鈴蘭寮の艦娘達   作:雨守学

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鈴蘭寮の艦娘達がイベントに参加すると、極稀に本気で艦娘に恋をする奴が出て来る。

そういう奴らの中には、何処から仕入れた情報なのか、寮を場所を特定し、押しかけてくることもある。

基本的に寮へ入れる事は出来ないので、お帰り頂くのだが、どうしても会いたいと言って聞かないのが現状だ。

そんな奴らを追い返すのも、管理人の仕事だと俺は思っている。

 

「とは言え……なぁ……」

 

寮の敷地の外から、チラチラと覗く若者たち。

 

「オラてめぇらッ! どこの配属だぁ!?」

 

少し怒鳴ってやると、若者たちは消えていった。

 

「ったく……」

 

今日でもう5回は怒鳴っている。

こんな事、今まで一度だって無かった。

来ても精々一人や二人だったし、一度お灸を据えれば、もう来ることもなかったのだが……。

 

「提督……」

 

大和が申し訳なさそうに出てきた。

 

「人気者だな、お前」

 

「すみません……」

 

今回来ている奴のほとんどが、大和目当てだった。

 

「こんな事になるなら……イベントに出なければ良かったです……」

 

「いや、悪いのはあいつらだ。本部に電話して、あいつらには厳重注意を受けてもらう。最悪、処分だな」

 

「本当にごめんなさい……」

 

「女は罪な生き物」とはよく言ったものだ。

 

 

 

外出は難しいので、武蔵達に買い物を頼んだ。

 

「悪いな、武蔵」

 

「これくらいどうってことないさ。帰ったら一杯やろう」

 

「一杯だけな」

 

「フフフ、それじゃあ行ってくる」

 

 

 

部屋に戻ると、陸奥が大和を慰めていた。

 

「申し訳ないです……」

 

「大丈夫よ。私なんて、何度も迷惑かけているし」

 

大和ほどではないが、陸奥目当ての奴も結構いる。

どっちも男受けしそうだしな。

 

「だがまぁ、嬉しい悲鳴だろ。相手が欲しかったんだろ?」

 

「ちょっと! 誰でもいいって訳じゃないんだから!」

 

「そうだろうが、選べる立場って言うのはいいことじゃねぇか」

 

「選択肢が多すぎるのも困るものよ。まあ、そう言う立場になったことがない提督には分からないでしょうけど」

 

「そうかよ。なら、分かるもの同士、こんな所じゃなくて他の所で語ってろ」

 

「何よ、冷たいわね。私の部屋に行きましょう、大和さん」

 

「は、はい」

 

そう言って、二人は部屋を出ていった。

 

「さてと……海軍さまに連絡だ……」

 

 

 

夜になると、訪問者も少なくなった。

海軍曰く、イベントに参加した奴らはある程度特定できるが、連帯責任という事で、全員に厳しい処分が下されるらしい。

とは言っても、訓練が厳しくなるとかその程度だろうが。

 

「上の連中も、視察とか言って来たことあったしな……」

 

今でも、あの汚らしい視線を思い出すと、虫唾が走る。

戦争からお前らを守った艦娘達をそんな目で見るなってんだ……ったく。

 

「あー……ムカついて来たぜ……」

 

むしゃくしゃした気持ちを抑える為、庭へと出た。

 

 

 

空は澄んでいて、オリオン座がはっきりと見えていた。

 

「はぁ……」

 

白い息が、寮から零れた光を反射し、キラキラと光って、すぐに消えた。

 

「冷えますよ、提督」

 

振り向くと、大和が居た。

 

「お前こそ、冷えるぞ」

 

「ちょっと外の空気が吸いたくて……。今日一日、一歩も出てなかったので……」

 

「そうか……」

 

男を探しに来たのに、男に悩まされているなんて、可哀想な奴だ……。

 

「あの……本当にごめんなさい……」

 

「お前は悪くないと言ってるだろ。それ以上謝るなら、本当に怒るぞ」

 

「すみ……じゃなかった……ありがとうございます」

 

「モテるってのもいい事ばかりじゃねぇんだな。さっきは悪かった。じゃあな。あまり長居するなよ」

 

そう言って寮に戻ろうとした時、大和に引き留められた。

 

「あの、後でお部屋に伺ってもいいですか?」

 

「構わないが」

 

「何かお酒をお持ちします。熱燗はいかがです?」

 

「いいな。頼んだ」

 

「はい!」

 

何かしてないと、申し訳ない気持ちで押しつぶされてしまうんだろうな。

まあ、善意として受け取っておこう。

 

 

 

しばらくして、酒の他に色々持って、大和はやって来た。

 

「遅くなってすみません。何かつまめる物をと思いまして……」

 

「わざわざ作ってくれたのか」

 

「鳳翔さんほどではないですけれど」

 

そう言って、大和はお酌した。

 

「すまない」

 

「大和もご一緒して宜しいですか?」

 

「ああ」

 

何処で習ったのか、大和の動作は鳳翔と重なり、お淑やかに見えた。

 

「乾杯……は、お嫌いでしたか……?」

 

「嫌いな訳じゃない。ただ、何だかかしこまっていけないと思ってな」

 

「そういう仲じゃないという意味でしょうか?」

 

「どうとでも捉えてくれ」

 

「では、良い方に」

 

大和は何も言わず、ぐい飲みを少しだけあげて、一口含んだ。

 

 

 

武蔵との飲みと違い、場はとても静かだった。

 

「お注ぎします」

 

「あまり気を遣ってくれるな。堅苦しいのは苦手なんだ」

 

「すみません」

 

何だか空気が重い。

 

「大和。もし、申し訳ないと思って、償いの為にやってるのなら、もうやめてくれ」

 

「え……?」

 

「そういうのは嫌いだ」

 

残った酒を、一気に飲み干した。

少しばかり酔っているな。

 

「そのようなつもりは……」

 

そう言って、大和は少しだけ黙り込んでから、また口を開いた。

 

「いえ……そのつもりでした……」

 

「正直だな」

 

「そういうのもお嫌いだと思いまして」

 

俺は何も言わなかった。

 

「何もしないのは……落ち着かなくて……」

 

「気持ちは分かる。だが、もっと俺を信用してほしいがな」

 

「信用……」

 

「俺は迷惑だなんて思ってないし、何かで償ってほしいとも思ってない」

 

「…………」

 

「……この飲みは……そうだな……ただ大和が俺と飲みたかった、という目的が欲しいところだな」

 

そう言って笑ってやると、大和は少し驚いた顔をした。

 

「なんだよ?」

 

「いえ、ちょっと意外だなと思いまして」

 

「なにがだ?」

 

「そんな風に笑って、ちゃんと優しい事が言える人なんだなぁって」

 

「お前、俺を何だと思って……」

 

大和がクスクスと笑った。

 

「フッ……まあいい。酒、注いでくれないか?」

 

「はい!」

 

 

 

酒も少なくなった頃、酔って顔の赤くなった大和が、静かに語りだした。

 

「大和、大きな失恋をしてここに来たんです」

 

「失恋?」

 

「えぇ。ずーっと大好きだった人がいまして……」

 

そう言うと、大和は昔話を始めた。

ある男と出会った事。

そいつは提督で、一線を越える事が出来なかった事。

戦後に再会したが、そいつには既に恋仲が居て、色々あった末に、自分が身を引いた事など。

 

「お恥ずかしい話ですけど、未だにその人を諦められないでいるんです。相手はもう結婚もしているのに……」

 

俺は何も言えなかった。

 

「でも、狡いんですよ。大和とその人、艦娘と提督じゃなかったら、大和の気持ちにどう応えてくれたかって聞いたんです。そしたら……」

 

『もちろん、俺は大和の気持ちに向き合っていたよ』

 

「そんな事言われたら……ますます好きになっちゃうじゃないですか……」

 

「その男が心に居るから、イベントの成果に不満そうだったのか」

 

「好かれる事は嬉しいです。けど、大和はやっぱり、誰かを追いかけたい人なんだと思います」

 

贅沢だ。

そう思っても、口には出せなかった。

 

「提督は、恋とかしないんですか?」

 

「しないな」

 

「即答ですね」

 

「俺にはやらなきゃいけない事がある。それを終える頃には、もうジジイになってるかもな」

 

「なんですか? やらなきゃいけない事って」

 

時計が消灯時間を知らせた。

 

「……そろそろ部屋へ戻れ。消灯の時間だ」

 

俺が話を逸らした事を、大和も分かっていたのだろう。

大和がそれ以上何かを聞く事はなかった。

 

 

 

翌日は雨だった。

奴らは居なくなったように見えるが、いつもより人の通りが多い気がして、気が抜けない。

 

「雨で良かったです。これじゃあ、お出かけしたいだなんて思いませんし」

 

だんだん、大和が不憫に思えてきた。

昨日の話を聞いてしまった事も関係しているのかもしれない。

 

「何処か行きたいところでもあるのか?」

 

「いえ、そう言う訳ではないのですけれど……。この前買った洋服、まだ着てないなと思いまして……」

 

そう言うと、大和はじっと窓の外を見た。

 

「寒そうですね……外……。こんな日の為に、暖かい洋服を買ったのですけど……」

 

残念そうな大和。

 

「…………」

 

「……出かけるか?」

 

「え?」

 

「車でなら、奴らが居ても追ってくることもないだろうし」

 

「でも……」

 

「嫌ならいいんだ」

 

「い、いえ! 行きたいんですけど……その……ご迷惑じゃ……ないかと……」

 

「お前のそれが迷惑だったら、俺は鈴谷達をぶん殴ってるぞ」

 

大和は少し考えた後、申し訳なさそうに「お願いします」と言った。

 

 

 

大和を屈ませて、車を出した。

寮の前に居た数名が、車をちらりと見たが、気が付かなかったのか、はたまた奴らじゃなかったのか、すぐに視線を逸らした。

 

「もうあげていいぞ」

 

「バレませんでしたか……?」

 

「大丈夫そうだ。しかし、まるで芸能人だな、お前」

 

そう言ってやると、大和は少し恥ずかしそうだった。

 

 

 

何処へ行こうかは決めて無かった。

どうやって連れ出そうか。

そのことで頭がいっぱいだったからだ。

 

「何処に行きたい?」

 

「どうしましょう……」

 

室内で、ある程度羽を伸ばせる場所。

ショッピングモールを思い浮かべたが、この前行ったばかりだしな……。

こういう時、女って言うのはどんな場所を好むのだろう。

陸奥や鈴谷達は、何処へ行きたいかという問いに、何かしら答えてくれていたから楽だったが……。

 

「…………」

 

「…………」

 

ワイパーが雨を払う度に、キュッキュッと音が鳴った。

ゴムが劣化しているのかもしれない。

 

「……悪い」

 

「え?」

 

「こういう時、俺が何か提案できれば良かったんだが……。連れ出したのは俺だし……」

 

「い、いえ……大和は、こうしてドライブ出来るだけでも……」

 

「しかし……」

 

その時、大きな看板が目に入った。

 

「水族館……か……」

 

そう零したとき、大和の表情が変わった。

 

「水族館ですか? いいですね! 大和、水族館は行った事ないんです!」

 

「行った事ないって……一度もか?」

 

「はい!」

 

気を遣ってそう言ってるのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 

「じゃあ、水族館に行くか?」

 

「お願いします!」

 

「よし、分かった」

 

それを機に、会話が少しずつ弾んだ。

聞くと、どうやら動物園にも行ったことがないらしい。

流石は大和。

人間となった今でも、箱入り娘とはな。

 

 

 

水族館に着く頃には、雨も止んでいた。

曇り空には変わりないが。

 

「何だかワクワクしちゃいます」

 

まるで子供の様に、大和は顔を綻ばせた。

チケットを買い、中へ進んでゆく。

 

「あ!」

 

大きな水槽を見つけ、大和は駆け寄った。

 

「わぁ……大きな魚ですね」

 

水槽に手をついて眺める大和。

 

「こら、水槽に手をついちゃいけません」

 

母親らしき人に小さな女の子が怒られているのを見て、大和は咄嗟に手を後ろへとやった。

そして、俺にこそっと耳打ちした。

 

「怒られちゃいました……なんて……えへへ……」

 

寮では見せない顔が、そこにはあった。

 

「次はあそこへ行きましょう!」

 

それから、はしゃぐ大和について、水族館を回った。

 

 

 

超巨大水槽の前には、座って鑑賞できるようにベンチが置かれていて、そこに座り、悠々と泳ぐ魚たちを見ていた。

 

「凄いですね……」

 

何百匹と居る魚は、時折渦をつくる様に泳いでおり、その姿はどの大きな魚よりも巨大に見えた。

 

「大和が戦っていた海の底にも、これだけの魚が居たのでしょうか?」

 

「そうかもしれないな」

 

大和はじっと泳ぐ魚たちを見た。

 

「もしかしたら、この中には、お前たちが守った海域の魚がいるかもしれないな」

 

「だといいなぁ。ふふふ」

 

サメが、魚の渦の中に飛び込み、それを崩した。

 

「お前たちが守った海では、こうして魚たちが悠々自適に泳いでいる事だろう。本当、お前たちの活躍には頭が上がらない」

 

「何だかむず痒いです……」

 

「いや、本当に……俺なんか……」

 

そこまで言って、言葉を切った。

 

「提督?」

 

「そろそろ、飯でも食いに行くか。レストラン、一階にあっただろ」

 

「あ、はい」

 

飯を食った後も、まだ見ていない場所を巡った。

ショーなどもあって、イルカが大きく飛び上がる様に、大和は声をあげて驚いていた。

全てに新鮮なリアクションを見せる大和に感化されたのか、いつしか俺も楽しんでいた。

 

 

 

全てを回り、先ほどの超巨大水槽近くのベンチに座っていた。

 

「そろそろ帰るか」

 

「そうですね。あーあ……楽しい時間はあっという間ですね……」

 

「今度は動物園に連れて行ってやるよ」

 

「本当ですか!? 約束ですよ?」

 

そう言って、大和は小指を出した。

いつもなら、こんな事は拒否するのだが、俺は自然と小指を絡めていた。

 

「指切りです。嘘ついたらハリセンボン飲ませますよ。水族館だけに」

 

「針千本、だけどな」

 

そう言って、お互いに笑いあった。

 

 

 

車に乗る為、駐車場へと向かう。

 

「今日は本当に楽しかったです」

 

「そりゃよかった」

 

その時、女性の集団とすれ違った。

 

「あれ……?」

 

その声は、俺でも大和のものでもなかった。

だが、確かに聞いたことのある声だった。

 

「提督さん……?」

 

振り向くと、そこには鹿島が立っていた。

 

「やっぱり! 私です! 鹿島です!」

 

「鹿島……」

 

古い記憶が一気にフラッシュバックした。

 

「お元気そうで何よりです……。ずっと心配してて……」

 

「…………」

 

「風の噂で聞きました。艦娘の寮の管理人をしてるんですよね。良かったです……本当に……」

 

動けないでいると、鹿島は俺の手をギュッと握った。

 

「あの時は言えませんでしたけど……私は……みんなも……提督さんを悪いとは思ってませんから……」

 

「…………」

 

「あ、聞いてください! あれからあの子達、みんな活躍したんですよ! それもこれも、提督さんが――」

 

「やめてくれ……」

 

そう言って、鹿島の手を払った。

 

「……行くぞ、大和」

 

そう言って、その場を走り去った。

後ろで鹿島と大和の呼ぶ声がした。

それでも、構わず車へと向かった。

 

 

 

帰りの車内。

道は渋滞しており、中々進まないでいた。

 

「……混んでますね」

 

俺は返事をしなかった。

 

「……鹿島さんとは、昔からの知り合いなんですか?」

 

「……ああ」

 

「提督さんって呼んでたので……あの……もしかして……」

 

「…………」

 

「言いたくない事ならいいんです。すみません……」

 

そう言うと、大和は席で小さくなった。

それを見てか、はたまた話したくなったのかは分からないが、自然と口が開いた。

 

「昔……鹿島達と艦娘の教育にあたっていた……」

 

「え……?」

 

「俺は昔……海軍だったんだ……」

 

ぽつぽつと、また雨が降り始めた。

 

「昔……というのは……」

 

「事件を起こして……辞めちまった……。いや、逃げ出したというのが正しいかもしれないな……」

 

それからしばらく沈黙が続いた。

ワイパーが鳴いている。

 

「もし……提督さえ大丈夫であれば……その話を詳しく聞かせてくれませんか……?」

 

「え……?」

 

「昨日、提督は大和の話を聞いてくれました。今度は……大和が聞く番です」

 

興味本位であれば、やめてほしかった。

しかし、大和のその目は、何処か、真剣なものであった。

だからであろう。

 

「聞いてくれるか……?」

 

「はい!」

 

「分かった……」

 

俺は、全てを大和に話した。

かつて、鹿島達と駆逐艦の教育にあたっていたこと。

演習の為にと、少し進んだ海域に出てしまい、敵に遭遇した事。

攻撃される艦娘達を前に、何も指示が出来なかった事。

 

「今でも思い出す……あいつらの悲鳴……呻き……。何とか助かったが……艦娘のほとんどは大破していて……その傷の痛々しさは……」

 

鎮守府に帰った時、真っ先に上官に殴られた。

その痛みは、はっきりとは思い出せない。

 

「それから俺は……責任を取ると言って……あいつらから逃げた……。しばらくは……怖くて海にも近づけなかった……」

 

「そう……だったんですか……」

 

雨は徐々に強くなっていった。

 

「でも、今は艦娘と関わるお仕事に……」

 

「終戦後に、かつての同僚が俺に連絡をくれたんだ。そこで……寮の管理人の話を聞いた……」

 

「…………」

 

「あの時逃げ出したことを俺は後悔していた。何かで償いたいと思った矢先だったから、すぐに引き受けたよ……」

 

「もしかして……やらなきゃいけない事って……」

 

「俺に出来る事は、自立をサポートするくらいしかない。いずれ、あいつらもここに来るだろう。その時は……」

 

そこまで言うと、いつの間にか力が入っていた肩を深く落とした。

 

「そんな話だ……。隠すつもりは無かったが、誰にも話せずにいた。聞いてくれてありがとう、大和」

 

「いえ……」

 

また沈黙が続いた。

何か別の話題を出そうかと考えていると、大和が口を開いた。

 

「大和はあまり多くを知らないから、偉そうなことは言えませんけれど……提督の言葉をお借りするならば……」

 

「?」

 

「償いのつもりならやめてくれ……ですね……」

 

「……!」

 

「鹿島さんも言ってましたよね。艦娘達は、提督の事を悪く思ってないって……。償う人は、いないと思います……」

 

「だが……」

 

「気持ちは分かります。けれど、いつか提督の元に来るその子達を、償いのつもりで送り出すんですか?」

 

「……!」

 

「そんなの、きっと望んでないはずです。そんな気持なんかじゃなくて、純粋に送り出してほしいはずです」

 

「…………」

 

「提督は、今鈴蘭寮にいる艦娘達を、どういう気持ちで送り出すつもりだったんですか……?」

 

俺が答えないでいると、大和は少し微笑んで、代わりに答えた。

 

「少なくとも……鈴蘭寮の艦娘達と提督の間には、そんな気持ち以上に、純粋な気持ちが見える気がします。償いとか、そういう気持ち以上に」

 

そうかもしれない。

最初こそは、償いの気持ちでいっぱいだった。

だが、あいつらと出会って、俺の気持ちも幾分か変わっていった。

償い以上に、こいつらに幸せになってほしい。

そう思った。

 

「償いは……その子達が来た時にどうするか考えればいい事じゃないですか? 少なくとも、私たちは、提督の笑う顔をもっと見ていたいです。一緒に、幸せになってほしいです」

 

そう言って、大和は笑った。

 

「大和……」

 

その時、ダッシュボードに置いてあった俺の携帯が鳴った。

 

「山城さんからですよ。代わりに出ておきますね」

 

そう言って、大和は電話を取った。

しばらく会話していたが、急に大和がクスクスと笑いだした。

 

「スピーカーモードにしますから、お話ししてください」

 

そう言って、スピーカーモードに切り替えると、山城の声がした。

 

『あ……あの……』

 

「山城か。どうした?」

 

『いや……違うんです……。私はいいって言ったんですけど……言い出しっぺがしろっていうから……』

 

「あ?」

 

『だからその……みんなが提督の帰りが遅いってうるさくて……電話したらって言ったら……あ、ちょっと!』

 

ガサゴソと雑音が響いて、徐々に鈴谷の声が大きく聞こえ出した。

 

『……督! 今どこにいんの!? なんで大和さんと二人っきりで出かけてるの!?』

 

「…………」

 

『あ、あれ? 切れちゃった? 繋がってるよね……もしもーし?』

 

「大和、切れ」

 

「え、でも……」

 

「いいから」

 

『あ、ちょっと! 今の聞こえ――』

 

大和が電話を切ると、一気に車内が静かになった。

 

「何なんだよ……ったく……」

 

「ふふふ……」

 

「なんだよ?」

 

「提督、顔顔」

 

ミラーで顔を見ると、ニヤけていた。

 

「早く帰ってあげましょう。ね」

 

「……ああ」

 

体の力がどっと抜けて、座席に深く腰掛けた。

あいつらの声を聴いて、安心している自分がいる事に、少しばかり赤面した。

 

 

 

寮に着く頃には、もうすっかり暗くなっていた。

 

「今日はありがとうございました」

 

「いや、俺の方も色々聞いてもらって悪かったな。お陰で少しばかり気が楽になった」

 

「それなら良かったです」

 

「この事は、あいつらには内緒にしててくれないか? 変に重い空気にしたくないんだ」

 

「分かりました。その変わり、動物園お願いしますね」

 

「ああ、分かってる」

 

車を出ると、皆が寮から出てきた。

 

「ちょっとちょっと! こんなに遅くなるなんて、一体二人で何をしてたのよ?」

 

「ちょっと出かけてただけだ」

 

「本当? 大和さん?」

 

陸奥と鈴谷がじっと大和を見た。

 

「秘密です」

 

「おい」

 

「だって、さっき秘密にしてくれって言ってたじゃないですか」

 

「そっちじゃねぇよ!」

 

「一体どっちなの提督? お姉さん、どっちも聞きたいわ」

 

「武蔵さん! 提督捕まえて尋問するよ!」

 

「何が尋問だ。武蔵、悪いが昨日買ってきてもらった中で――」

 

そう言いかけたところで、武蔵が俺を羽交い絞めにした。

 

「悪いな提督。私も興味があるんだ。その秘密とやらに」

 

「何を言って……山城!」

 

山城は視線を逸らした。

 

「長門!」

 

「何かやましい事でもあるのか? 無いなら正直に言ったらどうだ?」

 

寮にいる他の艦娘達も、なんだなんだと窓から顔を出していた。

 

「もう逃げられないわよ提督。さ、行きましょう」

 

「放せ! おい、大和!」

 

「頑張ってくださいね」

 

笑顔の大和に見送られ、俺はそのまま寮へと運ばれていった。

償いの事は、もうすっかり頭の中から消えていた。

 

――続く。


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