鈴蘭寮の艦娘達   作:雨守学

6 / 16
6

『鹿島です』

 

その声に、俺は一瞬間を置いてしまった。

 

『もしもし……?』

 

「……俺だ」

 

鹿島は考えたのか、それとも気が付いたのか、沈黙が続いた。

 

「……手紙、読んだよ」

 

電話の向こうはとても静かだった。

 

「鹿島……?」

 

その時、微かではあるが、すすり泣く声が聞こえた。

 

「鹿島……。ごめん……ごめんな……。お前は俺を許してくれたのに……俺は……」

 

すすり泣く声は止まない。

 

「…………」

 

しばらくして、鹿島はゆっくりと話し始めた。

 

『ずっと……提督さんに会いたいと思ってました……。私たちは……提督さんを恨んでなんかないって……言いたくて……』

 

「…………」

 

『でも……提督さんにとっては……思い出したくもない事かも知れなかったから……出来なくて……』

 

「そうだったのか……」

 

『手を払われて……やっぱりそうなんだと思いました……。会っちゃいけないと思いました……。でも……でも……諦めきれなくて……』

 

「鹿島……」

 

『こうして連絡してくれて……私……嬉しいんです……。嬉しいんですけど……涙が……止まらなくて……』

 

「ああ……分かってる……。俺も嬉しいよ……」

 

『提督さん……』

 

「お前さえよければ……俺ともう一度会ってくれないか……? 直接謝りたいんだ……」

 

『……はい!』

 

時間と場所を決め、俺はすぐに出掛ける準備をした。

 

 

 

寮の外に出ると、鈴谷が面倒くさそうに掃除をしていた。

 

「あれ、提督お出かけ?」

 

「ああ……」

 

「どこ行くの!? 鈴谷も連れてってー」

 

「駄目だ……」

 

「なんでよー? 掃除はもう少しで終わ――」

「駄目だ」

 

俺の真剣な目に、鈴谷は少し怯えていた。

 

「て、提督……? そんなに怒らなくても……いいじゃん……」

 

「あ……いや、怒ってるわけじゃ……。今日は本当に無理なんだ……。すまん……」

 

「う……うん……。そっか……。ごめんね……呼び止めちゃって……」

 

「あぁ……行ってくる」

 

「う、うん……」

 

俺が去るのと同時に、鈴谷は寮へと駆け込んでいった。

 

 

 

向かう途中、ふと、服屋のショーケースに目が行った。

そこには、俺の顔が反射していて、その表情に自分で驚いた。

 

「こんな怖い顔してたのか……」

 

そりゃ鈴谷もビビるはずだ。

何か悩んでいる時、周りから「怒ってるのか?」と聞かれることが多かったが、こういう事か……。

 

「まだ……過去に向き合う事を恐れているのかもしれないな……」

 

顔を軽く叩き、表情をリセットした。

 

「恐れる過去はもうないんだ……。少なくとも……あいつは俺を待っていてくれている……」

 

いつの間にか力の入っていた肩を下ろし、真っすぐとした姿勢で待ち合わせ場所へと向かった。

 

 

 

「ここか……」

 

待ち合わせ場所の喫茶店。

一呼吸置き、扉に手をかけた時だった。

 

「提督さん……?」

 

振り向くと、鹿島が立っていた。

 

「鹿島……」

 

鹿島はゆっくりと俺に近づき、じっと目を見つめた。

 

「提督さん……」

 

そして、電話の向こうで聴いたすすり泣く声を再び聴かせるように、表情を崩していった。

 

「提督さんっ……提督さんっ……」

 

「目、真っ赤だぞ」

 

そう言って涙を拭いてやると、そのまま胸の中へと飛び込んで、大きな声で泣きだした。

ただただ泣く鹿島を、俺はそっと抱きしめることしか出来なかった。

 

 

 

「すみません……」

 

鹿島は頼んだコーヒーを一口飲んで、呼吸を整えた。

 

「鹿島……この前は悪かった……。あれから色々考えたんだ……。やっぱり……逃げちゃいけねぇんだって……」

 

「提督さん……」

 

「ありがとう鹿島……。俺を許してくれて……」

 

「……最初から恨んでなんかいませんでしたよ。むしろ……心配してました……。気に病んでるんじゃないかって……。寮の管理人をしたのも……償いの為なんじゃないかって……」

 

「…………」

 

「提督さんだけの責任じゃありません。私だって、何もできなかった……」

 

「いや……全て俺が……」

 

そう言うと、鹿島は俺にデコピンした。

 

「そんなに償いたいなら、今ので終わりにしましょう」

 

「鹿島……」

 

「……はい! 暗いお話はこれくらいにしましょう! 今は……こうして再会できたことを喜びましょう」

 

「……そうだな」

 

「えへへ……嬉しいです……。ずっと……こうして会いたかったから……」

 

鹿島は少し恥ずかしそうに、コーヒーをかき混ぜた。

 

「提督さんに沢山、お話ししたい事があるんです。聞いてくれますか?」

 

「ああ、聞かせてくれ。俺も、お前に話したい事がたくさんあるんだ」

 

それから、俺たちは時間も忘れて、会話に没頭した。

最初こそは固かった表情も、徐々にほぐれ、自然と笑顔がこぼれていた。

懐かしいあの日々が、蘇る様であった。

 

 

 

気が付けば、空は暗くなり始めていた。

 

「そろそろ帰らねぇと……」

 

「もうこんな時間……。あっという間でしたね……」

 

「そうだな……。暗いし、途中まで送って行こう」

 

「ありがとうございます」

 

外に出ると、凍えるような風が体を叩いた。

 

「寒……」

 

昼間は暖かかったので、いつもより薄着であった。

 

「もっと温かい格好して来ればよかったぜ……」

 

俺がそうつぶやくと、鹿島はそっと寄り添い、手をギュッと握った。

 

「こうすれば少しは温かくなりますよ」

 

「あまり男にベタベタするもんじゃねぇぞ」

 

「提督さんだから、ですよ」

 

そう言うと、鹿島は嬉しそうに笑った。

昔と変わらない笑顔と距離感。

 

「お前は変わらないな」

 

「提督さんも、ずっと変わらず素敵なままですね」

 

こいつに言われると、なんだかその気になってしまう。

それだけ、素直でいい奴なんだと、改めて思った。

 

 

 

風が強く、空では雲が流れてる。

その間から、時折星が見えた。

 

「私も自立しないとなぁ……」

 

「お前は立派だから、すぐに自立できるよ。今は実家か?」

 

「はい。そろそろ出たいなとは思うんですけど……」

 

「そうか」

 

そこまで言うと、会話が途切れた。

鹿島は何か考え事をしているのか、じっと下を見たまま、視線を動かそうとしなかった。

それが数分続いて、やっと鹿島が口を開けた。

 

「提督さんのいる寮に……私も入りたいです……」

 

そう言って、鹿島は手を強く握った。

その視線は、まだ下を向いたままであった。

 

「自立を考えた時……いつもその事が頭にありました……。でも……提督さんが嫌がると思って……」

 

握った手が、小さく震えていた。

 

「鹿島……」

 

「私と一緒は……やっぱり嫌ですか……?」

 

顔をあげて、俺の目を見た。

不安そうな表情だった。

 

「そんな不安そうな顔するな」

 

「だって……」

 

「俺は、お前が来てくれたら嬉しいよ」

 

「本当……? 本当ですか……?」

 

「ああ。うるさいところだけど、我慢できるか?」

 

そう言って笑ってやると、鹿島は目に涙を溜めて、それを隠すように俺の胸に顔を埋めた。

 

「待ってるぞ」

 

「……はい!」

 

空の雲は、もうどこかへ消えていた。

 

 

 

鹿島を送り、寮に帰ると、大和が迎えてくれた。

 

「お帰りなさい提督」

 

「おう」

 

「鹿島さんと会って来たんですね」

 

誰にも鹿島に会いに行くとは言っていなかった。

 

「どうしてそれを?」

 

「鈴谷さんが提督の事、追いかけてたみたいで……。凄い表情で出て行ったから、ただ事じゃないと……」

 

「そうだったのか……」

 

「どうでしたか?」

 

「ああ、お前の言った通り、話してよかったよ。ありがとうな、大和」

 

「いえ、良かったです。本当に」

 

そう言うと、大和は嬉しそうに笑った。

 

「あ、そうだ……。提督、鈴谷さんに鹿島さんの事聞かれたので、「入居しようかどうかの相談に来たようだ」って言っちゃいましたけど……」

 

「そうか。それなら都合がいいな」

 

「え?」

 

俺は鹿島の事を話した。

 

「じゃあ、鹿島さんが鈴蘭寮に?」

 

「ああ。まだ決まったわけじゃねぇがな」

 

それを聞いた大和は、クスクスと笑った。

 

「ごめんなさい。また大変な事になりそうだと思いまして」

 

「大変な事?」

 

「鈴谷さん達にとっては、ライバルが増えるようなものですから」

 

「馬鹿、そんなんじゃねぇよ」

 

「どうでしょう?」

 

何が面白いのか、大和はクスクスと笑い続けた。

 

 

 

それから数日後。

鹿島の入居が決定した。

 

「随分早いんですね」

 

「鹿島がすぐに海軍へ連絡したらしい」

 

「それだけ早く入居したかったという事でしょうか? やはり人気ですね、提督」

 

「だから……まあいいか……」

 

その時、携帯が鳴った。

 

「鹿島からだ」

 

「早速ですね」

 

「もしもし?」

 

『提督さん! 入居が決定しました!』

 

思わず携帯を耳から遠ざけるほど、大きな声だった。

 

「おう、聞いたよ。良かったな」

 

『えへへ、これからよろしくお願いいたしますね』

 

「ああ。それで、いつ頃来る予定なんだ?」

 

『明日にでも荷物を持っていきたいんですけど……』

 

「明日だぁ!? お前……それはさすがに無理だろ……」

 

『で、でも……』

 

「こっちだって受け入れる準備があるんだ。少なくとも一週間以上は空けてだな……」

 

『そんなに!? うぅ……早くそっちに行きたいのに……』

 

これには隣で聞いていた大和も苦笑いしていた。

 

「ちゃんと準備してから来い。ちゃんと待ってるからよ」

 

『分かりました……』

 

それから少しばかり話して、電話を切った。

 

「鹿島さん、気合入ってますね」

 

「入りすぎだ……。なんだか心配になって来た……」

 

「今の会話を聞いていると、鈴蘭寮にふさわしい人だと思いますよ」

 

それはちょっと分かる気がする。

 

「鹿島さんのお部屋は決まっているのですか?」

 

「ああ、扶桑がいた部屋だから……203だな。掃除もしないといけねぇな……」

 

「手伝いますよ」

 

「本当か? すまねぇ……頼む」

 

それから、大和と一緒に203の部屋を掃除した。

時折、その部屋を覗く奴らも居て、皆新しい仲間が気になっているようであった。

 

 

 

そして、ついにその日を迎えた。

 

「ん……」

 

朝も朝。

まだ日も登り切ってない朝だ。

携帯電話が鳴っていた。

 

「誰だよこんな朝から……」

 

出てみると、鹿島からであった。

 

『おはようございます!』

 

「お前……今何時だと……」

 

『今、門の前に居るのですけど……』

 

「は?」

 

カーテンを開けて門の方を見ると、大きなバッグを持った鹿島が立っていた。

 

「お前……」

 

部屋着のまま、門へと向かった。

 

 

 

「あ、提督さん!」

 

「鹿島、もうちょっと静かにしろ。まだ皆寝てるんだぞ」

 

「あ……ごめんなさい……」

 

「どうしてこんな朝早くから来たんだよ……」

 

「だって……待ちきれなくて……」

 

そう言うと、鹿島はしゅんとしてしまった。

 

「……とりあえず、俺の部屋に来い。朝はバタバタ出来ねぇからよ……」

 

「は、はい! お邪魔します!」

 

 

 

鹿島を部屋に入れ、暖房器具をつけた。

 

「ここが提督さんのお部屋……」

 

「こんな所だが、とりあえずくつろいでくれ」

 

「は、はい。わぁ……色んなものが置いてあるんですね……」

 

「仕事場でもあるからな。後は、寮に住んでる奴らが溜まり場にしてるから、物が増えてくんだよ」

 

「提督さんのお部屋を!?」

 

「ああ。お前もきっと毒されて、ここでくつろぐことになるだろうよ」

 

「す、凄いですね……。でも、それだけ提督さんが信頼されている証拠なんでしょうね」

 

信頼か……。

ただ良いように扱われているだけのような気もしなくはないが……。

山城も、「どうでもいい存在だから」と言ってのけたし……。

 

「これから提督さんとの生活が始まるんですね。えへへ……なんだかドキドキしちゃいます」

 

初々しいな。

あいつらにもこんな時期があった。

まあ、すぐに正体を現したがな……。

 

 

 

しばらく話し込んでいると、外で大和と武蔵がジョギングを始めたようで、足音が聞こえた。

 

「そう言えば、この寮にはどんな艦娘がいるんですか?」

 

「主に戦艦だな。後は重巡だ」

 

「戦艦……」

 

「自立しようとする年齢を考えると、その辺りになるだろうな。他の寮も似たようなもんだし」

 

「じゃあ……美人さんが多いですか?」

 

「そうだな。大和とか陸奥なんかは美人過ぎて、海軍連中が覗きに来るくらいだ」

 

その時、部屋の扉が開き、陸奥がやって来た。

 

「おはよう提督。コーヒー持ってき……って、あら?」

 

「おう。今日から入居する鹿島だ」

 

「鹿島さんね。よろしく」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

挨拶を済ませると、陸奥はコーヒーを俺に渡した。

 

「ありがとう」

 

「いいのよ。それより、こんな朝早くから二人っきりで何してたの……?」

 

「鹿島が早く来ちまったから、俺の部屋で待ってもらってんだ。朝からバタバタする訳にはいかねぇしな」

 

「すみません……」

 

「ふぅん……」

 

すると、陸奥はじっと鹿島を見た。

 

「まあいいわ。提督、今度の休日だけど、二人だけでお出かけしない? そろそろ私とデートしてくれてもいいんじゃないかしら?」

 

そう言うと、陸奥は俺にすり寄った。

 

「お前、すぐ疲れたとかいうからな……」

 

「じゃあ、あまり歩かないデートにしましょう? ネコカフェとか行きたいわ」

 

「ネコカフェか……」

 

「考えといて。どこに行くにしても、ちゃーんと二人っきりで、ね?」

 

「分かった分かった……」

 

「絶対よ?」

 

そう言うと、陸奥は鹿島を一瞥し、部屋を後にした。

 

「ったく……。分かったか、鹿島。ああいう連中ばかりなんだよ、ここは」

 

そう言って鹿島を見ると、俺をじとーとした目で見ていた。

 

「なんだよ?」

 

「デート……するんですか?」

 

「言い出したら聞かないからな……。それにまあ、交流だと思えばな。実際、海軍からは交流費が出てるし」

 

そう言ってやると、鹿島は少しムッとした顔を見せた。

 

「陸奥さんは美人さんですし……デートしたくなる気持ちは分かりますけど……」

 

「別にしたいって訳じゃねぇよ」

 

「なら、何故断らなかったんです?」

 

「……お前、なんか怒ってねぇか?」

 

「別に怒ってません……」

 

こいつも鈴谷とかとちょっと似てるところがあるな。

変な所で機嫌が悪くなると言うか……。

 

 

 

それから続々と艦娘達が起きてきたので、食堂で鹿島を紹介した。

 

「これから皆さんと生活を共にします、鹿島です。どうぞよろしくお願いいたします」

 

皆が拍手し、早速鹿島は囲まれ、色々と聞かれていた。

昼には引っ越し屋が来て、鹿島の部屋は完成した。

 

 

 

夕方になると、鹿島も皆から解放されたようで、疲れ切った表情で部屋を訪れた。

 

「大変だったな」

 

「ちょっと疲れちゃいましたけど、皆さんいい人で安心しました」

 

「そりゃよかったな。だが、ここも安心できないぜ」

 

そう言って、部屋でくつろいでる連中を指した。

 

「鹿島さん、おっつー! みかんあるよー」

 

「てめぇ鈴谷、俺のみかん勝手に食うな。金取るぞ」

 

「いいじゃんケチ。鹿島さん、こっち温かいよ」

 

「お邪魔しますね」

 

鹿島はなんの躊躇もなく上がった。

もう毒されてんのか……。

 

「わぁ……温かいです」

 

「このカーペット、鈴谷のお陰でここにあるんだよ?」

 

「てめぇ……マジで切れるぞ……」

 

部屋には鹿島と鈴谷以外に、いつものメンバーが居座っていた。

 

「今度ね、このメンバーでスキーに行こうかって話になってるんだ。鹿島さんもどう?」

 

「いいんですか?」

 

「皆で行った方が楽しいよ! ね、提督」

 

「知らねぇよ」

 

「提督さんも行くんですよね?」

 

「俺はいかな――」

「もちろん行くよ。じゃないと、運転できる人がいないもん」

 

鈴谷がそう言うと、陸奥は長門を見てニヤニヤしだした。

 

「な、なんだ陸奥……」

 

「別にー?」

 

スキーなんてやったことないし、興味もない。

 

「めんどくせぇ……。俺は行かねぇからな。バスか何かで行け」

 

そう言うと、皆一斉にブーイングした。

山城もちょっとノリノリでやってるじゃねぇか……。

鹿島だけは申し訳なさそうにしていた。

 

「何を言われようと、行かねぇもんはいかねぇからな」

 

「ぐぬぬ……」

 

鈴谷が悔しがっていると、鹿島が小さな声で呟いた。

 

「提督さんと一緒に滑りたかったのにな……」

 

残念そうにしている鹿島を見て、俺は一瞬固まってしまった。

鈴谷はそれを見逃さなかった。

 

「あ……す、鈴谷も提督と滑りたいと思ってた!」

 

それに陸奥が続く。

 

「わ、私もよ、提督。運転が嫌なら、長門にさせればいいわ!」

 

「お、おい陸奥!」

 

それから皆、鹿島に続いて外堀を埋めだした。

どんだけ楽してスキーに行きてぇんだよ……。

 

「提督、これはしょうがないですね」

 

大和は嬉しそうにそう言った。

 

「……ッチ、分かったよ……。お前らに何かあったら困るしな……」

 

ふと鹿島の方を見ると、目が合い、舌をペロッと出した。

こいつ……図ったな……。

 

「そうと決まれば、明日スキーウェアを買いに行こうよ!」

 

「そうね。可愛いのがいいわ」

 

皆がスキーウェアの話で盛り上がっている時、鹿島がそっと俺に言った。

 

「ごめんなさい提督さん。でも、一緒に滑りたいと思ったのは本当ですよ。うふふ」

 

そう言って、鹿島は話の輪に入っていった。

俺の思った以上に、鹿島は鈴蘭寮に合ってるなと思った。

 

 

 

消灯時間になり、皆それぞれ部屋へと帰っていった。

大和だけはゴミなどを片付ける為に残ってくれていた。

 

「また面倒なのが来ちまったな……」

 

「鹿島さんの事ですか?」

 

「ああ。思った以上に鈴蘭寮に馴染んでやがる……」

 

「でも、あまり嫌そうに見えないですよ。提督のお顔」

 

「ふん……」

 

実際、そんなに嫌ではなかった。

鹿島も楽しそうだし、他の連中も仲間が増えて、より一層活気に溢れている。

 

「大和、この鈴蘭寮が大好きになりました。それもこれも、提督のお陰だと思ってます」

 

「また言ってら。むず痒いからやめろって」

 

「いえ、本当に。他の寮だったら、きっと、こんな素敵な体験は出来なかったと思います」

 

「どうだかな」

 

みかんの皮をゴミ箱に放り込みながら、そう答えた。

 

「でも……いずれは自立して……ここを出ないといけないんですよね……」

 

そう言うと、大和は少し悲しそうな顔をした。

 

「まだ時間はあるだろ。沢山の思い出を持って、自立していけよ。ちゃんとサポートはしてやるからよ」

 

「提督……。はい、ありがとうございます」

 

大和は、からかいやニヤニヤの笑顔とは段違いな笑顔を見せた。

 

「それじゃあ、大和はそろそろ帰りますね」

 

「ああ、掃除、すまねぇな」

 

大和は立ち去ろうとした時、何か思い出したようにこちらを見た。

 

「どうした?」

 

「この鈴蘭寮が好きになったって言いましたけど、提督の事も好きになりましたよ」

 

「な……!」

 

俺が動揺しているのが面白かったのか、大和はクスクスと笑った。

 

「なんて、皆さんの真似です。大和だって、この寮の住人なんですから。それじゃあ、お休みなさい」

 

そう言うと、大和は部屋へ戻っていった。

 

「ったく……」

 

だが、俺は嬉しかった。

本当のあいつが、やっと顔を出してきてくれた気がしたからだ。

そして、鈴蘭寮という色に染まってくれようとしてくれていたからだ。

 

「色々と変わって来てるな……」

 

あいつらも、俺自身も。

そしてそれは、とても明るい方向へと向かっている。

幸福と言う未来へと……。

 

「なんてな……」

 

そう呟き、ゴミ袋をまとめようとした時、もはやただのゴルフボールと化した健康グッズを踏んでしまい、壮大にコケてゴミをぶちまけた。

 

――続く。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。