ロビーの冒険   作:ゼルダ・エルリッチ

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1、かなしみの森のおおかみ

 あなたたちの世界から、どのくらいのねん月と場所が、はなれているのか? 著者のわたしにもわかりませんが、おとぎのくにというものは、たしかにそんざいしているのです。

 

 そこでは、わたしたちの見たこともない木々がしげり、ふしぎな実がえだいっぱいにみのり、住人である動物たちは、それぞれすばらしい社会をきずいていました。かれらは、おたがいにささえあい、助けあいながら、人間も犬もねこも、鳥もうさぎも、きつねもくまも、みんな、自由な暮らしを送っていたのです。

 

 ですが、動物の種族の住人たち、それは、おとぎのくにに住んでいるさまざまな生きものたちの、ほんの一部にすぎませんでした。住人の中には、(そしてこれが、おとぎのくにのすばらしいところなのですが)こちらの世界に住んでいるわたしたちにとって、とてもきみょうにうつるすがたかたちをしている者たちも、たくさんいたのです。

 どんな住人たちが住んでいるのか? そうぞう力ゆたかな読者のみなさんでしたら、わたしなんかよりも、もっとたくさんの、ふしぎで、みりょく的で、おかしな住人たちを思い浮かべることができるでしょうが、とにかく、その一部をあげてみるだけでも、全身が色とりどりのもみじの葉っぱでできた、森のたみ。身長が一フィートほどしかない、小人の種族。つめもののされた、生きているぬいぐるみ。空飛ぶねこの種族。岩でできた、巨大な顔だけの種族。などなど、じつにたくさんで、にぎやかな種族の者たちが、このおとぎのくにには住んでいました。 

 

 

 さてさて、物語は、そんな世界からはじまるのです。

 

 

 このおとぎのくにの、ずっと北の果てに、かなしみの森とよばれる暗い森がありました。そこに住んでいる生きものたちは、みんな、かなしげな顔をいつもしていたのです。かなしみを持った者たちがこの森に集まってきたのか? この森にきたからかなしくなったのか? 今ではぜんぜんわかりません。じっさい、この森に住んでいる者たちでさえ、なぜ、自分がこんなにもかなしいのかは、説明できないことでしょう。しかし、いくらかなしいといっても、それは、朝からばんまで、ずっと、なげき、かなしんでいたいほどの、強いかなしみではなくて(もしそんなだったら、だれもこの森には住んでいないでしょう!)、ほかのくにの人々と同じように、森の住人たちは、それなりに、へいわな暮らしを送っていたのです(もちろん、歌っておどってというぐあいにはいかないでしょうけど)。

 

 そんなかなしみの森に、ひとりのおおかみが住んでいました。おおかみは、このかなしみの森の中でもいちばんといっていいくらいに、かなしげな目をしていました。いつもひとりぼっちで、森のはずれにあってすみかにしているほらあなから、めったに出かけることもありませんでした。ですから、森の住人たちも、めったに、このおおかみのすがたを見ることはなかったのです。ただひとり、森でゆいいつの、「ざっか屋および食りょう品店」の店主、あなぐまのスネイル・ミンドマンだけが、文ぼうぐや食りょう品など(お茶や砂糖やコーンビーフなどでした)をときどき買いにくるおおかみと、会話をしたことがありましたが、それでも、しはらいのときにおこなう、すこしばかりのあいさつでしかありませんでした。

 

 そんなふうでしたから、住人たちは、このおおかみについて、さまざまなうわさ話を立てたのです。このおとぎのくにからはちがう世界からまよいこんできた、旅人なのだとか、遠い南のやばんなくにからついほうされた、けものの軍隊のうちのひとりなのだとか、あることないこと、つぎつぎに、うわさが飛び出していきました。けれども、住人たちにとっての問題はただひとつ。このおおかみが、敵か味方か? ということにつきたのです。

 

 なにしろ、このかなしみの森には、おおかみいがい、強くてこわそうな住人は住んでいませんでした。うさぎやたぬき、あなぐま、しか、りす、ビーバーに、あらいぐま、そのほか。とにかくかれらは、ひっそりとおだやかに暮らすことを好む者たちでした。ですから、もし、おおかみが悪いやつであったとしたら、自分たちのせいかつがあやぶまれるのです。今は、なんのひがいもほうこくされていませんでしたが、いつなんどき、さいしょのぎせい者があらわれても、おかしくないわけでした。

 

 ですけど、だからとはいえ、森の住人たちは、このおおかみを森から追いはらったりするようなことは、しませんでした。悪いやつだときまったわけではなかったし、今のだんかいでは、森の住人のひとりとして、受けいれるほかはなかったのです。それに、もし追い出したりなんかしたら、おおかみがかわいそうだという意見も、すくなからずありました(こわがりなばっかりに、おおかみのことを遠ざけてしまってはいたものの、住人たちは、ほんとうは、心やさしい人たちばかりだったのです)。

 

 さて、おおかみ自身はといいますと、これは、多くの住人たちのおくそくとはうらはらに、とてももの静かで、おちついた、しんしであったのです。加えて、とてもやさしく、だれよりもへいわを好むおだやかな心を持っていて、そのうえ、けんきょでした。おおかみがあまり出かけなかったのも、じつは、自分のせいでみんなをこわがらせてしまうことを、おそれてのことからだったのです。

 

 このおおかみの生い立ちについては、これからの物語の中で、すこしずつ語られていくことになります。だいじなことは、このおおかみが、まだずっと小さかったころに仲間のもとからはなれ、そしてあるときから、ひとり、この森で暮らしはじめたということでした。

 

 とはいえ、おおかみは、そんなにとしを取っていたというわけではありませんでした。からだも大きく、するどいきばも生えておりましたので、としより大人に見えてしまうこともありましたが、みなさんの世界のねんれいでいえば、まだ十五さいくらいの、少年だったのです(ちょっと、いがいですね!)。 

 

 はっきりとしたねんれいは、かれにしかわからないでしょうし、ひょっとすると、かれ自身、わからないのかもしれません。ただひとついえることは、かれがまだまだ、弱さやもろさをその心の内がわに持っている、子どもなのだということでした。かなしみの森のはずれの、暗くてさびしいほらあなの中で、かれは、なんどもなんども、ひとりぼっちのかなしみにうちひしがれていたのです。 

  

 これは、かれくらいのねんれいの少年には、どんなにかつらかったことでしょう。ですけど住人たちは、みな、おおかみがそんなとしであるとは、ぜんぜん知りませんでしたし、そもそも、おおかみという種族のことも、よく知らなかったのです。ですから住人たちは、おおかみの、大きなからだや、するどいきば、そんなところばかりを見て、とても強くてこわいという、イメージを作り上げてしまっていました(そのうえおおかみは、いつも、黒のズボンに黒のシャツを着て、黒のマフラーまでしておりましたから、なおさらこわそうに見えたのです。ほんとうは、黒い服しか持っていなかっただけなのですが……)。

 

 ところで、いつまでもおおかみのまんまじゃ、みなさんも、そっけなく感じることと思いますので、このあたりで、かれを、その名まえでよんであげたいと思います。かれの名まえは、ロビーといいました。小さかったころのかれのきおくは、ほとんど残っていませんでしたが、この自分のロビーという名まえだけは、はっきりとおぼえていたのです。ロビーは、この自分の名まえを、とても気にいっていました。そして、とても、ほこりに思っていたのです。しかし、かなしみの森には、かれの名まえを知る者は、ただのひとりもいませんでした。それもそのはず。かれは、人とおしゃべりをするどころか、めったに人とさえ会わなかったんですから、とうぜんのことなのです(なにしろ、自分の家のほらあなにさえ、ひょうさつを出していなかったのですから。これはつまり、だれもかれの家をおとずれてくる者が、いなかったからなのです。ざっか屋のスネイルだって、このお客さんの名まえは知りませんでした)。

 

 だれにも、名まえすら知ってもらえていない。それは、ロビーにとって、とてもつらいことでした。とてもかなしいことでした。ロビーは、できることなら、みんなとお話しして、なかよくしたいといつも思っていましたが、自分のせいで、森のへいわがみだれるようなことがあってはならないと、ぐっとこらえていたのです。だれもたずねてくることのない、森のはずれの暗いほらあなに、いつもひとりでいたとき。ロビーはさびしくてなりませんでした。

 

 このほらあなに、たくさんの友だちをよんで、パーティーができたら、どんなにかすてきだろうな。ロビーはいつも、そう思っていました。そしてそれが、かなえられない願いだとわかっておりましたから、かなしみは、よけいに、大きなものとなったのです。

 

 しかしロビーは、いつもかなしんでばかりで日々をすごしていたわけでは、ありませんでした(そんな毎日じゃ、ぜんぜん楽しくありませんもの)。ロビーには、とても大きな、のぞみがあったのです。

 

 そののぞみとは、「姓」を受けつぐことでした(せいとは、みょうじのことです)。ロビーは、こののぞみをぜったいに果たしてやろうと、ちかいを立てていたのです。みなさんは、まだ、ごぞんじないことかと思われますが、この世界のおおかみ種族の者たちは、みょうじをとても、ほこりに思うのでした。どんなおおかみの家にも、りっぱなみょうじがあって、それは代々、受けつがれてゆくものだったのです。もしもだれかに、自分の家のみょうじをぶじょくされれば、おおかみたちは、いのちをかけてでも、みずからのほこりと、そのそんげんを、守ろうとします。そのくらい、それは、だいじなものでした(わたしたちの世界でいえば、ちょうど、きぞくのほこりのようなものでした)。

 

 さきほど申しました通り、ロビーは、おさなくして、家族とはなればなれになってしまっておりましたので、自分のみょうじをおぼえていませんでした。ゆいいつ、ロビーという名まえだけを、おぼえていたのです。もちろん、このロビーという名まえだって、じゅうぶんに、りっぱでほこらしいものだと、かれは思っていましたが、やはり、自分の血すじをあからしめる、姓というものは、それ以上に重要なものでした。ですからロビーにとって、これは、たいへんな問題だったのです。成人になったおおかみは、成人しきのおいわいの日に、はじめて、自分の家の姓を正式に受けつぎます。これは、いちにんまえになって、血すじを守るべき者としてふさわしいとみとめられた、あかしでもあるのでした。それが、自分には、かなわなかったのです。

 

 ロビーは、そのことをいつも、かなしんでいました。ロビーは、おおかみ種族の者の中でも、とくに、ほこりをそんちょうする人でしたから、その気持ちは、痛いほど、かれの心をしめつけたのです。ロビーにとって、こののぞみは、ぜったいに果たしてやろうとちかうのに、じゅうぶんなのぞみでした。

 

 そしてロビーは、もう、待つことはできなくなっていました。ひそかにこの森を去り、みずからのそののぞみを、たっするため(たとえ、せいこうののぞみがわずかであったとしても)、旅に出ることをけっしんしていたのです。

 

 旅に出る。旅に! 思いこがれ、あこがれつづけた旅です。自分を取りもどす、自分を自分とするための旅なのです。

 

 かれは、ずいぶん成長しました。はじめてこの森にやってきたときのかれは、今ほど、からだがじょうぶでもなかったし、大きくもなかったのです。ロビーにとって森のそとは、危険な未知の世界であるといえました。まだ小さかったころ、自分がどうやって、このそとの世界を越えてきたものか? ロビーにはけんとうもつきませんでした。きおくはつぎはぎにしか残ってなく、はっきりと思い出せるものは、ほとんどありません。河がありました。大きな河が。そして、高くてけわしい山々。それがどこなのか?まったくわかりません。そしてロビーは、そのときは、ひとりではなかったように思うのです。自分のそばには、自分と同じ、おおかみ種族の者たちがいたように思います。なん人くらいいたのかまでは、わかりません。二、三人でしょうか? それとも、もっとたくさんいたのかもしれません。みんな、馬に乗って……。そう、馬です。ロビーはそのとき、馬に乗っていました。大きな広い背中にゆられながら、どこか遠くのくにを、進んでいたようなのです。自分のうしろには、大きな男の人がひとり、自分のことを守るようにして乗っていました。そして、その男の人が、自分のことを、こうよんだのです。ロビーと。

 

 その人は、ロビーのお父さんなのでしょうか? しんせきかもしれません。それとも、ただの知りあいなのでしょうか? そのすがたも、もはや、影のようなえいぞうにしか、ロビーのきおくの中にはうつりませんでした。

 

 こうしてロビーは、それらのわずかな思いでのことをたよりに、この森を出ていこうとしていたのです。それらは、旅の手がかりとしては、まったくとぼしいものでした。ですから、ロビーにとってこの旅は、大きな冒険であったのです。なにが待ち受けているのかも、まったくわかりません。そして、じっさいこのころ。このおとぎのくには、未知なるきょうふに、おびやかされていました。なにかがくらやみの中を動いているのが、このかなしみの森の中にまで、伝わってくるのが感じられました。それがなんであるのかは、住人たちにも、ロビーにも、まったくわかりませんでした。しかし、それは、たしかにそんざいしているのです。なにか、よからぬことが、このくにに起こりはじめているということでした。もしかしたら、もうすでに、ひどいことになっているのかもしれません。ですからロビーは、自分の目で、そのしょうたいをつきとめたいとも思っていました。そしてその中で、自分にも、みんなのために、なにかできることがあるかもしれないと。ロビーは、このかなしみの森の、暗いほらあなの中で、日に日に、その思いをつのらせていったのです。

 

 

 そしてついに、その日は、やってきました。それは、冬も近い、ある秋の日のことでした。ロビーが、旅への出発にむけて、さいごのあとかたづけをはじめていたころです。夕方でした。かなしみの森のかなしみの力が、もっとも強くはたらく時間でした。

 

 ロビーが自分のほらあなの入り口で、わきに作られたそうこから、だんろに使う、まきを、はこぼうとしていたときのことです。つめたい北風が吹きすさび、なにかのさけび声のようなひびきが、空の上高くから、きこえてきたように思えました。ロビーは、まきをかかえながら、空を見上げました。夕暮れにそまった空が、あるだけでした。それは、とてもきれいで、そしてまた、おそろしげでもありました。

 

 ふたたび、しせんを森の中にむけてみますと、ずっとむこうの方から、なにか、地面がゆれているかのような音がきこえてきました。そしてそれは、だんだんと、こちらの方へ、むかってきているようだったのです! ロビーは、背すじがぶるっとしました。寒さと、そして、すくなからずのきょうふのためでした。

 

 そうしているうちにも、音はますます近づいてきて、やがてあるときから、それは、馬のひづめの音なのだと、わかったのです! ロビーはびっくりしました。遠いきおくの中の、馬の思いでが、よみがえってきたのです。まさか、この森の中で、ふたたびそれをきくことになろうとは、まったくもって、思ってもいませんでした。住人のだれひとりとして、これまでいちどだって、この森の中で、馬のかける音をきいたことなんて、なかったはずなのです。

 

 ロビーは大あわてで、自分のほらあなにかけこみました。とつぜん、思いもよらないものがこちらへせまってくるとわかったら、だれだって、身をかくそうとするはずです。ロビーもそうしました。入り口の古びた木のとびらをぴったりとしめて、ロビーは、こうしのはまったげんかんわきのまどから、そーっと、そとをのぞいてみました。

 

うすくくもったガラスまどのむこうに、三頭の馬たちが立ちつくしていました! みな、荒々しい息使いをしていて、つかれているようすです。ずっと遠くから、休みなしにかけてきたような感じでした。馬たちのうちの二頭は、はい色で、もう一頭は白い馬でした。それらの馬たちは、とてもりっぱなかざりのついた、くらを乗せていました。そして、それらすべてのことよりも、まっさきに注意のそそがれるものが、そのくらの上にまたがっていたのです。

 

 

 おおかみです! おおかみがふたり、それぞれのはい色の馬の背に乗っていたのです! 

 

 

 かれらは、かれらの馬と同じくらい、りっぱな服そうをしていました。美しいししゅうのされた、はい色のジャケットを着ていて、腰には、ぴかぴかかがやく、銀色のベルトをまいております。白いマントをなびかせて、そしてそのマントの下に、ちらちらと、腰におびた剣が、見えかくれしていました。さらに、ジャケットの下には、これまたみごとな、銀色のくさりかたびらを着こんでいたのです。

 

 かれらが、どこかのくにのゆうかんな騎士たちであるのだということは、ロビーにもすぐにわかりました。顔立ちもりっぱで、どうどうとしています。ですがその顔は、なにか、深い心配ごとがあるかのように、くもっても見えました。そしてこれは、重要なことですが、かれらのかみの毛としっぽの毛の色は、ロビーのような黒ではなくて、はい色でした。それは、はい色といっても、暗いはい色ではなくて、全体に光を放っているかのような、つやつやとした、明るいはい色だったのです。

 

 そして、もう一頭の白い馬には、白く美しい服を着て、白のマントをひらめかせた、ひつじの種族の者がひとり、乗っていました。ロビーは、ひつじというものを本などで読んで知っていましたが、じっさいにほんものを見たのは、これがはじめてでした(すくなくとも、かれのきおくの中でははじめてでした)。そのひつじは、おおかみたちにくらべたら、だいぶ小がらで、はだの色はすき通るように白く、かみの毛は、ふわふわさらりん。風にそよぐ、美しい銀色のかみでした。腰にまいた茶色のベルトには、おおかみたちのものにくらべれば、これまただいぶ小がらでしたが、小さな短剣がさしてあります。見たところ、男のようでしたが、とても美しい顔立ちをしているため、はっきりしません。ですが、ねんれいは、ほかのふたりよりも、ずっと若いようでした。

 

 こういったものを、ロビーは、自分のほらあなの、その小さなまどから見たのです(見れば、ぱっとすぐにわかることを、文章で書くというのは、けっこうたいへんです)。そしてかれらは、馬をせいしておとなしくさせると、さっと身をひるがえして、馬の背から地面におり立ちました。それから、なんてこと! このほらあなの入り口に、やってくるようだったのです! ロビーはなんだか、こわくなってしまいました。今までだれひとりとして、この自分のほらあなにやってくる者などなかったのです。そのうえそれが、馬に乗ってやってきた、よろいや剣に身をかためた、おおかみの騎士たち(とひつじ)だなんて、いったいだれが、よきできたことでしょう。

 

 ですがロビーは、こわがるのと同時に、強いこうき心をもおぼえたのです。自分と同じおおかみ! 自分のことを知る、ぜっこうのきかいであるかもしれません。しかしながら、そんなことに気をまわすよゆうは、今のロビーにはありませんでした。ひょっとしたらかれらは、自分に害をなすためにやってきた、悪者たちであるかもしれなかったのです。ちょうど、かなしみの森の住人たちが、ほかならぬロビーに対して、そう感じていたのと同じように。ロビーはおそれました。

 

 なに者なんだろう? なにをしに、このぼくのところまでやってきたんだろう? ロビーはとてもきんちょうしてきました。手には、あせがにじんでおります。ほらあなの中は、そんなロビーの胸の中とはたいしょう的に、しんと静まりかえっていました。自分のしんぞうの音だけが、大おんきょうのこだまとなって、ロビーのからだの中にずんずんとひびき渡っていました。

 

 そしてついに、かれらが、げんかんのそのとびらの前までやってきたのです。

 

 

 どん! どん! どん!

 

 

 とびらがたたかれました。おおかみのうちのひとりが、とびらをノックしたのです。ロビーはすっかりこわくなって、床にちぢこまってしまいました。げんかんのとびらが、まるでおそろしいかいぶつであるかのように、ロビーには感じられたのです。

 

 

 どん! どん! どん!

 

 

 ふたたび、とびらがたたかれます。ロビーは勇気を出して、それにこたえるべく、とびらに近づきました。

そのとき。とびらのそとから、よくひびくたくましい声が、ロビーのことをよばわったのです。

 

 「北のくにのおおかみどの! お目通り願いたい! われらは、南のくにのおおかみです! あなたにぜひにも、お願いがあってまいったのです!」

 

 ロビーはとてもおどろきました! なんとかれらは、自分のことを知っているようだったのです(そしてどうやら、かれらが悪い人たちではなさそうだったので、ロビーはすこしだけ、ほっとしました)。

 

 そうしているうちに、ふたたび同じ声がひびき渡りました。

 

 「お目通り願いたい! いらっしゃることはぞんじております。われらに力を、ぜひにも、お分け与えください!」

 

 それから、すこしあいだをおいて、さらに大きく声がひびきました。

 

 「お目通りを!」

 

 そしてついに、ロビーは意をけっして、そのげんかんのとびらに手をかけたのです。大きな木のとびらが、ゆっくりと内がわにひらきます。そして、そのすぐそとに。さきほどロビーが目にしました、ふたりのおおかみたちと、もうひとり、白いひつじの種族の者が立っていました。さきほどは、はっきりと顔を見られませんでしたが、近くで見ると、やはり、このひつじの種族の者が美しく気品のある顔立ちをしていたということが、よくわかりました。そしてやっぱり、このひつじは男せいです。それでやっぱりとしは若く、まだロビーと同じくらいのねんれいであるかのようでした。

 

 おおかみの騎士たちが、ロビーに深々とおじぎをしました。右手が胸にあわされ、ロビーはあとで知ったことですが、これは南のくにのおおかみたちの、敬礼にあたるものでした(ふたりのうしろでは、ひつじの少年が同じようにおじぎをしておりましたが、これはひかえめでした)。

 

 まず、さいしょのおおかみの騎士が口をひらきました(この騎士は、もうひとりの騎士よりも年上で、この三人のうちのまとめやくといった感じでした)。

 

 「おはつにお目にかかります、北のくにのおおかみどの。そして、お目通り、心よりかんしゃいたしますぞ。」

 

 ふたり目のおおかみも、同じくかんしゃの気持ちをあらわしながらいいました。

 

 「お目通りかんしゃいたします、北の同ほうよ。お会いできてなによりでした。」(どうほうというのは、祖国を同じくする、家族のような仲間のことをさす言葉です。)

 

 そして、さいしょのおおかみが、ふたたび口をひらきました。

 

 「われらは、南の地、ベーカーランドよりの使者であります。わたくしは、王の騎兵師団にぞくしております、ベルグエルムと申す者。メルサル家です。」

 

 ふたり目も同じく、じこしょうかいをします。

 

 「同じく、フェリアルと申します。ムーブランド家の長子です。」(ちょうしとは長男のことです。)

 

 そして、ベルグエルムがうしろをさししめし、残るひつじの少年のことをしょうかいしました。

 

 「これなるは、ひつじのくに、シープロンドよりつかわされました、ライアン・スタッカートであります。」

 

 おおかみたちのうしろから、ひつじの少年が進み出て、ちょこんとおじぎをしました。

 

 「やっとお会いできました。ぼくはライアンといいます。このかなしみの森から南東にくだった地。うつしみ谷のすそのの白きひつじたちのくに、シープロンドより、あなたをおむかえにあがるべく、やってきたしだいです。ぼくらはあなたを、ずっとさがしていたのです。つまり、北の地にたったひとりだけの、黒のウルファを。そして、いい伝えはほんとうでした。ついにぼくらは、あなたを見つけることができたんだもの。」

 

 いい伝え? たったひとりの黒のウルファ? このおかしならい客たちのことを前にして、ロビーはすっかり、こんらんしてしまいました。それで、わけもわからず、話の内ようもつかめないままに、この三人のことを、自分のほらあなの中へとまねきいれてしまったのです。思わず、気がどうてんして、騎士たちの言葉使いのいりまじった、おかしなへんじまでしてしまって。

 

 「ごていねいなるじこしょうかい、きょうしゅくのいたりにございます。ぼくは、ロビーと申しました。さあ、長旅で、さぞやおつかれのことでしょうから、こんなきたないほらあなで、たいへん失礼かとぞんじますですが、どうぞ、お上がりくださればとぞんじます。」

 

 ベルグエルムがいちれいをして、そのロビーの言葉にこたえました。

 

 「これは、まことにかたじけない!」

 

 

 それから、ライアンを先頭に、ベルグエルム、フェリアルとつづいて、げんかんにつながっていた居間の、木の長テーブルに、三人は腰をおろしたのです(この長テーブルは、ロビーが住みついたこのほらあなに、もともとあったものでした。ロビーひとりで使うのには大きすぎましたが、これでようやく、ほんらいのやくめを果たしてくれたわけです)。いっぽうロビーはといいますと、とつぜんのらい客にすっかりあたふたして、だいどころをかけまわっていました。なにしろ、お茶のじゅんびをしようにも、まったくなんの用意もしていなかったのです。大急ぎでお湯をわかし(居間のだんろの火に鉄のやかんをかけ、さっきそとから持ってきたまきを全部くべました)、お茶をそそぐカップをさがしましたが、ティーカップはふたつしか、だいどころにはありませんでした。あとは、大きな木せいのジョッキがひとつあるだけで(これは、ロビーがいつも自分用に使っているものでした)、そのほかでなんとか、かわりになりそうなものはといえば、底のわりと深い、スープ用のおわんしか、ここにはなかったのです。

 

 ですけど、ほかにしようがありませんでしたので、ロビーはライアンとフェリアルにはティーカップを、ベルグエルムには木のジョッキを、そして自分用には、(いちばんみっともない)スープ用のおわんを使いました。そしてなにか、お茶菓子をさがしましたが、これもまったく、まともなものはなく、なんとか食べ残して取ってあった、はちみつがけのポップコーンをすこしと、かんそうしたくだもの(ほしぶどうとほしたプラムでした)を、ほんのわずか、お皿に取って出すことができたのです。

 

 こうしてじゅんびがすみますと、ロビーは自分もテーブルについて、三人とならびましたが、とたんにとても、はずかしくなってしまいました。それもそのはずです。テーブルについている三人を見てみますと、三人ともみんな、りっぱないで立ちで、とても品かくのあるお客さんでありましたのに、そのテーブルに乗っているものときたら、カップはばらばら、お菓子はさんざん。しかも、なんのかざり気もありません。ロビーはすっかり赤くなって、いすにちぢこまってしまいました。

 

 「ほんとうにはずかしいです。こんなものしか用意できずに……。みなさん、どうかゆるしてください。」

 

 ですが、ベルグエルムはまったく気にもしていないようすで、与えられた木のジョッキから、おいしそうにお茶を飲み、お菓子をいただきました(見れば、みんな同じく、よろこんでお茶をごちそうになっているようでした。ライアンなどは、あっというまにお茶を飲んでしまって、「すいませんが、おかわりを。」といったくらいです)。

 

 「なにをおっしゃいますかロビーどの。どうか、お気づかいなさらないでください。とつぜんにおしかけたわれらこそ、あなたにおゆるしを願わなければならない方です。お心くばり、まことにきょうしゅくです。われら一同、心よりかんしゃいたします。」

 

 ベルグエルムは、そういって、右手を胸においていちれいしました。フェリアルとライアンも、それにならいます。

 

 こうして、このおかしなお茶会は進んでいきました。

 

 

 しばらくのあいだ、一同はおしだまってお茶を飲み、お菓子をつついていましたが、それも、わずかばかりの時間でしかありませんでした。つまり、お皿のお菓子は、もうすっかり底をついてしまいましたし、お茶の葉っぱも、そんなに多くは残っていなかったのです。しかし、そんな問題よりも、もうひとつのべつの問題の方が、このお茶会にひとまずのまくをおろすために、がんばっていました。その問題とは、つまり、ロビーのきょうみとぎもん、その気持ちが、どんどんと、大きくなっていったということです。ぼくをさがしていただって? いったいなんのために? それに、さっきいっていた、いい伝えって? それらのぎもんは、まだ、なにひとつ、あきらかにされていませんでしたから。

 

 そして、がまんができずに、ロビーが口をひらこうとした、まさにそのとき。ベルグエルムが、この静けさにつつまれた空気を、ふいに破りました。

 

 「ロビーどのが気にかけていらっしゃることは、まったくとうぜんのことです。話を切り出せずにおりましたことを、どうぞおゆるしください。あまりに長く、しんこくな話のゆえ、どこからお話ししてよいものか? そのことを考えておりました。ロビーどのがおゆるしくださるのであれば、そろそろ、わたくしどものことを、語らせていただきたくぞんじますが。」

 

 もちろんのこと、ロビーはその申しいれを、よろこんで受けいれたのです。

 

 「もちろんですとも! ぜひ教えてください! ぼくは、あなたたちのことが、気になってしかたありません。どうして、こんなぼくのところまで、はるばるやってきたんですか? いい伝えって? 黒のウルファって? 教えてください!」

 

 ロビーはすっかりこうふんして、さっきまでの話し方(この南のくにのりっぱな騎士たちのような、ていねいでおちついた話し方です)から、うって変わったいい方で、いっきに胸のつかえをはき出してしまいました。するとベルグエルムは、フェリアルとライアンの方を見やって小さくうなずくと、ロビーにあらためてむきなおり、両手を前にくんでから、ゆっくりと話しはじめたのです。

 

 「われらがこの地をおとずれたのは、ロビーどの、あなたにお会いするためです。」

 

 ベルグエルムの話しぶりは、ゆっくりかつていねいでした。そしてその声には、なにか人の心をおちつかせる、ふしぎなこうかがあるように感じられました。これから、かれのその話を、できるだけくわしく、語っていきたいと思いますが、ちょっと長くて、むずかしい話になるかと思います。でも、すごくだいじな話ですから、ゆっくりとすこしずつ、きいていってくださいね。

 

 

 「われらは、あなたをさがしておりました。それもすべて、南のくにに伝わる、ひとつのいい伝えによるものなのです。それは、われらおおかみたちのくに、レドンホールの、古きいい伝えです。」

 

 そういって、ベルグエルムは、とあるひとつのうたを口にしました。それは、とてもみじかいうたでしたが、きく者の心にしみいる、ふしぎな力のあるうたでした。

 

 

   西の白き王、かぞえて第四の治世のさなか、

   世界はやみにおおわれた。

   はらうはだれぞ、光はどこぞ、

   それは北の地ゆいいつの、われらが黒き同ほう。

 

   自分がだれかもわからぬ者が、南の地へとくだりゆく。

   黒き同ほうつばさにゆられ、

   深きやみへとはいりゆく。

   すべては古き、おのが運命のみちびきのままに。

    

   そして光はよみがえる。空に、山に、みずうみに、河に。

   とうときぎせいを乗り越えて、わかれたものはひとつにもどる。

   よろこびは心に、人々は家に、

   あるべき場所へと帰りゆく。

 

   自分がだれかを知り得た今は、

   黒き同ほうかれもまた、

   あるべき場所へと帰りゆく。

 

 

 おしまいまでいうと、ベルグエルムは静かに目をとじました。そして、「ほうっ。」と大きく息をつくと、目をあけて、ふたたび、話をつづけたのです。

 

 「そして今、まさしくこのいい伝えの通り、このアークランド世界をやみがおおいつくそうとしているのです。われらが祖国レドンホールは、今や敵の手中に落ち、王はやみにとらわれております。それもすべて、かの山の魔法使いめのためなのです。」

 

 魔法使いという言葉に、ロビーはとてもきょうみをひかれました。いぜん読んだことのある本の中に、魔法使いのことが書いてあったのです。魔法使い、まじゅつし、魔女、けんじゃ、いろいろなよび名がありましたが、かれらの中には、よい者もいれば、悪い者もいるのだと。遠い遠いくにには、おそろしいかいぶつや、悪い魔法使いがいて、人々のことをこまらせているのだ、とも。今、話に出てきた魔法使いは、とびきり悪いやつのようだとロビーは思いました。

 

 「今よりさかのぼること七年前のこと。このアークランドの北東の果て、なにものをもよせつけぬ、怒りの山脈。そこにひそむ魔法使いめが、レドンホールの北のくに、ワットの王に取りいって、かれらと手をくみました。ワット国は、がんらい、よくの強い人間たちによっておさめられておりましたが、かの魔法使いめは、そこにつけこみました。人間たちの心のすきをうまくりようして、魔法使いめのとくいとする、たぶらかしのじゅつをもちいて、かれらを意のままにあやつりはじめたのです。ワットの王、黒の王アルファズレドは、今や、このアークランドでもいちばんのぼうくんとして知られるようになり、配下の強力な軍勢をひきいて、れっこくをつぎつぎとしんりゃくしております。

 

 「ですが、そんな黒の軍勢に、たいこうする勢力があらわれました。それは、レドンホールの西のくに、アークランドにおいては南のくににあたる、ベーカーランドの白き勢力です。ベーカーランド国の王、白き王、アルマーク王は、ワットの悪ぎょうにたえかね、せいえいぞろいの騎兵師団をけっせいして、ワットのしんりゃくをおしとどめようとしました。そして、たび重なる戦いののち、ベーカーランドの白き勢力を相手にして、ワットの黒の軍勢は、しだいにその力を弱め、うばい取った土地も、もとにもどされるようになったのです。こうして、ときを重ねるにつれ、いくつもの小国が、ワットのしんりゃくからかいほうされることとなりました。

 

 「しかし、ワット国は、それだけでは終わらなかったのです。かの魔法使いめと、黒の王アルファズレドは、なおいっそう、よこしまないんぼうをくわだてました。魔法使いめは……、ああ、なんたることか! ワットの南に位置するわれらが祖国、ぜんりょうなるおおかみたちのくに、レドンホールにまで、その悪しきやみの力をはたらかせたのです!

 

 「魔法使いとアルファズレドは、レドンホールの王、われらが王、ムンドベルク・アルエンス・ラインハットへいかにつめより、へいかによこしまなるけがれた魔法をかけ、へいかを黒のやみに落としこんでしまいました。それまで、せいなる山々のごとくほこり高く、大河の流れのごとくゆうだいであったへいかの心は、やみにむしばまれ、へいかは、そのけがれなきおん目から、ちつじょの光を失われてしまったのです。」

 

 ベルグエルムは思わず、目頭をあつくしてうなだれました。

 

 「なんというひげきでありましょう!」フェリアルががまんできずに、声を張り上げました。ライアンはただだまったまま、うつむいて、かなしげな表じょうをしていました。

 

 ベルグエルムが深く息をついて、さらに話をつづけます。

 

 「へいかを失ったレドンホールは、なすすべもなくワットの手に落ち、くには、晴れることのないやみにおおわれました。かつての美しかったフレイムロンドの王城は、今や、見る影もありません。くにたみはみな、ワットのしはい下におかれ、兵士たちは、ワットのほりょとしてつれていかれました。

 

 「しかし、そのよこしまなるやみの力から、からくものがれ、レドンホールから西へ、のぞみをつないだ者たちがあったのです。それが、われら、はい色のウルファたちでした。ウルファというのは、われらおおかみ種族の者たちのことをさす、種族のよび名です。

 

 「レドンホール国には、ふたつのしゅるいのおおかみたちがいます。ムンドベルクへいかをふくめる、黒のウルファたち。そしてわれら、はい色のウルファたちです。われらはい色のウルファたちは、まったくのぐうぜんにより、魔法使いのやみの力からのがれ、レドンホールとかねて親しくむすばれていた、ベーカーランドへと、すくいをもとめてうつりゆきました。そして、ベーカーランド王アルマーク王は、われらをこころよく、受けいれてくださったのです。

 

 「われらは、ことのしだいをアルマーク王に伝え、じたいのしんこくさを伝えました。レドンホールは今や、よこしまなるやみにおおわれ、ムンドベルクへいかもまた、やみにとらえられ、魔法使いの手に落ちてしまったということ。そしてなにより、レドンホールの土地を手にいれた黒の軍勢が、急そくにその力をたくわえ、今では、おそろしい魔物の軍隊までむかえいれて、いぜんにもまして、強力な勢力になってしまっているということ……。

 

 「かのじゃあくなる魔法使いめが、そのすべてのはいごに立ち、黒の軍勢をしはいしているといいます。しかし、魔法使いめのしんのもくてきは、ここからだったのです。

 

 「ベーカーランドの力のみなもとたる、青き宝玉。これこそが、魔法使いめのほんとうのねらいでした。宝玉は、このアークランド世界の力のバランスをたもち、ぜんなる者たちに、大いなる力をさずけてくれるもの。その力を、かの魔法使いめはほっしているのです。なんという、ばちあたりなことでしょうか!

 

 「ベーカーランドは代々、この大いなる宝を守りついでゆくべき国家として、このアークランド世界のことをささえてきました。宝玉は、ベーカーランドの王城にあってかたく守られ、そしてその力によって、ベーカーランドのくに自体も、あつく守られていたのです。

 

 「しかし、魔法使いめのさくりゃくによって、今、アークランドの力のバランスは破られつつあります。そして、宝玉のかがやきも、じょじょに失われつつあります。魔法使いめは、宝玉の守りのうすれつつある今をねらい、ベーカーランドをほろぼし、宝玉の力をわがものにせんとたくらんでいるのです。宝玉が魔法使いの手に落ちれば、そのときこそ、このアークランド世界のすべては、よこしまなるやみにおおわれてしまうことでしょう。それですべては、終わってしまいます。すべてののぞみは、ついえてしまいます。

 

 「それを防ぐためにも、われらは力をけっそくさせ、黒の軍勢に立ちむかわなければなりません。げんざいわれらは、ベーカーランドの兵とはい色のウルファたちとでけっせいした、白の騎兵師団を作り上げておりますが、このアルマーク王の白の騎兵師団の力をもってしても、せまりくる黒の連合軍をうちはらうことは、かなわぬでしょう。ですからわれらは、われらのすくいとなる、新たなる力をもとめているのです。この世界をおおいつつあるやみを、うちはらう力を。

 

 「そしてわれらは、祖国レドンホールに古くから伝わる、ひとつのいい伝えにのぞみを見い出したのです。くにを追われて逃げおおせたわれらは、この古いいい伝えのことをも、アルマーク王に伝えました。そしてアルマーク王は、このいい伝えが、まことに正しいものであるということを、かくしんされたのです。

 

 「それもそのはず。いい伝えのさいしょのいっせつである、西の白き王、かぞえて第四の治世とは、ほかならぬ、アルマーク王ほんにんのことを、さししめしていたのですから。

 

 「ベーカーランドの治世がはじまっていらい、白き王とうたわれ、人々のそんけいをその身に一身に受けるようになったさいしょの王は、今より三だいむかしの世の、しょだいの白き王、イェヒュリー王です。そして、げんざいの白き王。それこそが、第四の治世をおこなう、アルマーク王なのです。

 

 「いい伝えの内ようは、このやみにおおわれはじめた今のアークランド世界のことを、まさに、さししめしております。そしてアルマーク王は、わたくしに大いなるやくめを与えられました。それは、いい伝えのしめすところの、『北の地ゆいいつの黒き同ほう』をさがし出すことでありました。黒き同ほうとは、われらが祖国、レドンホールの黒き同ほう。すなわち、黒のウルファのことを、まさしくさししめしていたのです。」

 

 なんだって! ロビーは心の中でさけびました。ひょっとして、ぼくがその、黒き同ほうだっていうんじゃないだろうか? いやいや、そんなことはない。きっとなにかの、まちがいだ。

 

 ベルグエルムがロビーの顔を見つめました。ロビーは、どきっとして、思わず下をむいてしまいました。

 

 さらに、ベルグエルムの話はつづきます。

 

 「われらはひそかに、この大いなるやくめを果たすため、かぎられたわずかな者たちばかりをひきつれて、いい伝えのしめすところである北の地をめざすべく、出発しました。ベーカーランドから東へ。大河ティーンディーンをさかのぼり、切り分け山脈のふもとを通り、そして、長い道のりのすえ、われらは、うつしみ谷のふもとにある、ぜんなるひつじたちのくに、シープロンドへと、たどりついたのです。ここでわれらは、ことの一部しじゅうを、ひつじの種族たるシープロンの王、メリアン王に伝え、力を貸していただけるよう願いました。そしてメリアン王は、われらに進んで、協力してくださったのです。」

 

 「すばらしき王です。わがシープロンのほこりであります。」ライアン・スタッカートが、ほこらしげに、そして、ひかえめにいいました。

 

 「そうです、メリアン・スタッカート王は、すばらしい人物でありました。その通り、これなるライアン王子の、父上でいらっしゃいます。メリアン王は、北の地のそうさくを、一手にひき受けてくださいました。そしてついに、いや果ての北の森、土地の者からは、かなしみの森とよばれているこの森に、ひとりの黒ウルファが住んでいるとのほうこくを受けたのです。」

 

 やっぱり! ロビーのよかんはてきちゅうしました。こまったぞ、この人たちは、とんでもないかんちがいをしているんだ! ぼくが、そんないい伝えに、かんけいあるわけがないもの(ところでライアンは、ひつじのくにシープロンドの、王子さまだったんですね。どうりで、気品にみちた顔立ちと、たたずまいをしているはずです)。

 

 ロビーはおろおろしてしまいましたが、ベルグエルムはそれにおかまいなしでした。

 

 「われらはよろこびいさんで、これなる武勇すぐれまするフェリアルと、そして、シープロンドをだいひょうして、ライアン王子に、この旅のさいしゅうもくてき地へのともをお願いしたしだいであります。そうしてわれらは、ついにここに! いい伝えの黒のウルファを見つけることができたのです!

 

 「ロビーどの! ロビーどの! ぜひにわれらに、力をお貸し与えいただきたい! このアークランドを、やみからすくっていただきたい! それができるのは、あなただけなのです。われらに残された光は、もはやほとんど消えかけております。ロビーどのの助けが、ふかけつなのです。ぜひに、われらとともにお越し願いたい。ベーカーランド国のアルマーク王のもとまで、お越し願いたいのです。どうか、お願いであります!」

 

 「お願いでありますロビーどの! どうか、世界をすくっていただきたい!」

 

 ベルグエルムとフェリアルは、そろっていすから立ち上がり、ロビーの横にひざまずいてお願いしました(そしてライアンもまた、そのうしろについてひざまずきました)。 

 

 ですけど、すっかりこまってしまったのはロビーです。なにしろ自分は、ただの少年でありましたし、そんなごたいそうな力など、持ちあわせているはずもありません。ロビーはあわてふためきながら、いすから立ち上がって、三人にむかって、なんとかとりつくろおうと努力しました。

 

 「ちょっと待って! 待ってください!」ロビーは、なかばひめいのように、声を張り上げました。 

 

 「お願いです! お願いです! どうかそんなに、かしこまらないでほしいんです! 

 「あなた方のお話は、よくわかりました! いや、ほんとうは、むずかしくて、全部はりかいできなかったのだけど……、でも、南の地でおそろしいことが起こっているんだっていうことだけは、よくわかったつもりです。このくにが、そんなたいへんなことになっていたなんてこと、ぼくはぜんぜん、思ってもいませんでした。」ロビーは、むがむちゅうになって、三人につめよりました。

 

 「とても重大で、しんこくで、たいへんな問題だって思います。でも、ですけど! あなた方は、大きなかんちがいをしているんです! なにかのまちがいですよ! ぼくには、そんなりっぱな力なんてありません。ただの、ふつうのおおかみです。たとえぼくが、つるぎを持って敵の前におり立ったとしたって、あっというまに、うち負かされてしまうことでしょう。そんなぼくに、いったいどんな力があるっていうんですか!」 

 このくにに起こっているという、おそろしいわざわい。おそろしい軍隊に、やみの魔法使い。それらのものが、自分の前に、とつぜん、みんなまとめてつきつけられたのです。ロビーの心は、まるで、しなびたりんごのようにちぢこまってしまいました。すっかりおそろしくなってしまったのです。ですけど、だれにロビーのことを、せめることができるでしょうか? あらそいや戦いなどとは、むえんのせいかつをしてきた、まだ十五さいほどの少年が、とつぜん、世界のきゅうせいしゅだなんていわれたって、ぴんとくるはずもありません。おそろしい話におびえて、身をちぢこませてしまうのが、ふつうのことなのです。

 

 三人のほうもん者たちにも、それはよくわかっていました。よくわかっていましたが、かれらもここで、ひき下がるわけにはいかなかったのです。

 

 「ロビーどのがそうおっしゃるのも、むりはありません。しかし、まちがいではないのです。北の地には、あなたいがい、黒のウルファはひとりもいないのですから。」

ベルグエルムがいいましたが、ロビーには、まだぜんぜん、それを受けいれるだけの気持ちのせいりがついていませんでした。なにがなんだか? わけがわからなくなって、頭の中がごちゃごちゃになってしまっていたのです。

 

 そんなロビーに、もうひとりのおおかみの騎士であるフェリアルが、さらにつめよってきました。じつはこれは、あんまり正しいはんだんではありませんでしたが、ロビーになんとか、いっしょにきてもらいたいと、かれもやっきになっていたのです。

 

 「お願いですロビーどの! ロビーどのの身は、われらがいのちにかえても、お守りいたしますゆえ!」

 

 この「いのちにかえても」という言葉が、ロビーの心に、ぐさっとつきささってしまいました。どうしたって、いのちの危険はさけられないと、いっているようなものでしたから。ロビーはさらに、こわくなってしまいました。

 

 そんなロビーのことをさっして、ベルグエルムがいいました。

 

 「ロビーどの、われらはあなたを、いくさの場に投げ出そうとしているのではありません。すくいの力は、武力だけであるとはかぎらないのです。あなたには、その力があるのです!」

 

 ベルグエルムのいうことは、ロビーにはよくわかりました。まったく正しいことをいっているのだということも、よくわかったのです。ぼくにできることがあるのなら、立ち上がらなくてはいけない。みんなのやくに立てるのなら、前に進まなくてはいけない。それもよくわかっていました。ですけど! からだがどうにも、ついていきませんでした。ロビーは、自分のからだがぶるぶるとふるえているということに、気がつきました。いったいどうすれば、このふるえがおさまるのか? ロビーは自分でもわかりませんでした。ロビーは、とてもなさけない気持ちになりました。でも、どうしたらいいのか? わからなかったのです。

 

 それからしばらく、ふたりのおおかみの騎士たちは、なんとかロビーのことを説得しようとがんばりましたが、しだいにかれらも、言葉を失っていってしまいました。いやがる者をむりにつれ出していくことが、はたしてほんとうに正しいことなのか? 自信がなくなってきてしまったのです。これが運命なら、われらはその運命に、したがうしかないのか? と。

 

 ベルグエルムはなにもいえず、うつむいたままでした。さまざまな思いが、その胸の中にうずまいているようでした。

 

 フェリアルもまた、大きく首をうなだれて、力を落としてしまいました。

 

 われらはつとめを果たせないのか……? かれらの頭の中に、そんな思いが生まれはじめていたころでした。

 

 

 ちがいます! あきらめるのは早すぎです!

 ロビーはそんな、弱虫なんかじゃありません!

 

 

 ただ、あまりにもとつぜんに、あまりにも多くの問題におそわれたがために、心が一時的に、ぺちゃんこになりかけてしまったというだけなのです! ロビーは、ほこり高きおおかみの種族です。ロビーのことを、信じてあげてほしいのです。

 

 ロビーのばかばか! なにをやっているんだ! おまえはそんなに弱虫なのか? さあ、立ち上がれ! おまえのあこがれた、旅に出るんじゃないか!

 

 ロビーはずっと、心の中で、自分にそういいきかせていたのです。こわさと戦っていたのです。きょうふに負けているときなんかじゃないぞ。そんなことじゃ、ぼくはこのさき、ずっと、ただの負けおおかみだ。しっかりしろ!  

 

 そしてロビーが、かれの心をぐるぐるまきにしていた、そのきょうふに、あとちょっとで、うち勝とうかというそのとき。

 

 みなさんは、さきほどからひとりの人物が、ロビーの説得に加わっていないということに、お気づきでしょうか? それは、そう、ライアン・スタッカートです。かれは、ふたりのウルファたちがけんめいになってロビーの説得にあたっているのを、じっと見守っていました。ですが、ただ見ていたというだけではありません。かれには、考えがあったのです。ここにきてライアンは、その考えを、じっこうにうつしました。というより、ここしかないと思ったのです。

 

 ライアンは、そっと、ふたりのウルファたちの耳になにかをささやきました。それをきいて、ウルファの騎士たちは、とてもびっくりしたようですが、やがて小さくうなずくと、そのまま、ライアンのうしろについて、したがうことにしたのです。

 

 ライアンが静かに、ロビーに歩みよりました。そしてかれは、こんな、いがいなことを口にしたのです。

 

 「おじゃましました。わたしたちは、これで失礼します。あなたは、わたしたちがさがしている人ではなかったようです。ごきげんよう。」

 

 そういうと、ライアンは、ふたりのウルファたちのことをしたがえて、げんかんのとびらから出ていってしまいました。そして、とびらがばたんととじられると、あとにはただ、ロビーひとりだけが残されたのです。ロビーには、もう、わけもわかりませんでした。ほうもん者たちは、帰ってしまったのです!

 

 

 ひとりになると、部屋の中は、まったく、もとのがらんとしたほらあなにもどってしまいました。ロビーは、テーブルの上を見ました。四人ぶんのカップやお皿が乗っていました。ロビーはなんとも、やるせない気持ちになってきました。

 

 そのとき、げんかんのとびらのそとで、馬のいななく声がひびきました。かれらが、馬たちに乗ったのでしょう。つぎは、馬たちのかける足音が、遠くに去っていくはずです。

 

 帰ってしまう! ロビーは心の中でさけびました。

 

 

 「だめだ! 帰らないで!」

 

 

 ロビーは、そうさけんで、大あわてでとびらに走りよりました。そしてむがむちゅうで、そのとびらをあけ放つと、ぜんそくりょくで、そとにかけ出たのです。

 

 馬たちが三頭、そのまま木につながれて待っていました。だれも乗っておりません。ええっ? ロビーはあっけに取られてしまいました。そして、げんかんのわきを見てみますと……、そこに、三人のほうもん者たちが、きれいにならんで立っていたのです。きょとーんとするロビーのことを見て、ライアンが、くすりと笑いました。ベルグエルムとフェリアルは、なんとも申しわけなさそうな感じで、気をつけのしせいを取っております(まるで、先生に怒られているせいとのように)。

 

 「こんばんは。お会いするのは、これで二ど目ですね、ロビーさん。」

 

 ライアンが、にこにこしながらロビーにいいました。ロビーはそこで、ようやく気がついたのです。自分はライアンに、はかられたのだと。

 

 そうです、つまりライアンは、しりごみしていたロビーの背中をたたいたわけでした。もうすぐロビーさんは、自分から「いっしょにいきます」といってくるだろう。でも、そのほんのちょっと前に、こちらからそういわせるようにしむければ、ロビーさんのけっしんは、よりいっそう、強いものとなる。それに、ロビーさんはまだ、こわがってる。ロビーさんの心は、今、ぼくが、ほぐしてあげなくちゃいけないな。

 

 ライアンは、このみじかい時間の中で、ロビーという人物のことを、すっかりかんさつしてしまいました。このロビーという人は、ほんとうは、しんの強い、せいぎ感にあふれた人物であると。ライアンの目には、このロビーこそが、いい伝えのきゅうせいしゅにまちがいないとうつったのです(ただ、ちょっとおくびょうで、ぶきようなところがあるみたいだな、とも思っていたのですが)。ですから、ほこりとそんげんを失ったままで、ひっこんでいられるはずがない。きっと、自分の作戦に乗ってしまうことだろうと。けっかは、みなさんに見ていただいた通りです。

 

 「あなたなら、ぜったいに出てくるだろうと思いました。ぼくにはわかっていました。」ライアンが、自信まんまん、とくいげにいいました。ですが、すこしもいやみなところはありません。かえってロビーは、そんなライアンのことが、いっぺんに好きになりましたし、また、とても、すがすがしい気持ちにもなれたのです。 

 

 「申しわけありません、ロビーどの。こんなまねは、したくはなかったのですが……」

 

 ベルグエルムとフェリアルは、すっかりきょうしゅくして、ロビーに頭を下げ通しでした。かれらは、王さまにつかえる騎士でしたので、目上の人には、とても気を使うのです。この場合では、もちろん、ロビーがその、目上の人でした(ですから、もしほうもん者たちがかれらふたりだけなら、こんな作戦は、ぜったいに思いつかないことでしょう。かれらは、しょうしょう、まじめすぎるところがありましたから。こんなまねをしたことが、あとで王さまに知れたら、きっと怒られるだろうと、かれらはひやひやしていたのです。いっぽうライアンは、王子という身分にあるわりには、ずいぶんと、自由なせいかくなようですね)。

 

 さて、ロビーはもう、すっかりしてやられてしまったわけです。こんな手に乗ってしまったからには、もう、笑うしかありません。ロビーはとてもおかしくなって、「あははは!」と、大声で笑ってしまいました(どうやら、ロビーの心をほぐそうとしたライアンの作戦は、すばらしく、ききめまんてんだったみたいですね。よかった)。そしてそれから、ようやく、口をひらいたのです。

 

 「すみませんでした、みなさん。みっともないたいどを取ってしまって。ぼくは、自分がはずかしい。まったく、なさけないです。ぼくに、あなた方のそのりっぱさの、半分でもあったらいいのにと思います。」

 

 ロビーはまず、ぺこりと頭を下げて、みんなにおわびをしました。それが、今の自分のすなおな気持ちだったのです。そして、自分の気持ちがようやくおちつくと、ロビーは、そのあとにすぐ、みんなにむかってこういいました。

 

 「それはそうと。そとは寒いですよ! さあ、中にはいってください。お願いしますから。」 

 

 その言葉をきいて、ベルグエルムとフェリアルは、ここぞとばかりにロビーにつめよりました。

 

 「おお! それではロビーどの。われらとともに、お越しくだされますのか?」

 

 ですが、ロビーがそれにこたえる前に。ライアンが口をはさんだのです。

 

 「あたりまえじゃない。もうかれは、こたえをしめしているよ。かれは、いい伝えのきゅうせいしゅ。ウルファの中でも、とびきりにほこり高い人なんだから。ね? ロビーさん?」

 

 ライアンが、いたずらっぽいまなざしをして、ロビーのことを見上げてきました(ひつじの種族のライアンは、おおかみ種族のロビーよりも、一フィート以上も背がちっちゃかったのです)。ロビーはちょっと、こまってしまいました。出かけるけっしんはついている。ライアンのそのはじめの言葉は、たしかにあたりでしたが、あとの半分(ロビーがほこり高ききゅうせいしゅなのだということ)は、ロビーが自分できめられることでは、ありませんでしたので(「そう、ぼくはとびきりにほこり高い、きゅうせいしゅなんです。」なんて、けんきょなロビーが、自分からいいっこありませんもの)。

 

 ですからロビーは、しんちょうに言葉をえらんで、つぎのようにこたえるのでせいいっぱいだったのです。

 

 「ええと、その、みなさん。ぼくは、みなさんのきたいしているような力を、なにも持っていないかもしれません。それどころか、ぎゃくに、とんでもないごめいわくをかけてしまうかも……。ですから、あんまりかつぎ上げられては、こまるんです。」

 

 ロビーはそこで、おそるおそる、みんなの顔を見渡しました。ですが、みんなはいたってしんけんに、ロビーの話をきいてくれているようでした。

 

 「でも、ぼくがその、きゅうせいしゅであるかどうかは、べつのこととして。それでも、ぼくがいくことで、なにか、みなさんのおやくに立てることがあるのなら。このくにに、ぼくが、なんらかの助けをもたらすことのできる、かのうせいがあるというのであれば。ぼくは、よろこんで、みなさんとともにいきたいと思います。いえ、ぜひとも、おともさせてください。」そういって、ロビーは、また、ぺこりと頭を下げました。

 

 これをきいたふたりの騎士たちの、よろこびようったらありませんでした。

 

 「おお! ありがたい!」ベルグエルムが声を張り上げていいました。

 

 「光がおりた! きぼうの光だ!」フェリアルもたまらずに、全身でよろこびをあらわにしました。

 

 さて、ライアンはどうでしょうか? 

 

 

 「やった! やった!」

 

 

 その声にみんながふりかえると、ライアンは、うしろの方で、ぴょんぴょんとびはねながらよろこんでいました。どうやら、このライアンという少年は、思っていた以上に、むじゃきなようですね。さきほどまでは、ちょっと、大人びてみせていたようですが、うれしいときには、すなおに、そのままのライアンにもどってしまうようです(おかげで、あんまりはしゃぎすぎて、石につまずいて、地面に、べちーん! フェリアルに手を貸してもらって、ようやく、起き上がりましたが)。

 

 「さあみなさん。中にはいってください。お話しのつづきは、それからにしましょう。」

 

 ロビーが、げんかんのとびらの横に立って、みんなのことをまねきました。そしてみんなは、ロビーにおじぎをして、ふたたび、しきりなおし。「かたじけない。」とか、「きょうしゅくです。」とか、「おじゃましまーす。」とかいいながら、それぞれの席へともどっていったのです(ちなみに、さいしょのせりふはベルグエルム。二番目がフェリアル。そしてさいごは、いわなくてもおわかりですよね。ライアンでした)。

 

 さて、ふたたびみんなが、居間の木の長テーブルにつきますと、こんどはそこは、かいぎの席となりました。つまり、これからみんながどうするのかを、ロビーにちゃんと、説明しておく必要がありましたから。

 

 しかし、それは、長くはかかりませんでした。たんじゅんめいかい。みんなの取るべき行動は、かいつまんでいえば、つぎのようなものだけだったのです。

 

 

 われらはこれより、ベーカーランド国へとむかう(ただしとりあえずは、ここからいちばん近いつうか点である、シープロンドへとむかうことになる)。

 

 ベーカーランドへついたなら、ただちにアルマーク王に会い、王からの新しいしじをあおぐことになる。その内ようは、そのときになってはじめてあきらかにされる。

 

 

 はっきりいってしまえば、これだけでした。つまり、ベーカーランドについてみなければ、そのあとになにをするのか? ということまでは、ベルグエルムたちにもわからなかったのです。かれらのにんむは、いい伝えのきゅうせいしゅのことを、ぶじに、ベーカーランドまでつれて帰るというものでしたから。

 

 しかし、これだけはいえました。いくら、もくてきはたんじゅんだとしても、ベーカーランドまでの道のりは、そんなにかんたんなものではないと。このアークランド世界のじょうきょうは、今このしゅんかんにも、こくいっこくと変わっているのです。やみがどんどん、広がっているのです。アルマーク王が、こんかいのにんむにベルグエルムたちをえらんだのは、正しいはんだんでした。かれらは、白の騎兵師団の中でも、ぴかいちの勇士たちでありましたから。 

 

 説明がすむと、白の騎兵師団の長、ベルグエルムが、話しをつづけました(ベルグエルムは、白の騎兵師団の中の隊長だったのです)。

 

 「ロビーどの、われらはすぐに、旅立たねばなりません。出発には、だいぶおそい時間ではありますが、いたしかたありません。たとえ、夜がふけようとも、進めるかぎりは進まなくては。もちろん、安全にはじゅうぶんに気をくばってまいります。どうぞわれらを、お信じください。」そういって、ベルグエルムはフェリアルの方を見ました。フェリアルは、それにこたえ、右手でこぶしを作って、胸の前にあわせてみせました(これは、「おまかせください。」という意味でした)。

 

 ベルグエルムがつづけます。

 

 「われらはこれより、ひつじの種族たるシープロンのくに、シープロンドへとむかいます。じゅんちょうにゆければ、馬の足で三時間ほどの道のり。シルフのこくげんのころまでには、たどりつけることでしょう。」(シルフのこくげんとは、この世界の時間をあらわす言葉で、だいたい、午後の九時ころをさしています。)

 

 「われらのけいかくは、このようなものですが、ロビーどののお考えはいかがでしょうか?」 

 

 ベルグエルムがたずねました。そしてロビーは、ここにきてひとつだけ。ですが、いたってまとをいた、しつもんをしたのです。

 

 「あの、そんなに急がないといけないんでしょうか? もう、夜になっていますし、みなさん、だいぶ、おつかれのようすです。朝になってからの方が、いいんじゃないでしょうか? こんなほらあなで、すいませんが、ぜひとも、とまっていってくだされば……」ロビーはそこまでいいましたが、ベルグエルムの表じょうは、かたいままでした。どうやらなにか、じじょうがあるようだったのです。

 

 「ロビーどののお心は、よくわかります。このような時こくに旅立とうなどと、まこと、じょうしきにはずれているということも、しょうちしております。しかし……」ベルグエルムは、そこでいったん、言葉をにごしましたが、やがて、けっしんしたかのように、話をつづけました。

 

 「ロビーどのに、これ以上いらぬ心配を与えるべきではないと思いましたが、やはり、お話ししておかなくては。じつのところ、われらにはもう、時間がないのです。じつは、さきほどわたくしが話しました中では、あえてふれずに、ふせておいたことがあるのです。申しわけありません。」

 

 ベルグエルムが頭を下げ、ロビーにあやまりました。そしてかれは、こんな、おそろしい話をつづけたのです。

 

 「われらがベーカーランドを出発する、ほんのすこし前のこと。ワットのくにより、使者がまいったのです。それは、ベーカーランドがこうふくに応じなければ、近く、ベーカーランドに全軍をもって、せめいるとのたっしでありました。もちろん、そんなこうふくになど、応じられるはずもありません。今ごろワットの使者は、そのへんじをたずさえて、黒の王、アルファズレドのもとへと、帰りつくころでありましょう。かれらはすぐにでも、行動を起こしてくるはずです。黒の連合軍がせまりくるのです。

 

 「そしてさらには、使者のいうことには、そのさいごの戦いにおいて、かのよこしまなる魔法使いめが、われらのさいごのきぼうをもうちくだくべく、そのいちばんのまがまがしきやみの力を、くだしてくるということでありました。それがどんなものであるのか? そこまでは、使者の口からも語られることはありませんでしたが、おそろしいきょういであることに、ちがいはありません。

 

 「ですからわれらは、手おくれになる前に、いっこくも早くベーカーランドへともどり、それらの悪の力にたいこうするすべを、ととのえなくては。このアークランド世界のそんぼうは、われらの手に、かかっているのです。」

 

 なんてことでしょう! ロビーのそうぞう以上に、じたいはしんこくをきわめていたのです。ロビーはこんなにひどい話は、ほかにないと思いました。今までに読んだ、たくさんの旅の物語。それらはみんな、ふしぎで、楽しくて、心おどって、はらはらして。そしてさいごは、かならず、ハッピーエンド。ですからロビーは、旅というものに、心からあこがれるようになったのです。でも、それらはみんな、本の中だけのお話にすぎないのだということを、ロビーはここで、あらためて、思い知らされました。今、ロビーがげんじつにきかされた、この話は、そんなロビーの、りそうの物語たちとは、ほど遠いものだったのですから(あなたの住んでいるくにが、とつぜん、おそろしい敵にこうげきされるときかされたら、あなたはどう思いますか? 戦おうとするか、逃げたくなるか? どっちにせよ、こんなにおそろしい話はないはずです。今のロビーも、同じ気持ちでした)。

 

 「じたいのしんこくさはよくわかりました。そして、旅の重要さも。ぼくたちは、すぐに、旅立たなくちゃならないんですね。だいじょうぶ。もう、ぼくは、かくごをきめています。」

 

 ほんとうは、ロビーはまだまだ、こわい気持ちでいっぱいでした。ですけどロビーは、もう逃げません。みずからのしめいのため、そして、ちかいのために、ロビーは旅立つのです。

 

 ロビーはここで、自分のことを話しておくべきだと思いました。旅立ちの前、今が、そのときだと思ったのです。かれらには、すべてを話しておきたいと思いました。

 

 「みなさんは、とてもりっぱな人たちです。みなさんのような方々と、ともにゆけることを、ぼくは、とてもこうえいに思います。」ロビーはそういって、右手を胸にあわせ、かれらのまねをして敬礼のしぐさを取りました。みんながそれにこたえて、ロビーがつづけます。

 

 「旅立つ前に、みなさんには、ぼくのことを、みんな話しておくべきだと思う。ぼくには、やりとげなければならないとちかった、しめいがあるのです。みなさんもお気づきのことでしょうが、ぼくには、みょうじがありません。ただ、ロビーという名まえだけを、おぼえているだけなんです。ぼくは、まだ小さかったときに、どこか遠いところから、このかなしみの森にやってきたようなんです。それからたったひとりで、この森に住むようになっていました。どこからきたのか? なんのためにきたのか? ぼくにはまったくわかりません。きおくもほとんど、残っていません。」

それからロビーは、すこし考えてからつづけました。

 

 「だからぼくは、自分がなに者であるのか? 知りたいんです。なぜ、こんなことになっているのか? 知りたいんです。そして、ちゃんと、姓を受けつぎたい。ぼくは、おおかみ種族です。ぼくにだって、ほこりはあります。

 

 「この願いを果たすこと。それが、ぼくのちかいであり、しめいなのです。どうあっても、たとえ、この身をほろぼすことになろうとしてもです。みなさんにくらべれば、ちっぽけなしめいかもしれません。ですが、ぼくにとっては、これもまた、大きなしめいなんです。みなさんにならわかってもらえると思って、お話ししました。旅ゆく前に、知っておいてもらいたくて。」

 

 話し終えると、ロビーはみんなの顔を見まわしました。世界のいちだいじの前に、つまらないことをいってしまったんじゃないか? ロビーは、そう心配したのです。

 

 ですが、みんなはいたってしんけんに、ロビーの話を受けいれてくれました。ベルグエルムがその先頭を切って、こうふんぎみにこたえます。

 

 「ロビーどのの高きおこころざし、われら一同、深く感じいりました。われらはみな、あなたのほこり高きちかいをうやまい、ささえ、おともいたします。そのちかいの果たされるときまで、われらは力のかぎり、お助けいたしますぞ。そしてきっと、ちかいは果たされましょう!」

 

 ベルグエルムもまた、ほこり高きウルファ種族の者。ですからかれもまた、ロビーのちかいを、心からうやまいました。ほんとうに、ウルファという種族は、ほこりをだいじにする種族でした。仲間がちかったことならば、まるで、自分のちかいのように思ってくれるのです。それはフェリアルも、そして、種族はちがっても、ライアンとて同じことでした。

 

 「まこと、ベルグエルム隊長のいう通りです! ロビーどののちかいは、かならずや、果たされることでありましょう。どんなくらやみのときであっても、光は、かならずおとずれます。のぞみは、いつでも、みずからのそばにあるのですから!」

 

 フェリアルの言葉は、とてもたのもしく、きぼうを感じさせてくれるものでした。

ですが、今のロビーにとって、いちばんうれしかったのは、つづくライアンの言葉だったのです。

 

 「だいじょうぶ! きっとうまくいくから。ぼくたちがついてるじゃない。みんなでがんばればさ、なんだってできるよ。もう、ロビーひとりじゃないんだから。ぼくも、ベルグも、フェリーもいるよ。もう、ぼくたちは、仲間なんだから。」

 

 ロビーは、このライアンの言葉に、心の底から助けられました。ずっとひとりで、ひとりぼっちで、くる日もくる日もすごしてきたロビーにとって、こんなにも心あたたまる、すてきな言葉もなかったことでしょう。ロビーは胸があつくなって、こみ上げてくるものをおさえることも、できませんでした(ちなみに、ライアンはなかよくなった相手のことを、ニックネームでよんでしまうようですね。ベルグエルムならベルグ、フェリアルならフェリーといったように。でも、ロビーはもともとロビーでしたので、それは、そのままなのでした。それにライアンは、親しい相手に対しては、とってもくだけた話し方をするみたいです。はじめにこのほらあなにきたときのライアンとは、ぜんぜん感じがちがってしまいましたので、ロビーはちょっと、びっくりしてしまったものでした)。

 

 「ありがとう、みなさん、ありがとう。」ロビーは、感きわまっていいました。

 

 「みなさんの気持ちは、ぼくはけっして忘れません。このさき、どんな危険が待ちかまえていようとも、ぼくは、みなさんとともに乗り越えてゆけます。立ちむかってゆけます。」

 

 それが、出発のあいずとなりました。そして、ベルグエルム、フェリアル、ライアンの三人は、ロビーのその言葉にあわせて、高らかに、せんげんしたのです。

 

 「南へ!」べルグエルム、フェリアルがいいました。

 

 「しゅっぱ~つ!」ライアンが、右手を天につき出してつづけました。

 

 そしてロビーは、それに負けないくらい高らかに、力強くこたえました。

 

 「南へ! ともにゆきましょう!」

 

 

 こうして、ここ、かなしみの森の、暗くてさびしいほらあなの中で、かれらの同めいはむすばれたのです。それは、せまりくるやみの敵に立ちむかうための、大きな同めいでした。

 

 しかし、かれらがそうしているあいだにも。南の地では、新しいやみが、広がりつつあるところだったのです。

 

 

 




第2章「騎乗の旅立ち」に続きます。

週に1章ずつくらいのペースで投稿していきたいと思います。

読んでくれてありがとう! またね!

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