャンディーが山ほど。そのほか、チョコにマシュマロに……、およそ考えつくことのできるありとあらゆるお菓子たちが、ぎゅうぎゅうにつめこまれていたのです。そう、ライアンはねんがんの「お菓子のかたき」を、じゅうぶんすぎるほどに取ったというわけでした(そしてもちろん、こんなにたくさんのお菓子がフォクシモンたちの村に用意されていたわけではありませんでしたから、これらのお菓子はライアンが村人みんなに、てつやさせて作らせました。さぞかし、たいへんだったでしょうね……。かれらもライアンを怒らせたらたいへんな目にあうと、これで身をもって知ることができたことでしょう)。

 

 おかげでライアンは、もうにっこにこでした(こんなにうれしそうな笑顔は見たことがありません!)。かれがはじめに持ってきていたお菓子もそうとうな量のものでしたが、今はその五ばいほどの量もあったのです。もう旅の者たちのにもつのその半分以上が、お菓子だといってもいいくらいでした(ベルグエルムとフェリアルも、もうあきらめておりましたので、口を出すことすらできなかったのです。もっとも、ことがお菓子のことだけに、かれらが口をはさんだとしても、ライアンはいうことをきかないでしょうけど)。

 

 「みんなー! せわになったねー! じゃあ、げんきでねー!」

 

 さいごにライアンはまんめんの笑顔でそうさけぶと、見送りのフォクシモンたちにむかって、大きく手をふってみせました。そしてランドン村長をはじめ、それにこたえる村人たちは、みんなげっそりとやつれかえりながら、ひきつった笑顔で、力なく手をふってかえすばかりだったのです(かれらがこのあと、みんなそれぞれの寝床にもぐって夕方まで寝てしまったことは、いうまでもありません……)。

 

 

 「ロザムンディアのいせきまでは、そんなに遠くはないんですけど……」

 

 そう声をかけたのは、きつねの種族フォクシモンの男の子、チップでした。かれはせめてものつみほろぼしにと、旅の者たちのモーグまでの道のりの、そのあんないやくのことを買って出てくれたのです(かれもてつやのお菓子作りにつきあわされていましたが、とちゅうで力つきて、寝てしまいました。ですからほかの村人たちほどには、つかれきってはいなかったのです。それでもだいぶ、眠かったんですけど)。それはかれが、村の人たちにはないしょで、今までになんどもロザムンディアのいせき、つまりモーグの近くにまで、たんけんに出かけたことがあったからでした。ほんとうはロザムンディアのいせきに近づくことは、村ではかたくきんしされていることでしたが、こうきしんおうせいな十さいの男の子には、それもむりというものです。ですからモーグまでの道のりのことなら、チップがだれよりもよく、知っているというわけでした。

 

 「あそこには、じつはぼくでも、はいったことはないんです。村の人たちは、あそこにはいった者はにどと出られないぞ、っていうんですけど、じっさいぼくたちの村の人で、あそこにはいった人は、ひとりもいません。だって、ほんとうのことをいうと、入り口がしまっていてはいれないんです。」

 

 チップがフェリアルの騎馬の上から、いいました。からだの小さなチップはフェリアルの騎馬の上、フェリアルの前に乗っていたのです(ロビーと同じく、チップは馬に乗ったことがありませんでしたので、フェリアルにささえてもらうことで、なんとか乗っていたのです)。

 

 「えっ? 入り口がしまってるの?」前の騎馬から、ライアンがふりむいてたずねました。

 

 チップがそれにこたえます。 

 

 「は、はい。いせきの入り口には、大きな木の門があって、その門はかたく、とざされているんです。そこまでなら、ぼくにもあんないできるけど、ほかに入り口らしいものもないし、いせきの中には、どうやってはいったらいいのか? ぼくにもわからないんです。」

 

 さて、それはこまったじょうほうです。ここまできてモーグにはいれないんじゃ、どうしようもなくなってしまいますから(フェリアルにとってはいいことかもしれませんが。どこかほかに、べつの道があればの話ですけど)。

 

 「うーむ、とりあえずは、モーグにたどりついて、そのようすを見てから考えるしかないだろう。どこか、かべをのぼれるようなところがあるかもしれない。」先頭をゆくベルグエルムも、チップの話にふりかえっていいました。

 

 「ふーん、木の門か……」ライアンが、なにやら考えをめぐらせながらそういいます。

 

 「なにか、いい方法があるの?」うしろに乗っているロビーが、ライアンにたずねました。

 

 「いや、わかんないけどさ。木の門だったら、なんとかなるんじゃないかな、って思って。」

 

 ライアンはそういって、まただまってしまいましたが、ロビーはライアンが、またなにかよからぬことを考えているのではないかと、心配したのです……。

 

 それからしばらく、暗い森の道がつづきました。もはやこの森をしはいしていたおそろしいかいぶつがたおされたとはいえ、森のひねくれきった木々やでこぼこ道が、とたんにきれいに変わるというわけではなかったのです(いずれこの森も、もとの美しさを取りもどすでしょうけど、今はまだそのままでした)。

 

 チップのあんないは、じつに助かりました。じもとのことならじもとの者にきけとは、よくいったものです。とくにチップは、その小さなからだでこの森のすみずみまで、あっちこっち飛びまわっていたものですから、はぐくみの森のことならほとんどなんでもというくらい、よく知っていました。「あっ、ここを右にいってください! このまままっすぐいくと、どくのちょうちょの巣につっこんじゃいますよ!」とか、「その木のつるに、さわってはいけません! そのつるはまるで、おばけとかげの舌みたいに、生きもののことをからめ取ってしまうんです!」とか。さまざまな危険な場所に出会うたびに、チップがそのつど、旅の者たちのことをさきへとみちびいていってくれたのです(もしチップがいなかったのなら、わたしはもうすこし多くのページを使って、旅の者たちがくろうする場面のことをえがかなければならなかったことでしょう。それはそれで、冒険のお話としてはもり上がるかもしれませんが、じっさいに旅をする者たちにとっては、やっぱりたまったものではありませんよね)。

 

 こうしてチップのあんないのおかげで、旅の者たちはこの進みづらく危険でこんなんな森の道のりを、じゅんちょうに進んでいくことができました。それでも、めざすモーグにたどりつくまでには、かなりの時間がかかったのです。もうモーグまではそんなにきょりはありませんでしたが、このあたりははぐくみの森の中でももっとも危険がいっぱいのところで、道もごちゃごちゃしていました。それに一行は馬に乗っておりましたから、この馬が通れるくらいの道をゆくのには、かなり遠まわりをしていかなければならなかったのです(この森にかぎっては、からだひとつで木々のあいだを通りぬけていった方が、早く進むことができるようでした。もしチップひとりだけだったなら、フォクシモンたちの村からモーグまで、ものの三十分もしないうちにたどりつくことができることでしょう)。

 

 それからまたしばらくたったころ。一行はついに、モーグへとつづくそのさいごのいっぽん道の上へと出ることができました(ここまでくるのに、時間にして二時間ほどかかりました)。

 

 「あそこが、はぐくみの森のさかい目です。ちょうど、あの大きな木のところです。ほら、木の上の葉っぱの中に、見張り台がかくれてるでしょう?」チップが、さきに見えてきた大きな木の上をゆびさしながらいいました。

 

 「見張り台? なにを見張るんだ?」うしろに乗っているフェリアルが、たずねてそういいます。いわれてチップは、あっ、しまった、というような顔になりましたが、もう手おくれでした。

 

 じつははぐくみの森のあちらこちらには、フォクシモンたちが張りめぐらせたひみつの見張り台が、木の上などの目立たないところにひっそりと作られていたのです。これらの見張り台にはいつも、当番のフォクシモンたちが見張りについていて、かれらは森にはいってくる旅人たちのことを、そこからまっさきにかくにんしていました。ロビーたち旅の一行がはぐくみの森の中にはいりこんできたときにも、かれらはこうして、みんなのことを見張っていたというわけだったのです。村についたとき、すでにかんげいのじゅんびがばっちりととのっていたのは、見張りのフォクシモンたちがロビーたちがやってきたということを、いち早く村へと伝えていたためでした(ようやく、なぞがとけましたね。

 

 ちなみに、フォクシモンたちがいち早く旅の者たちのかんげいのじゅんびを進めておこうとしたのには、わけがありました。それは旅の者たちが村にとうちゃくしたときに、すでにかんげいのじゅんびをばっちりととのえておいて、旅の者たちにえんかいへのさんかをことわらせないようにするためだったのです。そのためフォクシモンたちは、旅の者たちのすがたをかくにんしたあと、かんげいのじゅんびがすっかりととのうまでのあいだ、旅の者たちのことをつかずはなれず、見張りつづけていました。

 

 もうひとつ説明をつけたしますと、フォクシモンたちがロビーたちのことをかくにんしたのは、ロビーたちがはいっていった森のはしっこから、しばらく中にはいったところにある見張り台からでした。ですからロビーたちが森にはいってすぐのところで寝てしまっていたときには、まだフォクシモンたちも、ロビーたちのことに気がついていなかったのです。ロビーたちがやってきたのは、グブリハッグたちから逃げてきた、ほそい岩のさけめから。そこはふつうだったら、人がやってくるようなところでは、ぜんぜんありませんでした。そのためそのあたりには、フォクシモンたちの見張り台も、ぜんぜん作られていなかったのです。まさかフォクシモンたちも、そんなところから人がやってくるだなんて、思っていなかったことでしょう。ライアンのクルッポーのさけび声だって、かれらのもとにはとどいていなかったのです。こまかい説明、終わり)。

 

 このひみつの見張り台のことは、人にいうことはもちろん、きんしされていました。ですからうっかり口にしてしまったチップは、しまったと思ったのです(でもよく考えてみれば、もうそんなことをひみつにしておく必要もありませんし、こんな見張り台そのものも必要ありませんよね。すくなくとも、今までのもくてきのためには使うことはないはずです。もしこんごも使うのであれば、これからは旅人たちのことをいち早く、ほんとうの意味でかんげいするために使ってもらいたいものです)。

 

 「あっ、それよりほら! もう、いせきのかべが見えてきましたよ!」チップはなんとかごまかしつつ、道のさきをゆびさしました。そしてチップのいう通り、木々のあいだからちらちらと、ロザムンディアのいせき、モーグのそのまわりのことを取りかこむ、巨大なじょうへきのすがたが見えはじめてきたのです。

 

 それはあっとうされるほどの、なんともりっぱなじょうへきでした。そのかべは、もも色にきいろがいりまじった、いんしょう的なばら色の石をつみ重ねてつくられていました。高さは七十フィートほどもあって、しかもその上には、しんにゅう者のことを防ぐための、とげのついたかぎづめのかたちをしたかざりものまでもが、そなえつけられていたのです(これではとても、のぼっていくことなんてできそうもありません)。ところどころに見張りの塔がつくられていて、そのまどからは今にも、見張りの兵士たちの矢が飛んできそうな感じでした。

 

 巨大さはもちろん、そのがんじょうさにみんなはびっくりしました。もう二千年ほどもたっているのにもかかわらず、じょうへきの石はぴっちりとあわさっていて、かけているところもぜんぜんなかったのです。これならなん百人といった兵士たちがせめてこようとも、びくともしないことでしょう(じっさいこのかべは、あつさが十フィートもあったのです! これだけのじょうへきをかまえていたなんて、モーグがいかにりっぱな都市であったのか? そうぞうできますよね)。

 

 ですけどここはもう、ずいぶんとほったらかしのままにされてきましたので、じょうへきのがんじょうさはともかく、まちそのものはやっぱりずいぶんと荒れ果てているようでした。それはこのじょうへきにからみついた、なんともぶきみな感じの植物のことを見れば、わかりました。いえ、植物というよりも、それはかびといった方がいいかもしれません(チーズに生やすかびならチーズをおいしくするのにやくに立ってくれるのですが、これはもう見るからに、どくの強そうなこわーいかびだったのです)。うすみどり色の糸のようなものがいちめんにまとわりついていて、それにはところどころに、つぼみのようなまるいものがついております。そしてそのまるいものが、ときどきぷしゅー! というにぶい音を立ててつぶれて、中からもやのようなみどり色のこなを、吹き出していました。

 

 「このさきに、入り口の門があります。いせきの北がわには、それいがいに入り口はありません。あとの門は、はんたいがわの南がわの出口だけだという話です。」じょうへきを前に、チップがみんなに説明しました。

 

 「まちの東と西は、どうなっているんだ?」ベルグエルムがチップにたずねます。しかしチップは首を横にふって、ざんねんそうにこういうばかりでした。

 

 「だめです。いせきの両がわは、切り立ったがけと岩場になっていて、とても通りぬけられません。そういったしぜんの地形をりようして、このいせきのまちはつくられたんですって。まさに、かんぺきな守りなんです。」

 

 みんながやってきたこの場所からは、じょうへきが西とはるかな南へとむかってのびていました。そしてチップのいう通り、南へのかべはしばらくいったさきで、おそろしいほどのだんがいぜっぺきの中へとつづいていたのです。これではからだひとつだけでも、とてもさきへと進むことなどはできないでしょう(ましてやみんなは、騎馬たちをつれていましたもの、進めるわけもありませんでした)。そしてこれは、西がわのじょうへきでも同じことでした(しかも西がわのじょうへきのさきは、そこからさらに、海へとつづいておりましたので、なおのことむりだったのです)。

 

 「南へいきたいのなら、モーグをぬけよということか……」ベルグエルムが、じょうへきにからみついたかびのような植物を、ゆびでつんつん、つっついてみながらいいました(そうしたらゆびにどくどくしいこながついてしまったので、あわててズボンでふき取りましたが)。モーグを通らなければさきへは進めない。それはさいしょからわかっておりましたが、やはりなんとか、ほかに道がないものかと、みんなはわずかなきたいもいだいていたのです。しかしそんなわずかなきたいでさえも、こうしてかんぜんに、うちくだかれてしまいました。

 

 「こうときまれば、門を越えていくいがい、道はないようだ。門までいってみよう。」ベルグエルムがそういって、騎馬のむきを変えました。

 

 「それしかないね。フェリー、心のじゅんびはいい?」ライアンがフェリアルの方をむいて、いたずらっぽくつづけます。

 

 「わ、わたしは、もとより、へいきですってば!」フェリアルが、やっきになっていいました。

 

 こうして一行は、ついにモーグの入り口までやってきたのです。そしてこのあと、フェリアルの身にかつてないほどのたいへんなできごとが起こってしまうのですが、それはもうすこしあとで。今は、モーグにはいるその方法を、考えなければなりませんでしたから。

 

 

 入り口の門は、チップの説明の通りでした。がんじょうそうな木でできた大きくて重そうなとびらが、かたくとざされていて、もう見るからにひらきそうになかったのです(ホテルのドアマンみたいに、両がわから「いらっしゃいませ!」とあけてくれる人たちがいたのなら、なんとも助かるんですけど)。じつは長いねん月がたっているのにもかかわらず、この門がいまだにがんじょうだったのは、この門にあるとくべつなペンキがぬられていたためでした。このペンキには雨風から木を守る強い力があって、そのため門は、いつまでたってもがんじょうなままで残ったのです。そしてこのペンキは、カピバルのわざによって作られたものでした(ですが、「さすがはカピバル。」って感心している場合ではありませんでした。今は、「こんなの、ぬってくれなくたっていいのに!」とみんな思ってることでしょうから)。

 

 「うわっ! が、がいこつ!」門のそばにきたとたん、フェリアルがさけびました。なるほど、見ると門の両わきのかべに、よろいを着て剣とやりのことを持ったがいこつたちが、それぞれ一体ずつ、もたれかかっていたのです。かつてのまちを守っていた、兵士たちなのでしょうか? 

 

 「だいじょうぶだよフェリー。ただの、ほねほねじゃない。ひょっとしたら、動き出すかもしれないけどね……、うふふ。」ライアンがからかって、フェリアルにいいました(まったく、いじが悪いんだから)。

 

 「これはずいぶん、やっかいになりそうだ。」ベルグエルムが、とびらの表めんをなでながらそういいます(カピバルのペンキのおかげで、門にはあのかびのような植物がぜんぜん生えていなかったのです)。

 

 「これはおそらく、モーグのうら口の門だろう。それでも、これだけ大きいとは。」

 

 ベルグエルムのいう通り、この門はモーグのうら門にあたるものでした。いちばん大きなおもて門は、モーグのはんたいがわ、南がわの方につくられていたのです。うら門はそのおもて門にくらべれば、ずいぶん小さくできておりましたが、それでもとびらのはばは、およそ十五フィートほど。高さはおよそ二十フィートほどもありました。

 

 「それに、これはどういうことだ?」とびらをしらべていたベルグエルムでしたが、ふとなにかに気づいたようでした。

 

 「このとびらは、内がわから木がうちつけられている。渡し木ではない。中にはいれないように、だれかが中から、この門をとざしたのだ。」

 

 ベルグエルムのいう通り、たしかにようく見ると、とびらのわずかなあわせ目のすきまから、たくさんの木の板が横にうちつけられているのが見えました。ふつうとびらをしめきるときには、渡し木といって、かんぬきがわりのじょうぶな木の板をまん中に取りつけるものでしたが、このとびらはそれだけではなかったのです。いったいだれがどうして、これほどまでにねっしんに、この門をとざしたのでしょうか?

 

 「そとからはいるのを防ぐためか、あるいは……」ベルグエルムがいいました。

 

 「中からなにかがそとに出るのを、防ぐためかもね。」ライアンがベルグエルムの言葉をつづけて、いいました。

 

 「いったい、中になーにがいるんだろうね? 楽しみだなあ。ねえ、フェリー?」ライアンがフェリアルの方を見て、またいたずらっぽくそういいます。

 

 「わたしは、なにがきたってへっちゃらですってば!」フェリアルがまた、むきになってこたえました(そんなライアンとフェリアルのやりとりのことを見て、チップが「なんのこと?」とたずねましたが、ライアンが「うふふ。じつは、このフェリーさんはね、」といいかけたところで、フェリアルが「な、なんでもないから! 気にしなくていいよ!」とわってはいりました。もういいかげんにフェリアルのことをからかうのは、このへんにしておいた方がいいですね。ずっと見守っていたロビーも、「もう。からかっちゃだめだよ、ライアン。」といって、ライアンのことをしかりました)。

 

 「それより、どうやってはいるのか? 早く考えないと。」

 

 みんなをまとめる、まさにごもっとものひとこと。それはロビーの言葉でした。みんなのこと(とくにライアンのこと)をまとめるときには、いつも、ロビーのするどいひとことが助けてくれるのです(ふだんあんまりおしゃべりでないぶん、それはよけいに感じられますよね)。

 

 「ロビーどののいう通りです!」フェリアルがライアンのことをはねかえさんばかりに、いいました。「早くはいって、早く出ないと! とちゅうで夜になっちゃいますよ!」

 

 やっぱりフェリアルがのぞんでいることは、ただひとつ。モーグをさっさと通りぬけるということのようですね。たしかにもたもたしていたら、モーグの中で夜になってしまいかねませんから、それはやっぱり、みんなだっていやなはずです。

 

 「フェリアル、手を貸してくれ。ちょっと、ふたりでためしてみよう。」ベルグエルムがそういって、門に手をかけました。フェリアルも加わって、ふたりでいっしょに、えいえい! とおしてみます。ですけど門は、びくともしません。それからかれらは、ふたりでそろって、力まかせに体あたりをしてみることにしました。

 

 どしーん! どしーん! もうひとつ、「せえの!」どしーん!

 

 「ぼくもやります。」ロビーが加わって、こんどは三人でためしてみます。

 

 「いくぞ、せえの!」どしーん! どしーん!

 

 全身の力をこめて、もういちど、どしーん!

 

 

 「だ、だめだ……!」

 

 もうロビーもフェリアルも、ベルグエルムまでへとへとになって、門の前の地面にたおれこんでしまいました。これだけりっぱなたいかくのおおかみ種族の者たちが、三人がかりでかかっても、この門をうち破ることはできなかったのです(ちょっとひびがはいったくらいでした)。

 

 「こんなにがんじょうな門は、はじめてです。ベーカーランドのお城の門だって、こんなにかたくはないですよ。」フェリアルが、ぜいぜい息を切らしながらいいました(かれがじっさいにそのかたさをためすために、ベーカーランドのお城の門に体あたりしたことがあったかどうかはわかりませんけど。でもそんなことをしたら、かくじつに怒られますけどね)。

 

 「体あたりでは、らちがあかない。フェリアル、手おのを持っていただろう? あれですこしずつ、こわしていくしかなさそうだ。かなりの時間がかかるが、やむを得ない。」ベルグエルムが、今のこのじょうきょうにとっていちばんと思われる方法のことをいいました。ですがそれは、あくまでもふつうの旅人たちにとっての話。われらが旅の仲間たちの中には、こんなときにすばらしい(おそろしい?)までの力をはっきしてくれる、たよれる人物がひとりいたのです。

 

 大きな三人のウルファたちの前に、進み出たのはだれでしょう? チップじゃありません。となれば……、それはもう、ひとりしかいませんよね。そう、それはからだの小さな、でもとっても大きな力をその内にひめている、ひつじの少年ライアンでした。

 

 「しょうがないなあ。まったくみんな、だらしないんだから。」ライアンは「ふう。」とため息をついてからそういうと、かばんの中からなにかの品物をひとつ、取り出しました(お菓子じゃありませんよ)。こんどはいったい、なにを出したのでしょうか?

 

 「こんかいは、とくべつだよ。ほんとはこれ、やったら怒られちゃうんだからね。」

 

 ライアンが取り出したのは、火を起こすために使う、ほくちばことよばれる小さなはこでした。こんなもの、いったいどうするのでしょうか? いくら木でできているとはいえ、こんなに大きな門をもやしてしまうなんてことは、むりだと思いますけど……(時間をかければもやせるでしょうが、それだったらベルグエルムのいう通り、手おのでこわしていった方が、まだ早くあけられそうです)。でもライアンのことです。みんなが考えつきもしないようなことを、考えているのかもしれませんね。そしてじっさい、考えていたのです! 

 

 ライアンは森からかれ木のえだを集めてくると、門の前にそれらをおいて、ちょっと油をたらして、火を起こしました。ですけどこの大きな門にくらべたら、それは文字通りの、ほんの小さなたき火にすぎません。どうやらライアンは、この火の力をかりて、おとくいのしぜんの力をかりるあのわざをひろうするつもりのようなのです。でも火の力を使ってこの門をあけるなんてことが、ほんとうにできるのでしょうか?(火の力をかりるわざは、あのオーリンたちのむかしの谷で、グブリハッグのかいぶつたちのことを相手に使ったことがありましたが、こんどは相手がちがいました。グブリハッグたちよりもなん十ばいも大きな、がんじょうな門なのですから。まあ、あのほのおの矢のこうげきをなん百回もぶちこめば、この門を弱らせることもできるでしょうけど……。

 

 ちなみに、ライアンのとっておきの風のうずのこうげきも、やっぱりこの門にがたをきかせるのには、ふじゅうぶんでしょう。それほどこの門は大きく、がんじょうだったのです)

 

 「ちょっと、あぶないから、そこどいて。まきこまれても知らないよ。」

 

 そういってライアンは、たき火をはさんで門からすこしはなれたところに立つと、小さな言葉を口にしはじめました。

 

 「風の精霊よ、ほのおのたみよ。」ライアンの静かで美しい声が、その場にひびき渡ります。

 

 「われのといかけに、こたえたまえ。ともに力をなして、今こそわれに、その力の貸し与えられんことを……」

 

 ロビーたちウルファの三人は、すなおにしたがって、門からはなれました(ライアンの言葉には、すなおにしたがっておいた方がいいですものね)。いったいなにがはじまるんだろう? 三人はライアンのうしろの方に下がって、じっとそのようすを見守ることにします(そこにチップが加わって、四人になりました)。みんなはこんなに静かな表じょうのライアンのことを、ひさしぶりに見た感じがしました。それはかなしみの森の小川で水の精霊たちに出会った、あのときいらいのことだったのです。

 

 ライアンはおだやかな顔をして、ほのおにむきあっております。きれいな顔立ちとあいまって、ライアンのすがたはとてもしんぴ的で、美しく見えました(いつもこうだったら、もっとりっぱに見えるんですけどね……)。

 

 そうするうちに、ほのおがぱちぱちと音を立てはじめ、やがてそれは、ごうごうという、大きなうなり声へと変わっていったのです。

 

 

 「ほのおよ、風よ、ひとつとなりて、さらなる力を!」

 

 

 とたんにほのおがはげしくもえさかり、大きなはしらに変わりました! あたりの空気がぐるぐるとうずをまいて、そのほのおのことを取りかこんでいきます。なんて力強い、風とほのおのたつまきなのでしょう! それは今までにみんなが見た、風やほのおの力とは、まったくべつものといっていいほどの力強さでした。

 

 

 「いっけえー!」

 

 

 ライアンが大きくさけびました! するとどうでしょう! その強力なほのおのたつまきが、いっしゅんバスケットボールくらいの大きさのまるいかたちになったかと思うと、そこからおそろしいけもののすがたをしたほのおと風のエネルギーが、ごう音とともに、門にむかって飛び出していったのです!  

 

 そして!  

 

 

   ががががあーん!

 

 

 なんてすさまじい、はかい力! なんとなんと、目の前の巨大な木のとびらが、モーグのまちのはるかむこうの通りにまで、どんがらがんがらがっしゃーん! ばらばらになって吹き飛んでいってしまいました!

 

 まあ、みんなのびっくりぎょうてんしたこと! もうロビーもベルグエルムも、フェリアルもチップも、口をあんぐりとあけっぱなしにして、なんにもいうことができませんでした。

 

 ずずーん……。

 

 門のざんがいが、遠くでさいごの地ひびきを立てていきます。その門がもともとあったところなどには、もう、けむりと、ぱらぱらとちらばる火のついた木のはへんだけが、残っているばかりでした。

 

 「みんな、門、あいたけど?」

 

 ライアンが木のはへんのちらばる中に立って、みんなのことをふりかえっていいました。その顔にはいつものライアンの、いたずらっぽい笑みが浮かんでおります。いっぽうみんなは、あいかわらず口をあけたまま、動くことすらできませんでした。ようやくベルグエルムがわれにかえって、ライアンにむかって声をかけたのは、それからだいぶたってからのことだったのです。

 

 「お、おどろいた……。いったいどこから、そんな力が……!」 

 

 まったくベルグエルムのいう通りです。いくらしぜんの力をかりることができるわざとはいえ、まさかこんなに大きな門を吹き飛ばすまでの力があるなんて、きいていませんでしたもの。

 

 これに対して、ライアンはつとめてれいせいなふうをよそおいながら、「ききたいの? しょうがないなあ」といった感じで、みんなにいいました(ほんとうは早く話したくて、うずうずしていましたけど)。

 

 「これはねえ、リア先生に教わったんだけど、ほんとうは使っちゃいけない、きんしされているわざなんだ。」ライアンはそういって、木のえだをひろって、地面になにやら絵のようなしるしをいくつか書きつらねていきます。

 

 「これが、ぼくたちの世界を作っている、精霊たちの力ね。」そういってライアンは、地面に書いた、火、水、風、土、やみ、そのほかのしるしのことを、みんなに見せていきました(といっても、みんなにはそのしるしがなにをあらわしたものなのか? よくわかりませんでしたが。ライアンの絵はまるっきり、子どものらくがきみたいにへただったのです……)。

 

 「この精霊の力っていうのは、それぞれがひとつひとつに分かれて、そんざいしているんだよ。そうじゃないと、力のバランスがおかしくなっちゃうんだって。だから、風の力は風の力。火の力は火の力だけで、かりなくちゃいけないんだ。」

 

 ライアンはそれから、リア先生に教わった話をみんなに説明してきかせましたが、みんなにはライアンのいっていることが、よくわかりませんでした。せんもんようごばっかりなうえに、ライアンはちしきを知っていることをじまんしたくて、わざとわかりづらいいいまわしばっかりしておりましたから(「これはねえ、つまりはレビレンタスのさいせいのりろんにしたがって、精霊と人とが、ともにユールロントしちゃってるってことなんだよね。だから力のバランスをリロールするためには、ホワールウィンドの中にいなくちゃだめってことなんだ。」意味がわかりません……)。ですがようするに、「しぜんの力をかりるときには、ひとつのしゅるいの力だけをかりて使わなくてはいけない」という、きまりがあるということらしいのです。そうしないとしぜんの力のバランスが、くるってしまうのだということでした(ですからもしこのわざを使ったということが知れると、ライアンはものすごく怒られてしまうことになるのだそうでした。リア先生に)。

 

 そして今ライアンが使ったこのわざは、(そのかたいきまりごとのことをむしした)風の力と火の力、このふたつをまとめて、いっきにばくはつさせるというものだったのです(風と火。ふたつの力のあわせわざなのですから、たんじゅんに考えても、ふつうにひとつの力だけをかりるときよりも、ばいの力が出るわけなのです。そしてじっさいは、ばいどころか、きっと百ばいくらいは強い力が出ていました! ふたつの力がともにあわさったときに出る力というものは、たんじゅんな算数だけでは、とてもはかりきれないものであったのです。このわざがきんしされているというのも、うなずける気がしますよね。こんなに強力な力をかんたんに使ってしまったとしたら、それこそ、たいへんなことになってしまいかねませんもの)。ですからあれほどまでに強力な力が、はっきされたというわけでした(そのかわり、しぜんの力のバランスを、だいぶこわしてしまうことになりましたけど……)。

 

 「さっきもいったけど、こんかいは、ほんとうにとくべつだよ。リア先生には、ないしょだからね。怒られちゃうから。もし、しゃべったら……」ライアンはそこで、みんなの顔をじーっと見渡しました。みんなは、ぜったいにしゃべりません! といった顔で、(いっしょうけんめい)首をぶるぶる、横にふりつづけます(みんなまだ、いのちはおしかったですから……)。

 

 「よかった。じゃ、やくそくは守ってね。」にこっと笑うライアンに、みんなは、守ります! といった顔で、(いっしょうけんめい)首をぶんぶん、たてにふりつづけました(みんなまだ、いのちはおしかったですから……。

 

 ちなみに、あの夜のかいぶつにライアンはほんとうは、このわざを使ってやりたいところでしたが、あのときは火がありませんでしたので、むりだったのです。ですからライアンは、ふつうに使うことのできる風のたつまきのわざを、使ったというわけでした。それでもじゅうぶん、おそろしいまでのいりょくだったのは、みなさんもごしょうちの通りです)。

 

 「ふう。これやると、つかれちゃうんだよね。ケーキ食べようっと。うんっ、おいしー!」

 

 ライアンはかばんから、フォクシモンたちにもらったできたてのパウンドケーキを三つ取り出して、ぱくぱく、おいしそうにかぶりつきました。モーグへのとびらは、ここにこうして、ひらかれることとなったのです(まさかライアンの力わざでひらかれるなんてことを、だれがそうぞうしたでしょうか?)。

 

 

 こうしてみんなはいよいよ、モーグのそのまちの中へとふみこんでいくことになりました。ベルグエルムがみんなにもういちど、モーグでの行動の説明をします。とにかくここはもうなん十年と、だれもはいったことがないわけでしたから、なにが起こってもふしぎではなかったのです(なにも起こらないことを願うばかりではありますが)。ですが説明といっても、それはただひとつのたんじゅんなことを、あらためてかくにんするだけのことでした。それはつまり、「中にはいったら、まっすぐ南の出口をめざす」という、ただひとつのことだけだったのです。

 

 モーグを通ることはいたしかたがないというだけのことなのであって、ほんとうならばみんな、こんなところは通りたくはなかったのです(べつに、友だちの家があるわけでもありませんでしたし)。けっきょくのところ、「いっこくも早くモーグを通りぬけて、南の地へ出ること」。それだけがこのモーグでの、かれらのもくてきでした(フェリアルにとっては、こんなにすてきなもくてきもなかったことでしょう。モーグでより道をするなんてことは、かれはぜったいにしたくはありませんでしたから!)。

 

 「おまえには、せわになったな。」モーグにはいる前に、ベルグエルムがいいました。その相手は、そう、きつねの少年、チップリンク・エストルだったのです。チップはとちゅうまでついてきたがりましたが、なにが起きるかもわからないこんな危険な場所に、かれをいっぽでもふみこませるわけにはいきませんでした(これはほんとうに、ねんをおして、チップにやくそくさせました。ですからチップもしっかりと、このやくそくを守ったのです)。

 

 「村にもどったら、伝えてくれ。われらはふたたび、もとの美しさを取りもどしたはぐくみの森を、見にもどると。そのときにはまた、きみたちの村によらせてもらうよ。こんどは正式に、かんげいの席にまねいてくれよ。」

 

 ベルグエルムはそういって、チップの頭に手をおいて、そのかみをくしゃっとなでました。チップは目を赤くはらして、だまってうつむいていました。チップはもう、みんなのことをとても好きになっておりましたから、みんなとわかれることが、とてもつらかったのです。

 

 「また、すぐに会えるさ。」フェリアルも、チップの肩に手をおいていいました。

 

 「そのときは、また、お菓ひをどっさり、用意ひておいてね。」ライアンが、宝石の実のぼうつきキャンディーをなめながらそういって、チップの口にも新しいキャンディーをいっぽん、いれてあげました。

 

 そしてロビーは、ただなにもいえずに、チップの手を取って、その手をぎゅっとにぎりしめるばかりだったのです。

 

 「ありがとうございまず……、みなざん……」チップが鼻をぐずぐずいわせながら、いいました。「みなざんのごとは、忘れまぜん。ぎっと、また、会いにぎてくださいね。」

 

 それからみんなはひとりずつ、チップのことをやさしくだきしめてあげたのです。チップはもう、なみだをぽろぽろ流して、「うわーん!」と声を上げて泣いてしまいました。

 

 こうしてみんなは、チップとわかれたのです。それから月日が流れて、このアークランドのすべてのものが、もとの美しさを取りもどすこととなったころ。チップリンク・エストルはすっかりりっぱな青年となって、はぐくみの森のさらなるはんえいのために、かつやくしていくことになりました。かれははぐくみの森の安全を守る、森のしゅご隊を作り、そのしょだいの隊長になりました。わたしはいつかまた、みなさんにも、そのチップくんのかつやくの物語のことをごしょうかいできればと思っています。それまでみなさんもどうか、チップのことをおうえんしてあげてくださいね。また会う日まで、げんきでね、チップ!

 

 

 「なんか、きったないところだねー。」

 

 門の中をのぞきこんでそうつぶやいたのは、ライアンでした。ライアンのいう通り、モーグの中はじょうへきにからみついていたのと同じ、あのぶきみなかびのような植物に、すっかりおおわれてしまっていたのです。地面にはまるで雪がつもっているみたいに、わたのようなその植物の根がつみ重なっていました。その中のあちらこちらに、きのこのような植物がより集まって、まるい大きなかたまりを作っております。そしてそのかたまりからは、小さなくらげみたいなわた毛が吹き出していて、それがふわふわと、空にむかってただよっていきました。

 

 「ぼく、きれい好きだから、あんまりきたないのはやなんだけどなあ……。虫とか出るのだけは、かんべんしてもらいたいんだけど。」ライアンがぶつぶつとつづけます。

 

 「まあ、なん十年もそうじしていないんじゃ、しかたないな。」そんなライアンに、ベルグエルムがいいました。「いずれここも、すっかりきれいになってくれるように、願いたいものだ。」

 

 「おばけのうわさも、すっかりきれいに消えてもらいたいものです。」フェリアルも、モーグの中をのぞきこみながらそういいます(さいしょは強がっていたフェリアルですが、いざモーグの中を見てみますと、やっぱりその足はすくんでしまっていたのです)。

 

 「なんにも出なければいいんですけど……」さいごにロビーが、不安そうな顔をしていいました。「ぼくはもう、この剣でなにかを切るなんてことは、したくはありませんから。」

 

 こうしてみんなは、ついにその門をくぐって、ゆうれい都市とおそれられるモーグのまちのその中へと、ふみこんでいったのです。

 

 いちばんさいごに、フェリアルの騎馬が通りすぎたあとのことでした。門のわきにもたれかかっていた、あの兵士のがいこつたち。そのがいこつたちの目が、ぼうっと、赤くにぶい光を放ったのです。だれもそのことに、気づく者はありませんでした。

 

 

 モーグのまちの中に、ひさしぶりに生きものの歩く足音がひびき渡りました。それは旅の者たちの乗る、三頭の騎馬たちの足音でした。しかし、ふつう馬の足音といえば、ぱからんぱからんという、気持ちのよいはずむような足音を思い浮かべるものですが、ここではまったく、そうはいかなかったのです。なにしろこのモーグの地面は、さきほど申しました通り、いちめんにかびのような植物の根が張りめぐらされていたのです。そのため馬のひづめがその上をふみしめていくたびに、ぎゅぽっぎゅぽっという、およそここちよいとはとてもいえない、いやな音を立てていきました(しかもその根をふむたびに、それがねちゃねちゃと、騎馬たちの足にからみついてきました。これには馬たちもすっかりいやがって、上に乗っているみんなは、馬がいやがってあばれるのを、なんとかなだめながら進んでいくこととなったのです)。

 

 道の両がわにはじょうへきと同じ、ばら色の石でつくられたりっぱなたてものが、いくつもならんでいました。それらはすべて四かいだてで、やねの高さもみんな、きれいにそろえられております。そしててっぺんのひさしの部分には、うみべのまちらしく、船ではこびこまれるさまざまなにもつを持ち上げるための、クレーンが取りつけられていました(これはみなさんの世界でも、うみべのまちなどではよく見られるものです。どこの世界でも、同じようなことが考えられていたんですね)。

 

 それらのたてものの一かいはといいますと、これはみな、たくさんのしゅるいのお店になっていました。レストランに、きっさ店に、お酒の店。ハムとソーセージのお店に、チーズのせんもん店。服屋さん、かばん屋さん、おもちゃ屋さん、おみやげ屋さん、などなど。ライアンの大好きなお菓子を売るお店も、たくさんありました(そしてここでもいちばんの人気メニューは、はぐくみの森から伝わった、森ペンギンのクリームいりやき菓子だったみたいです。ペンギンのイラストのはいったかんばんが、でかでかと、のきさきにかかっておりましたから。

 

 ところで、これらのお店はもちろん、このまちができたころの大むかしからあったというものではありません。これらはすべて、このまちを通ってはぐくみの森やほかのくにへとむかう旅人たちのために、このあたりの人たちがいせきをリフォームしてつくったものなのです。そのころには、このまちにもたくさんの旅人たちが足をはこんでいて、ここもなかなかに、にぎわっておりましたから)。

 

 え? りっぱなたてものがならんでいるうえに、こんなにたくさんのお店まであるなんて、ちっともこわくなんかないじゃないかって? だいじょうぶ、安心してください。これらのたてものはもうとっくのむかしにうちすてられて、今ではだれも手をつけることのない、文字通りのゴーストタウンになっていたのですから! かんばんはぼろぼろ。店の中も荒れほうだい。のぼりばたはぐずぐずにくさりきっていて、それがひらひらと、風にゆれていたのです。そしてそれに追いうちをかけるかのように、あのかびのような植物が店の中までをもすっかり、おおいつくしてしまっていました。ただ古いたてものがあるというより、こんなふうに、かつての人のいとなみが感じられる場所が荒れ果てている方が、よりこわく感じるというものです(はいきょの病院なんて、まさにそんな感じですよね!)。まるで今にも、店のおくからおばけの店主が「いらっしゃーい……」と出てきそうなふんいきじゃありませんか……。

 

 さらにこのモーグにはもうひとつ、こわいふんいきをもり上げているものがありました。それはまちの空いちめんやあたりの道のことをおおいつくしている、白いきりだったのです。まだおひる前だというのに、おひさまの光はそのきりにみんなさえぎられて、まちの中はぶきみに暗いのでした。しかもそのきりは、まるで生きているかのようにゆらーりゆらりと動いていて、それがなんども、人の手やおばけの顔のようなかたちに見えたのです。きばをむいてせまりくるおばけや、こっちへおいでーと手まねきするおばけ……。もうフェリアルがなんど、ひめいを上げたことでしょうか? そのおばけのようなきりが、ひゅううーというすすり泣きのような声を立てて、みんなのまわりをするすると飛びまわっていました。おや? あなたのうしろにも……。ふふふ……。

 

 すいません。ちょっと、ライアンのいじの悪さがうつってしまったようです……。じゃあこれからは、おどかしっこなしということで。

 

 みんなはこんなふうに、モーグのまちなみをおそるおそる見てまわりながら進んでいきました。しかし、おそろしいまちであることにちがいはありませんでしたが、それでも今は、そんなことに気を取られている場合ではありません。いっこくも早くこのまちをぬけていくことを、みんなはいちばんに考えなければなりませんでしたから(さすがのライアンでも、むかしのお菓子屋さんをのぞいてまわるようなことはしませんでした)。みんなはとりあえず、モーグのまちのまん中の方に見えているいっぽんの大きな塔をめざして、進むことにしました。モーグのまちをぬけるためには、まずまちのまん中にあるはずの広場をめざしていった方が、手っ取り早いからです(へたにうら道を進んでいくより、その方が安全ですし、道にまようようなこともないからでした)。

 

 「あの塔はおそらく、大聖堂のものだろう。」先頭をゆくベルグエルムが、みんなにいいました。「このまちをおこしたのは、西の大陸から渡った、ひとりの船乗りだときく。それからまちは、急そくにはってんしていったらしいが、あの大聖堂も、そのなごりのひとつだろうな。」

 

 「でも、大聖堂なら、なんで塔がいっぽんしかないのかな? ふつう、二本じゃない?」ライアンもふしぎそうに、つづけました。

 

 「このあたりは、海に近いからな。」ベルグエルムがこたえます。「きっと、地ばんが弱いのだろう。二本の塔をたてられるほどには、しっかりした土地ではなかったのだ。」

 

 ベルグエルムのいう通り、このモーグの下の地面は水を多くふくんでいるため、高い塔を二本たててしまうと、たおれてしまう危険がありました。ですからかつての人々はしかたなく、塔をいっぽんだけたてたというわけだったのです。ですけどそれがかえってまちの名物となり、この大聖堂には毎日たくさんの人々が、おいのりにおとずれていました(ちなみに、この大聖堂の名まえはロザムンディア大聖堂といいました。ロザムンディアにある大聖堂だから、ロザムンディア大聖堂。う~ん、わかりやすい)。

 

 「このさきをまがれば、大聖堂のある広場にいけるようだ。急ごう。フェリアル、ちゃんと、ついてきているか?」

 

 ベルグエルムがふりかえると、いちばんうしろからついてきていたフェリアルが、馬のたづなをとるのもそこそこに、手にしたお守りをにぎりしめて、ぶつぶつと、おいのりの言葉を口にしているところでした。

 

 「神さま、女神さま、精霊さま。どうか、おばけからお守りください……!」

 

 

 そしてみんなが、大聖堂へとむかうそのまがりかどを、まさにまがったときのこと……。

 

 その道のさきで、みんなは思わぬものに出くわしたのです。

 

 「うわっ!」

 

 先頭をゆくベルグエルムが、あわててたづなをひきました! かれの乗るはい色の騎馬が、ひひーん! と大きな声を上げて、前足立ってとまります。そしておどろいたのは、ベルグエルムだけではありませんでした。

 

 

 「うわっ! びっくりした!」

 

 「な、なんだ?」

 

 「馬が、こんなところに!」

 

 

 なんとなんと! それらの声のぬしは、旅の者たちの前にとつぜんあらわれることとなった、三人の人間の男の人たちだったのです!

 

 

 みんなはそろって、おどろきの声を上げました。ロビーたち旅の者たちにとっては、まさかまさか、モーグに人がいるなんてことは、思ってもいないことでしたから。ですがそれは、この人間の男の人たちにとっても、同じことのようでした。

 

 「あ、あなたたち、いったいこんなところで、なにをしているんです! どうやって、このまちにはいったんですか!」

 

 みんなが声をかけるまもなく、ひとりの男の人がしつもんしてきました。ねんれいは、三十さいくらいでしょうか? 肩くらいまで黒のまっすぐなかみをのばしていて、クリーム色のシャツを着ております。かれのまわりにはことさらにこいきりがまとわりついていて、足もとはよく見えませんでしたが、かれの衣服はこのきせつにしては、うすすぎるように思えました。シャツの下にはなんにも着ていないようですし、ズボンのきじも、ずいぶんとうすいものだったのです。いったいこんなかっこうで、寒くないんでしょうか? ですがそれいがいのところは、かれはいたってふつうの人のように見えました。人のよさそうな顔をしておりますし、いかにもおっとりとした、あらそいを好まない人といった感じだったのです。それはおおむねのところ、ほかのふたりとも同じようでした。

 

 「おどろいた……! まさかモーグで、人に会おうとは!」ベルグエルムがおどろきをかくせないままに、いいました。

 

 そしてつづけてベルグエルムは、あたりさわりのない言葉をえらんで、かれらに自分たちのことを説明したのです。

 

 「わたしたちは、わけあって、南への道を急ぐ者です。東の街道がよこしまなる者たちの手に落ちてしまったがために、やむなく、このモーグ、ロザムンディアのまちを通って、南へとむかおうとしていたところなのです。」

 

 そのとき。うしろからフェリアルがやってきて、かれらに話しかけました。

 

 「よかった! やっぱり、モーグはおばけのまちなんていううわさは、うそだったんですね! 今でもちゃんと、人が住んでいたんだ!」

 

 かれらのすがたを見て、フェリアルは心の底からほっとしたのです。フェリアルは、今にもあたりの道からおばけのむれがやってくるんじゃないか? とひやひやしておりましたので、こんなふうに生きている人たちに出会えたことが、うれしくてなりませんでした。

 

 「わたしは、フェリアル・ムーブランドと申します。どうぞ、こんごともよろしく!」

 

 フェリアルはうれしさのあまり、思わずじこしょうかいまでして、手をのばして、かれらにあくしゅをもとめました。

 

 これを見て、三人の男の人たちはちょっとびっくりしたようすでしたが、こんなふうにあくしゅをもとめられては、ことわるわけにもいきません。さきほど話しかけてきた黒かみの男の人が、だいひょうして、同じようにフェリアルに手をのばして、自分もじこしょうかいをしてかえしました。

 

 「これは、ごていねいにどうも。わたしは、ミリエム・オーストと申します。このまちで、ゆうれいをやっております。こんごともよろしく。」

 

 フェリアルは、ミリエムと名のったその人の手を、にぎろうとしました。って……、え? 今、なんていいました? ゆ、ゆうれい?

 

 フェリアルが、あれ? と思ったそのときのことでした。かれはたしかに、ミリエムさんの手をつかんだはずでした。ですがその手には、まったく手ごたえがなかったのです。

 

 「え……? う、うそ……」

 

 フェリアルはなんども、ミリエムの手をつかもうとしました。しかししかし、フェリアルのその手はミリエムの手のあるその場所で、ひらひらと空を切るばかりだったのです。ま、まさか……!

 

 「あ、わたし、ゆうれいなんで、生きている人にはさわれませんでした。すいません。」

 

 ミリエムがぺこりと頭を下げて、あやまりました。これをきいた、フェリアルはというと……。

 

 「う……、う~ん……!」 

 

 もう言葉にもなりません。かわいそうにフェリアルは、そのままきぜつして、騎馬の上から地面の上に、ぱったりとたおれ落ちてしまったのです!(さいわい、かびのような植物がクッションになってくれたおかげで、けがをすることはありませんでしたが。)

 

 「フェリアル!」ベルグエルムが騎馬からおりて、かけつけました。ロビーもライアンも、フェリアルのもとに走りよります。よかった、どうやら気を失っているだけで、たいしたことはないみたいです。

 

 「あの……、だいじょうぶですか? その人。」ミリエムが心配そうに、フェリアルのことを見つめました。

 

 

 さあ、とんでもないことになってきました! みんなが出会ったこの人たちは、ふつうの人たちのように見えましたが、じつはじつは、ほんもののゆうれいたちだったのです! それにしても、ゆうれいのくせに、なんてふつうに出てくるんでしょう! 出てくるんだったら、もっとそれらしく……、って、そんなもんくをいっている場合ではありませんでしたね。

 

 いわれてみれば、たしかにそれらしいところがひとつ、ありました。それはかれらのからだが、ぼんやりとすけているというところでした。はじめ出会ったときには、この深いきりがじゃまをして、かれらのからだがよく見えませんでしたので、それがわからなかったのです(ちなみに、かれらがこの寒いきせつにうす着のままだったのは、かれらがゆうれいになったとき、きせつが夏だったからでした。ゆうれいでしたから着がえる必要もありませんでしたし、もとより、あつさ寒さも、かれらは感じなかったのです。これはゆうれいの、べんり(?)なところでした)。

 

 「ゆ、ゆうれいって……! ほんとうにあなたたちは、ゆうれいなのか……?」

 

 ベルグエルムが信じられないといったようすで、おばけの人たちにいいました。ベルグエルムの気持ちもわかりますよね。だれだって、こんなにも「ふつう」のゆうれいなんて、信じられるとも思えませんもの。ですがそんなみんなの前で、ミリエムたちゆうれいの人たちは、自分たちがほんもののゆうれいであるのだということを、はっきりとしょうめいしてみせたのです。

 

 「まあ、信じられないのも、むりはないでしょうね。でも、ほら、ほんものですよ。」

 

 そういうと、三人のゆうれいの人たちは、すうっと消えてしまいました! そして……。

 

 みんなの見ている前で、なんともふしぎなことが起こりました。騎馬にくくりつけられているにもつのふくろの中から、お皿にフォーク、スプーンなどが、するするとぬけ出して、それがひとりでに、空中をすいすいと飛びまわりはじめたのです!(それらの品々は地面に近いところだけでなく、頭のはるか上の方にまで、ふわーっと飛んでいったりもしました。)もうみんなはとてもびっくりして、口をあんぐりとあけたまま、目の前の光景に見いってしまいました。そして、しばらくたったころ……。

 

 とつぜん、みんなの目の前に、ミリエムたち三人のゆうれいの人たちが、ふたたびすがたをあらわしたのです! しかもその足は地面からはなれていて、かれらは空中を、ゆらゆらとただよっていました(まさにゆうれいのように!)。そしてかれらの手には、お皿やフォーク、スプーンなど、さきほど空中を飛びまわっていたそれらの品々が、にぎられていたのです。そう、かれらはすがたを自由に消したり、空中をまるでゆうれいのように(ゆうれいですから)、ただよったりすることができました! ひとりでに飛びまわっているように見えた品々は、かれらがすがたを消して、空を飛んであやつっていたというわけだったのです。

 

 「これで、信じてもらえました?」ミリエムが、にこにこした顔でみんなにいいました(ゆうれいの笑顔というのもおかしなものですが……)。

 

 「えーっと、それで、なんの話をしていたんでしたっけ?」

 

 ひとだんらくがついたころ、ミリエムがゆびを口にあてながら、ほかのふたりと顔を見あわせて考えこみました。そしてとつぜん、かれは大きな声でさけんだのです。

 

 「そうですよ! こんなこと、やってる場合じゃないんです! わたしたちがゆうれいになってしまったわけが、ここにはあるんですから! あなたたち、まさか、北門をこわしてきたんじゃないでしょうね?」

 

 いわれてみんなは、ぎくっ! となりました。とくにライアンは、北門をこわしたちょうほんにんでしたから、よけいだったのです。

 

 「だ、だって、しかたなかったんだもん! そうしなきゃ、中に、はいれなかったからさ。ねえ、ロビー? しょうがなかったもんね?」ライアンがあたふたとこたえました。そして話をふられたロビーも、もっとあたふたになって、なんとかこの場をとりつくろおうと、がんばったのです。

 

 「あ、う、うん。そ、そう、しかたなかったんです。それで、その、ちょっとだけ、門をこわしてきちゃったんですけど……、ごめんなさい。」

 

 ほんとうは、こっぱみじんに吹き飛ばしてしまいましたが……、まあでも、どうしても中にはいらなければなりませんでしたから、なんとかゆるしてもらうしかありませんね。

 

 「やっぱり! わたしたちは北門の方から、なにかものすごい音がしたから、こうしてしらべにやってきたところだったんです。」ミリエムがいいました(ものすごい音のしょうたいについては、いうまでもありませんよね)。

 

 「あなたたちは、自分たちのしたことがわかっていないんだ! 問題は、門をこわしたなんてことじゃあないんです! 門を通って、ここにはいってきたことが、問題なんですよ!」

 

 ミリエムもふたりのゆうれいさんたちも、そういって、みんなそろってしんけんな顔をして、ロビーたちにくい下がりました。いったいどうしたというのでしょう? どうやら、門をこわしたからそれで怒っているというわけでは、ないみたいです。

 

 「らんぼうな方法でここにはいったことは、おわびいたします。ですが、いったい、なにがあるというのです? 門をぬけたことが、それほどまでに重大なことなのですか?」ベルグエルムがゆうれいさんたちにたずねました。

 

 「ぼくたちは、すぐに、ここをぬけていくつもりなんです。みなさんに、これ以上のごめいわくは、かけませんから。」ロビーがかれらに説明します。

 

 「そうだよ。こんなかびっぽいところにずっといたら、ぼくたちみんな、チーズになっちゃうもん。」ライアンも、フェリアルのかんびょうをしながらいいました(ちなみに、フェリアルは地面の上でライアンにひざまくらをされながら、ずっときぜつしていました)。

 

 「むりですよ! あなたたちはもう、ここから出られなくなってしまうんです!」ミリエムが、なんともおそろしい言葉を口にしました。ここから出られないって? それはほんとうの、いちだいじじゃありませんか!

 

 「ああっ! だめだ! もう、やつらがやってきた! ほら、あの空のむこう。すごいはやさで、こっちにむかってきている!」

 

 ミリエムが、空のむこうをゆびさしながらいいました。みんなはいっせいに、空の方を見やります。いったいあれは、なんなのでしょう? 見ると、まちのじょうへきのその上の方に、小さな黒い鳥のむれのようなものが、こっちへむかって飛んできていました。それも、すごいはやさで!

 

 「あれはなんだ? 鳥にしては、はやすぎる。それに、つばさがないぞ!」ベルグエルムがいいました。

 

 みんなが見ているまに、それはどんどんこちらへと近づいてきます。やがてそのすがたがもっとはっきり見えるようになって、みんなにはそれが、黒いぼろぼろのマントに身をつつんだ、なにかの黒いかたまりたちであるということが、わかりました。

 

 「どこへ逃げても、だめなんです! あいつらは、生きている者からたましいをぬき取って、空のかなたに持っていってしまうんですよ!」

 

 な、なんですって! たましいを持っていってしまう?

 

 「たましいを持っていくだって! それはまずい!」ベルグエルムがすぐに考えをめぐらせて、さけびました。「たましいがからだから遠くはなれれば、からだは、かんぜんに死んでしまうときいたぞ!」

 

 そう、かれら旅の者たちは、はぐくみの森の地下いせきにおいて、たましいをうばわれてしまった人たちのことを、見てきたばかりだったのです。そこで知り得たこと。それは「たましいがからだから遠くはなれてしまうと、もうたましいはもとのからだにもどることができなくなって、からだはほんとうに死んでしまう」ということでした。あの地下いせきにいた旅人たちは、たましいをうばわれてはしまったものの、そのたましいがかいぶつのからだに残ってすぐそばにとどまっていたがために、ふたたび助かることができたのです(せいぜい四ぶんの一マイル以内の中に、たましいがありました)。ですがゆうれいさんたちの言葉をきいたかぎりでは、こんかいはとても、そんなにうまいぐあいにはいかないようでした。たましいが遠くかなたの空に持ち去られてしまっては、残ったからだは、ほんとうのほんとうに死んでしまうのです!

 

 これはいよいよたいへんなことになってきました!(ゆうれいに出会ったことよりも、こっちの方がたいへんです!)みんなはあわてふためいて、きたるべく戦いにそなえて身がまえました。これは文字通り、いのちがけの戦いでした。しかし、こうなってはもう、戦うほかに道はないのです。こんなところでこの旅がつづけられなくなってしまっては、いったいこのアークランドは、どうなってしまうのでしょう? それだけは、なんとしてもさけなければ!

 

 ベルグエルムとロビーはそれぞれの剣をかまえて、そしてライアンはいつでも(しぜんの力をかりて)相手をむかえうてるようにとじゅんびをして、せまりくる敵にむきあいました。そしてとうとう、黒いマントに身をつつんだそのおかしな相手たちが、みんなの目の前へとやってきたのです!

 

 これはいったい、なんという相手なのでしょう! 黒いマントの中には、ただまっ黒な影のようなものがはいっているだけでした! 顔は見えませんし、足もありません。かわりにマントの下から、小さなしっぽのようなものが、ちょこんとたれ下がっているだけだったのです。

 

 みんなは思わず身ぶるいしました。こんな相手に出会ったのは、ひゃくせんれんまの騎士ベルグエルムでさえも、はじめてのことだったのです。

 

 「おまえたちは、なに者だ! ここは、おまえたちのくるようなところではない! 立ち去れ!」ベルグエルムが剣をかまえて、さけびました。しかし相手には、それがきこえていないみたいです。全部で四つのそれらの影は、「けらけらけら!」といううすきみの悪いかん高い笑い声を上げると、まるでみんなのことを値ぶみしているかのように、するするとそのまわりを飛びはじめました。

 

 「おのれ! 白の騎兵師団、一のたちを受けてみよ!」ベルグエルムがせんじんを切って、影のひとつに切りかかります! しかし……!

 

 「うわっ!」

 

 黒いマントをまっぷたつにたち切ったものの、ベルグエルムの剣はその中の影そのものにはまったくききめがなく、そのやいばは影のからだをするりと通りぬけてしまいました! 思わぬことに、ベルグエルムはそのままバランスをくずして、すってんころりん! はんたいがわの地面にころげてしまいます(なんだかちょっと前に、これとすごーくにている場面を見たような気がしますが……。まあ、同じようなことは、よく起こるものですから)。

 

 たおれたベルグエルムのことを見て、ミリエムたちがさけびました。

 

 「だから、だめなんですよ! そいつらに、剣はききません! そいつらから身を守る方法なんて、ないんです!」

 

 そうなのです、この影たちはあのはぐくみの森のいせきで出会った夜のかいぶつみたいに、剣で切ることができませんでした!

 

 「こいつめ! これならどうだ!」ライアンがいしきを集中させて、影にむかって空気のかたまりを飛ばします! しかしやっぱり、それはマントを吹き飛ばすばかりで、影にはぜんぜんききめがありませんでした。「えーん、やっぱりだめー?」

 

 こうなったら、たよりにできるのはただひとつの方法だけでした。ロビーのあのふしぎな剣なら、この影のおばけたちをたおすことができるはずです!

 

 「みんなから、はなれろ!」

 

 みんなが思うまもなく、ロビーが剣をにぎりしめて影に切りかかりました! モーグにはいる前に、この剣でなにかを切るなんてことはもうしたくないと思ったばかりでしたのに、やっぱりこのモーグでは、そうもいかないようでした(それにしても、こんなに早く、またこの剣を使うことになろうとは。このさきどれほどの危険が待っているのか? 心配です)。

 

 ロビーの戦いぶりは、なんともいさましいものでした。その剣さばきは、けっしてじょうずなものとはいえませんでしたが、せまりくる影をばったばったと切りたおし、そしてとうとう、あとひとつの影を残すまでとなったのです!(切られた影はしゅーっ! という音を立てて、黒いけむりとなって消えてしまいました。ミリエムたちゆうれいのみなさんがびっくりぎょうてんしたのは、いうまでもありません。きかないと思っていた剣のこうげきが、こうしてきいていましたから!)

 

 「すごーい、すごい! やっちゃえロビー!」ライアンはもう両手をふりかざして、むちゅうでロビーをおうえんしました。

 

 「ロビーどの! お気をつけて!」ベルグエルムも手にあせにぎって、戦いのようすを見守っております(ところで、みなさんの中にはこう思った方もいるのではないでしょうか? ロビーのこの剣をかりて、ベルグエルムが剣のうでまえをふるったらいいじゃないかって。それはごもっともなのですが、じつはこの剣は、ロビーいがいの者には、そのとくべつな力をはっきすることができなかったのです。ですからベルグエルムがこの剣で戦っても、それはふつうの剣としての力しか出せず、この影のおばけたちを切ることができませんでした。

 

 このことは、あの夜のかいぶつのいた地下いせきの中で、わかったことでした。ベルグエルムがこの剣を持ったとたん、あかりとなってくれていた剣の光が消えて、あたりがすっかり、まっくらになってしまったのです。あわててロビーが剣を持ちなおしたら、ふたたび光がもどったというわけでした。そこでみんなは、この剣の力はロビーいがいの者には使うことができないというけつろんに、たっしたのです。もとよりこの剣は、ロビーにたくされたものでしたし、みんなもまったく、それでなっとくしました。

それと……、こんなにだいじなことを今ごろお伝えしたのは、このことを、このモーグの戦いの場面で説明したかったからなんです。説明するのを忘れていて、あわてて今、いったわけではありませんよ……、うん)。

 

 さあ、ロビーの戦いはどうなったでしょうか! ロビーは息を「はあはあ。」とついて、残るひとつの影にむかっていました(その手に持った剣はあの地下いせきの中でのように、ぼんやりと青白い光を放つようになっていました。これは剣の力がはっきされているという、しょうこでもあったのです)。ところが、このあとひとつの影がやっかいでした。この影はすでにたおしたほかの三つの影たちとはちがって、とてもすばしっこかったのです(さしずめ、この影たちのリーダーといったところでしょうか?)。ロビーはなんども剣をふるいましたが、なかなかこの影のことをとらえることができません。影の方も、切られてはかなわぬと思っているのでしょうか? ロビーの方になかなか、近よってこようとしませんでした(いがいに頭のいい影みたいです。影にちえがあるのかどうかはわかりませんが)。

 

 そしてついに、この影が大きな行動に出ました。影は空に大きくまい上がると、そのままいっきに、ロビーの方にむかってとっしんしてきたのです!

 

 「あぶない! 気をつけて!」ミリエムが大声でさけびました。

 

 「ロビー!」「ロビーどの!」ライアンもベルグエルムも、思わずさけんでしまいました。

 

 さあ、いよいよ大いちばんです! ロビーは剣をがっちりとにぎりしめて、影にむかいました。むかってくる影をこの剣でくしざしのバーベキューにしてやろうと、ロビーは心にきめていたのです。

 

 影がロビーのすぐそばまで飛んできました! ロビーは剣のさきを影にむけて、かけ出します。そして……、剣が影をまさにくしざしにしようかという、そのとき。その影はロビーの目の前でするりとむきを変えて、そのままあるひとりの人物のもとへとむかって、とっしんしていきました!

 

 「ええっ?」

 

 ロビーはびっくりして、影のことを目で追いました。もうとつぜんのことでしたから、ロビーもみんなも、わけがわかりませんでした。しかしみんなはつぎのしゅんかん、心の底からこう思うこととなったのです。しまった!

 

 影のむかったさき。そこには、ひとりの人物が横たわっていました。ああ、なんてことでしょう! それはおばけにおどろいて、きぜつしてしまっていた人物。そう、そこに横たわっていたのは、白の騎兵師団のウルファの騎士である、フェリアル・ムーブランドだったのです!

 

 「ああ、なんてことだ! もう、まにあわない!」ミリエムたちが頭をかかえてさけびました。そしてかれらのその言葉は、ついに、ほんとうのこととなってしまったのです。

 

 影はきぜつしているフェリアルのからだに、するりとはいりこんでしまいました! そしてみんながかけつけるよりもさきに、影はフェリアルのそのからだから、かがやくきいろい光のようなものをうばい取ったのです。それはまさしく、フェリアルのたましいにほかなりませんでした。

 

 もうみんなには、なすすべもありませんでした。影はフェリアルからぬき取ったそのたましいを両手でがっちりとかかえこむと、そのままけらけらと笑いながら、空高くまい上がっていってしまったのです。そして影は、もときたまちのそとのほうがくへとむかって、飛び去っていってしまいました。これはかれらが今までに出会ったどんな敵やこんなんよりも、おそろしいできごとでした。フェリアルのたましいが、うばわれてしまったのです!

 

 みんなはたましいをぬかれたフェリアルのもとに、かけよりました。フェリアルのからだをだき起こして、ゆさゆさとゆさぶります。ですがフェリアルのからだには、もうまったく、力がなくなってしまっていました。

 

 みんなはがくぜんとしました。フェリアルのたましいは、もうはるか空のむこうへと、飛び去っていってしまったのです……。こうなってしまったのなら、フェリアルのからだにふたたびそのたましいがもどるなどということは、とてものぞめないことでした……。

 

 「うわーん! フェリーが死んじゃった!」ライアンが、なみだをこぼしていいました。

 

 「ぼくがずっとそばについていれば、こんなことにはならなかったのに!」

 

 ライアンはくやしそうにそういって、フェリアルの手をぎゅっとにぎりしめました(ライアンは影が飛んできたときに、ひざまくらをしていたフェリアルのことを、地面に放り出してしまったのです。戦いがはじまろうとしていましたから、しかたありませんでしたが)。

 

 「なんてことだ……。まさか、こんなことになろうとは……」ベルグエルムもすっかり力を落として、なげきます。

 

 「ぼくのせいです……」ロビーが、手にした剣を力なく地面に落として、いいました。「ぼくが、ちゃんとやっつけてさえいれば、フェリアルさんは助かったんだ!」

 

 ロビーはすっかり力がぬけてしまって、両のひざを、地面にぺったりとつけてしまいました。

 

 「なにをおっしゃいますか! ロビーどののせいであるはずもありません!」ベルグエルムがロビーにそういって、ロビーの手を取って、そのからだを起こしてあげました。

 

 「これは、じつにふこうなできごとです。だれにも防ぐことはできなかった。フェリアルはわが身をぎせいにして、ロビーどののことをお守りしたのです。われらはそのことにかんしゃして、旅をつづけなくてはなりません。フェリアルのぎせいを、むだにしてはならないのです。」

 

 ベルグエルムの言葉に、みんなは声も出せず、ただただその場に立ちつくしているばかりでした。みんなフェリアルのそのなきがらにむかって、深く頭を下げて、せいいっぱいの敬意の気持ちをあらわしていました。ロビーもライアンも、なみだをぽろぽろこぼしてかなしみました。ベルグエルムはくちびるをきっ、とかみしめて、そのつらい気持ちをぐっとこらえていました。

 

 

 「あの……、みんな、なにをやっているんですか?」

 

 

 そのとき、うしろから急に、だれかの声がきこえました。ミリエムたちでしょうか?それにしては、みょうになじみのある声のような……?

 

 みんながうしろをふりむくと、そこにはひとりの人物が立っていました。そしてその人物のことを見たしゅんかん。みんなはたましいが飛び出るほどに、おどろいたのです。

 

 

 そこに立っていたのは、なんということでしょう! フェリアルほんにんでした!

 

 

 「え、ええーっ!」

 

 みんながおどろいたことといったら!(たぶん今まででいちばんおどろいたことでしょう。)たましいを持っていかれて死んでしまったとばっかり思っていたフェリアルが、こうして目の前にあらわれましたから、むりもありません。しかしおどろいたのは、みんなだけではありませんでした。

 

 「ど、どうかしましたか? そんなにおどろいて。それにしても……、いったい、なにを見ているんです?」フェリアルがひょいとのぞきこんだ、そのさき……、そこには、ほかでもありません。かれほんにんのからだが、横たわっていたのです!

 

 「え……? ええーっ! わたしがいるー!」フェリアルは口をあんぐりとあけて、もうたましいが飛び出るほどに、おどろくばかりでした。

 

 

 さあ、これはいったいどういうことなのでしょう? どうやらこのさき、まだまだ、とんでもないことになってしまいそうな感じです(それにしても、ああやっぱり! モーグをすんなりと通りぬけることなどはできませんでしたね。はじめから、いやなよかんはしていましたが……)。

 

 これからの旅がどうなっていってしまうのか? そしてフェリアルの運命は……? 物語はこれから、思わぬほうこうへとむかって、進んでいくこととなるのです。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告。


  「わたしはおばけなんかじゃない、おばけなんかじゃない……」

     「とにかく、すごい人なんです。」

  「なんだってー!」

     「さあさあ、げんきを出して!」


第11章「おばけのまちでおるすばん」に続きます。
  

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