「山城もナンパされたのか」
「らしいですよ」
スキー旅行から数日。
やはり鈴蘭寮の艦娘達はナンパされていたらしい。
「何人かと連絡先を交換して、メッセージでやり取りしてますよ」
「すげぇな……」
海軍のイベントなんかよりも、スキーとか海とか連れていった方が早いんじゃねぇかな。
まあ、海軍のイベントは、艦娘の為だけのものじゃねぇからな……。
「そう言えば、今度そのメンバーで合コンをやるらしいですよ」
「ほう。結果次第では鈴蘭寮のメンバーも何人かいなくなっちまうかもな」
「そうなったら寂しいですか?」
「んなわけあるか。むしろ嬉しいぜ」
いつかは全員がここからいなくなる。
寂しくないかと言われれば嘘になるが、引き留めるほどの事ではないし、それ以上に喜ばしいことだ。
「お前も合コンに参加するのか?」
「いえ、大和はやっぱり……」
「追いかけたい人ってか」
「そうですね。皆さんほど焦ってはいませんし……」
「あいつらはあいつらでのんびりしているように見えるけどな……」
居心地のいい場所というのも、この寮の良いところではあるが、いつまでも長居するような場所じゃねぇし、考えものだな。
「恋愛か……」
「提督も興味出てきましたか?」
「別に」
「恋愛してても寮の管理人は出来ますし、提督が相手を見つければ、艦娘達にアドバイス出来ていいと思いますよ」
「んな事言われてもな」
「提督は好きなタイプとか無いんですか?」
「好きなタイプか……」
考えたこともない。
好きだと思った事も、子供の時くらいしかねぇしな……。
「提督は鳳翔みたいなのが好みなんだ」
そう言ったのは長門だった。
「あ?」
「そうなんですか?」
「何勝手に決めつけてんだよ」
「鳳翔が寮にいた頃は、ずっと一緒に居たし、付き合ってるのかと思っていた艦娘も居たほどだ」
「へぇ」
「あいつはただの世話好きなだけだ。俺がだらしねぇから、放っておけなかったんだろ」
「それだけとは思えないがな。鳳翔が抜けた部屋の前を通る度に、ちらりと見ていたのは無意識か?」
俺は何も返せなかった。
「提督は鳳翔さんが好きだったんですか?」
「別に好きだったわけじゃねぇ。鈴蘭寮で唯一のまともな奴だったから……」
そこまで言って、その先をどう表現すればよいのか分からず、言葉を止めた。
「だったから?」
「……そういや、あいつは元気でやってるのか? 大和、お前はちょくちょく会ってるんだろ?」
「え? え、えぇ……幸せそうにやってますよ」
「そうか。さて、そろそろ仕事しなきゃな。じゃあな」
長門と大和を残し、俺は部屋へと戻った。
仕事をしながら、鳳翔の事を思い出していた。
自分でもあまり認めたくはないが、鳳翔がいなくなってから、俺は少しだけ、ほんの少しだけ、寂しいと思っていた。
世話好きで、最初こそはうぜぇと思っていたが、接していく内に、居心地のいい存在というか、なくてはならないものになりつつあった。
だから、ここを出ていくと聞いた時、嬉しい反面、それとは反対に近い感情に、俺自身が困惑していた。
あの時は過去の事もあって、そういう感情を殺す事が出来たが、もし、今鳳翔がここに居たのならば、俺は――。
「馬鹿らしい……」
「何がですか?」
声の方を見ると、大和がいた。
「ノックくらいしろ」
「したんですよ? でも、気が付かなかったようでして……」
それほどに考え込んでいたという事か。
「今日は大和がコーヒーをお持ちしました。陸奥さんも鹿島さんも、イベントで居ませんから」
「そうか。すまん」
コーヒーを一口啜る。
つくる奴によって味が変わるのは何故だ。
同じインスタントコーヒーを使ってるはずだが……。
「そう言えば、鳳翔さんって、この寮ではどんな存在だったんですか?」
「どんなって言われてもな……。普通に世話好きのいい奴だったよ。面倒見もいいし、あいつに色々教わって成長した艦娘もたくさんいたな」
「鳳翔さん、色んな事が出来ますもんね」
「ああ。あいつが相手を見つけたことによって、寮に入ろうとする艦娘は増えたし、あいつは艦娘達の希望なんだ」
大和はニコッと笑った。
「なんだよ?」
「いえ、嬉しそうに話すなぁと思いまして」
「嬉しいさ。あいつの後を追って、他の連中も自立していってくれると、もっと嬉しいんだがな」
「にしては、今度は寂しそうな顔してますよ」
普通なら否定する所だが、俺は自然と反対の言葉が出ていた。
「ああ……」
これには大和も驚いたようで、静寂が続いた。
「さっきと言っている事が反対ですよ」
反論しようとしたが、俺ももう認めていた。
「……鹿島の件から、俺の中で色々と考えが変わってきているようだ。今なら、誰が出ていっても寂しいと思ってしまうかもしれねぇ……」
「それが普通ですよ。提督と鈴蘭寮の艦娘達は、深い絆で結ばれていますから」
そう言われて、悪い気はしなかった。
「だが、管理人失格だ。少し頭を冷やしてくる」
「どちらへ?」
「散歩だ。海風にでもあたってくる」
「大和もご一緒しても?」
「構わないが、何も買ってやらねぇぞ」
こういってやると、大体の奴は「なーんだ、残念」なんて言って諦めるもんだが、大和は「はい」とだけ返事をした。
――臨海公園。
大きな観覧車が特徴の公園だ。
「寒いですね」
風は強く吹いており、空に太陽は無かった。
「人も多いし、いいところですね」
「今日は少ないくらいだ。晴れて暖かい日なんかは、パフォーマーも居て、もっと盛り上がっている」
だが、今日みたいな日だからこそ、頭を冷やすにはちょうどいいのかもしれない。
「俺は海岸沿いを散歩する。お前は好きな所へ行ってもいいぞ。水族館なんかもあるし」
「追い払おうとしないでください。冷たいですね……」
「ついてきても退屈するだけだと言ってるんだ」
「一人でも同じことです」
「勝手にしろ」
それから、お互いに一言も発することなく、海岸沿いへと向かった。
海岸沿いはあまり綺麗ではなかった。
磯臭く、漂流物か、はたまたポイ捨てなのかは分からないが、ゴミが散乱している。
「…………」
波の音。
ちょっと前までは、この音を聞くだけで気分が沈んでいた。
けど、今は少しだけ違っていた。
「海に来ると思い出します。好きな人と過ごした日々」
「またそれか」
「提督だって、何かを見るたびに思い出す大切な人の一人や二人、いるんじゃないですか?」
「俺は別に――」
その時、強い潮風に煽られた。
「ん……」
大和は目を瞑り、乱れた髪を整えた。
その動作に、俺は鳳翔の影を見た――。
…………「ん……今日は風が強いですね」
…………「無理してついてくる事なかったんだぞ」
…………「いえ、今日くらいしか提督とはご一緒出来ませんから」
…………「仕事、忙しいのか」
…………「少しだけ、ですね。料理出来る人が入院しちゃって……」
…………「お前がいないと店が閉まっちまう訳か」
…………「良いお店ですし、皆さんにも愛されているので、どうにかしてあげたくて……」
…………「お前はお人よし過ぎる。いつか、そこにつけこむ奴が出てくるぞ」
…………「その時は、提督が守ってくださるんですよね?」
…………「あ?」
…………「提督が守ってくれているから、私は安心してお人よしでいられますし、お仕事も出来るんですよ」
…………「いつまでも守られ気分でいるんじゃねぇよ。ちゃんと自立して、寮をでなきゃいけねぇんだぞ」
…………「分かってます。けど、その時はその時です。今はちゃんと守ってくださいね」
…………そう笑った鳳翔の顔を、俺は今でも忘れないでいた。
「提督?」
大和が心配そうに覗きこんでいた。
「急にぼうっとして……大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫だ」
「もしかして、誰か思い当たる人でも?」
俺が黙っていると、大和はフッと笑った。
「鳳翔さん、ですね」
「…………」
「好き……だったんですか?」
「さぁな……そういう感情はよく分からん……」
ただ……。
「ただ……時折あいつの事を思い出してしまう。ただの寮にいた艦娘の一人なのにな」
「それは、好きだったって事でいいんじゃないですか? 少なくとも、大和にはそう思えますけど」
「どうだかな……」
恋というものをよく知らないでいたが、今少しだけ理解できた気がした。
「そっか……。じゃあ、大和も提督も、好きな人を奪われた者同士ですね」
「一緒にすんな。そもそも、俺はそういう気持ちがあったとは言ってねぇぞ」
「あったんですよ。少なくとも大和は、提督が鳳翔さんを想う気持ちと同じ気持ちを、相手に持っていましたから」
質が違う気がするがな。
俺よりも、大和の方がもっと……。
「どうです? この際、大和たちは大和たちで付き合ってみますか?」
そう言うと、大和はイタズラに笑った。
冗談だと分かっているが、揶揄われている気がして、気分のいいものではないな。
「ああ、俺は構わないよ。お前は美人だしな」
こういう冗談返しはあまり好きじゃねぇけど、目には目を歯には歯をだ。
「なんて――」
大和の方を見ると、困惑しているような顔をしていた。
「えっと……それは……」
珍しい顔だな。
もうちょっと揶揄ってみるのもありかもしれないな。
「俺じゃ嫌か?」
じっと大和の目を見てやった。
真剣だと思うかな。
「か、揶揄わないでください……」
そう言うと、大和は視線を落とした。
勝ったな。
「仕返しだ馬鹿」
そう言って、大和を後ろに歩き始めた。
「あまり俺を揶揄うようなら、もうお前とは出掛けな――」
その時、大和の匂いが俺を包んだ。
「大和は……本気ですよ……」
背中越しである為、その表情は見えなかった。
「逆にお尋ねします……。大和では……駄目ですか……?」
大和の手が、俺の胸へと伸びた。
「お前……」
「好きです……提督……」
思わず息を飲んだ。
大和との思い出一つ一つが、何故だかフラッシュバックしてゆく。
大和が俺を本気で?
いや、どこにそんなきっかけが……?
スキー旅行でのあの夜か?
それとももっと……。
どれにしろ、俺はどうなんだ?
大和の事をどう思っている?
どう答える?
「…………」
「揶揄われている可能性」が心の中で強く思われた。
しかし、もし大和が本気であるのならば、俺はまた逃げる事になる。
「――……」
「俺は好きじゃない」と言うのが正解だ。
冗談だった場合「なーんだ、バレてましたか」という展開になるだろうし、本気だとしても諦めてくれるだろう。
だが、言葉が出なかった。
本気だった場合の事ばかりに頭がいっていた。
後者の結果を望んでいなかったのかもしれない。
自分でも、何故そうなのかは分からないが。
「ふふふ……」
大和が小さく笑った。
それで確信した。
「離せ……」
大和の手を払い、大きくため息をついた。
「悩みましたか?」
「……お前は女優か何かになった方がいいんじゃねぇか?」
「考えておきます」
揶揄われた事に対しての怒り以上に、俺は安堵し、疲れていた。
「冗談だって分かってましたか?」
「ああ……だが……」
「本気の可能性で頭がいっぱいでしたか?」
心を見透かしたかのように、大和はそう言った。
「提督の心臓、凄くドキドキしてましたから」
それで胸に手を当ててたのか……。
「そうやってドキドキ出来る人なんですから、きっと、鳳翔さんにも女性的な魅力を感じていたんだと思いますよ」
なるほどな……。
「恋か……」
「どうです? 恋、してもいいかなって思いましたか?」
「……そうだな」
俺の目を見て、大和は微笑んだ。
「鳳翔さんみたいな人、見つかればいいですね」
「中々いねぇよ。あんな良い女」
鳳翔との日々は、俺にとってかけがえの無いものだった。
大切なものだった。
それを、もしまた得られるのなら――恋することで得られるのなら、悪くないなと、そう思った。
寮に帰ると、鈴谷が俺の部屋でくつろいでいた。
「チーッス提督。まーた大和さんと出掛けてたんだって?」
「あいつが勝手について来ただけだ」
「じゃあさ、今度は鈴谷とお出かけしてよー。二人っきりがいいなー」
かけがえのない時間……か。
「鈴谷、お前、俺と過ごす時間ってどう思ってるんだ?」
「え? どうしたの急に?」
「いいから」
「えー? 言葉にするとなると照れるっていうか……」
「かけがえのないものか?」
「かけがえのないもの……? え……えぇっと……その……」
鈴谷は顔を真っ赤にして考えていた。
やっぱりそうなんだな。
もしそうだと言ってしまえば、それが恋となってしまう。
それを皆は分かっている。
だから、返答に困っているんだ。
「む、難しいよ……そんな……。て、提督は……どう思ってんの……?」
「そうだな……。そうと言えばそうだが、恋とは別な気がする」
「な、なんで急に恋の話に!?」
「かけがえのない存在っていうのは、恋している相手に使うものだろう?」
「そうかもしれないけれど……そんな単純な話じゃないと思うよ……? 恋って……。っていうか……どうしたの急に……恋なんて……」
「いや……俺にもそういう存在が必要なのかもしれねぇと思ってな……」
「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「な、何だよ……?」
「提督は恋なんて絶対しないと思ってたのに……ホモなんじゃないかって噂すらあったのに!」
「ちょっと待て、何だその噂は……?」
「た、大変だよ……! みんなー!」
鈴谷は叫びながら部屋を飛び出していった。
「何なんだよ……」
鈴谷が出ていくのと同じタイミングで、大和が部屋を訪れた。
「これから大変ですね、提督」
「お前、楽しんでるな?」
「ふふふ、どうでしょう?」
それから鈴谷達に熱を測られたり、働き過ぎだと寝かしつけられた。
そんなに異常な事を言ったか……?
その日の夜。
やっと皆に解放され、俺は部屋で写真アルバムを見ていた。
「…………」
鳳翔がやって来た時、一緒に門の前で撮った写真。
二人で写っているのは、これしかない。
「フッ……女々しいか……」
そのアルバムを、棚の奥の方へとしまった。
大和がそうだったように、俺も新しい恋に目を向けなければいけない。
鳳翔の事は、忘れないといけねぇな。
「新しい恋か……」
その時、部屋がノックされ、鹿島が部屋に入ってきた。
「おう、イベントから帰って来たのか」
「えぇ、先ほど。皆さんにもお渡ししたのですが、提督さんにもと思いまして」
そう言うと、鹿島はお土産を渡した。
「すまん」
「いえ。そう言えば聞きましたよ。提督さん、恋人が欲しいとか……」
「欲しいと言うか、そう言う人が必要なのかもしれねぇってだけだがな」
「こ、候補は……いるんですか……?」
「そんなもんはねぇよ。だが、いつかそういう奴に出会えたらいいなとは思っている」
努力する気はねぇけど……。
「そうなんですか……。でも、もう出会ってるって事もあるかもしれませんよ? 気持ちが無いだけで……」
「かもな」
「案外……近くに居たりして……」
近くか……。
もしかしたら、この鈴蘭寮から――。
なんて、そりゃねぇか。
「土産、ありがとう。そろそろ消灯時間だ。部屋に帰れ」
「あ、その……提督さん」
「なんだ?」
「明後日の予定って……空いてますか?」
「明後日? ああ、空いているが……」
「良かったら……二人でお出かけしませんか? 大きな公園でゆっくり、レジャーシートを敷いて、お弁当でも食べながら過ごしませんか?」
また公園か。
しかし、散歩ばかりであったし、たまにはゆったりと過ごしてみるのもありかもしれねぇな。
「分かった。レジャーシートは持っているから、それを使おう」
「じゃあ、お弁当は私がつくりますね! えへへ、楽しみっ」
「ああ、頼んだ」
弁当か。
そういえば、鳳翔も出かけるときに――。
ああ、駄目だ。
思い出しちゃいけねぇよな。
「提督さん?」
「ん……ほら、消灯時間だ。明後日の件はまた話そう」
「分かりました。それじゃあ……」
去ろうとした鹿島は、何かを思い出したかのように、立ち止まった。
「どうした?」
「……明後日のお出かけは……ただのお出かけじゃなくて……その……」
「あ?」
「デートという事で……いいですよね?」
「別にどうとでも呼んでくれていい」
そう言ってやると、鹿島は俯いた。
「……デートは……かけがえのない人としか……しません……よ……?」
「え?」
「……明後日のデート、楽しみにしてますから……」
そう言うと、鹿島は走り去っていった。
俺はその背中を黙って見ているしかなかった。
翌日、鹿島は少しばかり余所余所しかった。
その態度が、より一層、俺を困惑させていた。
「…………」
鹿島が言った「デートはかけがえのない人としかしない」というのは……つまり……そう言う事だよな……?
という事は、鹿島は俺を……?
いや……鈴谷も言っていたが、かけがえのない存在だからと言って、恋云々という訳ではなさそうではあるし……。
揶揄っていると言う訳でも無さそうだし……。
「うぅん……」
悶々とする中、デート当日を迎えた。
――続く。