『鹿島です』
その声に、俺は一瞬間を置いてしまった。
『もしもし……?』
「……俺だ」
鹿島は考えたのか、それとも気が付いたのか、沈黙が続いた。
「……手紙、読んだよ」
電話の向こうはとても静かだった。
「鹿島……?」
その時、微かではあるが、すすり泣く声が聞こえた。
「鹿島……。ごめん……ごめんな……。お前は俺を許してくれたのに……俺は……」
すすり泣く声は止まない。
「…………」
しばらくして、鹿島はゆっくりと話し始めた。
『ずっと……提督さんに会いたいと思ってました……。私たちは……提督さんを恨んでなんかないって……言いたくて……』
「…………」
『でも……提督さんにとっては……思い出したくもない事かも知れなかったから……出来なくて……』
「そうだったのか……」
『手を払われて……やっぱりそうなんだと思いました……。会っちゃいけないと思いました……。でも……でも……諦めきれなくて……』
「鹿島……」
『こうして連絡してくれて……私……嬉しいんです……。嬉しいんですけど……涙が……止まらなくて……』
「ああ……分かってる……。俺も嬉しいよ……」
『提督さん……』
「お前さえよければ……俺ともう一度会ってくれないか……? 直接謝りたいんだ……」
『……はい!』
時間と場所を決め、俺はすぐに出掛ける準備をした。
寮の外に出ると、鈴谷が面倒くさそうに掃除をしていた。
「あれ、提督お出かけ?」
「ああ……」
「どこ行くの!? 鈴谷も連れてってー」
「駄目だ……」
「なんでよー? 掃除はもう少しで終わ――」
「駄目だ」
俺の真剣な目に、鈴谷は少し怯えていた。
「て、提督……? そんなに怒らなくても……いいじゃん……」
「あ……いや、怒ってるわけじゃ……。今日は本当に無理なんだ……。すまん……」
「う……うん……。そっか……。ごめんね……呼び止めちゃって……」
「あぁ……行ってくる」
「う、うん……」
俺が去るのと同時に、鈴谷は寮へと駆け込んでいった。
向かう途中、ふと、服屋のショーケースに目が行った。
そこには、俺の顔が反射していて、その表情に自分で驚いた。
「こんな怖い顔してたのか……」
そりゃ鈴谷もビビるはずだ。
何か悩んでいる時、周りから「怒ってるのか?」と聞かれることが多かったが、こういう事か……。
「まだ……過去に向き合う事を恐れているのかもしれないな……」
顔を軽く叩き、表情をリセットした。
「恐れる過去はもうないんだ……。少なくとも……あいつは俺を待っていてくれている……」
いつの間にか力の入っていた肩を下ろし、真っすぐとした姿勢で待ち合わせ場所へと向かった。
「ここか……」
待ち合わせ場所の喫茶店。
一呼吸置き、扉に手をかけた時だった。
「提督さん……?」
振り向くと、鹿島が立っていた。
「鹿島……」
鹿島はゆっくりと俺に近づき、じっと目を見つめた。
「提督さん……」
そして、電話の向こうで聴いたすすり泣く声を再び聴かせるように、表情を崩していった。
「提督さんっ……提督さんっ……」
「目、真っ赤だぞ」
そう言って涙を拭いてやると、そのまま胸の中へと飛び込んで、大きな声で泣きだした。
ただただ泣く鹿島を、俺はそっと抱きしめることしか出来なかった。
「すみません……」
鹿島は頼んだコーヒーを一口飲んで、呼吸を整えた。
「鹿島……この前は悪かった……。あれから色々考えたんだ……。やっぱり……逃げちゃいけねぇんだって……」
「提督さん……」
「ありがとう鹿島……。俺を許してくれて……」
「……最初から恨んでなんかいませんでしたよ。むしろ……心配してました……。気に病んでるんじゃないかって……。寮の管理人をしたのも……償いの為なんじゃないかって……」
「…………」
「提督さんだけの責任じゃありません。私だって、何もできなかった……」
「いや……全て俺が……」
そう言うと、鹿島は俺にデコピンした。
「そんなに償いたいなら、今ので終わりにしましょう」
「鹿島……」
「……はい! 暗いお話はこれくらいにしましょう! 今は……こうして再会できたことを喜びましょう」
「……そうだな」
「えへへ……嬉しいです……。ずっと……こうして会いたかったから……」
鹿島は少し恥ずかしそうに、コーヒーをかき混ぜた。
「提督さんに沢山、お話ししたい事があるんです。聞いてくれますか?」
「ああ、聞かせてくれ。俺も、お前に話したい事がたくさんあるんだ」
それから、俺たちは時間も忘れて、会話に没頭した。
最初こそは固かった表情も、徐々にほぐれ、自然と笑顔がこぼれていた。
懐かしいあの日々が、蘇る様であった。
気が付けば、空は暗くなり始めていた。
「そろそろ帰らねぇと……」
「もうこんな時間……。あっという間でしたね……」
「そうだな……。暗いし、途中まで送って行こう」
「ありがとうございます」
外に出ると、凍えるような風が体を叩いた。
「寒……」
昼間は暖かかったので、いつもより薄着であった。
「もっと温かい格好して来ればよかったぜ……」
俺がそうつぶやくと、鹿島はそっと寄り添い、手をギュッと握った。
「こうすれば少しは温かくなりますよ」
「あまり男にベタベタするもんじゃねぇぞ」
「提督さんだから、ですよ」
そう言うと、鹿島は嬉しそうに笑った。
昔と変わらない笑顔と距離感。
「お前は変わらないな」
「提督さんも、ずっと変わらず素敵なままですね」
こいつに言われると、なんだかその気になってしまう。
それだけ、素直でいい奴なんだと、改めて思った。
風が強く、空では雲が流れてる。
その間から、時折星が見えた。
「私も自立しないとなぁ……」
「お前は立派だから、すぐに自立できるよ。今は実家か?」
「はい。そろそろ出たいなとは思うんですけど……」
「そうか」
そこまで言うと、会話が途切れた。
鹿島は何か考え事をしているのか、じっと下を見たまま、視線を動かそうとしなかった。
それが数分続いて、やっと鹿島が口を開けた。
「提督さんのいる寮に……私も入りたいです……」
そう言って、鹿島は手を強く握った。
その視線は、まだ下を向いたままであった。
「自立を考えた時……いつもその事が頭にありました……。でも……提督さんが嫌がると思って……」
握った手が、小さく震えていた。
「鹿島……」
「私と一緒は……やっぱり嫌ですか……?」
顔をあげて、俺の目を見た。
不安そうな表情だった。
「そんな不安そうな顔するな」
「だって……」
「俺は、お前が来てくれたら嬉しいよ」
「本当……? 本当ですか……?」
「ああ。うるさいところだけど、我慢できるか?」
そう言って笑ってやると、鹿島は目に涙を溜めて、それを隠すように俺の胸に顔を埋めた。
「待ってるぞ」
「……はい!」
空の雲は、もうどこかへ消えていた。
鹿島を送り、寮に帰ると、大和が迎えてくれた。
「お帰りなさい提督」
「おう」
「鹿島さんと会って来たんですね」
誰にも鹿島に会いに行くとは言っていなかった。
「どうしてそれを?」
「鈴谷さんが提督の事、追いかけてたみたいで……。凄い表情で出て行ったから、ただ事じゃないと……」
「そうだったのか……」
「どうでしたか?」
「ああ、お前の言った通り、話してよかったよ。ありがとうな、大和」
「いえ、良かったです。本当に」
そう言うと、大和は嬉しそうに笑った。
「あ、そうだ……。提督、鈴谷さんに鹿島さんの事聞かれたので、「入居しようかどうかの相談に来たようだ」って言っちゃいましたけど……」
「そうか。それなら都合がいいな」
「え?」
俺は鹿島の事を話した。
「じゃあ、鹿島さんが鈴蘭寮に?」
「ああ。まだ決まったわけじゃねぇがな」
それを聞いた大和は、クスクスと笑った。
「ごめんなさい。また大変な事になりそうだと思いまして」
「大変な事?」
「鈴谷さん達にとっては、ライバルが増えるようなものですから」
「馬鹿、そんなんじゃねぇよ」
「どうでしょう?」
何が面白いのか、大和はクスクスと笑い続けた。
それから数日後。
鹿島の入居が決定した。
「随分早いんですね」
「鹿島がすぐに海軍へ連絡したらしい」
「それだけ早く入居したかったという事でしょうか? やはり人気ですね、提督」
「だから……まあいいか……」
その時、携帯が鳴った。
「鹿島からだ」
「早速ですね」
「もしもし?」
『提督さん! 入居が決定しました!』
思わず携帯を耳から遠ざけるほど、大きな声だった。
「おう、聞いたよ。良かったな」
『えへへ、これからよろしくお願いいたしますね』
「ああ。それで、いつ頃来る予定なんだ?」
『明日にでも荷物を持っていきたいんですけど……』
「明日だぁ!? お前……それはさすがに無理だろ……」
『で、でも……』
「こっちだって受け入れる準備があるんだ。少なくとも一週間以上は空けてだな……」
『そんなに!? うぅ……早くそっちに行きたいのに……』
これには隣で聞いていた大和も苦笑いしていた。
「ちゃんと準備してから来い。ちゃんと待ってるからよ」
『分かりました……』
それから少しばかり話して、電話を切った。
「鹿島さん、気合入ってますね」
「入りすぎだ……。なんだか心配になって来た……」
「今の会話を聞いていると、鈴蘭寮にふさわしい人だと思いますよ」
それはちょっと分かる気がする。
「鹿島さんのお部屋は決まっているのですか?」
「ああ、扶桑がいた部屋だから……203だな。掃除もしないといけねぇな……」
「手伝いますよ」
「本当か? すまねぇ……頼む」
それから、大和と一緒に203の部屋を掃除した。
時折、その部屋を覗く奴らも居て、皆新しい仲間が気になっているようであった。
そして、ついにその日を迎えた。
「ん……」
朝も朝。
まだ日も登り切ってない朝だ。
携帯電話が鳴っていた。
「誰だよこんな朝から……」
出てみると、鹿島からであった。
『おはようございます!』
「お前……今何時だと……」
『今、門の前に居るのですけど……』
「は?」
カーテンを開けて門の方を見ると、大きなバッグを持った鹿島が立っていた。
「お前……」
部屋着のまま、門へと向かった。
「あ、提督さん!」
「鹿島、もうちょっと静かにしろ。まだ皆寝てるんだぞ」
「あ……ごめんなさい……」
「どうしてこんな朝早くから来たんだよ……」
「だって……待ちきれなくて……」
そう言うと、鹿島はしゅんとしてしまった。
「……とりあえず、俺の部屋に来い。朝はバタバタ出来ねぇからよ……」
「は、はい! お邪魔します!」
鹿島を部屋に入れ、暖房器具をつけた。
「ここが提督さんのお部屋……」
「こんな所だが、とりあえずくつろいでくれ」
「は、はい。わぁ……色んなものが置いてあるんですね……」
「仕事場でもあるからな。後は、寮に住んでる奴らが溜まり場にしてるから、物が増えてくんだよ」
「提督さんのお部屋を!?」
「ああ。お前もきっと毒されて、ここでくつろぐことになるだろうよ」
「す、凄いですね……。でも、それだけ提督さんが信頼されている証拠なんでしょうね」
信頼か……。
ただ良いように扱われているだけのような気もしなくはないが……。
山城も、「どうでもいい存在だから」と言ってのけたし……。
「これから提督さんとの生活が始まるんですね。えへへ……なんだかドキドキしちゃいます」
初々しいな。
あいつらにもこんな時期があった。
まあ、すぐに正体を現したがな……。
しばらく話し込んでいると、外で大和と武蔵がジョギングを始めたようで、足音が聞こえた。
「そう言えば、この寮にはどんな艦娘がいるんですか?」
「主に戦艦だな。後は重巡だ」
「戦艦……」
「自立しようとする年齢を考えると、その辺りになるだろうな。他の寮も似たようなもんだし」
「じゃあ……美人さんが多いですか?」
「そうだな。大和とか陸奥なんかは美人過ぎて、海軍連中が覗きに来るくらいだ」
その時、部屋の扉が開き、陸奥がやって来た。
「おはよう提督。コーヒー持ってき……って、あら?」
「おう。今日から入居する鹿島だ」
「鹿島さんね。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
挨拶を済ませると、陸奥はコーヒーを俺に渡した。
「ありがとう」
「いいのよ。それより、こんな朝早くから二人っきりで何してたの……?」
「鹿島が早く来ちまったから、俺の部屋で待ってもらってんだ。朝からバタバタする訳にはいかねぇしな」
「すみません……」
「ふぅん……」
すると、陸奥はじっと鹿島を見た。
「まあいいわ。提督、今度の休日だけど、二人だけでお出かけしない? そろそろ私とデートしてくれてもいいんじゃないかしら?」
そう言うと、陸奥は俺にすり寄った。
「お前、すぐ疲れたとかいうからな……」
「じゃあ、あまり歩かないデートにしましょう? ネコカフェとか行きたいわ」
「ネコカフェか……」
「考えといて。どこに行くにしても、ちゃーんと二人っきりで、ね?」
「分かった分かった……」
「絶対よ?」
そう言うと、陸奥は鹿島を一瞥し、部屋を後にした。
「ったく……。分かったか、鹿島。ああいう連中ばかりなんだよ、ここは」
そう言って鹿島を見ると、俺をじとーとした目で見ていた。
「なんだよ?」
「デート……するんですか?」
「言い出したら聞かないからな……。それにまあ、交流だと思えばな。実際、海軍からは交流費が出てるし」
そう言ってやると、鹿島は少しムッとした顔を見せた。
「陸奥さんは美人さんですし……デートしたくなる気持ちは分かりますけど……」
「別にしたいって訳じゃねぇよ」
「なら、何故断らなかったんです?」
「……お前、なんか怒ってねぇか?」
「別に怒ってません……」
こいつも鈴谷とかとちょっと似てるところがあるな。
変な所で機嫌が悪くなると言うか……。
それから続々と艦娘達が起きてきたので、食堂で鹿島を紹介した。
「これから皆さんと生活を共にします、鹿島です。どうぞよろしくお願いいたします」
皆が拍手し、早速鹿島は囲まれ、色々と聞かれていた。
昼には引っ越し屋が来て、鹿島の部屋は完成した。
夕方になると、鹿島も皆から解放されたようで、疲れ切った表情で部屋を訪れた。
「大変だったな」
「ちょっと疲れちゃいましたけど、皆さんいい人で安心しました」
「そりゃよかったな。だが、ここも安心できないぜ」
そう言って、部屋でくつろいでる連中を指した。
「鹿島さん、おっつー! みかんあるよー」
「てめぇ鈴谷、俺のみかん勝手に食うな。金取るぞ」
「いいじゃんケチ。鹿島さん、こっち温かいよ」
「お邪魔しますね」
鹿島はなんの躊躇もなく上がった。
もう毒されてんのか……。
「わぁ……温かいです」
「このカーペット、鈴谷のお陰でここにあるんだよ?」
「てめぇ……マジで切れるぞ……」
部屋には鹿島と鈴谷以外に、いつものメンバーが居座っていた。
「今度ね、このメンバーでスキーに行こうかって話になってるんだ。鹿島さんもどう?」
「いいんですか?」
「皆で行った方が楽しいよ! ね、提督」
「知らねぇよ」
「提督さんも行くんですよね?」
「俺はいかな――」
「もちろん行くよ。じゃないと、運転できる人がいないもん」
鈴谷がそう言うと、陸奥は長門を見てニヤニヤしだした。
「な、なんだ陸奥……」
「別にー?」
スキーなんてやったことないし、興味もない。
「めんどくせぇ……。俺は行かねぇからな。バスか何かで行け」
そう言うと、皆一斉にブーイングした。
山城もちょっとノリノリでやってるじゃねぇか……。
鹿島だけは申し訳なさそうにしていた。
「何を言われようと、行かねぇもんはいかねぇからな」
「ぐぬぬ……」
鈴谷が悔しがっていると、鹿島が小さな声で呟いた。
「提督さんと一緒に滑りたかったのにな……」
残念そうにしている鹿島を見て、俺は一瞬固まってしまった。
鈴谷はそれを見逃さなかった。
「あ……す、鈴谷も提督と滑りたいと思ってた!」
それに陸奥が続く。
「わ、私もよ、提督。運転が嫌なら、長門にさせればいいわ!」
「お、おい陸奥!」
それから皆、鹿島に続いて外堀を埋めだした。
どんだけ楽してスキーに行きてぇんだよ……。
「提督、これはしょうがないですね」
大和は嬉しそうにそう言った。
「……ッチ、分かったよ……。お前らに何かあったら困るしな……」
ふと鹿島の方を見ると、目が合い、舌をペロッと出した。
こいつ……図ったな……。
「そうと決まれば、明日スキーウェアを買いに行こうよ!」
「そうね。可愛いのがいいわ」
皆がスキーウェアの話で盛り上がっている時、鹿島がそっと俺に言った。
「ごめんなさい提督さん。でも、一緒に滑りたいと思ったのは本当ですよ。うふふ」
そう言って、鹿島は話の輪に入っていった。
俺の思った以上に、鹿島は鈴蘭寮に合ってるなと思った。
消灯時間になり、皆それぞれ部屋へと帰っていった。
大和だけはゴミなどを片付ける為に残ってくれていた。
「また面倒なのが来ちまったな……」
「鹿島さんの事ですか?」
「ああ。思った以上に鈴蘭寮に馴染んでやがる……」
「でも、あまり嫌そうに見えないですよ。提督のお顔」
「ふん……」
実際、そんなに嫌ではなかった。
鹿島も楽しそうだし、他の連中も仲間が増えて、より一層活気に溢れている。
「大和、この鈴蘭寮が大好きになりました。それもこれも、提督のお陰だと思ってます」
「また言ってら。むず痒いからやめろって」
「いえ、本当に。他の寮だったら、きっと、こんな素敵な体験は出来なかったと思います」
「どうだかな」
みかんの皮をゴミ箱に放り込みながら、そう答えた。
「でも……いずれは自立して……ここを出ないといけないんですよね……」
そう言うと、大和は少し悲しそうな顔をした。
「まだ時間はあるだろ。沢山の思い出を持って、自立していけよ。ちゃんとサポートはしてやるからよ」
「提督……。はい、ありがとうございます」
大和は、からかいやニヤニヤの笑顔とは段違いな笑顔を見せた。
「それじゃあ、大和はそろそろ帰りますね」
「ああ、掃除、すまねぇな」
大和は立ち去ろうとした時、何か思い出したようにこちらを見た。
「どうした?」
「この鈴蘭寮が好きになったって言いましたけど、提督の事も好きになりましたよ」
「な……!」
俺が動揺しているのが面白かったのか、大和はクスクスと笑った。
「なんて、皆さんの真似です。大和だって、この寮の住人なんですから。それじゃあ、お休みなさい」
そう言うと、大和は部屋へ戻っていった。
「ったく……」
だが、俺は嬉しかった。
本当のあいつが、やっと顔を出してきてくれた気がしたからだ。
そして、鈴蘭寮という色に染まってくれようとしてくれていたからだ。
「色々と変わって来てるな……」
あいつらも、俺自身も。
そしてそれは、とても明るい方向へと向かっている。
幸福と言う未来へと……。
「なんてな……」
そう呟き、ゴミ袋をまとめようとした時、もはやただのゴルフボールと化した健康グッズを踏んでしまい、壮大にコケてゴミをぶちまけた。
――続く。